白井朗さんの死去
何気なくネットを見ていたら、革共同元政治局員であり「前進」の初代発行人でも有った白井朗さんが他界されていた事を知った。
76歳。
主張に全て賛同する訳では無いが、革共同離脱後の「中核派民主化宣言」や民族問題に関する二冊の著作は大変勉強になった。
本多書記長の遺稿を管理されていたから、未発表原稿などを整理・発表して欲しいと思っていただけに、転向者クロカンがあの世に逃亡して3・14復讐戦、三頭目処刑が未完になったのとは反対の意味で「まだ早すぎる」との思いがした。
故人のご冥福を祈ります。
また革共同中央派から嫌われる事を書いてしまった。でも清水議長や北小路さんも高齢だし、亡くなる様な事が有れば、追悼記事を書くだろう。
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コメント
ご冥福をお祈り致します。
投稿: 革共同反中央派 | 2009年10月17日 (土) 22時33分
故人のご冥福をお祈り致します。
78歳ですか。
直接会話した経験はありませんが、私が知っている白井氏は40代半ばでした。今のアッテンボローさんと同じ年齢ですね。
それから、もう30年もたったんですね。あれだけ盛り上がった運動の時代に政治局員だった人ですら、結局大局に影響も何も無いまま終わってしまったのは残念なことです。
>また革共同中央派から嫌われる事を書いてしまった。
気にしなくて良いでしょう。抜け出したり、追い出された人間には革命は「永久に」自分の手には戻ってきません。ご自分の生活を安定させることを考えましょう。
投稿: | 2009年10月18日 (日) 13時25分
↑失礼しました。防長っ子です
投稿: 防長っ子 | 2009年10月18日 (日) 13時29分
白井朗さん、亡くなったのですね。
昨今の革共同分裂騒動を整理する作業の一環として、ちょうど『中核派民主派宣言』を読み直してみようと思っていたところです。。。
投稿: 風 | 2009年10月18日 (日) 15時08分
氏の書物によりマルクス(主義)における民族問題の弱点は、明白になったと思います。そして、その理論は民族問題に限らず、「他者」との関連におけるマルクス主義全般の弱点を明らかにしてくれたと、小生は考えています。
遺稿となった『マルクス主義と民族理論』が英語をはじめとする他の言語に翻訳されることを願っています。
投稿: TAMO2 | 2009年10月18日 (日) 20時55分
故人の御冥福を心より、お祈り致します。
投稿: KW | 2009年10月19日 (月) 18時42分
かつて読んだ「民主化」本にはかなりの衝撃を受けた記憶があります。白井氏も含めた中核派指導部の無能と俗物ぶりを満天下にさらけ出し、本多書記長の死後どのような人達によって組織と運動が変質されられ、転向に向かうに至ったかを、私にぼんやりとではあれ理解させるきっかけとなった書物でした。
しかし同時に、批判者たる白井氏自身が批判の対象たる清水氏らとたいした違いが無い事があの本で図らずも暴露されていたような気がします。ある意味では、白井氏は、現在の中核派や関西派あるいはその他の半歩先を転向者として歩いていたとも言えるでしょう。
ついでに言えば、少し前に読んだ「マルクス主義と民族理論」は、帝国主義国のインテリが如何に勝手なレッテル貼りを「後進国」被抑圧諸民族にたいしておこなうものであるかを改めて実感させられる本であったと言えます。山内昌之氏のそれなりに価値ある研究から学びながら、どのようにしてあのような悪意ある主観が生み出されるのか理解しがたいところがあります。そもそも民族と言う定義が難しい曖昧な概念を一般的に定義しようと言うのが間違いではなかろうか。
結果として、歴史上現れた汎スラブ主義や大東亜共栄圏のような帝国主義イデオロギーを補強するものとなるほか無かったでしょう。
それにしても、白井氏が亡くなったのが、私の子供達が生まれたその同じ病院であったというのは何かの因縁でしょうか。勿論私は白井氏とは一面識もなく文字通り雲の上の人でしたが。
投稿: NK | 2009年10月20日 (火) 22時54分
革命のトップが俗物でしかないというのをさらけ出した人ですね
投稿: | 2009年10月24日 (土) 21時48分
>革命のトップが俗物でしかないというのをさらけ出した人ですね
むしろ、人はいかようにでも変わりうると言う事を学ぶべきかも知れません。人はいかに共産主義者と自称し、運動に従事していたとしても、決して自分の生活している物質的諸条件とそこで再生産される小ブルジョア意識からは自由ではありません。その事に無自覚なまままに、革命的スローガンや戦闘的行動を積み重ねても、結局は次第にスローガンや行動、思想自体が小ブルジョア的色彩に移行してしまいます。
これを跳ね返す力は、共産主義社会が人類の発展の歴史の到達点であり、自分達がその移行を実現する歴史的使命として担わなくてはならない運命を背負わされている、と言う自覚が必要です。この自覚は実践によって強められることもあるが、主には最も軽視されているイデオロギーの領域、唯物史観とそれを論証する経済学と言う基礎を持たなければなりません。これを軽視したり自分で努力して追及せず権威にすがるようなことがあれば、いずれにせよマルクス主義でもなんでもない「空想的社会主義」と言う小ブルジョアイデオロギーに転落していくことになるでしょう。
今日までの中核派がたどってきた道は、確かに論証された理論や真実を求めることをせず、ただなりゆきに任せてきたことによってこうした組織の変質、指導部の俗物化をまねいたのであって、単純に誰かの責任と言う問題ではないと思います。自然発生性に対する目的意識性とその正しさを保障する科学的理論は、本多さんやレーニンのような並外れた人にあっても一朝一夕に出来上がったものではないでしょう。ましてや凡人たる我々には遥かに多くの努力を要することは確かです。しかしそれ以外に我々が進むべき道を見出すことはありえないでしょうし、歴史を実際に作り変えていく労働者人民の役に立つと言う特殊な歴史的使命を果たすことはできないでしょう。
投稿: | 2009年10月24日 (土) 23時00分
一つ前の投降にハンドルネームを落としていました。
投稿: NK | 2009年10月24日 (土) 23時07分
99年に私の自宅に、抜け落ちだらけの、パンフのマスプリされたものが突然送られてきて、差出人の名義が「白田朗(ママ)」となっていたんです。
で、「中核派の全国の同志へ」という「呼びかけ文」も同封されていて、「なんで私が『中核派の全国の同志』の一員にされているのか?」って不思議に思って、たまたま連絡先に電話番号が記載されていたので、電話して「私は『中核派の全国の同志』の一員じゃないから、そういうものは送らないでほしい」って言ったんですよ。
電話をとったのは、奥さんらしき人だと思います。
それなのに、また郵便物が来て、今度はマスプリされたものじゃなくて、表紙が青のパンフでした。
それで、再び電話したら、奥さんらしき人から「あれは偽物だ」と言われて、その後、『前進』でも「カクマルがニセ「白井パンフ」を偽造した」って出ていて…。
ちなみに、パンフのマスプリされたものはホンモノで、パンフの表紙は赤だというそう。
それで、模索舎に行く機会があった時に、表紙が赤のホンモノの白井パンフを見つけて、購入しました。
ちなみに表紙が青のパンフのほうは模索舎でも偽物であると確認していたので、店頭には置いていなかったと記憶しています。
ちなみに赤パンフも青パンフも、読み終わったらすぐに捨ててしまいました。
『中核派民主化宣言』も購入しました。でも、これも読み終わるとすぐにブックオフに持って行きました。「白井自己批判書」の載っていた『共産主義者』も買って読みましたが、これも読み終わるとすぐに処分しました。
白井氏というと、そんな思い出があります。
白井パンフやニセパンフが登場した99年という年は、実は解放派が分裂した年で、当時の私には、白井氏の件よりは解放派の分裂のなかで何人もの死者が出ていたということのほうが、実はよほど衝撃的だったんです。
その当時私は、名古屋ウニタで解放派の機関紙を毎号のように買っていて、その分、白井氏に対する関心が低下していたのが正直なところでした。
彼についてはさまざまな意見があって当然かとは思いますが、それでも死という事実の前では私も冥福を祈りたいと思います。
投稿: にゃにゃにゃにゃにゃ | 2009年11月 2日 (月) 01時36分
元優責者の貯金外務員です。
アッテンボロー様はメンタルヘルスで過去に病休・休職を繰り返されたとありますが
もう少し具体的に教えていただけませんでしょうか?
私も最近管理者の我慢の限界に来ております。
(手作りのオリーブオイルのハーブ石鹸ですがお礼させていただきます。こんな書き方で失礼します。)
投稿: H | 2009年11月 5日 (木) 18時34分
Hさん、返信が遅くなり大変失礼しました。
このブログの過去記事を参照していただければ結構病気休暇・休職について書いていますのでそちらもご覧下さい。
私は01年の夏から秋にかけて本格的な鬱病を発症し、半年休んでは半年出勤するというパターンを約7年間続けました。復職しているときは休んでいた期間の遅れを取り戻そうと無理をしたため再度悪化するという繰り返しでした。
より詳しい内容が必要でしたらメールにてお問い合わせ下さい。
投稿: アッテンボロー | 2009年11月 9日 (月) 23時48分