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2006年3月28日 (火)

法大安東祐希学生部長への抗議文添え書き

 本日法政大学学生部長安東祐希氏に当てて抗議文を発送いたしました。草加さんにおんぶに抱っこで抗議文から添え書きから、有志のサイトまで殆どを作成していただき、私は呼びかけ人・賛同人に応じてくださった方々へのお礼状を書いたくらいです。本当に今回の法政大学当局への抗議声明に関しては草加さんの力なくしては皆さんのご協力を得ることが出来なかったと思います。25日に学生が釈放されて以降は適切な文面が頭に浮かばないために、お礼状の発送自体が滞っていますが、明日あたりには何とかして未だお礼状を出せていない方々にもご挨拶いたしたいと考えています。

 以下抗議文発送の際の添え書きを公表させて頂きます。

                          二〇〇六年三月二七日

                  法政大学学生部部長 安東祐希 殿
前略。

 私達147名はその連名にて、去る3月14日に貴職の言論抑圧に反対していた学生29名を、貴職らが公安警察との綿密な打ち合わせの上で逮捕させた件につき、厳しい抗議の意思を表明いたしたく、本状を差し上げるものです。私達の意志は、本状に同封いたしました抗議文を通じて表明されておりますので、内容をよくご検討の上、早急に行動をとっていただきたく、ここに要請いたします。
 なお、この抗議文は、学生達が釈放される以前の3月19日、インターネットの個人サイト上に、たった二人の無名の個人が呼びかけて公開されたものです。このため、学生達が釈放された現状にあわない表現が若干含まれておりますことをお断り申し上げます。すでに多数の方々に賛同いただいており、その方々すべてに連絡をとって文案を修正することが短期間では困難なため、公開当時の原文のままご送付いたします。ただし、私達がこの抗議文を通じて貴職に要請したことの趣旨は、現在でもまったく変更する必要はないと考えております。
 とりわけ貴職によく認識していただきたいのは、この、いわば無名の個人サイトにひっそりと公開されたに過ぎない貴職への抗議文は、ネット上で大きな反響を呼び、わずか一週間で145名もの賛同を得るにいたったということであり、さらにいくつものサイトが転載、リンクなどの形で協力を申し出ていただく中、今も広まり続けているということです。疑われるのなら、貴職の氏名でネット検索をしてみて下さい。すぐに貴職への抗議文を掲載しているサイトが何件も見つかるはずです。そして、これは今も増え続けているのです。これは私達が意図したことではなく、まさしくこれが自然な成り行きというものなのです。
 すでにインターネット等で流通している情報によりますと、貴職は自らの行為を反省し、学生とその家族に謝罪するどころか、学生達が釈放された直後、あわてふためいて彼らに「自宅謹慎」を命じて学内に登校させないという姑息な「処分」を下したとされています。ネット上ではこの措置への怒りの声があふれおり、私達も全身が震えるような憤りをもって、すべての人々と共にこの怒りを共有します。このような行動は、貴職にとって、まさしく恥の上塗りとしか言いようのないものであり、火に油を注いでいたずらに問題を拡大し、貴職をますます窮地に追い込むものでしかありません。即刻撤回するべきです。
 私達は、貴職には、言論と自由の府である大学内において、学生達を不当な言論抑圧から守り抜く、神聖な使命があると考えます。そして貴職の今後の行動は、すでに多くの大衆が注視していることを片時も忘れないでほしいと思います。
 私達は闇雲に貴職を論難する者ではなく、貴職がその使命を全力で果たされんことを祈念している者であることをご理解ください。
 お返事お待ち申し上げております。
 早々。
         法政大学に抗議する有志147名一同より

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「経済・政治・国際」カテゴリの記事

コメント

 そうですね、無理をしては続きませんので自然に関われる範囲で早稲田の件や立川テント村の件などにも何かをしたいと思います。力量以上のことをしようとするのが病気の要因でも有るようですので。
 座談会をされた時期は私がシンパから活動家になる少し前ですね。でも実際問題オルグする者の顔が見えるというか、どの様な人間が訴えているのかを知っている方が対象者の反応が良いですね。お互いに一人の人間として認め合えたときに本当に運動に参加してもらえるのだと思います。

投稿: アッテンボロー | 2006年4月 1日 (土) 13時12分

>私自身現役活動家であったときには、常に党の看板をしょっているという責任感のような物があったために自分の言動が党の方針から逸脱していないか気にしながら職場の組合員に向き合っていました。

 もしかしたら、この時期は被っているのかな?
1985年3月に座談会をしました。そこでの下記の発言は、中核派の教養部支配を指しています。大学で、個人でビラまいて個人で反応をひとの顔をみて受け取る、そういう風習が中核派の正門占領とともになくなりました。インターネットの顔がみえない関係でなく、生の人と交歓するためのビラ撒きです。
 こういう作風が、あたりまえのように法政や早稲田でも残っていたら、個人が強かったら大学は弾圧できないのでは、と想像します。作用と反作用の時期はずれるけど、革共同両派が支配して、個人の作風をつぶしたのと、大学からの弾圧は「共犯関係」にあると、ぼくはにらんでいます。とはいえ、そのことで、早稲田のノンセクや法政の全学連への弾圧を見逃すものではありませんが。極私的な感想です。

1985年3月の座談会(森毅、池田浩士、伊藤公雄)

<みんなで渡れば恐くないのか?>

趣味者   ここ数年の学生運動で、組織が優先して個人が見えにくくなっています。例えば、尾崎ムゲンさんから聞いた話では、1965年当時、日韓条約反対運動が京大で行なわれた時、わずか10人ばかりの学生が一列になって百万遍でジグザグデモをした、という話があります。その学生らは、デモをしている時は周囲の関心が薄そうに見えるが、これは常態でなく、いつか学生運動への関心が高まると確信して、少人数でもデモを行い、ビラを撒いていたと聞きます。しかも個人の名前でビラをくばっていた。京都ベ平連の塩沢由典さんからもそう聞きます。実際に、その2年後の羽田闘争からワッと学生が騒ぎました。語幣があるけれど、昔はそういう「奇人」 「変人」さんがたくさんいた。
 ところが、ここ数年の京大ではどうでしょう。宣伝活動を教室で行なう際、かならず「○×団体」とか「●●連」いう看板を背負ってアジテーションし、また集団で教室へ入ってくる。しかも、その主張がラジカルと日和見主義的とに関係なく、全体に公式的・権威的にみえますよね。個人の主張をビラにして教養部の正門で撒いたりする学生が減ってきている。

池田  奇人変人というのはいつの時代にもいるものですが、学生運動という領域で彼らが姿を消したというのは確かですね。しかし個人が単独行動を行なう場合、本人や周囲が意識しているかどうかわかりませんが、彼の主張に広範な支持がある(もしくはありうる)という確信があるんですよ。マーケティング感覚というか。逆に、今そういうものがなくなっているというのは、どんな主張・意見についても学生がはっきりした確信をもてないからだと思う。だから、既成のレッテルに依りかかってとりあえず安心するけれど、それ自体を信用しているわけではない。極端な話をすれば、アジテーターというものは自分のオリジナリティを持っている、というよりみんなが言葉にしたいけれどできないものを言葉にするんだけど、それがいなくなってきた。

伊藤  また、アジテーターに政治感覚がなくなってきている。今その点で注目を浴びているのがコピーライターの感覚です。要するにコミュニケーションの問題。政治というのは、人と人とがどれだけ繋がるかということを重視するのであり、アジテーションの際にも、観客を意識しながら、自分の立場からどういう内容を話したらウケるかということを考えるものです。

趣味者  別の事例があります。例えば「大学新聞を折紙にして飛行機を作って飛ばしたら、左にヨロヨロ曲がった」と冗談にしてみたり、吉田寮に住んでいる人間を、住んでいるというだけで「こわい」と思う学生が増えている。相手の顔をみない。こうした事例が示すように、政治的メッセージを発する側と受けとる側のあいだに、相互交流 (あるいは共通の話し合いの土俵)が失われてしまっています。お互いに疑心暗鬼となっているんですね。その結果、メッセージの送り手は自分の活動の正当性を保つために権威的・公式的な態度になるし、受け手は受け手で、与えられるメッセージに押し潰されないようにするために、確信はないけれど取りあえずどこかのレッテルに必死に身を寄せる、という構造が出来上っているように思えます。

池田  しかし、菅孝行さんが言われているんですが、1983年ごろから学生は変わりはじめているとぼくは思いますが。

伊藤   それは、1972年の連合赤軍事件の呪縛から学生がようやく抜けだしている、もしくは事件を忘れ始めているせいだと思います。1970年代というのは、非政治的な政治運動が主流でした。連合赤軍や内ゲバの影響で、政治的な立場に立つのが恥しい、カッコ悪い、恐い、他者とのコミュニケーションを拒絶する、というような雰囲気がありました。今でも政治的な権威主義が依然としてある。しかし、非政治的主義と権威主義的政治活動は実はコインのウラとオモテなんです。1969年に両者はつながって政治が活きていたのに、1972年の連合赤軍事件によって政治が死んで、学生が両方に分極化してしまったんです。市民運動や反核ブームでも、政治性を隠しながら政治的主張を行う傾向が増えています。

趣味者  おととし(1983年)、精華大の金明観さんが、指紋押捺拒否で逮捕されたました。ぼくは友人たちとビラを持ってクラス入りしたんですがですが、ある友人のクラス入りのしかたは特徴があるんです。これは芸人の域ですね。かならず一人で、しかも教師が講義中のところヘスススススと入っていって、そこで教師に理由を説明して時間をいただいて、金さんのことについてビラを撒き、アジテーションを行います。すると、とっても聞いてもらえるんだって。

池田  そうね。僕も、一人で来たら「どうぞ」というけど、もしヘルメットをかぶって4、5人でズカズカ来たら、しかも権威を傘にしていたら、入り口のところで僕が討論して、納得がいかない場合、意地でも入室させない。

森    今の学生、人見知りが激しいのね。1970年代の初めから、教養部のクラス授業が減り始めてクラスの解体が進んだ。僕は一定の期待を抱いていたのね、クラスの粋が壊れて他学部にまで友人関係がひろがっていくんじゃないかと。そういったグチヤグチャしたところが面白いんだけど、現実はそうもいかないんだ。

投稿: 元祖趣味者 | 2006年4月 1日 (土) 09時20分

>さて、最後に早稲田大学における不当逮捕問題についても私自身が抗議の意志を何らかの形で表明する必用を感じています。

 やりたいと心から感じたらやればよく、単にある場所での行動・発言から敷衍して、「一貫性」を維持するためにやるのは、無茶と思いますよ。かんちがいでしたら、ごめんなさい。でもね、一貫性を保つのが己にとって心地よいのなら、それが薬ですから、イインデス。

 一人ではできることはとってもとっても少ない、一人で気付くことはもっともっと小さい、だから仲間がいるんで、一人で世界と闘おうと思うのは、人それぞれですが、ぼくの発想からすると、きついなあ。

 ひっぴい氏(久しく会っていないが、7回生のときのサークルの頼もしい1回生だった)の、「お互い、それぞれの場所でがんばって行ければと思います」という言葉は、余人に変えがたいほど実はさまざまなかかわりを行った彼が、観念して絞りだした、すばらしいフレーズと感じています。

投稿: 元祖趣味者 | 2006年4月 1日 (土) 09時03分

 元祖趣味者さんお早うございます。ご指摘の大学にたいする愛校心のような物については、私自身大学進学に失敗しておりますので実感として良く分からない部分があります。関西においては関東ほど強くない物であるのかどうかについても分かりません。素朴な思いとしては関東の大学の方が各種競技での対抗戦が盛んであることに起因しているのかも知れません。
 さて本論といいますか運動体内部における言論の自由についても、確かに私たちは考え直す必用があるのかも知れません。私自身現役活動家であったときには、常に党の看板をしょっているという責任感のような物があったために自分の言動が党の方針から逸脱していないか気にしながら職場の組合員に向き合っていました。それはそれで党としての方針の一貫性を守るためには致し方ない面もあったと思います。
 しかし、これは全逓の内部でもそうであったのですが、本部方針に反対・疑問の意見はあらゆる会議で弾圧を受け、本部に逆らうなと言う官僚的な方針の押しつけがありました。党や運動体の中での異論を尊重するあり方という物が、左翼運動における真に大衆的再生のためには不可欠な物ではないかと思っています。
 たまたま水曜日に本多著作選に収録されている「三全総と革命的共産主義運動の現段階」を読んだ気ですが、その中で本多書記長は繰り返し繰り返し、黒田らの秘密フラクションによる分派策動に対して、異論を全党的に公表し組織的に討議することを訴えていました。運動体内部における異論の尊重こそが左翼運動総体に生き生きとした生命力をあたえるのではないかと思います。
 さて、最後に早稲田大学における不当逮捕問題についても私自身が抗議の意志を何らかの形で表明する必用を感じています。幸い主義者Yさんが抗議集会とデモに参加されていますので、色々教えていただいた上で発言をしたいと思います。

投稿: アッテンボロー | 2006年4月 1日 (土) 07時49分

抗議文、ご苦労様です。

ちょいと、この早稲田と法政で気になっていることを。

「思想の自由の最後の砦を」
「我が母校、法政大学、自由の学府たれ」
「早稲田の校風自殺行為だ」
「早稲田大学よ、恥を知れ! 」
「あの権力に対抗する庶民の味方の故に名声があった早稲田はもう無い」
「是非本来の早稲田大学の姿、教育理念に戻って襟をただして下さい」

 という愛校心・愛国心に近い発想は、関東の特徴なのかな?
あまりすきではないし、大学とは縁が遠かった人には、ヒイテシマウ発想かもね。もっとも、アタシ自身が愛国心ってものは、燃えないゴミの日にほかしてしまうような性格だから、そう感じるのかもしれない。

 某関西では次のような発想かいな。無断引用ですが、こういうベンヤミン的なネジクレタ作風は、優れた表現者たる池田浩士氏の影響が濃いのだろう。

チャップマン

 大学の教員がいかに「幼稚」であるかは身をもって知っています。今回の事件はそうした者たちが権力を振りかざすことの醜さ、恐ろしさを雄弁に物語っていると思えてなりません。彼らが自分たちのしたことを「恥ずかしい」と自覚するまで存分に闘ってください。陰ながら応援しています。彼らが「書かれた法」を持ち出すのであれば、皆様の闘いが「法を作る法」となられますことを祈っています。


ピピノ

 ただ、集会でのビラの配布を許可制にしたり、主催者を批判する(もしくは他党派による)ビラの配布を「主催者の許可を得ていないから」と主催者が妨害したりすることは、「左派」の社会運動や市民運動の内部においても残念ながら頻繁に見られます。確かに今回のように国家権力(警察)に売り渡すということは多くはないとは思います。しかし「『公的な場における言論表現の自由』への侵害」という点からは、社会運動の内部にも、今回の逮捕と同じような権威主義的な作風や、場の主催者による公的な場の私物化の試みは、いくらでもあるようにも思います。
 社会運動自体が社会に於いて信頼を獲得するためにも、また今回のような逮捕の不当性を説得力を持って示していくためにも、社会運動の内部と外部とを使い分ける二重基準(ダブルスタンダード)を、社会運動の現場から一掃していくことが、一層必要なのではないか、との思いを強くしました。
 「主催者への批判を許さないような権威主義的な作風」をちゃんと運動内部でも批判し、「主催者やギョーカイボスのワガママを容認してしまうあり方」「運動の内部の異論を許さず、運動の内部には民主主義がない状態」を社会運動の中からなくしていく取り組みを広げること。そうやって「私たち」自身が運動ギョーカイの民主化を推し進め、本当に「言論表現の自由」を身近なところでも守ることができるようになっていけば、「早稲田12/20不当逮捕」を問題化していく時にも、今よりももっと社会に対する説得力を獲得できると思います。
 お互い、それぞれの場所でがんばって行ければと思います。

投稿: 元祖趣味者 | 2006年4月 1日 (土) 06時31分

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「法政大学、安東学生部長への抗議文」ですが、先日、皆様からいただいた抗議の声とともに、郵便局を通じて法政当局と安東祐希氏に叩きつけてまいりました。賛同者とすべての皆様に対し、ここにご報告いたします。送付物は書留・配達証明付・速達にて発送いたしました。�... [続きを読む]

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