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2006年6月

2006年6月29日 (木)

現役中核派活動家に訴える

 私のブログを現役の人々が読んでいるのだが、それらの人々に対して少し訴えたいことがある。それは「イスクラ」に対してつけられている様々なコメントに対して、可能な限り返答を書いて欲しいと言うことだ。私のような除名追放された腐敗分子のブログを見る時間的余裕があり、書かれている内容についてわざわざ地区党の書記長がクレームをつける来る無駄な時間があるのならば、「イスクラ」に書き込まれた意見について丁寧な回答を与えることで、階級的な視点を持たない人々に対してオルグを行って欲しい。

 例えば天皇制が欽定憲法=明治憲法で確立されたのが19691889年(明治22年)であり「日の丸」の国旗制定が19501870年(明治3年)、「君が代」の国歌制定が19491869年(明治2年)であることから、「日の丸」「君が代」が天皇制と無関係であるとする意見があるのだが、これなどは戦前の教育の過程で融合していった経過を指摘することで誤った認識を糾すことが出来る。また、旧ソ連や中国を引き合いに出して共産主義・マルクス主義が謝っていたとする俗論に対しても、ソ連・中国のスターリン主義としての諸問題を丁寧に説明することで理解を得ることが出来るのではないだろうか?

 確かに殆どの現役活動家は日常活動の忙しさのためにネット上で論戦をする余裕がないかも知れない。だが「イスクラ」のコメント欄に書き込まれている右派的・保守的な意見は、殆どの活動家が現実の運動の中でぶつかる疑問や反論と共通している点が多いのではないだろうか。職場や学園においてブルジョアイデオロギーを無批判に受け入れている人々と対話するときに出てくる意見のあらゆる典型が存在しているのではないだろうか。ある意味経験を積んだ活動家が的確な反論を加えることで、活動歴の浅い新人に実地教育を与えることが出来るのではないかとさえ考える。会議などでオルグレポートを元に指導するのとまったく同じ事が、いやそれ以上のことをネットを通じて行うことが出来るのではないだろうか。

 一日ほんの30分であっても構わない。「イスクラ」を担当している瀬奈優さんへの援護射撃をして欲しい。せっかく現役のマル学同活動家が開設しているブログを活用しない手は無いではないか。

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 追記。 幾人かの方から西暦の表示の間違いを指摘いただきました。お酒は程々にしないといけませんね。計算しっかり間違えていました。歴史年表を見て書けば良かったのですが・・・

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2006年6月28日 (水)

2ちゃんねる共産板

 時折私の名前が登場するために、見ないようにしておこうと思いつつ、ついつい覗いてしまうことがある。「2ちゃんねるから子どもたちを守ろう!」で呼びかけがあるように2ちゃんねるにはアクセスしないことで2ちゃん的悪しき風潮を根絶する必要性は感じているのだが、やはり自分が話題に上っていると気になるものである。基本的に私のハンドルネームが2ちゃんねるに書き込まれるのは、うちはだいこ氏が暴れているか話題になっているスレッドだ。正直彼とは係わりたくない。

 私自身は、中核派を含む全逓労働運動内左派の統一戦線の端に加わっている。その為現役の中核派労働者と席を同じくすることもある。微妙な関係であることは事実であるが、ことさら私から敵対するような真似はしていない。何よりも如何にして全逓労働運動の戦闘的再生を勝ち取るかが第一の問題であるからだ。その大義の前では、私が除名追放されたことに体して恨み言など言う条件は存在しない。今の自分に何が出来るのか、どの様に闘うかについて思案を巡らすことで精一杯である。些細な違いよりも、ほんの僅かであっても構わないから一致できる点を探そうという姿勢をとり続けようと努力している。出来うるならば左派の統一戦線の「かすがい」となることが出来ればとも思う。

 「脱落派」と呼ばれる元熱田派や戦旗共産同の元活動家の人々と交流があるのも、今日低調である左翼運動総体の大同団結を渇望しているからである。だが私が2ちゃんねるに登場するときは殆どうちはだいこ氏絡みである。「アッテンボローとは中核派除名された後、旧熱田派関係者に接近して中核派『内ゲバ』ネガティブキャンペーンを展開している人物。 もちろん、除名者や転向者に接近するのが、ネットウヨやブサヨ一派。キンピーや筆坂をもちあげるウヨは、中核派除名のアッテンボローにも 接近をはかっている。」とブントスレに書き込みがあるが 、そんなことはどうでも良いことではないだろうか?問題なのは人の欠点をあげつらうことではなくて、如何に運動の実践をおこなうのか、如何に闘うのかだと思う。有り体に言えば私は「右翼」と交流することも厭わない。単純にブルジョワイデオロギーに毒されている人々との討論を通じて、それらの人々、あるいは討論を見守っている人々を「左翼」の側に獲得できるかどうかが重要問題であると思っているからだ。

 しかし何というか、自分の評判が気になるあたり、私もまだまだ人間が出来ていない。

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2006年6月25日 (日)

付き添い禁止を言われてしまう

 先週から咳と痰が止まらない状態である。息子の病室でも時々咳をしている。今朝自宅に戻ろうとしたところ看護婦さんに呼び止められ「感染症対策の部屋ですので、風邪を引いていたり体調が悪いときは付き添いを遠慮してください」と言われてしまった。原因はおそらく連日の泊まり込みで寝不足と菌を貰ったのであろう。配置薬の風邪薬と市販の咳止めを飲んではいるのだが効果が薄い。体力も相当落ちているのではないだろうか。

 とりあえず帰宅してから妻にその事を話し、交替で付き添いに行く際に息子に言い聞かせておいてくれと頼む。ブログの書き込みに返事をしてから風邪薬を飲んで寝室の布団に横になる。娘達には午後四時には夕食の買い物があるので起こすように言いつけてとにかく寝た。途中、正午くらいに起き出してまた薬を飲む。食欲がないので朝食も昼食も食べていない。本当は何か腹に入れた方がよいのであるが。

 今夜は早く寝ることにしよう。

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2006年6月24日 (土)

神も仏も有るものか

 息子としてババ抜きをしていて、「ババァはおらんな」等と下らない事を言い合っている。二回ほど私が勝つと息子は半ベソをかく。「○○の熱い心は負けへん。燃える心をお父さんにぶつけたるねん。お父さん火傷するからな」と必勝の意気を示している。
 だが三回目も私が勝つと「お父さんの心は冷たい。水の心や。○○の炎の心は消されてしまった」と言う。実は私が勝てるのは息子にはポーカーフェイスが出来ない為にババを持つとどれがどれか教えてくれるからである。あるときはババだけが天地を逆に持っているし、またあるときは私が引こうとする方向にババを動かして教えてくれる。その都度敗因を説明するのだが、しばらくすると忘れてしまう。
 「神様はなんで助けてくれへんの」と宣う。私は共産主義者であるから、当然宗教を信じない。子供達にも折りに触れて神など存在しないと教えている。「神様がいるならなんで病気で苦しむ人が居るの?なんで貧乏人が居るのかな?戦争は何故無くならないの?なんで賢い○○が病気で入院しているのかな?」と教える。信心深い人は怒るだろうが、私は子供達には神や仏に頼る人間にはなって欲しくない。昔の科学が未発達の時代にはそれなりの存在意義があったが、今日では支配階級が被支配階級を騙すために存在している。自民党の次期総裁候補である安倍晋三が先日統一協会の合同結婚式に祝電を打った様に、政治家と癒着が甚だしい。
 キリスト教に於ける「危機神学」や「解放の神学」は一定評価するし、一向宗等には敬意を感じるが、殆どの宗教家は詐欺師だと思う。現実に財産を溜め込んでいる坊主が上得意であるから、余計にそう感じるのだ。

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2006年6月23日 (金)

愚かな息子(-.-;)

 病院に顔を出すと妻が買い与えたおもちゃが増えていた。食玩の腕時計とウォッチボールである。腕時計は「アイシールド21」と言うマンガアニメ、ウォッチボールは「ポケモン」の夏の劇場映画の物だ。
 時計の時間を合わせたにも拘わらずわざわざイジクリ回しておかしくしてしまうは、腕時計を腕にはめたのは良いが肘に向かってずらそうとしてベルトの付け根のプラスチックを壊して直せなくしてしまう。
 思わずゲンコツを頭に振り下ろしていた。その後二人とも無言である。「ボンバーマンビーダマン」のビデオを借りて来たのでそれを見ている。物を大切にするよう躾出来なかった親の私が悪いのだと思う。

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2006年6月22日 (木)

八つ当たり

 ここ数日コメントに返事を書く余力が無い。疲れが貯まり出している。今朝は病院から帰宅して寝てしまい、時間ギリギリに妻にたたき起こされた。
 雨の中集金と勧誘で走り回ったが、思わしい成果は挙がらなかった。唯一明後日の非番買い上げの際に訪問する先が出来たくらいだ。
 夕方集金の計算をしているとき、遅く帰局した同僚が計算に使う補助式紙が無くなっていることについて怒り始めた。私もその式紙がなかったので別の同僚に分けてもらったのだが、その際課長代理に式紙が無くなった事を報告しておいた。だがくだんの同僚は自分が帰局した際になかったのが気に入らないらしく、怒鳴り続ける。矛先が私に向かい、自分だけ書類が有れば良いと言うものでは無い、チームワークを考えろと言う。私が報告した件を話すと、「そんな事知る訳無い」と開き直る。事情も知らずに人を怒鳴り付けるのは止めて欲しい物だ。
 同僚は集金区の削減の影響をまともに受けて、かなりしんどい目をしているのだが、本来怒りは合理化を押し付けてくる局に向かなくてはならない。だが現在の分会長は以前にも書いたがマル生分子であるから、絶対その様な怒りを当局に向けて組織することは無い。自然と不満は弱い立場に有る物に向けられる。病み上がりの私は今現在非常に弱い立場にある。仲間内のいさかい等している場合出はないのだが。まともな労働運動が無ければこの様な仲間割れが起きる。労働者の団結を固めるのが本来の労働組合だ。夏の役員改選では何としても分会長を交代させなければならない。

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2006年6月20日 (火)

付き添い生活

 仕事が終わると急いで帰宅する。時折途中で食材を買うためにスーパーにも寄ることが有る。職住接近なので10分から15分で家に着く。夕飯の支度を私がするときと妻がするときとが有るが、妻が休暇の日は病室に顔を出しているので、交代の為に急いで夕飯を済ませて病院に行く。
 妻と交代の際、息子は涙を堪えているが、泣くこともしばしば有る。消灯まで暫く本を読んでやったりトランプに興じる。息子に出来るのはババ抜きと神経衰弱くらいだ。消灯の少し前に携帯から記事を投稿する。後は適当に眠くなるまで本多著作選か清水選集を読んでいる。私が居るとそれだけで安心するのだろう、息子の寝付きが良い。
 朝は6時から7時に起床して自宅に戻りシャワーを浴びて朝食を取る。今朝は時間があったので一通り新聞に目を通せた。流石にネットに繋げないことも有るので、ブログに書き込んで貰っても返事が書けない日も時々有る。8時前後に出勤だ。暑いから過労でバテないように適度に押さえつつ仕事をする。
 後二ヵ月こんな生活を続けることになる。体力が持つか少々自信が無いが、何とかするより他には無い。

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2006年6月19日 (月)

保険が出来ないなぁ

 五月初めから職場に復帰して、はや一月半が過ぎたが、未だに保険の契約が出来ない。感がまだまだ戻っていないのだろうか。それとも既に保険職場に向かないのだろうか。私が保険の仕事を普通に出来ていた時期は、簡易保険の予定利率がまだマシな時期であった為、貯蓄の話題が中心であったが、今は利率が低く保障中心の話をしなければならない。息子の付き添いもあって新聞もテレビも見ていないから世間の話題にも疎い。休暇休職の間はネットで世間で問題となっている事を知ることが出来たが、それもここ暫くご無沙汰だ。
 貯金の仕事は定額貯金も自動払込も年金振替受給も取り敢えず出来ている。自動払込は先月今月と既に局で一番だ。一つしてⅠポイントだから八ポイントの年金をもう少し頑張れば良いのだが。
 因みに郵便営業では五月の「父の日」今月に入ってからのお中元は局目標の一割程度から二割を売っていて、これまた一番だ。今は分社化されていないからまあ良いのだが、分割民営化されたら何処に配属されるか分からないが、保険会社だと使い物にならない。一番良いのは窓口会社だろうか? 貯金保険課の場合、外務員は多分窓口会社になるから良いが。身の振り方も色々考える必要が有る。いっそ郵便会社を希望して集配になろうか。考える事は尽きない。

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2006年6月18日 (日)

「中国文化大革命批判」

 本多延嘉著作選第一巻収録「中国文化大革命批判」の内「毛沢東過渡期社会論批判 スターリン主義社会の歴史的矛盾を社会主義社会論の改訂で合理化するもの」の学習を通じて、私の中にある過渡期社会と共産主義の低次の段階としての社会主義社会の違いに関する混乱を整理していきたい。実は五月にこの論文を素読みし、「インテリゲンチャ」を一昨日の夜に携帯から投稿した後でノートを取りつつ読み返していたのだが、幾人かの方から指摘されているように私の中に相当混乱があるようだ。特にNKさんのコメントと併せてご覧頂けると理解して頂きやすいと思う。

 この論文は「前進」338号 67年6月11日に掲載され、当時中国では毛沢東が大躍進運動の破産を文化大革命と紅衛兵運動とで取り繕うとしていたのだが、左翼の間では取りわけ中国派の人々の中でこれを評価する動きなどがあり、それに対して革命的共産主義の立場から徹底的に毛沢東のスターリン主義者としての欺瞞を批判している。

 毛沢東は「社会主義的所有制の成立した段階における階級闘争」という新理論を発表して文化大革命の指導理念とした。先ずここに毛がスターリン主義的に社会主義社会論を改竄している点が見受けられる。私の中での混乱もここに関連しているのだが、過渡期社会というのは帝国主義が世界的に打倒されていない現時点の事であり、社会主義社会は帝国主義を基本的に打倒して以降にやってくる。処がスターリンが世界革命の困難さの前にそれを諦め「一国社会主義論」を提唱してそれを防衛するために国際共産主義運動を変質させてしまった。中国共産党に指導される49年の中国第三次革命もまた、このスターリン主義的歪曲から無縁ではないばかりかどっぷりと浸かるものであった。ソ連における「一国社会主義」の破産が当時明らかになる中でフルシチョフはスターリン批判を通じて「改革」を行い一定程度ソ連東欧圏の体制立て直しを行おうとした。それに対してフルシチョフを「ソ連修整主義」と批判しつつ別の方向でスターリン主義の歴史的破産を取り繕おうとしたものが毛沢東「新理論」であり文化大革命・紅衛兵運動があったのだ。だがそれは国際共産主義運動のスターリン主義的変質を根底から解決するものではなかった。マルクス・レーニンの世界革命論の今日的復権を通して反帝国主義・反スターリン主義革命的共産主義運動を前進させることこそが中国人民への真の連帯であるという立場が貫かれている。

 新理論の誤りは何かとして三つの点を上げている。第一の理論的誤りは、資本主義から共産主義への『過渡期社会』と、共産主義の第一段階としての『社会主義社会』という二つの歴史的段階を完全に同一視していることである」マルクスは「ゴーダ綱領批判」において共産主義社会と過渡期社会とを区別して、過渡期社会に対応する国家を「プロレターアートの革命的独裁」としている。この社会では「ひとつの形態における等量の労働が他の形態における等量の労働にたいして交換される」等量交換の分配原則が不可避となり労働給付というブルジョア的権利が残存する。社会主義社会は、階級対立の止揚、国家の死滅、価値法則の意識的廃棄と結びついている。つまりこの三つが残っている時点で社会主義社会ではなく過渡期社会であると言えるのだ。

 第二の理論的誤りは、過渡期と社会主義段階を同一視することによって『階級闘争』を無階級社会としての社会主義社会に密輸入したことである」 スターリン自身はマルクス・レーニンの思想を改竄しながらも、「社会主義社会」に階級闘争を持ち込むことが出来なかったために、一国社会主義の矛盾にたいして発生する国内階級闘争の全てを「国際帝国主義の反革命的干渉」としてオールドボルシェビキを粛正していった。だがしかし、毛沢東は過渡期=社会主義段階とすることによって「階級消滅論」と「階級闘争激化論」とを強引に「解決」した。「だが、現実の矛盾を社会主義にむかって止揚するという実践的立場を放棄して、『他の社会と同じ性質の矛盾』を社会主義社会に永遠化することは、スターリン主義的反動の合理化論である。これでは、階級および階級対立の死滅、それにもとづくプロレタリア独裁の解体、それらの経済的基礎としての等量交換=労働証書制の実現、そして、なによりも世界革命の勝利という過渡期止揚=社会主義段階への世界史的移行の条件は、永遠の彼岸においやられてしまう。」

 「第三の理論的誤りは、『少数の知識人による文化の占有』と言う過渡期社会のはじめの段階で社会問題化する知識人・技術者の問題と、社会主義段階にも残存する分業との問題とを混同し、後者の段階でも分業から階級が発生し、それを克服するため階級闘争が激化するという驚くべき理論的基礎づけをおこなっていることである」 毛沢東が社会主義段階における社会的分業についての無知をさらけ出していると指摘している。生産手段を共有した社会主義段階においては階級は存在しなくなると言うのがマルクス・エンゲルス・レーニンの思想である。そして、少数の知識人による文化の占有」に関しては「もともと、プロレタリア権力は過渡期の擬制的労賃制を可能なかぎり平等主義的傾向に近づけようと努力するが、ときに、あるいはかなりの時期にわたって、革命前の高級技術者たちを革命権力に協力させるために妥協的に高級を支払う場合が生じる」 私の先日の記事ではこの部分を過渡期ではなく社会主義段階において存在するとしてしまった点が誤りであり、スターリン主義の陥穽に嵌ったようである。スターリンはこの時期の党・政府幹部の腐敗堕落を伴う変質を開き直り、「スターリン賃金体系」の中で固定化していった。31年には平等主義反対すら提起していたようだ。「したがって、知識-文化の占有が特権に転化するかどうか、という問題は、過渡期の分配政策のスターリン主義的歪曲と関係した具体的事項であって、これをただちに一般化することは、プロレタリア権力の過渡期経済政策論の破壊いがいのなにものでもない。」「以上の検討であきらかなように、毛沢東の新理論は、マルクス・レーニンの未来社会論を過渡期社会のスターリン主義的変質にそって修整したものであり、スターリン主義の歴史的危機の理論的反映である。」

 新理論の誤りの歴史的前提として二点を挙げている。「毛沢東の新理論の誤謬の第一の前提は、過渡期の歴史的成立根拠についてなんらの理論的検討もおこなわれていないことである。」「すでに指摘したように、資本主義社会から共産主義社会のあいだに、前者から後者への長い政治的過渡期が存在する。」「この過渡期は、ひんしの資本主義と生まれいでんとする共産主義とのあいだの闘争の時期、いいかえれば『敗北したが根絶されていない資本主義と、生まれはしたがまだまったく微力な共産主義の闘争の時期』(レーニン『プロレタリア独裁期における経済と政治』)であり、この階級闘争を推進する政治的実体が、プロレタリア権力である。勝利したプロレタリアートは、支配階級としてたえず自己を再組織しながら、国際帝国主義の世界史的打倒にむかって、過渡期社会の社会主義的前進のために最大限の努力をかたむけることは、いうまでもない。」とした後、革命ロシアがドイツ革命の敗北によって孤立するという困難な情勢の中で如何にして世界革命にむかって自己を確立しようとしたかの苦闘について触れている。ロシアの社会建設と世界革命達成の事業とをひとつの問題として結合して苦闘したのがレーニンである。処がその死後、あたかも「具体的」に問題解決が可能な方法としてスターリンの「一国社会主義」が登場して国際共産主義運動をスター主義的に歪曲していき、同時にマルクスの世界革命論を解体していくこととなった。「われわれは、歴史的過渡期の要請する具体的課題に具体的に対処しながら、その対処のうちにきびしくマルクス世界革命論の内在的貫徹を達成していかなければならないが、それは『具体』の名をもってするスターリン主義擁護論との非妥協的闘争を不可避としている。」「過渡期社会とは、まさしく、資本主義から共産主義への世界史的移行の時代、帝国主義と社会主義との世界史的分裂の時代とに照応する歴史的社会である以上、過渡期から社会主義段階への移行は本質的には、帝国主義の世界史的打倒を条件としている。」

 「毛沢東の新理論の誤謬の第二の前提は、世界革命の平和共存的変容形態を『永遠の歴史的前提』にしていることである。」「第一点は、帝国主義の基本的延命と、中国革命の機器との関係が外在的にしか把握されていない、という点である。いいかえるならば、帝国主義の打倒をとおして中国の困難を解決するというレーニン的観点(ロシア革命とドイツ革命の結合)が完全に欠如しているということである」「第二点はソ連をはじめとするいわゆる社会主義諸国との関係である。」 ソ連スターリン主義の腐敗が中国の「期待」を裏切ったことをもって自力更生路線に防衛的に後退したが、それを「原則」に高めてしまい、ソ連東欧に対して共産主義の立場から世界革命を訴えて関係改善をしようとしないことである。「第三点は、中国やソ連におけるプロレタリア独裁の反動的解体と無関係に、過渡期の階級闘争を問題にしていることである。」「今日の中国における官僚的堕落は『少数の知識人による文化の占有』のうちに一般的基礎をみいだすべきではなく、中国第三次革命(四九年)におけるプロレタリアートの未組織化と、その後の支配階級としての組織化の努力の放棄、、つまりプロレタリア権力の実体的基礎としての労働者工場評議会の未形成のうちに具体的に解明されるべきものである。いわゆる実権派の形成が、大躍進の調整期に結びついているとするならば、なぜ政策の調整が官僚的腐敗に転化するのか、という問題が、労働者階級のヘゲモニーとの関連で考察されねばならないにもかかわらず、毛沢東の新理論にあっては、社会的分業という一般的基礎のうちに解消されている。」 この官僚的腐敗の問題は、今日の中国共産党官僚の底知れぬ腐敗の基礎が既に文化大革命以前から存在するスターリン主義その物の問題である事を示している。「第四点は、過渡期の具体的な経済政策が完全に欠如していることである。不思議なことに、この新理論には、ソ連や中国における経済建設の具体的な過程的分析が少しも基礎づけられていないばかりか、なぜ大躍進政策-人民公社運動は失敗したのか、という肝心な総括が、すべて自然災害とソ連援助中止のうちにすりかえられている。」 具体的に失敗の根拠を検証すること無しに新たな混乱を再生産しているのが毛沢東以来の中国スターリン主義である。今日の沿海部と奥地との経済格差や、農業で生活できず土地を捨てて都市に流入する農民の問題は今日始まったことではないのだということである。最新の中国の事情については、この間学習が不足しているために詳しく触れることが出来ないが、スターリン主義その物の全面的再検討を要することを本多書記長は訴えている。

 「われわれは、世界革命の勝利の方向にむかって、中国革命と日本革命の具体的結合を現実的に追求しながら、同時に、マルクス世界革命論の現代的再建をとおして、現代世界の根底的止揚への綱領的展望を準備せねばならない。それこそが苦悩する中国人民への生きた階級的連帯のあかしである。それゆえ、いっさいの局面打開の鍵として、日本階級闘争の死活をかけた前進が、いま、われわれに要求されているのである」

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2006年6月17日 (土)

大部屋

 息子は現在、医大病院の小児科病棟の大部屋に居るのだが、同室が赤ちゃんが多い為に寂しい様だ。先日も夜中に徘徊して「お家に帰りたい」と泣いていたという。看護師さんからも泊まり込んで付き添いしてあげてくれと言われたために、木曜から泊まり込みを始めた。医大がいくら完全看護でも保育園児にはまだまだ家族と離れ離れは辛いようで有る。
 「元気になったらいろんなもの食べたい」「お父さんとお出かけしたい」「ポケモンの映画連れて行ってや」等など色々おねだりをする。退院出来たら何でもしてやりたい。激しい運動は制限されるが公園で遊んだりもしてやろう。後二ヵ月、我慢するのだからその後は精一杯甘えさせてあげたい。
 いつもの事なのだが、分かれ際には抱き着いてくる。涙ぐんだりする。「一人にせんといて、○○寂しい。早く来てや」と言われると本当に切ない。先程も病室に着いた時は愚図っていた。「何で遅かったん」である。
 大部屋なので他の患者の付き添いの方が見兼ねてあやしてくれる事も有る。看護師さんや医者が遊んでくれもする。それでもやはり親が居ないと寂しいのだ。「△△や□□に会いたい」と姉たちにも会いたがる。家では喧嘩ばかりしているが、それでも姉たちと遊びたいのだ。早く退院出来るよう治療がうまくいく事を祈るしか無いのが歯痒い。

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2006年6月16日 (金)

インテリゲンチャ

 書き込みに時々見られるのですが、技術者や科学者、研究者など、今日の資本主義社会で高額の収入を得ている人々は、社会主義及び共産主義社会では労働意欲を失うのでは無いかという意見が有ります。精確な回答を私が与えることが出来るかは甚だ心許ないのですが、かつて私も党の学習会で「医者等の待遇はどうなるのですか?」と質問したことが有ります。指導部の答えは忘れてしまいましたが、感想として私は「インテリだね」と言われました。それは褒め言葉では無く、寧ろ窘めるような含みが有りました。
 その後努力して労働者的な感性を磨いたつもりですが、果たして何処まで体得出来ているでしょうか。
 資本主義社会では労働力の対価は、その労働の為に投下された過去の労働力の量によって決定されます。一人の労働者が生まれ落ちてから一人前に成るまでに教育費を始めとして投資が有る訳です。例えば郵便局の集配労働者は中卒で採用試験を受けることが出来る為、義務教育迄で済みます。郵政労働者の賃金が国家公務員の中で一番安い理由は此処に有る訳です。反対にキャリアと呼ばれる一種試験の合格者、官僚は殆どが東大等の一流大学を卒業しています。幼児教育から始まり塾に通い私学の付属幼稚園からエスカレーターに乗るために様々な投資が行われており、対価となる賃金は公務員の中でも最高で有るばかり出なく、賄賂を始め様々な利権、退職後の天下り先での報酬等儲かる訳です。これは民間企業の労働者でも同じ事です。
 ですから資本主義から生まれたばかりの共産主義の低次の段階、社会主義とも言われる段階では、インテリゲンチャの労働に対してはそれ相応の報酬が支払われます。全ての労働者は発揮した労働に応じた配分を得るのです。
 先日もコメント欄に書いた「能力に応じて働き、必要に応じて取る」というのは共産主義がある程度進んだ段階の話になります。ですから革命の最初の世代は、おそらくその実現を見ることは無いだろうと言うのが私の見解です。次の世代、あるいはその次の世代になって初めて達成されると思います。

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2006年6月14日 (水)

労働法制改悪に反対しよう

 本日の朝日新聞朝刊の一面トップに「労働法制見直し 始動」と題する記事が掲載されていた。この間日経新聞が特集を組んできた労働法制改悪問題について、とうとう朝日でも取り上げざるを得なくなったようだ。焦点となっているのは「時間外労働の削減」と「自立的労働」「解雇」の三点である。一点目の「月30時間以上の残業について現行の割増賃金25%を50%に引き上げる」という事については、人件費高騰を危惧する経営者側と全ての時間外労働に対して割増賃金を増額すべきであるとする労働側とが共に反対している。あやふやな記憶に頼っているので心許ないが、諸外国の場合時間外労働に対する割増賃金はかなり高く、例え一時間であっても50%増しの国が幾つかあったように思う。本来であれば、雇用拡大のために、時間外勤務を減らして業務量に見合う分増員させるためにも、全ての時間外労働について割増率を上げるべきである。

 報道によると月30時間以上の時間外労働を行っている事業所は全体の約一割であるそうだが、実態はサービス残業をカウントしていないために相当数の事業所がこの改定案の適用対象になると言われている。世間一般には公務員職場であるためにサービス残業が殆ど無いと思われている郵政職場においても、02年の2月であったか3月であったかに近畿郵政局(当時 現日本郵政公社近畿支社)に労基署の査察が入り、行政処分が出されている。勤務終了時間は本来は17時15分であるのだが、殆どの労働者が21時に退庁すれば「今日は早いね」と言われる実態があり、「午前様」は当たり前である。

 二点目の「自立的労働」について言えば、日本経団連は昨年、年収400万円以上の労働者を労働時間規制の適用適用対象外とすることを要求し、平均より年収水準の低い労働者を大量に含む改悪を主張している。今日「年収300万時代と言われているのだが、実際には平均年収は大企業に引き上げられることで500万~600万円の間で推移している。例えば私の場合昨年の税込み年収は460万である。月々の手取りに直して20万しかない状態であっても日本経団連の要求では時間外手当の支給対象外になる。給与所得者の平均賃金が700万と言われた90年代前半において、私の年収は500万円程度であった。つまり殆どの労働者は時間外手当(残業手当)が支払われなくなるのだ。日経新聞がこの間度々記事として取り上げてきたのは、読者層の殆どが労働時間規制の対象外にされることからどうしても取り上げざるを得なかったのである。

 三点目の解雇に関する規制緩和に関しても、不当解雇を裁判で争い労働者側が勝利しても職場復帰を認めず、金銭解決を合法化する物である。つまり金さえ払えば企業には首切りの自由が認められることになる。労働者は使い捨ての物ではない。生きて生活し、意志を持った人間である。それを壊れた部品を捨てるように好き勝手に解雇することをどうして認めることが出来ようか? 断固反対有るのみだ。それでなくとも労働運動の産業報国会化によって企業防衛主義が蔓延し、組合として解雇撤回闘争を組んでいるところは稀である。不当解雇が激増することは目に見えている。

 ときおり、サービス残業に対する労基署の介入を指して労組不要論を唱える人々がいるが、労基法その物が戦後革命期の闘いを圧殺するために予防反革命的に制定された物であり、その後も労働運動の粘り強い闘いによって維持強化されてきた結果として存在しているのだ。今ここで労働法制改悪に対して反対の闘いを組まずして労働運動の存在意義があるのか? 労基法が改悪され、労働時間規制が撤廃された場合、殆どの労働者はただ働きによる過労死の危機に直面することになる。それに対して異を唱える者は金銭解決によって解雇され、残された労働者は資本の言うがままに酷使されることになる。断じて労働法制の改悪を許してはならない。労働組合の存在意義が問われる問題である。連合指導部の屈服的対応を粉砕し突き上げて、闘争課題に押し上げなければならない。全ての労働者は労働法制改悪に絶対反対の立場で闘おう。

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2006年6月13日 (火)

「前進」を読んで欲しい

 何故か革命的共産主義者同盟全国委員会(マルクス主義学生同盟中核派の上部団体)機関紙「前進」がお題なのに、分類上「日記・コラム・つぶやき」である。本来ならば「経済・政治・国際」であってもおかしくないと思うのだが、敢えて上記の分類にした。

 正直言って書き込みに返事を書く際に、革共同・中核派の主張を事前に知った上で書き込んで欲しいと思うことが度々ある。ソ連・中国・朝鮮・日本の「共産党」「労働党」と名乗るスターリン主義政党への批判を、何で「反帝国主義・反スターリン主義」を掲げる革共同の支持者である私のブログにするのか、本当に困る。事前にある程度「前進」サイトなり革共同・中核派の主張を読んだ上で「ここが分からないので説明して欲しい」という書き込みなら返事をするのは楽であるが、予備知識を持たないだけでなく事前の予習も事後の復習もしてくれない人が繰り返し同じ質問をするから叶わない。しかも私が得意でない分野についても回答を迫られるから非常に困る。私は20年間現場の労働者党員として活動してきた人間であって、専従経験はない。自然と自信を持って語れるのは労働運動の中でも全逓労働運動に限られている。(それも指導的立場ではなかった)

 党という共同体・組織を作っているのは個々人の力量を遙かに超えた問題に挑む必用があるからである。指導的立場の人々であってさえ得意とする領域がある程度決まっている。例えば綱領・軍事の問題であれば清水議長の専決事項と言われているし、経済分析に関しては島崎光晴さんである。共産党批判なら高田隆志さん、内戦論は野島三郎さん、マルクスに関しては仲山良介さんと言うように分担が決まっている。それぞれに最高水準の理論家たちがそれこそ全力を傾注して論文や著作を出しているわけである。このブログに書いている記事は、基本的に私が革共同・中核派の理論を自分なりに理解できた範囲で書いている物だから自ずと限界がある。

 私は確かに可能な範囲で返事を書く努力をしているが、苦手分野について何とか答えようと準備している最中であるにも拘わらず、「新左派の方は中国を批判すると口ではおっしゃいますが行動の結果として現われるのは中国共産党の走狗となり、日本で、日本の、それも60年前の戦争を未に声高に訴え、日本人の罪悪心を煽って中国への批判の鉾先を鈍らせているわけです。」と言われても困る。「前進」サイトで何も触れていないのならまだしも、沢山批判の論文や行動が書かれているわけで、それを読んでくれと言いたい。それと「左翼」にも色々な党派があるわけで、毛沢東主義の「人民の星」(日本共産党左派)などの中国派の様に私の活動領域では基本的に党派闘争をしたことのない人々への見解を聞かれても、やはり困るとしか言い様がない。私に答えることが出来るのは、せいぜい自分が直接党派闘争をしている連合=JPU本部・革労協(社青同解放派)・協会派(社青同)・日本共産党不破派くらいである。

 革共同はカクマルのようにドケチではないので、主要論文は全てサイトに掲載している。出来れば「前進」サイトを読んだ上で書き込みをして欲しい。

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2006年6月12日 (月)

快楽亭ブラック

 我が家には落語の本が三冊有る。一冊は高校時代の友人から譲り受けた古典落語の文庫本で、これは二十数年かかっていまだに読み終えることが出来ないで入るのだが、とにかく面白いことは確かだ。今一冊は先日記事にした「はつてんじん」で、あんまり子ども達に受けるので書店に取り寄せを頼んだ。長女も次女も面白がっていた。息子が退院しても自宅に有ればいつでも読んでやることが出来る。最後の一冊が「快楽亭ブラックの放送禁止落語大全」である。この本を知ったのは「反米嫌日戦線『狼』(美は乱調にあり)で死ぬのはやつらださんが取り上げていたからだ。二週間ほど前に「はつてんじん」と一緒に注文したのを昨日ようやく受け取ってきた。

 どうやら私は真面目で良い人で通っているようで、この内容をそのまま引用するとイメージがぶち壊しになりかねないので、簡単に紹介するに留めるが下ネタがどっさりで有る。天皇一族ネタで笑わせてくれるというのもあったが、それも下ネタがからんでいる。天皇を偶像視することを叩きつぶすという点でこれはこれで良いのかも知れない。この記事を書きつつ付属のCDに収録されている「道具屋・松竹編」を聞いているのだが、笑いながら記事を書いている。書いても差し障りがないだろうタイトルを書き記すと「英国密航」「反対車」「川柳の芝浜」「怪獣忠臣蔵」この辺の作品は女性や子供が読んでも大丈夫だろうが、他の作品になると場合によってはセクハラとして怒る女性がいるかも知れない。

 落語には話芸という物があるから、文章で読んでいてはその本当の面白さは分からないのだろうし、高座で聞くのが一番であろうが、それなりに笑いつつ読み終えることが出来た。この人は古典よりも現代落語・創作落語が得意らしい。古典をやる場合であっても色々と現代の時事問題などを入れて工夫しているようだ。

 色々笑っていたのであるが、落語とは別に「借金2000万除名地獄顛末記」という競馬に嵌り、起死回生を狙って講演をしたりCDを作成したものの次々裏目に出て、多重債務に陥るはヤミ金に手を出すは、挙げ句の果てに妻に離婚されたあたりがついつい感情移入してしまった。立川流から除名されたあたりも似ているかも知れない。私の場合は博打の類はしないのだが、色々悩み苦しんでいたときに酒と女で現実逃避をした上に借金をこさえて除名されているから、親近感を覚えてしまう。この本が売れ、CDが売れて再起できればいいなあと応援したくなる。

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2006年6月 9日 (金)

IgA腎症

息子の病名はIgA腎症だそうだ。今の所原因不明らしい。食生活に原因が有るのでは無いらしく、その点では親の責任では無いことが分かり少し気が楽になった。鬱病患者の思考方法として自分を責める傾向が有るから、一時かなり自分の責任を痛感していた。遺伝も関係無いらしい。治療方法は確立されておらず、対症療法が主らしい。薬の副作用で投薬中は成長が止まることも有るという。
研究に協力する事と引き換えに医療費の助成金が交付される。息子はモルモットになる訳だ。動物実験では症状を再現出来ないから臨床例に頼るしか無いらしい。九十年代に発表された報告書に拠ると四割が予後不良で末期腎不全になるそうだ。
治療方針の説明を聞いた妻の話では、これから約二ヵ月かかるらしい。再発の可能性が高く、食事制限と運動制限が欠かせないらしい。息子が食べ残した病室食を味見してみたが、薄味で味気ない。どれくらいの期間これが続くのだろうか。前途多難である。

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2006年6月 8日 (木)

特定疾患に認定される

 腎生検の結果を聞くのが明日に延びたのだが、妻からの電話によると特定疾患による医療費の助成手続きを明日申請に行くそうだ。特定疾患=難病である。Googleで検索した結果「難病情報センター」「難病(特定疾患)とは?」によると「特定疾患について我が国の難病対策では、いわゆる難病のうち、原因不明で、治療方法が確立していないなど治療が極めて困難で、病状も慢性に経過し後遺症を残して社会復帰が極度に困難もしくは不可能であり、医療費も高額で経済的な問題や介護等家庭的にも精神的にも負担の大きい疾病で、その上症例が少ないことから全国的規模での研究が必要な疾患を「特定疾患」と定義しています。現在、特定疾患は121疾患あり、うち45疾患の医療費は公費負担助成の対象です」と言うことである。

 妻から病名を聞くのを忘れたので、腎臓関連の特定疾患を調べると四つある。難治性ネフローゼ症候群・急速進行性糸球体腎炎・IgA腎症・多発性嚢胞腎。どれもざっと読む限り治療が難しそうである。ただこの四つは公費助成の対象である45疾患に名前がない。何にしてもやっかいな病気であり、治療に要する期間が長そうで、高く付くことは間違いない。労働運動と治療費捻出との間で両立に悩むことになるだろう。

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2006年6月 7日 (水)

再び病院へ

 外泊が終わり、息子は今日から病院に戻った。妻が三日間休暇を取っていたので、本格的な治療が始まる前の各種検査にも立ち会った。先日の腎生検の結果も出ているらしく、医師は両親揃っているところで説明したがったそうだが、明日は休むことが出来ない。妻が一人で聞くことになる。二人揃っての説明ということで良くない結果なのだろうかと少し不安を感じる。

 今日は暑かったので帰宅してから暫くボーッとしていてこうたいに行くのが遅くなった。妻が帰るとき息子は泣き出したが、消灯後に私が帰るときはやせ我慢していたのであろうか、笑って手を振っていた。金曜には一緒に泊まると約束した。

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2006年6月 6日 (火)

久しぶりのビラ撒き

 今朝は久しぶりに朝ビラをした。去年の六月に鬱病が再悪化する以前から撒いていなかったので、実に一年以上していなかった。最もマメにしていたのは80年代の後半から90年頃だった。当時は分会に機関紙がなかったために職場で撒かれるビラと言えば中核派系の全逓フラクである「三里塚闘争を闘う全逓労働者共闘会議」略して全逓共闘のビラであった。前進社に泊まり込んで原稿を書き、切り貼りしてレイアウトして印刷に出し、朝6時に「出社」(事務所から出勤すること、もしくは各種活動に出発すること)して職場に7時半頃到着した。大体月に二回は撒いていた。

 今日は久々だったので幾つか今までと違うことが有った。一番特徴的だったのは当局によるビラ撒きへの妨害だ。以前であれば「局の敷地にはいるな」と管理職や労務担当がねちねち言ってくるだけだったのだが、今回は処分の恫喝があった。局について直ぐに制服に着替えて門前に立っていたのだが、総務課長が「制服を着てビラ撒きをするな」と言ってくる。制服から私服に着替えろと言うのだ。暫くすると局長もやってきて、「制服の目的外使用で問責の対象にする」と言う。いつからその様な対応になったのか分からないから私としては勤務時間ギリギリに駆け込んでくる同僚も対象にするために先に着替えていたのだが、不自由なことである。元々田舎の郵便局員は自動車や単車で通勤することが多いために自宅から制服を着て来る者が多かった。帰宅途中に制服のままパチンコ屋に行ったり居酒屋に行くことが有ったのだが、これが橋本内閣の行革の時分であっただろうか、仕事をさぼっていると勘違いされると公務員叩きに繋がるからとして制服通勤が禁じられた。それがどうやら休んでいる間に組合活動に対する規制にまで発展したようだ。

 もう一つは分会長がビラの末尾に「○○分会 ○○○○」と書いたことに対して「分会の名前を勝手に使うな」と言ってビラ撒きを止めるよう怒鳴り込んできたことだ。単に私の所属分会を書いた後に氏名を書いただけであって、機関としてのビラでないことは昨日のこのブログの記事を見ていただければ分かると思うのだが、聞き入れてくれない。おまけに夕方支部委員会の会場に行くと執行委員の一人から支部長に連絡があって執行委員会でも問題になっているという。支部長と支部書記長も異口同音に「分会」の文字が入っているのが問題であるという。そして分会長に許可を得て撒いたのかと聞いてくる。仕方ないので通りかかった分会書記長に事情を話し、更に分会長にも了承を得て支部委員会参加者にビラを撒こうとしたのだが、分会長曰く「文句があるなら組合を辞めろ。俺が分会長の間はお前の(本部批判の)意見など認めない)とまで言われた。

 たかがビラ撒きで、当局と組合の双方からここまでの妨害があったのは初めてなので非常に驚いたが、後々考えてみると局長か総務課長が私のビラが分会の見解かとでも分会長に対して恫喝をかけたのであろう。そして今の分会長はマル生分子であり、本部や当局を批判する私を日頃から快く思っていないのである。昨日の記事で書いた「本部批判する者に重要な役は与えない」というのは支部書記長の意見でもあるのでおそらく当局は支部長・支部書記長に対しても圧力を掛けたのであろう。現場の組合員の間には当局と本部に対する怒りが渦巻いているから、それを糾合しようとする動きに対しては非常に敏感に反応しているのだと思う。

 それから、これも初めての経験なのだが、撒いたビラを受け取った組合員の一人が私の個人のビラであることを確認するやクシャクシャに握りつぶした。この組合員は元々歴史認識や天皇問題、元号・「日の丸」「君が代」問題などを巡って意見が対立している人間である。何でも天皇行事の際に雅楽を演奏する一族の出身らしく、極めて保守反動的である。北朝鮮などに対しても「制裁」と称して侵略戦争を公然と主張する右翼なので、組合を巡っても意見が合わない。来年三月には定年退職するので無理して説得するだけの価値はないが、今までであれば配った本人の見ているところで握りつぶすような真似はしなかったから、それだけ私の影響力が低下しているということでもあるだろう。民営化までの一年と4ヶ月の間に、何としてでも力関係を逆転させなければならないと改めて決意するのであった。

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2006年6月 5日 (月)

62定期大会に向けて訴える

 全国大会に向けて意見表明のためのビラを書いたので、その原稿を掲載。固有名詞は伏せ字。

中央本部の指導責任を徹底追及しよう

 先ず皆さんに訴えたいのは、59・2の路線転換以来25年にわたる政策・制度闘争とその路線の上に立った行革対応方針の誤った指導方針に対する本部の責任を徹底して追及しようと言うことである。思い出して欲しい。この間の本部は民営化を避けるためには事業が黒字でなければならないとして、「郵政事業の生成発展」のために労働強化・諸権利の剥奪を甘んじて受け入れろと現場組合員に強制してきた。その結果はどうであったか。昨年9月11日の総選挙において自公連立政権が300を超える大量の議席を獲得し、いったんは廃案となったはずの郵政民営化法案が可決されるとと言う事態になった。本部は「誤りのない対応」をすると何度も何度も言って来た筈である。だがその事に対する総括は2月の臨大においても今定期大会においても一切触れられていない。
 「内なる力を一つにして」と官僚や全特・全郵政とまで協力して行革対応を行ったが、実はその事が却って国民の間で「既得権益に公務員がしがみついている」とする誤解を生み、郵政民営化の真の姿である国有財産の横領と労働運動解体の攻撃であることを見えにくくしてしまったのだ。労働者が処分を恐れず実力で闘わずして国民の間に広く支持共感を得ることが出来ないのはかつての国鉄分割民営化において国労が闘わずして一敗地にまみれたことを見ても明らかである。動労千葉が渾身の力を振り絞って二波にわたるストライキで闘ったからこそ、今日国鉄分割民営化の帰結としてある安全切り捨て、労働者に対する極限的な労働強化・労務管理の強化が白日の下に晒されているのだ。総武線を始めとする運転保安闘争は乗客乗務員の安全を守る闘いであるとして千葉県のみならず関東各地で動労千葉の闘いに対する支持が広がっている。我々もまた国民に対して郵政民営化の持つ労働者に対する搾取、今日で言う格差社会の形成と金融独占資本に郵政三事業の持つ国民の財産を欲しいままにさせる新自由主義の政策であることを徹底的に暴露して闘えば、今からでも郵政の四分割を阻止し、三事業の一体経営を守ることが出来るのだ。
 本部批判に対して「間違いをしない人間が居るのか」という意見がある。それは確かに一般論としては正しい。だがここで問題にすべきなのは、25年間にわたって間違いに間違いを重ねてきた本部の路線・方針への指導責任なのだ。戦国時代の武将は落城の折には自ら切腹するか敵に捕らわれ斬首された。沈みゆく軍艦の艦長は柱に体を括り付けて艦と運命を共にした。指導部の責任という物はそれだけ重いのだ。中央本部は13万組合員の命を預かっていることの重責をどのように思っているのか。ハッキリとした形で責任を取らなければならない。今大会は役選大会であるが退任する本部役員が互助会を始めとする関連企業・団体に天下りすることなど果たして許されるのか。現場の組合員の中には100を超えると言われる自殺者が出ている。定年を待たずして郵政の職場に見切りをつけて退職した仲間が一体何万人いるというのだ。これらの仲間の生活を守ることの出来ない指導部が、労働貴族ダラ官の特権として天下りをすることを許してはならない。
 本部方針の誤りを指摘する超えに耳を貸さないばかりか、91年の99臨中では、機動隊と私服刑事の出動を要請して四・二八闘争切り捨てに反対する組合員を売り飛ばそうとした。様々な手段を講じて本部に反対する機関役員を追放してきた。○○支部の○○元支部長、我が○○支部の○○前支部長の支部外への配転を見るが良い。99臨中の事実をこの目で見てきて報告したことをもって、俺は分会青年部長を解任された。更に「本部批判をする奴に重要な役はさせない」と言って分会書記長・支部執行委員になることを一貫して妨害してきたのは誰だ。本部の言うとおりにしていれば良いのだという官僚主義・権威主義に凝り固まった役員たちではないか。臨大と今回の大会では○○支部連協では十数年ぶりの全国大会代議員選挙が行われたが、中央本部に逆らう者に対しては機関推薦を与えず、個人推薦しか認めないと言う不利益扱いはどうなのだ。400~500の票が投じられたことに本部に対する怒りが渦巻いていることを見ることが出来るではないか。
 現場においては様々な形で要員削減の攻撃がかけられている。○○においても貯金保険外務の要員削減と集金の非常勤化が来春から導入される。鳴り物入りで導入されたJPSは、ただただ職場に混乱を巻き起こしているだけで、実際には超勤が増えているではないか。○○局が○○に統合されて無特になる。○○○・○○は前送施設として○○局の出先の扱いである。欠員補充は一向に行われない。どの職場でも長期の病気休暇・休職者が存在している。交通事故の発生も非常に増えている。それだけ現場は労働強化が激しいのだ。今郵政民営化とそれに伴う各種合理化に対して闘わずして組合の存在意義が一体何処に在るというのだ。
 「新しい施策導入に混乱は付き物だ」という人もいる。だが組合の存在意義は、その際の混乱を最小限に抑え、年配の労働者が付いていけるようにペースを落とさせることである。今日のように五十代の先輩たちが次々辞めていくのは当局のみでなく中央本部が労使協調路線を取っているからでもあるのだ。
 本部に忠実に従って労使協調の先頭に立ってきた役員たちは今は一体何をしているのか。管理職コースに乗って今では局長・課長になっている者も沢山いるではないか。全逓が全郵政と同様に組合員を踏み台にして役員が出世する御用組合に転落した状態で良いのか。全郵政との統合など以ての外である。我々に必用なのは闘う全逓、権利の全逓である。

改憲阻止・共謀罪絶対反対

 憲法改悪のための国民投票法案に対して議案書では反対のハの字もない。連合が改憲賛成に舵を切ったことでそれに従っているのだ。いやむしろ中央本部が連合の方針に影響を与えているのだ。断固として改憲に反対しよう。そして労働運動を弾圧する共謀罪を廃案に追い込もう。共謀罪が成立すれば組合の方針でもって当局に対して抗議すること自体が「脅迫」となり、争議行為が「威力業務妨害」として弾圧されるのだ。労働組合が組合員の雇用と労働条件を守るために闘うことその物が犯罪として扱われるのだ。これをそのまま通しては労働組合の死に繋がる。絶対廃案に追い込もう。

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2006年6月 4日 (日)

オーマイゴーッド

 夕食の後、妻と次女が遊んでいた。握った手のどちらにオモチャがかくされているかを当てるのだが、次女は一向に当たらない。妻は後ろで中身を落としていて、実際にはどちらの手にも何も持っていないのだが、次女はそのからくりにまったく気づいていない。ようやく気づいたのは私が教えてからだった。その後私と息子も参加して当てっこをしたのだが、息子が小物を握っている時に私が外すと「オーマイゴーッド」と言ってて大げさなジェスチャーをする。両手の手のひらを上に向け、ワナワナと震えながら顔をしかめる。逆に当たった場合には無言でそのまま手を後ろに隠す。どうしても当てられたことを認めたくないようである。

 そんな時、妻が長女のことをふいに「アンパンマン子」と呼んだ。長女は丸まると太っているからだ。今では体重も身長も妻を遙かに追い越している。そこから連想したのか、息子が「あんパンまんじゅう」と言い出す。「まんじゅうの中にあんパンが入っているのか?」「肉まんの皮があんパンなんや」などとみんなが口々に言う。すると息子が「ちゃうねん。銃の弾があんパンやねん」という。「そんなん有ったらパパが喜ぶで」と次女が言う。息子は銃を腰ダメにして撃つ真似をして「ダダダ」と言う。「パクパクパク」と私が口を動かす。「あー美味しかった」そんなことをしている内に犬の散歩に行こうと長女が言い出す。五人揃っての散歩は昨日に引き続き久方ぶりだ。

 八時少し前から散歩に出かける。近所の花屋さんが「何処行くン」と声をかけてくれる。息子は「見つかったか」と言って照れくさそうに隠れる。昨日、外泊で帰ってきた時には「退院出来たんか」と心配してくれていた。散髪にも行ったがその時もやはり色々心配して貰った。息子は近所の人たちに結構気に入られている。散歩途中で自分が作った歌を歌い出す。何でも息子の創作したヒーローのテーマ曲らしい。それにつられたのか妻と次女が学園天国を歌い出す。懐かしい。フィンガーファイブが歌ってヒットしたのは私が小学二年生の時だ。「そんな変な歌要らん」と息子。何が気に入らないのか分からないが少し拗ねる。自分が無視されたと思ったのだろうか? そして今度は「忍法で何でも出したげるわ」と言って「忍法チーズバーガー」という。確か去年は仮面ライダーのベルトから様々な食べ物を出してくれた。リクエストを聞いてくるので筑前煮・鮎の塩焼き・ウーロン茶等と頼むとその都度十字に印を結んで出してくれる。若竹煮を頼むと聞き間違えたのか「忍法バカタケ煮」と言う。「バカタケ煮ってなんや?」などと言いつつ遊びながら散歩を済ませる。家族が揃っていることがそれだけでこんなに楽しいとは。やはり息子は我が家のムードメーカーである。

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2006年6月 2日 (金)

外泊許可

医大病院での本格的治療が来週金曜日から始まる為、明日から水曜にかけて外泊が許可された。副腎皮質ホルモン剤を投与されるらしい。副作用の為に本来の免疫力が低下したり、食欲が昂進するそうである。食事療法による制限が有るので空腹に悩むことになるそうだ。
今夜は週末でもあるために、普段独り寝で寂しい思いをさせているので、私が泊まり込むことにした。狭いベッドで二人寝るのは少々疲れるが、帰り際に毎回泣かれる事を思えば苦にならない。明日自宅でゆっくりすれば良い。
今夜は書けないが、職場の議案書オルグでは様々な意見が出された。私なりに本部を徹底的に批判したつもりだが、マル生分子が本部を擁護する発言をして来た。司会によって反論の機会が取れなかったが、出来ればビラを作成して撒きたい。土日に時間が取れるかどうか、それが問題だろう。

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2006年6月 1日 (木)

今夜は徹夜かも?

 息子の病院に消灯時間まで居て、帰宅してから夕食と入浴を済ませ、メールなどが来ていないか点検して返信を出し、ブログのコメントに返事を書いていたらこの時間である。昨日はどうにも疲れが溜まっていたので記事の更新も出来ずに寝てしまった。共謀罪と教育基本法改悪案の今国会での成立断念・継続審議決定という朗報があったにも拘わらず、それに関する記事を書くことも出来なかった。新聞は読めないし、職場の昼休みは寝ているのでニュースも見ない。ネット生活が休暇・休職中と違い極端に減少したために時事問題を扱われるブログを読む時間も取れず世間の動きに完全に取り残されている。

 明日は職場で組合の全国大会議案書のオルグがあるので、それにむけて議案書の事前学習をしておく予定であったが、入手してから十日以上経つのにまったく読むことが出来ていない。夏休みの宿題を8月31日にする心境である。今夜こそは絶対読まなければならない。幸い明日は仕事の方は営業をしなければ暇である。最小限の業務を行って半日でも休暇を取れば何とかなるであろう。議案書を全部読んでいるのはオルグ担当の執行委員と私くらいの物である。私が批判しなければ何処に方針の問題があるのか分からない組合員も多い。明日は何としても職場組合員の前で本部を徹底弾劾すべく頑張ろう。

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