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2008年3月24日 (月)

民族問題と共産主義について考える

 チベット民主化運動・独立運動に関する記事を書いたこともあって、共産主義の立場からする民族問題について色々と考えている。この問題は私の古巣である革共同(正確にはその下部組織であるマルクス主義青年労働者同盟)が昨年分裂した際にも大きな路線論争の課題となっている。所謂中央派が言うところの「血債主義」「糾弾主義」の問題と密接に関わっているのである。昨年7月に革共同は「7月テーゼ」という論文を発表した。被差別人民・被抑圧大衆との関係を今までとは大きく変えてしまうと言う内容の物である。今まで革共同は差別の問題について非常に敏感に反応し、反差別の立場から様々な取り組みを行ってきた。「7月テーゼ」を読んだある人は、7・7路線の清算だと感想を述べた。分派である関西派もまた7・7路線を放棄して差別者の党に転落したとして中央派を批判している。

 まだ私はどちらが正しいのかを判断できていないのであるが、マルクス・エンゲルス・レーニン・本多書記長の文献に当たり、自分なりに判断しようと無い知恵を働かせている。残念ながら私は全集を読破した訳ではなく、文庫化された幾つかの主要文献を読むだけである。その為先人の営為の極々一部しか知ることが出来ていない。マルクスにしろレーニンにしろ、革命運動の実践の中でその思想を深化させていった為、時期によってはかなり違うことを主張している場合もある。レーニンの民族問題に関する有名な本で言えば「民族問題に関する批判的覚書」と「帝国主義と民族・植民地問題」とではかなり主張が違う。勿論前者は党組織論について書かれ、後者は無併合・無賠償を唱えて第一次世界大戦の集結を訴えることを準備している論文であるので観点事態が違うだろう。

 「レーニン遺書物語」「レーニン最後の闘争」などを読む限りにおいて、ソ連共産党書記長の座にあったスターリンが行った民族問題、取りわけグルジア問題における抑圧・圧殺はレーニンを非常に怒らせ、党書記長の座から追放することを決意させた。レーニンは民族の自決権を非常に大切に取り扱っていたが、スターリンは大民族主義の立場から問答無用で自治共和国などの協会を決定し、尚かつ民族問題について真剣に取り組んでいたボルシェビキ党員を追放さえした。後には粛正・抹殺の対象にすらした。浪人時代に駿台の講師であった表三郎氏は、ロシア革命後の赤軍によるポーランド侵攻の誤りをいち早く主張し撤兵を訴えたのがトロツキーであったと語っていた。(表三郎は革共同初期のメンバーでその後離党したがトロツキーを非常に評価していた)革命は輸出できないと言うことである。

 また、今現在レーニンの著作以外に白井朗氏の「二〇世紀の民族と革命」も読んでいる。白井氏は2000年に革共同から除名された元政治局員である。当時地区党の指導部は「民族主義に走った人」と評していた。「共産主義者」にも白井氏の自己批判文書や除名を巡る革共同の声明が掲載され、民族問題と革命とは相容れないことであるかのような風潮があった。だがその後2001年の9・11反米ゲリラ戦闘が起こり、革共同はイスラム民族の問題について急に取り上げるようになった。白井氏の著作はイスラム出身のスルタンガリエフを非常に高く評価している。もしかすると先見の明があったのではないか、指導部の言いなりに白井氏を反革命と決めつけるのは間違っているのではないかと思い至るようになったのである。

 自分で言うのも何であるが、私はそんなに優秀な活動家ではなかったし、今現在も鬱病の影響もあって思考がまとまらないことが多い。だがしかし、自分の頭で考えて結論を出さなければなるまいと思うのである。白井氏は正しいのか間違っているのか。清水書記長議長をはじめ革共同政治局の判断は正しかったのか。分裂問題はどちらが正しいのか。人の請負でなく、自ら見聞きし、論文を読み、思考して結論を出すべきであると思う。この作業が実を結んでくれるかどうかは分からないが、少なくとも現役当時指導部の言うことを唯々諾々として聞いて、自らの思いとの間で葛藤を起こしたこととは決別できるだろう。

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「経済・政治・国際」カテゴリの記事

コメント

 natunohi69さん、プロフィールには元中核派と書いていますし、今までの記事の中にも何度か除名処分を食らっていることを書いてきました。最近このブログを読み始めた潟の中には2チャンネルなどの影響で誤解している人もあるようです。先日もYouTubeで中核派扱いされていましたから、そう思っている人も沢山いるようです。

 党に影響力のあるような大物シンパだったらよいのですが、その様な存在ではありませんので私に色々要望を言って下さっても、党に聞き入れて貰えることは殆ど無いと思います。

投稿: アッテンボロー | 2008年4月 4日 (金) 22時08分

>後、誤解があるようですが、私は現役活動家ではありません

申し訳ありません。以後、気をつけます。私は、昔風に言えばノンセクトラジカルですので、よろしくお願いします。高校生のころ、プロレタリア軍団シンパだったこともありますが、同派から離れる時、いい思い出ばかりでは無かったので、今もシンパというわけではありません。若干の懐かしさはありますが。

投稿: natunohi69 | 2008年4月 4日 (金) 04時43分

 natunohi69さん、京都でも上映する劇場があるようです。これだけ話題になりましたので、私もぜひとも見に行きたいと思っています。

 後、誤解があるようですが、私は現役活動家ではありません。革共同の中央派の集会に参加したり、関西派と一緒になって三里塚に行ったりしています。また革共同以外の系列の運動にも参加しています。無所属の気楽さを生かして色々見聞を広げている状態です。革共同に対するシンパシーが強いと言うことはありますが。

投稿: アッテンボロー | 2008年4月 3日 (木) 21時59分

多少トピズレになりますが、例の『靖国』
大阪市淀川区十三本町の「第七芸術劇場」が上映を敢行するようですね。
貴派が党派として対応ができる問題では無いと思いますが、できるだけ見に行ってあげてください。
こちらは東京在住なので、名古屋あたりまでは場合によっては上映の防衛にかけつけようと思っていますが、大阪まではちょっときついので、よろしくお願いいたします。

投稿: natunohi69 | 2008年4月 3日 (木) 12時43分

 keichanさん、いつもいつも褒めていただいて気恥ずかしくて仕方ありません。現役を離れて色々思考していますが、今の私は革命家として再決起できるかとなると非常に難しい物があると思います。支援者となることは出来ますから、何処が真の革命党であるのかを真剣に悩んでいるだけです。

 natunohi69さん、初めまして。ようこそお越しくださいました。中央派の清水氏とは清水丈夫氏です。記事の中で肩書きを間違えてしまいましたが、90年前後に党内の主導権を確立し、19全総であったか20全総であったかで「議長」として名実共に革共同の最高指導者になりました。今現在は実権を安田氏に奪われていると言われていますが、依然として中央派の最高指導者であることは間違いありません。

 日本共産党や赤軍派などについて書かれていますが、革共同についても指導部が変化していないということには弊害があるのでしょうね。和光晴生氏の著作は読んだことがないのですが、能力に余裕が有れば考えてみます。未読のままの本が非常に沢山あるもので、直ぐにとは行かないと思いますが。

 TAMO2さん、いつもいつも色々な情報を提供していただき本当に有り難うございます。中々消化できませんが、図書館で探してみます。

投稿: アッテンボロー | 2008年3月27日 (木) 21時47分

チベット問題について、興味深い本があるようです。図書館で借りられるかなあ?

http://blog.goo.ne.jp/nozaki_yasuhito/m/200803

阿部治平
『もうひとつのチベット現代史
―プンツォク=ワンギェルの夢と革命の生涯』(明石書店)。

投稿: TAMO2 | 2008年3月27日 (木) 08時15分

natunohi69と申します。
中央派の清水氏というのは、もしかしたら、清水丈夫氏のことでしょうか?
和光晴生氏が著書『赤い春』で書いていますが、「うんざりするほど長期にわたり、同じ顔ぶれの指導者、執行部が指揮を執っていた。」組織はソ連や中国の共産党から日本共産党、そして、旧「日本赤軍」にいたるまで停滞、腐敗、自壊は免れない、とあります。
ハーグ、クアラルンプールなどの作戦に従事したのち、3年の年月をかけて、「日本赤軍」を脱退し、その後PFLPの一兵士として20年近くを戦った和光氏の「共産主義」と「民族」「宗教」についての考察は深いものがあります。

投稿: natunohi69 | 2008年3月26日 (水) 16時42分

いつも葛藤するのが人の道、自分の道です。
其のことに気付かれたアッテンボローさんは、有意義にアウフヘーベンされてますので、真の革命家に値するのです。
私が支持するのは、その為です。

投稿: keichan | 2008年3月25日 (火) 01時13分

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