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2005年7月 3日 (日)

命がけで尊敬出来る人。

 マグダラのマリアがイエス・キリストを命がけで尊敬出来た様に大切な存在が欲しいと言う若い女性のエントリーを読みました。今の時代、中々そのような対象を見つける事は出来ないと思うのですが、自分が参加していた中核派の運動の中では、党と革命のために本当に命を捧げた人が沢山存在している。これは僕自身にとっても貴重な体験だったのではないかと思ってしまう。

 良くカルト的な宗教にはまってしまう人がいるのだが、ある点で革命運動にもそれに近い所が存在する。生涯を捧げる事を求められるからだ。

 僕は20代の数年間、革共同の藤本進三と言う人に指導を受けた時期が有った。この人の名前を出してしまうと、中核派の関係者がこのブログを見たら、直ぐに僕が誰か特定出来るだろう。出さなくとも郵便局員と言う事で既にバレバレかも知れないが。進三さんは立命館大学のある学部でで自治会委員長を勤めていた事が有り、元々日共・民青の牙城であった立命館に中核派が執行部を握る立役者の一人となった。その後革共同の専従となり、人民革命軍武装遊撃隊(中核派革命軍)の兵士として数年間闘い、その過程で珍しく戦闘中に逮捕され数年間の獄中生活を送った。出獄後は様々な戦線を転々としていた。

 そんな一時期に僕の所属する反戦青年委員会を担当した。個人的にはいい加減なところも有るし、ひょうきんなところも有る、どこか憎めないオッサンであった。進三さんが90年代の半ばに白血病に倒れ、病院に入退院する生活を繰り返しながらも革命運動を続け、その生涯を終えたのは阪神淡路大震災の為に失業した人々の生活再建のために労働者協同組合の組織化をしている最中だった。病床のなかでも、意識のある間は方針提起や様々な任務をこなしていた。生涯を終えたのは98年4月であったと思う。

 自分が直接知っている人間が゛労働者解放のために共産主義の思想を体現し、生涯をささげた。進三さんを思い出すだけで、今日僕が革命運動から離れて生きている事に罪悪感を感じる。多分僕は進三さんを忘れる事は無いだろうし、除名されるまで思想的に腐敗した事を生涯引きずっていくのではないかと思っている。

 

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コメント

 主義者Y様、荏原仲信様ようこそお越し下さいました。励ましてていただいたり褒めていただいたり、ブログを開設して良かったなって素直に思います。

投稿: アッテンボロー | 2005年7月 3日 (日) 18時19分

たまたま、ここに紛れ込んでしまいました。いい文章だと思いました。共感します(ナマイキな言い方ですが。)主義者Yさんのコメントもいいですね、久しぶりにしんみりしてしまいました。

投稿: 荏原仲信 | 2005年7月 3日 (日) 17時22分

こんにちは
「命がけで尊敬出来る人」がいるということは本来すばらしいことなんですね。心のなかに、そういう人がいるかいないかによって、人生の深みと輝きは格段に違ってくると思います。
ただ、ときに辛いのは、死者は生者のなかに聖化してたちあがり、責め苛むものとして迫ってくることです。私もまた、何人か大切な友人を失いました。語ろうとするだけで、心の傷から血が流れ出しそうな、そんな思いも経験したことはあります。
むかし思ったのは、政治闘争の残酷さは敵味方の双方にそういう人間をつくりだす、ということでした。誠実であろうとするほど、結果的に人間を傷つけることもあります。それをどう克服して人間の未来をかちとっていくのかが、私の課題となりました。
いまは健やかにご自分を肯定なさってください。

投稿: 主義者Y | 2005年7月 3日 (日) 17時12分

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