« 2008年7月 | トップページ | 2008年9月 »

2008年8月

2008年8月31日 (日)

「君が代」不起立 8・30討論集会 根津さんとともに、処分はねのけ「不起立」しよう! 不起立闘争の爆発で、橋下をぶっとばそう!

 みんなでとめよう!教育改悪・全関西の集い実行委員会が主催する表題の集会に参加してきた。帰宅後夕食をとってから記事を書こうと思ったのだが、子供たちの提案でカラオケに行くことになり10時半ごろに帰って来た。ブログに記事を掲載できるのは多分日付が変わってからの事になるだろう。私の記憶に間違いがなければ、実行委員会は革共同を中心とする教育労働者の統一戦線である。中央派と関西派との分裂によっても潰れることなく存続しているというのが嬉しく思えて心踊らせて参加した。

 集会は司会者の挨拶の後直ぐに記録映画「あきらめない-続・君が代不起立」(試写版)の上映が始まった。根津公子さんが家庭科の教師でありながら何故従軍慰安婦(戦時性奴隷)問題を授業で取り上げたのかについても語られていた。03年の通達以来「君が代」斉唱時に規律しない教育労働者に対しては解雇を含む処分の恫喝がかけられていた。その状況の中で子供たちに自己の良心を曲げてまで起立・斉唱することは出来ない。おかしいことはおかしいとハッキリ言える、行動で示すことが出来る大人の姿を手本として示す必要を感じておられた様である。時には階段の最上部から突き落とされ、打ち所が悪ければ重症の可能性があったにも拘らず二人の同僚教師は関わり合いになることを恐れて黙って通りすぎた。二人ともとても良い人であるがねつさんとの関わるとおて同じような嫌がらせを受けることを恐れたのだ。

 停職処分を受けている間毎日の様に校門の前に座り生徒に挨拶し、ビラを配るなどしていると生徒たちの反応が変わってきたという。最初は根津さんに批判的であった生徒がいつしか世間話をする様になり、頑張ってと声援を送る様になったという。地元の人々が支援に次々加わり、陣形が広がって行った。都教委に対して根津さんに対する処分を出さない様にという署名が大量に提出された。映画の後半で都教委の委員には一切届けられていなかったことが明らかとなる。累積処分によって07年の卒業式での不起立には6カ月の停職処分が出されていた。次に不起立をすると解雇の可能性が大きかった。解雇を許すなと連日の様に都教委に対する申し入れが行われる。都教委の職員はロボットの様に自分の職責では回答できないと述べるのみであった。日教組の教研集会では根津さんが提出した「君が代」問題のレポートは当初取り上げられるはずであったにも関わらず中央方針で排斥された。教研集会の責任者である高橋副委員長に対して説明を求めても逃げ回るだけでまともに取り合おうとしない。かつて「日の丸」「君が代」問題について教育現場への持ち込みに対して闘っていた日教組は今日存在しない。日教組中央や都教組が取り組まない中でも町田教組は根津さんを支援し、多くの都教組組合員がそれに合流していた。

 根津さんは、3月は連日の様に都教委に通いつめた。多数の支援者も同行した。河原井さんや心ある教育労働者が不起立を貫いていく。養護学校の卒業式当日多くの支援者に送られて根津さんが不起立に決起した。3月末日に都教委の職員が学校に訪れる。従来の形では前日に前触れがあるのだが、異例の出来事であった。根津さんも支援者も解雇処分の発令を覚悟していた。だが都教委は解雇処分を発令することは出来なかった。07年同様の6カ月の提出と移動の発令であった。根津さんの闘いは解雇処分を封じて勝利したのだ。そして新しい職場でも根津さんは校門の前で生徒や教師に呼びかけを続けている。

 記録映画を作成したビデオプレスの佐々木有美さんと松原明さんの挨拶があり、松原さんは編集の関係で1時間の予定が75分となった。試写版の初めての上映で緊張した。東京では9月4日に試写会を行う。3月の闘いは全国に殆ど知られていない。首にさせることは出来なかったことを伝えたい。パート2は難しい。この闘いの記録を取れたことは幸せだ。私たちも去年からより以上に闘いに関わった。99パーセント解雇だと思った。本人もそう思っていた。首になったときに根津さんが頑張ってくれるだろうからどうするか考えていた。良い意味で予想が外れた。31日は土砂降りで困難な状況で撮影した。この事を映像を通して広めていきたい。佐々木さんは解雇阻止の闘い。この映画に移っていない闘いを紹介したい。あらゆること出来ることを全部やっていこうとした。都庁への要請行動にこれない人たちはメールやファックスで連日抗議した。町田の市民のグループが働きかけて国会で保坂さんが取り上げてくれた。ピアノの得意な人はコンサートをしたり色々やった。都庁の中でも闘いは浸透した。警備員も表情から言いたいことは分かると言う感じで変わってきた。根津さんが都庁の食堂に行くとご飯が大盛で出てきたりした。海外でも取り上げられた。非常に大きい闘いになった。

 根津さん本人の講演「子どもをお国に差し出しません」が行われた。映像を見るのは2回目であるがジーンと来た。気持ちが落ち着いている状態ではない。昨今の大阪の様子を見ると東京の明日が現実になる。子供達の事をどうするのか。東京の二の舞になる。ここに出てくる「君が代」問題」で首になってもやろうというのが河原井であり私です。5年で大きく変わった。都教委は1・2年で闘いを潰せると思っていただろうがそうはいかなかった。だが私たちの方も困難な状況にある。情報を提供することで一緒に考えましょうよと言っていく事が必要。多くの人達が駆けつけてくれた。都教委に対して学校に対して色々なことをしてくれた。全国から支援があった。映画の中でもトレーナー処分のことがあったが直ぐに新聞に取り上げてもらえた。今日の資料の中にも毎日新聞の記事がある。私たちがどういう気持ちで闘ってきたのかがそのまま書かれている。都教委にとってはあるいは石原都政にとっては2月3月の攻防が大きな打撃になったことだろう。米山さんの告発なども大きかった。(米山さんも「君が代」斉唱時に不起立を通しているが処分発令が無い。この事は恣意的でありおかしいと記者会見した。映画の中にそのシーンがある)当初不起立3回で解雇といわれていた。不起立宣言をした教育労働者に対しては学校を離れて長期の研修を行うとも言われていたがそれらはくい止めることが出来た。

 03年の10・23通達によって職場は大きく変わった。不起立問題で闘えない人々は別の問題では教育労働者として立場を守るといっていたが、現実にはそうはならなかった。職員会議が形骸化し命令には唯々諾々として従うしかなくなった。その中で学力テストに関して足立区の不正問題が起きた。学力テストの際に回答を間違っている生徒の横でそのことを教えたり、あるいは成績の悪い生徒はテスト当日に欠席する様にという指導があった。足立区の学力テストの成績が悪いことを苦にした上部の方針で行ったことであるが、これに対して異を唱える労働者がいなかった。内部告発する者すらいなかった。匿名ででも出来ることだがそうはいかなかった。露顕したのは学力テスト当日に休めと言われた生徒の保護者の告発による。大人を見ていて子供達も「小国民」化している。根津はルールを守らない教師だと言われている。学校ではルールを守れと教えているので子供達は根津は悪いやつだと思う様になっている。大人の言うことを率先して実行に移している。階段から突き落としてきたのも生徒であった。戦前大人は戦争に対する疑問を持っていたが口に出せなかったが、子供達は素直に戦争に参加し・協力していき、少しでも反戦的な言動をする人を「非国民」として迫害する先頭に立っていた。それと同じことが起きている。

 今年7月15日に都教委は「分限免職に該当する可能性がある教職員に関する対応指針」を発出してきた。「君が代」不起立で解雇処分を出せなかったことから分限免職を狙ってきていることが明白だ。「上司などから研修受講命令が出たにも拘らず研修を受講しない、又は研修を受講したものの研修の成果が上がらない。」「当日連絡での休暇取得が多く、職務の遂行に支障が生じている」等の事例が列挙されている。」 前者は「日の丸」「君が代」問題について事実を生徒に教える事自体を問題視しているし、後者は家族の病気・介護等によって当日になって休まざるを得ない労働者を免職に追い込む物であると批判した。根津さんは解雇処分を阻止したことに続いて分限免職についても阻止するために闘っていくと決意を語って講演を終えられた。

 続いて休憩を挟んで職場からの報告・討論に移ったのであるが、事実上関西派の教育労働者を袋叩きにする場となった。十数名が発言したのであるが、関西派の発言は袋叩きの当該となった門真三中の教育労働者と他に1名、おそらくどちらでも無い大衆が1名。残る十名あまりは中央派で占められていた。今日は詳しく描く余力がないので簡単に概要を述べるのみとするが、要は門真三中では今年の卒業式で三年生担任全員と一人をのぞく生徒全員が「君が代」斉唱時に不起立であった事を地域の反動分子が3Kに「ご注進」して記事として取り上げ、「偏向教育」としてキャンペーンを張ったこと、そしてその結果府教委が大阪府下で唯一門真三中で入学式の際に職務命令を出して来たこと、当該の労働者が不起立したもののあらかじめその事を前提として職務命令発令がなかったことを捉えて処分から逃げたとして批判する物であった。革命的でなければすなわち反革命であると言うのは如何な物であろうか? 職場の状況や個々人の力量から戦術的な判断と言う物は色々違ってくると思う。処分されなければ逃げたのだと言うのは短絡的に過ぎると思うのである。私は8・6ヒロシマ大行動に参加したし、11・2全国労働者集会にも参加する予定である。だがしかし党派闘争のために司会者含めて中央派で固めて一人の他党派をつるし上げるというのは些か常軌を逸している様に思う。余力があれば明日にでも職場からの報告および討論について記事を書きたい。尤も反対する会の事務作業があるので実現できるかどうかは確約できない。

Banner_02_1 宜しければクリックして下さい。 人気blogランキングへ

| | コメント (42) | トラックバック (5)

2008年8月24日 (日)

キャンプファイアー

066_2  今日は息子の通う小学校でキャンプファイアーがあった。夕方の6時半からであったが、息子から始まったと電話がかかってきたのは4じごろの事であった。あわてて学校まで足を運ぶと、キャンプファイアーはまだ始まるどころか準備すら途中である。去年からの事なのだが、キャンプファイアーの前には学校の清掃や器具のペンキ塗りなどの奉仕活動があったのだ。学校のための文教予算が削減されているのだろう。遊具などの整備を父兄の奉仕作業で行わなければならない。その内日本も、アメリカ並みに学校運営のためにチャリティーバザーなどをしないと業務が回らなくなるのではないだろうか。米帝は軍事費の支出が巨大すぎるために文教費を極限まで削っている。公立学校でも寄付が無いと立ち行かないのだ。

074  奉仕作業のことを失念していた私は、記念となる写真を写そうとカメラバッグを下げて小学校に行った。だが多くの父兄がペンキ塗りの作業中である。いくらなんでもその風景を撮影して歩くわけには行かない。私も作業に参加した。教室の戸やくつ箱、清掃用具をしまうロッカーなどにペンキを塗る。その過程で着ていたシャツにベットリと水性ペンキを付けてしまう。水性とは言え乾くと選択しても落ちない。一着ダメにしてしまったと後悔する。去年もTシャツを一枚ペンキだらけにした。今年は長袖のカッターシャツだ。Tシャツなら下着として着る事も出来るが、今日汚したシャツは使い道はあまりないだろう。高校時代の様に油絵でも描くなら別であるが。

094  奉仕作業が終わるとご苦労さんという事で調理パンと飲み物とお菓子が支給された。町内会によって少々内容は異なる。手が空いたので息子の写真を色々と写す。使い慣れていないカメラだったので殆どが機械任せの撮影になった。気恥ずかしいのかカメラを向けると息子は逃げ回る。昨日も次女にモデルを頼んだら断られた経緯がある。思春期の始まりなのであろうか? 

101  キャンプファイアーが始まってから、息子はあまり乗り気ではないようで、遠巻きに見ながらチョコチョコ走ってきては何だかんだと言う。結局友達と他の事をして遊んでいた時間の方が長かったかもしれない。何にしてもそれなりに楽しんで帰宅したのが8時ごろであった。うっかり夕飯の支度を忘れていたのでカップラーメンとご飯という食事であった。

Banner_02_1 宜しければクリックして下さい。 人気blogランキングへ

| | コメント (0) | トラックバック (7)

2008年8月23日 (土)

パチンコ CR銀河英雄伝説

 わがアッテンボロー分艦隊は本日夕刻帝国軍多数と交戦。1500隻の損害を被った物の、敵6300隻を鹵獲。大勝利を納めた。とMixi銀河英雄伝説コミュの「遂にパチンコが発売!」トピックスに書き込むべきところである。今日の夕食後妻が「サクラ大戦の歌が聞きたい」と言い出した。我が家にサクラ大戦のCDは無いので、それはつまりパチンコに行きたいという事である。特段用事もなかったのでつきあう事にして、近所のはやっていないパチンコ屋に行った。はやっている方の店は数カ月前にサクラ大戦の台を撤去して新台と入れ換えている。何故はやらないかというと換金率が悪いからである。一回大当たりしても一箱が3500円程度しかない。だが、その代わり流行遅れとなった機種が結構残っている。ちょうど一年前に発売されて人気が出ずに終わったCR銀河英雄伝説もそうである。

 最初は私もサクラ大戦を打っていたのであるが、回らないしリーチを外してばかりなのでざっと1万円ほど負けてしまった。妻は4000円ほどで確変を引いてその後18連チャンした。他に良さそうな台がなかったので1円パチンコのコーナーを物色すると、そこにもたった1台銀英伝が有った。去年はやっている店では殆ど打つ事が出来なかったのでその台に座る。普通のパチンコ台は一玉4円であるので4倍遊ぶ事が出来るというのが売りなのだ。妻が出ている以上時間をつぶすのにはもってこいなのである。暫くするとリーチの前にラインハルトが「撃熱である」と言う。もしかして当たりかなと思い打つ手を止めて画面に注目する。すると結構信頼度の高いリーチであり、ヤンが「やれやれこれで安心だ」と呟き確変になった。そのあとは9連チャンである。
                                                                           
 普通の絵柄のときはトールハンマーの斉射で確変絵柄での当たりに変わ11った。ユリアンが「最高です」と言い、キルヒアイスが「銀河を手に入れましたね」と称賛する。白兵戦によるゲート突破も何度か有ったし、ラインハルトの告白リーチも2回見た。艦隊戦リーチではミッターマイヤー対ビュコック祖父さんの対決だ。残念であったのは最後に確変を外したときに同盟軍のリーチが有ったのと何回目であったかに同盟モードの大当たり画面が1回あっただけで、後は全て帝国側のリーチ・大当たり画面であった。私はヤンを筆頭とする同盟側が大好きなので、出来ればそちらのシーンを沢山見たかった。帝国のワルキューレよりは同盟のスパルタニアンが好みだし、好きな戦艦はブリュンヒルトやバルバロッサではなくてヒューベリオンである。ついでに言えば同盟の主な登場人物のシーンでパエッタ中将が出ているのにウランフやボロディンが出ないのはおかしいと思った。

 何だかんだと言いながら銀英伝のパチンコで楽しく遊べた事には違いない。これがもし1円パチンコではなく普通の台であったなら4倍換算であるので6千円の出費で25000の勝ちであった。尤も1円パチンコだから設定が甘くなっていたのであろうが。

Banner_02_1 宜しければクリックして下さい。 人気blogランキングへ

| | コメント (5) | トラックバック (0)

2008年8月22日 (金)

アンケートの持つ危うさ 「社会人から高評価 日経や朝日」(オリコン調べ)

 「社会人が読んでおくべき新聞、「日経」が高評価」(ORICON STYLE - 08月22日 12:11)によると社会人として読んでおくべき新聞として日経新聞が(64.3%)で一位となっているが、二位には朝日新聞が(34.4%)として入っている。三位はゴミ売りが(28.6%)としてランクイン。四位毎日、五位3Kであるという。常連で何かと私の意見や記事に反論を挑んでくるROM人さんによると信頼度は朝日がゴミ売りに劣るというのである。勿論彼は根拠を示している。FACTAonlineの「朝日新聞の『読者信頼度』が3位に転落」2008年1月号 [メディアの急所] がそれである。

 アンケートという物は対象となった母体によっても、設問の仕方によっても結果が大きく変わってくる。場合によっては設問によって意図的に回答を誘導することも出来るのである。寡聞にしてORICON STYLEもFACTAonlineも読者層をどの辺に置いているのか知らない。極端な例を出せば岩波の「世界」の読者と3Kの「正論」なり「諸君」の読者とにISFAへの自衛隊参加の可否についてアンケートを取れば全く正反対の結果が出るであろう。設問のあり方については2006年3月 5日 (日)に「毎日新聞世論調査に異議あり」という記事を書いたことがある。

 世論調査やアンケートの数字を鵜呑みにしてはいけない。勿論内閣支持率の様に新聞各社が調査した場合、新聞によって多少の違いはあるだろうが、福田内閣の支持率が低落傾向にあることはどの調査でも明らかである。ROM人さんは常々私の主張が偏っているというのであるが、人間完全な中立などという物はあり得ないのだ。誰がどの立場で物事を主張しているか。拠って立つ立場こそが重要である。私は労働者階級の立場に立ちきろうと努力している。現実の日本社会が階級社会である以上どの階級の立場から、どの階層の視点から物事を捉え、判断し、方針を出すのかということが問題だ。ROM人さんは常に支配階級の立場を擁護する意見を書き込んでいる。極まれに違ったことを言うこともあるが、概ねは支配者を擁護している。日帝支配階級が労働者を侵略と侵略戦争に動員しようとしているときに支配階級を擁護することは犯罪である。

 日本のマスコミの一番の問題は公正中立の立場を標榜していることであろう。ゴミ売り・3Kの様に自民党の提灯持ちであることを明確に表明している場合、その立場を支持する者達からは支持を得ることが出来るだろう。朝日や毎日の場合にはブルジョアマスコミであるにも拘らず「公正中立」を建前に掲げていることから混乱や不信が生じる。支配階級のどの層を支持するのかを明確に標榜してくれれば、論調を割り引いて受け取ることが出来るだろう。日本が階級社会である以上、常にどの階級のどの層を代表する意見であるのかを厳格に検証する必要がある。労働者の間でも連合の様に労働貴族を代表する組織も有れば全労連の様にスターリン主義反革命の運動体もある。真に労働者階級解放のために闘う革命党・階級党・労働者党も有ればカクマルの様なファシスト反革命の党もある。私の主張が偏っているというのはある意味当然のことである。私はブルジョア階級にゴマをする気はない。あくまで労働者階級階級の立場を貫きたいのである。

Banner_02_1 宜しければクリックして下さい。 人気blogランキングへ

| | コメント (4) | トラックバック (3)

2008年8月20日 (水)

転載 ■法大弾圧救援会ニュース 08.8.19■8月27日と29日の公判に参加を

8月27日(水)と29日(金)午後、東京地裁で法大弾圧裁判の公判が行われます。ぜひご参加ください。
■8月27日――07年10・17クラス討論弾圧裁判第10回公判
 27日は、昨年10月17日にクラス討論を行って「建造物侵入」で起訴された内田晶理(てるまさ)君の第10回公判です。内田君はさる7月24日の集会当日にまたも不当逮捕、起訴されたため、獄中からの出廷です。
 被告側の証人として、小樽商科大学教授の荻野富士夫さんの証人尋問が行われます。荻野さんの専攻は日本近現代史で、戦前の治安維持法体制研究の第一人者。小樽商科大学と白樺文学館が主催した小林多喜二『蟹工船』感想文を組織し、『私はいかに蟹工船を読んだか』をまとめた方です。
 法大の教室で行ったクラス討論を「建造物侵入」として逮捕・起訴した本件が思想差別・思想弾圧の一環であることを、戦前の治安維持法体制の歴史との比較をとおして立証します。
■8月29日――07年4・27、08年5・28「暴行」デッチあげ弾圧裁判第1回公判
 29日は、今年5月28日の新井拓君、中島宏明君の「暴行」デッチあげ弾圧の裁判の第1回公判です。昨年4月27日の新井拓君、友部博文君の「暴行」デッチあげ弾圧と裁判と併合して行われる予定です。今年5月以降の43人の逮捕・19人の起訴という大弾圧に反撃する裁判の第一弾がスタートします。
 公判では被告の新井拓君、中島宏明君が冒頭意見陳述を行います。国家権力と法大当局による未曽有の大弾圧の不当性を徹底的に暴く闘いの始まりです。
◎8月27日(水)午後1時半開廷 東京地裁429法廷
◎8月29日(金)午後1時半開廷 東京地裁429法廷
  ※両日とも、12時半に東京地裁前の傍聴券配布所に集まってください。11時半からは東京地裁前で宣伝活動を行います。
■東京拘置所に差入れに行こう!
 救援会のサイトに、東拘差入れ報告をアップしました。http://www.geocities.co.jp/houdaikyuuenkai/
 みんなで差入れに行きましょう!
◇◇◇5・28~29法大弾圧救援会◇◇◇

Banner_02_1 宜しければクリックして下さい。 人気blogランキングへ

| | コメント (4) | トラックバック (3)

2008年8月19日 (火)

人材派遣会社という名の口入れ屋・ピンハネ屋

 ボチボチ退職金も底を突いてきたし、ここの所鬱病の状態も非常に良い。そこで仕事を探してみようと思い至った。私の鬱病は双極性二型と言うそうで好不調の波が緩やかにやってくるらしい。別の言い方をすると軽い躁鬱病である。因みに好不調の波が大きい物は一型と言うらしい。以前記事にしたことの有る冬期鬱病と言うのも有る様で夏場は概して好調なことが多い。だから本当ならばもっと早い時期に仕事探しをすれば良かったのである。妻の病気もあって私の体調まで崩れていたから中々そうはならなかったのであるが。

 近所のコンビニでアルバイトニュースを購入し、無料の求人誌ももらってきた。色々読んでみて今日は面接にも行ってみたのであるが、リクルートの掲載基準はかなりいい加減で本当の労働条件が書かれていないことが分かった。一応正社員に応募したのであるが記事では月々の給与30万とあったが実際に提示された金額は23万プラス皆勤手当て5万の28万である。税金が引かれるとの説明は有ったが社会保険や厚生年金・雇用保険が引かれるとの説明は無い。月給の額からいって当然のことだが給与から控除する義務が生じるのであるが、多分おそらくそれらには会社負担があるから誤魔化しをしているのであろう。おまけに社員旅行が年に一回有るのでそのために積立金として1万を控除すると言うではないか。おいおい会社が全額負担するのでなければ慰安旅行にはならないだろうと突っ込みたくなったが、そこはぐっと我慢した。福利厚生費くらいケチケチせずに使えよと言いたい。何年か前にも公務員の兼業禁止規定を破ってバイトしたことが有ったのだがその時もアルバイトニュースに掲載されていた時給より実際の時給は少なかった。

 また、口入れ屋の発行している求人情報誌JobNAP(8月14日号)とやらとリクルートが無料配付しているTOWNWORK(8月18日号)との両方に同じダイハツ自動車の求人が載っていたのであるが、日研総業なる口入れ屋の場合は時給1200円で月収25万円以上可能とあった。リクルートの方はダイハツが直接雇用する期間社員なのだが、こちらは月収例が31~34万円とある。差額の6~9万円はどこへ消えるのやら。欧州の場合口入れ屋がピンハネする率は1割程度と言う規制が有る様だが、日本の場合のピンハネ率は3~4割になると言う。リクルートも広い意味で言えば口入れ屋の一種であるが、雇用関係が無い分罪は軽いだろう。で、「人材派遣業者」と称するピンハネ屋がはびこる様になったのは「小泉改革」等による労働法制改悪の結果なのである。昔の口入れ屋は今ほど堂々とピンハネをすることは出来なかったのであるが、今やテレビでも番組のスポンサーになるなどのさばりまくっている。「派遣の品格」なるドラマが有ったが、パソナだったか何であったか口入れ屋の提供で、あたかも派遣が良いことであるかの様に描いていた。

 かようにこの世はブルジョアイデオロギーが洪水の様に垂れ流されていて、労働者の権利が抑圧されている。支配階級の思想は一見なんでもないことの様に見せかけて自らの支配体制を固めるために被支配階級を瞞着している。職安を通した求人の場合、募集内容と実際の雇用条件が相違していると罰則がある為経営者もあまりいい加減なことは書けないのだが、これが「官から民へ」とやらの「規制緩和」の実際である。労働法制を始め多くの規制は、戦後階級闘争の力関係によって労働者市民を守るために国や資本に対する物であった。今は資本も国も「自由」のしたい放題である。ブルジョア階級の言う「自由」とは好き勝手に労働者を搾取、収奪する「自由」であって労働者市民にとっては軛でしかない。まさしくマルクスの言う様に我々労働者が失う物は鉄鎖のみであり、獲得する物は世界なのである。プロレタリア革命の勝利こそが労働者を解放し自由にするのである。

Banner_02_1 宜しければクリックして下さい。 人気blogランキングへ

| | コメント (5) | トラックバック (1)

2008年8月16日 (土)

「君が代」不起立8・30討論集会へのご案内

不起立宣言に協力していただいた皆さんへ
みんなでとめよう!教育改悪・全関西の集い実行委員会からの案内です。

都庁を揺るがした2ヶ月間 予想をこえた「抵抗のドラマ」
「わたしをクビにしないで ! -君が代不起立・続編」(仮題)
全国に先駆けて大阪の地で初上映会!
上映会に引き続いて、根津公子さんの講演

◆「君が代」不起立 8・30討論集会

・日時 8月30日(土) 午後1時半~ (午後1時開場)
 ・「君が代不起立・続編」上映 (午後1:35~2:35)
 ・ 根津公子さん講演 「子どもをお国に差し出しません」
                (午後2:40~3:40)
 ・ 教育現場からのアピール・討論
・場所 大阪市北区民センター・ホール(06-6315-1500)
 ( JR環状線「天満」、地下鉄堺筋線「扇町」よりすぐ)

※ 資料代 500円

主催:みんなでとめよう!教育改悪・全関西の集い実行委員会
    〒577-0061 東大阪市森河内西2-27-6 大乗寺内 福本憲応気付
   kansai724tsudoi@hotmail.com

 東京都の教員・根津公子さんは、「君が代」斉唱時の不起立を理由に東京都教育委員会からたび重なる処分を受けてきました。根津さんは、生徒たちへの「君が代」強制には加担できないと不起立を通し、「おかしいことはおかしいと言い、自分の頭で考えるこどもたち」を育てようとしてきました。

 2008年3月の卒業式で不起立すると累積処分でクビ! という事態を迎え、根津さんと支援者たちは動きだしました。都教委への要請行動が始まり、根津さんの「わたしをクビにしないで!」という火を吐くような訴えが、都教委職員の前で連日繰り返されました。支援者は時には100人以上にのぼり、根津さんと心をひとつに都教委に迫りました。

 そして迎えたクライ マックス。3月24日の卒業式、28日の都教委定例会、31日の処分発令・・・カメラがそこで記録したものは、予想をこえた「抵抗のドラマ」でした。 
( ビデオプレス社ホームページより )

Banner_02_1 宜しければクリックして下さい。 人気blogランキングへ

| | コメント (17) | トラックバック (7)

2008年8月13日 (水)

ペソギン

 最近妻や娘たちが「ペソギン」という言葉をよく使う。息子をからかって使うのだ。国語の宿題で間違いを直しなさいという問題があって、本来は「ペンギン」と直さなくてはいけないところをそのまま「ペソギン」と書いた物だから女性陣が面白がってからかうのである。小学2年生の段階ではカタカナの読み書きがしっかり出来ない様で、間違いやすい物を拾いだして紙に書いてやったのであるが、時々間違える。「ソ」と「ン」、「シ」と「ツ」をよく間違える。大人から見れば違いは一目瞭然なのだが息子には難しい様だ。

 で、ペソギン君はどうしているかというと、今は我が家にはいない。先週ヒロシマ大行動から帰った翌日から妻の実家に帰省しているのである。今我が家には私一人が犬の世話のために留守番をしている。山にカブト虫を取りにいったり川や海で泳いだりしているはずである。妻の実家は山の中なのであるが車で一時間もすれば海にたどり着くことが出きる。数年前までは「星空日本一」を掲げる田舎町であったが、合併の結果市内に海水浴場があるようになったのだ。都会では天の川の満天の星を見ることは出来ないので、星空だけでも十分楽しめる。

 今では従姉たちも大きくなったのでバイトや部活に忙しくて中々遊ぶ時間がとれないが妻の長兄と三兄が息子とよく遊んでくれる。長兄の息子は高校生だし、三兄は娘しかいないためにことの他息子を可愛がってくれるのだ。息子は「オッチャン3号と釣りに行くねん」と楽しそうに言っていた。

 一人で留守番をしていると家の中が静かすぎる。いつもなら息子がハシャギ回っていて煩いくらいだし、しょっちゅう兄弟喧嘩もしていて怒鳴りつけることが多々あるのだが、エアコンと扇風機が回る音の他はキーボードを叩く音しか聞こえない。元々テレビはあまり見ない方なのでスイッチも入れていない。今年は例外的にアニメを見るくらいだろうか。7月から「鉄腕バーディー」と「薬師寺涼子の怪奇事件簿」がアニメ化されたから録画して昼間や夕方に見ている。深夜番組でなければチャンネル争いに発展するかもしれないが、お陰で子供たちや妻との間で棲み分けが出来ている。

 折角一人きりなのだから読書や学習に専念すれば良いのであるが、暑さもあって中々そうも行かない。小説やマンガを読む程度で時間を過ごすほかは教習所に行くくらいの物だ。一人きりで困るというか失敗したのは洗濯物を干したまま昼寝していたら、夕立でずぶ濡れになってしまったことだろうか。いつもなら誰かが気づいて取り込むのであるが、起きたときには手遅れであった。炊事も一人分を作るのが面倒くさいので外食と弁当で済ませているから、これといってすることは無い。明日と明後日は教習所も盆休みなので家の片づけでもしようかと思う。

Banner_02_1 宜しければクリックして下さい。 人気blogランキングへ

| | コメント (4) | トラックバック (4)

2008年8月10日 (日)

卒検合格

 今日は二回目の卒検で、朝九時半に教習所に集合であった。私が通っている教習所は卒検が水曜と日曜である為、先週の日曜は中央派の革共同集会、水曜は8・6ヒロシマ大行動の為に予定を空けていた。革共同集会への参加禁止が金曜であれば3日に卒検を受け直す事が出来たのであるが、連絡が土曜であった為に先週の日曜は棒に振ってしまった。で、結果から言うと今日の卒検はかろうじて合格することが出来た。

 幸いというか偶然というか、今日のコースは一回目に受けたのと同じコースであった。少なくともコース間違いだけは無いだろうし、前回失敗した下り坂での左折に際して減速不足で対向車線にはみ出して検定中止という事は克服できると思っていた。ある意味楽勝気分であった。

 ところが前半は順調に進んでいたものの自主経路に入ってからしばらくして信号で右折の指示器を出している全走車がいた。対向車線に車輛が有り、前の車が停止したのであるが、バイクの感覚でついつい左側をすり抜けられると思い進んだがそれが出来ずに急停車した。教官が事故になる寸前だと注意してきた。その為かどうか分からないが、その後の黄色の点滅信号で向こう側の左右から発進しようとする車輛が有るにも拘らず加速チェンジした上にアクセルを踏んでしまった。またしても注意を受ける。一応下り坂での左折に際しては十分減速して対向車線にはみ出ることなく曲がる事が出来た。
                                                         
 目標を過ぎての停止の際に、余裕がなかった為に対向車線に駐車車輛が有るにも拘らず停車した上に後続車輛を確認せずに停めた為に迷惑をかけてしまった。更に停車の手順を間違えて一つ飛ばしてしまい、後退にギアを入れたにも拘らずエンジンを忘れてしまったままクラッチから足を外した為に車がわずかに後退した。逆走で検定中止かと思い落ち込んだ。そうでなくとも二回の注意で減点が大きいだろうと思っていた。ところが教習所に戻ると方向転換をしろと言われる。落ちていなかったのだと思い方向転換は上手くこなした。多少希望が見えたかと思い合否発表を待つ。すると私が乗車した車輛を含む三台は全員合格だと言う。やっと一安心できた。

 免許証交付に関する様々な説明を聞いて教習所を後にしたのは二時を過ぎたころであったろうか。何にしても明日の月曜は免許証交付の為に免許センターまで足を運ぶ事になる。ここまでは転職に際して普通免許を求められる事を考えての事であるのだが、火曜日からは自動二輪の大型免許の講習が待っている。これは完全に趣味の世界になると思う。何だかんだでバイクの魅力に魅入られている私である。

Banner_02_1 宜しければクリックして下さい。 人気blogランキングへ

| | コメント (13) | トラックバック (2)

2008年8月 7日 (木)

8・6ヒロシマ大行動

 昨日午後に自宅を出て、息子と二人新幹線で広島へ出発した。革共同中央派の関わる統一戦線である8・6ヒロシマ大行動に参加するためだ。夕方広島駅に到着すると現地の方が迎えに来てくれていた。早速各種交流集会が開催されている東区民センターに移動する。知り合いがいたので挨拶すると、早速先日の関西派の革共同集会の報告記事のことでお叱りを受けてしまう。防衛意識の欠如している人間が関わるのは問題であることを非常に厳しい言い方で指摘された。また、別のある人からは「今日のことは書いたらあかんで」と釘を刺される。なので内容については伏せることにする。産別交流会と青年交流会・学生交流会などが行われ、その内の一つに参加した。発言者はみんな元気であったとだけ述べておく。でもって、受付をしていた高校の同級生にまたしても態度をハッキリしろと言われてしまう。どっちつかずで申し訳ないなあと思いつつ、やはり簡単に判断が付かない。

Dscf0001  8・6当日の朝は7時に東千田公園に集合して朝デモである。平和記念式典に核武装論者である福田が出席して「哀悼の意」を表すなどと言う、被爆者を愚弄した行為を弾劾するためである。このようなことを許しては被爆者を「英霊」化することに繋がる。10・20を共に闘った戦友に挨拶すると「アッテンボロー、こんな所に来てええんか」と言われてしまう。やはり中途半端であることがいけないようだ。この戦友からは夕方の解散の時にも「どっちかハッキリしろや。でないと、両方からスパイやと思われるぞ」と忠告を受けた。そうこうする内に全逓の仲間が話しかけてくれた。何年も会っていなかったが温かい声を掛けてくれた。デモは中国電力の前を通り、原発反対で座り込んでいた人々にエールを送った。記念式典会場には機動隊の規制のために近寄れず、平和公園の対岸からシュプレヒコールを揚げて福田を弾劾する。平和公園にいる人々が圧倒的注目を寄せる。毎年記念式典弾劾闘争が闘われ、被爆者「英霊」化に対して抵抗しているのだ。(ブログを御覧になった被爆者青年同盟の方から訂正の申しいれがあったので私の認識が甘かったことを恥、メールの内容を補足として付け加えます。 「祈念式典弾劾は『抵抗』ではありません。
強い方向性を体現する行動です。
抵抗などというレベルではない文字通り命を削り血を吐く闘いを被爆者は闘ってきた63年です。
それを『祀り倒す』ことで、野望に利用する帝国主義者どもへの強烈な宣戦布告であり、弾劾のメッセージです。」

Dscf0005  その後平和記念資料館を見学し、午後0時半から始まるヒロシマ大行動の会場に行った。県立総合体育館の小アリーナが会場である。以前は大アリーナで開催していたから、分裂の余波で小さい会場になったのであろうか。(同じく被青同の方のご指摘「大行動の会場は大アリーナは使用したことはありません。
原水禁・協のいずれかが毎年大アリーナを使用するからです。
満杯にならなくてもね。

ですから、分裂の余波で小アリーナになったわけではありませんし、参加人数も昨年を実数で下回ってはいませんよ、今年。
なによりも新たな結集が平日にも拘らず増えています。」 
私の記憶違いかも知れないのだが10年前、9年前は大アリーナだったような記憶がある。確か三一書房労組が会社側によるロックアウト攻撃を受けて、倉庫を占拠して在庫の書籍を販売して闘争資金にしたことがあったように思うのだが。) 
会場に着いたときにはオープニングとして「ヨッシーとジュゴンの家」というバンドの演奏が行われていた。開始時間には司会の紹介が行われセイブ・ザ・イラクチルドレン広島代表と広島連帯ユニオン草津病院支部執行委員長が司会挨拶をした。また手話通訳はNPO手話センターひろしまの方が二人で当たっていた。開会の挨拶を広島大学名誉教授が行い、被爆者の怒りと言うことで栗原貞子さんの詩の朗読が行われた。朗読したのは平和大好き・輝く女達の会の方である。また反戦被爆者の会の方、全国被爆者青年同盟委員長の発言もあった。基調提起を8・6ヒロシマ大行動事務局が行い、国際連帯としてイラクの医師のメッセージ紹介とアメリカの教育労働者の発言とがあった。

Dscf0023  カンパアピールを被爆三世の在日の方が行った後、決意の表明に移った。国鉄労働者として動労千葉の田中委員長と国労九州小倉地区闘争団の労働者であり鉄建公団訴訟原告・国労5・27臨大闘争弾圧被告の方が発言に立った。教育労働者として根津公子さん、河原井純子さんという「君が代」不起立を闘い抜いているお二方と、広島県教組の青年部員が発言した。自治体労働者からは岩国市の労働者、郵政からは岡山マスカットユニオンの書記長が、そして学生の決意を広島大学の学生が行った。集会アピールの採択を高陽第一診療所労働組合執行委員長が行った。まとめの提起として閉会の挨拶を元参院議員の栗原君子さんが行い、行動提起を8・6ヒロシマ大行動事務局長が行った。

Dscf0024  集会後のデモに出発となったとき、私は後ろの方にでも付いていこうと思ったのであるが、息子が学生・青年の隊列に入りたいと言い出して、結局若者に混じって中年のオッサンがデモをすることになった。若者の隊列の横には乱闘服姿の機動隊が並進規制を行っていたのであるが、息子ときたらマルキの盾を蹴飛ばすは、体当たりするは好き放題暴れていた。周囲の人も褒めてくれたので余計に調子に乗ってしまった。勝手にゲバをする奴は統制を乱すので困るのであるが・・・ 今の内は子供のイタズラで済むから良いものの、もう少し大きくなったらしっかり注意しないといけない。

Dscf0030  そして、何故か全学連の学生に懐いてしまい、「お兄ちゃん」と言って腕にしがみつくのである。デモ解散地点では全学連の学生に混じって委員長と一緒に肩を組んでインターナショナルを歌う始末である。 更には学生さん達と一緒になって記念撮影までしてしまった。息子は「広島は楽しかった」と大満足であった。

Banner_02_1 宜しければクリックして下さい。 人気blogランキングへ

 

| | コメント (23) | トラックバック (8)

2008年8月 5日 (火)

いざヒロシマへ

先程新幹線に乗車して、明日の8・6ヒロシマ大行動に参加すべく西進中である。

昨夜被爆者青年同盟のblogをざっと読んで簡単な予習をしていたら、パソコンが急に調子悪くなった。おかげでチャットしていた相手とも挨拶無しに会話が中断するし、自分のblogのコメントに返事を書く事も出来なかった。

帰宅するのは明日の夜遅くなるので、ヒロシマ大行動の報告を掲載出来るのは7日になってからになるだろう。コメントへの返事もそれくらいの時間かと思われる。

| | コメント (0) | トラックバック (4)

2008年8月 4日 (月)

中間派の道は難しい

 今日は午後から息子と一緒に市営プールに行ってきた。夏休み前から連れて行けと度々言われていたためである。こんな事を書くと「今日は革共同政治集会に参加する筈ではなかったのか」と言われそうである。実は昨日中央派の人から電話がかかってきて「集会にはこんとき」と言い渡されたのである。関西派の政治集会報告を克明にしたことが問題になったのだそうだ。一番の問題は防衛上のことであろう。対権力の関係で革共同政治集会では集会解散時にレジュメを回収するなどしていたし、カクマルが仕掛けた盗聴器を摘発するということも度々有った。ICレコーダーを会場に持ち込んで録音するという行為がいけないのだろうと思っている。別段、関西派の政治集会では隠れて録音したわけではない。シャツの胸ポケットに入れて堂々と記録していたが、誰にも咎められなかった。

 関西派は防衛上の配慮より公開性を重視していたようで、他党派の活動家を招待したりしていた。多分その関係で関西派は録音について何も言ってこないのだろう。また、ホームページを開設していないから私のブログで公開すれば宣伝になるという判断も有ったのかもしれない。だが中央派の場合は対権力・対他党派の防衛を優先しているということだろう。出来れば中央派の革共同政治集会にも参加して両派の主張を聞き比べたかったので、残念なことである。

 二番目の問題は克明な報告記事で関西派・革共同再建協議会の主張を公開したことで、中央派の人たちの一部には「あいつは塩川派じゃないか」という声も上がっているようだ。「塩川派」と言うのは中央派からする関西派の呼び方である。今までにも何度か主張しているのだが、私は中央派と関西派のどちらかを選択することが出来ない状態である。ある問題については中央派が正しいと思えるし、別の問題では関西派の主張にうなづいている。宙ぶらりんなのである。だが、今現在中間・中立の立場をとっている人は結構居るはずだ。ロシア革命における「メジライオンツィ」みたいな存在が居てもいいと思うのだ。「メジライオンツィ」はロシア社会民主労働党の中でレーニン率いるボリシェビキでもなく、マルトフらのメンシェビキでもない中間派で、指導者はトロツキーであった。10月革命に向かう過程でボリシェビキに合流して行った。最後の段階で革命派になった人々だ。革共同の第四次分裂においても同じような事があってもいいと思う。

 「メジライオンツィ」を最後まで日和見していたという評価をする向きもあるかもしれないが、肯定的な評価をする場合、直ぐにボリシェビキを選択することが出来なかった人々をメンシェビキという反革命勢力に行かせないで引き止めていたと言うことだ。出来るだけ中立の立場で中央派と関西派のそれぞれの主張や運動実践を見聞きすることで将来の革命情勢に備えたいというのが私の考えだ。そして幸いなことに今の私は双方の大衆集会には参加できている。折角だから自分の経験をブログを通じて一人でも多くの人に共有してもらいたいと思う。只、運動や組織を防衛するという問題で私の中で武装解除が進んでいることは克服する必要が有るだろう。

Banner_02_1 宜しければクリックして下さい。 人気blogランキングへ

| | コメント (11) | トラックバック (2)

2008年8月 2日 (土)

7・27革共同政治集会(関西派・革共同再建協議会)後編

Dscf0001  おことわり。文中「広島差別事件」の表記がカタカナでなされていた部分を漢字に改めました。カタカナで表現するのは8・6ヒロシマに関連するとの誤解を招くとの指摘を受けたためです。変換をする際に、第一候補として出てきた表記を安易に使用し、表現内容に付いての考察が抜けていたことを反省します。

 革共同再建協議会からは特別報告が行われた。

 最初に、先日全国から結集した同志によって革命的共産主義者同盟の再建をめざす全国協議会が結成された。1、2年をへて日本革命の責任党派として革共同を何としても再建する。現在革共同の名を掠め取っている安田派を打倒し、改憲阻止決戦の中で第一党派を目指す。そして正式の党大会を行い革共同を再建する。その為にこの1年、共に全力を尽くそう。

 安田派を打倒し革共同を奪還しよう。安田派中央は革命運動からの脱落・逃亡集団に転落しました。革命運動と階級闘争の妨害者になりはてている。もはやこの集団に革共同再生の芽はない。自らの内から安田派を生み出した痛苦な反省をテコに、革共同の全歴史を検証し、新たな革共同を再建しなければならない。あらゆる大衆闘争と統一戦線を破壊している安田派が、これ以上革共同の名を騙ることを許せば、反スターリン主義・革命的共産主義運動への絶望を生み出す。安田派がここまでの転落を深めたのは06年の3・14決起に打撃を受け、それに対する反動的敵対を強めたからだ。今日では反革命カクマル打倒を諦め、その闘いから脱落・逃亡している。自らをカクマルと一体化させ、それと同質の存在に純化することで延命を図っている。カクマルの本体である松崎・JR総連カクマルを批判できない。松崎が「松崎秘録」で動労千葉の中野洋顧問を4回も5回も名指しして一緒にやりたいと言っている。「そもそも彼は俺がオルグしたんだ」等と言っているのに松崎を正面の敵と断じて闘わない理由である。安田派が国鉄闘争、1047名闘争に絶望し、5・27臨大闘争弾圧裁判も分裂させたのも、カクマルに対する屈服、労働戦線の帝国主義的再編に対する反撃の闘いからの逃亡にある。

 スターリン主義、カクマル、安田派の3者は、共に革命運動の反動的妨害物。安田派はスターリン主義反革命のように物質的基盤としての支配国家・社会体制を持たない。カクマルと同様労働運動を基盤としている。前2者は民間運動形式を取る反革命として登場してきた。処が安田派は動労千葉を賛美し、防衛するだけだ。安田派が前2者と異なる点は、勝利した革命、或いは革命的闘いへの内部からの反動として登場してきたのではない。安田は2は「粉砕」すべき「革命」が最初から存在しない。彼らが反革命的勢力を編成する力など持たない脆弱な存在であるのはこの事が根拠である。反革命に成りたくとも成れないのだ。

 安田派的変質は、01年の革共同第6回大会に始まった。今から考えると対カクマル戦争からの逃亡を宣言したのがこの大会だった。カクマル黒田の哲学を批判することでカクマルに勝利したという観念論しかない。対カクマル戦からの逃亡は、国鉄闘争での急速な展望喪失として現れた。この事がスパイ問題を階級・大衆の前に隠蔽したり、資本と権力の弾圧に対して「解雇は勝利」「弾圧有り難う」これは彼らの「共産主義者」に実際に書いてある。冗談で言っているのではない。敗北主義と闘争放棄につながる。三里塚闘争への敵対・破壊・分裂の策動、広島部落差別事件への開き直りは、もはや労働者の党とは言えないものに変質している。

 革共同再建の展望はどこにあるか。安田派は革命運動の反動的妨害集団であって、もはや変革、再生は不可能だ。革共同に人生をかけて、永年闘ってきた我々自身の総括と反省をかけて、切迫しつつある新たな世界革命、21世紀革命と2010年改憲阻止決戦の嵐のような戦闘的大衆運動と革命的大衆行動の爆発の中に安田派を引きずり込み、綱領的・政治的・イデオロギー的に追い詰め、解体していく。革共同に思いを寄せつつ安田派に留まっている同志達にも安田派からの決別を促し、我々全員がこの闘いの先頭に立つことが革共同を奪還する道だ。59年に僅か20人ほどで革共同第二次分裂を闘った故本多書記長を先頭とする革共同全国委員会の先輩達は60年安保闘争の先頭に立つことによって、わずか20人が1年半の闘いで西分派を圧倒し、60年安保ブントの全分派を、全ての革命的左翼を糾合し、階級闘争の首座に躍り出た。そう言う闘いを今から始めよう。

 21世紀革命の綱領を我々は準備していかないといけない。20世紀は1度の革命、2度の世界戦争、3度の革命情勢、2波の民族解放闘争の大高揚、1度の大恐慌と現在まで続く農業恐慌を経験した。90年代以降のスターリン主義の破産と帝国主義の危機の深化の中で、今21世紀野世界は労働者人民の困苦の増大、絶えざる叛乱・暴動、ストライキと街頭での衝突と言った革命的情勢の始まりを迎えている。21世紀の課題は、帝国主義の世界支配を根底から打倒し、プロレタリア世界革命を速やかに達成し、共産主義社会への人類史的移行を実現することだ。基本的生産関係において自らの労働力を商品として売らなければ生きていけない一個の階級、非人間的な搾取・抑圧を最も受けているが故に、全ての階級の解放の中にのみ自らの解放がある唯一の階級としてのプロレタリアートが、自己解放、普遍的人間解放の主体としてこの世界に立ち向かうことが勝利の展望を切り開く。

 我々の世界革命の綱領は反帝国主義反スターリン主義である。帝国主義段階・ロシア革命によって切り開かれた世界革命の過渡期・国際階級闘争のスターリン主義的変質と世界の「帝国主義とスターリン主義の世界化」帝国主義とスターリン主義の戦後世界体制の全面的危機・戦争の危機の深まり、実際に恒常的に戦争が行われている。これが我々が変革すべき現代社会の目録であり、反帝国主義・反スターリン主義こそ世界革命の唯一の綱領的立場だ。

 現代帝国主義の70年代以降の新自由主義攻撃。74,5年恐慌で戦後帝国主義の過剰生産・過剰生産能力が全面的に露呈し、他方でベトナム革命と67年10・8羽田闘争が世界史的に切り開いた地平、勿論全世界的には68年のフランスの大激動・大激闘がある、と、民族解放=革命戦争の中期的高揚、ギニア・ビサウ・イラン革命やパレスチナ解放闘争などによって世界支配の危機に立った帝国主義は全面的巻き返しを、市場万能、規制緩和、労働者階級への階級支配の転換と金融資本の権力の復活と再興、新植民地主義体制諸国への略奪的収奪と再植民地化の攻撃として開始する。レーガン政権を中心とする80年代の帝国主義が、対スターリン主義対決=帝国主義間争闘戦として展開した。

 安田派は現代世界の対抗基軸を、帝国主義対スターリン主義、帝国主義対帝国主義の力学的対立としか見ていない。70年代以降の帝国主義の階級支配の転換、それによる帝国主義対労働者人民の対立の基軸性が抑えられていない。工場法以前の状態に世界史を200年も逆転させる様な労働者階級への階級支配の転換、資本の逆襲を先ず基軸的に捉える必要がある。ドル危機と帝間争闘戦の爆発にしか危機を見ない安田派の情勢認識は現代の戦争の性格も変容していることが捉えられない。恒常的或いは長期の対テロ戦争、国内治安と対外軍事問題の一体化。帝国主義本国にまで持ち込まれた民族解放・革命戦争、これが現代の戦争の基本問題。安田派のように「帝国主義は帝国主義である限り第3次世界大戦へと突き進むしかない」と客観主義的に構えていては話にならない。

 第6回大会の到達点と限界性。01年9月11日の米帝本国での民族解放・革命戦争の極限的爆発が起こり、第6回大会の情勢論、世界認識は破産した。篆刻主義本国での内乱、しかも民族解放=革命戦争の帝国主義本国での爆発、ムスリム人民の自己解放を求める武装闘争の全世界的爆発が、現代革命において決定的な位置を持つ。しかるに6回大会は、焦点としてのイラク・イラン・アフガニスタンについては全く一言も触れていない。また、01年には小泉と対決しない方針をとって都議選に敗北している。小泉の支持率が80%もあるから批判しないという間違った方針。現代帝国主義の新自由主義攻撃を全く見失っていたという点で両者は共通している。

 我々はサミット闘争を闘うことで世界革命の新しい息吹に触れ、日本の労働者階級に何が足りないかを学んだ。サミット闘争を通じて我々が掴んだ現代革命は、労働者階級こそ切り開くことが出来る。プロレタリアートこそ革命の主体、指導的階級であり、その団結が決定的に重要。人口の圧倒的多数を占め、基本的生産関係の担い手は、現代こそプロレタリアート。革命を実現して社会的生産を共産主義的に組織するのも革命のために党を作るのもプロレタリアート。安田派のように、プロレタリアートを自分の利益、自分の解放だけに追求する卑小な存在にしてしまうことはプロレタリアートの世界史的氏名を辱めるもの。我々は今こそ労働者階級の党を作り、賃労働・資本関係を通して労働者が働く職場の組織化、その叛乱と決起に、仲間を決して裏切らない関係の形成に。そして差別・抑圧と階級分断支配の問題、農民・農業問題などを闘うこと、そして何よりも労働運動と戦闘的労働組合の再建に全力を挙げなければならない。

 その為には青年の獲得に全力を挙げる必要がある。先日の釜ヶ先の暴動的決起では16歳、17歳の青年が立ち上がっていた。青年の決起論。レーニンの引用にあるが(レジュメではレーニンの引用が書かれていた)青年の組織化をメンシェビキに取られるような者は銃殺にしろと有る。そう言う気概を持って我々は闘うんだ。

 結論。2010年の改憲阻止決戦に向けて。2010年は日本の階級闘争と改憲阻止決戦にとって極めて重要な年となる。第1に、2010年は60年安保改定の50周年であり、半世紀を経て改憲阻止決戦が全人民的課題として大きく浮かび上がる。第2に、2010年は日帝による朝鮮併合100周年。1世紀を経て日本の革命的共産主義運動が被抑圧人民、朝鮮人民に信頼される革命運動であるかどうかが問われる。第3に、2010年の5月以降、何時でも改憲の発議が出来ると反動的国民投票法に定められている。敵階級の側からも労働者人民の側からも、この年が目標となることは確実である。第4にこの年にアジア太平洋経済協力会議が日本で開かれる。それまでに2009年中にも新安保共同宣言を発出すべきだという論議が日米政権内で持ち上がっている。因みに前回の日米共同宣言は1996年に出された。防衛大綱の見直しも予定されている。在日米軍経費の見直し。2010年を巡って、60年、70年を超え、戦後革命期を上回る革命的激動が始まろうとしている。我が再建協議会は、職場・地域・戦線で、この運動の先頭に立ち、改憲阻止の大統一戦線を築き上げよう。

 現代革命に勝利できる労働者階級の党を建設しよう。革共同を再生するために先ず、共産主義者、労働者共産主義者の存在、決意と団結の中に革命党の核心があることを確認したい。労働者細胞、特に工場細胞を重視したい。細胞というのは地域にも戦線にも、機関にも出来るが、工場細胞に根ざした党というのがレーニンが唱えた党であるし、我々が三全総で目指した党である。これを捨象して闘うことは出来ない。結論。今秋の福田政権打倒闘争を改憲決戦の一大突破口に。今秋闘争を展望する場合、9・11のようなことがこの日本で今日明日にも起こるような事がある。この中でこの秋の闘いを行う。二つの重要な闘争。8・6のヒロシマ反戦闘争。もう一つは10・5三里塚現地闘争。この二つは日本の反戦闘争、住民闘争の重要な節目である。我々が政治勢力として登場する最初の節目、関門だ。この秋の闘いにおいて、本日の集会に結集した人が新しい人を結集して断固としてこの二つの闘争を打ち抜きたい。

 カンパアピールでは自立した共産主義者の党の建設のために圧倒的なカンパが呼びかけられた。関西新空港闘争における安田派による発言妨害に対する怒り、新空港闘争などどうでも良くなっている安田派の腐敗を断罪した。更に戦闘的労働運動を標榜しながら国労臨大闘争においては事務局員が関西党員総会に参加したことをもって解任し、それに反対した弁護士も解任し、分離公判を要求するという闘争破壊をしてのけた。彼らにとっては運動や闘争はどうでも良いのである。自分たちの党派的利害しか眼中にないと徹底的に批判した。

 続いて各戦線の報告に移り、最初に国鉄戦線の労働者が発言に立った。08年前半の最大の闘いとしてサミット決戦があった。神戸・大阪・京都・洞爺湖と闘い抜いた。サミット決戦を闘い抜くことで今秋決戦の展望を切り開いた。闘う闘争団断固支持を貫いて闘ってきた。地域の街頭宣伝、、2月神戸、3月の新大阪駅でのハンスト支援を闘い抜いた。全動労判決で不当労働行為、慰謝料認めた。鉄道運輸公団訴訟では反動判決。鉄建公団訴訟では和解勧告。5・27臨大闘争弾圧は革共同だけでなく全国鉄労働者・全労働者の問題だ。安田派は分離公判を要求したために裁判闘争は危機にある。職場闘争安全闘争について、分会闘争を丁寧に積み上げている。JR西日本の安全管理責任を追及し、春闘では要求を突きつけて闘った。革共同の歴史的総括、国鉄闘争の総括をやり抜き共に闘っていこうと結んだ。

 郵政労働者戦線からは、サミット決戦を20名の派遣団の一員として闘い抜いた労働者が発言した。安田派は動労千葉特化路線も貫徹出来なかった。自立した共産主義者、一人の共産主義者として闘う。民営郵政との対決では、安田派は民営化反対を唱えながら神矢さんを(全逓四・二八闘争元原告。解雇撤回を勝ち取り職場復帰を果たした労働者)排除した。民営化前にしたことは一週間前に個人的な超勤拒否闘争だけであった。10月1日には大阪中郵前で民営化反対の闘争を組んだが、安田派はこれもネグレクトした。JP労組は闘争を弾圧する体制である。制裁条項が格段に強化された。「全逓」のハチマキをしていたら組合から処分された。組織統合で支部再編が行われ、厳しい状況にあるが、関トラ闘争を支持し、郵政労働運動、戦闘的労働運動を牽引していく。

 教育労働者戦線からは「日の丸」「君が代」強制攻撃と真っ向から対決し、職場労働者・生徒の決起を勝ち取った労働者が発言に立った。91年5月テーゼ以来、職場に入ろうと努力してきたが、党の官僚的あり方では齟齬が生まれていた。3・14以後にようやく職場に入っていくことが出来た。その結果、労働者も生徒も殆どが卒業式で座った。教育労働者は日々の教育の労働に全てをかけて生きている。ここにリンクして憲法決戦を闘いたい。安田派は誹謗中傷しようと躍起になっている。追放するために全力で闘っていく。

 民間・合同労組の闘いは関西合同労組からなされた。6月に安田派の妨害を払いのけて定期大会を開催した。20代30代の青年労働者の多くは非正規労働者で、生活が出来ない。大企業は空前の利益を上げている。このような状況の中で東京(秋葉原)のような悲惨な事件が起きたと思う。現実に闘わなければ生きていけないと自覚した青年労働者が闘いに立ち上がっている。隣の労働者を組織し憲法改悪阻止に立ち上がるようにしたい。関西合同労組の組織拡大に全力を挙げる。

 医療福祉労働戦線の労働者からは、病院細胞の労働者が発言に立った。与田による官僚的支配の下にあったために多くの労働者が3・14決起に参加した。安田中央体制の腐敗は許せない。今まで支えてきたことを反省し、革共同奪還のために闘う。帝国主義は破綻している。貧困と飢餓を強制している。ここ数年で世界の人民の激しい怒りの標的とG8はなった。搾取・収奪は局限化している。漁民への搾取、被差別人民への抑圧。後期高齢者医療制度への怒り。厚労省の医療破壊攻撃。たらい回しで患者が死亡する。20万床の削減がなされようとしている。病院労働者はギリギリの状況で働いている。月12回の当直という状況。募集しても応募がない。安田派は労働者の怒りを執行部に向けようとするファシズム運動を組織しようとしている。コッソリ置きビラをしていることに対して職場委員会に来て文句を言ったらというと絶句している。福田政権に対する怒りも組織できないでいる。私たちはプロレタリア革命のために武装し闘う革共同を奪還する。革命情勢を革命に転化するために闘い抜く。

 決意表明として、最初に青年労働者が発言に立った。今多くの労働者が不安定雇用の下に置かれ団結を分断され、生活できないような賃金水準。全労働者の4人に一人がワーキングプア。青年層では2人に1人。トヨタなどの大企業は史上空前の経常利益。労働者が倒れてもまた雇えばいいと言う対応。労働者を極限的に搾取し、未来に展望を持てない。東京の秋葉原の事件を起こした青年労働者も5年間非正規労働者として転々としていた。大企業は利益を独占する一方で青年の生活を破壊してきた。小泉「改革」による労働者派遣法改悪などがある。犯罪に走るのもこれらの性である。労働運動が弱いから。共に団結し闘う労働運動を組織していく。改憲阻止闘争も頑張る。職場の闘いを下に改憲阻止闘争を闘う。その軸に青年労働者が立つようにする。

 女性解放戦線。帝国主義の支配は差別や分断を不可欠の要素としている。差別抑圧との闘いは改憲阻止闘争の重要な要素だ。被差別・被抑圧人民の組織化を断固として闘う。女性の解放無くして労働者の解放はない。同時に労働者の解放無くして女性の解放はない。一方のみを取り上げるのはマルクス主義の偽造だ。安田派は女性が女性差別に怒ることは反階級的だとして女性差別を煽っている。女性の組織化は進んでいないが、女性が置かれている現状。男性は家事を分担することで女性が新聞を読む時間もない現状を無くして下さい。政府が言うワークバランスは女性を家事と労働で極限的に搾取することである。女性が自立して生きていける十分な賃金と年金を要求しよう。女性の組織化のためには地域の取り組みが大切である。隣近所の女性が誰でも参加できる学習会や集会を組織しよう。公明党や共産党が強い地域でもやり抜こう。本物の女性解放闘争を作っていくチャンスである。共に担って下さい。

 障害者解放戦線からは、満腔の怒りをもって安田派の変質を弾劾した。7月テーゼで諸戦線を地区党に移行させようとする事が決別のきっかけである。7・7路線を放棄することだ。それが行き着いたのが広島差別事件である。差別を開き直る安田派を弾劾する。全国連の博治津差別事件糾弾に断固として連帯していく。安田派は毎年行ってきた「障害者」解放戦線の全国会議を一方的に中止した。更に「障害者」解放戦線の同志を一方的に除名してきた。「障害者」にとって差別抑圧と闘うことは死活をかけた問題だ。7・7を巡って決別したのは差別抑圧の問題のみ成らずプロレタリア革命の綱領的問題であるからだ。労働者の解放無くして被差別被抑圧人民の解放無し。被差別被抑圧人民の解放無くして労働者の解放無し。それを前者のみに一面化しているのが安田派。後者を切り捨てることに核心がある。労働者の特殊的解放が全人民の解放であると捏造している。広島差別事件に行き着き、糾弾権を否定するに至った。同じ事が4月の入管集会でも行われた。労働者を糾弾することがあってはならないとしている。

 教育指導要領に独島を日本領として明記しようとしているこの時に、差別抑圧との闘いを労働者階級の自己形成の柱に据える革共同の7・7自己批判の路線は益々重要性を増している。帝国主義の差別排外主義への労働者階級動員攻撃との対決が重要であるときにこの問題を取り上げると労働者階級への絶望を組織しているとか「血債主義」「糾弾主義」だ等と言うが、本当に労働者を信じていないのは安田派の方である。我々は労働者の自己解放性を確信しているし、だからこそ「障害者」は革共同に結集して闘ってきた。被差別人民の糾弾は労働者階級への決起の呼びかけであり、自己変革出来る階級として労働者階級を信じているから行うのだ。プロレタリア革命の指導的階級として階級形成する能力を持っているからこそ糾弾するのだ。安田派こそ労働者の自己変革能力を信じていない。

 本多書記長は述べている。「プロレタリア自己解放の闘いは、同時に人間が人間として全て解放されるという世界的な、全地球的な状態を作り出すことなくしてはあり得ない」全くその通りだと思う。だから我々は再建協議会に結集して闘い抜く。06年3・14決起の道を受け継ぎ全力で闘う。日帝打倒まで闘うことを決意して決意表明とします。

 星野再審棄却を弾劾する特別決議採択にあたり、再審棄却を知った直後の星野さんのメッセージが代読された。「全く、事実・真実を見ない不当な決定です。許せません。真実は、我々の側にあります。我々が目指すものの大きさを権力が圧殺しようとするのは無理です。我々の目指すものの大きさと正しさ、その二つで再審実現を目指して闘います。勝てる力が我々にはあります。1回2回で通るような再審ではないと思います。一番大切なのは、腐らないことです。我々の正しさに確信を持ち、力を数倍、数十倍にして第2次再審で勝利しましょう。08年7月16日 星野文昭」(星野さんは71年の渋谷暴動闘争において機動隊員一名が死亡したことについて、不当なでっち上げ裁判が行われ、無実の罪で無期懲役刑を言い渡され33年間囚われの身となっている。日共スターリン主義の頭目であった宮本顕治の「獄中12年」を遙かに超える期間を非転向で闘い抜いている。)

 スローガンの採択が行われ、以下の6つのスローガンが採択された。「自衛隊海外派兵恒久法を粉砕しよう! 戦争国家化攻撃を粉砕し、改憲を阻止しよう!」「自衛隊のイラク・アフガニスタンからの即時撤兵を!」「貧困と格差社会をうちやぶる戦闘的労働運動をつくりだそう!」「後期高齢者医療制度、『障害者』自立支援法の撤廃を! 社会保障の解体反対!」「差別主義・排外主義に転落し、あらゆる大衆闘争と統一戦線を破壊する安田・清水体制を打倒しよう!」「革共同の歴史的総括をやりぬき、反帝国主義・反スターリン主義世界革命党を建設しよう!」

 集会の最後に団結頑張ろうとインターナショナル斉唱が行われた。そして集会の参加者は310名、カンパは116385円と報告された。

 日付が変わる前に掲載したかったが、間に合わなかった。集会に参加しての印象は、他党派の現役活動家・元活動家が多く参加していたと言うことだ。関西派・革共同再建協議会が統一戦線や共同闘争を重視している様子が如実にうかがえた。

Banner_02_1 宜しければクリックして下さい。 人気blogランキングへ

  

| | コメント (4) | トラックバック (4)

« 2008年7月 | トップページ | 2008年9月 »