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2005年7月

2005年7月31日 (日)

マジシャインという名のカエル

 息子のお気に入りのテレビ番組「魔法戦隊マジレンジャー」に新しいキャラクターが登場した。天空聖者の一人マジシャインである。最初は呪いか何かのためにカエルの姿をして登場したのだが、マジブルーのキスで人間の姿になり、マジレンジャー達の先生として魔法の習熟のために力となる。とまあここまでは前置きである。

 ミーハーの息子は自宅の片隅に雨蛙を見つけると早速それを捕まえて、マジシャインと名付けてしまった。水槽に入れて「マジシャインがなぁ、マジシャインがなぁ」とうるさい。「○○姉ちゃんにチューしてもらったら変身すんねん」と一所懸命次女にカエルにキスしろとせがむ。お前ナァ・・・唯のカエルが変身するかッ。でもいっかな諦めない。

 一週間ほど「マジシャイン」に付きっ切りで世話をする。「何時になったら人間の姿になるのかなぁ」そればっかりだ。「食べ物が無いと死んじゃうよ」と言うと「カエルは何を食べるの」と尋ねてくる。「虫を食べるんだよ」と教えると、一所懸命チョウチョやハエを捕まえては水槽に入れる。色々と世話をしてとうとう諦めたのか、昨日は逃がしてやる事になった。「今度はちゃんと変身してや」

 で、諦めたかなぁと思うと、昨日はトンボ、今日はセミを捕まえてきた。トンボは何だったか忘れたが、セミはバルタン星人に成ると信じている。でも「セミは木の汁を吸わないと死んじゃうんだよ」と諭すと逃がしてあげた。勿論トンボも昨日の内に逃がしている。セミの前には懸命にバッタを追いかけていた。仮面ライダーに改造するつもりだったのだろうか。昆虫採集に精出す息子であった。

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2005年7月30日 (土)

スターリン主義について

 ここしばらくhiroさんがコメントで中ソのスターリンや毛沢東による虐殺の問題を共産主義そのものの問題ではないかと指摘が有る。正直言ってスターリン主義の問題について人に説明出来るほど僕の理解は深くないのだが、出来る範囲で彼らが共産主義の疎外形態であり、本来の共産主義を裏切る物だと言う事に答えなくてはならないだろう。これから述べるのは中核派の理論を僕が理解した範囲で書いているので、他の党派によるスターリン批判についてはそれぞれの主張を参考にして欲しい。

 スターリン主義とは世界革命の放棄と一国社会主義の絶対化にその正体を見い出すことができる。一、九一七年のロシア革命によって帝国主義の段階から社会主義・共産主義の世界革命の時代への過渡期の扉が切り開かれた。レーニンは当時のーロシアの後進帝国主義的な状態から、ドイツにおける革命が情勢を決定する要因であるとして、その勝利の日まで耐え抜く事を当面の課題として設定した。しかし残念ながら、当時のドイツにおける革命党の不在によってドイツ革命は血の海に静められ、敗北に終わる。レーニンは次の革命情勢まで、世界革命を訴えつつコミンテルンを通じて世界各国に世界革命を目指す党の建設を始める。

 ところがレーニンが健康を害し病床に着くとスターリンが党内で勢力を伸ばし始める。レーニン自身はスターリンのもつ乱暴で強引な手法に危機感を抱き、病の床の中からスターリン追放を訴え、その為にトロツキーが全権を掌握する様に依頼する。残念ながらトロツキーはそれに応える事をせず、スターリン派が党内の実権を握っていく。レーニンの死後、後継者の座を巡り両者は党内を二分する闘争を行う。トロツキーはマルクス・エンゲルス・レーニンの世界革命論を継承する立場から永続革命論を訴え、それに対しスターリンは一国社会主義可能論で応酬すると同時に、党書記長の立場を利用して自己に同調する者のみを抜擢していく。一国社会主義論とはソ連の様な広大な領土と資源を持つ国においては世界革命と切り離されても社会主義の建設が可能であると言う物であった。この主張は世界革命の事業が持つ困難な道に日和見主義的傾向から反対し、ソ連一国のみ無事であれば他国の共産主義運動はソ連防衛のために利用するというきわめて反動的な物であった。残念な事にトロツキーの党内闘争が不徹底であったために左翼反対派は敗北し、スターリンがソ連と国際共産主義運動を完全に支配する。この過程でスターリンが最初にした事はオールドボルシェビキ、つまりレーニンと共に革命の最も困難な時期を闘い抜いた最良の共産党員、革命の生き証人約九〇万人を粛清する事であった。共産主義の変容によって帝国主義を根本から批判する事無く相互に依存する時代となる。

 しかしその中でもハンガリア革命の衝撃、スターリン死後における批判の続出、日本においては日共六全総における暴力革命の放棄、事実上の共産主義との絶縁宣言によって新左翼の運動が始まる。五〇年代半ばの事である。スターリン主義の存在によって第二次世界大戦の過程を世界革命に転化する事が出来なかった事が、帝国主義の延命を許す事になったが、それであってもアジア・アフリカ・中南米における民族解放革命闘争の火を消す事は出来ず、同時に敗戦帝国主義である独・日帝国主義の復興と最新設備による生産力のアメリカ的水準による不均等発展の中でアメリカを中心とする帝国主義世界は大きなきしみを生じてくる。他方スターリン主義においても世界経済から切り離された中で一国社会主義を建設しようとする無謀な試みの中から、根本的な矛盾が拡大してくる。本来の共産主義が持つ、労働者人民の生き生きとしたエネルギーに依拠する事が出来ないで人民を秘密警察で監視・抑圧する事でしか体制を維持することができず、人民の間にはスターリン主義に対する様々な抵抗が巻き起こる。九〇年を前後してスターリン主義の根本的な矛盾が爆発し、ソ連東欧において相次いでスターリン主義が崩壊する。

 スターリン主義の崩壊を資本主義の優位だとして短い春を謳歌した帝国主義においては、スタとの対抗上押さえつけられていた帝国主義同士の矛盾・抗争・対立が表面化してくる。帝国主義は再び三度危機の時代に突入したのである。

 というのが、中核派における「段階・過渡・変容・危機」という現代世界を見る場合の時代認識でありスターリン主義批判の基本です。中核派による共産党批判

 他の党派系列では「旗旗」の草加さんが「日本共産党への批判」という長文のエントリーを載せておられますので、戦旗共産同からの批判として参照してください。少なくとも私より質・量ともに充実しています。

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2005年7月29日 (金)

「仮面ライダー」と「決断」

 今日から投影特撮BBで仮面ライダーの配信が始まった。思わず息子と二人で第一話「怪奇蜘蛛男」に見入ってしまった。第一話を見るのは実はこれが初めてだ。本放送の時は小学校一年の時だったと思うのだが、実は裏番組の「決断」というアニメを見ていた。やがて弟が仮面ライダーの存在を知り、土曜の夜七時は、兄弟でチャンネル争いをする様になった。

 父が早く帰宅している時は「決断」は太平洋戦争のアニメだったので、僕に味方してくれて勝利する事が多かったが、不在の時は母の「お兄ちゃんなんだから」の一言で弟に譲る事が多かった。やがて「決断」の方は内容が軍国主義を賛美しているという事であちこちの批判を浴びたのと、子供の多くは仮面ライダーにチャンネルを合わせるので視聴率が上がらなかったのだろう、ミッ土ウエー海戦あたりを最後に放送が終了してしまった。そうなると後は仮面ライダーを見るしかないのだが、僕も仮面ライダーの面白さに気づき始めて夢中になる様になった。

 東映特撮BBでは、毎週金曜日に新しいコンテンツが配信になるので、当分は息子と二人仮面ライダーを見る事になるだろう。しかし、島田陽子が出演していたとは気付かなかった。どんな芸能人にも下積みの時代が有るのだなぁ。

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2005年7月28日 (木)

日本近現代史のおさらいその3

 高文研から発行されている「未来をひらく歴史」という、日中韓三カ国の歴史学者の共同編集による近現代史の本もあるのだが、これだと「偏っている」などと言う人があるだろうから、今まで通り山川出版の参考書を使います。上記の本は共同編集であるだけに、一つの国の一方的な、自国内でしか通用しない主張は排除されているので客観的な事実を知るためには良い歴史書だと思います。その1その2では日本の植民地政策を見てきたけれど、その間の国内の動きに注目します。

 1889年に衆議院議員選挙法が公布されると、25歳以上の男子で直接納税額15円以上の者にだけ選挙権が認められたため、90年代から普通選挙運動が展開されるようになる。11年には普通選挙法は衆議院を通過したが貴族院で否決され、運動は一時下火になる。14~18年の第一次世界大戦によって日本は空前の好景気となり物価が二倍に上昇するインフレとなるが、賃金の上昇が追いつかなかったために労働者の生活は帰って苦しくなる。農林業従事者が都市に流入し農業生産は減少する。米価は一石あたり17年6月の20円から18年8月には41円と急騰した。生産が追いつかない事と大商社・米穀商・地主による投機的な買い占め、売り惜しみによる者が大きかった。外米の輸入も特権商社の独占のままにした上関税も下げなかった上、インフレ抑制策も講じなかった。シベリア出兵論議によってさらに米価の高騰が起こる。

 18年7月22日、生活に困った富山県魚津町の主婦たちが井戸端会議で米の搬出を止めてもらう様相談し、翌23日魚津港からの米搬出を中止させる。これが全国に広がり、米の安売りを求める米騒動となる。8月11~13日がピークで、大阪では20万人が参加する騒ぎとなる。警察だけでは鎮圧出来ず軍隊も動員された。米騒動は労働運動にも影響を与え、炭鉱での賃上げ要求等の労働争議も行われたが、こちらも軍隊の出動、発砲により鎮圧され、多数の死傷者を出した。米騒動の参加者は全国で70万、死者30人、検挙者2万以上。生活問題を無視する政治への民衆の不満の爆発であった。

 米騒動を契機として、17年のロシア革命の影響も有り、労働運動・農民運動等の組織的運動が開花し、労働組合数は急増し、全国水平社や日本農民組合が結成された。普選運動も組織的大衆的広がりを見せ、大正デモクラシーを象徴する全国民的運動に発展した。25年(大正14)普通選挙法は両院で可決、公布された。

 1910年代前半には「天皇機関説論争」が巻き起こる。明治から大正への代替わりの時期である。国家法人説にもとづいて「主権は国家に有り、天皇は国家を代表する最高機関である」とする美濃部達吉と穂積八束が体系化した天皇主権説を受け継いだ上杉慎吉との論争。藩閥官僚政治から政党政治への移行期、民衆が新しい政治勢力として登場し日比谷焼き討ち事件の様に世論が政治の動向に決定的影響を与え始めた時でもあったため、美濃部説は広く支持を集めた。天皇機関説は学会や世論のみならず、政党内閣の時代には天皇や元老も含めた政界上層部の考え方とも一致していた。

 こうした大正デモクラシーの高揚の中で、普選法と時を同じくして治安維持法が制定され、後の共産党弾圧から自由主義、平和主義を圧殺していく準備もなされていた。25年に制定された治安維持法は「国体の変革」及び「私有財産制度の否認」を目指す革命運動の組織・思想の取り締まりを主目的としたが、その最初の本格的適用が田中義一内閣による28年の三・一五事件であった。徳田球一・志賀義雄ら党幹部や関係者あわせて1568人が一斉検挙された。特高警察による社会運動全般への厳しい取り締まりが行われ、残酷な拷問で自白を強制し、時に容疑死者を死に追いやった。

 田中内閣は緊急勅令で治安維持法を改悪し、最高懲役10年の刑を「私刑又は無期」に強化し、共産党の支持者・協力者をも懲役刑に出来る物とした。33年には共産党の最高指導者である佐野学・鍋山貞親の転向声明による組織の動揺をはじめ、大衆から隔絶された中で内部崩壊し、35年には壊滅状態となる。警察で虐殺されたもの65名、虐待がもとで獄死した者は114名を数える。共産党が壊滅すると、当初の結社取り締まりから思想取り締まりに重点が移り、36年「思想犯保護観察法」が制定され、運動からの共産主義思想の放棄・転向を促す体制となる。人民戦線事件・横浜事件等の様に党とは無縁の社会主義者や団体が党再建グループとして摘発されたり、自由主義者が検挙された。・皇室尊崇の国家神道を否定するとして、キリスト者・大本教、創価教育学会・天理教などの宗教団体も徹底弾圧を受ける。

 41年には治安維持法を全面改悪して「再犯のおそれ」だけで予防拘禁出来る様に改めた。敗戦後も天皇制を護持するために一層の強化が厳命された。弾圧は45年10月のGHQKの治安維持法廃止指令により三千人の政治犯が釈放されるまで続く。治安維持法によって検挙されたもの約67000人、起訴されたもの六千余名。「わが国は民主主義・反戦平和勢力を異端者として排除した結果、自らの政策の行き過ぎや間違いを事前にチェックする制度的保障を失ってしまった。悲惨な戦争への道を歩んで行く、後戻り出来ない重大な通過点の一つが一九二五年の治安維持法成立であった。」

 「あたらしい教科書をつくる会」の歴史教科書では、治安維持法については殆ど触れようとしていない。その事を通してあたかも当時の国民の多くが自発的に侵略戦争に協力して行ったかの様な錯覚を植えつけようとしているが、実際には多くの日本人の血の海の上に戦争体制が作られて行った事を忘れてはならないと思う。朝鮮や台湾で「皇国臣民」として地位の向上や自己実現をはかる人々がいたのと同様、日本人のなかでも自由主義や民主主義が弾圧された結果、国家意思に従順な人々が作られて行ったのだ。

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2005年7月27日 (水)

AMAKUSA1637

 一昨日妻が買ってきた少女漫画である。赤石路代さんという方の作品で、「flowers」という雑誌に連載中の様である。タイトルから推察出来る様に天草島原の乱を題材にしている。虐げられた民衆の側に立って時の権力者と闘う、これだけで「燃え」てしまう。けして「萌え」では無い。

 現代の高校生が海難事故をきっかけにタイムスリップして江戸時代にたどり着く。主人公の夏月(なつき)は、白鳳流居合術宗家の娘で高校剣道日本一の腕前。益田四郎(天草四郎)に生き写しであることから、いつの間にやら農民たちに崇められていく。作品の中では本物の天草四郎が死んでいる為、その身代わりとなって一揆の首謀者になっていくのだが、現代の技術を駆使して奇跡を起こし、歴史上は一揆鎮圧軍に参加した諸大名への説得工作を行い、一揆の勝利のために全力を尽くす。

 10巻の時点では一揆軍が立てこもる城を細川や唐津、小笠原の軍が包囲する中を、小城藩(おぎはん)藩主鍋島元茂率いる軍勢が城内の一揆軍に合流するところで終わっている。島津や黒田が呼応しそうな気配を見せる中、果たして夏月は天草島原農民を救う事が出来るのだろうか。続きが楽しみである。かみさんにゴマをすって「flowers」を買ってもらおうか等と思ってしまう。

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2005年7月26日 (火)

動労千葉への不当処分弾劾

 反合運転保安闘争を闘う動労千葉に対して、JR東資本が不当な処分攻撃を行っている。断じて許すことが出来ない。心ある人々に動労千葉支援の署名活動への参加を呼びかけます。

 動労千葉は、今年春以来連続して発生しているレール破断を始めとする安全を切り捨てて営利優先の経営方針を実行する東会社に、乗客乗員の安全を守るための闘いに立ち上がっています。この最中、4月25日の尼崎事故が発生し、107人の命が奪われるという大惨事が起こりました。この事故自体が国鉄分割民営化による安全切り捨て、営利優先経営の巻き起こした大惨事であることを徹底的に批判し、会社側が安全を切り捨てるなら、自分自身と乗客の命を守るために、処分の恫喝をはね返して安全運転を貫く闘いを行っています。この闘いは徹頭徹尾正義の闘いです。動労千葉への処分攻撃は断じて許すことが出来ません。一人でも多くの方が動労千葉を支え、処分攻撃をはね返すための署名に協力されることを訴えます。

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新歓闘争。大学動員。

 四月の初めは大学で様々な新入生歓迎行事が行われ、部活やサークルが新人獲得のために勧誘を行う季節だ。全学連にとってもそれは同様で、新入生をオルグして新たな活動家やシンパを獲得するために忙しい季節だ。その応援のために反戦派労働者や専従活動家が動員される。年配の人は主に見張りやビラまきなどの役割が当たるのだが、若かったためか、署名などで新入生と話し込む任務分担が回ってきたこともある。

 某公立大学の場合、他党派は民青と民学同しか存在しないため、集合場所は大学生協の前となっていたが、某国立大学の場合には赤ヘルグループがいくつか存在している上に、革マル派が時々現れるために、動員に当たっている労働者は前夜の内に拠点の大学寮に集合することになっていた。幌付きのトラックの荷台に十数人が乗り込み、偵察担当の学生が待ち伏せの有無を調べながら前進する。文字通り戦争のような感じだった。異常なしとなると全員が下車して、全学連が占有する教室に入る。学生が展開している間中防衛隊として待機する。

 待機中は皆が思い思いの事をして過ごしている。本を読んで学習する人、腹筋や腕立て伏せをして体を鍛える人。時たま思い出したように全員で旗竿を槍に見立てて刺突の訓練を行った。交代で十数分から二十分くらい歩哨に立つ。そうして一日過ごすのが大学動員だった。展開が終了して撤収する際は、やはり学生が周囲を偵察して、安全を確認してからトラックに乗車して、いったん寮に戻る。その後「送り出し」と呼ばれる解散の過程が始まる。トラックで町中をあちらこちら走り回り、尾行のを有無を確認してから下車、解散する。この動員は90年くらいまであっただろうか。

 はじめの頃、まだ自動車工場で働いていたとき、夜勤明けに動員されることがあり、一睡もしないまま大学に行ったことがある。一日展開してそのまま出勤した。翌朝近くなると頭がもうろうとして自分が何をしているのか分からなくなったが、体は動いていた。時々班長が注意しにやってくる。部品の取り付けを忘れたまま、次の工程に流したためにラインが混乱したからだ。僕に限らずライン作業の過程では時々そんな事もあった。

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2005年7月25日 (月)

カジムヌガタイ 風が語る沖縄戦

 7月前半、沖縄タイムスの記事を読んでいてこの本がイタリアで翻訳、出版されることを知った。もちろんこの本の存在を知ったのも初めてだった。沖縄戦を扱う漫画としては、寡聞にして他の作品を知らない。

 作品は全部で七話の構成になっている。最初の一話だけが米軍統治下の沖縄における女性への強姦事件とそれへの沖縄県民の抵抗を描いているのだが、残る六話は沖縄戦の渦中における日本軍による県民虐殺や降伏交渉のために捨て石にされたありさまを描いている。史実に基づく沖縄戦の実際を、分かり易く伝えてくれる良書であると思う。もし出来ることなら一人でも多くの人にこの漫画を読んでもらいたい。

 講談社、モーニングKC898 比嘉ススム 税込み580円

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2005年7月24日 (日)

夜の散歩

 7月に入ってから、日中は暑いので犬の散歩は夕食後にするようになった。日によって私か妻のどちらかが子供達と一緒に付いていく。以前子供達だけで散歩させたときに野良猫を噛み殺したことがあるからだ。もし他所の子供にでも噛みついたりしては大変だから、やはり大人が同行した方がよいとなった。

 息子は小さいので安全のために懐中電灯を持たせているのだが、一人でさっさと走っていく。交差点では立ち止まって左右の確認をするよう何度も注意するのだが、危なっかしい。幸い今のところ危険な目には遭っていないがこれからも気をつけなければいけないだろう。で、散歩をしながら懐中電灯を使って色々と遊んでくれる。顔をしたから照らして「お化けだぞー」とか、私のおしりに懐中電灯の取って側を付けて「蛍やぁ」と騒いだり。時には股間から照らして「○○くんのちんちんおおきいやろ」等と下ネタもかましてくれる。

 なんだかんだとふざけながら、大体40分前後の散歩をすることが食後の日課になっている。

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2005年7月23日 (土)

管制塔被告団に圧倒的カンパを

 78年3・26闘争被告団の支援のためのサイトが開設されました。   http://jioos.podzone.net/?itemid=14

 組織名日高です。活動された時期によっては五代、あるいは巽で覚えていただいているかも知れません。昨年除名されたばかりの人間がこのようなアピールをすることに怒る方があるかも知れませんが、どうしても黙って見過ごすことが出来ません。どうか中核派の現役、元を問わず私の訴えを聞いてください。

 私自身は当時は中学生であり、その後は中核派に決起したのが3・8分裂の翌年84年でしたので、直接当該の方達を支援した経験はありません。しかし、三里塚闘争を守るという一点において、今回の元被告への損害賠償請求と給与差し押さえは見過ごすことは出来ません。今この攻撃を見逃したら、用地内に今も住み、営農を続ける市東さんや萩原さんの生活を守ることが出来なくなるのではないでしょうか。
 中核派・共産同戦旗派・革労協は85年の10・20闘争で二期工事着工への怒りをたたきつけました。今後同様な情勢が訪れるかも知れません。その時今回の攻撃を座視して第二の10・20を闘うことが出来るでしょうか。権力の攻撃に対しては党派を超えて全人民の力を結集して闘うべきだと考えます。
 いくらでも結構です。管制塔被告団へのカンパを集中してください。
 管制塔被告連帯基金 郵便振替 00130-3-445762

 

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日本近現代史のおさらい。その2

 今日は台湾の植民地支配について勉強したいと思うのですが、その前に。とある大学生さんとの論議の中で歴史教科書に対する評価が違っていることに気がつきました。私の場合は教科書という物は階級闘争の結果が反映されていると思っています。つまり、時の権力者が教科書検定の基準を設けているのですから基本的に日本政府に都合の悪いことは書かせたくない。しかし日本の民衆が歴史の教訓を忘れず教育問題に取り組む中で、嫌々ながら掲載を認めざるをえない歴史的事実が存在していると思うのです。逆に政府にとって、権力者にとって都合の良いことを書きたいのだけれども、それがあまりに薄弱な根拠しか存在しない、酷い場合には根拠も存在しないために書かせたくとも書かせることが出来ないことがあると考えています。「あたらしい教科書をつくる会」の教科書は、国内の階級関係、アジア民衆との関係を無視して、強引に教育を通じた戦争国家化への攻撃としてあるのだというのが私の認識なのです。

 ところで教科書には載っていても、授業の進展具合などにより学習していないために近現代史を知らない人は沢山存在します。とある大学生さんは理系の学生さんだそうですから、おそらく高校で近現代史の授業を十分に受けておられないのではと推察します。受験に関係ない教科はカットされますから。虚心坦懐に通説を学ぶところから始めませんか。

 本題。一八九五年日清戦争の講和条約によって日本は台湾の領有権を獲得。日清両国政府に反発する人々が五月二三日に台湾共和国を樹立。約五カ月間の抵抗を行うが、日本軍の武力で制圧される。その後も一九一五年までゲリラ的な抵抗闘争が続く。台湾総督は陸海軍の大将・中将がその任にあたり軍事力と警察力で強力な治安維持体制を築く。「土地調査」を行い共同耕作地などを日本の国有財産に編入したのは朝鮮と同様で、これらも日本企業などに安く払い下げられた。日本企業への様々な優遇措置も有り多くの日本資本が台湾に工場などを建設する。また、日本人向けの米の開発を行い、灌漑利水事業を行って食料不足の日本に輸出した。

 台湾議会設立を求める運動などが行われたが実現しなかった。三〇年一〇月には霧社事件が発生し、先住民によって日本人一三二名が殺害される。様々な形で日本への抵抗や自治を求める運動が続いていた。台湾人の「皇民化」台湾産業の「工業化」、日本の東南アジア進出の基地とする「南進基地」が統治政策の基本方針となる。日中戦争勃発後は中国本土と同民族である台湾人の動向を警戒し、「天皇陛下の赤子」にするために更なる皇民化が、新聞の漢文欄の廃止日本語常用運動、神社参拝の強制、中国風の偶像・寺院の撤廃、旧暦正月行事の廃止・禁止などを実施。四〇年二月一一日を期して日本名の使用が「許される」改姓運動が始まる。日本の大政翼賛会発足に合わせて皇民奉公会が設立され各地に組織される。東南アジア進出要員養成のための、農業戦士訓練所、拓南工業戦士養成所、海洋訓練所などが設立される。これらは戦時体制の完成と戦争遂行に向けて台湾人を組織するための物だった。

 戦争の深刻化に伴い台湾人は軍属・軍夫として徴用され、前線に送られた。ついで志願制が引かれて軍人としても動員され、四四年九月には徴兵制が施行された。約二〇万人が動員され、戦病死者約三万。しかし、戦後は日本領ではなくなったために何の保障もされていない。欧米各国が植民地出身者に対しても保障していることとは大きな違いである。

 朝鮮においても台湾においても長期にわたる独立運動や抵抗の闘いが存在していたが、中には諦めから日本の支配下での同化政策に従う者や、戦争に協力することで朝鮮人台湾人の地位向上を図ろうとする動きも少なくなかった。

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2005年7月22日 (金)

フリ・キリ・ミリ・ハラ・テツ・キャク

 反戦青年委員会の活動家になると、日常生活における防衛戦争の技術の学習が始まる。中核派というのは「全党の戦争化」という言葉があるくらい党=軍隊のような時代があった。少なくとも警察権力や敵対党派である革マル派につけ込まれないようにいくつかの防衛原則の習熟が求められた。

 「フリ」と言うのは、目的地を特定させないために正反対の方角などに振り回すこと。革共同集会の解散過程について書いた記事で、電車をいくつも乗り継ぐ事などがそれにあたる。その他にも自宅に帰るときには最寄り駅を使わないで何駅か離れた駅を利用するのもこれにあたる。だから路線を変えたりして出来るだけワンパターンにならない様に努力した。

 「キリ」は、尾行を切ること。電車の乗り降り、歩行中に尾行がないかなど確認してから目的地に向かう。尾行されているときの切り方については、公表すると差し障りがあるので書けないが、おそらく「旗旗」の過去ログに出ていた「マジック」と同じ物だろう。

 「ミリ」は自宅に侵入者がいないかどうかを調べるために、ちょっとした細工を施すことで、玄関や窓などを自分以外の人間が開け閉めすると分かる様に色々な仕掛けを施した。警察の場合大家を買収して不在時に侵入することも有るし、革マル派は豊玉アジトで一万を超える合鍵が押収された様に、何時忍び込んでくるか分からないからだ。大事な史料などはミリが施された場所に保管する。

 「ハラ」は、大事な物がひったくられたりしない様に腹に巻いて持ち歩くこと。夏の暑い時期でも腹巻をしてその中に大事な物を仕舞ったりした。後にウエストポーチを使う様になった。この頃の習慣のせいか、財布等の大事な物は常にウエストポーチに入れる癖が残っている。

 「テツ」鉄壁防御の略で、自宅や拠点事務所の出入り口には大人数が同時に入れない様に鉄パイプなどで柵を付ける。勿論賃貸住宅を借りるときなども出来る限り玄関ドアが鉄製の扉であることが望まれた。某大学の寮の出入り口などは徹底していた。二重扉になっていて、外側のドアと内側のドアの間には一人しか入れない。一人ずつしか出入り出来ないのだ。

 「キャク」は、書類等の処分体制のこと。中核派は大事な文書は水溶紙という特殊な紙に書く。この紙は糊で出来ていて、水につけると溶けてなくなる性質を持っている。家宅捜査のときなどに焼却していては時間不足で燃え残ったりするので、この方法を使っていた。だから自宅でも事務所でも常に水を張った容器が置いてあった。この水溶紙に書かれた文書を持ち歩くときは、ジップロックの様な袋にヤクルトのジョア等と一緒に入れて持ち歩く。とっさのときにジョアを潰せば文書が溶けるからだ。時々満員電車などでジョアが潰れてしまい、文書が台無しになることも有った。

 この防衛戦争の六原則は、僕が活動家になった当時はかなり徹底してたたき込まれた。今現在ではかなり緩くなっているのではないだろうか。

 

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人気ブログランキング

 今日の午前十時頃にランキングを見たら、瞬間最大風速というか、瞬間最高順位で42位まで騰がっていた。何の変哲もないと言うか、基本的に記事を毎日更新しているだけのブログにも時々クリックしてくれる人がいるんだなあと驚いてしまう。一応自分のブログなので一日一度はクリックしているのだが、同一パソコンからは二重にカウントされないのでどなたかはいるわけだ。

 同じココログを利用してブログを作成している人たちの中には、様々なデザインや機能を駆使して見やすくきれいな物にしている人が沢山いる。そんな人たちが登録したらもっと上位に行くのではないだろうかとも思う。

 私の場合、上位を右派系のブログが独占しているのが癪なので一日一度は草加さんの「旗旗」と主義者Yさんの「つぶやき手帳」をクリックしている。それと郵便局員として郵政民営化について鋭い批判を展開してくれている「よく分かる郵政民営化ブログ版」、中立的な「章の介の証言」もクリックしている。左派系のブログがもっと大挙して登録してくれていたら、私のブログなど下の方なんだろうなぁ。

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2005年7月21日 (木)

日本近現代史のおさらい。その1

 とある大学生さんと歴史認識をすり合わせるために、簡単に日本近現代史のおさらいをしたいと思います。先の記事で記憶に頼って書いたために曖昧な部分があったからです。テキストとしては山川出版社発行の「Story日本の歴史-近現代史編」を使用します。中学・高校生向けの歴史参考書ですので歴史学会で特別異端な説は載っていません。

 先ず日本の開国から見ていきましょう。1858年日米修好通商条約が締結され、日本の鎖国は終わりを告げます。その後イギリス・フランス・ロシア等とも条約を締結する訳ですが、欧米列強にとって一方的に有利な不平等条約である事から後に外務大臣陸奥宗光が中心になって条約改定を行います。この時期の日本史については学校の授業で習ったりしていますし、大河ドラマなどでも良く題材に昇りますから流します。

 「日本が朝鮮に一歩先んじて国内体制を転換させ、西欧諸国に似た近代国家への道を歩み始めると、支配者は早くも近隣諸国侵略の要求を強めていく。西郷隆盛や板垣退助ら明治維新の指導者たちの征韓論は、早い時期のそうした例であった。朝鮮にすれば国内変革を迫られる困難な時期に、間近に新たな侵略者を加えることになった。一八七五年の江華島事件を背景に、日本は軍事的な威嚇のもとで翌年不平等な日朝修好条規を押しつけて朝鮮を開国させる。朝鮮支配への第一歩であった。」

「朝鮮植民地化 壬午軍乱、甲申政変などを通じて介入を強め、日清戦争で清の朝鮮への影響力を排除した日本は、日露戦争下で朝鮮の植民地化を本格化した。戦後の第二次日韓条約(一九〇五年)では韓国(一八九七年に国号改定)に統監府を置いて保護国化し、外交権を奪う。韓国皇帝がこうした支配の不当性を国際会議の場であきらかにしようとしたハーグ密使事件が起きると、第三次日韓協約(〇七年)を強要して内政権を奪い、さらに軍隊を解散させた。」「韓国内では激しい抵抗運動が起こる。一八九五年の日本公使館による王妃、ビン妃殺害事件をきっかけとして始まっていた反日義兵闘争は、協約で解散させられた軍人たちを加えて拡大した。愛国文化啓蒙運動など民族文化振興という形の態幸運をとも盛んとなった。そうした中で前統監伊藤博文が安重根によって射殺されると、日本はこれを理由に一九一〇年、強要して韓国併合条約を結び、韓国を植民地とした。」(以上前掲書より引用)

 以降朝鮮総督府を置いて陸海軍の大将が朝鮮総督として「武断政治」を行い、「土地調査事業」で村の共同耕作地などは日本政府の物として取り上げ、多くの農民が小作農あるいは失業者となった。取り上げた土地は日本の企業や国民に安く払い下げられる。私の父方の祖父は貧農の出身であったが、一九三〇年代に朝鮮に土地を買って、元々の持ち主である朝鮮人を小作人としてこき使って地主として贅沢な暮らしをした。

 一九年の三.一独立運動は二〇〇万人以上が参加する大規模な物となる。日本の公式記録では二四〇〇〇人の死傷者を出して鎮圧している。一八年の米騒動による日本国内の米不足を補うために朝鮮からは大量の米が日本に運ばれ、朝鮮の農民は没落して流民化していく。満州やシベリア、日本内地に移住する人が多く現れる。在日朝鮮人の始まりである。三一年の満州事変以降、それまでの農産物供給地としての位置づけが中国・東南アジア侵略の後方基地、兵端基地に変更され、様々な工業化が朝鮮北部で行われる。全ては日本の資本による物で、朝鮮の民族資本は没落していく。三九年の国民徴用令等で日本国内への強制連行と朝鮮北部での徴用も行われる。三八~四五年に数百万人とも言われている。

 植民地化以降の「同化政策」は欧米の行った植民地支配に比べて、言葉や習慣、文化や社会制度まで日本人化しようとする徹底した物であった。「皇国臣民の誓詞」を大人にも子供にも唱えさせ、「宮城遥拝」「日の丸」の強制「創始改名」等々朝鮮人の民族性をとことん破壊しようとした。この支配に対して中国国境付近を根拠地とする反日武装闘争や中国の重慶に金九らの大韓民国臨時政府が組織した韓国光復軍等による独立運動が闘われる。四五年、日本の敗戦と共に植民地支配が終了する。八月一五日は朝鮮、韓国ともに光復節という祝日である。

 以上日朝・日韓関係の歴史経過を簡単にまとめてみましたが、これだけでも長くなったので台湾については後日。                                             

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とある大学生さんへ。

  とある大学生さん、改めましていらっしゃいませ。コメントを書いていたら長くなりましたので独立した記事にします。

 あなたのように、これこれこのような事実があるがどうだろうと、具体的に書いてくださる場合には健全な論議が出来ると思いますから歓迎します。罵愚氏の場合は、「侵略など無かった」と言いながら、根拠を示してくださいとの私の求めに答えようとはせず、嘲笑するがごときトラックバックを続けたことから荒らしと判断しました。
 日本の近現代史の中で日本の国土に攻め入った国はアメリカしかないことは承知いただいているかと思います。それ以外の戦争や事変と称される物は全て日本が他国の領土で行った物ですね。その後他国を占領したり植民地にしているわけです。自衛のための戦争なら、脅威が無くなった時点で軍隊を引き上げても良いのではないでしょうか。
 パラオなどでの例を出しておられますが、軍隊には宣撫士官という物が存在していました。分かり易く言うと占領地の人々をいかにして協力させるかの宣伝工作をする軍人です。ですからその士官の力量によっては日本に好意的な人々がいてもなんの問題もないのです。
 例えば、相当昔に読んだので出典を忘れましたが、パプアニューギニアで現地人が日本軍の陣地を襲撃したとき、宣撫士官だけは「おまえは良い日本人だから命は助けてやる」と行って見逃してくれた例もありました。
 読売新聞の記事ではおそらく、当時の政治情勢については書いていないのではないでしょうか。タイ王国は当時中立国として振る舞うことで政治的独立を保っていた国なのです。そこへ日本が軍隊を派遣して東南アジア征服の拠点にしています。タイは好んで日本軍を受け入れたわけではありません。
 台湾についてもそうなのですが、日本が植民地にした当初沢山の抵抗闘争が行われ、多くの台湾人が殺害されました。「台湾理藩」と言います。これについては日本軍の中からも数多くの戦死者が靖国神社に祀られていますから、いかに激しい抵抗があったのかは分かっていただけると思います。

 台湾やタイ、パラオでも、どこの占領地、植民地でもそうなのですが、証言している人の社会的地位、経済的立場、政治的立場をよく考察していただきたいのです。日本軍と結託して利権をむさぼった人々からすれば、日本軍に好意的立場になってその様な証言をします。逆に日本軍によって家族を虐殺されたり苦しめられた人々は日本の侵略を孫子の代まで語り継ぎます。どちらが多かったのか。それをふまえながらご自分の考えをまとめてください。

 私自身は系統的に歴史学を学んだわけではありませんが、宜しければ一緒に学ぶことは出来ると思います。疑問な点などがあればいつでもコメント欄にお書き下さい。

 

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2005年7月20日 (水)

十年ぶりの県民集会に一万。沖縄。

 住宅地に300メートルの距離に隣接する施設での実弾射撃訓練に対して、沖縄では超党派の県民集会が開催された。開催決定からわずか四日という短期間に、主催者の予想3千人を遙かに上回る1万人が参加。怒りの大きさを感じた。

沖縄タイムスより

「都市型」に1万人抗議/金武町で県民集会
党派超え撤去要求/政府姿勢を批判

 金武町の米軍キャンプ・ハンセン内「レンジ4」都市型戦闘訓練施設での実弾射撃訓練に反対する「陸軍複合射撃訓練強行実施緊急抗議県民集会」は十九日午後、同町の金武地区公園で開かれ、約一万人(主催者発表)が参加した。米軍の訓練強行に抗議するとともに、訓練を容認する日本政府に怒りの声が上がった。同施設の即時閉鎖と撤去、金武町伊芸地域の基地全面撤去を決議。稲嶺恵一知事ら参加者はキャンプ・ハンセン第一ゲート前まで行進し、訓練の中止を強く訴えた。

 基地問題で超党派の県民集会が開かれるのは、米兵による暴行事件に抗議した一九九五年の県民総決起大会以来十年ぶり。稲嶺知事をはじめ、県議会の与野党全会派が一致して同施設の暫定使用中止を求めており、日本政府は新たな対応を迫られることは必至だ。県議団や儀武剛金武町長は二十日に、稲嶺知事も近く上京し、日米両政府に訓練中止を訴える。

 集会は県議会、金武町、同町議会、伊芸区が主催。儀武町長は「米軍の訓練強行は断じて許せない。県民、町民の怒りは頂点に達している。この思いを日米両政府は真摯に受け止めるべきだ」と憤った。池原政文伊芸区長は過去の流弾事故を挙げ、「日本政府は訓練を容認している」と政府の姿勢を批判した。

 外間盛善県議会議長は「県民の生命・財産を守る立場から到底容認できない」、松田義政金武町議会議長は「伊芸区という小さな町の痛みを自分の思いとして」とそれぞれ思いを共有した。

 稲嶺知事は「施設の暫定使用を中止させ、伊芸区に静かな生活環境を取り戻すために全力を尽くす」と決意を表明した。

 また、女性代表の伊波佳さん(62)=伊芸区、子ども代表の中江夕姫さん(15)、山田梨乃さん(16)=同=が意見発表。「危険な訓練を中止し、安心して生活できるようにしてほしい」と訴えた。

 集会には地元金武町のほか、県内各地からバスやマイカーで多くの県民が駆けつけた。

 同施設は住宅地から約三百メートル、沖縄自動車道から約二百メートルの距離に位置。日米両政府は地元の強い反対を受け、今年四月に民間地域から離れた「レンジ16」近くへの代替施設建設に合意。米軍は代替施設完成まで、レンジ4施設を暫定使用するとし、今月十二日と十三日に、米軍特殊部隊(グリーンベレー)による実弾射撃訓練を強行した。

首相に訓練中止直訴へ/稲嶺知事が意向表明

 稲嶺恵一知事は十九日夜、都市型戦闘訓練施設の訓練中止に向けた対応について「私は機会あるごとに最高の方にお会いできるようお願いしている。きっちりと意見を述べて、理解をいただきたい」と述べ、小泉純一郎首相との面談を求め、訓練中止を訴えていく意向を表明した。

 十年ぶりの超党派による県民集会について「(訓練中止に向けた)県民のみんなの心を表しているということに確信がもてた」と評価。「過去の流弾事故から住民の不安がはっきり分かった。子や孫のために頑張っている(地元の)思いを大事にしていきたい」と述べ、反対運動を展開する地元の取り組みを支援していく考えを示した。

 さらに、稲嶺知事は「訓練中止を阻んでいる最大の壁が日米地位協定」と指摘した上で「(協定制定時の)状況と比べ世界の状況も違い、人権や環境に対する考え方も変わってきている。みんなの総意を結集しながら協定改定に向けて努力していきたい」と地位協定改定を求めていく考えをあらためて強調した。

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2005年7月19日 (火)

お料理と手芸

 次女は美少女である。誰がなんと言おうと美少女である。口が悪いのは黙ってさえいれば、ばれはしない。忘れ物が多いのもご愛敬である。

 料理が好きで、小学生向けに発行されている、お料理の雑誌を定期購読している。時々夕飯のおかずや酒のつまみやお菓子を作る。火を使う料理は危ないので私か妻がついているが、そうでない料理、例えばサラダなどは自分でレシピを見ながらドレッシングを作る。和え物はお湯を沸かして湯がくより電子レンジを使う。今日は野菜炒めを作ってくれるそうで、自分で買い物をした。

 料理の他に、最近手芸に興味を持ったようだ。フェルトと綿を買ってきてマスコットを作る。まだ縫い方が下手なのでよく針を指に刺してしまうが、それでもせっせとニンジンだのなすびだのの簡単な形から、昨夜はウサギと猫を作った。目や耳は色違いのフェルトを小さく切って貼り付ける。そうすると息子が自分にも作ってくれとせがむので、今日は新たに青いフェルトを買いに行き、ドラゴンクエストに出てくるスライムを作ってやるらしい。

 おてんばではあるが趣味は結構女の子している次女は、このまま成長したらどうなるのであろうか。妻曰く「あたしの子供の時そっくり」だそうなので、非常に心配だ。

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2005年7月18日 (月)

全学連シンパから反戦青年委員会へ

 二浪目の途中から受験勉強をそっちのけにしてマルクス・エンゲルス・レーニンの古典を読むようになった。受験参考書がまっさらなままなのに「共産党宣言」「賃労働と資本」「国家と革命」「なにをなすべきか」などは赤線で真っ赤っかになる。それを更にマーカーで塗りつぶす。そんなことをしていると偏差値は全然上がらない。第一志望どころか滑り止めも危うくなる。それでもあちこちの集会や闘争に顔を出す。大学は完全に諦めていた。

 ひとまず独立するための資金稼ぎに働くことにして、某自動車会社の季節工に応募する。一週間日勤をすると翌週は一週間夜勤になる二交替制勤務で、一日約11時間ライン作業で歩きづめのきつい仕事だ。二三ヶ月で体重が65キロから55キロに減ってしまう。ある人は三ヶ月で体重が30キロ減った。その分当時としては破格の手取りで月30万以上有った。殆どが手当なのだが、勤務して一週間持つとか一ヶ月持つとかで数万の手当が付くくらい、体が持たずに辞めていく人が多かった。鎌田慧さんの「自動車絶望工場」そのままの世界だった。

 その最中の三月の三里塚の全国闘争の現場で、僕は某地区反戦青年委員会のキャップに引き合わされた。以降僕の身柄は全学連から反戦に移る。反戦青年委員会について知らない人のために簡単に書いておくと、65年の日韓条約締結とベトナム戦争に反対する社会党系の大衆団体で、労組単位でも個人でも参加出来る広範な物だった。三派全学連の影響を受けて、70年前後には青年労働者の実力闘争団体へと成長したが、それに危機感を覚えた社会党と総評が全国反戦を凍結する。その後は新左翼各派の系列に組織された労働者の組織になっていく。

 仕事を持ったために、三里塚には全学連とは別行動で反戦の隊列で行くことになったのだが、結集過程でドジを踏んでしまう。集合場所の駅の改札に到着したとき、眼鏡をサングラスに掛け替えていたために、周りの状態がよく分からない。目の前のサングラス・マスク・帽子の一団に声をかける。名前を尋ねられたので答えようとすると「そっちじゃない」と声がかかる。そちらを振り向くとヘルメット姿の集団が座り込んでいた。僕は私服の公安刑事に話しかけていたのだ。危ういところで気づき、慌てて反戦の隊列に飛び込む。危ないところだった。その後しばらく、この一件でからかわれることになる。

 長い反戦派労働者としての人生が始まった。

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2005年7月17日 (日)

「ラインの虜囚」

 お気に入りの作家田中芳樹さんの最新作。内容はナポレオン死語のフランスとプロイセンを舞台にした、少年少女向けのジュブナイルなのだが、作者は当時の時代背景等を丹念に調べた上で書き上げている。けして子供だましの内容に終わっていない。

 登場する主人公格の四人、コリンヌ・ド・ブリクール、ジャン・ラフィット、エティエンヌ・ジェラール、アレクサンドル・デュマの全てが歴史上の実在の人物で、ちょっとした冒険をすることになる。ナポレオン・ボナパルトが実は生きているのではないかという噂の真偽を確かめることを、祖父から命じられたコリンヌが、他の三人と出会い、暴漢に襲われながらも目的地にたどり着いて事実を調べてパリに戻る。戻ってからの一騒動。

 小中学生くらいのお子さんがいる方には、物語の楽しさを教えてくれるこの本はお薦めだと思います。読後、早速長女に面白いからと勧めました。

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業務知識が乏しい私

 勉強不足な郵便局員、それは私です。先日草加さんの「旗旗」にコメントを書いたのですが、勘違いから間違ったことを書いてしまいました。管制塔被告団の統一支援について「郵便振替口座の開設には最短二ヶ月かかることです」などと書いた翌日に、まっぺんさんから口座開設のお知らせ。何でかなぁと色々思いを巡らせてみると、間違いの原因が分かりました。郵便振替口座の開設と、そこからの自動引き落とし手続きとを混同していたんですね。郵便振替口座の開設が年間1~2件しかない小規模局にいるため、自分が貯金業務をするようになってからの6年間で唯一開設手続きをした中で、間違った覚え方をしていました。コメント投稿前には十分確認してからすべきだったなぁと思います。

 早速今日、わずかですがカンパを送金してきました。

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2005年7月16日 (土)

罵愚は排除しましょう。

 最近、罵愚と言うハンドルのネット右翼からの執拗な荒らし行為が行われている。嫌がらせの被害に遭っているブログを見ると基本的に保守反動勢力にとって都合の悪い事実や意見を掲載している所ばかりです。

 手口としてはハンドルそのままの罵倒愚弄の繰り返し。己の主張の根拠、論拠、出典などは記載せず、数行のきわめて右翼的主観と願望に満ちた戯言を書くのみです。こちらがまじめに対応することは時間と労力の無駄であるし、ネット右翼の主張を自分のブログで広めてやる義理など全くない。よって、過去のコメントとトラックバックについては罵愚の手口を晒すために残すとして、新規のアクセスは一切拒否するように設定した。

 罵愚の荒らしの被害に遭っている全てのブログ主さんにおかれましても罵愚およびその類については一切アクセス拒否されることをお勧めします。

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沖縄へのちょっとした思い入れ。

 ここ数日沖縄の米軍基地被害について記事を書くことが続いた。中には沖縄タイムスのコピペを沢山使ったりしていた。僕自身の思想形成にとって沖縄問題は切っても切り離せない関係があるからだ。

 実は今年77になる父の影響で、少年時代少なくとも中学二年くらいまでの僕は、「丸」や「航空ファン」という雑誌を定期購読し、田宮模型などが発売していたウォーターラインシリーズ等の軍艦のプラモを作り、山本五十六を尊敬していて、「日の丸」「君が代」「元号」使用等々右翼としか言いようがない人間だった。当然読む本も第二次世界大戦関係の戦史物を沢山読んでいたし、将来の夢が航空自衛隊のパイロットであった。

 それがよりによって左翼の中でも中核派という「極左」になったのかというと、実は元々好きで読んでいた戦史物の本で沖縄戦に関する記述を読んだことをきっかけに、それまでの価値観が大きく崩れてしまったのだ。皇軍が県民を大量に殺してしまったこと。皇民化教育によって自決の強制が行われたことなどを知ってしまった。別にその本自体は左翼的な出版社から出ていた物ではなかったのだが、それでも沖縄戦について語るときに避けて通ることが出来ない歴史的事実だったからだ。

 それ以降歴史に関する本を読む場合でも「三光」(中国戦線における日本軍による虐殺・強姦・略奪などを実際に行った元日本兵達の告発本)「悪魔の飽食」(薬害エイズで潰れたミドリ十字の創設者達が中国で細菌戦の研究や人体実験をしていたことについてのノンフィクション)などを読むようになった。思想的に徐々に左傾化していったわけだ。高校にはいると新聞委員会に入っていたせいもあり、尊敬する人物が本多勝一などの左翼的な新聞記者に変わり、将来の夢もマスコミ・出版関係の仕事をしたいと思うようになる。で、大学はその方面に強い某私立大学を受験したが失敗した。その帰りに全学連と接触して更に左傾化していくことになった。

 今日のように左翼思想べったりになるきっかけが、実は沖縄戦だったから、その後政治活動をするようになってからもこだわりを持っている。例えば組合の動員というのは交通費・食費・宿泊費を負担してくれることが殆どで、自腹を切って参加することはまず無いのだが、沖縄平和行進(5月15日の本土復帰記念の日に基地廃絶を目指して約一週間沖縄本島を巡る行動)や2000年の沖縄サミット反対・嘉手納基地包囲行動などには組合の予算がないからと言われると自腹を切って参加してきた。(中核派の運動は全て自腹が当たり前です。組合関連について自腹はまず無い)

 そんなこんなでブログを開設して政治的なことを書き出してしまったからには、沖縄について書かないわけにはいかない心情がある。

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町村外相・中山文科相どちらも辞めろ

 基地被害に対して必死の思いで過去を告白して被害根絶を訴える女性をセカンドレイプした町村外相、自分は決して体など売らなくても生活できる高見から「従軍慰安婦」にプライドのある職業などと言うメールを書ける無神経女に頼って自己弁護する中山文科相。どちらも閣僚以前に人間として最低の輩だ。小泉政権はこのような輩しか「人材」の無き最低の政権だ。郵政民営化法案の不成立などと言わず、即刻内閣総辞職すべきだ。

 以下沖縄タイムス7月15日付朝刊のコピペ

「人権踏みにじるのは誰/被害女性涙の抗議

 「被害に遭っても黙っていろということですか」―。町村信孝外相の発言に対し、米兵から受けた性被害を公表した由美さん(仮名)は、悔しそうにつぶやいた。同様な性被害が二度と起こらないこと、米軍基地がなくなることを願い、自らの被害を本紙を通し県知事あての公開書簡で訴えた。書簡を基に、県選出議員が米軍基地被害についてただした結果の町村外相発言。「子どもや女性が平和に暮らす権利を踏みにじっているのは誰なのか」。基地被害に苦しむ沖縄の人々の声を聞いてほしい、そんな願いさえも政府にはなかなか届かない。

 米軍基地撤去を願い、勇気を振り絞って書いた公開書簡。それに対し、外相は軍が日本の平和と安全を守っていると発言した。

 由美さんは、発言を伝える記事を読んで泣いた。「事件が起きた時、ある意味死んだようなものだった。外相発言でもう一度つぶされたというか、極端に言えば死ねといわれたような、気持ちになった」「被害に遭っても黙っておけということだと思った。これがセカンドレイプというものだと思う」

 外相が語った日本を守っている米軍が、沖縄で住民に対し暴力を振るっている。「国のために国民があるのか、国民のために国があるのか。沖縄の歴史の中で、軍隊は一度も住民を守ったことはない。それなのに国民は平和であるというなら、平和でない状況にいる沖縄の人は、国民じゃないということでしょうか」

 被害を訴えることができなかった性暴力の被害者。勇気を出して声を上げても、声が伝わらないのがもどかしい。基地の中に生活がある沖縄に対する、根本的な認識のずれがあると指摘する。

 「彼らの生活の場ではヘリが落ちたり、米兵が襲ってくるわけじゃない。私も今回の被害者も、基地に近づいていったわけではない。普通の生活に、危険を持ち込んでいるのは誰なのか」

 一九九五年の米兵による暴行事件以来、沖縄の米軍基地をめぐる現状は変わっていない。

 「誰かが殺されたら、基地をなくすのか。いったいどこまでいけば、沖縄の人が平和に暮らせるのか。子どもや私たち女性にも平和に暮らす権利がある。それを、守るのが国の役目なのに」

 支えてくれる多くの人たちとの出会いで、体験を語ることができ、少しずつ精神的にも回復してきたと思う。だが、米軍の事件や事故のたびに、悪夢に目覚める。外相発言の記事を読み眠れなくなった。

 「こういう苦しい気持ちを誰にもさせたくないと。それが、私を動かす一番大きな思いです」

 由美さんは、涙でぬれた瞳で、まっすぐな視線を向けた。」

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2005年7月15日 (金)

管制塔戦士の統一救援組織に賛同します。

 「旗旗」ブログ上での草加さんの提起を真っ向から受け止めたい。78年3・26の成田空港開港阻止決戦として闘われた偉大な戦闘の当時、私はまだ中学生に過ぎなかったが、凄いことやるなあと記憶に残っている。農民の生活を破壊して建設された空港を、それも第一級の国策としての空港建設を今日に至るも完成を阻止している闘いが三里塚闘争です。所属した党派は違えども、闘った時期は違えども、私にとって三里塚闘争は自分の人生をかけた闘いであった。85年の10・20戦闘で逮捕され、起訴猶予処分で釈放されはしたが、場合によっては管制塔戦士のように階級敵の捕虜として生活を破壊されていたかも知れない。けして人ごとではない。

 同時に、この損倍請求が現在の暫定滑走路延長攻撃、現にそこに生活している農民の頭上をジェット機の騒音で破壊し追い出しを狙う攻撃の一環だと思います。二度と3・26の様な闘いをさせない、その為にかけられている攻撃であると思います。ならば現在の三里塚闘争を守るためにも管制塔戦士を全ての三里塚勢力が支援する必要があると考えます。出来ることであれば反対同盟の分裂を止揚していける統一戦線の結成を希望します。

 現在の私は、郵政のリストラによるストレスのために鬱病を患い、現在休職中で収入が減っておりますが、出来る最大限の支援をさせていただきたいと思います。

 この記事は慌てて書いたので何を書いているか分かりにくいと思いますので、草加さんの「旗旗」を是非ご覧下さい。http://hatahata.mods.jp/archives/2005/07/150740.html#more

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2005年7月14日 (木)

レイプを我慢しろと言う町村外相。

 先日記事を書いた沖縄における小学五年生への強制猥褻事件について、国会で質疑を受けた町村外務大臣は断じて許すことの出来ない答弁を行った。外相答弁の趣旨はこうだ「日米安保によって日本の安全が守られているのだから、米兵の公務外の犯罪については問題にしないし、我慢しろ」こんな輩を外務大臣に据える小泉内閣とは何か。軍需産業の利権のためならば殺しもレイプも我慢しろと言いつつ自分の一族は横須賀軍港の利権で金儲けをする。そんな小泉にいつまで議員バッチを付けさせておくのか。

 沖縄タイムスより

「性被害女性の手紙批判/町村外相

「軍隊があるから日本は平和」

 町村信孝外相は十三日の衆院外務委で、二十一年前に米兵から性暴力を受けた女性が稲嶺恵一知事にあてた手紙について「米軍と自衛隊があるからこそ日本の平和と安全が保たれている側面が、すっぽり抜け落ちている。バランスが取れた考えとは思えない」と指摘、女性の訴えを批判した。東門美津子氏(社民)の質問に答えた。

 東門氏は「被害者の心の底からの苦しみに『軍隊が国を守っている。あなた、そこを知りなさいよ』という話し方はとても残念だ」と強い口調で反発した。

 町村外相は答弁で、女性の手紙について「被害にあった方々の心情、気持ちは率直に受け止めなければいけない」と一定の理解を示した。しかし、手紙の中の「米兵達は(略)仕事として人殺しの術を学び、訓練している」との部分に関して、「軍隊の持つ一面かもしれないが、それだけをとらえて物事を決めるのはバランスが取れた考えとは思えない」と反論。

 その上で「日本とアジアの平和が相対的に保たれているのは在日米軍の存在、自衛隊のさまざまな努力がある。軍隊をなくせば戦争がなくなるわけではない」と述べ、女性の訴えは一面的との認識を示した。

 また、町村外相は「(軍隊には)戦争を抑止する機能が現実にあるということも認識を賜れば幸いだ」と持論を展開した。

 手紙を出した女性は高校生だった二十一年前、米兵から性暴力を受けた。今月三日に起きた米兵による女児強制わいせつ事件を受け、稲嶺知事に基地撤去を求める手紙を書いた。」

「人権配慮欠く」批判/女性・平和団体反発

 「安保を守るために、人一人の人権がじゅうりんされてもいいのか」―。米兵による女児強制わいせつ事件に関連して、自らの性被害を公表し、基地撤去を願った女性の公開書簡。警察にも届けることができなかった女性の勇気ある行動に対し、外相発言は冷や水を浴びせた。県内の女性団体や平和団体からは、基地負担を押し付けた沖縄の現実を見据えない発言に、批判が相次いだ。

 県女性団体連絡協議会の伊志嶺雅子会長は「外相発言は、大きなものを守るために被害者は我慢しろという言い方だ。我慢しろとか、できるとかの次元の問題ではない。(安保のために)凶悪犯罪を認めるというのか。そのような発言が平気で出ること自体、沖縄の痛みを分かっていない。怒りを通りこし、あきれる」と憤った。

 基地軍隊を許さない行動する女たちの会高里鈴代共同代表は「女性が何年にもわたって痛みを抱え、声を出したことへの配慮がすっぽり抜けている。告訴を取り下げたり、訴えることができずに恐怖を抱えたままの人が、大勢いることが想像できないのか。平和のために軍隊があるというが、そこから起きる公務外犯罪を切り捨てて、米軍駐留を正当化している。今や米軍はイラクでも、また軍内部でも(性暴力の多発など)軍隊としての問題が顕在化している」と厳しく批判した。

 沖縄平和運動センターの崎山嗣幸議長は「沖縄がまだ軍政下にあるかと錯覚させるような暴言だ」と怒る。「国民の人権を守るべき立場を放棄し、米政府高官を代弁するような軍隊の論理の発言で、許すべきでない。『沖縄の負担軽減』と言ってみても、基地のたらい回しで県民に犠牲を強いる無責任な結果に終わるのではないか」と米軍再編の行方にも懸念を示す。

 基地の県内移設に反対する県民会議の山内徳信共同代表は「許せない発言だ。都市型戦闘訓練開始に対する政府の反応を見ても、県民の人権を虫けらのように考えているのではないか」と反発。米軍が平和を保つという発言には「地上戦を経験し、戦後六十年を基地の島で生きてきた県民にとって、軍隊は住民の命も人権も守らないというのが実感だ。軍隊が平和を守るのなら、人口比なり面積比に合わせ、本土で基地を引き取るべきだ」と批判した。」

 

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難問ミュージカル・バトン

 「旗旗」の草加さんから大変難しい宿題が回ってきました。ミュージカル・バトンという音楽に関する質問を回す、一種のチェーンメールなのですが、普段音楽を聴かない人間にとってこれは難しい。なんせ静寂が好きなので一人の時はテレビすら殆ど着けない。おまけにブログを始めて日が浅いので、バトンを回す相手の心当たりがないのだ。他の方のブログを見ていてミュージカル・バトンの存在は知ってはいたが、まさか自分の所にくるとは。

1)コンピュータに入ってる音楽ファイルの容量は?

 自分で入れたのはありませんからゼロの筈ですが、セキュリティソフトを入れたのが最近なので、もしかしたら本人の知らぬ間に大量のファイルが存在するかも。

2)今聞いている曲は?

 「魔法戦隊マジレンジャー」息子の趣味で、保育所の送迎の際に無理矢理聞かされています。

3)最後に買ったCD

 「ラストクリスマス」去年の秋から冬にかけて織田裕二主演のドラマの主題歌で、妻が織田裕二の大ファンなのでクリスマスプレゼントに買いました。

4)よく聞く、または特別な思い入れのある5曲

 「霧のソフィア」アルフィーの曲です。85年の10・20三里塚戦闘で機動隊にとらわれ、千葉刑務所の未決勾留房に23日間入っていました。その時昼の時間と夕方の食後だったかな、ラジオ放送があるのですが、新曲としてよく流されていました。当時好きだった女性がアルフィーのファンで、印象に残っています。

 「鳩よ舞い上がれ」だったと思う。新谷のりこさんの曲で、84年の8・6広島闘争の際に平和記念館前の集会で初めて聞きました。新谷さんが「フランシーヌの場合は」で知られる反戦歌手なのもこの時初めて知りまして、夜に屋内集会でコンサートのテープを買ってしまいました。

 「メーデーの歌」僕の誕生日がメーデーなので。ちなみに息子もメーデーの生まれです。こうなると労働運動するしかないかなぁ。

 「新世界より」ドボルザークの作曲だったと思いますが、アニメ版の「銀河英雄伝説」の中でよく使われているので印象に残っています。

 「四季」の内、「春」高校生の文化祭の時、監督、脚本、主演をした8ミリ映画で使いました。今は8ミリ映画どころか8ミリビデオも絶滅状態ですね。

5)バトンを渡す5人

 ごめんなさい。バトンが回っていない人で、心当たりがありません。

 これがアルコール・バトンとか、コミック・バトンだったなら苦労しなくてすんだかな。

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2005年7月13日 (水)

るいちゃんちにお呼ばれ。

 昨日、妻と息子の帰りが普段より遅かった。残業になったのだろうかと思っていたら、実は保育所の友達の家に寄ってきたらしい。

 るいちゃんという女の子の家が保育所の近くらしく、その子が帰宅後に保育所まで自転車に乗って遊びに来ていたそうだ。丁度妻が迎えに行ったときに出会ったところ、おうちにおいでと言われたらしい。

 妻の話によると息子はにやけて、「女の子のおうちにお呼ばれしてもうた。どうしようかな男の子が誘われたのにいかへんのは変やしなぁ」とか何とか言って、据え膳食わぬは男の恥とばかりについて行ったらしい。五歳にしてとんだませガキである。実際にはるいちゃんの家まで行ってコマ無し自転車の乗り方を教わったりして遊んだそうだ。しかし図々しいことに夕飯をごちそうになろうとしたらしい。それはいくら何でもやりすぎだというので連れて帰ってきたが、息子はまんざらでもないと言う風であったとか。

 今日は私が迎えに行ったのだが、るいちゃんの家に行くとうるさく言うので、とりあえず家まで行ってみたが自転車がなかったのでどうやら留守だったらしく、今日はすんなり帰宅できた。息子は最近なぜか女の子にもてているらしい。羨ましいことだ。

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2005年7月12日 (火)

郵政民営化でコンビニしたら赤字体質になる。

 曲学阿世の徒竹中平蔵郵政民営化担当大臣は、郵政事業を民営化した後でコンビニなどを展開することを便利になると強弁している。本当に郵便局でコンビニを展開することが経営の助けになるのであろうか。6~7年前の事になるが、当時「エコノミスト」を毎週購入していた。コンビニのフランチャイズは本部だけが儲かり、加盟店は赤字になる仕組みである事を数回に渡って特集していた。その後講読を止めていたので現状がどうなっていたのか知らなかったのだが、娘の同級生の両親がコンビニ経営から撤退した。現在も加盟店を収奪する構造は変わっていない様である。手口については下記のブログに詳しい。近く発売のエコノミストにも特集が有る様だ。

 「コンビニは現代の奴隷商法」と言うブログが有るhttp://combinii.blog13.fc2.com/blog-category-3.html このブログではコンビニ商法が如何にして加盟店を収奪し、ありもしない債務を押しつけ、財産の全てを毟り取っていくかを詳細に説明してくれている。そしてコンビニには加盟しない、もし加盟した場合には出来る限り総記に脱退する事を薦めている。

 竹中大臣はコンビニ商法の現状を知っているのかどうか分からないが、知らなければ郵政民営化法案の出鱈目振りの証明になるだろうし、知って発言しているのなら郵政の赤字転落を意図的に狙っているとしか思われない。

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2005年7月11日 (月)

沖縄米兵による小学生強制猥褻事件を弾劾する

 7月3日午前沖縄本島中部の街で小学五年生の少女が下着の写真を撮られるなどの強制猥褻事件が発生した。沖縄タイムスや琉球新報ではここ一週間この問題が紙面を埋めているが本土のマスコミは黙殺状態である。基地の被害を沖縄だけに押しつけ、それで良いのだろうか。95年の少女暴行事件からわずかに10年しか経過していない。その中での事件再発である。米軍が日本に存在する限り、そして、米兵の中にアジア侵略の先兵としての侵略軍的本質がある限りこのような事件は根絶することが出来ない。

 約20年前に米兵のレイプ被害者となった女性が、95年の事件をきっかけに証言をするようになっている。匿名で稲嶺沖縄県知事に対して公開書簡を送り95年の県民大会会場にいた初心を思い出してください、振興策と引き替えに基地の固定化を図り、女性を危険にさらすのは止めてくださいと訴えている。

 本土に住む私たちは沖縄県民が米軍の被害をどれほど受けているのかを身近なこととして感じることが出来ていない。ここに、沖縄の基地問題が県民の切実な願い、訴えにも関わらずいっこうに解決されない原因が存在している。私たちはもっと沖縄の現状をしることに努め、本土・沖縄一体となった取り組みで米軍基地を追放することを考えよう。

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ロンドンでの爆破事件を考える。

 ここ数日ロンドンでの爆破事件に関して様々なブログが取り上げてきていたので、何を今更と言われるかも知れないが、いくつかのブログを読んでいて感じたことなどを書いてみたい。

 まず世間一般には「卑劣なテロ」として批判する傾向が強いようなのだが、なるほど一般市民多数が犠牲になっているけれど、イギリスがアメリカ・日本と組んでアフガニスタンやイラクでしてきたことは何なのだろうか。それこそ最新の兵器を使った無差別の白色テロルその物ではなかっただろうか。少なくともイギリス首相ブレアには、今回の事件について批判する資格は一切無い。ブレア自身がブッシュとともに世界最大のテロリストだからだ。

 アルカイダの犯行声明が出されているらしいが、彼らを支持する記は一切無いのだが、彼らが無差別戦闘に至るまで思い詰めてしまった原因は米英帝国主義にこそ有ると思う。米英によるアラブ侵略が無ければ、そもそも彼らのような組織が発生もしなかっただろうし、勢力を伸ばすこともなかっただろう。イスラエルとパレスチナの問題に見られる米英の二枚舌・三枚舌の外交。パレスチナ人民のやむにやまれぬ自己犠牲的な闘いを見聞きする度に、アラブ民族主義への共感・連帯を意識する。

 誰かがアニメのジャイアンとのび太を例に出して書いていた。ジャイアンはのび太を好きに殴ったりするのに、のび太が抵抗すると「のび太のくせに生意気だ」となる。アラブ・アジア・中南米・アフリカの人々が数万数十万の単位で殺戮されても平気な日米欧などの帝国主義者とそれに毒されている大衆。しかし一度虐げられてきた者達が反撃に転ずるや「テロリスト」と呼んで弾圧する現在の帝国主義社会。江戸時代の日本で「エタの命は八分の一」として差別していたのと同じ構造がある。アラブ人の命はイギリス人の数百分の一なのか。そうではないはずだ。

 私は暴力の階級性を信じている。支配階級が被支配階級を弾圧・圧殺するための暴力を否定し、批判する。しかし被支配階級・被抑圧民族が支配階級に向ける暴力は基本的に支持するし、実際に国家権力機動隊との市街戦も経験した。革命軍のゲリラパルチザン戦闘も断固支持してきた。

 その中でアルカイダの戦闘については支持すると素直に言えない。何故なら彼らの戦闘はイギリスの労働者人民・アメリカの労働者人民を獲得する視点を感じることが出来ないからだ。イギリスの戦闘では、一般の労働者が多数死傷した。その中にはイラク侵略戦争に反対した人々が含まれているかも知れない。本来共産主義運動では「労働者は国家を持たない」存在であるのに、彼らアルカイダにはムスリム原理過激主義の狭い観点からしか世界を捉えることが出来ていない。米英の国家機構に対しての戦闘であるならば、イギリス人民との共同闘争としてアラブ侵略戦争と闘うことも出来るのではないかと考えてしまう。

 なんかまとまりがないが現時点でロンドンでの爆破事件への感想を書くとこうなった。

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2005年7月10日 (日)

プール遊びは疲れました。

 ここ数日ネット右翼への対応にムキになってしまい、紙数を費やしてしまった。お互い相容れることはないのだろうけれど、どちらでもない中間にいる人がどちらにより多く賛成してくれるかを大切にしたいので、今後も多分右翼の書き込みには反撃するだろう。

 今日は二週間ほど前から子供達にせがまれていたプールに行ってきた。次女と息子と3人で。長女は妻と一緒に買い物に出かけた。市営のプールは久々に行くと午後一時からの営業に変更となっていた。以前は10時から21時までの長時間営業だったのが、今は20時までと短縮になっている。市の広報には掲載されていたのだろうけれど、これも合理化の一種なのだろうか。

 子供用プールで息子にバタ足を教えたり、追いかけっこをしたり、二時間しっかり遊ぶと日頃の運動不足の影響で体が怠い怠い。ここしばらく犬の散歩くらいしかしていないから応えました。子供達は楽しかったのか、「また次も連れてきてね」とおねだりしてくれた。

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2005年7月 9日 (土)

だから罵愚さん逃げないの。

 領土問題への認識が私個人に足りないからと行って、それを左翼全体として演繹するのは良くないと言ったでしょ。大体右翼の中にはアメリカ合衆国の領土拡大を侵略としてあげつらい、だから日本の領土拡大も許されるとする論調があるでしょうが。何が侵略で何が侵略でないのか論証してみせるべきではないですか。

 粘着質なくせに自分の論拠は示さないんだから、困ったもんだ。

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2005年7月 8日 (金)

罵愚さん論点のすり替えは止めましょう。

 日本が明治以来行った戦争や領土拡大が侵略であったかどうかを論じていたのに、何であなたは論点をはぐらかすのですか。ちゃんと侵略でなかったと論証して見せたらどうですか。ごまかしは卑怯で卑劣ですよ。

 それから私個人の勉強不足があるとしても、それを戦後左翼に一般化するのも良くないですよ。

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天皇制はファシズムかボナパルティズムか

 草加さんの天皇制=「かしこきところ」説を読んで中核派の天皇制論を思い出した。

 世間一般に左翼の間では天皇制をファシズムの一種として批判することが多いのだが、中核派の場合は天皇制をボナパルティズムとして捉えている。手元にマルクスのフランス三部作も清水丈夫著作選もないので記憶に頼りながら書くとする。

 ボナパルティズムとは、拮抗する二つの階級の調停役を装い、その実支配階級の利害のために立ち働く、危機の時代における支配形態の一種として存在する。日本においても天皇は階級や宗教を超越した存在として現れているように思う。その点で高橋哲哉氏の「靖国問題」で、キリスト者や仏教者までもが靖国で「英霊」を祀ることに取り込まれていった経緯を解く鍵があるのではないだろうか。

 正直、ここで詳細に分析する力量は、私にはないのだが、単純に草加さんの記事を見て中核派はこうだったなぁと思う次第です。

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罵愚さん、侵略の事実を素直に認めませんか。

 度々トラックバックやコメントをしてくれている罵愚さんという右翼的な人がいる。先日も「読了靖国問題」にコメントがあったのでこちらもコメント欄に返事を書いておいたのだが読んでもらえなかったようで、再び、今度は「石橋氏のトラックバックを検証する」にコメントをもらった。なんか言いがかりにしか思えないのだが、降りかかる火の粉は払っておこう。

「国事殉難者の顕彰は国家事業だろう。どこの国でも、自国の戦死者の顕彰は、国家がおこなっている。それができない、現在の日本のほうが異常だし、それを追認するあなたが異常だよ。
 他国からの干渉は、侵略そのものだ。ありもしなかった日本の侵略を前提にして、隣国からの侵略を肯定しているあなたの議論は、論理回路が逆転している。

名前: 罵愚 | 2005年7月 5日 午前 03時40分

 やれやれ、ネット右翼がまた来ましたね。植民地を獲得したり他国を軍で的に占領することを侵略というのだ。朝鮮・台湾を植民地にしたことも日本が中国東北に方に「満州国」という傀儡国家を作ったのも。、中国各地を占領し、インドネシア・マレーシア・タイ・ビルマ・ベトナムなどを軍事支配したことも知らないようだ。

名前: アッテンボロー | 2005年7月 5日 午前 10時43分

結局、話題は日本の近代をどう解釈するのかの、歴史認識に戻る。日本が勝手に近隣アジアを侵略したと主張する侵略史観の持ち主だけが、靖国を否定する。
 アッテンボローさんもまた「侵略ありき」の地点から話題をスタートさせていて、「どこに侵略があったのか?あれが侵略と呼べるのか?」の疑問には答えられない。
 わたしの結論としては、日本がきらいなら、日本から出て行けばいいじゃん、というものだ。

名前: 罵愚 | 2005年7月 8日 午前 02時28分」

 と言うのが罵愚さんとのやりとり。

 先ず第一に侵略とは何かについて罵愚さんは理解していないようなのでどの様に捉えているのか検討しよう。戦場はどこだったのか。空襲の惨禍をのぞけば、大日本帝国が成立した当初の日本で戦場になった土地は一つもない。沖縄は琉球王国という別の国だったのだから。ついでに言うと北海道も松前藩の旧領以外はアイヌモシリで、日本ではなかった。日本の軍隊はつまり明治以後に獲得した領土及び外国でばかり戦争をしていたわけだが、唯の一度でも要請を受けて軍隊を派遣したことがあるのだろうか。寡聞にしてその様な連は聞いたことがないし、右翼の人々もその様な事実があれば大々的に宣伝してくれるであろうがそれもない。

 日本は勝手に他国に軍隊を派遣し、戦争をし領土を広げていったのだ。これを侵略と言わずして何というのだろう。世界の歴史では、要請を受けて出兵してさえ侵略扱いされている例も多々ある。それなのに日本は要請を受けたことすらない。全て日本の勝手な都合からである。「ありもしなかった日本の侵略を前提にして、隣国からの侵略を肯定しているあなたの議論は、論理回路が逆転している。」などと言うが、侵略はあったのだ。繰り返して言おう日本は侵略をしたのだ。

 「国事殉難者の顕彰は国家事業だろう。どこの国でも、自国の戦死者の顕彰は、国家がおこなっている。それができない、現在の日本のほうが異常だし、それを追認するあなたが異常だよ。」というのだが、侵略戦争をしないことを誓った人間にとって、政府にとって、侵略戦争の結果戦死した人々を奉る靖国神社をおおっぴらに奉ることが正しいかどうかを考えて欲しい。「靖国問題」を読んだ記事では侵略戦争のために、天皇のために死んだ人間を顕彰する施設としての靖国の本性について述べたので、ここでは詳しくは述べない。靖国神社の見解が、例えば過去の侵略戦争を反省し、反戦を誓う物ならば話は変わるが、そうではない。

 「他国からの干渉は、侵略そのものだ。」韓国や中国が靖国参拝を批判することについて、罵愚さんはこのように言う。被害者が加害行為を肯定する首相の公式参拝に抗議するのが日本への「侵略」なのだそうだ。しかし、事実を事実として認めるよう求める両国の抗議が侵略なのだろうか。日本における歴史修正主義=「自由主義史観」=現代の皇国史観の跳梁に危機感を持ち、抗議するすることが侵略なのか。両国には小泉首相を批判する資格が有ると思う。

 「わたしの結論としては、日本がきらいなら、日本から出て行けばいいじゃん、というものだ。」これも右翼がよく使う論理展開だ。なるほど私は今の日本が嫌いである。正確には侵略と侵略戦争を肯定しようとする勢力が幅をきかせている日本が嫌いである。そうでない日本に作り替えたいと思っている。だから、今の否定すべき日本を、二度と再び侵略戦争をしない日本として作り替えたとき、誰に対しても私は日本が大好きだと言える日が来るだろう。

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石橋雅雄氏のトラックバックを検証する

「靖国神社で手を合わせただけで、前の侵略戦争を正当であったと認めたことになるのだろうか?
 余りにも無理がある。論理のかけらも無い。
 靖国神社への参拝は侵略の歴史の正当化を意味している、と言う人がいるとすれば、それはその人の単なる思い込みである。その人にとっては、そのように見えて仕方が無いのであろう。だが、実際に参拝している本人が何を考えているのかということとは、全く別の問題である。」

 どうやらこの人は不勉強のために靖国神社が明治以来のアジア侵略を肯定する立場で、侵略戦争で皇軍兵士として死んだ人間だけを軍神として奉っていることをご存じないようである。遊就館の展示を見たと書いてあるのに、靖国の主張がどの様な主張か、一切触れようとしていない。天神さんにお参りする人は学業成就など、それぞれの神社には祭神が存在している。侵略戦争で死んだ人間を崇めることすなわち軍国主義になることを理解できないようである。

「要するに中国や韓国の人たちは、それぞれの人たちが抱いている思い込みの激しさの余り、小泉首相が参拝する姿を目の当たりにして、感情を傷つけられたと言って騒いでいるのである。自分たちが勝手にこしらえた思い込みが原因で、自分たちが傷つけられたと勝手に騒いでいるのである。」

 日本が朝鮮・韓国・中国を始めとするアジア諸国を侵略した事実は、かの国の人たちが「勝手にこしらえた思いこみ」ではない。日本が勝手に侵略したのだ。勝手に軍隊を派遣してアジアの人々に多大な犠牲を強制したのだ。

「中国や韓国の人たちは、小泉首相が靖国を参拝することで、日本が再び軍国主義国家となり、再び我が国を侵略してくるのではないかと被害妄想を抱いているのである。なぜこのような被害妄想が生まれるのか、それはもうお分かりであろう。そう、中国にせよ韓国にせよ、厳しい情報統制が敷かれているが故に、正しい情報が各国の人々に適切に伝わっていないからである。」

 日本国憲法が禁じている宗教団体への援助の内で、敢えて靖国に首相として参拝するのは、靖国に特権的立場を付与することに繋がると同時に、靖国が主張する「大東亜戦争」=アジア侵略戦争を肯定することになるのだ。なるほど中国においては言論統制がしかれているのだが、日本の軍事大国化に繋がる問題については、国民的レベルで詳細に報道されているよ。正しい情報が伝わっていないなどと言うことによって韓国および中国の人々が無知故に騒いでいるとして差別排外主義を煽ってもいる。

「日本が中国や韓国と国民レベルで友好を取り戻したいと願うのであれば、まずは両国に情報統制を解除してもらうようお願いしないことには、それは到底実現不可能であろう。無論、それ相応の理由があるが故に情報統制を敷いている以上、簡単に解除の要請に応じてはくれないことは、言うまでもない。その理由が一体何であるかを知ることこそが、靖国問題の本質を真に理解する上で重要ではないだろうか。」

 ここでもまた無知故に騒いでいるとして蔑視の思想を煽っている。

「(私は無論読んではいないが、各ブログの書評を読む限り、高橋哲哉の「靖国問題」は、靖国問題の本質を全く捕らえていないように思える。靖国神社そのものよりも、靖国を問題視する中韓の姿勢にこそ、今般の靖国問題の本質があると私は思っている)」

 靖国神社が誰によって何のために造られ、何を主張し、どの様な政治的役割を果たしているか、読まなくとも分かるようである。ここで石橋氏は自分が靖国が抱える問題を直視できない事を自己暴露している。何故なら高橋哲哉氏の「靖国問題」を読まずしてその内容を批判することは出来ないのだが、それをしようとしない。読む事への恐れすら感じているのではないだろうか。石橋氏の無知と色眼鏡によってのみ主張されている靖国問題は中国・韓国が悪いとの主張は、井の中の蛙が大海にでたくない、と言うしか表現のしようがないからだ。己のよって立つ基盤が事実を知ることで崩れ去る事への恐れであろう。

「拝殿を離れた私は、遊就館に向った。」「無駄にしてはいけない。日本を守るために落とした彼等の命を、絶対無駄にしてはいけない。そのためにも、私たちが真剣になって、日本を守らなければ―――」

 ここで彼は軍国主義者であることを改めて表明しているのだ。零戦と特効塀の手記に涙した彼は、日本が侵略によって拡大した版土を守るために落とした命に続こうと決意表明している。実際には特攻隊が日本を守ることが出来なかったし、多くの国民に犠牲を強制した侵略戦争に反対して政府と闘うことの中にしか国民を守ることがなかったことを、彼には理解できないようである。

「高橋哲哉が創価学会系の雑誌「潮」8月号に靖国問題の記事を書いていた。
 これで高橋哲哉は、ピースボート、バウネットに加えて創価学会と、「反日 悪の枢軸」の全てに関与していることが分かった。」 「『靖国問題』の本質とは何か。」と題されたその記事の中で、高橋哲哉は、靖国問題は中国や韓国が非難するから問題なのではない、国内の問題だとハッキリ述べている。私の主張と全く正反対である。
 靖国神社の何が問題であるかについて、高橋哲哉は次の2点を挙げているが、全く説得力が無い。
①靖国神社は戦争を肯定しており、平和祈念の施設としてふさわしくない。
 遊就館には戦争に係る資料を展示しているから、靖国神社は戦争を肯定していることになる、と高橋哲哉は言う。それのどこが戦争を肯定していることになるのだろうか?戦争という歴史的事実を示す資料が展示されていることのみを理由に、「靖国神社は戦争を肯定している」と発想するその思考回路が私には全く理解できない。上記の記事で書いたように、私は遊就館を訪れて、逆に戦争のむなしさを思い知った。また同時に、日本を守ることの大切さを思い知った。戦争肯定という思いには全く至っていない。人々が靖国神社の展示物を見ると戦争をしたがるようになるから危険だ、などと考える高橋哲哉は、日本国民を馬鹿にしているとしか思えない。
②靖国神社への公式参拝は政教分離に反する。
 政教分離の趣旨は、国家権力による宗教団体の援助又は圧迫を避けることで、個人の自由の権利を確保することにある。政教分離を通じて、ファシズム国家の生成に宗教が利用されることを抑止していると思われる。
 だが、小泉首相が靖国神社を参拝したのを見て、自分が国家神道を強制されている、ファシズム国家の生成に自分が加担させられている、と思う人がどれだけいるのだろうか。高橋哲哉くらいしかいないのではないか。日本人を小馬鹿にした、何とも短絡的な連想ゲームである。
 それに、政教分離を徹底させろというのなら、創価学会の手先である公明党は国政に参加するなと言いたい。創価学会こそが、広宣流布によって政教合致を進め、日本を支配しようとたくらんでいるではないか。「潮」に国政分離を徹底させろと書いた高橋哲哉は、かえって墓穴を掘って自爆したように思えて滑稽ですらある。」

 何おか言わんや。日本の侵略戦争を反省し、二度と再び戦争の惨禍を繰り返すまいと考える人々は「反日悪の枢軸」なのである。これが軍国主義でなくてなんだというのか。石橋は自らが自由主義史観=自慰史観=皇国史観の持ち主であることを表明している。

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2005年7月 7日 (木)

目の前での大量逮捕

 85年の2月11日、大阪府泉佐野市で行われた、紀元節粉砕闘争と関西新空港反対闘争とを兼ねた集会に参加した。泉佐野は関西空港の地元で、反対運動をどの様にして築くかが焦眉の課題になっていた。現在でこそ、国賀祥司(こくがよしじ)市議の働きで地元住民の間に関西空港の様々な問題点が広く知れ渡っているが、当時は過激派が騒いでいるとしか認識されていなかったのではないかと思う。97年の安保ガイドライン改定などの際、米軍が関空の使用を求めていたり、空港関連の地元負担のために財政赤字が膨大にふくらんでしまったこと、地盤沈下、交通のアクセスが新東京国際空港並みに不便なことなど、着工以前から指摘されていた問題の全てが現実の物となっている。    

 集会は空港建設が予定されている海域を望む海岸で行われた。私は全学連の隊列約100名の中にいた。集会の発言は淡路町空港反対の会、東灘区住民の会など、大阪湾岸各地で関西新空港に反対し、三里塚闘争にも連帯している住民団体の物が中心だった。

 集会後、会場から南海泉佐野駅までのデモ行進が行われ、住民団体を先頭に、続いて反戦青年委員会、最後に全学連の隊列が続いた。商店街を抜け、駅を迂回する形で踏切をわたる直前に機動隊がデモ規制をして、前を行く反戦との間隔が大きく開けられた。全学連の隊列が駅前のロータリーに差し掛かったところで、突然機動隊が襲いかかってきた。先頭の方にいた活動家達が次々逮捕されていく。私はシンパだったのでデモの後方に並んでいたのだが。ほんの二三列前までが消滅していた。約30名の全学連活動家が逮捕されていた。

 残った隊列でデモの解散地点まで進んで、総括の提起があった。予め全学連をねらい打ちした弾圧であること。弾圧に屈せず闘争を継続すること、逮捕された学友を一日も早く奪還するために全力を挙げることなどだった。逮捕者の中には同級生も含まれていた。

 大量の逮捕自体私には初めての経験だった。まだ寒い時期だったので救援対策の人にセーターなどの差し入れをした。学友達は23日間の拘留期限とともに奪還された。起訴された者は一人もいなかった。デモ自身ジグザグすらしていなかったのだから、弾圧のための弾圧としか言いようがない。全学友が完全黙秘非転向であり、逮捕・拘留について全員が報告集に原稿を寄せていた。弾圧は失敗に終わった。

 この時の感想は、なんでデモするだけで逮捕されねばならないのかと、権力への怒りが大きくなった。

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2005年7月 5日 (火)

「旗旗」で紹介されました。

 草加耕助さんのブログでご紹介いただいてしまいました。大変好意的に書いてくださったので、このブログも共産趣味の路線一直線ですね。

 どこからそうなったのかなあ。最初の内は郵便局員として仕事がらみの記事を書いたり、ゲームや好きな漫画家の事を書いていたのだが。やはりネット右翼が噛みついてきたのに反撃したからだろうか。まあ、郵政民営化に関しては、政府批判だからなぁ。時々トンチンカンな書き込みがあるし。丁寧に反論書いていたら、そうこうするうちに活動家時代のこともカミングアウトして、人気ブログランキングには元中核派のブログとして紹介書いたから。

 最近は開き直ってどんどん左翼的なことを書いている。まあ、政治的なことばかり書くと日常のことも書きたくなるし、少し身辺雑記を書くと政治的なことが書きたくなる。その日その日に思ったことを好き放題書いていくより他無かろう。

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2005年7月 4日 (月)

「ちいちゃんのおしながき」

 今月に入ってから読書のペースが非常に早い。自宅療養への開き直りで読めるだけ読んでやれと言う気分になっているのかも知れないが。金曜日に新書3冊と漫画1冊、今日文庫五冊と漫画2冊を購入した。その内、既に記事にした「靖国問題」、「被差別部落のわが半生」山下力(平凡社新書)、十二国記シリーズの「月の影 影の海」上下 小野不由美(講談社X文庫)「リアル鬼ごっこ」山田悠介(幻冬舎文庫)を読んだ。マンガでは「スケバン刑事」和田慎二「雲の上のドラゴン」塀内夏子「ちいちゃんのおしながき」大井昌和(竹書房)を読み終わった。まだ新書一冊と文庫四冊が残っているが、まあまあのペースで読書が進んでいる。

 前置き終了。ちいちゃんこと有坂千夏は10歳にして小料理屋「みづは」の板前をしている。元々は両親が経営していたのだが、板前をしていた父親の死で、料理が出来ない母親の三葉を助けて店を切り盛りする小学生だ。もし4年生なら次女と同じ学年だ。父親の料理の才能を受け継いだのかして、常連さんはちいちゃんの料理を目当てにやってくる。しかし、そこは小学生なので有る程度の時間になると眠くなる。するとそこで看板なのだ。何故なら母の三葉が料理をするととんでもない物が出来上がるので、常連がみんな帰ってしまうからだ。もう一つ、常連はちいちゃんが店に専念できるよう宿題の手伝いもする。読んでいて何となくほんわかするマンガだ。

 現在「まんがライフオリジナル」で連載中なのだが、料理好きの次女はちいちゃんが気に入っているらしく、私が購入すると毎号欠かさず読んでいる。今日も単行本の一巻を買って帰ったら、帰宅するなり、宿題もせずに読み始めた。これはこれで親子の共通の話題になっている。

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読了「靖国問題」

 「靖国問題」について記事を書いたら、丁度僕の書いた後半の部分について、主義者Yさんが、ご自身の過去の記事についてトラックバックして下さった。後半の部分では靖国に変わる無宗教の追悼施設が出来たとしても、第二の靖国にしかならないことが指摘されている。

 で、主義者Yさんが触れていない部分について書くとする。

 靖国が追悼施設ではなくて戦死者を顕彰する施設であることは「読みかけの「靖国問題」」で書いたのだが、それは誰が何のために顕彰するのかが問題なのだ。遺族は一切排除されているのが実は靖国である。と言うのは、今日諸外国の遺族から靖国への合祀を取り止めて欲しいとの裁判等が行われる以前から、国内においてキリスト者等の間で合祀の取りやめを求める運動も裁判も存在していたが、靖国側は教義を盾にそれを拒んできた。遺族の信仰や思想が何であれ、天皇のために戦死した者を神として祀るのが靖国だからだ。そしてその為に天皇自らが参拝するなどして戦死者を讃えてきたのが靖国の政治的役割なのだ。

 東條英機らA級戦犯が合祀されるや、先ず日本国内で反対の運動が巻き起こった。それまでは天皇ヒロヒトは戦後も靖国に参拝していた。戊辰戦争以来天皇の為に死んだ者たちを讃えるために。当然幕軍や西南戦争での薩摩軍などは合祀の対象外だ。東京大空襲、沖縄戦の民間人、広島・長崎の原爆、これらの死者は戦死ではないから祀られていない。あたかもアメリカのアーリントン墓地が南北戦争の北軍戦死者を祀るために設けられた様に、時の権力者に逆らったもの、協力しなかった者は祀る対象から外れている。

 慰霊施設が無宗教で新設されたとしても、日本の政治が侵略的な物である限り、いくら新しい施設を作ったとしても第二の靖国にしかならない事を論証して、著者の高橋氏は二度と再び侵略戦争をしない日本を作る事を結論として押し出している。今日の様に右翼・ネット右翼どもの跳梁跋扈を許しておく訳には行かないのだ。

   

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2005年7月 3日 (日)

命がけで尊敬出来る人。

 マグダラのマリアがイエス・キリストを命がけで尊敬出来た様に大切な存在が欲しいと言う若い女性のエントリーを読みました。今の時代、中々そのような対象を見つける事は出来ないと思うのですが、自分が参加していた中核派の運動の中では、党と革命のために本当に命を捧げた人が沢山存在している。これは僕自身にとっても貴重な体験だったのではないかと思ってしまう。

 良くカルト的な宗教にはまってしまう人がいるのだが、ある点で革命運動にもそれに近い所が存在する。生涯を捧げる事を求められるからだ。

 僕は20代の数年間、革共同の藤本進三と言う人に指導を受けた時期が有った。この人の名前を出してしまうと、中核派の関係者がこのブログを見たら、直ぐに僕が誰か特定出来るだろう。出さなくとも郵便局員と言う事で既にバレバレかも知れないが。進三さんは立命館大学のある学部でで自治会委員長を勤めていた事が有り、元々日共・民青の牙城であった立命館に中核派が執行部を握る立役者の一人となった。その後革共同の専従となり、人民革命軍武装遊撃隊(中核派革命軍)の兵士として数年間闘い、その過程で珍しく戦闘中に逮捕され数年間の獄中生活を送った。出獄後は様々な戦線を転々としていた。

 そんな一時期に僕の所属する反戦青年委員会を担当した。個人的にはいい加減なところも有るし、ひょうきんなところも有る、どこか憎めないオッサンであった。進三さんが90年代の半ばに白血病に倒れ、病院に入退院する生活を繰り返しながらも革命運動を続け、その生涯を終えたのは阪神淡路大震災の為に失業した人々の生活再建のために労働者協同組合の組織化をしている最中だった。病床のなかでも、意識のある間は方針提起や様々な任務をこなしていた。生涯を終えたのは98年4月であったと思う。

 自分が直接知っている人間が゛労働者解放のために共産主義の思想を体現し、生涯をささげた。進三さんを思い出すだけで、今日僕が革命運動から離れて生きている事に罪悪感を感じる。多分僕は進三さんを忘れる事は無いだろうし、除名されるまで思想的に腐敗した事を生涯引きずっていくのではないかと思っている。

 

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2005年7月 2日 (土)

読みかけの「靖国問題」

 時々お邪魔したりトラックバックさせていただいているFeldDorfさんの「狸議長の寝入り」に、信教の自由の問題と、靖国問題に関する記事が有りまして、丁度現在「靖国問題」高橋哲哉(ちくま新書)を読んでいるので若干の感想を書いてみたい。

 世間一般には靖国にA級戦犯が合祀されている事が問題をややこしくしていると考えられているが、哲学的観点からの考察の中で、では靖国にA級戦犯となった東条らが合祀されていなければどうなのかとの問題提起が有る。靖国そのものが実は戦死者の追悼施設ではなく顕彰のための施設なのだと分析している。靖国には東条らを除いたとしても約240万の戦死者が祀られている訳だが、(僕の伯父の一人も、戦死したために祀られている。)この240万の殆ど全ては、日本が明治以後に行った朝鮮中国を始めとするアジア侵略の過程で、2000万とも3000万とも言われるアジアの膨大な犠牲者とそれを上回る被害者を作り出した加害者たちである。

 戦場で死ねば神として祀る事で、命を惜しまず戦場に動員されていく事を肯定する意識を作り出し、本来であれば夫・兄弟・子供を失って悲しみに暮れる人々にそれを許さず、「靖国の妻」「靖国の母」である事を光栄に思う様に意識操作、今日で言うマインドコントロールのための装置が靖国の本質なのだ。

 東条らA級戦犯が分祀されたとした場合、今まで天皇が参拝する事に躊躇してきた訳だが、その歯止めが無くなり、政府高官による靖国公式参拝への歯止めも無くなる。そして、戦前同様に侵略戦争の尖兵となった戦死者たち、アジアへの加害者たちが「神」として天皇自ら祀る事が出来る様になる。それで良いのか?

 韓国や中国はA級戦犯が合祀されている靖国への公式参拝を批判する事で、実は政治決着を諮ってきていた。何故なら彼らと言うスケープゴートが存在しなければ、240万全ての「英霊」が加害行為の結果として祀られ讃えられている施設、靖国その物の廃止を要求しなくては国民全体に良い訳のしようがなくなるからだ。中国政府は日中友好のために「罪を憎んで人を憎まず」として、悪いのは日本軍国主義であると言う立場から戦後の保証問題などでは意図的に日本国民の戦争責任を除外してきた。その前提が無くなってしまうのだ。

 日本人全てが堂々と侵略戦争を肯定する施設を参拝した場合どうなるのか。今日でさえ「あたらしい教科書をつくる会」の歴史・公民教科書が文部省の検定に合格し、それを採用しようとする右翼勢力の跳梁がある中で、そのような事態になればますます中国・韓国を始めとするアジアの人々は日本が明治以来の侵略と侵略戦争を肯定しているとして反発を招くだろう。問題を政治的にうやむやのままに納めるのなら、A級戦犯を合祀したままで小泉総理が靖国参拝を止める事が一番であろう。

 では、日本人として戦争責任を取る立場から考えるのならば、靖国そのものの廃止を求めて運動する以外の道は無い。例えどの様な困難が有ろうとも、日本人は明治以来の侵略と侵略戦争で流されたおびただしいアジアの人々の血を償わなければならない。

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2005年7月 1日 (金)

プール開きと雨

 今日は息子の通う保育所のプール開きです。もう一週間ほど前から楽しみで仕方ないらしく、連日「明日はプールに入れる」と繰り返し聞いていました。今日、妻が送っていったとき、小雨がパラついていたのですが、この時はまだ余裕があった様子で「雨降ったらお花さん喜ぶなぁ。木ぃも草も嬉しいやろなぁ」と言っていたそうで、妻は草木の気持ちも分かる優しい子になってんなぁと思っていたようです。

 ところが車が保育所に近づくにつれ、雨脚が強まってくると態度が一変。「雨ふんな。降ったらプール入られへんやんかぁ。楽しみにしとったのに雨なんか嫌いになるぞ」と怒りだしたそうです。妻が「どうせプール入ったら濡れるから一緒やろ。これくらいやったらブール有るよ」と諭すと「雨に濡れて風引いたらどうすんの」と言い返します。

 「そやなぁ、あんたお腹冷えたらお昼寝の時に寝汗かくもんなぁ」と言うと息子は絶句したとのことでした。妻が言う寝汗とは、下半身だけがビッショリ濡れる状態、つまりおねしょの事です。五歳になってからも時々おねしょをするので、からかわれています。紙おむつで育った子供はおむつの外れるのが遅いと聞きますが、今も夜寝るときはおねしょ対策のおむつが欠かせません。回数は少ないのですがたまに漏らしています。

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新左翼の理論と運動を知らない人のために。

 「警告」君からのコメントが頻繁に寄せられているのだが、まともな右翼とは違い、俗に言う「ネット右翼」に典型的な勉強不足の傾向があるので、彼のコメントを批判しながら簡単な理論と運動実践の紹介をしたいと思います。

 
 先ず第一に「もう共産主義が崩壊して15年の月日が流れているんですよ。」と有るのだが、日本における新左翼の運動というのは、50年代のフルシチョフによるスターリン批判・ハンガリア革命へのソ連による軍事介入・日本共産党の六全協における暴力革命論の放棄の三つの事件に衝撃をかけた当時の青年労働者学生を中心にして始められた運動であると言うことだ。その特徴点としては、ソ連・中国・日本などの共産党は、実は本来マルクス・エンゲルス・レーニンが主張してきた共産主義とは異質の偽物の共産主義、スターリン主義として変質した打倒すべき対象であると言うことを理論と運動実践の方針として掲げて始まる。つまり日本共産党はソ連が崩壊し、中国が資本主義を導入する過程で新植民地体制の下に再編されようとしていることに右往左往しているが、新左翼の立場からすると半世紀近く主張してきたことが現実になっただけのことであって、痛くも痒くもありません。

 第二点目に「あんたの言う労働者人民の国際連帯というのは、具体的にどこの国の労働者との連帯を指すのですか。恐らく厳密な定義はしていないのでしょうが、候補の国のひとつとして中国が挙げられるでしょう。」まともな右翼なら例えば中核派がどの様な運動をしているか知った上で論争を挑んでくるでしょうが、「警告」君は知らないようです。中核派の実践の一つとして、毎年11月に全国労働者総決起集会という物を開催しているのだが、アメリカと労組と韓国の民主労総とが代表団を派遣してくれています。つまり具体的には日米韓で国際連帯が始まっています。更に全学連の代表団をアメリカに派遣して、50万人の労働者が参加したイラク侵略反対集会で挨拶を行っています。

 三点目に「でも、その頼みの中国でさえ、ソビエト崩壊後は共産主義のイデオロギーを捨て去って民族主義国家に変貌しつつある。”労働者””人民”といった中国共産党が以前頻繁に使っていた共産主義的イデオロギー用語も、現在では”中華民族”という言葉に取って代わられつつある。」と有りますが中国スターリン主義が世界革命を放棄して一国社会主義の延命に走れば、当然民族主義を大々的に煽ること以外に生き延びる道はないのだからこれも半世紀にわたり批判してきたことです。ちなみに「警告」君は日本の法律である労働基準法・労働組合法・労働安全衛生法などの労働三法を読んだことはあるだろうか。働いているのか学生なのかは分からないが、一度くらいは読むことを勧めます。

 四点目「そんな中国の建前だけの共産主義に未だに幻想を持ち続け、」中核派を始め新左翼各派は持っていませんよ。幻想を持っているのは日本共産党の一部。「その実中国の排外的な民族主義に同調して日本政府や日本人を攻撃しているのが今のあんたたちがやってることです。」中国では確かに中共スターリン主義政権が民族排外主義を煽っているが、それは何故か考えたことがありますか。一つには共産党政権に対する怒りの矛先をそらそうとする政治があるのだが、中国の人民は何時までもそんな策動に騙されてはいないで、必ず中国第二革命に向かって決起するだろうしスターリン主義打倒の闘いに立ち上がるよ。

 五点目「今、日本人の間で中国に対する不信感が急速に高まりつつありますが、その中国への敵意はまず最初にあんたたち日本の反国家主義者たちにぶつけられることは間違いないでしょう。」実際もう始まっているよ。左翼の活動家は地域の反動勢力との闘いは前からしています。ただし今日の日本政府に対する反政府運動その物は社会福祉の切り捨てや自衛隊の海外派兵への反対、米軍基地拡張に反対する闘いなど広範に巻き起こっている。「警告」君はそれらの実践を知った上で簡単に左翼勢力が叩きつぶされる脆弱な存在だと考えるのだろうか。

 六点目「そういう時代がもし本当にきたとして、中国の民族主義者共が国際連帯の名の下あんたらを支援してくれると本当に信じているんですか。そんな国際連帯に他の日本人(特に安保闘争時代の親中国・左翼主義思想に毒されていない若い人達)の支持が集まるとでも?」民族主義には抑圧民族の差別排外主義的民族主義・侵略的な物と民族解放革命闘争へと発展する被抑圧民族による物とが有るのだが、区別できていますか。中国・朝鮮での抗日闘争は、村ごと皆殺しにされても続々と続く者が現れた長期的で強靱な物でした。それはインドでの反英独立闘争、アルジェリアのフランスへの闘い、ベトナムでは最初はフランスに対して独立闘争を闘い、次いで日本との闘い、日本の敗戦後には戻ってきたフランスを再度叩き出し、続いて現れたアメリカをも敗退させた。今日のイラクでの闘いもこれから十年二十年の歳月がかかろうとも必ず米英を叩き出すまで泥沼の闘いが続くだろう。
 七点目「あんたら早いとこ看板をたたんだほうがいいよ。これから日本がどんどんギスギスしていく中で、いつまでもお前ら左翼が大手を振って生きていけるなんて思わないほうがいいよ。」「警告」君は何でこれからの日本がギスギスしていくと思うのかな。日本中の企業がリストラして失業者が増大しているからかな。年金制度が破綻して将来の生活に苦しむお年寄りが増えるからだろうか。 

 考えてご覧、企業が首切りをするとき、抵抗して闘うのが左翼だよ。私のこのブログでも郵便局の労働運動について書いているが、今勧められている郵政民営化の大リストラ攻撃に対して、闘いを主張する左翼が支持を増やしている。実際に労働運動をしていると、首が切られること、合理化によって労働者が路頭に迷わなければならない資本主義社会の根本的な矛盾に対する怒りの凄まじさを肌で感じることが出来るよ。今の日本では民主党は労働者の味方ではない。社民党は一度裏切った、共産党は口先だけで闘わない。本当の共産主義の復活の時代が来ている。今こそ勢力拡大の時だ。その様に前向きに考えているのが中核派なんだ。

 もし、「警告」君が「共産党宣言」や「賃労働と資本」「国家と革命」などの本を読まずに左翼を批判しているのなら一読することを勧める。何故資本主義社会からは失業が無くならないのか、国家とは何か、どうすれば解決できるのか。それが書いてある。上記の三冊を読んでそれでも自分だけは首にならない、他人をけ落としてでも自分だけは儲けたいと思うのなら、その時は本当に中核派を殺せる右翼組織を作りたまえ。寡聞にして中核派に対して殺し合いの戦争を仕掛けた右翼団体は存在したとは聞いたことが無い。政府や警察も様々な弾圧をしているが、労働運動の中で中核派は勢力を伸ばしているよ。何故だか真剣に考えたまえ。

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