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2005年12月 6日 (火)

三全総政治局報告ならびに宣言

 本多延嘉著作選第一巻の中から、「Ⅲ 三全総の旗のもとに」に収録されている「三全総政治局報告ならびに宣言」をようやく読み終えた。途中「Ⅱ 革共同全国委員会に結集せよ」をす読みし、「レーニン主義の継承か解体か」をノートを取りながら読み直したりしていたので、中々学習がはかどらなかった。内容の理解の度合いから見ても自学自習の限界とフラクション活動の重要性を痛感する。

 この論文は革共同全国委にとって歴史的に重要な位置にある。何故なら三全総でのこの提起こそが黒田寛一、松崎明を始めとする日和見主義者が組織的に脱落し、反革命カクマルとして分派した契機になっているからだ。「宣言」は60年安保闘争を闘い抜き、当時の60年ブントの分裂過程に革命的に介入してその中の革命的部分を革共同に獲得し、更に62年参議院選挙において革命的議会主義の旗を掲げて断固とした闘いをやりきった地平に立って、本格的な革命党への飛躍のために、戦闘的労働者大衆獲得のために、細胞を基礎とした産別委員会と地区党を確立し、社共を乗り越えるための第一歩を踏み出すことを高らかに謳っている。

 60年安保と炭労三井三池闘争の敗北によって、日本の労働運動は総評の執行部を握る民同の労使協調路線への一層の転向と、職場の闘いと全く切り離された形での議会主義に反革命的にのめり込む共産党による街頭主義の純化とによって後退局面を余儀なくされていた。社共に幻滅した多くの青年労働者が革共同の下に結集してくる情勢の中で、戦闘的労働運動防衛の為に全力を傾注し、政治闘争と経済闘争の一体的な推進を通して真の労働者の党に飛躍することを決定した。カクマルはその巨大な任務の困難さの前にたじろぎ、日和見主義を顕わにし、脱落転向し、それを合理化するためにファシスト反革命としての純化を遂げていくことになる。

 政治局報告は61年8月の第一回大会の意義を日共の主流派と春日派への分裂、ブントの破産と60年安保の総括を巡る左右への分裂の過程で、革命的共産主義の確立の苦闘によって、組織内の様々な中間的、日和見的な傾向との党内思想闘争を乗り越えたことを確認している。更に当時の原水禁運動において原水協の運動をソ連の核実験を擁護する運動へと変質させようとする共産党のスターリン主義的歪曲と闘い、帝国主義とスターリン主義双方の打倒を掲げる階級的な立場に立った原水禁運動を築くために広範な大衆と柔軟に結びつきつつ、その中に党派性を貫くことの重要性を提起している。この事は今日の問題から考える場合、朝鮮スターリン主義が核武装を目論んでいる反階級的、反人民的本質を正しく批判することの重要性を感じる。帝国主義であれスターリン主義であれ、核兵器その物が労働者を大量に虐殺する兵器であり、革命の主体となるべき日本の労働者を信じることの出来ないニセ共産主義者を徹底批判する事、同時に、人民を大量虐殺しようとも侵略戦争を発動する帝国主義打倒の立場で闘うことの意義を確認する必要がある。

 選挙闘争とプロレタリア党の建設の問題については、社共の議会主義的腐敗に対する素朴な反発から選挙その物を毛嫌いする傾向に対して、議会の演台を革命の宣伝のために利用したレーニン率いるボルシェビキの闘いの教訓に踏まえて革命的議会主義の確立のために闘ったことが強調されている。今年の9・11衆議院選挙において革共同は独自の候補を擁立して闘うことが出来なかったわけだが、今日では革命的議会主義の意義については全党で確認されている筈である。残念ながら国政選挙を闘う力量がないことをどの様にして克服するのか、都議選の総括を見ても展望を見いだせないのが残念である。ハッキリ言って消去法で反自民に投票する選挙はもう嫌なのだ。革命党に投票したいという願いを何としてでも革共同に叶えて欲しい。

 労働運動の「右傾化」と革命的共産主義運動の当面する任務では、原水禁大会を巡り社共が泥仕合に夢中になることによって、米ソが核実験を行っていることに対して無指導の状況の中で、労働者に対して革共同こそが運動方針を鮮明に打ち出し、行動に移り、そしてその中で現場労働者との新たな結合を生み出していることを確認している。民同労働運動が公然たる労使協調路線に転換していく総評19回大会、そしてその事による現場闘争・職場闘争圧殺の動きの中で、産別委員会と地区党とを確立して戦闘的労働運動を防衛する闘いを強調している。今年の連合大会が「改憲」勢力への公然たる転向を目標に開催されたことに対して三分の一の代議員が「護憲」の候補に投票したことと関連して見ると、三全総で提起された労働者党の建設、戦闘的労働運動の防衛強化発展の任務が、今日ほど求められている時はないと思う。91年の五月ガイドによる路線転換で、中核派は三全総への螺旋的回帰を主張した。そして昨年夏の新指導路線による労働運動に全力を傾注するという方針は、まだまだ労働者大衆を獲得する物へと磨き上げられてはいない。

 だが昨年のプロ野球のストへの支持が、単にプロ野球ファンに留まらなかったのを見ても労働者の中には今日のリストラ・大量首切り攻撃に対する怒りが広範に存在している。そして、本当に闘う指導部として飛躍したなら、小泉政権がファシスト的な手法をも用いて新自由主義の諸政策を推し進めようとしている今日の情勢をひっくり返すことは十分に可能だと思う。三全総の今日的意義を再確認し、三全総の立場に立ちきり、職場闘争を再建することが求められている。

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「経済・政治・国際」カテゴリの記事

コメント

 NK さん今晩は。本多書記長が精魂込めて書かれた諸論文が本当に自らが革命のために全力で情勢を切り開き、牽引するのだという決意に溢れている物だと思います。それをどれだけ私たちが引き継いで受け止めることが出来るかどうかによって内容の把握の度合いが違ってくると思います。
 経済学の学習もそうですし、本当に本多書記長の論文を理解するためにはまだまだ事前に学習しなければならない様々な事があることを痛感しています。読めば読むほど、深山に分け入るような感じがしています。本当に奥が深いと思います。

投稿: アッテンボロー | 2005年12月 8日 (木) 22時45分

私は、系統的な学習というものが苦手なので、私なりの感想にすぎませんが、、、、。
本多さんの文章を読んで思うことは、それまでの、日本における階級闘争、革命運動の暦史を徹底的に総括した上で、新しい運動の創生によってその限界を突破すると言う意思と自負が強烈に感じられると言うことです。日本共産党の創生から戦後革命の敗北に至る日本階級闘争の敗北の根本原因を、国際共産主義運動のスターリン主義による歪曲の結果として把握し、それまで長年心血を注いできた組織と運動から決別すると言う決意は、やはり並の人ではできなかったであろうと思います。
その上で、こうした飛躍の土台となったものは、それまでの先人の理論的営為と実践の批判的摂取にあったと思います。
戦前の講座派対労農派の「日本資本主義論争」としてあらわれた論争は、実に日本革命の戦略的総路線をめぐる論争として行われたのですが、この問題に関しては、経済学の領域において宇野弘蔵によって一定の決着、止揚がなされたことが、重要な飛躍の基礎を提供することになったと言えましょう。
今ではあまり重要視はされていいないようですが、段階・過渡・変容・危機という現代世界の全体的認識の確立も、この成果の「批判的摂取」なしには有り得なかったでしょう。
いうまでもないことですが、マルクス主義を科学的社会主義ともいう訳は、単なる空想的なイデオロギーではなくて、経済学という社会科学によって、その「変革の主体と対象」が明らかにされることによって、逆説的に社会主義・共産主義の人類史上における不可避性を証明したことにあるのではないかと思います。
本多さんの論文には経済学(マルクス経済学)に関するものはとくにないようですが、(私が知らないだけかもしれません。)「資本論」-「帝国主義論」-「3段階論に代表される宇野理論」として積み重ねられてきた成果が前提として諸論文の背骨をなしていると思います。
経済学に限って述べましたが、今日の「新指導路線」も「帝国主義論Ⅱ」にあらわされる帝国主義観、世界認識と対になってひとつの路線をなしているわけであろうと推測されます。
一知半解なままで書きましたので、ご批判を請うしだいです。


投稿: NK | 2005年12月 8日 (木) 22時23分

 アントニオさんお早うございます。実際、古典が書かれた当時の歴史状況、党派関係などが分からないと、その理解はとても薄っぺらい物になると思います。出来るだけ歴史の勉強と並行しながら学んでいくようにします。

投稿: アッテンボロー | 2005年12月 7日 (水) 10時42分

栗木安延さんだったか、「階級闘争の研究は、マルクスやレーニンの著作の研究も大切だが、それが書かれた実際の状況の研究も大切である」というようなことを書いていました。
宗教者は教祖の言説の解釈に熱心ですが、科学者は現実の解明に必死です。
我々も理論それ自身の研究とともに、階級闘争史の研究も平行してやっていく必要があると思います。
革共同も来年で足かけ半世紀、その中で、唯一組織を本格的に伸ばした60年代、そこには色々な教訓があるのであろうと思います。

投稿: アントニオ | 2005年12月 7日 (水) 07時22分

 NK さんいつも丁寧なコメントを戴き有り難うございます。本当に本多書記長こそがマルクス・エンゲルス・レーニンの正統を継承しているのだと思っています。しかし読みやすいのに中身が濃くて中々消化できません。やはり学習の指導者があるのと無いのとでは全く違いますね。もし宜しければどのように読むべきかにいても助言を頂けたら幸いです。

投稿: アッテンボロー | 2005年12月 7日 (水) 00時20分

大変ご苦労様です。
本多さんの文章は密度が高いと言うか、文章自体がレジュメのような感じなので、読みやすいが、一つ一つの語句の概念を把握していないと、読み進みにくいものだと思います。
それにしても、その概念自体が、今日と30年前とでは相当違ってきている、と私は考えています。それに立ち入ることは別の機会にして、、、。
マルクス主義の正統というか、科学的社会義としての流れは、マルクス・エンゲルス―レーニン―本多さんという風に時代を置いて、1本の核心が、引き継がれてきたものだと思います。
しかし、今日行われている、「マルクスのマルクス主義の復権」から始まって、「労働組合の革命論的意義の確立」に至る過程は、当事者がどう否定しようとも、否定できない、スターリン主義批判に名を借りた、レーニン主義の抹殺のように思われます。
本多さんが生きていたなら、レーニン死後のジョークのように「チューリヒ行きの切符」を求めたのではないでしょうか。
それでも私は希望を捨てませんが。


投稿: NK | 2005年12月 6日 (火) 22時57分

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