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2005年10月

2005年10月31日 (月)

米軍基地は横須賀へ

 先日来米軍の再編による基地のたらい回し、実際には新基地の建設による再編強化策が発表され、関係自治体から不満や反対の声が続々と上がっている。問題の解決については非常に簡単でありながら小泉自身が実行していない方法がある。小泉の地元である神奈川11区に、つまり横須賀に米軍の殆どを移転させればよいのだ。おそらく反対の声など殆ど上がらないであろう。先の衆議院選挙においても小泉が圧倒的な得票で当選を果たした地域なのだ。小泉が行っている安保強化、日米軍の一体化、侵略軍隊化に大賛成の人が殆どであろうし、それによる犠牲が出ても甘んじて受け入れることの出来る人々が小泉を選んでいる訳なのだから。

 米海兵隊も、横須賀に移転してしてしまえば良いのだ。米兵犯罪の一切は横須賀の選挙民が引き受けてくれる。これほど適切な移転先が他のどこにあるというのだろう。小泉一族自身横須賀軍港の港湾荷役で財産を築いてきた利権構造があるのだから、横須賀の米軍強化によって利権が増大することに反対することはあるまい。全ての米軍基地を横須賀へ移転すべきだ。

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2005年10月29日 (土)

11・11管制塔カンパ勝利集会へ

 風邪のためにしばらく自分のブログを管理することで精一杯であったけれど、久々に管制塔被告支援サイトを覗いてみたら、とうとう損倍請求に対して一億300万を叩きつけに行く日程が確定したことが掲載されていた。東京法務局に人民の心のこもったカンパを叩きつけるぞ。同日夜には勝利報告集会も開催される。行きたい。しかし、まだ風邪が完治していない上に病気休暇で金欠病も併発している。困った。妻に泣きついて行かせて貰おうか。交渉はかなり厳しいであろう。革命的恐妻主義者としてはここが踏ん張りどころか。全水道会館だけでも行きたい。

 管制塔被告支援連帯基金ウェブサイトより行動日程などを転載

■叩きつける実行日は、11月11日

  集合場所  和田倉噴水公園(Yahooマップ
          最寄り駅 東京駅(JRほか)/二重橋前駅(都営三田線)
          /大手町駅(都営三田線)

  集合時間     10時30分  
  その際 以下の横断幕を掲げる。

    「さあ受け取ってみよ!1億300の熱い魂だ!」
    「我々は、再び不可能を可能にした!」 
                   3.26三里塚管制塔元被告団


■11日夜の管制塔元被告連帯基金 大勝利報告集会の概要

   場 所  全水道会館
   日 時  11月11日 午後6時から     
   主 催  被告団、声明の会、連帯サイト
   
    <案内図>全水道会館
    (JR水道橋駅東口下車徒歩2分)
全水道会館
東京都文京区本郷1-4-1 TEL:(03)3816-4196

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2005年10月28日 (金)

ジュゴンの海を守れ

 一昨日発表された、米軍普天間基地の移設案としての名護市辺野古海岸埋め立て案に対して反対の声が広がっている。従来の沖合への浮島建設案を譲歩したかのように見せかけてはいるが、滑走路の延長計画を始め今まで以上に基地機能を集約し、強化しようとする者だ。侵略戦争のための基地機能強化を許してはならない。名護市長は早速反対の意見を表明し、多くの地元住民の支持を集めている。税滅危惧種であるジュゴンの貴重な生息地としても有名である辺野古の海を守ろう。ヘリ基地移転に最後まで反対しよう。

 沖縄タイムスより引用

 

名護市長が拒否方針/辺野古沿岸移設
「住宅地飛び論外」/地元合意形成、困難に

 岸本建男名護市長は二十七日、米軍普天間飛行場の新たな移設先として日米が合意したキャンプ・シュワブ兵舎地区を中心とする沿岸案について、「住宅地上空を飛ぶ方角になっている。論外だと思う」と述べ、受け入れを拒否する考えを示した。合意案の説明に訪れた那覇防衛施設局の西正典局長との会談後、記者団に答えた。辺野古沖移設を容認してきた地元首長が見直し案を拒否する方針を示したことで、政府が目指す地元の合意形成は極めて厳しい状況となった。

 岸本市長は、西局長に対し、滑走路施設が当初の千五百メートルから千七百二十メートルに延長された背景や滑走路の方位、騒音問題などについて質問。いずれも明快な答えが得られなかったとし、「疑問に答えられない状況でヘリ基地を受け入れるわけにはいかない。住民を説得する自信は全くない」と明言した。

 滑走路の位置や方向についても疑問点を挙げ、「図面を示された時にショックだった。私の想定外」と陸側に寄りすぎているとの認識を示した。

 また、「(辺野古沖の現計画案は)地域住民や漁協、市議会に説明した後で決定した。今回はそういう説明を十分するのか」と述べ、地元の頭越しに合意した政府の姿勢に不満を示した。

 政府は日米安全保障協議委員会(2プラス2)で中間報告をまとめた後、岸本市長に再度説明する方針。同市長は政府が合意案を修正した場合の対応について「それまでは(結論を)待ちたいと思う」と含みを残した。

 西局長は東肇宜野座村長、宮城茂東村長とも面談し、普天間飛行場の移設について説明。西局長は会談後、「いくつか宿題をもらった。東京に伝えた上で、対応していきたい」と述べた。

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2005年10月27日 (木)

今時エイジオブエンパイアⅡ

 風邪が中々治らない状況で、昨日はまったく何も書くことが出来ませんでした。鬱病で抵抗力が落ちているのに加え、タバコを吸うし、ビタミンは不足がちだし、風邪に良くない条件が揃っています。でも何とか回復には向かっているようで、食欲が出てきました。

 今日は息子が「戦争のゲームがしたい」とせがむので、久しぶりにマイクロソフトのリアルタイムストラテジーゲーム、エイジオブエンパイアⅡを引っ張り出してきました。息子は操作などできないくせに画面を見るのが好きなようで、あちこちクリックしては戦闘シーンを見ています。でもって操作はできなくとも負けるのは嫌なようで、絶対に負けようがない状況を作って適当にいじらせています。

 元々このゲームを知ったのはパソコンゲームの雑誌に付いていた体験版で遊んだところ面白かったので嵌ってしまい。気がついたら一作目とその拡張版、そしてこの第二作目と拡張版という風に購入していました。シリーズ後継作のエイジオブミソロジーは神様がどうのこうのとややこしくなっているので購入しませんでした。結構シュミレーション系のゲームはしていたのですが、最近はブログに填っているせいかあまりゲームをしていません。パソコンを付けている時間の殆どがこのブログを書いているか他人様のブログを読んではコメントを書き込ませていただくようになっています。たまにはゲームも良いかなって思います。

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2005年10月25日 (火)

ペーパータイガー

 86年泉佐野市議選弾圧の続きです。約50人の活動家が公正証書原本不実記載同行使で逮捕されたのですが、それは以前にも書いたように、住民票の移転が実際に済んでいないのに行ったという言いがかりによる物でした。大阪府警としては国賀祥司候補の当選とそれによる関西空港建設反対の運動が高揚することに何とかケチを付けるために行った弾圧でした。逮捕された活動家達は実際に泉佐野の公団住宅に住み込んで空港反対運をとと選挙運動をしていたのですから、それを警察が勝手に「住んでいなかった」などと証明することは出来ませんでした。

 現実問題としても自民党や公明党を始め、地方議会の選挙の度に実際には住んでもいない他人や親戚の家に住民票を移して投票権を詐取すると言う行為は何のお咎めもありません。。郵便局で働いていると団地の一室に二三十人分の投票所入場券が送られてくることにはよく遭遇します。それから私の隣人が現役の警察官なのですが、子供を越境入学させるために住民票を虚偽に移転しています。これって電磁的公正証書原本不実記載同行使の犯罪に当たるはずなのですが、いっこうに検挙されません。

 この弾圧のコードネームがタイトルの「ペーパータイガー」でした。誰が付けたのか知りませんが、頭脳警察の曲にあるそうで、元々は毛沢東の「全ての反動は張り子の虎である」という言葉から来ているそうです。音楽に詳しくないし、毛沢東語録も古本屋で買ったことはあるのですが結局読もうと思って読めなかったので詳しいことは分かりませんが。略してPT弾圧と言いました。仮に有罪になったとしても罰金程度の罪なのですが、それでも証拠隠滅の恐れを口実として数ヶ月にわたって逮捕拘留が続きました。そして幾人かの公務員はその為に起訴休職という処分が発令されたのです。これは釈放され抵抗も禁固以上の刑に問われた場合に失職するという公務員法のを悪用した弾圧でした。二年近くかかったと思うのですが全ての公務員労働者は復職を勝ち取りました。

 一番悪辣であったのが近畿郵政局で、実質罪に問うことが出来ず本来ならば職場に復帰する権利を有する労働者に対して、地方自治体が復帰させているにもかかわらず一番遅くまで休職処分を続けました。私たちは近畿郵政局前での抗議行動を行うなどして仲間の職場復帰を勝ち取りました。

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2005年10月24日 (月)

今日は内科で受診しました

 土曜からの咳が止まらないので、今日は夕方に近所のかかりつけの内科に受診に行ってきました。タバコが良くないと注意されたのと血圧が以前より高くなっているのが心配だと言われてしまいました。血圧は多分自宅療養の為に運動不足なので体重が増加しているせいだと思います。つまり太ってきたと言うことです。そのくせお酒はしっかり飲んでいますから血圧には良くないようですね。タバコもお酒も止められそうにないのが困った物ですが、せめて体を動かして減量するように心がけようと思います。

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2005年10月23日 (日)

妻が接触事故

 昼食後、風邪薬を飲んでコタツで横になっていたら、妻から電話があり「事故したから直ぐファミマまで来て」との事。寝ぼけ眼のまま慌てて指定のコンビニまで行くと、妻の車のフェンダーの部分が少しへこんでいる。たいした傷ではないが、えらくお冠である。先方は仕事中らしく勤め先の車なので経営者を呼んだらしく、それで私も呼ばれたのだ。警察に電話して事故の届けを出しに行って、保険屋に電話して、色々すませてからまた自宅で横になっています。体調の悪いときに限って問題が起きるのにも困った物です。

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2005年10月22日 (土)

風邪を引きました

 朝から咳が止まらない状態になっています。配置薬を飲んで一日寝ていましたが中々症状が良くならないので、今日は新しい記事はお休みです。鬱状態の時は風邪などへの抵抗力が落ちるようで、そちらの方もあまり良くないようです。

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2005年10月21日 (金)

共産党が古典を読まないわけ

 日本共産党は世間一般では「共産主義」の党だと思われている。そして彼ら自身自分たちが「共産主義者」だと思いこんでいる。だがしかし不思議なことにマルクス・エンゲルス・レーニンの古典、例えば「共産党宣言」「社会主義と戦争」「国家と革命」などと言った文献は基本学習文献から排除されて久しい。80年代に私が革命運動に身を投じた頃、既にそうであったから相当長い期間共産党は古典を読まない党風を持っていることになる。では彼らはどの様にして「共産主義」を学んでいるのだろうか。宮本顕二、不破哲三といった共産党指導者が古典を読んで解釈した共産党の文献を通じてである。

 そしてその理由は、どのブログの記事でったかコメントであったか直ぐに検索できなかったのだが、古典を学んだ共産党員の多くが分派活動をしたり離党したり、あるいは党に留まっている場合であっても「さざなみ通信」に見られるように中央指導部に対して批判的見解を持ってしまうからなのである。極言すれば、マルクス・エンゲルス・レーニンは日本共産党にとって都合の悪いことを言っているのだ。例えば私は元中核派なのであるが、党の下に結集して以来、機関紙に掲載される最新の論文と同時並行して古典を学ぶように指導された。新左翼の場合多くはそうであるらしい。(新左翼からファシストに転落したカクマルを除く) 新左翼は古典に書かれている共産主義の本質をどの様にして現代に当てはめるのかを真剣になって思考しているのだが、共産党はそうではない。

 例えばマルクスは「労働者は祖国を持たない存在である」として労働者が国境も民族も乗り越えて階級として団結し、資本家階級と闘うことを訴えている。「万国のプロレタリア団結せよ」と結ばれる「共産党宣言」のように「愛国心」を捨てる事を訴えている。レーニンは「社会主義と戦争」の中で自国帝国主義の敗北を促進することを訴え、革命的祖国敗北主義を提唱している。さらに「国家と革命」ではマルクスのフランス三部作「ボナパルトのブリュメール18日」「フランスの内乱」などでえぐり出された国家に関する革命的考察を復権させている。国家とは階級対立が不可欠になった歴史的段階において、支配階級が被支配階級を抑圧・支配するための暴力装置であるとして国家の廃絶こそが共産主義者の目指す物であることを明確に提起しているのだ。つまり地球上から「国家」という物がなくなって初めて共産主義が実現されるという「世界革命」の立場を堅持している。

 それに対してスターリン以降の「共産主義者」「共産党」は、一国において共産主義の実現が可能であるように言いなして世界革命に敵対してきた。日本共産党もそうである。何よりも彼らが言う「自主独立の党」「真の愛国者の党」という言葉が、彼らをしてマルクス・エンゲルス・レーニンが訴えた「共産主義」とは異質の物であることを示している。私自身以前に妻が民主経営の職場で働いていることを書いたが、そのお付き合いの加減で赤旗日曜版は定期購読している。だがしかし読めば読むほど日本共産党の言っていることとマルクス・エンゲルス・レーニンが古典において説いていることとの違いに気づかざるを得ないのだ。「羊頭狗肉」という言葉がある。日本共産党は実は共産主義・共産党とはまったく異質な存在なのである。そしてその事を隠蔽するために、党員や影響下にある大衆に対してマルクス・エンゲルス・レーニンの古典を読まないように指導しているのである。

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2005年10月20日 (木)

こーのお調子モン

 息子は何にでも直ぐに影響される。最近のお気に入りは東映特撮BBで見ている「超人バロム1」「がんばれロボコン」である。バロム1などは子供が変身するヒーローと言うことでいたくお気に入りである。「とうちゃんたけしな。○○がけんたろうやからチビって言ってや」「行くぞチビっ。バローム」「クロース」と科白を言って腕をからませる。で、本人は正義の超人バロム1に変身するのである。たしかこれは東映の特撮物にしては珍しく石ノ森正太郎ではなく、さいとうたかおが原作だ。

 かと思うとロボコンに登場するロボワルの真似をしてシャドーボクシングをしながら「ワルワル」と言って走り回ったり、ロボドロの真似をして「ピョンコピョッンコシャーイシャーイ」と蛙跳びをする。でもってこれを夜に犬の散歩をするときに大きな声で言うのだ。静かにしなさいと注意してもいっこうに収まらない。昨日は昨日でアニメを見てから散歩に出かけたのだが、「アイシールド21」というアメフトの番組で、ビーチフットの大会に出る話だった物だから散歩しながら、パスを回す真似をしながら走り回る。子供って何でこんなにテレビなどの影響を受けやすいのだろう。自分も子供の時はこんなだったっけと思いながら息子に調子を合わせる私であった。

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2005年10月19日 (水)

残念。古田が監督に

 ヤクルトスワローズの古田敦也選手が来期からプレイングマネージャーとしてヤクルトの監督に就任することになった。ちょっと残念に思う。別に野球に興味があるわけではないのだが、古田選手の言動には関心があったのだ。勿論いずれは監督になるであろうと思っていたが早すぎる気がする。もっと長く労組プロ野球選手会会長を続けて欲しかった。管理職である監督になんか引退してからなって欲しかった。

 そうなのだ、プロ野球選手としてではなく労組役員としての古田に興味があったのである。去年のプロ野球ストは痛快だった。企業の都合でオリックスと近鉄が合併し、多くの選手が失業の危機にあった時、古田選手を指導者とする選手会はリストラに断固反対してストライキを貫徹し、多くの選手の雇用を守った。今日、連合も全労連も大失業の時代であるにもかかわらずスト一つ打たないばかりか、企業のリストラに率先協力している風潮の中でまともな労働運動の姿を見せつけ、実力を示し、巨人の渡辺、西武の堤という二人の転向分子を相手に闘い抜き、要求をのませた。選手達を人とも思わぬ経営者に対して労働者の生存権と誇りをかけたストライキだった。

 去年のストは単にプロ野球ファンだけの関心事ではなかった。日本中のリストラと称した首切り合理化の攻撃に晒されている労働者にとって、オリックスと近鉄の選手達の姿は自分と二重写しになっていただろう。だから様々な政党、政治団体までがストライキに関する支持声明を出して行方を見守っていた。多くのプロ野球ファンは球場で活躍する選手達の活躍を見て日頃の労働のストレスを発散させているわけだが、ストライキでも鬱憤を晴らしてくれたのだ。その古田が事もあろうに現役のまま管理職になって選手会会長の座を降りるという。これでは御用組合のダラ官達と同じではないか。出世のために組合役員として現場労働者の怒りを抑えることに躍起となり、その事への報酬として出世していく御用組合の幹部と同じではないか。村上ファンドが阪神の、楽天がTBSの株を買い占め、再び選手の雇用が危機にさらされようとしている時であるだけに、現役の間は監督になどなって欲しくなかった。

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2005年10月18日 (火)

遺族として靖国参拝反対

 実は私の叔父が戦没者である。叔父の魂は靖国にはないというのが親族の多数意見だ。叔父は意に反して特攻隊に「志願」させられ、人間爆弾として死んだ。だからその魂は靖国にはないし靖国に首相たる小泉純一郎が参拝することは新たな「英霊」を生み出すための儀式としか思えない。今日自衛隊を戦場であるイラクに派兵している状況の中で、次なる英霊、人民の生き血を求める行為としか思えない。私は断固として小泉の靖国参拝を弾劾する。

 以上は昨日「三四郎の日記」に書いたコメントだ。今日靖国に参拝し、戦死者達を「英霊」としてあがめ奉っている連中の中に、一体どれだけの人間が実際に戦場で死線をさ迷ったのだろうか。例えば小泉総理の祖父は海軍に志願しようとしたところ曾祖父に反対されて入れ墨を全身に入れ、徴兵する逃れた。そして曾祖父が横須賀軍港の港湾荷役で築いた財産を元手にして国会議員となり、小泉純一郎は三世議員である。愛国心を鼓舞している石原慎太郎は自衛隊にでも入っていただろうか?民主党の小沢一郎は海上自衛隊の幹部であった息子に対し、海外派兵が現実となるや除隊を進めている。

 A級戦犯であった東条英機らは戦場で死んだのか? 戦争に敗北しなければ死ぬこともなく靖国には祀られていなかったはずである。戦犯天皇ヒロヒトはどうであろうか。やはり戦死もしなければ処刑も免れた。靖国に参拝するということは為政者にとって都合の良い死に方をして貰った人々に対してご苦労さんと顕彰することなのだ。小泉は今日の自衛隊イラク派兵の中で近々発生するであろう死者のために靖国に参拝しているのだ。こんな事を許しておいてはならない。靖国を必用とする日本の国家体制その物を打倒しなければならない。小泉政権の嘘とペテンを暴き一人でも多くの人々に小泉「改革」粉砕を訴える。そしてそれを行動に高めていきたい。

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2005年10月17日 (月)

共謀罪に反対する

 この間多くの人々が共謀罪の今国会での成立を目指す動きに危機感を抱き、その法律の持つに案弾圧法的性格について警鐘を乱打している。遅ればせながら私もこの法律に反対の声を上げようと思う。

 よく言われているのは共謀の段階で、つまり実際の犯罪行為がない段階で罪に問うことが出来るという問題だ。例えば極端な話だが、居酒屋で同僚と飲んでいるときに気に入らない上司の悪口からぶちのめそうとなったとしよう。酒の席での言葉であっても犯罪として立件できるのだ。冗談で銀行強盗しようと言っただけでも「冗談」では済まなくなる。そして実行好意がない段階で立件するためには盗聴を始めとする様々な形による情報収集が必用となり日本中にスパイが溢れることになる。共謀の段階で自首した場合には罪を減じることとなっているために密告が奨励され、友人同士、隣人同士がいつ相手によって権力に売り飛ばされるかにビクビクして暮らす、戦前の日本や北朝鮮のような思想弾圧が行われるようになる。

 政府が建前としている「組織犯罪対策」という口実を信じている人もいるようだが、よく考えて欲しいことは、法律の条文にはどの様な組織を対象にするとは一切書かれていないし、適用対象から外される団体についても同様だ。例えば私が郵政民営化反対のためにストライキで闘おうと組合の会議で発言したとしよう。何人かが賛成の声を上げてくれたとする。公務員のストは現在の処違法であるからそれだけで共謀罪が成立するのだ。これは大げさでも何でもない。実際に暴力団の抗争対策として制定された「凶器準備集合罪」については学生運動弾圧のために乱用されている。集会場にカッターナイフ一つ持って入っただけで凶器準備集合罪で逮捕者がでているのだ。先日、泉佐野市議選を巡る権力の弾圧について書いたのだが、「公正証書原本不実記載」なる厳めしい罪状での逮捕があったのだが、実際には住民票の所在地に住んでいないと言うことで逮捕されているのだ。よく考えて欲しい。国会議員が住民票所在地に実際住んでいるだろうか?単身赴任の労働者は赴任先に住民票を写しているだろうか?下宿している大学生はどうだろう?先ず住民票を写しているはずはない。だがしかし、国家権力にとって都合が悪いと一度認定されただけで犯罪者として逮捕されるのだ。政府が「危険人物」と見なした相手は冗談を言っただけでも逮捕される、そんな世の中にするのがこの共謀罪なのだ。

 私は、思想にまで踏み込んで弾圧を可能にするこの法律に反対する。冗談を言っただけで逮捕投獄される社会にしてはならない。今国会における共謀罪成立を阻止しよう。

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2005年10月16日 (日)

おんぶに肩車

 今夜の犬の散歩は疲れました。散歩に出るときに息子が、犬は妻に持って貰いおんぶをして欲しいと言い出したのです。最初の内は散歩なんだから歩けと言って手を引いてやっていたのですが、その内拗ねて駄々をこねます。仕方がないので犬のリードを持ったままおんぶしました。犬を引き連れたままなので、妻が途中で交代してくれ、おんぶだけになります。結構重たくなってきているので、肩車の方が楽なので息子を言いくるめて肩車に変更します。

 肩の上で息子は浮かれてなにやら歌い出しました。「ベリィメロン、ベリィメロン、ケッツマイハート。ベリィメロン、ベリィメロン、ケッツマイハート」まったく意味不明です。それは何なんだと訪ねると「ガッシュに出てくる奴やんか」と答えます。「それってもしかしてビクトリームのことか?」ビクトリームと言うのは少年サンデーに連載されている「金色のガッシュ」というマンガに出てくる敵役の魔物の名前です。なぜか気に入っているようで、その後も何度も繰り返して大きな声で歌います。恥ずかしいから止めてくれと頼んでようやく歌うのを止めました。

 すると今度は次女と競争しろと言いだし、「走れ走れ。△△はマメやねん。□□はゴリラ。父ちゃんは変態やねん」なんてことを言ってくれるので、「じゃあ○○はなんや? お母さんは?」と尋ねると「○○はライダー1号や。お母さんはこーわーい」だそうで、その後は「走れサイクロン、スピードアップ」と完全に乗り物扱いされました。帰宅したら涼しくなってきたにもかかわらず汗をビッショリかいていました。

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2005年10月15日 (土)

JPU(旧全逓)執行部は総辞職せよ

 昨日の参議院本会議で郵政民営化法案が成立し、二年後の郵政民営化に向けて様々な施策が強行されようとしている。今日にいたってJPU(旧全逓)執行部は全面的に闘争放棄、指導放棄というていたらくの状態となっている。今までの行革対応方針その物の間違いが今日の事態を生んだと言って過言ではない。執行部は一貫して経営改善に協力することを通じて民営化を回避できるかのごとく飯梨、現場組合員を果てしない労働強化に追いやってきた。各級機関に「一機関一企画」などと言って合理化推進、経営協力のイベントを強制し、営業強化のための学習会を組合が主催で行えと指導をおろしてきた。

 その結果がこれだ。本部は総辞職することで現場組合員に対して責任を取るべきである。元委員長である伊藤元隆参議院議員は即刻民主党を離党せよ。民主党党首前原は「官公労と手を切る」とまで言って自民党小泉と公務員首切りの先陣争いをしている。これらの全ての方針の誤りは中央本部が日帝国家権力の郵政民営化にかけた狙いが全逓労働運動の解体、公務員労働運動の根絶を通じて戦争国家化、全ての産業における大量首切りを通じて日帝資本が生き延びるための攻撃の突破口であることに目をつむり、経営状態さえ改善すればあたかも民営化は避けることが出来るかのようにごまかして組合員を統制してきた結果である。

 国会で法案が通過した以上、これを粉砕するには現場における物ダメ、ストライキなどの実力闘争で立ち向かう以外に方法はない。本部は責任を取って総辞職し、来年二月に開催される臨時全国大会において闘う指導部を選出しなければならない。否、臨時大会まで待たずに総辞職して責任を取るべきだ。組合関連の企業に対しても天下りをすることは許されない。JPU(旧全逓)執行部菰田体制という腐りきった膿を排除して、今こそ闘う全逓、権利の全逓の再生をかけて闘いに立ち上がるべきだ。

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2005年10月14日 (金)

カミさんキレまくり

 日頃この日記で存在感の薄い妻なのだが、今日は妻のことを書いてしまおう。と言うのは今日の我が家は全員が妻に怒られるという出来事があったのだ。一人一人順番に。

 まず最初は息子である。保育所の送り迎えの際に、どうやら妻に対していらぬことを言ったようで、妻が憤慨しながら帰ってきた。「仕事しんどかったら辞めればいいのに」と言ったそうである。言い方が癇に障ったようで、くどくどと叱ったようである。そこに今度は長女である。今日も例によって例のごとく朝からお腹が痛い、熱があると言って登校しない。「いつまで甘ったれてるんや」と妻が怒った。「学校いかへんのやったら家の用事をしろ。お母さんは仕事しんどいって休んだりせんやろ」横で聞いていて耳が痛いのなんの。

 次いで次女の参観から帰ってくるやいなや。突然小学校の先生が家庭訪問に来ることになったと言って次女を叱り出す。理由は次女が忘れ物ばかりしているし宿題はしてこないのに溜まりかねた先生が時間を割いてやってくるというのだ。しっかり次女は叱られた。最後に私である。「いい加減に仕事に行け。あんたがそんなんやから・・・」以下省略。

 かくして我が家は全員が妻に叱られたのである。少しだけ反省。早く病気が治らないかな。

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2005年10月12日 (水)

86年春の闘い

 天皇在位60周年記念粉砕闘争、東京サミット粉砕闘争、そして泉佐野市議会議員選挙闘争と86年の春は様々な闘争が重なり、とても忙しかった。関西で活動しているために主たる活動は泉佐野の選挙に全力を割いていたのだが、それでも時折東京への動員があり文字通り東奔西走の日々であった。

 天皇即位60周年記念粉砕闘争の過程では、右翼が集会場に爆弾を仕掛けて不発になるなど、結構緊迫した情勢があったし、サミット粉砕闘争については当時の週刊誌などで中核派を始めとするどの党派がサミットを粉砕するのかが真剣に論じられていた。漫画家の中原裕が少年サンデーにデビューした作品には高校生が中核のヘルメットを被って登場したり、青年誌ではサミットに潜入したスナイパーのマンガが掲載されたりした。横田基地に対する迫撃砲戦闘の着弾距離が権力の情報操作で実際より短く発表されたために、サミット会場の迎賓館を狙ったイカロス(中核派の迫撃砲弾の名前)は標的を飛び越えるというおまけがあった。サミット当日は集会などには参加することはなく選挙の拠点となっていた泉佐野の公団の一室でテレビを見ていた。ゲリラ戦の報道を見てみんなが「良し、やった」と歓声を上げていた。

 選挙その物は結構ハードな動員であった。丸一日をかけて一千枚のビラを全戸配布したり、駅頭で関空反対の署名を集めたり、候補者の熱心な支持者の自宅を防衛するための不寝番に付いたりと色々な任務があった。選挙その物は国賀祥司(こくがよしじ)候補が権力の弾圧を食い破って見事当選を果たし、関空絶対反対の立場からの市会議員となった。仰天した警察権力は公選法違反公正証書原本不実記載で運動員を大量逮捕してのだが、全て無罪放免となった。逮捕の理由は住民票の虚偽の移転なのだが、実際に公団住宅に住み着いて職場に通い、仕事が終わるや泉佐野に駆けつけて選挙運動をしていたのだからデタラメきわまる弾圧であった。

 私自身休日には泊まり込んで選挙活動を行っていたし結構ハードな活動であった。そんな活動の中で一時の楽しみがあった「活動家の恋愛」で書いた女性と動員で顔を合わせて会話することが楽しくてしょうがなかった。ビラまきの休憩を合わせて一緒に食事をしたり往復の電車の中で世間話をしたり、それはそれで結構楽しかった。ある時彼女が財布を落として困っているところに出くわして、僕が交通費を立て替えたこともあった。その過程を通じて親しくなっていったのだ。今となっては楽しい思い出である。

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2005年10月11日 (火)

法案は成立しても郵政民営化には反対だ。

 本日行われた臨時国会衆院本会議において、郵政民営化法案が可決された。しかし法案の中身は民営化の時期を半年遅らせる以外は先の通常国会で否決されたものと大差はない。要するに国家財政の破綻状況についての政府責任をほおっかむりして、現場の郵政労働者になすりつける内容になっているわけだ。無駄遣いした責任者である国会議員、各官庁の官僚達は責任を取らず、財政投融資に何の権限もなく当然責任もない現場 労働者の首切りで解決できるわけがない。例え法案が成立しようとも、私は断固として郵政民営化に反対するし、その狙いとする国民財産の横領、外資を始めとする民間大資本への売り渡し、分割することで高級官僚の天下り先を大量に作り出すこと、現場労働者への徹底した労働強化と搾取に対して、今までと変わらず反対の姿勢を貫いていく。

 「政府提出の郵政民営化法案は11日の衆院本会議で記名投票で可決、参院に送付された。通常国会ではわずか5票差の可決だったが、自民党の総選挙圧勝を受け200票の大差となった。通常国会で反対し、総選挙で当選した元自民党議員17人のうち11人が賛成に転じた。民主党の対案は否決・廃案になった。政府案は12日から参院で審議入りし、与党は14日の参院本会議でのスピード成立を目指す。

 通常国会の衆院採決では自民党の37人が反対票を投じ、14人が棄権・欠席して計51人が「造反」した。総選挙では反対組から17人、棄権・欠席組から11人の計28人が当選し、うち22人が賛成に回った。自民党は郵政賛成派の候補者で固めて総選挙を大勝しており、「巨大与党」を象徴する採決結果となった。

 賛成票の比率は投票総数の7割を超えた。政府案が仮に参院で否決されても、今回賛成した338人が再び賛成票を投ずれば、憲法59条が定める再議決で可決に必要な3分の2以上の賛成を確保できる。

 7月の通常国会で反対し、新党に移ったり無所属になったりした元自民党議員17人のうち、賛成に転じたのは堀内光雄元総務会長、保利耕輔元文相、野田聖子元郵政相、古屋圭司氏ら。これらの議員の多くは「中身は別として『郵政民営化賛成』という民意が全国的に示された」(山口俊一氏)などとして、総選挙を踏まえた態度変更と説明している。地元の自民党県連からの要請で賛成に転じたとする議員もいた。

 国民新党の綿貫民輔、亀井久興、亀井静香3氏と新党日本の滝実氏、無所属の平沼赳夫氏の計5人は今回も反対票を投じた。無所属の野呂田芳成氏は本会議を欠席した。

 通常国会で棄権・欠席した古賀誠元幹事長、高村正彦元外相ら11人は全員が賛成した。

 郵政民営化法案は07年4月に日本郵政公社を民営会社に移行させる法案。民間会社移行時期を07年10月にずらし、完全民営化の時期も17年9月末までに半年間遅らせるよう変更した点を除けば、通常国会で廃案になったのと同じ内容だ。

 与野党は12日から参院の本会議と郵政民営化特別委員会で政府案を審議入りさせ、13日に首相出席による質疑を行うことで合意した。与党は参院審議では通常国会と同様、郵便局網の維持や株式持ち合いで政府に配慮を求める付帯決議をつける方針で、14日の参院本会議で成立を図る。 」朝日コムより引用。

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2005年10月10日 (月)

皇賊なんか廃止してしまえ

 今朝の毎日新聞朝刊に天皇一族の後継者について御用学者の論戦が載っていた。方や旧宮家の皇賊復帰、方や女性天皇・女系天皇の復活。肝心のことは書かれていない。皇賊なんぞ廃止すればすべての問題は根本から解決されるのだ。労働者Lさん「一ヶ月一億円生活」でも書いていたが、奴らのために一人あたり一月一億円もの血税がドブに捨てられているのだ。今度結婚する紀宮サヤコなんぞ一億数千万の持参金まで国庫からかっぱらおうとしている。どこぞの大学で研究員をしているのだから、自分の結婚資金くらい自分で貯めろと言いたい。こんな連中は即刻クビにしてしまうのが国家財政の改善のためにも良いのだ。

 はっきり言おう、我々庶民にとっては、平安時代の摂関政治以来、天皇なんぞは千年以上無縁で生活してきた伝統があるのだ。それがたかだか近現代の140年四代しかない支配者面をしてのさばることが我慢ならない。日本の伝統に従って、天皇なんぞはいつでも殺したり退位させたり出来る状態に戻さなければならない。

 小泉の「改革」によって公務員の労働条件を切り下げることを求めた人々は、一番税金を無駄遣いしている天皇一族、皇賊の廃止こそ求めるべきではないだろうか。大体あんな一族によって江戸城に虜にされている、アキヒトの妻「皇后」美智子が愛読していた本は何か。名前は忘れたが孤独にさいなまれていることを顕わにする書名を上げていた。チビ天ナルヒトの妻雅子が鬱病になるのもすべて天皇制が悪いのである。こんなものは即刻廃止して、憲法第一条から八条を削除すべきである。

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2005年10月 9日 (日)

学問に王道無しと言うことで。

 昨日は長女の不登校と成績不振について書いた。しかしよく考えたのだが、昨日の販売員の説明は一種の催眠商法だったのではないだろうか。約二時間にわたり真剣に話を聞いていたのだが、知らず知らずのうちに長女の成績向上のためにはベストの方法ではないかという意識が醸し出されていた。その反面、意識の奥底にチクチクと棘でも刺さったような感覚があった。販売員が帰った後、実はネットで会社の名前を入力して色々と検索してみた。良しにつけ悪しきにつけ何らかの評判がネット上に流れていないかを調べるためだ。調べた範囲では裏は取れなかった。

 本当に効果があるのなら口コミであれ何らかの評判を聞く機会があるはずだ。変なオジサン氏のコメントで「友人が似たような名前の会社でセールスマンをやっていたのだが、それによると、その業者はどうだか知らないが、なかには…塾の業者なら数万円で入手出来る教材を数十万、百万円以上の金額で売りつける悪徳業者がいるそうだ。またアフターフォローを売り文句にしていても実態は学生バイト数人が形だけ電話番といった風情のシステムなのだそうだ。」と言うのを頂いたのだが、その辺の検証が出来ていない状態で簡単に信じてしまうとは、普段の自分からすると少し変だったかなと思う。やはり長女のことで平常心が欠けていたのだろうか。

 結局契約はしなかったので実態がどの様な物であるのかは不明のままだが、学問に王道無しと言うことで地道に勉強を見てやって、成績が向上しなければ本人がどう思うか分からないが定時制であれ通信制であれ、入学できる高校に進学させるしかないだろうと思うことにした。

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2005年10月 8日 (土)

学習教材の訪問販売

 今日は朝から中学生を対象にした学習教材の訪問販売があった。二週間ほど前に長女に学力テストを受けてみないかという勧めがあり、受験した結果を届けてくれる際に教材の案内も聞いて下さいと言うことで事前に約束していたのだ。やってきたのは中央出版の教材を扱っているジャストミートコーポレーションという会社の販売員である。長女の学力に危機感を持っているために私が話を聞くことにした。

 はっきり言って長女の成績はとてつもなく悪い。学力テストに現れた偏差値は30代であった。この分では公立高校にはどこにも入れそうにない。私立高校についても長時間かけて俗に言うガラの悪い学校に行くしかないと言われる始末であった。別にぐれていたり不良であったりするのではなく、勉強も好きなのだが、学校に適応できなくて小学校五年生から不登校の状態にあるため、学校の勉強にまったく付いていくことが出来ないのだ。一応本人の名誉のために言っておくとIQは147有る。本来は賢いはずなのだ。私が郵政のリストラによって職場に適応できなくなってしまったように、長女は性格が私に似ているようで、悲しいことに不登校になった。朝起床すると頭痛、発熱、下痢に腹痛と、完全に自律神経失調症なのだ。一日寝ていると収まるので夕方からは家事の手伝いなどをしてくれるし、学校が休みの日は元気である。

 で、教材の内容なのだが、教育労働者用の指導書にもとづいて要点だけを繰り返し学習するという物で、非常に分かり易くできていて、ファックスによる添削や学習方法の指導付きという優れものである。私が病気と郵政民営化による収入減少、雇用の危機という現状でなければ是非ともやらせてみたいと思う物だった。長女もこの教材なら勉強できそうだとやる気を示していた。料金の話も説明を聞いたが、学習塾に通うことを思えば月割りにすれば非常に安価である。妻とも話し合ってみたが不登校であるので出来ることなら家庭で好きな時間に自分のペースで学習できる教材であることに魅力を感じていた。自分自身の生き方の結果病気や首切りが待っていることについては仕方ないと思うのだが、子供の将来がかかった問題となると別である。今日の風潮のように親の経済力で子供の学力が左右され、将来の選択肢が制限されてしまう世の中には怒りすら感じているのだが、同時に自分が病気で働いていないことで子供の将来に悪影響が出ていることについて情けなく思う。早く健康になって職場に戻りたいと焦りを感じる一日であった。

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2005年10月 7日 (金)

良い知恵はない物か?

 先日「公共事業と部落差別」にたちばなさんから戴いたコメントが気になって仕方有りません。部落を抱える中学に通う娘さんが、部落出身の子供達によって傷つけられている。たちばなさん自身は部落差別の構造によって出身者の子供達が荒れたりぐれたりしていることに一定の理解を示しているし、差別その物にも反対の意思を持っておられる。でもその事を傷つけられた娘さんにそのまま話して理解を得ることは出来ないだろうし自信もないという。娘さんの傷ついた心を癒し、部落の子供達との間で分かり合える関係を築き上げ、そして荒れている子供達が逃げることなく部落差別と闘う主体になるためにはどの様な働きかけが必用なのだろうか。ひとまず以下にたちばなさんのコメントを引用します。

 「私の娘は、とある部落の中にある中学校に行っています。
 彼女がずっと悩んでいる事なのですが、授業中に徘徊する生徒、「病んでる」とか「気持ち  悪い」とか心無い言葉をぶつけてくる生徒はその小学校出身の生徒ばかりだといいます。
私は、部落差別をはじめ、あらゆる差別に反対しますが、このような現実をどのように受け止めればよいのか分かりません。
 宜しければ、教えてください。」

 「レス、ありがとうございます。
 おっしゃっている内容は理解できます。
 しかし、同級生からのそのような言葉に深く傷つき、人間不信になっている娘に現在の差別社会を説いてもなかなか届かないような気がします。
 それから、授業中に教室を抜け出す生徒の為にその都度授業は中断され、みんなで呼びに行き、勉強は進まない、呼びに行く集団に加わらなければ「病んでるんちゃうか」などという言葉を掛けられます。しかも、授業を中断させている本人は塾に行ってしっかり勉強ができてたりするんですよね。
 すみません。なかなか、このような内容の相談ができるところがなくて頭に血が昇っているようです。
 すみませんでした。」

 娘さんは相当悩み苦しんでいるようだ。私には部落差別に悩む子供達がいて荒れてしまうことは分かる。しかし、いざ自分の子供がその為に傷つけられた場合にどうすればよいかというと正直分からない。先日コメントでは部落の子供を腫れ物扱いせずおかしいことはおかしいと真剣になって向き合って喧嘩した知人の息子さんの話を紹介した。しかし、それは誰にでも出来ることではないし、どの様な場合にも通用するわけではない。まして今回は傷つき苦しんでいるのは娘さんの方なのだ。その娘さんの心をどうすれば癒せるのだろうか。 

 昨日図書館に行って数冊の本を借りてきた、教育関係の本ばかりだ。解放教育の入門書、学級崩壊のルポルタージュ。思春期の心理学などだ。今まで読みかけの本を横に置いてひとまずこれらの本を読み始めた。どこかに娘さんの問題を解決する糸口はないだろうか。このブログをご覧になっている教育労働者、部落解放運動の活動家の方あるいは同じような経験をされた方、どなたでも結構です。手がかりを下さい。

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2005年10月 6日 (木)

水は低きに流れる

 小泉政権のデマに惑わされている人々は、郵政の民営化によってサービスが向上するのではないかま錯覚しているのだが、悪化の傾向を示しているサービス内容について具体的に自分の経験を書いてみようと思います。

 私は最初は保険外務員として勤務していました。その過程で例えば病気入院であったり、交通事故の入院、死亡の事例について保険金請求手続きを受けた場合にどの様に対応していたかを書いてみたい。簡易保険は国営の非営利事業であるために郵便局の職員は赤字にならなければ良いという意識がある。そしてお客さんにとってどうすれば早く簡単に保険金を受け取って貰えるかという観点から事務手続きをすることが殆どであった。私の場合豪雨の日に勤務地の隣町の病院までお客さんの息子さんの入院証明(診断書)をもらいに走ったり、あるいは交通事故の事故証明を貰うためにこれまた別の隣町にある交通安全協会まで走ったことがある。更には死亡の場合、一定期間を経過すると本籍地の市町村では死亡診断書の写しを交付して貰うことが出来なくなるので、法務局の所在地まで足を伸ばした。お客さんに行って貰えば良いような物なのだが、入院にせよ死亡にせよお客さんは困った状況にある、そんな時に例え一日でも早く保険金を受け取って貰うことで喜んでいただける。お年寄りのお客さんが車の運転が出来ないためにタクシーで数千円をかけて他所の街に行くことを思えば、私が40分から1時間半走れば済んでしまうのだから、お客さんからはとても喜ばれた。

 身内に荷物を送ろうと荷造りをすましているお客さんに出会うと、重たいだろうから預かりますよと言って、本来自分には直接関係ない小包を預かって局まで帰り、直ぐにとって返して領収書を渡して送料を頂戴することもあった。民間生保の外交員が商品内容の説明すらしないで義理と人情とプレゼント、略してGNP作戦で契約してほったらかしにしているお客さんに、証書を見ながらこの商品はこうですと一から説明することもあった。別に郵便局にとって一銭の利益にもならないことであっても、平気でお客さんの便宜を図っていた。

 ところが97年の橋本政権当時の行革によって決定された、郵政省から郵政事業庁への移行、そして日本郵政公社と経営形態が変更となり、企業性が言われるようになると殆どの職員は自分の営業成績だけを気にするようになった。お客さんのために便宜を図ろうとする私のような職員は成績が低下するようになる。リストラによる要員削減で一人あたりの業務量が激増し、担当区域の範囲も拡大していたからだ。99年であったか、貯金業務も取り扱う単独総合担務という制度が導入され、保険専門であった業務が貯金業務もするようになる。その分集金区の担当者を減らし募集専門の職員を配置する。今までより多くの集金を今までより広い範囲で、内容の違う貯金と保険の業務をこなしながら更にそれぞれの業務の新規契約を獲得しなければならない。自然に成績は低下していった。私の勤務する局では、単独総合担務導入以前と以後とで、貯金と保険の要員は7割に削減された。

 今までの経過で見てもお客さんにとってはサービスが低下している。はっきり言って対応しきれないし、対応しようとすると低実績者として管理職から「君、この仕事に向いてないんと違うか。職業選択の自由という物があるんやで」と暗に退職しろと言われる。お客さんの都合などお構いなしに兎に角新規契約を獲得している職員が優積者として表彰され、昇級のスピードが速くなる。これで民営化されたらより一層、営利主義の職場管理が進行するようになるだろう。

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2005年10月 5日 (水)

「原発事故はなぜくりかえすのか」

 高木仁三郎さんの「原発事故はなぜくりかえすのか」を読んでいます。読み始めたのは九月の二八日でその日の内に約三分の一は読めました。原発を巡る様々な事故の背景には安全という物にたいする意識が関係者に欠如しているのではないかと言うことと、原子力産業の関係者の間において「議論無し、批判無し、思想無し」と言わしめるように三無い主義がはびこっていることが大きな問題であると書かれています。

 この本の冒頭は九九年九月三〇日の東海村JCOでの臨界事故から書き始めているのですが、なぜそれほど危険な事故が起こったのかを解き明かす中で、亡くなった作業員達の個人の責任に帰するのではなく、日本の原子力産業全体が持つ問題に迫っています。普通の産業では様々な底辺となる技術が集まってきて一つの製品なりなんなりを形作っていくわけですが、原子力についてはそもそもの始まりが原子爆弾、核兵器を開発するために始まった。つまり大量殺戮兵器を作るために始まったために底辺となる技術も経験も蓄積も不足した状態から始まっていると言うことに問題があるようです。

 そこに持ってきて日本における原子力政策は中曽根康弘がかなり強引な手法で予算を獲得し、アメリカから移植するような形で始めたことに始まるためにより一層底辺がない。中曽根自身が著書の中で述介しているのですが、四五年八月六日のヒロシマへの原爆投下を松山から見て「これからは科学立国の時代だ」と思ったそうです。日本においても核武装の将来的必要性を彼は思って始めたと言えるのではないでしょうか。上意下達で有無を言わせない形で始まった物ですから、先に述べたように三無い主義がはびこり、原子力における様々な問題点、危険性について社会に広く知らせようとする研究者、技術者は居所が無くなっていく産業構造にあるようです。当然の話ですが「原子力村」とまで呼ばれる前近代的な閉鎖的産業界の中では内部における問題提起も握りつぶされてしまう。そこから原子力産業発の中における安全無視がはびこる風潮を作っていると書いています。

 まだ半分しか呼んでいない状態なので、この本の内容を法統に理解できているかと言えばそうではないのですが、ある意味で日本の開国以来の富国強兵政策とそれに対するあり方、日本社会全体の異論や批判を許さない社会のあり方その物の縮図が原子力産業にはきわめて悪い形で現れているのではないだろうかと指摘されています。

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2005年10月 4日 (火)

生保、自殺免責延長はおかしい

 今朝の毎日新聞一面に民間生保各社が自殺による免責期間を契約者に周知することなく延長していることが報道されていた。長引く不況の影響により自殺者が連年三万人を超える中、経営への影響を嫌う国内生保が、外資系生保に合わせる形で延長に動いているという。経営優先・営利優先の民間生保ならではの動きだが、それ以前から外資系生保は自殺による免責期間を三年としていることなどから考えると、郵政民営化による外資=アメリカ系生保による日本市場支配が既に現実の物となって動き出していると思える。簡易保険の営業に当たっては自殺による免責が一年であることを顧客に説明しているのだが、民間生保各社は契約者には不利益となるこの条項について十分に周知することなく契約を行っているようだ。

<自殺免責期間>2年を3年に延長 生保大手各社 

 生命保険の契約後、一定期間内に契約者が自殺した場合、生保会社が保険金を支払わない「自殺免責」について、大手各社が相次いで2年から3年に延長していたことが3日、明らかになった。自殺して保険金を受け取り借金返済などに充てるケースが増えているとの指摘があるうえ、自殺者急増で保険金支払いが想定を大きく超える可能性が出てきたためだ。ただ、遺族に大きな不利益が生じるにもかかわらず期間延長は十分に周知されておらず、免責期間の根拠などを説明するよう求める声が強まっている。【坂井隆之】
 ◇「自殺抑止」が目的? 実際は支払い急増
 大手生保各社の自殺免責期間は、99年ごろまで1年で共通していた。00年前後から、各社は相次いで免責期間を延長、国内各社は2年を免責期間に設定した。ところが、同時期にアメリカンファミリー生命保険など外資系は免責期間を3年に延長。自殺者が急増する中、外資系と国内勢の間で保険金の支払額に大きな差が生じる可能性が出始めていた。
 このため、明治安田生命保険、住友生命保険、日本生命保険など国内勢も04年以降、免責期間を3年に再延長。第一生命保険も10月から3年に延長、各社の免責期間はほぼ横並びになった。ただ、各社とも免責期間延長前の契約者については、2年のまま据え置く。
 免責期間延長について、各社は自殺者数が98年以降3万人を上回るなど社会問題化していることを背景に、「保険金が簡単に支払われることが、自殺を助長している可能性がある」(第一生命)と指摘。免責期間延長は、自殺抑止が目的との考えを強調する。
 ただ、自殺急増で保険金支払いが増加していることも、免責期間延長の大きな理由とみられる。ある大手生保では、過去10年で自殺に対する死亡保険金支払額が1・5倍以上に急増。総支払額に占める自殺への保険金支払額の割合も10%を超えたという。
 04年3月には、数億円規模の保険金自殺をめぐる訴訟で「明らかに保険金目的の自殺であっても免責期間経過後であれば支払いを拒否できない」との最高裁の判断が示された。このため、生保各社は「巨額の請求を防ぎ、保険金支払いを抑制するには免責期間を延長するしかない」(大手生保幹部)と判断している。
 自殺免責など契約者にとっての「不利益条項」は、各社とも契約書とは別に書面で説明している。ただ、各社とも2年から3年への延長は特に発表しておらず、約款でも3年に延長したことは注意喚起していない。
 生保に詳しい慶応大学商学部の深尾光洋教授は「契約者間の公平性確保や自殺抑止のための対策は必要」としながらも「契約者に不利益な条項だけに、募集時の十分な説明が不可欠。うつ病などが原因で自殺した場合には『病死扱い』として支払いに応じるなど、運用面での配慮も必要だ」と指摘している。

(毎日新聞) - 10月4日3時7分更新
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2005年10月 3日 (月)

意見書を書くべきか?

 時々このブログを読んでいただいている方からメールを頂戴するようになりました。その中で現在鬱病にかかっておられる方から、私の思想的な腐敗というのは、鬱病によって普段は精神の下部に押さえ込まれている欲望が表面に出た物ではないかというご指摘を受けました。政治的な問題以外にも同じ鬱病患者という面での交流も少しずつ有るんです。

 この方の指摘からすると、鬱病が私の中にあるブルジョアイデオロギーを解き放った事になるのです。革命運動に参加している人間は、基本的に腐敗したブルジョアイデオロギーを共産主義思想によってねじ伏せている状態です。また一般的な「良い人」も同様に道徳的にしてはいけないこととして意識の下層にある負の面が表面化することがあるようです。統計などを取ってきちんと検証したわけではないのですが、鬱病にかかりやすい性格の人と革命運動に参加する人の性格との間には共通する物があります。簡単に言えば真面目で責任感が強いのです。人に対して気を遣うという側面もあります。

 革命運動に関わっている人の中で、鬱病を始めとする精神疾患にかかる人というのも非常に沢山存在しているのです。私はとある中核派の拠点である病院の精神科に通院していたのですか、待合室には活動家やシンパの人が沢山並んでいました。それだけ精神的に極限状態に置かれている人が多いわけです。その中で様々な精神病を発病した人がいる訳なのですが、私のような思想的腐敗が特殊な例ではなく、一般的な傾向であった場合に、同じ過ちを繰り返す人が出てこないとは限りません。その人に対して党はどの様に対応するのでしょうか。私に対して除名追放という対応があったわけですが、同じ指導上の過ちが繰り返されてはならない。その様に思うのです。私に対しては地区党も主治医も腐敗したブルジョアイデオロギーが噴出してくることにたいする注意という物は一切ありませんでした。少なくとも私が意識するような明確な形では。これは党その物が無自覚であるのか、それとも一部の戦線においては対象化しているのに私が所属していた地区党が問題の所在を分かっていないのか、おそらく後者ではないかと思うのです。

 だとした場合、私はかつて所属していた地区党に対して警鐘を鳴らす必用があるのではないでしょうか。少なくとも私と同じ過ちを繰り返す事がないように反面教師にならなければ、党がこれから直面するであろう様々な困難な局面において、私のように追放される人間が沢山出てきてしまう。それは党にとっても精神病者となった党員、活動家、シンパにとっても不幸なことではないのだろうか。

 除名後、一度別の観点から意見書を提出したことがあります。それについてはどうやら黙殺されたようなのですが、今回気づいた点について意見書を作成して党に提出すべきかどうか、迷っているところです。出来れば党が私の負の教訓を全党の物として、今後も発病する人々に対して運動を継続できるようにするために活用して貰うことは出来ないだろうかと思っています。

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2005年10月 2日 (日)

有朋寮勝利の総括

 有朋寮自治会から、この間の廃寮阻止闘争の総括が届きましたので転載します。

■あらためて、御礼と総括
・明日からはいよいよキャンパスが開講し、「無期停学」処分と「廃寮決定」の粉砕に向けた有朋寮決戦の第2ラウンドが始まります。そこであらためて、これまでのご支援に御礼を申し上げるとともに、この間の激闘の総括を提起します。・まず何よりも、この勝利は日就寮をはじめとした支援・共闘の方々の協力なしには絶対にかちとれませんでした。集会への結集、署名・カンパ、アピール賛同、差し入れ、泊まり込み、本当にありがとうございました。
・その上で総括としては第一に、大学当局・警察権力との力関係を闘ってひっくり返したことが大きかったと思います。今回の勝利は初めから確定していたわけではありません。9・1反動判決に怒りを燃やして有朋寮生が不退転の決意を固め、大学当局に真っ正面から力勝負を挑んだことが、大学当局をして強制執行に踏み切ることができない力関係をつくることができた要因です。判決直後から、連帯を求めて街頭にうって出て、地域とキャンパスでの運動の拡大にこだわり抜いたことは大正解でした。展望とは闘ってこじあけていくものだということを実感しています。
・第二に、「権力は万能ではない、団結して闘えば勝てる」ということを現実に示すことができました。一見強大な国家権力ですが、学生と民衆が一歩も退かずに対決したとき、予想以上に脆弱です。吉本執行部は寮生の闘いを前にして、最後まで強制執行を決断できないもろさをさらけ出しました。私たちはそれを「正義は行動によって実現する」と表現してきましたが、まさに正義や信念は、法律や「大学の決定」をこえて闘うことによって貫徹していくものだろうと思います。安全無視のJR東日本当局と対決し、処分を恐れず安全運転行動(順法闘争)によって20キロ以上の線路を交換させた動労千葉の偉大な闘いにもっと学んでいきます。
・第三に、やはり「9・11総選挙-小泉情勢」と真っ向から対決し、小泉「改革」を徹底的に批判し、街頭で地域で労働者・学生との連帯を積極的に求めていったということが決定的でした。「総選挙後に街頭で一体何を訴えるのか?」、この最大の課題を前に、私たちは真っ向から「小泉政権は打倒するしかない!」と訴える決断をしました。私たちは民営化攻撃の下では生きられない、107人を殺したあの尼崎事故(国鉄民営化の帰結)を繰り返すのか、社会を市場原理の支配する弱肉強食地獄にするのか、大学は資本の食い物にされすべての矛盾を学生・教職員が背負わなければならないのか、そして小泉の行き着く先は侵略戦争じゃないか! 労働者・学生の力で小泉倒そう、人が人らしく生きられる社会をつくろう! 有朋寮は小泉を倒す闘いの先頭に立ちます! この訴えが街頭で多くの労働者の心をとらえました。ここを境に、有朋寮の闘いへの支援の質が一変しました。私たちに駆け寄って「俺も小泉は嫌いだ」と断言した20代の郵政労働者、「小泉打倒!」のビラに感激して40キロの米を差し入れしてくれた地域の住民の方、…、有朋寮は小なりといえども小泉「構造改革」攻撃にぶつかっていったことによって、そしてそこでさらに支援を拡大していったことによって大学当局を圧倒していくことができました。小泉-吉本を労働者・学生の団結と闘いで打倒していく展望をつかむことができました。この確信を胸に、より一層の連帯と共闘を求めて、11月6日に行われる全国労働者総決起集会に断固参加していきたいと思います。
■有朋寮の新たな決戦体制を確立しました!
 ~古郡新委員長-織田全学連委員長にさらなるご支援を~
・私たちは9月の闘いをしっかりと総括し、10月から新たな体制で第2ラウンドを闘うことを決断しました。
・まず、これまで委員長をつとめてきた織田陽介は、全学連(全日本学生自治会総連合)委員長として東京に赴きます。有朋寮決戦の中でつかみ取った多くの教訓を武器に、今度は全国300万学生のリーダーとして小泉政権打倒の闘いを引っ張っていくための挑戦です。有朋寮はさらに全国へ世界へと羽ばたいていきます。
・そして、「無期停学」被処分者である古郡陸が新委員長に就任します。有朋寮生はうって一丸となって古郡新委員長をもりたて、廃寮阻止、処分撤回に向けて全力で闘い抜きます!
・この新体制で有朋寮はさらなる飛躍を求めて再出発します。今後とも暖かいご支援をよろしくお願いします。古郡新委員長と織田全学連委員長の決意は、明日以降にあらためて配信していきます。
■有朋寮は11・6集会に賛同し、全力で参加します!
・先にも述べましたが、有朋寮は国鉄千葉動力車労働組合など三労組が呼びかける11月6日の全国労働者総決起集会に賛同し、全力で参加する予定です
・何よりも私たちは、11・6集会の「小泉打倒」の趣旨に全面的に賛同します。有朋寮の闘いの勝利も、究極的には小泉政権をひっくり返す中にしかありません。小泉を倒して戦争を止め、民営化攻撃を止めなければなりません。
・キャンパスでの闘いをさらに発展させ、11月6日の労働者・労働組合のうねりに学生も合流していきたいと思います。みなさん、ともに参加しましょう!
  ※詳しくは動労千葉HP http://www.doro-chiba.org/
■10月1日の闘争報告集会については、次回以降のメールニュースでお伝えします

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東北大学有朋寮
 仙台市太白区鹿野2-19-5
 Tel 022-247-4669  Fax 022-795-7823
 E-mail ufo_ryou@hotmail.com
 HP http://uforyou.exblog.jp


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ルンプロ時代

 某自動車会社の工場の時もそうだったのだが、郵便局に入るまでの約一年半という物は本雇いの労働者、あるいは組織労働者として働いていたわけではない。自動車会社では期間工だったし、人材派遣会社から仕事を斡旋して貰ったりアルバイトしたり、本雇いになった期間もあったが小さな町工場で組合も何もない仕事を転々としていた。85年の春から86年の秋のことだった。

 自動車工場は党活動との両立が出来ずに辞めた。アルバイトは10・20でパクられたので指導部が退職手続きをしてくれた。85年の円高不況で、組合のある工場では正社員にならないかと言われていたのに首になった。小さなプラスチック工場で経理の見習いをしていた時期もやはり職場で労働運動をすることなど到底無理な状況だった。生活のために転々とする状況の中で何とか運動との両立を図ろうとしていた。85年の夏には地区党の方針で郵便局を受験することになる。当時の専従はとても簡単に「君らなら一年もすれば青年部長くらいになれるから」と言ったが、実際にはそんな簡単な物ではなかった。

 兎に角職場を転々としながら、勤務が終了するとシンパ宅への前進の配達と紙代の徴収をしたり、駅前や団地での署名取りをする日々が続いた。週末は前進社に泊まり込んでの会議と街頭宣伝。86年になると泉佐野市での選挙闘争で殆どの休日は費やされるようになる。選挙の過程については別の項を起こすつもりだが、それでもなんとか走り続けたというのがこの時期の印象ではないだろうか。10・20での逮捕の加減で親戚の間を回り、自分が間違ったことをしていないと説明してたのもこの時期のことだ。社会党から市議会議員になった経歴を持つ叔父、全共闘世代の従姉妹、法政出身の従姉妹などは一定の理解を示してくれた。幸いにして運動を辞めろと言う親族からの意見はなかった。当時の中曽根政権の政治に、みんな大なり小なり不安を抱いていたのではないかと思う。

 86年秋に郵便局に採用されるまで、そんな生活が続いた。86年の天皇在位60周年記念粉砕闘争、東京サミット粉砕闘争、泉佐野市議会議員選挙などについては後日書くことにする。

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2005年10月 1日 (土)

親子でデカパン

 運動会三連チャンの締めくくり、息子の通う保育所の運動会がありました朝から少し怠かったので妻と息子だけが先に行き、私は少し二度寝していると、早く来いと妻から督促の電話。息子が私の姿が見えないことで拗ねているそうです。慌てて保育所へ。

 開会式が終わり、息子が演じたフォークダンスも終了していました。ちょうど最年長クラスの綱引きをしている時です。妻の姿を見つけ歩み寄ります。次が息子のクラスのお遊戯です。「DANZEN ふたりはプリキュア」の音楽に合わせて踊りますが、入場の時から息子はこちらを向いてポーズを取ります。私たちが気になってしょうがないという感じ。ちゃんと練習していないのか踊りは時々間違えます。でも心配しつつ可愛いと思うのは親バカなんでしょうね。「コスモスアドベンチャー」、ウルトラマンコスモスの曲に合わせてバルーンと呼ばれる大きな円盤状の布を振るお遊戯。ちょうど反対側で見えづらい位置にいました。

 遅れた分のお詫びに、普段なら親子競技は妻に任せるのですが、障害物競走「さがしものみつけたら 親子でゴー」には私が参加しました。二人で手をつないで走り大きなデカパンに両足を入れて二人三脚。デカパンを脱ぐ時、私の中年太りのお腹につかえて脱ぎづらい。それでも後続に差をつけつつ捜し物を見つけて一着でゴールイン。息子は一着が嬉しいようで大はしゃぎ。親指をぐっと立てて「やったな」と言います。私も少し誇らしげになりました。その後は玉入れとリレー競技に出場したのですが、リレーの際息子の前の走者が早い早い、半周以上の大差をつけて息子にバトントス。息子は余裕で走ります。あんまり余裕を出し過ぎて少し差を縮められてしまいましたがそれでも一位で次の走者へ。

 ほんの少し走っただけで私はばてばて。午前中で運動会が終わると病院で受診してから帰宅し、昼食後は夕方まで昼寝をしていました。

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