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2006年12月 8日 (金)

部落差別書き込みを許さない その2

 kogomiさん、私のブログのコメント欄は差別排外主義を煽る物でなければ何を書いて貰っても受け止める立場を取っていますから、気にせず書き込んで下さいね。何より今回の記事が差別書き込みを削除したりアクセス禁止をするのではなく、徹底討論を行って意識変革をして貰うための物ですから。

 Kさん、「アッテンボローさんの12月年末進行期に2001年以降出ていないという言葉に「枠」の人間の臭いを感じた。幸いそれとは違うということだった。このことについては悪かったと思う。すまない。謝罪する。」と書いておられるが、私を部落民かと疑ったことについては謝罪を求める気はありません。何故なら中核派は被差別人民の立場にどれだけ接近できるか、自己変革を懸けて何処まで連帯できるかを追求してきた党派ですから。ただ、病気で仕事が出来ない人間を完治するまで療養に専念させることが出来る社会や企業の方がよいと思いませんか? 一企業で難しいのならそれは社会全体で見るべきだと思っています。残念なことに資本主義社会では極々一部の職場でしか叶えられていない。だからこそ私は本物の共産主義を追求したいと思っているし、蟷螂の斧であっても現代帝国主義としての日帝と不屈非妥協に闘いたい。

 そのあとの件は、わたしが「差別的言動は許さない」と書いたことに部落差別を受けたこともないくせに何を言うか、という主旨で受け止めたい。そこにはKさんが部落差別から逃れるために出自を明らかにせずに生活している中にも差別に対する怒りを持っていると思うからだ。別に今すぐ部落解放の闘士になってくれと言う気はないのであるが、怒りの種火は絶やさないで欲しい。

 左翼活動家が被差別人民との連帯を希求していることが「妄想」と言うのなら、そう思って貰っても構わないが、私自身は真面目に追求している。差別者としての立場を止揚するためには部落差別を始めとする様々な差別を温存助長し利用する資本主義の帝国主義段階にある日本の体制を根底的に転覆する以外にないと真面目に思っているのだ。
 確かに運動体や組織の上層には利権を食い物にしている人間は少なからずいる。解同本部派などは殆どがそうであると思う。そこでレーニンが「国家と革命」の中で説いたコミューンの原則を実践することが必用なのだ。法制定と実効に責任を持ち、それを果たさない場合にはいつでも自由に解任できること、これが重要である。流れない水は澱んでボウフラを発生させる。権力を執行する者に対して「お前がいい加減なことをしていたらいつでも首にするぞ」という脅迫を伴った権利は絶対に必要なのだ。

 さて、部落その物を地域として消滅させるべきであったと言うが、人間は共同体の中で生活しているのだ。地域の繋がり・付き合い・絆によって生かされている面が多々ある。想起して欲しい。阪神淡路大震災の際、被災者の多くが元々の生活圏とは全くかけ離れた仮設住宅に点でバラバラに振り分けられた。近所付き合いも作れないまま多くのお年寄りが孤独死した。地対法に拠って部落を解体・消滅させると言うことは300万部落大衆をその様な状況に追い込むことになるのだ。それこそ部落差別ではないだろうか。かつて日帝が植民地を獲得しアジア侵略戦争を遂行していた時代、被差別部落民が大挙して満蒙開拓団などに応募した。結果として部落差別はなくなっただろうか? 日本に引き揚げた際に出身地を離れて生活している人々も多数いるが、それらの人々が出自を明らかに出来ているか? 部落差別が存在せず、周囲の人々も差別をしないなら、Kさん、あなたは出身地が何処であるか、そこが被差別部落であることを教えることが出来るだろう。kogomiさんが「寝た子を起こすな」論について書いているが、起きない子供はいないのだ。問題なのはどの様な起こし方をするのかだ。例えばあなたの子供は部落出身であることを知らされていないと思う。Kさんが元々の部落の戸籍を出しても採用されたのは幸運にもその企業が部落地名総監を購入してまで部落差別をするような悪質企業ではなかったと言うことなのだ。 だが、就職や結婚の際に興信所に依頼して戸籍を遡って調査させる差別者は日本中に存在するのだ。もしあなたの子供が部落差別に立ち向かう覚悟がない状態で差別に直面し、衝撃のあまり自殺したとしたらどうする?

 
 本当は差別の現実を知り、それに負けない主体を築くことこそが大切なのだ。

 製造メーカーで働く労働者の心情云々に関しては過去の記事を読んで欲しいが、元々私は自動車メーカーのライン工であった。健康上の理由や革命運動が出来る労働条件を探して転職した結果郵便局に入っただけである。全く理解できないわけではないと思うよ。
 差別を飯の種にしていると言うのは自己矛盾とか自己撞着と言うことになるのかも知れないが、少なくとも全国連は部落差別を無くすことを目的とし、実践している。ただね、現実の運動には各どう至近・逃走資金が必要だから、少なからず金銭がからんだ問題が生じることはあるだろう。全然無いとは思わない。

 綿時期部落差別に対する感覚がピント外れだと言うのであれば、「もうこない」等と言わず私に対して部落差別の現実を知らしめて欲しい。私自陣の付き合いは解放運動の闘士ばかりなので、そうでない人々の感覚は正直分からない部分が多い。

 「元は四●」とやら、部落差別に対して本当に怒りを持つ人間なら、こんなハンドルネームを使うか? 部落差別を糾弾している私の記事に対して、これは堪らんとして差別糾弾封じ込めるために成りすましているのだろう。手名の相手をする気はない。とっとと失せるが良い。

 以下様々な書き込みがあるが、私の立場を理解して書き込んで下さっている方々に対しては感謝歓迎雨あられと言いたいです。それ以外の有象無象に対しては、みそ汁で面洗って出直してこいと言っておく。

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 追記 全国連古市支部の闘いの記事をリンクしておきます。「全国連つぶしに糾弾を! 12・21奈良・古市集会にかけつけよう」

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「経済・政治・国際」カテゴリの記事

コメント

アッテンボローさん
自分の意見を取入れて下さり、どうも有難うございます。其と同時に、もう少し冷静な対応をすべきでした。御礼と御詫びを共にします。
久々さん
アッテンボローさんと同じく、自分もあれが別人の悪用であるのを信じる事にします。そしてそうであるならば、御詫びを述べると共に、貴方のHNを悪用した輩を糾弾したいです。
張る単産
面白い文字化けですね。

投稿: 怪星人カピア | 2006年12月30日 (土) 23時28分

 久々さんが「同和」と被差別部落とを区別して使っていると言うことはある程度分かりました。ある意味「同和」という言葉自体が支配階級が作った言葉であるし、日本同和会も自由同和会も反共右翼保守団体と結びついており、幹部の殆どがヤクザと兼業していますから。それに対して部落解放同盟の場合左右のカオスというか、利権にドップリ浸った部分と、利権などどうでも良いから部落差別の撤廃を目指して運動している人々とが濃淡入り交じって存在している。
 少なくとも中核派は「同和運動」などと言う言い方はせず部落解放運動と言いますので、その点は了解します。只、予め使い分けを説明していただいた方が良かったとは思いますよ。
 さて、怪星人カピアさんがかなり気にしているのですが、久々さんが他所のブログで差別排外主義に満ちた書き込みをしていたのではないかと言うことです。私のブログでは差別のための差別言辞は書き込んでいないので黙認してきたのですが(それなりに右の論拠を示していたと言うことで)、出来れば外道な真似はしないことを約束していただけたらと思います。それなりに論拠がある事実であれば、私も誠意を持って反証しますが、差別をまき散らすだけの罵詈雑言に対しては削除なりアクセス禁止の処置をします。出来れば久々さんのハンドルを騙った別人による物であって欲しいと思います。
 張る単産もそれでこの件についてはご了承下さい。

投稿: アッテンボロー | 2006年12月30日 (土) 17時08分

>>カピア君
君は日本語も読めないようだな。相手をする久々君もそうだが。君のどうしょうもないコメントで議論が切れた。幸いアッテンボローさんが別の記事書いてくれたんで良かったが。

君のようなまともなコメントが書けたためしがない、能無し君は別の馴れ合いブログでコメントしたまえ。君のコメントに期待しているのは誰もいないんだ。
わかったかな。カピア君。

投稿: バルタン | 2006年12月30日 (土) 11時42分

久々さん
然し、弁明しなければ、余計に貴方の立場も悪くなると思う。少なくとも、此方では聞いて貰える筈だから、するべきではないだろうか。
ハムニダさんが煽りをしたのではなく、他の人―今は濱浜さんのを―のHNを無断使用している奴が、騙っている可能性があるのではないか(そいつは他のblogでも同じ煽りを行っている)。


投稿: 怪星人カピア | 2006年12月30日 (土) 00時37分

そんなことしても、俺のことを信用されない方々には、「過去の恥ずかしい発言を無かったことにしたいだけだろ?」としか思われないでしょう。
2ちゃんとかならトリップがあるんですけどねぇ。

まぁ「嘘ぴょーん」は管理人が煽りで書いたものですし(だからコメント欄にそういうのはなく、彼自身が記事として使ってることになってる)


ネット上では、トリップが使えない場所では信用というものしか本人と判明する術はないですから、証明なんて不可能でしょうし。

投稿: 久々 | 2006年12月29日 (金) 23時42分

久々さん、もう一度言います。
其のコメントの件は、ハムニダさんのblogだけでなく、華氏さんのblogでも知られているが、其が貴方ではなく、悪意を持った誰かに因る成済ましであるならば、貴方は貴方自身の名誉の為にも、又貴方と意見と同じくする人達の発言を守る意味でも、其の事を証明する必要があろうかと思う。
其の様な悪意の輩は、政治思想の左右問わず、許すべきではないし、まして人の―此処では久々さんの―HNを無断使用して、ヘイトコメントを書込む様な奴を放っておくべきでは無いと思わないですか?
しつこい様だが、此れは貴方の名誉もかかっている事なのだから。

投稿: 怪星人カピア | 2006年12月29日 (金) 21時55分

おはようございます。アッテンボロー様。
しかし、大阪府の問題では、一貫して開同の吸血鬼ぶりを批判して来られたのは、まさに共産党だった筈なのです。

選挙の時にも、共産党の方々は開同に貢がれた膨大な金について糾弾しておられましたしね。

私は理念的には人権の擁護と言う方向性は正しいと思うのですが、問題はこれが既得権、利権としての腐敗であると思っております。

それらの問題をどう解決するかが大切ですね。
では、失礼致します。

投稿: 三輪耀山 | 2006年12月29日 (金) 09時00分

ではあそこで最後迄其の件を説明しなかったんですか?余計な誤解も生じかねないのに。そうでなくても、あのblogでのコメント欄では、他人になりすましている奴もいるのだから。

投稿: 怪星人カピア | 2006年12月28日 (木) 23時31分

>カピア氏

嘘だぴょ~んって言った覚えねーしwww
俺がそんなキャラ?w

投稿: 久々 | 2006年12月28日 (木) 23時05分

>>カピア君
いい感じにコメント議論がのびている所で折るような真似するな。安酒飲んで早く寝たまえ。君のような無教養で無関係な人間に扱える問題ではないよ。身の程を考えたまえ。ここの議論に君のような下品な人間の居場所は無い。

>>ALL
なかなか面白い。投手ともども頑張ってくれ。

投稿: バルタン | 2006年12月27日 (水) 21時56分

相変らず嫌韓―と戦後民主主義への逆恨みに懸命だね。此方ではハムニダさんの所の様に、孤立はしないし、アッテンボローさんは貴方に何故か寛大だから、あの逃げ台詞は書込まずに済むね。
「嘘ダピョ~ンww」だったっけかな?貴方の最後の書込みは。

投稿: 怪星人カピア | 2006年12月27日 (水) 21時44分

まこと氏

>「同和」という言葉は「被差別部落」の言い換え、つまり<隠語>なんですね。
そうですけど、あえて使い分けてます。
俺としては同和ってのはヤクザとつるんでるってイメージがあるので。

>久々さん、もしあなたが自分の努力の成果で有名大学の入学試験で高得点を獲得した時、「貴方のように○○地方の出身者はウチの大学に入れることは出来ません」に言われたら、どうでしょう?

そもそもそんな大学なら最初から受けないと思うのですけど……
違う大学に移る、場合によれば海外。
昔ならともかく、今なら集団で抗議はします。

ですが、その自分の属している集団が悪いことしているならそっちを正すべきでしょう。
ヤクザの構成員の大半が同和では、それで恐れられても仕方の無いことですし。


>差別問題から少し離れますが、あなたは少し前に「『働らけば負け』の時代に突入しつつあるのでは無いか」と書かれていましたね?
>そんな時代状況を克服するためには、どうすれば良いでしょうか?少し考えてみませんか。

デスノートを手にいれて粛清……


冗談ですw
まぁ、マジで手っ取り早く国を変えるならクーデターが一番。
国自体がつぶれるから、国債の借金もチャラ(に、しようと思えばできる)
独裁ってのはトップがしっかりとしてればすばらしい国にできる。
逆にアホだと言わずもがなですけど……

まぁ日本人にそんな度胸はなさそうだし、こういうことは無いでしょうけど。

資源も土地も無い日本は技術だけが売りでしたが、工学部志望の人も減り、人口も減り、借金はかさみ、労働意欲は低下し、外交は下手。
このまま日本は衰退していく、と思えてしまう……


>#私達はもっと<叫ぶ>べきじゃ無いのかな?
でも叫ぶ場所を間違えるとウザイと思われ、逆にイメージダウンに繋がりますから、気をつけなきゃってのもありますね。
例えば女性差別があるからという理由で女性専用車両を作ったりとか、在日が参政権よこせとか。
差別じゃないことを差別と言って訴えるトンチンカンなやつがいるのも、また差別を助長してる気がします。

>アッテンボロー氏
どうでもいいことですけど、タメ口と丁寧語がグチャグチャに混ざってますよ……

俺もよくやりますけど。



このクソ忙しい中、上手く開いた時間で『硫黄島からの手紙』観てきました。
戦争ってのがわかるので皆さんも見てみたらドウでしょう。
イデオロギーが無いってのは、ああいうのを指すんだと思います。

投稿: 久々 | 2006年12月27日 (水) 01時46分

 まことさんの言われるように中世の研究については私自身もっと勉強が必用でしょうね。網野史学も勉強してみます。
 招かれざる猫@畜群同盟さん、「外部注入論」と部落大衆の諸要求闘争とが矛盾しているというのはおかしいと思いますよ。労働者や部落大衆から自然発生的に出てきた経済的要求に対して、最後の勝利が社会主義革命によって資本主義を転覆することを提起するのが外部注入論の筈です。諸要求をとりまとめていく段階では押しつけにはならない。あなたが混同しているブッシュについて言えばイラクでフセイン打倒の運動体が存在をしていないし外国に支援を求める広範な動きもない状況で、石油利権獲得と中東の米帝による支配という主目的を誤魔化すために「イラク民主化」を掲げたわけです。それとは全く違うニッチであると言われるのはある意味全国連の勢力が伸びない以上言われても仕方ないかも知れないが。押しつけではない。
 キリスト教の教団の話が出てきたが、共産主義の党はそうなってはいけないでしょうね。党は飽くまで革命のために存在するのであって党組織の延命を主目的とするようになっては解党した方がマシでしょう。ですがしかし、共産主義者が党という形で組織されるのも又、的階級との闘いの中では必用なことです。

投稿: アッテンボロー | 2006年12月26日 (火) 22時22分

転載です。

ニーチェは、キリストを仏教徒だとした。それは彼がキリストの数少ない理解者だったことを短的に示している。キリスト教をキリストが始めたとするのは誤解ではなく、キリストの消去=不在に他ならない。

http://www.geocities.jp/timeway/kougi-18.html
>このようにして、イエスは復活した、イエスはやはり救世主だったと考える人々によって
>キリスト教が成立しました。キリストとはギリシア語で救世主のことです。
>救世主の復活を信じる人々はキリスト教徒になりました。信じない人々はユダヤ教にとど
>まり続けることになります。

『教団』を作ったパウロによっていつまでもキリストは回帰することになり永遠のキリスト=キリスト教が完成した。永遠のキリストはキリスト自身の「もの」ではない。もちろんキリストではない。

ブッダもまた仏教徒ではなかった。彼は単に「知った」だけであった。
ブッダは真のマルクス者である。マルクスを後継する者はいまだ存在していない。ただ、マルクス以前に存在しただけである。

「人間の意識がその存在を規定するのではなくて,逆に人間の社会的存在がその意識を規定する。」(『経済学批判』序言)

この有名な文句が間違っているのは、マルクスのせいではなく、それが後に教団になったからに他ならない。
マルクスが「意識→存在」という陳腐な二項対立をただ単に転倒させただけという別の陳腐さに驚愕する教徒の”足りなさ”は信仰によるにちがいない。主義者はマルクスにとっての『意識』を決して問わないで簡単に進む。

「空腹は空腹であるが、料理された肉をフォークやナイフで食べて満たされる空腹は、手や爪や牙をつかって生肉をむさぼりくらうような空腹とは、別のものである。」(経済学批判序説)

マルクスは、我々人間が既に本能においても価値=意味に支配されている存在なのであることを見抜いている。我々の食欲は社会的にも満たされなくてはならなくなってしまっているのである。もしオオカミの群れに生み落ちたなら生肉にむさぼりつくのが人間である。
我々は意味を社会的に共有し強要することでしか、この社会で共には生きていけない。

熱心な信徒ほど簡単に邁進する。

さあ、我々の「意識」とは何か。マルクスは問うだけだ。一方、信徒は問うことを禁じられること「へ」と邁進する。そういう信仰がいかに愚かであるか、もう分かってもらえると思う。

「共産主義とは、われわれにとって成就されるべきなんらかの状態、現実がそれへ向けて形成されるべきなんらかの理想ではない。われわれは、現状を止揚する現実の運動を、共産主義と名づけている。この運動の諸条件は、いま現にある前提から生じる。」(ドイツ・イデオロギー)

「意識」とは、そういう諸条件を見出す力かもしれない。
だが、残念なことに目前の前提から規定されるはずの「力=意識」は な い !!
社会に、その存在に、その諸関係に問うことを忘れる信徒は転倒の陳腐さにただただ驚くのみである。「革命」とは単に陳腐さに驚くという”M-1”なのだろう。

投稿: 招かれざる猫@畜群同盟 | 2006年12月25日 (月) 10時49分

アッテンボローさん

>勿論レーニン主義の党であるから「外部注入論」を否
>定したりはしない。あるがままの労働者大衆に対して
>共産主義を持ち込むのは当然のことである。

          と

>ニッチと言われても実際に部落大衆の中に全国連の運
>動を求める人々が存在しているのだ。

は根本矛盾です。
無知な大衆労働者・部落民を導こうということだとハッキリ言ってから論じるべきことです。
 誰 も 求 め て い ま せ ん 。
求める時点で既に注入は完了ですよね。

運動の方針やら何やら、そういうことのせめぎ合いを何十年やったら気が済むんでしょうか。
もちろん、そういうこともあるでしょう。が、そういうことを中心にしてるんではないですか。機関紙で近親憎悪を放射させている割合は少ないですか。そういうことは我々大衆に利益をもたらしますか。

何度も言いますが、
運動それ自体が自己目的化していませんか。主義それ自体が願いとはなっていませんか。

健康のためなら死ねる。そういう愚かさにいつになったら気付くのでしょうか。

何日も腹を空かしていたら、盗んだものでもかまわないというのが庶民大衆、あるいは人間の本性です。そういうところ、すなわち自らの内面との徹底した対峙から考えてみてください。

主義とは趣味です。

投稿: 招かれざる猫@畜群同盟 | 2006年12月25日 (月) 10時47分

追記:

>出身地や家系等によって「排除」されることは「是」なのでしょうか?

という私の一文に関連してですが、嘗ては出身地や家系等でボーダーラインを引いて「排除」することが<世間の常識>として罷り通っていた時代"も"あったんですね。

しかし、今日びは「そういうのって、なんかアカンじゃん?」という位の常識は大半の人達が共有していると言えるでしょう。久々さんは

>「我々は被害者だ」と叫ぶだけで、自分たちは何か差別の誤解を解くために行動してますか?

と書かれていますが、私達の「常識」が先述の水準に至ったのは、出身地や家系等の<ボーダーライン>で苦難を強いられていた人達が<「我々は被害者だ」と叫ぶ>行動を起こし、その声に共感した人達が増えた結果だと思うんですね。

<「我々は被害者だ」と叫ぶ>ことはとても大事。
叫ばなければ、世の人々は「被害」を認識することすら出来ないのだから。

また、「被害者」が<叫ぶ>ことによって<ボーダーライン>を変えることも出来ます。私達が「常識」だと思い込んでいる<ボーダーライン>は、決して永遠不変のものでは無いのですね。

#私達はもっと<叫ぶ>べきじゃ無いのかな?

投稿: まこと | 2006年12月25日 (月) 01時52分

被差別民を含め、「日本」の中世・近世社会の歴史を知るためには、やはり網野善彦さんの著書は今や「必読」だと言って良いかと思います。網野さんは「もののけ姫」を通じ、一般にも広く知られるようになりましたね。

手始めに最近文庫化された「日本の歴史をよみなおす」(ちくま学芸文庫)辺りから読んでみてはいかがかと。

++++++++++++++++++++++++++++++++++

久々さん

ちょっと誤解があるようですけど、「同和」という言葉と「被差別部落」という言葉は、殊にあなたの使い方においてはほぼ同じ意味でしょう。例えば、「あそこの地域は『同和』だよ」などと言う時、「同和」という言葉は「被差別部落」の言い換え、つまり<隠語>なんですね。

(*「同和=同胞一和」の本来の意味はネット検索等で調べてみてください。)

おそらく久々さんは「被差別部落」についての基礎的な知識が無いままに論じているような気がするので、まずはこの問題を

>てか、俺は正直、口で綺麗事はいえるけど、結局は人間は生まれつき不平等だと思うんですよ。
>先ず生まれた親の元の時点で違う、才能で違う。

客観的に見てもクリアな基準(テストの点数など)で評価されるのであれば、「才能」や「能力」で評価すること自体は必ずしも「不平等」とは言えないでしょうね。

ただ、例え同じ「才能」の持ち主でも、ただ出身地や家系等によって「排除」されることは「是」なのでしょうか?人間は親なり出自なりを選んで産まれることはできない。本人の努力ではどうしようもありませんよね。

久々さん、もしあなたが自分の努力の成果で有名大学の入学試験で高得点を獲得した時、「貴方のように○○地方の出身者はウチの大学に入れることは出来ません」に言われたら、どうでしょう?

「被害意識」を持ち、それをバネに自分達を排除しようとする世の中と闘おうとするのか、それとも「仕方ない」と諦めるのか。

<自分が差別される側に置かれたら、どうなのか。
それでも、「人間はもともと不平等だから仕方無いか」と言い切れるのか。>

まずはこの点から想像力を拡げてみてはいかがでしょうか。

あと、久々さん。
差別問題から少し離れますが、あなたは少し前に「『働らけば負け』の時代に突入しつつあるのでは無いか」と書かれていましたね?

そんな時代状況を克服するためには、どうすれば良いでしょうか?少し考えてみませんか。

投稿: まこと | 2006年12月25日 (月) 01時28分

被差別民の歴史ですが、いわゆる「被差別部落」だけでは無く、「サンカ」等と呼ばれる漂泊の被差別民にも目を向ける必要があるのでしょうね。

ここ二十年ほどの間に中世・近世の「日本」史研究が急速に進み、私たちが学校で習ったような「通説」では歴史の実相を捉え切れなくなっています。被差別民に関しても、研究が進むにつれてその「イメージ」が大きく変わる可能性は十分にあると思います。

投稿: まこと | 2006年12月25日 (月) 00時22分

 招かれざる猫@畜群同盟さんは、「内ゲバ」と言うが、運動の路線を巡る対立の何処がいけないというのであろうか? 解放運動内部で腐敗している部分とそれを糾そうとする部分とのせめぎ合いにどちらが勝利するかによって、運動の性格その物が大きく変わってしまう。今現在解放運動が様々な腐敗を表面化しているのは本部はに勝ち切れていない現状から生じていると思うのだが。
 それから度々中核派とブッシュとを同一視するかのような発言をしているが、全国連の運動は中心を担っているのは飽くまでも部落民だと言うことを理解して欲しい。勿論レーニン主義の党であるから「外部注入論」を否定したりはしない。あるがままの労働者大衆に対して共産主義を持ち込むのは当然のことである。だがしかし、それも労働者が持つ階級性に目覚めない限り効果がない。ニッチと言われても実際に部落大衆の中に全国連の運動を求める人々が存在しているのだ。同一視するのは酷すぎはしないだろうか。
 Kさんの言うことはは何処までも闘わない自分を肯定するためのためにする論理でしかないと思う。闘いの過程で様々な理由や事情のために運動を離れる人々はいるが、それを合理化してはいけないだろう。部落差別が現に存在し、その事によって苦しむ人々が存在する以上解放運動は必用なのだ。私が労働運動で失った物は活動家でなければそもそも発生しなかった処分による物であって、減収自体はその物として他の郵政労働者と同じ物がある。いわば上乗せで損した分である。だが、闘う存在がなければ全体に対する損害・賃下げ・労働条件切り下げがより大きく激しい規模で行われたであろうと考えるから、自分の損害を悔やんではいない。
 「頭の中は自由でいたいとは思わんのだろうか」と言う問いに対しては、自由であろうとするからこそ様々な抑圧を加えてくる資本権力と闘っているのだ。「膝を突いて生きるよりはたったままで死のう」「太った豚より痩せたソクラテス」と言うだけだ。闘わずして自由など存在しない。Kさんの言うのは「奴隷としての自由」でしかない。飼い主に逆らいませんと誓った上で飽くまでも許容された範囲での自由であり、言ってしまえば六畳一間で遊んでいる子供が屋外の広さを知らないのと同じだ。
 「勉強も出世もできないから」と勝手に決めつけられても、管理職試験を拒否しているから出世しないだけだ。業務上必要な資格試験などは大抵好成績で合格してきた。出世したら労働組合員の資格が無くなるではないか。
 SIlver_PONさんの言っているのは部落の政治起源説ですね。中核派などは今でもその立場の筈です。中世封建主義が戦国時代によって大混乱したときに資本主義の芽生えがあったとする立場で、それを力ずくで封建制として再編するために部落差別を必用とした。中世までの河原者などの賤民身分に加えて一向一揆や天草一揆などで最後まで生き延びた人々を部落民の祖先とした。鉄砲で有名な雑賀孫市ら雑賀衆などもそうですね。解同本部などは織豊政権期から徳川幕府成立の時代にかけて政治的に行われた一面を軽視して、「穢れ」信仰を中心とする宗教起源説を強調しています。個人的には両者を融合させる中で今現在の部落差別が出来上がったと思っています。そして日本は自由主義段階を飛ばしていきなり資本主義の帝国主義段階になったために部落差別が解体されずに残ったのだという中核派や全国連の理論に今でも賛成しています。もし興味があれば70年代に非常に売れた本で「一向一揆と部落差別」という本が三一新書にあります。今でも手に入るはずですから探してみてください。
 セクトNo7さん、狭山が最も高揚した時期が76年頃という事について異論はありません。その頃って新左翼の党派が排除されていなかったと思いますよ。中核が他党派を排除したというのは有ったのかも知れないけれど。統制処分は78年の三里塚開港決戦くらいの時期でしたか。70年代終わりから80年代に乱発されていますよね。三里塚に関わるなと言うことで相当あったと聞いています。ですから解同中央の路線転換で新左翼と縁を切るというのがあって、その過程で腐敗も顕在化してきたと思います。だから私の書き方が悪かったのかな?
 ハンドルに関しては仰るとおりなんですけどね。「伊達と酔狂で」革命運動が出来たらと思います。出来ない性格だから余計に憧れるのかも知れませんね。
 久々さん、部落の人々にも勉強して一流大学を出て、一流企業に就職したり高級官僚になっている人々も沢山います。それらの人に競争で負けた人間が妬みや負け惜しみで「でもあいつは部落だから」って実際やっているんです。私の場合生まれたのは栃木なんだけれど一才になる前に大阪に移って、以来ずっと、40年以上関西で暮らしているわけで、そう言った話は沢山見聞きしています。部落差別の問題は部落民にあるのではなくて、差別する「一般民」にこそあるんです。
 「『我々は同和と違う!』と声高々に叫んでいるでしょうか?」という部分は気をつけて欲しいのですが、Kさんの主張と同じ根っこがあります。Kさんは部落と縁を切って足抜けしたからもう差別される部落民ではないんだ、残っている連中とは違うんだと言っているわけです。私がここ数年病気によって長期休暇や休職を繰り返していることについて、資本家の立場からすれば「品質の悪い労働者」な訳だけれど、それと部落とを直ぐ結びつける発想という物自体が実は差別思想なんです。良くない者・悪い者・残虐な犯罪などがあると直ぐに部落を連想する。差別用語を使っていなくてもこれが差別なんです。

投稿: アッテンボロー | 2006年12月24日 (日) 22時25分

>> ただし、SIlver_PON さんよ
>>中学校の歴史じゃなくて、高校の日本史の中からでも
死んだじっさまと、その地域に住む友人 --- つまりは当事者に聞いた話ですけど。
人を嫉むより前に自分の無明を恥じるべきでは?

投稿: Silver_PON | 2006年12月24日 (日) 01時24分

まこと氏

そんなことを思われるのは仕方ないと思いますかね。
そういう場合は「自分はそういう奴らと違うんだ」と誤解を解こうと行動するか、部落とばれないようにがんばる、ですかね。
ある程度の信頼を得れば、たとえ部落だろうと「あの人は他の同和とかとは違う」って思われるでしょうし。

例えが悪いかもしれませんけど、
東大出と言われただけで「頭が良くて立派な人」を想像して、三流大学と言ったら「ああ、たいしたこと無い奴だな」と思う。
それは差別でしょうかね?
差別と区別のボーダーラインは人それぞれ。
そしてそのボーダーラインの平均を、一応のボーダーラインと言う所でしょう。

てか、俺は正直、口で綺麗事はいえるけど、結局は人間は生まれつき不平等だと思うんですよ。
先ず生まれた親の元の時点で違う、才能で違う。
だから勉強して力を手に入れろってのが学問のススメですけど。

なら部落の人々は、「我々は被害者だ」と叫ぶだけで、自分たちは何か差別の誤解を解くために行動してますか?
「我々は同和と違う!」と声高々に叫んでいるでしょうか?
あるいは同化から脱却しようとしているでしょうか?
そういうのを聞いたことはないんですけど。

投稿: 久々 | 2006年12月24日 (日) 00時57分

>その腐敗が前面に出てくる過程というのは新左翼を統制処分して排除していく過程でもあった。狭山闘争などは中核派と解放同盟とが牽引していたわけだが

統制処分の時期と狭山闘争の高潮期とは時期が逆転してるんじゃないかな。狭山が盛り上がりを(変な言い方ですが)見せたのは、76年ころだったと記憶してます。明治公園での集会に行きましたが、解同も各党派もすごい隊列でした。
その時の狭山の映画の始めは、狭支連のシュプレヒコールの映像であったと思います。解同の気の使いようであったと思います。でも、「中核が牽引」した事実は彼らが他のセクトを追い出した「村社会」でのお話でしょう。それ以外では全国統一闘争カンパニア(全国動員)しかしてこなかったと思います。
確かに、2000人規模での活動家(確信的な)は見た目解同にとって魅力だったと思います。が、カクマルとの戦争状態で、大衆運動として狭山取り組んだとは言えるのかな?あれで
解同から統制処分とかが中核初め活動家に来るのは、77年の鉄塔決戦から要塞戦~管制塔占拠過程だったと思います。
解同としては時代と政治路線の選択ETCで統制処分(切捨て)をしたんでしょう。

アッテンボローさん
あなたのHNは伊達と酔狂に生きたいとの意味なんでしょうが、今回の書き込みは別に書かなくても良いくらい何度も聞いた話です。今回は、たぶんほとんどの関係者かもしれない
体調が悪い時は無理しないが良いさ。それは、どういう訳か、ここに来ている人間が善良みたいで皆気を使っていると思う。でなきゃ、アラシ以外ではこないよ。無理しないで、体調が良いときに書き込めば良いさ。


今回のアッテンボローさんの投稿への反論については、今回に限りあんまりしたくない。
ただし、SIlver_PON さんよ
中学校の歴史じゃなくて、高校の日本史の中からでももう少し勉強してくれ。じゃないと、話には入ってこれないと言うか、入ってはこれるんだけれど噛み合わないと思うぞ。


投稿: セクトNo7 | 2006年12月24日 (日) 00時48分

ええーと、部落の元々の発生は、徳川に対し反旗を翻す地方の部族の残党を最低位の身分に落とし、普通の人の嫌がる職業(主に屠殺業)に従事させたって事では無かったですか?

アメリカのスラム問題はまあ人種差別と貧困が根底にあるわけで、それと同一視するって事はどうもねぇ、「正義の味方」ぶってるって思われてもしゃあないですね。

戦前の戸籍制度はその直系の祖先を延々と記述していたために、その過去にどの身分に居たかって事から逃れる事は難しかったですが、今の民法の戸籍制度では、結婚したらまた自分からスタートになるため、地域を離れて生活するとその過去の棘から逃れる事ができます。

私の祖父の実家には400年前からの家系図が残ってるそうです。

投稿: SIlver_PON | 2006年12月23日 (土) 22時14分

真面目にやっても勉強できない人もいるし、その機会が不幸にも同じように与えられない人もいます。

勝ち組の論理に立っているから、結局運動家や前衛に餌を撒いてることになるという理屈もあります。

「助けてやろう」で近寄る輩が。
彼らはそういう運動そのものが生きがいであるから、命も惜しくない。認めないだろうが、目的とか結果はあまり関心ない。
苦しいほどエクスタシーという機制もある。

前衛も勝ち組の論理もオイラにとっては「ノー」ですよね。イラクでもどこでも基本的に同じだと思います。

ただし、弱者利権に巣食う下郎は糞認定で終了ですが。

投稿: 招かれざる猫@畜群同盟 | 2006年12月23日 (土) 20時30分

全部きちんと読ませてもらったがため息しかでない。

リクルート事件を出してくる辺りは時代錯誤も甚だしい。融和主義のくだりなど、所詮活動家は一般庶民と生活している同輩の「敵」以外のものでしかないことを確認するだけだ。
やはり左翼組織のコマでしかないんだな。改めて確認した。自分で考えちゃいないんだよ。俺は何だかんだで独立単体で人生頑張っているからな。生活費稼ぐのに組織に依存しても、頭の中まで特定組織には依存したくないね。


>>だが労組活動家なんかやっているのは「黒い兄」でしかない。少なくとも現場の活動家の場合はそうだ

これは間違いだ。今や労働運動活動家と名乗る人間は「黒い兄を気取る白い弟」でしかない。活動家が「黒い兄」を気取れたのは昭和の時代までだ。それ以降はただの「ごく潰しの白い弟」。減棒を気取ったところで、一般庶民労働者はそれ以上の賃下げを経験している。「はぁ?」となる。

>>Kさんの意見は「部落民であっても大人しく勉強して出世すれば良いことがあるんだよ」という融和主義その物でしょう。

俺は勉強して出世するということを「悪」だと思っていない。勉強して出世した人間から言われたら納得するが、勉強も出世もしていない人間から言われるのは心外だ。
うらやまないでくれ。アッテンボローさんは勉強も出世もできないから活動家やって、スタンドプレーで認めてもらおうとしているんだ。スタンドプレーこそ「悪」だと思うがね俺は。

時分勝手なスタンドプレーの被害を蒙るのは一般庶民労働と一般庶民と化した同輩たちだ。頭の中まで組織に依存している人間にはわからないと思うぞ。頭の中は自由でいたいとは思わんのだろうか。

投稿: K | 2006年12月23日 (土) 17時35分

そもそも世界の民主化という大義名分でブッシュは世界覇権を正当化する。

昔、帝国の侵略はすべて常に未開の教化啓蒙という理由で先遣隊を送り込んだ。
まずは探検家、キリスト教僧侶、そして学者。ストロースまでの学者は基本的に侵略正当化御用学者だった。

「 助 け て や ろ う 」

って、それが要らんということを歴史から学ぶことが大事だ。
ベネズエラのチャベスが何と言ってるか。
ベネズエラにとってアメリカは貿易の重要なパートナーであるにもかかわらず、どうなのか。

とにかく、中核が部落に首を突っ込むのは理論的に誤りである。ニッチで自己目的化=党派の存続を正当化するのはいけない。
真に大衆労働者被抑圧者のことを考えるのであれば、多数に収斂することが肝要だ。その方向で腐敗をなくすしかない。

新左翼によって一般大衆の多くは「反共」になる。そういう陥穽に敏感であるだけの冷めた知性が今一番求められていると思いますよ。

投稿: 招かれざる猫@畜群同盟 | 2006年12月23日 (土) 11時55分

アッテンボローさん

健康第一です。お身体をお大事にしてください。

>本部派は責任重大だと思う。全国連などの勢力が一切>責任がないとまでは言わないが、本部に比べると少な>いだろう。

内ゲバは意味がないです。
自決ということの意味が分かっておられないようです。
私は腐ってもまだ同盟を支持します。(比較の問題として)中核はブッシュです。要りません。その意味は深いですよ。身を粉にして全身全霊を捧げていようと変りません。

中核はニッチをそろそろ止めないといけませんね。
所詮、多数を握ることはありえない。もうちょっと現実的かつ理性的に考えることが大事です。

とにかく党派性で理屈を言うことが問題なのです。
早く目覚めて欲しいです。

投稿: 招かれざる猫@畜群同盟 | 2006年12月22日 (金) 19時54分

 体調不良でかなり長い間書き込みへの返信をしていなかったので、沢山漏れ落ちがあるだろうと思うが我慢して読んでいただきたい。
 shiroさんが書かれているようにウィキペディアの記事はかなり誤解と偏見と事実誤認に基づいて書かれている物でしたね。何で革命軍が「部落青年戦闘同志会」とイコールになるのか」書いた人間に問いただしたいくらいです。革命軍の正式名称は「人民革命軍武装遊撃隊」と言って、「部落青年戦闘同志会」はそもそも革共同とは別の処で始まった運動が獲得された物です。まして革命軍兵士が全て部落民であるかのような記述には閉口しますね。
 招かれざる猫@畜群同盟さん、が言っている「部落民は偉いのか?」という問いは不意弊社の設立宣言に関してのことでしょうか? 従来部落民が蔑まれていたことに対するアンチテーゼとして誇りを持とうという主旨で出された物ですから、部落民を特別「偉い」とする主張ではないですよ。
 まことさんの書き込みと少し関連しますが、Kさんの言うように被差別部落から脱出した人というのは沢山いるし、政府の高官や大企業の経営者になっている人々もいることを否定するつもりはありません。ですが、諸外国のスラムと同一視するのはおかしいのではないだろうか。スラムの場合大抵は立身出世をした「英雄」が存在して、スラムの人々に対してある種の希望を与えているし、中には自覚的にスラムの人々に対する援助活動をしている人もいる。処が被差別部落出身者の場合出自を隠している人が多い。Kさんは運動体と関わり合いたくないからだと言うが、資本家階級になったりその忠実な下僕になった人間を有り難がるのは融和主義の運動の方ではないだろうか。Kさんの意見は「部落民であっても大人しく勉強して出世すれば良いことがあるんだよ」という融和主義その物でしょう。
 リクルート事件で経営権を手放した創業者が部落出身者だからとして叩かれたのは覚えていただいていると思うのだが、彼が順風満帆の時は誰もその事について触れなかった。だが一度水に落ちた犬の状態になったときには「部落民だから」と悪事と部落出身であることを関連づけようとした人々がいた。全く関係なく資本家であれば誰もがしているような悪事をあたかも部落民だから行ったかのように言っていた人々がいる。見えない「手錠」の存在を実感できたものだがどの様に思われるのだろうか。
 「国旗国歌」との関連で言えば私は「日の丸」「君が代」を強制されたくない。焼き捨てる自由があって当然だと思う。その点から言えば、部落大衆の中にも解放運動に取り組む人もいればそうでない人が居ることもそれはそれとして受け入れることが出来る。党組織ではないのだから思想で一致していなくて当然でしょう。問題なのは俗に言う一般民が部落差別を許すのかどうかと言うことだと思う。私は断じて許されることではないと思う。だから自分自身が部落差別をしないで済むようになる社会を作りたい。少なくとも現代日本において部落差別が資本による労働者支配の手法として使われている以上はそれを覆したい。勿論革命をした直後に部落差別が雲散霧消する物ではないと思っているが。
 で、比率の問題が出ているが、最初に断っておくとアメリカの大学入学制度が素晴らしいと言っているわけではない。党組織や運動体の中での男女の構成比についても今のところは女性が圧倒的に少ないと思う。何故ならどんなに理想を高く掲げる組織であっても、最初は今現実の社会に囚われている部分があるからだ。私の古巣でも今年は色々とお家騒動があったようで、正直情けないと思わないでもない。だがその事で究極の目標を捨ててしまうのは間違いだと思う。
 解放同盟の奈良県連に関して言えば、今問題になっているのは川口正志が委員長をしている中央本部直結の県連で同和利権にドップリ浸っている連中ですね。奈良の場合92年だったと思うが、件の支部長たちの腐敗と決別して全国連合会の支部が結成されている。その後山川戦争と呼ばれる騒ぎがあって当時の県連副委員長であった山下力さんを委員長とする県連が出来て三分裂の状態になる。勿論全国連合会計は一番少数だが。山川戦争は川口の利権体質に対して全国連が批判を先鋭化させる中で中間的な人々までも黙っていられなくなり、川口批判を始めるようになった。川口とは一緒に出来ないが、全国連に行くのは気が重いと言う人々が山下県連を作ったわけだ。だから免罪符かも知れないが全国連には責任はない。実際問題全国連の中心メンバーは職場での人望が厚い。川口派の「支部長」は出勤しないから職場では完全に嫌われている。
 「黒い兄、白い弟」については聞いたことがあるような気がする。だが労組活動家なんかやっているのは「黒い兄」でしかない。少なくとも現場の活動家の場合はそうだ。革命運動の点でも下っ端なんて得なことなど何もない。矛盾しているが郵政の職場で一番得しているのは未加入・未組織の人間だと思う。組合費も払わなければ闘争で処分されることもない。だが全逓が獲得した諸権利は適用される。いいとこ取りだ。単純計算だが、私の場合活動家として闘争で処分を受けたことで、今までに一千万くらい損をしている。年金を計算に入れるともって大きい。それでも労働者として生きる中で我慢できないから闘っている。
 部落解放運動が80年代で使命を終えたとするKさんの意見はある意味拝聴するが、その腐敗が前面に出てくる過程というのは新左翼を統制処分して排除していく過程でもあった。狭山闘争などは中核派と解放同盟とが牽引していたわけだが、今では解同中央は取り組まなくなっている。その辺の分岐は見落として欲しくない。
 で解放運動の成果という点で言うと、これは最初の問題に戻ってしまうかも知れないが、私の場合は資本主義社会では解決不可能な問題だと考えている。ある意味極論すれば今現在差別する奴をシバク物であっても良いと思う。そこから現代社会も矛盾に気づいて革命に繋がればよいと思う。
 kogomiさんやどん底さん・AIMさんのご意見に対しても本当は色々お返事すべきなんですが、Kさん・招かれざる猫@畜群同盟さん・まことさんの書き込みが膨大なのでなかなか手が回りません。
 招かれざる猫@畜群同盟さんが問題にしていることの中で、解同が「差別を知らないことその物が差別だ」として糾弾してきたことについて触れ、川口県連や飛鳥会の問題などについては「知りませんでした」で言い逃れをしようとしていることは徹底的に糾弾されるべきだと思います。彼らは知っていたはずなのだから。少なくとも部落解放運動の潮流の中で反主流派・非主流派が一貫してこの問題について批判してきたしそれを開き直ってきたことによってこれだけ重大な事態になっている訳なのだから、本部派は責任重大だと思う。全国連などの勢力が一切責任がないとまでは言わないが、本部に比べると少ないだろう。どんな組織や運動の中でも腐敗堕落があることを認めて、常にそれと向き合わないといけないだろう。何せ私自身思想的腐敗が原因で除名されているわけだから、霧謬なものなど無いと思っている。何処まで自己批判できるか、と言うのも重要でしょう。
 色々と膨大な量の書き込みに対して一つひとつに答える内容になっていないけれど、一先ずここでこの記事についてはしめたいと思います。出来れば今日明日中にも職場での解放運動のとりくみについて書きたいと思います。

投稿: アッテンボロー | 2006年12月22日 (金) 16時48分

>>招かれざる猫@畜群同盟 さん
勝ち組みだとは思わない。そもそも俺自身勝ち組みだと思っていないし、理系職種についた時点で経済的には負け組みだろ社会的には(笑)。
仕事には納得しているし誇りも持っているけどね。勝ち組み負け組みとか言うのはは嫌いなんだよ。一生懸命納得して生きりゃそんなもん関係ないだろ。

貧しくてもかつての日本人達は向上心を持っていたわけだろ?貧しくてつらくても。

「地域」もそうだったわけだよ。どんな人間でも、今日より明日、今年より来年とね。
だが利権、保護どっぷりだとそれが削がれる。補助金付けの少数民族の末路は色々あるはずだ。

「地域」はかつて電話機や電化製品なんて無い家がほとんどだった。共同便所だったらしいぞ。70年代半ばまでだ。
今だとそれなりの住環境を持てているし、あからさまな差別はない。それにここは重要だが「地域」の人間なら色々補助もあるし、生活保護も比較的貰い易い。一般庶民よりは恵まれていると思うんだ。

そうなるとなぜ脱出できなかったのか?という話になるだろう。まともなのは脱出したし、エセたちは「地域」外で豪邸を建てている。じゃあさらになぜ?という話になる。

>>抜け出したことがそんなに偉いのか、っていう話にもなる。
そういうところ結構、抜け出した人間の「見えない鎖」になっていると思わないかな?

そういうとこで悩んで、割り切れなかった同輩たちが「食い物」にされたりしているとか思わない?かなり酷な話だよ。
どうもイデオロギーとか活動家や人権屋たちは、割り切れる所、割り切る所を食い込ませすぎて、追い詰めさせる傾向があるぞ。活動家同士でやればいいけどそうでない人間達には酷な話だ。ちなみに俺は活動家とかではない。

>>「力」
ある程度は必要だがな。

差別主義者と目した人間の家に猫や犬の死体、汚物を日常のように投げ込む。
その子供の通学路にビラを大量に貼ったり(その子供の身長も織り込みずみ)。
教員と結託してその子供を自殺に追い込んだりするのも効果的だ。
職場への嫌がらせ、近隣近所へのいやがらせ、親戚、関係者への同等の嫌がらせ。
深夜の自宅への騒音とか(集団で押しかける)。

は必要な時はあるさ。

だが、これが常に行う基本戦術ならただのロクでもないヤクザ集団だよ。ある所でこういう手法は切らなきゃいけない。
だが「戦闘的活動家」とか「戦闘的思考思想」とか持った人間だと、これが自己目的化してしまう。そうしたらただのヤクザ集団だ。

自己目的化しヤクザ化した活動家は思想で止められるか?思想を都合よく捻じ曲げるのがせいぜいだと思うな。

投稿: K | 2006年12月22日 (金) 12時13分

こんがらがってきたみたいなので、この問題に対する俺の立場や主張を簡便にまとめる。
●立場
・もと近畿地方のどこかにある「地域」出身。歴代「地域」ぐらし。両親は本部組織の活動に関わった人間。

・大学にて東京近傍に出て、それ以降地元の「地域」とはほとんど縁のない生活をしている(3人兄妹いるが同様)

・大学院修了のち今はただの製造メーカの賃金労働者。一般庶民としての生活をしている。賃金レベルは同年代に較べると中の上に属する。

・貧困および物理的、具体的被差別体験はほとんどなし。特に関東に出てからは話したこと無し。「地域」についてのコメントをこんなに書いたのはここがはじめて。

●主張
・「地域」は解体傾向でありアッテンボローさんのような主張は受け入れがたい。

・出自で困ったことは無く、出自を隠そうとするのはエセはじめ、人権屋、活動家などに食い物されるのを防ぐための方が大きい。

・「地域」どうのような歴史を持つにしろゲットーと同じであり消滅は当然。

・すでに終わった特措法の代替にあたる自治体の援助は、利権の温床にすぎず即刻やめるべき

・差別を助長しているのは、むしろ人権屋、活動家、教員はじめ各種支援者である。利権あさりや消え行く旧来の差別の温存などへの側面支援をしているにすぎない。自覚有り、自覚無しに関わらず、この存在は今や悪以外の何者でもない。

・特に一番最悪のなかで最低なのが「教員」と「人権屋を標榜する人間」達だと思っている。

・利権の闇は相当深く西の本部団体、東の組織ともに再生不可能。即刻解体すべし。一般庶民は関わるべからず

というスタンスだ。
だがコメント続けるうちにすごく卑しい気持ちになってきたよ。献血に行きたくなっちまったw

投稿: K | 2006年12月22日 (金) 12時07分

>「糾弾」も一緒。憎しみや恐怖しか与えない。誰もそんなことで反省したり考えたりしない。もうアナクロニズムというか単にお笑いです。。(招かれざる猫@畜群同盟さん)

今日び、「差別糾弾闘争」などよりも、「真実和解委員会」的なアプローチの方が差別の「揚棄」にはより効果的では無いかと思いますね。

招かれざる猫さんやセクトNo.7さんのような方には「釈迦に説法」ですが、他の人達のために一応関連サイトを提示。
http://www.jca.apc.org/gendai/20-21/2006/wakai.html

というか、「差別糾弾闘争」というアプローチには運動体に「力」が無ければ出来ないのですよ・・・。難民としての庇護を求める人達や外国人労働者、知的障がい者などは、そもそも「糾弾」するだけの「力」を持っていない・・・。

投稿: まこと | 2006年12月22日 (金) 08時20分

「勉強出来ない云々」というのは学校の勉強が出来なかったって事でしょう、それは、「出来ないなら勉強しろ」としか言えません。
だって、勉強って出来ないからするんであって、出来るならガールフレンドとデート行ってますわ(笑)

投稿: SIlver_PON | 2006年12月21日 (木) 22時50分

shiroさん

あなたのKさんに対する思いというか・・・何なのか分かりません。なんとなく分かるんですが、ちょっと気になります。

Kさん

どうも勝ち組の理屈のように思います。チャンスがあるからといってみんな勝てるわけじゃーない。真面目にやっても負ける場合がある。
自己責任ならネオコンまんまという感じです。弱者利権も糞やけど勝てば官軍というのもねー。

抜け出したことがそんなに偉いのか、っていう話にもなる。差別をなくそうではなく、単に差別されない立場=差別する立場になったからOKというように受けとります。

セクトNo7 さん

献身性や善良さが困ります。悲劇というか悲しい。
オウムでも連合赤軍でも私利私欲ではなく、命がけだったと思います。

なんで、そうなるのと思う。

>>all

「打倒日帝!」とか「殲滅」「粉砕」などはもうアカンでしょ。「糾弾」も一緒。憎しみや恐怖しか与えない。誰もそんなことで反省したり考えたりしない。もうアナクロニズムというか単にお笑いです。。
理性的に新しい枠組みを考えたいと思います。いつまでも利権にしがみつくことだけを考えてる人もそろそろ覚醒して欲しい。

で、次の枠組みは?

投稿: 招かれざる猫@畜群同盟 | 2006年12月21日 (木) 22時40分

「なぜそうなったか」を「本当に」解明してたら、現在の失敗の上塗りみたいな状態になりゃあしなかったでしょうに 。

実際にはお互いにより多くの金を得る為に邪魔な人間に向かって「おまえが悪い!」「おまえが悪い!」とわめきあってただけでは ?

大切なのは今、実際に思われてる「アソコの人間に係わるのは恐い」と思われる事が無いようにするべきなのでは ?

そのためには対立の構図を無くさなくてはいけないのでは ?

投稿: Silver_PON | 2006年12月21日 (木) 22時28分

>中核がどうのとか、解同がどうのとか、今さら暴露する意味もないと思ってますけど。

絶滅危惧種とはなってないんだな。希少ではあっても中核派は。
中核派のことを最初に出したのは私で猫さんじゃないよ。
それで中核派について2点ほど
中核派は全盛期には1万人以上の動員力(党員シンパ含めて)を持ってました。支持者はその数倍いたでしょうね。いまや内ゲバと軍事路線の破産で勢力は良くても5分の一以下ではないでしょうか?
それでも相対的には最大勢力であり、反戦運動・憲法問題等の闘争には(存在している大勢力)無視できないのよ。いるんだもん。
もちろん市民社会の無関心層な人たちとは「関係ない」存在ではあるですが、もっとも自分の世界以外には一切関係ないからな。

もう一つは、このブログの主のアッテンボローさんの所属した党派であり、彼の意識と思想と思考方法のかなりの部分がいまだ中核派のものであることです。ですから議論の中身としては一般的な党派嫌いとかとか、中核派だけは嫌いだとかの論だけではここでは不十分な面もあると思います。
もちろん中核派批判をするのが目的ではありませんので、あまり掘り下げた議論は必要ないでしょうが。

ついでに、中核派のメンバーの運動に対する献身性については、中核嫌いを看板にしている私(笑い)でも頭が下がることもあります。
三里塚に援農に行って出された食事や飲み物を「残しちゃ悪い」と皆たいらげて、次の日雨仕事が無く寝て帰ってきたという抱腹絶倒の大馬鹿者とは偉い違いです。
ただし、その献身性がどのようの視座からのものかと、ふと疑問に思う前衛主義への懐疑がよぎります。

投稿: セクトNo7 | 2006年12月21日 (木) 16時20分

一点だけ。

「まことは差別排外主義者か?」と問われれば、確かに私にも「他者」を「差別・排外」しようとする心証はありますし、過去の人生においても「他者」から「差別」と思われるような行為をしたこともあると思います。

まあ、人間なんて「矛盾」の塊でしょう。

だからこそ、私は「差別・排外」という課題に向き合いたいと考えています。まあ、自分自身の意識および行動を規定する「現状」をどう捉え、対峙するかの問題でしょうね。

投稿: まこと@休憩 | 2006年12月21日 (木) 13時01分

●招かれざる猫@畜群同盟さん

>ポイントは暴力性は不可避だということです。
>デリダは正義は暴力だって言いました。
>差異が根源的であるということではありません。それらは暴力=差異化への意志が具現したというだけのことです。
>区別と差別のラベリングも空虚です。
>何を譲歩し我慢するかとという合意の共有を考えなければならない。

招かれざる猫さんのご意見に特に異論はありません。

>国連というのは超越的な暴力でもって正義を保証しえないことが問題です。

そうだと思います。

>集団の熱狂に対しては冷めていることも大事です。

いやあ、私は各種運動の「現状」に対しては、かなり冷めていますよ。
ただ、前にも書いたかもしれませんが、私は「冷めた」地平からいかに浮き上がるかという点に拘っています。だから、私は敢えて「希望」を持ちたいんですよ、社会総体に対しても、運動圏にも。

私は「今の世の中はもうアカン、だけど変革主体を気取っている連中もトンデモだ」みたいなニヒリズムやシニシズムは、もう止めようと思っているんです。ニヒリズムやシニシズムに沈殿する"だけ"の立場性は現状への「幻滅」を産み出し、それはより偏狭な思想や原理主義の苗床となりかねませんから。

●セクトNo7さん

>どうなったかじゃなくて、「なぜどうなったなのか」これから「どうしていくか」の志向性を持てるかの問題なんです

その通りですね。

#ちなみに、Kさんへの「反撃」は敢えてイチイチしません。
#罵詈雑言モードに入りそうなので(苦笑)

投稿: まこと@休憩 | 2006年12月21日 (木) 12時11分

>>SIROさん

あんたどういう人?概要でいい。大学行っていないのはわかった(悪意はないぞ)。

>>一応、知り合いの複数の中学教師
よく知らないが今時はヤクザ者でも高校は出ているだろう。中学という辺り1970年前後ぐらいの貧困知っている人?

投稿: K | 2006年12月21日 (木) 01時21分

>>shiroさん

大阪の人?クラスの一人がヤクザ者がいるとか言ったら、さすが関西とか言われたなw。
東ではそんな話はしないんだよ。

まさか高校とかの「クローズ」とかに出てくる鈴蘭高校みたいなとこを言っているなら、ヤクザ者も沢山いるだろう。残念ながらそういう高校は出ていない。

>>履歴書

残念。俺は1990年代就職だ。
手元に大学時代の履歴書がある(空白のね)。ちなみに大学生協で購入して、右下には大学名が書いているやつだ、

一枚、左に写真欄とか住所欄、履歴。住所は2箇所。現住所と実家の住所。最近のメールアドレス掲載だが、俺の時は電話番号のみだ。実家のとアパートのそしてその他の連絡先。当時はPHSを記載した。。
右は何マスかに分かれていて、大学時代の卒研、修士論文テーマ、サークル活動、自己PRなどの項目があってそれを書く。

ちなみに同期に見せてもらったが国立の形式はどこも似ているし、私大もにたようなものだな。

>>履歴書の統一用紙が策定され、その使用が企業に求められた。
へーえそうなのか。バイトでも大学の使ったからな。しらなかったよ

>>断る
そこまで言うならSHIROさん書いてくれよ。俺は嫌だ。アンタだって知っているくせに書きたくないんだろ?それとも釣りか?

相当胸糞悪くなるし、献血行きたくなるだろw?

投稿: K | 2006年12月21日 (木) 01時05分

>>招かれざる猫@畜群同盟さん

特措法の本来の廃止(その後延長して2002年まで)が昭和57年だから1982年か。24年前だ。

24年間。これは長い。それに80年代は円高不況もあったが経済も安定していた。
「将来を見据えていて、子の将来を思う親を持った人」というのはそれまでにほとんど脱出したか、実家に親を残しつつも他に経済的、精神的にも自立した生活をもてたと思っている。

24年だぞ24年。当時小学生なら30歳くらいになっている。

「将来を見据えていて、子の将来を思う親を持った人」

これが重要だ。この2つを持ち得なかった人間では残ったのが多いんじゃないか?
自助努力というのかな。もちろんこれだけでないし運もある。
だが「こずかい」貰えてウハウハで味占めたり、「こずかい」が酒に変わる家庭にいたら難しいのは確かだ。

でも一般人に較べて奨学金とか貰い易い環境にいたわけだし、昔と違って脱出できる道はあったわけだ。もちろん全部とはいわない。
だがね24年間あったんだ。優遇措置もつい最近まであったし、今だって役所には残ってるだろう。垂れたロープは何本もあった。つかむつかまないは本人の自由だ。「地域」から心身共に抜け出すのはそんなに単純じゃないぞ。

当方は「作られた長い伝統をもつ被差別民」ですからね。

相応の努力をしなければな。文字通り「黒い親、白い子」だ。
俺の知り合いには「黒い姉、白い妹」というのもいるけどね。どっかで矛盾を背負う覚悟、又は自己犠牲をできる人間がいないとどこまでも変わらない。
運の悪い人間ならともかく、特措法のぬるま湯につかって脱出の機会を失ったならそれは自業自得だと思う。

投稿: K | 2006年12月21日 (木) 00時49分

招かれざる猫さんへ
中核がどうのとか、解同がどうのとか、今さら暴露する意味もないと思ってますけど。
両方とも、もはや絶滅危惧種でしょ。
というか、部落そのものが、事実上解体しています。大正期の京都の調査で、その段階で明治以降の部落外からの人口流入が2/3もあるという記録もあります。少なくとも、同和対策事業以降には、多くの部落民が部落を出て行っています。90%以上が出て行ったという地区も珍しくない。
低家賃の公営住宅群や各種の優遇措置を魅力と感じる人たちだけが部落に残っている。あるいは、外から流入してきている。この現象をどのように理解するのかについては、難しい問題ですが、そのような事実があります。
誰かさんが言っているみたいな、「しがらみ」などに縛られる世界を、少なくとも私は聞いたことがありません。気楽に部落を出て行っている。
解放運動の活動家ですら、気楽に部落を出て行っています。前回も書きましたけど、京都府連の役員の大半ですら、80年前後には部落外に住んでいたわけですから。
そのような状況で、もはや解放運動の組織的実体は事実上解体寸前。
「糾弾闘争」などという言葉は、完全に死後です。それを実現できる組織実体がないわけですから。
一方、部落差別はこの間急速に解消していますが、完全になくなったわけでもない。これをどうするのかということと、部落自体が同和対策事業によって再スラム化した状況をどうするのかが、現在の課題となっていると思います。

Kさんへ
>あとな、普通は同級生や友達やら親戚とかにヤク
>ザの構成員がいること時点が「一般人なら異常」
>なんだよ。
親戚なんて、書いてないけど!勝手に付け加えないでほしいな。
それとも、それが手口かな?
同じ学校の同学年やその前後の学年に、一人も暴力団関係者がいないなんて方が、信じられないな。過疎地の学校でもない限り、一人や二人は、いるだろう。
一応、知り合いの複数の中学教師に聞いてみたけど、同じ意見だった。暴力団の6割が部落民というのは、根拠がない。
>断る
とは、面白いな。普通なら、「知らない」とか「なんだそれ?」と書くところだけれども。
何しろ、私の造語が二つほど入っているから、誰も知っているはずもないわけで。
知ったかぶりをしなくてはならない理由が、どこかにあるのかな?

履歴書について
全国的には73年。近畿以西では、70年前後から、履歴書の統一用紙が策定され、その使用が企業に求められた。
それまでは、家の収入や財産、宗教・宗派や職業、家族構成から、家の間取りまで書かせる様式も存在していた。
統一用紙になって以降、本籍欄は都道府県名のみの記載となった。
もちろん、この統一用紙には、「実家の住所」など記載する場所はない。Kさんは、1960年代以前に就職したのかな?
この統一用紙の普及以降、部落差別に基づく就職差別は、急速に解消過程に入ったのは事実。
ちなみに、京都市役所の職員の不祥事問題について、解同と人権連がともに、「職員研修をきちんとしてこなかった行政側に責任がある」旨の見解を出しているが、これはとんでもない主張だと思う。
自分たちが推薦して就職させた人間が不祥事を起こしても、それを「職場研修不足」と居直るなら、誰が部落民を採用するものだろうか?

投稿: shiro | 2006年12月21日 (木) 00時47分

招かれざる猫さんへ
中核がどうのとか、解同がどうのとか、今さら暴露する意味もないと思ってますけど。
両方とも、もはや絶滅危惧種でしょ。
というか、部落そのものが、事実上解体しています。大正期の京都の調査で、その段階で明治以降の部落外からの人口流入が2/3もあるという記録もあります。少なくとも、同和対策事業以降には、多くの部落民が部落を出て行っています。90%以上が出て行ったという地区も珍しくない。
低家賃の公営住宅群や各種の優遇措置を魅力と感じる人たちだけが部落に残っている。あるいは、外から流入してきている。この現象をどのように理解するのかについては、難しい問題ですが、そのような事実があります。
誰かさんが言っているみたいな、「しがらみ」などに縛られる世界を、少なくとも私は聞いたことがありません。気楽に部落を出て行っている。
解放運動の活動家ですら、気楽に部落を出て行っています。前回も書きましたけど、京都府連の役員の大半ですら、80年前後には部落外に住んでいたわけですから。
そのような状況で、もはや解放運動の組織的実体は事実上解体寸前。
「糾弾闘争」などという言葉は、完全に死後です。それを実現できる組織実体がないわけですから。
一方、部落差別はこの間急速に解消していますが、完全になくなったわけでもない。これをどうするのかということと、部落自体が同和対策事業によって再スラム化した状況をどうするのかが、現在の課題となっていると思います。

Kさんへ
>あとな、普通は同級生や友達やら親戚とかにヤク
>ザの構成員がいること時点が「一般人なら異常」
>なんだよ。
親戚なんて、書いてないけど!勝手に付け加えないでほしいな。
それとも、それが手口かな?
同じ学校の同学年やその前後の学年に、一人も暴力団関係者がいないなんて方が、信じられないな。過疎地の学校でもない限り、一人や二人は、いるだろう。
一応、知り合いの複数の中学教師に聞いてみたけど、同じ意見だった。暴力団の6割が部落民というのは、根拠がない。
>断る
とは、面白いな。普通なら、「知らない」とか「なんだそれ?」と書くところだけれども。
何しろ、私の造語が二つほど入っているから、誰も知っているはずもないわけで。
知ったかぶりをしなくてはならない理由が、どこかにあるのかな?

履歴書について
全国的には73年。近畿以西では、70年前後から、履歴書の統一用紙が策定され、その使用が企業に求められた。
それまでは、家の収入や財産、宗教・宗派や職業、家族構成から、家の間取りまで書かせる様式も存在していた。
統一用紙になって以降、本籍欄は都道府県名のみの記載となった。
もちろん、この統一用紙には、「実家の住所」など記載する場所はない。Kさんは、1960年代以前に就職したのかな?
この統一用紙の普及以降、部落差別に基づく就職差別は、急速に解消過程に入ったのは事実。
ちなみに、京都市役所の職員の不祥事問題について、解同と人権連がともに、「職員研修をきちんとしてこなかった行政側に責任がある」旨の見解を出しているが、これはとんでもない主張だと思う。
自分たちが推薦して就職させた人間が不祥事を起こしても、それを「職場研修不足」と居直るなら、誰が部落民を採用するものだろうか?

投稿: shiro | 2006年12月21日 (木) 00時47分

入り乱れている上に、ここは党派性なしに単独者ばっかりになった模様w

Silver_PONさん

そういう全か無か、味噌糞論議、坊主憎けりゃ論、そういうのはアカンよ。
もうちょっと細かく考えないと単なる阿呆になってしまう。Kさんも言ってるように措置法も同盟も「かつて」はそれなりに機能した。必要悪、清濁併せ呑むという面もコミコミということで。
ただ、そういう歴史を清算する時が来たということです。

セクトNo7さん

>組織戦術と自己否定が被差別者の優位性を育てた面も
>あると感じています

そもそもの歪みの反動というか、そういうものはKさんにも引き継がれているように思いますが、どうでしょう。

>どうなったかじゃなくて、「なぜどうなったなのか」
>これから「どうしていくか」の志向性を持てるかの問
>題

同意ですね。これを念頭に置かない「叩き」は単に「鰹のたたき」同様です。ただし腐ってるから食えない。

>彼は私なんかより、はるかに良心的だから。

そうそう。まことさんは良心的。なかなか珍しい人でしょうね。これは嫌味じゃーない。最初、私も勘ぐったけど違ってました。そういう人もいるんです。
アッテンボローさんも良心的だとは思います。ただし、オウムの信者も「良心」からサリンを撒いた。ここは重要ポイントです。
集団の熱狂に対しては冷めていることも大事です。

Kさん

いやー、一般人の多数はもっと冷めてるよ。というか、関心ない。君子危うきに近寄らずっていう意味でもあるけど。叩いてる人間もろくなもんじゃーない。そういう意識は持ってる方が健全だと思う。だから、私も変態かもしれない・・・という意識はある。

で、Kさんね、大学まで行けなかったとか、親の面倒を見ないといけないとか、いろんな事情で家を出ることができない人間もいると思うんだよ。
出た人間はそれでいいんでしょうけど、出ることができない人間の中にもまっとうな人間はいると思う。そのあたりを包括する論がない。
出たことだけを根拠に言ってるようじゃ、単に結果論でしかない。
どうも、愛憎が「愛→憎」になってるようで運動家的になってますよ。一般ピーポーはもっとクールでカコイイのが大半ですからね。

投稿: 招かれざる猫@畜群同盟 | 2006年12月21日 (木) 00時13分

>>セクトNo7さん
>>組織戦術と自己否定が被差別者の優位性を育てた面もあると感じています。

なるほどね。


>>どうなったかじゃなくて、「なぜどうなったなのか」これから「どうしていくか」の志向性を持てるかの問題なんですが青少年、もう少し歴史をお勉強してから来るんだね。

まことさんを批判するには、もう一度学校に入りなおしたほうが良いよ。彼は私なんかより、はるかに良心的だから。

そうやって非寛容なこといっているから支持されなくなるんだろ(苦笑。

少しぐらい話がそれてもいいぐらいの度量持つべきだよ。

本部組織に未来を見出せるわけないんだから。

それに「国際人権派のまことさん」は最悪の差別排外主義者とやらだ。
こういう人種に色々教わるのは人としてが破壊される。まっとうな内容言っていても、「あんたが言うなダボ!」となるような人種だ。
「地域」関わる人権屋と教員はエセの企業舎弟レベルだと俺は思っているからな。

学校なんかでこれを教えている教員は免許更新制度で全員クビになりゃいい。

それにSilver_PON さんの意見は一般人の意見そのものだぜ。

投稿: K | 2006年12月20日 (水) 23時16分

いっぱいレスつきそうなんで、明日か明後日に書きますから、これから飲みますので、あしからず。(w

投稿: セクトNo7 | 2006年12月20日 (水) 23時16分

>水平社の活動が差別を無くしたでしょうか?

今の空気わからんで、君のような馬鹿を「ボケ!」ちゅうじゃ!(怒
今、中級から高級レベルの話になろうとしてるのに、一気に幼稚園レベルにしてんのは、ROMしてる楽しみを奪うお前じゃ。もう、頭イタ。
痛さがわかんない人が一番いたんだけれど、わかんないだろうな。

Kさん
>俺は特措法は必要だったと思っている。

歴史経過としての意義を共有できて納得します。でも、意味不明の符丁については、誰かが話してくれないと、とは思うのよ。

中核派が戦闘同志会を通じて解同青年部で、解放派が奈良県連青年部の中でかなりの勢力をもってました。狭山のころです。青年の急進化と両派が自己否定と献身的な党派性によって、部落の中に食い込んだのは時代の産物なんだろうと思いますよ。
私みたいに障害者に向かっても「馬鹿」なんて平気に言ってた差別者は、両派にとっても部落の青年にも反革命も同然であったでしょうから、組織戦術と自己否定が被差別者の優位性を育てた面もあると感じています。
猫さん同様に(だと思うけれど)「差別されてりゃ、偉いのかボケ!」と叫びたくなることもありましたが、さすがにそこからの政治効果からの反撃には降参です。何も出来なくなるもんな。
これ、部落の話じゃないからね。

>大切なのはイデオロギーやスローガンではなく、現実にどうなったかなんですよ。

どうなったかじゃなくて、「なぜどうなったなのか」これから「どうしていくか」の志向性を持てるかの問題なんですが青少年、もう少し歴史をお勉強してから来るんだね。

まことさんを批判するには、もう一度学校に入りなおしたほうが良いよ。彼は私なんかより、はるかに良心的だから。

投稿: セクトNo7 | 2006年12月20日 (水) 23時02分

>>誰でもいいから暴露して欲しい。
それから中核が巣食う理屈も聞きたい。誰でもいいから。

目の玉がぶっ飛ぶような血税すするシステムはShiroさんコメントしてくれよ。

巣食う理屈はアッテンボローさんが良く知っているはずだ。だってなんだかんだで
>>部落解放同盟全国連合会
を断固支持しているんだから。

>>2006年12月 7日 (木)
部落差別書き込みを許さない

部落解放運動の領域を巡っては、92年に荒本支部を始めとする解放闘争を徹底的に闘ったが故に除名された人々によって部落解放同盟全国連合会が結成されている。私はこの運動を断固として支持する。闘う部落大衆とともに、差別者である立場からの自己解放を懸けて「差別を無くす学習から差別を無くす行動へ」という標語を自らの指針としたい。
(一部抜粋)

中核派のコマでしかないアッテンボローさんとはいえ全く見えていないはずが無い。
見えていないなら、味噌汁じゃなくて漂白剤で顔を洗うことだ。特に目の所は念入りにな。


なんだかんだでアッテンボローさんが組織のコマでしかないと今回の議論みたいなので見えてきたからな。賃金労働者として何でこんなにピントはずれなことしか言えないのかと思っていたが。。。
人間よほど優秀でなければ複数の組織のコマにはなれない。よくわかったよ。

投稿: K | 2006年12月20日 (水) 22時57分

>>大切なのはイデオロギーやスローガンではなく、現実にどうなったかなんですよ。

そうそうまさしくその通り。ただ戦前の団体には一定の評価をしている。

結局あれも内部分裂してしまったんだけどね。融和運動だって色々ある。糾弾オンリー、融和オンリーだけじゃだめだった。
西の本部団体はある意味そうでない2つの融合という側面があった。

だが今は右派左派ともの弱点が露呈してる。
左派は分裂とイデオロギーによる排他性、現場の暴走、右派は利権。もろに出ているだろ。

>>勉強ができずに居座ることになってしまった人に対してコメントありませんか。
家を出ることができない人間もいるんだよね。

ちょっとよくわからないんだが?

結論:本部組織には関わるな、東の組織も同じく。
関係者で企業舎弟ぽい人間、イデオロギーを背負った人間には特に関わらないこと。

投稿: K | 2006年12月20日 (水) 22時44分

大切なのはイデオロギーやスローガンではなく、現実にどうなったかなんですよ。まことさん、口先だけはいかに立派でも現実にうまくいかない事はマイナスです。
水平社の活動が差別を無くしたでしょうか? 実際には無くなってませんですよね。それはソの活動が効果無かったって事でしょう、それを他のせいにする、ま、この時点で、「効果無かった」事を認めてるわけですけどね。
だいたい、「部落vsその他」という戦いに勝利するという事自体無意味でしょう。だって、「その他」の人々の反感をかうだけですから。
「実際」そうなってますわな。

投稿: Silver_PON | 2006年12月20日 (水) 21時40分

誰でもいいから暴露して欲しい。
それから中核が巣食う理屈も聞きたい。誰でもいいから。

Kさん

言ってることはまっとうな感覚だと思うんだけど、勉強ができずに居座ることになってしまった人に対してコメントありませんか。
家を出ることができない人間もいるんだよね。

投稿: 招かれざる猫@畜群同盟 | 2006年12月20日 (水) 20時55分

俺は特措法は必要だったと思っている。70年代前半までの悲惨さはかなりのものだったらしいからな。
ただ今は2000年代だ。今はいらないだろあれは。かなり時代は進んだぞ。

投稿: K | 2006年12月20日 (水) 12時55分

>shiro さん
>>>ヤクザ構成員の6割が同和、3割が在日朝鮮韓国

在日は知らんが6割の方は多いとしても、かつての貧しく差別のあった時代の人間がそこに流れてそれだけの割合ぐらいになったとしてもおかしくないだろう。
調べてみたかったら警察にでも問い合わせか情報請求してみたらどうだろうか?ただすごいへこみそうだから、俺はやりたくないな。


>>中学時代の同級生や、先輩・後輩で、暴力団に入ったといわれる人間を探してみても、そんな数字にはならないんだけど。

あとな、普通は同級生や友達やら親戚とかにヤクザの構成員がいること時点が「一般人なら異常」なんだよ。そこを間違えちゃいけない。
俺の身内や「地域」に残った友人にも活動家(企業舎弟?)やヤクザに近いのがいる。異常なんだ。このこと事態が。おかしいんだよ

そういうのは異常なんだよ。

それが当たり前だと思ってはいけない。異常なんだ。自分の次の代にはそれとは縁のない世界に生きさせたいとは思うがね。

>>「はさみこみ」「○対」「テン」まだまだ、明らかにされていない、解放同盟の腐敗した構造を少しぐらい明らかにしてはどうだろうか?

断る。

構造的な腐敗みたいなものは散々オブラードに包んで警告しているが、詳細まではコメントはしたくない。多分知っているぞアッテンボローさんやトロさんとかは。

shiro さんがやったらどうだ?白ってまさか「白●」から来ていないよな。俺は「世間一般の意味での堅気」だ。一般市民だ。「堅気」ではない。悪いな。

「30年で15兆円」らしいが、そんな少なくないとは思うぞ。イカレてる。

>>あと、部落を出ることにそれほど批判するような運動って、どの地方の運動でしょうかね。

これは俺にふっているのか?アッテンボローさんへの問いじゃないか?

「地域」を出ることに関するしがらみは人間関係が基本で運動じゃないと言うことを書いておく。
俺の生まれは近畿地方のどこかだ。今は関東人。それ以上はいうつもりは無い。

投稿: K | 2006年12月20日 (水) 12時47分

>>履歴書の本籍欄

当時でも本籍欄はなかった。ただ実家の住所欄というのがある(実家が本籍でない場合の住所も書いて良かったらしい。後日談)。
昨年あたり研究室の解散会で大学生協によったが、履歴書は対して形式が10年位前とたいして変わっていなかったな。やっぱり履歴書内の内容は全部書かないと「詐称」とかがうるさい時勢だそうだ。今は。
それに工学部上がりは成績と出身研究室、研究内容がすべてでね。履歴書はおまけみたいなものだよ。

>>狭山闘争
知らないんだこれ。人権授業でならったのかもしれんが覚えていない。「地域」の人間が関わったらしい。大阪の狭山だと思っていたぜ。埼玉にもあるんだな狭山って。

>>指導部
水掛け論というか現実でね。「NO!!」と言っていた大量の同輩たちがどうなったかを知っているからな。
うちも「NO!」と言っていた口でね。「NO!!」と言っていた人間の大多数が「足抜け」または「子供だけを足抜け」させた。「足抜け」というのは戻れないから「足抜け」なんだよ。もう一度運動を!とかいう状況でないということは書いておく。
俺自身としても基本として永久に関わらないつもりだからな。

>>リアリティが現実感覚としてないんよ。

そうだろうな。東では正直ない問題だ。東じゃどうでもいい問題だ。だから素晴らしい。
特殊な問題だから圧力団体が跋扈し、利権ができる状況じゃない。名刺やバッチはヤクザと同列だ。
現実感覚のない、つまり日常に問題がない状態の素晴らしさというのを活動家や人権屋たちは軽んじているんだよな。

>>「市民」派
まことさんには悪いが一番信用できない「派」なんだよな

投稿: K | 2006年12月20日 (水) 12時39分

shiroさん

だいたいにおいて正論だと思います。
なお天皇制擁護で部落差別反対ということは理論的に成立しません。右派はそこをどう考えているんでしょうか。
また、中核は論理的にブッシュなわけだから去るべきです。彼らは自決ということを軽んじている。支援が完全に米帝なんです。

もう一つ。いろいろ詳しい方のようなので、Kさんに振るだけでなくぜひ詳細を教えてください。

久々さん

民族問題を同時に考えるのは非常に難しいです。
できれば「仰山板」で議論しませんか?
http://8243.teacup.com/tamo2/bbs

まことさん

ポイントは暴力性は不可避だということです。そのあたりはいろんな人間が言ってますね。デリダは正義は暴力だって言いました。批判法学
暴力革命の正当化もそこにあります。
国連というのは超越的な暴力でもって正義を保証しえないことが問題です。多国籍軍=国連軍は超越してないですから。

差別・区別というレベルも実はまだ浅い。
人間が差異化する生き物だっていうあたりを徹底して煮詰めるところまで遡行してから浮上するべきだと思います。
これはアイデンティティ、個性、オリジナリティなどが根源的な暴力であるということを示します。が、そういう差異が根源的であるということではありません。それらは暴力=差異化への意志が具現したというだけのことです。
生物学的な差異もまた既に暴力です。
男であること、人間であることは既に暴力なわけです。

線引き・境界の暴力性を総論として暴露しても無意味です。ここは、部落差別に限定して考えないといけません。全体を参照しつつ、一つ一つ丁寧に考えることによって可能です。

なお、「能力に応じて・・・」ということは既に暴力であり差別なんですよ。区別と差別のラベリングも空虚です。我々は何を譲歩し我慢するかとという合意の共有を考えなければならない。

部落差別においては、我慢できないという合意の共有に向けての枠組みを考えているということだと思います。

投稿: 招かれざる猫@畜群同盟 | 2006年12月20日 (水) 12時26分

久々氏

>ただ問題は、差別と区別のボーダーライン。
>コレが非常に曖昧です。

例えば、もし自分がある種のボーダーラインによって「犯罪率が多い層」とカテゴライズされた時、あなたはどう感じますか?

差別と区別というボーダーラインは確かにあるけど、「差別」「区別」という概念それぞれの中にもボーダーラインがあります。そして、そのボーダーラインによって人生が翻弄されることも。

ボーダーラインの持つ暴力性に、思いを馳せてみませんか?

少しおすすめの本を紹介。

・杉田敦・著「境界線の政治学」(岩波書店)
http://book.asahi.com/review/TKY200504190212.html

>(略)いまや人と人とを隔てる線はあらゆるところに引かれている。境界線は、民族や階級といった明瞭(めいりょう)な分界を示すだけではなくなった。錯綜(さくそう)する線が織り出すちっぽけな網目に、仮初めの寄辺(よるべ)を見出(みいだ)すしかない。それが私達(たち)の姿だ。

>合意に着目しても、対立に着目しても、境界線の政治からは逃れられない。アイデンティティを強調しても、差異性を強調しても事態は変わらない。

>同一性(共同性)への再帰に、混沌からの血路を見出そうとする政治哲学者、マイケル・ウォルツァーに対する、本書の批判は鋭く、そして重い。

>しかし杉田は、境界線の廃棄を気安く唱えるような楽観も許さない。

>例えば法は、確かに無数の線を引く。しかも、その線引きはしばしば権力の恣意(しい)に委ねられる。それを認めた上で、こう反問する。「それではわれわれは法なしにやっていくことができるのか」と。

>私達は線を引かずにはいられない。だが、自らが引いた線が何を排除したかを絶えず意識し、その線の妥当性を問い続けることならばできる。その可能性に賭ける本書は、ラディカルな政治学批判でもある。

(以上、宮崎哲哉氏の書評を引用。)

投稿: まこと | 2006年12月20日 (水) 09時02分

招かれざる猫@畜群同盟さんはじめ、何やら「新顔」の方達が増えているようなので、私の立場性について少し書いておきますけど。

私は過去現在とも中核派に属していたことはありませんし、シンパではありません。むしろ、中核派の思想・過去の活動には批判的ですらあります。
というか、党派組織に所属したことはありません。

いわゆる「市民」派と呼ばれる層に属する人間だと思って貰えれば結構です。

投稿: まこと | 2006年12月20日 (水) 08時46分

招かれざる猫氏

もちろん、お隣の国みたいな露骨なやり方は大反対ですが、韓国人は危険だとか思われるは当たり前ってことです。

在日に参政権を与えないのは差別、年金を与えないのは差別、総連への強制捜査は差別。
そう言うの、どうみても差別じゃないことまで差別というのはおかしいってことです。


shiro氏
ttp://www.youtube.com/watch?v=oBkjwmK6F6E

ながーいので。
四分四十秒くらいの所かな。だいたい。

>部落に暴力団が多いとか、解放同盟関係者に多いということは、ひとつには運動が腐敗していることに起因するわけだけど、それをもって、部落民全体に評価に結びつけることはできんでしょ。


同和を評価した覚えはあるが、部落の人間を評価舌覚えはないですいけど。
無論、先の動画にもあったが、悪いのは同和と暴力団。
”偏見を持たれる”のは仕方ないし、"怖がられても"文句は言えないってことです。
人間、先入観やレッテルという物はありますから。


久しぶりに書き込んだけど、またしばらくは来れないと思いますですー

投稿: 久々 | 2006年12月20日 (水) 02時13分

いつも斜め読みしかしないので、書き込むつもりじゃなかったけど、あんまし「トンデモ」な主張が出てきているので、ちと介入しちゃいます。
久々さんへ
>ヤクザ構成員の6割が同和、3割が在日朝鮮韓国
>人といわれてますから、この人々に対して偏見
>を持つなという方がおかしいと思いません?
その数字が事実であるという根拠は、きちんとしたものがあるのでしょうか?
中学時代の同級生や、先輩・後輩で、暴力団に入ったといわれる人間を探してみても、そんな数字にはならないんだけど。
部落に暴力団が多いとか、解放同盟関係者に多いということは、ひとつには運動が腐敗していることに起因するわけだけど、それをもって、部落民全体に評価に結びつけることはできんでしょ。(もうひとつの原因は、同和対策事業そのものにあるけど、その話は長くなるんで、、、、)
解放同盟内には、そうした暴力団を許容する部分もいるのは事実だが、その一方で暴力団や腐敗利権と闘う勢力も存在するのも事実。
旧くは、74年の浪速闘争があったし、それ以降も様々な闘いが存在する。
「左翼の人々」などという言い方をするが、解放同盟内で、こうした暴力団や利権あさりと対決しようとしてきたのは、左派グループであって、右派(民族派も含めて、様々な思想傾向の人々がいたわけだが)がそうした行動を起こしたという事実を聞いたことがないね。
付け加えると、同和対策事業の中には、固定資産税などの減免など、本来の目的達成にどれほど意味があるのか不明の施策が多くあったことは事実。しかし、部落問題解決に大きな役割を果たしたことも、事実だ。
事業以前。すなわち、1960年代までの部落は、きわめて劣悪な環境にあったことは、明白。だからこそ、特措法ができたわけだから。
例えば、大きな川沿いの部落であれば、ほとんど例外なく、部落の側の堤防が、対岸より低く、常に水害の被害を先に受ける構図があった。その他のインフラの普及状況でも、同じようなことが数多くあった。
生活苦の中からは、高校への進学率も低かったが、たとえ進学しても、その先の就職差別は露骨だった。どれほど成績がよくても、高校の進路指導で、「どうせ採用されないから、金融関係は受けても無駄」などという声を、担任の教師から聞くなどということも珍しくなかった。
それらを解消することに、部落解放運動と同和対策事業は、一定の役割を果たしたという事実をきちんと踏まえてほしい。
むろん、この間の不祥事やそれへの対応は、許されるべきものではない。例えば、大阪府連は支部長が二名も逮捕され、二名とも暴力団関係者であったわけだから、府連や支部役員の中に、暴力団関係者がどれほどいるのか、きちんと調査すべきだし、また暴力団との関係も明確にすべきだ。批判するからには、そうした具体的な基準を設けて批判すべきだろう。
奈良県連(川口県連)の対応も、同様に真摯に反省していると思えない。
Kさんへ
あなたは、部落出身者で解放運動の実態にもある程度詳しいようだが、それならもっと明らかにすべきことがあると思う。
「はさみこみ」「○対」「テン」まだまだ、明らかにされていない、解放同盟の腐敗した構造を少しぐらい明らかにしてはどうだろうか?
「はさみこみ」だけで、年間最低でも数十億の金が闇に消えているということを、知らないはずがないでしょうに。
あと、部落を出ることにそれほど批判するような運動って、どの地方の運動でしょうかね。
京都あたりだと、主だった活動家は80年前後に部落を出て、外で暮らしていましたよ。大阪にいたっては、そもそも部落の中に残っている人のほうが、はるかに少ない状況が70年代前半にはあったでしょうに。
部落を出ることに対して、それほど批判するような地域を、少なくとも私は知りません。県名ぐらい教えてもらえませんか?

投稿: shiro | 2006年12月20日 (水) 01時55分

セクトNo7さん

敬称が抜けました。他意はありません。

投稿: 招かれざる猫@畜群同盟 | 2006年12月20日 (水) 01時09分

セクトNo7

いえいえ、私も言葉が過ぎますから。失礼しました。
大阪で運動に足を突っ込んでいた人からいろんな話を聞けます。部落は一つのブランドです、ある意味では。
ただし、今後は状況がかなり変ることでしょうね。

中核のハイエナ的浸透も聞いてます。

久々さん

部落問題と在日あるいは民族問題は別にして丁寧に考える必要があると思います。
中国や韓国が糞だからとしても、半島大陸の反日者のような態度を取ることはいかがでしょうか。結局は同じになってしまうということもあるんではないですか。

皮膚の色の違いは生物学的に存在している。
でも「エタ」なんて な い んですね。ここは重要です。そのような「ない」もので差別する制度が作られた。そんな制度なくせばいいんです。
ただ、「ない」制度でいまだに見ようとする人間がいる。一方、そういう「ない」制度を理由に怠ける人間もいる。利権に巣食う弱い人間もいる。だから、やっぱりとなる。こういう忌まわしき無限循環を断ち切るには両者に一撃を食らわす必要があると思うんです。

両者同時が重要です。

投稿: 招かれざる猫@畜群同盟 | 2006年12月20日 (水) 01時07分

ちょっと熱くなっている所で、流れを見ずに。

差別は悪いこと。
コレは皆思っていることでしょう(KKKとかじゃない限り)

ただ問題は、差別と区別のボーダーライン。
コレが非常に曖昧です。
場所、時間によって変化します。


しかし、一般人から見れば左翼の人が言ってる差別は、基本的に区別と捕らえていいものばかりなんですよね。

一番分かりやすいので、韓国を例にしましょうか。
「日本人は韓国人や中国人を差別している」
差別の定番ともいえますが、
日本での犯罪率が高かったり、無茶苦茶なことを言い出したり(茶道、剣道、柔道はウリナラ起源とか、どんどん増えていく戦争被害者の数とか、日本人だからと言って殴るとかetc)
最近中国は結構まともになってきましたけど、韓国は変わりませんし。

つい先日、韓国人が教徒で神社を乗っ取って鳥居を撤去して刑事告発されてますけど、イスラム圏なら宣戦布告されてもおかしくない状態ですし。
(寧ろコレを報道しないマスゴミは本当に腐ってる。
 パチンコが北朝鮮の資金源のも出ないな。アメリカのマスコミは言ってるのに)

そもそも国民拉致したり、日本の領海に不法侵入して違法の器具を使って資源を掻っ攫ったり、日本の船に体当たりして死者を出すことを何度もやったり。
そんなことしている相手を、普通の人間と同じように見ろってのはどだい無理な話。

「韓国人は非常識」とか言われても、おかしくない。
現に世界的に「Oink」という単語が出来たりもした
(意味は自分で調べてみてください)

同和も同様です。
ヤクザ構成員の6割が同和、3割が在日朝鮮韓国人といわれてますから、この人々に対して偏見を持つなという方がおかしいと思いません?


人種とか文化とかそういうのではなく、全体的なモラルとして、区別されても仕方の無いことをしている人を”区別”するのですら、左翼の人々は"差別"という。

そういう事をしているから、色々といわれるのでは?

投稿: 久々 | 2006年12月19日 (火) 23時35分

書き方が悪く誤解されたかな?猫さんへ

>フセインもブッシュも「ノー」というのが本当のところなんだ。

基本的には私もそう思います。

>指導部が変るとか、まるで関係ない。

これによって部落解放運動がどうなるこうなるの話しとは、直接関係が無いと思ってます。ただ、あの組織でも下からの突き上げで「革命」があったというだけです。ことの正否と今後の展開とかには一切関係ない話です。
ちなみにこん界隈での私の中核嫌いは結構有名だと思ってますので、そこんところはご理解ください。

それから部落差別については東北では見えないんで、リアリティが現実感覚としてないんよ。で、本の中とか他人の投稿の中からしか知らないわけで、抽象的なことしか言えないんだな。
以上、最後の部分は言い訳になります。あしからず。

投稿: セクトNo7 | 2006年12月19日 (火) 23時25分

中核が糞なのは、連帯か人助けか知らんけど、そういうデタラメな口実で弱者ニッチ利権に群がるからだ。指導部が変るとか、まるで関係ない。

本当につくづく思考力がないというか、足りないというか、困った連中だと思う。

ブッシュはイラクを「救うために!」派兵してフセインを捕まえた。だが、イラクの人民の「ために!」その後も居座った。歓迎する人もいるだろうが、命がけで追い出そうとする人間も多い。フセインもブッシュも「ノー」というのが本当のところなんだ。

民族自決を謳う『場合』も少なくない。が、その論理は部落問題では決してかえりみられない。同盟はまだ地域ボス中心だから、その論理からは正当化される余地はある。が、中核は基本的にブッシュなんだよ。なぜ、それが分からないんだ?

アッテンボローさんは、地域共同体の保持ということを根拠にKさんに論駁していた。その論理とは、まさに中核「ノー!」なんだよね。なぜ、パラレルに考えないでご都合主義にパッチワークするかなぁ。

セクトNo7さんも、立派そうなことを言ってるけど、結局は本質を煮詰めていない。だから、やはり矛盾によってしか正当化されていない。
中核内の革命なんてどうでもいいのよ。中核はいらん。完全にいらない。そういうよそ者の導きは要らないんだよ。応援支援連帯という口実が不愉快なんだ。所詮、部落民は阿呆だから啓蒙して戦術やら理論武装やらを指導するのか?

阿呆は中核なんだ。思いあがるなよ。

分からんとか言い分けしてないで、もうちょっと頭を使って考えて欲しい。
もっと自分の本音の一番深いところを問うて欲しいと心から思います。

投稿: 招かれざる猫@畜群同盟 | 2006年12月19日 (火) 22時18分

しょうがない水掛け論みたいだから止めましょう。Kさん
ま、どうなるか希望的観測があるのか悲観論の現実となるのか、主体の側が問われているのだから「知らなかった」などというふざけた説明には、NOと言い続けるべきだと思います。

ところで依然あった履歴書の本籍欄のことですが、
15年位前の履歴書には本籍を住所並に書くスペースがあったけれど、13年位前から県名しか書くスペースはなくなったと思います。もちろん、部落差別の件で15年位前からは県名だけで良かったと思います。それ以前については、履歴書を書くことも見ることも縁遠かったので知りません。
どうでもいい部類ですが、気になっていたので書き添えます。

でも、あなたの情報の最近の部類の話を聞くと、狭山闘争が盛り上がった時代(年が分かるかな 藁)からは、本当に隔世の感がする。
自浄作用が出来ない組織は、存在するだけで犯罪的ではあるな。どんな組織でも言えると思うよ。

投稿: セクトNo7 | 2006年12月19日 (火) 22時02分

>>革共同全国委員会=中核派では関西を中心に「何らかの革命」がおこって旧指導部が打倒されたようですから。あの中核で起こったことが解同で起こらないなんて言えないと思いますよ。

本質を見誤っている。

中核派でも指導部が交替したら、下の組織はすべて従ったのか?別の派閥か集団ができたりしていないか?

実際に「本部組織」の指導部とやらも自らをコントロールできていない状態だと思うぞ。
西の組織は「食っていたつもりが食われていた」という状態だとは10年前くらいには聞いていた。「コントロールしているつもりが実は手のヒラで転がされていた」という状態になっていると思う。
さらに悪化していると思うぞ。

そもそも階級闘争やらを行う単なる戦闘集団と、犯罪と暴力のプロ(平たく言えばヤクザや闇世界)を抱え込む人権集団は同列に語れまい。

投稿: K | 2006年12月19日 (火) 19時55分

相変わらず確信的に懐疑派ですね。(苦笑
いや、kさんの読みが当たるかもしれませんが、可能性としてはまだあろうとは思うのよ。革共同全国委員会=中核派では関西を中心に「何らかの革命」がおこって旧指導部が打倒されたようですから。あの中核で起こったことが解同で起こらないなんて言えないと思いますよ。
なにせ、指導部に逆らったら粛清される場合も十分予測されるんですから、命がけの決起ではあったはずですよ。詳しくは知らないし、知っていたとしても書かないけれど、公式のインターネット情報だけの話ですけどね。

役所へのたかりの構図(利権)は何処の地域でも大なり小なりあります。そのための政治工作もね。部落解放同盟はそこに「差別糾弾」の錦の御旗を押し立てて、暴力と言う方便を使ったから余計に始末が悪いとは思います。罪悪感も部落解放の「正義」の前には、後ろめたさも感じなくなるんでしょうね。
確かに同和対策事業は社会資本を整備し、部落の内と外との格差を縮めた功績はあるでしょう。が、白蟻のように群がったのが今の現実なんでしょう。

ただ、差別は現にあるしその解消を目指す人々存在するでしょう。Kさんとは別の方法でね。私は個人としてどう生きるのかには口をはさむ気はないし、「こうあらねばならない」などと言えるほど偉くもありません。ただね、自らが「こうありたい」と言う人には、できる限り声援を送りたいと思うのです。横から揶揄や冷やかしが日常化しているのがインターネットの世界なんですがね。

大アマの夢想家の夢かもしれませんが、夢が無い社会よりはましだと思ってます。自らが差別者であることを自覚しつつ、差別されるのが嫌だから差別の解消を目指す。(出来るだけ)矛盾するようですが、人間なんて矛盾の塊だと思いますよ。
まだ、時々「さあ、ロドス島を目指そう」なんてこと、ロレツが回らないで喋ってます。(大笑い

投稿: セクトNo7 | 2006年12月19日 (火) 14時52分

>>全国連は(あまり言いたくないな)かなり党派的組織だと認識してますので、怖いから近づきたくないんですが(一般的な部落怖いと違うのよ)、どう組織を変革できるのか試されているんでしょう。もちろん解同もね。そして、全国委員会も。道は遠いと思うけれど

無理だな。

そんな内部変革起こそうとしたら、たぶん闇に葬られるか、借金ダルマにされてどこぞのエセが経営する企業舎弟で奴隷にされるかだろうな。

そんなんでも行動できる勇気のある肥溜めまで首まで使っている関係者、活動家、人権屋の健闘を祈りたい所だが。間違いなく逃げるだろうな。確実に。
どいつが肥溜めの中で溺死するか今駆け引き中じゃないのか?

投稿: | 2006年12月19日 (火) 00時40分

どうなのかな?差別と部落の問題と解放同盟(組織)をごちゃ混ぜに論じるのは、いささか疑問なんですよ。

もちろん奈良県の問題とかは「ナンセンス!」(怒)そのものなんですけれど。どなたかの言うとおり、(奈良の問題を)知らなかったのなら、無能そのもの組織を解体し自己批判すべきです。知ってて放置して他のならそれは犯罪です。
(刑法的な意味じゃないよ。)

たぶん、この点は皆さんの前提じゃないんでしょうか。たぶんまことさんも、解同のダメさ加減は十分知ってますよ。ですから、解同問題は次においても良いんじゃないのかな?

それから、猫さんへ
あなたの用語は難しくって私のような者には、難解すぎるので、何が言いたいのか理解不能の投稿が多いんですが、たぶん「理解できないのが糾弾の対象」になるんでしょうか?もう少し古い用語じゃなく分かりやすい用語でお願いしたいんですがね。
で、前衛って何のまじないの言葉?「私は見たことも食ったことも、まして見たことも無いけれど」でも、踏みつけたことはあったかもね。


全国連は(あまり言いたくないな)かなり党派的組織だと認識してますので、怖いから近づきたくないんですが(一般的な部落怖いと違うのよ)、どう組織を変革できるのか試されているんでしょう。もちろん解同もね。そして、全国委員会も。道は遠いと思うけれど

さて、議論も長くなってしまったけれど、アッテンボローさん、毎回最後の投稿までの見る作業もきついので、差別を許さない(3)で、中間的な感想でもいかがでしょうか。

と言っても、休みじゃないときついだろうから、今週末くらいでも良いかも?

で、立場せいについて一言だけ、
知らんもんは知らないし、私が敵だと思うなら撃つがよい。ただ、君らの射程は「敵は、誰だ。敵は殺せ。」この論理だけで生きられる人間は多いが、生き続けられる人間は限りなく少ない。

せめて希望がほしいものだ。
「人間に(じんかんに)光あれ」そこから出発するのも、再出発するのも、人それぞれ、前に進める議論を

投稿: セクトNo7 | 2006年12月19日 (火) 00時05分

ミーイズムについてはただ俺の見解を言っているだけなので、つっかかっているわけではないです(笑。

まぁなんですか、戦前の団体も戦後の初期のイデオロギーに毒されないころの団体というのは、ぶっちゃげて

「俺たちは同じ日本人じゃないか!同じ日本人として認めてくれよ!頼むよ同胞!」

という考えだったよ。死んだじいさん曰く。

だからそこの原点に返れば問題無いと思うし、何よりここ20年の自業自得で失ったものは時間が解決してくれると思うんだ。

正直在日とか、他のマイノリティ(?)みたいなものとつるもうとかやっている「兄弟」連や周りの活動家、人権屋はあの世でご先祖さま達に鼻でも殺ぎ落とされればいいと思っている。

もともと同輩たちのほとんどは異民族としてのアイデンティティは無い。もてというのは酷な話だ。「被差別民族」だというレッテルが永久に貼られるというのはあまり気分のいいものではない。

日本人である俺達を異民族と同列に扱う考えと、日本人でありながら日本人として扱われない考えとどう違うのか?

対して変わらないよ。「地域」に関わる活動家諸氏というのは、昔のご先祖さまたちを足蹴にしていた連中と対してかわらんな。
アッテンボローさんの見解を聞きたいものだ。組織とやらの公式見解じゃなくてな。

投稿: K | 2006年12月19日 (火) 00時02分

Kさん

ミーイズムは否定的に言ってないよ。むしろ、適度に健康的だという意味合いがある。
正確には「遠近法的倒錯」というのが我々の認識においては通常なんだ。地球の裏側も同じだって簡単に言う人間はただ単に不真面目なだけか足りない人です。
このあたりはマルクスも分かっていたようなんだけど、どうも左翼の人は理解できないようですね。

ただ、その倒錯認識を跳躍する力も我々は持っていると思うんです。これも、もうちょっと正確にはそう意志する力を持っている。
こういうせめぎ合いを見せることがない人間や党派絶対に信用できない。これだけは間違いないですね。

>変えさせられると思うほど、俺はそこまで偉くないよ

変らないだけでなく、今以上に固執させるでしょうね。人間てそういうところがあります。しかも、その粘着にはルサンチマンがべっとり付いているから困ります。
でもね、偶然もある。誰かの何かに付け加えることはできるかもしれない。

基本的に、全か無かの発想ではないということで。

Kさんの言うような空虚さや手応えのなさ、徒労感などはあるでしょうね。でも、収穫もあります。それが見えないことが多い。
チラシや日記でもいいんです。それでも気になってちら見する人もいる。ネットでの議論なんてそういうもの。拘束力もなにもない。だから、いいんです。

気に入らんかったら見なければいい。
そういうベースの脆弱さがいい。
私はリアルなら・・・粛清するかもしれんからw

投稿: 招かれざる猫@畜群同盟 | 2006年12月18日 (月) 23時24分

>>http://www.zenkokuren.org/2006/12/post_90.html

救いようの無さが現れているじゃないか。

書いた人間、編集している人間は、自分たちで生み出した「恐怖」というのに飲み込まれないよう必死なのか、全く見えていないのかのどっちかだな。

投稿: K | 2006年12月18日 (月) 21時24分

議論に遅れてしまったことを失礼します。

>>ミーイズム
あくまでも自分や自分の視野で話している。

「地域」の問題に関して言えば最大公約数の議論はできない。一つ一つが根の深い問題だ。100世帯いれば100世帯の状況がある。10の地域があれば10の状況がある。ただ単に思想一つ、思想の分岐で対処できる問題ではないということ。
これはどの問題でも言える事だが、「地域」の問題ではさらにこれが根の深い問題になる。目もくらむようなどうしょうもない現実に即していない、またはぶっ飛び過ぎ、現実と乖離している理想が結局は破滅をもたらしたというのは、あの共産主義諸国と「地域」では微妙に似通った所がある。

しかし
「元当事者で「地域」から完全に切れず、とはいえ個人的には「地域」とは全く縁のない生活を送っている。同様の人間、そうでない人間とも交流がある。」
という俺のスタンスはミーイズムでもぶっとんだ傲慢な考えにはならないと思っている。

>>本部組織の功罪

歴史を紐解けば功にもなるが、現実、現在だと罪しかない。

俺はエンジニアというか技術畑の人間だから「結果が大半」という考えが基本としている。「失敗している結果はどんな理論を用いても覆すことができない」という考えだ。

だから「功」もある程度評価するが
「生き物の死体を差別主義者と認定した対象者の家やその周辺の関係者、近所に投げ込む行為をはじめとする様々な嫌がらせを、左翼イデオロギーや人権啓蒙として正当化した」ということの副産物としての「功」でしかないと思っている。

猫や犬の死体を日常的に投げ込まれてみろ。奥さんや子供が普通に寝込むぞ。そういった行為を普通に正当化できるところが人権屋や活動家の怖い所だ。しかもそれを「一部の暴走」でかたずけられる所がな。

20年以上も失敗を繰り返しているんだ。20年もだ。すくなくない年月だと思うぞ。

>>「今こそ徹底して解放同盟こそを糾弾するしかない」

糾弾して改善はしないと思う。暴力団化している組織には糾弾は意味が無い。「対策団体」として潰すしかない。埋められるとわかって糾弾できる人間はいない。政府や公権力の力を借りるしかない。すでに手遅れだ。

>>党派

俺はそういうのにはほとんど縁が無いし興味が無い。

だが俺は技術職だ。大学院以来、徹底してディスカッションというのを叩き込まれてきた。今の仕事も技術以上に折衝や交渉の方が多い。
ラインに至るまでの過程だと、ライン現場の熟練工以上に海千山千の人間を相手にする。職歴が10年越えれば誰もがそうなる。そう言った人間たちをまとめるなり、説得なりして少しでも自分のアイディアや企画を組み込むのが仕事だ。

技術職同士のプレゼンやディスカッションなんて壮絶なものだ。経験の浅い連中なんてすぐに蜂の巣となる。だが技術職同士の討論は「最後には必ずまとまる、まとめる」という特性を持っている。それでものごとを前に進めるわけだ。

俺の幼少期の経験やここのブログに来て思ったが、「最後には必ずまとまる、まとめる」討論じゃないんだな、党派とか思想は。だから山手線議論になっても誰も変には思わないわけだ。

やってもつまらないし、相手をねじ伏せてもむなしさだけが残るような世界は俺は遠慮する。


>>kogomi さん
>>ただし、撤回はしません。ウソは付きたくないので。

それでいいと思う。
散々指摘はするが糾弾やらで変えさせられると思うほど、俺はそこまで偉くないよ。

投稿: K | 2006年12月18日 (月) 21時21分

本部(派)が悪い。一部が悪い。あそこが悪い。

マスコミが悪い。それに乗せられた市民が悪い。

一番悪いのはコレ
http://www.zenkokuren.org/2006/12/post_90.html

弱者ニッチ利権に巣食う下郎は断じて許さない。
沈黙する田舎ッペ貧乏団とバイト派遣連合は畜群党に集結せよ。利権奪取だーッ

分裂を画策し、「スキマ」で生き延びることしか考えない独善筋肉脳集団を徹底糾弾!!

投稿: 招かれざる猫@畜群同盟 | 2006年12月18日 (月) 18時12分

招かれざる猫@畜群同盟さんへ
こちらこそ、物解りが悪くて申し訳ありません。
会話が平行線のままだったことは残念です。

最後に、Kさんへ
いろいろ放言垂れたこと、お許しください。
ただし、撤回はしません。ウソは付きたくないので。
その上で、
>そもそも怒りとはなんだ?勝手に思い込まないでくれ。その怒りを子孫に持たせないために先輩諸氏は活動した。
>怒りを永続的に持続させたい同輩はイデオロギーにはまったのは事実らしい。
との御指摘、もう一度自らに問い返したいと思います。
ありがとうございました。

またROMに戻ります。
お騒がせしました。

投稿: kogomi | 2006年12月17日 (日) 23時19分

>徹底討論を行って意識変革をして貰うための物ですか
>ら。

>自己変革を懸けて

>不屈非妥協に闘いたい

>怒りの種火は絶やさないで欲しい

>根底的に転覆する以外にないと真面目に思っているの
>だ。

>それに負けない主体を築くことこそが大切なのだ。

>付き合いは解放運動の闘士ばかりなので

>みそ汁で面洗って出直してこいと言っておく。


☆ こけおどしはいい。
  また、アッテンボローさんでなくてもいい。
  誰でもいいから、言論において闘え。言い分けは見  苦しいだけでなく裏切りだ。

2ちゃんでは左翼の闘志?からは狙われていたから、全然気にしてない。どんな罵倒もOKだ。

ただ一つ条件がある。逃げるなよ。

いまだかつて、最後まで議論してくれた左翼は一人もいない。最後は「差別語!」で罵倒して捨て台詞だ。罵倒も差別語もOKだ。ただ、途中で逃げるのは困る。

投稿: 招かれざる猫@畜群同盟 | 2006年12月17日 (日) 23時02分

大坂仰山党の投稿も含め、招かれざる猫@畜群同盟(招き猫)さんが「差別」「運動」等の問題に対して、かなり根源的な問いかけをされていることは私なりに承知しているつもりです。

そして私があなたの投稿に対し、何やら奥歯に物が挟まったような物言いをしているだろうことも自覚しています。先に書きましたが、それは私の「ペルソナ」の為せる業なのかもしれません。

あなたから頂いた問題提起を今後も自分なりに考えてみようと思っています。

それでは。

投稿: まこと | 2006年12月17日 (日) 22時11分

まことさん

同じ壁の上を慎重に歩いた。かなり高い壁です。
その向こうに落ちたのが私で、こっちに落ちたのはまことさんということでしょうか。

ダブスタでも独善でも何でもいいんですよね。
要はそういうことです。

でも、かなり根が深いと思っています。

なお、kogomiさんに対しては私では役不足というか無理なようです。まことさんにお願いします。そういうことができるのがまことさんという人物。そういう人もいなくてはいけない。たくさん。

私はkogomiさんを壊しそうです。。すいません。

投稿: 招かれざる猫@畜群同盟 | 2006年12月17日 (日) 21時50分

明日から仕事の関係上、おそらく込み入った内容の投稿は出来ないでしょうから、最後に少し。連続投稿ご容赦。

結局、招かれざる猫@畜群同盟さんが言わんとしていることは、要するに"解放同盟が抱える矛盾・腐敗への批判に対して「『弱者』としての絶対正義」を対置させるべきでは無い、それはダブスタでは無いのか?"ということですよね。

そういうご指摘ならば、私も趣意には<同感>ですよ。
また、「過去の運動の成果」が「矛盾・腐敗」を正当化し得るものでもありません。

「全てを疑え」(マルクス)という視座は運動団体自身が自ら金看板とする「正義」性に対しても向けなければならないでしょう。

運動団体の場合、その「正義」性ゆえに、組織に対する真っ当な批判にも「運動への不当な攻撃者」「差別者」のレッテルを貼る傾向が無きにしも非ずですから。そういう意味では、営利企業などよりも厄介な一面もあります。

「今こそ徹底して解放同盟こそを糾弾するしかない」ですか。

私にはそこまで「ラディカル」なことは書けませんけど、真っ当な批判は甘受し、これを反省・改革の契機とすべきでしょう。批判を「攻撃」と受け止めたり、もしくは適当に受け流している限り、解放同盟が社会からの信頼を勝ち得ることは無いでしょうし、それは部落解放運動そのものの「歴史的正当性」に泥を塗る結果になるでしょう。

それにしても、いま「市民」派・左翼界隈のダブスタ性が厳しく問われている時代ですね。今日、テレビで北朝鮮帰還事業を特集したドキュメンタリーを見ましたが、拉致をはじめとする北朝鮮問題もまた、「市民」派・左翼のダブスタ性が露呈している問題です。「拉致異論」の太田昌国氏をはじめ、そうしたダブスタ性を批判する声はあるのですが。

それでは、またいずれ。

投稿: まこと | 2006年12月17日 (日) 19時52分

招かれざる猫@畜群同盟さん

>>>綱 領(1997年5月27日 部落解放同盟第54
>>>回全国大会決定)

>>わが同盟は、1922年「エタである事を誇り得る時
>>が来たのだ」との血の叫びのもとに創立された全国水
>>平社の歴史と伝統を継承し、すべての差別と闘う。

>これは価値の転倒であって、何の意味もない。こういうのをルサンチマンの一揆とニーチェは呼んだ。
>「日本人を誇る、女性であることを誇る」というようなことと本質が違う。「エタ」は人為的な『制度』である。虚構なわけだ。そういう装置を誇るという感覚は知性や論理の放棄でしかない。こういう煽りで得られるものは何もない。
>”Black is beautiful”とは位相が全く違うということが分からんのか。理念とはいえ、もう少し科学的であるべきだ。
>「エタ」への誇りとは、まさしくそれを捏造した相手の視線に取り込まれている。そもそも「エタ」など『ない!』んだから。相手の腐った地平に立ってひっくり返す必要などないにもかかわらず、そういうトンチンカンを平気でする。

私宛の質問に応えないままで申し訳ありませんが。

招かれざる猫@畜群同盟さんは、そもそも全国水平社の概念から否定してるということで宜しいでしょうか?

何だか、私から見れば貴方もかなり混乱しているように見えますよ。

投稿: kogomi | 2006年12月17日 (日) 17時29分

招かざる猫さん

>同盟はそういう「光と影」をあわせ持つ人や団体会社なども容赦せず追い詰めました。
>そこはどうなんですか。

これは自分達の「影」の部分を直視し得なかったことに起因するでしょうね。「無謬性」ですよね。

私は部落解放運動そのものに直接タッチしたことはありませんが、「弱者」性というのは他人を非難する際には「凶器」にもなり得るということは理解できます。

投稿: まこと | 2006年12月17日 (日) 16時37分

なんか「屁理屈」を並べましたが、端的に言えば「貧乏差別」ってことですよね。人間はある人が「貧乏」いうだけで差別することもあると思います。

「貧乏」から脱却するための方策-人々の差別意識の是正にはそれも必要でしょう。

投稿: まこと | 2006年12月17日 (日) 16時08分

直近の投稿(2006/12/17 15:52:10)は私のものです。名前を書き忘れてしまいました。

投稿: まこと | 2006年12月17日 (日) 15時58分

補足します。

私は

>同和対策事業なる物も目的は差別意識の撤廃ではなく生活水準の向上である以上差別の解決策でも無い。(AIMさん)

というように、彼らが置かれている経済構造の是正と「差別意識の解消」という問題を切り離して捉えることに疑問を感じます。

マルクス主義的な言い方になるかも知れませんが、人々の「差別意識」が抱く背景には被差別部落のルーツである近世部落の民衆が置かれてきた「生産諸関係」という「土台(≒下部構造)」に起因する「上部構造」という側面"も"否定し難いと思います。

(*もちろんそれだけが理由では無いのは、このエントリーでの投稿でも指摘したとおりです。)

近世部落民に対する差別の場合、彼らが人々から嫌悪される生業に就いていたいた事実も差別意識(「ケガレ」意識)を産み出した一因にあります。そして、近代以降は資本主義・近代産業社会の矛盾が被差別部落に色濃く反映されるようになり、それが近世以前の「ケガレ」意識と接続し、差別が拡大再生産される面があったと思います。

従って、人々の差別意識の解消には被差別部落の「下部構造」へのアプローチも必要でしょうし、同和対策事業にもそうした性格があったと思います。

差別意識の是正のためにも彼らが置かれている経済的構造の是正は必要であったし、部落解放運動がその為の政策的措置の必要性を主張したこと自体は誤りでは無かった-私はそう考えます。

投稿: | 2006年12月17日 (日) 15時52分

はい、私は功罪両面あると考えています。

それと、AIMさんへの投稿に限ったことではありませんが、私はAIMさんに「反論」したい訳では必ずしも無く、あなたの投稿を引用する形で私見を展開しています。ですから、「反論らしき」体裁になっていないのは、むしろ当然かもしれません。

投稿: まこと | 2006年12月17日 (日) 15時32分

まことさん

>私は全国水平社以来の部落解放運動は、基本的に被差別部落民に対する差別の是正に貢献したと考えております。

なるほど、ならばやはり貴方と私の間に接点がありませんね。
私は貢献度ゼロかどうかは断じていません、功罪考えた場合の結論において罪の色が濃いと判断はしましたが。蛇足ですが過去形ではなく現在形の問いかけでした。貴方は功罪は両方あると述べた時点でどうやら話を終えており、私は両方ある内で比べた場合はどちらの色が濃いかそしてそれは何故か、というコメントでしたから。

ただ一つ指摘させて頂くと、貴方のコメントはなんとなく言葉の印象だけで反論らしき体裁を整えているようで、その実明確な反論にはなっていないように見えます。私も初めは反論なのかどうか悩みましたし、Silver_PON さんや他の方のような受け止め方をする方が出る事が不思議とも思えません。

私とは別視点ながら招かれざる猫@畜群同盟さんらがその辺りは詳しく指摘していますし、私は意見がお互い反しない事が明確になった以上去る事にします。

投稿: AIM | 2006年12月17日 (日) 15時20分

真に、全国水平社の、解放同盟の精神と理論と実践を継承するのであれば、今こそ徹底して


解放同盟こそを


糾弾するしかない。運動家活動家をも一人残らずだ。
それが彼らの理論であり歴史であり事実であったと思う。


でなければ、すべて似非だ。
それしか、部落差別と闘ってきた歴史は教えない。

投稿: 招かれざる猫@畜群同盟 | 2006年12月17日 (日) 13時45分

まことさん

光と影、功罪、必要悪・・・そういう味噌糞議論は、結局「全か無か」の議論と同じです。

胃潰瘍の人がいる。なんとか治療したい。
でも、心臓は健康そのものなんですよねって、意味は全くない。胃潰瘍を治すこと「だけ」が重要です。

心臓の健康さは胃潰瘍そのものの悪化とは基本的には関係ない。

ただし、そういうものをグチャグチャにして考えるんだったら、そういう団体は要らないんですよ。

もし、自分の幼い子供が夜中に高熱を出したら必死で病院へ走る。救急車を呼ぶ。出来が悪いなら、さび付いた頭を使って一緒に足し算をする。イジメをしている節があったら、やはり問いつめる。で、どつく。
そういう当たり前のことをしない親が多い。何でもかばう=隠蔽することでないことにする。

最後に、同盟はそういう「光と影」をあわせ持つ人や団体会社なども容赦せず追い詰めました。
そこはどうなんですか。

もっと整合性というか、論理的というか、科学的にいきましょう。

投稿: 招かれざる猫@畜群同盟 | 2006年12月17日 (日) 13時34分

まっとうに考えるということ

「>> 私は全国水平社以来の部落解放運動は、基本的に被差別部落民に対する差別の是正に貢献したと考えております。」

このような事実を否定するのも馬鹿のやることだし、過小評価も科学的じゃーない。同様に過大評価もいけないというだけのこと。このあたりが冷静に認識できないあたりに運動の限界というか陥穽がると思います。

貢献してきた同盟は腐敗・ワガママ・ご都合主義が許されるのか、そういう問いを発しています。

何事も是々非々です。

「マンセー」という体質の病状悪化を問いたい。

身内・内部にも歪みやズレ、怠惰・馴れ合い、あるいはブレという「ゆとり・余裕」があるもんです。それに対する暖かい視線を同様に外部社会にも向けて欲しい。
なにゆえ、別の物差しを使うのか、と尋ねている。

そもそも本気で「共生」なんて考えているのだろうか。

絶対に許さない、その厳しさを外部にだけ向ける集団党派は異常だと認定せざるをえないんです。
そういう「マンセー」の激突が悲劇の舞台裏には『常に』あった。

外部に整合性を求めるなら内部に持て。
外部に厳格さを求めるなら内部でも育てろ。
外部「から」の暖かさを求めるなら内部「から」も暖かくしろ。

そんな幼稚園児でも分かることが分からないのはなぜなんだ?

解放同盟とはまさに日本の社会の典型なんですね。
近似類似ではなく、完全なる象徴としての解放同盟。

運動家とは我々自身なんです。

弁証法っていうのを知らんのか?

投稿: 招かれざる猫@畜群同盟 | 2006年12月17日 (日) 13時15分

Silver_PONさん

念のために言っておきますが、私は部落解放同盟の同盟員でも関係者ではありません。「自分に都合の悪い部分」という言葉をどういう意味で使っているのかが分かりませんが。

私の投稿が「解同のスキャンダルが見えてない」とのことですが、それはSilver_PONさんこそが私の投稿の趣旨が「見えてない」証左でしょう。私は「窓口一本化」や行政等との不透明な関係が、部落解放運動に少なからぬマイナス面を齎したと指摘しています。よく読んでください。

私が言うところの「全国水平社以来の部落解放運動は、基本的に被差別部落民に対する差別の是正に貢献した」について少し。

例えば、今日び「被差別部落差別など当たり前」などいう立場性・言説は、およそ「まともな社会的常識がある人間」のもの無いとされています。しかし、全国水平社結成以前の状況は決してそうではありませんでした。この日本社会において<出自で差別をするのは不当である>というコンセンサスを形成する過程において彼らの運動が果たした意義は評価されるべきです。

運動にしても何にしても、物事には「光」と「影」があります。
運動の「光」の部分ばかりに照射して「影」を直視しない視線は一面的ではありますが、「影」ばかりを見て「光」の部分を評価しない立場性もまた「スキャンダル」性に覆われた偏った見方でしょうね。

投稿: まこと | 2006年12月17日 (日) 13時12分

>> 私は全国水平社以来の部落解放運動は、基本的に被差別部落民に対する差別の是正に貢献したと考えております。

昨今の解同のスキャンダルが見えてないみたいですね。

見えてないのか、それとも自分に都合の悪い部分を無視しているのか、見えてないだけなら只単に愚かなだけですが、無視するならそれが極道の所業ですね。

投稿: Silver_PON | 2006年12月17日 (日) 12時52分

活動していた人から聞いた話です。

「荊冠旗」のバッジ?やバックル?みたいなグッズがあるんですか。そういうのを購入して、ちらちら見せると非常に効果的らしいですね。
役所では相手の顔色が急変しお茶がすっ飛んで来るw
組の者も黙る?!

うん、なるほど綱領の精神がしっかり浸透しているようですね。誇ってるんですか。

ヴォケか。
そういう方向へ後衛を導いてどうするのよ。罪深さを自覚して欲しい。一体、何をやってんの??

で、そのバッジどこで買えるんですか?

投稿: 招かれざる猫@畜群同盟 | 2006年12月17日 (日) 11時10分

沈黙の意味はいろいろあるだろう。揺れもある。
が、そういう沈黙を許さなかったのが糾弾だ。運動だったはずだ。

これでも抑え気味での発言です。かなり抑えている。私は基本的にしつこい。徹底する。だから、運動に参加したら、どの前衛患部に負けるとも思えない。だから非常に危険だと自覚している。いろんな意味で危険だ。
スターリンみたいになるかもしれん、そういう自意識の反動として言論に執着している面がある。

>綱 領(1997年5月27日 部落解放同盟第54
>回全国大会決定)

>わが同盟は、1922年「エタである事を誇り得る時
>が来たのだ」との血の叫びのもとに創立された全国水
>平社の歴史と伝統を継承し、すべての差別と闘う。

これは価値の転倒であって、何の意味もない。こういうのをルサンチマンの一揆とニーチェは呼んだ。
「日本人を誇る、女性であることを誇る」というようなことと本質が違う。「エタ」は人為的な『制度』である。虚構なわけだ。そういう装置を誇るという感覚は知性や論理の放棄でしかない。こういう煽りで得られるものは何もない。
”Black is beautiful”とは位相が全く違うということが分からんのか。理念とはいえ、もう少し科学的であるべきだ。
「エタ」への誇りとは、まさしくそれを捏造した相手の視線に取り込まれている。そもそも「エタ」など『ない!』んだから。相手の腐った地平に立ってひっくり返す必要などないにもかかわらず、そういうトンチンカンを平気でする。
患部にまともな知性の持ち主はいないのか?

>われわれは、人間性の原理に覚醒し、人類最高の完成
>のために突進する。

「全世界を異郷と思うのが完璧な人間」だとしなくてはいけない。そういうことをまるで何も考えない。ただただ、情緒的な熱狂で倒錯を叫ぶ。綱領まで変性意識状態での妄想を投影してどうするのって心配になる。

徹底した理論的検討もぜひしたい。

投稿: 招かれざる猫@畜群同盟 | 2006年12月17日 (日) 10時59分

AIMさん

>「解同の活動は結局の所差別解消に貢献しているのかいないのか?それが一番重要だろう」と問うているだけですから。

私は全国水平社以来の部落解放運動は、基本的に被差別部落民に対する差別の是正に貢献したと考えております。

ただ、彼らの運動のマイナス面(所謂「利権」問題や差別糾弾闘争面での行き過ぎなど)が部落解放運動および被差別部落民への「誤解」を与えている面はあるでしょうし、結果としてそれが衆目の彼らへの「偏見」へと繋がっている面もあるような気はします。

このような事を書くと他の方から「それは『部落はこわい』論だ」との指摘を受けるかもしれません。が、単なる差別扇動・誹謗中傷はともかく、「批判」には耳を傾けるべきだと思いますね。

投稿: まこと | 2006年12月17日 (日) 10時29分

>あ、ひょっとして、管理人さん目線とKさん目線を比
>較した時に、私が管理人さんの肩を持って過大評価
>し、Kさん目線を過小評価している、と、そういう主
>旨ですか?

そんなことはどうでもいいというのが当方の主張の根幹です。そういう是非以前の問題で壊れていることが重大なんです。

大変失礼だとは思うんですが、ここの議論はそういうことなんですよ。最も大事な部分を覆い隠したまま、あなたのように簡単に前に進んでしまう。
そういう鈍さが一番差別を生むのだと糾弾してきた当事者が鈍さ全開で虚空に妄言を放射して浮かれるだけなんです。

あなたの問題とは基本的に畜群の問題です。
あなたのような善良さで前衛は救われます。救われた前衛の陰であなたがたは決して救われない。しかし、なぜ救われないかは分からない。そして騙される。

実は、私の苛立ちとは前衛それ自体ではなく、後衛の鈍さ足りなさ弱さに対してであります。それがある限り前衛はほくそえむのです。許しがたいのです。

前衛の蔑視は実は我々にこそ注がれているんです。
阿呆スペックで導こうとする鬼畜僧侶階級こそを糾弾するときがきたんですよ。

投稿: 招かれざる猫@畜群同盟 | 2006年12月17日 (日) 10時17分

あ、ひょっとして、管理人さん目線とKさん目線を比較した時に、私が管理人さんの肩を持って過大評価し、Kさん目線を過小評価している、と、そういう主旨ですか?

投稿: kogomi | 2006年12月17日 (日) 03時21分

招かれざる猫@畜群同盟さん
…はっきり言って、何処まで貴方の主義主張に寄り添うことが出来るかわかりません。私が貴方の「指弾」に?????であるように、私もかなりトンチンカンでピント外れな返事しか出来ないようにも思います。

>同盟は、「外」を見るときと「内」を見るときの目線が違うんですね。外の人間が嘘をつくのはいけないけど、内の人間はかまわない。そういうのはいけないと言いたいんです。

そうですね。同意します。…としか言えないです。

投稿: kogomi | 2006年12月17日 (日) 02時48分

困った人ですね。さっき、仰山板に書いたので転載します。

(1)
>いろんな目線があるっていうことなんか当たり前のことです。その多様性の妥協点なり、一致点なりを考える以前に目線を使い分けられるのでは困るということを言ってるんですよ。

?????
ごめんなさい、私にはよく話が見えていないようです。
多様性の妥協点や一致点を考えるのに、いろいろな〔目線〕を検討することのどこがいけないのか?

(2)
>「ヒエラルキー」で分からないんだったら、「差異(性)」ということで考えてみてください。
?????

まず、(1)についてです。
解放同盟に差別の糾弾をされて「知りませんでした」というようなことを言ったら、それこそ烈火のごとくボコボコになるまで詰問→総括させられたんです。
「知らない」ということ自体が大きな罪なんです。どういう行為・言動が差別になるか、知らないで済んだことはないはずです。もちろん、分かってて「知らない」はもっと罪深いことになります。
しかし、その解放同盟はいまだ「知らなかった」としている。そして、知らなかった責任だけしか取る気配はない。活動を全面的に自粛するとか、そんなことはどうでもいいんです。この「知らない」ということを問題にしてきたのは、彼らの理論の中核をなすはずなんです。ですから、自分に火の粉が降りかかってもそういう態度は取ってはいけないんです。

同盟は、「外」を見るときと「内」を見るときの目線が違うんですね。外の人間が嘘をつくのはいけないけど、内の人間はかまわない。そういうのはいけないと言いたいんです。
このあたりは、精密さが必要なところです。私は遠近法的倒錯認識ということを言いますね。我々は自分に近いものを大きく見るんです。だから、身内に甘いというのは至極当然なことであるとも言えるんです。しかし、そういう態度を「外」が取ったら徹底して糾弾してきたのが同盟なんです。
自分たちが身内に甘いんだったら、他の人が身内に甘いのを当然とするのがまっとうな人間の頭です。身内にも厳しくするのがいいのか、身内には甘くてもいいのか、そのどちらがいいかという問題ではないんですよ。解放同盟は自己矛盾なんです。今現在、そればかりです。運動も同様です。

目線の比較検討は次の問題です。

そういう整合性を自らに課すというのは非常に難しいことです。でも絶対に必要です。
だから、私は奇麗事ばかりを言いません。我慢することや譲歩することもいつも同時に考えます。国家権力が象徴(歌旗)で内面へ刷り込み管理支配するのには反対です。しかし、市民国民が退廃する方向へ向かっていることも事実です。そういう歌旗+愛国による管理支配より、監視カメラの無機質性を取ります。

そういうことを考えない左翼の言論はすべて馬鹿サヨ認定です。

整合性のないものと一致点や妥協点は見出せません。
何しろ、その「点」が大きくぶれるわけですから。

とりあえず、(1)に関して。理解してもらえたでしょうか。

投稿: 招かれざる猫@畜群同盟 | 2006年12月17日 (日) 01時10分

>招かれざる猫@畜群同盟さん
直接関係の無い話であれば、お断りします。

投稿: kogomi | 2006年12月17日 (日) 00時48分

kogomiさん

問い合わせの件、部落差別やここのブログとは直接関係ないような展開になりそうです。個人的にも、あまり論点を拡散させたくないんです。肝心な点なので。

で、仰山板においでください。
あそこでは何でもありで許してもらえるでしょうし、他の方のコメントも参考になると思います。

投稿: 招かれざる猫@畜群同盟 | 2006年12月17日 (日) 00時40分

招かれざる猫@畜群同盟 さん

>いろんな目線があるっていうことなんか当たり前のことです。その多様性の妥協点なり、一致点なりを考える以前に目線を使い分けられるのでは困るということを言ってるんですよ。

?????
ごめんなさい、私にはよく話が見えていないようです。
多様性の妥協点や一致点を考えるのに、いろいろな〔目線〕を検討することのどこがいけないのか?


>「ヒエラルキー」で分からないんだったら、「差異(性)」ということで考えてみてください。
?????

投稿: kogomi | 2006年12月16日 (土) 23時32分

kogomiさん

>黙る人間が、叫ぶ人間より尊いとは限らない。

誰もそんなことを議論してない。
深い人ですね。Kさんも人が良すぎるw

「ヒエラルキー」で分からないんだったら、「差異(性)」ということで考えてみてください。
人間とは差異に執着するもんだよ。

個性とかアイデンティティとか、そんな言葉でも言われることでもある、大雑把には。
そこへ、金や社会的地位やらいろんなものがまとわりつく。そういうのが人間なんだよ。
それがないとすると、もう絶望しかない。でなくて、そういう人間の本質悪というか原罪というか、それをどう超克するかという方向で考えることもしないといけません。できないという立場も当然ありうるでしょう。

Kさん

>削除せずにコメント載せられる所はアッテンボローさ
>んには感謝したいとこだ。

御意
これがすべての基本ですね。でもこの基本が守られていないことが世の中多すぎです。

>自分自身の作り出した「恐怖」の逆襲をくらっている
>んだ。

>これの「恐怖」の前には理想論なんてぶっとぶんじゃ
>ないか?

まるで、そういうことはないかのように進んでいる倒錯が怖いw

読解とは、書かないこと・言わないことをどう読むかですね。

投稿: 招かれざる猫@畜群同盟 | 2006年12月16日 (土) 23時01分

kogomiさん

>目線

そんなことどうでもいいんです。所詮、我々は遠近法的倒錯認識しか手に入れられない。地球の裏側も同様に知覚し認識できるようにできていない。

その目線が恣意的に使い分けられることが最も困るのですよ。あなた、私の話を聞いてましたか?

いろんな目線があるっていうことなんか当たり前のことです。その多様性の妥協点なり、一致点なりを考える以前に目線を使い分けられるのでは困るということを言ってるんですよ。

kogomiさんの善良さはよく理解できるのですが、全くポイントが分かってないとしか思えません。

実はね、そういう整合性への意識からKさんの姿勢は出てきていると判断しています。整合性に責任を持てない。そういう確認から、「あえて」ミーイズムという立場に固執するんだと思っている。

ひねくれの指摘は簡単だ。洞察とは、その背景なり動機なり覚悟なりを見るということです。
読解とは常に書かれていないことを読解することです。

左翼は軽い。思考も認識も軽い。その軽さは一種の熱狂による変性意識状態だと思う。「重い」んだという自負による熱狂が軽くする。スローガンの連呼は思考を停止させ、体を熱くする。脳を筋肉に変える。

アッテンボローさんは
実は、そういう問いをしっかり受け止めていてくれているんだと思っています。それが沈黙の読解です。

カント的な意味での「批判」が言論には必要です。誰の目線がいいとか、的を得ているとか、そういう問題に変容させて欲しくないんです。

大変失礼なことだと思いますが、もう少し考えていただけたらと思います。これは決して「黙れ」ということではありません。むしろ、逆です。

私は、あなたの発言の直前に煽り・挑発をしています。
あなたが私を避けたという事実が、私のあなたに対する読解の中心にあります。

あなたは私にこそ全力で反駁、あるいは問いかけて欲しかったですですです。。無礼容赦

投稿: 招かれざる猫@畜群同盟 | 2006年12月16日 (土) 22時47分

>>別の差別を持ち出し、その中のヒエラルキーの上部に上り詰めることで、部落差別を克服したかのように勘違いしてないか?

良く俺のコメントを読んでくれ。まだ俺の「戦い」は終わっちゃいないんだよ。
庶民にもヒエラルキーってあるのか?それは知らなかったな。

投稿: K | 2006年12月16日 (土) 22時30分

>>kogomiさん

どうもkogomiさん。「もう来ない」と言った時はは相当頭に血が上っていた(苦笑)。
削除せずにコメント載せられる所はアッテンボローさんには感謝したいとこだ。

俺は当事者目線の一部を提供しているにすぎない。
「地域」から抜け出した当事者としては、ほどほどの成功例だとは思っている。運動家視線よりは当事者に近い視線だとは思っている。
ただ、その視線は「同輩」たちのものであって、「兄弟」たちの物ではないことは書いておく。

>>「奈良県連、及び本部に乗せられている公式声明」

多分本音は。

「行った行為には謝罪しない。しかし、政府当局から弾圧される口実を作ったことには謝罪する」

だと思うな。腐っているよ。

だが当事者本体もそうならざる得ないだろう。それは「恐怖」のためだ。自分自身の作り出した「恐怖」の逆襲をくらっているんだ。
利権が消滅すると、首つる羽目になる人間は関係者含め少ない人数ではない。

その「恐怖」は色々な場所に出ている。一部は弱者のために使う金にも食い込んでいる。


例として
関西最大の都市ではホームレスの問題がある。ここに時々出入りしている「旗旗」管理人、草加耕助さんも関わってい問題だ。
そのホームレスのいる場所の近くには「地域」が存在しているはずだ。市の税金のかなりの額がその「地域」に投入されているはず。だがそれについての記述をみたことがない。

気付かないはずないから、多分書かないのは怖いからだろう。

指摘したらあの地域ならどこに沈められるか埋められるかわからないからな。これの「恐怖」の前には理想論なんてぶっとぶんじゃないか?東の組織よりこわいんだろ、あの地域のヤクザは。

投稿: K | 2006年12月16日 (土) 22時26分

ただ、それでも私はKさんの肩を持つことは出来ません。

例え、彼の真意が今の解放運動に対する糾弾であったにせよ。
活動家に対する不信の発露であったにせよ。


>日本人と言うカテゴリに入ってしまえば気にすることはない。これ重要だぞ。
>俺は多民族共生なんて信じちゃいない。でも一つの国家に住む一民族てことによりまとまることで、嫌な思いをしなくて済む集団がもいるってことだ。左翼イデオロギーの集団が排外的差別主義を促進したのは事実だ。

管理人さんが一番上で書いている
>>>かつて日帝が植民地を獲得しアジア侵略戦争を遂行していた時代、被差別部落民が大挙して満蒙開拓団などに応募した。
との発言と対を成す概念ですよね。

「不幸にして」大東亜共栄圏構想は破綻してしまったけれど、成功してればきっとその世代が「足抜け第1号」になってたのでしょうね。


私としてはKさんに対し
>「意趣返し」
という言葉をそのままお返ししたい。
別の差別を持ち出し、その中のヒエラルキーの上部に上り詰めることで、部落差別を克服したかのように勘違いしてないか?

もちろん、他に方法がなかったと言われれば私には返す言葉も無いけれど。
なるほど、必死になっている人間は黙るかもしれない。
でも、言い方は悪いが空き巣に入るドロボーだって、その仕事をやり遂げようと必死になったら、黙る。
黙る人間が、叫ぶ人間より尊いとは限らない。

投稿: kogomi | 2006年12月16日 (土) 22時26分

次にKさんに。

「もう来ない」と宣言していたにも関わらず、きちんと戻ってきてくれた事を嬉しく思います。

〔Kさん目線〕から述べられた現状評価は、これまでの私の先入観とか概念を覆すものでした。
違った目線の存在を教えてくれたことは心から感謝しています。

正直なところ今は〔北海道目線〕にしかなっていない私にとって、〔アッテンボローさん目線〕が正しいのか、それとも〔Kさん目線〕が正鵠を得ているのか、は解らないです。単純に〔活動家目線〕と〔庶民目線〕かもしれない。けれども、私的には「実は〔西日本目線〕と〔東日本目線〕の違いかもしれないし、〔開発職目線〕と〔外交員目線〕の違いかもしれない…」などと思ったりもしますが、少なくとも違う目線の存在を知れたことは良かったと思います。

投稿: kogomi | 2006年12月16日 (土) 21時35分

みたびお邪魔します。

まず、管理人さんへお礼を^^

病態的に厳しいこの時期、以前の記事で触れられていた
2006年9月13日 (水)付けの
“コメント及び記事についての方針変更”に表れている状態であったにも関わらず、
ここにこうして討論の機会・場所を設けていただいたことを感謝します。
多分、一部の左翼崩れの人たちの自己満足で終わらない突っ込んだ議論になったのは、ここが初めてではないでしょうか?(違っていたらごめんなさい。)
討論どころか、黙って見ていて「応答責任」のカケラも表さなかった私ですが、本当にありがたいと思っています。

話の展開が四方八方に広がってしまい、管理人さんもコメントを付け難いと思いますが、この場を仕切れるのは文字通り「管理人」しか居ないのですから、皆の期待も(良かれ悪しかれ)大きいのだと思います。

大変だと思いますが、…と言いつつプレッシャーをかけてしまい申し訳ないのですが… 管理人さんのペースで構わないので、ゆっくりまとめてみて欲しいと思います。

投稿: kogomi | 2006年12月16日 (土) 21時21分

教育基本法「改正?」を撃つ論理の本質について

アッテンボローさん

>さて、部落その物を地域として消滅させるべきであっ
>たと言うが、人間は共同体の中で生活しているのだ。
>地域の繋がり・付き合い・絆によって生かされている
>面が多々ある。

うん、確かにそうかもしれない。でも、そんなことはどうでもいいんです。どうせ、ご都合主義だから。
愛国心の正当化とは、まさにそういう共同体の善意を無条件に前提させることなんですね。
いいや、違うんだって言うんだったら、かなり精密な議論を展開して欲しい。

サイード「オリエンタリズム」
>「故郷を甘美に思う者はまだ嘴の黄色い未熟者であ
>る。あらゆる場所を故郷と感じられる者は、すでにか
>なりの力をたくわえた者である。だが、全世界を異郷
>と思う者こそ、完璧な人間である」(アウエルバッハ
>の引用する聖ヴィクトルのフーゴー)。

この文句は柄谷がさらに孫引きして有名になったと思う。サイードはパレスチナとイスラエルの終わりのない血みどろの争いの出口として、こう考えざるをえなかったのだろう。

「全世界を異郷と思う完璧な人間を目指せ」、こう左翼は言わなくてはならない。活動家はこれしか口にできないはずだ。理論的に考えると実はこれしかないんだから。
昔、「民族という名の宗教」(なだいなだ)という本があった。一緒だ。

愛国を正当化する論理で共同体擁護。
そういう破廉恥はどうなんですか。

共同体を擁護するなって言ってないですよ。
嘘、インチキ、デタラメ、自己矛盾、ご都合主義・・・それは要らないとだけ言いたいのです。

後衛は馬鹿ばっかだと思っているんだろう。でなければ、こういうトンチンカンばかりやってるわけがない。

前衛とは実は後衛蔑視なんだ。
スローガン連呼の前に自己啓発だけしとけ、ダヴォが。

そういう馬鹿サヨが基本法を変えさせた。
許さんよ、似非は。

求む、精密な理論闘争

投稿: | 2006年12月16日 (土) 17時34分

「奈良県連、及び本部に乗せられている公式声明」に関して

>約12年間、そのような行為を把握できないまま古市支
>部支部長として容認し続けてきたわが県連の不明を恥
>じ、また今から約5年前には、県連統制委員に就くこ
>とまで許してしまった執行部の不明もまた十二分に恥
>じなければならないと思っています。

>今年度も、特別措置法失効後の各支部の活動や組織の
>状況を厳しく点検すべく、8月29日から9月10日ま
>で支部巡回指導を行い、大阪や京都と類似の問題はな
>いか、同盟員の「エセ同和」行為や不正行為等がない
>かといった点についても、調査・点検してきたところ
>であります。

以上問題点(1)

>わが県連では、約10年前より「両側から超える」とい
>うスローガンを打ち出し、差別の壁を乗り越えていく
>ために、むしろわれわれ自身の側のいたらなさや反社
>会的行為をこそ積極的に変えていこうと努力し続けて
>きました。

以上問題点(2)

この二つの嘘を公のものとしていることが絶望的なんです。

(1)その地域では有名で誰もが知っているような事実を平気で知らなかったと言い張る、この無神経さ。糾弾というものは、こういうことこそ指弾してきたんではないのかと問うている。
今後、同盟の糾弾には「知らない」で押し通せばよい。そういうことが解放同盟自体から学べることだ。
ただ、知らなかった責任は取ろう。最後の最後に逃げられないことが分かってから、知らなかった責任を取ろう。これも解放同盟に学ぶことだ。

(2)謙虚に努力してきたことも必ず付け加えよう。自浄努力を欠かさなかったことを強調しよう。自分たちこそが悪いとずっと思ってきたたのだと弁明しよう。これも同盟から学ぶべき態度である。

最後に、嘘を平気でつき続けるということを徹底することを見習おう。

いや、嘘じゃーない。本当に知らなかったんだ。もし、そうなら解放同盟は社会悪だ。誰もが知ってるような事実が分からない組織なら要らない。

自分たちこそが変わるべきだと思ってきた。それも本当だとしよう。決意なんていい加減でいい。そういうことだ。実効力とか結果なんてどうでもいい。そんな団体は要らない。

自分が悪いことが十年前から分かっていて反省して変えようとしてきた。が、こういう結果になった。確かに、そうなんだろう。だったら、そういう「似非」は未来永劫にわたって要らない。

嘘であっても事実であっても、自らの過去と現在と未来を完全に否定するような声明を公式に謳いあげる団体は要らない。

反論を請う。。。

投稿: 招かれざる猫@畜群同盟 | 2006年12月16日 (土) 16時58分

>>部落解放運動

今まで差別してきた人間たちへの「意趣返し」に利用した側面を理解しないことには根本的なところは見えない。
人間の憎悪が直接運動に吸収されたことを活動家諸氏には見えなかった。
というより自らの内紛で、根本的な問題が見えくなっているだけだった。

教員なら、あれに少しでも関わった教員たちは、教育界から永久追放すべきだ。
無自覚でも救いよう無いが、自覚あってみてみぬフリしてきたなら確信犯だ。被差別民の「意趣返し」の先鋒を担ってきたんだ。そして今は差別を温存し、助長させている。まさしく人間のクズだ。

投稿: K | 2006年12月16日 (土) 15時48分

Kさん

なるほど、随分昔は評価されるべき面もあったと。裏を返すと現在は一体何をしているのか疑問が沸きますね。日中友好とか天皇の戦争責任追及に関する事柄も活動内容にありますが・・・、は?
もしかすると私は根本的な誤解をしているのかもしれません。興味も湧いてきたのでもう少し色々探してみます。


まことさん

私は組織腐敗の原因をめぐって責任をなする相手を探しているのではなく、あの組織は悪い組織だと言っている訳でもありません。悪者探しには興味が無いので。
彼らの活動においてプラスマイナスを比べた場合、総合的にはマイナスではないかと論じたにすぎません。

ですから「いや、腐敗の原因はそっちにもあると思う」、と言われましても困るのですが。
裁判をしている訳でもありませんし、
「解同の活動は結局の所差別解消に貢献しているのかいないのか?それが一番重要だろう」と問うているだけですから。

「結果は○○と見える。」に対して「でもそうなった原因は◎◎ではなかろうか。」と返されても「?。結果は○○で間違いないよね?」となるように、コメント同士に接点が無いのです。
私のコメントを通して別の人に当てたコメントならば失礼しました。

投稿: AIM | 2006年12月16日 (土) 15時48分

声を上げると明らかに「反感を買う集団」が声を上げ、そうでない「声を上げるべき集団」は沈黙している。

「声を上げるべき集団」は声をあげることで、「反感を買う集団」が寄り集まり、声を上げた内容が変質することを恐れている。

最悪なのが「反感を買う集団」曰く

「声を上げるべき集団」=「反感を買う集団」

だとのたまっていること。これが問題をなおさらこじれさせている。

「反感を買う集団」が「声を上げるべき集団」の行動を自ら積極的に無自覚に封じていることを気付かない限り、問題は解決しない。
だが運動依存症に陥っている人間にはそれが見えていない。リレーハンストして(そもそも短期の断食にそれだけの意味があるかも怪しい)問題が解決するなら、水だけで2週間くらい耐えれるという人間はたくさんいるだろう。

運動は抗議の手段以上のものではない、解決の手法とはなりえない、ということに活動家や運動家、協力者諸氏にはわかっていない。

投稿: K | 2006年12月16日 (土) 15時37分

招かざる猫さん

>一番の後衛が覚醒しないといけません。施しではなく覚醒!

「前衛」「後衛」という言葉は正直言って好きく無い(笑)のですが、まあ仰る趣意は分かりますし、同感ですね。

左翼なり「市民」派なり、まあその辺が展開する運動が「声なき声」を捉えきれていない。「自分達がワーキング・プワなのはおかしい。だから選挙では小泉自民党に投票しよう、『美しい国』をマンセーする」-そんな感じでしょう。

ワーキング・プワにとっては、例えば旧総評ラインの労働運動なんかが「特権階級」の利益擁護運動として映ってしまっているのでしょう。

労働者という「弱者」、被差別層という「弱者」。
「弱者」の権利擁護を掲げた運動が、<運動の無謬性>への「信仰」ゆえに、本当に社会の「底辺」で苦しんでいる「弱者」から憎悪さえされる状況。

「覚醒」のためには「なにをなすべきか?」を、考え抜かねばなりませんね。

投稿: まこと | 2006年12月16日 (土) 01時48分

>高圧的に接したり暴力事件を起こしたりと他者からは係わり合いたく無い連中、恐い地域」との印象を持たせたり、利権に溺れて「ああやっぱりな」と眉を潜められたといったマイナス効果(AIMさん)

部落解放同盟がそういう「マイナス面」を抱え込んでしまった背景には当該団体自体の「構造」も去ることながら、日本社会が部落解放同盟&部落解放運動を「アンタッチャブル」として扱ってきたことにも一因があるのでは無いかとは思いますね。

つい十年ほど前までは解放同盟批判は殆ど「タブー」でしたから。批判していたのは共産党・(旧)全解連くらいしかありませんでしたし。まあ、共産党・(旧)全解連の解放運動論やセクト主義性もどうかな、とは私は思っているのですが。

>同和対策事業なる物も目的は差別意識の撤廃ではなく生活水準の向上である以上差別の解決策でも無い。(AIMさん)

部落解放運動というのは単なる「人権啓発運動」ではありませんでした。社会の偏見の眼差しの克服とともに、<差別に起因する構造的貧困>からの解放-そういう一面があったことを踏まえるべきだとは思うんですね。そして、差別を是正する過程においては、被差別層を法的に「特別扱い」する政策も必要ですし、それは海外でも為されていることです。

ただ、部落差別関連の場合、前にも書いたように一般市民の目から見れば不透明かつ不信を招く側面があったことにも問題があるように思います。例えば、「窓口一本化」などはその典型例でしょうね。

投稿: まこと | 2006年12月16日 (土) 01時01分

Kさん

>まだ俺自身の「戦い」みたいなものはまだ終わってい
>なくてね。

>後衛とやらへの参加は相当な未来のようになるよ。少
>なくても本部組織がなくなってそれから10年以上たっ
>たら参加してもいい。

あなた自身の戦いなんて終わらないでしょう。そういうもんだと思いますよ。むしろ、そういうものを抱えたままがいいとも言えます。同様に運動体そのものも激変は無理かもしれませんね。

前衛が苦々しく思うような寄り添いを後衛へ。
余裕かましつつ、そっと背後で「ちゃうちゃうw」って。そんなんでいいのと違いますか。

でもね、Kさんは後衛を罵倒してくれるんじゃーないかと思う。「ダヴォか、しゃきっとせんかい」
前衛なんて罵倒しても無理っぽい。何しろ快感原則だからね。アホ草ってしらーっと視線を送ろうかな。

最後に「応答責任」
responsibility
Kさんも十分応答してる。応答がないのが一番困るっていうことを確認しておきます♪

投稿: 招かれざる猫@畜群同盟 | 2006年12月15日 (金) 21時59分

>>招かれざる猫@畜群同盟 さん

まだ俺自身の「戦い」みたいなものはまだ終わっていなくてね。

後衛とやらへの参加は相当な未来のようになるよ。少なくても本部組織がなくなってそれから10年以上たったら参加してもいい。

>>AIMさん
当事者意見だと本部組織が役に立ったとするなら60年代まで。特措法が制定された辺りまで。それ以降は80年代前半まで活動内容は劣化し、その後差別を助長するのに転じていると思う。
特措法が制定されるまでの圧力団体として、根強い差別にビンタをかますための暴力団体としての意味はあった。
ただ、それが圧力のための圧力、暴力のための暴力となった時点で差別解消の運動体としての功績はほぼない。利権団体となった今ではその片鱗すらない。現場レベルのピンとの外れた考えとやらは小中学生くらいでも異様と思えるくらいだったからな。


70年代前半:矛盾と腐敗を抱えつつも差別撤廃と地位向上にはある程度役に立ってきた。
70年代後半:もともとあった腐敗が顕著に行われるようになる。
80年代前半:特別措置法が延長されたこのころには末期的状況を呈した。
80年代後半~現在:バブルの影に隠れて見過ごされ、90年代の不況は別の意味で見過ごされたがこの時点で腐敗は再起不能の状態になった。
2000年以降:すでに内部では解決不能。広域暴力団に自浄作用を求めるようなもの。

という感じだと思う。

しかし運動体に属する活動家がなぜ「足抜け」を支援しなかったのか(この面では役人の方がはるかに役立った)不思議なところだ。

解決法は西の本部組織を東の組織と同じ対策団体にしてしまえばいい。

すでに本部組織の「交渉」は総会屋と同じだと認定されかかっている。これ以上本部組織の系列を組む緒団体の存在は必要ないものとなっている。問題は関わっている者にその認識があるかどうかだ。
俺の認識だとそれは無い。利権をむさぼる奴、それを周りで確信的に支援している人間、無自覚で支援している人間、どれも本部組織の延命に動いている。

各種運動体は一度更地にして「当事者」のみの組織に一度変えるべきだ。それができるには解散しかない。

>>><それでも>、私は何かこの世の中を見通したが如
>く、社会に対して「ニヒニズム」や「シニシズム」を
>決め込む気はありませんね。さりとて、「スノビズ
>ム」にはしる気も無いですね。

なんか人権屋とか活動家って横文字が好きだな。「~ズム」なんて言葉、基本的に知らないぞ今時。「わしズム」みたいなものか。日本語で意味言ってくれ。かっこつけなくていいぞ。すこしでも背伸びしようと専門言語を振りかざす新入配属の20代みたいだな。

横文字で本質的なとこを濁すことで、無自覚な悪意への加担に対する不感症の原因になっているとか考えたこと無いか?

投稿: K | 2006年12月15日 (金) 20時50分

まことさん

><それでも>、私は何かこの世の中を見通したが如
>く、社会に対して「ニヒニズム」や「シニシズム」を
>決め込む気はありませんね。さりとて、「スノビズ
>ム」にはしる気も無いですね。

この爽やかさに憧れてるかもしれない。皮肉じゃーないですよ。ちょっと、すねてるのはその通りです。でも、これでもかなり現実主義的だと思ってます。

>可能性を信じています。

私もそういうのはあります。畜群主義です。民主主義ではなく、畜群主義!一番の後衛が覚醒しないといけません。施しではなく覚醒!そのためにはしばかないとアカン。

>実は「自問自答」されているのではありませんか。

常にそうです。
自分自身の問題です。私は自分の「救い」を第一に考えています。だから奇麗事じゃーないんです。

今回のことで、まことさんのことがちょっと分かったようで大変良かったです。最初は私の勘違いからとはいえ、よかったです。まことさんには不愉快な思いをさせたかもしれません。ごめんなさい。

投稿: 招かれざる猫@畜群同盟 | 2006年12月15日 (金) 19時16分

Kさん

そういう「黙る」っていうことの意味はよく分かってますよ。私も幼稚園から大学まで公立しか行ってない。金ないし。もちろん、奨学金。弟は夜間二部に行った。私も二部に行きたかった。なんでか分からんけど、そう強く思った(ときがあった)。
私の親は水呑みで日雇いだった。父親はそれこそ毎日を業のように黙っていた。

今は毎日安酒飲んでウダウダしてるようなクズです。
Kさんのように胸を張れないのが痛い。だから、そこは眼をつむってもらうとして。

ただ、運動ではなく後衛に寄り添うことはできるんじゃーないかと思うんですよ。
というかねー、あなたは既にそういう人なんだと思う。もちろん、否定するだろうけど。別にそうするべきだとか言いたいんじゃーないんです。言ってもしない。言わなくてもする、そういう人でしょうから。

私も親の擁護をしてるのかもしれない。
親が意識さえも持ってないルサンチマンを勝手に引き継いでいるのかもしれない。

だから、そういう思いが起こらないような社会になって欲しいとも思う。ただそれだけ。

家族をかえりみず、運動に明け暮れドパーミン放射で自己満足してる・・そういうことを正当化する話ではないんです。実際、運動してるけど子供がDQNっていうことはある。どこにでもよくある。それは運動に快楽してるから当然なんですよね。嫌々やってるぐらいが丁度いいのかもしれない。

ま、Kさんも余裕できたら後衛にそっと寄り添うと思うっていうこと。

投稿: 招かれざる猫@畜群同盟 | 2006年12月15日 (金) 19時07分

長い議論ですが要は「解同等の運動は差別撤廃に役立ってきたかむしろ助長したか。」が一番の問題ではないのでしょうか。

高圧的に接したり暴力事件を起こしたりと他者からは「係わり合いたく無い連中、恐い地域」との印象を持たせたり、
利権に溺れて「ああやっぱりな」と眉を潜められたといったマイナス効果を打ち消す以上のプラス効果のある事を彼らがしてきたかどうかというと・・・何がありますかね?
一生懸命彼らのHPを探しても主義主張、交流集会日程ばかりで肝心の具体的功績がまーったく見当たりません。苦労して見つけた功績は小中の教科書がただになった事、部落地名総鑑を見つけ出した事くらい。

同和対策事業なる物も目的は差別意識の撤廃ではなく生活水準の向上である以上差別の解決策でも無い。
固定資産税の減税等の特別措置法にいたってはむしろ差別意識助長のデメリットをバッチリ抱えての優遇措置でしょう。

彼らの目的は「差別意識の撤廃>生活水準の向上」なのかどうか、
残念ながら「差別意識を助長してでも生活水準の向上を目指す」といった本末転倒な運動に私には見えます。

ああ、もちろん私利私欲に纏わる事件等の論外な話は切り捨てた上での意見です。

投稿: AIM | 2006年12月15日 (金) 15時48分

最後に。どん底さんの投稿を見落としていましたので。

>差別を飯の種にしているのが「一部の人」であることは事実なのでしょうが、それは「特殊」で片付けられることなのか、それとも誰もがそうなる因子を抱えているのか、その切り分けが大切だと思います。(どん底)

「利権」に溺れるような人を産み出す「構造」が内在しているということなのではないでしょうか?ここで論点になっている部落解放運動にしても、他の運動、そしてビジネス・政治等各領域において。

そして、私もそういう「構造」からは<無謬>ではあり得ないでしょう。いまは「利権」にアズカレル立場から遠い地平にいるから、溺れていない<だけ>なのかもしれませんしね(汗)。 

投稿: まこと | 2006年12月15日 (金) 09時48分

連続投稿ご容赦。

招かざる猫さん。
あなたは私やアッテンボローさんを対象に問い掛けをしているようで、実は「自問自答」されているのではありませんか。

では、これから仕事なので。レスは明日以降になります。

投稿: まこと | 2006年12月15日 (金) 09時29分

招かざる猫さん

あなたが言わんとすることは私なりに理解している「つもり」ですよ。

<それでも>、私は何かこの世の中を見通したが如く、社会に対して「ニヒニズム」や「シニシズム」を決め込む気はありませんね。さりとて、「スノビズム」にはしる気も無いですね。

所謂「~運動」には欺瞞性もあるでしょう。<それでも>、私はその可能性を信じています。

まあ、そういう「逆説的なるもの」を大切にしたいとは思っていますね。

投稿: まこと | 2006年12月15日 (金) 09時24分

招かざる猫さん

>ひねくれ、自らの邪悪さに反吐が出つつ中途半端に境界に立ち続けることでしか見えないこともあります。私の主張とはその一点かもしれません。

私自身は、案外↑にズバリ当てはまっているかもしれませんね(笑)。

招かざる猫さん、心理学には「ペルソナ」という言葉がありますね。私の投稿には「ペルソナ」的な側面もあるように自覚しています。

招かざる猫さんが私のイメージを想像(創造?)されるのは結構ですが、私の投稿の「文意」を汲み取っていただければ幸いです。

投稿: まこと | 2006年12月15日 (金) 09時15分

連続コメント失礼。

俺の両親(特に親父)も若いころは活動家としてイケイケだったらしい。

だがある所で「黙った」、活動が抱えるあらゆる矛盾にたいしてもな。
招かれざる猫@畜群同盟 さんの言う前衛とやらの後ろにつく人間になった。そうとう後ろに後退したんだろう。

その黙っている間、俺ら兄妹を東京に送り出し、高い教育を施すためとかに金を稼いだ、3人とも余り年は離れていないし3人とも大学院(妹は大卒+専門学校)に通わせた。
その間「まっとうな活動」はできなかったらしい、学費と生活費確保するため堅気な仕事と与えられた特権をフルに使ったらしい。

その時俺の両親は矛盾を背負っていたはずだ。かなりの。
だがそのことで何がしの「活動」をすることはなかった。で、今の俺や兄妹がいる。
ちなみにこれは珍しいパターンじゃない。結構いる。

それでも

>>分からんですです。
>>黙るって何を黙るんですか。
>>黙ったら解決するということですか。
>>黙って頑張れば解決するんですか。
>>解決は自分のことだけですか。

になるかな?俺の両親や他の似た境遇の親たちは十分に「黙って戦った」と思うぞ。「声あげて戦う」人間以上に賞賛に値すると俺は思う。

投稿: K | 2006年12月15日 (金) 01時44分

>矛盾をしっかり背負い、がっぷりと組み合っている人
>間は黙るんだよ。わかるかな。

分からんですです。
黙るって何を黙るんですか。
黙ったら解決するということですか。
黙って頑張れば解決するんですか。
解決は自分のことだけですか。


ここらってさ。やっぱり「運動万能主義」というとこない?
「兄弟」たちからすれば、余り声あげないでいきなりいなくなっている同輩たちとかさ、活動家からすれば声を上げない庶民とかが、彼ら何もしていないと思っていない?

庶民とかをなめてはいけないな。

彼ら声上げない分、そうとうな努力をしているわけだ。運動する人間たちは、まっとうな方法というのをどうも軽く見る傾向があるわけだがな。
まっとうな努力をしている人間がまずいと言う傾向が、活動家諸氏の風潮であるから忌避されている面があるというのを感じないかな?

「地域」の場合さ、「特措法」というぶっといロープが下ろされたわけだ。そのロープを伝って登ろうという時は必死で食らい着くだろ?それに集中してその間は「黙る」はずだ。
別に悪いことじゃない。登ることに集中して「黙る」ことが「悪」ならなんのためのロープさ。意味がない。

マラソンでもジョギングなら話せるかもしれないが、本気で走れば言葉すらでないだろ?それと同じだよ。

まあ「黙る」というのが悪い表現なら、「無駄で意味の無い声はあげない」という方がいいか。その代わり「声を上げる」段階になったら確実に仕留める。それが重要。
きゃんきゃん吼える犬より一喝して一発で黙らせる犬の方が強いと思うぞ。

同輩たちが声を上げない理由は必死さもあるが、あと「兄弟」たちがこわいんだな。
実際に俺の経験を本に書いたら金城 一紀著の「GO」見たくなるが、リアルなこと色々書けば印税でウハウハになるまえに拉致されて東京湾か、大阪湾あたりに沈められる。親兄妹にも類が及ぶ。それがこわい。

これが笑いごとじゃないんだな(苦笑)情けない話だ。

投稿: K | 2006年12月15日 (金) 01時29分

>黙るんだよ

言葉が足りなかったな。

これは独立単体としての行為だ。

あらゆる困難な状況からの脱出を図るとき、その当事者となった人間は、そこを脱出することにに全精力を注ぐんだ。ここまではいいかな?

その時に「サベツダァ」とか「改善をぉ」とか言う暇はない。余分な放言する暇とエネルギーがあるなら、それをすべて必要な所に注ぎ込む。

叫んだり抗議する余裕すらないんだよ。本当に困難から脱出したいなら。凄い細い雲の糸を手繰り寄せるような、集中力と根性とエネルギー、そして目を皿のようにしてエネルギーを注ぎ込む場所を探す眼力が必要となる。

そしてそれは不可能なことじゃないんだ。しごく当たり前なことを欠かさず行うわけだ。どんな状況でも。
くったくたの残業をして、家に帰って、それでも1時間は勉強の時間は無理やり作って毎日欠かさず行うとかな。

>>Kさんも故郷に錦を飾るような心境になるときが来るかもしれない。

俺らは「足抜け」したんだからな。戻る所は無い。戻る気もない。新しく故郷を作る。それが俺ら「足抜け」同輩2世の役割。
白い子としては色が黒いかもしれないな。心の問題で。
3世以降が「ルーツ」とか言い出すならそれでいい。それはそれで余裕があるということだ。その余裕のあること作るため「叫ぶ分のエネルギー」を必要な所にまわす。

別に難しいこと言っているわけではない。差別意識を丸出しにしているわけではない。
「黙る=余分なことをしない」と考えてくれればいい。

投稿: K | 2006年12月15日 (金) 01時10分

Kさんの言ってるのは「業」って事なんじゃないですか?
ま、人間、良い事も悪い事もあるし、ってか、良いことが本当に良
い事なのか、悪い事が本当に悪い事なんか、判らない部分もありますしね。それを単純に「善」と「悪」にわける事が出来るもんではないです。
今週号の「SPA!」に「嫌われる良い人」という特集があるけど、これって「良い人」が本当は「悪い人」だというなんとも皮肉な特集です。でも、これって、心の中では当ってるって思いますわ。

投稿: Silver_PON | 2006年12月15日 (金) 00時13分

Kさん

>矛盾をしっかり背負えた人間しか物事は解決できな
>い。

>矛盾をしっかり背負い、がっぷりと組み合っている人
>間は黙るんだよ。わかるかな。

分からんですです。
黙るって何を黙るんですか。
黙ったら解決するということですか。
黙って頑張れば解決するんですか。
解決は自分のことだけですか。

差別は一緒って簡単に言う人はたくさんいるけど、そうは思わないです。すぐキャッチフレーズを口にする人間は胡散臭い。でも、部落差別なんてホンマ要らんわー。その差別の根拠になる差異性は人為的なものでしかない。人種民族や性別のような生物学的な差異性に基づいてない。また、有能無能というような差別か区別か分からんようなこととも違います。

そういう差別に対してアホ草っていう態度を取るだけでもかなり違うと思う。熱くならんで、アホ草ってしらーっと。凡人のそういうスタンスも十分アリなんでは。

部落で解放学級とか、教育に力を入れたのは正解だと思う。でも、実際は親が不熱心だったりしてなかなか人材になって自分に高付加価値を付けて世間に売り込もうという熱意にはならない。少ない。そこいらもアカンと思う。
米帝ネオコン極右?のブッシュでもライスとか黒人女性を重用してる。文句言わせるかっていう気概がなくて負け犬根性だけだと結局やっぱりとなる。
だから、有為な人材がカミングアウトすることの意味も多少なりともあるだろう。が、それを負わせるのは問題がある。

だから、Kさんを追わないようにするけど、来たら拒まないようになれば、とは思う。そういう懐の深さがあれば、Kさんも故郷に錦を飾るような心境になるときが来るかもしれない。

前衛の一番後ろから必死こいて付いていくしかない人に『黙って』応援するっていうのもアリだとは思うんですがね。最後尾にいる人間の中にもライスはいると思う。前衛の煽りでは自信なんか付かない。

前衛で快感するのはある。
でも、後衛に黙って寄り添う快感もあると思う。そういうのがカコイイと思うけど、私は「はあっ?」っていう感じで役不足だから凹む。Kさんもそのうちカコヨクしたいと思うかもしれん。そのときはそのときで。

反運動も十分運動的だからw
Kさんが党派に入ったら危ないだろうな。アッテンボローさんよりアブナイ。そういうのも分かってるんでしょ。ま、そんなことはどうでもいいか。年を取るとカコイイのも憧れるときがくるかもしれない、そういうことです。

>黙るんだよ

カコヨスギ

投稿: | 2006年12月14日 (木) 23時56分

「黒い兄、白い弟」というのを聞いたこと無いか?

俺が知るのは米国日系人の話だ。兄貴は1世を手伝い農場仕事で真っ黒になる、弟は真っ黒な親や兄の必死の働きで高等教育を受けて農場仕事をやらないので真っ白になる。

そして高い教育と勤勉さで高所得を得た白い弟は黒い兄への経済的援助を行う。という話だ。

俺みたいな足抜け組2世は、文字通り「黒い親、白い子供」なんだよ。

どこかで黒い親になるか、白い子供にならなければ脱出はない。どこかで歪を負う世代が必要なんだ。うちはそれが俺ら兄妹じゃなく両親だったわけだ。
「地域」の中でさらにヒエラルキーに捕らえられ、「貧すれば鈍ず」を地で生き、貧しさに顔が捻じ曲がる生活をしつつも、子供の親としての本能を普通に忘れなかった「地域」の人間が矛盾を背負って「足抜け組」になったんだ。

矛盾への怒りが脱出のエネルギーとなって、今までの負の歴史を忘れるがごとく高い教育と給与の高い企業への就職が可能となったわけだ。きれいごとではない、過程は大変だったことは認めるし経験しているからな。実際思い出したくもない話だ。

それでだ。

活動家や人権屋たちはその矛盾を指摘し叫ぶことはできるが、矛盾を背負う気概と根性はない。実際無い。今回の問題見ても活動家諸氏が「政治的な人権侵害だ!」と叫ぶ以外に何かやっていると言うことは「全く」と言ってないらしい。

アッテンボローさんたちを労働運動がらみでアマちゃんだとか甘えんなとか言っているのはそのことだ。
矛盾をしっかり背負えた人間しか物事は解決できない。それは俺の開発がらみの仕事でもそうだ、矛盾を背負えない人間は何も生み出さないんだ。矛盾をしっかり背負い、がっぷりと組み合っている人間は黙るんだよ。わかるかな。

ここで俺がのたまえるのも「今は」余裕な時だということだ。

活動家を子供に継がせたいというのは「逃げ」を体感して生きると言うことを教え込ませているだけだ。京都じゃ摘発くらいまくっているが(奈良もそろそろ来ると思うが)あれも一種の逃げだ。世代を超えた活動家がロクだった話はとことん聞かないんだ。ロクだった話を聞きたいものだ。ロクでも劣化していることは保障する。

投稿: K | 2006年12月14日 (木) 22時33分

連投を御容赦願います。これも私のタチなので。でも真面目です。真剣です。

活動していた人と話してると、内部は男女差別や障害者への蔑視などは外と大して変わらないという話を聞きました。それは誤解でしょうか。

奈良県連は活動を全面的に自粛らしいですね。「知らなかった!」責任を取って!!!!

で、そういう前衛に一番後ろから付いていった人はどうなるんでしょうか。何も分からず付いていった。牧童は消えた。残るのは世間からの冷たい視線と差別の復活。

ホンマ、腹立つわー

でね、科学的ってどういうことでしょうか。
人種民族というのは、その差異が生物学的に根拠付けられています。皮膚の色が違うとか。言語の違いもかなり決定的ですね。
アメリカの黒人も、コンプを転倒させ”Black is beautiful!”というスローガンに転じたときがありました。でも、マイケル・ジャクソンです。そういうスローガンで消せないものもあるんですよね。

しかし、幸運なことに部落差別は戸籍や住所という人為的制度でしか根拠付けられていない。そこから脱するというのは卑怯でもなんでもない。まさに科学的です。一方、簡単に抜け出せない人もいます。経済的な理由もあるでしょうし、共同体に愛着があるという理由もあるでしょう。それも分かります。
が、出た人を追わなくていいでしょう。裏切りだとするんですか?しかししかしですよ、よく考えてみてください。出た人を追う、その心性ってまさしく部落差別を温存させる心性なんですよ。違いますか。

アッテンボローさんも党派を追われた?!人だから、実はその陥穽をよく御存知だろうと思うんです。で、問題の深さとは、分かっていながら方法手段過程こそが目的化してしまい、そのプロセス自体の守りになってしまうことが余儀なくされるということにあります。

Kさんを追う心性、彼に出自への回帰を促す精神、逃さない執念、それらを正当化するご都合主義・・・・・
そういうものが差別をこの社会で生むと私は考えます。

投稿: | 2006年12月14日 (木) 19時30分

アッテンボローさん

私があなたに問うていることは実はただ一つです。
トンチンカン、インチキ、誤魔化し、すり替え、矛盾・・・そういうことです。大変失礼だとは思うんですが、これです。

あなたはアメリカの大学の入学者に黒人を一定の割合で義務付けることを出されましたね。
北欧の、確か、フィンランドだったと思いますが、上場企業の役員は男女比の差が4:6以内でないといけないというような法律の話を読みました。
日本もそういう国になるべきなんでしょうね。。。。

で、そんなことはどうでもいいんです。それをトンチンカンだと言っているのです。
解放同盟の幹部は男女比がほぼ5:5ですか?支部レベルも含めて。新左翼の幹部はどうでしょうか。

えっ、言い分けは要らないんですよ。

それと、どん底さんのような意見もよく聞かれますね。これは解放同盟や部落差別に関してということでなく、企業でも学校でもどこに対してでもよく聞くことです。そういう問題もあるんでしょうが、私の今現在の主張のポイントは違うのですね。
孤高を保つような、そういう運動であってもそれはそれでいいのかもしれません。そういう存在が一定のルールの中で許されるような社会もまた多様性の保持という点で重要でしょう。

が、部落解放は一方で非常に現実的な要請がある。全く世俗的でもある。内部は「仕方ない」という理由で腐敗もたくさんある。
しかし、外には教条主義的でそびえ立つようなスローガンが容赦なく放射される。ドッドッドッドッ

差別の抑圧に負けてヤクザになってしまう「仕方ない」と同様なものは外にもある。しかし、それは認めない。そういうインチキ、デタラメ、ご都合主義は困るんです。

Kさんに対する厳格さを、その内部に向けない理由が知りたいんです。
何を守りたいのか。何のためか。知りたい。

そもそも運動の目的は何なのか。忘れてはいないのか。

投稿: 招かれざる猫@畜群同盟 | 2006年12月14日 (木) 19時08分

まことさん

オウムの一般信者は私財を全部投げ打って、世俗的なものを全部断ち切って、そして全力の良心からサリンを撒いたのです。
善良さこそに寄生する僧侶階級に注意をしないといけないんです。ペテン師の餌食になるのはいい人です。常にそうです。ペテンではない運動とはどのようにありうるのか。ペテンではない党派の必要十分条件とは何か。そのあたりを煮詰めてみてください。私が分かっているということではありません。私も途上です。しかし、途上には途上なりの場所はあってもいいんではないでしょうか。また途上にはそれなりに求められる義務や矜持もあると思います。私はそれには注意しているつもりです。

私が前衛・患部という言葉とともに運動に言及していることに注意してください。

私は、あなたやアッテンボローさんの「良心」それ自体を微塵も否定していません。私があなたがたより人格的に劣っているかもしれないという可能性は認めざるをえないとも思います。

が、あなたがたは分かってない、見えていない部分があるんじゃーないか、そう思わざるを得ないのです。

サリンを撒いた人間の罪とは分かってなかったことです。

もちろん、あなたとアッテンボローさんの拠って立つ場所や理解の意味内容に違いがあるとは思います。しかし、良心に酔うことで見えないこともあります。ひねくれ、自らの邪悪さに反吐が出つつ中途半端に境界に立ち続けることでしか見えないこともあります。私の主張とはその一点かもしれません。

共産板で議論していると必ず、「お前運動したことないだろ」って言われました。運動=方法手段過程自体が基礎付けてしまうのが左翼クオリティです。結果なんてどうでもいい。この倒錯に慄かないことが理解できないのです。

党派幹部に疑問を持つ。が、別の党派の親玉になっただけ。こういう反復から何を見出すのか。
反党派的党派、反運動的運動。そういう自家撞着への過剰なる自意識による止揚。こういう弁証法もありだと思います。私が仰山板にいる理由はそこです。

机上の空論は要らん!汗をかけ!
Kさんへの非難は私にも浴びせられたものです。

汗をかいたら、えらいのか?
そうなんですよ、「運動」の本質って実はそこなんです。汗をかく爽快感。だから体育会なんです。だから、トーナメントやリーグでしのぎを削る。スポーツと違うのは負けたら怨念は残るというところですかね。

目的って何ですか。汗をかくことですか。
誰かが一人でもちょっとマシになったと思うのはダメですか。マシになる方法は厳しく制限されないといけないですか。

健康のためなら死ねる、それが運動の本質です。

そう思ってない。が、そうなってしまうのが運動です。

投稿: 招かれざる猫@畜群同盟 | 2006年12月14日 (木) 17時40分

 初めて投稿します。ちなみに仰山党党首のファンです(笑)

 差別を飯の種にしているのが「一部の人」であることは事実なのでしょうが、それは「特殊」で片付けられることなのか、それとも誰もがそうなる因子を抱えているのか、その切り分けが大切だと思います。

 理念や運動が現実社会の変化を取り込む柔軟性を持てず、日々変化する現実から遊離して形骸化した時に腐敗が生じるのではないかと。そのような運動は往々にして内部にタブーを形成しております。部落解放運動にはタブーはありませんか?

投稿: どん底 | 2006年12月14日 (木) 13時52分

↑なおさら情けないな。無自覚の悪行ってやつが一番性質が悪い。

持ち出し手弁当で、様々な運動(同輩の問題だけじゃない)から脱出したり、離脱したり、「足抜け」した人間を追い詰めている活動の後方支援しているんだからさ(苦笑)。しかも自覚なし、自覚があっても見てみぬふりするか、詭弁を弄して続行しようとする。
戦争終わっても戦争を続行しようとした旧軍の将校たちのどこが笑える。やっていること同じだ。

>>「一部の人」の悪行が全体のイメージを悪くしている。
一般の社会や企業でこの言葉が事実でも通用するのか?通用するわけない、連帯責任だ。これくらいわかるだろ?社会人なんだから。運動も同じだ。

「国際人権派のまことさん」の行動は悪行する連中の後方支援と露払いいうやつをやってるだけだよ。素晴らしいボランティアじゃないか、頑張ってくれたまえ(皮肉)。

投稿: K | 2006年12月14日 (木) 12時07分

まあ、はっきり言いますけど、私自身は「活動」云々で「利権」を得たことなど、これっぽちも無いですね。逆に金銭的にも時間的にも「持ち出し」ばかり(苦笑)。本職は「人権」云々とは関係無い単なる「あきんど」系賃金奴隷(笑)だし。「運動」で「利権」を得られる人など、実際のところ殆どいないでしょう。

というか、単に自分がカネを稼ぎたいだけなら、とっとと足を洗うでしょう。「一部の人」の悪行が全体のイメージを悪くしている。

投稿: まこと | 2006年12月14日 (木) 07時54分

差別がなくなって一番困るのは、前衛・患部・活動家だ。それはもう間違いない。いや、ちがうというならどこまでも議論する用意がある。

糾弾するような”事件”が起こった。そのとき胸を躍らせたんじゃーないのか。ワクワクしたんじゃーないの。何しろ出番だからな。

うん、大変なことだ。心配だ。許せない。でも、ワクワクしてしまう気持ちはなかったのか。
困難であればあるほどやりがいを感じてしまう。一方、長い間活躍のときがなければ何か寂しい。

方法手段過程、それ自体が目的となってしまう転倒。
その転倒に生きがいを命がけで見出してしまう内面の底を問うてみて欲しい。

被差別部落はニッチに甘んじないといけないという話があった。そんなことは当方の主張と何の関係もない。確かにそうだろう。そういう状況を変えることも断固として必要なことだと思う。

しかし、変えるために必要なプライオリティはどうなんだ、と尋ねている。
で、中核が部落差別に入ったのは、まさしくニッチだ。アッテンボローさんはそのあたりはよく分かっていると思う。中央へ歯向かた反主流を取り込む。これでもう分断は完璧だ。差別解消より党派が優先される。統一戦線なんて思ってない。口にするかもしれない。するだけだ。所詮、ウチがその中心にないと困る。あちらの党派で解消されたら困る。それが党派というものだ。

ニッチ。
だからこそ入り込めてる糞前衛。そういう鬼畜に食い物にされないようにするにはどうしたらいいのか。そういう方向に話は行かない。

何しろ、差別がなくなったら困るんだから。
ズタズタぼろぼろじゃーないと入り込めないから。

党派前衛とは八鹿事件。何も変ってない。
運動とは内ゲバ。いつまでも同じ。

異教ではなく異端こそを憎む。

足抜けした人間にこそ憎悪を向けるよう仕組まれる。執拗にアイデンティティや共同体の理屈が押し寄せる。

そして、目的は誰も思い出せないでいるのが腹立たしい。

投稿: 招かれざる猫@畜群同盟 | 2006年12月13日 (水) 23時23分

あと一般人として地位が高いのは関東方向に「足抜け」した人間が多いことを事実として書いておく。
東の組織は西の本部組織と違って、対策団体とされている組織だ。
わかるかな?「足抜け」先をきちんと選んだ人間は差別の頚木からは抜け出している。東は西と違って、住所を3回替えたら過去は不問としてくれる風土だ。

東京の大学でも言われたが、確かに西の人間は野蛮なんだ。

投稿: K | 2006年12月13日 (水) 19時46分

>>実態として、部落民が主要な産業から排除され(Kさんのような稀な例は除いて)いわゆるニッチ産業で生活していることが、差別の現れであると思います。多くの人々が嫌がってしようとしない産業・事業に従事する以外経済的に自立できないというのが部落民の経済的現状であると思います。

職場のルール違反をわかった上で書き込みを。
活動家諸氏のこの認識が「闇」を呼ぶ原因だな。

それはな。「活動家フィルター視線」ってやつだ。

あの運動から失望して逃げた同輩の2世、3世たちがどれだけ一般人に溶け込んでいるか知らないんだな本当に。活動家諸氏の視線から外れていた同輩たちが全体のどれだけいたかという認識はないだろう。

結局問い合わせといっている時点で、何らかの組織の出先でしかないとアッテンボローさんは公言しているんだが。

むしろ活動家の視界に乗っていない同輩の方が地位が向上していたとしたらどうする?
脱出2世で国立大出で中央省庁のキャリアしている人間がいるとかは知らないだろう。俺みたいなそこそこの企業勤めている同輩って意外に多いんだよ。外資に努めているのだっているし、そこは知らないだろう。
もしかしたら郵政公社の中央にいる同輩がいること知らないだろう。こいつは俺の友人だ。

下手すればさ、活動家諸氏が関わった「地域」ほど解体が進まず、ニッチな仕事についている連中多い可能性について考えたことはないか?
うすうす気付いていても気にしないことにしているならまだしも、全く気付いていないなら相当視野が狭い。典型的な活動家視線だ。

まぁ「足抜け」しちゃった同輩は元の組織とは縁が切れているし、戻れない状況だ。だからこそ、一般社会において地位を確保しちゃっているんだよ。
300万(かなり誇大だと思う)いる中でどれくらいが「足抜け」して、「足抜け」した同輩たち2世、3世のどれくらいがどういう職についているか調べられるなら調べてみればいい。

ただ政府の機関とかがやらなくて、活動家組織が調査やるなら全力で同輩たちは逃げるだろうし、俺のとこに来たら間違いなく警察呼ぶ。中には「兄弟」筋が身内にいればそれに対処を頼むかもしれない。あらたな混乱を呼ぶだろう。それだからやらないというのもあるのかもな。

まぁ「足抜け」した同輩たちでまともで堅実な道を歩んで、高い教育を受けた大多数の同輩の2世以降の所得はアッテンボローさんより高いことは保障するよ。

投稿: K | 2006年12月13日 (水) 14時36分

>>幸いにしてKさんの勤め先ではKさんが解放運動をしないのならと言う条件付きで処遇差別をしないという対応らしいのであるが、

わかってないな。そんなもん興味ないし。全く関係ないんだよ!今まで一度も話題にすら上った事無いんだよ。
ほじくりかえすなら組合幹部だろうな。連中に餌をあたえるつもりはない。
解放運動そのものを知っている連中もいないんだよ。まっとうに生きていればそんなこと関わらずに生きていけるんだ。

活動家諸氏といっしょにするな。まっとうな労働者というのはそういうもんだ。

投稿: K | 2006年12月13日 (水) 13時07分

>>まことさん

性懲りも無くうだうだと。

まぁ人権やら活動やらにかかわりの無い一般人が言ったら、そうなんだよなぁ。と素直に納得できるものなんだがな(苦笑)。

難しく考えるな、あれは。貧民街又はスラムみたいなものとして考えればいい。

貧民街があったとする。貧民街に住む人間は負のスパイラルにとらわれて、脱出しようにもできない。貧民街の歴史が長くても、そんな場所に住みたいと、一生の拠り所にしようとは思わない。「8マイル」の主人公もそこから出たがっていただろう?
一旗上げて金持ちになって出て行こうとする。それが人間の向上心というものだ。わかるか?

そこで国が経済的援助をして脱出の機会を与える。それにまともな同輩は乗る。
すくなくとも貧民街やスラムの解体という名目で経済的援助というのであれば誰も文句は言わないはずだ。貧民街やスラムは社会的矛盾の膿みたいなものだ、膿をなくそうというのは当然だ。なくなっても誰も困らないはず。
当然まともな連中はその金使って「まっとうな」方法での脱出を図る。で大多数が脱出したり逃げた。でもさすがに残るしかない人間もいる。それについてはその貧民街をすこしでもまともな経済的に普通のランクの地位にすることで対処する。

そうすれば長期的に貧民街の解消にもなるし、「地域」の人間がしがらみの無い土地に住むことで長年の悪しき伝統から解放される。実際そうだったわけだ。

だがアッテンボローさんやトロさんのような活動家が利権ヤクザの露払いとして無自覚に乗り込んでくる、甘い汁に味を占めた地域の連中、地域でのヒエラルキーの上部にいた特権階級たちこれが食いついてくる。「被差別大衆」と銘打ってな。
それが今の様だ。やっとケガレから脱出できたと思ったら今度は自業自得の行為(国民の税金を食い荒らす行為)で白い目で見られるようになるわけだ。
元同輩たちさえ避ける地域に一般人がどうやって住みたがるようになる?それは酷ってもんだ。長年の負の感情がどろどろ溜まった地域だ。長く住むには酷な場所だ。

活動家諸氏は今後性懲りもなく大衆と名を打つ「兄弟」たちの言い分だけを聞くだろう。大多数の同輩たちはそれを白い目で見ている。
しかも「もし」この根の深い利権構造が解消されたら、露払いの活動家だけが残され、他の連中はいきなりいなくなっているはず。その時、理不尽な怒りは露払いの活動家諸氏に向かうだろう。
その時「陰湿な抗議」を受けた時(こいつは地域の得意技だ)、その活動家諸氏が今と同じこと考えられるか難しい所だ。

しかし「地域」出身者の言葉すら聞かないんだからな、痛い目あってわかれ。

投稿: K | 2006年12月13日 (水) 12時53分

参考までに。

上杉聡氏「近世から近代への部落差別の変化-幕末から明治中期までの部落差別の構造的移行」
http://blhrri.org/kenkyu/project/ishin/ishin_00023.html

投稿: まこと | 2006年12月13日 (水) 04時11分

昨日の投稿でも書きましたが、いわゆる「被差別部落」を<江戸期以前に「えた」等の被差別身分に置かれた人々の子孫が集住する地域>と狭く捉えることにも問題があるのでは無いかと私は思っています。

明治以降は壬申戸籍で「新平民」と位置付けられた旧被差別民以外の「平民」層の人達も少なからず「部落」に流入し、これらの人々も戦後の同和対策事業の対象とされていますしね。このため、学者の中には近代以前の「部落」を「近世部落」等々と呼び、明治以降の「被差別部落」とは別の概念で括る向きもありますね。

<「被差別部落」に住む人達=江戸期以前に被差別身分に置かれた人々の子孫=同和対策事業の対象>という図式は成り立たないですね。とくに同和対策事業の場合、例え<「被差別部落」に住む人>であっても同事業の対象から外された人達-いわゆる「未指定地域」の問題もありますね。

部落解放運動には、江戸期以前の身分差別の残滓からの解放のための闘いという側面の他に、実は<「被差別部落」に住む人達>全体の解放闘争という一面もあったのでは無いのでしょうか。

<「被差別部落」に住む人達>に対するあからさまな差別が是正され、差別や人権侵害が社会の表面から見えにくくあるいま、部落解放同盟は「部落」という枠組みから超出し、「被差別部落」の問題に軸足を置きつつも、より普遍性のある人権・社会運動へと転化して欲しいという思いがあります。

特に私のように部落問題以外の人権問題に関わる者は、数十万もの組織規模を有する解放同盟が他の人権問題にも積極的に関与してくれたら、どれほど日本の総体的な人権状況は是正されるだろうか・・・と思うんですね。

「世間」の評価だって、きっと変わるでしょう。

なお、部落解放運動の「利権」体質の問題に関しては、私のブログでも以前↓のような記事を書きました。

・『部落解放運動の「負の遺産」としての「飛鳥会事件」-部落解放同盟は自己検証を』
http://blog.livedoor.jp/zatsu_blog/archives/50858285.html

部落解放同盟が運動面においても、そして招かれざる猫@畜群同盟さんが指摘されている「説明責任」の面においても、より一般社会に開かれた団体へと変革することを望みます、私は。

投稿: まこと | 2006年12月13日 (水) 03時40分

私は部落差別反対です。天皇制と同様、出自によって決まるのはおかしい。当たり前のことです。

じゃー、なくさなくてはならない。

そのために必要なことは何か。注意するべきことは何か。丁寧に順番に考えるだけですね。それをプライオリティと呼んでいます。
今、運動体が以前と同じように強気でいて何か得ですか。信頼が得られますか。身内を甘やかすのは理解されますか。そして、一番大事な点は、真面目に頑張っている被差別部落の人たちの顔に泥を塗っているということです。前衛の一番後ろから、声を出さず黙って付いていっている人の声をまず聞きたいものです。

前衛のくだらんトンチンカンな理屈ではなく、一番後ろにいる人たちの姿を見ることから始めようということです。彼らが無知だからいいのですか。無知の涙、、、腹立つけど先頭は歩けない人たちが一番大事です。

投稿: 招かれざる猫@畜群同盟 | 2006年12月12日 (火) 23時05分

アッテンボローさん

そういう公式見解の是非は関係ありません。また、部落差別がないとか、どうでもいいとかという主張でもありません。また、解放運動「一般」の正当性に疑問を呈しているわけでもありません。

国旗国歌に賛同してなくても日本人として認めたらいいんじゃーないのっていう懐の深さが我々に必要なのと同様に、運動に消極的であってもいいんじゃーないのっていう程度のものなんですね。

それから、運動そのものに消極的であるということが責められるのなら、運動に寄生するエセはもっと責められるべきだろうということです。そういう『実態』こそが解放を阻むのだと思うからです。

理屈の整合性
プライオリティ

なお、国旗国歌の問題は民族問題では全くありません。全然違います。そういう嘘は馬鹿ウヨの理屈です。
権力はあなたの言うような民族を根拠に国民全員を統制しようとするんですね。まさしく、階級支配の装置として国旗国歌が機能してくるという点が重要なんです。
歌旗をシンボルにする統合的道徳によって、支配されるべき国民が養成されるのです。それが初等教育の現場において強要されるのですから、完全なる内面の支配です。自我の形成と渾然一体となるようなすり込みでの意識化への働きかけで権力は迫るんです。結果、そのような象徴とともに狡猾に忍び込んだイデオロギーは、自らの主体であると思ってしまう。洗脳だとか刷り込みだとか、誰ももう疑わない。アイデンティティ形成の核心を担うイデオロギー注入が完了したのです。

>例えばアメリカ合州国では大学合格者に対して一定程
>度の割合でマイノリティーを確保することが義務づけ
>られています。この事は差別抑圧する立場の人間が我
>慢する以外に差別意識を払底することが出来ないと言
>うことを表現していると思います。

京都などの例は完全なる不正です。また、その不正の温床としての「枠」です。そういう建前の意味を無効にしたのは支配者階級ではなく、被支配者階級自体だということです。また、そのような不正に寄生する輩は被支配者階級の分断を決定的なものにします。広がらない。連帯の不可能性しか生まない。
支配者への憎悪は連帯を育むかもしれません。が、真面目に働いて報われない多くの大衆労働者は同じ被支配者階級の腐敗で完全に絶望するのです。

>多くの人々が嫌がってしようとしない産業・事業に従
>事する以外経済的に自立できないというのが部落民の
>経済的現状であると思います。

だからといって、不正の正当化するのはどうでしょうか。また、そういうところから脱した人間を追うのはどうでしょうか。

支配者や資本、国家権力との問題ではありません。
同じ抑圧されている多くの市民大衆はどう思うか、そういう視点が欠落していることが問題なのです。

「いやー、知りませんでした」を公式謝罪にするような団体が解放させてくれるとは決して思いません。

それこそを問うてきたんでしょ?
問うているんでしょ、差別の問題って。

投稿: 招かれざる猫@畜群同盟 | 2006年12月12日 (火) 22時54分

 招かれざる猫@畜群同盟さん、別に左翼だからと言うわけではないのだが、知人の紹介で訪問された方に対してはそれなりの対応があるのが普通ではないかと思う。党首にはそれなりに助言を頂いたり電子化書籍を読ませていただいたりお世話になっている面があるので。
 で、本題に入りましょう。私が労働者として部落差別に反対することについて色々と疑問を抱いておられるようであるのだが、特にどの辺が気になるのでしょうか? 私としては部落差別は確かに封建時代に様々な宗教的期限をもって始まった物であると思っていますが、それを江戸時代の身分差別体制に固定化したのはある意味で幕藩体制護持のための政治紀元節にも根拠を与える物であると思っています。この問題は和歌山などで雑賀州などが勅使講和を拒否して闘い続けたことによって賤民身分にされたことなどがあるからです。全国的には何処まで政治起源説が適用できるのか、勉強不足で私にはハッキリとしたことが言えませんが。
 で、まあ部落差別は良いことなのかどうなのかという場合に、本人の努力に拠らない出自をもって差別する゛らくさべつは良くないことであるというのが私の第一歩ですね。人間親を選んで生まれることは出来ませんから。生まれによって差別されるというのは徹底的に糾弾すべき事だと思います。
 そしてKさんとの論議の中で出てきた「枠」云々について言えば部落差別が解決されるまではその他の地区の出身者は飽くまでも我慢すべきだと思っています。例えばアメリカ合州国では大学合格者に対して一定程度の割合でマイノリティーを確保することが義務づけられています。この事は差別抑圧する立場の人間が我慢する以外に差別意識を払底することが出来ないと言うことを表現していると思います。確かレーニンも支配民族は我慢しなければならないと言うことを主張していたはずです。
 ややこしいのは部落差別は民族問題ではなくて支配階級による被支配階級分断政策の一つとしてあるために分かりにくくされている面があるかと思います。
 実態として、部落民が主要な産業から排除され(Kさんのような稀な例は除いて)いわゆるニッチ産業で生活していることが、差別の現れであると思います。多くの人々が嫌がってしようとしない産業・事業に従事する以外経済的に自立できないというのが部落民の経済的現状であると思います。
 

投稿: アッテンボロー | 2006年12月12日 (火) 22時14分

>正直「大阪仰山党」党首の名を出されたので、対応に
>苦慮していて的確な返答が出来ない状況である。当主
>の名前を出された以上意見が違うとはいえ無碍にも出
>来ず、どの様に対応するか問い合わせの最中なのでし
>ばし待っていただきたい。

内容ではなく、

         名 前 !!

にこそ反応されるとは
トホホ・・
投手からは煽られただけで、内容に関しては一切指示ないし、指示されても関係ないですよ。(従わない!w)

んで、問い合わせって何よ????
アッテンボローさんの意見を聞きたいだけなんです。

もう、わけわかめ

これが左翼クオリティ?

投稿: 招かれざる猫@畜群同盟 | 2006年12月12日 (火) 21時25分

 どうも討論の展開が私のペースを超えて進んでいるので対応が遅れていて申し訳ないのだが、差別排外主義を煽っているのは左翼の活動家ではなくて資本であったり右翼ですよ。幸いにしてKさんの勤め先ではKさんが解放運動をしないのならと言う条件付きで処遇差別をしないという対応らしいのであるが、私が集金している部落では、ある企業がリストラに際して部落の人々を中心に首切りしている実態がある。だからそれに対して反撃はない物の(本部派の村であるので)愚痴は様々な人々から聞いている。
 興信所の活動の殆どが身元調査であることは時折マスコミでも暴露されているので、左翼が差別を煽っているのではないことは理解して貰えるのではないかと思う。
 招かれざる猫@畜群同盟さんに対しては、正直「大阪仰山党」党首の名を出されたので、対応に苦慮していて的確な返答が出来ない状況である。当主の名前を出された以上意見が違うとはいえ無碍にも出来ず、どの様に対応するか問い合わせの最中なのでしばし待っていただきたい。

投稿: アッテンボロー | 2006年12月12日 (火) 21時03分

アッテンボローさんが普通の一般人だったら、好ましい人だろう。家族思いだしな。家族を良く考える人間は基本悪いひとではない。

だがな労働者として、労働運動に関わる人間として、活動家視線で差別排外主義をのたまう人間として、非常に低い評価している。。思想って奴は人間壊す。

飲みは・・・俺は機会があっても、すまない遠慮しておくよ。
興味ある、し俺みたいな若造と飲みたいといってくれるのは嬉しいが。どうもね活動家とかイデオロギーは出自柄避けたいものでね。

社交辞令でもすまないな。

投稿: K | 2006年12月12日 (火) 20時48分

Kさん

私はあなたの擁護でも部落問題でもなく、自分を問うているにすぎません。だから、モノローグかもしれない。
何を言ってもスッキリしないし、喜べない。最近は病だと思うようになってきています。

アッテンボローさん

私はあなたのことが嫌いでもないし、むしろ好ましい人物のようにさえ思います。私は最初に、「あばく」と言いました。私は知りたいんです。ただ、それだけです。

機会あれば、お二人と飲みたいもんです。

投稿: 招かれざる猫@畜群同盟 | 2006年12月12日 (火) 20時17分

>>最後に、何度も「兄弟」を使ったのは嫌味です。
正解だ。同輩ってのめったに使わない。というか「地域」から出て使う機会が全くない。

>>Kさんはどこへ行っても被差別部落出身なんですよ。
昔仲良かった友人や、親戚が「兄弟筋」ならそれが見えない手錠になるだろうな。親父も活動家だからな変な情報も知ることもある。
ただ俺の子は問題ないだろう。そんなもの気にしないで生きて、さらに孫ができれば全く問題ない。活動家とかがしゃしゃり出てこなければ。今や戸籍の傷そのものがない。
日本人と言うカテゴリに入ってしまえば気にすることはない。これ重要だぞ。
俺は多民族共生なんて信じちゃいない。でも一つの国家に住む一民族てことによりまとまることで、嫌な思いをしなくて済む集団がもいるってことだ。左翼イデオロギーの集団が排外的差別主義を促進したのは事実だ。

外国勢力とつるみたがる「兄弟」筋は正気の沙汰じゃない。同輩たちが外人認定されることと同じだ。俺たちは異民族か?違うだろ。
先輩諸氏は同じ「同列の」日本人として認めて欲しく艱難辛苦に耐えてきたんだ。同列として社会は認めてくれている。昔はどこいってもそのしがらみに苦しめられてきたと聞く。
今はどこか行ったらそれは「見えないもの」になる。この素晴らしさが活動家や人権屋にはわからんだろうな。

投稿: K | 2006年12月12日 (火) 20時09分

失礼なことだと思うんですが、浅いんだと思う。
あなたは私より良識的な人物だろうし、嫌味でなくていい人っぽい。その点、運動家の腐臭はあまりしないです。

でも、浅い。これは大変失礼だとじゅうじゅう承知してあえて言ってます。

責任論。
責任とは基本的に「応答責任」。これは戦後責任論が論壇で展開されたときによくでたことです。
responsibility とは返事をするということです。従って、最もアカンのが無関心。そういう兄弟が中にたくさんいませんか。何も考えないし、分からんくせに利権で甘い汁を吸おうとしている兄弟が。
彼らは差別の屈辱ではなく、その補償としての蜜にこそ関心がある。蜜が欲しいということは差別を求めてるということに他ならない。
その蜜だが、血税なんですよ。資本の税金だけじゃーない。そのあたりも考えて欲しい。

Kさんは、鈍いんじゃーない。反対だ。それが分からないのは本当に残念なことです。
鈍いのは利権前衛の後ろにピタッとくっついていると思いますよ。

見えない手錠をしてる人間はスターだけじゃーない。
Kさんは地球の裏側に行っても、その手錠の重さにさいなまれると思う。そういう人だ。

敏感だとひねくれることも多い。

世を捨てた兼好法師は、誰よりも敏感だった。だから、捨ててもなお、眼は世にばかり向いていたと思う。

前衛ポチの鈍感さはいいのですか。大事なことは何ですか。応答するということの意味、それが兄弟の責任だと思うんですよ。Kさんが誰よりも応答しているということの意味を考えてみて下さい。

最後に、何度も「兄弟」を使ったのは嫌味です。
Kさんが(皮肉で、たぶん)使っていました。同盟患部は団結の御旗のように言う。が、そういうタームに込められた陥穽には鈍い。そういう「兄弟」はブラザーだ。だから足抜けは・・・。

その「兄弟」感覚と国旗国歌で”日本人”を強要してくる鬼畜国家権力の感覚の違いは何ですか。
再度の問いです。

すべての差別へ普遍させる運動なら、そういう本質的なことを一つ一つ丁寧に腑分けし、乗り越えていると思うのは間違っていますか。

私は国旗国歌・天皇制に反対です。
でも、地球の裏側に行っても日本人です。誰よりも。

Kさんはどこへ行っても被差別部落出身なんですよ。
彼の手錠もかなり重いように私には思えて仕方ないんです。ただ、それだけです。

投稿: 招かれざる猫@畜群同盟 | 2006年12月12日 (火) 19時33分

AERA今週号(今日発売)に石川さんが特集されてます(現代の肖像)。

>自宅へは、連日のように全国から狭山事件の現地調査
>に訪れる支援者が溢れかえる。支援者は「今浦島」の
>石川に写真やサインを求める。新左翼の活動家らが自
>分の党派へ引き込もうと入り浸る。

これはこれでサラッと話題が移る。ここを引っ張ると石川さんが見えなくなって記事が死ぬから。
でも、ここが今問われていることなんですね。Kさんの問いとはまさにここなんです。

最近、崖っぷちに取り残されて救助された子犬が大々的に報道されましたね。そっくりです。何も変わりません。

食事も喉を通らず見守る。救助の瞬間は歓喜のあまり叫ぶ。が、そういう野良犬の意味を根源的に問う人間はどれだけいたのか。人間中心主義というところまで掘り下げて日常を凝視したのか。

日常を問うたのか。

その子犬、全国から引き取りたいと申し出があった。ほんま、阿呆としか言いようがない。お前の家の近所に野良犬はおらんのか。

そういう”救助”はたまにあるらしい。市民の通報で大捕り物?レスキュー隊出動!!で、救助された野良は安楽死が通常らしい。今回はテレビでスターになってラッキーだった。所詮、市民なんてその程度。煽るマスコミも馬鹿な市民に付け入ることしか考えていない。

何も考えない。
で、サインを求める馬鹿。人寄せパンダ程度にしか考えていない馬鹿サヨ。もう完全に腐っとる。。。

Kさんの問いが分からんで何をどう運動するの???

「見えない手錠が重い」と石川さん。
そういうのはやはりズシリと来る・・

が、見えない手錠をしてるのはスターだけじゃーない。

私はKさんの手錠を見るのが「兄弟」だと思うんだが、どうですか、アッテンボローさん。

投稿: 招かれざる猫@畜群同盟 | 2006年12月12日 (火) 18時57分

連続コメント失礼。最後に。話を替えて招かれざる猫@畜群同盟 さんのコメントにあった郵便局にカンバン入ったことついて。

郵便局にカンバンが入っても機能しないと思う。これは経営側の問題とか人員削減、始末書乱発とかそういう問題ではない根本的な問題がある。

カンバンが機能し維持するにはそれだけ質の高い労働力や組織力が必要となる。そして一番重要なのは労働力。労働者、従業員一人一人の自覚や能力。
郵便局にはそれが一番欠けている。労働力の質が最悪に悪いんだ。だから機能しない可能性が高い。

ちなみに土建以外の製造メーカにおいて活動家はほとんど駆逐された。理由として労働者としての質が悪いんだ。

昔懐かしきQCサークル。活動家殿は資本の管理強化だとのたまうが、QCサークルの発表会でロクな発表もできず、まもとな利にかなう発言ができないことが露呈しまくれば、活動家なんて職場地位がいきなり急落する。だだのビックマウス転落だ。だから資本で無く同僚から駆逐された。
それを恐れているんだろ官公労に巣食う活動家たちは。アッテンボローさんもその一人だと思うぞ。

投稿: K | 2006年12月12日 (火) 18時23分

まぁなんだ。ふったのは俺でも(あくまでふったにすぎないが)過剰反応された挙句、活動家や人権屋を標榜する本性がさらけ出したと見るなこれは。

出自についてこんなに公で話したのは、小中の人権教育以来だ。それだけでもどれだけここが世間から乖離しているかは容易にわかる。
そうやって同輩の琴線にふれることを平気で触れて、精神的に追い込んで、運動とやらに巻き込んで「食い物」にするのは相変わらずだ。

あとなんだ、
>>また部落に隣接する地域では大阪などから住宅を購入して引っ越してきた人々が短期間で自宅を売却して出て行ってしまうことがよくある。

こいつの統計的データが提示できるのであれば、きちんと世間一般で通用する統計手法用いてデータ化して出してみてくれ。
活動家の脳内変換のソースだとどうも危なくてね。実際に活動家の出すデータの水増しはカラ出張顔負けだからな。

しかし話は変わるが。
出張は余裕があっていい。出張でこれだ。
旅費もち宿泊費もち、弁当代、動員費もちの組合動員がどれだけ動員者が怠けているかよくわかる。

いかに組合動員された連中が良い思いしているかと思うとな、いかに組合や団体連が組織動員しても誰も支持されないのはこのこと。国会周辺に人集めても動員数に比例して反感だけは集まることには動員側には気付かない。いつ気付くんだか。

投稿: K | 2006年12月12日 (火) 17時52分

>>大磯事件
wikiに乗ってンの?これ?普通の人間はしらないと思うが・・・。とりあえずwiki検索。
>>部落解放同盟全国連合会
ヒットしたなこんなの書いてるんだ。誰が書いているんだこれ。
戦闘同志会についてはよく知らない。中核派なのは本部の方で駆逐されたんじゃないんかあれ。まちがってるとこあれば訂正とかしてやれよ。俺はする気はない。ほっとく。

投稿: K | 2006年12月12日 (火) 14時33分

>>まことさん

都合の良い男だな。全く。国際人権派だけあって詭弁だけはうまいなぁ。感心するよ。

俺がそう感じたから、あんたは差別主義者だ。差別主義者の思考を持っている。間違いない。「国際人権派のまことさん」は思想で猫被った差別主義者だ。

>>私自身はそういう社会に暮らしたくない。
だからこそ、自分のためにも「出来ることからコツコツ」やっています。

そうかそうか。それなら何もするな。まことさんの行動そのものが差別主義を助長させる最悪な行動だ。差別主義者の偽善的行動ほとむかつくものはない。


いいか。
正直一般の人間がケガレに関する知識を仕入れることはかまわない。全然かまわない。国の歴史を知ることは全然問題ない。勉強して論文書くのも良いだろう。そのことで文句はいわない。
ちなみにその結果何を考えたってかまわん。憎悪、反感を買ったってそいつの自由だ。

だがな人権だの、マルクスなど、活動家の人間には決してふれてはもらいたくないんだ。わかるか?
あんたらの魔法の言葉である「一部のはねかえった人間」たちへ飯の種を提供するからな。あんたらの余分な行動一つ一つが悪いんだ。しらないのか?

>>「企業社会の中で立身出世して差別を克服する」「カネを稼いで周りを見返してやる」-それも一つの考え方でしょう。

この一つ一つの言葉にも嫌味やら何やらが混じって見えるんだな。人権屋を標榜する連中が書くと。俺からはそう見える。知らなかったか?

知らないのなら、それが一番悪い。知らないですまないぞ。わかるかまことさん?

左の人間は信用しないだろうが、右系の人間は偽善やおためごかしで隠さない、そこは割り切ってくる。だからわかりやすいし、むしろ反感はもたない。

だがなこの問題でおためごかし満載の左の人間は信用できないんだ。都合の良いことしか言わないし詭弁が思想というオブラードで包めるから一見正論に見えるからなお性質が悪い。

投稿: K@出張移動中 | 2006年12月12日 (火) 14時20分

>>アッテンボローさん

あのなぁ。それは「活動家フィルター目線」という特殊な目線で、活動家と関係有り活動家よりの一般人しか目線でしか語れないからそう思い込んでいるんだ。
俺は活動家の言う大衆というのは別物だと思っているよ。「活動」というのは俺の親父もやっていたから活動家の視線が捻じ曲がっているのはよくわかる。アッテンボローさんもそれだけだ。

「地域」が避けられているのは当然。同輩ですら避けるんだから一般人が避けるのは当然だ。それに地域外からくる人間に対してのイジメも相当横行しているはずだから、子供のためには良くない。こいつは保障する。
なんなら息子さん入れてみなよ。その校区に。活動家の子息としていじめる側に回るぞ息子さん。活動家の息子は最凶だったのはよく覚えているよ。
俺は近畿の出身だ。栃木出身のアッテンボローさんより現状は「身に染みて」育ったからよくわかる。
ヤクザの街には住みたくないだろう。ああそうか、中核派は暴対法も反対でデモしていたな。ヤクザの奥さんがたたちと。

>>招かれざる猫@畜群同盟さん

「兄弟」にとっては「地域出身者」というのはエライんです。


エライのを維持するため色んなものに寄生したり、札束で顔を叩いたりしている。活動家とやらもその一つ。

「んなもんが、偉いわけないだろ、ダボ!」というのは普通の同輩たち。

こういうのが慎ましく生きたり、しっかり勉強して高い教育受けて、悪くない経済レベルの生活をしている月給とりなりして。
俺もその一つ。国から貰った金(一部)で一生懸命勉強して働いている。もしリストラされても「兄弟」たちにすがるつもりはない。

投稿: K@出張移動中 | 2006年12月12日 (火) 13時56分

なお、私がここでアッテンボローさんが説くような「主体」論に懐疑的な見解に示しているのは、アッテンボローさんが「マルクス・レーニン主義」的な文脈で「主体性」を論じているから、という理由もあります。

投稿: まこと | 2006年12月12日 (火) 09時39分

あと、Kさん。
これは余談だけど、私が全然書いていないことを論うのは止めて欲しい。「俺たち同輩がケガレているからそれは認識しろ」(Kさん)、まして「だから戦え」なんて私は一言も書いてません。

以前のアッテンボローさん宛ての投稿で↓のように書いたように、

>ただ、被差別民は「主体を築く」べきだと言われますが、「主体」を持ちたくない人にとっては「主体性」を迫られることも、結構「暴力的」なことではないかと思いますよ。「主体性」というのはある種の「従属性」とコインの裏表のものですし。<

私は"被差別者は主体性を持って戦うべきだ"的な言説にはむしろ懐疑的なんですよ。Kさんはしばしば誤読・早とちりで他人を論う傾向があるような気がするので、その点は気を付けて欲しいですね。

投稿: まこと | 2006年12月12日 (火) 09時33分

私はKさん等に対して「主体性を持って差別と戦うべきだ」と迫る気はありませんね。差別とどう向き合うか、それは飽くまでその人自身の問題です。「企業社会の中で立身出世して差別を克服する」「カネを稼いで周りを見返してやる」-それも一つの考え方でしょう。

ただ、私は自分自身を含めた人間に内在する差別意識を完全に解体することは出来ないとしても、差別が齎す数々の弊害が放置され、不当な差別に苦しまねばならない人々が存在する社会ではあっては欲しくは無いと思っています。

それはなぜか?
この私自身だって、いつ何時か「世間」から徹底的に排除されるような身になるかもしれないからです。この現代社会に暮らす人間は誰しもそういう可能性があります。

私自身はそういう社会に暮らしたくない。
だからこそ、自分のためにも「出来ることからコツコツ」やっています。

投稿: まこと | 2006年12月12日 (火) 09時22分

おそらく私とKさんは「部落差別」への捉え方が違うのでしょう。私は「部落差別」という問題を広い概念で捉えています。

そもそも「被差別部落」とは何か?
かなり大雑把に書くと、江戸期以前の「被差別部落」は中世以降に人々から「ケガれた」職業とされた人々が集住した集落がルーツとされています。「被差別部落」の形成には天皇制や支配層、経済状況などが大きく関与しているのは事実ですが、人々の差別意識が形成を促す原動力でもあります。

そして、この「被差別部落」は近代以降の産業社会の中で変容を遂げます。従来は主として世間から「ケガれた」人間とされた人々の集住集落だった場所に、貧困者や障害者など、近代社会から「落伍」した人々が流入するようになります。「被差別部落」がある種の「スラム」的性格をも帯びるようになります。(*地域等によって事情には相当違いがあります、念のため。)

一方、近代(産業)社会というのは社会の流動化をも促しますから、功なり名を挙げて「被差別部落」からの脱却に成功する人達も現れます。とりわけ第二次大戦後の日本国憲法体制下では尚更です。現憲法は基本的人権を保証していますし、また高度成長は人的流動性を一層加速化しましたから。

こうした経緯を考えると、「部落差別」という問題を単に「明治以降も封建社会下で差別階層とされた人々に対する差別が尾を引いてしまったがための問題」と考えることは、問題のある一面しか捉えていないことになります。「部落差別」とは封建社会下の差別の残滓という側面の他にも、近代社会の下で「排除」された人々への差別問題、そして貧困の問題など、奥の深い構造を持った問題だと言えます。

したがって、私は「部落差別」を旧来の既成概念で捉えるのでは無く、より広い「日本社会の差別」一般の問題として考えられるべきではないかと考えています。

私は先に被差別部落への差別は<人々の意識>に起因する面が少なくないと書きました。また、「部落差別」というものは時代によって変容しており、「部落差別」を狭く捉えると問題が見えにくくなるのではないかとも指摘しました。

確かに全国水平社以降の部落解放運動、そして戦後の同和対策事業、高度成長期の人的流動性などは<戦後に『同和地区』と認定された地域に住む人達>が陥っていた差別を相当程度是正した側面はあります。

ただ、(部落)差別というものが人々の意識に起因する面がある以上、過去に<戦後に『同和地区』と認定された地域に住む人達>に対して行われていたような差別が形を変えて、またより水面下で行われる可能性はありますし、それは現に起きています。例えば在日外国人、心身障害者、アイヌなど少数民族、ニート等々。

私たちは自分自身の差別意識と向き合いつつ、差別による弊害・不利益を是正する社会的努力を怠ってはならないのではないでしょうか。

投稿: まこと | 2006年12月12日 (火) 09時07分

ファイブさん
私に対しての発言ならば、少々敷延していただきたく思います。
あなたの発言(の理屈)はアッテンボローさんでも使えるし、資本も使えます。
ただし、あなたがあなたの拠って立つところを重視するのは大事だし尊重します。だからこそ、詳しくお伺いしたいと思います。

アッテンボローさん
>「部落って、えらいのか?」と尋ねているが、私から
>すると不思議な質問だ。

分かってもらえないのでしたら、仕方ありません。残念ですが。
そういうのを誇れっていうのが、運動の宣言かなにかにありましたよね。馬鹿ウヨの愛国と何が違うんですか。

>あまり性急に返事を求められても即応できないことも
>ある。

ええっ??
私の問いはスタートに必ずあるはずのものですよ。それがなくて今まで何をどうしてきたんですか。何が難しいんですか。重箱の隅をつついているわけではありません。簡単なことです。ただし、核心をはずしているとは思いません。

運動体の幹部は「知りませんでした。監督不行届きで言葉もありません」だと。おいおい、それは資本のセリフだろって。知らないはずはない。同じようにやってましたとなぜ言えない?
仮に知らなかったとして、知らないっていうことこそを糾弾してきたんじゃーないの?
あのね、不祥事そのものではなくて、それに対する運動側の態度言動が今まで自分たちがやってきた運動それ自体の意味を否定しているんだ。

「知らんかったー、ではすまんのやぞー。それが一番悪いのやー」

言われた気持ちはどうなんだと。

投稿: 招かれざる猫@畜群同盟 | 2006年12月12日 (火) 01時22分

アッテンボローさん、お久しぶりです。
塚、覚えてないかも。
久しぶりに覗いたら、なんだか荒れているみたいですけど、、、、
いちおー、ログを見たんですけど、「部落差別だ」と規定しなければならないような記述は、発見できませんでした。まあ、何が差別かなんて、主観でしかないから、それはそれでいいんだけど、、、
もう少し時間をとって、きちんと読み直してみます。ちゃんとしたコメントは、その後で。
Kさん、はじめまして。
あなたのコメントで、二つほどわからないことがあったんで、よろしければ教えてください。
「大磯事件」って何でしょうか?
ぐぐってみたけれど、Wikipediaしかヒットしませんでした。Wikipediaのあの記事って、どういう人が書いているのか知りませんが、中身がかなりいい加減なもので、大磯事件なるものについても、よくわかりませんでした。
Wikipediaの全国連の記事の中で、戦闘同志会を中核派の革命軍と混同している記述がありましたけど。あれは、完全な間違いで、そういうすっごーーーーーい間違いをしちゃう人しか、指摘していない大磯事件ってなんだろうって、不思議がっているところです。
あと、全国連が脱落者の氏名を暴露して攻撃しているってのも教えてください。全国連の存在は知っていますが、そこの新聞見たことがないもので、、、、、
まさかこれも、Wikipediaだけが情報源ってことはないですよね。
では、よろしく

投稿: shiro | 2006年12月12日 (火) 00時48分

 招かれざる猫@畜群同盟さん、Kさんへの返答を中心に書いていたので貴方のことはあまり意識していなかった。今回連続して部落差別に関する記事を書き、書き込みを巡って論議しているのは今までの私のブログの中ではあまり扱ってこなかった領域ですね。少なくとも記事の中でも書いたが私は革命運動・労働運動の一環として部落解放闘争に関わってきたから、全国連に所属している部落大衆のように解放運動を主にしてきたわけではない。
 「部落って、えらいのか?」と尋ねているが、私からすると不思議な質問だ。偉くも何ともないし、下らなくもない。部落民の中にも色々な人が居る。唯それだけだ。
 で、あまり性急に返事を求められても即応できないこともある。纏まったことから書き込んでいるのだが。
 

投稿: アッテンボロー | 2006年12月11日 (月) 22時55分

いわゆる差別問題等については言及はいたしませんが、ひとつだけ、阪神・淡路大震災うんぬんを、比喩に使うのはやめていただけませんか。あの時、確かに哀しいかな、仮設住宅に住まざるを得ない人間が何万、何十万という単位ででました。しかし、それは被災して家をなくしてしまった全ての被災者共通の問題です。地域コミュニティの崩壊があったことも事実でしょう。でもその中で雄雄しく復興に向けて努力した人間が多々いたのです。被災した全ての人間は生きることに必死で向き合ったのです。あの状況下で全ての被災者が納得できる救済策などだせるわけが無い。警察官、行政職員、民間企業社員、必死でがんばっていましたよ。それに対してあまりにもな言葉だと思われます。今から思えばもっとできることはあったことは事実でしょう。しかしあの冬空の中、その後の復興への道のりでの様々な人々の努力は、評価されるべきです。型にはまった震災への想念は是非捨てていただきたいと心の底から思う一被災者です。

投稿: ファイブ | 2006年12月11日 (月) 22時43分

アッテンボローさん

あなた、分かっててとぼけてるのか。それとも正味ピントはずれか。オイラは、これでもかなり押さえ気味で書いてるんだ。

オイラはあんたが似非だっていうことを暴く自信がある。もっとも、あんたがまともに言論するという前提でだ。

>私の感性

そんなことは誰も言ってない。勝手に歪曲して本質を隠蔽するな。当方の主張のポイントはあなたの論理的矛盾だ。それも核心においてだ。

部落差別のプライオリティを尋ねてる。
出身者なら、その出自に束縛されないといけないから、部落差別を第一にするべきだという論なのかという問い。ならば、オイラはそういうものを看過してもいいわけだ。出身じゃーないからな。オイラはオイラの出自を基準に考えればいいんだろ?

出自に関係なく、部落のプライオリティを論理的に検証してくれ。そしたら、当方もそれに応じるし、自らの態度が理論的に間違っているんだったら自己批判するよ。

>部落差別は日常の問題である。

はあ?
何をとろいことを言ってるんだ。お前の日常を強要するなって言ってるんだ。お前の日常だけが普遍するという論理を聞いてるんだ。ないなら、黙れ。理屈もなしにそれを強要するなら、同様にオイラもお前に強要したいことはある。

>ヤクザの組織に部落民が多数存在すること自体差別の
>一つの現れではないか。

ほんまにカスやな。ヤクザも社会、権力、資本の被害者か。じゃー、俺もヤクザになるかな。
貧乏でも地べたにはいつくばって生きてる人間がいる。そういう人間のことを考えたことはないんだろうな。我慢して我慢して黙って何も言わず我慢して頑張っている人間はいるぞ。

理不尽にリストラされて強盗する人間と何が違う?
感性とかで誤魔化さないで、しかり理論的に立論してくれ。そんなことでどんな運動ができるんだ?

>差別が無くなりつつあるなどと言うのは幻想に過ぎな
>い。

何をトンチンカンなことを言ってる。
誰が部落差別は全くないと言ったんだ?プライオリティというカタカナが分からなかったのか?優先順位ということだよ。あなたが部落にそれを見出す根拠を問うているんだ。出自が余儀なく要請するのかって聞いてるんだ。じゃー、オイラの出自も同様に尊重してくれよ。

で、出自にとらわれなければいけない根拠は何だ?

郵便局はトヨタの「カイゼン」が入ったんだろ?しっかり働けよ。監督者がいるときだけって、ズルばっかしてるらしいな。くだらん言い分けして。

部落って、えらいのか?

投稿: 招かれざる猫@畜群同盟 | 2006年12月11日 (月) 22時31分

 確かに私の感性は活動家の物であるかも知れないが、仕事を通じて知り合った多くの部落大衆がいるので、解放運動の闘士ではない人々も沢山知っているし、それらの人々の意識についてもある程度は分かっているつもりだ。部落大衆が差別糾弾のたたかいをあまり行わなくなっている昨今の現状の中で、差別は再び広がってきていると思うのが実感だ。 例えば不動産広告などでは「○○小学校校区」という表示がよく見られる。それらの校区は被差別部落を含まないことが殆どだ。何故その様な広告が多いのか。婉曲な表現で部落ではないと言っているわけだ。また部落に隣接する地域では大阪などから住宅を購入して引っ越してきた人々が短期間で自宅を売却して出て行ってしまうことがよくある。これはバブル崩壊以前からのことである。部落民と一緒に生活したくないという差別意識の表れではないか。実際問題私が少年期を過ごした大阪の衛星都市は部落が全くないために60年代に大規模開発が行われていこう人口が急増している。両隣の市には大きな部落が存在するために人口増加は緩やかだ。隣の市で住宅を購入した同級生も、部落の存在を嫌って地価が高いにもかかわらず元々過ごした市に戻ってきた。
 Kさんがどの様に言おうと関西の地においては部落差別は日常の問題である。関東など東日本には部落が少ないために解放運動の活動家でなければ資本も問題にしないだけのことだ。運動団体を介してヤクザが部落民を食い物にしていると言うが、ヤクザの組織に部落民が多数存在すること自体差別の一つの現れではないか。本人がどれほど努力しても生まれによって差別を受け、グレてしまったためにヤクザになる者も多い。確かにヤクザと結びついた解同幹部も多数存在している。だがその事で解放運動の全てをヤクザが食い物にしているというのは間違っている。
 2ちゃんねるなどで部落差別を煽る書き込みがまかり通っているが、それはどう感じているのだろうか。あるいは何の事件であったか忘れたが連続殺傷事件が起きたときに、犯人が部落民ではないにもかかわらず鈴木光二と言う作家(「リング」・「螺旋」などホラー小説の作者)が「犯人は部落民だから」と言う発言を講演の中でしたことがある。差別が無くなりつつあるなどと言うのは幻想に過ぎない。

投稿: アッテンボロー | 2006年12月11日 (月) 22時00分

連投です。そして、暴言です。

部落はえらいですか?
Kさんが言いたくても言えなかったのはこれじゃーないかと思っています。

それと、田舎の貧乏人カッペから見ると、昔国鉄今JRや郵便局ってそれはもう完全に勝ち組です。

田舎で水呑みと日雇いしてて怪我したら困るぞー
公園で(不法に!!)テント張って権利を叫ぶ人間より、ネットカフェをねぐらにしているおにいちゃんの権利はどうなんよ。
バイト・派遣で調整要員になってる人間は部落よりマシか。本人が悪いのか。

プライオリティなら、部落じゃーないだろって。
結局、自らの拠って立つところからしか見えない。我々は常に遠近法的倒錯でしか認識していない。そういう生物学的認識論の陥穽は乗り越えていない。
科学的理論からプライオリティを考慮すれば、部落じゃーない。被差別部落に住む人も科学的理論に準拠し、合理的に運動するなら部落は後回しだ。少なくとも、今は。そうなりませんか。

ならないですよね。なれないですよ。だって、日常があるもんね。それでいいんだ。拠って立つところを大事にするんだったらエエカッコで理屈は言わない方がいい。矛盾だから。隠蔽になるから。

今はどうなってるか詳しくは知らないんですが、被差別部落では中学卒業のとき数万(十数万?)円のお金がもらえたんですね(制度的な正確なことは確認してません)。
で、ゲーセンでその金=札びらを見せびらかし頬っぺたペタペタして「俺は○○やからのー」とニヤニヤするような人もいます。

京都の問題は特殊例外ではないんですね。

どうして、覚醒こそを第一のプライオリティにしないのか理解できません。フランス社会党の大統領候補はケネディーの演説を引いて「お前らが国や社会に何ができるかを考えろ」と言って党内の多数を得ました。「お前ら、もっと働け」とも言いました。それを右旋回と非難するのは簡単ですが、リベラル穏当派の多数市民の動向を軽んじる馬鹿サヨ的言動にこそ抑圧性を感じます。あいつらは結局、俺らの言うことなんか聞かないんだ。

Kさんが出自のアイデンティティにこだわることを要請(強要)する根拠とは何か。
国家が歌旗で要請するものとは違うのか。

んで、
田舎の水呑み日雇いにも部落程度の利権を与えて欲しい。俺の「部落」とはそういうことだ。話はそれからだ。

投稿: 招かれざる猫@畜群同盟 | 2006年12月11日 (月) 14時22分

仰山党投手より、ここで活動するように命じられたんですが、乗り気にならなかった。正確には長文を載せる前に消したんです。暴言だったからです。

私は基本的にKさんを支持します。
支持っていっても、「そうそう」と相槌を打つというようなものでしかないですが。

左翼前衛(=運動家?)は、連帯する従順な大衆を求めるようです。もう一つ求めているものがありますね。それは抑圧です。『運動』は本質としてパラドクスを抱えているということです。
運動家は差別などいろいろな抑圧を指弾して解消へ先導するという自負を持ちます。そのような自負は自己犠牲をも省みないでしょう。そこが問題です。
前衛は抑圧や差別を欲しているんですよ!!!分かりませんか?グロテスクな抑圧にこそ寄生するのが前衛運動家です。ですから、そういう腐乱がなくなれば一番困るのは運動に自らを見出している人たちです。

自分の内面の一番奥深くに問いかけても、「いや、違う」と言えますか。

差別、抑圧、不合理・・・そういうものをえぐり指弾し糾弾し、なくそうと全力で邁進する。結果、それらが解消すると喜びとともに何か空虚なものを感じ、次なる理不尽を探そうとしてませんか。

運動家は運動そのものに意味と価値を見出していることが多いと感じます。うん、本当にそうなんですよ。

もちろん、そうではない人もいます。でも、運動というプロセス自体より日常を大事にする人は運動に対してだんだん斜に構えるようになる。なぜかって、運動は常に自己充足的になるからです。日常の生を大事にする人は日常の充足を大事にします。

何のための運動でしょうか。
ささやかな日常を大事にするのはいけませんか。

自分の家族や子供より、外国人労働者やホームレスの人のために休日を費やすのはいいことですか。いや、いいことに違いないんでしょうね。でも、それこそが間違いだと思います。単に自分は「善き」ことをしているという自負に酔っているだけです。善行による喜びは他のことよりドパーミンが放出されるんですね。苦しさはランナーズハイのように後から押し寄せるエクスタシーに変わる。SMって分かりませんが、痛めつけられているという精神的肉体的受苦は大きな喜びになる。それが道徳からも、ML科学的理論からも高い価値を与えられているという自負がより大きな喜びとさせる。

そういう人たちがいる。そうでなくて、日常をつつましくも楽しく生きたいと思う人もいる。

そういうことを延々と考えたことがありますか。
徹底させたことがありますか。

日常をささやかな楽しみの中で生きたいと思う人間を糾弾するような自らは美しいですか。正しいですか。善いですか。

部落差別の運動の本質なんて八鹿事件ですべて出ています。変わってもいません。
目的とされている日常は常に犠牲になっているんですよ。そういう倒錯に鈍いのはやはり酔っているとしか言えません。

この社会における腐乱がなくなって一番困るのは左翼前衛あるいは運動家(と呼ばれる人たち)です。

Kさんの言いたいことが分からんから、ここで発言している他のすべての左翼な方、運動家の方、アカンね。
私はそういう人間に我々の日常を荒らして欲しくないと心から思っています。

正しさ、善さ、そういうものは物差しで変わります。
でも「生きる」っていうことの多数はKさんにあります。それを正しさ、善さによって指弾すること自体が間違っています。そういう正しさや善さが一番抑圧的だし、もう完璧に要らないんですよ。

(なお、その「正しさ、善さ」それ自体も間違っているという立論もあります。それが趣旨ではないので言いませんが。)

投稿: 招かれざる猫@畜群同盟 | 2006年12月11日 (月) 13時44分

>>セクトNo7さん
>>少数でも地域共同体の中に残ってしまう人たちがいます。そのような人たちの心のよりどころとなるものが必要だとは思いませんか?

よりどころが必要だか、よりどころとなる「組織」になるかあれが(苦笑)。旧来のヒエラルキーにどっぷりつかったあれが。

>>それは消えたのではなく「寝ているだけ」だと思います。ボーダレス社会の不満の捌け口として、いつでも再利用できる処方箋ではないのでしょうか。

保障するよ。温存しているのは政府や行政じゃない。人権屋や教員、活動家たちのいる組織だ。やつらが温存している。どうでもいいことほじくりかえしてな。啓蒙教育とやらで温存しているんだよ。飯の種になるらしいしな。「寝ているだけ」を起こすのも多分やつらだ。

>>でも、全てが利権屋の構成員であるわけないですよね。これは組織の腐敗であって部落解放運動の腐敗ではないと思いますよ。

すべてが免責される魔法の言葉だな。その言葉にだまされた一般庶民が大量にいる。同輩もな。組織=運動がほぼ成り立つことぐらい知らないわけ無いだろう。紙芝居屋だけだった時代じゃないんだよ。

>>まことさん
そんなのは「兄弟」でない「同輩」だったら、誰でも知っている話だ!

だがゲットーはゲットーだろ。日本人のケガレ思想が江戸時代から始まったとは思っていない。生き物殺して工芸品作る人間たちをまとめた地域だ。ユダヤじゃないがケガレを一箇所にまとめた地域だ。ルーツが江戸幕府でも室町幕府でも平安時代でも縄文時代でも対して変わらん。

つまり、まことさんの言うことは「俺たち同輩がケガレているからそれは認識しろ」ということだな。

それだけ俺たち同輩に負い目を感じて生きろということを強いるんだな。「国際人権派」の名が泣くぞ。そうやって人権屋は簡単に解消される問題をとことん引きずるのが好きなようだ。そんなのは本の中だけにしておけ!!
差別はなくならない?そんなの当たり前だ!でもな「日常生活に支障をきたさない程度に見て見ぬフリ」ぐらいはできるんだ!
アイヌだろうが、琉球だろうが、薩長だろうが同じ日本人だろ?それでなんの問題がある。

そうかそうか俺たちはケガレているか。悪かったね「国際人権派のまことさん」。俺たち同輩の献血は受けないでくれ。理由は一番わかっているだろう?

そうやって琴線に触れる所を人権屋連中はなぜ容易に触れる。

今日は長レスばっかで失礼。

投稿: K | 2006年12月11日 (月) 12時34分

横から失礼します。
Kさん

>小中学校では俺たちは「強者」だった。「いじめ」があった場合間違いなく「地域」以外の同級生がターゲットになっていた

ようは差別の裏返しのようですね。こんな記憶がいじめられた方にあると「部落の連中は~」という陰口の原因になったりするんだと思いますよ。

>人事の方にも「組織の人間じゃなければ全然問題ない」といわれるし

公式にはそう言うしかないでしょう。まさか「尻尾があるのか?」などと聞く馬鹿は、今いるわけないでしょうが。

>要は先輩諸氏の活躍や時代が進んだことで、もはや本来の我々に課せられた意味が消失しているんだと思われた。

確かに時代は70年代以降は大きく変わりました。朝鮮人の食べ物だったキムチは、いまやスーパーの目玉商品になったりしてます。でも、最近自分で作ってるんですが、スーパーのキムチって「アミノ酸漬」で、本来キムチは発酵食品なんで別ものなんです。(これが余談っていうやつです)

あなたの言うように自然と差別も部落という言葉も消えていくならそれも良しと思いますが、少数でも地域共同体の中に残ってしまう人たちがいます。そのような人たちの心のよりどころとなるものが必要だとは思いませんか?現在の組織が同和を食い物にしているという現実は確かにありますし、解放同盟・全国連その他大小の組織に多かれ少なかれ似たようなことがあると思います。組織っていうものはそんなものだと思ってます。
でも、全てが利権屋の構成員であるわけないですよね。これは組織の腐敗であって部落解放運動の腐敗ではないと思いますよ。(危ない線だけれど)やはり、まことさんが書いてるけれど運動の発展のためには、他の運動との接点なり共同行動が必要だったんでしょうね。兆候は狭山のあたりにあったんだけれど、三里塚を巡るあたりからおかしくなったような記憶があります。この点に関しては戦闘同志会の活動が原因のひとつでもあったと思うよ。アッテンボローさん。
まあ、大きな流れとして右翼労線統一という流れがあって、国鉄の民営化があって、という時代の流れの中でのことだとは思うけれど。

>ヤクザ組織の6割が同輩だという事実を忘れてはいけないのだ。

詳しい比率は知らないけれど、在日朝鮮人と部落出身者が、かなりの率を閉めているという話は聞きます。それだけの社会的な条件がある=差別はあるという事実の現れでしょう。ですから差別されている人たちのよりどころは必要であると思うし、差別を是正させていく団体は必要でしょう。部落の実態については東北では顕著には見られないので良くは分かりませんが、「家は何処そこ」だという表現では「何がしかの」ものはあるようです。部落とはかなり開きはあると思いますが。

「部落出身者は(全員)自分の出身を明らかにして、差別と闘うべきだ。」とは思いません。人それぞれの在りようだと思いますし、闘わないですめばそれに越したことは無いとも思います。但し、差別は今は見えなくなっているところもありますが、それは消えたのではなく「寝ているだけ」だと思います。ボーダレス社会の不満の捌け口として、いつでも再利用できる処方箋ではないのでしょうか。

Kさん、私はあなたの生き方を否定しようともあなたが見てきた現実が嘘だとも言うつもりはありません。それも一面の事実ではあったでしょうが、そうではない現実を背負って生きている人たちもいると思いますよ。

アッテンボローさん
「部落差別書き込みを許さない」との標題は、確かに気持ちは分かるけれど、こんなに力むことじゃないと思うよ。まことさんじゃないけれど
><人間というのは「差別をする動物」なのだ>
という前提にたって、真剣にボチボチ進むしかないのだと思うな。

穢れの問題まで含むと大変なんで、そっちはまことさんにでも任せるわ。長々と失礼しました。


投稿: セクトNo7 | 2006年12月11日 (月) 10時31分

被差別部落を「江戸幕府によって作られたゲットー」(Kさん)のようにみなす議論は一時期まではかなり有力でしたが、昨今の研究では被差別部落のルーツは<江戸期の武家政権の身分政策では無い>ことが明らかになりつつありますね。武家政権が民衆統治のために差別を利用したのは事実ですが。

この部落差別というのは経済的貧困とか支配層の身分政策などに回収され得るほど「ヤワ」な問題ではありません。いわゆる「ケガレ意識」など、「日本」列島の民が歴史の中で培った意識が差別を創り出しているという面を見過ごすべきでは無いと思います。

結論を書いてしまうと、部落解放運動および「同和対策事業」などの戦後の諸政策などが部落差別を相当程度緩和してきたのは事実でしょうけど、この問題が「日本」列島の民の「古層」に基底している以上、そうそう簡単には解消しないと私は考えています。

また、差別は何も被差別部落だけはありません。在日・来日外国人、障害者、アイヌ・朝鮮民族などの少数民族、ジェンダー等々。こうした人達への差別も、そうそう簡単には克服できないと思います。例え、<プロレタリアの独裁による社会主義革命>というプロジェクトが具現化しても。

わたし自身を含め、<人間というのは「差別をする動物」なのだ>という認識を前提にした上で、いかに不当な差別を是正していくのかを<真剣に>模索していくべきだと考えています。

投稿: まこと | 2006年12月11日 (月) 08時25分

↑まぁこれは気をつけてくれぐらいだ。なんてったってアッテンボローさんは活動家だ。
>>>>部落解放同盟全国連合会
にも食い込んで活動しているんだ。活動家の人脈はたいしたものだろ?
俺ら同輩が食い物にされるよりは状況はましだと思うぞ。

投稿: K | 2006年12月11日 (月) 05時49分

正直俺は何度も言うが普通の生活しているし、特措法以降の2世3世の同輩たち(兄弟でない)は都会に出て(主に元々差別のほとんどない関東地域)、普通に暮らしているし出自も関係ない生活をしている。
活動家にとっちゃ同輩たちが平穏に暮らしているのは気に食わないらしいが、俺はそれなりに満足している。

なんてったって昔は「サムライ」とか「武士」なんて口が裂けても言えなかったが、今じゃ「侍のように生きる!」なこと言ってもかまわないわけでさ。剣道とか武道も大手振ってできるわけだ。一般人から意味不明な襲撃を受けるわけではない。献血の血を捨てられるわけではない。土建以外の大手にも普通に勤められるし、責任ある仕事も実力しだいだ。
だれもが平等な日本人同胞として認めてくれるんだぜ?祖先や先輩諸氏の艱難辛苦の時代に較べてどれだけ良いんだよ?十分だろ?活動家たちには不十分でも一般の同輩にしちゃあ十分なんだよ。

そこを勘違いして欲しくないな。

後気になったが、「元は●●」なるHNの人が来なくなったのは本格的に動いている可能性がある。
「なのなの勢力」氏が破滅しようがどうでも良いが、アッテンボローさんは資金豊富な「枠」もちの郵政公社勤務だ。半年たっていきなり失職とかなければいいが。徴候が見えた時には
>>部落解放同盟全国連合会
の知人にでもすがることだ。ただ相手を選ばないと骨までしゃぶられるぞ。気をつけてくれ。小説「無間地獄」のような連中が普通にいる世界だからな、あれは。

投稿: K | 2006年12月11日 (月) 05時37分

>>まことさん

まことさんの書いているように、あの運動はある一定の成果が上がった80年代半ばに終了して、あとは「地域」の消滅に持っていけばよかった。90年代に入ってからは「運動」そのものが罪悪になってしまった。

アッテンボローさんの書いている
>>だが、就職や結婚の際に興信所に依頼して戸籍を遡って調査させる差別者は日本中に存在するのだ。もしあなたの子供が部落差別に立ち向かう覚悟がない状態で差別に直面し、衝撃のあまり自殺したとしたらどうする?

この言葉に酔うか、脅されるだけの存在になった90年代には「運動」としては末期的なものとなっていた。21世紀になってもこの言葉が世の中大手を振っている時点で末期症状は進行していると思う。

同和対策事業特別措置法
(目的)
第一条
 この法律は、すべての国民に基本的人権の享有を保障する日本国憲法の理念にのつとり、歴史的社会的理由により生活環境等に安定向上が阻害されている地域(以下「対象地域」という。)について国及び地方公共団体が協力して行なう同和対策事業の目的を明らかにするとともに、この目標を達成するために必要な特別の措置を講ずることにより、対象地域における経済力の培養、住民の生活の安定及び福祉の向上等に寄与することを目的とする。

(この法律の失効)

 この法律は、昭和五十七年三月三十一日限り、その効力を失う。

これを素直やってりゃ問題は起こんなかったんだよ。そして特措法だから目的達成のち終わらせておけば良かった。いつまでもゲットーに住めという法律ではないことは確かだろ?まことさん。

投稿: K | 2006年12月11日 (月) 05時19分

早く起きたのでコメントを。

>>kogomi さん
>>30兆の利権にありつける
と、実際よりも水増しした金額を述べるし、

ここの記述だが、
「30年間で15兆円を国からむしり。300万の兄弟がいる」
とか言われているが、帳簿上に記載されないこまごまな金を含めると2倍以上言っているのではないかと親戚の「兄弟」筋からは聞いたことがある。公に言われている額の15兆円は相当少ないと思う(かなり膨大だが)。
30兆円と書いたのはうかつだったかもしれない。だがそれだけ利権の闇は相当なとこに言っているということは知ってくれ。

>>私の就職の時は都道府県名しか書かなかったですし

これはおかしいぞ。
実家の住所=本籍地だった場合は?大学で購入する履歴書には実家の住所は記載されるはずだ。大学によってちがうのかなこいつは。
個人的なこと言うと、兄妹揃って同じ東京のアパートにすんで大学には通った。実家は地域(近年は地域からは出て地域から少し離れた場所に住んでいる。あまり離れると「兄弟」となった親戚がうるさいからな)にある。

俺は履歴は正直に書いたよ。人権教育がいかに嘘っぱちの糞かは大学で知ったし隠すこともないしな。経歴詐称とかにはならないのか?

>>だからこそ、これまで管理人さんの活動家としての生き様や、思うように働けない病状を執拗に責め立てていたんだろうし、
労働運動・組合活動にイデオロギー的要素が入り込むことを嫌悪していた、と。
>>過去の傷から逃れられずに管理人さんに甘えていたのはKさんの方かな? なんて今は思ったりしています。

俺の深層心理は専門家の仕事だ。そこまではわーかりーません。

だが言っている事は開発職の製造メーカ勤務としては間違っていないと思うぞ。「甘い」というかアッテンボローさんの記事は「だらしがない、情けない」に属するからな。
労働運動活動家としては全然機能していない人が空論の活動方針(しかもピント外れ)垂れ流すのにカチンと来たのは事実だがね。

ちなみに後日談だ、内定懇談会の時。へんな思想とかは全然持っていなかったし、自慢じゃないが大学、大学院の成績は良かったしな。

>>少なくとも今、「同和」行政の矛盾がにわかにクローズアップされ噴出しているこの時期、余程注意して意識してかからないと、何だか今の政府の「ワナ」みたいなものに引っ掛かってしまいそうな気がします。

こいつは俺の予想なら一時的なものだ。すぐに元通りになるさ。それだけ「闇」は深い。
最善なのは政府が音頭とって強力で強引な摘発しまくって「地域消滅」ぐらいまでやって欲しいね。ただ政府の内臓ごと出てしまう可能性があるからやる可能性は極小だ。

ちなみにこの問題ははアンタッチャブルだよ。関われば関わるほど不幸になる。良心売って金をすする運動に変質しまくっている。人権啓蒙の看板のある役所はすべて汚職に関わっていることは保障する。

投稿: K | 2006年12月11日 (月) 04時57分

すいません、0:13:44の発言も私です^^;

確かに私は、「地域外」の人間です。「差別主義者」という御立派なものでは無いと自分では思っていますが、

少なくとも今、「同和」行政の矛盾がにわかにクローズアップされ噴出しているこの時期、余程注意して意識してかからないと、何だか今の政府の「ワナ」みたいなものに引っ掛かってしまいそうな気がします。


解放運動する「から」差別されるのか?
声を上げる「から」悪いのか?

これは何も、この問題に限ったことではないと思うのですが?


私は、この討論の成り行きを、しっかりと見届けたいと思っています。

投稿: kogomi | 2006年12月11日 (月) 00時22分

差別解消の方法論として、「寝た子を起こすな」論に正当性があるかどうかは、議論の余地のあるところだとしても、

今この類の差別が解消しかかっているのかどうかという現状認識については、かなり慎重になるべきでは無いでしょうか?

何だか重箱の隅を突付くようですが

>ちなみに俺は就職の本籍は故郷の住所を書いたが、全然普通に通ったぞ。すくなくともあの不景気でも書類選考や1次で落ちたことは無い。

>人事の方にも「組織の人間じゃなければ全然問題ない」といわれるし(それ以前にそういうことを知らなかった)

Kさんは、本籍住所を書くように言われたのですね。
私の就職の時は都道府県名しか書かなかったですし、それこそ「詳しい住所を迫られても応じる必要性は無い」と、貴方の嫌悪する「人権教育」の時に教わりました。

人事のかたにこのようなことを言われたのは、就職時なのか、後日談なのか解りませんが、就職時なら明らかに踏み絵を踏まされているし(何か問題が起こっても騒ぎ立てるなよ、と)後日談だとしても、会話のシチュエーションがとても気になります。

投稿: | 2006年12月11日 (月) 00時13分

すいません、性懲りも無くまた来ました。

>>何故、(Kさん)あなたはここで、HNとは言えカミングアウトする気になったのか?
という私の問いに対する答えなのですが、
想像するに、管理人さんの発言のどこかしらが引き金となって、過去をフラッシュバックさせてしまったのでしょうね。
本当の意味で差別解消に尽力するのではなく、
>「ヤクザ」そのものだ。そういう連中に目をつけられると普通の生活なんてできない、
>むしろ骨までしゃぶられる。
運動体の中に多少なりともそのような状況がある…といったレベルでなく、ほぼ丸ごと、救いようの無い状況であったと。
そんな状況と決別し、袂をわかった過去を思い出させてしまったのでしょうか。

だからこそ、
>30兆の利権にありつける
と、実際よりも水増しした金額を述べるし、
(参照記事:>同和対策事業には約15兆円もの公金が投入されhttp://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4796635467/bookmark040-22/249-6080469-3264340?%5Fencoding=UTF8&camp=247&link%5Fcode=xm2)

だからこそ、これまで管理人さんの活動家としての生き様や、思うように働けない病状を執拗に責め立てていたんだろうし、
労働運動・組合活動にイデオロギー的要素が入り込むことを嫌悪していた、と。

実のところ私は、「甘えんな」という言葉を連呼するKさんを見ていて、『本当にイヤなんだったら、初めからこんな(失礼w)ブログに拘泥せずともさっさと見切りをつければいいのになぁ?』…と、前から思っていましたが、

過去の傷から逃れられずに管理人さんに甘えていたのはKさんの方かな? なんて今は思ったりしています。

投稿: kogomi | 2006年12月10日 (日) 23時54分

これは在日コリアンの運動体(朝鮮総連)にも言えることですが、本来は差別の是正を目指すための措置に「暴力団」等のアウトローが入り込む一因には、これら政策が運動体と役所との間での取り決めや役所内の通達など、一般市民の目に見えない所で内部的に決定されてきたということにも一因があるでしょう。だから、これら政策に市民的チェックが十全に行き届かなかったわけです。

本来はこうした内部的取り決めを法的権利として明確化する-マイノリティに対するアファーマティブ・アクション(積極的差別是正措置)として確立する必要があるのです。まあ、それを為し得なかった背景には政府・自民党が差別の解決に真摯では無かったという面もあるわけですが。

さらに、部落解放運動の場合は、いわゆる「窓口一本化」の問題もありますね。部落解放同盟のような運動体が種々の同和対策事業の事実上の「窓口」機能を担ったがために、部落解放運動がより「利権」が持ち込まれ易い体質になってしまったと思います。

投稿: まこと | 2006年12月10日 (日) 07時42分

>私は部落解放同盟の運動は被差別者が多様な人生を送り得るようにするための人権の普遍的保障を確立するための運動へと脱皮すべきだった

↑のくだりは

「私は、部落解放同盟の運動は被差別者が多様な人生を送り得るようにするための前提となる人権の普遍的保障の確立を目指す運動へと脱皮すべきだった」

に訂正します。

投稿: | 2006年12月10日 (日) 07時25分

アッテンボローさんのご意見を読んで率直に感じたことは、「『マルクス・レーニン主義者』としてはそういう『論理』を取らざるを得ないんだろうな」ということですね。

ただ、被差別民は「主体を築く」べきだと言われますが、「主体」を持ちたくない人にとっては「主体性」を迫られることも、結構「暴力的」なことではないかと思いますよ。「主体性」というのはある種の「従属性」とコインの裏表のものですし。

例えば、いま取り沙汰されている「『愛国心』教育」なるものは日本国民としての「主体」を涵養するためのものですね。しかし、「日本国民」では無い人、あるいは国家が押し付ける「愛国心」を峻拒したい人達にとっては極めて不愉快なことでしょう。

長々書くとキリが無いので結論を書きますが、私は部落解放同盟の運動は被差別者が多様な人生を送り得るようにするための人権の普遍的保障を確立するための運動へと脱皮すべきだったと思いますし、運動の対象についての被差別部落に限らず<差別に苦しむあらゆる民衆>に射程を拡げるべきだったと思います。

部落解放運動が一定の成果を獲得した後もなお<被差別部落民のための行政闘争・差別糾弾闘争>の枠組みを超出しようとしなかったことも、民衆から部落解放運動体=「利権団体」視される一因なのでは無いでしょうか。

投稿: まこと | 2006年12月10日 (日) 07時22分

連帯の内実とは

アッテンボロー様、はじめまして薩摩長州と申します。私も貴殿と同じ党派の者でした。私が除名されたのは、ちょうど貴殿と入れ替わりくらいのタイミングであったと思います。

「被差別人民の立場にどれだけ接近できるか、自己変革を懸けて何処まで連帯できるかを追求してきた」と言うアッテンボロー様の言葉の内実は、実際には一人一人の党員の活動に対して「過激派」の名の下に、その家族や親類縁者も含めて国家権力の弾圧はもとより、社会的経済的抑圧が容赦なく降り注ぎます。特に私らの党派には階級的憎悪以外の何者でもない抹殺的なものが。この困難を被差別人民への差別抑圧と同質のものととらえ、それとの党としての闘いを通して各主体が乗り越えながら連帯の質をたかめてきたのだと思うのです。

この内実をもって党は、被差別人民に連帯を求めてまいったと考えています。私はkogomiさんの「寝た子を起こすな」論へのアッテンボロー様の意見に基本的には同意するものですが、ずっと眠り続けている子は寝かせておいてあげればいいのではないかと思ったりしています。寝たくても眠れない子もおられるでしょうし。ただアッテンボロー様のおっしゃるとおりこんにち国内外の激動はグローバリゼーションと競争原理の席巻を物質的基礎とし、安穏としたバブル期と失われた10年には想像もつかないような差別・排外主義を日本帝国主義はまき散らしているように思います。競争原理が支配する社会は莫大な敗者を生み出します。敗者の不満怒りはどこへ向かうのか、そんな社会に対して政治闘争として爆発するか、社会的弱者への攻撃となって現れるのか、そんな時代に突入していると思うのです。

そんな時代に、前衛党は政治闘争への道を提示しつづけ、連帯と結集を呼びかけてゆくものであり、広範な人民大衆も被差別人民もまずは、自らの階級的自覚と、それにともなう主体的力量に応じて関わってゆけばいいと思っています。少々ボリシェリズムに反したことを言うようですが、そこからしかなにも始まらないと思います。要は本人の自覚次第だと思うのです。

落ちてしまった私が偉そうなことをいえる立場ではないことは重々存じておりますが、あのときの思いは今でも変わらずとおじゃましました。いまは日雇い派遣労働者として細々と暮らしている毎日ですが、悔いはありません。

横槍失礼いたしました。

投稿: 薩摩長州 | 2006年12月 9日 (土) 22時13分

あと300万も同輩はいない。30兆の利権にありつける人間が300万と言っているだけだ。

連中の言う300万の兄弟(これ嫌いなんで同輩という)なんていない、奴らの兄弟は甘い汁を吸う数万の連中だ。
すでに対していないし、真の地域出身者はあと50年もすれば消えるというのが普通の暮らしをしている同輩としての意見だ。それで初めて我々は解放される。

投稿: K | 2006年12月 9日 (土) 13時22分

>>別に今すぐ部落解放の闘士になってくれと言う気はないのであるが、怒りの種火は絶やさないで欲しい。

すでに地域からは心身ともに解放されているからその気はない。出自に関する怒りは持っていない。
そもそも怒りとはなんだ?勝手に思い込まないでくれ。その怒りを子孫に持たせないために先輩諸氏は活動した。
怒りを永続的に持続させたい同輩はイデオロギーにはまったのは事実らしい。

>>部落その物を地域として消滅させるべきであったと言うが、人間は共同体の中で生活しているのだ。地域の繋がり・付き合い・絆によって生かされている面が多々ある。

あれは江戸幕府によって作られたゲットーなんだ。ナチスに収容されたユダヤ人はゲットーにいつまでもいるべきと言っているようなものだぞ?

貴方たちが良く言う権力者によって強制収容された収容地域なんだよあれは。たしかにゲットーの歴史が長いから地域面や共同体は存在するし「地域」内の厳しいヒエラルキーなんてその一つだ。

だが収容所は解体すべきなんだ。カムイも収容所から出たくて忍者になった。
だから若い連中は俺の親父たちみたく外へ出していく必要がある。そして残留した人たちへの経済的、法的保障という意味で特措法はあったはずだった。

アッテンボローさんの言っていることこそ我々を「地域」に縛りつけようとする真の差別主義に思えてしょうがない。

実際、今矢面に立たされている連中は40代くらい(貧しさと差別を知っている最後の世代だろう)だが、父親が活動家で活動を引きついだ人間たちがエセとなってる場合が非常に多い。悪いことにそれを正義だと信じているから改善しようがない。
正直代を重ねた活動家は活動が自己目的化してしまい運動依存症にかかってしまいそれ自体が害になる。活動を子に引き継がせた悪い点の末路を本部団体から容易に見て取れる。俺の父は正しかった。

>>だが、就職や結婚の際に興信所に依頼して戸籍を遡って調査させる差別者は日本中に存在するのだ。もしあなたの子供が部落差別に立ち向かう覚悟がない状態で差別に直面し、衝撃のあまり自殺したとしたらどうする?

そういった脅し文句に脅されて「食い物」にされている同輩がたくさんいる。まさしく俺らのような同輩を「地域」やそのしがらみに閉じ込めいつまでも「解放」させないための悪しき策略にアッテンボローさんが荷担しているといういい例だぞこれは。

アッテンボローさんの思想信条については文句はいわない。俺が良く言うのは方法論や現実論に関してつっかかっているだけだ。
だがその思想信条がヤクザ団体に甘い汁を提供しているから関わって欲しくないだけだ。

投稿: K | 2006年12月 9日 (土) 13時04分

アッテンボローさんはやはり「活動家」だと思う。あまりに認識が乖離しているので再度書き込みをすることにします。


正直、俺は普通に育った。ああいう地域の育ちや意味を小中の教員たちに教わって自覚した。
小中学校では俺たちは「強者」だった。「いじめ」があった場合間違いなく「地域」以外の同級生がターゲットになっていた。「地域」のあるところの学校でそこに所属する人間やその解放組織につながる教員が「地域」以外の子供に「陰湿ないじめ」をやっていたとしても別に不思議ではないと書いておく。

普通の人間に出自を隠したことはない。人事の方にも「組織の人間じゃなければ全然問題ない」といわれるし(それ以前にそういうことを知らなかった)、関東に来てからはむしろ
「未だにそんなん残ってるんだ関西は。野蛮な地域なんだな(笑)」
と逆に笑われる始末だ。要は先輩諸氏の活躍や時代が進んだことで、もはや本来の我々に課せられた意味が消失しているんだと思われた。それこそ先輩諸氏が思われた世界だったんだろうともな。

正直普通の世界での支障は全く無い。でもあえておおっぴらに言えない理由は、各種圧力団体や人権団体、労働組合に食い物にされないためだ。
正直一般従業員たちに言っても、うちの組合幹部には絶対に言わない。何がしのダシにされるからな。
他の同輩が出自を隠しているのは、そういう連中が寄ってきて何がしの「食い物」にされることを恐れているのだ。とくに本部団体は「ヤクザ」そのものだ。そういう連中に目をつけられると普通の生活なんてできない、むしろ骨までしゃぶられる。

人権を叫ぶ活動家や団体がいくら善意や思想を振りかざしていても、連中の冷酷なネットワークの片棒を担いでいるにすぎないのだ。どんな組織も知らない間にヤクザ連中のコマにされている。
>>部落解放同盟全国連合会
も小規模とはいえそのコマの一つだ。そっちのヤクザ連中に実際に抗う気が無いなら全く関わるなということだ。

繰り返すが、出自を隠すのはは俺らは差別で苦しんでいるためではない。出自を食い物にしようとする各種活動家(人権、左翼、労組など)や組織(本部組織や暴力団がらみ)の連中から逃げるために隠している。ヤクザ組織の6割が同輩だという事実を忘れてはいけないのだ。

投稿: K | 2006年12月 9日 (土) 13時02分

皆様、こんにちは。
GOさん、リンクありがとうございます。

戦線=空間を余り広げるのも良くないと思いますけど、以下のサイトでこの問題を話題にしました。
http://8243.teacup.com/tamo2/bbs

うってつけと思われる人に参加を呼びかけたのですが、拒否されました。そちらで、小生が思うところを書きました。ご一読下されば幸いです。

投稿: TAMO2 | 2006年12月 9日 (土) 10時37分

 私はあらゆる差別に反対する立場で、差別の無い人権社会を理想としています。その為、このような発言は到底容認できません。差別発言は言葉の暴力であり人を傷つけ、時には自殺に追い込むケースがあるからです。
 又、被差別部落に対する差別発言は、差別の中でも非常に悪質であります。
 被差別部落出身者は封建社会から、他の身分と分離させられ、衣・職・住等あらゆる生活面で厳しい状態におかれてきた。生まれながらにして、人間として当然得られる権利を奪われ、人間としての尊厳を奪われてきたのです。
 被差別部落出身というだけで結婚が破談になったり、就職の際差別(「部落地名総鑑」事件)が行われ働く場所を確保出来なかったり等の非常に厳しい環境におかれてきました。過去に差別を受け多くの自殺者まで出た次第です。
 又、1963年に殺人事件が起き、捜査に行き詰った警察は、被差別部落出身者というだけで、なんら証拠もなく逮捕されウソの自供を強要された冤罪事件(狭山事件)もあります。
 これは、付近の住民が「こんな事件を起こすのは部落民だ」という証言がきっかけに起きた冤罪事件です。この問題は現在でも闘いが続けられております。
 被差別部落問題には、このような悲惨な歴史があります。
 全国水平社(現在、部落解放同盟)が結成され、長年に渡り多くの取り組みが行われ、かなりの成果を挙げれきました。
 私は差別書込みに対しては過去の経緯を踏まえ、先人達の取り組みを無に帰すのではなく、徹底的に糾弾すべきと考えます。
 決して何人たりとも、人権や人間の尊厳を否定する自由は有しません。

 アッテンボローさんの闘いを断固支持します。

投稿: トロ | 2006年12月 9日 (土) 02時04分

Kさんの件を見て、白土三平の「カムイ伝」を、思い出した。話の筋は正確に思いだせないが、自分の属していた出自(または組織)から、縁を切ってのがれようとするのだが、できない。結局社会変革が必要じゃないのかということを思わせるような筋だった。

投稿: mao | 2006年12月 9日 (土) 01時51分

どうもこんばんわ
昨晩は、記事および寄せられたコメントを見て、「う~ん」とうなっていました。Kさんの「郵政関連」コメント群にどう返答(あるいは反論)すればよいかいろいろ考えていた矢先に3日の記事への「枠」関連コメントです。(はっきり言いまして、「枠」の意味が最初分かりませんでした。)これを見て「あーこれはKさん言ってはいけないことを言ったなぁ~」と思いました。
私から「有効な」反論や援護射撃?ができず(できないのは、私がそのような運動方面には全くかかわっておらず、また「被差別部落」出身者の友人等もいないからです)管理人さんを非難する声も大きい中で、かなりまいっておられるのではと思いましたが、新しい記事がでてきてなによりです。TAMO2さんがほぼ「的確な」コメントをされてましたので、救われたような気持ちです。(TAMO2さんのブログは、お気に入りに追加しました)めげずにがんばってもらいたいと思います。

投稿: GO | 2006年12月 9日 (土) 00時09分

ええっと、何か書こうとしましたが、ここの記事を読んで以下のサイトのいくつかのトピックが参考になるのではないか、と思いました。コトの本質を見事に突いていると思います。

http://www.miyadai.com/index.php?itemid=369
【当事者性を括弧に入れた「包摂と連携」】
【弱者権益と左翼利権のもたれ合いに敏感たれ】

投稿: TAMO2 | 2006年12月 8日 (金) 23時29分

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