規制緩和という悪夢
昨日の記事に「外見が良く見える男はホモだー」と言う書き込みがあったので、ついつい高校時代の出来事を三つ思い出してしまった。一つは一年生の時、電車通学をしていたのだが、部活だったか塾だったかで帰りが遅くなったときのこと、電車の中で突然男にナンパされたことがある。「お茶でも飲みませんか」と言われて慌てて断ったのだが、電車を降りてからもその男が付いてくる。怖くなって駆け出したら、相手も追ってくる。公園の茂みに隠れてやり過ごしたが、怖かった。二つめは高二の文化祭の時に後夜祭の企画でおかま美人コンテストというのを行った。参加者の人数あわせのために私も参加して裏声で一曲歌うハメになった。実家の押し入れを探せばその時の写真が残っているはずである。友人には結構受けていた。三つ目はその時のことが影響しているのかどうか分からないが、失恋がきっかけで、近くに女性がいるだけで吐き気がすることが一時あった。生徒会の役員でたまたまコンビを組んでいた一年生の男子と私とが出来ているという噂がまことしやかに流されたことがある。今で言うボーイズラブで、私が攻めであったらしい。
実は先日高校時代からの友人と数年ぶりにあって酒を飲んだのであるが、その時に95年に日経連労働問題研究会が出した報告書の話題になった。件の労問研報告というのは当時の日経連が毎年年頭に発表している経営者側の春闘方針なのであるが、当時はまだ色濃く残っていた終身雇用制・労使協調路線・企業内組合という日本経済の体制内的発展のために有効に働いた制度を叩きつぶして、雇用形態を抜本的に変更することが謳われていた。雇用形態を大きく三つに分類し、企業の経営に参画するような幹部候補生のみを終身雇用とし、残る二つは数年単位で契約を更新する研究職や現場の管理職などと、パート・バイトなど今日で言うフリーターなどの短期雇用の使い捨て労働者とにするという物であった。当時の労組はあまり重要視していなかったように記憶しているのだが、中核派は労問研報告を実際に読み合わせして職場の運動の中に対抗軸を作ろうとした。
当時出版された本で、残念ながら読むことがなかったのだが「規制緩和という悪夢」と言う本が出ている。95年に文藝春秋社から出版された内橋克人とグループ2001による物である。読んだ人の話では当時にしては珍しく労問研報告の問題性について論じ、当時の政財界で声高に言われていた「規制緩和」を批判する物であったらしい。基本的に当時の政財界の主張は、労基法を始めとして、企業に制約をはめることで雇用の確保や各種食品や建築基準などの安全性を確保する法制度を時代遅れであり、規制を緩和することでバブル崩壊後の日本経済再生を目指すという物であった。実際今日、建築基準法が改悪されることで耐震偽装問題などが発生し、派遣対象業種の拡大で多くの職場で正規雇用に替わって派遣を始めとする非正規雇用労働者が多数を占めるようになっている。
今日の毎日新聞朝刊には、00年の規制緩和によって新規参入が容易になったバス会社で、労基法違反による行政指導を受けた会社が00年の20社から05年には四倍の85社あると報じられている。今月18日に大阪吹田市で死傷者27名を出した事故においても運転手の過労による居眠り運転が原因との見方が強まっているという。05年の調査は対象が118社であるからその比率はすこぶる高い。同様のことがタクシー会社でも起こっている。規制緩和によって台数が増えたために、タクシーの運転手は今までより長時間働いても年収が100万以上減っているという。金融関係で言えば投資信託と保険商品の販売が銀行にも認められたために、証券会社や保険会社の営業が圧迫を受けている。郵便で言えばメール便の合法化によって都市部の儲かる地域では郵便差し出しが減っている。社会保険や公的年金の給付率低減のあおりで、民間生保の第三分野を扱うカタカナ生保・ひらがな生保が急激にシェアを拡大した。
労働者の雇用について言えば安部政権が言う「再チャレンジ」の内実である雇用の流動化が、十数年前から財界主導で着々と実現されてきたわけである。対する労働側は政財界のデマとペテンに取り込まれて無対応であったように思う。寧ろ連合・全労連の殆どの組合が、95年労問研報告を軽視してきた結果として今日の格差社会が生じているのではないかと思う。少なくとも私の経験では、全逓本部は労問研報告を取り上げることすらなかったし、連合の機関紙でも触れられたことはなかったように思う。今こそ資本・企業に対する規制を強化しなければ労働者の生活は本当にズタズタに破壊されてしまう。労働組合と労働運動が本当に労働者の立場に立ちきって闘うことが今求められているのではないだろうか。その観点から「規制緩和という悪夢」を読んでみようと思い、先ほど注文を出した。
以下毎日新聞 2007年2月21日 東京朝刊より引用
バス業界:労基法違反、行政指導4倍に 規制緩和後に急増
厚生労働省の立ち入り調査で、労働基準法などに違反するとして05年に行政指導を受けたバス会社が全国で85社に上ることが分かった。規制緩和により新規参入が可能になった00年に比べて、4倍以上に増えた。大阪府吹田市で今月18日に発生した観光バス事故では、運転手の過労による居眠りが原因との見方が強まっているが、業界の競争激化による労働環境の悪化が背景にありそうだ。
同省は毎年、内部告発や違反歴などを参考に、各地の労働基準監督署を通じてバス会社に立ち入り調査を実施。05年は調査した118社のうち85社が、労働基準法や労働安全衛生法などに違反していた。道路運送法改正で新規参入業者が増え始めた00年には20社、01年は25社、02年28社、03年72社、04年59社がそれぞれ行政指導を受けた。
05年の主な違反内容は、労働時間(週40時間など)に関するものが56社、割増賃金関連が31社、休日関連が8社だった。【鵜塚健】
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コメント
規制緩和は言うまでもないですけど、さらに現金がなくても会社を買えるようになりましたからねぇ。
中小企業が主体の日本の事業は、大手会社、特に外国に買い叩かれていく危険性が非常に高い。
そうなってからじゃ遅いというのに……
やっぱ自衛隊で、誰かクーデターを起こして(ぉ
投稿: 久々 | 2007年2月21日 (水) 23時01分
「規制緩和」というと、11、12年前に受験した、ある国家資格試験のことを思い出します。その試験では、マークシート試験の他に、論文試験があって、その時の出題テーマが「規制緩和について思うところを述べよ」というようなものでした。その時、僕は、社会人になってまだ間もないころで、政府を疑うことを放棄していた(避けていた、逃げていた)時分で、概ね「規制緩和万歳、推進賛成」という趣旨の内容の文章を書きました。今から思えば「規制緩和で物価が安くなり、消費者としては歓迎すべき」という、一方的な見方しかしていませんでした。市民の生活を無駄に縛り付けているような規制は取っ払うべきだとは思いますが、規制のあり方を慎重に検討すれば、必ずしも「緩和」すべき事項だけではなく、逆に「強化」すべき事項も出てくるはずですよね。「規制のあり方を検討する」ではなくて、「規制は緩和すべきもの」というテーマ立てで、話が進んだことが、そもそも、オカシナことだった、と認識しています。
タクシーの問題については、国土交通省自身が、失敗を明確に認めてはいないものの、供給過剰の結果、サービスや安全の質が返って低下したことについては認めるような報告書というか見解を出した、という報道記事を以前に、何かで読んだ記憶があります。うろ覚えですが。。。
投稿: HISA | 2007年2月22日 (木) 00時16分
「規制緩和という悪夢」については、たしか「コミューン」で紹介されていました。で、私は第4刷を購入したものです。アメリカの労働者が80年代のレーガン規制緩和によって、職を失い、保険にも入れず医者にも行けない。ローカル交通がバンバン切り捨てられるという現状が生々しく描かれております。
バス・タクシー・長距離トラックの運転手の労働実態は相当ひどいものになっていますね。今回の事故も、「規制緩和」の犠牲であると考えてよいでしょう。
95年労問研報告では、労働者を
A…企画・立案をする総合職(正社員)
B…専門的知識・技能で働く専門職(正社員もしくは 非正規雇用)
C…A・B以外の労働者(非正規雇用)
とカテゴライズし、B、C層はほぼ使い捨てにするようなもの…という具合に理解しております。昨年の「教育基本法改悪」も、この政策に沿った労働力を作り出していくための「格差教育」を推し進めるものとしてとらえております。
投稿: GO | 2007年2月22日 (木) 20時44分
男性から人気のある男性は、仕事の上で損得を超えた支援を受ける事が出来るので大成するって聞く。アッテンボローさんはそんな器量を備えた人物なんだ。
規制緩和を唱えたのはアメリカと手を組んだ当時の政治家だね。国内の大企業や銀行を外国資本に売り渡し、そのバックマージンで巨万の富を得た自民党の政治家と、一部の財閥だ。国内の主要産業が海外から流入する安価な製品により打撃を被っている時でも銀行を中心とした財閥は企業を外国に売った金でますます肥え太ったという訳だ。
投稿: wamg★ezweb | 2007年2月23日 (金) 12時19分
95年前後はあの大不況の第一段階だったか、リストラが加速して窓際人員や部署が次々となくなった時期だな。民間だとこれくらいの対策たてないといけない時期だったな。
あの時期は組合室でビラ作っていたら会社無くなったことに気付かなかったとかいう、笑えない冗談があった時期だろ。
先見の明で労組は全く機能していなかったということだ。むしろ不思議なことに労組に近い人間ほどこの問題には無為無策だった。気付いていても最後まで有効な対策は皆無だった。
それでそのツケが大量に来ているということだ。経営側が悪いだけじゃない。労働側の代表を自称した人間に有効な対策をもてる人間がいなかっただけだ。それだけ努力を怠ったツケだ。むしろ一般労働者ほどそこらをわかっていたと思う。それが労組離れや今の俺が困難に直面している課題の山積みになっているんだよな。
ペテンやデマじゃない。単に気付く能力が無かっただけなんだよ。労組関係者に。
12年も対策が遅れているなら労組側の対策はもう無理だ。規制緩和の塊である製造業(土建は除く)のスタイルがどの業界でもいけるわけがないからな、業界ごとの労組がプロ化して実力つけて労働条件守るしか手は無い。プロ化とは何か。そこを考えるべきだ。
投稿: K | 2007年2月23日 (金) 13時01分
>当時出版された本で、残念ながら読むことがなかったのだが
内橋克人さんの「規制緩和という悪夢」は文春文庫に入っているので、まだ入手可能だと思いますよ。
投稿: まこと | 2007年2月24日 (土) 06時44分