周防正行監督の映画で「それでもボクはやっていない」という痴漢冤罪を描いた作品がある。見てはいないのであるが、今日たまたま図書館に置いてあった雑誌で当該の方のインタビュー記事を読んだ。始めに有罪ありきの取り調べ手法や自白の強要、裁判においても事実調べよりも警察や検察が作った作文を重視して被告人の主張には耳を傾けようとしない日本という国のあり方を改めて実感した。日本における冤罪の多くが自白と目撃証言に頼った捜査手法による者であることは日弁連などの報告でも明らかである。
Googleで「冤罪」と少し検索しただけで「冤罪甲山事件」・「こんなにある 20世紀の冤罪事件」・「冤罪の構図」(江川紹子著)・「中山事件の闇」・「守谷駅痴漢冤罪事件の記録」・「笑う真犯人 検証・恵庭冤罪事件『13のナゾ』」などなど、幾らでも見つかる。有名なところでは狭山差別裁判も冤罪である。ご存知ない方のために簡単に紹介しておくと1963年5月1日に発生した。身代金目的の誘拐殺人事件で、警察は身代金を受け取りに来た犯人を取り逃がしたばかりか、容疑者と目していた男性に自殺されてしまう。政府高官に「生きた犯人を捕まえろ」と言われて付近の被差別部落から犯人をでっち上げることにした。事件当日のアリバイを証明する者が少ないために石川一雄さんが逮捕され、連日の拷問によって自白を強要され、当初は否認していたが捜査官が石川さんが自白しなければ兄を逮捕すると言って脅したためにウソの自白をした。処が石川さんは差別による貧困のために小学校すらまともに行っていなかったので脅迫状を書けるだけの国語力がなかった。警察は脅迫状を手本に何度も何度も練習をさせ、それを元に証拠として筆跡鑑定を行った。詳しくは石川一雄さんのお連れ合いが開設している「冤罪 狭山事件」や部落解放同盟全国連合会のサイトをご覧になって欲しい。
また、革命運動・反戦運動・学生運動においても冤罪が多発している。国家権力が弾圧対象と決めた人物に対して数々のニセ「証人」ニセ「証拠」を作って罪に陥れようとするのだ。今現在も再審請求運動が続いている星野文昭さんの場合には、66年の高崎経済大学入学以来全学連の中心的活動家として大学当局・政府国家権力と闘い続けたことに対しての不当な逮捕抹殺攻撃である。昨日の記事で4・28沖縄デーに簡単に触れたが、70年安保沖縄闘争の過程で71年11・14渋谷暴動闘争(=沖縄返還協定批准阻止闘争)が勝ち取られた。この際デモ隊の攻撃によって一人の警官が死亡した。この罪を当日のでも指揮者であった星野さんに被せたのだ。デモ隊を指揮する関係上、星野さんは戦闘に関わる暇など無かった。最先頭を進み、滴機動隊が現れないかどうかに注意をそそいでいた。当初北部地区反戦青年委員会がこの警官を攻撃したと報道発表していた国家権力は、途中から高崎経済大学の学生運動を破壊するために集中的に逮捕及び指名手配を行った。星野さんは逮捕以来すでに獄中で35年を過ごしている。日本共産党の名誉議長であった宮本顕二が獄中17年を売り物にしているが、その倍以上の期間獄に囚われていながら不屈非転向で闘い続けているのである。唯々取り調べに屈服してしまった元同士が、司法取引の材料としてウソの証言を行ったことのみを根拠にしているのだ。星野文昭さんを取り戻そう全国再審連絡会議では、星野さんを重病の母に会わせるために刑の執行停止を求める署名を行っている。一人でも多くの人々に署名への協力を訴える。
星野さん以外にも、同じく渋谷暴動闘争で被告とされた奥深山幸男さん、84年の9・19自民党本部火炎戦闘・85年の迎賓館・横田=東京サミット戦闘でのでっち上げ逮捕をされた革命家、長期の指名手配をかいくぐって時効を迎えた革命家など枚挙にいとまがない。9・19戦闘などは証人が交番勤務の警察官だけと言うデタラメさである。
日帝支配階級は、このように自らの都合で物的証拠も何もなくとも多くの人々を冤罪によって獄中に捕らえている。つい先日保釈された植草一秀氏なども小泉政権にとって都合の悪いりそな銀行問題を本に著したために国策逮捕されたと言われている。だがしかし、被害者の証言も、犯人の自白もありながら日本政府国家権力が一切を否定しようとしている犯罪もある。言わずと知れた戦時性奴隷(従軍慰安婦)問題である。日頃の日本政府の方針から行けば、有罪以外の結論はないはずであるが、安部を始め政府首脳や自民党関係者は否定に努めている。このような有り様をダブルスタンダードと言うのではないか。政府は冤罪の温床である自白偏重主義を改め、すべての無実の囚人を釈放すべきである。同時に国家犯罪に関しては徹底的に事実を解明すべきだ。
痴漢冤罪 あなたにも
疑わしきはクロ
災難はどこに転がっているかわからない。ある日突然、身に覚えのない痴漢の烙印(らくいん)を押されたら…。地獄に突き落とされた一介のサラリーマンが2年間の血のにじむような裁判闘争の末に無罪を勝ち取り、実社会へ生還。その記録を1冊の本にまとめた。著者は語る。「痴漢事件は、まずクロと決めつけられると痛感した」。忘年会の季節、どうぞ、ホラー映画より恐ろしい話を、ご参考に-。
都内の会社に勤めるデザイナー矢田部孝司さん(43)の受難の始まりは六年前の十二月五日朝だった。
出勤の途中、西武新宿線高田馬場駅で電車を乗り換えようと、ホームを歩いていると、女性に後ろからダウンジャケットをつかまれ、「この人痴漢です」と駅員に突き出された。
「後ろめたいことはないから、きちんと説明すれば分かってもらえる」と信じて駅事務所、交番、警察署へと堂々とついていった。女性の主張は「露出した性器を手に押しつけられた」。全く身に覚えがなかったが、取り調べの最初から“クロ”として扱われ、否認を続けたのに、犯行を認める供述調書まで作られた。
調書は抗議して破棄されたが、要求されるまま、当時の電車内の人の位置など覚えている限りのことを図に描かされた。
だが、この図の詳細さにつけ込まれた。送検後、検事から「痴漢をやろうと周りの人間の様子をうかがっていたからだろう」と言われた。「裁判は長くかかるぞ。何年もな。認めるなら早めに言いなさい」とも言われたという。
孝司さんは拘置中、何度も「(犯行を)認めてしまえば…」との考えがよぎったというが、妻・あつ子さん(40)や親族、弁護士の励まし、「裁判所ならば」と信じる気持ちもあって、否認を貫いた。
ただ、同月二十五日に強制わいせつ罪などで起訴されたことを受け、年末には「自己都合」での退職を決意せざるを得ないなど精神的にも追い込まれた。
こうした状況から、いかにして脱出したのか。
地裁段階では、矢田部さん側は唯一の証拠ともいえる被害者の女性の供述内容を論破する作戦に出た。
例えば、(1)コンタクトレンズをしていなかった女性は犯人の顔をよく見ていない(2)女性との身長差は二十五センチあり、手に局部を押しつけるのは不自然(3)当日はいていたズボン開口部はボタン式で、車内での開閉は困難-といった点だ。
これらを視覚的に訴えるため、翌年三月に保釈された矢田部さんは、ソーセージを使って実験。「混雑した車内で被害者供述のような状況は無理」と主張する再現ビデオを制作。元勤務先の先輩の協力も得て、車内の様子をコンピューターグラフィックス(CG)にして法廷に提出した。
次々と証拠が採用され、楽観的なムードも高まったが、事件から一年後の地裁判決は「有罪」。しかも、執行猶予なしの厳しい判決だった。
敗因を分析した矢田部さん側は、裁判官は女性の被害に重きを置く傾向が強いことを重視。実物大の電車模型を使い、七十人を超える知人の協力も得て、状況を再現するうち、「おそらく女性の痴漢被害はあった。自分は間違われただけ」との結論に至った。
高裁では、女性を攻撃するのではなく、その主張を認めた上で、「でも、私はやっていない」と主張を組み立て直した。
この修正で、事件からちょうど二年後の二〇〇二年十二月五日、無罪を勝ち取った。
「捜査がきちんと行われてさえいれば、こんな目に遭うことはなかった。提出した証拠は一審も二審も大きく違わない。なのに結果は正反対。その怖さを実感した」。矢田部夫妻はあまりにも厳しい二年間を振り返った。
国家賠償などは考えていないというが、孝司さんが「今回のことで得たものはないし、何より傷ついた。自分だけでなく、家族への影響も計り知れない」と言うと、あつ子さんは「税金を納めている国が、いとも簡単に一般人を陥れることもある。このことをよく考えてほしい」と続けた。
一連の経過を克明につづった「お父さんはやってない」(太田出版)を出版した。来年一月二十日には、この体験を基にした周防正行監督の映画「それでもボクはやってない」が全国で公開される。
電車に女性専用車両が登場するなど数多くの女性が痴漢の被害に遭う半面、冤罪(えんざい)など男性が被害に遭うケースも少なくない。男性側に防ぐ手段はあるのか。
「ない。というのが現実ではないか。きちんと捜査がされるなら別だが、事件には重いと軽いの別があり、痴漢事件はまずクロと決めつけられると痛感した。自分はやっていないと個人で立証するのはまず無理」と孝司さん。
仮に親友が同じような騒ぎに巻き込まれたら、どうアドバイスするか、との問いには、「とんでもない目に遭わされた経験を考えると、とても(否認して)『頑張って戦えよ』と言う気にはなれない。早く楽になることを助言するかもしれない」と、冗談めかして続けた。
事件以来、出勤時は急行には乗らず、座れることが多い普通列車を選ぶ。これなら周囲の人はかなり限定される。乗る電車はできるだけ同じ時刻、座れない時でも、できるだけ同じ位置に立つ。「決定的な対策にはならないが、顔見知りから証言が得られやすくなるかもしれないし、つけ狙っていたと言われる可能性は少なくなる」という。それでも最近は、自動車通勤が多いという。
◆ ◆ ◆
痴漢冤罪が後を絶たない背景には、警察がこの種の事件に忙殺されている事情がある。ジャーナリストの大谷昭宏氏は「変質的な性犯罪者が増える一方、取り締まり強化のキャンペーンで女性が泣き寝入りしなくなった。警察にしてみれば『また痴漢か』ということになり、感覚がまひしている」と分析する。
一般の乗客に犯人の人相・着衣や車内の位置関係を覚えてもらうのは難しい。捜査技術を上げるしかないが、「最近は本当に犯人なのか、心証(手応え)が取れない刑事も多い。仕事が次々に来るので、否認のままで(拘置期限の)二十日も拘置するのはたまらないと、『認めれば、(送検までの)四十八時間で出してやる』という禁じ手を使う」と説明する。
さらに、痴漢事件に潜む問題として「他人を簡単に社会的に葬ることができる。例えば、社会的な活動をしている人物を公安警察が尾行し、女性警官が逮捕するようなでっち上げはないのか」と指摘する。
こうした「災難」を避ける方法はあるのか。「痴漢冤罪裁判」(小学館)の著者で、ジャーナリストの池上正樹氏は「満員電車に乗らないのが一番。すいている電車に乗るとか、始発駅まで戻って座席に座る。裁判では物理的に痴漢ができる立ち位置にいた人は有罪と認定される傾向があるからだ。どうしても近くに女性がいる場合は、両手を上に上げたり、背を向けたりするしかない」。
そして、万一間違われた場合は「誠意を尽くして訴えれば、大抵の女性は分かってくれる。駅事務所には行ってはいけない。行ったら最後です。常習の痴漢は逃げようとするが、まじめなサラリーマンほど事情を説明しようとついていってしまう」と話す。
そのうえで、鉄道会社の対応など社会構造にも注文を付ける。「痴漢は通勤ラッシュを背景にした日本独特の犯罪。現在は女性専用車両など現実的な対策がとられているが、複々線化や列車の増発にも力を入れるべきだ。真剣に痴漢をなくそうと思うなら、時差通勤を企業に勧めて補助金を出すなど、社会全体で取り組む必要がある」
<デスクメモ> 警察回りをしたころ、同じような事例にかかわった。親しい警察幹部は、やはり「認めた方がいいよ。初犯なら不起訴。その日に帰れる」と耳元でささやいた。「そんなバカな」と腹が立ったが、もしも自分の場合であったら、どうするだろうか、甚だ心もとない。矢田部さんの勇気には敬意を表したい。 (充)
「『はい』以外言うな」 富山の冤罪男性に取調官
2007年03月05日06時03分(asahi.com)
強姦(ごうかん)と強姦未遂事件で逮捕され実刑判決を受けた富山県内の男性(39)が約2年1カ月の服役後に冤罪とわかった問題で、男性が朝日新聞の取材に応じた。逮捕直後に自供を覆し容疑を否認したが、県警の取調官から「なんでそんなこと言うんだ」と怒鳴られ、「今後発言を覆さない」旨の念書を書かされたという。公判でも認め続けたことには、「何を言っても通用しないと思い込まされてしまった」と悔しさをにじませた。
男性は02年3月に起きた強姦未遂事件で県警から同4月に任意の取り調べを受けた。当初否認したが、聴取3日目に自白。県警は男性を逮捕した。当時、同居していた父親は入院中で、一人暮らしだった。
男性によると、任意の取り調べの際、取調官から「家族が『お前に違いない、どうにでもしてくれ』と言っている」などと何度も迫られた。「犯行時間帯には電話をかけていた」と訴えても、取調官は「相手は電話を受けていないと言っている」と認めず、「家族にも信用されていないし何を言ってももうだめだ」という心境になったという。
逮捕後、思い直して、検察官と裁判官に対し一度は否認した。その後、県警の取調官から「なんでそんなこと言うんだ、バカヤロー」と怒鳴られた。翌日、当番弁護士にも否認した。すると、取調官から白紙の紙を渡され、「今後言ったことをひっくり返すことは一切いたしません」などと書かされ署名、指印させられた。「『はい』か『うん』以外は言うな」と言われ、質問には「はい」や「うん」と応じ続けたという。
起訴後の弁護士は国選で、数回やりとりをしたが、すでに取り調べで罪を認めざるを得ないと思い詰めていた。「否認しても信じてもらえない」と、公判でも一貫して認め続けた。
男性は「誰かが、がんばれがんばれと言い続けてくれたら、がんばることができたかもしれない」と無念さをにじませた。判決を言い渡され「申し訳ございませんでした」と言ったが、「やってもいないのに、何でこんなことを」と悔しくて涙が出たという。
05年1月の仮出所後、周りから前科者と白い目で見られているようでつらかった。職も居場所も転々とした。自殺しようとしたこともあった。
一番つらかったのは、判決前に、入院中だった父親を亡くした時だ。拘置所に面会に来た人に「お父さんは悲しんで死んでいった」と言われ、一日中泣き続けた。1月の無実判明後、地元には帰っていない。騒がれ近所に迷惑をかけてしまうと思うからだ。「墓前に無実を報告していないので、早くしたい」
県警や富山地検はそれぞれ「故意または重過失ではない」「職務上の義務に反したわけではない」と、当時の捜査関係者を処分しない方針を示している。
男性は「処分しないと聞いたときは腹が立った。処分がないというのは、『間違った取り調べをしていない』と僕に対して言っているのと同じ」と話した。県警の謝罪に対して「失った期間は戻って来ない」と答えたという。
◇
〈キーワード:富山冤罪事件〉 富山県警は1月19日、懲役3年の実刑判決を受け服役した県内の男性(39)が無実だったと発表。これらの事件の容疑を認めた松江市、無職大津英一被告(51)=公判中=を再逮捕した。県警と富山地検は「客観的証拠はなく、自白の裏付け捜査が不十分だった」と認め、男性に謝罪。富山地検高岡支部は2月9日、富山地裁高岡支部に男性の無罪を求める再審を請求した。今月2日の公判で、大津被告は2事件について起訴事実を認めた。
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