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2006年5月18日 (木)

勤務時間について

 昨日勤務時間の管理について書いた事の補足をしたい。労基法で定められた休憩時間と労働協約で定められた休息時間とが有る。
 集配の場合、私の局での休憩時間は12時30分から1時15分までで、それに続いて30分まで前半の休息時間を取るようになっている。合わせて1時間の昼休みだ。後半の休息は原則として4時30分から15分取ることになっている。
 休憩は労基法上必ず取らせなければならないので、仕事が忙しくて時間道理に取れない場合ずらして取ることも出来る。休息は手が空いた時に取る物で、忙しい場合には取れないことも有る。また休憩中は自由行動が出来るので組合活動をしても何の問題も無い。外食しても構わない。ところが休息の場合は業務上の指示命令に従わなければならない。協約では超過勤務(俗に言う残業)の発令は4時間以上前にすることになっているので、午前中の仕事のはかどり具合を見て管理職が発令出来るように昼休みの終わりに休息を持って来てある。昔は休息を昼休みの始めに設定していたので、管理職は朝の到着物を見て判断する必要があった。それだけ個々の労働者の能力や区内の状況等を把握出来ていなければならない。今の管理職は現場の業務運行よりも机上の計画を優先している。
 昨日の私への現認体制との関係では、1時から休憩を始めた労働者に30分から午後の業務をさせている為、労基法違反で訴える事も出来る。
世間では休み時間も録に取らせず働かせる職場がざらに有る訳だが、労基法を守らせるのも実は労資の力関係が大きく影響する。郵便局でもまともに休憩休息を取れなくなって来たのは全逓の弱体化による。権利の全逓を再生しない限り、労働条件の悪化が進行するのだ。

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コメント

 近江絹糸と言えば同盟傘下でありながら「人権争議」と呼ばれる果敢な闘いで知られていますね。一つには同盟ですら闘う労組の存在によって自ら闘争して蹴れば組織維持が出来ない状況であった気だと思います。闘う労組の存在が階級闘争全体を牽引する典型として学びました。
 事実誤認の訂正有り難うございます。丁度同じ時期に読売争議・東宝争議・近江絹糸の人権争議などを学習した物で頭の中で混同していたようです。記憶に頼って書くのも良いときと悪いときがありますね。可能な限り再度文献などに当たるようにしたいと思います。

投稿: アッテンボロー | 2006年5月21日 (日) 10時31分

史実の修正

>「軍艦以外は全て来た」

読売新聞ではなく、東宝争議です。1948年。

http://www.d5.dion.ne.jp/~ikeyoko/A-A-SYO-WA2.htm

投稿: 元祖趣味者 | 2006年5月20日 (土) 22時37分

労働者の権利向上のたたかい、といえば、近江絹糸のたたかいを思い出します。職場でこれを例に、話をすることもあるので。
労働基本権だけでなく、基本的人権が守られていない職場で、中学卒業した10代の女性たちが中心となり、たたかいを組織、町の人たちの支援を受けてのたたかい、ここから学ぶものは多いと思います。

投稿: mao | 2006年5月20日 (土) 12時51分

 先ず労基法その物が戦後労働運動の獲得した成果であると言うことをどれだけ能動者が認識しているかという問題があると思います。法律はそれを活用して守らせない限り空洞化していく物だと思います。その意味で労組の存在と階級的で戦闘的な運動が重要であると思います。民間企業に於いては公務員より厳しいという意見がよく出てきます。それだけ民間企業で働く労働者が権利意識を持っていない証拠です。
 よく労組が強いと経営に響いて倒産に繋がる等という俗論を言う人がいますが、労働争議の結果倒産した企業がどれだけあるか例に挙げることのできる人はいるでしょうか?国鉄に関しては繰り返し述べていますが我田引鉄で利権をむさぼった政財官にこそ赤字の責任がありますのでここでは論じる気はありません。
 逆に労組が存在しないか有っても御用組合であった場合に、経営側の暴走の結果企業倒産に至った例は沢山存在しています。雪印食品に労働運動が存在しましたか?イトマンは?木村建設・ヒューザーは?旧ミドリ十字はどうでしょうか?ライブドアに労組が存在するなんて聞いたこともありません。極右の機関紙である産経新聞の場合、少数派組合の闘いはありますが全社を巻き込むだけの闘いには成り得ていません。その結果デマを平気で書く存在に堕落していますね。脱線しますが戦後読売新聞労組の闘いで、「軍艦以外は全て来た」とまで言われる読売争議の際民主読売として労働者の多くが支持していました。今日のような暴力団と癒着した販売拡張員に頼らず内容で読者を獲得していたわけです。
 
 

投稿: アッテンボロー | 2006年5月20日 (土) 12時28分

一般的とらえ方だと、「右より」さんの発言のように ちょっとぐらい気にしない そんなに神経質にならなくても、、、と。だけど、そのちょっとの逸脱を見逃していると、どんどん多きなっていき、是正させていくことが困難になっていく。経営側が明らかに一方的に労働条件を変えようとしているのに、反対する方がおかしいような雰囲気を職場で形成(経営側が広めたいった意識)されていくことが、現実の労働問題では往々にあります。最初の一歩にどう対応するかが重要になってきます。職場世論を向こうに奪われると、非常にやりづらくなってきます。
支持する現実の党派の問題では、アッテンボローさんとは180度近く違いますが、労働組合はあくまでも政党とば性格の異なるものであり、労働者の要求で団結し要求実現のためたたかう組織であり、支持党派が中核派であろうと共産党や自民党であろうと、無神論であろうとクリスチャンであろうと、労働の現場で働き生活するものとして日々直面する問題を解決する組織だと思います。
ネウヨと思われるhiroとか常識人の発言に負けず、よりよい職場づくり・よりよい社会づくり ともにがんばりましょう!(ちなみに自分は、中核派支持ではありませんが)

投稿: 労働者 | 2006年5月20日 (土) 02時57分

右よりの皆さんには労働基準法も適用されないし労働協約もなしってことで。ついでに民間では労働基準法も労働協約も守る必要ないとか言うような馬鹿はどこかに収容して教育しなおすべきだな。

 

投稿: 常識人 | 2006年5月20日 (土) 01時36分

しかし、この病気に関して俺の理解がなさ過ぎるのも問題だ。もっと、調べて見るか。民間はもっと厳しいと表現したかったのだが、アッテンぼろーサンの気分を害したのなら、謝罪します。俺は左よりのこのブログの読者として挑発するつもりで上の発言をしたのだが、アッテンぼろーサンのファンとして、ちと言いすぎたか?これからも、参加するので宜しく。

投稿: hiro | 2006年5月20日 (土) 00時05分

羨ましーな。
単純低脳作業労働者は、

労働基準法?労働協約?

サイコーだね、ほんと

全日本国民は、うつびょー患者のブログは診るべきだね。公社化なんて甘い甘い、即、民営化だね。

投稿: hiro | 2006年5月19日 (金) 23時59分

 労働基準法以前のはなし。

 なんというかなあ、社会運動でもいいし、会社の労務でもいい、子供のPTAでもいい、マンションの管理組合でもいい、なんらかの合意プロセスにタッチして、時間制限のなかでの合意に苦労したら、ルールとは、法律とはどういうものか理解できると思います。(暴力によって法は措定されると看破したのは、ベンヤミンだけど)。

 ルール、法律には(乱暴な言い方ですけど)、二つの側面があって、ひとつは、ある種の行動を促進することで「社会」の発展を促進するようになるルール。
 これは個別事象ごとに判断・対応していたら、その場での判断が恣意的になったり、整合性が取れなかったり、また、その判断をするために余計な工数がかかる、これをお互いに(規制する側も、利用する側も)標準化して御利益を手にする、「とりあえず」のルールとして、措定するもの。

 もうひとつは、強制法規に属するもので、それを守らないと罰すると定める内容で、その場合は規制対象を限定的に既述しないと、運用段階で混乱する(だから就業規則での解雇事由は具体的に列挙される)。たとえば、車両の50km規制など。

 そして、いずれもルールは、それが守られるに価値する、納得できる基準でなければ、法律としては落第。さきの電子機器のPSE法は、その典型。守られなけれればダメ(まもられない文章を作って、法律だ、といっても、ねえ)。
 労基法は、よくよくみると、事業場には「痰壷」を置くルールになっているが、どの事業場も守らない。

 この辺が理解できてない方が最近多いようだ。ルールは決めたら、おしまいではなく、決めた内容が守るに値するかどうか、そして、だれもが守っているか、そのことで、はじめて、ルールとして屹立する。
 しかも、ルールは、社会情勢との連関で、<常に-すで>に流動的なんです。

 これは、あっし自分がルールへの反対意見者、逆に設計者、取締モノになったから、わかってきた、得な経験。でも、それは、けっして難しいものでなく、「ナルチャン憲法」をつくった尊き人を見るように、自分の家庭でも同じ位相とおもう。自分の家庭に憲法(考え方の機軸)、法律(具体的な守りごと)、そして、その元になる
マナー・伝統を自分たちは意識しているだろうか。

 そういう経験・識見があって、はじめて、ぼくは、世の中の法律批判、ルール批判を実りある内容にことばにできる、と個人的に思っていますよ。修行が、まだまだ足りませんが。

 表向きは、6時間労働で45分休憩は法律できまっているが、それを守らせる側は破ってはならない、けど、守らされる側は、自ら、その時間を自らが価値あると思う労働に費やすのはいいだろう。それを規制するのはどうか、でも、そうであっても、守らせる側が、率先して、それを破るのは無しだけどね。そういう、複雑な、生身の話だろうね。実際は、具象的な場面で検討すべき。

投稿: 元祖趣味者 | 2006年5月19日 (金) 23時25分

最初に断っておきますが、私はアッテンボローさんを非難しているわけではありません。ゴム3号さんの万引きの例えは私のと趣旨が違います。万引きをされたら「いいや」とは思えませんよ。万引きをして捕まったら、「100円位いいじゃないか」とは言いません。明らかに自分が悪いと思うからです。でもわずかな速度超過位だと文句の一つも言いたくなりませんか? ということで、その程度の労基法違反は仕方ないんではないかと。逆に万引き程度の労基法違反は私も受忍できないという趣旨です。あと、会社を選ぶのは自分なんだから、現状に納得できないなら転職すれば?とも思うのですが。また、どうしても会社に必要な人材ならば、改善を求めれば手放すまいと善処するでしょう。そのような人材になるよう努力するのが先決では。

投稿: 右より | 2006年5月19日 (金) 23時13分

速度超過違反よりも「少しくらいなら万引きしてもいいじゃない」の方が適当な例でしょう。労働者は労働力という商品を販売して生計費を得ていますので。あなたが商店主なら「少しくらいだから万引きされてもいいや」と思いますか?多分いいと思うのは、売れ残って処分にお金がかかる商品くらいではないですか。きちんとした仕事をしているならば、相応の代価を請求したいと思いませんか?思うならば現実をただ受け入れるのではなく、現実を変えるように努めたらいかがでしょうか。

投稿: ゴム3号 | 2006年5月19日 (金) 21時58分

其のある程度を、当り前の事にしようとしているのが、この現状でしょう。
努力とか創意を以って、苦境を乗り切ろうといった、決まり文句で上からハッパかけて、滅私奉公させたいのですから。
過労死する迄働かせるのは、今や運送会社だけではないし、女性や30代の比較的若い労働者にも増えていて、今やどの仕事に就いても、この事に関係ないとは言えない状況が有ります。
アッテンボローさんに対しての場合、職場上司も鬱病の事は知っている筈なのに、この様な激務をさせているのですから、問題が大有りですよ。

投稿: 怪星人カピア | 2006年5月19日 (金) 21時28分

でも労基法をちゃんと守ってるとこなんてほとんどないのでは。皆さんもプラス10キロ未満の速度超過で取り締まりを受けたら憤慨するのではないでしょうか。過労運転を強要した結果死亡事故を発生させた運送会社等は論外ですが、ある程度のサービス残業等は仕方ないと思う私は愚かな飼い犬なのかな?

投稿: 右より | 2006年5月19日 (金) 20時06分

労働基準法は違反されまくっていますね。私は働くことは好きですし、社会のために労働を通して貢献したいと思っています。

しかし、資本家が露骨にこうして労働者を違法な方法で奴隷化している現状を見ると、本当に取り締まられなければならないテロリストは資本家ではないのか?という思いが強まってきます。

投稿: なんだかねえ | 2006年5月19日 (金) 11時19分

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