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2005年9月10日 (土)

日本近現代史のおさらいその5

 1928年張作霖爆殺事件の後、後継者張学良は蒋介石の国民党政権の下に入り反日・抗日の旗幟を鮮明にするようになる。対張学良強硬派の意見が強くなった軍部は31年9月18日夜に柳条湖事件を起こし、それを張学良軍の仕業として攻撃を始める。翌32年2月には満州のほぼ全域を軍事占領下に置く。中国国民党政権は国際連盟に提訴した。すると日本は上海で日蓮宗の僧侶を殺害してそれを中国側の仕業として上海事変を起こし国際社会の耳目をそらせようとした。

 関東軍の板垣征四郎・石原完爾らは満蒙の日本領有を企てたが、軍部中央の政治判断との間で妥協し傀儡国家としての「満州国」を32年3月1日に「独立宣言」させ、清朝最後の皇帝である愛新覚羅溥儀を執政に据える。33年1月には内蒙古東部の熱河省までを占領し、北京・天津まで迫る。5月の停戦協定後、関東軍・シナ駐屯軍は河北分離工作を進める。柳条湖事件は事実上の対中国戦争の始まりであり、37年7月7日の廬溝橋事件によって日中全面戦争に発展する。更に41年12月8日の対米英戦争にエスカレートし45年8月15日の敗戦に繋がる(降伏調印は9月2日)。この間の戦争を十五年戦争という「「満蒙は日本の生命線である」として始めた関東軍の侵略行動が、結局アジア、太平洋戦争による、日本、朝鮮、台湾、中国、東南アジアなど各地の人々に悲惨な結果をもたらすことに連なっていったのである。」

 32年9月、日満議定書調印し満州国を正式に承認。日本の在満州既得権益と日本軍の駐留権が正式に認められる。形式的には満州国は独立国であったが、その主要ポスト、とりわけ総務庁のポストは日本人が独占した。実権を握っているのは関東軍と総務庁だった。33年3月国際連盟は満州国を否認する対日勧告案を採択するが、日本はこれに講義して国際連盟を脱退国際的に孤立の道を歩むことになる。34年3月1日執政溥儀を皇帝にして「満州帝国」と国号を改める。この植民地支配に対して抵抗運動が行われる。32年9月15日の撫順炭田襲撃事件。これに対して日本軍は平頂山の住民三千人を虐殺する。36年には抗日連軍が結成され日本の敗戦まで抵抗運動が続く。

 32年7月、関東軍は満州国協和会を結成。「五族協和」「王道楽土」などの建国イデオロギーの大キャンペーンを繰り広げた。9月には農業に従事する在郷軍人を対象にした第一次移民・武装移民が行われる。抗日勢力平定に従事するこれらの移民は、中国人農民の住む土地を低価格で強制的に買収した土地に入植した。関東軍の計画では20年で100万戸500万人の移民計画を立て、昭和恐慌で打撃を受けた農民が多く参加することになる。38年からは満蒙開拓青少年義勇軍の募集も始まる。対米英戦開戦後には日本の戦争推進のために一般人に多くの強制動員が行われた。青壮年男子は徴兵によって動員され開拓団は老人と婦女子だけになる。関東軍の主力は戦況の悪化に伴い南方に転用されていたため満州における日本軍の兵力は微々たるものとなり、45年8月8日のソ連参戦当時には多くの民間人が置き去りにされ多くの自決者、戦死者、餓死者を出す。犠牲者は約8万人と言われる。

 日中戦争、太平洋戦争については後日。

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コメント

 hiroさんとのこのシリーズが一番多いですね。僕としても過去の教訓を現在にどう生かすのかという問題意識が有りますから、少しずつでも勉強をやり直したいと思います。
 ただこの時代は政府の首脳が軍部に引きずられる状態でしたから軍人たちの責任というのが非常に大きいと思います。またそれを許した天皇ヒロヒトの責任も重大だと思います。彼は最高責任者だったのですから。

投稿: アッテンボロー | 2005年9月11日 (日) 00時26分

アッテンボローさんこんばんわ 今回は批判とか質問とかではありません。(笑) このあたりの時代の指導者が本当の意味での戦争責任者ではないかと常々思っています。A級戦犯がどうこういうよりももっとこの時代を研究することが日本の平和を維持する大切なことではないかと思います。さらなる検討を期待しています。

投稿: hiro | 2005年9月10日 (土) 22時59分

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