「安藤昌益」を読む
図書館で借りてきた平凡社選書の「安藤昌益」(安永寿延)を読んでいる。日本における共産主義思想の先駆者とも言える安藤昌益は、Wikipediaによると「身分・階級差別を否定して、全ての者が労働に携わるべきであると主張した。 特に著書『自然真営道』の内容は、共産主義や農本主義、エコロジーに通じる考えとされているが、無政府主義(アナキズム)の思想にも関連性があるという、間口の広さが見受けられる。またこの書の中で安藤は日本の権力が封建体制を維持し民衆を搾取するために儒教を利用してきたとみなし、孔子と儒教を徹底的に批判した。発見者・狩野亨吉をして「狂人の書」と言わしめ、レーニンをもうならせたという。」とある。
よく共産主義思想を外来の物であって日本には適用できないかのように言う人々が存在するのであるが、江戸時代中期にこのような境地にいたる思想を獲得していた人物がいるという事は、いかなる政治体制・歴史的条件があろうとも資本主義社会が共産主義社会の前段階であるという事に強固な裏付けを与えるのもではないだろうかと思う。どの様な体制にあっても支配階級は働かずに富の殆どを独占する。働く者はその富の極々一部しか得ることが出来ない。このような社会の矛盾に気づき、その社会体制に反抗する思想と結社とをマルクス・エンゲルスに先立つこと100年前に作り上げていることは驚愕に値する。それだけ当時の日本国内における資本主義の発達が顕著であったとも言える。
一人の共産主義者として、私は安藤昌益に興味を持っていたのであるが、図書館の蔵書にあったためにその思想の一部に触れることが出来た。自らの思想を磨き上げるためにもっともっと先人の労作を学ばねばならないと思う。
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コメント
kaetzchenさん、存命中に業績が認めて貰い無い人というのは様々な分野で沢山いますね。安藤昌益がもし、その思想に基づいて一揆などの指導者になっていたら歴史は変わっていたかも知れませんね。
私の住む町の図書館の蔵書がよいのかどうか分かりませんが、結構左翼的な物もありますね。自治労が毎年反戦平和のパネル点をしていたり、同和教育が盛んであるためかも知れません。
投稿: アッテンボロー | 2007年8月25日 (土) 08時12分
それにしても,アッテンボローさんの自治体の図書館に,偶然安藤昌益の本があって良かったですね.普通はあの手の本はレッドパージがかかって,入れてくれないものですけど.(^^;)
私がブログの記事で紹介した戸坂潤の本も,高校時代に最初に発掘したのが『科学論』という戦後直後に刷られたぼろぼろの本です.古本屋のおやじさんに許可をもらって,番台で読みふけっていたら,学割で安くしてあげるよと言うので,大枚はたいて買った思い出があります.当然,こんな共産主義ばりばりの本なんか,自治体の図書館にあるわけがない(笑) ちょうどそんな頃,岩波文庫で復刊されたのが『日本イデオロギー論』です.
# ちなみに私はクリスチャンなので誤解のないよう.ただ,南米のカトリックの一派である「解放の神学」のように共産主義とカトリックが融合した思想があったりするので,共産主義の大元にはキリスト教の考え方が大きくのしかかっていて,安藤昌益はたまたま自分でそれを発見したんじゃないかと思ったりします.大学時代の友人に,お前は安藤昌益みたいだなと言われたことが何度も.(^^;)
投稿: kaetzchen | 2007年8月23日 (木) 15時49分
アッテンボローさん,こんにちは.安藤昌益もそうだけど,存命中だとか在職中には全く認められない思想家とか学者って,けっこう多いです.私自身が視力を失って「医籍」(医師免許)を返上して分かったんですけど,「医籍」がないだけで某御用学者にボロクソに書かれたりするんですよね(笑)
私の留学先の恩師は数年前にノーベル賞を取ったけど,私はそんな権威を自慢するほどのアホじゃないです.寧ろ,留学から帰る前に書きまくった論文をフロッピーディスク(当時は5インチ)にコピーしまくって,恩師や仲間に配りまくって,何かのお役に立てればとひたすら裏方に徹したことを誇りに思っています.
# 恩師がノーベル賞を取ったとき,現地の新聞には私の名前が載ったようですが(笑) 自然科学でこれですから,安藤昌益の頃の社会科学は……ってことになりますね.
投稿: kaetzchen | 2007年8月23日 (木) 15時40分
なのなの勢力さん、安藤昌益は晩年を過ごした村では神様に祭り上げられるほど人々に慕われていたようですね。郷土の偉人というのも分からなくはないです。残念なのは昌益がその思想を発掘されるまで埋もれていたことでしょうね。彼の門人達の中に力量のある後継者がいれば日本の歴史も大きく変わっていたことでしょうね。
投稿: アッテンボロー | 2007年8月21日 (火) 22時08分
たまに反応できそうなネタなのに、安藤昌益の屋敷跡(だっけ?)の写真とか出せなくてごめんよ。
青森(八戸市)では一応、郷土の偉人扱いになっていますが、存命中に思想家として活躍したわけではなく、のちに発掘された書物で評価された人だというのがなんだかなぁという感じです。
投稿: なのなの勢力 | 2007年8月20日 (月) 23時47分