じいちゃん、じいちゃん
昨日の早朝、父が亡くなった。午前2時頃のことである。弟から電話があり絶句した。1928年生まれの79歳だった。年末に食事中に倒れ、救急車で病院に運ばれた。意識は戻ることがなかったが、年明けには回復の兆しを見せていた。一昨日の夜に様態が急変し、脳内出血が大量にあったためそのまま帰らぬ人となった。もし若ければ開頭手術をするなどして延命措置をしただろうが、年が年であるので手術に耐える体力が無いと判断されたのだ。
昨日の朝息子にその事を告げると「じいちゃん、じいちゃん」と言って泣き出した。「じいちゃん、また遊びに来るって言ってたのに。楽しみにしてたのに。じいちゃん。助けられへんかった。」などと言いながら三十分以上泣きじゃくっていた。父には八人の孫がいるのだが、男の子は息子だけなので可愛がって貰っていた。息子もそれが分かっていたようで本当に悲しんでいた。私はと言うと父が亡くなったという実感が今ひとつ湧かない。昨夜が通夜で今日が告別式であったのだが、骨揚げが済んでもなんだか本当のことなのかと思ってしまう。
息子のように素直に泣けたらよいのだろうが、悲しみよりも非現実的な感覚の方が強い。棺桶の中の父の死に顔を見て、火葬が済んだ後に骨を拾ったのだが。未だに実感がない。骨その物は年の割にしっかりとしていて、かなり残っていた。朝鮮半島から引き上げてきた時に肋膜炎をやったので肺は弱かったのだが、他はだいたい丈夫であった。
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コメント
ふくろうさん追悼の言葉どうも有り難うございます。私も近くではありますが別居しているので常時顔を合わせるという物ではありませんでした。今となってはもっと父の処に顔を出しておくべきだったと思います。
投稿: アッテンボロー | 2008年1月18日 (金) 21時54分
お父上のご逝去を知り、お掛けする言葉もありません。
私も数年前に父を見送りました。遠方ゆえに生前は互いの無事を時々確認するだけでした。
あらためて、ご冥福をお祈りします。
投稿: ふくろう | 2008年1月18日 (金) 21時20分
まことさん、励ましどうも有り難うございます。この一週間色々と有りましたが、元気を出して頑張っていこうと思います。
投稿: アッテンボロー | 2008年1月17日 (木) 23時05分
アッテンボローさんのお父上のご冥福を心より祈ります。
アッテンボローさんも心の病を抱えつつ何かと大変でしょうが、気落ちしないでくださいね。
投稿: まこと | 2008年1月17日 (木) 22時04分
NKさん、イレギュラーずさん、薩摩長州さん、本当に有り難うございます。父は敗戦の夏に16でした。生まれるのが一月早いか、戦争が一ヶ月長引いていれば17になっていたため志願しようと思っていたようです。幸い母の長兄のように戦死せずに済みました。尤も朝鮮半島からの引き上げに際して、劣悪な環境や栄養失調から肋膜を患い、諸処の事情もあって結婚が遅れ、第一子である私が36歳の時の誕生と父の世代にしては非常に遅い世帯形成でした。事業に失敗して土建屋を廃業したりと色々ありましたので果たして幸せであったかどうかは本人にしか分からないと思いますが。
投稿: アッテンボロー | 2008年1月17日 (木) 20時26分
お父上の逝去に接し、心よりお悔やみ申し上げます。
確執や葛藤があったとうかがいました。されど、いはは遠き昔の良き思いだけをしっかりと握りしめ、力強く生きてゆかれることを願います。寂しさと悲しさは、あとからじっくりとやってくるものであります。お父上のご冥福をお祈りいたします。
投稿: 薩摩長州 | 2008年1月16日 (水) 21時50分
寒中お見舞い申し上げます!
そして、お悔やみ申し上げます。私の親と同世代でしたか。私の両親は今年傘寿(数え)です。
昔、「明治は遠くなりにけり」ということがいわれましたが、「昭和も遠くなりにけり」ということでしょうか?
幸せな人生だったことでしょうね!お父上は。
投稿: イレギュラーず | 2008年1月15日 (火) 22時27分
お父上のご冥福をお祈りいたします。
あのつらい時代に少年時代を過ごされ、激動
の中を生きてこられた全ての同世代の人々の
思いを、私は忘れないようにしたいと思います。
投稿: NK | 2008年1月15日 (火) 21時40分
keichanさん、SOBAさん、ROM人さん、erkinさん、主義者Yさん、ゴルゴ十三 さん TAMO2 さん、お悔やみのお言葉本当に有り難うございます。父の死に顔はとても穏やかでした。色々ありましたが苦しまずに逝ってくれたのが不幸中の幸いです。
投稿: アッテンボロー | 2008年1月14日 (月) 23時39分
お悔やみ申し上げます。
初七日まで大変だと思いますが、お体に気をつけて。
投稿: TAMO2 | 2008年1月14日 (月) 19時53分
一昨年秋には母親が間質性肺炎(リューマチなど膠原病による。数年前から患っていた)で、昨年末には伯父(父の長兄)が急性骨髄性白血病で亡くなりました。半年間の闘病生活で一時は退院したほどでした。
今回は恐らく、くも膜下出血であり、年齢的にも手術中に死亡する恐れがあったために延命措置を見送ったのだと思います。医療ミスには最近は厳しいですから。
いずれにせよご冥福をお祈りいたします。
投稿: ゴルゴ十三 | 2008年1月14日 (月) 09時18分
年末に自分の母親がクモ膜下出血で死線をさまよい、一時は永遠の別れも覚悟しました。また親しい知人の父親が孤独死をして、その発見に立ち会うということもありました。いままたアッテンボローさんのお父様の訃報を聞き痛切な思いがいたします。
ブログのほうは無理に書こうとしないでお休みください。私も少々エネルギーを費消したのか、最近は何も書いておりません。
ご冥福をお祈りします。
投稿: 主義者Y | 2008年1月14日 (月) 06時54分
生きるということはたくさんの生と死をみつめていくことなのでしょうか。
謹んでご冥福をお祈り申し上げます。
投稿: erkin | 2008年1月14日 (月) 03時19分
ご愁傷様です。
私自身祖父を失った時、人からの慰めは辛いだけだったので、言葉はこれだけにさせてもらいます。
ご冥福をお祈りいたします。
投稿: ROM人 | 2008年1月14日 (月) 00時33分
自分の父親が亡くなった時のことを思い出してしまいました。
ご心痛をお察しします。心からご冥福をお祈り申し上げます。
投稿: SOBA | 2008年1月13日 (日) 23時34分
二度目に来訪させて頂いた先日の"岐阜方面隊のkeichan"です。絶句。。
お父様のご冥福をお祈り致します。私も同じ経験があるので心中お察しします。(粛)
息子さんの、「じいちゃん、また遊びに来るって言ってたのに。楽しみにしてたのに。じいちゃん。助けられへんかった。」
に涙しました。。
アッテンボローさんに生き写しの感性を感じました。言葉は人を語るのですが、お父さんに似て、一途な息子さん。とてもいい子ですね。
投稿: keichan | 2008年1月13日 (日) 23時16分