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2009年7月

2009年7月30日 (木)

来たれ!9・12職場交流集会へ われわれは風の中に立つ! (反対する会掲示板より転載)

われわれは風の中に立つ!

 経営側は始業チャイムが鳴るやいなや、出勤簿の強引な回収と同時に労働者支配に乗り出す。昨今ではこれは正確な捉え方ではない。朝一番に、アルコール検知を強要し、出勤簿の押印以前の、つまり、出勤前からの労働者監視・管理体制を強化したというのがより正確な捉え方であろう。24時間管理である。

 さらに、職場支配権の労働者側への譲渡を防止すべく、支店長への権力掌握をより盤石なものにしようと、従来の作業行程の変更を迫った。それは、作業能率アップのかけ声の下に強行された。なかでも、賃金・超勤使用額節減の目標設定がトップダウン方式で押しつけられ、それは「要員配置の適正化」を設定するというのだが、実のところ、不適正な要員配置が徹底されたというのが偽らざる実態であり、現場の誰も彼もが、「日常業務は綱渡り」と指摘するのには、はっきりとした根拠のあることなのだ。故に、頻発する業務事故の根本原因はここにこそある、とわれわれは直言する。

 経営側のエラーゆえに引き起こされた一切合切の事故の責任を、労働者に転嫁し、押しつける懲罰的・見せしめ的攻撃が、しかもそれを労働組合が放置し・見捨てているのが、いまの息苦しい職場を生み出しているのではないか。危険な反動的傾向がわれわれの四周に立ちこめつつある。労働者の闘う力量と体勢を、新しい状況に応じてなんとしても再建・再生することに力を尽くそう。

 9・12郵政職場交流集会では、こうした郵政労働運動の現状を変える一助となるべく、われわれのより精力的な学習と実践に役立つ、報告と討論を行いたい。

と   き/9月12日(土)18時30分~20時30分
と こ ろ/東淀川人権文化センター(JR新大阪下車7分)
呼びかけ/人事交流=強制配転に反対する近畿郵政労働者の会

「強制配転に反対する近畿郵政労働者の会掲示板」

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2009年7月24日 (金)

自営業者とは・・・

 甘い考えで始めた物の、連日深夜帰宅が続いている。そこに来てメインで使っているパソコンの調子が悪い。これはもうメーカー修理に出す以外私のスキルでは対応しようがない状態である。お陰で暫くの間ブログのコメントへの返信はおろか記事の更新すら出来ないでいた。労基法によって労働条件が保護されている雇用労働者と、労基法の保護対象外である「経営者」との待遇の違いにとまどっている。

 まともな労働組合が存在し、まともな役員・活動家が存在していることの有り難さを改めて実感している。今現在のJP労組の専従役員や元職場のマル生分会長などによって労働組合が経営側の使い走りへと変質させられている現状を見聞きする度、自分が退職せずに踏みとどまっていれば支部長を始め現場で苦闘している真面目な役員活動家の多少の助けにはなれたのではないかと悔やんでしまう。

 だがしかし、自らが決断した道である以上、後退することは許されない。今の代理店業者として成功するために自らの能力の及ぶ限り、そしてかつては革命党の指導下に有った人間として恥じない範囲で全力を尽くそうと決意を新たにしている。

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2009年7月10日 (金)

解放王アルスラーン

 奴隷に対して「あなたは奴隷であり惨めな存在なんだ」と教えた場合、奴隷は己のプライドを傷つけられて反発する。

 奴隷として生きる事しか知らない者はそれ以外の生き方を想像する事すら思い付かない。奴隷所有者である領主を倒した後、解放した奴隷達に「ご主人様の敵」として恨みを買い、アルスラーンは当惑した。

 アルスラーンは奴隷達の境遇に心底同情し、本当に善意で「人間として自由に生きよ」と命じただけだった。

 ナルサスは主君に進言した。奴隷には自由人として生きる為の教育が必要なのだと。段階を踏まえて経験を積まない限りは、地道な訓練を繰り返さない状態では、解放された奴隷は衣食住を奪われ路頭に迷うのだと。

 大衆は理論では動かない。理屈で行動出来るのは階級の先進的な部分だけだ。日頃ブルジョア階級とその手先で有る「賢い」連中に騙され、搾取・収奪されているから利口な人間を先ずは疑う。「賃金奴隷」としての存在に慣れ親しんだあまり、労働者階級は「ご主人様」であるブルジョア階級に歯向う「前衛」を最初は敵視する。ギリシャ神話のゴルゴン(メデューサ)はペルセウスが持つ鏡の如く磨かれた盾に写された自分の姿を見せられて恐怖のあまり石と成る。共産主義者が労働者大衆に忌み嫌われるゆえんである。

 人間を初め生物は環境に適応する能力を持っている。「適者生存」というヤツだ。肉体的苦痛が続く場合には脳内でエンドルフィンという麻薬を生成することが出来る。モルヒネよりも6.5倍の鎮痛作用が有るという。劣悪な社会環境に耐えるためには宗教という「阿片」を作り出した。「賃金奴隷」を初め被支配階級は己の存在に耐えるために様々な物を作り出した。SMプレイと言うヤツなどはその最たる物だろう。マゾヒストにとっては苦痛こそが快楽であり、支配されることが喜びなのだ。

 労働者階級の前衛としての共産主義者は粘り強い努力を長期間繰り返してようやく、周囲の大衆を少しずつ獲得する事が出来る。

 だが残念な事に、賃金奴隷達の頑迷さの前に多くの「共産主義者」が自らの思想・理論・路線への確信を失い挫折してしまう。「賃金奴隷」解放に懸けた思いが強ければ強い程、情熱が熱ければ熱い程、反動によって挫折は大きい。「賃金奴隷」達はそれを見て嘲笑う事で、闘わずに屈伏する事の「正しさ」を主張する。

 アルスラーンが何故に「解放王」と讃えられるのか、最初の失敗を教訓とし、奴隷解放の大業を成し遂げるからである。「賃金奴隷」たる労働者階級解放の大目的の為に、アルスラーンに倣えるならば、「共産主義者」の前途は明るい。「労働組合は革命の学校」であり「ストライキには革命のヒドラが宿っている」

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