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2007年5月 6日 (日)

戦争と革命の基本問題 その3 序章 戦争と内乱の時代

(二) 革命勝利の指導原則

 先ずこの節の冒頭、本多書記長は日帝支配階級と我々闘う労働者階級との力関係についての認識として、安易に捕らえる傾向を戒めるためであろうか、それとも敗北主義に陥らないように励ますためであろうか、彼我の力量差を見据える事から提起している。革命的な労働者階級闘争は、党の指導の下に圧倒的に劣勢な革命勢力が圧倒的に優勢な反革命勢力に抵抗し、対峙し、打倒していく過程であるとしている。今日のように左翼勢力全体が60年代・70年代と比して圧倒的少数に思える状況であったとしても、我々はここから始めて勝利を掴むまで闘うと言う事だと思う。

 第1に、反帝国主義・反スターリン主義世界革命戦略とその一環としての日本プロレタリア社会主義革命戦略を貫く事を強調している。「沖縄奪還、安保粉砕・日帝打倒」「闘うアジア人民と連帯し、日本帝国主義のアジア侵略を内乱へ」の戦略的総路線の勝利へと日本プロレタリア人民の圧倒的総動員を勝ち取る事である。日米安保の最大の実体であり、アジア侵略のための出撃拠点である沖縄を沖縄県民の自己決定権の元に奪還する事で安保その物を粉砕し、帝国主義としての日帝の唯一の世界戦略である米帝との一体化・同盟関係を通じてアジア侵略を行うという路線を叩きつぶし、帝国主義としての存立条件を破壊し尽くすという事だ。

 第2に、「侵略を内乱へ」の課題実現のために、プロレタリア人民の一斉武装蜂起の準備を党の指導下に計画的・系統的に推し進める事の重要性を訴えている。「侵略に反対して内乱を拒否するもの、内乱を叫んで蜂起の準備を回避するものは、もっとも悪質な日和見主義である。内乱のスローガンを思想的確認なるものにおしとどめ、それの内包する政治的要素(権力闘争)と軍事的要素(武装闘争)を正しく認識しえないものは、もっとも卑劣な日和見主義である。内乱と蜂起の準備に向かって党の指導のもとにプロレタリアート人民を政治的に動員し、軍事的に武装していくこと、これが勝利のいっさいの基礎である」と明確に提起した。この後で、マスコミやスターリン主義者と一体となって武装闘争を批判した反革命カクマルを批判している。今日多くの自称「普通の人間」である右翼・右派・保守・反動と言った総じて資本主義に跪いている輩は、朝日などのブルジョアマスコミに対して革命派に対する批判がお上品すぎる、もっと徹底的にやれと言うわけであるが、60年安保の際に素手の全学連のデモ隊に対してすら共同声明を出して全学連批判をし、60年代後半からの初歩的な武装に過ぎない全学連や全共闘の闘う学生を「暴力学生」と呼んで敵対したことを学ぶべきである。階級闘争が高揚するときにはその本性であるブルジョア性を顕わにするのである。

 第3に、プロレタリア暴力革命の観点からプロレタリア人民の総武装=全人民武装の思想を提起して、大衆闘争の貫徹に関わる武装自衛の発展を「蜂起にむかっての今日的、意識的準備と経験蓄積の現実形態」として積極的に捕らえ返していくこと。同時にそれを独自の恒常的武装勢力の建設の闘いと結合して党の指導下プロレタリア人民の一斉武装蜂起に向けて前進することの重要性を訴えている。ここで言う「恒常的武装勢力」こそ、人民革命軍武装遊撃隊(通称中核派革命軍)として結実したものである。対カクマル戦争の必要性から地下軍事組織を強固に築き、それを対権力闘争へと飛躍させたものが80年代から90年天皇決戦へと突き進んだのであった。しかし、ここで革命軍に全て頼り切ってしまう傾向が生じたことから91年の五月テーゼ以降は後景化しているし、03年の新指導路線の下では革命軍は縮小傾向であるらしい。この時期は鬱病の悪化もあって党内論議にまったく参加していなかったので、この問題をどの様にして捉えているのかは良く分からない。

 ここで少し考察する必要があると思われる物が、常備軍を武装した人民によって置き換えるという、マルクス・エンゲルス・レーニンが提起している内容をどの様にして実現するかという問題だ。「基本問題」に取り組むに当たって、契機となった4月の日米両国での銃器を使った殺人および大量殺人がある。周知のようにアメリカとスイスは銃社会であり、一般家庭にも行き渡っている。そして両国とも銃を使用した犯罪が多発している。自分なりに今の時点で思うのはアメリカにもスイスにも革命党が存在していないと言うことだ。本多書記長はこの論文で繰り返して「党の指導のもとに」と強調している。プロレタリア人民が正しく武装するに当たっての指導組織が絶対に必要なのだと思う。

 第4に、党と指導のもとの革命勢力の永続的・戦闘的・戦略的前進運動に関する目的意識的で合法則的な党の指導原則を確立していくことの重要性だ。前述のように圧倒的に劣勢である革命勢力が圧倒的に優勢である国家権力と反革命勢力に対抗し、対峙し、革命の雄大な目的と力関係の客観的認識との正しい結合が必要である。味方勢力を温存し敵の勢力を削いでいく過程では、努めて革命の側に有利な状況で有利な闘争を行う必要がある。積極的主導的に闘争を組織し、状況その物を革命の側が作り得なければならない。党を先頭に革命勢力を建設・強化し、プロレタリア人民を一層強固に党の周りに結集し、相対的に劣勢な革命勢力を成長させることで強化し、その事をもって相対的に有利な敵を打倒していくのである。「革命はいかなる意味でも『優勢』から出発することができないいじょう、革命の勝利の道は、相対的に劣勢な革命勢力が相対的に優勢な反革命勢力に対峙し、闘争をとおして力関係を転換し、敵を最終的に打倒していく、という弱をもって強を制し、少をもって多を制する戦略原則の合法則的な実践過程いがいのなにものでもないのである」

 第5に、党建設とその指導下に強大な政治勢力と強大な恒常的武装勢力を建設することの重要性である。革命的前衛党建設は、革命の勝利、内乱と蜂起の準備、全人民の武装、革命勢力の戦略的前進と闘争指導の合法則性の絶対的基礎である。党の建設・幹部の養成・指導系統の確立・指導の質の強化の問題において独自の領域として目的意識的に追及する必用がある。革命の戦略と蜂起の準備を目的意識性と合法則性を組織的に基礎づけるものだ。政治闘争と武装闘争の結合、主力戦と遊撃戦の結合、統一性と多様性、集中性と分散性、合法闘争と非合法闘争・公然活動と非公然活動との結合・プロレタリア人民の闘いの質を低いものから高いものへと成長させるために、党建設と指導とが不可欠である。

 自然発生的に生成するここの闘争と闘争課題に対して、共産主義的全体性から問題を受け止め、勝利のための共産主義的条件を明らかにし、革命と内乱の総路線の勝利のための結節環敵闘争の大衆的戦闘的高揚を築くためには、革命党の建設とその指導のもとでの革命勢力の建設が絶対に必要である。

 ここで本多書記長が繰り返して使っている戦略の「合法則性」とは一体どの様なものであろうか。軍事その物については不勉強な部分が非常に多いので具体的なことは述べる力量が無いのであるが、比喩として、柔術における講道館柔道の成立過程で嘉納治吾郎がなした功績を上げたいと思う。嘉納の功績は大きくいって二つあると思うのだが一つは柔術諸派に変わって講道館柔道を組織し広めた事と、それまでの各流派の「秘伝」が経験に基づいて体得されたことに対してそれを科学的に分析して誰にでも分かるようにしたことだと思う。「柔よく剛を制し、剛よく柔を断つ」という表現があるが、技をかけるときに「くずし」と呼ばれる動作がバランスを崩すことでありテコの原理を使うことで小さい力で大きな相手を倒す事を明らかにした。本多書記長は本論文の第一章において「われわれは、哲学におけるヘーゲル、経済学におけるスミスの役割を、クラウゼヴィッツが戦争論の分野においてはたしていることについて、明確にしておかなくてはならないのである」と述べている。戦争もまた科学なのだと言うことであって勝利するための法則が存在し、それを実践することで革命に勝利すると言うことだと解釈する。

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「経済・政治・国際」カテゴリの記事

コメント

藤壺さん反論のための反論ですからお笑いください。
いまどきの若者人類には労働者としての団結は困難いや不可能です。
かつての労働者が団結したのは上位下達つまり年長者には従うべしと叩き込まれていたからです。企業への忠誠と労働組合への帰属意識は一体のものとして成立していました。組合方針には黙ってついて行く戦いの美学こそ軍国主義の残滓でした。
かつてのマスゴミの常套句にメーデー行進に手を振る商店街等の未組織労働者の姿と称する捏造があります。「ニート・フリーター」の戦いも同じ臭いがします。

投稿: tatu99 | 2007年5月11日 (金) 09時52分

>たぶんドメスティクの方を狙うと思うからな。(Kさん)

まあ、「ドメスティックの方を狙っている若者層」が増えているという状況は、別に日本に限ったことでは無く、世界各地で共時的に起きていることなんですけどね。フランスのルペン率いる国民戦線も、その典型だし。

けど、「ドメスティックの方を狙おう」としても、グローバル化という現実がそれを許さないんじゃないかな?

「フラット化する社会」の著者トーマス・フリードマンは確か「20世紀は企業がグローバル化する時代だったが、21世紀は個人がグローバル化する状況に突入するだろう」と指摘していたと思うけど、この流れは止めることはできないでしょうね。「鎖国」でもしない限り、ね。

この流れの中で「割を食っている」と感じている人間が対抗するとするならば、対抗する側も国家や国籍の枠組みに拘らず、「グローバル化」せざるを得ないのは必定。

そういう意味で、私は「万国のプロレタリア団結せよ」というマルクスの精神は、21世紀にこそ生きてくるように思うんですね。ま、「20世紀型マルクス(・レーニン)主義」が<復活>することは無いにしても。

Kさんは「いま」しか見ようとしていない。
「いま」は変わるものだし、変えることができるものなんだ。

投稿: まこと | 2007年5月11日 (金) 08時03分

「ニート・フリーター」として<搾取>されている人達が自ら立ち上がった運動はこの日本にもありますし、そうした運動の高揚は私も大いに望むのです。

しかし、そうした運動が「レーニン主義的組織論」の下に結集するかと言えば、私はかなり懐疑的ですね。

世界的に見ても、いま元気のある社会運動はフランスのATTACに見られるように、個々人の自由かつ主体的な意思の下で連帯し合う緩やかな運動でしょうから。

投稿: まこと | 2007年5月11日 (金) 07時59分

と、いうことで、エントリー記事の趣旨から大きく逸脱した展開にしてしまいましてすいません。

今後、為にする批判ならざる批判を、ところかまわず噛み付いてくる御仁は華麗にスルーさせていただきますので、場汚しご容赦くださいませ。

投稿: 藤壺 | 2007年5月11日 (金) 07時22分

Kさん。
人はトコトン腐敗し卑劣になる「自由」もありますからね。

「マトモで優秀な」なプロの労働者は、毎日毎日、粘着して此処に書き込みする暇もないでしょうね。
まるでストレスを自己解消する知恵もないかのような、いいたいことは要するに自己讃美っていうコンプレックスに満ち満ちた粘着な書き込みは、若手に限らず反吐がでますものね。

投稿: 藤壺 | 2007年5月11日 (金) 07時14分

そりゃそうだ藤壺さん。他人を見下す若者たちだけが若者じゃないのと同じだ。

団結することの自己解放性とかを演じた連中の哀れな末路ってのをきちんと見ている。
会社への忠誠心しか持たない連中の情けない結末もしっかり見ている。

それらを見て合理的な判断ってのをやるのさ。

自由と情報ってやつは山ほどあるからな今は。あとまともな若手は某巨大掲示板なんざやっている暇なんかないと思うがね。残念ながら。

投稿: K | 2007年5月11日 (金) 05時12分

Kさん。
いまどきの若手はKさんがご存知であるごく身近な屈服した先輩労働者しか手本がない労働者や、某匿名巨大掲示板が全てではありませんよ(苦笑)残念ながら。

そのような若手はまず「団結」を今まで知らないわけです。
その若手の先輩たちは分断の尖兵になることで自己評価をあげ、根拠のない自己過信とこれまた根拠に裏打ちされない自己賛美で「団結」破りと奴隷根性からの敗北主義的な姿しかみてないわけですからね~。


しかし、まぁ、団結をすることの自己解放性を目の当たりにしたらどうでしょうね、これもKさんの思惑とおりにはいかないと思いますがね。
例えにだしたコンビニでの非正規労働者が若手を中心に、組合結成し始めてますしね。
「合理性のある若手」は、その奴隷根性が染み付いた先輩たちが早晩崩れ行くこともなよーくわかってるかもですね。


このエントリーの趣旨から大きくそれました。
すいません。

投稿: 藤壺 | 2007年5月11日 (金) 00時47分

>>その尤も矛盾が集中しているのが若年層であるからこそ、例えば「コンビニパート・アルバイト組合」を作り団結して、(団結とは大小の組合に関わらず)階級的存在としての労働者として相互扶助の精神で目的=ゼネストに向かおうという戦略です

そりゃ無理だな藤壺さん。いまどきの若手を団結させたら、ほぼ間違いなく右派的な組織になる。

それに合理性や戦略性みたいなものは昔の若者より持っているから、表立った左派や左翼は消滅するだろう。たぶんドメスティクの方を狙うと思うからな。

投稿: K | 2007年5月11日 (金) 00時08分

tatu99さん。
>
判りやすく解説しているのが気に食わないのかなあ。
いえいえ、そのような感情的な問題として論じているわけではないのですが(笑)
まことさんも述べていらっしゃいますが、恣意的にML主義的思想性を切り捨てていらっしゃることを指して換骨奪胎と批判しているわけです。
あくまでも「反帝・反スタ世界革命・アジア侵略を内乱へ」の総路線を持った革命党のより具体的な準備に向けての指令書なわけです。
一般的なブルジョア経営戦略と違うのはML主義の思想性の貫徹が根底に継続的に存在していなければならないということです。

>労働者階級の総決起などが絶対ありえないことです
まぁ、それが当面する現在的な課題であるわけです。
誤解を招かぬためにいいますと、「絶対ありえない」ものを何とかしようという空想主義的なものではないのです。
仰るとおり、労働運動からも疎外されてる未組織労働者や非正規雇用労働者、失業労働者を切り捨てるその一翼を担ってきているのが、体制内労働運動と転落している「公務員大企業」労働組合=運動です。
その尤も矛盾が集中しているのが若年層であるからこそ、例えば「コンビニパート・アルバイト組合」を作り団結して、(団結とは大小の組合に関わらず)階級的存在としての労働者として相互扶助の精神で目的=ゼネストに向かおうという戦略です。

まことさん。
>ML主義の革命理念と資本主義的な合理主義が接続した時

資本主義=帝国主義が「われわれの現実的な出発点」ですからね。
接続というより「資本主義の合理性」なるものの止揚としてみるべきではないでしょうか。

投稿: 藤壺 | 2007年5月10日 (木) 09時17分

私は「ML主義者の組織論も民間企業のそれと相通ずる面が結構あるんじゃ無いの?」というKさんの指摘そのものは、案外に鋭いと思いますけどね。(思想的には同意できませんけど。)

レーニンは労働論の面においても、「テイラーシステムから学べ」みたいな事を言っていますよね。

ML主義の革命理念と資本主義的な合理主義が接続した時、どのような社会が現出するのか・・・。

例えばトロツキーから「国内亡命者」などと揶揄されたというザミャーチンは「われら」(岩波文庫)という小説の中で"予言"してしていましたね。

http://www.iwanami.co.jp/.BOOKS/32/7/3264510.html

投稿: まこと | 2007年5月10日 (木) 08時30分

藤壺さんの>原典を読んで批評するのが・・・では、Kさんがまとめている>内乱のためには労働者階級の総決起が必要となる・・・とまで判りやすく解説しているのが気に食わないのかなあ。
ここでやっと低レベルの私でも矛盾点に気がつくわけです。

労働者階級の総決起などが絶対ありえないことです。現在の労働組合がかろうじて組織として成立しているのが労働者エリート主義排外主義を基盤とするものだからです。
フリーター、未組織労働者、ニート、パートを『蔑視する視点』で公務員大企業労働者を中心として囲い込んでいる以上は全労働者を組織化意思統一させることなどは既存の労働組織の利権としての求心力低下、崩壊とつながります。
日本の労働組合が細々と残っているのはユニオンショップ制度だけでなく他者蔑視と言う労働者の癖にエリート主義でたぶらかされているからです。
全労働者は平等だなんて言ったら労働組合消滅です。

投稿: tatu99 | 2007年5月10日 (木) 08時09分

Kさん、決して言葉遊びでも、難しいことをひけらかしてるわけでもありませんよ。
本多さんは、極めて原則に則り相対的に捉えるから、細かな形容や名詞がでてくるわけです。(暴力論がわかりやすいでしょう)

やはり決定的なのは「著作選」をお読みになっていないで、「論評」なさろうとしてらっしゃることでしょうか。
「著作選」のようなこちら側の文献についてのみ言えるわけではなく、為にする論評でないならば、原典を読んで批評するのが理性的かつ客観性のある批評活動ですからね。

そもそもあなたの主張なさる「本質」について具体的な展開がなされていないので空疎に感じるわけですが。

投稿: 藤壺 | 2007年5月10日 (木) 07時42分

藤壺さん、俺が言っているのはどんな専門書でも当てはまる内容なんだ。

仰々しい形容詞も名詞(専門書では数式やテクニカルワードなど)はあくまでオプションなんだよ。

まとめた以上は「言葉遊び」でなく、本質を突いたものであるのが当たり前なんだ。難しいことやっていることを、ひきらかすわけじゃあるまい。

これは非常に簡単でながら、やることは難しい。言葉遊びにならなければ、本質がわかる。それから初めてオプションに入れる。非常に重要なことなんだよ。

投稿: K | 2007年5月10日 (木) 07時07分

「労働運動で革命を」の部分の言い回し言葉足らずでした。
「労働運動」を基軸とした当面する闘いを推し進め、党を建設し、ゼネスト=蜂起に向けて準備し、蜂起する、これが内乱の戦略だと私は理解しているのですが…。

投稿: 藤壺 | 2007年5月10日 (木) 01時37分

Kさんさんは、あいにく原典を読まれていないので、「換骨奪胎」と批判するのはフェアではありませんが、ただ趣味的に形容詞と名詞が書き連ねてあるのではなく、その形容詞と名詞で具体的に何を差し、何をなすべきかが示唆されているんですがね…
「外部からの情報操作には注意せよ。」
うーん、これは随分と違います。

そのあたりに関しても、アッテンボローさんが平場での討議として、遡上に上げられるおつもりならあまりに「前提」のハードルが高すぎるように感じます。
久々さんなどまるっきりおわかりにならないわけですから。


「著作選第六巻」のⅠは「戦争理論の深化のために」で「クラウゼヴィッツ『戦争論』ノート」が収録されていますが、「内乱の戦略と蜂起の準備の問題」の章で、「革命と戦争の基本問題」の5つの重要なことが完結に纏めて提起されています。

その4において、具体的な「合法則性」についての記述がなされています。
アプリオリな「戦争勝利に向けて」の合法則性ではなく、「プロレタリア革命戦争勝利に向けて」のそれです。
『圧倒的に劣勢な革命勢力が圧倒的に優勢な帝国主義勢力に抵抗し、対峙し、それを完全に打倒』するための合法則的な戦争の仕方とは『政治の優位のもとに政治と軍事を高度に統一した指導原則への妥当性を持って政治闘争と武装闘争を結合し、情勢の正しい認識に踏まえて戦略的に有利な闘争の時点を主導的に敵に強制』する戦争の仕方=内乱の戦略であると。

「労働運動で革命を」の具体的方針は、ゼネストに向けての蜂起の準備であると受け止めていますが。

投稿: 藤壺 | 2007年5月10日 (木) 01時23分

アッテンボローさんの内容が正しいとするなら重大な問題点がある。

思想うんぬんでなくてだ。

つまりここで書かれている主義やら思想やら行動は、すべて内容的には「枝葉」の部分に相当するわけだ。アッテンボローさんの強調する部分も「枝葉」のひとつでしかない。

この記事でいうなら、「本質」というのは俺の簡便にまとめた5項目だ。
それについて考えなければ、枝葉の議論となり議論の結果が拡散して消滅する内容になる。

仰々しい形容詞と名詞を省いたものが何になるか見抜く能力が必要だ。それが全くできていない。
そうでなければ進歩も何も無い。

投稿: K | 2007年5月 9日 (水) 22時18分

革命勝利の指導原則

革命的労働者による階級闘争は圧倒的劣勢からはじまる。革命の過程は、圧倒的に優勢な反革命勢力に抵抗、対峙、打倒してゆく政治的・軍事的過程である。

その過程を勝利に向かって指導してゆく党の指導原則は

第一に正しい戦略と路線のもとに人民を獲得してゆくこと。「反帝国主義・反スターリン主義ー世界革命」戦略&「闘うアジア人民と連帯し侵略を内乱へ転化せよ」。その基軸となるものは、武装闘争への発展の萌芽をもつ安保沖縄闘争。(当時のこと)

第二に一斉武装蜂起にむけた準備として軍事的な武装を計画的系統的におしすすめるべく指導してゆくこと。政治的要素(権力闘争)と軍事的要素(武装闘争)を正しく認識しえないものは、もっとも卑劣な日和見主義

第三に全人民に武装の思想を提起し、人民の武装を推し進める。正規軍の形成の端緒ー大衆闘争の貫徹に関わる武装自衛を契機とする。政治闘争と武装闘争の結合。

第四に彼我の階級的力関係を客観的に把握し、少をもって多を制する戦略原則(政治&軍事)の合法則的(政治的妥当性&軍事法則への妥当性)実践ー戦略的総路線へのフィードバック、さらなる党建設の強化、革命勢力の強化の契機とする。

第五に党の建設ー戦闘性・思想性・組織性の訓練と高揚を通じ党幹部(カードル)の育成、指導系統の建設と、それをとおしての党の指導における質の強化ー目的意識的に追求すべき課題。 党はプロレタリア人民の最高の意識形態、最高の団結形態、最高の戦闘組織形態、最高の指導形態

改めて、かいつまんでみました。 Kさんのまとめよりもメタなものです。当時の安保沖縄闘争の大衆的盛り上がりのなかで、本多さんの意識としては、権力を奪取するのなら、軍事の問題をマジで考えなくてはいけないし、そのための指導原則は軍事法則に則ったものじゃないとうまくいかないよという提起が組織論の前提にあったのでしょう。たぶん。

投稿: 薩摩長州 | 2007年5月 8日 (火) 20時29分

薩摩長州さんとKさんのやりとりは、なぜロシア革命が「ソ連の崩壊」のような帰結を招いたのかという<逆説>の理由を一端をも垣間見せていますね。

ザミャーチン辺りは早くからこの<逆説>を見抜いていましたね。

投稿: まこと | 2007年5月 8日 (火) 07時27分

 自分も今の立場としては2児の母さんに近いですかね…

 今回アッテンボローさんなりの概説を読んで気づいた点としては(Kさんとかぶってしまうかもしれませんが)…

1、アメリカ帝国主義との一体化の阻止こそが日本帝国主義打倒=革命の道である。
→これにはなるほどと思います。沖縄のたたかいの重要性もここにあるわけですね。

2、革命のための「内乱」は武装蜂起を必要十分条件としていること。

3、武装蜂起のための思想指導を「党」によって徹底的に行うこと。ただし、「今日的、意識的」に行うこと。

→2と3は常々最も考察が必要と捉えていることです。もとより中核派と連帯している人々、団体の中には「非暴力」を掲げるのもあります。現に「中核系」と言われる「百万人署名運動」の事務局長は「非暴力」の中の一人である平和遺族会の西川重則さんですから。

 確かに「暴力」を独占している国家に対して「非武装」で挑むわけにもいきませんが、「非暴力」をイギリス帝国主義に対抗するイデオロギーとしたガンジーの例もありますから、「蜂起」についてどのような形が可能かは常に議論し、検討し続けなければならないでしょう。

 最近中核系の人々の間で言われている「労働運動の力で革命をやろう」というのも、労働運動そのものを一つの「蜂起」とし、それを結合させることで革命へとつなげようと試みている真っ最中なのかなとも、この部分を読んで思いました。「労働運動の力で」というのであれば、別段その場その場で「武装」を必ずしも必要とはしませんから。「非暴力」の人々をも獲得する意思もここに固まりつつあるということでもあるのでしょうね。

4、相手との力関係は「相対的に劣勢」と捉えつつ、それを転換していかなければならない。

→これも納得できる部分です。会社を相手にするにしても地方や国家を相手にするにしても、相手側の方が「強い」のは当たり前です。でも「こうすれば転換できる」という実践を労働運動などで積み重ねてそれを広げれていけば、展望は見えてきますから。あとはそれを一般大衆にどう分かりやすい形で伝えるか、ですね(その点で久々さんの「もう少し幅広く受け入れられる話し方をしてみては?」と言う指摘は重要です)。

5、革命のための党の建設とそれによる指導が必要。

→アッテンボローさんご自身も感じていると思いますが、ここで言う「党」はすべからく労働者階級に基礎を置くわけですから、「党」を守るという方向に行くのでは本末転倒になりますし、「国家」のまねごとをやるだけです。

 国家に対峙するだけの組織はもちろん必要だと僕自身思っていますが、その組織が構成員一人ひとりを大切にしなかったらおしまいです。「党は自分達でつくるもの」ですから、革命も既存の中核派指導部におんぶに抱っこではなく、そうした指導が構成員のためになるかどうか、「下」からの厳しい視線もなければならないでしょう。いわば、組織のあり方自体も「国家的」なるものから180度転換する必要がある、ということです。それをしないとカクマルの二の舞になるのではないでしょうか?

 それにしても本多書記長はかなり冷静沈着なんだなと思います。これはどんなに「日和見」な立場でも参考に(批判的な意味も含めて)すべきだなとますます思います。

投稿: 護憲的コケシくん | 2007年5月 8日 (火) 00時31分

GOさま久々の登場ですね。こんばんわ。 Clausewitz(小林よしのりじゃないよ)の「戦争論」読破ですか、すご~。遠い昔、私の周辺でそれを所有していた人は、ほぼ上巻で息絶えておりました。読破を勝ち取った方々の多くは本多さん同様「別荘」で読んだようです。

これをきっかけに中巻にトライしてみようかしら。

投稿: 薩摩長州 | 2007年5月 7日 (月) 20時50分

>、Clausewitz(小林よしのりじゃないよ)の「戦争論」って難解ですよね。
ハイ、なんとか読みました。岩波文庫版で…
内容はナポレオン戦争時における「戦争」技術論的なことも多く含まれております。

 あと、やっぱKさんてものすごく仕事ができる人なんですね。

投稿: GO | 2007年5月 7日 (月) 19時43分


”戦争を放棄する権利”

改憲されると、放棄した権利は戻って着ません。
戦争を放棄する権利が失われてしまったら、もう放棄することは出来なくなります。
それが、何を意味するか、誰も分かっていない。
そう思います。

投稿: はろるど | 2007年5月 7日 (月) 16時55分

昨晩は水戸の「大洗」、じゃなくて、「大笑」しました。 こんにちわ、kさん。

合法則性について、すこし書かせていただきますね。

>俺の知る合法則性というのは、法則に適っているという意味しか知らない。  そのとおりです、文字通り。
では、何の法則かというと、政治と軍事に横たわっている法則ということであります。 この「戦争と革命の基本問題」が取り扱っているテーマは軍事でして、Karl von Clausewitzの考察によって導き出された法則を、プロレタリア革命戦争へと応用するという狙いがございます。これが、本論文の一つの柱です。そしていま一本の柱は、暴力に関してでありまして、暴力の考察に始まり、暴力革命論へと展開されてゆきます。

>3以降もあるのだろうか? はい、たっぷりございます。ちょっとアッテンボローさまにたいして、差し出がましいようではありますが
目次を置いておきますね。

一 戦争と革命の基本問題

 序章 革命と内乱の時代
(一)日帝のアジア侵略と内乱の戦略/(二)革命勝利の指導原則/(三)本論文の目的-戦争と革命の基礎的考察

第一章 戦争の基本問題
(一)戦争と政治/(二)戦争とその指導の原則/(三)戦争とその指導の原則(つづき)

 第二章 暴力の構造-戦争と社会
(一)暴力の社会史的本質/(二)暴力の分裂-政治と軍事/(三)戦争と民衆

 第三章 暴力革命・内乱・蜂起・革命戦争
(一)暴力革命論の基礎/(二)内乱と蜂起の準備の問題/(三)革命戦争の基本的特徴(1.世界革命と人民の正義の目的 2.内乱としての政治的・軍事的性格 3.全人民の動員とその武装 4.戦争を消滅する戦争 5.党の指導する戦争)

二 「戦争と革命の基本問題」の学び方について

(一)たたかいつつ学ぶことの意義/(二)「基本問題」の目的と構成/(三)どこから研究すべきか

三 暴力の復権のために

以上です。

佐倉さまこんにちわ、Clausewitz(小林よしのりじゃないよ)の「戦争論」って難解ですよね。私は上巻やっとこさで果てました。でもって、中下巻はそのままであります。結構みんなそうなんですね。

投稿: 薩摩長州 | 2007年5月 7日 (月) 12時33分

嘗てはアッテンボローさんと同じく中核派に属していた「反戦自衛官」小西誠氏は、かような党組織論に対する批判をぶつけていますね。

・参考図書
http://www.alpha-net.ne.jp/users2/shakai/top/60-3.htm

投稿: まこと | 2007年5月 7日 (月) 08時23分

>組織についてのコメントは、民間の経営戦略の亜流だな。(Kさん)

私は仕事上多少は人材マネジメントを齧っているけど、そもそも民間の企業組織論って軍隊(特に米軍)から学んでいる面が多いし、中核派のような党派がその軍隊と類似した党組織論を持っているのも、当然と言えば当然。

Kさんの指摘は、ある意味中核派のような党派に対する本質的批判を内包しているようにも思いますね。

投稿: まこと | 2007年5月 7日 (月) 08時18分

おはようさん。薩摩長州さんどうも。

俺の知る合法則性というのは、法則に適っているという意味しか知らない。

どの法則かは知らないが、この本多という人の書いた法則と仮定して、法則に適っていることはすなわち反対者がいないことである。という考えで書いた。

他の意味で使っているんなら、そういう意味が正解なんだろう。この手の専門じゃないしね俺は。

しかし、俺のまとめがそんなに変じゃないとすると、この本多という人の書いた内容は他も含めて会社でいう社則以上のものはないということだな。
それに3.は今の左派や左翼、活動家の人はほぼ守れていない。
4,5も結局ありきたり過ぎる結論だ。

結局、形容詞や小難しい名詞の乱発で守られてはいるが、そこらのビジネス書程度のような気がしてならない。3以降もあるのだろうか?

投稿: K | 2007年5月 7日 (月) 06時31分

クラウゼビッツの戦争論か。
上巻の途中で挫折しました。帯に「この著作はレーニンの思想に大きな影響を与えた」と書いてありました。
・戦争は政治の延長である
・戦略と戦術を厳密に区別することはできない
のところだけ、今でも覚えています。

投稿: 佐倉 | 2007年5月 7日 (月) 06時16分

ははははは。やっぱすごいよKさん。おれっちのレジメとほとんど内容違わないよ。おもわずひっこめたくらいだから。

> ここの合法則性というのは方針決定で反対するものがいない状態ということだろう。多数決か反対者の排除かは不明だが。
ここの解釈がちがうけどね。私の手元には原典がありますもんで。

>組織についてのコメントは、民間の経営戦略の亜流だな。 そうです、零細な革命屋さんが革命という事業を為すための経営戦略はそれに酷似しているかもしれません。

いやいや同業者なんてこちらこそ失礼いたしました。久方ぶりにわろた。

投稿: 薩摩長州 | 2007年5月 7日 (月) 01時31分

別にはめようとしたわけでなく、ただのうっかり。失礼しました。

投稿: K | 2007年5月 7日 (月) 00時52分

名前忘れました。名無しのコメントですがKです。

薩摩長州さん、すいませんね。同業者ではないですよw。ただ要点抜き出しただけです。

投稿: K | 2007年5月 7日 (月) 00時50分

↑この名無しさんすっご。みごとに言い当ててるよ。レジメ送ろうと思ったのだけどやめました。ほぼ同意見なので。
まず、間違いなく同業者だね。

投稿: 薩摩長州 | 2007年5月 7日 (月) 00時48分

ちょっと形容詞が多すぎるな・・・。

つまり、まとめると

本多書記長は少数者となった革命する集団が勝利を掴む方策を指導している。

その方策は以下の5項目

1.敵対勢力(帝国主義・体制側)に勝つには労働者階級の総決起が必要。その起点には沖縄が望ましい。

2.侵略行為を妨げるには内乱が必要である。内乱のためには労働者階級の総決起が必要となる。それを妨げるものたちは日和見主義者である。
外部からの情報操作には注意せよ。

3.武装蜂起には現在に即した手法が望ましい。それにはやる気と経験が必要である。
それに伴い思想の本質を忘れないこと。最終的には党を中心とした決起を目指す。

4.2を行うための3の過程に対する方策を示す。
少数者が多数者を倒すためには、党を基礎としてその周りに労働者階級と呼ばれる集団のマンパワーを集めていく。それを強固な集団にすることが必要。

5.結局は政治勢力および武力が強大でなければいけない。そのために必要なのは党と思想的指導である。勝利のための組織が必要である。

*組織についてのコメントは、民間の経営戦略の亜流だな。

簡単にまとめるとこんなものか。

ここの合法則性というのは方針決定で反対するものがいない状態ということだろう。多数決か反対者の排除かは不明だが。

投稿: | 2007年5月 7日 (月) 00時15分

とりあえず色々ー


帝国主義・アジア侵略

既にこの時点で一般人は「はぁ?いまどき何言ってんの?」
となる。
先ずに、日本の企業の海外進出と、華僑やユダヤ。
どっちが世界的に経済に、アッテンボロー氏の言う「侵略」をしているのか?

共産主義・カクマル・中核派・全学連

既に一般人には「武装した暴力的な極左集団」としか見られてないし、怖がられてる。
改名することをお勧めする。


言葉遣い

毎度言うけど、激しい口調や、過激な言葉、難しい内容の引用などをしても、結局「何あの集団。気味悪い」となる。
ヒトラー曰く、短くわかりやすいスローガンを繰り返すのがいいと思います。


何度も思うんですが、アッテンボロー氏にとってこのブログの意味とは
革命を成功>共産主義についての考察
ですよね?
ならば革命には人が必要ですが、このままでは人は着ません。
アッテンボロー氏の話しかたは、
「既に共産主義についてかなりの知識を持っている人」
に読み手を限定していすぎです。
もう少し幅広く受け入れられる話し方をしてみては?

投稿: 久々 | 2007年5月 6日 (日) 23時10分

侵略に反対して内乱を拒否する、もっとも悪質な日和見主義者の私ですが、
内乱になり、アッテンボローさんが敵対勢力に負われ、逃げてきたならば、アッテンボローさんの逃亡に力を貸しましょう。
それでも内乱は拒否しつづけて、毎日自分と子供たちのために畑を耕し、食事を作りつづけるでしょう。
内乱の後の党に指導された革命よりは、たくさんの人の平穏な日常のほうが私は大事だと思うから。
というわけで、ワタシは中核派から敵規定されてしまうのかな?だとしたら残念です。

投稿: 2児の母 | 2007年5月 6日 (日) 22時57分

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