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2008年2月 3日 (日)

転けていたら楽だったかも知れない

 時々思うのだけれど、転けていたら楽だったろうな。「転ける」というのは転向・脱落など、総じて革命運動をやめてしまうことである。元中核派の場合「コケチュン」という表現もある。

 私の鬱病の最大の原因は郵政におけるリストラ・合理化による労働強化であることは間違いないのであるが、それに次ぐ原因として革命運動に参加していたという事があると思う。何故なら郵政の職場についても労働者革命家としての立場から抵抗していたことによって郵政当局および国家権力警察の様々な弾圧とも対峙していたからである。これはこれで結構精神的な負担が有った。何度も運動をやめようと思ったことがあり、実際に地区党の指導部に対してメンバーからシンパにしてくれと希望を出したこともある。指導部は了承などしてくれなかった訳で、結局除名されるまで同盟員のまんまであった。

 人によっては指導部と意見が食い違った時に党に見切りを付けて離党したり、連絡を一方的に絶つことで運動から離れたりしている。こういった人の場合にも色々と心理的な葛藤はあるようであるが、中核派がダメだと思って運動から離れている訳だから、ある意味党に対して開き直ることが出来るようだ。それらの人と比べ私の場合は除名である。別に最近よくある路線論争や反革命に転落しての除名ではない。私生活の乱れとそれを巡って指導部との間で信頼関係を築くことが出来なかった事による物だ。或る専従の人に言わせると、それは「遠山がメチャメチャやっとったからや」と言うことになる。遠山というのは06年3月14日に労働者党員の決起によって打倒された元大阪府委員長のことである。細かい事情までは語ってくれなかったが、遠山の指導によって切り捨てられた訳であるらしい。

 革命運動の困難さから逃げ出したいという思いがありながらも、例えば本多書記長を始めとする革命運動に殉じた人々のことを思ったり、長期獄中党争を闘っている星野文昭さんらの闘いを想起したり、或いは長期の指名手配攻撃と闘っている非公然メンバーの苦闘を考えたりした時、どうしてもやめると言うことが出来なかった。そうして労働者革命家として生きることと内実との間の食い違いが大きくなっていった。鬱病の要因の一つであると思う。

 そんな時、心療内科で受診した帰りに寄り道して酒でも飲もうかと思ったのであるが、そこを呼び込みの兄ちゃんに声をかけられた。呼び込みがいるような店はいかがわしいという判断もつかず、誘われるまま入ったその店がセクキャバという奴であった。時間制で飲み放題と言うことで取り敢えずは女の子と話しながら飲んでいた。相手の女の子は教育大の一年生でその日が初めての接客だった。結構面白い子で色々話が弾んだ。2週間に一度の通院の度に寄るようになってしまった。

 セクキャバというのはお触りのあるキャバクラであるから、革命運動に関わっている物からしたら女性差別である。自分が悪いことをしているという意識があるから党に報告することも出来ないし、かといって病気のことや仕事の憂さを晴らす一時の享楽の魅力にも勝てなかった。結局ズルズル嵌ってしまった。馴染みの女の子は段々転落してしまい、結局は大学を中退してホテルヘルスに務めるようになった。連絡をくれるから店を変わる度に付いていった。気がつくと私は色々と良くない遊びを覚えていた。こういった悪い遊びは革命党の党員に相応しくないし、その事によって党の三原則である財政・会議・機関紙の内財政が疎かになった。最終的に地区党の会議で除名となった訳である。

 自分の感情に対してもっと素直になることが出来ていれば、しんどいから運動をやめたいと言うことが出来ていたかも知れない。そうしていれば色々と思い悩むことも少なかったと思う。勿論転けたことに後ろめたさは残ったであろうが。だが私の場合は除名であるから自ら離党した人と違い負い目が有る。未だに革共同・中核派を悪く思うことが出来ないのはそのせいだ。転けていたらもっと気楽な気持ちになれていたかも知れない。

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「日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

 セクトNo.7さん、確かに「伊達と酔狂」を掲げているのに湿っぽい内容の記事でしたね。少なくとも反革命に転落することだけは無いように生きるつもりです。

投稿: アッテンボロー | 2008年2月 6日 (水) 11時54分

んーん。私は何十年も転んだ気がしてなかったがずっと寝転んでいたんだろうか?
やはり党派に属した人間の選民思考を感じるな。
何かにすがって生きるのも「それが私の生きる道」だし、一人で『伊達と酔狂』を矜持として生きるのも《等価》であると思う。ようは、反革命にならなきゃ人それぞれってことだ。

日和見主義者と言われ、反革命と言われても、私は20数年生きてきた。ようは、君の矜持が問われているだけのような気がするな。
安定した職場を去った「気分」での書き込みはわかるが、「伊達と酔狂」の看板が泣くだろうが。

それから、書くことによって気分が晴れるのならいいが?私はしばし休んだほうが良いと思う。

投稿: セクトNo.7 | 2008年2月 6日 (水) 01時27分

 反戦中年委員会さん、体調不良なので手短に失礼します。運動に付いていくのが辛くなった人間についても配慮できる懐の大きい運動をつくって下さい。

投稿: アッテンボロー | 2008年2月 5日 (火) 21時01分

 つづき
 実は数年前、被指導部がしんどい状態になったときに、その人がスムースに組織を離れられる方向に話を持っていくことすら私は検討したことがあります。このまま無理をさせると「潰れてしまう」と判断したからです。
 他のメンバーの協力もあり、幸いそうせずにすんだのですが・・・
 組織である以上、入ってくる人、去っていく人がいます。「来る者は拒まず、去る者にはお別れ会」くらいの気持ちでないと本当に社会を変えることのできる組織にはならないでしょう。
 

投稿: 反戦中年委員会 | 2008年2月 5日 (火) 01時00分

 『転向』とは戦前の日本共産党幹部にみられるように「天皇制社会主義」とか言って満州鉄道の幹部職員になったような人たち、すなわちバリケードの向こう側にいった人たちのことです。(ブル転という呼び方もある)
 たいして『脱落』とは運動・活動のきびしさ・しんどさから運動や組織を離れることを指します。
 私は『脱落』(あまり好きな表現ではないのですが)にはある程度『寛容』であるべきと思っています。
 戦前の日本共産党は『脱落』には厳しかったかわりに『転向』には寛容だったようで、その結果、諸外国の共産党には例を見ないほどの多数の転向者を出しました。

投稿: 反戦中年委員会 | 2008年2月 5日 (火) 00時39分

 薩摩長州さん、自分からやめた場合でも同じような悔悟の念があるんですね。少し思慮の足りない記事だったかも知れません。
 集会などで顔見知りに会うと何とも申し訳ないような気がします。

投稿: アッテンボロー | 2008年2月 4日 (月) 16時51分

私も「転け」ました。私らのころは「脱」っていってましたけど。深刻な財政の破綻から展望を見失いました。脱したのは自分の都合ですから党を恨んだことはありません。ネットFでみおぼえのある面々をみかけると申し訳ない気持ちでいっぱいです。みな人にやさしくて、反革命を心から憎悪し、革命への情熱にあふれたすばらしい人たちばかりでした。

脱したあとは失意と悔悟から決して気持ちも労働も楽なものではありませんでした。レーニンも知らないような、まともに教育をうけてこなかった人々とともに社会の底辺で、身をひそめるようにひっそりと暮らしてまいりました。

投稿: 薩摩長州 | 2008年2月 4日 (月) 12時40分

 ニャンケさん、感想どうも有り難うございます。この先どうなるか分かりませんが、出来ることを地道に続けていこうと思います。

投稿: アッテンボロー | 2008年2月 4日 (月) 10時22分

アッテンボローさん、マジで泣けました。
よそのお宅の事情なんで口出しはいたしませんが、アッテンボローさんが頑張っていることは必ず報われると信じています。
お互いいろんなことがありますが、くじけないで、自分なりのペースでやっていきましょうね。

投稿: ニャンケ | 2008年2月 4日 (月) 09時35分

 keichanさん、早速見てきました。右と左の陰謀論が色々出ていましたね。でも性格的に陰謀論は好きではありません。

投稿: アッテンボロー | 2008年2月 4日 (月) 01時41分

http://shadow-city.blogzine.jp/net/
>とっても参考。

投稿: keichan | 2008年2月 4日 (月) 01時13分

 ippoさん、そうですか、それは軽率だったかも知れません。たまたま私が知っている自ら党を離れた人たちは結構好きに党批判ができている人が多い物ですから。
 人それぞれ色々な例があるのですね。

投稿: アッテンボロー | 2008年2月 4日 (月) 00時06分

私は「転けた」部類ですが、気楽な気持ちでもなかったりします。

投稿: ippo | 2008年2月 3日 (日) 22時11分

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