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2008年9月23日 (火)

9・22三里塚関西集会

市東さんの農地を守ろう! 暫定滑走路北延伸阻止! アジアゲートウェイ構想を許すな! 10・5三里塚へ!

060  三里塚関西集会はエル・おおさかに於いて175名の参加で勝ち取られた。集会は関西実行委員会事務局次長安藤眞一さんの司会で始まった。参加者が集まるまでの間、足尾銅山の鉱毒事件と田中正造の生涯を描いた「襤褸の旗」(らんるのはた 1974年)が上映された。

 開会の挨拶は関西実行委員会世話人の山本善偉さんが行ない、3・30には1000人が三里塚に結集したが10・5には3000人を集めようと熱く語った。続いて連帯の挨拶として部落解放同盟全国連合会から発言があった。全国連は、三里塚闘争を闘う中でその隊列を形成し運動を作り上げてきたことから、市東さんの農地を取り上げようとしている政府・空港会社の攻撃に対して三里塚反対同盟と固く連帯して闘い抜く決意が表明された。そして狭山闘争について触れ、最高裁が第三次狭山再審の棄却を狙っていることについて徹底弾劾した。カドノ裁判長は名張毒ぶどう酒事件の再審を棄却し、バランスをとる形で別の事件の再審を最近認めたのであるが、これは狭山再審棄却のための布石であると捉えているのである。

 メッセージの紹介が行われ、安藤事務局次長が代読した。元関実世話人で現在は千葉に住んでいる森田恒一さんからはアジア侵略米軍基地として成田・関西両空港の整備が懸命に行われていること、成田新法で憲法無視の反対同盟潰し、常軌を逸した農地法拡大解釈による市東さんの農地取り上げ策動がなされている。9・22三里塚関西集会は政府・権力への重大な打撃であるとあった。反対同盟顧問弁護団事務局長の葉山岳夫さんからは福田政権退陣という情勢が全国の労働者・農民・市民の生きさせろという激しい怒りによって巻き起こされたのだということ、サブプライムローン破綻による金融恐慌・世界恐慌の時代が始まったこと。世界各地で資本主義延命のための侵略戦争が引き起こされており、イラク・アフガニスタンからイラン・グルジアへと拡大しようとしている。三里塚のB滑走路はこの情勢の中で延伸攻撃がある。市東さんの農地取り上げは侵略戦争の兵站基地づくりのためである。反対同盟の「農地死守」「一切の話し合い拒否」「労・農・学・市民の連帯した実力闘争」を大原則に43年間闘い抜き、勝利し、空港完成を阻んできた。市東さんの賃借農地を間違えた上農地法の悪用で取り上げようとしていることの法的間違いを指摘した。市東さんの耕作地を不法耕作と言いなしているが正当な行為であること、天神峰現地闘争本部の取り壊し・明け渡し攻撃と闘う裁判など弁護団がみんなとともに闘う決意と10・5三里塚への結集の呼びかけがあった。

062  特別報告として動労千葉の執行委員が労農連帯を貫いて闘い抜くとの発言があった。三里塚闘争開始当初から支援を貫いている動労千葉は、その闘いの中で国鉄分割民営化と真正面から対決する力を培った。85年ごろには約1000名ほどの組合員の五割、500人の動員も実現してきた。今現在国鉄1047名闘争は国労本部による裏切りによって幕引き策動が行われている。動労千葉を排除した4者4団体路線は間違っている。10・24今こそ政治決断を! JR採用差別問題の解決要求実現を目指す中央大集会」は首切りの張本人である冬柴国交大臣談話に縋り付いて泣訴する物であり、粉砕の対象であると言い切った。

 今回初めて行われた報告として関実の日常的な取り組みが紹介され、4人の発言があった。最初は三里塚現地の闘いを写真に克明に記録しているカメラマン、次いで三里塚写真展が述べ15回にわたり開催されたことの報告。三番目に三里塚野菜市の取り組みが地域と密着して根付き始めたこと、四番目に三里塚の野菜の産直運動を大きく巻き起こしていこうという取り組みが報告された。

065  三里塚現地報告とアピールとして三里塚反対同盟事務局次長萩原進さんが報告に立った。冒頭「襤褸の旗」について触れ、千葉県においても佐倉惣五郎の事例があり、農民の闘いが連綿としてて続いていることが語られた。江戸時代の凶作に際しても苛斂誅求な年貢取り立てに対して直訴が闘われ、惣五郎とその家族は勿論、惣五郎を渡し船で運んだ人間までが処刑された。戦前は戦前で農民の殆どが小作農であり、小作料の取り立てや赤紙による徴兵によって命まで奪われた。戦後の農地解放は農民の生きんが為の闘いの勝利の結果である。その中で市東さんの祖父は戦地に抑留されたために帰国が遅れ、結果として耕作地を解放させる手続きが出来ず小作農のままとなった。だが今の耕作地を開墾したのは市東さんの祖父であり故東一(とういち)さんである。

 天神峰部落は昔は60戸あったが今は6戸である。東峰部落は市東さん1戸だけになったが区長として対市交渉などを行っている。市東さんが農地死守で闘い抜いていることが国鉄労働者や自治体労働者・医療労働者などが戦争に動員されることを阻んでいる。農家の頭上40メートルをジェット機が飛び交うことで農民を追い出そうとしているが、そんなことには屈伏しないで営農を続け闘い抜く。三点の重要なポイントとして第1に本当に闘う勢力との連帯を勝ち取ること、第2と第3は忘れた。

 基調報告は関実代表世話人の永井満さんが行った。関実結成から31年になる。77年1月3日、戸村一作委員長が全国に檄を飛ばした。開港を阻止するために北総大地を100万の人民で埋めつくそうと。70年から三里塚と連帯してきたが、檄に答えるために労組・社会党の支部・学生団体などの間を党派がかっているとの中傷に負けずに駆けずり回った。そして2月に三里塚決戦100万動員全関西実行委員会を結成した。77年3月の全国集会では機動隊の妨害・弾圧を受けながらも三里塚第一公園から岩山大鉄塔までデモ行進を行い全ての参加者が到達した。すると倍する機動隊が包囲を狭めてきて一触即発の事態となった。その時大鉄塔の中段に登っていた戸村一作委員長は「攻撃してくるなら全ての仲間が鉄塔に昇り、人塔として闘おう」とアジテーションした。更に迫りくる機動隊に向けて「君たちの中にも農家の息子がいるだろう。今このときにも君たちの親は額に汗して農地を耕しているに違いない」と訴えかけた。すると機動隊の指揮者が何やら命令を出し、機動隊は引いて行った。おそらく多感な若い機動隊員に戸村さんの演説を聞かせたくなかったのであろう。そして万余の人民が三里塚に馳せ参じることを今こそ実現しようと訴えた。

 明石住民の会の方からカンパアピールが行われ、続いて決意の表明に移った。労組交流センターからはス労自主の組合員が発言を行った。ス労自主はエッソ・モービルの組合であり少し「過激」な組合で労使交渉なども少し「過激」に闘って来た。米帝の独占企業であるエッソ・モービルがそのような組合を放置しておくわけがなく、首切りや刑事弾圧など様々なことがあった。時に未来が分からないこともあった。77年か8年に三里塚に初めて参加したとき、この闘いを見て展望が拓けた。三里塚闘争勝利のために現地に駆けつけると述べた。学生を代表して全学連から元気の良いアジテーションがされた。学生は三里塚闘争勝利のために断固として闘う決意であること、国鉄1047名闘争の幕引きに繋がる10・24集会は許せないとのこと、過日行われた全学連大会は参加者の実に半数が初参加であったこと、06年3月14日以来88名の逮捕者と22名の起訴という大弾圧を受けながらも闘いが前進していることが報告された。

068  集会のまとめと団結ガンバロー三唱は関実事務局次長で泉佐野市議の国賀祥司さんが行った。

 集会の前後に、何人かの人から録音するなと注意された。先日「現代革命論争資料蒐集」サイトに掲載された革共同中央派の8月党員集会の第一報告を読んでいるので「権力のスパイ」として処刑される様な不名誉な死に方だけはしたくない。だから今日の集会では録音もしなければメモも取らなかった。報告記事の中で事実誤認があれば参加者の指摘を待って訂正したい。

 追記 萩原さんであったか永井さんであったか、あるいはお二人ともであったか、三里塚の情勢は71年の土地収用法による行政代執行(機動隊の暴力行使による農地強奪)が収用法は失効した物の農地法の拡大解釈による代執行が行われかねないことを切々と訴えておられた。これを阻止するためにも今までに三里塚闘争に関わったすべての人々、そして全く新しい人々の現地結集を勝ち取る必要性が強調されていた。 

 追記の追記 萩原さんの発言で「襤褸の旗」に関連して、反対同盟が100単位のエキストラを動員していたこと、70年代後半の時期は34の団結小屋が三里塚にあった為夜毎に100単位での上映会が開催されていた。また35ミリフィルムは三里塚反対同盟が所有している物が唯一現存する物であること、ビデオはいくらか存在していること、また16ミリフィルムもあること。映写技師などの確保が必要であるが上映会を各地で開催しようという訴えも有った。上映会開催の訴えは司会であったと思う。

 更に追記 10・24国鉄集会の評価についてはこの記事では革共同中央派の見解・発言を要約して載せている。私の見解とは相違していることをお断りしておく。はっきり言って闘争団の中でも色々と温度差が有る様で一概に泣訴と決めつけることは出来ないと思う。国労闘争団の立場については「闘う国労闘争団を支援する会・中野さん激励会」を参照されたい。

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コメント

 千葉428さん、この集会は中央派も関西派も参加していました。お互いにヤジの応酬もなく整然とした集会でした。
 25日の反対同盟同盟員の逮捕、鈴木加世子さんのブログで知りました。「ごね得」発言と併せて許せない出来事です。しかし千葉版でさえ報道がないのですか。マスコミも権力者の広報機関として純化してきましたね。

投稿: アッテンボロー | 2008年9月26日 (金) 19時45分

 この集会は関西と中央が同席の集会だったのですか?私はてっきり関実イコール関西派なのかと思っていました。25の裁判集会で同盟員が逮捕されたようですが、「ごね得・・」と合わせて記事になるかと思ったのですが、千葉版にさえ記事はありませんでした。
 私も一泊だけしたことがありますが、何をしていたかは覚えていません。

投稿: 千葉428 | 2008年9月26日 (金) 15時12分

 harepandaさん、ご紹介のサイト拝見しました。麻生って本当に嫌な奴ですね。差別主義者そのものだ。

 反戦市民さん、ご指摘どうも有り難うございます。やはり簡単なメモ程度は取っておいた方が良い様ですね。昔と違って記憶力が低下していますのでメモ無し・録音無しで集会報告するのには限界が有ります。

 岩山大鉄塔は知らない世代なんです。防衛隊として泊まった経験は貴重ですね。

投稿: アッテンボロー | 2008年9月24日 (水) 23時06分

関実の旗の下に、一致団結したすばらしい集会でしたね。

第二に、北延伸の攻撃の正体は、反対同盟農民を崩そうとすることにある。そのことを耐え抜くことを通した43年の闘いが「農地死守」であり、北延伸を粉砕できる道がある。
第三に、市東さんの裁判を頂点とする裁判闘争を絶対的に勝ち抜いていく。何十年振りかで代執行が行われるかもしれない。これに立ち向かえるかどうかだ。10・5に決起してほしい。(引用)

永井さんの話『人塔』で・・・・昔、岩山大鉄塔に1晩だけですが『防衛隊』で泊まったことを思い出しした。半分寝てしまいましたが(笑)

投稿: 反戦市民 | 2008年9月24日 (水) 21時49分

http://harepanda.blog.so-net.ne.jp/2008-09-22 もよろしくです!麻生が、心から嫌いになれます。

投稿: harepanda | 2008年9月23日 (火) 16時28分

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