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2006年12月

2006年12月31日 (日)

大晦日

 大掃除も終え、一応家のごく一部だけキレイにした。父が今の家に初めて遊びに来たので息子は大喜びであった。外食した後、息子は入浴も寝るのも父と一緒に済ませた。今日は実家に子供達と来ている。妻は大晦日だと言うのに当直だ。ここ数年大晦日の当直が続いている。二日が休みで三日は新年最初の当直が入っている。せめて所帯持ちに配慮した勤務指定を作れば良いと思うのだが。妻が独身の時に勤めていた病院では年末年始は勤務を独身が出来るだけ担当していたらしいが、今の民医連の職場では逆である。労働条件はここ数年低下が著しいので、ベテランの看護婦が次々辞めている。沈没船から鼠が逃げ出す様子を連想する。経営状態の悪化を理由に一時金は13年前に就職した時に較べ半分以下に切り下げられている。病院経営側からすれば、政府による医療を始めとする社会福祉切り捨ての悪影響と医療技術の進歩に対応する為の投資が重要だとの言い訳が続いている。

 だが、事務部門に共産党と民青の活動家を余剰人員として抱える体質は変わっていない。更に医療事務のコンピューター化、電子カルテ化を何度も導入しては失敗してやり直しをして無駄金を使いまくっている。経営よりも選挙に配慮している為未収金は数億有るという。(地域医療を掲げている為強引な取立が出来ない点は有るが)

 私の病気が無ければ妻にも今の所を辞めて楽をさせることも出来るのだが、回復の傾向は有るものの完治にはまだまだ時間がかかりそうだ。来年は今年以上に病状を改善し、仕事が昔の様に出来るようにしたいものだ。

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2006年12月30日 (土)

左翼空論主義

 「共産主義における左翼『小児病』」というレーニンの著作で批判されている諸問題を語るとき、中核派は「左翼空論主義」もしくは単に「空論主義」と表現する。それはレーニンの時代では「障害者」解放運動が階級闘争の課題となっていなかったために時代の制約があるという判断からだ。

 「プロレタリアートの革命党の規律はなにによってたもたれるのか? それはなにによって点検されたのか? なにによってうちかためられるのか? それは、第一に、プロレタリア前衛の意識、革命にたいする献身、その忍耐、自己犠牲、英雄主義によってである。第二に、彼がきわめて広範な勤労者の大衆、まず第一にプロレタリア的勤労大衆と、だがまた非プロレタリア的勤労大衆ともむすびつき、彼らに接近し、必要とあればある程度まで彼らととけあう能力によってである。第三に、これらの前衛がおこなう政治的指導のただしさによって、彼らの政治的戦略と戦術のただしさによってである、――ただし、これはもっとも広い大衆が自分の経験にもとずいて指導のただしさを納得するという条件のもとでである。これらの諸条件がないと、実際に、ブルジョアジーをたおし、全社会を改造しなければならない先進的階級の党たるにふさわしい革命的党の規律は、実現できないのである。これらの条件がないと、規律をつくりだそうという試みは、不可避的に、つまらぬものに、無意味な文句に、道化にかわってしまう。だが、他方からいうと、これらの条件は、一挙に発生するわけにもゆかない。それらは、長いあいだの労苦によって、苦しい経験によってはじめてつくりあげられるのである。これらの諸条件をつくりだすのを容易にするものはただしい革命理論であって、この理論はまた教条ではなく、真に大衆的な、また真に革命的な運動の実践と密接にむすびついてはじめて最後的につくりあげられるものである。」

 部落差別問題を巡る論議の中で、Kさんや招かれざる猫@畜群同盟さんが危惧している問題に、私が「中核派は差別者に人権など認めない。徹底糾弾して自己批判させるか、打倒するか二つに一つだ。」「中核派は反革命と認定した人間は殲滅してきた」と書いた部分がある。中核派が得手勝手に決めつけた革命家反革命か、あるいは差別者というレッテルを貼った相手に対してなら何をしても構わないと、まるで無差別テロルを振るうのではないか。あるいは様々な戦線で敵対者を排除するためにゲバルトを行使するのではないかという思っているようである。現役当時は知らなかった諸問題などを知って愕然とした一面もある。取りわけ学生戦線でそれらの問題が如実に表れていたようである。又、今現在左翼系のサイトで色々と取りざたされている中核派のお家騒動にもあるように、党が常に無謬であったわけではない。

 此所で問題になるのがレーニンが空論主義を戒めた上記の引用であると思う。「もっとも広い大衆が自分の経験にもとずいて指導のただしさを納得するという条件のもとでである」此所が重要だと思う。対カクマル戦争について言えば、カクマルが現代のナチスでありファシスト反革命であることは広く知れ渡っていると思う。最初は学生戦線における衝突で始まり、カクマルが71ねん12・4反革命によって武装反革命として純化する道を選んだ事に始まる。70年代の内戦は「内ゲバ」などと言われて厭われていたが、80年代の国鉄分割民営化によって先ずは国鉄労働者がカクマルが労働者の敵であることを経験を持って知った。左翼サイトを見ている共産趣味者の間でもカクマルが一体何をしてきた党派であるかはよく知られている。そして今日、週刊現代の連載によって広範な人民がカクマルの正体を知りつつある。私は今日でもカクマルとの内戦は絶対正しかったと思っているし、その過程での建軍闘争が80年代から90年天皇決戦に登り詰める力を蓄えることになったと肯定的に捉えている。

 だが83年の三里塚芝山連合空港反対同盟の3・8分裂において脱落派と呼んだ人々とその支援党派に対して、対カクマル戦争と同じ手法で闘争を行った件については間違いであったと思うようになっている。勿論彼らの分裂は条件派の運動への転落であるとは思うのだが。又、学生戦線に如実に表れたノンセクト学生やカクマル以外の党派に対してまで内戦的手法で党派闘争を仕掛けたことは、草加さんの表現を借りて言えば「左翼の生息する生態系」を破戒することになった。

 中核派が戦闘的に闘うことで広範な大衆が闘いに起ちあがり、60年代の全共闘運動や70年安保沖縄闘争が高揚したような闘いを築くことが出来るかどうか。此所に一切がかかっていると思う。中核派には革命党として飛躍して欲しいと思っているので、今現在の試練を乗り越えて前進して欲しい。

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2006年12月28日 (木)

お気に入りのブログ

 今月に入ってから記事を11件しか書いていないことに気づいた。この記事が12件目である。かなり意欲というかやる気が落ちている。風邪が長引いていたことと、その為に持病の鬱に影響が出て精神的活力が少ないためであろう。そこで今日は少々安易な方法で記事を作成してしまうことにする。お気に入りのブログを掲げる方法が分かっていないので普段愛読させていただいている方々のブログを紹介できていない。そこでお気に入りに登録している中から、元新左翼活動家の方のブログを中心に紹介してしまおうと思う。もしかしてこの方は?と思う場合もあるのだが、ご本人が元居た党派などを公表している方についてだけ紹介したい。でないと迷惑がかかるから。

 「旗旗」言わずと知れた元戦旗共産同活動家で草加耕助さんのブログで、Bund.jpのドメインを使用している有名な方です。パソコンやインターネットについての研鑽を怠らない方で、様々な工夫を凝らしたサイトはブログだけに留まらずゲームや様々なブログや掲示板の最新記事を表示してくれたりしていて、ある意味左翼のポータルサイトの趣すらある。此所を見てから様々な左翼系・社会問題系のブログやサイトに接した人も多いのではないかと思います。最近ではゲーム「結衣ちゃんは革命家」のお陰で今まで左翼サイトには地下よりもしなかったゲーマーのアクセスが非常に増えているようです。私も挑戦しているがレベル1のオルグ対象者から中々同志に昇格することが出来ずにいます。絶対のお勧め。

 続いては「どこからどこへ」 60年代の日大全共闘を経て第二次ブントに結集し、第二次ブント分裂後は戦旗共産同の熱心な活動家で人望も厚かった、Jさんこと土岐幸一さんのブログです。団塊の世代でありながらブログのカスタマイズなどに関しては私などと違って熱心に研究なさっています。私が不勉強すぎるのかも知れませんが。で、豊かな経験と大きな器の人格で私のような若輩者を受け止めて下さっています。新左翼の運動における様々な誤りを若い世代に繰り返して欲しくないと仰っていますので、ある意味私なんぞに色々質問するより遙かに豊かな回答を返して下さるのではないかと思います。

 「あおざかなの買物日記」 元中核派の学生でマル学同京大支部で活動なさっていた方のブログです。色々と中核派の中にもマイナスの面があったようで、私のような労働戦線の下っ端が全然知らなかったことについても詳しいようです。とは言え飽くまでもマル学同の一活動家でしたので革共同の専従クラスほど裏話を期待して貰っては困ります。現在は野宿者の支援やパレスチナ問題への取り組みなどをなさっています。草加さん曰く「穏やかな文章→恐ろしい見た目(笑)→でも話してみるとやっぱり穏やか・・・という方です。」

 「別に気にしなくても良いんだが」元戦旗共産同活動家Kamakazuさんのブログですが、事情があって閉鎖なさいました。

 「レッドモール党」 正確にはブログではなくてホームページなんですが、元第四インター活動家まっぺんさんのサイトです。私の場合今でも対カクマル戦争が正しかったと思っているので、「内ゲバ反対」論者のまっぺんさんの処は必用がない限り書き込みしないようにしています。でも色々面白いです。「四トロ同窓会二次会」「四トロ同窓会三次会」などの掲示板も充実しています。

 「あたりつきかな?biog版『あたみゃ 愛のカタチ』」 元戦旗共産同の活動家あたりつき沙綾さんのブログです。政治的な話はあまりないので期待しないで下さい。でもゲームやフィギュアに対する造詣は深いようで、時々拝見しています。

 こうやって記事にしてみると今の私のお付き合いというのは何故か元戦旗共産同の方が多いです。元中核派の人ってまり語りたがらないのであろうか? 色々言いたいこともあるかと思うのですが、黙して語らない人が多いですね。

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2006年12月24日 (日)

郵便局の解放研

 近畿各地の郵便局には郵便解放研という物が多く存在する。私の職場にも90年を前後して○○郵便局部落解放研究会が結成された。有名なところでは大阪の連合研・京都の洛東解放研・兵庫の東灘解放研などであろうか。私自身の勉強不足もあってそれらの成立過程はよく知らないのであるが、郵便局においても部落差別による自殺や退職が結構あったために労働者として部落差別の問題に取り組もうという団体である。今現在でも「みちしるべ」という当局による人権啓発の冊子が四半期に一度発行されているのだが、部落差別を扱った内容が多い。業務の面においても差別郵便物というのがあって、部落差別を扇動するような郵便物に対する職員としての反差別意識も問われている。

 私の場合、局の解放研が作られた経緯が革労協の影響下で進められたこともあり、当初は誘われもしなかったのだが、当時の中心的解放研メンバーが分会書記長を持っていたためお付き合いで参加することになった。勿論それ以前から狭山青年共闘などで旧総評青年協が解同の青年部と一緒になって集会・デモなどをする際には積極的に参加していた。解同青年部に解放派の活動家が浸透していたために各労組にも結構影響力があったから、ヘルメットを被らないデモなのに機動隊が乱闘服で規制してくることが常であった。80年代半ばだと労組の青年部がヘルメットを被ってデモをするのは動労千葉くらいしかなかったとは思うが。そんな経緯もあって、今もって解放研では一会員である。

 実は私は解放研に入ってから2回、部落差別を巡って自己批判をしている。どちらも職場の解放研では問題にならなかったのであるが、全国連や党指導部との間では厳しく批判された。一度目は、昔氏名札について書いたことがあるのだが、90年の春に業務命令で氏名札を着用するようになったとき、近畿においては氏名札裁判、東京においては胸章裁判として反対の闘いが巻き起こった。当時の地区大会会場において数人の青年部員と連名で反対のビラを撒いたこともあった。簡単に言えば、問答無用で着用を強制し、それに従わない場合に処分するという当局の姿勢に対する怒りがあった。当時甲府信用金庫の女性職員が窓口に掲示してあった名札から名指しで呼び出され殺害されるという身代金誘拐殺人事件があったり、泉州の信金外交員がやはり呼び出されて殺害され集金していたお金を強奪されるという事件が続いていたため、お客に対しても安易に名乗りたくないという意識があった。また、名札を点けることで営業成績が上がるのかどうかについての調査資料などがあれば開示するよう求めたのだが無視された。そして、部落差別との関連で言うと地方都市に住んでいると名字を聞くだけでどの村に出身かが分かるような狭い社会であって、部落出身者の中にはそれを隠したいという声もあった。つまり、身の安全と営業成績と部落差別の問題があるとして名札の強制に反対したわけだ。当局は労務管理が目的で踏み絵を踏ませることしか考えていなかったので、当然にも納得のいく説明など無かった。Kさんとの間でも論議になっている部落民が出自を隠して生きなければならないことを是とするか否かが問われたわけだ。中核派の立場は部落民が出自を隠さねばならないことその物が差別の現れであるという物であり、全国連に結集する人から批判を受けた。

 2度目は97年であったと思うが職場において差別郵便が発見されたことがあり、それに対する私自身の主体的取り組みが問われた。宛名や差出人の部分に差別書き込みがある郵便物の取り扱いというのがあって、実は配達してはならないのであるが、数回にわたって配達されると言うことがあった。当然配達された相手からは問題提起がなされる。それを受けて解放研としては局に対して同和研修の充実を図り、二度と再び差別郵便の配達がないように職場の反差別意識強化を求める申しいれをした。ここで私が問われたのは主体的に取り組むことが出来ず、「お客さん」とでも言うような没主体的関わり方をし、しかも党にも全国連にも報告すらしなかったと言うことだった。一人の労働者として、また革命運動に身を連ねる物として現実に差別事象が発生したときに主体的に闘えなかったこと、そのこと自体が重大な屈服であると言うことだった。更に言えば党員としてのあり方も問われた。革共同の規約では党員が他の団体との関係で見知ったことはすべからく報告する義務がある。(マル青労同の規約は見たことがないがこれに準じた行動が求められていた)この時はかなり厳しく批判を受け、数ヶ月にわたって自己批判の作業が続いた。私事に話がそれたが、少なくとも私の回部落差別に対するスタンスは分かって貰えるかと思う。
 
 今現在、私の職場の解放研も近隣局の解放研も、人事交流によって中心人物の殆どが配転されたために開店休業状態なのであるが、部落差別その物が無くなっていない以上、職場解放研の存在意義も無くなったわけではない。労働者として部落差別の現実にどの様に向き合うのかが問われている。労働運動・組合運動・職場解放研の運動の全てを建て直す必用があると思っている。

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2006年12月13日 (水)

REVIVE!-壮年は荒野を目指す!-

 今朝から又しても風邪を引いてしまった。昨日から冷たい雨の中を走り回っていたのが良くなかったのであろう。朝起きると鼻水とクシャミが沢山出る。おまけに胃腸に来たようで吐き気と下痢もした。休暇申請の電話を入れるかどうかしばし迷ったのであるが、何とか出勤できた。鬱状態が酷いときは、風邪などで体調を崩すと何もする気になれないのだが、多少は治癒しつつあるのかも知れない。世間では「病は気から」という言葉にあるように少々の風邪なら気力で押さえ込むのが当たり前のことのように言われるのだが、鬱病患者はそもそも無気力になる病気なのでそれが出来ない。ホンの些細なことではあるが病気が良くなりつつあることを実感できる。一応最低限の仕事だけをこなし、昼から4時間の時間給を取って内科で受診した。(郵政では労働協約によって一時間単位で有給休暇を取ることが出来る。)

 夕食後、先週の金曜日に買い込んでいた幾つかの本や雑誌・マンガを読み始める。途中で初めて利用したブックオフの通販で注文していた古本も届いた。店に行って探しても見つからない物がネットで注文できるから便利だと思う。多分これから度々利用することになるだろう。買い込んだ雑誌の中に徳間書店が新創刊した「リュウ」がある。「リュウ」と言えば80年代にもSF漫画誌として発行されていた。当時安彦良和がマンガに初挑戦して「アリオン」を掲載したり、石の森正太郎が「幻魔大戦」を連載したり。道原かつみが「アルラカルラの遺産」でデビューしたりした。懐かしさのあまりに手を取ってみると。これまた懐かしい漫画家や今ひとつ売れてはいないがお気に入りの漫画家たちが沢山載っている。創刊二号の12月号からは「銀河英雄伝説」まで復活である。そんな中で身につまされてしまったのが五十嵐浩一の「REVIVE!-壮年は荒野を目指す!-」だ。

 40になるサラリーマンの小此木は、大学卒業と就職とを契機にそれまでどっぷり浸っていたヲタクに決別して極々普通の社会人生活を送っていたのだが、帰宅途中に町の模型店でふと見つけた一つのフィギュアによってヲタク時代の思い出がよみがえる。店主の計らいで非売品であったそのフィギュアを譲って貰ったことから、娘にはバカにされ、変なヲタクには絡まれ、会社ではプレゼンに失敗する。一人娘の真名は私立中学の二年であるが学校の雰囲気になじめずサボって秋葉原のメイド喫茶でバイトをしている。たまたま会社の後輩に連れて行かれて偶然それを見つけたり、色々と苦労が絶えないようである。まだまだ連載が始まって三回しかたっていないので、この先どうなるか展開が読めないのであるが、元々「ペリカンロード」の時から五十嵐浩一は大好きであるので今後も楽しみである。また登場人物の一人田安は「めいわく荘の人々」の安川がそのまま中年になったような人間で、もしかしたら「めいわく荘の人々」の後日譚的な内容もあるかも知れない。

 コメントへの返信は体調が回復してからさせていただくとして、今夜は早く寝ることにします。

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2006年12月12日 (火)

トラックバックに付いての基本的対応

 私は基本的にトラックバックを頂いた記事については全て拝読するようにしている。私や私の記事に共感を覚える人々に対して読んで欲しいという気持ちがあるからこそトラックバックを送ってきているだろうと思うからである。勿論その中には待たしとは真っ向から意見が対立する物もある。だがしかし、それらの意見についても真摯に受け止めた上で私なりの持論を展開するよう心がけているつもりである。その状況の中で非常に困った問題はアクセス禁止である。私自身はうちはだいこ=日本国憲法擁護連合以外の人についてはアクセス禁止処置をしていないのであるが、私のブログに書き込みしたりトラックバックをしていながら、私に対してはアクセス禁止処置を執っている人が居る。

 私は原則としてトラックバックを削除するつもりはないのでそれらの記事については執筆者の意見・見解として拝聴するようにしている。また様々な方たちがトラックバックを下さるのであるが、それらに付いては全て目を通すようにしている。困ったことにはアクセス禁止処置をされていると記事が読めない、私に対する批判であったとしてもそれはそれで読んだ上で反論の書き込みをしたり批判のトラックバックをしたいと思っているのであるが、本文が読めないことにはどうしようもない。私に対してアクセス禁止処置を執っているある人が別の記事に対して書き込みをしているのを見ると、多分おそらく悪気があってアクセス禁止しているのではないのだと思うのであるが、できれば自らの意見に対して異論・反論があることを前提にして相互通行が出来るようにしていただきたい物である。

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2006年12月11日 (月)

メールがおかしい

 先ほどメールチェックをしたところ、大量の迷惑メール(約400)と未読メール(約750)が有ると表示された。迷惑メールはいつもの癖で即削除したのだが未読メールを見ると様々なメールが混在していた。おかしな事にYahoo!からの各種案内などが今年の初めからの者も含めて大量に有った。何で今まで配信されずにいたのであろうか不思議である。更にアドレス帳と過去のメールがそっくり消えていた。良く分からないがどこか操作を間違ったのであろうか? 今のところ無くなってしまったのはYahoo!のメールとアドレスだけなのだが。

 ネットを通じて知り合った人々の殆どはヤフーのアドレスでメールのやり取りをしているから、連絡の取りようが無くなってしまった。ボチボチ時間をかけて拾い集めるしかないだろう。

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2006年12月 8日 (金)

部落差別書き込みを許さない その2

 kogomiさん、私のブログのコメント欄は差別排外主義を煽る物でなければ何を書いて貰っても受け止める立場を取っていますから、気にせず書き込んで下さいね。何より今回の記事が差別書き込みを削除したりアクセス禁止をするのではなく、徹底討論を行って意識変革をして貰うための物ですから。

 Kさん、「アッテンボローさんの12月年末進行期に2001年以降出ていないという言葉に「枠」の人間の臭いを感じた。幸いそれとは違うということだった。このことについては悪かったと思う。すまない。謝罪する。」と書いておられるが、私を部落民かと疑ったことについては謝罪を求める気はありません。何故なら中核派は被差別人民の立場にどれだけ接近できるか、自己変革を懸けて何処まで連帯できるかを追求してきた党派ですから。ただ、病気で仕事が出来ない人間を完治するまで療養に専念させることが出来る社会や企業の方がよいと思いませんか? 一企業で難しいのならそれは社会全体で見るべきだと思っています。残念なことに資本主義社会では極々一部の職場でしか叶えられていない。だからこそ私は本物の共産主義を追求したいと思っているし、蟷螂の斧であっても現代帝国主義としての日帝と不屈非妥協に闘いたい。

 そのあとの件は、わたしが「差別的言動は許さない」と書いたことに部落差別を受けたこともないくせに何を言うか、という主旨で受け止めたい。そこにはKさんが部落差別から逃れるために出自を明らかにせずに生活している中にも差別に対する怒りを持っていると思うからだ。別に今すぐ部落解放の闘士になってくれと言う気はないのであるが、怒りの種火は絶やさないで欲しい。

 左翼活動家が被差別人民との連帯を希求していることが「妄想」と言うのなら、そう思って貰っても構わないが、私自身は真面目に追求している。差別者としての立場を止揚するためには部落差別を始めとする様々な差別を温存助長し利用する資本主義の帝国主義段階にある日本の体制を根底的に転覆する以外にないと真面目に思っているのだ。
 確かに運動体や組織の上層には利権を食い物にしている人間は少なからずいる。解同本部派などは殆どがそうであると思う。そこでレーニンが「国家と革命」の中で説いたコミューンの原則を実践することが必用なのだ。法制定と実効に責任を持ち、それを果たさない場合にはいつでも自由に解任できること、これが重要である。流れない水は澱んでボウフラを発生させる。権力を執行する者に対して「お前がいい加減なことをしていたらいつでも首にするぞ」という脅迫を伴った権利は絶対に必要なのだ。

 さて、部落その物を地域として消滅させるべきであったと言うが、人間は共同体の中で生活しているのだ。地域の繋がり・付き合い・絆によって生かされている面が多々ある。想起して欲しい。阪神淡路大震災の際、被災者の多くが元々の生活圏とは全くかけ離れた仮設住宅に点でバラバラに振り分けられた。近所付き合いも作れないまま多くのお年寄りが孤独死した。地対法に拠って部落を解体・消滅させると言うことは300万部落大衆をその様な状況に追い込むことになるのだ。それこそ部落差別ではないだろうか。かつて日帝が植民地を獲得しアジア侵略戦争を遂行していた時代、被差別部落民が大挙して満蒙開拓団などに応募した。結果として部落差別はなくなっただろうか? 日本に引き揚げた際に出身地を離れて生活している人々も多数いるが、それらの人々が出自を明らかに出来ているか? 部落差別が存在せず、周囲の人々も差別をしないなら、Kさん、あなたは出身地が何処であるか、そこが被差別部落であることを教えることが出来るだろう。kogomiさんが「寝た子を起こすな」論について書いているが、起きない子供はいないのだ。問題なのはどの様な起こし方をするのかだ。例えばあなたの子供は部落出身であることを知らされていないと思う。Kさんが元々の部落の戸籍を出しても採用されたのは幸運にもその企業が部落地名総監を購入してまで部落差別をするような悪質企業ではなかったと言うことなのだ。 だが、就職や結婚の際に興信所に依頼して戸籍を遡って調査させる差別者は日本中に存在するのだ。もしあなたの子供が部落差別に立ち向かう覚悟がない状態で差別に直面し、衝撃のあまり自殺したとしたらどうする?

 
 本当は差別の現実を知り、それに負けない主体を築くことこそが大切なのだ。

 製造メーカーで働く労働者の心情云々に関しては過去の記事を読んで欲しいが、元々私は自動車メーカーのライン工であった。健康上の理由や革命運動が出来る労働条件を探して転職した結果郵便局に入っただけである。全く理解できないわけではないと思うよ。
 差別を飯の種にしていると言うのは自己矛盾とか自己撞着と言うことになるのかも知れないが、少なくとも全国連は部落差別を無くすことを目的とし、実践している。ただね、現実の運動には各どう至近・逃走資金が必要だから、少なからず金銭がからんだ問題が生じることはあるだろう。全然無いとは思わない。

 綿時期部落差別に対する感覚がピント外れだと言うのであれば、「もうこない」等と言わず私に対して部落差別の現実を知らしめて欲しい。私自陣の付き合いは解放運動の闘士ばかりなので、そうでない人々の感覚は正直分からない部分が多い。

 「元は四●」とやら、部落差別に対して本当に怒りを持つ人間なら、こんなハンドルネームを使うか? 部落差別を糾弾している私の記事に対して、これは堪らんとして差別糾弾封じ込めるために成りすましているのだろう。手名の相手をする気はない。とっとと失せるが良い。

 以下様々な書き込みがあるが、私の立場を理解して書き込んで下さっている方々に対しては感謝歓迎雨あられと言いたいです。それ以外の有象無象に対しては、みそ汁で面洗って出直してこいと言っておく。

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 追記 全国連古市支部の闘いの記事をリンクしておきます。「全国連つぶしに糾弾を! 12・21奈良・古市集会にかけつけよう」

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2006年12月 7日 (木)

部落差別書き込みを許さない

 3日付の「営利主義に走る郵便局」に対して書き込まれたコメントに放置できない差別言辞があった。私はここにその書き込みを断じて許さないことを表明する。問題の書き込みは部落出身者でありながら部落差別を行うという実に悲しい物である。だが部落出身者であるからと言って部落差別を公然として良いという物ではない。なるほど解同中央本部や全解連・同和会などは部落解放運動を物取り主義に変質させ心ある多くの部落民からそっぽを向かれている。だがその事と解放運動その物を同一視するのは間違っている。部落解放運動の領域を巡っては、92年に荒本支部を始めとする解放闘争を徹底的に闘ったが故に除名された人々によって部落解放同盟全国連合会が結成されている。私はこの運動を断固として支持する。闘う部落大衆とともに、差別者である立場からの自己解放を懸けて「差別を無くす学習から差別を無くす行動へ」という標語を自らの指針としたい。

 関東など東日本においては表面的には部落差別は少ない。だが部落民宣言をして生活しているのか? 違うだろう? 部落の出身であることを周囲の人々に告げて、それでも尚普通に付き合ってくれる人々が沢山いてこそである。「破戒」の中の丑松の様に出自を明らかにすることが出来ず、そして世間一般に巻き起こっている部落差別の中で自分だけは違うと言いなすために率先して部落差別を煽っているのがKさん、あなたのしていることだ。最も悪質な差別主義であると言わざるを得ない。今回の書き込みに関しては部落出身者であることを隠して生活しているKさんが、私に対して暗にお前は部落民かと言って批難してきた物である。私は被差別部落の出身者ではないが、革命運動や労働運動の重要な領域として部落解放運動にも関わってきた。私は部落差別を利用する日本帝国主義を打倒することでしか、あるがままの状態では差別する側にさせられている自分を変革することは出来ないと思っている。

 郵政のあり方について、Kさんがこのブログに書き込むようになって結構日にちが経つが、そもそも私の拠って立つ立場を理解しているのだろうか疑問である。帝国主義を打倒する労働運動を作ろうとしている人間が日本郵政の経営陣を批判しているのだ。唯々諾々として連中の方針を貫徹させてなど堪る物か。

 病気を治すために治療に専念する休暇を取って何が悪い。病気を持ちながらも働かなければ生きることが出来ない社会の方が間違っているのだ。治療に専念できる社会こそ築くべきである。そして私がこの間闘争に参加できるようになったのは完治したわけではないがどうにか仕事が出来るようになりつつあるからだ。解同本部派の腐敗分子のように病気休暇を取って妻の経営する企業のために圧力を掛けていたような奴と一緒にするな。

 さて郵政では、営利主義が前面に現れてくるようになってから「お客様第一」と言い出した。利潤追求のために儲からない顧客を切り捨てる一方で、イチジクの葉っぱ宜しくお経のように唱えさせられている。資本主義のあるがままの姿を暴露することが「逃げ」であるのだろうか? 少なくとも私も護憲的コケシさんも資本主義の矛盾を根本から覆して解決するために労働運動・反戦政治闘争を闘っているのだ。権力のあり方については何一つ言えず、奴隷としての立場のままでエサの奪い合いをすることが「戦い」なのか? 人間解放のために、労働者解放のために断固闘うのみである。

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ココログのメンテナンス

 一昨日の5日10時から今日7日の15時までココログのメンテナンスが有った。事前に周知されていたがよく見ていなかったためにコメントへの返事を書き込もうとしたところアクセスできずに慌てる事態となってしまった。その結果「営利主義に走る郵便局」について書き込まれた差別書き込みに対して的確な批判が出来ず一部の人にはご迷惑をかけたと思う。今現在批判の文章を鋭意作成中であり、今夜の内に掲載できる予定である。

 以下ニフティーのメンテナンスに関する記事を掲載しておく。本当は事前にキチンと自分自身の記事として周知しておくのがよいのだろうが、今後は注意するようにしたい。

12/7 「12/5-12/7ココログメンテナンス」について

日頃よりココログをご利用いただき誠にありがとうございます。

12月5日(火)10時より実施しております、ココログベーシック/プラス/プロのメンテナンスについて、ご報告いたします。

先にお伝えいたしましたとおり、本メンテナンスは「データベース分散化」及び「ココログベーシック/プラス/プロバージョンアップ」を目的として作業を行っておりました。

昨夜の負荷テストにて、負荷が高まりレスポンスが悪化するという現象が発生いたしました。当初は改善できる項目であると判断し、修正/検証作業を行いましたが、本日になっても原因の特定ができず、問題の解決には更に長時間を要すことが予想されたため、一旦メンテナンス前の状態に戻させていただき、12月7日(木)15時にサービスを再開いたします。

ココログをご利用いただいている皆様には、長時間お待ちいただいたにもかかわらずこのような状況となってしまいましたこと、お詫び申し上げます。

尚、データの消失など、お客様のココログへの影響はございませんので、ご安心ください。

今回のメンテナンスで予定されていた改善項目につきましては、今回の問題点について対策を講じた上で、改めてスケジュール等をご報告させていただきます。

今後とも、ココログをよろしくお願い申し上げます。

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2006年12月 4日 (月)

しりとり

 数日次女を中心にしりとりが流行っている。「お父さんしりとりしよう」と言ってくる。妻を除く四人ですることもあれば次女と私の一対一の場合もある。大人であれば、しりとりで勝つためには出来るだけ同じ言葉が語尾にくるようにして相手の語彙が尽き果てるのを待つと思う。私もその様にしている。子ども達は語尾を撮って「す地獄」「り地獄」などという。知る限りの言葉を駆使して語尾を同じにするのだ。大抵一番に脱落するのは順番が私の次になった者だ。次々私の次に当たった子供が脱落する。だが小ずるいのが息子である。意味不明の言葉を使ったり、次から次々言葉を足して単語ではなく文章にして対抗してくる。中々終わらない。面倒になってこちらからワザと負けることもあるのだが、ちょっとした我が家のマイブームになっている。

 今日から長女の中学では期末試験が始まった。昨夜も今日もゲームをしている。余裕ではなく諦めが多いようである。今日は英語のテストがあったのだが、陽当たりの良い席だったので居眠りしたらしい。多分おそらく多々でさえ苦手な英語であるから結果は散々な物であろう。帰宅してから今日の復讐を見てやろうかというと敬遠された。以前中間テストの後で勉強を見てやったときにこってり絞ったので懲りているようだ。だじしかし勉強を見てやることも親子の触れ合いになると思う。多分我が家は世間一般の家庭ほど父とこの断絶というか、父親が疎外されることはないと思う。通勤時間が短く、労働条件が悪化したとは言え基本的にタダ働きはしないで済むので定時に退庁できる。帰宅してから子供と一緒に過ごす時間が長い為もあるだろう。共稼ぎのために食事の支度を一緒になってすることも関係有る。

 去年書いた「イカのおすし」「職住接近の労働条件を取り戻そう」でも通勤時間が短くて職住接近の社会が良いと思っている事を表明したが、家族が一緒に過ごす時間が長く取れることは良いことだと思う。

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2006年12月 3日 (日)

営利主義に走る郵便局

 約一年の病気休暇・休職をして職場に復帰して7ヶ月が経過した。去年までと郵政民営化法案が成立した今の職場状況とを比べて、最も大きな違いは公的企業としての普遍性・「あまねく公平に」という観点がどこかへ行ってしまったということだと思う。例えば今年の簡易保険の営業目標・方針の中では「ながいきくんバランス型」が局目標にしめる割合を毎月2%、一年をとおして24%に引き上げよと言う物がある。以前にも簡単に書いたことがあるのだが、この商品は漢字生保(日生など)の主力商品である「定期保険金付き終身保険」の一種だ。生命保険会社の利益の殆どがこの商品から生じているほど保険屋にとって儲かる保険なのである。

 簡単に生命保険会社の利益の発生源を説明すると「死差益」「利差益」「費差益」となる。「利差益」というのは株式や融資などによる運用益が当初予想より良かった場合に生じる。今の生保にとっては低金利状況であるためにこれを生み出すのは非常に難しい面がある。「費差益」は経費を上手に効率的に使った場合に浮いてくる。その為にリストラによる人件費削減や、事務費・通信費などの抑制を図っている。最後に「死差益」である。これは平均余命を元に算出した死亡予想率が寿命の伸びによって支払いが少なかった場合に出てくる。日本人の平均余命は伸び続けているために「死差益」は順調に伸びている。漢字生保の殆どが60歳までの死亡保障を数千万という高額な物にして、実際にはその期間に死亡する人が約一割程度であるので儲かるのである。保険というのはある種の博打だから、ハズレにかける人間が多いほど胴元である保険会社は儲かるのだ。そして意図的に死亡保障が高額な保険に加入させることで利益を得ているのが生保の仕組みだ。

 それに対して満期時に満期保険金が支払われる養老保険・不老不死の人間が居ないために必ず支払われる終身保険に関しては、一定程度の積立金が必用だ。だから運用方法も堅実な物が選ばれる。定期保険は殆ど支払われることがないために保険屋の儲けになるのだ。以前の簡保であれば養老保険が主力商品であった。だがしかし今は「保証型保険が売れないなら辞めて貰う」とまで管理職が言うほど「保証型商品」=定期保険に力を入れている。現時点では終身保険に対する定期保険の倍率が低いので民間生保ほど暴利はないというか、一応今は払い込み満了時に解約すれば掛け金以上に支払われる仕組みではあるが、民営化後には倍率が大きくなるであろう。

 また、貯金事業では積立貯金の勧誘をするなと言い出している。この事は01年に手当制度が改悪になったときに既に傾向がでていたのだが、集金にかかる経費ばかりかかって利益が出ない積み立てはこちらからは勧誘しないことになった。地元の地銀では低金利時代に突入した10年ほど前から積立貯金の集金は行っていないのであるが、それに追随を始めているわけだ。尤も商品として無くなったわけではないので、外務員はどの様にして積み立てを断るかに苦心している。さらに全ての局ではないのだが昨年から投資信託を取り扱うようになっている。私の局は対象外だが民営化後には取り扱う予定があるために証券外務員資格の取得を命じられている。リスク商品ではあるが郵貯にとっては販売手数料が入るのでお客さんが損しても郵便局は儲かる。取り扱い局では投信一本の営業を行っている。また、取り扱いをしていない局に対しては取り扱い局への紹介によって営業目標達成が左右される。

 郵便は人件費削減が一番の課題で、既に正規職員とほぼ同数の非常勤職員が雇用されているのだが、彼らの賃金は正規職員の半分以下である。今年度は6月に6千人し、来年3月末に1万4千人が早期退職することが確定している。プラス定年満了による退職者も多数或る。いずれ郵便職場の殆どが非常勤職員でしめられるようになるだろう。

 昨年9・11衆院選に際して自公連立政権に投じられた票によって成立した郵政民営化法案は、現場労働者の目から見て明らかに郵便局を利益優先の体質に変えてしまった。顧客の利益など知ったことではないというのが今の職場の現状だ。自公連立政権に投票した人々は今一度自分がしたことの結果を噛みしめて欲しい。

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2006年12月 1日 (金)

最後の「国家公務員倫理週間」

 今日から師走。思えば01年に本格的に鬱病になってから、12月の出勤は六年ぶりになる。症状が悪化する時期は様々であったが、年末年始は寝込むことが多かった。鬱病の中には冬期鬱病という物もあって、日照時間の減る冬期に発症する物もあるので、普通紙の鬱病と冬期鬱病とが合併した症状になっているのかも知れない。薬は手放せないのであるがここ暫く体調が良い。仕事を休むことが無い訳ではないが、長期病休に繋がらずに済んでいる。徐々に快方に向かっているのかも知れない。出来ればこのまま年末年始の繁忙期と冬を乗り切り、完治まで至りたい物だ。

 一体いつから始まったのかは分からないが、今日から7日までの一週間は「国家公務員倫理習慣」である来年の秋には民営分社化が決定しているのでこの様な行事は今年が最後になる。朝礼では課長が公務員として倫理を守り、業者から酒食の供用を受けた見返りとして便宜を図ったり、取引業者に転勤の際の餞別を無理強いしたりしないようにと言われた。その後着席してから同僚に「僕らみたいな下っ端の何の権限もない人間におごってくれる業者なんかあるんですかね」というとみんな苦笑していた。その内一人は「お客さんの処でドリンク貰ったら収賄やな」と笑っていた。実際問題、酒食の供用や贈賄をして貰えるのは物品購入の権限を持っている支社の職員でないとあり得ない。餞別などと言っても取り締まりの目こぼしと引き替えに業者から集金して回り、転勤を三回すれば家が建つという警察署長のような圧力もない。現場の労働者に出来るのは集金の度毎にお茶やドリンク剤をくれるお客さんに、ラップの一つも渡すのが関の山である。それさえ最近の経費節減の流れのために粗品が減らされているから渡せないことが多い。公務員と言っても現業の我々には何の権限もないから倫理に関する不祥事など起こしたくても起こしようがない。

 同時に今日は交通事故無事故出発式が行われた。郵政職場では交通事故は切っても切り離せない関係にある。私の局では事故を二件以内に抑えるようにとの抑止目標があるのだが、既に三件発生している。式の中で局長が触れ、郵便課長が代読した近畿支社人事部長のメッセージによると近畿管内における交通事故抑止目標は583件であるが、11月末の時点で既に811件の事故が発生している。異常事態と言っても良いのかも知れない。結局事故による事業経費が一件について100万単位に上ることや、本人が痛い目をしたり過失割合によっては当該に弁償を押し付けるなどを言っただけで終わった。一体何故交通事故が郵政の職場で多発しているのかの原因についての分析もなければ具体的な解決策も何もない。組合が健全であった時期は当局に対して具体的な分析や対応策を提示するよう求めて来たが、今のJPUの実権を握る労働貴族共には望むべくもない。労働者の安全を守るためにも組合がキチンと機能していなくてはならない。

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