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2006年2月 7日 (火)

帝国主義間争闘戦

 レーニンの「帝国主義論」再読の途中ではあるのだが、中核派における現代帝国主義把握の重要な視点に帝国主義間争闘戦という概念がある。帝国主義段階である現代の資本主義が合従連衡を繰り返しつつそれぞれが独自に帝国主義として勢力圏を形成し、他帝国主義との間において熾烈な政治的・経済的・軍事的衝突を繰り広げているという物である。ソ連スターリン主義の崩壊以前においては、対スターリン主義対決という問題点から、米帝を基軸とする戦後世界体制の下で一定の「自制」が有ったのであるが、ソ連スタ崩壊によって、中国・朝鮮・ベトナムなどの残存スターリン主義もまた崩壊の過程に大きくは入ったと言える中で、帝国主義相互の利害対立がむきだしの形で現れるようになったのが冷戦後の世界なのである。

 米帝は唯一世界中に展開する実力を持つ帝国主義であり、そこから世界中を支配するための戦略を常に練っている。対日戦争計画はたしかオレンジ作戦と言ったと思うのだが、米帝は現在は友好関係にある帝国主義との間においても、それが例え英帝であっても全ての帝国主義との間における戦争作戦を国防省で研究している。それは常に最新の情勢に合わせて練り直されており、唯一の超大国としての地位を守るために研究を怠ることはない。その観点から日米安保を通じて日本を米帝の戦略に従属させる形で動員することを狙っているのだ。そして、日帝の側からすると敗戦帝国主義としての制約によって人民の中に今日なお広範に存在する反戦意識を始めとする諸条件を叩きつぶすために、米帝の戦略に付き従うことを通じて戦争の出来る「普通の国」帝国主義らしい帝国主義への飛躍を狙っていると言える。この点を見落としているために日共スターリン主義の「対米従属論」は、言ってしまえば「アメリカの言いなりは良くない」と言うことで日帝の独自の軍事大国化に対するエールとなっているのだ。

 毎日新聞朝刊に1月30日から2月6日の間に6回にわたる連載「揺れる日米中」の第1回では「『靖国』不安、米に波及」と題して米帝が小泉による靖国参拝を問題視するようになっていることを特集している。靖国神社に付属する戦争博物館である「遊就館」が創建130年を記念して大改修されたのは02年のことである。その際当時の駐日大使ハワード=ベイカーは、実際に遊就館に足を運び展示内容がより一層皇国史観を強調する物になったことを確認している。そして「日米開戦は資源禁輸で日本を追いつめた米国による強要であり、日本は『自存自衛』と『白人優越世界打破』のために立ち上がったという歴史観」をして「あれでは日本が戦争に勝ったみたいだ」と言わしめている。更にある外交官の「日中間に歴史解釈の違いがあると言うだけの話なら米国は無視するが、yusyukanは無視できない。真実を語っているとは思えない。首相が戦没者に敬意を払うのはいいが、問題はyusyukanとのかかわりだ」ポール=ジアラ元国防総省日本部長の「第二次大戦が他国の過失によるという印象を受けるどころか、日本の戦争が正しいとさえ思わせる高慢な内容だ」、ジム=ケリー前国務次官補の「靖国神社参拝によって、日本の首相がyusyukanの考え方を肯定していると受け取られないか」という発言を紹介している。米帝首脳は小泉の靖国参拝の中に日帝独自の軍事大国化への野望を感じ取っていると言えるだろう。

 日帝が日帝である限り、例えどんなに絶望的な物であっても軍事大国化とアジア侵略を独自で行える帝国主義への飛躍を狙うしかないというのが中核派の認識だと言えるだろう。だからこそ日帝のアジア侵略を内乱に転化し日本帝国主義打倒という戦略が出てくるのである。対米従属論からする日帝に対して独自の外交戦略を形成せよと言う日共スターリン主義の主張は、じつは再び三度アジア侵略に踏み込もうとする日帝への応援であり、反米愛国主義を鼓吹して帝国主義としての日本に対する武装解除を主張する、実に反動的な主張なのだと言える。

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 ここまで書いて「三四郎日記」にトラックバックを送ろうとしたら、「帝国主義についての覚え書き~その4」として新しい記事があり、その中で「新左翼は、韓国帝国主義、オーストラリア帝国主義ってのも想定してるんだろうか?」という一文があった。更に「個人的な感想を述べれば、・・・・。もはや、レーニン的な「帝国主義」論を現代に適用するのは荒唐無稽であろうと思う。むしろ、ネグリ=ハートやアラン・ジョスクの「帝国」論の方がよりマトモな認識だろう。」と締めくくってあった。ここに帝国主義に対する無理解と思想的混乱を見るのは私だけではないと思う。韓国は新植民地体制諸国である。オーストラリアも同様であるといえるだろう。

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「経済・政治・国際」カテゴリの記事

コメント

 「検証内ゲバ」は読んでみたいと思っていますが中々手を付けられずにいます。新指導路線ではカクマルとの党派闘争は対人殲滅戦から転換したように思えるのですが。

投稿: アッテンボロー | 2006年2月14日 (火) 17時41分

小西誠社長の社会批評社から『検証内ゲバ』という本が2冊出ています。このパート2の方に蔵田計成氏が書いた文を僕が「けちっょんけちょん」に批判した経緯をめぐって、ご当人のご立腹もさることながら草加さんもぼくを批判しているのですが、それはさておき、同書で僕は「景清」名で「『革共同両派への提言』から何を学ぶべきか」と題して一文を書いています。

この元になった事件については立花隆『中核VS革マル』に詳細に出ていますが、事件の経過からはどう見ても革マル派の陰謀的な動きが浮かび上がってきます。これを「喧嘩両成敗」的に納めようとしたのが「知識人提言」なるものでした。「内ゲバはもうたくさんだ」という一般的な意識を利用して革マル派は中核派との「戦争」を外部の圧力によって終息させようとしたわけです。その後の経過を考えると、「中核派対革マル派」両派だけの次元でみれば徹底報復の中核派に対して、自分で仕掛けながら自分で納める事ができなくなった革マル派の戦術的敗北と言えそうです。

しかし、「党派対党派」でこの問題を処理していった結果、左翼全体が大衆的支持を失っていった事にいい加減に気づいてほしいものですね。中核派指導部には。…という言い方をするのは中核派下部メンバーはその事に気づいているからです。また革マル派の場合、論外ですから。

投稿: まっぺん | 2006年2月14日 (火) 14時46分

 何故カクマルのように恐怖支配という安易な手法に囚われてしまったのかが中核派や解放派の学生戦線における重要問題でしょうね。異論があってもそれと切磋琢磨する形の法が運動総体としては高揚するように思うのですが。

投稿: アッテンボロー | 2006年2月14日 (火) 09時04分

いや、「私の感覚からすると」なんて言わなくても、元々はカクマルが悪いと思いますよ。内ゲバ主義が云々という場合も、中核とカクマルを同列には扱えないとは思います。

この「自分達以外のすべての左翼勢力を解体・打倒しつくした後に、はじめて革命闘争がはじまる」みたいな、世界に例を見ない珍妙にして凶暴な団体の存在がすべての元凶でしょう。ですから、内ゲバ問題は、その当初においては、かかる凶暴な団体の存在に対し、これをどう規定して、どのように対応・対抗していくか?という問題であったと思います。

しかし、やがてだんだんと、中核や解放派が、カクマルとの内ゲバで培った軍事力を、カクマル以外の諸勢力や諸党派、さらには一般の学生・市民に対して行使したり、恫喝材料に使ったりしたことが、問題を更に複雑にしていったと思います。私達にとっての「内ゲバ問題」とは、対カクマル戦ではなく(もちろんそれも含みますが)、むしろこちらの問題でした。

アッテンボローさんには申し訳ないですが、私らから見たら、遠くにいる「カクマルをどうにかせんならん」という問題よりも、より近くにいる「中核(と解放派と民青)をどうにかしてえな」という問題のほうが遥かに切羽詰ってましたねー。どうも人間は(特に左翼は)自分が批判している者にどんどん似ていってしまうんかいなと思ってました。

投稿: 草加耕助 | 2006年2月14日 (火) 04時06分

 まっぺんさんの思い出にあるような竹竿でやり合うくらいのゲバなら本当にまだ修復できたでしょうね。私の感覚からするとカクマルが悪いとなるんですが。

投稿: アッテンボロー | 2006年2月13日 (月) 21時10分

草加さん。今となっては懐かしい話ですね。(^^)>竹竿ゲバ

当時の状況を考えるとそこに居合わせた可能性は大ですが、直接、そのご当人に突かれたかどうかはわかりません。正確にどの位かは覚えていませんが、あの時は戦旗派2〜300位?と叛旗・情況連合軍100〜200位?とが激突し、僕らはたちまち蹴散らされ、公園周囲の生け垣に転がされたり逃げたり。僕はその転がされた数人のうちの一人だった。「二度と来るんじゃねーぞ」と言われたあと、僕らは「このメットかぶってるのはまずいね」と、そこらに放り出したり、ある者は袋にしまったりして、その後は一応「群衆」のひとりとして集会に参加してたような記憶があります。当時(70年頃)の「内ゲバ」の水準がわかるでしょう? その程度までなら、まだいくらでも修復の余地はあっただろなー。・・・遠い目

投稿: まっぺん | 2006年2月13日 (月) 12時06分

 まっぺんさんの書き込みへの返事が遅くなり、失礼しました。少々脱線していただいてもうちは平気です。色々な思い出話を伺うのは勉強になりますので。ある意味では戦争体験者の経験を聞くのと同じように意義のあることだと思います。
 現代資本主義の把握については確かに資本の側が様々な政策などを取り入れることで変かはあると思うのですが、帝国主義としての本質には変化がないように思っています。本当は「現代帝国主義論」の再学習と「現代帝国主義論Ⅱ」の学習をすべきなのでしょうが。
 草加さん小川さんの書き込みには私も誠実さを感じました。「別個に進み共に打つ」で良いと思います。まっぺんさんとは間接的に知り合いだったと言うことになりますね。

投稿: アッテンボロー | 2006年2月12日 (日) 11時41分

>>アッテンボローさん
ちょっとエントリーと関係ない話題を続けてしまいますが、どうしても書いておきたく思いますので、お許し下さい。

>>小川さん
こんにちは。とても誠実な書き込みで好感を持ちました。たとえ共同できることがなくても、せめて交流しながら「別個に進んで共に撃つ」ことができればいいですね。

>オウムみたいな連中、くらいの認識しかないんです。(ごめんなさい・・・)

いえ、謝る必要はないです。そんなふうにしてしまったのは、私達の責任でもあるわけですから。思えば当時から、このようなネットがあれば、批判相手だって、「トロッキスト」だの「にっきょう」だのの得体の知れない悪者ではなく、自分と同じような理想を持った、同じ人間なんだということがわかりあえたと思います。そういうことって大切ですよね。

>若い共産党支持者や党員ですら、共産党自身に対して「宗教的」なものを感じるくらいですから

現代社会を変革するための思想を実践する運動は、現代社会のイデオロギーを無批判に前提にする人からは、多かれ少なかれ「宗教的」に見えるかもしれませんね。もちろん、本当にそうならないように注意する必要はありますが、そう批判する人だって、「ブルジョアイデオロギー」を当然の常識として、いわば宗教的、無批判に受け入れているからこそ、それと衝突するものがそう見えている側面があるわけです。「宗教」とレッテルを貼られた時は、そのことを忘れてはいけないと思います。頑張ってください。

>>まっぺんさん
>竹竿でちょっと突かれて「二度と来るなよ!」と一渇されておしまい。

げげ!戦旗の先輩で「竹竿でちょっと突いて、相手の落とした竹竿を足元に投げ返してやりながら『二度と来るんじゃねえぞ!』と一渇しておしまい。今から考えればのどかな時代だった」と言っていた人がいましたが、ひょっとして、その相手の人がまっぺんさんだったのか!?

投稿: 草加耕助 | 2006年2月12日 (日) 05時03分

 小川さんようこそ。ここに書き込んでもらうのは初めてですね。大歓迎です。小川さんは確か大学院生でしたね。確かに私の同級生の中には大学生くらいの子供がいる者もいますので親子ほどの年の差、時代の違いという物を感じますね。今現在は左翼総体が少数派ですから。でもある意味では、先入観無しに共産主義思想に触れてもらうことも出来るかも知れません。
 時代で言いますと人生を通じて様々な資本主義社会の矛盾を見聞きし経験してきましたので、その中で共産主義への確信という物がますます強くなってきています。物心付いてから世の中は悪くなる一方で有るというのは私の思いですね。共産主義を学べば学ぶほど資本主義の矛盾を感じます。
 同時に勉強不足も実感しますね。直接党派闘争をしていた他党派に、論争に勝つためにそれなりに勉強しましたが、そうでないところについては全くと言っていないほど学んでいません。出来るだけ色々な理論や実践を知った上で論じていきたいと思います。

投稿: アッテンボロー | 2006年2月11日 (土) 18時52分

「三四郎日記」の小川です。

この議論の火付け役だったのにも関わらず、傍観していました。

日和見ですね、文字通り(爆)

うーん。確かに、イデオロギー上の問題とか、読んでる本の違いとかもあると思うんですけど、ここまでの書き込みを読んで思ったのは、「生きてる時代が違うんだな~と。」

僕は、正直言って皆さんから見れば「子ども」位の年齢だと思うので、、、、考え方にギャップがあってある意味当然だと思いました。

今の大学って、セクトって言ったって一つ居るか全くいないか。しかも、「セクト」に対する一般学生の認識は「アヤシイ宗教団体」って感じなんです。若い共産党支持者や党員ですら、共産党自身に対して「宗教的」なものを感じるくらいですから、「中核」とか「革マル」というと教科書にでてくるくらい昔に「ゲバ棒」もって殴り合っているオウムみたいな連中、くらいの認識しかないんです。(ごめんなさい・・・)

だから、あまり関わりたくない・・・って感じで今に至っているので、正直言ってここにくると勉強になります。インターネットって、普通に暮らしているだけでは分からない事が分かって良いですね。

帝国主義については僕も研究中なので、系統だった見解を持つには至っていない、というのが現状です。取りあえず、アッテンボローさんと現代の帝国主義についてともに勉強出来ればいいなと思っています。

とりとめもない書き込みですみません。

投稿: 小川 | 2006年2月11日 (土) 17時50分

うわ! 草加さん、すごい話ですね。僕は学校にたまたま情況派の先輩がいた事から一時情況派の隊列にいた事があるんですが、ある時集合をかけられ、叛旗と合流して豊島公会堂に結集。なんだかよく分からないまま戦旗派と構内で内ゲバをやりましたっけ。そのまま隊列を組んで脱出、外の公園でデモ。あの時はお互いそれで終わって、とことん追いかけるとか逃げるなんて事もなかった。明治公園で蹴散らされた時にも、竹竿でちょっと突かれて「二度と来るなよ!」と一渇されておしまい。内ゲバもまだのどかな時代でした。草加さんの場合、ちょっとシャレにならないね。アブナイところでした。ヾ(^o^;)

テーマから大分反れてしまった。僕が自分の事を話したのがきっかけですね。ごめそ。じゃ、テーマをちょっとだけ戻します。レーニン『帝国主義論』では帝国主義時代を資本主義の後期の時代と捉えていると思いますが、今では新しい見方が始まっています。先日紹介した寺岡論文だけではなく、昨日模索舎でちょっと拾い読みした本(『コムネット』だったかな?)でもこれまでの「帝国主義論」的分析でよいのかの試論が出ていました。レーニンも当時の金融寡頭支配体制を分析して『帝国主義論』を書いたわけですが、それから百年。資本の動きは当時と比較して量的拡大だけではなく質的にもいろいろ変化している。現代資本主義の新しい把握と、それに基づく新しい戦略が求められているのではないでしょうか。

投稿: まっぺん | 2006年2月11日 (土) 11時09分

 草加さん今日は。みんな色々あったんですね。何が人生を変えるか分かりませんね。解放派と言えば私の所属する組合の支部はかつて解放派の拠点でした。91年の分裂で離党したようですが。良く分裂するところだなあとも思いました。

投稿: アッテンボロー | 2006年2月10日 (金) 10時55分

私の大学には解放派と戦旗とプロ青と民青がいましたが、最初にオルグられたのは解放派でした。部落解放研に入らないか、みたいなことで、そこは部員全員が解放派メンバーのサークルだと、随分と後になって知りました。

狭山闘争に興味があったので、何回か解放研の部長さんとお話して「その気」になりかけていましたが、ほどなく連絡がぷっつりと途絶え、部落解放研のボックスも年中鍵がかかったままになりました。
実はその時に解放派が分裂し、激しい内々ゲバが発生していたのです。学内ではたった一人、労対派についたらしい部長さんは遠くへ逃げたらしい。あれが私の運命の分かれ道だったかなあ。

あと半年、解放派の分裂が遅かったらと思うと、((((;゚Д゚)))ガクガクブルブル

投稿: 草加耕助 | 2006年2月10日 (金) 06時30分

 丁寧に教えていただき有り難うございます。トロツキーの本は「ロシア革命史」と「自伝」しか読んでいないので是非とも時間を作って勉強したいと思います。「裏切られた革命」「文学と革命」も持ってはいるのですが、恥ずかしながら積ん読状態です。
 実は私は初めて中核派に遭遇した同じ日に第四インターとも遭遇しています。そちらはビラをもらっただけで話し込むことがなかったのが人生の岐路だったのかも知れません。私も単純と言えば単純です。

投稿: アッテンボロー | 2006年2月 9日 (木) 20時27分

永久(永続)革命論(=パーマネントレボリューション)と過渡的綱領はトロツキズムの重要なファクターで、ぜひ読んでほしいですが、それよりここでは自分の体験を話したいと思います。僕が「政治」に目覚めたのは69年、高校生の時でした。一方では共産党・民青が「諸要求貫徹」をスローガンとし、他方では新左翼や全共闘が自己否定と革命を叫んでいました。民青の場合は、決して徹底的対決に至るような要求は挙げない。権力側に譲歩の余地がありそうな段階までしかやらないんです。それに対して、新左翼は根本的な問題を突きつけてくる。当時は、そりゃもう後者に惹きつけられますよ〜!

だけど、それは果たしてこの社会をぶち壊し、新しい社会を建設する水路を開く方針なんだろうか? そういう疑問を持っていたんです。革命の問題を「自分の問題」として考える分には「とことん決意を固めてもいいかな」とも思っていましたが、全人民大衆の問題として考えた場合、そういう自己否定的な「決意」を迫る事で運動は進むんだろうか。普通の労働者の当たり前な要求とかに目を向けないでいいんだろうか。つまり現実の庶民的要求と、最終段階としての革命と、言い換えれば「最小限要求と最大限綱領」との間をつなぐものがない。そうおいう気持ちに答えてくれたのが「過渡的綱領」でした。以後、僕は四トロに近づいていった。単純ですね。(^◇^)

投稿: まっぺん | 2006年2月 9日 (木) 20時10分

 それなんですが、永続革命論と日本への認識の関係ががどうも良く分からないんです。直接第四インターの人と接したことがないので今まで勉強していないんですが。

投稿: アッテンボロー | 2006年2月 9日 (木) 19時38分

共産党は「半従属・半自立」論。ここからは、第一段階として民族ブルジョアジーとも連携した「日本の民族独立」がまず革命方針としてうち立てられます。社会主義革命はそのあと。二段階革命論ですね。それは今も変わっていません。共産党がいまだに民主党などとも野党連合を目指しているのはそういう事でしょう。しかし金融グローバリゼーションの時代に民族ブルジョアジーを支持するのは、もう反革命としか言いようがないな。

それに対して新左翼党派の多くは「日帝はすでに自立している」との立場から、社会主義革命が直接の目標になります。つまり一段階革命論。ブント、中核派がそうでしょう。寺岡さんの本には、大坂中電の話が出ていましたが、当時ブントはここを拠点にマッセンストを扇動していました。ストライキから工場占拠・自主管理、地域権力樹立というような方針だったのかなー?

いま振り返って考えると、第四インターの場合、「反従属・半自立」の共産党と近い認識のような気もします。ただ、二段階革命ではなく永続革命で、方針は違いますけど。 

投稿: まっぺん | 2006年2月 9日 (木) 19時18分

 まっぺんさん今日は。どうも私の頭では寺岡さんの論や第四インターの認識がピンとこないのですが。日本が「自立帝国主義」とした場合、どの様にして資本主義社会を転覆する戦略が出てくるのでしょうか?「かけはし」もサイトで拾い読みしかしていないのでどうも体系的なことの把握が出来ていません。

投稿: アッテンボロー | 2006年2月 9日 (木) 17時15分

またまたお邪魔します。\(^o^)/

かつて共産党では日本が「自立帝国主義国家か、米帝従属国家なのか」論争し、結局「半自立・半従属」国家という規定に落ち着いたわけですが、そのため「帝国主義ではなく、軍国主義」と表現していたんだと思います。それに対して新左翼各派のほとんどは日本を「帝国主義」と規定していたわけで、それは日本が自立している、との規定に基づくものと判断できるわけです。

この点について、またまた寺岡さんの本からで申し訳ないんですが、彼は戦前の帝国主義時代までを「資本主義前期」、それ以後現代を「後期資本主義」と表現しています。どこが違うかというと、前期までは帝国主義諸国が「自立した国民国家」として存在し、自国を中心に農民、労働者、植民地を搾取してゆく時代。後期資本主義時代は、金融経済の高度な発達によって(それはレーニンの時代を遙かに超越している)、もはや一国で自立した国家の存在はあり得ない(例外的に、アメリカは軍事・政治超大国として自立していますが)と分析し、これを「半国家」と呼んでいます。米帝を除きどの国家も「半国家」なので、地域共同体的に存立するしか道はない。そこで今後の日本が進む道は米帝の傘の下で米帝国主義連合の一員となるか、または東アジア共同体の一員となるか、ふたつしかない、と予想を立てています。

多少の違いはあるけど、第四インター系の「帝国主義」についての認識はそんな感じで、今後日本が「自立帝国主義」として存在する余地は無いと考えているんじゃないかと思います。それはかつて「国家」を楯として経済活動をしてきた金融資本が、国家の壁をうち破る程に強大なものになってしまった結果といえます。この規定に従えば「帝国主義戦争を内乱へ」のスローガンはもはや役に立たなくなる事になります。

投稿: まっぺん | 2006年2月 9日 (木) 16時59分

 草加さんお気遣い有り難うございます。

投稿: アッテンボロー | 2006年2月 9日 (木) 12時45分

Palermoさんだかsagesageさんだかよく存知あげないのですが、私のブログに反論もかねて、あなたのための場所を設けてございますので、今後は以下のエントリーにコメントいただきますように。
http://hatahata.mods.jp/modules/wordpress/index.php?p=274

アッテンボローさんのサイトに粘着して私の個人攻撃をするのは筋違いだと思います。アッテンボローさんにも大変にご迷惑をかける行為であって、ますますあなたの主張の信用性をご自分で損ねておられると思います。
私への批判は私のサイトの、しかるべきエントリーに対して行うべきだと思います。

投稿: 草加耕助 | 2006年2月 9日 (木) 05時18分

 一夜のうちにと言うか朝のうちに沢山の方々の書き込みの反響の大きさに驚いています。ゃの問題って重要なんだと改めて自分で思ってしまいました。
 kamakazuさんが「三四郎日記」の小川さんに賛成して言われるようにネグリ=ハートやアラン=ジョスクにも学ぶべき点というか最新の分析はあるのでしょうが、残念なことに私は読んでいません。読みたいとは思っていますが。ですから、ここでの私の論の建て方はレーニン「帝国主義論」と一般的な商業新聞の記事および過去に学んだ中核派の文献から自分なりにまとめた物です。
 ただ思うのは小川さんの論じ方はレーニンの「帝国主義論」のどこが現代に適用できないのかという点については全く触れていませんね。また、共産党の綱領を例にしてそこから日本が帝国主義ではないと言っているわけですが、相矛盾する綱領については十分な検証がないままだと思います。つまり、共産党指導部の二つの綱領のうちどちらか一方は絶対に間違っているわけです。私は両方間違いだと思いますが。
 争闘戦に関して言えば多国籍企業の存在はありますが、それらであっても「国籍」「国境」による制約から「自由」になっているとは思えないのです。アメリカ資本が利害を貫徹するためには米帝を通じて行っていますし、日本資本の場合も同様に日帝を通じて他国資本との競争を有利に行おうとしていませんか?
 アントニオさんの引用にある第四インターの分析ですが、現時点で米帝に軍事的に対抗する力量を持つ帝国主義がないために最後の一線を越えてまで利害を貫徹し得ないと言うことだと思います。その解釈で良ければ引用記事については同意できます。
 第三次世界大戦および日米戦争に関しては将来の情勢がどの様に変化するか分かりませんから現時点では直ぐに勃発するような物ではないと思います。問題は今日の日本で吹き荒れている差別排外主義の熱病が、日帝支配階級のコントロールを越えてしまったときに生じる混乱の中ではあり得る可能性を排除することは出来ないと思います。その意味で日共やカクマルの反米愛国主義は危険だと思います。
 草加さんが解説してくださった各党派の帝国主義に関する認識というのはその通りだと思います。ブント系については西田戦旗と蜂起派くらいしか知りませんので参考になりました。
 唯第三世界=新植民地支配体制下の諸国における人民の闘争については中核派としてもそれなりに評価していたように思います。現代社会のとらえ方の中で帝国主義とスターリン主義の対決だけでなく、それぞれの足下で澎湃と巻き起こっている人民の解放闘争の闘いこそが帝とスタをしてより一層の反人民適正作を取らせているという物だったと思います。
 旧フセイン政権やアルカイダのような勢力に関しては本当に今こそ労働者の国際主義的連帯で共産主義世界革命に向かう闘いを築く必用を感じます。やはりその点で言うと私の場合は反帝反スタになるんですね。
 黒目さん、どうもいつぞやも書き込んでいた人のようですね。ちゃんと筋道立てて草加さんを批判すれば同意する人もあるかも知れませんが、この書き方ではそうはならないでしょうね。で、出来ましたらこの様な書き込みには反応しないでいただくのが良いかと思います。レスが付いてしまうと削除しにくくなりますので。
 

投稿: アッテンボロー | 2006年2月 8日 (水) 16時38分

本筋となんの関係もなくて申し訳ございませんが、このsagesageという人は、この間も別の名前で出てきてた、なんだったか忘れちゃいましたが、非常に独特な、少なくとも日本ではこんな主張している奴は一人しかおらへんで、という「あの人」なわけですが、こういうのってやはり、自己同一性というような事が最初から問題にならない「ポストモダーンな主体」だからなんでしょうかね?
最近、2ちゃんねるの機能みたいな事を考えているんですが、こういう最初からアイデンティティ無い奴が、居場所を見つけたのが2ちゃんねるなんだろうか、とか。
ネトウヨの事を考えるよりも、こういう「新しい主体の自称左翼」を検証した方が考えやすいよおな気がしています。

投稿: 黒目 | 2006年2月 8日 (水) 14時38分

>どちらの味方もせずに国境を越えて両国の人民が手を取り合えるようにしていくこと、もって自国政府打倒の闘いを共同していくこと、それを可能とする勢力の構築が現代社会の課題であると思います。

なるほどなるほど。そのために「人権と民主主義」の旗を掲げてファシスト三浦小太郎らと共同することが必要なわけですね。

投稿: sagesage | 2006年2月 8日 (水) 09時37分

こういう言い方をしては何ですが、「なつかしい」なあと思いました。
「現代世界を決定つけている主動力は何か?」と言う問題に関して、中核派は帝国主義であると言い、帝国主義同士の争闘戦(日米開戦)にいたる日帝の軍事大国化の道を阻止し、それを逆に蜂起内戦へという主張であったと思います。

それに対してカクマル派は「スターリン主義起動力論」で、ソ連の陰謀が世界を動かしているみたいな「ソ連主敵論」で、実際には現在のネットウヨみたいなことを言っていた印象があります。戦争のイメージとしては「帝国主義とスターリン主義の覇権争い」みたいな。これはスターリン主義のみじめな崩壊で破産した考え方です。

共産党は、日本はアメリカの植民地であって、その従属化におかれて軍事的にも政治的にも経済的にも支配されている。だから当面は(まるで第三世界みたいな)植民地からの民族解放闘争を、国会のわが党の議席を増やすことで実現していくという考えでした。

これに対してブント系は(日米争闘戦論を主張した旧戦旗西田派のような例外はありますが)、今や第二次世界大戦時と決定的に違うのは、帝国主義と闘う人民の歴史的な登場であり、第三世界をはじめとする人民の闘いこそ、世界を決定づけていく要素として見ていくべきだという考えだったと思います。そこでは帝国主義と対立するスターリン主義(カッコつきの「労働者国家」)の「群」としての登場ともあいまって、もはや帝国主義同士で覇権争いをしている余裕は彼らにはなくなった。よって帝国主義同士は矛盾をかかえながらも米帝を中心に軍事同盟を結び、スターリン主義国家を包囲して裏切りと屈服を引き出しながら、主要には第三世界などの人民の決起を押さえ込む共同侵略反革命戦争が機軸になる(帝国主義の没落、スターリン主義の破産、人民の進撃)。よって日本人民の闘いは、日米韓軍事同盟によるアジア侵略反革命を蜂起内戦に転嫁してくことだということでした。

当時としては、日米安保体制との闘いの中で、ブント系が一番説得力があるように感じたものです。ベトナム戦争時の全世界的な反戦闘争を見ても、あるいは現在の中国と日本の資源争奪戦を見ても、今や帝国主義は好き勝手に世界の人々を自己の権益のために隷属させたり、資源争奪のために簡単に軍隊を動かすことはできなくなっています。レーニンの時代から、徐々に人民の力量が増していく過渡的な段階ではどうなるか?それが現代社会ではないのでしょうか?帝国主義同士が相互に経済的にも軍事的にも依存しあわねばならないところに追い込まれている以上、単純な争闘戦にはならないように思います。

しかし、一方でイラクの旧フセイン政権や、アルカイダのように、帝国主義と闘っている勢力の側が、人民の利害を正しく代表していない現状では、人民の力は出口を失い、低迷・混乱します。現在の日本や中国との表面的な「争い」においても、どちらの味方もせずに国境を越えて両国の人民が手を取り合えるようにしていくこと、もって自国政府打倒の闘いを共同していくこと、それを可能とする勢力の構築が現代社会の課題であると思います。

投稿: 草加耕助 | 2006年2月 8日 (水) 09時12分

>第四インター国際委員会

WSWS (World Socialist Web Site)のことですか?

投稿: situmon | 2006年2月 8日 (水) 09時05分

 レーニン帝国主義論は、現在世界にも基本的に有効と思いますが、それがどう現実化するかは、具体的な状況をみる必要があると思います。「第三次世界大戦論」や「日米戦争論」は、具体的分析を欠いた原理主義だと思います。
 実際、第二次世界大戦でさえ、帝国主義間戦争の組み合わせは、具体的状況で決まったわけだし、仏帝ヴィシー政権は、ヒットラーにたたかわざる屈服を選んだわけです。
 横田・横須賀基地のように首都がすでに軍事的な制圧されているような状況で、日米開戦を想定するのはナンセンスと考えます。
 もちろん、日帝の独自利害が米帝と対立する面があるのですが、それがどう具現するかも大切な問題と思います。誤解を避けるために付言すれば、「反米愛国」的な主張は、日本では支配階級の利益を後押しする論理であると考えます。

投稿: アントニオ | 2006年2月 8日 (水) 07時39分

ちょっと、長い引用ですが、第四インター国際委員会の1年くらい前の声明です。現状分析としてはマトを得ていると思います。
> 帝国主義諸国自身の間でのあつれきは、・・・イラク侵攻に対するフランスとドイツの反対は、戦争の正統性を掘り崩すことに貢献した。サダム・フセイン体制のパートナーであり特権的支援国(ついでに言えばロシア)であるフランス政府にとって米国がイラクを掌握するという見通しは、フランス資本とフランス国家にとって実質的な損害となるものであった。ドイツのシュレーダー―フィッシャー政権にとって、それはやっとのことで勝利した選挙上の利害にかかわっていた。とりわけドイツにおいて不人気だったイラク侵攻へのシュレーダー首相の拒否は、彼の社会自由主義政策への不人気ゆえに敗北が予測されていた選挙で、彼が再選されたことに貢献した。しかしフランスもドイツもイラクへの侵略を助け――ドイツは領土内の米軍施設の無制限の使用を承認し、フランスはその空路を開放することによって――、侵攻がうまくいくことを願ったのである。
 こうした事実は、欧州憲法条約が欧州連合のNATOへの依存を完成させる時点において、米帝国主義との関係におけるサバルタン(従属的)帝国主義諸国の軍事的自律の今日的限界性を示している。帝国主義同盟諸国による米国の覇権への挑戦は、とりわけその傲慢と単独行動主義が行き着くところまで行ってしまったブッシュ政権に直面して、帝国主義世界システムの軍事的・政治的管理における自らの固有の利害にもっと配慮を要求する以上には進まないのである。米政府とのバートナーシップ、あるいはどの他国によっても置き換えられない世界資本主義の主要な軍事力としての米国の役割に、いささかなりとも疑問を唱える兆候は存在しない。

投稿: アントニオ | 2006年2月 8日 (水) 07時30分

たびたびすいません。kamakazuです。

>むしろ、ネグリ=ハートやアラン・ジョスクの「帝国」論の方がよりマトモな認識だろう

ボクもなんとなくこう思うのです。前のエントリー「岩波文庫と国民文庫 」への長いレスの最初の文章で書いたように、「『帝国主義』と言った場合、レーニンの帝国主義論に出てくる世界はむしろ狭義であります。広義では、」とボクは書いたのですが、三四郎さんもそのあたりに目が行っているのかな?レーニンを否定するつもりはないのですが、若い頃読んだ限りでは、その日、そのときの状況に応じて書いているもので多くあり、普遍性においては、?マークがつくものが多いと思うのです@レーニンの著作。「帝国主義論」も当時は的を得たいたかもしれませんが、現在の目で見ると、むむむ・・・な感じもします。

むしろ、三四郎さんの方が、「かつてのしがらみは捨てるつもりだぜ(^^)」なんて思っているような気がします。ちょっと、三四郎さんもエキサイト気味なのですが、ボクはなんとなく、三四郎さんとならいっしょにやれそうです。ボクの中では、「細かいことは気にするな」の範疇ですが・・・その辺がむずかしいだろうなぁ。

個人的には「争闘戦」論は、あまり賛成していません。搾取の自由を求める理念はすでに国境を超えていて、今は、こいつらと戦う時代になっているとボクは認識しています。「搾取の自由はこれを認めない」という条文を憲法に入れたいkamakazuでした。

今日の書き込み、省略が多過ぎるなぁ。

投稿: kamakazu | 2006年2月 8日 (水) 04時37分

 HISAさん今晩は。遅い時間まで起きておられるのですね。私も夜型の生活になっているので改善する必要があるのですが・・・
 「三四郎日記」の小川さんは多分「前進」や「現代帝国主義論」などの中核派の文献は読んでいないと思うのですが、私のこの記事に対して付けたトラックバックで共産党の文献を読まないで批判だけしていると書いてありました。私の場合妻が民医連の病院に勤務している関係もあって共産党の出版物は時々手に入る状態なんです。出来るだけ普遍的な資料を基に書いているつもりなのですが、その辺を理解していただけないようですね。その辺がスターリン主義的な思考の硬直化の現れなのだとおもいます。

投稿: アッテンボロー | 2006年2月 8日 (水) 02時12分

 さっそくの帝国主義論の講義開始ですね。
 例の本、発注しました。2、3日で届く予定です。
 僕は、ある部分で「対米従属」という規定にはシンパシーをもっていますが、件の三四郎日記の「帝国主義~その1」から「その4」や新社会党関連の記事を読んでいると、違和感がありますね。「マルクス・エンゲルス・レーニンを金科玉条、教条主義的にとらえることは禁物である」というわりに、党本部の見解を金科玉条・教条主義的に受け入れているあわれな末端共産党員の姿を思い浮かべてしまいます。

投稿: HISA | 2006年2月 8日 (水) 01時42分

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