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2005年9月17日 (土)

活動家の恋愛

 「電撃結婚」を掲載したところ、サラダさんから「電撃結婚の選択は正解だったのでしょうか?」というコメントを頂戴しました。正直に告白するならば微妙であると言うしかありません。と言うのはブ゛ログでは書けない家庭の事情ともう一つは、「成田九二八七号」で触れた女性のことを今でも好きだからです。こんな事を書いたら女性解放戦線の人が見ていたら糾弾されるのではないかなあなんて思いつつ、やっぱり書いてしまおう。

 本当は時系列に従って私の活動歴の一環として書くつもりでいたのだが、予定を変更して打ち明けてしまおう。

 様々な動員の過程で私はある活動家の女性と親しくなっていった。選挙の過程ではビラまきや署名活動で一緒になることも多く、そんな時に色々と会話をしていく中で彼女への好意がだんだん募っていった。彼女の方でもそれは同様であったようで、とある時の三里塚闘争の帰りに、男性活動家に好意を寄せられて困っていると打ち明けられたりもした。彼女は地方委員会に所属する女性の中でも非常に持てていたのだが、中々これと言った相手を見つけることが出来ないでいた。と言うより意に反して党の指導で様々な古参党員とのお見合いを強制されて辟易していたようだ。

 思い切って彼女に告白してみたところ、彼女も私に好意を寄せてくれていたのが分かり、当指導部には秘密で交際することになった。休暇を利用してサイクリングに行ったり映画に行ったり、「旗旗」の草加さんのような淡い恋ではなかった。そんなお付き合いをしている内に、彼女が仕事を終えたあとに動員がないにもかかわらずいそいそと職場を後にする様子に疑問を抱いた指導部が彼女を尾行した。対権力の関係である意味当時は仕方がなかったのかも知れないのだが・・・。私とのデートを確認した指導部は、二人に分かれるように指導してきた。

 私の指導部は彼女の思想的問題性を指摘して、彼女を支える力量が私にないことを強調して分かれるように指導した。彼女の指導部は私が若く、将来性がある人間であるから身を引くように指導した。今から思い返すと、彼女も私もとう指導部の思惑に乗っていたのではないかと思う。と言うのは、当時の指導部は彼女に対して革命軍の同志や古参の労働者党員との「お見合い」を設定しては彼女の拒否にあっていた。私も彼女も指導に従ってお互いを諦めることになるのだが、私は表面上は従う物の、心中指導に従うことが出来なかった。何故自由な恋愛を認めることが出来ないのか。何故指導に従って別離を強制されなくてはならないのか。私の心中では指導と感情との間で様々な苦悩があった。正直に言うならば革命運動なんかどうでも良いから、彼女と付き合いたいと思っていた。でもそれは出来なかった。何故なら、10・20戦闘で起訴された仲間のことを思うとき、自分が運動から召還して恋愛を取ることは出来なかったからだ。

 お互いに指導部の言うことを聞き入れ、私たちは別れることにした。その後私は指導と恋愛感情との間で悩み苦しみ、初めての鬱病と自律神経失調症とを経験することになる。たかが恋愛と笑う人がいるかも知れないが、当時の私にとってそれはとても大きな問題であった。個々人の感情を圧殺して貫徹されるとうの指導とは一体何であるのかという疑問を覚えるきっかけとなったのだから。

 その後時折彼女姿を闘争や学習会で見かけることがあったのだが、指導に従って分かれた手前、彼女に話しかける勇気はなかった。風の噂に彼女が党の指導に逆らって結婚したことを聞いた。私自身恋愛について党の指導など聞き入れる物かとの思いがあったので妻との交際については党の指導に逆らった。正直に言うとこの時党指導部が彼女との恋愛関係を認めてくれて付き合っていたなら、私が鬱病になる可能性は減っていたのではないだろうか。更にここでは書けないが妻との間で起こった問題についても、そもそも私が無関係ですませることが出来たの手はないだろうか。後に聞いた話だが、彼女に対して感情を尊重することなく「お見合い」を押しつけたことに対しては指導部の謝罪があったそうである。彼女の姿を闘争の現場で見たのは03年のイラク侵略戦争反対闘争の現場であったのだが、中学生くらいの子供を連れていた。幸せな結婚生活を送ってくれていればよいのだが、どうなのだろうかと思ってしまう。もし、時計の針を逆回転させて当時に戻ることが出来るならば、指導部の方針に真っ向から反対して彼女との交際を認めさせるか離党するかで迫っていたのではないだろうか。

 自分の意志に反して別れを強制されたためなのかも知れないが、時折彼女を夢に見る。

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 追記。 不適切な文言におしかりのコメントを戴いたので最後の二行ほどを削除しました。またコメントにはこの部分が引用されていたため、同じく削除させていただきます。

 追記の追記。病気になって以来妻からの風当たりがきついので、つい昔の思い出に逃げ込んでしまうのでしょうね。直接愚痴を言える相手がいないからここでこうやって心境を吐露してしまったのかも知れません。

 更に追記。冒頭部分を一部修正及び削除しました。

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コメント

 護憲的コケシさん、ずいぶん前の記事を読んでいただいて。恐縮です。昔の話しではありますが、結構トラウマになっていたりします。個人を生かしつつ階級的原則に立脚する事は、実に重要な課題だとおもいますね。特に自分たちの下に結集していない人々に対する評価についても、ここの参加者は良心的な運をとというのは沢山あります。それらとの間で柔軟な統一戦線を形成するのも本当に大切なことだと思います。

投稿: アッテンボロー | 2006年1月29日 (日) 00時55分

 最新記事にこのところへのリンクがあって見てみましたが…

 「好き」という気持ちは、本当は誰にも邪魔されたくはありませんよね。それなのにアッテンボローさんと記事の「彼女」は当時の指導部によって上のようなことになったのですね(蒸し返してしまうようで申し訳ありません)。

 僕も「平和」という観点では意見が合うけれど「運動」のあり方については考え方の異なる女性を好きになっています。もし僕が全学連に所属していたら、彼女のゆるやかな取り組みへの協力も、そして恋愛感情を抱くことすらなかったかもしれないと思います。

 なまじ、一度だけ全学連の定期大会に顔を出したことがあるので、その時を思い返すと余計にそんな感じがします。本質的な批判に共感しつつも、「半端な取り組み」を全て「右翼的」と言い切らんばかりのあの雰囲気は正直居心地が悪かったです。

 「個人を生かす組織」に中核派も全学連も、その階級的原則を大きく損なうことなくできるかどうか、この記事から、僕の問題意識としてもそれが表れたような気がします。

 個人的な話で申し訳ありませんでした…

投稿: 護憲的コケシくん | 2006年1月29日 (日) 00時46分

 今晩は。サラダさんも眠れないのでしょうか。それとも週末は夜更かしされるのかな。本当は美しい思い出としてしまっておけたら一番良いのでしょうね。ついつい脱線して現在の気持ちと絡ませたのが失敗ですね。

投稿: アッテンボロー | 2005年9月18日 (日) 01時57分

私のコメントから思いがけない展開になっており、恐縮しています。
お気持ちは分からない事はありませんが、人生は幾つもの選択から成り立っています。
周囲から反対されたとは言え、経験された別れもまた、最終的にはアッテンボローさんが選択された事ではないでしょうか。

投稿: サラダ | 2005年9月18日 (日) 01時32分

 鍋山さん助言有り難うございます。記事を書いていたときに落ち込んでいたのもあるんでしょうね。精神状態にも気を遣いながら書かないとトンでもないことを書いてしまいますね。

投稿: アッテンボロー | 2005年9月17日 (土) 22時39分

自らのことを省みず、「おしかりのコメント」を書いたオッサンです。
削除、了解しました。
削除されて、ホットしております(汗)。
私の家族が見たら、「アンタ、そんなこと言えるの!」という反応が必定(大汗)。

solid@jioosさんの言うとおり、
この閉塞の時代、「いい人」は鬱にならざるを得ない。
とにかく、自分を大切に、家族を大切に、くれぐれも大切に。

最近、「生きぎたなく行こう」と決めた、ずるいオッサンより。

投稿: 鍋山 | 2005年9月17日 (土) 22時34分

 主義者Yさん体調は如何ですか。無理はしないで下さいね。
 党の体質が当時と今とでどう変わったかよく分からない面もあります。本当は個々人の思いを尊重した上でそれをどの様に飛躍させるかと言うことに指導の内容、質のあり方が問われるのだと思います。

投稿: アッテンボロー | 2005年9月17日 (土) 22時03分

私はそっとして置いてくれる家族すらいませんが、やはり現在の連れ合いの方への思いやりが必要だと思います。
表現の改変か削除かはアッテンボローさんの判断だと思いますが、結婚の問題を政治的有用性で仕切ろうとした党指導部の体質自体をもとらえかえしてほしかった。
私はそういう党に権力を委ねたくはありません。

投稿: 主義者Y | 2005年9月17日 (土) 20時42分

 solid@jioos さん今晩は。この記事は非常に評判悪いですね。先ほども鍋山さんからお叱りを受けました。記事その物を削除してしまう方がよいのかもと思ってしまいます。
 

投稿: アッテンボロー | 2005年9月17日 (土) 18時39分

鬱自慢じゃないけど、だいたい「まとも」な神経の持ち主なら、うつ病になってもおかしくない時代です。私もうつ病であった時期があります。病状という意味では誰もが同じでしょう。
その中で、今、私が一番感謝しているのが、連れ合いと子供です。まったく働かず、寝てばっかりの私を、そっとして置いてくれた。で、ときどき様子を見に来て、他愛もない話で和ませてくれたりした。今も前職を失職したための収入不足分を朝早く起きて新聞配達で補ってくれている。すべて私と家族のためにです。
私だって昔の女性の夢をみます。でも、それはその彼女(もうとっくに忘れ去られているだろうW)と私の心の中の宝物です。理由はどうあれ、人に見せるものでは無いと思っています。ましてや、連れ合いが見る可能性のあるところに置いておけるわけもありません。それは連れ合い(我が一生の同志)への背信行為になるからです。
一応、感想です。

投稿: solid@jioos | 2005年9月17日 (土) 17時54分

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