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2006年3月11日 (土)

「帝国主義論」その7

 「マルクスの学説については、いまや、革命的思想家や解放闘争をおこなっている被抑圧階級の指導者たちの学説について歴史上たびたびおこったことがおこっている。抑圧者階級は、偉大な革命家たちの生前には、彼らに不断の迫害をもってむくい、その学説を、野蛮きわまる敵意、狂暴あくなき憎悪、、虚構と中傷との乱暴きわまる攻撃をもってむかえた。彼らの死語には、非抑圧者階級を『慰め』、瞞着するために、彼らを無害の聖像にかえ、彼らをいわば聖列にくわえ、彼らの名前に特定の栄誉をあたえると同時に、他方では革命的学説の内容を去勢し、その革命的な切っ先をにぶらせ、それを卑俗化しようとする企てがなされる。マルクス主義のこのような『改作』に、いまや、ブルジョアジーと労働運動内部の日和見主義者とが一致共同している。彼らは学説の革命的な側面、その革命的精神を忘れ、押しのけ、歪曲している。そして、ブルジョアジーにうけいれられるもの、もしくはうけいれられると思われるものが前面におしだされ、礼賛されている。今日では、社会排外主義者はみな『マルクス主義者』である-冗談はよしたまえ!-そして昨日まではマルクス主義撲滅の専門家であったドイツのブルジョア学者たちは、略奪戦争を遂行するためにかくもみごとに組織された労働組合をそだてあげたという、『ドイツ民族的な』マルクスについてますます頻繁にかたるようになっている」

 レーニン、「国家と革命」(岩波文庫)第一章の冒頭である。何故に「帝国主義論」を論じているこの記事で上記の引用をしたのか、賢明な読者の方ならお分かりであると思うが、レーニンについても同様の「改作」が行われているからである。この間「帝国主義論」を巡って共産党支持者の小川さんのブログ「三四郎日記」との間で論争をしているのだが、彼はレーニンの「帝国主義論」を第一次大戦当時の歴史的情勢にあっては正しかったと認めているのだが、繰り返し、繰り返し、今日の情勢には当て嵌めることが出来ないと言う。「概念と理念型」レーニンによる価値判断とそれが行われた時代背景を理解していなければならない。それを無視して『帝国主義』を現状にそのまま用いることは、社会科学的には誤りであり政策科学的にも重大な過ちを生むことになる。」のだそうである。ではレーニンの学説をどの様にして現代に適用するのか、どの点が適用すべきではない点なのか。彼との論争の間で私は現代も資本主義の帝国主義段階であり、帝国主義による侵略戦争及び帝国主義間戦争が避けられないことを力の限り論じてきたのだが、彼は十分な反論をしてくれているであろうか?私にとっては彼は、レーニンを真っ向から論じることを避けているようにしか思えない。
小川さんに勧められた「レーニンと『資本論』戦争と帝国主義」(不破哲三著 新日本出版社)をまだ読み終えることが出来てはいないのだが、現時点での感想を述べるならば、確かに不破哲三はレーニン全集から沢山の引用を行い、「帝国主義論」に結実するレーニンのあくなき研究姿勢について述べている。だがそれだけなのだ。「不破さんは勉強家ですね」と唯一言で片付けることが出来る。現代においてどの様にして革命に接近するかという立場が全くないのである。今日の日本の改憲情勢に対して革命家として立ち向かう気概を感じ取ることが出来ない。当然レーニンの革命的な部分を強調することもない。「国家と革命」からの引用にあるようにレーニンの革命的学説の歪曲でしかないといえるだろう。

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「経済・政治・国際」カテゴリの記事

コメント

 護憲的コケシさんの言われるようにレーニンを丸ごと現代に適用することも古いと言うこともどちらも間違っていると思います。中核派の立場というのはマルクス・エンゲルス・レーニンの革命論を、その革命的部分を継承して現代に適用しようとする物です。ですから古典と同時に本多著作選や清水選集を始めとする中核派の諸文献の学習もなさって下さい。

投稿: アッテンボロー | 2006年3月13日 (月) 23時56分

 お久しぶりです。

 「マルクス・レーニンはそのまま適用できる」でも「マルクス・レーニンはもう古い」でもない道が、今は最善なのかもしれませんね。

 とはいえ、「マルクス・レーニンはもう古い」というのは「より間違って」いるようにも思います。まだ勉強中ですが動労千葉のブックレットを見て「レーニンを現代に『応用』することは十分可能なのでは?」と思っていますから。

 そしてその中で「革命とは?」といったものも議論され、実践されていくのだと思います。でもこれもまた実践の中からのみ見出される他ないのでしょうが。さらに言えば、百万人署名運動が勧めている「大統一行動」がその「実践」となるという展望を抱いています。

投稿: 護憲的コケシくん | 2006年3月13日 (月) 23時22分

 TAMO2 さん、色々なことがお有りなんですね。
 NKさん、宇野弘蔵の本は残念ながら読んだことがありませんので、いずれは勉強したいと思っています。系統だって経済学の勉強をしていないので、一度はしたい物です。

投稿: アッテンボロー | 2006年3月13日 (月) 00時24分

おじゃまします。70年代はじめころの学習会などでは、「帝国主義」についてのレーニンの定義の内最初の「自由競争から独占への転化」をといた部分については、必ずしも正しくない言う風に行われてたいた記憶があります。
つまり産業資本自身の蓄積の巨大化によって独占に転化したということと、こうして産業資本の内部から形態転化した帝国主義を独占を基軸として解明するという方法については、レーニンの説とは異なった見解をとっていたということです。
当時の中核派は、「株式会社形態を基軸とする金融資本的蓄積様式への段階的推転」という表現をしていいると思いますが、基本的には独占という実体からではなく蓄積様式という形態から帝国主義を含む資本主義の諸段階を解明しようとした宇野弘蔵の方法論を取り入れたものだと思います。
レーニンの「帝国主義」を読んで思うことは、帝国主義段階の指標についての天才的な定義と並んで「独占は全ての産業に現れるもではない」といった慎重な言葉の中にこそ帝国主義論の深化を後の民族植民地問題の展開に見られるように目論んでいたのだろうと推測します。

投稿: NK | 2006年3月13日 (月) 00時09分

いえいえ、小生にとってレーニンはトラウマみたいなものですから(謎)。

投稿: TAMO2 | 2006年3月12日 (日) 21時18分

 ご教示有り難うございます。TAMO2 さんの博学にはいつも驚かされます。

投稿: アッテンボロー | 2006年3月12日 (日) 10時58分

それから、今、読み進めている本は、公平・公正にロシア革命を扱っていると思います。公平・公正という観点では、小生が読んだロシア革命関係の本では一番だと思います。

『ロシア革命1900-1927』(サーヴィス、岩波書店)

平易で大変読みやすいです。

投稿: TAMO2 | 2006年3月12日 (日) 10時41分

>TAMO2 さん、革命をやる気のない人間が幾ら革命家の理論を学んでも全く無内容であること、そればかりか害毒でしかないというのが良く分かります。

小生の場合は、革命というものは「やる」というよりも「備える」ものだと思っています。

歴史を振り返りますと、大抵革命というものは、それに先行する社会において、政治やら経済やらを支配するものが度し難いほどの無能を曝け出したときにのみ起こると考えております。(cf.『「左翼」小児病』)

不破氏が痛いのは、彼が革命を志向しないからではなく、彼らが当面課題として措定している状況に、無理やりマルクスやらレーニンやらを当てはめようとしているからだと思います。上の吉牛コピペを作ったのも、そういう共産党的薄っぺらさに苛立ったからです。

------
レーニンというよりボリシェヴィキは、特に、内戦に至る過程で、かなり間違いを犯したと思います。その責任を、レーニン指導下という理由で、レーニンのせいにする論調(例えば、宮地健一氏など)はかなり間違っているとも思いますが。

レーニン批判の総括書としては、以下の本が良いと思います。

『レーニン 革命ロシアの光と影』

ちなみに、小生の書評は、この出版に係わった人たちによって、出版されました(爆)。以下url

http://red.ap.teacup.com/tamo2/71.html#comment

投稿: TAMO2 | 2006年3月12日 (日) 10時34分

 草加さんお早うございます。論争に夢中になっている当人には気づきにくい点のご指摘有り難うございます。共通認識であるロシア革命当時のレーニンが正しかったという事から初めて現代にどう適用するのかについて論議できればと思います。

投稿: アッテンボロー | 2006年3月12日 (日) 09時26分

私は三四郎さんは努力家だと思います。党員でもなく、単なる支持者で、体系的に党の理論を学ばれたわけでもないでしょうし、他の共産党支持者からの援護もなくて、多人数を相手に論争されておられる姿には、多少気の毒さを感じています。

それはともかく、三四郎さんは繰り返し、「帝国主義論」を現状に「そのまま」用いることができないと述べておられますが、それはまあ、そうだろうと思うわけです。当時と世界情勢が違うのは当たり前ですから。では、「帝国主義論」から現代の私たちが何をくみとるべきなのか、それを現状に適用するとどうなるのか?あるいは、レーニン(帝国主義論)はもう古くて、現代では考慮すべき対象ではないと考えておられるのか?このへんが三四郎さんの主張からは見えてきません。しかしここがポイントになると思うのです。これがわからないと、三四郎さんの意見に賛成とも反対ともコメントのしようがありません。

思うに、三四郎さんの主張は、帝国主義論ではなくて、「中核派の主張」が「現状にあわない」という点で止まっていると思うのです。それへの反論としてアッテンボローさんが、レーニンと帝国主義論を援用し、三四郎さんが一般論として、ロシア革命当時と今では状況が違うということを、アプリオリに述べられ、堂々巡りしているようです。

三四郎さんが力説して論証しようとしておられるのは、結局は「ロシア革命当時と今では状況が違う」ということにつきると思えます。それは当たり前だし、異議ありません。そして、三四郎さんとアッテンボローさんが、少なくとも「ロシア革命当時のレーニンの認識」が正しかったという共通の認識に立つのであれば、問題は現状が当時と「何がどう違っているのか(あるいは違っていないのか)」ということになります。そろそろそういう中身の議論に入られたほうが生産的なんではと思っています。

投稿: 草加耕助 | 2006年3月12日 (日) 09時05分

 ボムゴレさん初めまして。半年も読み続けてくださっているのですか。本当に有り難うございます。
 今回「帝国主義論」なのに「国家と革命」の引用をしたのは、本当に共産党系の人々の言っていることはレーニンが批判しているカウツキーらによるマルクス・エンゲルスの理論の歪曲と同じだと思ったからです。勿論私自身が正しく継承できているかどうかは丁寧に先人の理論を学ぶ中でしか検証できないと思っています。
 今後ともご愛読いただけると嬉しく思います。また書き込みもいつでもなさってください。
 TAMO2 さん、革命をやる気のない人間が幾ら革命家の理論を学んでも全く無内容であること、そればかりか害毒でしかないというのが良く分かります。共産党には名称を本当に変えて欲しいと思います。「共産主義」の名を辱めるだけだと思います。

投稿: アッテンボロー | 2006年3月12日 (日) 00時50分

小生による『レーニンと資本論』批判は以下の吉牛コピペで語り尽くされます。よって、貼りますw

------
そんな事より1よ、ちょいと聞いてくれよ。スレとあんま関係ないけどさ。
このあいだ、不破ちゃんの「レーニンと資本論」読んだんです。
そしたらなんか自分勝手な見解が一杯あるんです。
で、第5巻には「国家と革命は暴力革命必然論で間違い」、とか書いてあるんです。
もうね、アホかと。馬鹿かと。
お前らな、自分たちの都合で先人の理論を間違いと決めつけんじゃねーよ、ボケが。
階級敵が自分の利益に忠実ならば、暴力を辞さず権益を保護するのは自明の理じゃねえか。
マルクスの手紙については「大問題を私信でのみ書くのか」と言いながら、エンゲルスについ
ては、手紙から引用。おめでてーな。
レーニンはどこで道を踏み誤ったか、とか言ってるの。もう見てらんない。
お前らな、投票はしたるから共産党の看板は他の奴にやれっての。
革命ってのはな、もっと殺伐としてるべきなんだよ。
相対立する二つの階級が、ギリギリの状況で対峙して、いつ内戦が生じてもおかしくない、
殺すか殺されるか、そんな緊張感がいいんじゃねーか。日和見主義は、すっこんでろ。
で、やっとロシア革命の権力奪取にまつわるヨタ話が終わったかと思ったら、次にはコミンテルン
の設立はまちがいであったとか第6巻に書いてあるんです。
そこでまたぶち切れですよ。
あのな、社民主義じゃあるまいし、コミンテルン否定なんてきょうび流行んねーんだよ。ボケが。
得意げな顔して何が、ソ連の応援団になったから、だ。
お前は本当にレーニンの意志を継いでいるのかと問いたい。帝国主義最弱の環を断ち切られたゆえ、
世界革命を追求するために世界党が必要だ、という帝国主義論の結論を忘れたのか、と問い詰めたい。
査問部屋で小1時間問い詰めたい。
お前、一国社会主義を正統化したいだけじゃないのか、と。
共産趣味者の俺から言わせてもらえば今、カウンタームーブメントの間での最新流行はやっぱり、
分散と協働、これだね。
ネットワークを介在して重層的に繋がる運動。これが通の運動。
ネットワークってのアメーバ型の組織。当然統合責任者はいない。これ。
で、それを既存組織を超えてつなぐ。これ最強。
しかしこれを党組織がでしゃばってやると、左翼への不信感がある大衆は拒否するという、諸刃の剣。
ネット素人にはお薦め出来ない。
まあ不破君は、カウツキーの尻でもおっかけてなさいってこった。

投稿: TAMO2 | 2006年3月11日 (土) 22時53分

初めまして。ここ半年以上愛読させていただいていますがコメントは初めてです。
『国家と革命』は正月過程で久しぶりに読んだのですが、アッテンボローさんが引用されているまさにその部分に思わず苦笑してしまいました。あまりに今の共産党を言い当てているなと。まあ笑ってる場合じゃないんでしょうが。アッテンボローさんと三四郎さんの一連の議論を見ていると僕も『帝国主義論』を読み直したくなってきました。他の方々のように生産的なコメントができるかは分かりませんが、今日はとりあえずごあいさつだけ。

投稿: ポムゴレ | 2006年3月11日 (土) 22時40分

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