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2005年9月30日 (金)

除名を巡って

 私は郵政当局のリストラ=首切り合理化との攻防の中で、何とかして闘う労働運動を作り上げようと苦闘していた。様々な重圧が襲い来る中、主観的には結構頑張ったつもりだ。だが残念なことにそれは党としての闘いと言うよりも個人的な闘いとしての側面の方が大きかったように思う。本来のあり方ならば職場の問題を党の会議で報告し、そこで十分な方針論議を深め、指導部と一体となって活動することだった。残念なことに私と指導部との間にはその様な関係を築くことが出来なかった。職場での攻防と党との関係の問題などで色々と悩み苦しむ中、鬱病にかかった。そして私は自暴自棄になって生活が荒れていってしまった。

 ある意味で言えば運動から脱落していた方が病気にもならず生活も荒れないで済んだのではないかと思う。でもそれは自分としては出来なかったし、党も私がシンパ扱いしてくれという希望を出しても聞き入れてくれなかった。病気のまま党にしがみついていこうとする中で、病気は長期化し、生活はますます荒れていった。去年の夏、地区党の委員長は「おまえは腐っている」と私を罵倒し、処分を検討する事を告げてきた。

 その時私は感情的に反発したのだが、帰宅して冷静に考える中でおそらく自己批判を要求されるのだろうと思った。同時に党がその作業を通じて私を立ち直らせてくれるだろうという期待を持っていた。一月以上の時間をかけて数名の「同志」が通告しにやってきたのは自己批判要求ではなく除名であった。その時のみんなの目つきはそれこそ権力と対峙しているときのように鋭い物であった。党が指導をしてくれないと分かったとき「なんで自己批判をさせないんですか」と尋ねたが返事はなく「同志」達は立ち去った。

 数ヶ月後、私は地区党書記長の自宅の鍵を預かったままであることを思い出し、返却のために訪ねることにした。その場で書記長は私に対して権力の接触がないかどうか尋ねてきた。私は生活の乱れから権力のスパイ化工作の対象になるのではないかと疑われ、党から切り捨てられたことを知った。20年間党と革命のために尽くしてきたことが一切認めて貰えなかったとわかり、帰宅してから泣いた。権力からの接触などは一切無いのだが、党は私に対して一切の戦線に近寄らないように厳命した。以来それを守り、私は党に近寄らないようにしている。時々動労千葉などの大衆団体の支援をすることはあるのだが。

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「経済・政治・国際」カテゴリの記事

コメント

 下反戦高協さん初めまして。若者への助言有り難うございます。NKさんも暖かい言葉で励ましてあげていただいて。きっとAさんのためになると思います。
 お三方とももしこれ以上に詳しい話が必用でしたら、私が仲介させていただきますので、プロフィールをクリックしてアドレスを確認の上メールを下さい。必用がなければ放置してください。

投稿: アッテンボロー | 2005年10月 2日 (日) 21時02分

話がそれて申し訳ないのですが。私も反戦髙協でした。といっても勝手に一人で反戦高協をでっちあげて仲間をあつめていろいろやっていたのですが、教師と闘っているうちにいつのまにか学校の多数派になっていたのには驚きました。
その当時も地方の前進社からはトラメガを貸してもらったくらいで特に指導らしいものもなく結局機関紙を読んで理論武装し運動論は自分たちで考えました。そうやって作り出した隊列で地元のデモから、中央の全国闘争への派遣も学内のカンパでやりました。
11・6についても自分たちの運動をもってそこに参集し、労働者の運動に連帯するという形になればいいのですが、かならずしもそういう方向で取り組まれていないのは残念です。

それはさておき大事なのはまず仲間を作ることです。それから教師は敵になります。教育労働者云々といって美化していると痛い目にあいます。この人たちの運動はそもそも学校の主人である生徒を一人前の人間としてみていないので、一定の自己批判的考察なしには階級的自覚を得ることができない存在なのです。なんていう年寄りじみた説教は無視してもらって、自由するのがいちばんでしょう。

投稿: NK | 2005年10月 2日 (日) 18時55分

Aさん、こんにちは
8月広島集会で反戦高協が決起した、と言うことを中核派の現役の友人から聞いて、胸にジーンとくるものがありました。

私は67年反戦高協→某大学マル学同→70年ひまわり問題→対カクマル戦突入で、社防優先方針に反対で、拠点でのカクマル掃討戦を提起しました。その際に党本部防衛は必要だが、党そのものの物質的存在としての大衆運動から召還することは、つまるところカクマルとの党派闘争からの召還ではないか、との意見です。

で、あれこれとあったのですが大衆運動主義者と言われ、70年代の後半から疎遠となりました。今現在は繋がっておりますが、それほど深い関係ではありません。詳しいことはかけませんが。。。

アッテンボローさんのことは、旗旗から知っていましたが書き込むのは初めてです。。。はじめまして。

>余談ですが、アッテンボロー様は11・6労働者総決起集会には結集されるのですか?

Aさん、全学連も11.6集会を今秋最大の政治闘争として設定していますが、私はこれはおかしいと思います。個人的にはチケットを買いましたし参加しますが、学生は"本来の戦線"(カクマル用語ですが)、学園での闘争を組織することではないでしょうか。今学生・青年層の左翼はなれが著しいのですが、そうであれば個別学園闘争を組織し(今の学園は国家権力での様々な課題が山積みです)、それをばねに反戦闘争へと高めあげる政治的課題を提起する、ことだと思います。

Aさんもちゃんと高校に通学し、学友と交わり高校生運動を盛り立ててください。

投稿: 元反戦高協 | 2005年10月 2日 (日) 17時50分

 Aさん初めまして。除名の原因は病気その物ではないんですよ。その事でやけになって生活態度がめちゃくちゃになって、革命家としてあるまじき事をしたからです。病気だけで除名するようなおかしな事は絶対ありません。
 集会にも行きたい気持ちはあるんですが、それにはまだまだ私の思想再建は進んでいないし、健康上の問題もありますから無理でしょうね。
 反戦高協の発展のためには色々と苦労があると思います。一つ助言できるとしたら、担当の人ととことこ話し合って方針を作ることでしょうね。その中で高校生の感覚を大事にして貰うこと。今はそれくらいしかできません。
 

投稿: アッテンボロー | 2005年10月 2日 (日) 06時52分

アッテンボロー様はじめまして!
いつも楽しく読ませていただいています。

実は私、中核派の「反戦高協」の現役活動家です。今高校生殆どいないんですよねー。8・6ヒロシマのときに反戦高協独自の全国集会を開催してみました。高校生運動は確実に盛り上がりつつあるのですが、どうしたら爆発的発展を勝ち取れるのか・・・悩んでいます。

病気であるために権力のスパイ化工作にあうかもしれないというのが除名の理由だとありましたが、なぜ党がそんな決定を出したのか。不思議に思います。
確かに、病気で苦しんでいる同志に権力が漬け込み、スパイ化するという事例は多々あると思いますが、しかし確固たる非転向の意思をもって権力に臨めば、必ず粉砕できると思います。現にそういう事例も聞きました。
もしかしたら党はアッテンボロー様に対し、決定的な誤解をしているのではないでしょうか。

革共同に戻るかどうかはアッテンボロー様次第ですが、私は革共同はアッテンボロー様のような人を絶対に必要としていると思うんです。
なんか初めてなのに偉そうなこと言って申し訳ありません。


余談ですが、アッテンボロー様は11・6労働者総決起集会には結集されるのですか?

投稿: A | 2005年10月 1日 (土) 23時57分

 チョシさんこんにちは。色々と有り難うございます。多分僕は中核派には戻れないと思っています。まだまだ生活の荒れていた時期の府の部分の清算が済んでいませんから。
 この記事は書いてしまって後悔した部分が沢山あります。中核派が嫌われてしまわないかと心配になってしまったのです。
 当分の間は色々と自学が週の日々が続きそうです。オフ会で戦旗のことを教えていただいたのも視野が広がるきっかけになると思っています。ではまた。

投稿: アッテンボロー | 2005年10月 1日 (土) 16時16分

アッテンボローさんこんにちは。
こちらへの書き込みは初めてですね。旗旗さんのところではお世話になっております。
旗旗さんのところでは明らかにされていますので、書きますが(笑)先日はオフ会お疲れ様でした。
今回の記事、大げさでなく読んでいて涙が出そうになりました。
このブログをずーっと愛読しておりますが、アッテンボローさんが中核派を離れながらも、「今の立場で何とか世の中を変えていこう」「そしてその運動にどういう形でコミットしていくべきか?」ということに真摯に取り組み尚且つまた苦闘されている様子と同時に、中核派という組織への愛着がもう痛いほどが伝わってまいります。
そして私は今アッテンボローさんに対して二つのことを思っております。
一つは「これだけ中核派という党に愛着を持ち、その思想を主体化されているアッテンボローさんですから、早く組織の『誤解』が解け、アッテンボローさんを再び同志として迎え入れててくれる日がくるといいですね」ということ。
そしてもう一つは「世の中に異を唱えるのに中核派という回路、もっと言うのならば組織という回路を使わずとも幾らでも方法はあるのではないのか?」というものです。
どちらかと言うと私の本音の部分では後者の方が大きいです。
事実このブログがもうすでに世の中への「発信」になってるじゃないですか。
旗旗さんのような元活動家サイトとの連携を生み、今回の管制塔カンパ闘争でも一定のムーブメントを生み出すのに少なからぬ影響を与えているじゃないですか。
元戦旗派の活動家と元中核派の活動家が一つの課題で手を取り合うというのはちょっと前なら考え難かったことです。
それはネットの世の中になったということももちろんありますが、アッテンボローさんの真摯さ、マジメさ、人柄の誠実さが故なのではないのですか?「中核派という回路」を通さずともアッテンボローさんは既に人々への影響力を持つに至っているのです。
私は今回のカンパ闘争の過程で、今の世の中なら元活などを含めた潜在的左派市民の起こすムーブメントが党派を追い越していく日は案外近いんじゃないかとすら思うようになりました。
アッテンボローさんのこのブログはその大きな一翼を担っていく力を充分持っていると思います。
そのうち中核派の方から「頼むからもう一回一緒にやってくれ」という日がやってくるかもしれません。
その時どういう答えを出すかはアッテンボローさん次第だと思いますが、それまではまずご自分の健康とご家族との時間を第一にお考えになることを願ってやみません。
私のようなヘタレ元活が偉そうに言ってゴメンナサイ(笑)
今後ともよろしくお願い申し上げます。

投稿: チョシ | 2005年10月 1日 (土) 14時58分

 通行人さんお早うございます。党が革命を目指す軍隊であることは当然だと思います。只、中核派の場合、カクマルとの内戦とゲリラパルチザン戦闘の革命軍戦略に過度にのめり込んだために行きすぎがあったのかなと思います。

投稿: アッテンボロー | 2005年10月 1日 (土) 06時27分

NKさんのスピリットにはとても共感するのですが、
こうもいえませんか?

「共産主義者の政治的結集体として表される党」が「組織構成」を「軍隊と同じ」くすることにより指導側被指導側ともに「軍令主義」に安住してしまう結果、「共産主義社会の実現への道=プロレタリア独裁論から逆規定された目的意識性を失」わしめるのだと。。。

投稿: 通行人 | 2005年10月 1日 (土) 00時59分

 NKさんどうも有り難うございます。でも私の腐敗は公開できないくらい恥ずべき物でした。除名以後何とか立ち直ろうと独力で思想的再武装をしようとあがいていますが、名誉回復を党に上申できるようになるまで、まだまだ到底その作業は進んでいません。

投稿: アッテンボロー | 2005年9月30日 (金) 22時53分

「活動家の恋愛」を読ませてもらったときにも感じたことなのですが、この様な理不尽な指導がまかり通っていいものかどうか怒りを感じます。
指導、被指導の関係が、人格的な上下関係にまで堕落させられているのではないかと思わざるを得ません。長い年月における思想の退廃がその人間関係に現れているといえるでしょう。
共産主義者の政治的結集体として表される党には、制度としての民主主義のようなものがあるわけではありません。組織構成は軍隊と同じであり、共通の目的実現のための戦闘組織です。しかしこの目的のために組織された党が、共産主義社会の実現への道=プロレタリア独裁論から逆規定された目的意識性を失うとき、こうした官僚主義と腐敗が前面化してくるのだと思います。
プロレタリア独裁実現のための戦略的総路線の喪失とその意義のあいまい化は改良主義への退却の指標をなすものですが、かたやプロ独の為の戦闘組織としての組織形態との矛盾を露呈することになります。プロレタリア独裁論の喪失と、同志的信頼関係の崩壊はひとつの事柄の原因と結果をなすものといえるのではないでしょか。
革命家といえども時には道に迷い、病気になったりもします。そういうときに、支え、励まして戦列を維持していくのが指導であり組織であるはずです。いくら強制しても去る人をとどめえないのと同じで残りたい人にはたとえいくらかの問題があるとしても、それは克服可能なものとしてあくまでも同志的対応をもってしなければならないと思います。
こういう意味で、私は、アッテンボローさんに対してなされた指導を理不尽なものとして捉えるとともに、名誉回復もまた可能なものと信じます。

投稿: NK | 2005年9月30日 (金) 22時48分

 今晩は労働者Lさん。今日は何となく落ち込んでいたので暗い話になってしまいました。先日の草加さん達とのオフ会が楽しかった分、反動が来たのかも知れません。出来るだけゆっくり休むようにします。心配いただいて有り難うございます。

投稿: アッテンボロー | 2005年9月30日 (金) 22時32分

 つらい話ですね。うまい言葉が見つかりませんが、ゆっくり休んで、大切なお子さんたちにたっぷり接してあげるのが、今はいいのではないかと思います。

投稿: 労働者L | 2005年9月30日 (金) 20時24分

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