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2006年1月22日 (日)

61臨大議案書を批判する

 2月9日10日と日本青年館において開催される日本郵政公社労働組合(旧称全逓・略称JPU)第61回臨時全国大会議案書の内容を批判する。実は昨日「鬱病について その2」への書き込みで、おったまさんから「現場で苦労している立場から言わせれば、病休中に『ブツダメ・ストで民営化を粉砕しよう!』などと言われても、ただでさえ相手にされない主張なのに『お気楽だよな』というのが正直な実感です。」と言われているので少々書こうか書くまいか悩んだのですが、やはりこの議案書は現場労働者の立場から批判しなければならないと思うのです。正確な言葉を忘れましたが、「猛将の下に弱卒無し、怯将の下に勇兵無し」「獅子に率いられた羊の群れは羊に率いられた獅子の群れを打ち破る」という古からの言い伝えがあります。おったまさんが書き込んでいただいている「郵政職場は日常的な業務で「青息吐息」の状態です。 僕の職場は比較的?良心的組合員が多いと思うのですが、動員等活動に協力したくてもほとんど出来にくい状況なのです」「集配等郵便関係に比べ、職種の性格上保険では休暇を取りやすいでしょうが、集配なら大ヒンシュクです。正月返上の年末年始最繁忙が終わったのもつかの間に非常勤の仲間と共に休暇をやりくりしながらの綱渡り的な業務運行です。」という職場の現状は、第一番の原因は政府および郵政公社による合理化労働強化の激化にあるわけですが、その協力者である中央本部のダラ官・労働貴族共によって現場労働者に犠牲の一切が押し付けられていると言うことを改めて強調する必用があると思うのです。組合を現場労働者の物に奪い返すことなくして、私たち労働者が置かれている現状を打開することは出来ないからです。

 では最初に、第1号議案「郵政民営化をめぐる経過と今後のとりくみについて」の批判をします。先ず何よりも議案書を書くにあたっての立場が、現場労働者の雇用と労働条件を守る物ではなく、郵政事業と現場労働者を食い物にして労働貴族としての自分たちの利権を守る立場から書かれていることを追及する必用があります。議案書を詳しく読んで欲しいのですが、「雇用と労働条件」と言う文言の前には、殆どの場合「郵政事業の持続的発展」の様に企業経営を優先して記述する立場が貫かれています。労働者の雇用と労働条件を一番に考えるのが労組の存在意義であるのに取って付けたようにしか書かれていない。この事を私は徹底して弾劾する必用があると思います。本部の考え方は、現場労働者に対して「事業有っての職員だ。事業存続のために権利や労働条件は我慢しろ」という物です。思い出してください。国鉄分割民営化の攻撃によって国労が壊滅的打撃を被ったことに恐怖した当時の全逓中央民同は、59・2の方針大転換で労使協調路線に舵を切りました。それ以来「民営化されたら困るからもっと働こう」と言いなして一貫して郵政当局の合理化施策を無批判に受け入れ、時には組合自らが合理化提案・新商品の開発提言などを行ってきました。そしてその一切の矛盾と犠牲は現場労働者に押し付けられています。この20年余の方針について一切の総括抜きに本部方針を提案することが許されるでしょうか。本部は責任を取るべきです。

 第二に、9・11総選挙の結果を受けて、小泉政権に屈服したところから全ての方針が立てられていることを批判すべきだと思います。昨年10月28日の「政労協議」の場で竹中大臣から「政府・公社・労働組合のどこが欠けても民営化はうまくいかない」と言われたと、全面的に民営化に協力を誓っています。「Ⅳ 郵政民営化に向けた今後の基本スタンス」では「民営化後の経営状況によっては大きな雇用不安や労働条件の変化にさらされる可能性もあります」「『民営郵政』時代を展望したとき、ますます労働組合の果たす役割は重要であり、経営に対してどのようなスタンスを取るのか、また、労使関係をどの様にこうちくするのか等は、会社の業績とそれに直結する雇用と労働条件に大きな影響を及ぼすことについて、現実認識した対応が必用です」「『民営郵政』の新時代を築くため全力でとりくんでいく」「『公企業』として郵政事業の発展を目指します」「『民営郵政』の経営を安定軌道に乗せていくには、出来る限り早期に経営の自由度を拡大し、創造的なビジネスモデルを確立し得る条件整備をはかっていく必用」等々、本部の言いたいことは、今後は民間企業として自由に合理化や新事業による労働強化を展開できるよう、新会社に権限を要求しているわけです。今まで20年あまり民営化されたくなければ我慢しろといってきたその口で、今度は民営化されるのだから我慢しろといっているわけです。私たち労働者は一体いつまで我慢を強いられなければならないのか。労働者に我慢を押し付け、事業に協力を命令するだけの存在など労働組合の指導部として必用がないのです。私たちは何よりも現場労働者の労働条件を守るためのやる気に溢れた執行部が必用なのです。寝ても覚めても労働条件のことを気にする、現場の労働者のことを思っている本部執行部をこそ必用としているのです。現委員長の菰田は近畿地本にいた当時、自民党の国会議員などと赤坂の高級料亭で飯を一緒に食ったことを自慢して議員との繋がりを強調していました。こんな労働貴族など私たちには要らないのです。

 続いて第2号議案「2006春期生活闘争の主要なとりくみについて」を批判します。情勢認識からして労働者の立場ではなく客観的すぎて人ごとのような描き方をしています。誰の立場から書いているのか、それこそ組合の議案書としての表題がなければ公社が出してきた営業方針の資料かと思えるような内容に終始しています。「企業・雇用・家計の各部門でバランスある成長が不可欠」「社会保障制度の抜本改革が喫緊の課題」「一層の『二極化』と格差拡大をもたらす政治状況」「混迷を続けるイラク情勢」「在日米軍再編の問題とともに、日本の財政負担増を懸念する声が強まっています」「小泉首相の靖国参拝に対し、中国や韓国の批判姿勢が強まっており、深刻な外交問題に発展しつつあります」「憲法改正をめぐる議論は(中略)今後の政治動向を注視しつつ慎重に対応する必用があります」等々、全て労働者の組織としてどう捉えどの様に対応すべきかと言うことが全く書かれていない。

 そしてとりくみについては、バブル崩壊以来の15年間にわたり労働者側は一貫して賃下げと合理化・首切りの圧力にさらされ、生活が成り立たないほど全ての面で破滅的な打撃を受けてきたことに対して、それらを奪い返すのではなく、あくまで「景気も回復してきたようだから少々おこぼれを下さい」とでも言いたげな卑屈な姿勢の物でしかない。ハッキリと労働者が生活するためにどれだけの賃金が必用であるのかを打ち出し、賃金とは労働者の生活保障の為の物であることを再確立しなければならない。労働者あっての事業であることを堂々と訴え、大幅な賃金要求と労働条件改善、増員要求、非常勤労働者の労働条件改善を求める必用があるだろう。

 最後に労働組合として郵政職場における長期病休者対策の確立を行うべきだと考える。私のように精神疾患によって療養している労働者は郵政内部で数千人と言われている、内臓疾患などの持病を持っている人の中にも現在の労働条件のために症状が悪化している傾向がある。更に合理化・労働強化の結果労災が頻発し、多くの殉職者も出ている。全国で見た場合毎年十数人から数十人の自殺者も出ている。これらは全て郵政当局による労働条件切り下げがもたらしている物だ。私の鬱病自体そうである。そして少なくない労働者が長期の病気休暇・休職に追いやられ、残った労働者にはその分の業務までもが集中的にのしかかっている。組合として病休者の発生の責任を追及しなければ、対策を講じなければ、職場に差別分断の思想が蔓延し、病気をした労働者の職場復帰はおろか、同僚に対して「迷惑をかけた」としてなじられ、泣く泣く退職に追い込まれている労働者が多数いることを解決することは出来ない。病休者の発生も、残った者の労働強化も、全ては合理化がもたらした物なのだ。

 最後についでに、おったまさんが書いている「関西方面在勤・在住で入局以来「異動」を経験していないとか・・・。『人事交流発祥の地』『高圧的労務管理で名高い』」=近畿にあっては羨ましい限りです。(妬みですみません)」という人事交流についての見解を述べておきます。私たち労働者は将棋のコマではない。労務政策によってあちこち転勤させられること自体が許し難い行為なのだ。郵政当局は職場の団結を破壊するために職場の中心人物を次々配置転換することで労組の弱体化を図ってきた。それはきわめて巧妙に行われてきたと言えるだろう。無党派の役員・活動家の場合、職場の人間関係から押されてなっている場合が多く、転勤によって職場の人間関係が絶たれた場合には影響力が無くなる。逆に党派活動家の場合には転勤によって元職場と新職場双方で影響力を行使することから周辺の労働者を配転させるというやり方で人間関係を破壊してきた。私がたまたま転勤がないのはその方が労務管理上都合がよいと判断した人事部の方針の結果であって、別に私に責任があるのではないと言うことです。

 既に多くの職場で代議員選挙が終盤になっているが、まだ投票を済ませていない組合員は本部方針に反対する候補者に投票しよう。そして本部総辞職を求める意見を集約していこう。

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コメント

 へロスさん参考にしていただけたら記事にした甲斐があります。議案書の読み込みも、郵送してもらってから三日ほど封も切っていませんでしたが、気を取り直して読みました。執行委員会頑張ってください。
 おったまさん、気にしないで下さいね。書き込み自体は素朴な思いだと思います。問題はそれに対して労働者としての立場から丁寧な助言を出来るかどうかだと思います。誰でも最初は当局のコントロールに乗せられて反動的な考え方から始まります。
 実際私のような極左であっても丁寧に話し込んできた結果結構支持者になってくれる人もありましたし組合でも一緒にやってくれる人も何人もいました。残念ながら転勤させられてしまった人が多いですけどね。それと今は病気のことで生活が荒れたために、信用がなくなった状態ですから、職場に戻ったら一からやり直しですけどね。
 誤れ云々の件は、実際その場で迷惑かけてすいませんでしたと謝りました。でもその後も色々言われるんで苦になりましたね。鬱病のような精神疾患の場合はそれを苦にして退職したり自殺したりする人も多いです。私の場合最悪の事態にはなっていませんが。妻子もありますし生活がかかっていますから、何とか職場にしがみついて復帰したいですね。
 良く、党派の運動をしていると宗教じみていると思われることがあります。宗教の場合は神や仏を信じますが、共産主義者は隣にいる同僚をどこまで信じることが出来るかだと思います。今は立ち上がってくれなくても必ず一緒に闘ってくれると言うことにどこまで確信を持てるのかによって運動が続く続かないという物が決まると思います。
 カクマルの場合、シンパや大衆のことを「埃」という隠語で読んでいますから、結局は大衆蔑視なんだと思いますね。実際に論争したこともありますが、それは高校時代の先輩が北大でカクマルになったたまたま話しをしてそれが分かったんですけどね。
 おったまさん、これからも色々現場の状況など教えてくださいね。現実を知らないと何を書いても空論にしかなりませんから、職場の情報には飢えていますので。

投稿: アッテンボロー | 2006年1月24日 (火) 00時16分

こんばんは。
先日は別の日記に勝手な書き込みして御迷惑をかけました。
誠実な人柄がしのばれるアッテンボローさんだから「俺の戯言を気にしなけりゃ良いけど」と思ってましたがホッとしました(^_^;)
少々?心が荒んでいるので御容赦ください。
臨時全国大会議案への分析及び制度政策闘争(当時)以降の全逓の運動路線への批判も原則的に言えば全くその通りだと思います。
僕はアッテンボローさんのように論理的に分析は出来ませんが。
ただ、これは決して批判ではなく自分が感じたり経験してきた実感ですが、明確にこのような極めて「労働者的」な批判に対し現在の大多数の組合員は責任を持って支持し起ち上がってくれるでしょうか?
以前「労働者に100パーセントの信頼を置き闘う」という文章を読み感激したことがありました。また「革マルは労働者を信頼していない」というような主張も耳にしたことがあります。
しかし、実際革マルが言っているかどうかはともかく、現実は悲しい状況があると思います。
今回のJPUの方針(議案書)に限らず、昔からアッテンボローさんの主張とほぼ同じことは言われ続けていました。国鉄「分割・民営化」の時もそうですが。ただ、80年代以降はそれが多数派となって日本労働運動全体に影響力を行使するには至っていません。
戦後の「全自動車日産分会」「日本製鋼室蘭」「三井三池」「王子製紙」「国労新潟」「全金プリンス」等々、幾多の輝かしい闘争も最後は第二組合の発生で少数派となり敗北しています。(若い頃はなぜそうなってしまうのか不思議で理解出来ませんでした)
資本・当局の熾烈な分断攻撃が第一の原因ですが、やはり労働者一人ひとりの精神的な弱さや利己主義も大きく影響しているのだと思います。
劣悪な労働強化がすすむ郵政職場とはいえ、自分含めて今辞めて同水準の生活が保障できるかと問われれば「悔しいけどしがみついていくしかない」というのが少なくとも自分の職場の実態です。
また、これはかなり前ですが、支部役員をしていた頃、動員等には非協力だけど組合批判だけは一人前の輩がいて、「課長に理不尽な対応されたからお前何とかしろよ!」と罵られました。まだ真面目?だった僕は自分なりに懸命に当局と対応して一応当該課長の「謝罪」となりました。しかし、それに対して本人からは労いの言葉一つ無く、それどころかヘラヘラ課長に媚びへつらう姿を見て「この野郎、バールで脳天かち割ったろか!」と思いました。
これは極端な例でしょうが、そういう色々な出来事を考えると、どんなに献身的な方針を対置し行動しても消耗感だけが残るような気がします。
もちろん、今書いたことは「敗北主義」という言葉すら馴染まない愚痴に取られてしまうでしょうが・・・。
こう言ってしまえばスクラムを組むべき肝心の仲間である労働者(組合員)を敵視してしまうことになるし、完全に展望が無くなってしまうのでこれ以上は控えますが。
 あともう一つ、「長期病休者対策」の主張は本当に急務の課題ですね。休む人も残って働く人も心身ともに余裕を持てるように出来ればよいなあ、と思います。ただ、このことも個別課題ではなく全体的な問題だとアッテンボローさんは言われると思いますが。
アッテンボローさんは職場の同僚に「迷惑かけたんだから謝れ」と罵られたんですか?貴方が謝らずに「病休は当然の権利だから謝ることは無い」とふんぞり返っていたとは到底思えませんが・・・。もしそうなら、どんなマル生分子だったとしても表面上は一応謝っておいたほうが良いですよ。僕も以前「組休」出す時は気に食わない奴にも「職場抜けてゴメンネ」と一応言ってました(^_^;)
では、また長々と失礼しました。
散々書いて失礼ですが、ここにコメントすることで心がスッとして明日から闘う気概がわいてきます(^o^)丿

投稿: おったま | 2006年1月23日 (月) 22時38分

お久しぶりです。
手元に議案書があるのに、繁忙のあまり目を通していなかったです。w
明日、執行委員会。
金曜、支部委員会。
アッテンボローさんの意見を参考に、自分も少しは発言していかなぁならないと思います。

※マジに参考にしますね※

投稿: ヘロス | 2006年1月23日 (月) 21時03分

 dk さんお早うございます。拙文をお褒めいただいて有り難うございます。色々と組合用語も多くて分かりにくい点が多々あったのではないかと思いますが、長文を読んでいただいて感謝しています。
 職場にいるときはこの文章のような論調で組合員を説得していたため、結構賛成して一緒になって本部批判をしてくれる人がいました。苦労するのはdk さんが言われるように党機関紙には中々現場の感覚での論文が出ませんから、党と現場労働者との間を結ぶためにどうするかで迷いがありました。
 これからも現場労働者の感覚で自分なりの見解を発表していきたいと思っています。

投稿: アッテンボロー | 2006年1月23日 (月) 08時20分

この文章は、堅いですが、わかりやすいですね。
多分、現場労働者/活動家はこのように、職場を組織されてきたのでしょう。

ただ、これが党派の場合、紙面に反映されないのではないか、とも思います。<それは組織である以上、必然なのですが>
そういった党の公式言語でない言葉で、どうやってオルグするか。簡単に言えば、現場労働者の立場から組合なり、経営の論理を批判し尽くすかが今必要なのだと思います。

なんとなく、誠実な労組活動家がまだいることを具体的に知れて、ほっとしました。
党的やあるべき「労働者」像から演繹的に分析する方は多いのですが、帰納法的?に労働者から分析する方は少ないので。この両者が出来て初めて、弁証法なんだと思いますが。

投稿: dk | 2006年1月23日 (月) 04時07分

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