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2009年5月

2009年5月31日 (日)

追悼 栗本薫=中島梓さん

 独立開業に向けた準備のために東奔西走、寝食を忘れて飛び回っているために栗本さんの訃報は瀬戸さんのトラックバックで今夜知りました。
 思えば15~22才くらいでしょうか、革命運動に身を投じるまでは芥川龍之介と並んで好きな作家でした。(どういう基準なんでしょうね?)
 グインサーガに魔界水滸伝、伊集院大介シリーズに僕らシリーズ、「神州日月編」などの伝奇小説に「翼有るもの」などの耽美小説。「心中天の浦島」、スターウォーズをパロってルーク=ジョニーウォーカーなんてのが登場する小説。
 本当に楽しめました。
 「傭兵騎士団」(略称THK)で知り合った人々の中には、今でも年賀状のやりとりをしている人もいます。83年?のグインコンスタッフとしての日々は、浪人時代の一服の清涼剤でした。
 謹んで栗本薫さんのご冥福をお祈りします。

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2009年5月26日 (火)

無用の敵を作る

 「敵は作りたくない」 今お世話になっている処の直属の上司がそう言った。成る程と思った。今思えば敵を作りすぎた感がある。改題して「趣味と実益を兼ねたバイトについて」http://rounin40.cocolog-nifty.com/attenborow/2009/05/post-ee92.htmlとした物のことだが、問題点を指摘した上でじっくりと話し込むのが上策だっただろう。もしくは黙って距離を置くのが中策であった。ブログの記事にしたことで関係は拗れ、無用の敵を作ったという点で下の下策と言うしかない。軽率であったと反省している。

 どうも長年「革命か反革命か」「敵か味方か」という世界で暮らしていた習性か、味方でない物は敵だと簡単に決めつける傾向がある。これは現役諸氏の間でも同様であるようで、最近は「体制内かそうでないか」と言う二者択一となっている。レーニンは革命運動に参加してきていない労働者大衆のことを、確か「遅れてやってくる援軍」と言う表現を使って気長に待つことを諭していた。武装反革命に転落したカクマルのような転向分子に対しては情け容赦は必要ないが、そうではない、単に日和っているだけの人々、様子見をしている人々に対しては大きく構える必要があるだろう。

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簡易保険と社会保障制度についてメル友さんとの問答より

 閲覧の方が表現が良いかな? 誰にでも公開されているから、一度は見ておいた方が良いですよ。最近つくづく思うのは、世間が狭いと損をすると言うことですね。退職して昔の郵便局の良さが実体験で理解出来ました。郵政民営化反対をもっともっと声高く訴えるべきでしたね。生命保険一つを取ってみても、アリコなんかより遥によい商品でした。実は今日アリコの保険に入ろうと思って保険屋に行き、高いわ保証内容は悪いわで、病気の前に簡易保険の終身保険に入らなかったことを後悔しました。もう病気で入れないし、昔のような簡易保険はなくなりましたからね。かんぽ生命はタダの民間生保ですから。

 昔の郵便局の良さを知る人間としては、大したのは無いかな。

 例えば日本生命なんかの三大疾病特約は、ガンになると一日の入院保険金が15000出るけれど、普通の病気やケガだと一日5000円だけ。簡易保険なら盲腸で入院しても一日15000円。今日勧められたアリコの医療保険は一日10000円しか無くて、一回の入院で60日が限度で総額60万しか支払われない。簡易保険なら120日まで保障だから総額180万まで支払われる。ソニー生命も1入院で総額180万支払うけど、180日入院が必要。(注意 簡易保険の基本本金額1000万で契約し、入院特約を1000万付けた場合との比較。死亡時には病死1000万、災害死亡2000万、加入後1年半経過後に本人に重大過失の無い災害死亡2100万円の保険金。重度障害補償100~1000万。20年間の払込保険料総額約240万で100万円の満期。20代の時の私は月額保険料1万円未満でこの保障を得ていた) 

 総合的に見て簡易保険の方が上ですね。

 今有る物の中から比較的マシな物を選ぶしか有りませんね。

 アリコやAflacがテレビコマーシャルで安いと宣伝しているのは、一番安い部分だけを強調していますから、実際見積もりを取寄せたら目茶目茶高い、なんて事もよく有りますね。オマケに通販だとアフターサービスが悪いから、いざ入院だの不幸事だのという場合、素人は手続きの仕方が分らなくて右往左往しないとイケません。

 これは最近の自動車保険にも言える事で、中年で通勤に車を使わない人は大変安いのですが、若者やお年寄りが運転する場合はベラ棒に高くなる。日本の損保は若者やお年寄りでも自動車保険に入り易くする為に中年の保険料を少し高くしていました。この方が無保険の車が減るから全国民は助かります。アメリカは安い人と高い人との差が両極端だから、若者は自動車保険に入らない。結果として交通事故の被害者の保障が無い事も度々有ります。

 十数年前に自動車保険の「自由化」がアメリカの要求で始まった時は、この仕組みを丁寧に説明したら簡易保険に入るお客さんが沢山いましたよ。自動車保険が利かないなら生命保険で自己防衛しないと行けませんからね。

 社会保障が悪くなると、庶民は生命保険や損害保険を掛けて「自己責任」です。

 これを積極的に進めたのがアメリカ政府が日本政府に押付けた「年次改革要望書」ですね。日本の社会保障制度の解体と同時に簡易保険と郵便貯金の民営化が盛込まれていました。十数年前に当時の管理職が郵政局の会議で聞いて来て、職場の朝礼で教えてくれました。当時はまさかそんな愚かなマネはしまいと油断していましたが、自民党の大蔵族・厚生族や都市銀行・民間生保などにとっても郵貯・簡保は邪魔な存在でしたから、いつの間にか銀行協会なんかの支持を得た小泉が勢力を伸ばしてしまった。

 僕は「障害者自立支援法」の適用を受けて鬱病治療をしていますから、医療費の個人負担は1割で、月一回の受診料・薬代は約2500円です。普通の人は三割負担ですから7500円掛かります。これも昔は公務員共済や社会保険の被保険者は負担ゼロでした。国保は1割でしたが。更に言えば小泉政権時代に「障害者自立支援法」が作られて制度が改悪される迄は障害者の個人負担は5%だったんですよ。

 三年前に妻に脳大動脈瘤が見つかり、大学病院で一昨年手術しましたが、社会保険被保険者本人でしたから本来なら約80~90万掛かる処が9万円程で済みました。息子が小児特定疾患の認定を受ける腎臓病ですが、三年前は入院費の自己負担の上限が約2万5千円、通院が約6千円でした。一昨年は妻が病気で仕事を休んで傷病手当を受けていましたから、所得はゼロに近く、結果として妻も息子も医療費はタダです。

僕自身去年一月末に郵便局を病気退職していますが、退職の数ヶ月前から月額約17万円の傷病手当を受けていました。具合が良くなりましたから受給資格が残った状態で飲食店で働きだしたら、月に18日働いても手取りは15万有るか無しか。勿論社会保険には入れませんでした。

 歴代の自公連立政権が社会保障制度をガタガタに破壊しましたが、それでも公的保障はこれだけ有ります。昔はアリコやAflac等の医療保険なんか必要有りませんでした。国が面倒を見ていたんです。

 竹下登内閣(DAIGOの祖父)が消費税を導入した時の言い訳が、高齢化社会になっても社会保障制度を維持する為、でした。実際には法人税と高額所得者の最高税率を引き下げただけで、庶民の税負担が増大しました。社会保障制度は維持されないで次々削減されてしまいました。

 介護保険の導入、「後期高齢者医療制度」と称する姥捨山制度の開始。介護保険の時は、日雇い派遣や港湾業務への違法派遣を行なって行政処分を受けて廃業したグッドウィルの社長が「介護は金になる。介護サービスは金を払う時代だ」みたいな内容の発言をしていました。

 企業の金儲けのために社会保障制度を解体してきたのが中曽根内閣時代の臨調行革路線以来の自民党政治の在り方と言えるだろう。最も露骨に現れたのが小泉純一郎内閣時代の「改革」路線であったと言える。

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2009年5月23日 (土)

週刊ダイヤモンド特集 かんぽの宿だけじゃない! 日本郵政の暗部

090523_3  「週刊ダイヤモンド」が5月23日付の今週号で特集を組んでいる。 「かんぽの宿だけじゃない! 日本郵政の暗部」がそれだ。まだ全てに目を通したわけではないが、郵政上層部についての記事は人事の問題など非常に興味深い。また現場の荒廃に関しては元局員として周知の事実である。郵政内部では「伝送便」 「郵政ユニオン」 「人事交流=強制配転に反対する近畿郵政労働者の会」などのサイトで数年前から告発し続けている内容がそのまま記事になっただけである。ハッキリ言えばこの特集はまだまだ不十分である。小泉純一郎と手を組んで民営化過程で郵政に利権の数々を築いた連中が今現在何をしているかについての踏み込みが甘い。

 第一に日本郵政社長である西川善文はかんぽの宿問題で引責辞任が問われ、国民新党・社民党などが連名で刑事告発しているのであるが、出身母体である三井住友銀行のために何をしているのかが書かれていない。今現在の郵便局のATMの周囲に置いてあるクレジットカードのパンフレットを見て欲しい。ゆうちょ銀行の取扱商品として「JP BANK VISAカード」の物が置いてある。周知の通りこれは三井住友VISAカードの名称をゆうちょ銀行に変更しただけの物であり、三井住友フィナンシャルグループの商品である。民営化以前はセゾンカード・JCB・旧ダイエーグループのOMCなど様々なクレジットカードが十数社取り扱われていた。(これには郵政の外郭団体の取り扱いも含む) 一番人気があったのはセゾンカードで、年会費無料というのが好まれていた。各集配郵便局にはセゾンの販売員が1~2ヶ月に一度来局し、お客さんへの周知・勧誘を行っていた。

 今現在のJP BANK VISAカード一般カードは加入の初年度こそ年会費が無料であるが、2年目からは1312円の会費が必要だ。クレジットカードを所持している方なら周知の事実だが、年会費は付き合いの義理で作っただけのカードで使用しない場合であっても発生する。お客さんに対して三井住友の商品のみを販売するのである。国営時代はお客さんの好みで選べた物が今はそれが出来ない。更にこのカードに関しては郵政グループの全従業員が必ず1枚作るように命令が下りている。従わない職員は残らずチェックされ人事考課に反映される。厳しい局ではノルマの超過達成、局長・課長の出世のために契約社員やパートと言った非正規社員にまで強要しているという。持ち株会社(寄生虫会社)日本郵政約3,500名(連結ベースの従業員数は、約240,100名)・郵便局会社約116,100名・日本郵便(郵便屋さん)約97,200名(20年4月1日現在・ゆうちょ銀行約11,200名(2008年3月31日現在)・かんぽ生命約5,400名(開業日) 単純計算で233400人だが、日本郵便の主な子会社として JPエクスプレス株式会社(日通のペリカン便とゆうパックという赤字部門を切り捨てた宅配事業)・JPサンキュウグローバルロジスティクス株式会社・株式会社JPロジサービス・JPビズメール株式会社・株式会社JP物流パートナーズ・株式会社JPメディアダイレクト・日本郵便輸送株式会社が存在するし、郵便局会社には•郵便局ビジネスサポート株式会社という人材派遣会社(口入れ屋・ピンハネ屋)が存在する。連結ベースの従業員数は正社員なので、これに約20万の非正規社員が加わる。すでに日本郵便と郵便局会社では過半数が非正規社員なのである。

 240100人がJP BANK VISAカードを作った場合の年会費は3億1502万1200円である。非正規社員を含めて45万人とした場合には5億9040万円になる。既に西川は三井住友グループのためにこれだけの収入を確保しているわけだ。

 郵便局会社の取扱商品を見てみよう。郵便商品については日本郵便(郵便屋さん)、貯金商品についてはゆうちょ銀行、保険商品の殆どについてはかんぽ生命の代理店である。ここまでは元々の郵便局であり、日本郵政グループの商品である。民営化の過程で利権として乗り組んできたものとしては「週刊ダイヤモンド」が特の中で「進駐軍」と表現している。民間企業各社の商品がある。

 投資信託商品である「ますますくん」は野村證券の商品。郵便局の商品と勘違いして購入したお客さんは殆どが元本割れの目に遭っているが、郵便局と郵便局の渉外職員などには手数料収入が入るので、国営時代の国の機関による元本保証の定額貯金を解約させて「」ますますくん」を購入させる行為がまかり通っている。詳細は2チャンネル郵政板の「僕らはゆうちょ投信詐欺軍団2」を参照していただきたい。この他にも郵政板には内情を告発するスレッドが多数存在する。幸い私の場合病気のために証券外務員試験の勉強が出来なかったので、たった一人、ご希望によって投資信託販売資格を持つ職員を紹介した方以外には損をさせていない。

 保険業務ではバイク自賠責保険で、あいおい損害保険株式会社•朝日火災海上保険株式会社•AIU保険会社•共栄火災海上保険株式会社•セコム損害保険株式会社•株式会社損害保険ジャパン•大同火災海上保険株式会社•東京海上日動火災保険株式会社•日新火災海上保険株式会社•ニッセイ同和損害保険株式会社•日本興亜損害保険株式会社•富士火災海上保険株式会社•三井住友海上火災保険株式会社の商品を取り扱う。郵便局の自動車保険としては•あいおい損害保険株式会社•AIU保険会社•株式会社損害保険ジャパン•東京海上日動火災保険株式会社(幹事保険会社)•ニッセイ同和損害保険株式会社•日本興亜損害保険株式会社•三井住友海上火災保険株式会社の共同保険を取り扱う。ガン保険ではアフラックの代理店だ。持病のある方でも加入出来る「引き受け条件緩和型医療保険」は西川社長の出身母体である住友グループの住友生命の商品を販売している。法人(経営者)向け生命保険としては日本生命と東京海上日動あんしん生命の商品を取り扱っている。これら一連の代理店業務の結果、国営時代には民間生保の悪質な販売手口をお客さんに伝えて郵便局の顧客を守ってきたのが今では出来ない。近く一般向けの商品をかんぽ生命が日本生命と共同開発するという。

 「郵便局のお取り次ぎ」としてホームセキュリティのセコムとALSOK、光ファイバー接続がNTT東日本・NTT西日本・KDDI。この三つは元々郵政省管轄の国営事業だったから、郵政一家の身内であるとして仕方ない。引っ越しの日本通運は逓信省で有ったかの時代に創立した国営の運送会社で、これも又郵政一家の一員だ。アートコーポレーションは郵政互助会が職員向けの引っ越しサービスを行っていた時からのお付き合いだから、このへんは我慢出来る。ハウスクリーニングのダスキンはどうなんだ? 他所の支社の管内はどうか知らないが、近畿郵政局時代からそごう・大丸・三越・西武・JR伊勢丹のギフトを取り扱ってきて郵便関連職員に対してはノルマが掛かっていた。郵政事業庁の前後になると貯金・保険関係職員にまで押しつけてきた。私の場合、1999年の前後2年間に在籍していた保険担当の内務課長代理に、「お歳暮を買っていないのはお前だけだ」と面罵された。意地があるからその前からお勧めしていたお客さんに買っていただいて堂々と申し開きをした。「自分が買うものではなく、お客さんに買って貰うものです」 この課長代理は内務事務指導官としてご栄転し、今頃はどこかで局長をしているはずである。

 「週刊ダイヤモンド」特集には「進駐軍」全リストと題して日本郵政グループ各社の取締役・社外取締役の一覧と出身企業とが掲載されている。トヨタの場合、トヨタ自動車相談役で前日本経団連会長の奥田碩(おくだ ひろし)を日本郵政社外取締役、イタリアトヨタ社長の北村憲雄を日本郵便会長として送り込んできた。そしてトヨタシステムを郵政に売りつけたが実験局の越谷ではサービス残業が増えただけであった。製造業のマニュアルを無理矢理物流・金融サービスの郵便局に持ち込んでも混乱するだけである。郵政版トヨタシステムのことをJPS(Japan Post System「ジャパン・ポスト・システム」)と言うのだが、「一つの無駄をなくすために十の無駄を作る」と言われるほど現場での評判が悪い。実際心あるトヨタの職員が越谷郵便局前でビラ撒きをした。「おまえらトヨタシステムの本質を理解しているのか!!」という怒りに満ちた弾劾文であるという。残念ながら実物が手元にないので公表出来ないが、お持ちの方が提供してくだされば公開する。

 出身企業別に見てみると、やはり三井住友関連が非常に多い。日本郵政社長の西川善文が元住友銀行頭取・三井住友銀行頭取を歴任しているのを筆頭に、寺坂元之元スミセイ損保社長、横山邦夫元三井住友銀行、妹尾良昭元住友銀行・大和証券SMBC(三井住友フィナンシャルグループ)、清水弘之元三井不動産が居る。 郵便局会社には社長である寺坂元之、喜連元昭元三越(三井財閥系で三井グループ)・川村学元住友生命・日高信行元住友海上火災保険・三井不動産の清水弘之がここにも名前を連ねている。ゆうちょ銀行には副社長として福島純夫元住友銀行・大和証券SMBC、向井里希住友信託銀行、宇野輝元住友銀行・三井住友カード、村島正浩元三井住友銀行、かんぽ生命は副社長がニッセイ情報テクノロジーの宮嵜和夫、取締役には日本生命出身の井本浩、ニッセイ情報テクノロジーの杉本正彦と、事実上日本生命に乗っ取られたと言えるだろう。

 週刊ダイヤモンドの「進駐軍」全リストでは日本郵政の取締役19名中11名が外部出身者で、その内三井住友系が5名。日本郵便は16名中6名。郵便局は20名中9名でその内5名が三井住友系列。ゆうちょ銀行21名中13名が「進駐軍」で4名が三井住友系列。かんぽ生命は18名中8名が「進駐軍」で私が見る限り三井住友系列は居ない。しかし「年次改革要望書」を通じてアメリカ政府が圧力を掛けた結果、外資系保険会社のアイエヌジー生命保険・アクサ生命・アリコとの間で取扱商品が存在する。勿論企業の名前に「三井」とか「住友」と付いていないだけでそのグループに所属している企業は沢山存在する。

 三井住友系列というか、住友財閥は90年代から郵政民営化を方針化していたようで、住友生命のベテランセールスレディーが、97年の橋本行革・省庁再編の直後に「郵便局は必ず民営化される。あんたらお気の毒に」と発言していた。この小母さんは漢字生保のセールスレディーにしては珍しく勉強熱心な人で税理士資格を持っていて、顧客の中小企業や個人商店に対して無料で税務の申告をしていた。この小母さんに先見の明があっただけなのか、住友財閥の方針であったのかは確認出来ていないが、97年当時というのは全逓と全特とが必死になって民営化反対の取り組みを行い、どうにか押し返したと一安心していた時期である。全郵政は基本的に何もしなかった。さすがは御用二組。

 こうやってザッと見ただけでも郵政事業は民間企業の中でも小泉純一郎という財務省利権・厚生労働省利権の塊によって好き放題にされている。新しい仕事で行く先々で民営優勢に対する苦情を耳にする。全ては小泉・竹中路線によって国民の大多数が騙された結果である。「週刊ダイヤモンド」特集に対して執筆者の一人である岸博幸なる輩が「週刊ダイヤモンド特集『本郵政の暗部』に反論する」なる投稿を「ダイヤモンドオンライン」に寄せているが、出身が慶応であるから竹中の人脈の人間であろう。今更小泉・竹中を弁護したところで「引かれ者の小唄」に過ぎない。こやつの記事自体に詳細な事実が全くないのである。せめて事実でもって反論するが良い。小泉バリのイメージ操作に、そういついつまでも国民が騙され続けるとは思わないことだ。

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2009年5月20日 (水)

プロフィール更新

 1984年2月大学の合格発表の帰りに全日本学生自治会連合会(全学連)の街宣と第四インターの街宣に遭遇。全学連を選択。同年3月第一志望に落ちて二浪確定。受験勉強そっちのけに学生運動とバイトにいそしむ。結果85年3月に反戦派労働者になることを決意し地区党に配属。同年5月反戦青年委員会に加盟し、10・20三里塚交差点における市街戦に参加し逮捕される。残念ながら完全黙秘は貫徹出来なかったが非転向で23日間の勾留期間を満了し不起訴処分。

 86年10月郵便局の貯金保険課保険外務員として採用。96年か97年にマルクス主義青年労働者同盟(マル青労同)に加盟。99年3月郵政民営化の準備の一環である単独局総合担務導入により貯金外務員を兼務。2001年リストラ鬱病を発病し、長期病気休暇と休職を繰り返す。2008年1月末付けで病気退職。この間自棄になって酒と女に溺れ思想的に腐敗したために04年9月11日であったか12日付でマルクス主義青年労働者同盟から除名される。以後無党派。(マル青労同の規約では40歳の誕生日をもって、つまり04年5月で卒業であり、上部組織の革命的共産主義者同盟全国委員会には加盟していない。一体どこから除名されたのであろうか?)

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2009年5月19日 (火)

趣味と実益を兼ねたバイトについて

 営業さんから電話があったので削除。題名も変更。

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2009年5月18日 (月)

転載 法大学生活動家 根こそぎ逮捕!

★ 4月24日に恩田さん・倉岡さんら6名の学生が逮捕されたと思ったら、
★ 5月12日には全学連の織田陽介委員長、
★ 5月15日には「法政大学文化連盟」の斉藤委員長ら数名、
★ 5月16日には同じく文連の洞口さんが逮捕されてしまった。
 一体何人逮捕すれば気が済むんだ??


■ 法政大学を舞台にした一連の弾圧事件については、発端となった2006年3月14日の法大と警察が結託した弾圧を抜きにして語れない。学生らのデモ隊が事前の申請どおりに解散地点である法大構内に入ったところ、突然約200人の私服警官が襲いかかり、29人の学生が「建造物侵入罪」の容疑で逮捕されてしまった。つまり警察に届け出たとおりにデモを行ったのに逮捕されてしまったのである。この中には「学生証を掲示しながら」入構した法大生もいた。自分の大学の構内に入ったのに逮捕されてしまったのである。
 その後も法大は学生たちに退学・停学処分を繰り返し、警備会社を使ってビラ配布や情宣する学生たちに暴力を振るい、構内に警察を招きいれて学生を逮捕させるなど弾圧を繰り返している。昨年は19人の学生たちが拘留されていたが、今年1月に最後の1名が釈放された。しかしその3ヵ月後にまた弾圧が行われたのである。

■ ミクシィの日記にも書いたが4月24日の法政大学での抗議集会にて、「法政大学文化連盟」の恩田さん・倉岡さんら6人の学生が「東京都公安条例違反」及び「公務執行妨害」の容疑で逮捕された。そして拘留期限の5月15日、恩田さんと倉岡さんは「公安条例違反」から「建造物侵入・威力業務妨害」に切り換えて起訴されてしまった(他の4人は釈放)。
 集会の申請は行われていたが構内立ち入りは「無届」だったというのが逮捕の口実だが、機動隊からの警告を受けて最初の場所(門の前)に移動している。その直後の逮捕だったのである。
http://08bunren.blog25.fc2.com/blog-entry-501.html
 起訴の口実である「建造物侵入・威力業務妨害」も不当なものである。なぜ停学中の学生の入構を禁止するのか?大学に対する申し入れも諸手続きも不可能となるではないか。「威力業務妨害」については、「恩田さんのアジが校舎内の吹き抜けを通って教室まで響いたのが授業の邪魔だった」というのが大学と検察の主張なのかもしれない(詳細は不明)。
 そもそも退学・停学・入構禁止処分を繰り返して学生の授業を受ける権利を奪ってきた法大にこれを言う資格はない。授業の邪魔されたくなかったら多くの学生たちへの処分をすぐ解いて教室に座らせるべきじゃねえか?(それにこのとき多くの学生が教室を抜け出し、吹き抜けから恩田さんのアジを聞いていたという)
 逮捕したときの口実(申請には無かった場所に立ち入ったこと→公安条例違反)で立件するのは困難なため、容疑を切り換えたのだろう。つーか難癖を付けているに等しい。

■ 5月12日に行われた抗議デモでは、全学連の織田陽介委員長が「公務執行妨害」容疑で逮捕された。この日、機動隊が「車線を越えて機動隊がデモを圧縮し始めた」ので織田委員長が「デモの妨害をやめろ!」と抗議したところ「機動隊が逆ギレ、織田さんを突き飛ばし、もみ合い」になり、逮捕されてしまった。
http://08bunren.blog25.fc2.com/blog-entry-537.html
 俺も一回だけ(4月30日)法大デモに参加したことがあるが、この時も完全に左側車線の中で歩いているのに警官が微妙に肩を押し付けてきた。ワールドピースナウのデモで逮捕者が出たときも、警察からの執拗な挑発が行われたという。
http://www.asyura.com/0406/war57/msg/483.html
 このようにデモ隊を挑発し弾圧の口実を作り出すのが警察の毎度の手口のようだ。

■ 5月15日には弾圧被害者の新井さん、そして文化連盟の斉藤委員長ら数名が令状逮捕された。法大の門の横には「以下の者は退学及び停学中なので入構を禁じます ○山△男、□川◇子・・・」などというふざけた看板があるが、それを破壊した「暴力行為等処罰法」容疑だという。逮捕された全員が破壊行為を行ったわけではないが、その行為があったときそばにいた学生には、破壊の「共謀」が認められるというのだ。
http://08bunren.blog25.fc2.com/blog-entry-541.html
 この行為があったのは2月19日の出来事だというが、ならなぜもっと早く逮捕しないのだろうか?(学生による看板破壊については既に大学側から賠償請求がでているが・・・)だいたい、不当な処分を行った末に実名を晒して入構禁止するなど著しい人権侵害である。不当解雇された末に「当工場は解雇済みである鷹嘴タコ吉の入場を禁止します」なんて看板が立てられたら誰でも壊したくなるだろう。

■ 5月16日、「全国学生総決起集会in沖縄」に参加するために沖縄を訪れていた文連の洞口さんが突然逮捕された(容疑など詳細は不明)
http://www.zenshin.org/blog/2009/05/in-5.html
 洞口さんは譴責処分を受けていたが停学には至らず、自由に学内に出入りできる立場だったのだが・・・彼女は沖縄に発つ前に「成田で逮捕されるかもしれない」と語っていたそうだが、まさか沖縄で逮捕されるとは誰も予想できなかっただろう。法大弾圧被害者を支援してきた弁護士の接見にも大いに支障を来たす事態である。

■ 文連ブログや「法大生の会」http://hosei29.blog.shinobi.jp/にはまだUPされていないので言及は控えるが、他にも名の知られた学生活動家が逮捕されたらしい。文連のブログに顔や名前の出てくる学生たちはあらかた逮捕されたということだ。文連のブログ書く人がいなくなっちゃうじゃんかよ。
 要するに国家権力(警察・検察・裁判所)は、法大の学生運動の中心的・指導的人物を些細な行為をあげつらい逮捕し、運動を消滅させようとしているのだ。
 しかし学生たちは取調官・検察官から浴びせられる「暴行、暴言の嵐」http://08bunren.blog25.fc2.com/blog-entry-539.htmlに対し完全黙秘・非転向を貫いて闘っている。まだ逮捕されていない我々もともに闘わなければならない。
 中国の民主運動家の「逮捕されていない人は、逮捕された人のことを忘れてはならない」という言葉を噛みしめてみよう。
http://himadesu.seesaa.net/article/104420030.html

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2009年5月16日 (土)

首切り攻撃と闘う陣形を形成しよう!  (反対する会掲示板より転載)

  • 西宮東
  • 投稿日:2009/05/09 10:35
  • <堕落の極みのJP労組幹部>以上見てきたように世界恐慌は、郵政においても非正規、正規を問わず労働者に大変な困難をもたらしているし、これから更にもたらすであろう。この肝心な時にJP労組の幹部は何をしているか。JP資本のパートナーとして、ともに労働者を支配するために活動している。例えば、JPエクスプレスの問題では、「JPエクスプレス株式会社への出向手続きに関する了解事項」において、「出向内定者が出向予定者に満たない拠点について、出向候補者の内定状況について地方本部に情報提供し、出向数確保について対応方要請する」とあるように、JP労組の地方役員が出向拒否者に出向を受け入れるよう説得にあたるというのである。本来なら出向拒否が実現するように支援するのが労組の役割なのに、全く転倒した組合の姿だといわねばならない。営業活動についてはJP労組が日本郵政に提出した「郵政事業の成長と発展を展望した提言書」において全く下らない提言を行っている。すなわち「宝くじ年賀」の賞品開発の提言である。そして、それを受けて郵政は前倒しとして今年の「かもめーる」の賞品として「A賞20万円、C賞1万円」を実施したというのである。しかし、こんなものはいたずらに消費者の射幸心を刺激するだけのもので、労働組合が批判こそすれ提言などしてはならない代表格のものである。以上のように現在のJP労組は労働組合と呼ぶのも憚れるほど堕落しているが、これが郵政の最大の組合であり、日本の最大の民間労組であるのも現実である。したがって、現在の郵政労働者にとっての大きな課題はこのJP労組を闘う組合へと変えることである。この第2回大会を契機にJP労組の内部から闘う労働者の声を上げていこう。闘う労働者を全国大会へ送り出そう。

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    JPエクスプレスへの出向・配置転換攻撃と闘おう! (反対する会掲示板より転載)

  • 西宮東
  • 投稿日:2009/05/09 10:32
  • <JPエクスプレス設立の隠された狙い>そして、その端緒となるのが、ゆうパックとペリカン便の合併によるJPエクスプレスの誕生である。今年の4月から、それはペリカン便単独でその活動を開始しているが、ゆうパックとの統合は10月からで、現在郵政職場では、労働者の意向確認が行われている最中である。ここで我々が注意しなければならないのは、この統合が、業界第1位のクロネコヤマト、第2位の佐川急便と対抗するための合併という側面を持つと同時に、うまくいかなければ倒産、すなわち郵政資本や日通資本の宅配便分野からの撤退も見越したものであるということである。というのは、どちらも赤字の統合であり、今までは郵政資本と日通資本の下にあって赤字が表面に出ることは無かったのであるが、これからは独立した企業として市場の評価にさらされることになるからである。その出発が折からの恐慌下において始まったこともあり、赤字解消は極めて困難と考えられる。労働者にとっては極めて劣悪な労働条件(祭日の休みは無いし、休息時間も無く、昇給・昇格も無い)に加えて、雇用不安も伴うことになる。正にJPエクスプレスへの道は地獄への道である。と同時に忘れてはならないのはそれが近い将来の郵政職場の先取りでもあるということだ。

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    阪神淡路大震災と郵便局

     田舎の話ばかり書いているので少し都会の話をしよう。

     1995年1月17日未明、京阪神を阪神淡路大震災が襲った。Wikipediaによると死者:6,433名 行方不明者:3名 負傷者:43,792名の大規模災害だった。震災の被害や復旧の課程については既に色々な記録出版されているのだが、電力会社やガス会社は全国から復旧要員を派遣した。戦前戦中の国策の結果公共事業としての側面が強く残っているらだ。地震の報を聞いて郵便局の職場では誰とも無く被災地にカンパを送ろうという話が出てきた。勤務時間中の雑談だった。封筒を持って回ると中には1万円札や5千円札を入れる人もいて、殆どがお札だった。保険の募集成績の一番良い人間は小銭入れから数十円を入れた。数日後全逓本部の指導が降りてきて、被災地の組合員に送金することになった。当局も地震の2~3日後には郵便振替口座を移設して全国から義援金を集めた。勿論振り込み手数料はタダだ。Wikipediaには当時の郵政省の対応として4月20日に阪神・淡路大震災寄附金付切手を発行し9億4000万円を送ったくらいしか触れられていないのだが、郵便局も復興には協力した。倒壊した郵便局の業務を代行するために全国から移動郵便局車両が派遣された。衛星通信によって貯金や保険のオンライン取引が可能で、被災して所持金すらない人々の当座の生活費払い出しに役だった。地銀や信金などは規模が小さいために対応できなったし、全国展開している都銀でも車両の支店などは装備していない。また郵便局と民間金融金とでは貯金の原簿の管理の仕方が違っていて、郵便局は貯金事務センター、民間は支店ごとの口座管理になる。神戸貯金事務センター(当時。現在は大阪に統合)も被害を受けたが他の事務センターがバックアップすることが出来た。

     道路が各地で寸断されているので、トラックによる救援物資輸送は困難を極めた。郵政省は各地の郵便局に指令を出して郵便カブでのピストン輸送を行った。出張扱いで多くの職員が現地入りした。全逓は無給のボランティアを募集した。全逓の強い職場では金の出る出張扱いを断って組合の呼びかけに応じる人が多かった。専従役員を急遽増やして派遣したりもした。ある友達は1ヶ月の休暇を取って被災地入りしたが、管理職は理由も聞かなかったし、送り出す同僚は「頑張って来いよ」と言うだけで黙々と残った仕事を肩代わりした。今なら人手不足のために到底考えられていことだ。本来何に使っても良いはずの年次有給休暇を取る際でも管理職が用事をしつこく聞いてくる。同僚は長期休暇によるしわ寄せを嫌う。陸続と続くバイクの行列については東灘郵便局で貯金保険の渉外をしている高田知幸さんが「全逓調査時報」にレポートを記載している。「全逓調査時報」というのは組合が3ヶ月に一度の割合で発行していた部内の雑誌で今は廃刊になっている。高田さんは被災当時の記録を克明に残していたので震災を振り返るテレビの特集番組にも出演するなど、結構有名人らしい。郵便局でも被災後の郵便局の取り組みを記録した、確か「赤い郵便ポスト」という広報誌を窓口で配布していた。書籍としては未読だけれど白川書院新社から「赤いポスト白書―阪神・淡路大震災」と言う本が出ている。

     がれきの山、いつ倒壊するか分からない廃屋の上に付けられた被災者の転居先を、一つ一つ確認して歩く郵便局員の姿は全国ニュースにも流れた。学校などに設けられた避難所の隅々にまで救援物資は配達された。

     簡易保険に関しては震災数日後に死亡診断書を省略して支払えと言う通達が回ってきた。新聞報道で死亡の事実が分かれば、証書とハンコさえ有れば良いというのだ。焼け出されて証書すらなくなった人のためには再発行の手続きを簡略化した。貯金の手続きも似たような物だった。一切は被災者の生活支援が優先した。所持金もない人たちにはとても喜ばれた。郵便局員自身も被災者だったが避難所のテントから通って仕事をした。神戸新聞に「神戸新聞Q&Aサイト コミミ」と言うのがあって当時の様子を書き込んでいる人がいた。全文引用する。

    [投稿日時] 2009-01-10 11:30:27
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    投稿者 postちゃん さん

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    阪神・淡路の震災のときどうしていましたか?

    私は郵便局に勤めていて、周りの銀行も郵便局も潰れていて営業できない状況でした。被災者の方々のために窓口を開催しなければと」1月17日の当日から窓口を開けましたが、3台のATMは壊れているし、金庫が倒れて現金が出せないので近隣の郵便局からリュックにお金を詰めてバイクで運んでもらいましたが、停電のため、硬貨の計算が出来ず手で数えました。でも「ここの郵便局が開いていてよかった。娘の受験申込書を送らねばならなかったが何処も潰れていて」と涙混じりにお礼を言われたことが忘れられない。

    その後も職員たちと被災者に何が出来るかを考え、カレンダーを全国から取り寄せたり、仮設の被災者のために生活マップ、表札作りをしたり、時には仮設にぜんざいを作りに行ったものです。当時は職員全員が自分たちのことより被災者に少しでも役に立ちたいとの思いでいっぱいでした。
    (以上引用終わり)

     郵便局を含めて公務員官舎に避難できた人たちのことが叩かれた。仮設住宅の不足で行くところもない人に不公平だと言うことで。確かに中小企業や自営業者の人には不満があっただろうが、大企業の社宅に入った人については触れられなかった。

     85年の日航ジャンボ機墜落事故、04年の新潟県中越地震、05年のJR福知山線脱線事故、07年の新潟県中越沖地震。大規模災害のたびに死亡診断書の省略について通達が出ていたが、果たしていつまで続くだろう。

     「達」「通達」「公達」

     官公庁ではどこから出た命令かによって文書の呼び名が変わる。手元に郵政六法が有れば正確な名称が分かるけれど、記憶では「達」が本省、「通達」が地方郵政局。「公達」はどこからだっただろうか。郵政公社化の時に公務員ではあっても「官吏」ではなくなったので新しい命令文書は「達」などと言わなくなったし、民営化で公務員でもなくなったので今ではなんと言ったやら。ころころ変わるので仕事上の手続きですら把握できていない人間には分からない。

     goo辞書
    つうたつ 【通達】
    (名)スル(3)上級行政庁が下級行政庁に対し、細目的な職務事項や法律の解釈・判断の具体的指針を示し、行政上の処理の統一を期するために文書をもって発する指示通達。
    くんれい 【訓令】
    (名)スル上級官庁が所管の下級官庁に対して事務の方針や権限の行使などの基本に関する命令を発すること。また、その命令。
    こうたつ 【公達】
    官庁・役所からの通達。
    たっし 【達し】
    (1)官庁から一般人民、または上級官庁から下級官庁へ通知が出されること。また、その文書。ふれ。
    「その筋からお―があった」

     4時間かけてトラックバック先の記事を読み、URLをコピペしたのが一瞬で消えてしまった。(ノ_-。)

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    2009年5月13日 (水)

    退職させない郵便局

     郵政民営化の現場実態を暴露するという目的から逸れて、昨日は余計な記事を書いた。小泉・竹中の「改革」路線が一体何をしたのかを広く知って貰うことこそ自公連立政権打倒の早道だし、革命的左翼の陣営が体勢を立て直すまでの時間稼ぎに貢献出来ると思っているから昨日の記事は遠回りをしたことになる。実際には、国鉄分割民営化に協力して今日の格差社会作りに多大な貢献をしたファシスト反革命カクマルの本性を知って貰うのも間違いではないが、今はまだ郵政民営化の実情の方が先だろう。

     去年の1月末に私が退職した際には、14日頃に退職したいとの以降を局長に伝えた当日か翌日には、課長代理が机の中の物品を整理してしまい、二日後に局を訪れた時には空っぽであった。慰留もなく、3月末の勧奨退職を待てとの話も出なかった。分会長が出すなと命令し、同調する輩が居たために郵便局会社の誰一人として餞別すらなかった。郵便事業会社の場合会社が別になってしまったために私の退職を知らなかった人もいたから仕方ない。01年以来約7年、長期の病気休暇・休職と出勤とを繰り返していたから、やっかい払い出来て清々したというのが本音だろう。組合的に見ても本部の腐敗を暴いて弾劾するのだから困った存在であった。

     処が去年の秋か暮れあたりから風向きが変わり始めた。病気休暇・休職者の辞表を受け取らなくなってきたのだ。これは病気の人間に限らない。各地の郵便局で退職を認めないという動きが始まった。最初に知ったのは関東某県の無集配特定局の知り合いからで、職場で局長のパワーハラスメントにあって精神疾患となり、長期の病気休暇から休職となり、退職を考えた人とのやり取りの中だった。どうやら各地でこの様な動きがあるらしい。その人に聞いた話では関東某県だけで数人が辞めることが出来ずに苦しんでいるという。連休前には近畿の特定郵便局に勤める知り合いから同様の話を聞いた。詳しく聞いてみると局長課長は、退職者が出た場合人事考課が低い評価を受けるために辞めさせないのだという。病気退職の場合、親、若しくは主治医との面談がないと、退職は不可能との会社規定が出来たという。今現在、情報を収集している中ではこの規定は郵便局会社のみであるようで、郵便事業会社ではそのような事例はないらしい。病気に限らず民営化に向かう十数年の過程で、郵便局に嫌気をさして続々と退職者が出たのであるが、こういった中で病人ではない者についても退職させない事例を聞いた。

     先ず第一に、どの局でも人員削減によってベテランが居なくなり、業務が回らない。退職の後補充は非正規社員であることが殆どで、バイトもパートも安い時給なので直ぐに転職してしまう。契約社員もノルマがキツいために長続きしない。どちらも仕事を覚えてようやく戦力になった頃には居なくなる。当たり前の話だが不安定雇用の人間は少しでも条件が良ければそちらに行く。今では退職=欠員だ。何ヶ月も要員不足の職場が沢山ある。

     第二に顧客情報の流出を恐れているためだ。郵便局員は質量共に他の金融機関の数倍から十数倍の顧客データを保っている。卑近な例として私の場合で簡易保険の契約件数は月平均20件だった。年間200以上。99年の総合担務導入によって貯金外務も兼坦となったために、それ以降は貯金業務に時間を膨大に取られて激減した。それでも22年間の累計は3千数百件有る。漢字生保のセールスレディーが月3件のノルマをこなせずに続々退職するのとは訳が違う。しかもプロフィールに書いているように私の成績は近畿管内の保険外務員4600人中2000番程度だ。簡保のトップクラスがどれだけの顧客情報を持っているかは想像に難くない。郵貯についても同様だ。

     これが続々と民間金融機関に流出している。郵貯・簡保の衰退は著しい。昔90年代にアリコが日本で本格的に営業を開始した時にしたのが簡保のトップクラスを引き抜くことだった。短期間で強固な営業網を築くことが出来た。当時は個々の外務員が自分の過去の契約について自前で管理していたから、ノートやパソコンを持ち出してそのまま使えた。後に公務員の守秘義務違反と言うことで刑事罰を問われるようになり、それは無くなったが、個人情報保護法などが出来たところで頭の中のデータはそのままだ。良心的な簡保セールスマンは漢字生保のあくどい手口を知っているから基本的に途中採用をしている外資系に行く。ひらがな生保は叩き上げの損保セールスマンが中心だからあまり行かないようだ。アリコ・アフラックなどのトップクラスには簡保出身者が非常に多い。マニュライフ生命の場合全国ベストテンの半分が元局員で、郵便局時代より暮らしが楽になったと言っているらしい。

     郵便局に見切りを付けた人間が出て行くのは当たり前だ。私の場合局を辞めて健康を回復出来たし、局員時代以上に稼げそうな仕事を見つけた。勿論、個人事業主だから支援程度に拘わるにしても労働運動は出来ない。郵政民営化に向かう過程で大量の局員を病人にしておいて、健康回復の機会すら与えないために飼い殺しにするのが今の郵便局会社だ。辞める自由を返せ!! 健康を返せ!!

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    2009年5月12日 (火)

    市民感覚とカクマル

     「雑談日記(徒然なるままに、。)」のSOBAさんはどうも短気でそそっかしくてイケない。忠告のつもりで書き込んだコメントに激怒して私のブログをリンクから外して断交を宣言してきた。元々「世に倦む日々」のhessalonikeさんが郵政選挙の当時に「STOP THE KOIZUMI - 改革ファシズムを止めるブロガー同盟」と言うことを言い出して、それに参加しておられたのであるが、仲違いして離脱してしまった。ついで「カナダde日本語」の美爾依(みにー)さんがトラックバックピープルで「自民党」という項目を作り、「自 END」キャンペーンを始めるとこれにも参加したのだが、自分が作成したバナーの方が良いからそれを採用しろと押しつけるから嫌われてしまい、ここでも分派を作って「自民党政治」というのをトラックバックピープルで始めた。私は、別段どちらに与する気もなかったから両方に参加している。「いわゆる「左翼」のうじゃうじゃは正直なんだかなぁです。関係もねえし興味もないって事です。」と言うが、私もブロガーの中での些細な派閥争いに興味はない。

     家庭の事情など色々あってブログの更新が停滞していた時期にもこまめにトラックバックを送ってくれていたので、徹夜のバイトの後で眠たくてしょうがない時にもご要望の通り色々なバナーなどを載せたりしたのであるが、私は簡素な方が好きなので、このブログのデザイン上どうしても浮いてしまう。私はよっぽど時間がない時を覗いてトラックバックを送る際には対象記事を読んだ上なので、SOBAさんもこのブログを読んでくれているだろうと思っていたが、どうもそうではないらしい。「中核派と言われているアッテンボローさん」と書かれてしまった。プロフィールをクリックして貰えば一目瞭然なのだが「組合活動ではそこそこ有名で『中核派の兄ちゃん』で20年ほど通っていました。尤も現在は思想的腐敗が原因で除名されたので関係していません。」と書いているし、再度革命党派に結集して闘うべきかどうか等という悩みを書いているから、読んでいる人は私がどこの党派にも所属していないことは理解出来るはずだ。

     SOBAさんの記事に「自分のことをいわゆる「左翼」などと名乗ったことは今まで一度もありません。」と有るから、左翼運動、とりわけ革命運動や学生運動、労働運動に関する知識は皆無なのだろう。「郵便局関連の労働運動」というリンクを作っているのだが、少しでも郵政の労働運動を知っている人が見れば、ここには中核派の団体が唯の一つも無い事に気づくはずだ。中核派が参加している統一戦線が一つだけ有るが、ここは基本的に何でも有りだから組合自体が旧全逓・旧全郵政・郵政ユニオンの寄り合い所帯だ。共産党系の郵産労が参加してくれたら万々歳と言える。「三里塚闘争連帯」の項目も知っている人が見れば中核派と仲が悪いブログが有る。流石に「法政大弾圧弾劾」は中核派系が殆どだが、そうではないところのも貼ってある。ご存じない方は一度でもクリックして読んで欲しい。嘘ではないことが分かるはずだ。郵便局の現場労働者が書いた書籍についてもそれは同じだ。中核派の物は一冊しか紹介していない。後は全て普通の組合活動家だ。ただし筋金入りの。

     SOBAさんとのやり取りを時系列に沿って保存しておく。

    「 SOBAさん今晩は。お久しぶりです。最近どうにかこうにかブログにオリジナル記事を書く余裕が出来つつあります。まだまだコメントへの返信を書くほどの余裕は有りませんが、出来ればTrackBackは再開しようと思います。特に中曽根内閣の行革による国鉄分割民営化に始まった格差社会の20数年間で疲弊した地方の現状と、「国鉄の次は郵政だ」と言われて、やはり20数年間民営化攻撃に晒され続けた郵便局の実態を暴露して一人でも多くの人に知って欲しいからです。

     取りわけ05年の郵政選挙によって郵便局がどの様に変質してしまったかについての生き証人である訳ですから。

     処でこの記事でこの記事で「草の乱」を紹介されていますがご用心下さい。この映画のそれもこの渡河のシーンにはJR東労組が500人のエキストラを動員しています。この組合は国鉄時代は動労であり、鉄道労連を経て、現在はJR総連となっています。つまり国鉄分割民営化に始まる今日の格差社会作りに労働運動・革命運動の中から裏切り者として登場したカクマルの本隊です。

     やつらはこの映画をJR東労組・JR総連の宣伝に使い「左翼」の仮面を被って勢力を拡大しています。悲しい話ですが「週刊金曜日」などの「左翼系」文化人達の中には、JR総連に買収されて提灯記事を書くところまで落ちぶれた輩が存在します。この点に十分ご注意の上紹介下さるようお願いします。

     尚このコメントは私のブログにも転記いたします。ご了承のほどお願いします。

    投稿: アッテンボロー | 2009/05/09 00:34

    アッテンボローさん、時々TBでお世話になっていましたが、お久しぶりです。

    >この映画のそれもこの渡河のシーンには
    >JR東労組が500人のエキストラを
    >動員しています。

    ↑そういう事情があるとは知りませんでした。

    ただ、感想を言わしていただければ「この写真はなかなかいい写真だ」という小生の最初の感想は変わりません。

    現在、プロフィールのところにも

    日本国憲法第97条【基本的人権の本質】
     この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であつて、これらの権利は、過去幾多の試錬に堪へ、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである。

    との関連で、この「秩父困民党荒川渡渉の図」と「大宮郷(現秩父市)突入の図」そして、ウジェーヌ・ドラクロワの「民衆を導く自由の女神」をご紹介しています。

    今回、アッテンボローさんのコメントで知ったことは参考としてお聞きしておきますが、この写真をご紹介することを別にやめようとは思いません。

    正直に言わせていただければ、「革なんとか」とか「中なんとか」なんて小生にとってはどうでもいいことです。

    ※なお当初、アッテンボローさんのコメントでは、名前・メールアドレス・アドレスの書き込みがありませんでした。その後、「アッテンボローの雑記帳」の方で確認できましたので小生の方で
    追加しておきました。

    投稿: SOBA | 2009/05/09 06:49」

     同様のコメントが私のブログにもあるが、私は写真の紹介を止めろとも削除しろとも書いては居ない。単に事実を指摘して注意喚起をしただけだ。

     その後SOBAさんは記事に追記した。

    「※追記:コメントを読んでいただくと分かるように、中核派と言われているアッテンボローさんから何やら右側のバナーでご紹介しているリンク先の(映画「草の乱」 概要より秩父困民党荒川渡渉の図。)のエキストラに革マルが混じっていたとか何とか、言ってきています。小生としては、」いわゆる「左翼」のうじゃうじゃは正直なんだかなぁです。関係もねえし興味もないって事です。あまりうるさく言ってくるようならお散歩先からアッテンボローさんのリンクを外すことも考えています。コメントでも書いたように憲法97条の関係からプロフィールでもこの「秩父困民党荒川渡渉の図」と「大宮郷(現秩父市)突入の図」、そしてウジェーヌ・ドラクロワの「民衆を導く自由の女神」をご紹介しています。要するに、歴史的事実「秩父困民党」にも、この「秩父困民党荒川渡渉の図」の写真にもなんの罪もないと言うことです。

    ※参考:日本国憲法第97条【基本的人権の本質】
     この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であつて、これらの権利は、過去幾多の試錬に堪へ、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである。

    ※勘違いしている人がいるかも分からないので一言。小生自身は、自分のことをいわゆる「左翼」などと名乗ったことは今まで一度もありません。正直、「さよく」なんてのは何回も書いていますが馬鹿の集まりくらいに考えてます。ただし、レッテルを貼ることが好きな方がいてゲバラのバナーを表示しているから「左翼」だとレッテルを貼りたければそれは人それぞれ勝手だと思っているので好きなようにレッテルをはってください。(笑)なお、今日あらためていわゆる「左翼」がなんで衰退したか、その理由が分かったような気がしました。特にいわゆる党派には、若い人はあまり深入りしないことをお勧めします。まともな知性を持っている人間なら党派左翼なんてのはかかわらない方がいい。

     とにかく「お前ら左巻き党派はウゼーンダヨ、左巻きは消えろ!」。中核だか革マルだか知らんがアホにかかわるつもりはない。書きながらやはり決めました。今日を持ってアッテンボローの雑記帳をお散歩先リストから削除します。今まで、中核派とは言っても市民感覚のあるブログと思っていたのだが、。

    再追記(3日後):最後の段落はその前と文体が変わったようでビックリされた方もいると思いますが、正直感情的になって書いてます。心底腹を立てています。アッテンボローさんのアドバイスがもし次のようなものだったら、ビックリしつつも見直したかも知れません。「この映画のそれもこの渡河のシーンには JR東労組が500人のエキストラを動員しています。でも、個人的に言えばこの写真が表現している歴史的事実(秩父困民党事件)には感銘を受けています。」ってね。でも無理でしょうね(笑)。ヘタレ党派のしがらみがそれを許さないでしょう。党派左翼というのは骨の髄まで陰々滅々の世界ですね。ヘタレ糞ったれ党派は、滅びて、なくなってしまった方が世の中のためになるのじゃないだろうか。」

     ついでにバナーについてのSOBAさんとのやり取りについても転載しておこう。

    「アッテンボローさんお早うございます。雑談日記のSOBAです。

    原子力空母の横須賀母港化反対の小さなバナーをはってくれませんか。クリックすると5月22日のような火災がもし起きて→冷却機能ダウン→炉心メルトダウンのような事になり原子炉が暴走した時の被害エリアを表示する地図が拡大してポップアップします。タグは

    http://soba.txt-nifty.com/zatudan/2008/09/post-4.html

    で紹介しました。」(2008/10/04 8:34)

    「アッテンボローさん、お早うございます。雑談日記のSOBAです。

    ちょっと、びっくりしましたよ。
    写真を撮るときのアッテンボローさんの非凡な感覚です。
    以下の写真の構図の取り方と言うか眼差しの感性にはまいりました。

    >噴水で遊ぶ子供たち。まだ暖かい日々が続いている。
    >ベンチで休息するお年寄り。
    >昆虫採集する親子。
    >木彫りの蛙。
    >アイルランドの庭園の入り口。
    >紫の花。
    >デイゴの花? 花びらの下が切れてしまったが綺麗なので。
    >秋桜その1
    >すすき。

    一度、大きめの画素数で撮影して、トリミングで切り取るのを試してください。風景をどのように切り取るかアッテンボローさんの非凡な感性に注目してます。」(2008/10/19 8:15)

     この時は返事に書かなかったが、私にとって写真は趣味だからトリミングは邪道だ。スターリンが大衆の前で演説するトロツキーの姿を消してしまったり、日本軍が墜落する戦闘機のマークを日の丸から星に書き換えて戦果を水増ししたり、政治家が有名人と同席して宣伝に使ったり、カクマルがレタッチソフトで闘争参加人数を多く見せたりと政治宣伝のために悪用している例を沢山知っている。卑近な例で言えばアダルトビデオのパッケージ写真と実際のビデオの中身の違いだろう。SOBAさんにとっては写真はバナー作成などの際に使用する素材に過ぎないが、私は写真が好きだ。

    「おっと、大事なことを忘れていました。
     
    雑談日記が登録した、自End!!TBP「自民党政治」のライブリンクも貼るようとの依頼と言うか、お願いです。
     
    ご存知のように、カナダde日本語登録のTBP「自民党」は登録者の美爾依(みにー)氏の意向で雑談日記の記事を検閲しまくり何度も削除しました。そのため雑談日記からトラックバックするのはかなり前からやめています。

    ですから、アッテンボローさんのところにあるライブリンクには雑談日記の記事は出てきません。
     
    なお、小生が登録している自End!!TBP「自民党政治」の方では雑談日記以外に、注目記事を書く喜八ログ、神州の泉、また時事ニュースネタで注目記事連発の低気温のエクスタシーbyはなゆーさんなども常連です。また、とむ丸の夢さんや晴耕雨読さん他、実力派ブログの方もTBP「自民党」と併行してTBしてくれています。
     
    ※上記のような理由もあり、TBP「自民党」の方に雑談日記作成の自Endバナーをアッテンボローさんがはっているのにはいささか違和感を感じています。
     
    ※なお、TBP「自民党政治」とTBP「自民党」を併行してはることには別に異存はありません。憧れの風さんなどもそうしています。TBP「自民党」のライブリンクだけ表示し(しかも、雑談日記作成のバナーつきで)、自End!!TBP「自民党政治」のライブリンクをはっていただけないのは扱いとして不当だと思うのです。」(2008/10/19 9:00)

    「 SOBAさん写真をお褒めいただいて本当に有難うございます。下手の横好きの域を脱していないので褒めてもらうと少々面はゆい気がします。それでも褒めてもらえるのは気分が良いものですね。

     「自民党政治」のライブリンクですが、以前教えてもらったことを印刷しておいたはずなのですが整理整頓が行き届いていない我が家では、発掘するのに苦労しています。お手数ですがライブリンクのはり方を改めてご教示願えませんでしょうか。いつも「自民党政治」のライブリンクは設定しようとは思っているのですが、パソコンのスキルが低すぎて中々自分では出来ないでいました。」(2008/10/19 23:53)

    「今日、下記のご案内を最近のいくつかのエントリーに追加しました。

    ※特にココログの場合で、即行で自End!!TBP「自民党政治」のライブリンクをサイドエリアへはりたければ⇒
    http://soba.txt-nifty.com/blog/2007/09/end_a072.html#h20070914-2

    をクリック。」(2008/10/20 7:26)

    「雑談日記のSOBAです。

    以下のURLのところでご説明しておきました。
    http://soba.txt-nifty.com/blog/2007/09/end_a072.html#h20070914-2

    簡単にできます。5分とかからないはずです。」(2008/10/20 19:03)

    http://soba.txt-nifty.com/blog/2007/09/end_a072.html#h20070914-2

    このエントリーのコメントには小生とアッテンボローさんの以下のやり取りが残っています。今度も出来ないはずはないですよ。(笑)

    ◎↓以下、コメントのやり取り。
     
     リンクの張り方教えて頂いたとおりにしましたら上手に出来ました。JavaScriptコードを張った後で設定の変更をするのが分からず何度も失敗していました。
     バナーの張り方もこれと同じような物なのでしょうか。幾つか表示したい物がありますので試してみます。
     お手数をかけました。

    投稿: アッテンボロー | 2007/09/16 19:13
     
     お手数をかけました。教えて頂いたようにしましたら上手く行きました。JavaScriptコードを張った後でテキスト表示にすると言う設定変更が分からず何度も失敗していました。
     どうも有り難うございました。

    投稿: アッテンボロー | 2007/09/16 19:19
     
     よかったですね。バナーも同じことです。

     ためしに、エントリー中「2コマだけの、お勧め「自End」スタンダード版バナー」の下ににあるタグをJavaScriptコードの前にはって保存してみてください。

    投稿: SOBA | 2007/09/16 20:09」(2008/10/21 14:30)

    「お早うございます。下記の件どうなりましたか?

    簡単にできます。5分とかからないはずですと言うことで

    http://soba.txt-nifty.com/blog/2007/09/end_a072.html#h20070914-2

    をご案内しました。

    以下、再掲します。

    再掲その1
    カナダde日本語登録のTBP「自民党」は登録者の美爾依(みにー)氏の意向で雑談日記の記事を検閲しまくり何度も削除しました。そのため雑談日記からトラックバックするのはかなり前からやめています。

    ですから、アッテンボローさんのところにあるライブリンクには雑談日記の記事は出てきません。
     
    なお、小生が登録している自End!!TBP「自民党政治」の方では雑談日記以外に、注目記事を書く喜八ログ、神州の泉、また時事ニュースネタで注目記事連発の低気温のエクスタシーbyはなゆーさんなども常連です。また、とむ丸の夢さんや晴耕雨読さん他、実力派ブログの方もTBP「自民党」と併行してTBしてくれています。
     
    ※上記のような理由もあり、TBP「自民党」の方に雑談日記作成の自Endバナーをアッテンボローさんがはっているのにはいささか違和感を感じています。
     
    ※なお、TBP「自民党政治」とTBP「自民党」を併行してはることには別に異存はありません。憧れの風さんなどもそうしています。TBP「自民党」のライブリンクだけ表示し(しかも、雑談日記作成のバナーつきで)、自End!!TBP「自民党政治」のライブリンクをはっていただけないのは扱いとして不当だと思うのです。

    再掲その2
    このエントリーのコメントには小生とアッテンボローさんの以下のやり取りが残っています。

    http://soba.txt-nifty.com/blog/2007/09/end_a072.html#h20070914-2

    今度も出来ないはずはないですよ。(笑)

    ◎↓以下、コメントのやり取り。
     
     リンクの張り方教えて頂いたとおりにしましたら上手に出来ました。JavaScriptコードを張った後で設定の変更をするのが分からず何度も失敗していました。
     バナーの張り方もこれと同じような物なのでしょうか。幾つか表示したい物がありますので試してみます。
     お手数をかけました。

    投稿: アッテンボロー | 2007/09/16 19:13
     
     お手数をかけました。教えて頂いたようにしましたら上手く行きました。JavaScriptコードを張った後でテキスト表示にすると言う設定変更が分からず何度も失敗していました。
     どうも有り難うございました。

    投稿: アッテンボロー | 2007/09/16 19:19
     
     よかったですね。バナーも同じことです。

     ためしに、エントリー中「2コマだけの、お勧め「自End」スタンダード版バナー」の下ににあるタグをJavaScriptコードの前にはって保存してみてください。

    投稿: SOBA | 2007/09/16 20:09」(2008/10/24 6:30)

    「 SOBAさん、遅くなりましたがライブリンクを貼りました。」(2008/10/24 9:41)

    「えっ、どれがですか。

    小生には前と全然変わらない、アッテンボローの雑記帳しか見えてません。

    マイリストの「自 END」のところは相変わらず同じですよね。
    ジャバスクリプトコードをコピペするだけで自End!「自民党政治」も追加してはれるはずですけれど、。

    何も変わってないですよね。」(2008/10/24 10:16)

    「 トラックバックピープルのブログパーツを貼ったのですが。「自 END」と郵政民営化凍結の間ですよ。」(2008/10/24 10:42)

    「よく見てください。

    >「自 END」と郵政民営化凍結の間ですよ。

    って、何もないじゃないですか?」(2008/10/24 12:18)

    「あ、これですか。(汗)すぐ真下ですね。(笑)

    バナーがTBPの出来合いのだったのと、
    郵政民営化凍結のライブリンクが表示されていないので分かりませんでした。

    雑談日記制作のトラのバナーを選んでくれると分かりやすいのですが、。

    ※なお、余談ですがTBPのランキングで、雑談日記がニュース部門(一般部門:1位、ニュース・一般部門:1位、政治部門:1位)になりました。
    皆さんの応援のたまものと感謝してます。」(2008/10/24 12:27)

    「 この記事を書くのに徹夜しまして、疲れていたものでSOBAさんに教わったとおり出来ずにトラックバックピープルにあったココログ用のライブリンクの貼り方をしたものですから。頭が働くときにおすすめの方法を実行する様にします。」(2008/10/24 12:42)

    「再度アッテンボローさんにお願いです。

    TBP「自民党」とTBP「自民党政治」を対比させると、その扱いがあまりにも公平でないので唖然としています。

    アッテンボローの雑記帳自身の評判を落としめない為にも公平な扱いをお願いします。

    以下、問題点。TBP「自民党」にあってTBP「自民党政治」にないもの。

    1、投稿時間が表示される設定になっていない。

    2、投稿のブログ元が表示される設定になっていない。

    3、ブログピープルで選択できる雑談日記で特別に制作したオリジナルの自Endバナーが使われていない。また、雑談日記制作2コマの広報用自Endバナーを雑談日記登録のTBP「自民党政治」ではなく、関係のないTBP「自民党」の方に使っている。

    以上の3点です。

    改善してくれるまでは、何回でもお伺いするつもりです。

    なんだか、暖簾に腕押し不誠実な空港公団や、公害企業チッソを相手にしているようで困惑しています。

    今回、小生は本気です。うやむやに放置するつもりはありません。何回でも来ます。

    やることは簡単。

    http://soba.txt-nifty.com/blog/2007/09/end_a072.html#h20070914-2

    でご案内しているコードをコピペではりつければ済む話しです。
    よろしくお願いします。」(2008/10/27 10:40)

    「 SOBAさん、「キュンメル状態」という記事を書いた当日の朝だったと思いますが、トラックバックピープル「自民党政治」のライブリンクを表示する様にしています。こちらの事情も考慮して下さい。そもそも「自End」のバナーは元々SOBAさんが貼り付けの要請をされたから付けたものです。美爾依さんと仲違いされる前であったか後であったかは忘れましたが。」(2008/10/28 10:25)

    「アッテンボローさん、サンクスです。
     
    いろいろ失礼なことを申し上げたかも知れないですが、実はアッテンボローさんが雑談日記制作のバナーを美爾依(みにー)さん登録のTBP「自民党」の方にはってくれていたのには陰ながら注目し、感謝していました。
     
    同じ自End仲間としてのTBP「自民党」とTBP「自民党政治」を結ぶ、いわば結節点、坂本竜馬だとアッテンボローさんのことを勝手に思っていましたよ。
     
    また、普通の市民ブロガーと左派を結ぶ役割をもはたしてきたのかも知れないですね。
     
    なお、
     
    http://soba.txt-nifty.com/zatudan/2008/09/post-4.html#z20080929
     
    に「横須賀母港化断固反対!」キャンペーンバナーのタグを書いておきました。雑談日記には珍しく超ミニバナーで、クリックした時だけドバッと「5月22日のような火災事故がきっかけ⇒炉心溶融のような暴走事故の、放射線被害シミュレーション地図バナー」が出るタイプです。大きさ、デザインから言ってもオシャレなバナーだと自分では勝手に思っています。
     
    上記URLで出てきた下のところに、「このタグをアッテンボローさんがTBP「自民党政治 」のライブリンクの先頭のところにはってくれるとうれしいんだけれどなぁ、、、。」と書いてあるところのタグです。

    これをやっていただければ、TBP「自民党」とTBP「自民党政治 」の扱いにおいて公平・同等と判断しようと思っています。よろしくお願いします。」(2008/10/28 13:27)

    「ごめんなさい。URLを間違えました。
     
    http://soba.txt-nifty.com/zatudan/2008/09/post-4.html#z20080929-2
     
    です。
     
    この下のところに、「このタグをアッテンボローさんがTBP「自民党政治 」のライブリンクの先頭のところにはってくれるとうれしいんだけれどなぁ、、、。」と書いてあるところのタグです。」(2008/10/28 13:35)

    「 SOBAさんの記事を読みながらでも1時間以上かかってライブリンクを貼りました。パソコンのスキルが低いのでご紹介のタグを貼れるのも時間がかかりそうです。」(2008/10/28 22:07)

    「ごめんなさい。URLを間違えました。
     
    http://soba.txt-nifty.com/zatudan/2008/09/post-4.html#z20080929-2
     
    です。
     
    この下のところに、「このタグをアッテンボローさんがTBP「自民党政治 」のライブリンクの先頭のところにはってくれるとうれしいんだけれどなぁ、、、。」と書いてあるところのタグです。」 (2008/10/28 13:35)一度、大きめの画素数で撮影して、トリミングで切り取るのを試してください。風景をどのように切り取るかアッテンボローさんの非凡な感性に注目してます。」(2008/10/19 8:15)

     この時は返事に書かなかったが、私にとって写真は趣味だからトリミングは邪道だ。スターリンが大衆の前で演説するトロツキーの姿を消してしまったり、日本軍が墜落する戦闘機のマークを日の丸から星に書き換えて戦果を水増ししたり、政治家が有名人と同席して宣伝に使ったり、カクマルがレタッチソフトで闘争参加人数を多く見せたりと政治宣伝のために悪用している例を沢山知っている。卑近な例で言えばアダルトビデオのパッケージ写真と実際のビデオの中身の違いだろう。SOBAさんにとっては写真はバナー作成などの際に使用する素材に過ぎないが、私は写真が好きだ。

    「おっと、大事なことを忘れていました。
     
    雑談日記が登録した、自End!!TBP「自民党政治」のライブリンクも貼るようとの依頼と言うか、お願いです。
     
    ご存知のように、カナダde日本語登録のTBP「自民党」は登録者の美爾依(みにー)氏の意向で雑談日記の記事を検閲しまくり何度も削除しました。そのため雑談日記からトラックバックするのはかなり前からやめています。

    ですから、アッテンボローさんのところにあるライブリンクには雑談日記の記事は出てきません。
     
    なお、小生が登録している自End!!TBP「自民党政治」の方では雑談日記以外に、注目記事を書く喜八ログ、神州の泉、また時事ニュースネタで注目記事連発の低気温のエクスタシーbyはなゆーさんなども常連です。また、とむ丸の夢さんや晴耕雨読さん他、実力派ブログの方もTBP「自民党」と併行してTBしてくれています。
     
    ※上記のような理由もあり、TBP「自民党」の方に雑談日記作成の自Endバナーをアッテンボローさんがはっているのにはいささか違和感を感じています。
     
    ※なお、TBP「自民党政治」とTBP「自民党」を併行してはることには別に異存はありません。憧れの風さんなどもそうしています。TBP「自民党」のライブリンクだけ表示し(しかも、雑談日記作成のバナーつきで)、自End!!TBP「自民党政治」のライブリンクをはっていただけないのは扱いとして不当だと思うのです。」(2008/10/19 9:00)

    「 SOBAさん写真をお褒めいただいて本当に有難うございます。下手の横好きの域を脱していないので褒めてもらうと少々面はゆい気がします。それでも褒めてもらえるのは気分が良いものですね。

     「自民党政治」のライブリンクですが、以前教えてもらったことを印刷しておいたはずなのですが整理整頓が行き届いていない我が家では、発掘するのに苦労しています。お手数ですがライブリンクのはり方を改めてご教示願えませんでしょうか。いつも「自民党政治」のライブリンクは設定しようとは思っているのですが、パソコンのスキルが低すぎて中々自分では出来ないでいました。」(2008/10/19 23:53)

    「今日、下記のご案内を最近のいくつかのエントリーに追加しました。

    ※特にココログの場合で、即行で自End!!TBP「自民党政治」のライブリンクをサイドエリアへはりたければ⇒
    http://soba.txt-nifty.com/blog/2007/09/end_a072.html#h20070914-2

    をクリック。」(2008/10/20 7:26)

    「雑談日記のSOBAです。

    以下のURLのところでご説明しておきました。
    http://soba.txt-nifty.com/blog/2007/09/end_a072.html#h20070914-2

    簡単にできます。5分とかからないはずです。」(2008/10/20 19:03)

    http://soba.txt-nifty.com/blog/2007/09/end_a072.html#h20070914-2

    このエントリーのコメントには小生とアッテンボローさんの以下のやり取りが残っています。今度も出来ないはずはないですよ。(笑)

    ◎↓以下、コメントのやり取り。
     
     リンクの張り方教えて頂いたとおりにしましたら上手に出来ました。JavaScriptコードを張った後で設定の変更をするのが分からず何度も失敗していました。
     バナーの張り方もこれと同じような物なのでしょうか。幾つか表示したい物がありますので試してみます。
     お手数をかけました。

    投稿: アッテンボロー | 2007/09/16 19:13
     
     お手数をかけました。教えて頂いたようにしましたら上手く行きました。JavaScriptコードを張った後でテキスト表示にすると言う設定変更が分からず何度も失敗していました。
     どうも有り難うございました。

    投稿: アッテンボロー | 2007/09/16 19:19
     
     よかったですね。バナーも同じことです。

     ためしに、エントリー中「2コマだけの、お勧め「自End」スタンダード版バナー」の下ににあるタグをJavaScriptコードの前にはって保存してみてください。

    投稿: SOBA | 2007/09/16 20:09」(2008/10/21 14:30)

    「お早うございます。下記の件どうなりましたか?

    簡単にできます。5分とかからないはずですと言うことで

    http://soba.txt-nifty.com/blog/2007/09/end_a072.html#h20070914-2

    をご案内しました。

    以下、再掲します。

    再掲その1
    カナダde日本語登録のTBP「自民党」は登録者の美爾依(みにー)氏の意向で雑談日記の記事を検閲しまくり何度も削除しました。そのため雑談日記からトラックバックするのはかなり前からやめています。

    ですから、アッテンボローさんのところにあるライブリンクには雑談日記の記事は出てきません。
     
    なお、小生が登録している自End!!TBP「自民党政治」の方では雑談日記以外に、注目記事を書く喜八ログ、神州の泉、また時事ニュースネタで注目記事連発の低気温のエクスタシーbyはなゆーさんなども常連です。また、とむ丸の夢さんや晴耕雨読さん他、実力派ブログの方もTBP「自民党」と併行してTBしてくれています。
     
    ※上記のような理由もあり、TBP「自民党」の方に雑談日記作成の自Endバナーをアッテンボローさんがはっているのにはいささか違和感を感じています。
     
    ※なお、TBP「自民党政治」とTBP「自民党」を併行してはることには別に異存はありません。憧れの風さんなどもそうしています。TBP「自民党」のライブリンクだけ表示し(しかも、雑談日記作成のバナーつきで)、自End!!TBP「自民党政治」のライブリンクをはっていただけないのは扱いとして不当だと思うのです。

    再掲その2
    このエントリーのコメントには小生とアッテンボローさんの以下のやり取りが残っています。

    http://soba.txt-nifty.com/blog/2007/09/end_a072.html#h20070914-2

    今度も出来ないはずはないですよ。(笑)

    ◎↓以下、コメントのやり取り。
     
     リンクの張り方教えて頂いたとおりにしましたら上手に出来ました。JavaScriptコードを張った後で設定の変更をするのが分からず何度も失敗していました。
     バナーの張り方もこれと同じような物なのでしょうか。幾つか表示したい物がありますので試してみます。
     お手数をかけました。

    投稿: アッテンボロー | 2007/09/16 19:13
     
     お手数をかけました。教えて頂いたようにしましたら上手く行きました。JavaScriptコードを張った後でテキスト表示にすると言う設定変更が分からず何度も失敗していました。
     どうも有り難うございました。

    投稿: アッテンボロー | 2007/09/16 19:19
     
     よかったですね。バナーも同じことです。

     ためしに、エントリー中「2コマだけの、お勧め「自End」スタンダード版バナー」の下ににあるタグをJavaScriptコードの前にはって保存してみてください。

    投稿: SOBA | 2007/09/16 20:09」(2008/10/24 6:30)

    「 SOBAさん、遅くなりましたがライブリンクを貼りました。」(2008/10/24 9:41)

    「えっ、どれがですか。

    小生には前と全然変わらない、アッテンボローの雑記帳しか見えてません。

    マイリストの「自 END」のところは相変わらず同じですよね。
    ジャバスクリプトコードをコピペするだけで自End!「自民党政治」も追加してはれるはずですけれど、。

    何も変わってないですよね。」(2008/10/24 10:16)

    「 トラックバックピープルのブログパーツを貼ったのですが。「自 END」と郵政民営化凍結の間ですよ。」(2008/10/24 10:42)

    「よく見てください。

    >「自 END」と郵政民営化凍結の間ですよ。

    って、何もないじゃないですか?」(2008/10/24 12:18)

    「あ、これですか。(汗)すぐ真下ですね。(笑)

    バナーがTBPの出来合いのだったのと、
    郵政民営化凍結のライブリンクが表示されていないので分かりませんでした。

    雑談日記制作のトラのバナーを選んでくれると分かりやすいのですが、。

    ※なお、余談ですがTBPのランキングで、雑談日記がニュース部門(一般部門:1位、ニュース・一般部門:1位、政治部門:1位)になりました。
    皆さんの応援のたまものと感謝してます。」(2008/10/24 12:27)

    「 この記事を書くのに徹夜しまして、疲れていたものでSOBAさんに教わったとおり出来ずにトラックバックピープルにあったココログ用のライブリンクの貼り方をしたものですから。頭が働くときにおすすめの方法を実行する様にします。」(2008/10/24 12:42)

    「再度アッテンボローさんにお願いです。

    TBP「自民党」とTBP「自民党政治」を対比させると、その扱いがあまりにも公平でないので唖然としています。

    アッテンボローの雑記帳自身の評判を落としめない為にも公平な扱いをお願いします。

    以下、問題点。TBP「自民党」にあってTBP「自民党政治」にないもの。

    1、投稿時間が表示される設定になっていない。

    2、投稿のブログ元が表示される設定になっていない。

    3、ブログピープルで選択できる雑談日記で特別に制作したオリジナルの自Endバナーが使われていない。また、雑談日記制作2コマの広報用自Endバナーを雑談日記登録のTBP「自民党政治」ではなく、関係のないTBP「自民党」の方に使っている。

    以上の3点です。

    改善してくれるまでは、何回でもお伺いするつもりです。

    なんだか、暖簾に腕押し不誠実な空港公団や、公害企業チッソを相手にしているようで困惑しています。

    今回、小生は本気です。うやむやに放置するつもりはありません。何回でも来ます。

    やることは簡単。

    http://soba.txt-nifty.com/blog/2007/09/end_a072.html#h20070914-2

    でご案内しているコードをコピペではりつければ済む話しです。
    よろしくお願いします。」(2008/10/27 10:40)

    「 SOBAさん、「キュンメル状態」という記事を書いた当日の朝だったと思いますが、トラックバックピープル「自民党政治」のライブリンクを表示する様にしています。こちらの事情も考慮して下さい。そもそも「自End」のバナーは元々SOBAさんが貼り付けの要請をされたから付けたものです。美爾依さんと仲違いされる前であったか後であったかは忘れましたが。」(2008/10/28 10:25)

    「アッテンボローさん、サンクスです。
     
    いろいろ失礼なことを申し上げたかも知れないですが、実はアッテンボローさんが雑談日記制作のバナーを美爾依(みにー)さん登録のTBP「自民党」の方にはってくれていたのには陰ながら注目し、感謝していました。
     
    同じ自End仲間としてのTBP「自民党」とTBP「自民党政治」を結ぶ、いわば結節点、坂本竜馬だとアッテンボローさんのことを勝手に思っていましたよ。
     
    また、普通の市民ブロガーと左派を結ぶ役割をもはたしてきたのかも知れないですね。
     
    なお、
     
    http://soba.txt-nifty.com/zatudan/2008/09/post-4.html#z20080929
     
    に「横須賀母港化断固反対!」キャンペーンバナーのタグを書いておきました。雑談日記には珍しく超ミニバナーで、クリックした時だけドバッと「5月22日のような火災事故がきっかけ⇒炉心溶融のような暴走事故の、放射線被害シミュレーション地図バナー」が出るタイプです。大きさ、デザインから言ってもオシャレなバナーだと自分では勝手に思っています。
     
    上記URLで出てきた下のところに、「このタグをアッテンボローさんがTBP「自民党政治 」のライブリンクの先頭のところにはってくれるとうれしいんだけれどなぁ、、、。」と書いてあるところのタグです。

    これをやっていただければ、TBP「自民党」とTBP「自民党政治 」の扱いにおいて公平・同等と判断しようと思っています。よろしくお願いします。」(2008/10/28 13:27)

    「ごめんなさい。URLを間違えました。
     
    http://soba.txt-nifty.com/zatudan/2008/09/post-4.html#z20080929-2
     
    です。
     
    この下のところに、「このタグをアッテンボローさんがTBP「自民党政治 」のライブリンクの先頭のところにはってくれるとうれしいんだけれどなぁ、、、。」と書いてあるところのタグです。」(2008/10/28 13:35)

    「 SOBAさんの記事を読みながらでも1時間以上かかってライブリンクを貼りました。パソコンのスキルが低いのでご紹介のタグを貼れるのも時間がかかりそうです。」(2008/10/28 22:07)

    「ごめんなさい。URLを間違えました。
     
    http://soba.txt-nifty.com/zatudan/2008/09/post-4.html#z20080929-2
     
    です。
     
    この下のところに、「このタグをアッテンボローさんがTBP「自民党政治 」のライブリンクの先頭のところにはってくれるとうれしいんだけれどなぁ、、、。」と書いてあるところのタグです。」 (2008/10/28 13:35)

     以下に非常に長くなるがWikipediaから引用した。カクマルにかなり好意的な内容になっている。東大全共闘が警察機動隊と全面的に衝突した安田攻防の際に、列品館の防衛を担当していながら前夜にこそこそと敵前逃亡したという、学生運動経験者であれば誰でも知っている事実が記載されていない。JR東日本とJR東労組の関係を告発した「JRの妖怪  かくて男は巨大組織に君臨した 」小林峻一 (イーストプレス)も「マングローブ テロリストに乗っ取られたJR東日本の真実」西岡研介(講談社)、「『JR総連・東労組』崩壊の兆し!?  『JR東日本革マル問題』の現状」「『国鉄改革』の完成に向けて  『JR東日本革マル問題』の整理 」「異形の労働組合指導者「松崎明」の誤算と蹉跌  『JR東日本革マル問題』の真相と現状」「もう一つの「未完の『国鉄改革』 JR東日本革マル疑惑問題を検証する」「もう一つの「未完の『国鉄改革』」 続  JR東日本革マル問題を再検証する」「JR東日本労政『二十年目の検証』 未だ完結しない「国鉄改革」いずれも宗形明(高木書房)も紹介されていない。国鉄分割民営化に協力した松崎には、確か警視総監出身の自民党代議士秦野章から自民党からの国会議員立候補要請が出る話まであった。秦野と言えば部下であった佐々淳行(現在は評論家・石原慎太郎など保守反動政治家の選挙参謀)と共に70年安保沖縄闘争や全共闘運動を弾圧したコンビである。

     「JRの妖怪」は週刊文春連載当時にキオスクから撤去され、「マングローブ」は週刊現代連載当時JR東日本列車内への吊り広告掲載が拒否されるなど、JR東日本とJR東労組の癒着は酷い。

    日本革命的共産主義者同盟革命的マルクス主義派
    出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
    (革マル派 から転送)
    移動: ナビゲーション, 検索
    日本革命的共産主義者同盟革命的マルクス主義派(にほんかくめいてききょうさんしゅぎしゃどうめいかくめいてきマルクスしゅぎは)とは、日本の新左翼(革共同系)の過激派である。通称革マル派。中核派との内ゲバ殺人や盗聴などの反社会的な非合法活動で知られており、警察は白書を始め各種文書中で「極左暴力集団」と呼称している。

    目次 [非表示]
    1 概要
    2 歴史
    2.1 結成の経緯
    3 年表
    4 学生組織
    4.1 早稲田大学
    4.2 東京大学
    4.3 大阪経済大学
    4.4 國學院大學
    4.5 琉球大学
    4.6 愛知大学
    5 革マル派の活動拠点となっている大学
    6 関連文献
    7 関連項目
    8 外部リンク

    概要 [編集]
    構成員:5300人
    指導者:黒田寛一(死亡)、植田琢磨(現議長)、森茂、土門肇、朝倉文夫ら。なおかつての副議長であった倉川篤(=松崎明・旧国鉄動力車労働組合委員長。元JR東労組会長)については、現時点においてメンバーであるかどうか、判断しがたい。本人は一貫して組織を離脱していることを強調しているものの、偽装転向と疑う向きも多い。ただし、離脱していなくとも松崎率いるJR総連革マル派と党組織としての革マル派との間に大きな亀裂が存在していることは間違いないようである。
    機関紙誌:週刊『解放』、隔月刊『新世紀』(旧『共産主義者』)
    学生組織:日本マルクス主義学生同盟・革命的マルクス主義派(通称マル学同革マル派)
    公然拠点:解放社
    新左翼のなかで最大の5300人の構成員を有する。機関紙週刊『解放』・隔月刊『新世紀』がある。東京・早稲田にビルを構える「解放社」本社および全国6道府県に設置されている同社の支社等が表向きの活動拠点となっている(このほかに非合法な“裏の活動”を行うための非公然アジトが各地に存在する)。かつては傘下の出版社としてこぶし書房を経営していたが、近年新たにあかね図書販売を傘下の出版社として設立した。思想的にはマルクス・レーニン・トロツキーらの革命理論を基に、帝国主義の打倒と反スターリン主義を掲げ、「プロレタリア世界革命」とその一環としての日本における共産主義革命を目指しており、機関紙などでは「ブルジョア国家の転覆を目指す革命党」であると主張している。 中核派があらゆる反体制運動と連帯し、理屈を抜きに街頭で機動隊と衝突するなど、テロ・ゲリラ等の直接行動を重視するのに対し、革マル派は階級闘争至上主義であり、思想・理論の学習と組織の構築を目指し、それらの維持・拡大に向けた活動を重視している。そのため1960年代の街頭闘争や全共闘運動などからは距離を置き、成田空港建設反対闘争からも排除され、他の新左翼系過激派集団の多くと敵対関係にある。特に1970年代以降は、中核派等との内ゲバ(過激派同士で対立するグループのメンバーを襲撃して殺傷する行為)事件を繰り返し、双方に多数の死傷者を出してきた。しかし近年は、少なくとも表面上は暴力性・党派性を隠し、あくまでも組織拡大に重点を置き、基幹産業の労働組合や学生運動への浸透を図る戦術を採っている。最近は、街頭での集会・デモなどの際にも、「革マル派」というセクト名は隠して活動していることも多い。しかし、関係団体は中核派が絡んでいる団体に対してはあからさまな敵意を主張する場合が多く直ぐにばれるケースが多い。また、革マル派は、自派に対する他派からの襲撃事件や、警察庁長官狙撃事件・O-157集団食中毒事件・神戸連続児童殺傷事件・和歌山毒物カレー事件・イラク日本人外交官射殺事件・スペイン列車爆破事件・イラク日本人人質事件・ロンドン同時爆破事件などの社会的反響が大きい事件について、国家権力や米国のCIAなどによる陰謀であるとする主張を繰り広げている。また、中核派や解放派のゲリラ行為はこれらを利用した政府の自作自演であるという主張も見られる。革マル派が何を根拠にこのような陰謀論を展開しているのかは不明であるが、背景には他新左翼セクトとの激しい党派闘争の歴史があるとみられる。警察側はこれらの陰謀論について、反権力意識の高揚や組織の引き締めなどが目的であるとの見方を示し、「権力謀略論」と呼んで警戒している。なお、自派の非公然活動家が逮捕されたり、革マル派によって事実上支配されていた学生自治会が大学側によって非公認化されたりした場合なども、同じような「権力謀略論」を用いて警察・大学などを非難することが多い。ただし黒田寛一の死後、上述した荒唐無稽な謀略論の展開はあまり見られなくなった。謀略論をもっぱら先導していたのが黒田寛一であり、かつ現在の革マル派中央が一定の路線修正を行っていることが推測される。警察は現在、数名の活動家を建造物侵入・窃盗・電話盗聴などの被疑者として指名手配している。また、解放社本社付近には交番・消防署出張所が設置され、警察・消防ともに警戒にあたっている。これに対して革マル派も、解放社本社前に監視カメラを設置するなどして対抗している。

    歴史 [編集]

    結成の経緯 [編集]
    1962年9月、革命的共産主義者同盟全国委員会が第三回革共同全国委総会(三全総)を開催した。三全総では、組織建設の方法や労働運動の戦術を巡って書記長・本多延嘉と議長・黒田寛一が対立した。本多派と黒田派の対立は組織の末端にまで及び、組織は分裂してゆく。 1962年4月、ついに黒田派が革共同全国委員会から出て行く形で分裂し、日本革命的共産主義者同盟革命的マルクス主義派(以下、革マル派)を結成した。残された本多派は、のちに中核派と呼ばれるようになる。一連の分裂は「革共同第三次分裂」と呼ばれる。この分裂では、革共同本体においては、黒田派が少数派で、特に幹部クラスに至っては黒田、松崎明、森茂のみであった。しかし学生組織のマル学同や全学連では、黒田派が圧倒的に強く、本多派の方が組織から出て行く形で「マル学同中核派」を結成した。

    年表 [編集]
    1963年2月
    革命的共産主義者同盟全国委員会から分裂(革共同第三次分裂)し結成。議長は黒田寛一、副議長は倉川篤。
    1970年8月14日
    中核派に変装した革マル派活動家30人が法政大学に侵入し、中核派学生十数人を襲撃する。
    1972年11月8日
    早稲田大学の学生だった川口大三郎を集団でリンチし、殺害。
    1975年3月14日
    中核派の最高幹部・本多延嘉を殺害(中核派書記長内ゲバ殺人事件)。
    1977年2月11日
    革命的労働者協会(革労協)の最高幹部・中原一を殺害(革労協書記長内ゲバ殺人事件)。
    1985年2月5日
    和光大学構内内ゲバ事件が発生。午後2時過ぎごろ、和光大学構内において、革マル派活動家が中核派活動家を襲撃。竹竿・鉄パイプ等の凶器を用いて暴行を加え、8人に傷害を負わせるなどしたため、凶器集合準備・傷害などの罪で逮捕・起訴される。
    1986年1月20日
    京都大学教養部構内で、中核派の全学連副委員長代行を殺害。
    1988年7月1日
    京都大学教養部構内内ゲバ事件が発生。6人の中核派活動家が負傷。
    1995年10月~12月
    JR労組幹部(鉄道友愛会議長)宅に電話盗聴。
    1996年2月
    JR内部で活動する革マル派の実態を告発した『JRの妖怪』の著者である小林峻一の自宅から取材メモやフロッピーディスクなどを盗み出し、その情報をもとに、取材に応じた関係者に対して脅迫や嫌がらせを行う。これに対し、警察は革マル派非公然アジト「大和アジト」を家宅捜索。
    5月14日
    神奈川県横浜市青葉区新石川の國學院大學たまプラーザキャンパス付近の路上で午後9時ごろ、内ゲバ事件が発生。革マル派活動家の元早稲田大学社会科学部自治会委員長が死亡。6人が負傷。
    8月
    国鉄労働組合(国労)本部書記長(当時の企画部長)宅に不法侵入する事件を起こす。
    10月
    議長・黒田が辞任し、後任議長に植田琢磨が就任。
    1997年6月以降
    神戸連続児童殺傷事件は冤罪だとする闘争に乗り出す(米国のCIAによる「謀略的権力犯罪」であると主張)。
    8月~10月
    早稲田大学法学部教授宅に電話盗聴。これに対し、警察は革マル派活動家10人を指名手配。
    9月
    神戸連続児童殺傷事件の被疑少年の精神鑑定を行った医師が勤務していた神戸市北区の兵庫県立光風病院に不法侵入し、警察・検事調書の写し等の事件記録のファイル9冊を盗み出す。また、盗聴器を仕掛けるため、加害少年の両親宅にも忍び込む。
    1998年1月
    革マル派非公然アジト「豊玉アジト」が摘発され、偽造した警察手帳や公安調査官証票などが押収される。
    4月9日
    革マル派非公然アジト「浦安アジト」が摘発され、警察無線解読機器などが押収される。これにより、革マル派が警察無線の傍受を行っていた事が発覚する。
    11月
    革マル派非公然アジト「厚木アジト」が摘発され、鉄パイプ、鉄棒入り竹刀、サバイバルナイフ、鉈、まきびし等の凶器が押収される。
    1999年1月
    革マル派非公然アジト「荒川アジト」が摘発され、指名手配中の1人を含む非公然活動家4人が逮捕される。また、偽造ナンバープレート、鉄パイプ、まきびし、携帯電話電波妨害用機材などが押収される。
    10月23日
    早稲田大学法学部教授宅盗聴事件の電気通信事業法違反容疑で、革マル派非公然アジト「札幌豊平アジト」が摘発され、携帯電話、カセットテープ、文書類などが押収される。また、アジトにいた革マル派非公然活動家の荒井政則が、免状不実記載の疑いで逮捕される。
    2001年4月7日
    神奈川県横浜市青葉区新石川の國學院大學たまプラーザキャンパス構内で午後0時頃、同大学の学生自治会を事実上支配している革マル派の活動家ら数人が、サークルの勧誘をしていた同大学の男子学生を取り囲んで集団で暴行を加え、約10日間の軽傷を負わせたうえ、「なぶり殺しにしてやる」「家に火をつけてやる」などと脅迫。これに対し、神奈川県警察は被疑者を指名手配して捜索を行う。
    6月
    革マル派非公然アジト「玉川アジト」が摘発され、非公然活動家2人が逮捕される。翌月には同アジトの名義人だった小学校教諭が、犯人蔵匿罪で逮捕される。
    11月
    革マル派非公然アジト「名古屋西アジト」が摘発され、活動家1人が有印私文書偽造・同行使罪等で逮捕される。
    2001年12月23日~2002年3月21日
    國學院大學たまプラーザキャンパス構内で発生した集団暴行事件の被疑者として、革マル派活動家の早水潤二・北條純・福本満および岡田貴行が、傷害と脅迫の疑いで相次いで神奈川県警察に逮捕される。
    2002年11月1日
    革マル派活動家らがJR東日本の労組組合員に対し、組合を脱退し、退職することを強要した事件で、革マル派活動家を含むJR東日本の労組組合員等7人が強要罪で逮捕される。
    12月26日
    警視庁と北海道警が、革マル派非公然アジトの札幌市中央区のマンションなど北海道内11カ所を捜索。神戸連続児童殺傷事件の調書窃盗の疑いで指名手配されていた、革マル派非公然活動家の塩田明男ら3人の逃亡犯が、アジトに潜伏していたところを発見され、逮捕される。また、早稲田大学法学部教授宅盗聴事件の電気通信事業法違反容疑で指名手配されていた広田雅明も逮捕され、さらに現場にいた革マル派活動家・住井秀行が犯人蔵匿の現行犯で逮捕される。
    2003年1月17日
    革マル派非公然アジト「貫井アジト」が摘発され、フロッピーディスクなどが押収される。
    3月16日
    「革マル派結成40周年・『共産党宣言』155周年記念革共同政治集会」を開催。議長・植田琢磨が「わが党組織建設の新たな段階を切りひらけ!革マル派結成40周年記念集会に際して」と題する記念講演を行う。
    4月24日
    革マル派非公然アジト「弥生アジト」が摘発され、パソコン、フロッピーディスク、ビデオテープなどが押収される。
    6月20日
    革マル派非公然アジト「福岡城南アジト」が摘発され、パソコン、フロッピーディスク、携帯電話などが押収される。
    7月6日
    「弥生アジト」に在室していた活動家2人のうちの1人が、詐欺罪及び有印私文書偽造・同行使罪で逮捕される。
    9月~12月
    早稲田大学法学部教授宅に対する電話盗聴事件などで指名手配されていた革マル派非公然活動家6人が、東京都千代田区で逮捕される。
    9月12日
    「福岡城南アジト」の名義人だった小学校教諭が詐欺罪で逮捕される。
    10月31日
    革マル派非公然アジト「沖縄アジト」が摘発され、フロッピーディスク、携帯電話などが押収される。
    2004年
    スペイン列車爆破事件やイラク日本人人質事件などについて、ブッシュ米大統領による陰謀であると主張。
    3月25日
    革マル派非公然アジト「深川アジト」が摘発され、パソコン、携帯電話などが押収される。
    3月29日
    指名手配中の革マル派非公然活動家4人をかくまったとして犯人蔵匿の罪に問われていた、革マル派活動家の住井秀行に対し、札幌地方裁判所が懲役1年6か月・執行猶予4年の判決を言い渡す。
    2005年
    この年の7月7日に発生したロンドン同時爆破事件について、「ブッシュ帝国が米CIAおよびMI6・MI5をも組織して仕組んだ謀略」であると主張。
    10月26日
    大阪経済大学構内で、教職員に対する暴力事件を起こす。
    11月30日
    神戸連続児童殺傷事件の調書窃盗の被疑者として指名手配されていた、革マル派非公然活動家幹部・竹内政行が警視庁に出頭し、窃盗と建造物侵入の容疑で逮捕される。
    2006年1月6日
    革マル派の活動拠点となっていた大阪経済大学の自治会室や学生会室などを、大阪府警が家宅捜索。活動家8人を逮捕。
    6月26日
    元議長・黒田寛一が、埼玉県内の病院で死亡。
    12月4日
    神戸連続児童殺傷事件の調書窃盗の疑いで窃盗や建造物侵入などの罪に問われていた、革マル派非公然活動家の塩田明男ら6人の被告人に対し、東京地方裁判所が懲役5年~1年10か月の実刑判決を言い渡す。
    2008年2月8日~22日
    革マル派活動家の宇田耕一郎が2007年9月24日に偽名でホテルに宿泊していた疑いで、警視庁と神奈川県警は、有印私文書偽造・同行使などの容疑で、千葉県八千代市八千代台の団地の一室など、計4ヵ所の革マル派非公然アジトを家宅捜索。同派によって収集されていた警察関係者の人事異動記録や顔写真などを押収。同月18日には革マル派の拠点「解放社」の家宅捜索が行われ、22日に宇田を逮捕。
    12月17日
    居所と運転免許証記載の「住所」が相違する事を奇貨として、2006年10月24日に免状等不実記載で神奈川県警察公安第三課に逮捕された鎌倉市在住の活動家について、横浜地方裁判所は「情報収集を目的とした“為にする”逮捕であり違法不要であった」として国家賠償法に基づく賠償を神奈川県に命じる。

    学生組織 [編集]
    革マル派の学生組織としては、「日本マルクス主義学生同盟・革命的マルクス主義派(マル学同革マル派)」があり、その傘下には、同派系の全日本学生自治会総連合(全学連)が組織されている。これらの組織は、定期的に全国の学生活動家を集めて大会を開催したり、「反戦・反安保」等を掲げて集会やデモなどの活動を行っているほか、新たな活動家や活動資金の獲得などを目的に、全国各地の大学の学生自治会や学園祭を運営する組織を事実上支配するなどして、大学における自治会活動や学園祭運営に介入している。

    早稲田大学 [編集]
    革マル派の学生組織は、長年にわたり早稲田大学を中心的な拠点校としてきたが、大学側は同派の影響力を排除するため、1995年7月に商学部自治会の公認を取り消し、2005年3月には社会科学部自治会の公認を取り消した。また、革マル派が主導する早稲田祭実行委員会が、長年にわたって早稲田祭の収入や助成金を同派系の偽装サークルに一千万円単位で横流しするなどの行為を行っていたことから、大学側は1997年から2001年まで早稲田祭の開催を中止し、同派系の偽装サークルの公認も取り消した。これにより同派は資金源を失った。このため、革マル派が教職員の自宅を盗聴する事件を起こすなど、大学側と革マル派との対立が激しくなっている。

    東京大学 [編集]
    東京大学では、直接「革マル派」の名を表に出して活動することは少なく、普段は反戦サークル「すとかい」(正式名称は「Stop! イラク戦争と自衛隊派遣に反対する東大生会議」)を騙り、駒場キャンパス内外に看板を掲げ、教室内に大量にビラをまくなどして活動していることが多い。また、このほかにも、革マル派との関係が疑われているサークルが存在している。これらの偽装サークルは、日本共産党系の日本民主青年同盟が主流を占める東大学生自治会と激しく対立しており、自治会側は「革マル系の暴力殺人者集団であり、勝手に偽の全学連をでっち上げて名誉を傷つけている」と批判している。これに対し、偽装サークル側は「自治会は日本共産党の手先であり、『日米帝国主義』を止める気がない」などと反発している。自治会側は毎年、新入生歓迎期間の直前になると「革マルと原理研究会に関わってはいけません」という趣旨のビラを配り、注意を喚起している。

    大阪経済大学 [編集]
    大阪経済大学では、革マル派の自治会や外部から侵入した学外活動家などによって、大学側を誹謗中傷する活動がキャンパス内外で公然と行われてきた。しかし、2005年10月26日に自治会側が教職員に対して暴力事件を起こし、同年11月10日には自治会が非公認化された。これに対し、旧自治会側は同年12月12日に、一連の非公認化や暴力事件(旧自治会側は「仕組まれた逮捕劇」などと主張)をもとに理事長・学長・学生委員長(教授)らを相手取り大阪地方裁判所に提訴したが、その後、提訴は取り下げられた。2006年1月6日には、大阪府警が大学内の家宅捜索を行い、暴力事件に関与した革マル派活動家8人(このうち5人が大阪経済大学の学生)を傷害と暴力行為等処罰法違反の疑いで逮捕した。これに対し、逮捕された活動家の1人が同年1月11日に、「逮捕容疑は事実がねじ曲げられている」などとして、学生委員長を大阪地方検察庁に逆告訴した。

    國學院大學 [編集]
    國學院大學では、革マル派の自治会および偽装サークルによって、ビラまきや看板設置のほか、ポスターや革マル派機関紙『解放』の掲示などの活動がキャンパス内外で公然と行われている。また、2001年には自治会メンバーによる自衛官への集団リンチ事件、2001年には本学のたまプラーザキャンパスで内ゲバによる集団リンチ殺人事件が発生している。主要な文系サークルの多くが自治会シンパであり、文連(文化団体連合会、事実上自治会の傀儡組織)総会でも新年度予算の否定や新執行人事に対する批判はなきに等しい。また、学内で半ば非公認に配布されている「国学院大学新聞」(公式の新聞は大学広報課の発行する『國學院大學学報』である)も事実上、革マル派の機関紙に近い状態になっており、同派の政治的主張を発信するための宣伝媒体になっている。 このように本学が関東における革マル派の主要拠点になってしまった経緯には、古くはGHQによる保守勢力の解体と、それに伴う左翼グループの脅威拡大が影響しているといわれている。また、共産党勢力による学校(理事会)乗っ取り防止のために、必要悪として革マル派を取り入れたという経緯もある。 また、1995年から2005年に至るまで早稲田大学における革マル勢力の掃討により、居場所を亡くした活動家の多数が國學院に移ってきた。 現状としては大学側による自治会への交渉はほとんど行われておらず、(おそらく第二次大戦の傷と学内勢力の均衡を担う観点から)大学自治体はほとんど野放しになっており、(体育団体連合会を除く)自治会に所属する部会の多くは反発すらできないという状況が長年にわたって続いている。

    琉球大学 [編集]
    琉球大学では、基地撤退を求めるビラや「集団自決」教科書検定問題などに関する新聞のコピーを各学部の掲示板に貼るなどの行為が行われている。

    愛知大学 [編集]
    愛知大学豊橋校舎の学生自治会では、長年にわたり、執行部である常任委員会のポストを革マル派が排他的に独占し、学生自治会の実権を掌握している。民主青年同盟や体育会系極右と激しく対立している。また、東海地方には中核派の勢力が少ないため、内ゲバ事件などが全くと言っていいほど無い。他の敵対する極左を排除した、圧倒的なヘゲモニーを確立した環境を温床にして革マル派は思うがままに、毎年多くの新入生をオルグし「シンパ」として利用し、その中から革マル派の構成員へと獲得している。革マル派の一般学生に対する影響力は絶大である。サークル活動が特別に盛んな同大学学生は、大学当局に対して団体交渉を行う際に、革マル派の指導のもと数百人規模のデモを学内で行うことで有名。東海地方における革マル派の学生組織の最大の拠点はまさに愛知大学豊橋校舎にあると言えよう。学園周辺には複数のアジトが存在していると思われる。また革マル派の上部組織から多くのオルガナイザーが学生組織の強化と指導のために学内に入り込んでいる様子である。

    革マル派の活動拠点となっている大学 [編集]
    北海道大学(農学部自治会)
    帯広畜産大学
    北海道教育大学(旭川校)
    早稲田大学
    國學院大學
    専修大学
    津田塾大学
    和光大学
    愛知大学(豊橋校舎)
    名古屋大学(理学部自治会)
    奈良女子大学
    鹿児島大学(共通教育自治会)
    琉球大学
    沖縄国際大学

    関連文献 [編集]
    野村旗守『Zの研究』月曜評論社(2003/05) ISBN 4990163702

    関連項目 [編集]
    解放社(公然拠点)
    革命的共産主義者同盟 (日本)
    革命的共産主義者同盟全国委員会
    マルクス主義学生同盟
    全日本学生自治会総連合
    中核vs革マル

    外部リンク [編集]
    革共同・革マル派
    "http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E9%9D%A9%E5%91%BD%E7%9A%84%E5%85%B1%E7%94%A3%E4%B8%BB%E7%BE%A9%E8%80%85%E5%90%8C%E7%9B%9F%E9%9D%A9%E5%91%BD%E7%9A%84%E3%83%9E%E3%83%AB%E3%82%AF%E3%82%B9%E4%B8%BB%E7%BE%A9%E6%B4%BE" より作成
    カテゴリ: 日本の新左翼 | 革マル派 | 陰謀論

    国鉄動力車労働組合
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    国鉄動力車労働組合(こくてつどうりょくしゃろうどうくみあい)は、旧国鉄の機関士を中心とした労働組合の連合体。略称は動労(どうろう)。

    目次 [非表示]
    1 歴史
    1.1 結成から「鬼の動労」へ
    1.2 分裂した新労組
    1.3 国鉄分割民営化
    2 関連項目
    3 組織内議員
    4 参考文献

    歴史 [編集]

    結成から「鬼の動労」へ [編集]
    1950年に国鉄労働組合(国労)の機関士待遇をめぐる運動方針から国鉄機関車労働組合(機労)を結成、1957年に国鉄動力車労働組合と改称した。この背景には、蒸気機関車の運転には、熟練された技術や釜炊きと呼ばれる機関車を操作できる状態にしておくまでの準備に手間がかかることから、「一般の駅員より機関士や運転士の方が格上」という現場での運転士達の自負心・エリート意識があったとされる。

    結成当初は非政治的で穏健な職能組合だったが、養成に数年かかる機関士、運転士で構成される組織構成上、勢力拡大に制約が伴うことから、やがて組織維持・拡大のため内部規律、団結を強め、活動も先鋭化した。1960年代~1970年代には、国労以上に先鋭的な労働運動を展開、「鬼の動労」と呼ばれる存在となった。その後もマル生運動反対闘争・スト権ストなどを国労と共に主導した。

    分裂した新労組 [編集]
    一方、動労は革マル派の色合いが濃かったため、政治セクト・政党支持をめぐって内部対立が起こり、1974年には日本共産党系の全国鉄動力車労働組合(全動労)が、1979年には成田闘争をめぐる対立から中核派系の国鉄千葉動力車労働組合(動労千葉)が、1984年に国鉄分割民営化を巡って、全東北鉄道産業労働組合(現在の鉄道産業労働組合[鉄産労])がそれぞれ分裂している。

    国鉄分割民営化 [編集]
    鬼の動労と呼ばれた動労も、1975年のスト権ストの敗北によってストライキ戦術がもはや効果的でないと判断、国労と内々に協議しストライキ戦術の放棄を決める。「まず動労が決めないと国労は意見がまとまらない」との国労側の声で先にストライキ放棄を宣言したが、国労側は意見が分裂しストライキ放棄を決めることができなかった。国労に梯子を外された格好の動労は激怒し、両者の路線対立は決定的になる。

    貨物列車の衰退がトラックへの移行で著しくなる中、職場を守るため1978年には貨物列車に関するストを行わない旨を決定する(ゴーサントオ改正にあわせたもので、「貨物安定宣言」としてその旨を宣言した。また、ストライキによって貨物輸送が減ったという批判に対し、反論するためという理由もあった)。1982年から1984年頃には、外部からの批判によって国鉄の職場荒廃(カラ出張、ヤミ休暇など)への改善運動が実施されたが、動労はこれにも国労と比較すれば協力する姿勢をとっている。

    国鉄分割民営化にあたっては国労が徹底抗戦の構えを見せる一方、動労は松崎明委員長の下、組合員の雇用を絶対に守るという建前で組織防衛を図る方針から労使協調路線に転換し、1986年1月、鉄労、全施労とともに国鉄当局と「労使共同宣言」を締結、国労と共に分割民営化反対を唱えていた総評を脱退している。

    その結果、ほとんど不採用者・脱落者を出すことなく新会社に採用されたが、組合員個人の意思に反した広域配転(北海道・九州→首都圏へ)や50歳以上の組合員に対しては採用が控えられ、一律に勧奨退職の対象となるなど、結果的に国鉄を追われた形で辞めた組合員は多い。また一部に不採用となった動労役員がいたが、民営化後に子会社役員に招聘されるなど、見せかけだけの「不採用」は、予定調和だったとされている。

    その後鉄労などと国鉄改革労組協議会を組織し、それを母体に民営化後のJRでは統合して全日本鉄道労働組合総連合会(鉄道労連、のちJR総連)を結成、民営化された新会社における労働運動で主導権を握った。

    関連項目 [編集]
    松崎明
    遵法闘争
    アジ電車
    国鉄千葉動力車労働組合(動労千葉)
    「雪と闘う機関車」・・・機労旭川地本教宣部製作の映画、DVD「鉄道映画名作集シリーズ1」に収録[1]。

    組織内議員 [編集]
    目黒今朝次郎(元参議院、現・社会民主党顧問)

    参考文献 [編集]
    動労30年史編纂委員会編『動労三十年史』1-3(国鉄動力車労働組合、1982-83)
    "http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%BD%E9%89%84%E5%8B%95%E5%8A%9B%E8%BB%8A%E5%8A%B4%E5%83%8D%E7%B5%84%E5%90%88" より作成
    カテゴリ: 鉄道 | 日本国有鉄道 | かつて存在した日本の労働組合

    全日本鉄道労働組合総連合会
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    全日本鉄道労働組合総連合会(ぜんにほんてつどうろうどうくみあいそうれんごうかい、英: Japan Confederation of Railway Workers Uion、JRU)は、JR各社の労働組合の連合組織。略称JR総連(-そうれん)。日本労働組合総連合会に加盟。

    目次 [非表示]
    1 概要
    2 歴史
    3 傘下労働組合・組織
    4 関連項目
    5 外部リンク

    概要 [編集]
    現在、JR総連はJR東日本・JR北海道・JR貨物で多数派労働組合を形成。その他、日本テレコム・鉄道総研そして、鉄道関連(車内販売、古くは列車食堂やビュッフェ営業)としてホテル聚楽の労働組合、聚楽労組が加盟している。2005年7月1日現在、組合員数は6万1000人。

    本部:東京都品川区西五反田3丁目2-13 目黒さつき会館
    委員長:武井政治 書記長:鎌田寛司

    歴史 [編集]
    1987年の国鉄分割民営化にあたって、国鉄分割民営化に協力し、鉄道産業の再生と組合員の雇用を守るため、国鉄時代の国鉄動力車労働組合(動労)・鉄道労働組合(鉄労)・全国鉄道施設労働組合(全施労)・車輌労働組合(車労)・鉄輪会・社員労働組合・更に分割民営化に反対だった国鉄労働組合(国労)から分裂した真国鉄労働組合(真国労)などが、国鉄改革労働組合協議会を2月2日に結成。初代会長は鉄労出身の志摩好達。分割民営化後は各企業ごとの労働組合の連合体として全日本鉄道労働組合総連合会(鉄道労連)を発足させ、4月1日付けで全民労協に加盟した。略称は後にJR総連としている。

    本州では予想以上の退職者が出て定員割れになりそうな状況であった。2月2日の結成大会では「国鉄改革に反対する不良職員が採用されかねない。しかし、このようなことは許されるものではないし、われわれは断じて許さない。」とする内容の「「新会社の採用・配属に関する特別決議」を採択し、たとえ定員割れになっても、国労など、分割民営化に反対する「不良」職員を排除するよう公然と要求した(詳細は国鉄労働組合#JR以降と政府・経営側の評価を参照)。

    JRには、本州では国労・全動労など鉄道労連側が「不良」と非難した組合員も採用されたが、北海道・九州では両者ははっきり差別された。鉄道労連の不採用者は全国で29名(北海道22、東日本1、西日本2、九州4。東海、四国は全員採用)、採用率は99%を超えた。一方、国労の不採用者は全国で5049名(北海道3400、本州3社57、四国2、九州1550)であり、北海道と九州での採用率はそれぞれ48%、43.1%だった。全動労も、北海道と九州の採用率はそれぞれ28.1%、32%だった。また、志摩会長は「本来採用すべきでない人たちを採用したのだから、この人たちを絶対に本務(本来の鉄道の仕事)につけないこと。もし本務についてドライバー(運転士)や車掌をやるといつストライキをやるか分からない」と国労・全動労などでJRに残った者の左遷を要求。JR東日本では、鉄道の本務勤務は鉄道労連が独占した。

    しかし、動労と鉄労の2大労働組合系組員によって主導権争いが起こり、結局鉄労色の強いJR東海労組・JR西労組・JR四国労組・JR九州労組の4組合が総連を離脱した。これらの会社のJR総連支持派組合員はこれに反撥し、新組合JR東海労、JR西労、JR九州労(後に解散。JR九州ユニオンに合流)を結成して総連に加盟し分裂。これらの会社では総連系の組合は少数派に転落した。その後1992年5月18日に、1987年2月28日に国労から分離発足した旧日本鉄道産業労働組合総連合(旧鉄産総連)労働組合が総連を離脱した4組合に合流し、日本鉄道労働組合連合会(JR連合)を発足させている。なお、2006年7月に組織問題からJR九州ユニオンがJR総連からの脱退を表明(後に除名)。JR四国・JR九州には現在、JR総連加盟組合は存在していない。

    かつてJR総連を指導していた松崎明が新左翼党派である革マル派結成時の副議長であったことから、現在でも革マル派との関係を疑う向きも多い(公安関係など)が実際の関係については定かではない。

    傘下労働組合・組織 [編集]
    北海道旅客鉄道労働組合(JR北鉄労)
    東日本旅客鉄道労働組合(JR東労組)
    JR東海労働組合(JR東海労)
    JR西日本労働組合(JR西労)
    日本貨物鉄道労働組合(JR貨物労組)

    関連項目 [編集]
    労働組合 - 日本労働組合総連合会

    外部リンク [編集]
    JR総連
    JR東労組
    JR東海労
    JR西労
    JR貨物労組
    "http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%A8%E6%97%A5%E6%9C%AC%E9%89%84%E9%81%93%E5%8A%B4%E5%83%8D%E7%B5%84%E5%90%88%E7%B7%8F%E9%80%A3%E5%90%88%E4%BC%9A" より作成
    カテゴリ: 鉄道 | 日本の労働組合 | 日本労働組合総連合会

    松崎明
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    松崎 明(まつざき あきら、1936年 - )は国鉄動力車労働組合元委員長、JR総連・JR東労組顧問。革マル派幹部とされている(組織名:倉川篤)。埼玉県出身、埼玉県立川越工業高等学校卒。愛称は松っつあん。

    目次 [非表示]
    1 その思想と行動
    2 主な経歴
    3 著作本
    4 関連項目

    その思想と行動 [編集]
    黒田寛一から厚い信頼を受けており、革マル派の副議長(組織名:倉川篤 愛称:クラさん)と言われる。現在、関係は切れていると松崎は言うが、その思想と行動こそ革マル派の手法とされている。動労ではカリスマ的な指導力で、闘争を高揚させて国鉄労働運動、ひいては総評労働運動をリードしてきた。その頂点が1972年のマル生反対闘争であり、国鉄総裁が国会で陳謝して勝利解決した。その闘いから「鬼の動労」と呼ばれるようになる。

    しかし、共産党系活動家排除を目的として1974年に全動労が分裂し、中核派活動家排除を目的に1979年には動労千葉が分裂しており、とくに動労千葉の分裂に際しては激しい暴力を伴う内部抗争があり、ここにも革マル派のセクト主義、内ゲバ志向、暴力的手法が散見されている。そして、このことが折りからの中核派との抗争を激しくし、松崎個人に対して宣戦布告とも言える「カクマル松崎せん滅」のスローガンを突きつけられることになる。松崎本人は襲撃を受けたことはない(未遂はある)が、旧動労の幹部や国労から脱退して新労組(いずれも現在はJR総連)を結成した幹部が中核派から襲撃を受けて多数の死者を出している。また、右翼団体からも言動・思想で対立軸になっている為批判をされているが、一水会の鈴木邦男とは反権力・反公安で親交がある。

    1975年のスト権ストの敗北以降、春闘でのストライキはあったものの、国鉄分割民営化においては激しく闘うことはなく、早々に民営化に協力している。その際、過去の闘争を否定し、国鉄幹部や自民党議員との会談において「私は犯罪者でした」と語るなど「転向」したかにように見られた。しかし、これは思想転向したのではなく、一時後退しても組織防衛を図る戦術であった。JR以降の思想と行動は東日本会社との蜜月関係である「労使協調」を除けば、反戦運動を闘争方針に掲げたり、月刊誌「自然と人間」では過去の動労の闘争を再評価するなど、「動労に先祖返りした」と言われる所以である。

    JR総連から融資を受けて別荘を建てたが、これが融資ではなく、組合予算を流用したのではないかという疑惑から、2007年2月に業務上横領容疑で家宅捜索を受ける。この件を追及している週刊現代は特集記事をそのつど掲載しているが、これに対して松崎は名誉毀損で告訴している。

    2007年11月30日、警視庁公安部は、松崎をJR総連の内部組織「国際交流推進委員会」の基金口座から3000万円を引き出し横領した業務上横領容疑で書類送検した。直後に松崎はハワイの高級住宅地にある別荘を3千数百万円で購入。この購入資金は同協会職員の個人口座を通じてハワイの不動産会社に送金されており、公安部は横領した金が充てられた疑いがあるとみた。松崎は「妻名義の土地を売却して得た資金なども口座に入っており、私的流用はしていない」と容疑を否定。JR総連も「横領された事実はない」とした。2007年12月28日、東京地検は嫌疑不十分で不起訴処分とした。

    主な経歴 [編集]
    1955年、国鉄入社。日本共産党に入党。
    1957年、田端機関区に配属、機関助士となる。動労加入。
    1958年、黒田寛一と出会う(革命的共産主義者同盟に加入)。
    1959年、共産党を離党。
    1961年、動労青年部を結成、初代青年部長に就任。
    1963年、動労田端支部長に就任。革命的共産主義者同盟が分裂し、黒田寛一率いる革マル派につき副議長になったと言われる。
    1970年頃、処分により国鉄解雇、東京地方本部委員長に就任。
    1985年、動労中央本部委員長に就任。
    1987年、JR東労組会長に就任。
    2001年、JR東労組会長を退任、顧問となる。
    2007年、業務上横領容疑で家宅捜索を受ける。
    2007年11月30日 業務上横領容疑で警視庁が書類送検 ※一部のマスコミはJR東日本労組元会長などの匿名表記で報道した
    2007年12月28日 不起訴処分となる
    2008年1月29日 不当捜査による精神的苦痛・社会的信用失墜を理由に、東京都や国に損害賠償を求める訴えを起こす

    著作本 [編集]
    国鉄動力車~順法闘争と労働運動~(谷恭介と共著)1972年、三一書房
    鬼が撃つ―もう一人のJR牽引者として 1992年、TBSブリタニカ
    国鉄改革―正々堂々と我が道を行く(上巻・下巻)1998年、ぴいぷる社
    職場からの挑戦―時代を創る 2000年、東日本路客鉄道労働組合
    鬼の咆哮 暴走ニッポン! 2001年、毎日新聞社
    鬼が嗤う―ひとよ人たれひとは民たれ 2002年、西田書店
    鬼の闘論―いでよ変革者!(鈴木邦男と共著)2006年、創出版
    松崎明秘録(聞き手宮崎学)2008年、同時代社

    関連項目 [編集]
    国鉄動力車労働組合
    全日本鉄道労働組合総連合会
    日本革命的共産主義者同盟革命的マルクス主義派
    "http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%BE%E5%B4%8E%E6%98%8E" より作成
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    2009年5月10日 (日)

    簡易保険セールスマンの目から見た「かんぽの宿」問題

     日本郵政株式会社・かんぽ生命株式会社・郵便局株式会社はお客さんとの約束を守りません。なぜなら民営化以前、特に郵政省時代の簡易保険のパンフレットには「簡易保険7つの特長」の一つとして「簡易保険保養センターが利用出来ます」と必ず記載していたからだ。他にも幾つか特長があるのだが、そちらは後日に回すとする。

     簡易保険の古いセールスマンや窓口で簡易保険を販売していた職員なら、かなりの割合でお客さんに簡易保険保養センターや簡易保険加入者ホーム・東京五反田のゆうぽうと(前の二者を併せて「かんぽの宿」と言う)が利用出来ることをセールストークの中で使っていた。かんぽの宿は保険加入者へのオマケなのだから、宿泊価格は赤字覚悟の低料金に設定されていた。元々が儲ける気など無いのだ。よその保険会社にはない付加価値として存在したから、同じ保険にはいるなら簡易保険に入るというお客さんは沢山いたし、満期で保険契約が無くなると行けないというので新規契約につながることも多々あった。勧めなくてもかんぽの宿に泊まりたいと言うだけで保険に入ってくれる。楽だった。

     90年頃まではとても大らかだったから、宿泊の際に宿帳に「加入している」と書くだけで済んだ。実際に加入している必要は無かった。簡保の宣伝施設だから後々契約に繋がればそれで良い。都合が悪くなっても当日キャンセルでも手数料不要。郵便局の端末機では空室が検索出来たから、空きのある施設を紹介していた。半年前から申し込むことが出来たから、あるお得意様は毎年2月になると私を呼んでお盆の予約をしていた。集金の担当区域が変わっても贔屓にしてくれた。問題は当時各保養センターごとに利用予約を受け付けていたから、外れた時に備えて複数申し込んだお客さんが居たことだろう。後にそれは改善されて、宿泊施設と日程が第一希望から第三希望まで記入する形式になった。

     バブルが弾けると、真っ先に打撃を受けたのが観光産業だが、かんぽの宿だけはいつも満員だった。安くて料理も満足出来る物だからだ。1万円出せば一泊二食付きで女性は食べきれないほどの料理が出る。素泊まりも出来るし日帰り利用も出来る。その性で「民業圧迫」(またしても)の声が観光協会や宿泊協会から出てきて、簡易保険利用者と未加入者との間で料金設定を別にするようになった。最初は500円、後に1000円。それでも安い。だから利用の際には簡易保険に加入をしていることの証明が必要になり、保険証書か領収帳を持参して貰うようになった。最初は契約者さえ宿泊すれば全員が加入者料金。後に厳しくなって証書に名前が記載されている契約者・被保険者・保険金受取人のみが基本料金で、そうでない場合は未加入者料金になる。ある年、弟家族が簡保センターを利用するのだが未加入なので料金が安くならないかという。宿泊当日に契約して加入者料金にしたことがある。(身内が何故保険に入っていないのか、漢字生保の契約者なら疑問に思うだろうから、この点については簡易保険と漢字生保の大きな違いとして後日記事にする)

     90年代から脚光を浴びたのが「公共の宿」。書店には全国各地の公共宿泊施設を紹介した雑誌が並んでいた。処が郵政省所管の施設でありながら、厚生省所管の物と違って紹介が出来なかった。都道府県や市町村が運営する物は地域振興策として掲載出来た。どこからどの様な圧力が掛かったのかは知らないが、かんぽの宿と郵便貯金会館(メルパルクやメルモンテ日光霧降・メルパール伊勢志摩)は排除された。宿泊予約の効率化のために全国一括の予約センターが出来たために、簡易保険の外務員や窓口担当者とは直接の繋がりが無くなり、お客さんにも勧めなくなった。せいぜい局の窓口にチラシが置いてある程度だ。保険事務室には近畿各地のかんぽの宿のキャンペーンチラシが置いてあるが、他の郵政局(後に支社)の物は無い。御所局の場合、集金先や訪問先で毎回毎回保険の勧誘をするわけにはいかないから、私は積極的にこのチラシを配り、郵便商品のパンフレットやチラシを配ったが、私が配りきれなかった物はゴミ箱行きだった。保険契約・貯金預入に直接結びつかないことは郵政内部の事ですら誰も手に付けない。( 「なぜか郵便営業」 「郵便営業で表彰」参照)

     郵政民営化によって加入者専用施設という制約は無くなった。旅行代理店と提携すればいくらでもお客さんは集まる。料金が低くて赤字になると言うのなら数千円程度値上げしても大丈夫なだけの質はある。実際、平群・有馬・富田林・鳥羽・三ヶ根・西大寺・ゆうぽうとと利用したが、どこも値段以上に満足出来た。奈良の赤目に一泊二食で約15000円の旅館があるが、ここよりかんぽの宿の方が絶対良い。大広間での食事という点では同じだが料理は圧倒的にかんぽの宿が上だ。飛騨亭花扇( 「飛騨高山」参照)になると料理も良いし部屋でのんびりと人様に遠慮することなく食事出来るので遠く及ばない。しかし予算が1万~15000円ならかんぽの宿で十分だ。民分の過程で大幅に減少したとはいえ未だに2万以上の郵便局と数万人の渉外要員、更には膨大な退職者が居るわけだから、このネットワークを活用しない手はない。オリックスは値上げして利用することを考えて買収しようとしたのだろうし、日本郵政の幹部は銭儲けしか頭になくて視野が狭いから単純に土地転がしで儲けようとしたのだろう。丁寧にテコ入れすれば莫大な利益をもたらしてくれる施設を手放すのだから勿体ない。現に数日前大阪の郵便局でかんぽの宿のパンフレットがないかを訪ねたところ、「関係が無くなりましたので有りません」と素っ気ない。大阪中郵移転のチラシを貰った局のことだ。平群の営業さんは非常に努力しているようで、大和高田の何カ所かの郵便局でチラシを見かけた。

     組合的にはかんぽの宿の職員は圧倒的に旧全逓だ。元々は事業団支部という事で別組織であったが、04年の「JPU」への名称変更と同時に施設ごとに最寄りの支部の一分会となった。奈良支部連絡協議会の場合平群は西部支部、西大寺は多分奈良中郵支部ではなかったかと思う。もしかしたら北部支部かも知れないが。売却によって一年間しか雇用が保障されないと言うことが報道されていたが、JP労組は何をしているのだろうか? ホームページを見ても何も分からないし、組合員がパスワードを入力しないと閲覧出来ない項目が非常に多い。衆目にさらすことが出来ない事が沢山あるのだろう。二組全郵政との合併まではこんなことは無かった。そして売却によって日本郵政グループを離れるわけだから様々なお付き合いが無くなる。日本の労組は基本的に企業別組合という弱点を抱えている。逓信省が廃止されて郵政省と電気通信省が出来るまでは組合が全逓一つだったが、1949年6月1日郵電分離、52年の日本電信電話公社設立の過程で全電通(現在のNTT労組)が分家した。

     全逓奈良地区時代に地区大会が開催される時は、東西南北吉野の5支部回り持ちで、北部は西大寺簡保センター、西部は平群簡易保険加入者ホームか旧新庄町の(現在の葛城市)奈良県社会教育センター、東部は榛原町立美榛苑(現在の宇陀市)、南部は五條市の何とか言う半官半民のホテル(潰れたのかして検索に引っかからない)、吉野は杉の湯と相場が決まっていた。基本的に公共施設で、各種宿泊研修も同様だ。これは近畿地本や本部も同じだったが、90年代から急速な変質を遂げ、今は大資本のホテルで開催するのが普通になった。ジーパンにTシャツで参加出来た物がスーツ着用を義務づけられるようになった。近畿の場合だいたいは弁天町の三井アーバンホテルか江坂の東急インだ。日本郵政の西川前社長が三井住友銀行元頭取であることと関係があるのかどうかは分からない。何にせよ組合ルートでの利用もいずれ無くなる。

     私見では、かんぽの宿は日本郵政グループの中でもかんぽ生命が保有し続けることが一番メリットが大きいだろう。小泉・竹中・西川・宮内は郵便局を食い物にしたいだけなのでそんなことは関係ないわけである。

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    2009年5月 9日 (土)

    決意表明とご無沙汰のご挨拶

     昨年4月に妻が蜘蛛膜下出血で死地をさ迷い、私が1月にリストラ鬱病によって郵便局を退職していたため夫婦揃って病気による失業者となっていた。現金な物でストレスの原因である郵便局を離れると病状は健やかになった。10月からは某飲食店で22時から8時まで、拘束10時間実働8時間の勤務をして月収11~15万の生活を送っていた。傷病手当が月約17万だったから自宅で寝ていた方が収入が上という文字通りのワーキングプアの生活だ。新たな仕事を見つけ、現在は某社の個人代理店になるべく努力している最中で、上手くすれば01年に民営化の準備で簡易保険・郵便貯金の募集手当制度がそれぞれ「顧客満足貢献手当」「営業方針貢献手当」として大幅に改悪される以前の生活水準に戻れるかも知れない。少なくとも民営分社化で賃金は業界最低、ノルマは滅茶苦茶で自爆営業当たり前。一時金(ボーナス)の大半が消えていくというタコ部屋企業とおさらば出来て良かったと思っている。

     お付き合いの有ったブロガーの皆さんとは本当に疎遠となっていたが可能な限り記事を書いて小泉・竹中が一体どの様にして「権利の全逓」「総評御三家」と呼ばれ日本の労働運動を牽引してきた全逓信労働組合を御用組合の集合体である連合の中でも最右派の組合に変質させたか、同時に国民と共有の財産であった郵便局を5社に分割して各々を勝ち組大企業の食い荒らすままにしてしまったかの実態を報告していきたい。永年郵便局で働いてきた者にしか分からない事実を明らかにしていきたい。政治家や評論家による郵政民営化批判は広く知られているが、職場からの告発は殆ど知られていない。このブログにリンクを貼っている郵政労働運動関連のサイトは、残念ながら郵政関係者が見るくらいで殆ど注目されていない。民営化の過程で一体どれだけの局員が自殺し、数千人が長期間の病気休暇・休職に追い込まれ、十数万人が定年を待たずして職場を去った。私のブログを入り口としてそれらを是非とも覗いて欲しい。

     書籍としては全逓四・二八連絡会が昨年「郵便屋の叛乱」という本を彩流社から出版した。78~9年の反マル生越年闘争を闘った結果懲戒免職にされた58人の内、91年に全逓本部に切り捨てられても屈することなく28年間闘い抜き、見事職場復帰を実現した7人の記録だ。同時に全逓労働運動の最良の教科書でもあるし、郵政民営化に向かう20数年間の現代史でもある。この本を書いたのは郵便屋さんだ。同じく現場の郵便局員が民営化を告発した物としては池田実さん(この方も四・二八被免職者)の「郵政民営化 郵便局はどこへ行く」(現代書館)「郵便屋さんが泣いている 郵便局腐食の構図」(現代書館)。面識は無いと思うが国沢健さんの「郵便は出すな! 元郵便局員の叫び」(ゴマブックス)がある。小説としては笹山久作さんの「郵便屋」「四万十川」ともに河出書房新社。古い物では「全逓労働運動史   総括と80年代展望」神子高人著(田畑書店)などが現場で働きつつ局員が実態を告発した物だ。惜しむらくは全員が郵便か集配の郵種労働者で、貯金と保険にはそんな人間が居ない。元々貯金・保険の人間は金儲けの時間が減るのを嫌がって役員活動家にならないし、いてもその殆どは本部派の人間だ。出来れば私がこのブログでその穴を埋めて郵政三事業の総体を知ってもらう一助になりたい。

    「雑談日記(徒然なるままに、。)」の8日付記事「われ決意す、たとえ倒れようとも、痩躯(?)に鞭うち這ってでも前進し捨て石とならん、君ら我らに続け、未来は君たちのものだ!」に書き込んだコメントの転載。
     
     SOBAさん今晩は。お久しぶりです。最近どうにかこうにかブログにオリジナル記事を書く余裕が出来つつあります。まだまだコメントへの返信を書くほどの余裕は有りませんが、出来ればTrackBackは再開しようと思います。特に中曽根内閣の行革による国鉄分割民営化に始まった格差社会の20数年間で疲弊した地方の現状と、「国鉄の次は郵政だ」と言われて、やはり20数年間民営化攻撃に晒され続けた郵便局の実態を暴露して一人でも多くの人に知って欲しいからです。

     取りわけ05年の郵政選挙によって郵便局がどの様に変質してしまったかについての生き証人である訳ですから。

     処でこの記事で「草の乱」を紹介されていますがご用心下さい。この映画のそれもこの渡河のシーンにはJR東労組が500人のエキストラを動員しています。この組合は国鉄時代は動労であり、鉄道労連を経て、現在はJR総連となっています。つまり国鉄分割民営化に始まる今日の格差社会作りに労働運動・革命運動の中から裏切り者として登場したカクマルの本隊です。

     やつらはこの映画をJR東労組・JR総連の宣伝に使い「左翼」の仮面を被って勢力を拡大しています。悲しい話ですが「週刊金曜日」などの「左翼系」文化人達の中には、JR総連に買収されて提灯記事を書くところまで落ちぶれた輩が存在します。この点に十分ご注意の上紹介下さるようお願いします。

     尚このコメントは私のブログにも転記いたします。ご了承のほどお願いします。

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    2009年5月 8日 (金)

    大阪中央郵便局移転と不動産利権

    Photo  本日5月7日大阪中郵が取り壊して超高層ビルとなるために移転した。移転先は大阪駅前第1ビル。移転したのは大阪中央郵便局(郵便局株式会社)・ゆうちょ銀行大阪支店(ゆうちょ銀行株式会社)・日本郵便大阪支店大阪駅前分室(郵便事業株式会社 俗に言う郵便屋さん)。

     84年2月に、郵便輸送がそれまでの鉄道からトラックに変更された。郵便局では「59・2」(ごおきゅうに)と言う。国鉄分割民営化の影響で鉄道郵便局が廃止となったのだ。それまでは国鉄の駅前には大きな郵便局が各地にあった。大阪中郵もそうだし東京・名古屋なども駅前の一等地に存在する。御所郵便局の場合も国鉄御所駅まで昔はリヤカーや自動車を使って郵便を受け取りに行った時期があるらしい。奈良中郵・奈良西・生駒・王寺・移転前の大和郡山・同じく移転前の香芝・大和高田・天理・橿原・桜井・五條。思いつくまま並べてみたが、かつて16局有った奈良県下の普通集配局の殆どは国鉄か近鉄の駅前だ。集配特定局でも大和高田に集配および貯金保険の外務が移転して窓口のみになった新庄は近鉄のえきそばになる。郵政グループは旧国鉄に次いで一等地に不動産を所有している。しかも殆どが二階建てか三階建て。奈良中央ですら三階建てだし、大阪中郵も十階はない。知る限り殆どが低層だ。例外は大阪の福島などのように上部が職員官舎になっているくらいだろう。つまり再開発の余地が非常に大きい。

    Photo_2  郵政省時代にも局舎を高層化してテナントとして貸し出そうという動きがあり、「通信文化新報」「逓信 耀」という郵政内部の情報誌(郵政官僚の天下り先)に計画が載ることがあったが、「民業圧迫」の圧力で頓挫した。日本生命などの「漢字生保」の運用は殆どが不動産賃貸と株や為替の運用なのに、郵政にはゆるされなかった。逆に言えばバブル期に儲け損なったが、漢字生保のような大損も無く、郵貯も簡保も無傷だった。逆ざやに悩まされて高金利時代の保険・年金商品をお客に黙って低金利商品と切り替えるなどと言う悪徳商法にも手を染めずに済んだ。外資系や異業種参入組のいわゆる「カタカナ生保」や損保子会社の「ひらがな生保」もバブル期には営業しておらず無傷であったため、その後急成長することが出来た。生保業界では出自によって社名が漢字であることが多い戦前以来の会社を「漢字生保」、カタカナやアルファベットの社名が多い外資系および異業種参入組を「カタカナ生保」、ひらがなが多い損保子会社を「ひらがな生保」と呼ぶ。セールスの手法も大きく違うが、基本的に「漢字生保」は素人のセールスレディーが義理人情プレゼントの「GNPセールス」、簡保やカタカナ生保・ひらがな生保はプロが丁寧な商品説明を行っている。それぞれの会社によっても良心的な営業を心がけている人間とそうでない人間が混在している。少なくとも郵政省時代の簡易保険は良心的なプロの集団だったと自負している。民営化によって郵政事業庁・郵政公社、かんぽ生命と移り変わる過程で大きく変質したことによって4月半ばの毎日新聞が連日報道したような簡易保険不払い問題が生じた。(毎日のスクープであったために朝日では社会面に小さく取り上げられただけ。ゴミ売り・3Kは毎日チェックしていないが、目を通した範囲内では全く触れていない。新聞は「後追い記事」を嫌がる。特にフジサンケイグループは、毎週木曜のドラマ枠を郵政グループが持っているためテレビ不況の昨今では郵政グループに批判的な報道は避けている。国営時代に散々郵政バッシングをしていたのが嘘のようだ)

     脱線したが郵政民営化によって郵便局社は不動産利権の宝の山となった。国鉄の所有地がそうであったように。大阪駅前にあった操車場は再開発の真っ最中。京都駅前の電車区があった場所にはビックカメラやキャンパスプラザが建っている。奈良駅前の国鉄宿舎跡地は巨大なホテルだ。不動産業界の構図についてはあまり知らないが、旧中曽根派と結託した業者だろう。今回は小泉が所属していた旧森派、現在の町村派あたりだと思う。だから麻生派領収の麻生太郎が郵政民営化見直し発言をしたのは分け前が少なかったからだろうし、総務大臣鳩山邦夫などは田中派から竹下派をへて平成研(通称津島派)だから、かんぽの宿問題について文句を言わない方がおかしい。補足しておくと田中角栄が特定郵便局長会を自民党最大の集票組織にした関係で、郵政は代々田中派とその後継派閥が利権を握ってきた。小泉は大蔵族・厚生族で郵政族とは敵対していたから、郵政関連の利権を徹底的に叩いて津島派を潰しに掛かった。今では郵政三事業の利権は津島派の手にはない。同じ事が国鉄分割民営化の過程で行われ、中曽根が建設省と国鉄の利権を田中派から奪い取り自家薬籠中の物にした。田中角栄の後継者である竹下登は、中曽根に頭を下げて総理にしてもらった。当時はまだ竹下派が自民党最大派閥であったにも拘わらずだ。(建設省および国鉄は田中派の利権が大きかった。角栄の選挙区であった旧新潟三区には新幹線の駅が三つあるし、道路特定財源としてのガソリン税を導入したのも角栄だ。)

     90年代に入り、アメリカ政府が自国の不況脱出のために年次改革要望書で社会保険制度の解体と簡易保険民営化でアリコやアフラックが営業しやすいように、郵便貯金の預かり資金をゴールドマンサックス・シティバンクJPモルガンなどが運用出来るように財政投融資の廃止と民営化を求める。郵便に関してはクロネコヤマトと提携関係にあったFedEx(フェデラルエクスプレス)がニュースステーションに盛んにコマーシャルを流し、ヤマトの別働隊として民営化の世論操作を行った。この時の経験があるから、報道ステーションや朝生・サンプロなど電波芸者が司会を務める政治バラエティー等は見る気もしなかったが、コマーシャルを録画しておけばどの企業の広報担当であったかが証拠に残ったのにと残念だ。WikipediaによるとFedExの「主要な競争相手はDHL、UPS、TNT及び各国郵便公社・会社(USPS、カナダ郵便公社、ロイヤルメール、JP 日本郵便など)である。」 日本国内の企業でもオリックスは不動産部門と生命保険部門で、トヨタはシステム販売で、都銀の中でも当時の住友銀行などはアメリカ企業と利害が一致したので積極的に郵政民営化のために策動し、見事に利権を手に入れた。

     郵政族のドンであった橋本龍太郎が総理大臣に就任した96年には、省庁再編の動きや米軍基地再編の動きとも相まって郵政民営化やむ無しと判断したのだろう。通信政策局 ・電気通信局・放送行政局と言ったテレビ・ラジオ・電話などの許認可権、いわゆる郵政マルチメディア利権を温存するために総務省に移行させ、現業部門で利権の少ない郵務局(郵便関係)・貯金局・簡易保険局については01年に郵政事業庁、03年の郵政公社を経て07年10月の民営分社化で持ち株会社としての日本郵政株式会社・郵便局株式会社・郵便事業株式会社(郵便屋さん)・ゆうちょ銀行株式会社・かんぽ生命株式会社が発足した。国営時代は郵政大臣・郵政事業庁長官・郵政公社総裁と、トップは一人だけであったが、一挙に社長が5人になった。焼け太りそのものである。ちなみにそれぞれ、日本郵政初代社長は西川善文(住友銀行頭取を経て三井住友銀行頭取)社外取締役にトヨタ自動車の奥田碩取締役相談役・郵便局初代会長川茂副社長夫(イトーヨーカ堂)と初代社長寺阪元之(スミセイ損保)・郵便事業会社は北村憲雄(イタリアトヨタ)と社長團宏明(郵政公社副社長兼日本郵政副社長で郵政生え抜きだが、民営化推進派)・ゆうちょ銀行は会長古川洽次(三菱商事)社長高木祥吉(日本郵政取締役兼代表執行役副社長兼務)ここは金融関係出身者に適任者が居なかったとされるが、下手に持ってくると三井住友フィナンシャルグループの邪魔になるからだと現場では噂していた)・かんぽ生命会長進藤丈介、社長山下泉 (郵便局員時代の資料が手元に無いので、出身企業をWikipedia調べたが記載がない)基本的には郵政民営化の論功行賞の結果人事だ。

     最初に民営分社化後のトップ人事が発表された時、西川善文の名を見てトンでもないのが社長になったと噂した。西川が住友銀行頭取時代に起こった、取引先企業に対する融資と引き替えにリスク商品を押しつけ大損させた話を貯金・保険の関係者の多くが知っていたからだ。郵便局は酷くなると誰もが予想した。

     又しても脱線したので不動産について話を戻す。サブプライムローンの破綻とアメリカ発金融危機とで、今は事実上の世界恐慌だ。東京都心では数年前の企業だけの好景気の時期にオフィス需要を見込んだ超高層ビルが続々着工したが、既存のテナントビルはあちこち空室が目立つために完成後に採算が取れる物件は少ないと言われている。東京一極集中の中でさえこの状態だから地方のテナントビルがどうなるか分かりきった話だ。バブル崩壊によって売却に失敗した国鉄用地の二の舞になる。おそらく郵便局会社の戦略は破綻する。もしくは煽りを受けたテナントビルががら空きになる。賃貸料金の下げ合いになって破綻するところも出てくるだろう。それでも局舎改築を請け負う設計事務所・ゼネコンなどは美味しいところだけ持ち逃げ出来る。

     昼のニュースで大阪中郵移転を報道していたので書いてみたが、気づいたら日付が変わっていた。コメントやメールでの反応を見て、次回に何を書くか決めたいと思う。ここで触れていないネタとしては4月1日および5月1日発令の人事異動に関する問題点と、病気で長期間休んでいる局員を飼い殺しにしている実態について、僅かだが情報がある。  

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    2009年5月 6日 (水)

    損をしない弁護士選び 日本労働弁護団と全国クレジット・サラ金問題対策協議会

     4月上旬に知り合ったメル友さんと色々話をしていて、友人の介護福祉士が賃金未払いで困っているという話を聞いた。こんな話を聞くと黙っていられない性分なので僅かばかりの知識を伝えた。。ここ一月ほど数人の母子家庭のお母さんに赤ちゃんを抱えたままで簡単にできる仕事を紹介したり、色々な身の上相談に乗っていた。自分の転職活動がギリギリの状態で何をしているのかと自嘲したくなるが、これまた生まれ持った性分だから仕方ない。で、冒頭の賃金未払いの件についてメル友さんの許可を得たのでここに転載する。

    「そろそろ寝ますよ。明日も仕事だから。
    ○○ちゃんは連休楽しんでますか?  何して過ごしてるのかな?
    そうそう、お友達ちゃんと給料出たかな?
    何なら弁護士紹介するよ。」
    「出てないですよ〓警察に、連絡したら、弁護士さん紹介してもらい、そしたらその弁護士ドタキャンしてあれこれ二年近くなりますいまだ弁護士連絡取れずに、警察も、取り立てに行くのはね。話しに成らないです〓」
    「警察から紹介された弁護士なのに、お金持ち逃げしたみたいなの〓約四万円ですょ~信じられない。
    警察も、当てにならない。○○県の○警察です〓」
    「それは弁護士を選ぶ時点で間違えたね。警察は庶民の生活は後回しにするのが多いし、お友達の件見たいな給料不払いで真面目に取り込む弁護士さん達とは仲が無茶苦茶悪いから。大阪府知事橋下見たいな悪徳なのとは繋っているけど。持逃げしたみたいに。
    弁護士を頼むなら日本労働弁護団所属の人に頼まないと。ここの人達なら給料不払いとか倒産・首切りの時に親切に、しかも安くしてくれるよ。タダでする方法だって教えてくれるからね。
    サイトを検索して分らなければ、改めて僕に訪ねてみてね。」
    「そうなんだぁ~警察に、行って弁護士に電話してますよて〓言うだけで、先に全然進まない状態です
    〓友達も、半分諦めてるみたいです〓どこに、問い合わせして聞けば、良いのかなぁ~」
    「だから『日本労働弁護団』のサイトを検索したら連絡先は分りますよ。
    パソコンでも携帯でも出来る筈だから。
    そこに電話して○○(県)の弁護士さんを紹介してもらうのが一番ですよ。」
    「ハァーイ〓分かりました〓ありがとうございます〓友達に、連絡します〓色々ありがとうございます〓」
    「おはよう(゜▽゜)/昨日は、ありがとうございます〓」
    「おはよ~!
    ○○ちゃんの友達の役に立ちそうかな?
    処で、僕はブログをしているんだけど、この件をネタにしても良いかなぁ。間違の無い弁護士選びという事で。」
    「うん~お願いします〓今介護の仕事は、給料払わない会社が、多いから腹が立ちます〓給料未払いがね〓」
    「今夜にでも記事にするね。介護の職場実態にどこまで食い込めるか分からないけど、少なくとも弁護士選びに付いては書きます。」
    「ハァーイ〓ありがとうございます〓○○ちゃんの友達お金が返ると良いけどね〓四十万だからね〓大金だよー」

     以上がメル友さんとのやり取りだ。「〓」の中には絵文字が入る今時の女の子だ。別のメル友さんにこの一件を話したのだが、そちらは許可を得ていないので私から送信した文章のみを転載する。

    「○○○が不払いなんと違って、○○○で知り合った女の子(の友達)が介護の仕事先で給料不払いに遭って、警察に相談しても民事不介入で取合わない、警察で紹介された弁護士は相談料持逃げした。
    その子の勘違いは警察に行った事だね。警察と繋りが有る弁護士は給料不払いとか首切りとかの労働問題に関しては素人の裁判官か検事の出身だから。
    労働法制に付いては司法試験の必修科目では無いから、殆どの弁護士が無知です。労働弁護団所属の人か社会保険労務士・労組に頼まないといけない。
    そんな話を何日か掛けてしていたんや。」
    「トコトンお人好しやから。オヤジに似たし、息子も僕に似てしもうた。
    金持ちには成れん家系やね。
    別に成りたいとも思わんけど。」

     裁判官の場合は各種裁判で企業や政府にとって都合の良い判決文を書いた者が出世する。検察官は労働争議を刑事弾圧して鎮圧に走る。中には改心して労働者のために働く者が居るかも知れないが、そんな人間は稀だろう。弁護士の大部分は企業側の弁護士として登場する。労働法制についても無知な人間が結構居る。勿論社会保険労務士についても同様で、企業側の人間が殆どだ。労組にも色々あるから選び方には注意が必要だ。

     労働事案について触れたので、電車の広告などで最近よく見かける多重債務問題についても書いておこう。

     全国クレジット・サラ金問題対策協議会アイフル被害対策全国会議(アイフル被害者の会)に参加している弁護士・司法書士達の苦闘の結果、サラ金の金利グレーゾーン問題にメスが入り、アイフルには行政処分が下された。結果として大阪府知事橋下徹のようにサラ金側の弁護士をしていた人間が食うに困ったり、あるいは司法制度改悪の一環で弁護士が急増して、この分野に流れ込む弁護士・司法書士が増えた。元々多重債務に困る人間をサラ金や信販会社と交渉すると称して手数料だけ巻き上げるような輩も存在していた。良心的にクレ・サラ問題に取り組んできた人々の仕事を奪っている。橋下の場合はテレビなどで自分がサラ金の顧問弁護士として年収3億を稼いでいたことを自慢していたから、流石にこの分野には手を出せない。「1999年から2004年まで消費者金融大手『アイフル』の子会社である商工ローン企業『シティズ』の顧問弁護士であった[9]。橋下はこの時代を含め、『(担当した裁判は)8年間負け知らずだった』と語っている」(Wikipediaより引用) 大阪府知事に転出したのは、多分新たな利権を見つけたか、在任中に企業に利益供与して退任後に自分を高く売りつける算段でもあるのではないだろうか。例えば小泉純一郎が郵政民営化を成し遂げて首相を退任した後で、顧問に就任したシンクタンクにはトヨタを初め民営化利権で儲けた企業から総額20億円の寄付が集まった。同様のシナリオがあると見て間違いないだろう。少なくとも大阪の庶民のために働く可能性は低い。

     個人的経験でお世話になった弁護士さんは、幸いにもどの方も親切で丁寧な仕事をしてくださった。

     最初にお世話になったのは、95年に妻が次女を妊娠中に流産の可能性が高い部署に配転されそうになった時に全逓奈良地区の運動を通じて名前を存じ上げていた奈良総合法律事務所の内橋 裕和先生。この方は奈良の労働運動や市民運動に様々な面で協力されているし、在日外国人の人権問題についても取り組んでいる。更には奈良県弁護士会の会長も務めた。ご多忙の中色々助言いただき、その結果を基に妻の職場に申し入れしたところ配転は中止となり、96年には無事次女が誕生した。

     次にお世話になったのが大阪心斎橋にある昴総合法律事務所の先生だ。サイトを検索したが見あたらないのでどこかへ移転したのかも知れないし、昔のことなのでお名前を失念してしまった。95年から96年にかけて妻の自己破産手続きをお願いした。内橋先生にお願いしても良かったのだが、奈良で労働運動をしていた関係で気恥ずかしかった。また、これは正解で、元解放派の支部長が会議のたびに私や妻の多重債務について触れ回ってくれたお陰で悪評が広がってしまった。様々な裏事情を知ったのは07年に元解放派活動家が借金を踏み倒して行方不明になったことをブログで公開し、元支部長を批判した過程のことである。

     次いで私の多重債務について奈良総合法律事務所の東稔 忠幸先生のお力を借りた。この時は依頼に伺うのに元支部長が同席していたので話の内容は筒抜けだった。色々あって不義理を働いてしまったのが本当に申し訳ない。任意整理をお願いした物の結局抜け出せなくて個人再生の申請を別の弁護士さんにお願いすることになったのだから、東稔先生の顔をつぶしたことになる。

     今現在個人再生でお世話になっているのが大阪みお綜合法律事務所の伊藤勝彦先生だ。この先生も非常に親切で病気についても色々と気遣ってくれる。法テラスという弁護士費用の立て替え制度を利用しているが、貧乏人でも弁護士に仕事が依頼できる。先日転職の可能性が見えてきて、立ち直れそうな事を報告したところ大変喜んでくださった。かといって依頼人を甘やかさない厳しさもお持ちだ。クレ・サラ問題だけでなく労働事案についても取り組んでおられる様だ。

     個人的に存じ上げている弁護士さんの名前を挙げたが、ハッキリ言って労働事案や多重債務問題は単価が低い。橋下がボロ儲け出来るのとは違う。出来ればこういった良い先生方にも儲け口を依頼して欲しいと思う。

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    2009年5月 4日 (月)

    「銀魂」

    Photo  週刊少年ジャンプ連載で毎週火曜日の夕方にはテレビアニメも放送しているのが「銀魂」だ。私は食事時に付き合ってみる程度なのだが、子ども達、特に娘二人は楽しみにしている。次女の歌織(仮名)などはイラストを自分のブログに貼り付けている。言い忘れていたが3月くらいから娘達がそれぞれにブログを開設した。今では私より更新頻度が高い。長女の詩織(仮名)の方が文章的にはキチンとしたものを書くが、歌織も今日日の「携帯小説」のような訳の分からん物は書かない。多少は絵文字や顔文字が入るが、イラストをほぼ毎回掲載していてまあまあ面白い。

    Img039  発端は今日の夕方、「沖田ってお姉さんと仲が良かったの」と尋ねられた。確か記憶では姉のみつとは仲が良かったはずなので「そうだよ」と答えた。良く聞くと新撰組の沖田総司ではなくて「銀魂」の沖田総悟と姉のミツバのことであった。このマンガ、主要な登場人物が新撰組を始め幕末に活躍した人々が元ネタになったキャラクターが多数登場している。沖田総悟の愛刀は「菊一文字RX-7」と言い、デジタル音楽プレーヤーを搭載しているらしい。幾つかの小説で読んだエピソードから、みつが貧しい家計をやりくりして総司のために菊一文字を買い与えたことを話した。近藤勇のもじり「近藤勲」の愛刀が二つあって「名刀虎鉄ちゃん」と「虎鉄Z-Ⅱ」 お部屋掃除のコロコロとしても使用できる一品らしい。「今宵の虎鉄は血に飢えている」というセリフがある「長曽根虎鉄」も随分くだけた物だ。それでは土方歳三はどうかと尋ねてみると「土方十四郎」(とうしろう)で、愛刀の名は「妖刀村麻紗」だという。「和泉の守兼定」は登場しない訳だ。

    Img023  高杉晋作の話が出て「どんな人」と聞かれる。「お酒と女の人が好きな人だったよ」と、本来の業績から外れたこぼれ話として「三千世界のカラスを殺し、ぬしと朝寝がしてみたい」の都々逸を教えると「イメージ崩れた」とガッカリされた。先ずは業績を教えるべきだった。人切り以蔵こと岡田以蔵を元にした「岡田似蔵」、武知半平太をもじった「武知変平太」、坂本龍馬が元となった「坂本辰馬」もいるという。そこで土佐勤皇党の話をした。攘夷思想の波に乗り、山内容堂の目にとまって一時は土佐藩で権勢を振るった物の、容堂が佐幕に傾くや皆殺しの憂き目にあった。そこから時代を遡って初代藩主山内一豊がお国入りして最初に相撲大会を開き、集まった郷士の中で主だった物を皆殺しにした話も聞かせた。二人とも「名君」と称えられているが、郷士に対しては冷酷だった。土佐藩では山内の家臣は雨の日に下駄を履くことが出来たが、郷士は禁じられており、泥まみれになろうと草鞋履きだった。幕藩体制に対する積もり積もった恨みが、土佐藩をして尊皇攘夷に進ませたのだろう。これは薩摩や長州でも同じ事だ。今庶民の怒りは自民党長期独裁政権に向き始めている。特にここ十年あまりの自公連立体制がそうだ。民主党や共産党が怒りの矛先を逸らして政権を掠め取るか、無念の涙を呑んだ草蒙の志士たちの後継者と言える革命的左翼が勝利を手にするか。

     坂田金時がモデルの「坂田銀時」が主人公なので、金太郎さんの主君源頼光に話が飛び、羅生門の鬼退治の話になる。詩織は、芥川龍之介の「羅生門」は高校の去年の授業で学んだようで知っていた。全集があるから別の作品も読むよう勧める。で、この鬼退治の時に活躍したのが金太郎さんが長じて坂田金時となる頼光四天王の面々だ。大江山の酒呑童子を退治したと記憶しているが、酒呑童子については大和朝廷の悪政に苦しむ人々の叛乱指導者であったという説がある。「鬼」として民衆を遠ざけているのは今日の「過激派」キャンペーンと同じ構図だ。

     調子に乗って蝦夷の悪路王(あてるい)「アテルイ二世」なんて漫画を原哲夫が作画している。東海地方の両面宿難(りょうめんすくな 人偏に「難」)の話もした。両面宿難は二つの顔と四本の腕をもつ妖怪扱いされている。説によると神出鬼没の闘いで大和朝廷の侵略を防いだという。双子であったとも言われる。多分双子の兄弟が入れ替わり立ち替わり指揮を執ったので妖怪扱いとなったのだろう。奈良で言えば土蜘蛛がある。勝者の歴史では野蛮で天皇家にまつろわぬ民としか扱われていないが、郷土史に詳しい人の話を聞くと「神武東征」以前から奈良に住み着く山岳民族・先住民族であったらしい。抵抗するのが当たり前だ。

     漫画・アニメの話が膨らんで色々な話をしたが、子ども達には出来るだけ民衆の立場の歴史を伝えたい。悪路王や両面宿難の話を最初に知ったのは原発推進企業の提灯持ちとして駄文を書き散らしている豊田有恒の昔の小説だ。今の自称「新自由主義史観」、名を変えた皇国史観或いは歴史修整主義の物はダメだが、まともな保守なら自分たちに都合の悪いことも多少は書いている。元々の右翼少年が、戦争映画に夢中になり、戦記物の本や小説や漫画ばかり読みふけって左翼の本など一切読まずに育っても革命運動を志したのだから、保守反動も場合によっては役に立つ。

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    2009年5月 2日 (土)

    お好み焼き おけいちゃん

     御所市で最も繁盛しているお好みやさんが御所市竹田60の7にある。地図を掲載するスキルがないので省略するが、御所市栄町交差点か葛城公園でGoogle検索すれば地図が出てくるはずだ。実はこの店、御所郵便局が栄町71の3に有るため郵便局員の溜まり場だった時期がある。何故過去形なのかというと、今では郵政民営化の流れの中で食べに行くことすら出来ない現状があるからだ。1989年4月の開店以来、美味しいために大変繁盛しているのだが、局から歩いて1分と掛からない近距離だから局員が昼の休憩時間や勤務終了後にたむろしていた。拘束時間が8時間45分であるため、7時出勤の人間が4時頃から、8時出勤の郵便外務は5時頃、8時半からの貯金・保険・総務の人間は5時半頃から、次々に足を運んだ。貯金・保険の外務員の場合は昼時の集金やお客さんとの商談で食事が1時であったり2時であったりするし、郵便課や貯金保険課内勤の休憩は担務によって10時であったり3時頃であったりするから、店が開いている間中郵便局員の姿があった。

     それが一変したのが96年であったか97年であったかに開始された人事交流という名の強制反転による組合つぶしの攻撃の結果だ。それまで現場の局員というのは本人が希望するか、所属局が統廃合で無くなるかでもしない限り採用から定年退職まで長い人間なら40年以上同じ局にいた。職場の長老だから、1~3年の定期異動で居なくなる管理職より発言力がある。こういった人たちが全逓の主要な役員を占めていた。集配などは体力的に若い者の方が仕事が早い場合があるので、時々年功賃金に不満が出るのだが、先輩達はその分良く奢ってくれた。春と秋の移動で同一局所に5年以上在籍している職員を対象にして一回あたり職場の人員の5%を入れ替え、5年で総入れ替えするというのが郵政当局の方針だ。配転の対象となったのは30代後半から50代前半のベテラン達。奢ってくれる人がいないから自然とおけいちゃんに足を運ぶ回数が減る。追い打ちを掛けたのが飲酒運転の罰則強化。バッシングの中で公務員は懲戒免職が当たり前となる。今は昼休みに食事に出る際にも制服を着て局外に出ることが禁じられているため、着替えるのが面倒くさくてみんな仕出しの弁当か自宅から弁当持参になってしまった。局の近隣の飲食店は売り上げが激減した。昔はどの店も局のお得意さんだったが、今は違う。

     別におけいちゃんは局員だけで保っていたわけではなくて、美味しいとの評判を聞きつけて香芝市や五條市からもわざわざ食べにやってくるお客さんが居る。いつのことであったか地方紙の奈良新聞にも取り上げられたので結構有名だ。私がいつも注文するのはモダン焼き。焼きそばをお好み焼きの生地でくるんだボリュームたっぷりの一品だ。仕事帰りは慎んでいるが、休日に家族で出かける時は妻がハンドルを握るので遠慮せずに生ビールを頼むことが出来る。ささやかな贅沢だ。奈良に来ることが有れば、是非とも一度は足を運んで欲しいおすすめの店だ。

    営業時間 午前11時から午後7時
    定休日  月曜日
    場所   近鉄御所駅から徒歩約7~8分もしくはJR御所駅から徒歩約5分。御所市竹田60の7(電話0745-65-0730)

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    2009年5月 1日 (金)

    メーデーと誕生日

     今日は労働者の「祭典」であるメーデーだ。

    「メーデー(May Day、直訳すれば「5月の日」)は、世界各地で毎年5月1日に行われる祭典である。ヨーロッパでは春の訪れを祝う日である一方、労働者が統一して権利要求と国際連帯の活動を行なう日でもある。「労働(者)の日」"Labour Day"ともいうが、いくつかの国ではその国独自の「労働者の日」を定めているため、International Labour Day と言う必要がある。」(Wikipediaより引用)

     元々は1886年(元号を使えば明治19年)にアメリカのシカゴで労働者達が8時間労働制を要求して大規模なストライキ闘争を繰り広げた日だ。「1日12時間から14時間労働が当たり前だった当時、『第1の8時間は仕事のために、第2の8時間は休息のために、そして残りの8時間は、おれたちの好きなことのために』を目標に行なわれた。」(Wikipediaより引用)当たり前のように思われていて、総評解体から連合の発足によって破壊されつつある8時間労働制は全世界で大量の逮捕者や死者を出しながら勝ち取った労働者の権利である。

     日本でも戦前は、どこで読んだか忘れてしまったが、参加者全員が逮捕されるなどのメーデーが有ったようだ。2・26事件の有った1936年にはメーデー禁止令が出された。戦後の1946年には食糧メーデー、朝鮮戦争中の51年には禁止の圧力に総評が屈服して中止に追い込まれた。翌52年は「血のメーデー事件」が起こり「1232名が逮捕され、うち261名が騒擾罪の適用を受け起訴された。」(Wikipedia) 確か記憶ではこの事件か吹田事件の裁判長が裁判への政府の圧力を嫌って政界に転出し、後に社会党の国会議員になっていたはずだ。労働者は闘わなければ雇用も賃上げも時短も、何もかもが手に入らない。2000年以降の景気回復の時期に「ジョブレスリカバリー」と言われた時期があり、大企業は史上空前の利益を上げたが、労働者に対してはリストラが急速に進行し、派遣労働者が増加した。

     昨年来の「派遣切り」の過程で非正規雇用について社会的関心が集まり、連合も全労連も口先では非正規労働者の雇用安定を口にするようになった。4月27日の夕刻、大阪の御堂筋を連合のデモ隊が進んでいたのを目撃した。NTT労組(旧称全電通)・UIゼンセン同盟等の旗を見かけたが、デモ隊は2梯団併せて200~300しか居ない。こいつらやる気があるのか? この程度なら弱小党派の革共同でも出せる人数に過ぎない。連合大阪が本気なら数万は出せるはずだ。例年のメーデー大阪大会には大阪城公園に10万の労働者が集まる。全労連で2~3万、全労協でも数千集める。

     郵便局を退職し、失業者となり、去年秋に働き出した物の参加する場所は無いため、今日は一日仕事をしていた。昔は必ず休んで、午前中は奈良公園やあやめ池遊園地、鴻池グラウンドに足を運んだ。午後からは自分の誕生日祝いを家族にしてもらってきた。息子が生まれてからは二人分の誕生日だ。今日は仕事のために夜九時半からケーキを食べた。私が45歳、息子が9歳になった。生まれた日が日だから、一生労働運動をするに違いないと運命的な物を感じていたが、転職に成功すれば自営業者となるため、二度と労働者としてメーデーに参加することはないだろう。

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