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2006年2月

2006年2月28日 (火)

5・15沖縄平和行進

 1972年5月15日、沖縄が日本に返還された。県民の多くが望んでいた米軍基地のない平和憲法の下への復帰という願いは無視され、米軍基地の殆どはそのままであり、しかも自衛隊の駐屯という、言ってみれば基地の島としての機能はいっそう強化れさる形であった。いつから始まったのか、現在手元に資料がないため分からないのだが、基地のない沖縄の実現のために5・15体制と呼ばれる沖縄の現状を見つめ直し、一週間かけて沖縄本島各地を回る平和行進が行われるようになった。88年五月、私は地区青年部の動員で初めて沖縄に行くことになる。87年の沖縄国体闘争の余韻もあり、自ら希望してのことだった。そしてこの事で地区のキャップに報告したところ承認されたのだが、常任からは叱られてしまった。と言うのは実は私の所属する全逓の支部は革労協、世間一般には解放派と呼ばれる新左翼の拠点支部であり、しかも共闘関係のあちこちに解放派系の活動家が存在していた。平和行進への参加自体、実は解放派が力を入れているため、その中に単身参加することで私がヘマをすることを心配してのことだった。

 総評青年協の枠組みで、部落解放同盟・労金労組・自治労・教組、そして全逓のそれぞれの青年部から併せて8人の派遣団が結成された。沖縄に到着し全国各地から集まった平和行進団の結団式が行われ、私たちは南部戦跡を巡るCコースに編入された。希望としては米軍嘉手納基地の正門前で激しいデモを繰り返すというAコースに入りたかったが、実際の戦場跡を巡り、沖縄戦の現実を学ぶことも大切であるので異議は唱えなかった。党派関係の問題があるため、私は出来るだけ同行していた青年協のメンバーとは会話を控え、行進団の中の沖縄の人々や他所の地域からの参加者と話すようにした。たまたま同じCコース約50人の中に他所の地区の全逓青年部の参加者が三人いたため、自然な形で全逓中心の話をすることで切り抜けることが出来た。実際問題同じ地区からの参加者の中で誰が解放派かわからない状態では無難な選択だったと思う。

 平和行進は南部の市町村各地を巡るわけだが、毎日の寝泊まりは公民館であったり小学校の体育館であったり、あるいは地元の地方議員の家に雑魚寝するなどと言う物であった。食事は各地の受け入れ組織の人々が炊き出しをしてくれるのだが、観光と違いそんなに贅沢な沖縄料理とは無縁であった。それでもソーキそばを初めて食べたときはこれが沖縄料理かと思い感動してしまった。連日20キロからの距離を歩くので結構疲れるのだが、行進中は労働歌を歌いシュプレヒコールをあげながら歩く。途中米軍基地があると米軍は沖縄から出て行けと抗議もする。五月の沖縄は既に夏真っ盛りと言って良く、時折スコールが降り注ぐ。ずぶ濡れになっても直ぐに乾いてしまうので、風呂に入れない日でもそれほど気にはならなかった。宿泊先では入浴するにも人数が多いので銭湯が近くにある場合にはそこに入りに行った。本土でのデモ行進と違うのは行く先々で道行く人々が手を振ってくれ、非常に好意的に迎えてくれることだろう。ある日など消防署で署員の人々を前にして挨拶をする機会があった。本土では消防というと治安機関としての側面がかなり強化されているのだが、この違いには正直驚いた。それだけ県民の中に米軍基地に対する怒りが強いのだと実感した。

 最終日は15日に那覇市内の公園で県民集会が万余の人を集めて開催される。小雨が降る中、会場の入り口に差し掛かると、中核派の学生が10人あまり機動隊に取り囲まれた状況で街宣をしている。会場内に入るとやはり10前後の赤ヘルと30人くらいであろうか解放派の青ヘルの集団がいた。そして私はこの時初めて遭遇したのだが100近いカクマルが公園内でデモの訓練をしていた。沖縄がカクマルの拠点と聞いてはいたのだが、我が中核派との力関係が当時は非常に不利な物であることも実感した。集会が終わる頃には土砂降りとなっており、その状態のまま那覇市内デモに出発した。確か沖縄の目抜き通りである国際通りを行進したときであったと思うが、交替でコール役が回ってきた。私は沖縄奪還という中核派の路線をアレンジして「沖縄を米軍自衛隊から奪い返すぞ。基地のない沖縄を取り戻すぞ」とやった。結構好評だった。他の地区の全逓の人間がスクラムデモをしようとしたのだが、事前の打ち合わせをしていなかったために結局出来なかった。

 その夜はホテルに泊まったのだが、全逓中央本部の青年部長を囲んで全逓だけの飲み会に参加した。東京地本などは県民集会だけに参加者を送り込んでいた。近畿地本が8人の通し行進参加者を出していたのとは力の入れ方の違いを感じた。翌日は飛行機が午後の便であるため午前中が自由行動となった。私は全逓近畿の枠で行動することにした。大阪のある人間が遊びに行くことを主張したのに対して私は読谷村のチビチリガマに行くことを主張した。レンタカーを借りて読谷村に行くことになる。今では野球場が建設されている旧読谷飛行場跡で、ゾウの檻と呼ばれる米軍の電波傍受アンテナを見てからチビチリガマに行く。入り口には「世代を超える平和の像」が建てられているのだが、87年の知花昌一さんの日の丸焼き捨て決起に対する反動として右翼が破壊したために無惨な姿をさらしていた。ガマのなから暗く先が全然見えなかった。足下には回収されずにそのままとなっている集団自決した人々の遺骨が散乱している。後年この事を話したときに、ガマの中に入ったことの無神経さを批判された。あそこは集団自決に追い込まれた人々の墓所なのだと言うわけである。私たち近畿の参加者は自決した人々の事や、戦争反対・天皇日の丸君が代に反対する者への右翼の白色テロルに対する怒りを口にしながらその場を去り空港へと向かった。

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2006年2月26日 (日)

県庁の星

 妻は織田裕二の大ファンである。ファンクラブにも加入しており、大阪でコンサートやライブがあるときには必ず駆けつける。映画も二度三度見に行くのである。今日は主演最新作の「県庁の星」封切り後初の休暇と有って、大雨の中を隣町のシネコンまで出かけることになり、それにお供した。娘達は留守番で、息子と三人であった。

 織田裕二が演じる主人公野村聡は、K県のエリート公務員である。トップの成績で入庁し、企画立案能力に優れる切れ者である。35歳で係長というのがちょっと無理があるように思うのだが。いわゆるキャリア、国家公務員一種の合格者であれば最短で27歳で署長や局長になるので、35歳なら本省の課長クラスにはなっていると思うのだが、まあその辺はお話と言うことで置いておこう。K県では特別養護老人複合施設=ケアタウンプロジェクトに200億の巨費を投じることになっているのだが、これに関する反対運動もある。それに対して主人公がたまたま民間手法を取り入れることを提案したところ、三流スーパーに体験のために半年間派遣されることになる。

 派遣先のスーパーなのだが、私のような公務員から見ると民間の悪いところが凝縮されている職場のように見えた。消防法や食品衛生法に違反していることで立ち入り検査の指摘を度々受けていて後がない状況であった。総菜部門では売れ残りのジャガイモに大量の芽が生えた状態の物をポテトサラダの材料に使うし、これまた前日の売れ残りの魚のフライを揚げ直して店頭に並べる。リストラによる人員削減のために、在庫品はパックヤードに山と積まれ足の踏み場もない。当然危険である。それに対して店長は経費の削減を主張する。野村は自分の研修先で起こっている消防法違反・食品衛生法違反の現状が自分の経歴に傷を付けることを恐れて法令に基づく改善案を提出する。「俺たち書類作れてなんぼだろ」と言うだけ有ってその辺の目の付け所はそつがない。お役所との対応を記したマニュアルも短期間で素晴らしい物を作成している。

 小泉改革の「官から民へ」とは逆に官の手法を導入した民間改革である。見ていて実際には大手の中でも成功しているスーパーなどの商品管理を導入しているだけのようにも思えたのだが、監督自身が県庁のシーンとの両方を描くためにスーパーの場面を描き足りなかったようである。ただ先日神戸電鉄における連続脱線事故があったが、経費削減のために規定以上にすり減ったレールを交換しないままでいたり、車輪の加工が不十分であったりという事例が報告されている。動労千葉が告発するようにJRのような大手すらレールの破断が相次いで起こっている中、中小に於いて価格競争に付いていくために必用なコストさえ削減している現状では、「民から官へ」の手法で安全のための改革を行う必用があるのではないだろうか。

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2006年2月25日 (土)

憲法九条の酒

 毎日新聞2月25日付朝刊「雑記帳」より

 岡山県真庭市の蔵元「辻本店」(0867・44・3155)が来月1日、ラベルに憲法九条を書き込んだ純米の「九条酒」を発売する。 原料米の違う2本(各720ミリリットル)で3300円。うまみの中にキレがある雄町米に第1項、すっきり辛口の山田錦に第2項を印刷した。 きっかけは戦時中の反省。米不足から糖類などを添加した「三増酒」が生まれ、清酒離れの一因となった。蔵元は「平和こそ美酒の源」。

 何気なく新聞を読んでいたら何となく興味が湧いてきた。純米酒と憲法九条の取り合わせというのが面白い。確かに蔵元の言うように戦時中に開発された三増酒は今日日本酒の名を騙るまがい物の大部分を占めている。と言うか大手メーカーの酒の殆どはこれである。ベシャベシャして甘ったるく、飲んだ後で気分の悪くなる代物で、本物の日本酒と違い悪酔いや二日酔いが多い。なるほど平和な時代だからこそちゃんとした本物の日本酒が出来ると言えるのだなあ。先ず何よりもお酒が好きなので飲んでみたい。そして平和を訴える蔵元の意気に感じてしまった。ここ暫くお酒は控えているのだが、妻に頼んで許可を貰おうかなどと思ってしまう。(毎日新聞のサイトで検索したら、「雑記帳」はアップしていないようで記事は手入力している)

 発売元を検索してみたら、辻本店http://sakebox.ocnk.net/product-list/5と御前酒辻本店http://sakebox.ocnk.net/product-list/24の二店があった。どちらがどちらか、多分前者だと思うが、ハッキリ分からないので両方の店を掲載しておく。

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2006年2月24日 (金)

「帝国主義論」その5

 「『帝国主義論』その4」から少々間が空いてしまった。「現代帝国主義論Ⅱ」をようやく半分、第一章まで読み終えたところである。「三四郎日記」の方でも「帝国主義論争(帝国主義について~その5)」として私の記事に対する反論を書いて貰っている。その中で共産党と中核派との際だつ違いとしてでているのが、レーニン「帝国主義論」を現代に適用するかどうかと言う問題だと思う。先ず私が要点としてまとめた「レーニンが『帝国主義論』の中で述べたかったことは、資本主義社会の発達によって金融独占資本が社会を支配するようになり、その事によって自由主義段階から帝国主義の段階になっこと言うこと、帝国主義段階においては資源と市場の争奪を巡り少数の帝国主義列強による世界の分割支配が必然となり、発展の不均衡によって先行した帝国主義に対して後発の帝国主義が世界の再分割を巡って政治的・軍事的に挑戦すること、資本主義の矛盾は恐慌ではなく世界戦争の爆発によって「解決」される時代になったこと。そして帝国主義段階にまで発展した資本主義は寄生的で腐朽しており、労働者人民の手によって打倒されることによる共産主義社会の前夜とも言うべき状態であると言うこと。」については「アッテンボローさんがここでまとめられていることは、概ね正しいと思う。」「レーニンが述べているのは、資本主義の最高段階としての『帝国主義』論。その当時の分析としては、基本的に正しかったと思う。なので、拒否反応の示しようがない。ただし、レーニンのこの規定を現代の情勢分析にそのまま当てはめてしまうことに対しては、『拒否反応』を示してしまうかもしれない。」と答えているわけです。

 現代に帝国主義論が適用できないと言うことは、どういうことなだろうか。帝国主義は資本主義の最高の段階であることは認めて貰っている。と言うことは現代も帝国主義段階である。だが現代の情勢分析に当てはめることは出来ないのだそうだ。私はアジア諸国における日系資本による搾取について引用をした。この問題を小川さんは単に「この事実と、現状と『帝国主義』についての分析とは、直接的には関係がない。現状分析に『超帝国主義』が妥当かどうかと言う議論とも関係がない。逆に問えば、『資本主義的な労働者搾取が存在すれば、その時点で帝国主義なのか?』ということになろうが、そんなことはないだろう。」と書いている。だが実はこの事こそが帝国主義段階特有の搾取のあり方なのだ。「帝国主義論」第八章は「資本主義の寄生性と腐朽」という題である。レーニンは「帝国主義の最も本質的な経済的基礎の一つである資本輸出は、金利生活者層の生産からのこの完全な断絶をさらにいっそう強め、いくつかの海外諸国と植民地の労働を搾取することによって生活する国全体に、寄生性という刻印をおす」と書いている。つまり簡単に言うと日本などにおける産業の空洞化とアジア各国への工場の移転である。本国に於いては得ることの出来ない超過利潤を資本輸出によって得る段階が帝国主義のあり方なのだ。そして市場と資源と労働力を得るために生じるのが、帝国主義による世界の分割・再分割である。そしてこの分割のための戦争が帝国主義相互の物であれ帝国主義から植民地諸国・半植民地諸国に対する物であれ、帝国主義戦争なのである。

 共産党の反戦闘争が中途半端であることを指摘したことについて。私は「党員だけで10万以上の集会を開くことは十分可能」と書いた。「党員だけで」というのが主張の重要な点なのだが、小川さんには見落とされてしまったようで、「実際に全国規模レベルでは数十万人規模の集会は行われた。東京でも10万規模の集会は行われた。にもかかわらず、戦争は止められなかったし、直後の衆議院選挙では共産・社民など反戦勢力が議席を後退させた。」と書かれてしまった。共産・社民の03年衆院選の得票は覚えていないのだが、昨年9月の場合両党併せて800万票ほどあった。民主党・連合の影響下にあってもイラク侵略戦争に反対した労働者は広範に存在する。もしこの場合闘う指導部が存在していれば日本だけでも数百万人が参加する集会・デモ・ストライキを打つことの出来る情勢であったと思う。私はそれをして革命情勢と言ったのだが、小川さんは「2003年から2004年の情勢を『革命的』『革命に転化しうる』と見るのは間違っている。革命的な情勢ならなぜ今井君や高遠さん達に『自己責任』『非国民』などという罵声が浴びせられるのか?彼らの行っている活動こそ『革命的』ではなかったのか?」と情勢が巻き起こした反動を見て勝利の希望を見失ってしまっている。マルクスは「革命は密集せる反動を作り出し、これを打ち破って前進する」と語っている。革命情勢に於いては反動もまた激しくなるのだ。03年~04年の情勢は、反動の側の危機感を上回る戦闘意欲で立ち向かっていれば一気に革命情勢に向かうことが出来たであろう。当時の私はかろうじて現役活動家であったのだが、集会・デモには飛び入り参加者の数が組織動員された学生・労働者に数倍する物があった。中核派ですらそうであったのだ。共産党の方が参加しやすい運動の筈である。

 独仏がイラク戦争に反対した問題で言えば、「独仏がイラクに石油利権を持っていて、それが戦争に反対した要因の一つであることは認めるが、『参戦しなかった』最大の原因ではない。」というわけであるが、確かに当初反対していた独仏両国も最後には米帝に押し切られる形で戦争に協力した。そしてその事を持って、「『世界帝国主義は米英日を枢軸とする陣営と独仏を中心とする陣営とに分裂を始めているのだ。そしてそれは、労働者の帝国主義打倒の共産主義革命がない限り、必ず第三次世界大戦へと突き進んでいく』という中核派の見解は、事実誤認だ。」と言うのだが、独仏はイラクに有する権益を全部失うか少しだけでも残すかという二者選択を迫られ、後者を選んだに過ぎない。現時点での米英日枢軸との力関係から渋々イラク侵略戦争に協力する道を選んだのだと言える。今日独仏はEU独自のGPSをガリレオ計画として開発しているのだが、元々GPSは米帝が誘導兵器のために開発した軍事技術である。既に確立されている物を巨額の開発費を投じて構築しようとすることに、独仏が自前の誘導兵器を持とうとしていると見ることは出来ないであろうか。独自の経済圏としてのEUその物が実はブロック経済なのである。世界経済は既にブロック化による分裂過程に入っているのだ。

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2006年2月23日 (木)

南京事件、百人切り裁判勝利集会

 まっぺんさんの四トロ同窓会二次会掲示板より転載。

こんにちは、熊谷伸一郎@史実を守る会(明日発足)です。
重複投稿すいません、転送転載歓迎であります。

 南京大虐殺時に二人の日本軍将校が行なった殺人競争、「百人斬り」競争をめぐる裁判は、地裁ではジャーナリストの本多勝一さん側の完全勝利に終わりました。歴史改ざん派が控訴し、明日、東京高裁で第一回の法廷が開かれます。

 明日は裁判の進め方をめぐってアチラとコチラで議論が交わされることと思います。必見。ぜひ傍聴にご参加を!

 午後1時30分に抽選が行なわれますので、その前に東京地裁にお越しください。

 そして明日夜、「南京への道・史実を守る会」の発足集会を開催します!!入会希望者はもちろん、裁判を支援したいという方はどなたでも参加してください。
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南京への道・史実を守る会 発足集会

日時:2006年2月22日(水) 午後6時30分~
場所:JR水道橋駅徒歩1分・東京学院
地図:
http://www.kaigishitsu.co.jp/access.htm
参加費:無料(カンパ歓迎)

【内容】

講演「南京大虐殺否定派の動向と私たちの課題」
       ・・・俵義文(子どもと教科書全国ネット21事務局長)

・「地裁勝利の経過と今後の展望」・・・渡辺春巳(弁護士)
・「歴史改ざん派の主張を論破する(法律編)」・・・穂積剛(弁護士)
・「歴史改ざん派の主張を論破する(事実編)」・・・山森良一(弁護士)

挨拶・・・本多勝一(ジャーナリスト)、笠原十九司(歴史家)

  ▼会場にて本会に入会していただけます。
  ▼問い合わせ先・・・honda_sien-owner@egroups.co.jp
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kuma@office.email.ne.jp  熊谷 伸一郎 拝

 既に集会は終了しているのだが、右翼らによる歴史の改竄の動きに対して裁判所ですら歴史的事実として認めざるを得ない状況であると言うことでしょう。高裁に於いても完全勝利目指して闘おう。

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2006年2月22日 (水)

郵政民営化と局統廃合

 最近ようやく郵政民営化による郵便局の統廃合問題が話題に上るようになってきた。これは民営化法案成立を受けて新会社発足までに予定されている計画が報道されるようになったためだ。本当なら私のような郵便局員がもっと声を大にして訴えなければいけないことなのだが中々余力が無くて出来ないままでいた。一月に書いた「61臨大議案書を批判する」では、議案書の中で既に統廃合計画が発表されていたのだが、全国大会に向けた本部批判が中心であったために、統廃合計画の内容まで検証した記事ではなかった。議案書作成の日程から考えて昨年末には郵政公社側から計画が周知されていたはずなので、今更という感はあるが統廃合計画について検証してみたい。

 先ず現在報道によって話題になっているのは公社の間に行うべき集配局の集約化によって、現在約4700ある集配局の内約1000を無集配特定局に格下げし、集配の拠点局1100程度に纏めると言うことである。単純計算で3600局になると思われるかも知れないがこのうち2600局は仮称「前送施設」と呼ばれ内務事務については集配の拠点局、仮称統括センターに集中される。前送施設では集配事務のみを行うことになる。そしてこの前送施設については統括センターの局舎増改築などの作業の進展に会わせて段階的に廃止されていくことになっている。もしこの計画通りに進めば、集配局は約1100しか残らなくなる。貯金保険業務についても同様に民営化時点で約1000局を無集配特定局化し、残る3700局の中でも外務営業拠点とそれ以外に分けて統廃合を行うことになっている。郵便・集配に於いても貯金・保険に於いても外務員が所属する局は大量に廃止されることになる。

 具体的に発表されている統廃合に関して則して私が住み働いている近隣局の状況を見てみると。先ず私の住むA市のA郵便局は統括センターとして残るのだが、隣接するB市のB局は無集配特定局化される。また私が勤務するC市のC局は前送施設となるためいずれはA局に統合されて無集配特定局になる。更に隣接するD市のD局は、E町のE局とF町のF局を吸収する統括センターとなる。私の住む地域だけで四つの集配郵便局が無くなる。ではこの場合どの様なことが起きるのだろうか。私が勤務するC局では局から最も遠い担当地域まで郵便局の自動二輪で走って約30分を要する。C局からA局までの所要時間約20分を足すと、統合後には50分を要することになる。するとどうなるかというと郵便の場合翌朝10時までに配達するというビジネス郵便があるのだが、これが難しくなる。現状でもC局では二三通この郵便があるだけで担当者はきりきり舞いしているのだが、それが更に激しくなるわけだ。書留郵便物の場合夕方から夜間の再配達などが出来なくなるだろう。持ち戻りの書留についてはC局に内勤がいなくなるため、A局まで持ち帰ることになるので、お客さんが窓口で受け取る場合A局まで50分掛けて足を運んで貰うことになる。サービスの低下である。似たことは貯金保険でも起こる。パートなどに出ている方が出勤前の例えば9時半頃に集金に来て欲しいと希望しても、対応できなくなる。尤も公社の方針では集金業務の廃止が目標となっているのでいずれ全家庭に集金はなくなるだろう。

 私が勤務する局の管内では電車もバスも通っていないの所が多いので車に乗れないと大変であるが、老人だけの世帯が多いために交通手段がない場合も多々ある。タクシーを使って書留を取りに来たり貯金の出し入れに足を運ばなければならない人が増えるわけだ。まだ近隣の市町村に子供が住んでいる人ならば何日かに一度買い物などに車で連れて行って貰うことも出来るが、それすらできない人の生活はどうなるのだろうか。まだ私の地域は良いのだが、郡部になると、統括センターまで二時間三時間を要する。過疎地の荒廃が進むのは目に見えている。現在の国会では耐震偽造問題・BSE問題・官製談合問題・ライブドア問題の四点セットで本来ならば内閣総辞職になってもおかしくない状況であるのだが、民主党の不甲斐なさのせいで攻めあぐんでいる。小泉政権を退陣に追い込み、解散総選挙で与野党逆転を狙い、民営化法案の廃止・郵政民営化の中止を勝ち取るような取り組みが求められているのではないだろうか。

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2006年2月21日 (火)

今春闘での大幅賃上げを

 asahi.comより

今春闘、実質賃金改善など

柱 連合中央集会で確認

2006年02月03日21時40分

 連合(高木剛会長)は3日、東京都千代田区で、各産別労組を集めた中央集会を開き、今春闘では、実質賃金の改善、大手と中小企業の賃金格差の縮小、パートタイマーの時間給などの改善を主な柱に、経営側に求めていくことを確認した。

 高木会長は、企業業績が改善しているなかで、「格差社会の解消という社会的使命を担った交渉でもある。こんな条件のいいときに、成果を上げられないようでは労働組合失格と言われても仕方ない」などと述べた。

 昨日の朝日新聞においてもこの発言と同内容の記事が掲載されていた。連合結成以来、春闘における賃上げ要求は17連敗してきたと言える。文字通り「労働組合失格」である。連合はその結成当時に首相の竹下登から「抱擁したい」とまで言われた様に御用組合のナショナルセンターとして発足した。戦後曲がりなりにも階級的労働運動を掲げていた総評を解体し、現代の産業報国会を目指して結成されたのだからそれも当然の話である。国鉄の分割民営化によって20万の労働者が首を切られ、今日も1047名の闘争団・争議団が闘い続けていることに対しても取り上げないばかりか、バブル崩壊以来全産業で行われているリストラと称した大量首切りに対して、何か反対の取り組みでもしたであろうか?一切何もしなかった。昨年の連合大会では労働条件の改善などそっちのけで、改憲容認の路線を確認する始末である。職場労働者の怒りの声の前に、今頃になってアリバイ的に賃上げ要求を打ち出しているが、それとて今日の労働者の生活苦を改善する水準ではない。

 小泉内閣成立以来急速に広がる格差社会の現状は、止まるところを知らない。「中小企業と大企業との賃金格差も広がっている。資本金10億円以上と1億円未満の企業の従業員1人当たりの年収格差は、94年度は約260万円だったが、04年度は300万円近くになった。ここ数年、多くの大手企業はベアがなくても、年齢で自動的に上がる定期昇給は維持した。中小企業には定昇がないところも多い。」(asahi.com2月19日)「正社員と非正社員の格差も歴然としてある。04年のパート労働者の1時間当たりの賃金は男性1012円、女性904円。いずれも男性正社員の賃金の半分程度にすぎない。連合の調査では、勤続年数に応じて正社員の給与は伸びるが、派遣やパートはほぼ横ばい。勤続年数を経るごとに格差は広がる。」(同)低所得者層の割合も増大し、企業業績が向上し、景気が上昇しているとは言う物の、それは極一部の大資本に限られているし「労働政策研究・研修機構によると、製造業の就業者1人当たりの生産性は00年から04年までに10%上昇した。ただし、それは前向きな理由ではなく、『労働コストの削減によってもたらされたところが大きい』(宮川努・学習院大経済学部教授 asahi.com2月19日)「労働コストの削減」とはつまり連合が企業防衛主義の立場から労働条件切り下げに協力してきた結果である。

 もはや連合指導部をこのままにして置いては労働者総体の生活が成り立たないのだ。今春闘での賃上げ要求の低さはなんだ。大手企業に於いてすら僅かに1500円~2000円である。これっぽっちで労働者の生活が改善されるとでも言うのか。小泉政権が行っている医療制度改悪・年金制度改悪・社会保障制度の破壊の攻撃による国民負担増大の前にそんな物は吹っ飛んでしまう。労働者に必用なのは大幅な賃上げである。それもこの十数年の間に奪い去られた分を取り返す数万単位の賃上げでなければならない。連合指導部の春闘をお飾りにする方針に対して、現場の労働者は徹底弾劾の声を上げよう。現場から労働貴族共に対する追及を行い、今年こそ生活改善に繋がるような賃上げを要求しよう。

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2006年2月20日 (月)

うちはだいこ氏への絶縁状

 「日本国憲法擁護連合」こと「うちはだいこ」の執拗な書き込みと私への妄想をも含む批判・罵倒が度重なることに対して、とうとう堪忍袋の緒が切れました。今後一切私のブログに書き込みすることをお断りする。

 昨日、うちはだいこの書き込みへの返信として「日本国憲法擁護連合さん、色々賛同いただいて有り難うございます。ただ予め御願いしておきたいのですが、他の方が書き込みにくくなりますので独演会だけはしないで下さい。それと以前『内ゲバ』問題で色々と私に対して熱田派に接近するような人間は動労千葉へのリンクなどを外すべきだ等々の批判をされていましたが、その辺について何か仰ることはありませんでしょうか。」と書いたことに対して、本日正午頃にメールで回答があった。私信であるので公表しないが、内容はブログで謝罪などをすることはしないと言うこと、私の除名について妄想に基づく邪推からの批判、等である。

 私はこれまで左翼陣営における意見の相違として彼の批判に対して出来るだけ真摯に対応してきたつもりである。右翼に対する場合と違い人格についての批判は慎むように努力してきた。昨日の返信でも極めて穏やかに問いかけたつもりである。一言、言い過ぎたとして謝れば水に流すつもりであった。常連の皆さんであれば、彼の今までの書き込みの内容をご存知であろう。文体と粘着性からの推測で確証はないが「イスクラ」ブログ上においても私への罵倒を繰り広げているのは彼であろう。もうこれ以上我慢することは出来ない。私はうちはだいこに対してアクセス禁止の措置を執ることにする。

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反基地世論の成果か?

 沖縄県の下地島空港の利用を米軍が通知していた件で様々な反対の行動が行われていた。琉球新報のサイトによると昨日の時点で米軍は空中給油で燃料補給を行い、実際に下地島空港を利用することなくフィリピンへと去ったという。残念ながら琉球新報の今朝の最新記事はコピペが上手くできなかったので掲載できないが、沖縄タイムスの昨日朝刊の記事を張っておきます。

下地島使用を再通知/きょう午後、米空軍3機
地元「嫌がらせ」

 米空軍嘉手納基地は十八日、事前に通知していた下地島空港への同日の飛来を取りやめ、十九日正午から午後一時までの間の使用を県に再通知した。

 県基地対策課は使用の自粛を口頭で要請。宮古島でも同空港の軍事利用に反対する声が高まり、伊志嶺亮市長は「こちらの反応をうかがうようなやり方で、嫌がらせのように感じる」と強い不快感を表明した。

 同空港をめぐっては、軍事利用の可能性を指摘した航空自衛隊那覇基地司令の発言があったばかり。

 同空港には十八日昼前から抗議のため市民団体や宮古地区労など労組のメンバー十数人が急きょ集まった。十九日には規模を拡大して抗議行動を展開する予定で、司令発言と併せて六団体による抗議声明も発表する。

 県空港課によると、いずれも嘉手納基地所属のHH60二機とMC130特殊作戦機一機。前日通知の空中給油機は含まれていないが、理由は明らかにしていない。

 嘉手納基地からフィリピンのクラーク基地へ行く途中で「天候不良など空中給油のできない場合にのみ空港を使用して給油を行いたい」(同基地)としている。

 十八日昼前に抗議に訪れた下地島空港で宮古地区労の小禄雅夫事務局長は「昨年の旧伊良部町民大会であれだけ大きな反対行動があったのに、住民を無視した軍事利用には強く抗議したい」と語った。

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 追記。2月20日付沖縄タイムス朝刊を転載します。

下地島空港誰のもの? 「軍」わが物顔
通知二転三転結局使用せず

 米空軍嘉手納基地は十九日、事前通知していた下地島空港の使用を取りやめた。同日午前、フィリピンのクラーク基地に向けて同基地を飛び立った米軍機三機が空中で給油を行ったため。結局、下地島空港への着陸はなかった。だが、天候不良などを想定した「予備的通知」の側面が浮上したことに市民、労組団体は警戒感を強めている。三度にわたる使用通知、自衛隊幹部の軍事使用を望む発言など同空港の軍事利用を探る動きが活発化。地元は「住民の意思を無視した米軍、自衛隊の軍事利用は許さない」と反発している。

 この日、米軍が指定したヘリ二機と空中給油機一機の使用時間は正午から午後一時の間。「天候不良など空中給油できない場合にのみ」としており、使用の可能性は低いとの見方もあった。だが、前日に続き予定時間前には宮古本島を含め約二十人が抗議のため集まった。

 正午すぎに同空港事務所に「使用しない」との連絡があった。その後、空港で待機していた市民団体のメンバーらは反対集会を開いた。

 「軍事利用に反対する伊良部住民委員会」の福島正晴委員長は「米軍機が飛来しなかったことはいいことだが、下地島空港は常に米軍、自衛隊に狙われている」と継続的な反対運動の必要性を訴えた。連合沖縄宮古地区協議会の根間修副議長は「政府があきらめるまで粘り強く反対運動を続けたい」と語気を強めた。

 同空港は国と県が交わした「民間以外は利用は認められない」との「屋良確認書」がある。だが、市民団体などは同空港と残地の平和利用が具体的に提示されるまで、軍事利用の不安は払拭できないと懸念している。

 抗議集会で宮古島市の亀浜玲子市議は「平和利用を実現するため議会と行政が一緒に取り組むべきだ」と、平和利用策の早期実現を訴えた。

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2006年2月19日 (日)

「帝国主義論」その4

 レーニンが「大国主義論」の中で述べたかったことは、資本主義社会の発達によって金融独占資本が社会を支配するようになり、その事によって自由主義段階から帝国主義の段階になっこと言うこと、帝国主義段階においては資源と市場の争奪を巡り少数の帝国主義列強による世界の分割支配が必然となり、発展の不均衡によって先行した帝国主義に対して後発の帝国主義が世界の再分割を巡って政治的・軍事的に挑戦すること、資本主義の矛盾は恐慌ではなく世界戦争の爆発によって「解決」される時代になったこと。そして帝国主義段階にまで発展した資本主義は寄生的で腐朽しており、労働者人民の手によって打倒されることによる共産主義社会の前夜とも言うべき状態であると言うこと。乱暴に纏めたと言われるかも知れないが、これが結論であると思う。この一連の記事について、私はレーニンの引用などから読み取ってもらうつもりで出来るだけ直接表現しない形を取っていたが、コメントの中に結論を急ぐ方もあるので明確に書くこととした。唯、この事で危惧するのは例えば小川さんを始めとする共産党影響下の人々などが拒否反応を示してしまうのではないかと言うことである。

 「三四郎日記」の小川さんとの論議の中で、「カウツキー主義」を巡るやり取りがある。小川さんは現代を帝国主義の段階として捉えているのではないようで、「超帝国主義」的に「WTO体制やEUなどは“『先進資本主義』諸国による共同搾取”なのではないですか?」と、帝国主義同士は相争わずにいることが出来ると考えているのではないだろうか。また「グッバイレーニン! (帝国主義について~その4)」「レーニンの時代にあっては、カウツキーの『超帝国主義』なるものは『将来に想定されたもの』『空想』の域を出ないものだった。そのようなものは『理論』とはとうてい言えないし、現に帝国主義戦争が行われている段階でそのような理屈を持ち出すことは、革命運動に対する妨害でしかなかった。
現代の〈帝国〉状況は、それがたとえ『カウツキー主義的』だろうがなんだろうが、目の前で『アメリカ帝国主義』の侵略政策が展開されている以上は、そのようなもの(超帝国主義的なもの)として見る以外にあるまい。むしろ、レーニン的な『帝国主義論』に固執する方が、『運動を武装解除する』事になりかねない。このことを端的に示したのが先のイラク戦争だった。
アメリカは、イギリスを従えてイラク侵攻を強行したわけだが、ドイツとフランスは明確に反対した。ドイツとフランスが自国の経済的利害から戦争に『反対』したのではなかったことは周知の通りである。しかし、ドイツ・フランス両国民の『反戦』への強い意志(大規模で継続的なデモ)が、独仏両政府を『反戦』へと動かしたのである。」
と書いている。

 先ず、百歩譲って「超帝国主義」的に帝国主義による共同搾取が実現可能であったとしよう。では現実に起こっていることはなんであろうか。フィリピンにおいてはトヨタ自動車の現地法人での労働争議が巻き起こっているのだが、それに対してトヨタ本社の指示による第二組合結成の動きや組合破壊の攻撃がかけられている。「トヨタ争議つづく」(レイバーネットより)また、「現代帝国主義論Ⅱ」(島崎光晴著 前進社刊)からの孫引きで申し訳ないのだが「労働者にとって給料日は、しばしばミステリーの日である。河南省のある女性労働者は『一ヶ月分の賃金として、私たちがどれだけの額を支給されるか、まったくわからない状態なのです』と語った。このミステリーは、賃金が複雑なポイント制で決められていることによる。繊維工場のある女性労働者は、一ヶ月分の労働に対する報酬がゼロだっただけでなく、逆にその月の支給額の三分の一を債務として雇用者に負っていることを知らされて愕然とした。労働者が自分の生産高や賃金計算の資料を見ることが禁じられているために、彼女は抗議しようにも弱い立場にあり、他の労働者の賃金と比較することさえできなかった」「食事中の私語の禁止、工場=寮複合棟内では床の印に定められたルートに従って歩くこと、特別な許可がなければどんな時間帯でも工場・寮施設から出てはならないこと、妊娠・結婚・婚約の禁止等々。ある工場では勤務時間中にトイレに行くために一日二度以上席を離れた者は、月給の五分の一を罰金として徴収するとされている。こうした規則を破れば、罰金だけでなく、体罰や嫌がらせを受けたり、あるいは二週間分の賃金を退職金として、解雇されることもある」(中央公論97年5月号)そしてこの様な日系企業に対して中国珠海(チューハイ)のキャノン・松下などでのストライキが深チェン経済特区にまで飛び火したことに対して対して、広東省公安当局を動かしてストの指導者を捉えさせ、死刑にさせている。(「最新東洋事情」95年版)インドネシアにおいてもトヨタの現地法人での賃上げ要求ストに対して、会社が雇った暴漢数百人が襲撃を掛け二人が殺され数十人が重軽傷を負う事件も起きている。(「エコノミスト」01年5月22日号)等々。こういったアジア各国への搾取は帝国主義同士が戦争さえしなければ許されるのであろうか?昨年春の中国における大規模な反日デモにおいてはこれらの事情を背景として日系企業が襲撃を受けたが、それらに対して鎮圧を要求することは許されるのだろうか?私は絶対許してはならないと思う。

 次に、イラク侵略戦争がアメリカによって行われたことに対して、それを「超帝国主義」的な物として見るというのは混乱ではないだろうか?この混乱は共産党が91年の中東湾岸戦争においてもイラク侵略戦争においても帝国主義戦争ではないという見解を示していることから来ている。小川さんの論理で行けばアメリカのイラク侵略戦争は「帝国主義的政策」だが帝国主義戦争ではないと言うことになる。帝国主義が行う戦争のすべては帝国主義戦争だというのが本来の共産主義の考え方ではないだろうか。そして、レーニンは帝国主義戦争に対しては、取りうるありとあらゆる手段を講じて反対を貫くことを主張している。レーニンの立場に「固執」することがどうして「運動を武装解除する」論理になるのかについても説明が不十分である。寧ろ問題は逆であり、レーニンの立場に立てないからこそ共産党の反戦運動は中途半端な物でしかないと言えるだろう。何故なら共産党は40万人の党員を抱えているのであるから、もし本気で反戦闘争を行うのであれば党員だけで10万以上の集会を開くことは十分可能である。それだけではない。全労連は100万以上の労働者を組織している。生協や民商・民医連などを通じて影響下にある労働者市民の数は数百万になるのだ。だがしかし共産党は侵略戦争反対のストライキ一つ提起しなかった。何故ならその事が日本においても革命情勢を迎えることに恐怖しているスターリン主義の本質があるからだ。日和見主義というのは闘うべき時に闘うことが出来ない者のことを言うのである。

 三番目に独仏における政府のイラク戦争反対の動機と、民衆の間に広範にあった反戦意識と運動の高揚とを混同していることである。独仏帝国主義は中東湾岸戦争後経済制裁を受けていたイラクと接近し、石油利権を確保していた。それは莫大な借款を伴っており、イラクフセイン政権は決済手段をドルからユーロに変更しようとしていた。米帝にとっては戦後の中東石油支配体制の崩壊と基軸通貨としてのドルの地位の一層の低下をもたらすこの事態を見逃すことができなかった。だからこそ「大量破壊兵器」をでっち上げてイラク侵略戦争を強行したのである。そして独仏帝国主義にとっては戦争を通じてイラクフセイン政権が崩壊することで自らが確保する権益を失うことを恐れたからこそ戦争に反対していたのだ。英帝、スペインにおいても膨大な民衆が反戦闘争に立ち上がっていたにも拘わらず英西両国はアメリカに荷担して侵略戦争に突進したことを見れば、単に民衆の反対の意志を政権が尊重したのではないことが分かるであろう。今日の世界帝国主義は米英日を枢軸とする陣営と独仏を中心とする陣営とに分裂を始めているのだ。そしてそれは、労働者の帝国主義打倒の共産主義革命がない限り、必ず第三次世界大戦へと突き進んでいくのである。

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2006年2月18日 (土)

今頃XP

 昨日のことである。お気に入りのネットゲームアスガルドに繋ごうとしたところバージョンアップの必用があるとなっていたのでそのまま手続きをしようとした。処がである、その作業の最中に愛機が固まってしまった。中断の続きが出来ないために一旦組み込んであるアスガルドを削除して入れ直すことにした。PC総合最適化ソフトとやらを使って削除して、組み込み作業を始めたところ何故かWindowsの一部が欠損しているために上手く行かない。数回試したがやはり出来ない。ちょうど五年前に購入したままのWindowsMeの動作が不安定になっていたためであろう。

 そこで昨夜というか今朝四時頃に諦めて、今日は近所の家電量販店でXPを購入してきた。少なくともMeより安定性が良いと聞いている。ついでに書店で解説書も購入し、万全の体制を整えたつもりでアップグレードに取りかかった。だがしかし、またしても上手く行かない。組み込み作業の途中で大事だと思われるファイルを写してくれない。時々セキュリティソフトが干渉しているようなので、無効化し再挑戦。それでもやはり上手く行かない。そう言えばPC総合最適化ソフトの説明書には、Windowsを入れ替える場合には前もって削除するようにとの注意書きがあった。で、その指示通りに操作する。今日の午後二時頃から始めた作業が何とか完了したのは九時を回ってからのことである。だが、我が愛機に起こったトラブルはそれだけではなかったのだ。

 何処がどうなっているのか分からないのだがテンキーでの入力が出来ない。メールにアクセスするためにパスワードを打ち込もうとしても上手く行かないのだ。仕方ないのでココログを立ち上げ、記事作成画面で一旦パスを打ち込み、それをコピーしてからパスワードとして貼り付けた。いつもなら私はパスワードを始めとするローマ字入力の際にはATOKからOAKに切り替えて入力するのだがそれも出来ない。パソコンに弱いくせに色々自分でしようとするからいけないのだろうが、困ったことである。多分おそらく今夜も遅くまで解説書に首っ引きで解決策を調べることになりそうである。

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2006年2月17日 (金)

今日の献立

 妻が「おいしい!100円おかず便利帳」(主婦の友社)という本を買ってきたのは先月のことである。副題が「いつもの材料23種 使いきりレシピ372」と言う物である。妻が食料品を買うときの癖というか習性は、その日どんな料理をするかをあまり考えずよく使う食材を適当に買いそろえるという物だ。ある物で工夫するとか言うことはあまりない。家族が食べる分量なども考えずに買い物し、料理するので無駄が非常に多い。冷蔵庫の中で腐った胡瓜が溶けていたり、賞味期限を過ぎた竹輪だのなんだのがしょっちゅう見つかる。上記の本を買ってきたのはそんな自分の悪癖を直すために料理の手持ちを増やすのだろうと思っていた。

 処がである。妻は一向にこの本を使おうとしない。買っただけかい、と思っていたら何と「お父ちゃんこれ見て作って」である。おいおーい。そりゃあ私は大抵の家庭料理なら本を見れば作れるけれど、自分のために買ったんと違うんかい。と言うわけで私のレパートリーが増える運びとなっているのだが。妻が適当に買ってきた食材を前にして、材料ごとの索引を引く。するとその材料で出来る料理のレシピが色々載っているのである。昼寝から覚めた私は冷蔵庫とその周囲に点在している野菜などを調べ、本を見て何を買い足せば料理が出来るか考える。白菜とキャベツがあるのでそれを中心とした献立に決めた。

 一品目はキャベツと挽肉のトマト煮である。鍋でお湯を沸かして沸騰したところで挽肉400㌘を投入し、煮立ったところで灰汁を掬う。キャベツ半分をざく切りにし、タマネギ一個も適当に一口大に切る。小ぶりのトマト5個も刻んで野菜を鍋に入れ柔らかくなるまで煮込む。塩小さじ1と醤油を適当にかけ回し、火を止めたところでピザ用チーズをどっさり振りかける。二品目は白菜の明太子マヨネーズ和えである。冷蔵庫で見つけた賞味期限が昨日で切れている竹輪も使うことにする。白菜を二三㌢幅に切り、電子レンジで4分加熱する。レシピでは湯がくようになっているのだが、ゆで汁に栄養が流れ出てしまうのが勿体ないのでレンジを使う。一㌢幅に切った竹輪を入れ、明太子一つをほぐしてマヨネーズで和える。たったそれだけである

 これに、昨日の残り物のきんぴらゴボウと厚揚げと白菜のスープ煮を温めて食卓に並べた。後者は昨日不人気であったので、私が責任を持って平らげることにした。一応作り方を書いておくと、白菜のざく切りをサラダ油を熱した鍋で炒め、そこに牛乳約400㏄と水1カップを入れ中華出汁の素を入れてコトコト煮込む。適当に切った厚揚げを加え中火で煮込む。塩コショウで適当に味を調え、水溶き片栗粉を加える。レシピによるとざく切りにした芹一束を入れるのだが、無かったので省略した。調理方法を書いた三品はいずれも妻が買った本に載っていた料理を適当に作った物である。かくして私のレパートリーは増えていくのであった。

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2006年2月16日 (木)

「帝国主義論」その3

 「『帝国主義論』その1」でTAMO2さんの労作である電子化された「帝国主義論」(国民文庫)を使用させていただいたところ、フォントの修整が上手く行かなくて読みづらくなってしまいました。時間がかかっても自分で入力した方が良さそうなので、今後は手を抜かないようにします。「『帝国主義論』その1」ではレーニンによる帝国主義の経済的指標について触れ、「『帝国主義論』その2」では今日の帝国主義を語るときに避けることの出来ない新植民地体制について簡単に述べました。今日は帝国主義が単なる政策であるのかそれとも資本主義の発展段階としての必然であるのかについて述べたいと思います。

 中核派の時代認識は「段階・過渡・変容・危機」という表現で表されるのですが、今日は資本主義社会が最も発達した帝国主義段階であり、それが1917年のロシア革命によって世界革命の過渡期に突入したのだが、革命ロシアのスターリン主義的変質を基礎として帝国主義とスターリン主義との相互依存の世界に変容した。だがしかし帝国主義の基本矛盾とスターリン主義の根本矛盾とはそれぞれ激化し、帝国主義は再び危機の時代を迎えているという物です。つまり今日の資本主義も依然として帝国主義段階にあるというのが基本認識であるわけです。

 それに対して「三四郎日記」の小川さんのまとめによると「日本共産党は、親綱領でアメリカのみを『帝国主義』と規定し、『英仏独や日本などは独占主義国ではあるが、だからといってその国が即ち帝国主義ということではない。独占資本主義国が侵略的な政策をとっていると認められる場合にのみ、当該国を“帝国主義”と呼ぶ』という立場をとっている。」と言うことなのですが、その場合帝国主義とは政策の問題になってしまうわけです。高度に発達した資本主義が帝国主義として侵略戦争を始めとする様々な手段を用いて領土の併合を、あるいは政治的経済的に支配する事が全て政策になってしまう。つまり帝国主義的侵略政策を取るかどうかはそれぞれの資本主義諸国の選択であるという論になるわけです。この事について共産党の前議長である不破哲三に付いてのコメントを引用します。「不破は2004年の綱領改悪に対し、『レーニンの示した5つの指標のうち、5番目がなりたたない。植民地は消滅した。よって、帝国主義という言葉は政策の問題である。』といい、また、『昔は、こんなことでカウツキーだとよく論戦したものだ』などと、ご丁寧に自分がカウツキー的な思想に転落したことを自白しています。では『新植民地主義』はどうなるのかというとこれもまた、綱領からこっそりと姿を消すように小細工しているのです」

 レーニンによるカウツキーへの批判では「カウツキーは(略)帝国主義は、経済の一『局面』あるいは段階と理解するべきではなくて、政策とすなわち金融資本が「好んでもちいる」一定の政策と、理解すべきである。帝国主義と『現代資本主義』とを同一視してはならない。もし帝国主義を『現代資本主義のすべての現象』--カルテル、保護政策、金融業者の支配、植民政策--と理解すると、資本主義にとっての帝国主義の必然性の問題は、『最も月なみな同義反復』に帰してしまう。なぜなら、そうすると、『帝国主義は、当然、資本主義にとって死活の必用物だ』ということになるからである」「ことの本質は、カウツキーが帝国主義の政策をその経済から切りはなし、併合を金融資本の『好んでもちいる』政策と説明し、この政策に、金融資本というこの同じ基盤のうえで可能であるという他のブルジョア的政策を対置していることにある。これでは、経済における独占が政治における非独占的な、非強圧的な、非侵略的な行動様式と両立しうることになる。また、ほかならぬ金融資本の時代に完了し、最大の資本主義諸国家のあいだの競争の現代の形態の特異性の基礎をなす地球の領土的分割が、非帝国主義的政策と両立しうることになる。こうして、資本主義の最新の段階の最も根本的な諸矛盾の深刻さをあばきだすかわりに、それらを塗りかくし、鈍く見せることになり、マルクス主義のかわりにブルジョア的改良主義が得られるのである。」

 帝国主義が資本主義の発展による必然的な段階でないとし、あたかも「先進資本主義」諸国による共同搾取が可能であるかのように言いなす「超帝国主義」こそ、かつてカウツキーが主張し、現実に起こった第一次世界大戦によって破産した理論である。そして今日共産党の理論はこのカウツキーの焼き直しに過ぎない物であると言うことなのだ。

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2006年2月15日 (水)

りなちゃんとチュー

 「今日な、りなちゃんとチューしてん」夕方、息子が言う。「何処にしたん?」と私が尋ねる。「口でした。父ちゃんもりなちゃんとチューしたい?」「お父さんはいいよ。お母さんとチュゥーしたい。○○はりなちゃん好きなんか」「りなちゃんとまなちゃんとすずねちゃんと好きやねん」ウーム羨ましい。「何してるときにチューしたん?」と尋ねると「椅子に座っているとき」「いやがらへんかったか」「うん」ますます羨ましい。

 息子は私にもりなちゃんとチューしたらなどと言ってきたが、そんなことをしたらロリコンの危ない小父さんになってしまう。子供って無邪気でいいなあ。お前なんかなー、お前なんかなー、りなちゃんちへでも行ってしまえ。内心毒づくだけでなく口に出して言っている。妻からは「お父ちゃん羨ましいだけやから放っとき」と言われてしまう。「ええよ母ちゃんとチューするから」というと即座に「やなこった」と返事が返ってくる。「ほな□□ちゃんとするから」すると次女は「ちゃんと仕事行って、酒もタバコも止めたらしたるわ」肩身が狭い。

 明日は息子の生活発表会という保育参観の日である。私としてはどの子がりなちゃんなのかしっかり確認しようと思ってしまう。ちゃんと朝から起きられるかな。何せ今日は朝起きて妻と息子と次女とを見送った後で、布団に潜り込んで夕飯まで寝ていたのだから。お気楽な生活が続いているが一体いつまで休暇が続くやら。早く健康になりたい。

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2006年2月14日 (火)

「帝国主義論」その2

 昨日に続いて帝国主義論について考察しようと思う。最初に断っておかなければならないのが、中核派の理論上の最新の成果である「現代帝国主義論Ⅱ」はまだ手元にないために現時点で私が書けるのはレーニンの本を基本通りに読むことである。20年前に出た「現代帝国主義論」は引っ張り出せない状態になっているので今回はあまり触れることが出来ない。

 早速脱線することを許して欲しいのだが、第二次世界大戦の後にアジアアフリカにおいては多数の植民地が独立を回復した。その為にそれ以前の植民地体制がいったんは崩壊することになる。だがしかし政治的には形式上の独立を回復した諸国も、経済的には諸帝国主義に従属し、経済を通じて支配される新植民地主義体制という物が出来上がった。日本も戦後補償の一環としてアジア諸国に様々な経済援助を行うことを通じて経済的にアジア諸国の政権を支配し、資本の輸出を行ってきた。ODAの殆どが「紐付き」と言われる状況であった。最も身近な隣国である韓国についても65年の日韓条約から始まる経済侵略があるわけだが、当時の韓国の政治状態は軍事独裁体制であった。

 20代の若い方には分かりづらいかも知れないので簡単に韓国の現代史について触れたい。先ず日本の支配が終了した敗戦の45年以降、朝鮮軍と関東軍との管轄の境界である38度線を境に関東軍の後にソ連軍、朝鮮軍の後に米軍が進駐する。朝鮮における対日独立運動の中ではソ連の影響力が強く、当初は統一選挙を行って朝鮮人民共和国という国家が建設される予定であった。それに対してアメリカが反共主義の政策上南半分で独自の選挙を行い大韓民国を樹立する。初代大統領は李承晩(イスンマン)である。それに対抗してソ連も北半分で金日成による朝鮮民主主義人民共和国を成立させ、今日の半島における分断体制が築かれる。反共国家を強権で築いた李承晩は60年の4・19学生革命で打倒されるのだが、それも長くは続かず朴正煕(パクチョンヒ)のクーデターで軍事独裁政権が成立する。79年の朴正煕暗殺の後、民主化が訪れるかと思われたが全斗煥らによる粛軍クーデターにより再び軍事独裁政権となる。朴政権と全政権を政治的経済的に支えたのは日米両政府であった。そしてその体制下で日本は韓国の低賃金を目当てに資本輸出を行い多大な超過利潤を得ることが出来た。

 80年代後半の民主化闘争の過程において、最初に立ち上がったのは学生であったがその闘いは労働者にも波及する。労働条件の改善と賃上げを求める広範な闘いが巻き起こる中で日本企業はその工場をタイや中国などに移転し始める。アジア渡り鳥企業と呼ばれる物が多数合った。例えば私自身が支援に参加したアジアスワニーという企業の労組の場合、元々四国で工場を持っていた企業が低賃金に目を付けて韓国に工場を建設するのだが、諸要求の前にFAX一枚の通知で工場閉鎖と全労働社の解雇を通知したことから労働争議が始まる。80年代後半にはその様な争議が多数巻き起こり、日本の本社に対する抗議行動に来日した韓国の労働者と日本の労働者との支援共闘が各地で築かれた。韓国政府は労働運動を弾圧することで日系企業が他のアジア諸国に移転しないようにしようとしたため、政府と親会社双方を相手取った困難な闘いが粘り強く行われた。今日でもサムスン電機などは韓国を代表する電機メーカーなのであるが、その工場で使われている部品の大部分は日本から輸入した物で、仕入れ高は1兆円に上り対日赤字の総額と同じである。今日でも韓国企業は様々な形で日米の資本に従属しているのだ。

 この様な新植民地体制諸国の問題を抜きに「植民地が無くなった」等と言って戦後の資本主義が帝国主義ではなくなったかのように言いなすのは全くおかしな事ではないだろうか。韓国における軍事独裁政権については岩波新書「韓国からの通信」第1集~第4集を是非とも読んでいただきたい。また「書評日記 パペッティア通信」で紹介されていたのだが「韓国現代史」(岩波新書)も中々勉強になりそうである。先日取り寄せたのでなんとかして早く読もうと思っている。次回以降はまた「帝国主義論」に則して記事にしたい。

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2006年2月13日 (月)

「帝国主義論」その1

七 資本主義の特殊の段階としての帝国主義

 いまやわれわれは一応のしめくくりをし、帝国主義について以上に述べたことを総括してみなければならない。帝国主義は、資本主義一般の基本的諸特質の発展および直接の継続として生じた。だが資本主義が資本主義的帝国主義になったのは、やっとその発展の一定の、非常に高い段階でのことであり、資本主義のいくつかの基本的特質がその対立物に転化しはじめ、資本主義からより高度の社会=経済制度への過渡期の諸特徴があらゆる面で形成され、表面に現われたときのことである。この過程で経済的に基本的なのは、資本主義的自由競争に資本主義的独占がとってかわったことである。自由競争は資本主義および商品生産一般の基本的特質である。独占は自由競争の直接の対立物であるが「この自由競争が、大規模生産をつくりだし、小規模生産を駆逐し、大規模生産を巨大な規模の生産によっておきかえ、生産と資本との集積を、そのなかから独占――カルテル、シンジケート、トラスト、および、幾十億の金をちごかすおよそ一〇ほどの銀行の、これらと融合した資本――がすでに発生し、いまも発生しつつあるほどにまでみちびき、こうしてわれわれの目のまえで独占に転化しはじめたのである。それと同時に、独占は、自由競争から生長しながらも、自由競争を排除せず、自由競争のうえにこれとならんで存在し、そのことによって幾多のとくに先鋭で激烈な矛盾、あつれき、衝突を生みだす。独占は資本主義からより高度の制度への過渡であるもし帝国主義のできるだけ簡単な定義をあたえなければならないとしたら、帝国主義とは資本主義の独占段階である、というべきであろう。この定義は最も主要なものをふくんでいるであろう。なぜなら、一方では、金融資本は、産業家の独占団体の資本と融合した、少数の独占的な巨大銀行の銀行資本であり、他方では、世界の分割は、まだどの資本主義的強国によっても略取されていない領域へ妨げられずに拡張しうる植民政策から、くまなく分割された領土の独占的領有という植民政策への移行だからである。」「つぎの五つの基本的標識をふくむような、帝国主義の定義をあたえなければならない。(一)生産と資本との集積が、経済生活で決定的な役割を演ずる独占をつくりだすほどに高い発展段階に達したこと。(二)銀行資本と産業資本が融合し、この「金融資本」を基礎にして金融寡頭制がつくりだされたこと。(三)商品の輸出とは異なる資本の輸出がとくに重要な意義を獲得しつつあること。(四)世界を分割する資本家の国際的独占団体が形成されつつあること。(五)最大の資本主義列強による地球の領土的分割が完了していること。帝国主義とは、独占体と金融資本との支配が形成されて、資本の輸出が顕著な意義を獲得し、国際トラストによる世界の分割がはじまり、最大の資本主義諸国による地球の全領土の分割が完了した、そういう発展段階の資本主義である。」以上TAMO2さん作成による電子化された「新訳 帝国主義論」(国民文庫)より引用。

 私の記事にしては引用が非常に長い物になりました。普段は自分で入力しているので、引用は出来るだけ短くしているのですが、今回はTAMO2さんの労作の力をお借りしました。嗚呼スキャナーが欲しい。年初以来国会では四点セットと言われる問題が小泉政権を揺るがしているわけであるが、その「耐震偽造問題」「BSE汚染牛肉輸入問題」「ライブドア問題」と並んで「官製談合」問題がある訳なのだが、談合という物は実は全ての産業において行われていると言っても良いのではないだろうか。高度に発達した独占企業体によって、例えば今日においても金融資本による寡頭支配は行われている。10年ほど前までは都銀と長期信用銀行などは20行体制と言われていたのだが、今日では都銀は四大グループに集約されている。そしてその下に地銀・第二地銀・信金・信組が資本の系列下によって纏められている。日本が金融独占資本の支配する資本主義であることについては異論がないのではないかと思う。

 レーニンが定義した帝国主義の五つの特徴の内、(一)~(四)までについては今日の日本においても十二分に当てはまるように思うのだが、例えば共産党と中核派とでは(五)についての分析が大きく違っているように思う。「領土的分割」の問題である。共産党の場合には実際に軍事的な侵略が行われているかどうかについて非常に狭い範囲で解釈しているようなのであるが、第二次世界対戦終了以降についても、例えばフランスによるベトナム侵略戦争・スエズ動乱における英仏の軍隊派遣・マルビナス戦争における英国とアルゼンチンとの間の戦争・セルビア・モンテネグロを巡る米英仏独の軍事占領などは帝国主義的侵略戦争ではなかったのだろうか?私はこれらは全て米帝以外の「帝国主義諸国」が参加した物であると思うのだ。共産党がアメリカのみを帝国主義と規定するのであれば上記の戦争についてどの様に規定するのかが問題となる。勿論単独で侵略戦争を行いうる力量があるかどうかとなった場合には異論があるだろう。だがその場合には米帝ですら、中東湾岸戦争およびイラク戦争において単独では行動できなかったという帝国主義総体の弱体化が問題になるのではないだろうか。

 レーニンが「帝国主義論」を書いてから既に九〇年の歳月が過ぎているため、全ての内容を教条主義的に当てはめた場合には誤りが生じる可能性は大きい。だが、その事を拡大しすぎて全てが今日の大国主義に適用できないという考え方もまた大きな誤りを含んでいるように思う。一番問題となるのは唯一アメリカのみが帝国主義であったとした場合に、その事で帝国主義戦争が無くなると言えるのかと言うことだ。現実には多くの帝国主義を巻き込む形で戦争は起こっている。共産党の理論からすると日本はアメリカの植民地的従属国になるようである。英仏独などに対する規定はどうなっているのであろうか。NATOを通じて米軍が駐留していることからこれらの国々も植民地であるのだろうか?独仏はイラクにおける権益を守るためにイラク戦争に最後まで反対したがその事によって独立国となるのであろうか?勉強不足が災いしてこの辺の問題について私には分からない問題が非常に多すぎる。ご教示いただければ幸いである。

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2006年2月12日 (日)

チョコとクッキー

 次女が一足早いバレンタインデーのプレゼントをくれた。手作りのチョコとクッキーである。一月の下旬から今年は手作りに挑戦すると言っており、妻に頼んで初心者用の手作りチョコ用キットを買って貰っていた。妻からも手作りなどしてもらったことはない。私の記憶で一番新しいのは同人をしていたときに手作りの義理チョコをもらったくらいである。クッキーについては活動家になってからもらったことがあるのだが。結構大事にとって置いた物ですが。

 今日は朝からテンパリングというチョコを溶かす作業を、長女と一緒にしたようである。私は夜更かししていたので今朝起きたのは10時を回っていた。可愛らしい型に流し込んだだけの簡単な物であるが、それでも父親としては嬉しい。更に午後からは友達の家でクッキーを焼いてきた。我が家にはオーブンがないので友達の家で共同作業をしたそうだ。時々パティシエになりたいと言うだけ有ってお菓子作りは大好きな次女である。私と息子とにホワイトデーのお返しを要求するのを忘れないところがちゃっかりしている。息子は何故か長女に対して「ちゃんとお返しせなあかんで」などと言っていたそうである。どこか勘違いしているようだ。いずれ好きな男の子が出来たら手作りしてプレゼントするんだろうな。そうなったら複雑な気持ちになるに違いない。

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2006年2月11日 (土)

裸の王様天皇制

 天皇や天皇制を批判すると少なくない人が眉をひそめる。取りわけ年配の人の中には恐ろしいことを口にしたというように怯える場合がある。昔何かの講演会の報告を読んだのだが、戦前は天皇が怖くて戦争反対の声を上げることが出来なかったことを例示し、年配者に対する戦争責任追及を安易にしないで欲しいという物だった。実際、元長崎市長の本島等さんが唯単に「天皇に戦争責任はあると思う」と発言しただけで右翼の銃撃を受けたのが80年代末のことであるから、今日もその現状が変わっていないことは確かである。先日天皇制批判の記事を書いたことに対しては、極一部を除き私を攻撃する書き込みやトラックバックはなかった。保守的な人のブログで「左翼の本音は天皇処刑」として取り上げられてしまった。私の意見は極論だから左翼全体の事に一般化してもらっても「木を見て森を見ない」ことになると思う。大体において中核派の中ですら天皇制の打倒、廃絶は主張していても天皇の処遇についてはどうするかなどという論はないのであるから。

 今日右翼の多くが天皇について「万世一系」で「神聖にして犯すべからず」などと言っているのであるが、実はその様な観念が出来たのは僅か百年あまり前のことでしかない。天皇の祖先が大和朝廷として権力を確立して以来1700年だか1800年だかの歴史の中で、その様な時代は実は明治以降のことなのである。いや、戦前にあっても1910年代初期という欽定憲法の時代に「天皇機関説」を巡る美濃部達吉東大教授と上杉慎吉の論争は、今日の象徴天皇制に近い国家権力の一機関に過ぎないと主張する美濃部が勝っているのである。だから、天皇が絶対君主として存在したのは、大正天皇から昭和天皇への代替わり時期に行われた共産党への大弾圧を期として僅かに20年ほどのことであるのだ。

 歴史をひもといてみれば歴代の天皇の内20~30名が在位中に殺されている。後鳥羽上皇のように島流しにあったり、追放された天皇も多数存在する。在位期間が最も短い天皇は百日に満たない。実は先日神武以来の天皇一人一人についての経歴を書いた新書が書店で平積みになっていたので、買っておけば正確な記述をすることが出来たのであるが、ここでは大体のことで十分であろう。在位中に殺されたという点では実は僅か四代前の孝明天皇は毒殺されたという説があったように思う。武烈の跡を継いだ継体は実は一切血縁が無く王朝の交替であるとするのが歴史学会の説でもあるし、また、天皇の中で諡号に神が付く神武と応神崇神とは実は同一人物であったという説もある。記紀神話作成の際に応神など実在する天皇の業績を創作上の十代あまりの天皇の事績として記したのだそうである。その説の根拠は「はつくにしらす」なんたらと言う長たらしい和名が神武と応神崇神の両者に使われている事と、業績が非常に酷似しているからだそうだ。日本にはヨーロッパのようにルイ十四世の後に十五世と名付けるなどと言う伝統はないので、同名の別人と言うことはあり得ないのだ。この様に簡単に歴史を振り返るだけで実は天皇が単なる人間として存在してきたのであり、その時々の権力の都合でどうにでもなる存在であったことが分かる。

 今日天皇を神聖視する人々の考えはどこで発生したのかというと、冒頭に記したように国家権力とそれと癒着した右翼勢力との白色テロルへの恐怖が根底にあるのだ。「国体変革」の思想を取り締まる治安維持法体制における国家権力の白色テロルの嵐とそれに屈服してしまった戦前の階級闘争、取りわけても自称革命党であった日本共産党の敗北による物なのである。では、その天皇・天皇制イデオロギーに対抗する場合に最も有効な物は何であるかというと、白色テロルに屈服しないことなのだ。中核派は90年秋の天皇即位儀式に対して真っ向から武装闘争を掲げて百十数波のゲリラパルチザン戦闘でもって闘いを挑んだ。そして国家権力の全力を挙げた厳戒態勢を物の見事に破産させたのだ。尚かつここで重要なのは、闘い、勝利し、存在し続けていると言うことなのだ。天皇は神聖でも何でもない。この事を実力で主張したことが今日でも天皇賛美一色の世論にならない物質的根拠になっている。

 誰かが「王様は裸だ」と言うことによって、天皇制の「神聖」という厚化粧は剥がれてしまうのだ。だから今の時代で重要なことは天皇・天皇制など存在しなくても何も困らないことを堂々と主張することである。私は基本的に自分のブログでは天皇一族に対して敬称など付けはしない。呼び捨てにする。他所のブログでは一応お行儀良く「さん」付けすることもあるが、天皇の「不可侵」という仮面を引っぱがすのに一番簡単で有効なことは敬意を表さないことである。

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2006年2月10日 (金)

浪費癖

 「帝国主義論」の勉強もはかどり、今は第7章の途中で残るは四分の一と言うところである。赤ペンで線を引きながら真っ赤っかに塗りつぶしながら読んでいるので少々疲れが出てきた。そこで今日は天気も良いし、何とか起きていることも出来たので本屋に行くことにして、途中図書館によって、合計して六軒の本屋をはしごした。堅く難しい経済と思想の本を読んだ加減でマンガを読みたくなったのだ。こんな時、私は自分の性格の中で忍耐力が無いというか、ネコにマタタビというか、ダメなのである。財布の中が空になるほど本を買ってしまう。気がつけば雑誌二冊とコミックス九冊に新聞一紙を購入していた。締めて約六千円あまりの買い物だ。病気休職処分中で賃金カットされているのに、後先考えない奴である。

 購入したのは朝日新聞朝刊・月刊少年マガジン3月号・「ブラックジャックによろしく」13巻・世界3月号・「SNOW 村上もとか叙情傑作選」「おしとね天繕」3巻・「永遠のアフロディーテ」1巻・「先生の秘蜜」2巻・「16秒間の密室」「OL進化論」24巻・「ハヤテの如く」3巻・「絶対可憐チルドレン」3巻である。妻や娘達が読む物もあるが基本的に全部私が読む。少年マンガ・少女マンガ・レディースコミック・成年コミック、我ながら守備範囲が広い。中には去年発売されていたのに我慢していた物もあったので読むのが楽しみだ。

 本が好きな人なら分かって貰えると思うのだが、ついつい衝動買いをしてしまうことはないだろうか。何も本に限らないかも知れないのだが、出版点数が多すぎて、中には発売日に当日に返品されてしまう不幸な本もあるから、ある時に買っておかないといつ買えるか分からないという思いがする。今日購入した物はいつでも入手できる本で、何も今日買う必用はなかったのだが、ルポルタージュや思想書などの場合、発行部数が少ない上に直ぐ絶版になることもある。売れないと見なされた本はどんなに内容が良くても店頭から直ぐに消えてしまうのだ。お陰で地方在住者にはベストセラーなどの売れ筋の本が遅れて手に入るだけということもある。有り難いことに最近ではネット上で注文できるので昔ほど取り寄せに要する時間がかからないが、数年前までは書店で取り寄せを頼んで一月以上待つこともしばしばあった。私がもっぱら利用しているのは本やタウンというサイトで、近所の書店宛に配送ルートを利用して届けてくれるので送料がかからない。それから既に絶版となった本についても草加さんの「旗旗」やあおざかなさんの「あおざかなの買物日記」で知ったのだが、復刊ドットコムと言うところで百人以上が投票すると版元に対して復刊の交渉をしてくれる。色々便利になってくれたお陰で、私の本への浪費は一層拍車をかけたようである。

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2006年2月 9日 (木)

BSE 驚くアメリカの実態

 

食用禁止の歩行困難牛29頭が食用に…米内部監査(読売新聞)

 【ワシントン=広瀬英治】BSE(牛海綿状脳症)感染予防のため米国内で食用が禁じられている歩行困難な牛が、2004年6月中旬から05年4月中旬までの10か月間に、29頭も食用に処理されていたことが、8日までに、米農務省の内部監査報告書で明らかになった。

 このうち20頭は歩行困難になった原因も特定されておらず、米BSE検査体制のずさんさを改めて裏付ける内容となっている。

 報告書によると、同省監察官事務所が立ち入り検査した12の食肉処理施設のうち2施設で、この違反が見つかった。BSE感染牛は神経症状から歩行困難を示すことがあるため、農務省は04年1月から、原因にかかわらず歩行困難な牛を食用に回すことを禁じている。

 この2施設では監査に対し、「農務省の検査官が、明らかにBSEによるものではないと判断した歩行困難牛を食用に回した」と説明しているが、20頭は歩行困難の原因も記録されていなかった。[読売新聞社:2006年02月09日 11時16分]

 恐るべき杜撰さであると言うしかない。2月5日付の「きっこのブログ」「アメリカの言い分」という記事にアメリカ国民はBSEの危険性について全く知らされていないばかりか、それを告発・報道した元畜産関係者やテレビの司会者が全米肉牛生産者協会から「食料誹謗罪」と言う罪で訴訟を起こされ、マスコミが沈黙してしまったと言うことが書いてあった。それも10年前のことだそうで、それ以後一体どれほどの汚染牛肉が人々の口に入っていたのだろうか。もしかすると禁輸以前に日本に入っていたアメリカ産牛肉によって日本国内でもクロイツフェルト=ヤコブ病が大量に発生するのではないかと危惧してしまう。既にアメリカでは症状がよく似ていて分かりにくいとされるアルツハイマー症の患者が激増しているという。

 都政を革新する会のホームページに、畜産企業で働く労働者の告発が掲載されていたが、現場の労働者が闘いに立ち上がることの重要性を実感する。何よりも実態を一番よく知っているのが現場の労働者なのだから。不買運動というのは大切なことかも知れませんね。吉野家やすかいらーくグループのような企業には是非とも経営危機に陥ってもらい反省して欲しいと思うのです。試食の猿芝居をさせるのもいいかもしれませんが、経営責任者は絶対にしないでしょうね。ブッシュ大統領は自ら牛肉は食べないようにしていると公言しているそうです。結局一番危険なのは、外食産業などで料理の試作品を作ったりその味見をして評価を担当する労働者だと思います。個人では米国産牛肉を避けたとしても日々の労働で大量に食べることを強制されますから。企業防衛主義に取り込まれていては、自分自身の安全も多くの労働者の命も守れなくなるのが現代資本主義の実態と言えるだろう。

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 追記 トラックバックを頂いた「エヌのブログ」を拝見したところ、毎日新聞では朝刊の一面で報道されていた。サイト上では今日午前一時台にこの記事が掲載されていた。また朝日新聞のサイトでは午後七時台の更新記事として掲載されており、産経新聞では主要記事一覧には存在しなかった。この件に関してはどうやら毎日の特ダネで産経の特落ちのようである。さすがスクープに定評のある毎日新聞と言うところだろうか。

 追記2 2月11日に元々コメントへの返信で書いていたことを都政を革新する会以降の段落に挿入しました。現場の労働者の実態というか危機への心配があるため、記事本体の内容を補強する物と考えています。

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2006年2月 8日 (水)

女性は道具じゃないぞ !!

 今日の日記を書くためにブログを立ち上げたところ、けったいなトラックバックに気がついた。「けったいな」とは奇妙なとかおかしなとか言う意味の言葉なのだが、どう言い換えればこの言葉の持つ意味合いを正確に伝えることが出来るか分からないので、一先ずそのまま「けったいな」を使っておく。「右傾化する慶應生のブログ」なるところから「男系維持の本質とは何か」という記事が選りに選って昨日の「帝国主義間争闘戦」にトラックバックされていた。読んでみると昨日の報道で文仁の嫁さん紀子が三度目の妊娠をしたと言うことに触発されたらしく天皇制万歳というお気楽な記事である。だいたいの内容をかいつまんで書くと、側室制度をタブー視するのは止めるべきだと言うこと、敗戦によって皇統符から削除されていた連中(旧宮家のこと)を再び復活させることによって天皇制の維持が確固たる物になるとか言う物である。フーン、でそれが私の記事に一体何の関係があるというのだろうか? この人物の主張を信じて慶應大学の学生だとして、おそらくは入試の際に全ての能力を出し切って出し殻のようになった人なのだろうなと推測する。

 まあ実は昨日からポータルサイトなどで紀子が妊娠したことについては知っていたので、今日はこの事で記事を書くつもりだったから枕に使ってやろうと思った。本当は85年の10・20戦闘で権力の虜囚になっていたときに、取り調べと転向強要に当たった刑事の女性差別発言から始めるつもりだったのであるが。簡単に書いておくとその刑事は「おまえ達は生産手段の共有化なんてことを言っているが、女もみんなで共有するんだろ」と言ってのけ、女性を生産手段・道具扱いするという差別発言をしてのけたのである。共産主義者は生産手段を社会全体の共有物にすることを主張しているが、それは土地や機械といった物である。取り調べの刑事は自分自身の中にある女性は子供を産ませるための道具、性的欲求処理の道具としか思っていないことを白状したわけである。だいたいが警官というのはブルジョアイデオロギーによって思想的に最も腐敗している連中であるから、平然とこの様なことが言えたわけである。

 ここ数日の天皇制問題に関する記事で秀逸であり、なるほどと感心した記事が二つある。一つは「書評日記 パペッティア通信」「女系天皇反対派の迷走(1)八木秀次『本当に女系天皇を認めてもいいのか』洋泉社新書Y ほか」「女系天皇反対派の迷走(2)八木秀次『本当に女系天皇を認めてもいいのか』洋泉社新書Y ほか」であり、長屋のご隠居と八っあんとの問答を通して「皇統断絶反対」などと叫び立てる自称右翼の論調こそが実は天皇制の存続にとって危機的状況であることを自己暴露し、しかも天皇制の脆弱化した存立基盤を自ら堀崩す物であると喝破している。もう一つは「反米兼日戦線『狼』(美ハ乱調ニ在り)」「荒唐無稽『y染色体』八木秀次や蔵琢也の如き輩は、周囲大爆笑で終了(笑)」である。後者も同様に男系天皇維持を主張する輩として八木秀次を俎上に上げて、男系天皇維持を主張する根拠こそが天皇を貶めていることを嘲笑している。遺伝子がどうこうなどと言って「科学」の装いを纏おうとしたところで、清和源氏、桓武平氏に始まるように、天皇の一族でありながら地位の継承を諦めた連中の子孫が日本人の中には五万といて、実際にy染色体を受け継いでいる人間など何百万いるか分からない。「鰯の頭も信心から」という言葉があるように、天皇の存在価値を建前としての「神聖さ」以外に求めてはいけないのである。

 慶大生のウヨク君はおそらく、私のブログに対して「男系維持の可能性が出てきたぞ。左翼めざまあみろ」とでも言いたくてトラックバックを付けてきたのであろうが、正直左翼にとって男系天皇だろうが女系天皇だろうが、はたまた女性天皇だろうが、そんなことはどうでも良いのである。革命成就の暁には天皇制を廃止するのが共産主義者の為すべき事なのだから。せいぜい問題になるのは処刑すべき天皇一族の範囲をどこからどこまでにするかと言うだけの話である。男系維持であれば処刑する人数が少なくて手間が省けると言うだけのことだ。

 何にせよ文仁の妻紀子が妊娠したことでハッキリしたことは、宮内庁の前長官であるか元長官であるか湯浅利夫というのが03年12月に「(文仁夫婦には)三人目のご出産を強く希望したい」と言ったり、徳仁の妻雅子に対しても出産のために様々な重圧を与えて、単なる子供を産む道具扱いしていたことである。今までの人格などの一切を否定されて兎に角子供さえ産めたらいいんだという扱いをされたら、雅子も人格崩壊して鬱にもなるだろう。女性を道具扱いする腐敗したイデオロギーをまき散らす天皇制の廃絶に向けて、決意を新たにするのであった。

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2006年2月 7日 (火)

帝国主義間争闘戦

 レーニンの「帝国主義論」再読の途中ではあるのだが、中核派における現代帝国主義把握の重要な視点に帝国主義間争闘戦という概念がある。帝国主義段階である現代の資本主義が合従連衡を繰り返しつつそれぞれが独自に帝国主義として勢力圏を形成し、他帝国主義との間において熾烈な政治的・経済的・軍事的衝突を繰り広げているという物である。ソ連スターリン主義の崩壊以前においては、対スターリン主義対決という問題点から、米帝を基軸とする戦後世界体制の下で一定の「自制」が有ったのであるが、ソ連スタ崩壊によって、中国・朝鮮・ベトナムなどの残存スターリン主義もまた崩壊の過程に大きくは入ったと言える中で、帝国主義相互の利害対立がむきだしの形で現れるようになったのが冷戦後の世界なのである。

 米帝は唯一世界中に展開する実力を持つ帝国主義であり、そこから世界中を支配するための戦略を常に練っている。対日戦争計画はたしかオレンジ作戦と言ったと思うのだが、米帝は現在は友好関係にある帝国主義との間においても、それが例え英帝であっても全ての帝国主義との間における戦争作戦を国防省で研究している。それは常に最新の情勢に合わせて練り直されており、唯一の超大国としての地位を守るために研究を怠ることはない。その観点から日米安保を通じて日本を米帝の戦略に従属させる形で動員することを狙っているのだ。そして、日帝の側からすると敗戦帝国主義としての制約によって人民の中に今日なお広範に存在する反戦意識を始めとする諸条件を叩きつぶすために、米帝の戦略に付き従うことを通じて戦争の出来る「普通の国」帝国主義らしい帝国主義への飛躍を狙っていると言える。この点を見落としているために日共スターリン主義の「対米従属論」は、言ってしまえば「アメリカの言いなりは良くない」と言うことで日帝の独自の軍事大国化に対するエールとなっているのだ。

 毎日新聞朝刊に1月30日から2月6日の間に6回にわたる連載「揺れる日米中」の第1回では「『靖国』不安、米に波及」と題して米帝が小泉による靖国参拝を問題視するようになっていることを特集している。靖国神社に付属する戦争博物館である「遊就館」が創建130年を記念して大改修されたのは02年のことである。その際当時の駐日大使ハワード=ベイカーは、実際に遊就館に足を運び展示内容がより一層皇国史観を強調する物になったことを確認している。そして「日米開戦は資源禁輸で日本を追いつめた米国による強要であり、日本は『自存自衛』と『白人優越世界打破』のために立ち上がったという歴史観」をして「あれでは日本が戦争に勝ったみたいだ」と言わしめている。更にある外交官の「日中間に歴史解釈の違いがあると言うだけの話なら米国は無視するが、yusyukanは無視できない。真実を語っているとは思えない。首相が戦没者に敬意を払うのはいいが、問題はyusyukanとのかかわりだ」ポール=ジアラ元国防総省日本部長の「第二次大戦が他国の過失によるという印象を受けるどころか、日本の戦争が正しいとさえ思わせる高慢な内容だ」、ジム=ケリー前国務次官補の「靖国神社参拝によって、日本の首相がyusyukanの考え方を肯定していると受け取られないか」という発言を紹介している。米帝首脳は小泉の靖国参拝の中に日帝独自の軍事大国化への野望を感じ取っていると言えるだろう。

 日帝が日帝である限り、例えどんなに絶望的な物であっても軍事大国化とアジア侵略を独自で行える帝国主義への飛躍を狙うしかないというのが中核派の認識だと言えるだろう。だからこそ日帝のアジア侵略を内乱に転化し日本帝国主義打倒という戦略が出てくるのである。対米従属論からする日帝に対して独自の外交戦略を形成せよと言う日共スターリン主義の主張は、じつは再び三度アジア侵略に踏み込もうとする日帝への応援であり、反米愛国主義を鼓吹して帝国主義としての日本に対する武装解除を主張する、実に反動的な主張なのだと言える。

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 ここまで書いて「三四郎日記」にトラックバックを送ろうとしたら、「帝国主義についての覚え書き~その4」として新しい記事があり、その中で「新左翼は、韓国帝国主義、オーストラリア帝国主義ってのも想定してるんだろうか?」という一文があった。更に「個人的な感想を述べれば、・・・・。もはや、レーニン的な「帝国主義」論を現代に適用するのは荒唐無稽であろうと思う。むしろ、ネグリ=ハートやアラン・ジョスクの「帝国」論の方がよりマトモな認識だろう。」と締めくくってあった。ここに帝国主義に対する無理解と思想的混乱を見るのは私だけではないと思う。韓国は新植民地体制諸国である。オーストラリアも同様であるといえるだろう。

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2006年2月 6日 (月)

風呂場で九九

 次女が二年生の時、チャレンジ2年生の教材で九九の一覧表が有った。これはお湯でぬらすと風呂場の壁タイルなどに貼り付くようになっていて、入浴しながら九九の練習をするために使う。まだ二年生の時は次女は私と息子と三人でお風呂に入っていたのだが、次女が九九の練習をすると息子が「○○もする」と言って真似をしたがった。まだ三歳のことである。以来息子はお風呂で九九の練習をするようになった。実は昔、集金先のある奥さんに聞いたのだが、入浴時に数を覚えさせるために一から数えるのはどこの親でもするのだが、その奥さんは九九を唱えさせたそうだ。すると小学校になってから算数が得意になったという。そこで私も出来るだけ算数に親しめるように真似をすることにした。

 毎日ではないのだが、息子に肩まで温まるようにさせる時、九九の表を活用してみた。次女は三年生くらいから別に入浴するようになったので息子と二人なのだが、その分ふざけながら練習することが出来る。興味を引くように色々と語呂合わせを考えて見たところ、それがまた息子の気に入ったようで、遊びながら九九を唱える。詳細を書くと私が如何に愚かでセンスがないかがばれてしまうのでここでは書かないが、今では全ての段を表を見ながらではあるが言えるようになっている。ほんの一部だけ諳んじている。将来どの様な成果が現れるか分からないのだが、長女も次女も算数が苦手なので、せめて息子には苦手意識をなくしてもらいたい。

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2006年2月 4日 (土)

岩波文庫と国民文庫

 二三日前から国民文庫版「帝国主義論」を読み始めた。きっかけは「三四郎日記」に掲載されていた「帝国主義論について~メモ書き程度に」および「帝国主義論についてのメモ書き~その2」を読んだからである。共産党流の帝国主義論についてなんだこりゃと言うのが私の感想だ。思わず意見を書き込もうとしたところ、同様におかしいと感じた方がおられて書き込みをしていた。何がおかしいかというと日本共産党はアメリカに対してだけ帝国主義という言葉を使い、日帝や英独仏などの帝国主義に対しても帝国主義とは認めないというのである。では現に行われている帝国主義的侵略戦争は一体何だというのか。大体共産党は91年の中東湾岸戦争についてもアメリカによる帝国主義戦争ではないと言い張っている。一体共産党の帝国主義論とは何なんだ。

 私は「帝国主義論ではないですね 小川さんのこの記事を読んで思ったのは、やはり共産党には帝国主義論がない。帝国主義を帝国主義として分析して打倒する闘いをする気がないのだと実感します。例えば小泉が何で靖国への参拝に拘るのかについて考察して欲しいのですが、あれは対米対抗的な思想の反動的柱となるからこそ自民党を始めとする反動勢力が大切にしているわけです。最近ではアメリカ自身が靖国の遊修館のイデオロギーを忌避し始めています。いつまでも対米従属論で日帝を擁護するのは罪悪でしかないと思います。」と書き込みを行った。

 本来帝国主義とは、金融資本による支配体制が確立され、独占資本が発展しており、海外への資本輸出による多国籍企業化を行うような段階に至った資本主義のことである。詳しいことは「帝国主義論」を読み直してから書こうと思うのだが、それで昔読んだ岩波文庫版の「帝国主義論」と前進社の「現代帝国主義論」とを本棚から探したのだが見つからない。どうやら引っ越しの時に段ボール箱に詰めて屋根裏にしまった中に入っているようだ。仕方なく見つけたのが国民文庫版の「帝国主義論」なのだ。

 岩波版も国民版もどちらもレーニンの本を翻訳しているのだが、私は同じ本が双方から出版されている場合には出来るだけ岩波版を読むようにしてきた。それというのも共産党が経営を握る青木大月書店は、共産主義を改竄するために意図的に誤訳をしていることで有名だからである。よく知られているのがディクタトールと言う言葉の訳を岩波版では「独裁」、国民版では「執権」と訳している。これによって「プロレタリア独裁」という最も重要な思想を「プロレタリア執権」なるとんでもない訳になるのである。また「暴力革命」を国民版では「強力革命」という意味不明の言葉に置き換えている。私は語学が苦手なので得意な人は原著を読んで頂いたらいいと思うのだが。まあ、一事が万事で共産主義の本来の思想を学ぶためには国民文庫版では出来ないと行っても良いだろう。残念なことに幾つかの重要な古典は国民文庫版しかないのでそれで我慢しているのだが。

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2006年2月 3日 (金)

冬期うつ病

 季節性感情障害という病気がある。別名を冬期うつ病とも言うそうだ。先週号の少年サンデーに掲載されていた「WILD LIFE」で得た知識なのだが、冬になって日照時間が少なくなると発病する物で、近年発見されたらしい。日本では北海道や東北の日本海側に患者が覆いそうだが、それ以外の地域でも高層ビルの影などで日当たりが悪い場所に住んでいるとかかりやすいらしい。このマンガを読んで長女曰く「お父さんも一緒だね。冬になるとうつになるから」と言われてしまった。実際問題わたしの場合冬場に鬱状態がひどくなる事が多い。ここ数年は夏場でも症状がひどいのだが、よく考えたら今の自宅に引っ越してから日当たりが悪い上に隣の家から室内が丸見えになるほど隣接しているのでカーテンを閉め切るようになっている。以前住んでいたアパートは二階で日当たりだけは良かったのを思いだした。

 日曜日には「低気温のエクスタシーbyはなゆー」「日照不足に悩む谷間の村が、山に巨大反射鏡を設置」としてこの事について記事が載っていた。そこで月曜日の受診の際に主治医にこの事を尋ねてみたら「ああ、冬期うつ病ですね」とあっさり言う。大の大人が昼間から表をうろつくのは気恥ずかしいので自宅に籠もっていることを話すと、一日二十分から三十分で良いから散歩するなどして日光を浴びた方がよいと言われた。やはり人間はお日様の下で生活するのがよいのだと実感した次第である。晴耕雨読とは行かないが、出来るだけ外に出るようにしようと思うのであった。

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2006年2月 2日 (木)

仮面の忍者赤影

 赤ーい仮面はなぞの人 どんな顔だか知らないが キラリとすんだすずしいーい目仮面の忍者だ赤影だ 手裏剣シュッシュッ シュッシュッシュッ 赤影は行く

 先週から「仮面の忍者赤影」の配信が東映特撮BBで始まった。息子にこれは面白いから見てご覧と散々言ったのだが今ひとつ気が乗らないようで、ようやく見たのが今日の夕方である。懐かしさのあまり、ついつい主題歌を歌いながら画面に見入ってしまった。幼稚園から小学校の時分、何度も再放送を見ていたから未だに色々覚えている。息子に展開を色々説明している。「この後に忍法顔盗みで、変装するで」「悪童子ってのが空から来るよ」「忍法髪嵐」でもって敵である霞谷七忍衆の名前も次々口に出てくる。甲賀幻妖斎・鬼念坊・ガマ法師・傀儡甚内・悪童子・闇姫、後の二人は何と言ったかな。その内思い出すだろう。

 息子はやはり見てしまうと影響を受ける。単純な奴である。しっかり刀のオモチャを持ってきて腰に差し、赤影の真似をする。青影の役をしている金子吉延が気に入ったようである。やはり、子供の忍者が大人の悪役相手に立ち回りするのが感情移入しやすいのだろう。そこで青影のおどけたときの仕草を教えてしまった。赤影から何か指示を受けたときに首を最初縦に振り、その後で横に振る「合点、合点、しょーち」とか、握った右手の親指を鼻に当ててぐるりと回して最後に開く「だいじょーぶ」などをして見せると、受けた様で「もっかいもっかい」と催促する。金子吉延は大人になってから「どっこい大作」で主演をしたくらいで消えてしまったが、その後どうしているのだろう。それに赤影役をしていた坂口祐三郎もこの番組以外ではぱっとしなくて実家の魚屋を継いだとか聞いたことがある。そうそう時代劇俳優で今では有名な里見浩太郎が、竹中半兵衛役で出演していた。売れる前は色々な役をしているのだなあ。

 原作は去年?一昨年?火事でなくなった横山光輝で、何でもプロデューサーが「伊賀の影丸」を見て忍者アクション物の原作を依頼して出来たらしい。「伊賀の影丸」はテレビ紙芝居というのをやっていた。小中学生の時分は横山光輝が好きで色々買いあさっていた物だ。「バビル二世」「三国志」「水滸伝」「あばれ天童」「サーキット野郎」「ダイモス」「地球ナンバーV7」「その名は101」「マーズ」「闇の土鬼」「鉄人28号」。さすがに「魔法使いサリー」は手に入らなかったが、当時出ていたコミックスは、手に入る限り買い込んでいた。今では全て処分してしまったが、最近またリバイバルで発行されているので買いそろえるのも良いかもしれない。

 何にしても明日配信される第三話、四話が楽しみである。

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2006年2月 1日 (水)

子は親の鏡

 夜の散歩から帰宅した妻が真っ先に入浴することになった。子ども達は録画していたアニメを見ている。「誰かお母ちゃんとはいる?」と聞かれたので私は「ハイ」と挙手した。息子は「もおー。封印の棒」と言って新聞紙を丸めた筒を持ってきて私を閉じこめ「お父さん封印した」と言う。息子の下ネタが続くのは、こんな私に似ているのであろうか。実際子ども達は見れば見るほど私に似ている。長女が神経質で心因性の下痢や発熱を繰り返したりして不登校なのは私の鬱病から来る自律神経失調とまったく同じである。次女が忘れ物やケアレスミスが多いのも私がそそっかしいことと同じだ。三人揃って本が好きなのも整理整頓が苦手なのも、私に似たためだろう。子供を見れば親の生活態度や人格など知る程度は簡単なことである。

 で、最近新自由主義の「模範人物」のように持ち上げられてきたライブドアの堀江貴文容疑者に対する批判が様々なマスコミやブログなどで盛んである。中には彼をして生意気で拝金主義の最近の若者の象徴として取り上げているように思う。彼の生い立ちについてはあまり興味がないので詳しく調べてはいないが、少年時代は貧乏であったようで、おそらくバブル景気を横目に見ながらいずれ自分も金持ちになることを夢見てきたのであろうと思う。バブル当時の世間一般の風潮は文字通り彼が発言するように「人の心も金で買える」と言わんばかりに銀行・証券会社と言った金融機関が不動産や株式市場で巨額の金を運用しアメリカのロックフェラービルを買収したり、地上げで都市の一等地に慎ましく生活している人々に対して札びらで顔をひっぱたくようにして買収、挙げ句の果てには脅迫などを行使して財を増やすことに奔走していた。そして当時それが日本中でもてはやされていたのだ。堀江貴文はまさしくバブル経済を引き起こした財界人の精神的な後継者であるのだ。

 同時に今年に入ってから耐震偽装問題・アメリカ産BSE汚染牛肉輸入問題、ライブドア問題と、綻びを見せ始めた小泉「構造改革」の実態も「規制緩和」と称して新たな利権構造を政財官の一体となった体制で築こうとする物であって、国家財政の改善などどこ吹く風、防衛施設庁に見られる「官製談合」などによって大資本の利益を如何に確保するかこそが正体であったことが明らかになってきている。小泉内閣が「改革」の最大の参考にしているのは中曽根内閣当時に強行された国鉄分割民営化である。本来政財官が一体となって利権誘導や土地投機のために「我田引鉄」の政策を繰り広げ、国鉄労働者には一切責任のない国鉄赤字をあたかも労働者が不正な特権を教授していることが原因であるかのようなデマキャンペーンを繰り広げた事、サャッチャリズム・レーガノミックスをも参考にしているのは明らかであろう。小泉内閣の新自由主義「改革」とは労働者に一切の犠牲を押し付けることで大資本の救済を目的とする点で80年代に吹き荒れた政治経済政策の焼き直しである。まさしく中曽根が国鉄労働運動を解体することで総評労働運動と社会党を解体したように、郵政民営化と公務員の大量削減を通じて官公労に根強く残っている労働運動の最後的解体を狙っている物である。

 「民で出来ることは民に」「官から民へ」なるデマを労して行われている小泉改革こそが、今国会で問題になっている様々な問題、国民大衆の安全を一切無視して企業の利益を上げることだけに躍起となっている耐震偽装問題・アメリカ産BSE汚染牛肉輸入問題、ライブドア問題の三点セットの大本なのだ。その点で堀江貴文は小泉・奥田日本経団連会長と全く思想的にも人格的にも一体の物なのだ。労働者を死に追いやってでも資本の価値増殖を追及する資本主義の申し子なのである。私たちはこの資本主義の構造にこそ「ノー」を突きつけなければならない。醜悪な姿をさらけ出し、本性を現した資本主義の帝国主義段階をこそ、労働者解放・人間解放の真の共産主義思想で打ち倒す必用があるのだ。ありとあらゆる水路から小泉「構造改革」への批判の声を上げよう、署名や抗議のメールからでも構わない。一滴の水がやがて川となり大河となり、そして大海に注ぐように一人一人のささやかな行動が労働者が人間らしく生きる社会を築く力となるのだ。

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