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2005年11月30日 (水)

「内ゲバ」と「内戦」

 「管制塔元被告団からの礼状」に、実に難しい問題に関して質問を頂きました。私自身の中で十分に整理して他人様に説明できるかどうかは分かりませんが出来る範囲で答えたいと思います。

 匿名でゴメンさんから「私が中核派を嫌う原因になっているいわゆる内ゲバについてアッテンボローさんの見解を聞かせていただけないでしょうか。
とりわけ84年の第四インターに対するゲバルトについてお願いします。」というご質問を頂いたわけです。結論から言ってしまうとカクマルとの闘いは「内戦」であって、中核派を離れた今でも全く正しい物だったと思っているのですが、第四インターに対する襲撃は「内ゲバ」であり、間違っていたのではないかという物です。両者は全く別の問題として捉えているのです。

 カクマルについては60年代の学生運動高揚期に権力とは闘おうとせず新左翼各派に対して襲撃を仕掛け、71年の12・4反革命でファシストに転落したとの中核派の見解を今でも支持しています。先ず何よりも私が運動に関わり始めた80年代の中頃というのは、国鉄の分割民営化を巡り動労中央カクマルの裏切りによって国鉄労働者が200人も自殺に追い込まれ、総評労働運動が解体されていく過程の重要な一因になっています。組織の温存のために闘う労働者の団結にヒビを入れ、国家権力に忠誠を誓ったカクマル。これがどうして許すことが出来ようか。あまつさえ国労・動労千葉・全動労に対しては首切り要求のためのスト権確立まで行っている。こんなカクマルは左翼でも何でもない。そして先日「四・二八闘争へのカンパを」という要請記事を書いたのですが、全逓労働者として、この闘いにも敵対しているカクマルが許せないのです。九月に掲載した「全逓四・二八闘争」にもカクマル派の京極という裏切り者の話が出てくるのですが、この男が何をしたかというと、先ず自分自身が被免職者でありながら、全逓中央本部の民同に取り入り、全逓東京地本西北地区本部の書記長になっていた当時、ある被免職者が、解雇撤回要求の裁判傍聴に出席しようとした際に当時全逓の組織方針として闘っていたにもかかわらず妨害を行いました。58名の被免職者の全ては全逓の専従書記という形で生活を支えていたのですが、それにもかかわらず地区書記長という権限を利用して解雇撤回闘争に敵対した。これが80年代のことです。そして91年の5月22日に行われた第99回臨時中央委員会では四・二八闘争の放棄と被免職者追放に賛成しました。京極自身は中央委員でしたので組合から追放されることなく専従として残り、その後東京地本の副委員長にまでなりました。国鉄における裏切りと同様のことを全逓においても行ったのがカクマルです。個人的な行為ではなく全逓内部のカクマルの組織的な行動でした。私はこの様な階級的な裏切り者を絶対に許すことは出来ない。ましてそれを開き直るために闘う者に対して武装襲撃を行う輩は断固として殲滅一掃すべきだと思います。

 第四インターとの関係で言うと、実は初めて中核派のオルグを受けたときに購入した「前進」に第四インター活動家への襲撃を報じる記事がありました。84年の春から夏にかけてのことです。当時の私は三里塚反対同盟の3・8分裂について、絶対反対派としての北原派と条件派としての熱田派との分裂だと捉えていました。実際当時のオルグでその様に思っていました。熱田派の支援集会に抗議に出向いた活動家が暴行を受けて入院したり、権力に逮捕されたりした話も聞いていました。この時警察病院に入院した経験者の一人から、実際にその体験も聞いたりしました。ですから運動に関わった当初から活動家になった時期は、第四インターは敵だとの認識でした。ところがその後カクマルとの闘いは色々と有るわけですが、第四インターは一切反撃してこない。そして、私の運動の中では存在感が無くなっていきました。去年の夏に中核派を除名されるわけですが、その少し前からマル共連レッドモール党などを通じて他党派のサイトなどもよく見るようになっていました。あるいは小西誠さんの本で清水議長への批判なども読む中で、第四インターは本当に「反革命」なのかと言う疑問が湧くようになりました。「反革命」ならば革命勢力絶滅のために武装襲撃を仕掛けてくる物ではないのか。野島三郎さんの「中核派の内戦論」「現代革命と内戦」などの文献を読んでも、第四インターは反革命とは到底思えないようになってきました。むしろ小西さんなどの批判にあるように、中核派の路線に反対する物は何でも「反革命」のレッテルを貼って叩きつぶしてしまえと言う力の論理、脅して言うことを聞かせるという誤った路線にのめり込んでいたのではないかと考えるようになっています。まだ私自身の中で十分に理論付けは出来ていませんが、匿名でゴメンさんの疑問に対する現時点での私の考えです。

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「経済・政治・国際」カテゴリの記事

コメント

 元中核派さん、私もカクマルに対するファシスト反革命の規定に比べてあまりに杜撰なような気がしてなりません。3・8分裂から1年以上経過して運動に参加したために当時の論議については党の公式見解しか知らないのですが、それでも今思うと乱暴すぎたような気がします。熱田派の中にも空港反対を続けている人も居ますから、何とか歩み寄りが出来ない物かとも思います。
 第四インターの内部事情などは詳しく知りませんから、「首謀者」なのか付いていっただけなのか分かりません。少なくとも反対同盟の分裂にさおさしたことだけは確かなようですね。

投稿: アッテンボロー | 2005年12月 2日 (金) 08時09分

中核派の第四インターへの反革命規定はものごとを単純化しすぎたのではないかと思います。
3・8は、青行の中核派支配に対する反発がまずあり、それに条件派やそうでない部分が乗っかっていったということのように、今は思える。中核派は「一枚岩の党」だから、相手もそのように見立てて、誰かが条件派だと熱田派全体が「敵の回し者」だとしてしまったのではないか?実際には一坪共有化の方法も様々な意見があったようだ。
第四インターは、当時はもう3・26の反動で現地でABCD問題など起こしていた時期だから、3・8分裂を主導したというより、後追い的についていったという経過ではないだろうか?そういうあり方が正しいとは思わないが、「反革命の首謀者」というのは違うように思っています。

投稿: 元中核派 | 2005年12月 2日 (金) 07時45分

 匿名でゴメンさん、書き込みが入れ違いになりましたね。私自身は本当に末端の労働者活動家に過ぎませんでしたから、まあ、こんな風に思っている人間もいるのだと言うくらいに受け止めて下さい。
 カクマルのファシスト性についてはこの記事では上手く説明が出来ていないのでしょうが、労働運動、労働組合運動の中で仲間を経営者や権力に売り渡す輩に対する怒りという物をご理解いただけたらと思います。

投稿: アッテンボロー | 2005年12月 1日 (木) 22時51分

 あおざかなさん、本当に言われるとおり難しいですね。かつて自分が正しいと思ってしたことの中に誤りが有るのではないかと思いだしてしまうと、様々な問題について自信がなくなります。私自身は労働者活動家として職場では圧倒的少数派で来ていますから、直接他党派や主張の違う人々とゲバルトを用いた衝突というのは経験がないのですが。それでも自分が所属していた組織として「戦争責任」はあると思います。
 勿論第四インターの問題については中核派はやり過ぎたけど、第四インターの路線的誤りが元にありますからまた難しいでしょうね。

投稿: アッテンボロー | 2005年12月 1日 (木) 22時46分

ぶしつけな質問にもかかわらず早々のお答えありがとうございます。
黒目さんも含めて、もしかしたら誤解があるかもしれませんので書いておきます。第四インターへのゲバルトについての見解をうかがいたいと言ったときに私としてはそれがアッテンボローさんへのつきつけであるとか、ましてやそのことの責任を問うなどというつもりはありませんでした。私はどこかの党派に属した経験はありません。当然中核派のゲバルトに身の危険を感じることもありませんでした。が、遠巻きに見ていた私にとってもできることなら中核派とは席を同じくしたくないと思うきっかけにはなっているのです。
内ゲバが反帝反スタのスローガンを掲げることの必然的な帰結としてあるのか、それとは別の路線上のゆがみからくるものなのか、当の中核派の人達はどう思っているのかと以前から思っていました。前進社に問い合わせるのもどうかと思いますし、そんなときに管制塔被告のカンパ運動でアッテンボローさんのブログを知って時々は読んだりする中でこの人に聞いてみたらどうかなと思ったしだいです。
「内ゲバと内戦」に関して感想をひとことで言わせてもらえば、第四インターに対する襲撃は否定すべき内ゲバ、革マルに対しては内戦という区別のようですが、私にはどうもピンときません。組織の分裂とその過程での自己正当化の意識がのっぴきならない状況にまで突き進んで、その結果としての相手に対する反革命規定という構造は一緒なのではないか思います。
「史観」の違いに由来する感覚の違いなのかもしれません。アッテンボローさんのおすすめで「イスクラ」などもたまに見るようになりました。もう少し勉強してみたいと思います。
どうもネットでの文章によるやりとりというのはうまくいかないですね。ひとこと言われるとあれもこれも言って返したくなるけどそれほどの文才もない・・・。話がややこしくなるといけないのでコメントはこれをもって最後とさせていただきます。こちらが匿名で一方的に見解を求めるとかいう形も変ですよね。黒目さんの言う通り理不尽な質問だと思いました。
最後になりますが、この間も書いたようにアッテンボローさんの連帯基金に対する取り組みは勇気ある連帯の意思表示と思っています。3.26の普遍性という意味では、柘植さんが語った三党派共同での行動と同様にアッテンボローさんの取り組みの意義は大きかったと思います。タワーアタッカーズにも入っていて欲しかったです。
これからもブログは読み続けます。心身共に自愛しながらボチボチ頑張って下さい。

投稿: 匿名でゴメン | 2005年12月 1日 (木) 22時43分

まさに正しい歴史認識が必要っていう話ですね(笑)。
それで、第4インターへのテロや熱田派支援者への「反革命」規定について、
かりに自己批判するのだとしても、それがいわば「村山談話」みたいなものになりはしないかという、、、。時の経過に任せて「なかったこと」にしようというのは、もっとでたらめなわけですが。
「日帝」が容易には戦争責任を真の意味で認めることができないのと同様の構造を中核派はビルトインしてしまっているような気がします。
この問題の総括に大きく踏み込もうとした瞬間が89年「党改革」運動というときにあったのですが、結局「パンドラの箱」を開けきることができませんでした。
もうひとつ「皇軍兵士」の問題も。私自身赤ヘルの人たちへの稚拙で凶暴なテロ襲撃に加担してしまったのですが、それは必ずしも「いわれるがまま」に行っただけのことではなかった。それで半年から1年くらいして方針が変わって「あれは間違いだった」ということになり、これは教科書に墨を塗ったのと同じことだなあと思いました。
そういうわけで(そもそも責任能力があるのか?同じ失敗を今まさにやらかそうとしているんではないのか?)とかグジグジ思いながら今日まで来ています。
あと、それでも必要だったと総括しうる対革マル戦についても「だんだんと戦争のやり方がカクマルに似てきた」と振り返るログが最近某所にありましたね(もう消えてしまいましたが)。「彼」の振り返りなんか、かなり貴重な問題提起に触れていたと思うし、一時「内ゲバ」板もいい議論がなされてたと思うのですが、問題の核心にせまろうとすると 、どうしてもこの話題は何かいろいろノイズが入ってそれ以上の論議の深まりをよばない印象をもっています。

投稿: あおざかな | 2005年12月 1日 (木) 22時21分

 元反戦高協さん今晩は。早大解放闘争の時期の党派関係というのは良く分からないのですが、確か反カクマルで色々な党派が共闘したんでしたよね。第四インターの言う「内ゲバ反対」というのはカクマルのファシスト性を曖昧にするという点で私は賛成できません。
 仰るとおり現在では熱田派にいった人たちの多くが条件運動になったり、人によっては空港推進派になっていますから、正しいのは北原派だと思います。絶対反対の同盟を守るという意味で言われてしまうと、また悩んでしまいます。やり過ぎだったと思うのは最近のことですので。
 黒目さん当時の事情など、また資料を探してみてみます。

投稿: アッテンボロー | 2005年12月 1日 (木) 22時17分

その辺はなんというか後から見ると歴史的経緯というものがよく判らなくなっているんじゃないのかと思うんですが。
川口君虐殺の頃って、中核と4トロは仲良しですよ。
で、4トロが内ゲバ反対を言い出したのも、3.8分裂なんかよりもはるかに以前、中核とブロック組んでいた時代から言っていた事なんであって。
「その内ゲバ反対主義は最初から間違っていたんだ」という話であれば、じゃああの中核4トロの日の丸弁当ブロックってのはなんだったんだって話になるかと思いますが。

投稿: 黒目 | 2005年12月 1日 (木) 21時47分

4トロの内ゲバ反対論が、川口君虐殺糾弾早大闘争にまるで後ろから、闘争を終わらせることになる。利敵行為として問題でしょう。

さらに悪質なのは3・8分裂が青行などの一部に死刑求刑恫喝と抱き合わせで、反対同盟丸ごと転向計画が国家権力の意思をして強行されようとしていた、その時4トロの組織延命策として、この国家権力の意志に迎合した、と言うことでしょう。

そしていやしくも革命党の名乗る党派が、3・8分裂を合理化し正当化した、これはバリケードの外に身を投げたと言うことです。3・8分裂の際闘う反対同盟を守る立場の正しさを、現在の時点から総括すべきことではないかと思います。

しかし4トロは、中核派の警告を無視し各地で脱落派正当化集会などを展開していました。4トロはカクマルと同じ反革命ではないのですが(武装反革命ではないと言うこと)、極めて醜悪な党派的対応をした、4トロ内部の組織問題をもこれで延命しようとした、と言うことで中核派の対応は正しい選択ではないでしょうか。

投稿: 元反戦高協 | 2005年12月 1日 (木) 21時33分

 キーロフさん第四インターの「内ゲバ」反対論には賛成することは出来ないのです。やはりカクマルとの関係は曖昧には出来ないからです。多分この点で私は第四インターファンのまっぺんさいとは一致することはないでしょうね。ですからなるべく他所では言わないようにしています。現時点での第四インターへの評価は口に出来るほどよく知らないので控えます。

投稿: アッテンボロー | 2005年12月 1日 (木) 20時06分

私も新左翼の運動全体をほぼ二分解させることになった一契機として、第四インターへの襲撃は問題があったと考えていました。

しかし内ゲバ主義反対と称して、消極的な形ではありながらも革マルの延命に手を貸し、中核派や解放派などを孤立させようという立場を固守している第四インターの現在の姿(それに同調する者たちを含め)を見るにつけ、襲撃したのはかえって正しかったのかもと(現在、運動全体が衰退しているという脈絡を無視したところでは)思ったりもします。

ただかつては党派間の「肉弾戦」はあっただけに、問題の核心は、戦術的にエスカレートさせすぎた中核派の党指導部の判断ではなかったかと思っています。自己批判をする必要があるかと言えば、今の第四インターがそもそもそれを要求できる組織なのだろうかと思わなくもありませんが。

投稿: キーロフ | 2005年12月 1日 (木) 19時04分

 元中核派さん今晩は。小西さんの本では「唯一前衛党主義」を批判していますね。最近では様々な立場の運動があってもそれで良いと思っていますので、切磋琢磨できる存在としてお互いが尊重できればいいなと思います。
 実際第四インターに対する襲撃は自己批判した方が良いと思います。出来れば堂々と関係を修復して共に小泉政権を打倒する闘いをして貰えたらと思います。

投稿: アッテンボロー | 2005年11月30日 (水) 17時47分

私も、革マルとのゲバはやむをえないものであったが、第四インターへのテロは間違いであったと考えるようになりました。ただ、両方に共通する問題もあると思います。
それは、小西さんたちがいう「唯一前衛党主義」の問題です。以前は「多党派解体のための統一戦線戦術」というのは革マルの理論だと思っていましたが、中核派と革マルが分裂する前のマル学同の方針であったようです。
唯一前衛党主義は、また、多くの党派が共有していたイデオロギーでもあると思います。ゲバやテロのようなことは、70年闘争当事はどこの党派間にも散在していたようです。
ただ、革マルのテロが、活動家の生活空間への個人テロになった時、第4インターのような「内ゲバ主義反対」では対応しきれなかったとも思います。
最近、中核派の現役活動家が「インターへのテロは間違いだった」と言ったと聞きました。また、今日では、同じ闘争現場にかつての「脱落派」と同席している事実もあると思います。
中核派にはなし崩しではなく、きちんと自己批判的に総括して、大衆に拓かれた党へと変わって行って欲しいと思っています。

投稿: 元中核派 | 2005年11月30日 (水) 17時33分

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