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2006年5月

2006年5月30日 (火)

ネフローゼ症候群

 どうやら息子はネフローゼ症候群の疑いがある。普通ならば腎臓で濾過される事のないタンパク質が濾過されてしまい、尿中に大量に排出されて血液中のタンパク濃度が低下して起こる病気であるらしく、子供に多発するそうだ。原発性の場合は原因が不明で、続発生と言われる何か別の病気が元でかかる場合の例で言えば、殆どは大人の症例のようだ。まれに子供の糖尿病や膠原病から引き起こされる場合もあるようなのだが、息子の場合糖が出ていないのでおそらく原発性だと思われる。症状としては高脂血症・タンパク尿・低タンパク血症などがある。

 治療に際しては利尿剤・副腎皮質ホルモン剤(ステロイド剤)・免疫抑制剤を使い、減塩の食事を取るようだ。息子の病院食にはハッキリと小児腎臓病食と表示されたメニューが付いている。治療方針が確定するのは昨日の検査結果が出てからとなるが、教授回診の際に「急性ではなく慢性でしょうねと」言われたとのと事なので相当長期にわたる治療を覚悟しなければならない。回復したとしても激しい運動が禁じられるために以前のように外で思い切り遊ぶことが出来なくなる。免疫力が低下するために温泉やプールにも行けないそうだ。旅行などで疲れることも避けた方が良いらしい。今までが活発であっただけに不憫である。

 子供の場合腎臓が発達していない状態で味の濃いものを食べすぎると発症することが多いようだ。息子は、おかずにソースなどを沢山かける傾向がある。また我が家では出来るだけ野菜を食べるようにしているのだが、息子はそれらのおかずをあまり食べてくれなかった。病院では殆ど野菜中心の食生活なので、退院できたら怒鳴りつけてでも野菜を沢山食べるようにしなければならないだろう。お菓子やジュース類も避けなければならない。症状にも因るのだが、軽度の場合、食事制限によって子供の9割が治るという。末っ子だからと甘やかしてきたつけが回ったのであろうか。親としてもっと気を配っていれば良かったと後悔している。

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2006年5月29日 (月)

はつてんじん

 一昨日から息子は「はつてんじん初天神」という絵本がお気に入りだ。医大病院の小児科病棟には、市立図書館から貸し出された絵本や図鑑が沢山置いてある。病室で退屈しているだろうとビデオやオモチャを与えているのだが、それだけではほったらかしで可哀想なので、何冊かの絵本を読んでやった。その内の一冊が古典落語の「初天神」を絵本化した物で、作者は川端誠、出版社はクレヨンハウスという会社である。古典や落語がお好きな方であれば内容はご存知であるが、息子に読み聞かせると、とても気に入って何度も繰り返し呼んでくれとせがむ。

 新年最初の天神さん参りを初天神と言い、1月と2月の25日には縁日でもあるのでたいそう人が多い。お父さんが出かけようとすると女将さんが「金坊も連れて行っておくれ」と言う。お父さんは「私はあの子の親だけどあの子は嫌いだ。出来の悪い子だ。まったく親の顔が見たい」「それはあんただよ」と言う冒頭から笑わせてくれる。金坊を連れて行くことになり、「あれ買って、これ買ってと言わないで良い子にして居るんだよ」というとすかさず金坊「ウン、良い子にしているから綿飴買って」と答える。「早速そう来たか。今言っただろ」「あれや、これは要らないから、綿飴買って」「綿飴か。あれは・・・ 甘いから毒だ」「じゃあカルメ焼き買って」「あれも甘いから、毒だ」「じゃあたこ焼き買って」「たこ焼きか。たこは固いから、毒だ」「じゃあお好み焼き」「とにかく毒だ」「じゃあ」「毒だ」「何も言ってないよ」という調子で親子で丁々発止のやり取りが続く。私も出来るだけ感情を込めておどけつつ読んでみせる物だから、息子は大笑いである。はしばしに「あれ買ってこれ買ってって、○○みたいやな」とか、「この父ちゃん子供みたいやなあ」などと適当に合いの手も入れる。それがまた受けるのである。「お父さんもう一回読んで」と何度も何度も繰り返し読むハメになる。

 病院でも息子は同室の男の子と友達になって、タイボウケンを貸し借りしたり、デュエルマスターズとやら言うゲームのカードをやり取りしたり、結構仲良くしている。やはり同室の赤ちゃんが、お母さんが面会者への応対で席を外している間に泣き出したときは、一所懸命おどけてあやそうとしている。私も抱き上げてあやしたのだが、人見知りをされて却って泣かれてしまった。その赤ちゃんのお母さんはお母さんで、私が帰った後で息子が泣いているところを宥めてくれたりして持ちつ持たれつである。

 で、表題の初天神なのだが、夕方娘達と犬の散歩をしているときにその話を思い出しつつ語ってやると、これまた大笑いである。さわりだけを話すつもりが、気がついたら落ちまで話していた。次女が「その本借りてきて」という。長女も同意する。散歩が終わって病院に顔を出しに行く。今日は腎生検なので朝から妻が付き添い泊まり込みで24時間付くことになっているのだが、それでも息子の様子が気になる。妻の話を聞くと局所麻酔をかけただけで、針を刺して腎臓の細胞をエコーで見ながら摘出するのだが、痛い痛いと泣きながらも二つ採取することが出来たそうだ。本当は三つ取りたかったそうだが、痛がる子供の場合一つも取れずに終わることもあるそうで、息子は我慢した方らしい。その後点滴をして添え木で腕を固定するのだが、大学病院では注射などは研修医が練習のためにすることが多いので看護婦さんの技術は民間に比べると劣っているようである。四五回針を刺しても上手くできないため妻が変わって点滴の針を刺し、添え木を固定する。大学病院の看護婦さんに感心されたそうだ。

 私が病室に行って「はつてんじん初天神」を手に取ると、息子は手渡してくれと頼み、大事そうに抱きかかえる。古典落語の素晴らしさに触れるのも良い物だと思ったので、取り寄せてやると約束した。帰宅してからネット通販で注文する。ついでに「反米嫌日戦線『狼』(美は乱調にあり)」の死ぬのはやつらださんが紹介していた「快楽亭ブラックの放送禁止落語大全」も一緒に注文した。内容は天皇一族を徹底的にコケにした物を含む痛快な物である。何故か落語に目覚めた私であった。

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何故「全逓大改革」か

 幾人かの方から、全逓(現日本郵政公社労働組合 略称JPU)を巡る労働運動の路線についてのメールを頂戴した。有る方は何故全逓内部の活動家と郵政全労協・郵政ユニオンとの統一が出来ないのかについての素朴な疑問である。別の方は現実には緩やかな統一戦線が存在していることを前提としての「全逓大改革」についてのご意見であった。

 多数派組合である全逓の再生を目指すのか、それとも少数であっても左翼的戦闘的組合運動を行うのかと言うことである。私の個人的見解を先に述べてしまえば、それは獲得すべき組合員大衆がどの様に存在しているかによって違ってくる戦術的選択ではないかと思う。郵政部内の労働者は殆どが全逓もしくは全郵政に組織されている。26万人中両組合を併せて22~23万人が所属している。つまり殆どが両組合に所属しているのだ。全郵政に関しては基本的に労使協調路線=経営者の言いなりとなって労働強化を現場組合員に押し付け、尚かつ組合役員となることが出世の道具となる組合であるので左翼各党派の活動家は全郵政には加盟しない。極例外的に、採用された職場が全郵政のみに組織されている場合だけである。元々全逓が社会党総評ブロックの組合として括弧付きの階級的労働運動を行っていたために、組合員大衆も権利意識が強い傾向がある。その為左傾化・戦闘化を促進することを目的として全逓への獲得工作を長年にわたって行ってきた経緯が存在する。

 だが、80年代の全逓の方針転換、俗に言う59・2(ごーきゅうに)によって労使協調路線に舵を切って以降、本部による左派の機関に対する様々な弾圧が当局と一体となって公然と行われるようになった。中央本部に反対する地本・地区・支部・分会の役員が人事交流によって大量に配転され、処分乱発を受け解体されていく過程が80年代から90年代にかけて存在した。その過程で機関を握る左派の役員活動家の中で問題となったのが全逓に留まるか否かである。第四インターなどの党派は左分裂することで機関の戦闘性を保とうとした。それは一定程度機関の大多数を組織している場合に有効であったと言える。何故なら動労千葉部落解放同盟全国連合会も、中央本部による統制や除名策動に対して機関の階級性・戦闘性を守るために、やむを得ざる選択として独立の道を選択したからだ。座して階級性・戦闘性を解体されるのを待つか、それを断固として守り抜くかのギリギリの選択であったと思う。

 では全逓の場合にはどうなるのであろうか?基本的に中核派系の活動家が機関を握っており、大衆的に信頼され、確信を持たれている職場は少ない。存在しないわけではないがより上部の機関に所属する広範な組合員大衆を獲得するためには、自己満足的に分離独立を選択する状況には無いというのが「全逓大改革」路線の因って立つ基礎であろう。私の所属する支部連協においては、普通局で組合員資格を有する労働者の8割が全逓に所属している。ここで闘わずして一体何処で労働運動を闘うというのだろう。私にとってこの組合員大衆を獲得することが最重要の課題である。職場の状況はそれぞれ違うために、今現在の私は郵政全労協・郵政ユニオンに見られる左派分裂を選択する余地はない。断固として圧倒的大衆を獲得するために「全逓大改革」路線の下に闘うのみである。

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2006年5月27日 (土)

ブログ開設から一年

 このブログを開設して既に一年になる。去年の5月26日か27日のことだったと思う。一番最初の記事だけは削除したので残っていないが、現存する一番古い記事を確認したところ27日の物だ。当時は分量も少なく、ですます調で書いていた。いつの間にかだ・である調に変わったのは政治的な問題について書くことが増えたせいだろう。尤も残る最古の記事も「郵政民営化は国有財産の横領」と言う物だから、当初から政治的な課題を書いていた。だが、一番大きな転機は6月3日の「全学連との出会い」で中核派とかかわりがあったことを書いたことだろう。今では党派活動家時代の思い出も沢山書いたし、それに関連して革命的共産主義の立場からの時事問題考察や思想も書いている。もちろんそれらは私の思想の未熟さに規定され、何処まで革命的共産主義が貫かれているかは自分自身疑問である。ある人からは、「愛国心」を巡るコメントの応酬に対して私には「革命的祖国敗北主義」の立場がないとメールで批判されている始末である。いずれレーニンの「社会主義と戦争」についても勉強し直す必用があるだろう。

 職場に復帰したことで、当初のように郵便局の労働条件というか郵政労働者の日常について書くことも増えつつあるのだが、書き方が少々難しい。と言うのはこのブログを読んで下さっている人々は、書き込みやトラックバックから判断すると殆どの方が郵便局員ではないからだ。ついつい職場での業界用語・組合用語を使ってしまい、意味不明の文章になっているのではないかと心配してしまう。組合員向けのビラを書いていたときとは全く違う表現が必用だ。だが、この事は将来私が全逓労働運動を再生し、資本・国家権力と対決していく際に広く大衆的支持を訴えるときには必ず役に立つ経験となるだろう。様々な疑問に対して答えることで、郵便局員以外の人々がどの様に私たちを見ているのか、何を説明する必用があるのかを学ぶことが出来る。郵便局員・全逓組合員向けには無かった配慮を覚えることが出来ている。

 そして今私はもう一つのサイトを開設することを考えている。これは数ヶ月前からの考えなのだが、全逓内部でJPU本部打倒を訴え、「権利の全逓」再生を主張するサイトを作る必用があると思うのだ。もちろんそちらは対象が組合員であり、私も職場や氏名を公表しておく必用がある。今までの私の活動を知る人々に、再び闘いに起ちあがった事を知らせ、共に闘う事を呼びかけるためだ。左上に郵政関連の労働運動のサイトを上げているのだが、本部と真っ向から闘っているのは「郵政マル生粉砕!処分撤回!原職奪還!4・28連絡会」だけである。「伝送便」「郵政ユニオン」は全逓(現日本郵政公社労働組合 略称JPU)に見切りを付けて別組合の運動をしている人々のサイトであるので、基本的な立場が私とは違う。私の職場で直接関係があるのは全逓と全郵政と未組織であるので、それらの労働者を対象としたサイトを作る必要性を感じる。インターネットやサイトに関する知識が不足しているので色々と勉強する必用が有るのだが、出来ればこの夏の大会シーズンに併せて開設する事で闘う労働運動への結集を呼びかけたいと思っている。

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2006年5月26日 (金)

腎生検

 息子は医大病院での初めての夜はあまり眠れなかったようである。午後一時頃に妻が付き添いに行くと安心したかのように夕方まで寝入っていたそうだ。今まで自宅でも私か妻が一緒に寝ないと何度でも居間にやってきて、一緒に寝ようとねだっていた。妻が泊まりの時に私がブログをしていたり本を読んで起きていると、いつまでも寝ようとしないで側にいる。最近ようやく一人で先に寝るようになったのだが、それでも私か妻の布団に潜り込んでくる。今日も仕事の後で医大病院に行き、消灯時間まで付き添っていたのだが、別れ際には両腕で私の腕を抱え込んで離さない。何度も宥めて何とか帰ってきたのだが、後ろ髪を引かれる思いだった。未就学の幼児の場合両親に限って泊まり込みが認められるので、そのまま付き添っていようとも思った。だが、そうするといつまでも泊まり込みをしなければならない。少なくとも二三ヶ月と言われている長丁場なので、私の方が参ってしまう可能性がある。

 月曜日には腎生検と言われる検査がある。多分腎臓生体検査の略なのであろう。針で腎臓を刺して細胞組織を摘出し、どの様な腎臓の病気かを調べる物らしい。簡単な説明書を呼んで同意書に署名した。血液の濾過をする臓器だけあって多量の血液が流れている。血を止めるための薬を飲んだり注射したりするようである。検査結果が出るまで約二週間はかかる。その結果次第では相当長期にわたって入院する必用があるようだ。検査の日は二十四時間絶対安静で寝ていなければならなくて、排尿も寝たまましなくてはならない。今日は溲瓶を使ってその練習をした。妻が居たときはさすがに看護婦だけあって何の問題もなかったのだが、私と交替で帰宅していたのでしっかり失敗をした。腎臓病患者の場合尿の色などからも体調を見るように蓄尿するのだが、それを知らずに便器に流してしまった。交替前に看病の仕方についてしっかり教わっておけば良かったのだが、その点は素人の悲しさで何を聞けばよいかも分かっていなかった。思い出してみれば民医連の病院では息子が自分で蓄尿していたので私は全然していなかった。

 病院で一人頑張るようにと、妻がボウケンジャーの残る二台のゴーゴービークルを買い与えていたので、今日はスーパーダイボウケンで遊んでいた。寝間着もボウケンジャーである。物でつるのはあまり良くないのだが、少々のことは大目に見るしかないようだ。

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2006年5月25日 (木)

7・9郵政労働者討論集会

 人事交流=強制配転に反対する近畿郵政労働者の会の集会呼びかけビラが手に入ったのでここに転載する。

 来たれ!7・9郵政労働者討論集会

 闘わずして、雇用の確保はない!

 全郵政との統合を絶対許さない!

 郵政闘争・これからの展望

 政府は新会社発足に向けて、すでに具体的作業に着手した。矛盾に満ちた法律であるが、これまでの闘いの経過からして、新会社発足を阻止する情勢にはない。われわれはここにきて、新たな闘いの準備を開始しなければならない。国会請願デモは院内闘争と結びつかなかった。そしてなによりも、ストライキを中心とした闘いの高揚を作りだすことができなかったことは決定的であった。いかんせん、集会と国会請願デモだけでは情勢を動かすことは無理である。

 新会社に闘う労働運動を持ち込むか、それとも資本に従順な労使協調労働組合が新会社を制圧するか。われわれの任務はもちろん前者の闘いを準備することである。既に新会社への振り分け作業が水面下で動き出している。新会社の運行に際して、配属先希望調書を実施し、各社の採用枠に併せて調整、候補者名簿を提出する、この手続きを通じて闘う労働運動潰しの最後の仕上げを行うつもりである。と同時に、JPU本部には、いっさい争議行為を行わないという「平和条項」の締結を迫ってくるであろう。

  この一連の動きの一方で、全郵政との組合統合問題が現実味を帯びてくる様相を示している。JPUは6月14日から横浜で定期大会を開催する。そこでは、労働協約締結に至る経過と問題点が大衆的に明らかにされるべきであろう。爾後、民営化の実像が明らかになり、矛盾が激化し、必ずや労働者は反転の闘いに起ちあがるであろう。差し迫った集配拠点の再編は、4万数千人の要員協議、すなわち過員の発生という前代未聞の大合理化案であり、新手の施策が延々と出てくることが予想される。来る7・9討論集会では、郵政民営化法案成立によって新会社発足にむけた作業が開始されているという新たな情勢のもとで、労組定期大会の論議を見定め、新会社発足以降の闘いの展望を論考し、逆襲の転機を準備したい。

●日時 7月9日(日)2時~5時

●会場 尼崎労働福祉会館

●主催 人事交流=強制配転に反対する近畿郵政労働者の会

 4月24日に行われた800人規模の人事交流では、全逓大阪中郵支部支部長が配転されたのを始め多数の役員活動家が移動させられた。更に五十代や病弱(社)の移動も多かった。組合破壊と高齢者・病弱者への退職強要である。実際この移動で配転された労働者の中から、6月末と来年3月末の勧奨退職に応じる者が多数出てきている。新しい職場に適応するのが困難であるためだ。特に民間では想像できないであろうが、集配労働者の頭の中には1万人から2万人の住所氏名が詰まっている。それを全て捨てて一から覚えるのは五十代の人間にとって至難の業である。また大規模局の労働者の場合、書留を取り扱う特殊、トラックへの郵便物の積み卸し作業を行う発着などと言う具合に業務が特化しているために小規模局で全ての業務をローテーションで行うことにも付いていくのが大変である。貯金事務センター・保険事務センターから現場に移動した場合も部内相手の仕事からお客さんとの直接応対に順応できないために退職する人も多い。送別会の帰りに電車に飛び込んで自殺した人もいるほど、郵便局員にとって人事交流=強制配転は苦痛なのだ。要員協議とは定員削減によって生じた過員を解消するために大規模な人事交流=強制配転が行われると言うことだ。4万数千人もの労働者が移動する事になれば、その中から一体何人の退職者、自殺者が出るか分かった物ではない。組合がこれを阻止するために闘わずして一体どうするのだ。討論集会に参加し闘いの道を切り開こう。これは近畿だけの問題ではない。全国の郵政労働者の問題だ。参加できずとも連帯のメッセージを送るなりして全国に闘いを広めよう。

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2006年5月23日 (火)

転院決定

今夜は一週間振りに風呂に入って自宅の布団で眠ることが出来ます。
息子の容態は余り好ましいものでは無く、木曜日から某医大付属病院に転院して精密検査を受けることになりました。今までは妻の勤務先に入院していた為、仕事の合間に覗けましたが、医大病院の場合は付き添いがどうなるか分かりません。
出来れば異常無く早期退院して欲しい物です。

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2006年5月22日 (月)

またおもちゃが増えた

 今日も息子にお見舞いが有り、何とゴーゴービークルの内ゴーゴークレーンとゴーゴードリルを貰った。息子はかなり特な性格の様で、妻の同僚から色々とお見舞いを頂いている。
 残るはゴーゴーミキサーとゴーゴーシャベルが有ればスーパーダイボウケンが完成する。
 しかしボウケンジャーのマシンはほとんどが建設機械である。どのような意図か分からないが、働く車も子供には人気が有るから、多分その関係だろう。轟々戦隊と言うより土建戦隊の方が合っているような気がする。

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2006年5月21日 (日)

ダイボウケン

 轟々戦隊ボウケンジャーの合体ロボット・ダイボウケンをお見舞いに貰い、息子はご機嫌である。最近の戦隊物のメカは本当に良く出来ていて、ちゃんと変型して合体する。やはり玩具メーカーがおもちゃを売る為の宣伝番組だけあって、最初の企画段階から並行して開発しているだけの事はある。
 誕生日プレゼントのライオセイザー等そっち除けである。今日は一日ダイボウケンで遊んでいただけで無く、ずうずうしい事にはまた誰かお見舞いに来て、残る四機のゴーゴービークルをくれないかなあ等と言う。確かにそれが有ればダイボウケンをスーパーダイボウケンに変型させることが出来る。
 明日の血液検査の結果次第では転院して長期入院になるかも知れないから、おもちゃも嬉しいのだろう。結果が良好だと良いのだが。

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冤罪被害者への退学処分弾劾

 法政大学は五月十七日の文学部教授会に於いて、不当にも三名の学生に対する退学処分を決定した。これは三月十四日の全学連二十九名デッチアゲ不当逮捕に於いて不起訴が確定したことで無罪となった学生を法大から追放し、公安警察と一体となった言論弾圧の生き承認を抹殺する為の攻撃である。
 文学部と法学部の計五名は、法政大学当局が憲法改悪に反対する大立て看板の撤去を目的として立て看板とビラ撒き規制を導入しようとしたことに対して、当然の抗議行動をしたに過ぎない。これに対し法大当局は公安警察と入念な打ち合わせの元に二百名もの私服公安刑事を構内に導入し、全国から集まった学生を逮捕したのだ。予め許可を取ったデモ行進の解散地点である市ヶ谷キャンバスに入ることを「不法侵入」、立て看板撤去に抗議のシュプレヒコールを上げたことが「威力業務妨害」だと強弁したが、検察も起訴できず、裁判所も拘留継続を認めなかった。五名は完全な冤罪被害者である。
 彼等に法大当局は規則に無い自宅謹慎処分を出し、今回の退学を決定した。法大生の会のブログでもはっきり弾劾しているが、法大学生運動の歴史の中では数千の学生が逮捕され、起訴されているが、その事をもって退学が発令されたことは今だかつて無い。起訴=有罪では無いからだ。まして今回は国家権力自らが不当逮捕であることを認めた不起訴・無罪確定である。何等処分される謂れは無いのだ。法大当局は文学部三名への退学処分を撤回し、平林総長と安東学生部長は引責辞任せよ。法学部二名対する退学処分策動を止めよ。
 十九日には三百名もの学生が不当な排除攻撃に対して反撃を加えた。学生大衆はどちらに正義が有るかを理解している。不当処分を法大学生運動の再建の梃子として断固闘う五名を支持する。全ての皆さんが法大当局に対して抗議の声を集中しよう。不屈に闘う学生に激励とカンパを送ろう。

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2006年5月20日 (土)

学習の進行状況

 昨日から再開した本多著作選の捗り具合は、一巻第四章 中国文化大革命批判を読み終え、第五章 十・八羽田闘争から七○年代激動への途中である。おそらく今夜の内には更に読み進めることが出来るであろう。唯、全逓第六十二回定期全国大会の議案書が手元に来たためにそちらを優先する必要が有る。ブログの記事に出来るのは暫く先の事になるだろう。
 また法政大学での弾圧により文学部教授会が三名の学生に対して不当にも退学処分を出している。この件についても何らかの抗議の意思を表明する必要性が有る。既に有志サイトでの講義署名に賛同頂いた方からも私の態度を問うメールが来ている。早急に情報を集めて抗議声明なり弾劾声明を出したい。
 更に四月二十九日のメーデー弾圧についても、抗議の賛同署名に応じた物の何の記事も書けていない。何よりも共謀罪の国会審議についても新聞を読めていないので現状が把握出来ていない。これは教育基本法改悪法案についても同様だ。 病院の待ち合い室には新聞各紙や赤旗も置いてあるのだから、時間を裂けば読めないことは無い筈だ。あれもこれも様々な問題が山積していて、どれから手を着けるか優先順位を決めかねている。休暇・休職中に時間を有効活用出来なかった事にも問題が有るだろうが、自分の力不足を痛感している。

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2006年5月19日 (金)

本多著作選学習再開

 中断していた本多書記長の著作選を再び読み出した。文章そのものは読みやすいのだが、内容が難しいから中々捗らない。だが、息子の付き添いをしていると自宅に居るような誘惑が少ないから、読書に集中出来る。学習の為の合宿くらいに思って気楽に構える方が看病疲れも和らぐかも知れない。

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2006年5月18日 (木)

勤務時間について

 昨日勤務時間の管理について書いた事の補足をしたい。労基法で定められた休憩時間と労働協約で定められた休息時間とが有る。
 集配の場合、私の局での休憩時間は12時30分から1時15分までで、それに続いて30分まで前半の休息時間を取るようになっている。合わせて1時間の昼休みだ。後半の休息は原則として4時30分から15分取ることになっている。
 休憩は労基法上必ず取らせなければならないので、仕事が忙しくて時間道理に取れない場合ずらして取ることも出来る。休息は手が空いた時に取る物で、忙しい場合には取れないことも有る。また休憩中は自由行動が出来るので組合活動をしても何の問題も無い。外食しても構わない。ところが休息の場合は業務上の指示命令に従わなければならない。協約では超過勤務(俗に言う残業)の発令は4時間以上前にすることになっているので、午前中の仕事のはかどり具合を見て管理職が発令出来るように昼休みの終わりに休息を持って来てある。昔は休息を昼休みの始めに設定していたので、管理職は朝の到着物を見て判断する必要があった。それだけ個々の労働者の能力や区内の状況等を把握出来ていなければならない。今の管理職は現場の業務運行よりも机上の計画を優先している。
 昨日の私への現認体制との関係では、1時から休憩を始めた労働者に30分から午後の業務をさせている為、労基法違反で訴える事も出来る。
世間では休み時間も録に取らせず働かせる職場がざらに有る訳だが、労基法を守らせるのも実は労資の力関係が大きく影響する。郵便局でもまともに休憩休息を取れなくなって来たのは全逓の弱体化による。権利の全逓を再生しない限り、労働条件の悪化が進行するのだ。

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2006年5月17日 (水)

嫌がらせかな?

 職場復帰にあたり復帰支援委員会決定で三つの条件を付けられていた。一つ目は医師の治療と指導を受け続けることで、何と言うことは無い、病気をキチンと治せと言うことだ。二つ目が軽減勤務と言って、復帰後暫くの期間は8時間労働では無く時間短縮の勤務である。郵便や集配の場合は補助が入るため、実際に負担が減るのだが、貯金保険の外務の場合、今は補助が入ることは無く、一人分の集金業務を短時間でこなすため反って仕事がキツクなる。そのため「軽減勤務」にしないでくれと希望していたが聞き入れて貰えなかった。
 三つ目の条件は今回初めてなのだが、勤務時間中と通勤の際の運転禁止である。田舎で交通機関が不便なので通勤時間が約五倍に増えた。局で使用している自転車で営業活動と集金をするのだが、時間指定のお客さんに対応するためには必死のパッチで走らなくてはならないし、坂を上ることが出来ずに押して歩く事もしばしばである。鈍った体には堪えて筋肉痛が治まらない。
 昼休みは休憩室の長椅子に横になって昼寝しないとしんどい。復帰早々の二日には寝過ごした。しっかり課長に見つかり注意された。今度したら問責の対象だとまで言われてしまう。
 今日は貯金保険課長は出張で不在なのだが、代わりに郵便課長と総務課の課長代理で労務担当の二人が休憩室を覗きに来て、気持ち良く寝ていたのを起こしてくれた。二人で来たのは、もし寝過ごしていた場合には現認して処分を出す為である。
 私も同じ失敗を繰り返すつもりは無いので、休憩に入る前に貯金保険の課長代理に時間を告げて、携帯のキッチンタイマー機能をセットしていた。当然休憩時間内しか寝ていなかった。二日に寝過ごしたのは、実は個人情報保護法の規制で携帯電話の持ち込み許可が降りていなかった為もあった。
 軽減勤務と言い運転禁止と言い、更に今日の現認体制と言い、退職に追い込む為の嫌がらせかと思ってしまう。
 雨の中暑中見舞い葉書のチラシを全戸配布するために休憩時間に20分も30分も遅れて局に戻ってきた集配職員に対しては、そのまま午後の勤務に着かせているのだからお笑いである。労基法が定めた所定の休憩時間すら与えず、私の勤務時間を気にするのだから。

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2006年5月16日 (火)

息子が入院(>_<)

 今日の午前中から、息子が入院してしまいました。軽い症状でも十日から二週間かかるようです。付き添いの為に病院に泊まり込みとなりますので、その間はコメントを書き込んで頂いても返事が出来ないかと思います。
 更新は携帯から投稿出来ますので、簡単な物は出来ますが、長文は無理かと思います。
 二週間で無事退院出来れば良いのですが、これも性格なのでしょうか、昨夜調べた病気の内容から長期戦も考えてしまいます。看病疲れで自分の鬱病が悪化しないように注意して暫く過ごしたいと思います。

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2006年5月15日 (月)

復帰34年目の5・15

沖縄タイムスの記事より
再編混迷 痛みなお/きょう復帰34年
普天間移設 課題山積

 沖縄県は十五日、本土復帰して満三十四年を迎えた。国土面積の約0・6%の県土に、在日米軍専用施設の約75%が集中する過重な基地負担を強いられ、米軍の戦略や思惑に翻弄され続ける構図に変わりはない。今月一日にまとまった在日米軍再編の最終報告でも、嘉手納以南の六基地の全面・一部返還や、海兵隊八千人のグアム移転などが打ち出された一方、普天間飛行場の移設をめぐっては地元の頭越しに協議が進められた。普天間飛行場の移設先の住民の反発や返還後の跡地利用、基地従業員の雇用対策など課題が山積しており、先行きは不透明なままだ。

 普天間飛行場の移設をめぐっては、昨年十月の日米安全保障協議委員会(2プラス2)による米軍再編の中間報告で、名護市キャンプ・シュワブの沿岸部(沿岸案)とする方針が示された。今年四月には島袋吉和名護市長が飛行ルートを集落から避けることを目的に、滑走路をV字形に二本建設する政府案に合意した。

 同案を盛り込んだ最終報告を受け、県はキャンプ・シュワブ陸上部分に暫定ヘリポートの整備を求める考えを示したが、今月十一日には稲嶺恵一知事が政府案を基本に対応する内容の「基本確認書」に署名。政府案は容認できず「政府と継続的に協議するスタート」とする県に対し、政府側は事実上の容認と受け止め、十九日にも予定される新たな閣議決定を前に、見解が分かれている。

 沖縄振興には四次にわたる計画で、これまでに八兆円を超える国費が投じられてきた。現行の沖縄振興計画(二〇〇二―一一年度)は五年目の折り返し地点を迎え、各分野別計画にも着実な成果が求められる。入域観光客数は〇五年の目標である五百四十万人を突破した。

 一方で酒税、揮発油税、物品税を軽減する復帰特別措置法は〇七年五月で期限切れとなる。酒税、揮発油税については、県や業界が軽減措置の延長を求める方向で調整を続けている。

沖縄返還からみる米軍再編

 沖縄が本土に復帰してから三十四年がたち、在日米軍専用施設の約75%を抱える沖縄は再び米軍再編という大きな転換期に差し掛かっている。沖縄返還をめぐる「密約」を告発し、日本の外交・安保問題で発言を続ける元毎日新聞記者の西山太吉氏(74)、沖縄返還の密約を裏付ける米公文書を発掘するなど日米外交に詳しい琉球大学の我部政明教授(国際政治学)に、今月一日に最終報告が出された在日米軍再編について、沖縄返還当時の状況と比較しながら、今後の問題点を聞いた。

西山太吉氏・元毎日新聞記者
日本左右する大転換期/少ない本質をえぐる報道

 ―米軍再編について。

 「世界に類をみない先進二国間の濃密な軍事同盟で、国際関係の潮流からみて奇異。米国はテロ対策を重点に軍事戦略体系を再編成し、日本はそれに一体化しようとしている。沖縄返還は日米安保変質の原点だった。一九九〇年代の日米安保共同宣言や日米防衛協力指針(ガイドライン)で大きく変容していったが、米軍再編はその枠組みをはるかに超えた究極的な変革だ」

 「(艦載機の移駐を拒否している)岩国市の反応や沖縄の負担軽減問題は、安保変革という本質から派生しているテーマととらえるべきだ。日本の百年を左右する重大な時期に、政治や民衆の反応はあまりにも鈍く、本質をえぐる報道も少ない」

 ―沖縄返還が契機とは。

 「沖縄返還で日本は米軍の基地の自由使用を受け入れ、基地固定化の土台をつくった。財政面では、施設維持経費の肩代わりをはじめ、施設区域の提供のみならず改善・移転費(=密約)も負担するようになった。この費用は「思いやり予算」に発展した」

 「米軍再編では、普天間飛行場の移設費用にとどまらず、米海兵隊のグアム移転に伴う国外への新施設建設にも莫大な金を出そうとしている。米軍と自衛隊は一体化し、米軍の基地の自由使用と施設維持経費の負担という沖縄返還時の米側の二大方針は、米軍再編で集大成している」

 ―沖縄返還と米軍再編の構図は似ているのか。

 「沖縄返還では『核抜き本土並み』だとか『沖縄返らずして戦後終わらず』といったキャッチフレーズで返還の負の側面はカムフラージュされた。米軍再編では『抑止力の維持』や『負担軽減』の名の下に、米軍と自衛隊が一体化する安保の大変革が粛々と進んでいる」

 「沖縄返還でも米軍再編でも、その厳しい代償や有効性は明らかにされていない。グアム移転費を、積算根拠があいまいなまま“つかみ金”として負担することを受け入れているところもよく似ている。米側の解釈によって、負担は今後膨らんでいくだろう」

 ―日本がとるべき道は。

 「米軍再編の起因となっているテロへの対応は、政治的、社会的、宗教的、経済的な対処が必要で、軍事はその手法の一つにすぎない。テロは軍事的な圧力をかければかけるほど分散し、抵抗を強め、反米感情を募らせていく」

 「ロシアも中国もフランスも、少しでも国益の一致できる国を見いだし、できるだけ多くの国と関係を築いて安定性を高めようとしているではないか。米国の要求をストレートに受け入れているだけでは日本は国際的な孤児になる。その最たる犠牲は沖縄だ」(聞き手=社会部・粟国雄一郎)

我部政明氏・琉球大学教授
対米支出際限なく膨張/負担軽減後付けにすぎず

 ―沖縄が本土に復帰してから三十四年。沖縄を取り巻く米軍基地の状況は何が変わったか。

 「沖縄返還の際には、米軍の役割を自衛隊が一部補完するようになったという意味で大きな転換期だった。今回の米軍再編では米軍と自衛隊の一体化が進み、自衛隊が前面に出てくるケースもある。場面によっては、これまでの主従関係が逆転し、自衛隊が主、米軍が従という関係に変わるかもしれない。この三十年の大きな変化だ」

 ―米軍再編では沖縄の「負担軽減」を強調している。

 「負担軽減より米軍の再編が先にある。米軍にとって基地を使いやすくすることが狙いで、まず海兵隊のグアム移転ありきだ。だが、海兵隊が八千人もグアムに移転して抑止力の維持が可能なのか。米国が基本方針を変えたら、お金を出してグアムに出て行ってもらうという。これでは日本政府が主張してきた海兵隊が沖縄に駐留する根拠とつじつまが合わない」

 「軍属を含めた一万七千人がグアムに移れば、もっと返還される施設があってもいいはずで、その数字も疑問。負担軽減は後付けにすぎないということだ」

 ―沖縄返還と米軍再編をめぐる背景に共通項はあるか。

 「一つは米軍から自衛隊への役割の移管、もう一つは財政支援の問題。日本側がかなりの経費を負担するようになる。沖縄返還では『思いやり予算』の原型がつくられたが、米軍再編ではグアムへの移転費という形で国外へも拡大しようとしている」

 ―国外の移設に日本が財政支出することの問題点は。

 「『思いやり予算』の原型になった基地移転費では明確な積算根拠が示されなかった。グアム移転も同様だ。負担割合(日本59%、米国41%)は決められたが、総額を増加させることによって、日本の負担分で建設できる規模になるかもしれない。今までの『思いやり予算』がそうだった」

 「米国が求める応分の負担とは、計画の規模が膨らめば日本の負担額は増えていくという意味。一度、支出してしまえばプロジェクトごとに負担を負わされる。そういう意味ではグアム移転は前例となり、負担は際限なく広がっていく」

 ―米国の思惑は。

 「基地は政治的な資産。物としての価値は目減りしているのに、米国はタイミングよく返還することによって、移設という形で元の価値以上の新しい施設を手に入れる。日本政府は基地から派生する悪影響を軽減するため多額の支出をしてきた。その悪影響をもたらしている米軍が出て行くというのだから、これで終わりのはずだ。日本が去り行く海兵隊に金を払うというのは、二重払い以外の何物でもない」(聞き手=政経部・長浜真吾)

「軍事要塞化」に反対/5・15県民大会3500人気勢

 憲法や教育基本法の改悪反対、米軍再編反対などをテーマに「5・15平和とくらしを守る県民大会」(主催・5・15平和行進実行委員会)が十四日、宜野湾海浜公園屋外劇場で開かれた。約三千五百人(主催者発表)が参加し、米軍普天間飛行場の移設先として名護市キャンプ・シュワブ沿岸部にV字形の滑走路二本を建設する案などを盛り込んだ在日米軍再編最終報告を合意した日米両政府に対して怒りの声を上げた。

 主催者あいさつした沖縄平和運動センター議長の崎山嗣幸実行委員長は「私たちの願った復帰は、核も基地もない平和憲法に帰ろうというものだった。その願いとは裏腹に名護市辺野古に巨大な軍事基地を建設しようとしている」と日米両政府を批判。「北部への基地固定化、軍事要塞化に断固として闘いを続けていきたい」を主張した。

 普天間飛行場がある宜野湾市の伊波洋一市長は最終報告に盛り込まれた普天間飛行場の移設案を批判した上で、「このような案による引き延ばしではなく、二〇〇八年までの返還、住宅地上空の飛行の停止を求めていく。普天間飛行場の解決のために長く粘り強く闘っていきたい」と参加者に訴えた。

 大会では、米軍再編による日米軍事同盟強化の阻止や憲法改悪、教育基本法改悪、共謀罪などの戦争動員法案の成立を阻止することを盛り込んだ県民大会宣言を採択。最後はガンバロー三唱や「インターナショナル」の合唱で盛り上がった。

 照屋寛徳衆院議員(社民)や糸数慶子参院議員(無所属)らも出席した。

 大会では十二日から行われていた5・15平和行進の参加者が三日間で延べ七千人だったことが報告された。

移転先住民も危機感/沖縄の現状知るほど不安に

 宜野湾市で十四日開かれた「5・15平和とくらしを守る県民大会」には、本土各地から大勢が参加し、米軍再編の問題点を共有した。最終報告で、嘉手納基地のF15戦闘機や、普天間飛行場の空中給油機の移転先とされた航空自衛隊基地の地元住民。沖縄の現状を知るほどに不安を募らせ、「基地はどこにもいらない」と、今後の連携を誓った。復帰の日が三十四回めぐっても、基地は居座ったまま。県民は、再編をきっかけに全国で関心が高まることに、期待を寄せた。

 福岡県みやこ町の労組役員菊谷紳一朗さん(46)の地元はF15戦闘機の訓練移転先、築城基地の近くだ。自宅の窓は防音サッシ付き。「空自のF15だけでも耐え難いのに、傍若無人な米軍機まで加わったら、いつもおびえて暮らすことになる」と、移転への拒否感は強い。

 集会で「沖縄だけでなく、全体で米軍追従の状況を変えなければならない」との地元の訴えに、思わず拍手した。「『自分たちは嫌だから沖縄は我慢して』とは言えない。連帯して訓練を日本から押し出す」

 千葉県の会社員橋本賢治さん(41)は、郷里の茨城県鹿嶋市に近い百里基地への訓練移転を「断じて許せない」という。額賀福志郎防衛庁長官は、同基地を含む茨城二区の選出だ。「『大臣のおひざ元だから引き受けろ』と言われて『ハイ』と言えるものか。地域の声を聞かない政治家たちの横暴は、必ず破綻するだろう」と指摘した。

 「新田原基地がありながら、宮崎県民は基地問題に関心が低い。沖縄の平和運動に参加して、危機感を感じた」と険しい表情を浮かべたのは、宮崎市の労金職員、田中真奈美さん(25)。青森市の佐々木政志さん(43)は、三沢基地への移転に「トラブルの多いF15が六ケ所村の核燃料再処理施設に墜落すれば、チェルノブイリの二の舞いだ」と懸念する。

 空中給油機の訓練移転先に決まった鹿児島県鹿屋市。市長が反対姿勢を貫く中、経済界の一部からは「沖縄だけに痛みを押し付けるわけにはいかない」と、国の論法に沿った容認論も出る。

 「鹿屋に米軍はいらない鹿児島県民の会」事務局長の山崎博さん(56)は、「本音は利益確保なのに、きれいな理屈を言い始めている」と憤る。一方、同市出身の教員(50)は「沖縄の人には申し訳ないが、これ以上被害を広げないでほしい」と、複雑な表情を見せた。

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2006年5月14日 (日)

銃後の母の日

 アメリカで母の日が祝日となったのは1914年のことである。元々民間人が亡き母を偲んで始めた行事であるが、合州国全体で祝うようになったのは、第一次世界大戦の最中に当時の大統領ウィルソンが戦場に息子を送り出している母親に感謝しようと言って祝日となったようである。発端は素朴な行事であったがそれを為政者が利用した場合にどの様な物になるかという点を、今日の私たちは肝に銘じる必要があるのではないだろうか。

 単に母親に感謝する日であったのが、戦場に息子を送り出す銃後の母、軍国の母をたたえる日となった。日本では昭和天皇裕仁の妻の誕生日である3月6日に行われたのが始まりであるが、戦後しばらくしてアメリカ合州国に倣い5月の第二日曜日に祝うようになった。今日の日本において自衛隊の海外派兵が当然のことのように行われているが、彼らを送り出している家族の心痛はいかばかりであろうか。PKOなどでは自衛官その物の死亡は未だ起きていないが、警察官や外交官が侵略者の一員として攻撃され、死に至る事件も起こっている。自衛隊の派遣を決め、警察官を含む派遣に反対する運動を弾圧してきた彼らにとっては、ある意味自業自得と言えるのであるが。

 私たちは為政者によって政治的利用される母の日を再び迎えてはならないだろう。本来の意味での素朴な感情としての母親への感謝のための日として「母の日」をいつまでも行えるようにしなければならない。教育基本法を改悪し、共謀罪を強行成立することを狙い、国民投票法の上程を目論む政府の行為は、再び母の日を「銃後の母の日」「軍国の母の日」とする動きである。来週16日にも強行成立を図っている共謀罪を断固として粉砕しよう。反動立法を阻止することで日本を戦争への道から引き返させよう。

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2006年5月13日 (土)

ちょっとした撮影会

 今日は次女と息子とを歯医者に連れて行った。息子は以前治療した虫歯の詰め物が取れただけなので簡単に終わったが、次女は何と前歯に虫歯が出来ていたため何度か通うことになった。歯並びが悪いので矯正歯科に通うことも進められた。折角可愛いのが装具を付けたら笑うと目立ってしまう。しかし大人になってからは中々治らないから今の内に矯正しておくのが良さそうだ。浪人時代から局に入って暫くの間、付き合うと言うほどではなかったが何度かデートした女の子が、顔は可愛いのに出っ歯であった。親が注意して治してあげていればとは、当時の友人たちがよく言っていた。

 明日は母の日なのだが、妻が当直勤務に当たっているので一日早くプレゼントをすることになった。連休前から近所の花屋さんに頼んでおいた花束を、子ども達が小遣いを出し合って受け取りに行ったのだが、帰って来るなり息子が泣いている。「○○がお母さんに渡すの」と言って駄々をこねているのだ。長女が「お前は一円も出してへんのに何ゆうてんねん」と叱る。それはそうだろう。一銭も負担しないのに「○○から」等と言われたら娘達が起こるのは当然だ。そこで例え百円でも出せと注意する。結局三人が分担したのは長女が1400円、次女が500円、息子が100円である。だが、実態は母の日用に割り増しの小遣いを与えたので私の負担も入っている。

 妻が帰宅したのは九時を回ってからであった。朝から出勤で九時半近くまで酷使されていたのだ。職場の婦長が無神経な人間で、家庭を持っている人間の事情を全く考えていないから、今月は土日の休みが二日しかない。連休中も休みは4月30日と5月1日だけだった。今月に限らず毎月似たようなものだが、そのくせ婦長自身は土日は全て休みである。

 遅い夕食を取る妻の前には花束が飾られ、子ども達がやおら撮影会を始めた。花と妻とを一緒に写したり、子ども達も一緒に写ったり、お互いにデジカメを手にして写し合いをする。カメラの取り合いである。息子はカップ麺の空き容器で作った帽子をかぶったりバットを構えて変な顔をしたりして楽しませてくれる。妻と花束を中心にして子ども達が囲む姿を私が写し、その後妻と私が二人並んで撮影された。次女が長い髪を顔に垂らしてオバケモードとふざけて写り込んでいる。フラッシュのガイドナンバーが小さいのでどうしても暗い映像になるのは仕方ないのだが、やはりコンパクトカメラでは物足りない。その内デジタル一眼レフを買いたいと思う今日この頃である。

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2006年5月12日 (金)

誰が貧乏人やねん!!

 今日は貯金保険の外務員をしていて最も腹の立つ部類の出来事があった。それは何かというと税金を払いたくないという金持ちの愚痴である。自民党の某国会議員の跡取り息子の妻の実家に行ったのだが、そこで、数年前に簡易保険の高額満期を受け取り、税金の申告が必要になったことに対して文句を言われたわけである。月々に直して50万もの保険料を掛けている人間が、満期の際にかかるほんの僅かの税金を払うのが嫌だというのだ。普通の労働者の平均年収ほどの保険料を負担できる人間が何を言うのか。それも簡易保険だけである。民間生保や銀行・農協を併せれば一体どれだけの金融資産を持っているか分からない人間がその様なことを平然とぬかすのである。

 金融機関で働いているためにどうしても、金持ちは上得意であるからご機嫌を取らなければならない。ごく普通の労働者の十倍二十倍の大きな契約が出来ることもしばしばである。だがそんな時にそういった金持ち連中は決まって税金を気にするのである。税金がかかると言うことは儲かったと言うことだ。一般の労働者が少額の積立型保険やある程度まとまった金額のはいる保証型保険を受け取ったところで基本的に税金がかかることはない。儲けが無いか、有っても課税対象にならない程度だからだ。処が決まって金持ちは「貧乏人から税金を取らんで欲しいわ」とのたまうのである。それこそ消費税導入の際に累進課税をまけろと政府に訴え、税金の直間比率見直しの口実を作った黒柳徹子らのように儲けている人間の税金を減らせと言うのだ。結果として高額所得者の税金は少なくなり、労働者や年金生活者、取りわけても低額所得者ほど税負担が大きい今日の税制を作った論理である。

 私が勤務する局は日本でも有数の赤字自治体にあるのだが、所得格差がとても大きい。おそらく今日の「格差社会」の典型的な姿であろう。戦後一貫して保守政党の地盤であり、小選挙区制になってからはただの一度も野党候補が当選したことはない。民主党が勢力を伸ばしていた時期の「一区現象」とも無縁の田舎である。県会も市会も自民党系議員が勢力を持ち、税金を湯水のごとく使って私腹を肥やしている。悔しい事にこういった連中が「お得意さん」なのである。内心では「シバくぞこら!」と思いつつ表面上はニコニコとしながら「そうですね。こうすれば税金がまけて貰えますよ」と言って、税金対策を示しつつ契約をして貰うために頭を下げている。私の場合無縁であるが、郵便局の場合は優積者と呼ばれる表彰制度があって、大体は「節税」どころか脱税幇助に問われてもおかしくない輩が名を連ねている。

 正直に言って金持ちに税金対策を指南することで、税収が減少し、それを穴埋めするために大衆課税が強化されている。消費税しかり、社会保険料や年金負担増の片棒を担いでいるわけだ。普通の労働者の家庭で、コツコツ積み立てた満期保険金が子供の進学資金になったとか、家計を支える人が亡くなったり長期の入院をしたときにお届けする保険金を喜んでくれるときは本当にやりがいを覚えるのだが、満期を届けて後々文句を言ってくるのは大体金持ちである。儲けたなら相応の負担をしろと言いたい。レーニンが「国家と革命」の中で説いているように、絶対社会を変革して高度の累進課税を強制してやると決意を新たにするのであった。

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2006年5月10日 (水)

体が鈍っている

 先週から職場に復帰したが、長い休暇と休職のために体が完全に鈍っている。日頃体を使うと言えば犬の散歩の時くらいであったから、歩くこと自体殆ど無かったわけだ。極たまに子供と公園で遊んだり市民プールに連れて行くなどして体を動かした日は、全身が筋肉痛になることもあった。運動不足から体重もかなり増えていたために、一つ一つの動作が緩慢で体が重い。ベストの体重からすれば最高時で17キロ、今年に入って4キロ痩せた物のまだ13キロは落とす必要がある。これから気温も上がるので減量には丁度良い季節になる。問題は熱くなるとビールが美味しいのでついつい飲んでしまうのではないかと言うことだ。今のところは節制しているが、もっと暑くなれば我慢できるかどうか自信がない。

 妻からは通勤を自転車にしてはどうかと言われた。自宅から職場まで距離にして約5キロなので、大体30分有れば通うことが出来る。一先ず今のところは電車通勤しているので少しは歩いているのだが、やはり体をもっと動かす方が健康には良いだろう。いっそのこと徒歩ということも考えられるのだが、そうなると1時間は見ておく必要がある。通勤に要する時間と、その時間を自分の好きなことに使ったり家事をする事とを天秤にかけると、やはり通勤時間は短いに越した事はないと思う。世間では通勤に片道二三時間かけている人も少なくないので、一時間以内であればまだ短いであろうが。

 私の趣味の一つである剣道の稽古を再開すれば、適度な運動になるから良いかもしれない。しかし実際問題一昨年の夏から二年近く稽古をしていないから体が付いてくるかどうかが心配だ。剣道は激しい運動なので、ブランクの後に再開した人の多くがどこか故障の経験をしている。私自身五六年前に再開したときは膝をやってしまった。選りに選って高校の剣道部のOB会に呼ばれて現役高校生と稽古した物だから堪らなかった。十四五年も遠ざかっていたのに気持ちだけは昔のように体が動くと思っていたので無理があった。水が溜まって歩くのにも不自由した。それでも集会に参加してデモ行進もしたのだが。何にしても運動する事は、適度であれば体によい事であるから、今度の週末にでも稽古に顔を出してみようかと思う。

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2006年5月 9日 (火)

本当は怖いヒーロー番組

 息子はヒーロー番組が大好きだ。日曜の朝は魔弾戦記リュウケンドーに始まり、轟々戦隊ボウケンジャー・仮面ライダーカブトふたりはプリキュアスプラッシュスターに至るまで二時間にわたってテレビに釘付けである。リュウケンドーは怪傑ゾロリの裏番組になるためにビデオに録画してプリキュアの後に見ているのだが、ともかくヒーロー・ヒロインが大好きだ。私自身子供の時は色々な番組を見ていたから、それ自体は特に気にしていなかったのだが、はなゆーさんの「低気温のエクスタシー」のトップに掲載されている「ヘルマン・ゲーリング元帥いわくわーい(嬉しい顔)『もちろん、国民は戦争を望みませんよ。運がよくてもせいぜい無傷で帰ってくるぐらいしかない戦争に、貧しい農民が命を賭けようなんて思うはずがありません。一般国民は戦争を望みません。ソ連でも、イギリスでも、アメリカでも、そしてその点ではドイツでも同じことです。ですが、政策を決めるのはその国の指導者です。…そして国民はつねにその指導者のいいなりになるように仕向けられます。国民にむかって、われわれは攻撃されかかっているのだと煽り、平和主義者に対しては、愛国心が欠けていると非難すればよいのです。このやりかたはどんな国でも有効ですよ』」と言う言葉が気になって仕方がない。

 ヒーロー番組というのはご存知の通り、宇宙の彼方からとか、地底の奥底深くだの、異次元の壁を越えてやってきた等などの侵略者が敵である。早い話が、平和に暮らしていた日本を、突如として襲ってくる敵から守るという話であるわけだ。いつ襲ってくるか分からない脅威に対して軍備を増強して備え、たたかわなければならないというある種のプロパガンダ番組であるわけだ。このような番組を幼いうちから無批判に見て育った人間がどうなるか、今日のネット右翼などを見れば一目瞭然ではないだろうか。

 私の子供の頃の番組で言えば、石ノ森章太郎の「サイボーグ009」などはテレビアニメでは得体の知れない悪の組織が敵であったが、原作では軍需産業の連合体がブラックゴーストの正体であった。たしか「仮面ライダー」も原作ではそんな団体がショッカーの母体になっていたように思う。横山光輝の「鉄人28号」でも、敵は新兵器を開発したりその技術を悪用しようとする連中、つまり軍産複合体だった。60年代から80年代前半までは、結構その様に、現実に資金や技術を持った団体・組織から軍産複合体を暗に批判したりするマンガが沢山あった。時代の影響のせいなのだろうか、最近のヒーロー物ではその様な原作にお目にかかったことがない。

 米ソ冷戦時代にはソ連の脅威。現在は中国の「覇権主義」や韓国による独島の領有問題を巡って、「日本が侵略される」というのが権力者とそれに使走された右翼、取りわけネット右翼の主張である。だがしかし、日本史を紐解いたときに侵略の経験は何度有るというのだろう。元寇と第二次世界大戦におけるアメリカによる占領以外に有ったとでも言うのだろうか? 日本は四方を海に囲まれているために、防御には非常に有利であるが攻めるには大変な困難を有する地理的条件がある。日本海や太平洋を越えて渡ってくる海上戦力を持つ国が今現在アメリカ以外に存在するという根拠を示した右翼を、寡聞にして私は知らない。中国が空母を買い入れたとは言え、旧ソ連製の中古空母であるし、運用能力は殆ど無いに等しい。日米安保同盟で圧倒的な制空権・制海権を握る日本に対して中国が本気で侵攻してくるとでも思っているのであろうか。

 「やられる前にやれ」というのはアメリカのイラク侵略戦争に如実に表れた、自己の今までの悪行に対する罪の意識が生んだ被害妄想であろう。アメリカ同様、日本も「三韓征伐」の神話に始まるように、歴史上常にアジア侵略を行ってきた歴史がある。現在も経済的には侵略者以外の何物でもない。この事に対して「いつか仕返しされる」というのが右翼の主張であり、ゲーリングの言う様に「侵略」への恐怖をあおり立てて逆に他国を侵略しようとするイデオロギーに他ならない。もし本当に日本に対する「脅威」が存在するのなら、純軍事的に経済的に、そして思想的・政治的に日本を侵略するだけの利益が中国に存在することを立証すべきであろう。それが出来ないのであれば政府や右翼の主張する「脅威」は為にする論理である。子供が悪の組織を怖がるようなメンタリティしか持っていない右翼は笑うべき存在である。

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2006年5月 8日 (月)

有朋寮ふたたび強制執行停止

!!速報!!
■強制執行停止決定かちとる! 保証金の緊急カンパにご協力を!
みなさん! 本日、仙台高裁から「強制執行停止決定」をかちとりました! みなさんとともに闘ってかちとった大勝利です! 執行停止のための保証金200万円が緊急に必要です! 保証金200万円緊急カンパに絶大なご協力をお願いします!
「仮執行」宣言を粉砕し「強制執行停止決定」をかちとったことは、仙台高裁が最高裁で判決がひっくり返る可能性があることを認めたということです。有朋寮廃寮阻止闘争は、今や憲法判断を問う位置にまで押し上げられました。「大学の決定が全て、学生は無批判に従え」という東北大当局、裁判所のあり方は許されない、それを私たちは強く訴えていきます。有朋寮闘争に大学と世界の未来がかかっていると確信します。「強制執行停止決定」の勝利に続き、上告審でも勝利しよう! 11日、13日の勝利報告集会に集まってください! この勝利を勝ち取った勢いで改憲阻止!「廃寮決定」撤回!「無期停学」処分撤回へ猛然と突き進もう!!
●圧倒的なカンパを早急に寄せてください!→郵便振替「02210-2-61153 東北大学
有朋寮」
●キャンパス昼集会
5月11日(木)12時~東北大川内北キャンパス緑地帯前にて
●有朋寮現地集会
13日(土)14時~有朋寮食堂にて

■泊り込み支援に来てくれている東京都の学生よりメッセージ
『寮生のみなさんのねばり強い闘いが、大学当局を確実に追いつめている印象を持ちました。この勢いで新たな闘いに突入してください。ひとまずは、お疲れ様でした。』
------------------------
東北大学有朋寮
仙台市太白区鹿野2-19-5
Tel 022-247-4669 Fax 022-795-7823
E-mail ufo_ryou@hotmail.com
HP http://uforyou.exblog.jp

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2006年5月 7日 (日)

ブログタイトルの変更

 去年の夏頃から考えていたことなのだが、思い切ってブログの題名を変更することにした。何も考えずに、いきなりハンドルネームだけで始めたのだが、最近では色々な人に読んでいただけるようになってきた為もあり、もう少し何とかならない物かと思っていた。センスがないためにあまり良くなったわけではないのだが、一応好き勝手なことを書き殴っていると言うことから雑記帳というのが相応しいのではないかと思った。子供の成長の記録から政治の話題までかなり幅広い内容を思いつくままに書いている。多分このスタイルはこのまま続くであろう。あまり大きく変えても違和感があるだろうし、こんな感じで良いかという安易な考えもある。お気に入りに登録していただいている方にはお手数をかけてしまうがタイトルの変更を御願いします。

 しかし、職場復帰が決まってから、ネットをする時間が休職中と違い極端に減ってしまった。今までであれば、夜の8時か9時くらいから初めて午前2時前後までかけて記事を書き、お気に入りに登録しているブログを巡回し、コメントを書き込んだり関連している記事にはトラックバックをしてていたのだが、さすがにそれはきつい。何日かに一度しか読めない状態になっている。遅くとも日付が変わる前後には寝るようにしないと仕事に差し支えてしまう。ランキングに参加している人のブログなどは、更新があろうと無かろうと一日一回は投票していたのだが、それも出来ていない。RSSリーダーも使用してみたが思いの外使い勝手が悪かったので、最近は使っていない。

 新聞を読めないのは相変わらずなのだが、仕事でお客さんとの話題を探すためにも出来るだけ読むようにしないといけない。職場に行けば各紙を取ってくれているので時間のあるときには出来るだけ読み比べるようにしていた。今のところそこまで出来ていないのだが、いずれはその様にしたい。読書も体調の良い時とそうでないときとで極端に違うのだが、意識して時間を作らないと仕事でバテて何も読めないであろう。実際この連休中に読もうと思っていた仕事の資料は、持ち帰っただけで目を通すことが出来なかった。ブログの更新も以前なら休むのは10日に一度くらいであったが、今月は既に結構休んでいる。毎日書くことで錆び付いていた思考能力を回復するリハビリのような物なので、出来るだけ更新はマメにしていこうと思っている。今後ともこのブログを読んでいただけると有り難いと思っている。

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2006年5月 5日 (金)

ゴールデンウイーク

連休を利用して実家に来ている。今は携帯からモブログでの投稿だ。妻が車を通勤に使用しているので、子供達を連れて電車を利用したのだが、ゴールデンウイークと言うことも有りとても混雑していた。二度の乗り換えをして三本の路線を使ったが、座る事は下二人が少しだけ。
座席の事で言えば私達の目の前に身重の方が居たのだが、誰も席を譲ろうとしなかった。どう見ても健康そうな若者が椅子に座り携帯でメールを操作していたが、彼の目には妊婦など入らないので有ろう。昨日の記事の「人を見下す若者たち」でも、周囲に無関心な例として電車で席を譲り合うことが無い事例を書いてあった。
自分以外の存在は眼中に無いようで、他者を無視する傾向を沢山書いて有った。娘達には自分が席に座れていたらどうするかを問い質したが、最初は妊婦の存在に気付いておらず、教えて初めて「席を譲る」と返答した。周囲に気を配るよう注意したが、もう少し気配りを習慣にさせねばならない。
実家には妹と姪達が待っており、早速一緒に遊びだした。いつもの事だが二人の姪は次女と仲良くしている。長女は年が離れている為本やマンガを読んでいることが多い。息子は男の子の為、時々遊びに溶け込めず、一人ぼっちになることがしばしば有る。それでも従姉妹と遊ぶのが楽しいようで、実家に来る事を楽しみにしている。距離が有る為連休くらいしか会えないのが少し残念である。

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2006年5月 4日 (木)

「他人を見下す若者たち」

 講談社現代新書から今年2月20日に初版が発行され、3月27日には第7刷が発行されている。私が書店で手に取ったときには平積みにされていたので相当売れているようである。つい先日もいくつかの書店で平積みとなっているのを見かけたから、現在も売れ続けているのだろう。帯には「『自分以外はバカ』の時代 ! ●自分に甘く、他人に厳しい ●努力せずに成果が欲しい ●すぐにいらつき、キレる ●無気力、鬱になりやすい ●『悪い』と思っても謝らない 若者の感情とやる気が変化している!」とある。筆者の早水敏彦氏は、現在名古屋大学大学院教育発達科学研究科教授である。

 「はじめに
 日本人の感情・やる気が変わった

 人間社会で諍いが生じるのは古今東西変わることがないが、最近ではなぜそんな小さなことが大きな事件に発展するのかと首を傾げるようなことが、あまりにも多い気がしてならない。些細なしぐさや語り方が相手の感情をひどく傷つけ、憎悪や怒りを掻き立て、思いもよらない行為に走らせる。また他人同士の対立だけでなく、夫婦間の対立も多く、離婚率は年ごとに増加している。さらには、昔は最も自然なことと考えられていた親子間の深い愛情関係すら否定されるような残虐な事件も生じている。このようなニュースに接していると、日本中に怒りが渦巻いているような気がしてくる。
 一方で、学びも働きもしないし、職業訓練も受けようとしないニートが増加している。また、子供の学力低下が指摘され、覇気のない日本の若者像に落胆し、日本の将来を憂える人が少なくない。
 このような世の中の動きを左右している人間の感情や『やる気』(意欲・動機づけ)のあり方が今、大きく変わろうとしているのではないか。そういう思いが本書を書くきっかけである」
  「若者、負け組の『他者軽視』
 今、人と人との親密なつながりが失われつつある現実の中で、誰もが体面を保ち、個を主張して生きていくことが求められている。だが、少子化の影響で小さい頃から大切に育てられ、苦労をせず、楽しいこと、面白いことに浸ってきた若者にとって、見知らぬ社会を一人だけで歩いていくことは恐怖でもある。欲しい物を何でも買い与えられ、有りあまる時間を自分のためだけに使ってきた人たちが、厳しい現実の競争社会の中でまともに生きていくことは難しい課題である。
 しかし、実は彼らはそれを乗り越える術をいつの間にか修得してきたようにも思える。それは、おそらく本人自身もあまり気づいていない無意識的なもので、個人主義文化を担った人たち、さらには、ITメディアの影響を受けた人たちがいつのまにか身につけた仮想的有能感とでも呼ぶべきものである。これは先ほどまでに述べた他者軽視をする行動や認知に伴って、瞬時に本人が感じる『自分は他人に比べてエライ、有能だ』という習慣的な感覚である。」
 「仮想的有能感は、他者をどう見るかという一つの他者評価を基盤にしたものである。他者の評価を低く見るほど自分の能力の自己評価を吊り上げることになる。しかし、これは自分の過去経験にはまったく左右されない思いこみの自己評価と言える。他方、自分の過去経験に規定された自己評価の概念として自尊感情がある。自尊感情は自分への満足感や自信を意味するものである。」 

 引用が長くなったが、今の若者は子供の頃から少子化のために親の期待を一身に受け、小さいうちから学習塾や稽古事に通い、子供同士で集団になって遊ぶ経験を持たないために他人との付き合い方が下手であり、個人行動を好むようになっている。「友人」と言っても苦楽を共にした親友と呼べるものではなく、単に刹那的に遊ぶだけの関係であって、何かあればゲームや携帯電話の電源を切ればお終いになるような希薄な存在が殆どである。自分の思い通りにならないだけでキレて他者に危害を加える短絡的な行動に走るものも多く、怒りの感情を制御することが出来ない。また喜びや悲しみを感じることも少ない。私の世代がしらけ世代と呼ばれ、少し下の世代は新人類と呼ばれたのだが、その当時以上になっているだろう。

 他者との交わりが少ないために自分を客観的に評価することが出来ず、自分は何か特別な存在であると錯覚しているのだが、その為の努力というものは殆どしない。集団を嫌い、協力して何かを達成することに興味が持てないし、テレビドラマなどの感情移入を必要とする番組よりワイドショー化したニュース番組で人の失敗をあざ笑うことを好む。テレビ画面に映る戦争や饑餓の映像を見ても、そこで現実に死や飢えに苦しむ人々の立場になって考えることが出来ない。携帯やパソコン・ゲームなどの最新の機械については若いほど覚えが良いために、その技術に長じていると言うだけで年長者を軽んじる。

 筆者は仮想的有能感(他者軽視)を横軸にし、自尊感情を縦軸にして四つのグループに現代人を分類した。両方とも高い人間を全能型として、経験に裏打ちされた自信を持ち尚かつ他者を低く評価する人としている。両方が低い人間を萎縮型と呼び他者に不満を感じるわけではないが自分に満足できないために鬱などになりやすいとしている。自尊心は高いが仮想的有能感は低い人は自尊型と名付け、他人の良い点は素直に評価しながらも自分についても自信を失わないとしている。最後に仮想型と名付けられた実績に裏付けされた自信がないくせに仮想的有能感だけは強いタイプが存在する。周囲には有能と認めて貰えないのに失敗の原因を見据えることが出来ず他者の責任に帰す傾向を持ち、他人の失敗に対しては鬼の首を取ったように徹底的に批判することで相対的に自分の独りよがりな自己評価を上げようとする。今日の若者の中では、自尊感情が低い萎縮型と仮想型が多くなっているとしている。

 この問題を階級的視点から見た場合にどの様に捉えるべきだろうか。今の若者が育った時代背景を考えると、バブル以降に物心が付いたかあるいはそれすら知らない世代である。バブル崩壊以降に思春期を送っている。それに対して私の世代では辛うじてではあるが団結して勝利する姿を見て育っている。小学校入学前は学園紛争が盛んで三派全学連や全共闘が活躍していた。小学一年生の71年は国鉄反マル生闘争で国労と動労が勝利し、国鉄総裁に公式謝罪をさせている。75年のスト権ストの時は授業が無くなることを期待してスト支持者が多かった。78年の三里塚3・26管制塔占拠闘争の時に中学一年から二年への春休みであり、全逓の78~9年反マル生越年闘争は中学二年の時のことであった。高校三年の時には反トマホーク闘争が高揚した82年である。だが今の若者は国鉄分割民営化において動労千葉を除く組合が転向、屈服し、国労は闘うことなくがたがたに崩され行く過程が最初の記憶ではないだろうか。総評解体と連合の結成により労働者が団結して資本や国家権力と闘うことなど見たこともなければ聞いたこともない。当然その様な経験があるはずもない。90年天皇決戦で36000人を動員した警察の厳戒態勢を打ち破って勝ち取られた数々のゲリラパルチザン戦闘すら知らないであろう。国家権力が所詮傭兵に過ぎない警察を頼りにした暴力組織であり、人民が死力を尽くせばその厳戒態勢などボロボロに出来るのだと言うことを知るものも少ないだろう。 

 バブル崩壊以降の15年は、同時に日本全体が経済的に下降線をたどる中で企業のリストラが進み、労組は資本の手先として労働強化を押し付ける存在でしかない。それを「左翼」だと勘違いしているから当然左翼に対する印象は悪くなる。経済しか世界に誇れるものがなかったバブル期の成金国家にとって、そこが崩壊すれば国民全体に自信喪失状態となる。だがしかしその問題点が資本主義その物の過剰生産・過剰資本にあることを見据えることの出来ない人々は、韓国や中国の経済成長、それ自体は実は日米欧の資本輸出による植民地への道でしかないのだが、産業の空洞化に怯え、全ては中韓のせいで暮らしが悪くなったと思いこんでいる。実際には日本企業はバブル期を上回る史上空前の利益を計上しているのだが、その殆どはリストラと資本輸出による超過利潤に尽きる。差別排外主義に囚われ韓国や中国のあら探しをすることで自己満足に浸ろうとしている若者達が現在のネット右翼であると言えるだろう。

 実践的結論は簡単である。労働者学生が団結して闘うことで勝利してみせることだ。闘えば勝てるのだという勝利の展望を我々左翼の側が指し示すことである。自分では何もしないで他国にケチ付けをして憂さ晴らしをしている若者に自らの力で未来を切り開くことを教えることである。小さな勝利でも構わない。闘って勝つことだ。

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2006年5月 2日 (火)

本部反対派に投票しよう

 近畿地本各支部では今日から全国大会代議員選挙の投票が始まった。15日の投票締め切りまで様々な動きがあるだろう。どの候補者が本当に現場労働者の切実な思いを全国大会に持って行き、本部に対して叩きつけてくれるのか、真剣に検討しよう。

 代議員選挙の公報に掲載されている各候補者の立候補に当たっての決意表明は、美辞麗句によって覆い尽くされ、どの候補者も組合員の雇用や生活が大切であり組合員の声を受け止めると言っている。一体誰が本当に現場組合員の代表にふさわしいのか、判断に迷う人が多いだろう。

 よく読んで欲しいのは各候補者が本部をどの様に評価しているかだ。今まで本部は「民営化されないためには当局の言うとおりに黙って働け」と言い続けてきた。その方針は正しかっただろうか?国会では郵政民営化法案が成立し、現場ではそれに向けた準備が着々と進められている。本部の言うことを聞いていたら民営化を阻止することなど出来なかったではないか。今まで反対と言っていた舌の根も乾かぬうちに、当局の民営化施策に率先協力を表明している。この本部の責任を追及する者こそが現場の代表ではないだろうか。少なくとも本部が行ってきた今までの運動について何の責任も問わない候補者は本部の腰巾着であり、当局の協力者でしかない。またも上手いことを行って現場に労働強化を押し付けようと企んでいる連中だ。

 では誰に投票すべきなのか。実は投票用紙に秘められたからくりが、本当の現場の代表者を鮮明に示してくれているのだ。選挙公報も投票用紙もおなじように「届け出順」と偽って候補者の氏名が記載されている。実は選挙管理委員会がグルになって本部批判を真剣に行う候補者に票が入らないようにしているのだ。よく見て欲しい。どんな時も各支部連協の代表者が名簿の順番の最初に書いてある。逆に本部を批判する為に機関の推薦を受けることが出来なかった候補は後から並べられている。これは投票方法が定数の候補者全員に○を付けることになっており、多く○しても少なく○しても無効になるために、殆どの組合員は惰性で最初の候補者から順番に○を付ける心理を利用しているのだ。

 本当に現場の声を全国大会に届けたいのなら簡単である。本部にとって一番都合の良い腰巾着は先頭に名前が書かれている奴だ。現場の本当の代表は名簿の最後に書かれている人間だ。後ろから○を付けよう。投票用紙の左から○を付けるのだ。全国大会に一人でも多くの現場代表を送り込もう。候補者の所属党派は関係ない。中核派だろうが第四インターだろうが協会派でも、何処の党派でも構わない。本部を徹底批判する候補者に投票しよう。ただし気をつけて欲しいのは現代のナチス、ファシストカクマルである。東京地本が全国で最も劣悪な労働条件を強制された時期に地本を握っていたのは奴等だ。近畿では地本からいなくなったために機関推薦を受けずに立候補している場合がある。革マルが勢力を伸ばすようなことが有れば、JR総連の二の舞となる。東京地本に続くことになる。この点に注意して本部批判をする候補に投票しよう。

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2006年5月 1日 (月)

メーデー

聞け 万国の 労働者 轟き渡る メーデーの
示威者に起こる 足取りと 勝利を告げる ときの声
汝の 部署を 放棄せよ 汝の価値に 目覚むべし
今や二十四時間の 階級戦は 来たりけり
起て 労働者 奮い立て 奪い去られし 生産を
正義の手もて取り返せ 彼らの力何物ぞ
我らの 歩ぶの 先頭に 高く掲げし 赤旗を
守れメーデー労働者 守れメーデー労働者

 手元に歌集が無く、記憶に頼って書いたので歌詞が正確かどうか自信がない。長いことメーデーの歌を歌う機会がない物である。小学生くらいの時には春闘が果敢に闘われていたから、結構あちこちで聞く機会もあった。父の経営する土建屋は、親会社がメーデー対策のために宝塚ファミリーランドに招待してくれたので、歌劇を見てから遊園地で遊び動物園を見て回るのが子供の時の5月1日だった。小学校以来の友達が4月29日生まれで、当時の天皇誕生日のために必ず休みなのが羨ましくて、ソ連や中国を社会主義の国だというデマに踊らされていたから、社会主義の国なら5月1日は祝日だぞと言ったこともあった。

 反戦派労働者になって暫くは、メーデーに参加することもなく、会場の入り口でビラを撒いたりする宣伝活動をして労働者に訴えることくらいしかなかった。郵便局に入ってからは実際に組合の動員で参加するようになったのだが、総評も末期であったために労働歌を歌って気勢を上げるようなことはなかった。一応春闘用の歌集は何度か貰って、まだ確かどこかに残っているはずなのだが、しまい込んで出てこない。様々な労働歌を覚えたのは沖縄平和行進に参加したときで、行進団の先導車が始終スピーカーから流していたので一週間で頭に入った。連合になってからは本当に何もないばかりか、遊園地でチョコチョコっと集会をして解散である。後は家族サービスでもして下さいと言うことだ。しかも4月29日に繰り上げている。

 労働者の日としてのメーデーは、1886年5月1日に合衆国カナダ職能労働組合連盟(後のアメリカ労働総同盟)が、シカゴを中心に8時間労働制を要求するデモンストレーションを行ったのが起源。1日12時間から14時間労働が当たり前だった当時、「第1の8時間は仕事のために、第2の8時間は休息のために、そして残りの8時間は、おれたちの好きなことのために」を目標に行なわれた。1889年に第二インターナショナル創立大会で1890年5月1日を8時間労働実現のためのデモを行うことが決議された。当日、ヨーロッパ各国やアメリカなどで第1回国際メーデーが実行され、以後も労働者の権利を主張する運動として定着した。(ウィキペディアより引用)

 日本におけるメーデーにも色々な闘いの歴史があるのだが、今こそ本来の意味でのメーデーの荒々しい復権が必要だろう。

 ちなみに今年は、妻と私からから息子にはライオセイザーの人形を、次女は私との兼用で羊羹、長女は手作りのオモチャの剣。長女から私には、最中とおはぎに栗羊羹でした。何がって、誕生日のプレゼントが。

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