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2005年11月25日 (金)

四・二八闘争へのカンパを

 全逓四・二八連絡会から、冬季一時金カンパを訴えるビラが郵送されてきたので内容を転載します。

 4・28反処分闘争勝利に向けた冬季一時金カンパのお願い

      郵政マル生粉砕・処分撤回・現職奪還! 4・28連絡会

 東京都品川区五反田2-11-15-501  ℡・FAX 03-3490-0372

 高裁勝利判決から1年半。最高裁の政治的判断を許さず、処分撤回・現職奪還の実現へ !

 全ての仲間の皆さんの、4・28反処分闘争へのご支援に、心から感謝を申し上げます。

 私たちは、昨年6月30日、東京高裁において、「4・28被免職者=原告7名全員の懲戒免職処分を取り消す」という判決を勝ち取りました。4・28闘争に心を寄せる全ての仲間の皆さんと共に勝ち取った、画期的な勝利判決でした。

 1979年4月28日、郵政省当局は、全逓反マル生闘争に対して、懲戒免職55名(東京)など全国8千名を超える大量・過酷な報復処分を発令しました。そして、全逓本部は、1989年の「連合」発足を機に、闘いも被免職者も切り捨てました。意向、私たちは、自力・自前の闘いで「処分撤回・現職奪還」を勝ち取るべく、「4・28連絡会」を立ち上げ、職場内外を貫く全国の仲間たちに支えられて闘い抜いてきました。

 高裁勝利判決は「反マル生闘争は労働組合としての争議であり、被免職者は本部の指令に忠実に従ったにすぎず、懲戒免職処分は許されない」と明確に処分の不当性を断罪しました。しかし、郵政公社は最高裁に上告しました。4・28処分から四半世紀を越えてなお、被免職者の職場復帰を拒み続けようというのです。

 郵政公社の上告理由に、何ら理はありません。戦後の長い郵政労使紛争の歴史で、本部の指令に従った一般組合員が争議行為を理由に免職処分になった例は1件もありません。名古屋中郵事件最高裁大法廷判決でも「郵便法79条は、争議行為の場合は、単純参加者は処分せず、指導的行為のみ罰する趣旨と解すべき」と判示しています。刑事事件と民事事件の違いはあっても、高裁勝利判決は「過去の判例」に合致したものです。

 しかし、担当する最高裁第三小法廷は、6・30高裁勝利判決から1年半が過ぎようという今になっても、判断を出していません。現在の郵政民営化攻撃の中で、最高裁判決を確定させることに危惧を覚えた政治的判断としか言い様がありません。最高裁の判断・結論がどうなるかわかりませんが、これまで皆さんと共に築いてきた連帯・共闘の力で、処分撤回・現場復帰の実現へ! 最後の勝利まで闘い続ける決意です。

 郵政職場は、今、分割民営化 =大量首切り攻撃の真っただ中にあります。10月14日、郵政民営化法案が参院で可決・成立し、2007年10月から、持ち株会社の下で「窓口」「郵便」「貯金」「保険」の4つの事業会社に分社化・民営化するというものです。新会社の定員も明らかにされず、どの会社に雇用されるのかは「施行日の2週間前までに通知すればよい」「会社規模は新経営陣の判断に任せる」と、まさに、国鉄・NTT型の攻撃がかけられようとしています。職場は、民営以前にすでに、JPU(全逓)本部を取り込みながら、非常勤化・アウトソーシングなどの人員削減合理化、賃金切り下げ、人材活用センター構想など激しい攻撃にさらされ、10時間深夜勤の連続勤務、集配12時間拘束、強制配転など、死者まで出す最悪の労働環境になっています。

 私たちは、職場で働き、苦闘する仲間たちと共に、こうした攻撃を打ち破る闘いを全都・全国、各職場に築くべく、共に闘う決意です。

 仲間の皆さん。厳しい不況の中で、本当に心苦しい限りですが、以上の闘いのために、ぜひ一時金の中から暖かいカンパを寄せて下さるよう、お願い致します。

 カンパの送付先〔郵便振替口座〕 口座番号 00150-8-605198 加入者名 4・28連絡会

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コメント

 ご心配有り難うございます。私の力量がもっとあれば分かり易い解説を色々出来るのでしょうが、役者不足を恥じています。
 もし、記事と直接関係のないことで疑問などがありましたら、直接メールいただけば出来る限りお答えしますので、遠慮無くメールして下さい。人に説明することで私自身の勉強にも成りますので、可能な限りお返事させていただきます。

投稿: アッテンボロー | 2005年11月26日 (土) 21時42分

アッテンボローさん 突然書き込みした私に丁寧なレスをくださりありがとうございました。もっと色々お伺いしたいことはありますが、エントリーの要旨と関係ないこともあり、以後は控えさせて頂きます。一刻も早く病状が良くなり、職場復帰できるといいですね。

投稿: nari | 2005年11月26日 (土) 21時30分

 nariさん、仰るとおりプロレタリア独裁においても指導者の存在は重要な意味を持ちます。最近では岩波文庫でも国民文庫でも絶版になっているようなのですが、「国家と革命」を出来れば読んでいただきたいと思うのです。レーニンはプロレタリア独裁における指導者が腐敗しないようにするためにプロレタリアの民主主義をどの様にして実現するかについて検証しています。
 銀英伝を例に出していただいているわけですが、常に英邁な指導者が続くとは限りませんので、レーニンも如何にして無能であったり腐敗している指導者を追放するかについて本当に真剣に考えています。残念ながらスターリンを排除しようとした時には、レーニン自身の病気のために実現しませんでした。そしてその後スターリンが指導者の独裁をさも階級の独裁であるかのようにごまかす理論と体制とを作り上げたのです。

投稿: アッテンボロー | 2005年11月26日 (土) 20時21分

プロレタリア独裁が小泉×ブルジョア独裁が小泉○

投稿: nari | 2005年11月26日 (土) 14時25分

階級による独裁といわれますが、プロレタリア独裁がおそらく小泉政権や経団連会長を主に示すのと同じように、プロレタリア独裁においても、労働者階級を指導するリーダーが必要でしょう。このリーダーが代々聖人がつとめでもしない限り、結局はリーダーを中心とした一部の人間が考えの異なる勢力を力で排除し、指導部の方針には絶対服従を強いる強権社会になると思うのです。資本主義社会だから革新勢力のような主張ができるのであって、共産主張下で資本主義を主張すれば、おそらく弾圧されます。私の中では共産主義とは指導者が絶対の帝国主義のようなものです。違うと言われるなら、日共や革新勢力が他の勢力を認めず時には暴力で排除してきた、また排除しようとするのは何故ですか?アッテンボローさんも好きな?銀英伝に例えると、ラインハルトが永久に指導してくれるなら共産主義でもいいですが、それはありえないので、様々な問題があってもトリューニヒトが選ばれてしまう現体制を支持するのです。

投稿: nari | 2005年11月26日 (土) 14時15分

 nari さん、現実に暴力革命を実行に移せる状態というのは、労働者の大多数が革命以外生きていけないことを理解した時です。同時に支配階級の側が今までの比較的安定している時期の政策ではやっていけなくなって強権的な支配体制に変革、今で言う「改革」を行っている時です。後者の条件はありますが、前者の方は革命勢力の力量不足のために労働者を広範に獲得するには至っていません。
 プロレタリア独裁というのは労働者階級による独裁ですから多数者による独裁です。「独裁」という言葉にも誤解が多いのですが、共産主義者が使う場合には階級による独裁を意味します。現在の日本はブルジョワ独裁として規定されます。

投稿: アッテンボロー | 2005年11月26日 (土) 08時17分

レスありがとうございます。ハンドルネームは
ご不快のようですので、改めます。
私は労働者です。資本主義体制の中で、様々
な不満はありますが、それでも「ある程度のプ
ロレタリア独裁が必要」な社会よりは、今の体
制の方がましです。そりゃ、生まれた時から共
産主義社会なら何の疑問もわかないでしょう
が、現実に平和的に共産主義に移行すること
はありえない以上、一部の人間に独裁される
のはごめんです。
 そうした人達が暴力的手段に訴える限り、
大多数が望む現体制を擁護するため、権力に
注目されるのは当然ではないでしょうか。

投稿: kenryoku改めnari | 2005年11月26日 (土) 07時33分

 kenryokuさん、もしかして漢字で書くと権力ですか?ここにはふさわしくないハンドルではないかと思いますが。マルクスは資本主義の世界を知らない世代の時代になって初めて共産主義が実現されると書いています。子供の頃から能力に応じて働き必要に応じて取る社会。それが共産主義です。それに至るまではある程度のプロレタリア独裁が必用でしょう。しかし、人間の本性が善であることを確信しているのがある意味共産主義ですのでそこを無くしてしまうと成り立たないと思います。

投稿: アッテンボロー | 2005年11月26日 (土) 00時54分

はじめまして。
いつも拝見させて頂いております。
本日のエントリーとは異なる話で恐縮ですが、
結局、社会主義や社会民主主義、共産主義
社会というのは、エゴや私利私欲の全くない
聖人君主のような人達だけが集まる世界で
ないと実現不可能だと思います。
 世の中の大半の人は利己的ですし、資本
主義打倒を主張する人達の間でも、意見の
相違を認めあえず暴力も辞さないではありま
せんか。
 結局無理にでも実現しようとするなら、一部
の人達が暴力という恐怖によって支配する自
由のない社会になってしまうと思うのですが。
 

投稿: kenryoku | 2005年11月25日 (金) 22時58分

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