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2008年4月10日 (木)

入学式

 7日の月曜は長女詩織(仮名)の高校の入学式であった。そして昨日の9日は次女の歌織(仮名)の中学の入学式であった。今まで入学式・卒業式と言った行事は妻に任せていてついぞ参加したことがなかったのであるが、卒業式の件で書いたように今年は式に出ようと思ってスーツを新調していた。今まで参加しなかった理由というのは単純な話であるが壇上に掲げられた「日の丸」に向かって頭を下げたくないという唯それだけのことである。詩織が小学校に入学したくらいから「日の丸」の強制が強まっていたので当時はまだ現役活動家であったこともあってそれだけは絶対出来ないと思ったからである。

 詩織が入学したのは私立の高校である。中には自由な校風の処もあるので「日の丸」「君が代」とは縁がないのではないか等と淡い期待を持って入学式に臨んだのであるが、式場である体育館には巨大な日の丸がつり下げられていた。式次第を見ると開式の辞の後に「国歌斉唱」とある。学習指導要領の影響なのか、私学助成金で締め付けられているのか分からないが、何にせよ「日の丸」「君が代」の強制がある訳だ。開式の辞の段で全員起立となった後「一同礼」と声がかけられる。私は直立したままであった。そして一旦着席の後「国歌斉唱」の声がかかる。今度は起立の号令には従わない。「君が代」が流れている間私は着席したままであった。周囲を見回してみると殆どの保護者は口をつぐんだままで誰も歌ってなどいなかった。

 歌織の入学式は公立中学なのでおそらく強制があるだろうと踏んでいた。不起立の教育労働者がいるのかどうか興味もあった。そこで職員席の目の前に着席して様子を見ることにした。新入生の入場が始まる直前、演壇に被さっていた幕が開くと、やはり巨大な「日の丸」がつり下げられていた。もしかすると大きさにも規定があるのかも知れない。式次第が掲げられているのが遠かったので開式の辞と「国歌斉唱」の順番を見間違えてしまい、最初に君が代が押し付けられるのかと思い起立が遅れてしまった。今回は着席せずに「君が代」となったので即座に着席した。職員席を見ると残念ながら不起立の労働者はいなかった。中央派に付いた地区党の教育労働者の職場では不起立が拡大していると言うが、流石に田舎町までは広まっていないようである。そして今回もやはり保護者は誰も歌ったりなどしていなかった。

 高校も中学も新入生の方からすら歌声は殆ど聞こえず、テープから流れる歌だけが虚ろに響いていた。改悪教育基本法が成立して一年半になるが、中々現場まで浸透させるのは厳しいようである。3K新聞の記事によると先日も門真市三中の卒業式では「君が代」斉唱時に起立した卒業生はたった一人であったらしい。非常によいことである。ちなみに弟が卒業したのが門真三中である。私の卒業した中学の場合は、数年前のことであるが卒業生全員が式場から退出して抗議するという出来事があった。まだまだ闘いは負けてはいないのだと思うと心強くなる。

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「経済・政治・国際」カテゴリの記事

コメント

 下司孝之さん、高知から愛知までの傍聴ですと大変でしたでしょうね。何にしても違憲判決を引き出すことが出来て良かったと思います。傍聴の影響力というのもあるそうですから、下司さん達の力も大きかったと思います。

 天木さんのブログは時々拝読しています。身辺がバタバタしているため最近は殆ど読めていませんが落ち着いたらじっくり読んでみたいと思います。その際には下司さんのブログにもお邪魔させていただきます。

投稿: アッテンボロー | 2008年4月24日 (木) 22時31分

高知からも7人ばかりが、愛知まで裁判の傍聴に行ってました。

内容は主な原告の天木さん(元大使)がここのアドレスのブログに書いていますからごらんになってください。

私はここに『キューバ紀行』を書いていますから、お閑の説はお読みくださりますように。

投稿: 下司孝之 | 2008年4月24日 (木) 20時32分

 下司孝之さん、形式上は裁判で負けたことになりますが、最も重要であった自衛隊派兵が違憲であるという憲法判断を出させることが出来たことは大きな勝利ですね。粘り強く裁判闘争を闘ってこられたことに敬意を表します。
 ここ暫く新聞を眺めることすら出来ていませんので詳しいことはご教示いただければ幸いですが、本当に良かったと思います。

投稿: アッテンボロー | 2008年4月22日 (火) 23時27分

アッテンボローさん、お返事ありがとうございます。

航空自衛隊員のバクダット派遣は戦地であり違憲との判決が17日に出ました。 
私は数多いる原告の一人ですが、次の日交替要員が輸送機でイラクから小牧基地へ帰国したのでその感想。

輸送機の胴体に日の丸、でも白地ではなくなって戦時色です。

君が代もオリンピックやサッカーの歌ではなくなってゆくように感じます。

君が代の意味をもう少ししっかりと国民それぞれが噛み締める必要があるように思われます。
もう少し君が代よりも色濃くメッセージを伝える『海ゆかば』に日の丸をイメージして、なぞらえてみますとこうなります。

君が代は
血潮に 白木に
さざれびとの
むくろとなりて
苔のむすまで

注:『海ゆかば』は軍歌で葬送の歌。例えば『同志は倒れぬ』と歌うようなときに用いられます。

投稿: 下司孝之 | 2008年4月20日 (日) 22時51分

 ameさんお早うございます。「国旗」「国歌」という物についての考え方が相当開きがあることを前提にお返事させていただきます。先ず「さすがに強制的に歌わないと罰を与える!みたいな法律が出来たら、さすがに反対しますが^^;」と仰っている点なのですが、「国旗国歌」法が成立した時には強制はしないという内閣の答弁があったのですが、実際には東京都で知事の通達によって三年前から「君が代」を歌わないで着席しているだけの教育労働者に対して解雇処分が出る寸前まで言っています。また不起立をした定年退職者は再雇用がないという不利益扱いが存在しています。全国の学校現場では、生徒が起立したかどうか、歌っているかどうか、声量がどうであるかと言ったことが細かくチェックされています。これは事実上の強制であると思います。

 「義務教育というものの恩恵」と言われますが、此所で発送が転倒している方は沢山いるのです。義務教育の責任を負っているのは国や自治体であって個々人の生徒やその保護者にある訳ではないのです。不起立で「君が代」に反対している人々は他人が「君が代」を歌う権利を侵害などしていません。ただ黙って座っているだけです。唯それだけのことすら受け入れる余力がないというのは行政の狭量さを示しているのではないでしょうか。表現の自由を振りかざして「国のすべてを否定」している訳ではないのです。問題となっているのは強制を伴わなければ「日の丸」「君が代」を浸透させることが出来ないと言うことです。

 「国旗・国歌は国を表す大切なものです。」と言われますが、共産主義者である私の理想は世界革命によって国家を無くすことです。地球上から国旗・国歌という物がない社会を目指している訳です。勿論過渡的に労働者国家という物が存在する時期はあるでしょうレーニンが「半国家」と呼ぶ存在です。

 「日の丸」「君が代」が日本の国旗・国歌として相応しいかどうかとなるとまた色々な論がありますので、今回は簡単に此所までとさせていただきます。

 千葉428さん出来れば「国旗」「国歌」は改めるのがよいでしょうね。

投稿: アッテンボロー | 2008年4月14日 (月) 08時50分

ameさん、失礼しますが、公共的な恩恵などは天皇から受けるわけではありません。国というものへの考えはさておいても、国旗国歌と君が代日の丸を同列に考えるのは間違っているとおもいます。新しい旗新しい歌が必要です。

投稿: 千葉428 | 2008年4月14日 (月) 08時14分

お久しぶりです。ameです。

ちょっと日の丸・国家の話が出たので書かせて頂きます。

私としては日の丸・国家に起立する事をするのが当たり前と思っています。
日帝に戻す気か!なんて声を荒げる方もいますが、日本国籍もち日本の公共サービスの恩恵を少なからずも受けているのだから、感謝や敬うのは当然だと思います。
さすがに強制的に歌わないと罰を与える!みたいな法律が出来たら、さすがに反対しますが^^;

それでも日本という国の義務教育というものの恩恵を小学生なら6年、中学生なら3年も受けるのです。
感謝するのが当たり前ではないですか?
『表現の自由』という言葉を振りかざして、国のすべてを否定するのはどうかと思います。

高校生になればもう大人ですから、自身の判断でいいですが、せめて小中学生には国旗・国歌の意味を知る意味で行事の最後に歌う事を私は賛成します。

最後に国旗・国歌は国を表す大切なものです。
これを軽んじる国はほとんどありません。

過去の事から人は学びます。いつまでも昔のままでいると先には進めませんよ。

投稿: ame | 2008年4月13日 (日) 23時43分

 下司孝之さん、「日の丸」は元々が太陽神である天照大神をデザインした物と言われています。私のような無神論者からすると信じてもいない神に頭を下げることを強制されるのは好みではありません。真面目なキリスト者や仏教徒の場合にも同じ思いを抱くのではないかと思います。ですから「日の丸」が廃れてくれることは思想・信教の自由の点から言えば良いことなのではないでしょうか。

 「君が代」も天皇一家の繁栄を祈る歌ですから、庶民にとっては無関係な物だと思います。天皇信者の人だけが歌っている分には別に期になりませんがそれを強制してまで一般市民に歌わせようというのはやはり納得できません。

 

投稿: アッテンボロー | 2008年4月13日 (日) 21時26分

私は我が家の日の丸掲揚係りでした。
ご町内でもまれな掲揚の家で、中学くらいのときに統計を取ろうとしましたが、段々と寂れてくるのですよね。

とても残念でした。
今はどうですかって、使い古した旗をちゃんとしまってありますよ。
軒下のまだらに塗った旗ざおは朽ちてしまいました。
半世紀以上も経つと自然ご用命です。

君が代もこのような自然現象にどう立ち向かうのでしょうか。
嵐の日など、近くの天神橋で君が代を3分ばかりに長く引き伸ばして歌うことが有ります。
とてもいい調子で、念仏踊りのご詠歌のようなものになります。

ご一家の繁栄を詠う唄としてはよろしいかと存じますが、歌えとなるとさあどうでしょう。
音程を踏み外しやすい歌ですから、うまく歌えなければ銃殺なんて考えないで、現段階ではただひたすら大声で歌えですから、敬愛の情もわきませんよね。

投稿: 下司孝之 | 2008年4月13日 (日) 10時42分

 草加さんも少年時代は「日の丸」を掲げようとしていたのですね。実は私も中学一年くらいまでの幼い時期にはバリバリの右翼的少年でした。西暦を使うより元号を使うべきだとか言っていましたし、小学生の時には山本五十六を尊敬していましたからね。幼い人間はあるがままにブルジョアイデオロギーを身に着けてしまう物ですね。幸いにして自分の頭で考えるようになってから日帝の侵略戦争について真剣に考えるようになり、今では左翼になることが出来ましたが、批判精神がなければどうなっていたか分かりません。それを思うと今時のネット右翼などはガキのまま体だけ大きくなった連中なのだなあと呆れます。

 強制しなければ身につかない「愛国心」と言うもの自体、破綻していると思います。きっと民衆の闘いによって「愛国心」の本章が顕わになり、革命的祖国敗北主義の主張が受け入れられるようになると思います。今此所を乗り切れば展望が開けるのではと楽観的に考えたりしています。

 千葉428さん、何となく背筋が冷たくなるような写真ですね。子ども達は純真ですから学校教育による洗脳を簡単に受け入れてしまいます。このような時にこそ現政権がブルジョアジーのための政権であること、そして「日の丸」「君が代」が、「愛国心」強制の為の手段であることを見抜ける人間にこそなって欲しい物です。

 虎児さん、ご無沙汰しています。確かに70年代の解放的雰囲気は今では見る影もないでしょうね。私の場合71年に小学校入学ですが、学校行事でついぞ「日の丸」を見たことがありません。勿論「君が代」斉唱もありませんでした。やはり階級闘争が高揚している時には「日の丸」「君が代」に対する批判も大きくなるのでしょうね。今の強制に対しても教育労働者をはじめとする反撃が実ればきっと押し返すことが出来ると思います。

 GOさん、先日は敬称が洩れていました、大変失礼しました。卒業や入学を祝うのに「日の丸」も「君が代」も必要ないことは明白だと思います。鈴木邦夫ですと、「愛国者は信用できるか」を買って数ページだけ読みました。少なくとも彼より沢山「君が代」を歌っている人間はそうはいないでしょうね。その彼をして今の愛国心強制はおかしいと言わしめるのですから、何おか況んやですね。

 愛読者さん、初めまして。貴重な経験を教えて頂き有り難うございます。私もPTA役員にでもなりましょうかね。そして「日の丸」「君が代」に対して批判の論陣を張るというのも面白いかも知れませんね。やはりもと左翼の矜恃という物があるのでしょうね。絶対日の君なんぞに屈服して堪るかと思います。

 薩摩長州さんどうも有り難うございます。何にしても長女が無事入学してくれたのが一番有り難いことです。今のところ毎日登校していますので、小学校高学年から中学にかけての不登校の心配はなさそうです。このまま続いてくれればと思います。

 確かに反帝反スタの思想があれば「君が代」は死んでも歌えないでしょうね。でも元右翼だけに歌詞は諳んじていますし歌えないこともないというのが困った物です。社にいた時に限らず、自宅でもNHKで日の君が流れ出すとテレビのスイッチを切っています。やはり誰もが同じ行動をするのですね。

投稿: アッテンボロー | 2008年4月12日 (土) 23時02分

先ずはご入学おめでとうございます。

おいどんは、君が代は歌えません。歌詞を冒頭のワンフレーズしかしらないので。てなわけで歌った記憶はありません。
それは別にして、もちろん、反帝反スタの旗の人は口が裂けても歌わないでしょうが。

社やチリ闘争会館で深夜NHKの放送終了で日の丸の映像と君が代のメロディーが出た瞬間、そこにいた誰もが競い合うように速攻でテレビのスイッチを切っていた光景を思い出してしまいました。

投稿: 薩摩長州 | 2008年4月12日 (土) 01時30分

日の君と出会ったのは息子の入学式でした。君の歌が流れる頃には眠くなり寝ましたねぇ。目が覚めると同じく寝ていた親御さんがお二人おりました。お一人は元日○戦○派で現在不動産屋さん、お一人は元主体○変革派のサラリーマンさん。私らは菱田ブロックのお友達だったのです。再開?を祝いその夜乾杯。

息子たちが中学を卒業するまで三人で居眠りを続けました。PTAの役員もやったけど、これはこれ。教員諸氏には煙たがられましたわいw

数年前の話です。

投稿: 愛読者 | 2008年4月11日 (金) 23時09分

私の記憶では、日の丸はでっかいのが前にデーンとありましたが、君が代はついぞ歌ったことはありませんね。
そもそも、なんで入学や卒業を祝うのに、国旗や国歌が必要なのでしょうか?そこも根源的な問題だと思います。
あと、鈴木邦夫氏の話がでてきましたが、彼の曰く、君が代はちゃんと歌おうとすると、けっこう難しい歌だそうです。

投稿: GO | 2008年4月11日 (金) 21時30分

私の中学の卒業式、1970年でしたが、壇上には日の丸は掲げられず、紙で切り抜いた鳩が舞うように貼り付けられていました。君が代斉唱もなく、卒業生と在校生がお互い呼び掛け合う(もちろん決められた台詞でしたが)パフォーマンスをしました。田舎の町立中学で別段進歩的でもない学校でしたが、時代の気分というより、当時日本の至る所で起きていた社会運動・革命運動が大衆の意識や感性に影響を与えていたのだと思います。教師も教組の活動を通じて、その時代をしっかり生きていたのでしょう。高校の入学式の日、校門前で「ベ平連」のビラを受け取って高校生になった実感がわいたことも覚えています。あれから40年近くを経て、今の日本の姿をここまでしてしまったことに関して、私自身いろんな意味で苦い季節であります。

投稿: 虎児 | 2008年4月11日 (金) 10時07分

昨日の朝日新聞の声欄の投稿写真「旗持ち入学」という題で福島県郡山市の方の写真が出ていましたが、小学一年生が日の丸を持って通学している写真でした。戦前の写真家かと思いましたが、現在のようです。びっくりです。

投稿: 千葉428 | 2008年4月11日 (金) 09時20分

日の丸・君が代は拒否ではなくて強制する側が問題をおこしているのですよね。だって拒否している人は歌いたい人の自由を微塵も否定していないし、妨害もしていない。強制している人が歌いたくない人の自由を否定し、その権利を妨害して踏みにじっている一方的な加害者と被害者の関係です。今おこっている斉唱強制問題をこういう「強制を許すかどうか」という発想で問題をたてず、「歌うか歌わないか」の問題にすりかえてしまう人はすべて偽善者です。なぜなら強制がなく、各人が自由な立場でどちらかを選択できる環境があってはじめて「歌うか歌わないか」を問題にすることができるからです。
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私の幼少時代はいちいち君が代や日の丸について強制はなく、各学校の判断にまかされていたし、それがごく普通の自然なことのように思います。たしか小学校6年生の音楽の授業で、生まれて初めて君が代を歌った記憶があります。教師が「これは大切な歌なので、めったな時以外には歌ってはいけないが、ちゃんとおぼえておくように」と目をむいて力説するのでびっくりし、「そういうものなのか」と思って何度も歌わされました。それが私がはじめて君が代を知った時の思い出です。もちろん「めったな時以外歌ってはいけない」ので、卒業式で君が代は歌われませんでした(笑
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中学校も入学式では君が代はありませんでしたね。ところが卒業式では君が代斉唱があったように憶えています。ただ、日の丸はまだなかった。仰げば尊しとメドレーで歌いました。よく意味はわかっていませんでしたが、それまでフランクで嬉し悲しの雰囲気であったものが、一気に「粗相の許されない堅苦しい式典」の雰囲気になったと思います。今なら右翼っぽくなったと思うところでしょうが。この頃から自由がなくなっていったのでしょう。君が代がどれだけ歌われているかは、今や日本の自由のバロメーターになってしまいました。きっと君が代も肩身が狭くなったことでしょう。
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ところが面白いことに、式で君が代が歌われなかった時代には、各家庭に普通に日の丸があって、祝日には日の丸を出して家の前に掲揚していたんですよね。私も祝日になると嬉しくて、率先して日の丸を押入れからひっぱり出して掲揚していました。幼心に「今日は休みだ、めでたいな」の行事みたいなもんでしたね。小学校高学年くらいの時代になると、さすがに父親が恥ずかしがって掲揚しなくなりましたが、私はそれが不満で「日の丸だそうよ!」とねだって嬉々として掲揚してました。
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高校は仏教系の私立でしたので、今の公立校で日の丸が掲げられている場所には仏像が安置され、日の丸を置く場所はありませんでした。天皇をたたえる君が代のかわりに、弘法大師をたたえる歌を歌いましたよ。なんでもかつてエホバの証人の師弟が無理を承知で入学したことがあったそうですが、やはり一年もたずに退学したということでした。
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こういう経験からしますと、アッテンボローさんが書かれているような、巨大な日の丸が式場に吊るされ、それに向かって生徒全員が直立不動で君が代を歌わされるという風景は、おそろしく異様な光景に思えてしまいます。このエントリーを読んで、「へえー!今はそんなことになっているのか」と驚きました。各校の自主性が否定されて、そういうことが一律に強制されるというのは、本当に異常な事態だと思います。
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右翼の鈴木邦夫は「強制的に歌わされるなんて君が代が可愛そうだ」と言っていましたが、素朴で自然な郷土への愛着の発露ではなく、行政権力による強制に従うことが「愛国心」なのだと言うのであれば、それこそ彼らの想定している愛国心の正体みたりということでしょう。

投稿: 草加耕助 | 2008年4月11日 (金) 05時44分

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