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2008年4月

2008年4月30日 (水)

転載 働きづらさを考える集まり

★この生きづらさって何? みんなが働く場から考える★
主催:生活保護切下げ反対実行委員会
日時:2008年5月10日 13:30~16:30

「働く」ことが、なぜいま、これほど苦しいのでしょうか。
いくら働いても満足な収入が得られない「ワーキングプア」、都合よく使い捨てられる「フリーター」、限界以上に働かせられる「超残業正社員」、働く場は誰にとっても、どこを見ても「働きづらさ」で満ちているようです。
日本は「史上最長」の好景気なのに、なぜ働く側の人間はこんなにしんどいのか。
こんなことでは、近いうち、多くの人が働くことを拒否してしまうのではないでしょうか。実際、「社会で働くことに意味を感じられない」と言う人は増え続けています。文部省が1992年に「不登校はどの子にも起こりうる」と認めましたが、厚生労働省も近いうち「労働の拒否は誰にも起こりうる」と宣言してしまうのではないでしょうか。
しかし、それでは、働かないでもいい社会は実現できるのか。それとも、何か今とは「別の働き方」はありえるのか。
わたしたちは、「生活扶助の切り下げに反対する緊急集会・大阪」(2007年11月29日)に集まったメンバー(の一部)です。自分の尊厳を維持できる生活を守るため、何ができるのかと集会からも集まって考えてきました。
労働の問題は、生存の問題と強く結びついています。わたしたちは、いろんな労働の場で働く人たちの話を聞き、そこから労働と生について考えていきたいと思っています。
今回の開催場所は、「日本の不安定就労と貧困の中心地」である釜ヶ崎です。みなさん、「生きづらさと労働の問題」について考えるため、集まって話してみませんか。

発題者(予定)
・釜ヶ崎と日雇労働について(生田武志)
・元正社員の立場から(田中保盛)
・女性パートについて(赤羽佳世子)
・日雇い派遣について(阪口エキン)

☆託児、筆談の必要な方は事前にご相談ください。safetynet_osaka@.yahoo.co.jp
場所:ふるさとの家の1階(大阪府大阪市西成区萩之茶屋3-1-10)
(JR大阪環状線「新今宮」駅から一つ南の道路にあるローソンと「作業服 マルキュー」の間の道を南へ徒歩5分・左側の消防署の隣)
当日連絡先:090-8795-9799(野宿者ネットワーク)

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2008年4月28日 (月)

予定より一日早く退院

 今日の夕方の教授回診で退院しても問題ないと言われ、早速退院手続きをしてもらうこととなった。今の主治医は優柔不断にしておっとりし過ぎているので、教授の見立てがなければ退院の判断を下すことが出来なかったようである。5時頃の回診の後、2時間近く待たされて漸く退院することが出来た。

 妻自身も退院によって気分が非常に楽になったようである。勿論私もそうだ。少しの後遺症が残っているが、教授の診断では3ヶ月もすれば回復できるとのことである。入院前のように働くことは出来ないにしても、日常生活に支障が残ることはなさそうだ。3週間と2日の入院生活が終わり、家族一同一安心である。

 気分的にとても楽であったので、今日は新聞の1面から3面程度を読むことが出来たし、妻の退院手続きを待つ間、理論誌をかなり読むことが出来た。一月世間の動きと切りはなされた生活を送っていたので、ある程度状況が分かるまで時間がかかりそうであるが、連休中には時事問題などについての考察を書けるようになりたい。

 妻のことを色々と心配して下さった皆様に心から感謝の意を表します。

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2008年4月25日 (金)

家庭訪問

 今日はJR尼崎脱線事故から三年であり、追悼の催しが行われ、新聞などでは社説や特集でこの問題について触れていた。だから本来であれば国鉄分割民営化とそれによる営利主義が安全無視の運行体制を作り出し、事故の元凶となった事について触れてJR西日本の体質その物、国鉄分割民営化の是非について論じるのが本来のあり方であろう。実際に国労や国労共闘をはじめとする尼崎事故を問う集会などが各地で開催された。妻の入院がなければ私もいずれかの集会に参加して報告記事を書いていたはずである。結局妻の入院のために病院と自宅との往復生活から抜け出すことは出来ず、悶々とした時間を過ごしたのである。

 そして昨日は詩織(仮名)と勇樹(仮名)の家庭訪問があった。妻の入院で家事の一切をせねばならず、掃除が行き届いていない家に先生を迎える訳にも行かず朝からせっせと掃除に勤しんだ。コタツを片付け、カーペットを取り替え、掃除機をかけ、洗濯をし、トイレの掃除を済ませた。時間にすれば結構短かったのであるが、妻がいないだけで家事の負担が結構違ってくる。昼に詩織と勇樹が帰ってきた後は先生が来るのを待つのみであったが、詩織の担任が13時20分、勇樹の担任が13時30分の来訪予定である。

 詩織の方は担任が今年転勤してきたばかりと言うこともありあまり突っ込んだ内容の話はなかった。学校でも家庭の事情をあまり話していないようで、妻の入院を告げると驚かれてしまった。どうやら中学では積極的に授業に取り組んでいるようで、まあまあの評価ではなかっただろうか。勇樹の方は、詩織が5年生の時の担任がたまたま当たっていたために二人の比較など色々と話が深いところまでなされた。忘れ物が多いことと(これは)妻の入院のために私が十分に連絡帳などに目を通すことが出来なかったことの影響が大きい)授業中に集中力が欠けていくことを指摘された。反面、正義感が強く友達が間違ったことをしていると堂々と注意したり、自習時間になると率先してみんなにリーダーシップを発揮しているなど良い点も教えて貰えた。色々と細かい話もあったのであるが、一日経つと結構忘れている物である。

 今月は殆ど政治的問題や時事問題について考える余裕がないために身辺雑記ばかり書いている。来月になれば妻も退院しているであろうし日常が戻って来るであろうから普段通りの内容に戻れると思うのであるが、雑念に囚われることの多い毎日である。

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2008年4月23日 (水)

外泊が認められた

r 4月5日の夕方に妻が蜘蛛膜下出血で倒れて入院した。午後7時頃に医大病院に行くと主治医の先生が緊急手術の準備をしていた。家族の人を呼んでおいて下さいとのことであった。子ども達は自宅に置いたまま、私だけが病院に駆けつけていたのであるが、妻の実家にも連絡を入れる。直ぐに立つのは無理であるが7日の月曜に飛行機で飛んでくると言うことになった。夜の間深夜二時頃まで手術が続いた。約6時間である。破裂した血管の動脈瘤の部分は縫合が上手く行き、再度の出血は食い止めることが出来た。際出血した場合は殆どの人が命を落とすようである。手術終了後にも「ご家族の人はまだですか」と言われた。それだけ危ない状態であったのだろう。

 翌日子ども達を連れて医大病院に行った。妻は手術後の重症患者が入る部屋の中でも一番危ない状態の人がいる場所に寝ていた。手洗いをして病室に入れるのは一度に二人だけであるので私と息子が最初に入り、娘達は後から入った。意識は回復していた物の言っていることが要領を得ない。まだまだ色々と混乱があるのだろう。職場には既に連絡が入っていたようで、数日後病気休暇についての書類を提出するように求められた。

 月曜には妻の親族が到着したので早速病院に行き、面会した。まだ意識の回復は完全ではなかったが、母親や兄弟の顔が理解できたようだ。この日は長女の高校の入学式であったので、午前中は付きそう必要があった。入学式の後の各種説明を受けている時に妻の次兄から電話が入り、近くまで来たが道が分からないという東京から朝出て車で高速を飛ばしてきたのだ。三時頃には妻の母と長兄と三兄、三兄の長女が来た。同じく次女も夜には滋賀から飛んで来た。

 医師の説明では蜘蛛膜下出血には三つの山場があるという。一番目は血管が破裂した際の処置である。此所で生き死にが大体決まる。二つ目は蜘蛛膜下出血した血液の一部が脳の各地に付着することで起きる脳血管攣縮という症状である。早い話が脳の血管が収縮して脳梗塞を起こすのである。この時に後遺症が大体決まる。これが二週間前後に起きるのだ。三つ目の山場は水頭症である。脳内に髄液があふれ出るために脳が圧迫されて頭痛の原因となる。腰から管を入れて髄液を抜くことで症状を和らげる。

 どうにか第一と第二の山は越せたようで、25日の土曜日に外泊の許可が出た。28の月曜に再度病院に泊まり検査をする。結果が良好であれば29日に退院できるという。漸く先が見えてきたので安堵している。四月と言うこともあり学校行事が立て続けにあるし、妻の看病のために連日病院に付き添いをしている。帰宅すれば家事が待っている。正直仕事に行っていた時の方が楽であった。特に妻の病状を考えると精神的に休まらない。お陰で私の鬱病の方もあまり状態が良くない。だが何にしても妻が退院すれば、直ぐにとは行かないが日常の生活が戻ってくる。あと少しの辛抱である。

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2008年4月22日 (火)

付き合いが良すぎるのも考え物だ

 今までこのブログでは、意見の違う人間に対しても出来るだけ対話する姿勢を取り続けてきた。お陰でネット右翼だの差別主義者だのと言った下らない輩の相手も粘り強くしてきた方である。勿論、付き合いきれずにアクセス禁止の処置を執った者もいる。意見が違ったとしても中には真面目な方もいて、真剣に対話できる場合もある。だがしかし、ここ暫く粘着している何人かはまともに話をするだけの価値がないと思える。

 今月に入って多忙であるためにブログの更新もままならない状態が続いている中で、これら差別主義者などの俗物の相手をする余力はハッキリ言ってもう無い。多くの常連の方が俗物どもの誤りを批判して下さったが、まともに聞き入れる相手ではないので今後は相手をしないことにする。当面は無視と言うことにするが、しつこく粘着するようであればアクセス禁止の処置を執るつもりだ。仏の顔も三度までという言葉があるが、私は十二分に我慢してきたと思う。

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2008年4月16日 (水)

何で大人はエッチなことをするの?

 息子の勇樹(仮名)と風呂に入っていた時のことである。またしても親子でふざけていた。

勇樹「父ちゃん、生暖かい布団ととっても暖かい布団とどっちが良い?」
父「生暖かい布団って何やねん?」
勇樹「あんな、生暖かい布団言うのはオレがオシッコ垂れた布団」
父「何やねん。そんなん要らんわ。とっても暖かい布団ってどんなんや?」
勇樹「ほんでな、とっても暖かい布団言うのは、布団の下にカーペットが敷いてあって、湯たんぽがあって、そこにオレが小便垂れた布団」
父「結局それかい。ええ加減におねしょ卒業せいや」
勇樹「夜中オシッコしたなった時トイレ行かなあかん思うねんけどな~」
(勇樹は未だにおねしょが治らない。今朝もしっかり漏らしていた。)

 暫く何だかんだ言って時間を過ごしていると、勇樹がいきなり「オレもう大人やもん」と言いだした。
父「おねしょする奴の何処が大人や。卒業してから言え」
勇樹「父ちゃんやって子供みたいなことするやんか。おっぱい触りたいって」
父「大人はな、子供とは別の理由で触んの」
勇樹「なあ、何で大人ってエッチなことすんのん?」
父「それはな、赤ちゃんが欲しいからや」
勇樹「どうやったら赤ちゃんが出来るん?」
父(内心、しまった。ややこしい話になってしまったと思いつつ、真面目に答えないと性教育は出来ないと聞いているので、にやけたりふざけたりしないように注意しつつ)「あんな、男のキンタマの中で赤ちゃんの元になる精子って言うのが出来んねん」
(ギョッとして股間を押さえる勇樹)
父「おちんちんからな、オシッコとは別に精子が出るねん。それをな、女の人の股の処の穴に注ぐねん」
(キョトンとする勇樹)
父(左手の親指と人差し指とで円を作り、右手の人差し指を立てる)「このわっかが女の人の股の穴とするやろ、こっちがおちんちんや。」(人差し指を輪に入れる)「そしたらおちんちんから精液って言う白い液が出んねん」
勇樹「ふーん」
父「そしたらな女の人のお腹の中で出来る赤ちゃんの元と合わさるねん。そしたらそれが赤ちゃんになるねん」
勇樹「女の人にも赤ちゃんの元があるんや。オレ男だけやと思ってた」
父「女の人のお腹にある赤ちゃんの元は卵子って言うねん。卵の子って書くんやで」
勇樹「たまごのこって?」
父「卵の子って、卵の子供って漢字で書くねん。精子と卵子が合わさると赤ちゃんになるんや」
勇樹「合体すんねんや。アクエリオンみたいやな」
父「せや、合体したら赤ちゃんに変身すんねん」
勇樹「凄いなぁ。変身すんねんや」
父「卵子って言うのは丸いねん。そんで精子って言うのはオタマジャクシみたいなカッコしとんのや。それが合体すると人間の形になるんや」
勇樹「オタマジャクシみたいな形してんねや。そう言えばこないだ神田川でこんくらいのオタマジャクシみっけたで」(両手を20㌢くらいの感覚に開いてみせる勇樹)
父「ゴッツいオタマジャクシやな」
勇樹「それが捕まえようとしたらスルスルって逃げて行きよった」
父「どんなに大きな蛙になるんかな」(話がそれたのでホッとしつつ、話が元に戻らないかと冷や冷やする)
勇樹「きっとでっかい蛙になるわ」
父「ガマ法師のガマくらいおっきいかな」
勇樹「ガマ法師って?」
父「仮面の忍者赤影にで出来た忍者やんか。お城みたいにおっきなガマガエル出てきたやろ」
勇樹「大変や、家とか潰されてしまう。赤影呼んで来な。ほんでしりとり忍者みたいにシュッシュッ青い飲み物。ブルー・ハワイって言わな」(ナインティーナインの出ている番組のコーナーのことを言っているようだ)
勇樹「シュッシュッ青い飲み物。シュッシュッ赤い飲み物。オレ青い飲み物だけ覚えてんねん」

 性教育について子供に教える時は親が恥ずかしがってはいけないと言うので、必死でくそ真面目な顔をしつつ教えたのであった。アーしんど。

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2008年4月15日 (火)

BGMを聞きながら

 今月に入ってから非常に心身ともにつかれる日々が続いている。昨日なども夕食を食べた後で居間のコタツで寝入ってしまい、気がついたら午前0時に近かった。風呂には行くこともなくそのまま2階の寝室に移り睡眠薬の力を借りて朝まで眠った。今朝は一旦は5時半頃に起床したのであるが、やはりコタツに入って二度寝してしまった。再び起きたの7時半頃であっただろうか。息子の勇樹(仮名)が登校直前になって腎臓病の薬を飲み、近所の上級生が迎えに来てからバタバタと支度を済ませて出ていった。長女の詩織(仮名)は昨日今日と頭痛がするために学校を休んだ。不登校が再発しなければよいのであるが・・・ 夕方担任の先生がわざわざ尋ねてきてくれ、励ましてくれた。此所で踏みとどまってくれればよいのであるが、私の疲労と同じ原因によって詩織も精神的に参っているのが分かるだけに、無理に学校に行けとも言えず何とかしようなと言うだけである。

 普段は静かな状態でブログの記事を書いているのであるが、今日は気まぐれにインターネットラジオという物を聞きながら記事を書いている。パーソナリティーは一昨年の法政大学での29名の学生逮捕に抗議する有志の声明に賛同して下さった摂津正さんである。関東においてプレカリアート(不安定雇用の労働者)の労働争議や、4・28沖縄デー復活の取り組みをなさっている。多芸な方のようで三味線を弾き、ジャズに造詣が深いようで連日のようにインターネットラジオを配信している。どの様な物か興味が湧いたので聞いているのであるが、運動に関する思いを切々と語っている。語り口は上手とは言えないかも知れないが、思いの丈は伝わってくる。

 もし興味を持たれた方がおられれば、以下の案内を参照にして聞いてみていただきたい。

●番組名:攝津正 Tadashi SETTSU a.k.a. "Linda"の音楽彷徨
●番組のURL: http://tds.radilog.net/
●パーソナリティ名:攝津正
●放送開始日時、予定放送時間:4/15(火)22:00-23:00
●本日の放送内容:ピアノ・三味線・ウクレレ演奏とお喋りします。気楽に聴いてね!
●メッセージ募集要項など:お好きな話題を持ち寄ってください。
●らじろぐチャット以外の掲示板があれば、そのURL:
http://9118.teacup.com/femmelets/bbs
http://chat1.net4u.jp/chat/mkframe.cgi?z=Linda

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2008年4月12日 (土)

書店巡り

 妻の親族達は木曜日の午後に帰って行ったのであるが、僅か三泊四日のことで気を遣いすぎていたのであろうか、昨日の朝から今日の午前中いっぱいまで寝込んでしまった。妻が私の実家に行くのを嫌がる気が分かるような気がする。大抵の場合、妻の実家に行くと上げ膳据え膳でもてなしてくれるのであるが、今回はこちらがもてなす方であった。妻がいない時間は非常に長く感じ、義母との会話などもギクシャクしてしまった。息子の勇樹(仮名)にとっては従姉妹が一緒に来ていたので遊んで貰えて楽しかったようである。夜などは従姉妹達の布団の間に潜り込んで寝ていた。従姉妹と言っても21と20の社会人である。勇樹とは年が離れているが文句も言わず相手をしてくれたので助かった。

 今日は11時頃にどうにか起き出して子ども達を連れて病院に行った。ある人の見舞いのためである。勇樹は子供なので面会できませんと言われ拗ねてしまったが、病室が詰め所の直ぐ隣の重症患者や手術直後の患者の部屋とあっては致し方ない。最初はコッソリ病室に入ったのであるが途中で看護婦さんに見つかって退出させられた。差し入れなどを聞いて売店に走り、それを手渡す。その後病院の食堂で昼食を済ませて帰宅した。

 午後は先日から子ども達に約束していた本屋に行くことになった。本当ならこの前の日曜日くらいに行くはずであったが、色々あって日延べになっていたのである。詩織(仮名)は高校、歌織(仮名)は中学となったので、辞書や参考書を買うためである。子ども達は三人とも本屋に行くのが大好きで、何処の本屋に行くのか意見を聞いてみたところ三人そろってバラバラである。勇樹は全国展開している宮脇書店に行きたがり、歌織はTSUTAYAとも提携しているWAYという和歌山に本拠を置くスーパーオークワの系列店に行きたがった。詩織は詩織で近隣の市町村に三軒だけ展開している書店が良いという。そこで三軒とも回ることにした。

 勇樹は学校の読書タイムで読むための活字の本が良いというので、青い鳥文庫の本などを物色して見たが、中々うんと言わない。「十五少年漂流記」だの「トム・ソーヤーの冒険」だの「西遊記」などを進めたが、結局「ごんぎつね」と「コードギアス 反逆のルルーシュ」を選んだ。「ごんぎつね」は低学年向けに読み仮名が振ってあるのだが、「コードギアス」はそうではないので、当初は予定になかった国語辞典と漢和辞典も購入した。小学館から出ているドラえもんのイラストが入った物である。

 歌織は小学校の卒業祝いに英和辞典をもらっていたので、和英辞典と漢和辞典、そして古語辞典とを買った。ついでにマンガも2冊買わされた。一冊はアニメやドラマにもなった「のだめカンタービレ」である。一番沢山買い物をしたのは詩織である。国語辞典に和英辞典・古語辞典・漢和辞典・「枕草子」の解説本に中学英語のやり直しのための参考書・基礎からの古文の参考書。数学と英語の参考書を選ぼうとした時に困ってしまったのが、詩織は自分が学習する数学と英語の科目が分かっていなかった。数Ⅰを買えばよいのか数Ⅱを買えばよいのか分からない。英語にしても教科書に準拠したものが分からないのである。そこで数学と英語の参考書については来週改めて買いに来ることとして、出直しとなった。

 結局三人合わせて3万以上も使ってしまった。塾に通わせる余裕はないので参考書で自学自習してくれることに期待するしかない。

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2008年4月10日 (木)

入学式

 7日の月曜は長女詩織(仮名)の高校の入学式であった。そして昨日の9日は次女の歌織(仮名)の中学の入学式であった。今まで入学式・卒業式と言った行事は妻に任せていてついぞ参加したことがなかったのであるが、卒業式の件で書いたように今年は式に出ようと思ってスーツを新調していた。今まで参加しなかった理由というのは単純な話であるが壇上に掲げられた「日の丸」に向かって頭を下げたくないという唯それだけのことである。詩織が小学校に入学したくらいから「日の丸」の強制が強まっていたので当時はまだ現役活動家であったこともあってそれだけは絶対出来ないと思ったからである。

 詩織が入学したのは私立の高校である。中には自由な校風の処もあるので「日の丸」「君が代」とは縁がないのではないか等と淡い期待を持って入学式に臨んだのであるが、式場である体育館には巨大な日の丸がつり下げられていた。式次第を見ると開式の辞の後に「国歌斉唱」とある。学習指導要領の影響なのか、私学助成金で締め付けられているのか分からないが、何にせよ「日の丸」「君が代」の強制がある訳だ。開式の辞の段で全員起立となった後「一同礼」と声がかけられる。私は直立したままであった。そして一旦着席の後「国歌斉唱」の声がかかる。今度は起立の号令には従わない。「君が代」が流れている間私は着席したままであった。周囲を見回してみると殆どの保護者は口をつぐんだままで誰も歌ってなどいなかった。

 歌織の入学式は公立中学なのでおそらく強制があるだろうと踏んでいた。不起立の教育労働者がいるのかどうか興味もあった。そこで職員席の目の前に着席して様子を見ることにした。新入生の入場が始まる直前、演壇に被さっていた幕が開くと、やはり巨大な「日の丸」がつり下げられていた。もしかすると大きさにも規定があるのかも知れない。式次第が掲げられているのが遠かったので開式の辞と「国歌斉唱」の順番を見間違えてしまい、最初に君が代が押し付けられるのかと思い起立が遅れてしまった。今回は着席せずに「君が代」となったので即座に着席した。職員席を見ると残念ながら不起立の労働者はいなかった。中央派に付いた地区党の教育労働者の職場では不起立が拡大していると言うが、流石に田舎町までは広まっていないようである。そして今回もやはり保護者は誰も歌ったりなどしていなかった。

 高校も中学も新入生の方からすら歌声は殆ど聞こえず、テープから流れる歌だけが虚ろに響いていた。改悪教育基本法が成立して一年半になるが、中々現場まで浸透させるのは厳しいようである。3K新聞の記事によると先日も門真市三中の卒業式では「君が代」斉唱時に起立した卒業生はたった一人であったらしい。非常によいことである。ちなみに弟が卒業したのが門真三中である。私の卒業した中学の場合は、数年前のことであるが卒業生全員が式場から退出して抗議するという出来事があった。まだまだ闘いは負けてはいないのだと思うと心強くなる。

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2008年4月 8日 (火)

困った時の神頼み

 普通共産主義者は宗教を否定し、それが持つ反動的な役割である支配階級を擁護するイデオロギーを粉砕することに全力を傾注する。マルクスは「宗教とは阿片である」と言っている。マルクスの時代、阿片は麻酔薬として使われていたので、傷や病気を治療する力は無いが、一時的に痛みを和らげる効能に例えて、社会的諸問題を解決することは出来なくて一時的に問題から目を反らせる役割を果たすものとして批判したようである。

 田中芳樹の銀河英雄伝説で、相敵対する陣営が同一の神を信じているなら、神はえこ贔屓をするし、別々の神を奉じるのなら、神にも優劣があり、所詮は全知全能の存在であるわけはないとの一節がある。実際神というものが存在するとするならば、この世の戦乱を全て無くして見せるが良いと思うのである。貧困も差別も搾取も収奪も無くして見せるが良い。だがどの神も未だかつてそれを実現したことは無いし、未来永劫に有り得ないだろう。

 神は形而上の存在、つまり作り物であり、科学が未発達の時代、或いは科学的思考が出来ない現代人の一部に対して、物事の本質から外れた一時的な慰めを与えるに過ぎない。

 だが誠に身勝手な事に人知を越えた事象に対して、或いは人間の能力ではいかんともしがたい出来事に直面すると、日頃の不信心は何処へやら、神仏に縋りたくなることが有るようだ。今現在、私はその様な心境である。しばらくして事態が収拾すれば、たちまち神仏に祈った事など忘れてしまうのだろうが。

 まあ何にせよ、人間には自分の能力ではどの様にも出来ないときに神仏を頼ってしまう時が有るようだ。出来得れば私は神仏等に頼ることの無い人生を送りたいと思う。

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2008年4月 7日 (月)

満員御礼

 今日は妻の母と兄が三人に姪御が二人やって来た。おかげで我が家は超満員の状態だ。妻の母は訛りが強いので普通に話しているのを聞いても訳が分からない。妻に通訳してもらうことが度々ある。

 妻の親族が来た時に困るのは、みんな偏食が酷いために献立に悩んでしまうのだ。今日は次兄が鶏肉でなければ平気だと言うので、チンジャオロースとジャガ芋の煮っころがし・八宝菜・ビビンバを用意した。

 幸い長兄と次兄は食べてくれたのであるが、三兄は煮っころがしと漬物ばかり食べる。これは三兄の次女も同じである。野菜も肉類も殆ど食べてくれないのには閉口する。

 翻って我が家の子供達は、長女がチーズを苦手にしていて、三人共レバーが苦手ではあるが、一応食べることは出来る。今日の献立も息子は大人数で食べるのが楽しいのか、食欲旺盛でご飯を三杯も食べていた。

 親が偏食だと子供も偏食になりやすいと言うのたが、妻の親族を見ると全くその通りだと実感する。我が家はその点私が好き嫌い無く何でも食べる方だから子供達も自然と色々な物を食べ慣れている。

あ と数日、親族が滞在するのであるが、その間何を作ろうかと色々頭を悩ませている。もう一つ困るのは、パソコンを使いたくとも居間が満員でデスクトップが使えない。ノートパソコンで作業をしているのだが、こちらは未だインターネットに繋げていないため、blogの更新や各種の連絡には使えない。出来るだけ早くノートパソコンもネット環境を整えなければと思う。

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2008年4月 6日 (日)

写真の画像を弄って見る

 昨日は午前2時半頃に帰宅して、直ぐに睡眠薬を飲んで布団に入った。結構疲れていたが、今日は子連れで出かけた。三人揃って付いて来る事は珍しいが、今日は大事な用件であってので付いて来るのも当たり前か。息子の勇樹(仮名)が泣くので添い寝しながら携帯で記事を書いている。

 今日はblogに掲載しようとして出来なかった写真を加工してみた。たいしたことではない。撮影した元の写真の画素数が大きすぎた為に、メールに添付したらエラーになるし、blogに載せようとしたらフリーズしてしまう。マイミクさんにこの事を話したら、データを軽くしたら良いと言われた。ペイントソフト等を動かして見たが、使い方が分からなかった。

 mixiの日記にこの事を書いたら、早速教えてくれた人がいて、今日はその通りに操作してみた。案の定メールは送れたし、blogにもストの記事・三里塚の記事・ハンストの記事と写真を追加した。パソコンのスキルが低いから何かあると直ぐに躓いてしまう。きちんとマニュアルを読めば良いのだが、どうも分かりづらいと言う固定観念がある。ついつい人に教えて貰うのだが、いつまでもこれではイケナイだろうと反省を少しする。

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2008年4月 4日 (金)

息子は甘えん坊

 勇樹(仮名)は甘えん坊である。特に私には付きまとってくる。今日も寝る時間になって2階の寝室に上がったのであるが、一人では中々寝付けなくて私の布団に潜り込んでくる。腕枕をして少し話していると寝入ったようで、体を大の字にして布団をはだけて寝息を立てていた。大抵の場合私はパソコンでブログの更新をしたりコメントに返事を書いたり、メールをチェックしてから寝るので0時前後に布団に入る。勇樹は一人で私の布団で寝ているのであるが、無意識のうちに抱きついてくる。今日はおねしょをしないでくれるだろうかなどと心配しつつ一緒に朝まで眠るのである。

 先日もプールに連れて行けとせがまれ、次女と三人で市営プールに行った。温水プールなので一年中泳ぐことが出来るのである。まだ泳げない勇樹はビート板などの補助用具を使って大きいプールに付いてくる。子供用に水深の浅いプールもあるのだが、深い方で懸命に泳ぐ真似をしている。両手を握り泳ぎを教えてやろうとするのだが、直ぐに水を飲んでしまったりして中々上手く行かない。何だかんだと水遊びをしながら約二時間プールで過ごした。

 先日三里塚の全国闘争に行った時も、妻に29日の晩から31日まで出かけると行った時に、「俺も付いていく」と言い出した。機会がある度に集会などに連れて行って色々その目で見させているのであるが、流石に泊まりがけの闘争は初めてだった。以前は翌託児に預けて集会参加をしてのであるが、最近の三里塚は家族連れが少なくなったようで、託児は設定していなかったように思う。それでも付いてくると言うのでバスの出発地点まで足を運ぶ。おねしょをした時に備えて沢山着替えを詰め込んだので、自分のリュックだけでは収まらなくなって私のリュックまで勇樹の荷物が詰め込まれていた。

 車中泊は初めてのことであったので熟睡できなかった勇樹は、現地に着いてからは毛布を引っ張り出して寝ていることが殆どだった。起きている時は周囲の人がお菓子をくれたりバナナをくれたりと良くしてくれたので、非常に喜んでいた。デモにも参加したいというのであったが、体調のことやその後に用事があったために中座した。何人かのマイミクさんと飲んだのであるが、息子が色々と私の恥ずかしい逸話を暴露してくれる。しょっちゅう一緒にいるのだから無理もないのであるが、周囲の人には結構受けてしまった。勇樹がこうして私に付いてきてくれるのは何歳くらいまでのことなのだろうか。今の内に出来るだけたっぷり遊んでやろうと思う。明日あたり釣りに連れて行けとねだられているので、出来ればそうしてやりたい。

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2008年4月 3日 (木)

33年ぶりのストライキ 郵政ユニオンが一時間の時限ストを貫徹

0804033  本日4月3日、午前8時から郵政ユニオンの全国10支部において、44名の組合員が一時間の時限ストを貫徹した。人事交流=強制配転に反対する近畿郵政労働者の会はスト拠点である郵便事業会社吹田千里支店において支援行動に立ち、6名が参加した。吹田千里支店(兼郵便局)の前に反対する会と関西合同労組関西トランスポート分会の赤旗が掲げられた。

0804035  スト突入集会は7時50分から開始され、司会は郵政ユニオン近畿地本寺脇執行委員が努めた。主催者挨拶は近畿地本の下村副委員長が行い、郵便事業会社からスト中止の要請があったがその圧力を跳ね返してストに突入する決断をしたことを報告した。会社側の主張は「お客さんに迷惑がかかる」というものであったが、実際にサービス低下を招くリストラを行い、一万以上の定員不足の状態を作っているのは会社側であることを批判した。配達途中の会社で「人手が足らんのとちゃうか」と訪ねられたときに事情を説明しお客さんとの繋がりを作っているのは現場の労働者であると堂々と言い切った。続いて中央本部の松本執行委員が08春闘の経過を報告した。要求内容は、正社員と月給制契約社員35000円・短時間職員17500円の賃上げ・時給制契約社員とパートについては時給200円の引き上げであった。さらに非正規社員を正規社員にすること求めていた。それに対して会社がわは正社員600円・月給制契約社員400円・時給制社員に対してはゼロ回答であった。非正規社員の処遇改善についてもなんらまともな回答はなかったことを弾劾した。

0804034  続いて連帯のあいさつに移り、大阪全労協の石田議長・山下けいき茨木市議・吹田の元市議・大阪経済大学教授から発言があった。山下市議は、郵政ユニオンとは茨木の山間部の集配局が統廃合される際に一緒になって存続を求める運動を行い、市に対して要請行動も行ったことを報告した。民営化によって都市部で会ってすらサービスの切り捨てが行われていることを明らかにしたのである。大経大の教授は今ほど労働運動が求められている時代はないことを切々と語った。続いてシュプレヒコールを行い、暫時休憩を取った。

 その後は各共闘の連帯のあいさつが続く。全日本建設運輸連帯労組関西生コン支部は本日もストで闘っており大阪中の生コン職場がストップしていることを報告した。教育合同の労働者は、橋下府政によって一年間の予算が認められず、本来ならば非常勤講師に対して一年の辞令が交付されるところが四ヶ月の発令であったことを弾劾し、橋下府政打倒に向けて闘う決意を明らかにした。国労熊本闘争団の蓑田さんは、先日26日から28日の間48時間のハンガーストライキを打ち抜いたことを勝利感を持って報告した。中央全労協の前田さんは、国営時代の郵政の労使交渉についての対応の悪さを引き合いに出し、民間企業となった以上労使対等として民間同様に誠意を持って交渉に臨むよう求めた。大阪西運輸労組の労働者は民間中小企業では経営者・管理職が自らの月給を削って現場の労働者に報いていることを明かし、郵政の管理職どもが二十数名も大挙動員されてストライキに対する弾圧体制を取っていることを批判した。

0804038  発言は郵政ユニオンの各支部に移り、河内長野支部の組合員が大阪の南部でも共に闘っている仲間がいることを報告した。城東支部の組合員は、郵政の時間給について発言した。殆どの非常勤は外務員が900円、内務は760円であり、査定が導入された数年前から殆どの非常勤労働者が上がっていない。その中で管理職に気に入られた極一部、約一割の人間だけが1400円の時給をえていると差別賃金を弾劾した。郵政ユニオンが掲げる時給1200円は全く当然の物であると言うことを説得力を持って述べた。東播支部の労働者は、病気によって降格処分と退職強要の攻撃を受けている松本さんの公平審闘争への支援を呼びかけ、同時に自分の職場も今度はストに入れる体制を作ると決意を述べた。

0804036  最後にストに突入した吹田千里支店の6人の組合員が決意を述べた。近畿支社からも泊まりがけでスト妨害にやってきているが、そんな無駄な金があるのなら非常勤の賃金を上げろ。吹田千里では2人の労働者が交通事故で亡くなっている。昼の休憩時間は12時15分からであるが、とてもその時間には帰ってくることが出来ない。郵便物の量が多すぎるのに対して要員配置がキチンとなされていない。バイクをはじめとする物品も不足している。人も物も足りない状況を何とかするのが管理職であるはずだ。ちゃんと仕事をしろと怒りをぶつけた。6人全員が郵政に対する怒りを口々に訴え、ストライキで闘ったことの意義を再確認した。決意表明の後6人は支援の拍手に送られて、スト解除後の業務に就くために局舎の中に消えていった。

0804039  今回のストライキで特に重要視されなければならないのは、非常勤職員の待遇改善を求めてストに突入した全ての組合員が正規社員であると言うことだ。今まで大労組は非常勤労働者を、正規社員へのリストラのいわば弾避けとして使ってきたのである。同じ職場で働く労働者全てが同一の待遇であるべきだとする要求は、本工主義を乗り越えて多くの労働者の共感を得ることに違いない。JP労組は組織こそ大きいが今春闘において会社側のほぼゼロ回答に近い回答を鵜呑みにして、正規社員の労働条件すら守る力がないことを露呈させている。今こそ本当の労働運動・労働組合を全ての職場に取り戻す闘いが重要である。

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2008年4月 1日 (火)

久しぶりの三里塚闘争

0803303  腰が痛むためにドタキャンすることになるのではと思っていたが、どうにかこうにか三里塚全国闘争に参加することが出来た。今回は中核派の分裂後初めての全国闘争ということで、今までとは違った観点から集会を見ることが出来た。関西派の人に現地まで連れて行ってもらい、その隊列にいたために今までであれば気づかなかったのであるが、党派ごとに発言者への反応が極端に違った。他党派の発言に対しては殆ど黙殺する。自派の関係者や共闘関係にある発言者に対しては熱心に拍手喝采をする。革共同中央派以外の参加者は拍手の少ない状況で発言するのは大変であっただろうなと言うことだ。

080330_2   集会は農地取り上げが問題となっている市東孝雄さんの畑で開催された。親子三代90年間にわたって耕作してきた農地を農業委員会の決定によって地目変更をし、取り上げようという攻撃がかかっている。工業製品を売り込むための政策であるEPAなどによって日本の農業を破壊してしまう、その最先端の攻防が三里塚で闘われている。土地収用法による農地強奪が出来ない今、形を変えて強奪を狙っているのだ。情勢は71年の代執行当時に似てきているようである。集会では当該の市東さんを初め反対同盟の人々が力強い決意を表明した。

0803304  全国からの発言も三里塚との血盟にかけて断固として闘いに立ち上がると述べていた。関西派の人々は事前の車中での意志一致で野次は禁止、集会を盛り上げるために出来るだけ拍手するなどして集中するとなっていた。時々中央派の発言に対しても拍手していたのであるが、中央派や解放派・統一委員会・蜂起派などは反対同盟を除けば殆ど自派の発言にしか反応しなかった。それから忍草入会組合と忍草母の会が先日運動を止めたために今回は参加していなかった。北富士演習場に反対する運動として数十年間闘い続けてきただけに高齢化と後継者不足のために運動集結を決められたのは非常に残念なことだ。

0803305  デモには参加せずに帰ろうとした時、中央派のある人にあった。「来とったんか」と言われたので、素直に関西派の人たちと一緒だったことを話した。今のところどちらを選ぶと言うことも出来ないので宙ぶらりんである。デモ出発直後、東峰十字路のあたりで解放派か統一委員会かが、機動隊による規制のために弾圧されていたようであったが木々に覆われて様子を窺うことは出来なかった。集会の発言内容はICレコーダーに録音しておいたのであるが、まだ疲れが残っているようで、起こしてまで記事に盛り込む元気がない。明後日の三日には郵政ユニオンが時限ストを打つから支援に行く予定なので腰痛を含めて体調を回復しておかねばならない。

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