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2006年1月 7日 (土)

党のあり方って何だろう?

 党を離れて既に一年以上の時間が経過しているのだが、最近の思想内容や行動などを振り返ってみると、かなり中核派と離れてきていることを感じずにはいられない。一番端的な出来事で言うと、管制塔被告連帯基金への協力とお礼の会への出席、そして第四インターに対する殲滅戦の行使が行き過ぎだったのではないかと思う様に至ったことだろう。お断りしておかなければならないのは第四インターへの襲撃は「やり過ぎ」だったと思うのであって、三里塚反対同盟の分裂を利用して党派内部の問題、俗に言うABCD問題乗り切りに利用したことは未だに許されることではないと思っている。

 しかし現役当時であったのなら思いもつかないような考えや行動をするようになっている自分のあり方を見つめるときに、思想的一致を築く行為というのは本当に大変なことなのだと思わざるを得ない。これはどの党派であっても同じ事だと思うのだが、運動に参加しているそれぞれの個人は出身も違えば学歴も職場環境も違う。それらの人々を党の目標に一体となった行動を求めるわけだから、機関紙活動、会議、財政活動のレーニン主義党組織論の三原則を通じて思想的一致を勝ち取らなければ何事も進めることが出来ない。これは自民党や資本家団体のような利権を目的としている場合であっても内部での意見対立などは生じてくるので、まして個々人の活動家にとってはあまり利益になることがない革命運動の場合、思想問題は本当に重要なことになる。はっきり言ってしまえば、革命運動では末端の党員・活動家には経済的によいことなど全くない。個別利害を超えるためには階級的視点から物事を見聞きし考えなければならない。若い内であれば正義感と行動力とがこの問題を解決するのに大きな力となってくれるのだが、そうそういつまでも持ち続けることは容易ではない。そこで重要なのが共産主義思想にどれだけ確信を持つことが出来ているかになってくると思う。

 現在の私は共産主義が正しいという思いは持ち続けているわけだが、それを一個人の努力で維持する状態にある。党組織の存在と言う物の重要性は、孤立している場合に生じてくる様々な悩みや思想的偏向を組織として全体の力で解決し、向上していくために絶対的な物があると思う。徹底した思想的一致を勝ち取るための討議をどの様に形成するのか、そのあり方によっても党の性格は大きく変わってくるだろう。残念なことに私が現役の活動家であったときの組織のあり方は思想的一致を勝ち取るために欠けている物が沢山あったように思う。主体としての私自身の問題が非常に大きいわけではあるが、正直言って官僚的な傾向も強かったように思う。私自身がもっと大きな声で自分の抱えている問題点、悩みについて訴えれば良かったのだが、聞いて貰える状況ではなかった。またその問題を解決する力量が当時の指導部にあったのかも疑問がある。

 党のあり方としてどの様な物が望ましいのか、今は自分の中に明確な物がないけれど、色々と学習する中で自分にとって望ましいあり方を見つける必用があるだろう。少なくとも今までの党のあり方では、私がやって行けなくなった訳であるから、別のあり方を模索するしかない。どの様な党の下でどの様にして思想的一致を勝ち取ることが出来るか。色々と考えることは尽きない。

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「日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

黒羽清です。事実関係には書き込みをつけましたが、こっちにも書き込みをつけておきます。

>私は、運動形態にはいろいろあるだろうし、いろいろな立場が集うのは当然だとおもうし、対立党派をも超えて集うということが大事だと思う。そのためには、私からすれば、こうした反動的意見をはく人は許せないですが、目をつぶって、運動の一致をみいださなければならないのも事実です。

私の書き込みはすべて事実です。杉並のつくる会教科書反対運動を決定的に分裂に追い込んだのは日本共産党、自治市民93、生活者ネットがつくる会教科書に対して闘っていないなどというデマを駅頭で延々と繰り返した都政を革新する会や親の会の側にあります。

ふざけるなよ。

>黒羽清やあおざかなさんらの立場は、高田健氏や権力と会合していたような団体の立場だといえなくもないでしょう。

証拠を見せろよ。

>そんな人らが、さまざまな反動的な言葉をはくのも目をつぶらなければ運動は大きくはならないとも思います。

心にもないことを言うなよ。薄気味悪い。

>ただ、黒羽清やあおざかなさんのような人ばっかりだということでもなく、そもそもは敵対党派的なもののなかから、チョシさんや草加さんのような意見もでてくるのが実際だと思います。

デマ宣伝をまき散らしたのは都政を革新する会。ウソだというなら具体的な証拠を提示してあげようか。

>だから、中核派は、黒羽やあおざかなさんのけちづけをノイズだとして相手にせず、チョシさんや草加さんたちのような人たちに対して、互いの党派的なものは尊重しながら、共闘していくのかが重要だろうかとも思います。

今回の杉並でのつくる会教科書反対運動での都政を革新する会のやり方はまったく別。

>ノイズをはく人たちは悪意がはじめからある人たちですから、そんな人を相手にはしてはならない。しかも実際、中核派は相手にしない様子みたいです。私は、個人的にそういう相手は度しがたいと思っているのですが。

小野さんは一体なんだったんですかねえ。

投稿: 黒羽清 | 2008年11月28日 (金) 00時03分

黒羽清です。日本国憲法擁護連合氏のケチつけに遅ればせながら返答しておきます。

>まず、あおざかなさんは、「黒羽清」という明らかに党派筋の書き込みを前面肯定なさっている点、京都大学熊野寮関係のイラク反戦運動のけち付けをしている点です。

日本国憲法擁護連合氏は私を「党派筋」と決め付けているようですが、その証拠を提示しなさい。

また私の名前に勝手にカッコをつけるのはやめなさい。

>まず、「黒羽清」の主張は、日共系の立場をとって、杉並の右翼教科書採択反対運動へのけち付けをしていることです。

この書き込みを見ただけで杉並の状況を知らないことがバレバレです。

日本共産党以外にも社民党も自治市民93も生活者ネットもつくる会教科書の採択について反対しておりました。

また杉並の教育を考えるみんなの会も活動しています。

日本国憲法擁護連合の無知さ加減を披露しているだけですよ。

>あおざかなさんは、黒羽のけちづけを肯定しているということです。

私の書き込みは事実です。

>現地でどのようなことが実際だったのか、まずはそこからせまるべきところを、黒羽清の悪意あるキャンペーンにのッかかっていることを私は不愉快に思います。

都政を革新する会だけが反対をしていると思いこんでいる日本国憲法擁護連合が無知なだけ。

>杉並ではネット右翼(首都圏の原理研が動員)が権力と連携して、都革新北島事務局長(杉並区議会議員候補者)を逮捕に追い込み、過激派キャンペーンがおこなわれたこと、日共もそれにのっかかったこと、これが事実です。

都議選にかこつけて、日本共産党、自治市民93、生活者ネットはつくる会教科書採択で闘っていないとウソ丸出しの宣伝を各駅に張り付いて連日連夜行なったという事実は無視ですか。

日本共産党はこういうデマ宣伝に対して反論をしただけでしょう。

都政を革新する会の行動は全部肯定ですか。大笑い。

こういう都政を革新する会のデマに対して杉並社民党のブログでも当時批判されていたのに、日本国憲法擁護連合は無知だから知らないだけ。

>こうした事実を黒羽清は歪曲して、書き散らかしているわけだが、あおざかなさんもこうしたキャンペーンにのっかかっていることが、私は不愉快であり、あおざかなさんを徹底的に糾弾したいぐらいです。

都政を革新する会の行為をやられた側が忘れると思ったら大間違い。

日本国憲法擁護連合へ。私の書き込みがウソだというなら証拠を見せたまえ。

投稿: 黒羽清 | 2008年11月27日 (木) 21時53分

 上記に本文と全く関係のない書き込みで差別排外主義を煽る輩がいましたので削除しました。基本的に本文に関連して書かれていれば私と反対の意見であっても削除などしませんがこういうケースは認めることが出来ません。

投稿: アッテンボロー | 2006年8月 4日 (金) 21時42分

 いやあ珍しい。カクマル用語を使う人の書き込みは初めてですね。ファシストの主張を書き込んでみますか?大衆に反革命性を明らかにするだけだと思いますよ。

投稿: アッテンボロー | 2006年5月27日 (土) 09時52分

反革命KP粉砕!これしかないではないか!

投稿: 銀狐 | 2006年5月27日 (土) 02時07分

 dkさんの言われる学生にとっての独自の課題を真剣に取り組む運動はそれはそれで必用なことだと思います。私自身労働運動を長年やってきて思うのは、職場の経済闘争的課題について取り組まずに政治闘争だけを主張しても運動に広がりが持てなかった。逆に経済闘争のみしている部分というのは殆どが企業防衛主義に取り込まれていく傾向がある。両立させることの難しさを実感していました。

投稿: アッテンボロー | 2006年1月15日 (日) 15時06分

いやはや。ノンセクトがブンド系だなんて、党派思考丸出しの対応は、もうやめませんかね。革マルにもそんなことを言われていたグループがおりました。
私が運動に参加していた頃、ブンド系のノンセクトなんて、ほんの一部を除いて私の周りではどこの大学にもありませんでしたが。

ノンセクトにはそもそも色々あって、アナ系、ブンド残存グループ、ブントシンパの独立グループ、そして市民活動家系に、新しい党を目指しているグループ、「セクト」としてのノンセクト系色々あります。ですから、総体として分析しようと言うことを避ける、という姿勢自体はおかしくはありません。ただ、「だいたいはブンド系」っていう分析は明らかに間違いですね。関西は知りませんが、それ以外の地域では、80年代後半以降、ブンドの影響下にあるノンセクトなんてほとんどいませんでした。

例えば、三里塚の対応なんか一つ取ってみても、中核が強い大学では、北原派以外にノンセクトが参加することは不可でしたし、逆に革マルが強いところでは、内緒で熱田派に参加するのがやっと。それもきっちり三点付けて:革マルが強い大学のノンセクトは、対外活動が禁止されていましたから、三点は権力よけというより革マルよけだったのですよ。

WPNについては、異議がありますね。
もし、「おまわりさんありがとう」が間違いであり、おかしいのならば、なぜ中核系大衆組織?のみなさんは、きっちり毎回WPN実行委に抗議しないのでしょうか?
現場で抗議して、WPN実行委とも警察とも両方から「ぼこぼこ」にされているのは、ノンセクト系だけですよね。
私自身は、マヌーバを否定はしませんが、別にWPNじゃなくてもイラク反戦運動をつくる力は中核派学生組織に十分にあるとおもいます。残念ながらというべきか、関西以外のノンセクト系学生にもうその力はありません。

今は、浸透・奪取路線ではない、いろいろな運動を別個に行って、左翼市場のパイ自体を広げる時代だと思います。
「排除」だ、「潜入」だ、とか言って、消耗している暇は、共産党にも中核派にも、4トロにも、もうないとおもいます。

おまけとして、学生運動を党派人材の供給源として捉えてきたことが、戦後左翼運動の大失敗の原因だったと思います。学生には学生の利害があり、それがブルジョワ的偏向を持っていたとしても、それなりにまもられるべき権利があったはずです。
自治の学校としての大学自治会やサークルそういったものはどこへ行くべきか。
新たな自治会論・サークル論を立ち上げないと、たぶんに草の根ファシズムの装置として、学生自治会・サークルは我々の前に現れてくると思います。

学生ノンセクトはこういった地味な分野をやるべきでしたが、残念ながら、一大学主義になってしまい(というか最終的には、外に打って出るだけの力がなくなってしまっていました)、普遍的視座から分析する力がなくなってしまいました。
有朋寮闘争を画期的だ、とアッテンボローさんは語られていますが、私はそうは思いません。敵権力から、かけられている攻撃手法は、全て他大で実践済みの戦法であり、この点において中核・革マル・ノンセクトの違いはありません。ただ、ノンセクトには一部を除いて法廷闘争をするだけの、資金的・人材的・時間的余裕が無かったというだけのことです。

廃寮攻撃を食い止めたという点で、有朋寮闘争には多大なる意義がありますが、これをどうやって社会的闘争にまで持ち込んでいくのか、そして多くの学生に対して、「実は自分たちの問題なのだ」と思わせていくのか。そのための手段と意思と回路を作り出さなければ、結局は敗北が待っているだけだと思います。
もちろん、しぶとく闘争を続けるということ自体に、全く異議はありません。敵よりも一日も長く、という思想がなく、特攻隊的な悪しき「潔さ」こそ、ノンセクトが抱える思想的・運動論的弱点だったことは言うまでもないことです。

投稿: dk | 2006年1月15日 (日) 05時38分

 あおざかなさんに対する日本国憲法擁護連合さんの意見はきついですね。黒羽清なる人間のマル共連への書き込みは悪意に溢れているとは思いますが、それと同列視するほどのことなのでしょうか。
 元中さんの、闘い続けることでセクト主義と内ゲバの歴史が使用されることを望むとの意見には賛成です。ただカクマルだけはやはりバリケードの向こう側の存在だと思います。

投稿: アッテンボロー | 2006年1月14日 (土) 11時12分

 今日はちょっと、勇気のいる書き込みです。
 組織を意見を異にして離れた者が活動を続けていく上での困難は、革マルから個人でどう自己を防衛するか、ということがありました。同時に、中核派から陰湿に活動を継続することを妨害されました。そこで、他党派やノンセクトの人たちが、どうして中核派に敵対するのか、初めて自分も理解できたのです。小西誠氏が、中核派の独善的体質の批判から、「内ゲバ」批判へと向ったのもうなずけるようになりました。
 ただ、セクト主義はどこの党派にもあったと思います。内ゲバも徹底的にやったか、あいまいにやったかの違いのようにさえ思えます。武闘派は、大体徹底的だったのだと思います。   例外は革マルです。彼らは権力へのゲバルトに反対しながら、党派闘争のゲバルトには躊躇がないのです。
 史実を振りかえると、中核派がおこしてしまった70年海老原事件と71年10月水山虐殺事件、革マルによる71年12月辻・正田虐殺事件は、共通するものもあるが、質的違いもあったと考えます。実際、中核派は自己批判を拒否するが沈黙し、対権力の決戦へと向う。革マルは、勝利を謳歌し、弾圧で弱った中核派への拠点攻撃や個人攻撃に踏み切り、エスカレートさせる。
 73年9・21の「革命的対峙突入」までの中核派のあり方は、現実にはインターが今でいう
武装自衛に近いものであったと思われます。この時点でかつて中核派とブロックを組んでいた第四インターは、中核派と別の方法で、革マルの内ゲバを食い止めるたたかいをしたのだろうか? その不信が84年のテロの遠因にさえなっているように思えます。
 因みに、61年岡田(清水氏)式暴力的党派闘争、内ゲバの萌芽といえますが、体験した人によれば、胡椒をかけたり、民青がくれば仲直りしたりと、今から考えればかなり牧歌的だったようです。
 このようなセクト主義と内ゲバの歴史がたたかい続けるものによって止揚されることを、自己批判を込めて痛切に望みます。

投稿: 元中 | 2006年1月14日 (土) 05時32分

まっぺんさんどうもです。
その方面はいろいろ奥が深いので、
おいおいやりましょう。

チョシさん、草加さんもそうですが、あなたがたのお気持ちは理解しました。
そのうえで、おいおいやりましょう。

さて、問題は、あおざかなさんです。
はっきりいって、わたしは、あおざかなさんの書き込みがそうとう「頭」にきています。

まず、あおざかなさんは、「黒羽清」という明らかに党派筋の書き込みを前面肯定なさっている点、京都大学熊野寮関係のイラク反戦運動のけち付けをしている点です。

まず、「黒羽清」の主張は、日共系の立場をとって、杉並の右翼教科書採択反対運動へのけち付けをしていることです。

あおざかなさんは、黒羽のけちづけを肯定しているということです。

現地でどのようなことが実際だったのか、まずはそこからせまるべきところを、黒羽清の悪意あるキャンペーンにのッかかっていることを私は不愉快に思います。

杉並ではネット右翼(首都圏の原理研が動員)が権力と連携して、都革新北島事務局長(杉並区議会議員候補者)を逮捕に追い込み、過激派キャンペーンがおこなわれたこと、日共もそれにのっかかったこと、これが事実です。

こうした事実を黒羽清は歪曲して、書き散らかしているわけだが、あおざかなさんもこうしたキャンペーンにのっかかっていることが、私は不愉快であり、あおざかなさんを徹底的に糾弾したいぐらいです。

なお、dk氏は、ノンセクト(といってもたいていは第二次ブント系党派ですよね)という立場と過去があるようですので、深く立ち入ろうとはおもいません。

そして次に、京都大学熊野寮関係のイラク反戦運動のけち付けをしていることにあります。つまりあおざかなさんのいいたいことは、「過激派」のくせに、おまわりさんありがとうとweb
で書いているなどといっている点にあります。
これは言いがかりそのものだと思います。

この指摘は、ワールドピースナウの関係者が、権力と会合をしていたという暴露と批判に対する隠蔽であるだろうと思います。

しかも、ワールドピースナウの「高田健」氏が、運動を監視・弾圧する権力側にむかって「あなたがたは、敵ではない、見方だ、敵はアメリカなのだ」というスピーチ内容を、イラク戦争開戦日におけるアメリカ大使館前行動でまず冒頭のべたという驚くべき事実もあるわけなのです。

私は、運動形態にはいろいろあるだろうし、
いろいろな立場が集うのは当然だとおもうし、
対立党派をも超えて集うということが大事だと思う。そのためには、私からすれば、こうした反動的意見をはく人は許せないですが、目をつぶって、運動の一致をみいださなければならないのも事実です。

黒羽清やあおざかなさんらの立場は、高田健氏や権力と会合していたような団体の立場だといえなくもないでしょう。

そんな人らが、さまざまな反動的な言葉をはくのも目をつぶらなければ運動は大きくはならないとも思います。

ただ、黒羽清やあおざかなさんのような人ばっかりだということでもなく、そもそもは敵対党派的なもののなかから、チョシさんや草加さんのような意見もでてくるのが実際だと思います。

だから、中核派は、黒羽やあおざかなさんのけちづけをノイズだとして相手にせず、チョシさんや草加さんたちのような人たちに対して、互いの党派的なものは尊重しながら、共闘していくのかが重要だろうかとも思います。

ノイズをはく人たちは悪意がはじめからある人たちですから、そんな人を相手にはしてはならない。しかも実際、中核派は相手にしない様子みたいです。私は、個人的にそういう相手は度しがたいと思っているのですが。

ともかく、そんなところです。
ちなみに私は「現役」ではありませんが、アッテンボローさん以上に思いいれはありますから「現役」だと誤解されることがあるのでしょう。

追伸 アッテンボローさんをはじめとした趣味者のみなさん、アッテンボロー氏が、バツバツされるようなことはないと思いますよ。そういう、扇動はなさらないほうがいいと思います。

投稿: 日本国憲法擁護連合 | 2006年1月14日 (土) 04時36分

 複雑な問題が多々あるようで、あおざかなさんに対してはコメントのしようがないです。労働者の戦線というのは有る意味牧歌的だったのでしょうね。でもその事であまり落ち込まないでくださいね。当時はそれが正しいと信じていたわけですから。それをさせた党の責任もあります。個人の責任を感じているあおざかなさんには好感を持ちますが。

投稿: アッテンボロー | 2006年1月14日 (土) 02時08分

中核派は「パラチェン」したのか?
マル共連の黒羽清さんが書いておられるような杉並での対応を見る限り、
変わっていないのではないでしょうか?
で、私のような戦争犯罪人は過不足なく「血債」を負っているのだと思います。
ぎりぎりの時点で人民の闘いの最先頭に立っていた(少なくともその一翼を担っていた)といいうる中核派ならともかく、
自らたたかうことなく、闘う者の闘争破壊に手を染めた80年代後半以降の中核派を許容すること自体、私にとってはゆるされないのではないかという思いを日々強くしつつあります。
何せ個々の機動隊員を擁護するような文言をビラで書いた、ということを理由に赤ヘルの人たちに暴力を振るった党派が、おまわりさんありがとう、なんてweb上で公言してるのだから。
それと「責任党派」というのなら、むしろ今日の北原派集会の惨状を問うべきでしょう?なんでこんなことになってしまったのか?
そのうえで北さんが書かれた「三里塚の大義」そのものを問うメッセージは、とくに野宿者(支援)運動をめぐって、「ホームレス特措法」以降生じている運動内部の分岐を思うと、めっちゃ喫緊に考えないといけない問題だと思います。仙台でも大阪でも現在「施策ある排除」攻撃がかけられており、しかも実は実際に代替「施策」は何もないにもかかわらず、有効な反撃をなかなか構築できないでいるという、、。原則的でかつしなやかな反撃線をなんとかつくらないとと思ってます。

投稿: あおざかな | 2006年1月13日 (金) 22時51分

 チョシさんお久しぶりです。私も似たようなことを思いますね。今も三里塚現地で闘っている北原派の反対同盟を支援にいたい気持ちはあるのですが、その為に越えなければならないハードルが高すぎるように思うのです。特に私などは除名通知の際に一切の戦線から手を引いて近づかないようにと厳命されていますので、出来ることが限られています。有る点では敷居の低い方に流れてしまうのではないかとさえ思うのです。
 三里塚闘争の闘いは素晴らしい物ですし、その中で中核派の闘いが高い頂を持っていても良いとは思うのですが、裾野を広げる努力は行って欲しいと思うのです。反対同盟に対して、あるいは中核派に対して方針を提起するような大それた事は言いませんが、反対同盟を支えたいという思いを持つ人ならば誰でも参加できる間口の広さは必用だと思います。

投稿: アッテンボロー | 2006年1月13日 (金) 22時39分

アッテンボローさんご無沙汰しております。

年末・年始と忙しくこの間の論争を今ようやく読み終わりました。

ここにはたまーにしか登場しないので、一応私のことを書いておきますと、私は草加さん同様元戦旗派です。もっとも活動期間はごく短いものでした。

この問題に関しては、それぞれ立場も過去の遺恨もあると思いますので、誰もが「ああそうだね」と納得できる答えを出すのは難しいでしょうね。

さて、日本国憲法擁護連合さん、元反戦高協さん。

元戦旗の私ですが日本国憲法擁護連合さんや元反戦高協さんのご意見にもうなずけるところはあるのですよ。
何より三里塚闘争は現在も継続中の闘争であり、この06年は北延伸着工や東峰現闘本部裁判など大きな山場を迎えますし、そういう中にあって中核派を始めとして北原派の皆さんの三里塚に対する取り組みには頭が下がります。
それに比べて熱田派にはもうほとんど実態がありません...。

それでですよ。

私は今でも三里塚には関心がありますし、条件さへ許せば現地の集会にも参加したい意思も持っております。
東峰現闘本部裁判なんかにはカンパとかしてますし。

そんなコケ元戦旗のヘタレな私が三里塚にもう一度行きたいなあと思ったらどうすればいいんですかね?
やっぱり過去の「脱落派」に組していた私を自己批判しなくてはいけないのでしょうか?
私自身は3・8分裂後の結集でしたし、幸い?学生戦線でも直接中核の方々との接触はありませんでしたので(まあ出会わないように注意していたのですが...(笑))個人的に中核に対してどうこうという思いはありませんし、今北原派の集会に参加することに何のわだかまりもありません。

ただし過去の「脱落派だったこと」を自己批判しろと言われれば断固拒否ですよね。
私が自己批判の必要性を感じるのは、当時コケて迷惑をかけたかつてのメンバーに対してだけです。
それに私はかつて戦旗派に所属していたことを恥じる気持ちは全くありません。
そして戦旗派が三里塚闘争に関わる過程で発生したあらゆる事象の原因と結果について北原派反対同盟や中核派を始めとした支援党派に謝罪する必要性も感じません。
もちろん逆に中核派が三里塚において行ったさまざまなことに対する釈明も特に私は求めません。

私が三里塚闘争に参加するとするならば、その動機は「三里塚闘争の大儀」。
ただこれ一点のみです。

さて、そういう私が北原派と行動を共にすることは可能でしょうか?

そんなことは自分で考えろ?
ごもっともですね(笑)。
でもお答えいただければ幸いです。

投稿: チョシ | 2006年1月13日 (金) 22時03分

 まっぺんさん失礼いたしました。赤色土竜党の事に触れるのが漏れていました。日本国憲法擁護連合さんはそちらもご覧下さい。色々と第四インターの問題点についても触れられています。
 dk さん今晩は。dk さんのようなノンセクト活動家の場合あちこちから相当酷い目にあったのでしょうね。大きなセクトにいたことで、特に革命軍の力を背景にしていたために、そう言った方々の状況については思い至りませんでした。

投稿: アッテンボロー | 2006年1月13日 (金) 21時31分

自分の批判をしてからにしろ、というなら、まずあなたからしてくださいな。
うちらのグループは、権力と中核・革マルにはやられましたが、それ以外の内在的要因は無いですからね(-_-)

はっきり言って、あなたの書き込みを見ていると、党派の連中は気楽だな、と思いますよ。

前も書きましたが、長く戦いを続けることが正しいのなら、革マルのように、決定的な時には闘わず逃げ続けていれば、つぶされず(つぶさず)に、長く闘っているだけの組織になると思いますが。

投稿: dk | 2006年1月13日 (金) 18時04分

日本国憲法擁護連合さん。ご批判をありがとうございます。反論はいずれやりましょう。ちょっとまっててね。しかし、次のような事を言うのは、まず私のサイトを読んでからにしませんか?
-------------------------------
自分にとって都合の悪いことは隠し、都合のいい部分をもってきて叩くというのは、ナンセンスだと思います。

また、国際除名のきっかけになった女性強姦という破廉恥さとその後の対応にたいして、OBであればあいまいにしてはならず、まずは自己批判するのが筋ではないかと思います。
-------------------------------
http://redmole.m78.com/sabetu.html

投稿: まっぺん | 2006年1月13日 (金) 16時01分

 日本国憲法擁護連合さんお早うございます。草加さんもまっぺんさんも元所属していた党派の現状については殆ど語られ態内容に思われているようですが、草加さんの場合現在のSENKI派についてかなり批判的な事をご自分のブログで展開されています。とりわけ管制塔元被告支援カンパを巡って色々書かれていますのでご一読を。
 さて、その上で中核派にとって大胆な路線転換によって新左翼の統一戦線を改めて形成することは無駄ではないと思うのです。日本国憲法擁護連合さんが言うように第四インターもSENKI派も、現在ではガタガタと言って良いでしょう。それだけに彼らをも含めて運動総体の牽引者となる飛躍が必用なのではないかと愚考します。その中でこそ昨年の11・6に一万人結集の方針を出していながら達成できなかった力不足を解決できるのではないでしょうか。
 私は鬱病の本格的発症以来数年間、まともに三原則を守れませんでしたから、最近の党内事情について疎い面があります。ですのでその辺については色々教えていただけると有り難いと思っています。

投稿: アッテンボロー | 2006年1月13日 (金) 08時48分

草加さんやまっぺんさんがたのネット活動そのものに対して私は敬意を表します。

ただ問題点を私から指摘すれば、草加さんもまっぺんさんも、結局、熱田派の立場だということだとおもうのです。

したがって、中核派への恐怖支配とする宣伝-憎悪は、なくなるわけではない。

しかし、問題は、四トロとブントの今は?ということ、熱田派は今?という言及が、まっぺんさんらには、まったくないということなのです。

あるのは、過去の自慢か、他党派への憎悪しかない。

しかし、問題は、今あなたたちの党派はどうなっているのか?そしてあなたたちは、それについて何かいうことはないのか?自分の党派の顛末を語らずして、昔話をふけりながら、過去の他党派の文句を言い続けているのでは、だめだと思います。

むしろ、四トロやブントが党派として闘いを継続しているのであれば、あなたたちの批判も生きることになると私は思います。

ですが、党派はぼろぼろで除名・分裂・縮小・放棄に陥っている。むかしの栄光をいうのであれば、今、自分らの党派の顛末を嘆くか、自分らの属した党派の現状を批判するのが筋でしょう。

対して、北原さんたちは、
今も闘いを継続している。中核派という党派はもまたしかりです。

とうぜん私は元中ですから、とうぜん、まっぺんさんらの、恐怖宣伝には否といわざるをえない。ただし、批判がすべてあたらないと私は主張しているのでもありません。

まっぺんさんは、国際除名されたころは離脱しているから知らないとおっしゃり、草加さんは、荒タイスケが指導してブントと改称したころは、離脱していたから知らないとおっしゃる。

だが、国際除名されたのはいつです?中核派との対立時代の八十年代ではありませんか?その時代の四・五年という誤差があろうがなかろうが、自分にとって都合の悪いことは隠し、都合のいい部分をもってきて叩くというのは、ナンセンスだと思います。

また、国際除名のきっかけになった女性強姦という破廉恥さとその後の対応にたいして、OBであればあいまいにしてはならず、まずは自己批判するのが筋ではないかと思います。

そのうえで国際除名について嘆き、党派の現状を憂うのがOBたるものでしょう。

それを、過去のいい部分だけを懐かしみながら、対立党派の悪口を右翼を引き入れて書きなぐるという姿勢に私は、不信感しか抱けないわけなのです。

まっぺんさん、あなたは中核の恐怖支配をいうのであれば、あなたの党派の、除名・分裂・縮小そして現状を責任もって自己批判しなさい。それが筋です。それを、私が関係していた時代ではないと逃げることは、ナンセンスだと思います。

草加さんも同じです。あなたは、「足立グループ」=西田戦旗との分裂を、荒タイスケ側にたって論評されています。つまり、荒タイスケの党派だったということは変わらないと思います。荒がブントと改称した時代は、離脱していたので関係がないというのも、やはりナンセンスだと思います。荒が階級闘争を組織から放棄させたというのは、もとをただせば、ブント改称以前にその要因はあったといえるのではないか?ブント改称のころは離脱しており、戦旗共産同の時代のことしかわからないというのではなくて、それを率いていた荒タイスケの今を批判なさらなくて、何がOBなんだと思いますがどうでしょう?実際、荒の現状は惨憺たるものです。その批判ができないのに、中核派への批判は饒舌になるのは、私はナンセンスだと思います。もっとも、中核派の批判は該当せず、といいたいのではありません。その批判をするのであれば、自分たちの党派をOBとしてまず、あなたがたの属した党派のなさけない現状についてまずはかたりなさい、ということです。

そのうえでの中核批判であれば、私はなるほどと思いますがどうでしょうか?

そして重要なのは、現代の情勢についての姿勢だと思います。私は右翼といちゃついて、過去の自慢話によいふけながら、他党派の文句はたれているという情勢ではないと思います。

私の言葉はきついと思いますが、まっぺんさんや草加さんに反論する人が少ない中ですから、敵を多くすることは承知しながらの、問題提起であることを察してください。

投稿: 日本国憲法擁護連合 | 2006年1月12日 (木) 23時32分

 まっぺんさん今晩は。ブログに書き込んで頂くのは初めてですね。四トロ同窓会には時々書き込まさせて頂いています。私自身が運動から離れているためか、出戻りに優しい党と運動があり得ない物かと思ってしまいます。ご紹介いただいたYさんのお話のように泣く泣く運動から離れて行った人に対して暖かく対応出来るというのはその方の人間性が優れていると言う点と、そのような対応が出来た第四インターの党風もあるのでしょうね。
 中核派での20年間の経験からすると運動を離れる人に対しては結構冷たい対応があるように思います。88年の事でしたでしょうか、小川嘉吉・喜平兄弟と島村親子とが小川派として分裂した時の対応などは激しい物がありました。
 勿論中核派にも人間的に素晴しい人が沢山いるのですが、党の体質として生真面目すぎると言うか、善悪二元論的に革命家反革命かを突き詰めすぎてしまうのでしょうね。もう少しずぼらと言うかいい加減な面が有った方が大衆にとって近寄る際の敷居が低くなるのではないかと思っています。
 Juventus さん、二十四時間権力や公団との攻防にさらされていると、精神的に参ってしまって的確な判断が出来ない場合と言う物があります。土地を売った農民をかばう訳ではありませんが、必要異常に貶めるのは止めて下さい。
 農民の中には三ノ宮文男さんの様に悩んだ挙げ句自殺した人もいたのです。
 イレギュラーずさん、中核派の活動家の中にも3・26の管制塔占拠の報を聞いて嬉し泣きした人が沢山居たと言う話を聞いています。本当に闘う物については党派を超えた支持・共感があるのだと思います。
 

投稿: アッテンボロー | 2006年1月11日 (水) 22時23分

横から失礼

動労千葉…

インター隊列にいた私だって、78年管制塔占拠へ向かう状況の中で、ジェット燃料貨車輸送の阻止闘争を戦い抜く動労千葉の労働者の闘いは、支持しましたが。

投稿: イレギュラーず | 2006年1月11日 (水) 21時46分

>公団側はその農民に「まず用地内の土地を売ってくれ。あとで必ず他の土地も買ってあげるから」と約束していた。結局Yの説得は効果なく、農民はまず用地内の土地を売った。そして残りの土地を公団は買わなかった。その農民は泣く泣く残りの土地を残したまま去っていったそうです。

横レスですが、その農民はバカですね。先に用地内を売れば、約束は守られないことは明らかだ。

これは中核派がどうこうとかではなく、口約束を信じることのバカさ加減の問題ですね。

投稿: Juventus | 2006年1月11日 (水) 19時46分

こんにちは。昨年は生涯に残る素晴らしい体験を共有出来たことを嬉しく思っております。僕は共青同の年限30歳をもって「卒業」し、親同盟(第四インター)には加盟しなかったんですが、その国際運動と理論への共鳴を抱いたまま勝手に「ファンクラブ」を名乗っております。「卒業」したタイミングの関係で、その直後の反対同盟分裂、組織内女性差別問題を直接には知らないので、その問題について主体的に語るのが困難なのですが、ただ、今回の管制塔被告へのカンパ運動に対する対応にも共通する問題として、いわゆる中核派の「脱落派への非妥協的態度」についての意見を、僕の知る範囲での情報と共にお伝えしたいと思います。

反対同盟は結成当初、地域の農民数千名が加盟したと思いますが、1千名を超える人たちが長期間にわたって闘い続けてきました。しかし政府・公団・警察による弾圧と懐柔により少しずつ切り崩されてきた歴史があります。支援の党派や活動家たちはそうした農民の逡巡、動揺にもつき合ってきたわけです。去っていった農民たちにもそれぞれ事情があるでしょう。一生懸命頑張ってきたけど、もう限界を感じて離れていった人だってたくさんいるに違いありません。これを「裏切り者」と断罪し罵倒を浴びせるべきかどうか。まぁ、その辺の判断についてはともかく・・・・

昔あるインターの活動家Yから三里塚での体験を聞いた事があります。それは「やめていく農民」への説得工作の話でした。もちろん一生懸命説得し、土地を売らせないようにするわけですが、その説得は成功せず、次にそれならせめて反対同盟に売ってほしいと説得するわけです。しかし公団の側が高額を提示しており、結局公団に売る事になった。

その農民は用地にかかる部分とその外側にも土地を持っており、全部処分して余所へ移住したがっていた。Yはその農民にまず用地外を先に売るように進言しました。なぜなら公団は「全部買う」ような事をいいながら恐らく用地内だけしか買わないだろうと思われたからです。公団側はその農民に「まず用地内の土地を売ってくれ。あとで必ず他の土地も買ってあげるから」と約束していた。結局Yの説得は効果なく、農民はまず用地内の土地を売った。そして残りの土地を公団は買わなかった。その農民は泣く泣く残りの土地を残したまま去っていったそうです。

ぼくはこのYの、反対運動を貫きながらも農民の立場にも思いやりをもって対応していた姿に打たれます。おそらく「インター」だからという事よりも、Yの人間的資質によるところがおおきい。同盟から去っていった農民はたくさんいるから、こういう場面を体験した活動家は実は多かったんじゃないだろうか。中核派だったらその農民にどんな風に接しただろうか。やはり罵倒し、脅したでしょうか。中にはYのように対応した活動家もいただろうか。戦後何も持たずに入植し必死で開墾した土地を、政府の都合で脅し取られ、屈すれば反対派からも脅される。なんだか農民の悲哀を感じる話でした。「七人の侍」に出てくる左朴全を思い浮かべる。

投稿: まっぺん | 2006年1月11日 (水) 19時05分

 あおざかなさん、草加さん、日本国憲法擁護連合さん、元中さん、北さん、色々と示唆に富むコメントを戴いて有り難うございます。今はお一人ずつにお返事を書く余力がないのですが、近日中にこの記事に頂いたコメントなどから考えたことをまとめたいと思います。私はここに頂いた皆さんのコメントを有り難く受け止めています。

投稿: アッテンボロー | 2006年1月11日 (水) 15時02分

訂正:
「地元で生きる権利を無理やりの暴力による蹂躙と」を
地元で生きる権利を無理やりの暴力によって蹂躙されたことへの抗議と

投稿: 北 | 2006年1月11日 (水) 13時47分

あえて、「池」の中に小石を投げ入れます。

北原派にしても、熱田派にしても、撤退する自由はないのでしょうか?
そもそも、三里塚の闘いは国による不当収用から始まっていますよね。地元で生きる権利を無理やりの暴力による蹂躙と、その根本原因として体制矛盾を提示し、それに向かって行ったのが支援者の運動(だった)と理解しています。つまり、農民(人々)の生き方を自ら選び取る自由を求めていたのではないのですか?
そこで熱田派・北原派の一部が、自らの考えで土地を離れ、自らの生活を形成することが悪いことなのか?裏切りとして何時まででも非難されなければならないのか?私はそれが解りません。
後戻りできない闘いを続けることが善なのか、それとも条件闘争を行い、より安全な生活環境を農民に提供することがいいのか、彼ら主体の考えにはよりますが・・・

さてアッテンボローさん、常々「腐敗分子」なる言葉が出ていますが、それこそ党派に洗脳され続けているのではないのでしょう?だれしも弱いところや、卑怯なところ、嫌らしいところを持っています。完全な人間なんていません。その人間が集まって(その人間の弱さを含めて)社会を・組織を作っているのです。それを認めない組織・排除する組織は、人間性を無視した「軍隊」でしかありません。

投稿: 北 | 2006年1月11日 (水) 13時44分

 路線転換後に結集した世代の人には、皮肉でなく、本当に頑張って欲しいです。
 インター戦旗派の現状は批判されているような事実も確かにあると思います。他方、中核派も、「ゲバもできなくなり市民運動化した」等揶揄されています。だが、こんな非難合戦は何も生まないと思います。
 転向や市民運動化、分散化という現実が一方では進みながら、現場にいけば、この階級闘争衰退の時期に、何とかそれに抗しようとする色んな党派傾向をバックグランドにする人たちと出会います。そこらか再生するしかないと考えています。
 「責任をとる」とは中核派内部の流行語ですが、考えてみると厳密な意味内容がわかりません。階級闘争の全体性を考えなければならないというのは解るのですが・・。
 喫緊のメインテーマの改憲阻止闘争ですが、中核系単独で威力あるたたかいがやれますか? やるなら参加しようと思っています。

投稿: 元中 | 2006年1月11日 (水) 08時18分

日本国憲法擁護連合さま>

ご丁寧で真摯なレスをありがとうございます。
今から出かけますので一言だけ。

私への呼びかけの時には、あの集団を「ブント」などと呼称しないでください。あれがブントだと言うのは大変に違和感があります。
あそこを「ブント」と呼称した上で、私を「元ブント」などと言うのもやめてください。私は戦旗・共産同の元活動家であり、この組織は現在は消滅して存在しません。

現在、後継組織は「荒派」などと言われますが、これは若干の蔑視が含まれた呼称ですので、私は客観的な表現として機関紙名から「SENKI派」と呼んでいます。

投稿: 草加耕助 | 2006年1月11日 (水) 02時50分

草加さんのブログは、私は以前から利用しており、草加さんのお立場は理解しています。
これからも、利用させていただこうとおもっているわけです。

草加さんのお気持ちと私が今抱えている気持ちは、ある意味でつながっているのかなあと思います。私は、その上で、あなたを狐だといっているのではないことをお察しください。

もちろん、私は、草加さんを今も、左翼的な人だと認識したうえで、左翼的である私も利用するということです。ときには、論争することもあるでしょうし、共感することもあるだろうと思っています。

草加さんが、長くこの諸問題について言及されていることに対して、私も、真摯に、はなそうと思っています。非常に長くなるので、いくつかわけておはなししたいと思っています。今日は、スケッチ的にのべたいと思います。

私は、中核派が路線転換したあとに、結集していたわけでして、ゲバルト世代ではないわけです。こうした立場から、草加さんやアッテンボローさんたちの世代に対して、いわば批判的に展開しているというのは、恐縮しているわけです。

ですが、やはりキーワードは、階級闘争に責任をもつということだと思います。

とくに社会党総評がなくなってからの情勢は労働者が非常に攻勢をかけられてしまっているという危機感が私の中では重要なポイントをなしているわけです。

マル中の路線転換は、そうした情勢に規定されて、総評的な情勢をつくろうということにあると察しています。

他方、四トロはまだしも、ブントがそういう認識をしているのか、またノンセクト系がどのような展開をとっているのかを見れば、わかりそうなものだと思います。

たとえば、ブルジョア政党でしかない民主党に幻想を抱いたり、元活動家が右翼を引き入れて左翼たたきをしているさまは、私から見れば、悪質としかいいようがありません。

こうしたなかで、やはり、党という問題をみるのが重要ではないでしょうか?

そのとき、四トロとブントは今、何をしているのか?どうなっているのか?が問われると思います。

実際、彼らは党を自分たちで解体してしまっており、階級闘争に責任をもつ認識は高くないといえるのではないでしょうか?しかし、運動界隈には生き残っているわけだから、このような問題を発生させることになっていると私は思います。つまりよってたつ党派はぼろぼろだが、かつての憎悪は払拭できず、路線転換を中核がしたと知れば知るほど、憎悪は増加していくのでしょう。

また、例のカンパ闘争の後、どのような方針があるのかといえばそんなものはあるわけがない。元活動家への理不尽な攻撃をかわしたひとつの展開だったということにすぎないわけですから。もっとも私はこの問題はあとでのべます。ただ今も北原派は闘っているということが重要でしょう。長く闘っていればいいのではないといいながら、闘争放棄をしているてんをまったくといって反論できない人に対しては私は相手にするつもりはありません。

確かに、草加さんのいいたいことは私は理解しています。そして、路線転換後の運動は「虫が良すぎる」という声があるだろうと思います。もっとも私は中核派が路線転換したあとの結集だけれども、草加さんのような主張は、いろいろな場面でいわれることがあったのも実際です。もちろん「過激派キャンペーン」はさいたるものです。

しかしながら、実際に、階級闘争の責任論になってくるものだと思います。

四トロは除名され、ブント指導者は階級闘争を放棄してしまっている、これが今の現実ではないでしょうか?

草加さんがブントだったから、ブントをことさら強調してわめきたてているのではありませんが、荒タイスケは、右翼と雑談し、改憲はごもっともだと右翼から相槌を打たれたり、環境問題が世界のキーワードだなどと能天気に主張しているさまが、私からナンセンスだとおもうわけです。まあ、階級闘争を放棄したといってる人ですから、相手にしないほうがいいとは思いますが。

ただ、彼は、ソ連崩壊でぐらついてしまった人だと思うけれども、あっさりと運動を解体できないままに、環境団体と衣をかえてうろつきまわっていると思われます。私が解せないのは、右翼と連携さえしながら、西部進などとの雑談のなかで西部にブントは保守団体になったらいいといわれて、何も反論しないということにもあるわけです。彼らが、反動として展開していくのであれば仮借ない批判がまっていると思います。

ブントは、今、共産主義ではないと宣伝しているわけです。そのなかで、ファシストとしかいいようのない西部をだしてきておしゃべりさせて、戦後民主主義の解体をうながしているということが、私はちょっときにかかります。もっとも、党派としてはぼろぼろだと思いますから
階級闘争においてブントを批判することが重要になるものでもないと思います。

四トロは党派としては除名され分裂し党派組織としてていをなしておらず、熱田派の運動党派そのものが、四トロ・ブントをはじめとして、ぼろぼろになっているというのが帰結なんだとおもいます。

とくに、四トロとブントに限定していえば、階級闘争に対して責任をもって運動するという意識さえなくなってしまっていると思います。

しかし、運動内部ではその関係者がごろごろいるわけで、彼らが排除を促しているのです。ノンセクトに関していえば、熱田派のノンセクトがそれに加わっているわけです。

つまり、北原派と熱田派の分裂に対する対立が持ち込まれているにすぎないわけです。

もちろんこの対立は、階級闘争にとってプラスではないのはいうまでもありません。

重要なのは、党派として熱田派に関係したすべての党派はどのようになってしまっているのだろうか、そのへんをおさえなくてはいけないでしょう。個人的に運動をしていたとしてもです。


投稿: 日本国憲法擁護連合 | 2006年1月11日 (水) 01時11分

あおざかなさん>

中核派の内部的な問題に私が口をさしはさむのは控えなくてはいけませんが、あおざかなさんの書き込みへの感想として述べますと、党改革が「戦術・路線問題」のレベルでおろされたら、やはり「教科書に墨をぬる」感覚にとらわれて混乱する人もおられるだろうなとは思います。共産党の山村工作隊前後の路線的ジグザグもそうですからね。その点は、ブント系の場合「主体性論」が好きですから(笑)。最初に「党的主体とイデオロギーの問題」のレベルで討論されれば、戦術や運動方針は後から自然に変化していくと思います。このあたりは実践家の清水さんと、哲学オタクな側面のある荒さんのセンスの違いかもしれません。「アジアで勝利した革命の『実践面』を学ぶ」という名目で、毛沢東の整風文献を最初に学習させたのも混乱を避ける意味で良かった。

ここで「元」がいろいろと推測していても埒があきませんね。前進社に直接電話して聞いてみようと本気で思っています。
「そちらの支部のある場所で熱田派のノンセクト市民団体を立ち上げたいと思います。また、そちらと共同できる課題は一緒にやりたいので、そちらの支部の方にもどんどん声をかけたいと思います。私達は競合して併存できますか?それとも何か恫喝を受けることがあるでしょうか?」って感じで。「どうぞ頑張ってやってください。一緒にできることがあればやりましょう!」って言ってもらえたら、路線転換は本物だと信じられるし、中核派の自己変革の苦闘に応えて、私も本当に立ち上げに向けて努力しなければと思うのですが。。。

アッテンボローさん、元中さん>

アッテンボローさんが、再び中核派(系)の隊列に復帰され、その上で今までと同じように交流ができれば、どんなに素晴らしいことかと思います。また、北原派主導でも全然かまいませんから、旧熱田派系の人でもこだわりなく参加できる三里塚闘争の枠組みができたら、本当に凄いことですよね。今はまだ「夢物語」かもしれませんが、私にはきっとそういう日がくるような気がしてならないのです。

投稿: 草加耕助 | 2006年1月11日 (水) 00時12分

 アッテンボローさんのブログに居候して勝手なことを書かせて頂き恐縮ですが、もうひとつ。
 北原派の農民達の頑張りに答えるためにも、中核派は変わらないといけないと思います。今のままではやがて行き詰まってしまうことは、現実を直視する人なら誰でもわかることです。それは革命派の運動総体にも言えることだと思います。日本の労働運動は、世界でも珍しいくらい衰退し、それは労働者である我々に日々恐るべき現実として襲いかかってきます。
 衰退の原因を考えねばなりません。党内部の度をこした中央主義と民主主義の欠落、他党派への必要以上の敵視と自己絶対化が運動の生命力をそいできたのだと思います。
 今、革命派は何をやるにも全く力が欠けています。必要以上に対立しバラバラになっている革命派が協議・協調する新しいあり方を模索し、力をあわせて打開するしかないと思うのです。どうしたらそれができるかわかりませんが、とりあえず、このブログに書き込んでいるのです。

投稿: 元中 | 2006年1月11日 (水) 00時00分

草加さんwrote
>似たようなことが、中核でもできませんかね。残念ながら、今のところ中核派の言っていることは「俺たちは過去も含めてすべて正しかったが、これからの時代は共闘重視だ」みたいなもの、つまりそちらのほうが「党利党略の方便」だと本気で思われています(とりわけ市民運動戦線で)。

以前にこのblogのコメントに書かせていただいたことがあるのですが、
「似たようなこと」を一番やりかけたのは、89年都議選決戦をメルクマールとする「党改革」運動の最中でした。これまでの党組織のあり方、運動のあり方が全面的に見直され、系列の運動圏内はあちらこちらで上を下への大騒ぎになりました。その過程で私の関わっていた学生戦線でもノンセクトのみなさんへのテロルについて「あれは間違いだった」ということになったのです。まるで教科書に墨を塗りなさいといわんばかりに。内部では3・8分裂をどう総括するのかということについても話し合われていました(もっとも私は社員ではなかったのでそれ以上のレベルの話はわかりませんが)。しかし、結局対内的にも対外的にもそのときの議論を消化できなかったまま、90年決戦に突入し、さらには91年路線転換(このへんは私は戦線離脱したので知りません)、白井事件、秋山失脚といった流れになるんだと思います。
「中核でも」できればそれに越したことはないと思いますが、「日帝」が容易には戦争責任を総括できないのと同じ構造をビルトインしてしまっているように思われます。「解体」か少なくとも小西さんのいわゆる「解体的再生」(しかもそれは極めて困難)以外にないのではないでしょうか?

投稿: あおざかな | 2006年1月10日 (火) 22時09分

 草加さん。丁寧なご意見有り難うございます。私自身の問題意識としては、自分自身が除名されてしまった腐敗分子であることから、出来ることなら再び革命運動の隊列に復帰できるような、それを受け入れて貰えるような度量の大きさを中核派には持っていて欲しいと思います。
 人間誰しも道を誤ることはあると思います。そんな時に適切な助言をして正しい運動に引き戻す指導能力こそ、居間の中核派に最も必用とされている物ではないでしょうか。かつて60年代から70年代の巨大な隊列を誇っていたわけですが、その当時の活動家やシンパが07年問題と言われる団塊の世代の大量退職時代に入って再び政治の全面に躍り出てきていると思います。それらの人々がやはり中核派に戻ろうと思える政治を、路線を打ち出して欲しいと思うのは無い物ねだりなのでしょうか。

投稿: アッテンボロー | 2006年1月10日 (火) 21時57分

日本国憲法擁護連合さん>

自分達の意に従わない勢力への内ゲバは、言うまでもなく中核派の専売特許ではありません。二次ブント系諸派は、その分裂時におしなべて内ゲバに手を染めてきましたし、とりわけ二次ブント系の最大党派だった戦旗派などはその筆頭でした。対立する他派の「大衆的登場を緩さなさいシフト」を意思統一していましたし、その軍事力と恫喝や引き回しはノンセクトにも向けられていた。「人のことばかり言えない」のは充分に承知しております。

しかしその戦旗派そのものが分裂してしまう過程において、私が所属していた後の戦旗・共産同は「分裂にともなう内ゲバの回避・停止」を意思統一します。その後も「表立った」内ゲバはありませんでした。これは規模は小さいですが、いわば現在の中核派が「統一戦線重視」に転換したのと似ています。でもね、誰も信じてくれませんでしたよ。あそこは「他党派解体の蛇蝎のごとき内ゲバ集団だ」と言われ続けましたね。それは仕方ないんですよ。自分がしてきたことですからね。「殴った方は忘れても、殴られた方はいつまでも憶えている」もんです。そのことは肝に命じないと。

「俺達は路線をシフトしたんだ」「にもかかわらず俺達を排除するのは縄張り争いの党利党略だ」とか、そんな尊大なことを言えば言うほど、「うわ!見ろ、やっぱり昔のままだ!路線転換なんてやはり方便だったんだ!」とますます思われるだけなんです。それはマヌーバとしてそう言っているんではなく、本当にそう思われてるんですよ。悲しいけれどね。そういうことは私もさんざんに言われたし悔しい思いを経験してきました。だから「日本国憲法擁護連合」さんの苛立ちは、きっと20代の頃の私と同じなんだろうなと、読んでいて思いました。とりわけ「ゲバルトが左翼運動を衰退させたというのは正確ではない云々」のくだりはそうですね。「我々以外のブント系諸派の惨状をみよ!」みたいな意識は私(達)にもありましたからね。でもそれは、謙虚な姿勢でこつこつと実践を積み重ね、「俺たちは変わったんだ」ということを示しぬく中で黙らせていくしかないんです。

結局、戦旗はどんなに勢力を拡大しても、最後の最後まで「ブントの筆頭」にはなれなかった。「異端のブント」のままで消滅していきました。自業自得ですから仕方がありませんよね。30年以上たった現在にいたって、やっとブント系の人々とも対話が可能になりつつある、しかもそれは個人でかつ私のような元活動家のレベルでならという状況です。中核派の「路線転換」が受け入れられるのも、世代が変わるまで無理と思っていたほうが無難です。労働戦線で一定の成果があるのは、動労千葉の存在と共に、労戦では恫喝や暴力の「恐怖支配」をやらなかったからですよ。誰に聞いても、「労戦の中核派は個人的には考えが柔軟でいい人が多い」と口をそろえて言います。アッテンボローさんもその一人なのでしょうが、過去にそういう個人の献身的な活動が下地にあってこそなんです。文章や演説で路線転換すれば状況が変わるわけでないことは、よくわかっておられると思いますが。

戦旗・共産同の場合は、少なくともブント系以外の諸派とは共闘に成功しましたが、それはインターのご好意もあるとは思うけれども、その前提として、過去の自分達の党派政治を自己批判的に検証する論文をいくつも発表しています。ただし他党派への内ゲバについてはひとつも自己批判してなかった(後に破防法弾圧中のさらぎ議長への襲撃にのみ自己批判しますが)けれども、ノンセクトに対しては数件、自己批判したものがあったはずです。それと同時に「党風の刷新」「血債の思想」を打ち出して、徹底的に謙虚な姿勢で活動現場に臨みました。そういうことがあったから、それまで関係のなかったインターらの人々なら、戦旗を受け入れることができた。そしてそこを足場に新左翼内での位置を確保することができたし、その後に非内ゲバ主義的な活動実績を地道に積み重ねることで、ようやくブント系の「内ゲバ主義の日向カクマル集団を排除せよ」という声を、少数派に追いやることもできたのです。

似たようなことが、中核でもできませんかね。残念ながら、今のところ中核派の言っていることは「俺たちは過去も含めてすべて正しかったが、これからの時代は共闘重視だ」みたいなもの、つまりそちらのほうが「党利党略の方便」だと本気で思われています(とりわけ市民運動戦線で)。熱田派系の党派がどうとか関係ないですよ。イラク反戦や改憲阻止などで流入してきた新しい人にしてみれば、中核と「対話」することなんて、めんどくさいだけなんですから。「内ゲバやってる(やってた)ような怖い人なんて、来てもらわなけりゃそれでいいじゃん」てなもんです。自分が排除するのも面倒(怖い)けれども、誰かが排除してくれるなら、こういう部分は容易にそれを支持するでしょう。

インターへの襲撃を「自己批判」することが困難でも、何とか過去の自分達を否定的に検証しようとする努力は必要です。熱田派への批判や北原派への評価は別問題なんですよ。「俺たちだけが悪いとでも言うのか!」的にそれを持ち出したい気持ちは痛いほど理解できます。理解できますが、ここが「別問題」であることを理解できるかどうかが最大のキーポイントなんです。もし、これをからめて論じてしまうと、結局は「中核が反革命と決定した人は襲撃してもよい」という主張に理解されてしまい、「あそこに逆らったらテロられる」という認識だけが一人歩きするんです。そしてそれは根拠のないことではないでしょう。

それと「狐に化かされる」という表現はやめたほうがいいと思いますよ。特定の組織や潮流に属していますと、そこの考えが基本的に正しいとしか思えない(だからこそ属しているわけですよね)。そして自分達を批判する人民内部の論調は、すべて「デマ、嘘、誇張、誤解、曲解、党利党略」にしか見えないし、それを信じている人は「騙されて洗脳されているんだ」と思えます。まあ、そう思ってもいいんだけれども、それを口に出してしまうと、逆に言った人のほうが「自分達の考えに凝り固まった人」「聞く耳を持たない自己絶対化」というレッテルを貼られるのがおちなんです。こういう言葉は権力と共産党の「過激派キャンペーン」以外には使うべきではありません。

アッテンボローさん>

私も現状に関して、「希望と危機感」を同時に感じています。だからこそ、こういうあらゆる陣営からつまはじきにされ、批判の集中砲火を浴びるかもしれない書き込みを続けています。

権力に怒りを燃やす人が「余計なこと」を考えなくても、純粋な正義感だけで飛び込んでいける、そんな運動の復活を心から望みます。

投稿: 草加耕助 | 2006年1月10日 (火) 21時24分

 日本国憲法擁護連合さん、dkさん、お二人とも長文の書き込みを頂いて恐縮です。私の記事よりも長いくらいですね。それだけこの問題について真剣に考えておられるのがよく伝わってきます。
 私としては三里塚逃走で正しい方針を打ち出しているのは北原派であるという点では異論はありません。dkさん、単に長いだけではなくて国家権力と真っ向から闘い続けている点で北原派は正しいのだと思います。共産党のように屈服転向の結果として党利党略の組織生命だけを長らえているのとは違うと思います。
 その中で中核派の現在の新指導路線による大衆運動・労働運動重視の路線が、共産党なり第四インターなりに危機感を抱かせているのだと思います。今まで、彼らが自分たちの縄張りだと思っていた領域で中核派の進撃が始まっているのだと私は思います。
 ただ私が思うのは、だからこそ今ここで統一戦線を形成することで中核派はより大きな秘薬を勝ち取ることが出来るのではないかと思っています。熱田派が瓦解状態のなで、それでも空港に反対しようとする人々が、運動に復帰しやすい環境を整えるのは、必用なことなのではないかと思います。
 学生運動の領域においても、東北大学有朋寮の闘いに見られるように新たな息吹が感じられます。私としてはこのまま何としてでも広範な学生運動の再建を祈らざるを得ません。
 

投稿: アッテンボロー | 2006年1月10日 (火) 18時49分

北原派の運動継続には頭がさがりはしますが、運動は長く続けている方が正しいのであれば、多分共産党が一番持続して継続して運動しているわけですから、偉いのかなと思います(笑)。

大衆団体<三里塚が党派闘争なら別ですよ>は、それこそ大衆の利害への立脚が求められます。
それを「お前らおかしい」と言うのは良いですが、だからといって「我々党派の正しさ」を押しつけるのはおかしいのでないですか?

逆の立場で考えればわかることです。
共産党による「中核排除」をおかしいと言う。同時にまた、熱田派は中核派の方針に従わなかったからおかしいという。
構造は同じですよね。
つまり、ここで出てくる結論は、自党派は正しいというあなたの認識だけです。

例えば、弱小ノンセクトは、いくら政治的に正しいと考えていても、中核派の方針に従うことができないことが良くあります。某大学のように、革マル支配が強いところでは、言ったら放逐ですからね。
そういうところで、支援するわけでもなく、ただ弱小ノンセクトを革マルに「近い」からたたく。
そんなのまっとうじゃないと思いますが。

確かに一枚岩の党派は理想でしょうが、政治的現実との間にヅレやブレがあるのは当たり前です。その当たり前のことを認識し、戦略・戦術を立てるのが党の役割のはずです。
ところが、中核などは、現実認識自体までも一枚岩であることを目指しすぎな感じがします。

市民運動で排除されるのは、心情的な反発、イデオロギー的な反発、政治的マヌーバー、政治的現実さまざまな段階があるはずです。それを丁寧に看取り、批判し、自派・あるいは自党派へ獲得する。
そういう過程を抜きにして、一気に獲得しようとするから、政治的マヌーバー層に全部刈り込まれているんだということをいい加減理解されてはいかがですか?

はっきりもうしますが、どこの大学でもほとんど学生運動は壊滅しています。
その原因は様々ありますが、生物学的多様性ならぬ、運動的多様性をつぶした結果が、今あることぐらいは認識されることを願います。

投稿: dk | 2006年1月10日 (火) 17時34分

簡単に指摘しますが、熱田派は実態がないという言葉がすべてを語っていると思います。

それは、中核派なりが熱田派の四トロをバツバツしたから、熱田派は、縮小してしまったというのではなく、熱田派が屈服・妥協路線の末に自滅したのです。

重要なのは北原派が継続しているということ、熱田派は運動を解体していっていることです。

中核派に対する今日の「ゲバルトキャンペーン」の展開は、中核派がカクマル派とのゲバを実はやめて、カクマルを大衆包囲で打倒するという路線に変えたこと、そして中核派自身が路線をシフトしたことによって中核派は労働運動・市民運動を重視してきたことに対する、熱田派関連諸党派とくに第四インターあたりの縄張り意識でしかないといえます。じっさいそれがワールドヒースナウだったのですから。
今、中核派はゲバルトを、ばしばしやっているのであれば、「内ゲバ」キャンペーンはありえるでしょうが、実際は、そうではないわけです。

つまり、聞こえてくるのは、中核派の恐怖支配があったと悪意宣伝にきょうじながら、市民運動に対する中核派の浸透をさせないようにするということでしかないのです。

他方、四トロや日共による中核派排除に対しては反対であり、対話を呼びかけているのだと一見もっともらしく、聞こえはいいが、結局は中核派の恐怖支配という同様の宣伝をしているだけだといえます。

対話派のいいたいことは、中核派が過去を誤り自己批判をすれば、認めてもいいということだと思うが、それならば、熱田派にかかわったすべての党派は、熱田派の運動は妥協・屈服路線だったという自己批判をするべきだと私は思います。

実際、熱田派そのものも、そして関係した中心二大党派の四トロとブントが、それぞれ階級闘争に責任をとらず国際除名されたり、階級闘争を放棄しマルクス主義を放棄しているわけですから、党派そのものが実態がないのを棚に上げて、なにをこの人たちはいっているのだろうかと私は思うぐらいなのです。

だからブントや四トロの方々は、余計に昔話にふけこむわけでしょう。ただただ、過去の軍事的党派戦争の敗北を、実は勝利しているのだといってはばからず、左翼が衰退しているのを嘆きながらも、熱田派は勝利したなどと主張するのは、それこそと党派利害でしか思考していないということだと思います。階級闘争に責任を感じているのであれば、そんなことをいっている暇などなく、どのように攻勢を反転させていけるのかということで精一杯なはずです。もっとも、左翼はだめなのさといってとっとと転向しちゃってる人が、わざわざ左翼界隈にきて、右翼と一緒になって、左翼批判を展開している人がちらほらいますが、私はそんなやからをみると虫唾が走るほどです。

また、過去の党派闘争や戦勝話にふけこむ人に限って、現実の階級情勢に対してはなんの指摘も行動もとっていないという方が多いのも偶然ではない気がいたします。

ましてやネット上で、右翼をひきいれておしゃべりにうつつをぬかすことそのものが私は不信感を抱かざるを得ない。そんな人たちが、ゲバルトうんぬんを持ち出しているのは、言いがかり的だとしかいいようがありません。

また、ブントの指導者は、何をしているのかといえば、チャンネル桜なんぞに出演して改憲を右翼と相槌をうつなど、もってのほかだとしかいいようがない。

しかしながら、それでもなお私は熱田・北原関係党派の両者のいいぶんがそれぞれあると思うから、両者の批判を中核も四トロも、ともに受け入れることも現実的ではないかとも思います。しかし私は熱田派にかんしては許しがたいという感想をもっているのも事実です。
その理由は北原派が継続している現実からしていえるわけです。

そもそも熱田派による北原派に対するゲバルトも実際あったわけです。いずれにせよ、過去のことを展開して、だから中核派は排除なんだという主張は、結局、縄張り争いだということです。日共に対しては、批判的に語れてもそれは、日共も敵対党派だった熱田派の主張でしかないようにおもうわけです。

私は、社会党がなくなっているなかで、情勢がここまで進んでいるなかで、縄張り争いをしているときではないと率直に思っています。

しかし、それをいえば、「そんなの虫がよずきるじゃないか、俺たちは、ゲバルト行為を受けたし、左翼運動衰退はゲバルトが原因なのではないか」と主張をする人がいる現実を私は否定するのではありません。

もっとも、ゲバルトが左翼運動を衰退させたというのは正確ではないと私は思っています。というのは、階級闘争は社会党の瓦解と転向・屈服によってかなり後退しているのですから。

だから、資本攻勢はどんどん押し切られているのだと思う。そんななかでも、どうやって反転攻勢をかけていくのか、そんな情勢なのに、ゲバルト批判をやりだしたり、排除をやりだすのは、どう考えても、階級闘争に責任を持っていない人たちだなあと私はおもうわけです。

さらにいえば、社会党の連中は、中核やカクマルのゲバルトに対して批判したことも当然あったし集会から排除したこともあるけれども、ともに闘ったり、労働運動をともに展開したりするケースさえあったわけです。

しかし日共はそうはいかない。
社会党がなくなってしまって、日共が最大の左翼党派になってしまっている現状から、日共の排除意識と赤旗声明によって、その影響は浸透しているのも事実。だが、それは逆にいえば日共党員が中核やカクマルの運動に参加したり、共闘しているケースがみられているから、日共は排除勧告をつきだしているのであるわけです。その例として二十労組なんかが典型的です。国鉄闘争に対する支援運動で、全動労がこれに共闘してきたのを共産党は警戒して全動労を解散させてもいます。
こうした状況が先行的におこなわれており、赤旗声明は、二十労組の幕引きを指導しているわけなのです。おそらく改憲闘争を日共は本腰をいれたくはないというアピールなんだと私は見ています。

また、前衛党意識というよりもマル中の精神は、責任をもつという意識だと思います。他党派からすれば、前衛党主義だとみるのかもしれないが、むしろマル中は共産党張りの唯一の前衛党意識を嫌っていたわけです。

熱田派の二大党派は、除名とマルクス主義・階級闘争放棄をしてしまっているのが、より最悪になって、そもそも反中核だった意識が、逆に特化されているのではないかと思います。

で、熱田派の関係でいえば、百万人署名運動の陣形に小田原さんなんかが運動に参加しているわけですね。この方は、そもそも北原派ではなく熱田派に近かった人です。
もっとも小西誠は、逆になっていますが。

しかし重要なのは、階級闘争に責任をどうもつのかということではないでしょうか?
アッテンボローさん、狐がいっばいいるのでだまされないでほしいと思います。


投稿: 日本国憲法擁護連合 | 2006年1月10日 (火) 12時50分

 dkさん今日は。色々と苦労なさったのですね。80年代の中核派の勢力伸長の裏にそんなことがあったんですね。

投稿: アッテンボロー | 2006年1月10日 (火) 12時43分

ある種の希望と、多くの絶望を感じています。
中核派が、第4インターを脱落派で反革命と決めるのは勝手ですが、その結果、中核不在の某大学では、革マル派によって第4インターが放逐され、革マル支配が浸透しました。これって、中核派に取っては勝利だったんですかね?

80年代以降、多くの大学で、大中小党派・グループによる左翼連合という体制が崩れ、一部の大手党派による暴力支配がまかり通るようになってしまいました。明治大学しかり、法政しかり、早稲田しかりでしょう。
私は弱小ノンセクト、かつノンセクト内少数派で、植民地ノンセクトと対立していましたから、二重の恐怖を味わい続けました。外では、同じノンセクトとして会議に出席しながら、そこから排除されないように会議で勝たなければならない。学内では、どちらかも恫喝される。
まだ、大党派のほうはイデオロギー論争でしたから納得も出来ましたが(笑)、ノンセクトの分裂・対立の原因なんて人間関係でしたから、わけわからんわけです。分裂後に結集した人間からすると。消耗しましたね。
(この対立ノンセクトの親玉が、元革共同というのは、エピソードに過ぎないんでしょうか?)

党派闘争のやり方というのは、イデ闘と運動の結果と、それらに対する人民による審判以外あり得ないわけです。それに暴力を入れれば、必ず腐敗します。
たぶん、中核派なりなんなりが、今、自己批判出来れば、流れは変わると思いますよ。熱田派に別に結集してませんが、こういうのも熱田派バリの悪宣伝なんでしょうかね。

第4インターへテロ<別に反革命粉砕でもいいですが>を仕掛けたことが、熱田派内反中核グループを勢いづけさせ、権力迎合傾向のある人々に対しての援護射撃になったことは認識すべきだと思いますよ。

はっきり申しますが、「やりすぎ」「テロ」とかのレベルでなくて、革命党派の政治戦略として大失敗だったことは認識すべきでしょう。
草加さんが指摘するとおり、短期的には勝利したでしょうが、長期的には負けたのです。

投稿: dk | 2006年1月10日 (火) 09時28分

 草加さんお早うございます。実は今小西誠さんらが共同研究して発行した「検証 党組織論」を読んでいます。色々と考えさせられる内容が多く自分の経験と照らし合わせながら、有るべき党の姿を考えています。

投稿: アッテンボロー | 2006年1月10日 (火) 09時11分

元中さん>
私は中核派を「救う」などと言うような不遜な考えはありませんが、やはり対話のテーブルにつくことを求めます。こういう努力を当時からしてこなったわけではありません。ただ、あまりにも中核派は軍事力が強すぎて、防衛に追いまくられていました。その時の彼らは、私達の声に耳を傾ける必要などまったく感じてなかったでしょうね。今からではもう遅すぎるかもしれないけど。

三里塚の問題で言えば、私はもう、熱田派の中に残っている闘う人々を、いっさいの条件をつけずに歓迎しつつ、北原派に迎えるという形での「再統合」が、まだしも「現実的」だと思います。そのためには北原派系の人々も変わらなくてはならないと思います。熱田派はもう実態がないと思いますし、もしも今さら、「北原派系だけが絶対的に正しかった。そのことを認めて謝罪せよ」なんて昔の要求が今また出るようでは展望はないだろうなと思います。

今、共産党が護憲運動からの「カクマル・中核など内ゲバをしている党派の共同戦線からの排除」を打ち出して話題になっていますが、この方針、じわじわと運動内部で支持を拡大しているように思います。共産党は内ゲバ問題への真摯な考察から、大衆を守る方策としてこの方針を出したわけではない。自己を絶対化した上で「正義への敵対者」として”ニセ左翼”キャンペーンをくり返しているだけであり、自分達が行ってきた、闘う勢力内部での襲撃や暴力はすべて不問にふす欺瞞的なものです。そして大衆に受け入れやすい「内ゲバ党派排除」の後は、全新左翼系の排除へと進んでいくことでしょう。

つまり60年安保の「全学連排除」の主張と大して変わらない。しかしあの時は「排除方針は不当だ」と胸を張って言えたし、全学連支持派も多かった。でも、今はそうではない。左派市民運動家の中にも、80年代後半以降の大学内で、中核派の「恐怖支配」が、かなり成功してしまったことへの恐怖と記憶は根強く残っているのです。あれは中核派のためにも、何としても失敗するべきだった。一時的に中核派は伸びたかもしれませんが、そんなやり方では後に続く人がいるはずもなく、長期的には学生運動全体に打撃を与えたと思います。

事態はここまで進んでいます。もう時間はないんです(おそらく後数年)。中核派に「対話路線」を求める私の姿勢は、皆さんにしてみれば脱落派の反革命かもしれませんが、今の運動圏では、私も「中核派の味方」に分類され、「内ゲバ主義の擁護者」というレッテルを貼られてしまうでしょう。「対話など必要ない。内ゲバ主義者は単に排除すればいい」というわけです。そこでは「対話派」の私も充分に排除の対象となります。こういうことが労働戦線などへもどんどん波及していくであろうことは明らかです。繰り返しますが、事態はそこまで進んでいます。旧態依然の主張や批判でいがみあっている暇があったら、もう少し危機感を持たなくてはと思います。

アッテンボローさん>
「唯一前衛党路線」では、どうしてもスターリン主義になると思います。よしんば理想的な形で革命に成功しても「一党独裁制」を目指すことになりますよね。それではいかんというか、やはりプロレタリア革命政党は「複数政党制」のほうが良いと思います。ソビエト権力内部での、平和的な権力移行の可能性は保障すべきです。

投稿: 草加耕助 | 2006年1月10日 (火) 06時04分

 元中さんの仰るように闘う部分の統一が出来ない物かと思います。それから唯一前衛党という考え方が正しいのかどうか、今はハッキリ言って分かりません。

投稿: アッテンボロー | 2006年1月 9日 (月) 17時41分

 中核派には、人民は唯一の前衛党である中核派を選択すべきだ、という単純化されたイデオロギーがありました。だから、拠点から多党派は基本的に排除したと思います。まして、「拠点は革マルから血を流して勝ち取った空間」だからなおさらだ、という考え方でした。
 3・8以降は、脱落派を反革命と認識したのですから、暴力が頻発したのは当然の経過でした。「敵に対しては卑劣であれ」というのはわれわれのモットーでした。そういった誤った唯一前衛党主義があったのです。
 ただ、これは多かれ少なかれ多党派にもあったと思います。インターなり戦旗派なりが、「中核の路線は誤りだ」と考えたしろ、彼らも中核派をその誤りから救いだそうとは考えなかったと思います。むしろ、中核派の挫折や革マルとの共倒れを待って、自派の伸張を期すという戦略ではなかったのかなと思います。当時のわれわれの印象は、「中核派が困るのを喜ぶ人たち」とでもいった感じでした。
 現在自分は党派のこのようなアプリオリなセクト主義が、克服されることを願っています。

投稿: 元中 | 2006年1月 9日 (月) 14時54分

 北原さんや市東さんのたたかいは立派という他ありません。ただ、3・8当時の北原派でも、現在闘争を離れた人は少なからずいす。
 他方、熱田派から権力に組する部分が大きく生まれたことは事実と思いますが、旧熱田派の中でも今も反対闘争を続けている人もいると思います。また、管制塔基金も、農民と全く無関係というわけではないようです。(続く)

投稿: 元中 | 2006年1月 9日 (月) 14時40分

 日本国憲法擁護連合さん、耳の痛いお話ですが、確かに対立している陣営が他方を悪く言うのは当然のことですね。北原さん達が農地死守・話し合い拒否で闘っていることは厳然たる事実ですから、その事は肝に銘じておきます。

投稿: アッテンボロー | 2006年1月 9日 (月) 10時22分

ちょっとアッテンボローさんは日和見してますね。熱田派が北原派のことをよくいうわけがないではないでしょうか?私は、あなたが、中核からぬけて事実を知ったというような主張をされているが、それがすでに熱田派の宣伝になっていると自覚すべきです。実際、運動を継続している北原さんらと、運動をやめようとしている熱田らをみたら、一目瞭然だと思います。

あなたは、狐にたぶらかされているようなものだと指摘しておきましょう。もしも、熱田派のような元活動家サークル的なものが、元中核活動家周辺にあればあなたは、たぶらかされることはなかったでしょうが、もうあなたは狐に取り付かれているようなものだと思います。
彼らは、ネット上でも運動上でも、右翼を引き入れているということも、しっかりと注意しないとあなたは、元熱田派関係者の人間たちに利用されるだけ利用された後、くずかごにたたきこまれるだけで、ずだずたになると思います。
だって彼らは、こころのなかでは中核憎しなのだから。

ましてや、元反戦高協さんが、しっかりと、旗旗さんのブログで、熱田派が歪曲して宣伝してきた中核批判について問いただしたことを、元中核派であれば、あなたは元反戦高協さんの立場にたって、受けとめるべきだと思います。

また、事実、熱田派が今、どうなっているのか?何をしているのか?が重要ではありませんか?私が規定する、転向・屈服のうえに、例のことがおきたわけですから。

おそらく、江藤氏が謝罪したときには、今日のようになることはあの人たちは思いもよらなかったでしょう。

たとえカンパ闘争をしてしのいだとしても、理不尽な攻撃だとしてもですよ、その後にどのような影響を残しているのか?その点を、元反戦高協さんは指摘しているのだと思います。

アッテンボローさんの、おっしゃっていることは、中核派が恐怖支配をしていたという悪意の宣伝をあなたも同意しているようなもので、
熱田派と北原派が分裂していたわけですから、熱田派だった関係者が、中核を悪くいうのは当たり前だということを自覚したほうがいいと思います。

そのうえで、中核派の展開した党派闘争の批判などを展開されるべきだと思います。

しかし、北原さんらが継続しているのだという事実をおさえることが何よりも、重要ではないでしょうか?

投稿: 日本国憲法擁護連合 | 2006年1月 9日 (月) 03時45分

 元反戦高協さん、今晩は。「旗旗」への書き込み拝読しました。植民地サークルの問題では、学生戦線の経験が無いので良く分かりません。出来ましたらご教示下さい。
 あおざかなさん、今晩は。現役当時は知らなかった色々な問題点を、党を離れてから知るようになりました。どの様な党が本当の革命党なのか悩むことしきりです。除名された現在でも中核派が大好きなんで、良くない話しは聞きたくないのですが、事実は事実として受け止めないと行けませんね。

投稿: アッテンボロー | 2006年1月 9日 (月) 00時24分

「党としてのたたかい」と「党のためのたたかい」とかというタームがあったと思いますが、分業主義から両面において、とりわけ前者において代行主義が蔓延したことは大きかったと思います。弱い者(ノンセクトのみなさん)いじめにだけは長けていた私(たち)は革マル派との集団戦にすら勝てないぐらいに弱体化してました(同じ時期青ヘルの学生戦線はキャンパスで革マル派を撃退している、武器の差にもかかわらず)。運動も「戦争」も生き物なのだから、ひとりひとりが現場に身をおいてもがいているっていうことと、そういうなかでの経験を蓄積して承継していけるっていう機能が、求められるとすれば「党」に求められるんだろうし、それとは全く逆に経験ある現場の人が「党活動」の中で疲弊し、あるいはあからさまに「党」によって排撃されるようなところまで落ち込むと、「あり方」云々を論じる対象ですらなくなると感じます。

投稿: あおざかな | 2006年1月 8日 (日) 23時23分

草加さんのご意見に対する私の卑見は、草加さんのホームページに書いておきました。

投稿: 元反戦高協 | 2006年1月 8日 (日) 20時43分

 Palermoさん手厳しいですね。三浦小太郎氏については良く分かりませんが、草加さんはそんなに非道く言われる人ではないと思いますが。

投稿: アッテンボロー | 2006年1月 8日 (日) 20時23分

草加耕助なる人物は、自分のブログでファシスト三浦小太郎を肯定的に紹介して恥じない人物です。こんな人物がどの面下げて「左翼運動が生きていくための(多様な)生態系」とか語るのでしょう。左翼でもない人物に言われたくありません。

投稿: Palermo | 2006年1月 8日 (日) 15時43分

 日本国憲法擁護連合さん、日和見主義としての傾向が私の中に現れていると言われると、そうなのかも知れないと思ってしまいます。でも熱田派の人々の中で本当に二期工事・北側延伸工事に反対して闘おうという人々も存在しています。それらの人々と再び手を結ぶべきだという考えは間違っているのでしょうか。条件派として三里塚の大義を売り渡した輩についてはどうしようもないと思いますが、単に運動のあり方を巡って分かれただけの人々とは再統一を求めても良いと思います。
 佐倉さんの言うように完全な思想的一致を勝ち取ることは難しいこと、有り体に言えば不可能なことかも知れません。それだけに小異を残して大同につく事が重要なのだと思います。
 草加さん長文のコメント有り難うございます。私自身は最初から中核派を選択したのと反戦派労働者でしたから大学における弱小党派の人々への対応などで暴力的な恫喝があったことをつい最近まで知りませんでした。やはり問題なのは如何にして権力と闘うかであって、私としては中核派にはその最先頭で闘うことで支持を広めて貰いたいと思っています。思想的には中核派とかけ離れつつある私ですが、それでも中核派こそが社共を乗り越える労働者党への一に最も近い存在だと思っています。
 Palermoさん、本多書記長は内戦を嫌っていたという話しをどこかで聞いたことがあります。細かい内容は分かりませんが著作選を学ぶ中で追々勉強しようと思っています。第四インターは、仰るお降り武装反革命ではないと思います。拳と拳でのゲバルトくらいで収拾を付けていればその後の三里塚闘争のあり方は大部違っていたでしょうね。
 元中核派さん、闘う陣営の中で様々な主張や路線の多様性を認めることが出来れば、新たな大衆運動の高揚も期待できるように思います。対話と行動の統一が必用だと思います。

投稿: アッテンボロー | 2006年1月 8日 (日) 11時58分

われわれ中核派から見れば、「反対方針は利敵行為になる」という見方があったと思います。これは難しい問題ですが単純化すべきではなかったと考えます。
軍事行動なら、実際すべての反対行動は、客観的にはある程度利敵行為なります。
しかし、エンゲルスは、「社会科学は行動の自由なくして生きていけない。色々の不愉快は我慢して節度をもってそうするのがよい」と示唆しています。矛盾を政治的に解決していく在り方が問われていたのだと考えています。

投稿: 元中核派 | 2006年1月 8日 (日) 11時22分

以前にも書きましたが、熱田派は、中核派の大衆運動支配に反発するというベクトルと、三里塚を条件闘争に変質させようというベクトルの合力だったように思います。
今考えると、前者には理があると思います。インターなどの問題は、条件派とたたかうという点が欠落していたことだと思います(組織問題のりきりに利用したというのは、根拠のないレッテル貼りのように思います)。
他方、われわれ中核派は、自分の方針に逆らうものはすべて条件派反革命と断じ、テロを決行したのであり、独善主義的な誤りであったと考えています。(続く)

投稿: 元中核派 | 2006年1月 8日 (日) 11時12分

Palermoさま>
第四インター系の「内ゲバ主義批判」につらなる内容なのでしょうか。
自分達なりに三里塚闘争に人生を賭けておられたのに、考えた方が違うだけで、数人で四肢の間接を粉砕骨折させるだの、布団で簀巻きにしてからピックを深く突き刺して、片足切断にいたるだのといった襲撃を受けた、インターの方々の怒りや苦しみ、悔しさは「わかる」というのもはばかられます。
それは重々に理解した上で、それでも私はあえて、今は「対話」を提起したいと思うのです。信頼関係のないところで「内ゲバ論」(しかもカクマルに対するものまで)を展開しだすと、話が広がってやはり対立だけが残ると思います。
少しだけ、議論におつきあい願えませんでしょうか?

投稿: 草加耕助 | 2006年1月 8日 (日) 09時42分

>そして第四インターに対する殲滅戦の行使が行き過ぎだったのではないかと思う様に至ったことだろう。お断りしておかなければならないのは第四インターへの襲撃は「やり過ぎ」だったと思うのであって、

「やり過ぎ」などという問題ではありません。革マルのような「武装反革命」でもない対立党派にたいして暴力を行使することはいかなる理由でも正当化できません。

革マルとのゲバにしても、中核派が海老原氏を殺したことによって後戻りできない地点に到達したことに、中核派は責任を感じるべきだと思います。それに、内ゲバを理論化して正当化したのは清水丈夫(岡田新)です。清水丈夫は、黒田寛一の手下として、「岡田式党派闘争」なるものを学生運動に持ち込みました。清水丈夫がまいた種が開花したのが70年代ではありませんか。

投稿: Palermo | 2006年1月 8日 (日) 08時22分

長文失礼します。
先日、「権力・右翼の悲鳴は心地よい」(2005年12月30日)につけられた、元反戦高協さんの「現実の反対同盟の闘いを無視して、OB会を行うことはいかがなものでしょうか」というコメントを読んで思うところがあり、これに対して不毛で硬直したドグマ的な対立の拡大ではなく、何か生産的な方向の問題提起を書けないものか、それとも左派同士の対立を深めないためには書くべきではないのか、さんざんに悩みぬいた末、やはりスルーしておくべきと思いました。しかしその矢先に「日本国憲法擁護連合」さんからのコメントがあり、やはり一言書いておくのも無駄にはならないだろうと思う直すにいたりました。

私たち三里塚分裂前の活動家にとって、三里塚は単に「最重要の個別戦線」などではありません。それを超えて、まさに「革命の学校」であり「革命の聖地」でした。地元に帰ればどれほど激しく内ゲバ的に争っているような勢力同士でも、三里塚現地に入れば絶対に争わない。そこではすべての革命派はスクラムを組んで権力とのみ闘うことを求められました。意見の違いは権力と闘う実力攻防の中で試され、淘汰され、三里塚農民と全国の闘う人民の審判にかけられた。日共やカクマルの脱落は、その流れの中で当然のことであり、まさしく彼らの方針は「歴史のくずかごに投げ捨てられた」という表現がふさわしいでしょう。

こう言ってはアッテンボローさんに悪いけれども、大学に戻れば中核派が怖くて自分の主張を展開できない弱小勢力でも、三里塚現地ではのびのびと自分の意見を自由に言えました。もしそれに中核派が軍事力をもって恫喝を加えれば、非難されるのは中核派のほうなのですから。しかしながら言いっぱなしが許されるわけではない。「中核とは違う方針」を提起するのであれば、その提起が即、対権力実力闘争の鉄火の中で検証され、全国全人民の審判にさらされる。そしてその審判のみが人民内部の意見の対立に決着をつける、それこそが三里塚闘争の生命力の最大の源泉だったはずです。

それが分裂以降は一変しました。はっきり言って、当時も現在も、もし私達が「現実の三里塚現地の闘い」にコミットしようとすれば、必ず中核派の軍事力と向き合うことになる。選択肢は多くありません。中核派の軍事力の前に潰されて現地からたたき出されるか、中核派の植民地的なサークルとして存在するか、現地の闘いとは無縁に遠くから応援するだけにとどめるか、まあそんなところでしょう。

SENKI派を批判するために立ち上げられた「ロフトプラスワン襲撃を許さない共同声明」サイトにも、大党派がヘゲモニーを握る大学での、弱小ノンセクトの悲哀が描かれています(http://www.t3.rim.or.jp/~punsuka/zenkiroku.html)が、ことほどさように私達個人が、自分なりの闘いに立ち上がろうとするとき、最初に立ちはだかる「壁」は権力ではなく、中核派などの大党派なのです。つまりせっかく1億円カンパ闘争で、ばらばらになっていたかつての同士との連絡が復活し、手を取り合えたとしても、「その次」に進むための方策は非常に困難です。

こういう現状を無視して、反戦高協さんが「この現実の反対同盟の闘いを無視して、OB会を行うことはいかがなものでしょうか」などと言うことには、激しい憤りを感じます(正直に書きました。気分を害したら誤ります)。もしそうおっしゃるのであれば、たとえば「中核派には反対だし大嫌いだし消えてしまえとさえ思うけれども、三里塚闘争は心から支持しており、私もできる範囲で闘いたい」というような人でも、現地でのびのびと自由に活動できるような三里塚闘争に戻す努力が先決なのではないのでしょうか?

中核派のしていることは、主観的には「運動内部の誤った方針」を粉砕して、自派の「正しい方針」のもとに、闘う良心的な人を結集させるということなんでしょうが、それはかつて次から次と、三里塚闘争なり左翼運動なりに、新しい世代の「闘う良心的な人」が流入し続けていた時代の発想です。「すでに存在している人々や闘い」のヘゲモニーをとり、自派の方針の下に独占的に結集させるような発想では、短期的には伸びるかもしれませんが、長期的には自殺行為です。なぜなら、それは「左翼運動が生きていくための(多様な)生態系そのものを破壊する行為」だからです。今は、短期的には自派が「損」をしようとも、左翼が生きられるための「生態系」の復活、育成こそが問われているのではないでしょうか?

ことわっておきますが、私はたとえばインターのように、分裂の責任をすべて中核派にかぶせる気持ちはありません。また、中核派の軍事的攻撃がなければ、熱田派系がすべて二期決戦を実力闘争として闘えたとも思いません。それは全然別の問題です。私はむしろ他人への批判よりも、そちらの主体的な方向で反省なり思索なり今後の闘いを考えてきたし、これからも考えていきたいと思います。

しかし反戦高協さんの物の言い方は、あまりにも自己絶対化であり、悪いことは全部他人せいにし、よしんばその批判が当たっている側面があるとしても、一方で自分達の存在には全くの無反省であり、三里塚闘争が縮小してしまったことへの自分達の側からの主体的な切開なり反省をお互いに持ちよるという発想がまるでなく、はっきり言ってスターリン主義的な傾向が強いと思います。

と、言うようなことをそのまま書いても、反戦高協さんには私の真意をわかってもらえないかなあと思って迷っていたわけです。対立を煽るだけなんではないかと・・・。

このアッテンボローさんのブログや「旗旗」などで交流を深めてきた私達はすでに、熱田派の中にも本気で、二期決戦勝利のためなら
自己の命が滅んででも闘う決意を持った人が大勢いたことを知っています。そして中核派の人々もまた、謙虚で静かな闘士を燃やし、自己の人生を人民に奉仕するために捧げようとした最良の人々がいることも知っています。もう互いに自分の頭の中だけで作り上げた「脱落派」だの「内ゲバ主義者」だのを批判しあうだけの不毛な関係ではないと信じています。

もちろん意見の違いはあるでしょう。しかしこうして、まるで奇跡のような偶然の積み重ねの中で、ようやく手を取り合えた私達が、対権力闘争前進のために、三里塚闘争勝利のために、事態を1ミリでも進展させることができないものなんでしょうか?この期におよんで、まだそこまでいがみ合わねばならない理由があるんでしょうか?

中核派への恨みも怒りもすべて捨てます。いつでも手を差し伸べます。しかし批判は忘れません。おかしいと思うことはそう言います。
「赦す。しかし忘れない」そして「共に闘わん」。同じ態度を元反戦高協さんらにも求めます。それでもまだ私は「反革命」でしょうか?

投稿: 草加耕助 | 2006年1月 8日 (日) 08時14分

「徹底的思想的一致」があるほうが、ふしぜんですよ。
人間の思想は、経験、読んだ本、出合った人、家庭環境そしてまた、逮捕・起訴・下獄などによって大きくかわってきますからね。

投稿: 佐倉 | 2006年1月 8日 (日) 07時24分

どうもです。わたしから、短くですが、ひとことだけ主張しておきます。

熱田派の現状はどうでしょうか?それで端的に彼らの運動が何だったのかが理解できると思います。

確かに、理不尽な攻撃だったことと推察しますが、あれで前例をつくったわけで、
今も闘っている北原派に対する圧力がよりましたことは自覚したほうがいいと思います。

もっとも、現役を退いて刑を終えた人にまで圧力をかけるということについて私は座視しようということではないし、カンパ闘争の意義は全面否定はしないが、私は元反戦高協さんどうように、アッテンボローさんは、日和見主義だとしかおもえません。

熱田派はあくまでも、屈服・転向路線だったということは自覚されたほうがいいです。

投稿: 日本国憲法擁護連合 | 2006年1月 8日 (日) 04時27分

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受信: 2006年1月 8日 (日) 21時31分

» 元反戦高協さんへのレス(1 [ブログ「旗旗」]
元反戦高協さん、レスいただいたこと、とてもありがたく、また嬉しく思います。 考えてみれば当たり前のことなのですが、赤ヘル3派系で闘った人にもいろいろな方がいるように、中核派(系)にも多様な人がいるのですね。ご質問いただいた件につきましては、左翼運動全体... [続きを読む]

受信: 2006年1月 9日 (月) 08時30分

» 元反戦高協さんへのレス(2 [ブログ「旗旗」]
前エントリーへのコメントを拝読いたしました。少し予定を変更して書きます。あと、ご迷惑なようで恐縮しておりますので(皮肉ではない。本心)、もうレスはいただかなくて結構ですよ。私も当面、この問題については、これを最後にしたいと思います。また機会があれば是�... [続きを読む]

受信: 2006年1月11日 (水) 10時33分

» 何で分かってくれないの? [ブログ「旗旗」]
現在、論争に応じてくださっている中核派の現役の方は、やはり中核が「路線転換」してからの結集で、内ゲバばっかりしていたころの学生戦線の状況などを直接にはご存じないようです。つまり当時の私と同じような立場の方なんだと思います。で、この方がおっしゃっている�... [続きを読む]

受信: 2006年1月14日 (土) 08時37分

» 全左翼は自分の内なる「内ゲバ主義」と向き合おう [ブログ「旗旗」]
こんな惨状であるにもかかわらず、内ゲバ問題を左翼全体の問題としてとらえる危機感は薄くて、カクマル派はもう問題外としても、中核と戦旗ばかりが悪く言われ、「内ゲバ主義者を排除すればそれで問題は解決」といった風潮には最近特に疑問を感じます。はたして「内ゲバ�... [続きを読む]

受信: 2006年1月14日 (土) 08時38分

» 「徴兵制」に関してお勧めの書籍−大江志乃夫・著「徴兵制」(岩波新書・黄版) [雑食系ブログ。(仮)−【北朝鮮・チベット・中国人権ウォッチ】別館?]
【大江志乃夫・著「徴兵制」(岩波新書・黄版)】という書籍は徴兵制について考える際に参考になろうかと思います。 http://www.iwanami.co.jp/.BOOKS/42/8/4201430.html この本では、徴兵制という制度の歴史的・政治思想的・軍事戦略論的淵源、実際に徴兵制が敷かれてい...... [続きを読む]

受信: 2006年1月14日 (土) 09時23分

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