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2005年9月 7日 (水)

レーニン主義の継承か レーニン主義の解体か

 先日ようやく本多延嘉著作選第一巻に収録されている「レーニン主義の継承か レーニン主義の解体か」を読み終えた。一読して思ったことは、どうやって人に説明するか分からない、と言うものだった。兎に角難しかった。二週間以上を書けてじっくり考えながら読んだのだが、理解できたと言える代物ではない。改めてノートを取りながら読み始めた。ひとまず一読した範囲で内容について書くことにするが、役者不足であることを予め了承して頂けたらと思う。

 元々は1972年夏に「前進」600号記念論文として執筆され、大幅加筆して「共産主義者」24号に発表された。当時既にカクマルとの内戦が始まり、その過程で呼称を「革マル」から「カクマル」に変更している。国家権力との二重対峙・対カクマル戦争の前進の中で、カクマルが反革命として純化していく理論的作業として「レーニン主義の批判的継承」「批判的再構成」という作業が行われていた。それに対して本多書記長は「継承か解体か」を発表することでカクマルの作業の本質がレーニン主義を小ブル自由主義に改竄しようとする者であることを明らかにして、それに対してレーニン主義を今日的に発展・継承するための積極的な提起を行った。

 カクマルはロシアの後進性を強調してあたかもロシアが帝国主義ではなかったかのように言いつくろい、そこからレーニン主義の革命理論を現代日本に適用することが出来ないと主張していた。しかしロシアは金融資本が支配する資本主義であったし、国内の諸民族を抑圧するためにバルカン半島やアジアの再分割を計っていたれっきとした帝国主義であった。この事を本多書記長は明らかにした上で、レーニン主義革命論こそ帝国主義段階におけるプロレタリア革命の普遍的な本質論であること、帝国主義論確立後のレーニン主義革命論を核心的に把握して内容豊かに発展させる必要性を説いた。

 カクマルが構造改革派の「先進国革命論」につい重視してゼネスト革命論的なペテンを労することに対して暴力革命論の正しさを主張し、民族解放革命戦争と抑圧民族である日本人民のプロレタリア革命とを結合させる立場から「日帝のアジア侵略を内乱へ」転嫁させるために、レーニン主義で武装した強固な革命党の建設を主張した。党建設においても、現代資本主義の分析を行う点においても、革命後におけるプロレタリア社会建設についてもレーニン主義革命論が今日も尚有効であり、それを発展的に継承することの重要性を解き明かしている。そしてカクマルに対しては、レーニンが「国家と革命」の中で支配階級がマルクスの革命的学説の革命性を去勢して歪曲している作業を批判している文章を引用して、今日レーニンについても同様の作業を行おうとしていると弾劾している。

 本多書記長の論文を他人に説明するには私の理解の仕方はまだまだ非常にお粗末なのだけれど、80年代の国鉄分割民営化攻撃の過程における動労カクマルの裏切り、権力への投降と国労・動労千葉の解体攻撃の先兵となって20万人首切りに協力した動き、あるいは沖縄における反戦地主の闘いに対する敵対、JRの労使協力体制やそこから生まれる利権を巡る黒田派・松崎派・島田派への三分解などの現実を見たとき、漠然とした形ではあるけれど本多書記長の先見の明を感じる。レーニン主義を革命的に継承して、革共同全国委員会が日本階級闘争における真の革命的前衛党として成長して欲しいというのが読後の感想です。

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コメント

 NKさん今晩は。いつもコメント頂いて有り難うございます。NKさんは「新指導路線」の登場から違和感を持たれたのですね。私の場合は今年の3・14革共同集会が無かった事などから本多書記長の事が忘れられているのではないかと思う様になりました。
 中核派に結集した過程が丁度先制的内戦戦略のフェイズⅡ段階ですから、最初に本多書記長を虐殺したカクマルへの敵愾心みたいな物を学んでいます。だからそれなのになんでカクマルとの対決が後景化しているのだろうかと疑問に思うのです。
 そして昨年夏の革共同集会には参加していないので新指導路線についてちゃんと学んでいないままに党から追放されているのでなおのこと現在の路線と本多書記長の思想とをどうやって結びつけるのかが分かりません。「前進」もウェブ上で読むだけですから。余計に混乱している訳です。やはり原点に立ち返って本多著作選を学び直す必要があるのではないかと思います。

投稿: アッテンボロー | 2005年9月 7日 (水) 20時53分

また名前を落としました。

投稿: NK | 2005年9月 7日 (水) 20時27分

ご苦労様です。
私も本多著作選を読み返そうと思ったのは、1年ぐらい前のことです。それまでは基本的に中核派の路線はそう変化するものではない、と思って高をくくっていたら、「新指導路線」がでてきたのです。この中の「労働組合運動の革命論的確立」等で言われる理論(というほどの体系化はされてないので、さきばしって批判がましいことを言うのは間違っているかもしれませんが)は、レーニンや本多さんの「プロレタリア独裁論」とはベクトルを異にするものではないかと考えるようになったのです。レーニンの言うところの「革命運動を労働組合主義の尻尾に結びつける」ことになりはしないかと危惧するわけです。
こういう批判めいたことを言うのは、新指導路線の元で日夜奮闘している現役の人たちには申し訳ないとは思うのですが、言わずにはいられないのです。

投稿: | 2005年9月 7日 (水) 20時26分

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