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2007年11月24日 (土)

「検証 党組織論」その2

 去年の年明けに小西誠さんら数人の共著である「検証 党組織論」を読み、その感想を記事にした。去年から続く中核派の混乱状況を見ていて改めて読み返す必要があるのでは無いかと思うようになった。実は先日、11・4の日比谷野音集会での全国労働者総決起集会に参加した中核派ではない人と数時間語り合う機会があった。党の内部では様々な異論が飛び交い、分裂したとも言われる状況の中で何故に5700という結集が実現し、銀座を解放区にするような戦闘的デモ行進が勝ち取られたのかと言うことが気になった。乱暴な表現を敢えてすると、なんでも有りの状況になったことで好き勝手に言いたいことが言える状況になり、党派色が薄まったために参加への敷居が低くなったのではないかという話であった。強いて言うならば84年の三里塚芝山連合空港反対同盟の分裂以前であればカクマルを除く新左翼が全て参加していたために、ノンセクトやごく普通の大衆も参加しやすかった。その様な状況があったのではないかと言うことだ。

 11月労働者集会は全日本建設運輸連帯労働組合関西地区生コン支部全国金属機械労働組合港合同動労千葉の三労組が呼びかける統一戦線であるのだが、残念なことに中核派系の集会と見なされることが多かった。皮肉にも中核派の分裂によって党派色が薄れ、集会が大盛況になったというのだ。

 伝わってくる様々な話を総合すると中核派は分裂がほぼ確実になったようである。少なくとも公然とした分派が出来ている。中央に対して関西地方委員会からは各種の意見書が出されているらしいが、それがまたてんでんバラバラなことを言っていて、分派と言っても統一した指導部が存在する訳でもないようだ。下部は上部に従うという組織形態の中で様々な意見が封じられてきた。それらが昨年3月14日の関西地方委員会における与田議長追放によって一気に噴き出してきたというのである。昨年の23回全国委員会総会において与田議長・遠山大阪府委員長を始め数名が除名となった。九州地方委員会の平田議長も除名になったのであるが、前進社九州支社の常任の多くが離党したという。東京の杉並区議を務めていた、けしば誠一・新城せつこ両氏も意見を異にして党を離れた。かつてのような一枚岩の党は存在していない。

 「検証 党組織論」の第一章で小西誠さんが述べていることが、非常に気になってきた。共産主義を掲げる党の殆どは日共スターリン主義から革共同中核派、現代のナチスファシストカクマルに至るまで民主集中性を組織論の根幹に据えている。民主集中性というのは「民主的中央集権制」の略であるが、中央指導部の絶対的権威の下に成立している。下部は上部に対して自由に意見を表明することが困難である。勿論党外においても組織防衛上の観点から自由に意見を表明することは出来ず、非常に窮屈なのである。そてし「批判(言論)の自由の抑圧」「異論・分派の自由の抑圧」があるとして、今までの党組織の全てが抑圧型であり、解放型の組織論・組織原理への転換を主張している。

 小西さんの主張では、レーニンの党組織論は内戦期における物であり、そうでない時期に無批判に適用したことによって一切の誤りが始まっているという。そしてローザ・ルクセンブルクの「ロシア社会民主党の組織問題」を引用して「完全無欠な指導部」の方針よりも、広範な大衆が誤りを犯しながらも運動を作っていく方がより有益であるとしている。小西さん自体はレーニンその人にスターリン主義の萌芽を見ているようであり、レーニンの党組織論その物も批判の対象としている。ただレーニンの時代における党組織論であっても異論・分派の自由を認め、尚かつそれらの意見を全党員に周知する義務を党の機関誌・紙が負っているとしていたことを引き、現在の諸党派にはそれがないことを批判している。

 小西さんらの主張では個々の党員が党の内外で自由に意見を表明でき、異論や分派を認め、唯一前衛党ではなく複数党派によって競い合いながら階級闘争全体が前進していくとしている。去年この本を読んだ時点では党内での息苦しさについては共感を持っていたが、それでも基本的にはレーニンが「なにをなすべきか」で提起している党組織論は全面的に正しいという考えに揺るぎはなかった。だが、今日の中核派の現状を見た時に「検証 党組織論」を改めて読み返す必要が有ると思いだした。

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コメント

 薩摩長州さん、先日の書き込みの件でしたら全然気にしていませんので今後もどうぞ宜しくお願いします。

 さて党派性が薄れたことによって11・4集会への参加の敷居が低くなったのではと言う件については、大衆運動を巡る異論百出の状態が運動その物に命を吹き込むのではないかという、今の時点では茫漠とした印象のような物です。私には詳細に検討する力量がないのでこの後深まるかどうかは分かりません。小西さんについても全面的に納得している訳ではないのですが、今一度再検討する意味はあるかなと言うところです。

 本多著作選、コピーで宜しければ送りますので、プロフィール欄をクリックしてメールで御住所など教えて下さればと思います

投稿: アッテンボロー | 2007年11月28日 (水) 15時43分

こんばんわ、先だっては少々アジって余計なことも言ってしまいました。でもアルコールは入ってませんでしたよ。まずはすみませんでした。

11.4の5700の結集が勝ち取られたことの分析は、私のようなものにはとてもできるものではありません。でも、党派色が希薄になり参加への敷居が低くなったということにはなんとなくのどにつかえるものがございます。それがなぜゆえなのかは正直いま進行中の党の分裂の状況への思いと共に考え中なのでありますが。

84年の三里塚芝山連合空港反対同盟の分裂以前において、日共、カクマル以外の革命的左翼がそこに共闘関係を築いていたことは事実でありますが、その水面下では、日々そのヘゲモニーをどの党派がとるかをめぐり凄まじいばかりの党派闘争が三里塚現地ではおこなわれていたのであります。三里塚農民の獲得戦争のようでありました。

ちょうど安保闘争で三派全学連という三派の共闘においてどの党派がヘゲをとるかをめぐり党派闘争を通じ理論と運動を鍛え上げていったという話を先輩諸氏から聞いていた私はそれと全く同じ過程をとても間近に体験することができました。

そのような水面下での激しい党派闘争をつうじてこそ、各党派は必死に運動を構築し、それをもって三里塚農民を支えぬき、日本階級闘争において最強の砦として三里塚闘争をおしあげてきた。そのたかみにおいて、ノンセクトや一般大衆の参加をかちとってまいりました。

三里塚闘争は一枚岩の反対同盟と支援各党派の平和共闘による敷居の低い闘争ではありませんでした。

小西氏がローザ・ルクセンブルクを引き合いに出すことの意味合いはどうであれ、私は「完全無欠な指導部」の方針があれば、「この群衆がおしゃべり屋に率いられる代わりに、自分がどこに行くのかを自覚した確固たる指導者をもっていたなら、彼らはベルリンの主人となっていたに違いない」とグスタフ・ノスケの言を聞くまでもなく、ドイツ革命はあのとき成就し「広範な大衆が誤りを犯して」血の海の沈むこともなかったと思っています。

どうも小西氏は党内と党外を同一レベルで論じているところが胡散臭いのでありますが、それはべつにして、内戦期における戦時共産主義下の党組織だといわれれば内戦をしていたのだからその通りなのだけれど、あのころの同志は「指導部だから方針が正しいのではない、正しい方針だと私たちが納得するから指導部なのだ」「もし革共同が誤った路線を歩むなら、私たちは分派を辞さない。私たちはトロツキーのような日和見主義者ではない」と言っていたことが思い出されるのであります。それと、しょっちゅう社内では指導部と非指導部が「そのところを自己切開しなけりゃだめだろう~が! 展開してみろよ~」というまるでケンカのような激しい討論が為されていたことも。

「党組織論序説」を読みたくても20年以上も前に「勝利に向かっての試練」とともに「著作選7巻」は法大に置きっぱなし、学館もなくなっては取りに行きようもない。無念!

投稿: 薩摩長州 | 2007年11月27日 (火) 23時36分

 まつきさん、三里塚闘争の参加お疲れ雑でした。最近は三里塚にも全く足を運んでいませんが、気になってはいます。「小説三里塚」「闘いに生きる」やアサヒグラフの第二次強制代執行の特集号をヤフオクで買って読み返しています。
 中核派の分裂は決定的な状態になっているようです。今後新党が作られるのか党内分派として存在するのかは分かりませんが深刻な状況ではあるようです。

投稿: アッテンボロー | 2007年11月25日 (日) 21時02分

>中核派系の集会と見なされることが多かった。皮肉にも中核派の分裂によって党派色が薄れ、集会が大盛況になったというのだ。

大変興味深い分析と思いました。11.3のデモについては、マル共連では否定的な意見もあるようですが、趣味者としてはぜひ参加していたかったの一言につきます。当日はYさんとヅカ(熱田派系ですw)に行っていました。ただ、これがなくても正直「中核派系の集会と見な」し、行く気にはならなかったと思います。ただ、これからは少し足を運んでみようかな

投稿: まつき | 2007年11月25日 (日) 16時56分

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