« チョコとクッキー | トップページ | 「帝国主義論」その2 »

2006年2月13日 (月)

「帝国主義論」その1

七 資本主義の特殊の段階としての帝国主義

 いまやわれわれは一応のしめくくりをし、帝国主義について以上に述べたことを総括してみなければならない。帝国主義は、資本主義一般の基本的諸特質の発展および直接の継続として生じた。だが資本主義が資本主義的帝国主義になったのは、やっとその発展の一定の、非常に高い段階でのことであり、資本主義のいくつかの基本的特質がその対立物に転化しはじめ、資本主義からより高度の社会=経済制度への過渡期の諸特徴があらゆる面で形成され、表面に現われたときのことである。この過程で経済的に基本的なのは、資本主義的自由競争に資本主義的独占がとってかわったことである。自由競争は資本主義および商品生産一般の基本的特質である。独占は自由競争の直接の対立物であるが「この自由競争が、大規模生産をつくりだし、小規模生産を駆逐し、大規模生産を巨大な規模の生産によっておきかえ、生産と資本との集積を、そのなかから独占――カルテル、シンジケート、トラスト、および、幾十億の金をちごかすおよそ一〇ほどの銀行の、これらと融合した資本――がすでに発生し、いまも発生しつつあるほどにまでみちびき、こうしてわれわれの目のまえで独占に転化しはじめたのである。それと同時に、独占は、自由競争から生長しながらも、自由競争を排除せず、自由競争のうえにこれとならんで存在し、そのことによって幾多のとくに先鋭で激烈な矛盾、あつれき、衝突を生みだす。独占は資本主義からより高度の制度への過渡であるもし帝国主義のできるだけ簡単な定義をあたえなければならないとしたら、帝国主義とは資本主義の独占段階である、というべきであろう。この定義は最も主要なものをふくんでいるであろう。なぜなら、一方では、金融資本は、産業家の独占団体の資本と融合した、少数の独占的な巨大銀行の銀行資本であり、他方では、世界の分割は、まだどの資本主義的強国によっても略取されていない領域へ妨げられずに拡張しうる植民政策から、くまなく分割された領土の独占的領有という植民政策への移行だからである。」「つぎの五つの基本的標識をふくむような、帝国主義の定義をあたえなければならない。(一)生産と資本との集積が、経済生活で決定的な役割を演ずる独占をつくりだすほどに高い発展段階に達したこと。(二)銀行資本と産業資本が融合し、この「金融資本」を基礎にして金融寡頭制がつくりだされたこと。(三)商品の輸出とは異なる資本の輸出がとくに重要な意義を獲得しつつあること。(四)世界を分割する資本家の国際的独占団体が形成されつつあること。(五)最大の資本主義列強による地球の領土的分割が完了していること。帝国主義とは、独占体と金融資本との支配が形成されて、資本の輸出が顕著な意義を獲得し、国際トラストによる世界の分割がはじまり、最大の資本主義諸国による地球の全領土の分割が完了した、そういう発展段階の資本主義である。」以上TAMO2さん作成による電子化された「新訳 帝国主義論」(国民文庫)より引用。

 私の記事にしては引用が非常に長い物になりました。普段は自分で入力しているので、引用は出来るだけ短くしているのですが、今回はTAMO2さんの労作の力をお借りしました。嗚呼スキャナーが欲しい。年初以来国会では四点セットと言われる問題が小泉政権を揺るがしているわけであるが、その「耐震偽造問題」「BSE汚染牛肉輸入問題」「ライブドア問題」と並んで「官製談合」問題がある訳なのだが、談合という物は実は全ての産業において行われていると言っても良いのではないだろうか。高度に発達した独占企業体によって、例えば今日においても金融資本による寡頭支配は行われている。10年ほど前までは都銀と長期信用銀行などは20行体制と言われていたのだが、今日では都銀は四大グループに集約されている。そしてその下に地銀・第二地銀・信金・信組が資本の系列下によって纏められている。日本が金融独占資本の支配する資本主義であることについては異論がないのではないかと思う。

 レーニンが定義した帝国主義の五つの特徴の内、(一)~(四)までについては今日の日本においても十二分に当てはまるように思うのだが、例えば共産党と中核派とでは(五)についての分析が大きく違っているように思う。「領土的分割」の問題である。共産党の場合には実際に軍事的な侵略が行われているかどうかについて非常に狭い範囲で解釈しているようなのであるが、第二次世界対戦終了以降についても、例えばフランスによるベトナム侵略戦争・スエズ動乱における英仏の軍隊派遣・マルビナス戦争における英国とアルゼンチンとの間の戦争・セルビア・モンテネグロを巡る米英仏独の軍事占領などは帝国主義的侵略戦争ではなかったのだろうか?私はこれらは全て米帝以外の「帝国主義諸国」が参加した物であると思うのだ。共産党がアメリカのみを帝国主義と規定するのであれば上記の戦争についてどの様に規定するのかが問題となる。勿論単独で侵略戦争を行いうる力量があるかどうかとなった場合には異論があるだろう。だがその場合には米帝ですら、中東湾岸戦争およびイラク戦争において単独では行動できなかったという帝国主義総体の弱体化が問題になるのではないだろうか。

 レーニンが「帝国主義論」を書いてから既に九〇年の歳月が過ぎているため、全ての内容を教条主義的に当てはめた場合には誤りが生じる可能性は大きい。だが、その事を拡大しすぎて全てが今日の大国主義に適用できないという考え方もまた大きな誤りを含んでいるように思う。一番問題となるのは唯一アメリカのみが帝国主義であったとした場合に、その事で帝国主義戦争が無くなると言えるのかと言うことだ。現実には多くの帝国主義を巻き込む形で戦争は起こっている。共産党の理論からすると日本はアメリカの植民地的従属国になるようである。英仏独などに対する規定はどうなっているのであろうか。NATOを通じて米軍が駐留していることからこれらの国々も植民地であるのだろうか?独仏はイラクにおける権益を守るためにイラク戦争に最後まで反対したがその事によって独立国となるのであろうか?勉強不足が災いしてこの辺の問題について私には分からない問題が非常に多すぎる。ご教示いただければ幸いである。

 宜しければクリックして下さい。 人気ブログランキング

|

« チョコとクッキー | トップページ | 「帝国主義論」その2 »

「経済・政治・国際」カテゴリの記事

コメント

 エー、帝国主義戦争が不可避であることについては次回くらいにかく予定でおります。しばしお待ちを。

投稿: アッテンボロー | 2006年2月18日 (土) 21時57分

アッテンボローさん、
帝国主義の不均等発展は帝国主義戦争以外に除去できるのだろうか?というもっとも重要なテーマをわざとはぶいているのでしょうか?

アントニオさんのいうように、帝国主義の不均等発展が戦争の原因なのです。

そのことが最重要課題なのです。
もう一度、ご考察されるべきだと思います。

投稿: 日本国憲法擁護連合 | 2006年2月18日 (土) 10時14分

 土岐さん了解しました。パソコンって使えれば便利ですがそこまでが大変ですね。

投稿: アッテンボロー | 2006年2月14日 (火) 22時39分

アッテンボローさん、最初に謝っておきます。
実はブログの設定を変更していたら、何と間違えてえんとりーもコメントを全て削除してしまいました。
ゴメン。

私もPCには、詳しくありません。
実はこの失敗も2度目なのです。最初のエントリーも間違えて削除してしまいました。
情けない。

それで、おわびのエントリーが記念すべき第一回のものとなってしまいました。
恥ずかしい限りです。

ということで、報告とお詫びです。

投稿: 土岐幸一 | 2006年2月14日 (火) 22時07分

 土岐さんようこそお越し下さいました。実は私のパソコンの知識不足が如実に表れているのですが、今回の記事では引用を貼り付けたら文字のフォントが自分では調整できなくなってしまいました。何とか直そうとしているのですが上手く行きません。出来るだけ読みやすくする為には自分で入力した方が良さそうです。
 さて今回はどんな人でも読んで頂きやすい「帝国主義論」を底本にして記事を書いています。スターリン主義諸国の問題を加味した現状分析については中核派の場合「現代帝国主義論」約20年前の物と昨年出版された「現代帝国主義論Ⅱ」とがあります。前者については屋根裏の中後者については先日発注したばかりでまだ手元にないために最新の分析については詳細に論ずることが出来ない状態です。いずれそれらについても学習した上で続きを書きたいと思っています。いつ出来るか分かりませんがお待ちいただければ幸いです。

投稿: アッテンボロー | 2006年2月14日 (火) 21時16分

アッテンボローさん、今晩は。

いつも読んでいるのですけれど、今回のアッテンボローさんのコメントは、読めません。
字が小さすぎる。
老眼が進行中の身には辛いです。(涙)

レーニン「帝国主義論」については、この一冊で対象的世界を把握できないなと思っています。
2次ブントの時は、「帝国主義論」だけでしたから、指導部が、こちらの疑問には答えてくれなくて、苦労しました。
何故なら「帝国主義論」には、ソ連などの「社会主義」国家群がありようもなかったからです。

底本としては、いいのでしょうが、それだけで世界を対自化できるとは考えられないというのが、私の意見です。
多分草加さんも同様だと思います。

そうそう新しいブログを立ち上げたので、一応URLを添付しておきます。
暇があったら、遊びに来てください。
アッテンボローさんとは、考え方がかなり違うと思うけれど、それはそれで受け入れるという、度量を私達は共有していると思います。

そう、期待しています。
どこやらのNGOとは、違ってネ。(刺激的な発言かな?)

投稿: 土岐幸一 | 2006年2月14日 (火) 20時54分

 佐倉さんの言うように新植民地体制諸国の問題を全く見ることのない共産党の理論はおかしいと思います。符は理論がカウツキーの焼き直しであることは次回に述べようと思っています。
 アントニオさん、仰ることは全くその通りだと思います。問題は今日どの様にしてレーニンの理論を適用するかだと思います。

投稿: アッテンボロー | 2006年2月14日 (火) 09時10分

 帝国主義間争闘戦のところで、草加さんがスターリン主義国家郡の存在と第三世界人民のたたかいを重視したブントの理論を、まっぺんさんが米帝への従属性を重視したインターの理論を紹介されていました。
 中核派は、レーニンの理論を踏まえて、きちんと経済を分析するという点では優れていたと思います。戦後の高成長がいき詰まり、現在のような民衆の窮乏化の時代が来ることを予測するという点では正しかったと思います。また、「帝国主義の不均等発展が戦争の要因である」という理論は、現在も有効であると思われます。
 米帝に迎合的だったフセイン政権を攻撃した湾岸戦争は、米帝がフセイン体制すら包摂できなくなったという面があったと思います。新しいイラク戦争も、戦争前、ロシアとフランスへのイラクの石油輸出が、湾岸戦争以前の水準に回復していたことに対して、米帝が石油支配の独占を企てた面があると言われています。
 米帝は軍事的にはライバルのないような状態になっていますが、経済的な相対的な力は低下していると思います。米帝が世界中から借金を続け(3兆ドルくらいの世界最大の債務国)、それを出費して世界経済を牽引しているのですが、数学的にみてすら、このようなことはいつまでも続くとは思えません。
(こういった認識は現在、インター系にもあると思います。)
http://www.jrcl.net/web/frame050314g.html
 レーニンの理論は、それを原理主義的に振りまわすのでなければ、今も有効な理論だと思います。

投稿: アントニオ | 2006年2月14日 (火) 08時14分

不破捏造(間違った理論はなかなかしぶといことを指す四字熟語)

不破は2004年の綱領改悪に対し、「レーニンの示した5つの指標のうち、5番目がなりたたない。植民地は消滅した。よって、帝国主義という言葉は政策の問題である。」といい、また、「昔は、こんなことでカウツキーだとよく論戦したものだ」などと、ご丁寧に自分がカウツキー的な思想に転落したことを自白しています。
では「新植民地主義」はどうなるのかというとこれもまた、綱領からこっそりと姿を消すように小細工しているのです。(怒り)

投稿: 佐倉 | 2006年2月14日 (火) 07時42分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/111250/8645666

この記事へのトラックバック一覧です: 「帝国主義論」その1:

» 孤立する日本国家 [despera]
ついに来るべきものが来たというべきか。 アフガンーイラク戦争開戦当時に、なにが驚いたって、日本のアメリカへの従属の深さにみんな驚いたわけだ。 その昔、我が国のサヨク業界で、「日本帝国主義自立論争」つーもんがあった。 日本はアメリカ帝国主義に従属した、アメ帝のオマケみたいなもんなのか、あるいは日本も経済的に発展していく中で、イッポンドッコの日本帝国主義として自立していくのか? 神学的な経済学のムツカシー話の論争の結果、本家の日本共産党や中国派などの旧左翼陣営が「従属論」、共産同や革共同などの新左翼陣営... [続きを読む]

受信: 2006年2月13日 (月) 23時08分

« チョコとクッキー | トップページ | 「帝国主義論」その2 »