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2010年9月

2010年9月12日 (日)

祝! 韓国警察労働組合結成

 韓国戦闘警察は日本で言うところの機動隊なのだが、徴兵制を敷いているため大学生などが多く配属されている。80年代に学生運動が高揚しデモ隊の攻撃で戦闘警察の側に死者が出るという事件が起こり、デモ隊も警官隊も学生であり、共に全斗煥軍事独裁政権には反対という悲劇だった。80年の光州5月学生抗争、いわゆる光州事件の際には全斗煥は出動する兵士に麻薬を飲ませて思考停止状態にさせて同じ民族を虐殺させた。

 韓国だから同胞相打つ悲劇があるわけではない。日本においても米騒動など事実上の内戦状態は幾度もあった。幕末から「明治維新」までにかけては「日本人」と言う民族意識が存在しなかったため薩長土肥ら倒幕派も会津桑名の佐幕派も「他国」と戦っていると言う感覚だったそうだ。プロイセンとオーストリアによるドイツ統一の過程では前者を中心とする「小ドイツ主義」が後者側の「大ドイツ主義」に勝利した。イタリアイレデッタで小国分立していたイタリア統一も全て資本主義発達の過程で民族国家を作る必要が出来たから為されたのである。

 欧米では警察や消防の労組がストライキを打つことも珍しくないのだが、日本では戦後労働組合が合法化される際に警察と消防は除外された。警官が労働者意識を持っては支配の邪魔だからである。だから今でも警官の権利意識・人権意識は公務員の中で最も低い。労基法違反は刑事罰が適用される犯罪なのであるが、警官にはそれが犯罪であって取り締まる必要があるという意識すらない。公務員職場において労組が機能していた時代には管理職に対して法律を守れと言えば良かったが、ファシストカクマルのJR総連や旧同盟に牛耳られた出世の道具に過ぎない「連合」「労働組合」しか存在しない昨今では民間並の違法状態である。全労連も体制外労働運動も、過去を克服し切れていないために影響力は低い。

 色々書こうと思うことはあるが、一先ずは隣国で警察労組が誕生したことに労働者階級の国際主義的立場から祝福を送ろう。

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有害サイト「サーチナ」

 まあ他にもこの様なサイトはあるのだろうが、ここ暫く「サーチナ」http://searchina.ne.jp/を見る機会が増えたために、こんなサイトは即刻閉鎖した方が世のため人のためだと思う今日この頃。

 最初に断っておくと、私自身のこのブログも「偏った」立場で世間一般に知られていないことを取り上げることが多い。だがその辺は個人のブログであり影響力は限定されている。立場として元過激派であり、元郵便局員であることを明らかにしているから、読者は「左翼というのはこういう物の見方考え方をするのだなあ」とか、郵便局の内部事情・現場実態として「出所」を確認した上で「割り引いて」読んでくれている。

  問題の「サーチナ」の記事だが、今日mixiをしていて気づいたのは「中国人の花嫁が語る『日本人の姑との間に起きたトラブル』」(米原裕子)なる駄文である。

 冒頭こそ「日本の総合中国語新聞『中文導報』によると、中国であれ日本であれ、昔から、嫁姑関係と言うのは複雑でトラブルが多く、頭を抱える難問」「日本の中国人コミュニティーサイトでは、日本に嫁いだ多くの中国人が姑との間に起きたことについて語っている。それはもちろん、中国人の観点ではあるが、そこから、日本人の嫁姑関係の実態もうかがう事ができるのではないだろうか」と有るのだが、記事本文では「中文導報」に書き込まれた事例が果たして文化摩擦によって生じた物なのかどうかと言う検証が一切為されないまま紹介されている。

「小雪の姑は田舎で1人暮らしをしている。彼女は典型的な、いわゆる『専業主婦』で、生涯自分の手でお金を稼いだ事がない。若いころから、家事と子どもの世話をして、夫に養ってもらう生活を送ってきた。年を取ってからは年金と息子が頼りだ」「姑の金遣いは荒く、贅沢し放題」「小雪が理解できないのは、姑は家の経済状況を分かっているにもかかわらず、後先考えず、いつも高いものを買いたがる事だ。彼女自身、実家が裕福な方ではないので、日本に来てすぐに仕事を探し始めた。それを聞いた姑は『お金を稼いだら、私に四駆の車を買って欲しい』などと言い出したのだ。真に受けることはないと夫は言ったものの、今後が思いやられる」(「小雪」は中国人女性の仮名)

「小柳が言うには、姑は自分の生活に口出しをする事が好きだ。私たちのキッチンに来ては、調味料の置き位置がおかしいだとか、キッチン用品はあとどんなものが必要だとか、とにかく細かく口出しをしてくるのだまた、何か料理のいい匂いが1階に届くと、姑はすかさず飛んでくる。『おいしそう』などと言っては、当たり前のように自分たちの分を取り分けて、持って帰っていくのだ。もちろん、料理を分けるのがもったいないという訳ではない。私自身、餃子を作ったりして、姑に持っていくことだってある。ただ、姑のこの匂いを嗅ぎつけてはやってくるという癖はどうにかならないものか」「反対に、姑が自分たちのところに何かを分けてくれた回数は数えるほどしかない。私はその回数をはっきりと覚えている。たったの3回だ」「1回目は魚、見た目から賞味期限が過ぎた後に冷凍」「2回目は夜の11時」「賞味期限を1日過ぎていた」「3回目、今度は鶏肉だ。やはり賞味期限が切れていた」「『変ね、昨日買ったばかりなのに、賞味期限が過ぎているはずがないわ』」(「小柳」は中国人女性の仮名)

 母は専業主婦であった時期もその前後の働いていた時期も、家事・育児をキチンとこなしていたし、経済観念もしっかりしていたから、子供に頼ったり食品の賞味期限が切れる等と言うことは全く無い。どこの社会・集団にも一定の割合でキチンとした人間とだらしない人間が居ると言うだけのことである。私は父に似てだらしないところがあるが、妹は母に似てしっかりしている。結婚して母の影響が低下した途端私の欠点に拍車がかかったが、それまでだらしないなりに遣り繰りしてきた。現役活動家時代も決まった金額以上は全て上納という、レーニン主義革命党の組織三原則「機関紙活動・財政活動・会議への参加」を守っている間は贅沢などしたくとも出来なかった。お客さんのある老女は、夫の存命中は倹約して慎ましい生活をしていたが、子供も独立して一人暮らしになってから無駄遣いするようになったと教えてくれた。母もこの老女も俗に言う「純粋な日本人」であるので民族性には関係ない。

「専業主婦」と言う概念自体高度成長期まで庶民の間には広まらなかった。「生涯自分の手でお金を稼いだ事がない」女性というのはレアケースなのだが、それを分からず記事にしている。内職する女性は都会にも田舎にも存在するし、農家の「嫁」が経済活動をしていないとでも言うのだろうか? 「大原女」に見られるように女性の物売りは多かった。生産力の低い時代、或いは安定した収入が無い世帯では夫婦共稼ぎどころか子供だって金を稼ぐのが当たり前だ。

 mixiでこの記事について触れた物は11有るが、殆どが記事の内容に首をかしげ、サーチナに不信感を述べている。mixiで公開されているとは言え個人の日記を勝手に引用することは出来ないのでhttp://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1339045&media_id=97にリンクされている日記をその目で見て頂きたい。中にはこの記者は日本人を貶める売国奴のサヨクだという意見や、中国人は好きではないがこれは酷いぞと言う物もある。無能な記者が駄文を掲載することで民族問題や左右の対立にまで発展してしまっている。

 たった一つの記事を持って「サーチナ」が有害であると主張すると語弊があるので、別の記事についても触れておこう同じく日中間の問題を扱った記事だ。

【中国ブログ】「夏は惨劇!」日本人には分からない中国トイレ事情(編集担当:畠山栄)
http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2009&d=1013&f=national_1013_043.shtml

「日本のトイレは確かに清潔だ。日本人から見ればトイレは清潔であることが当たり前であるため特に何とも思わないものだが、中国人から見れば驚きに値することのようだ。日本を観光で訪れた中国人ブロガーの時尚向輝氏(ハンドルネーム)が日本のトイレ事情を引き合いに中国のトイレ事情を批判している。」

 この記者は日本における下水道普及率が先進国中でも低いことをご存じないようだ。現に奈良県大和高田市に住む私の家は、2000年の新築だが「浄化槽」を使い、バキュームカーを頼んで年に一回くみ取ってもらわなければならない。同じ市内であっても下水道が存在する地域もある。お隣の御所市の場合、水洗トイレはあるが下水道が存在しない。東京23区内の父の実家の場合、水洗トイレになったのは70年代のことである。大阪府東大阪市では80年代に浄化槽汚職という問題が起こり、公明党と共産党の市議会議員が関与した人間だけでなく十数人全員辞職するという事件があった。両党とも日本社会の底辺層に支持基盤を持つためである。支持基盤が金持ちである自民党にはかんぽの宿問題・リクルート問題・ロッキード問題等巨額の贈収賄事件が舞い込むのとは桁が違う。

 ついでに言えば中世ヨーロッパでは、道を歩く時に男が建物側を歩くのがマナーであった。外を歩く人の存在を確認しないでオマルの中の糞尿を外に捨てるのが日常茶飯事であったからだ。ヴェルサイユ宮殿にはトイレがなかったためにオマルを使いやすいようドレスの裾が広くなった。入浴の習慣がないため香水が発達したが、近世になって入浴の是非を巡る論争があり、垢をまとうことで人間は病害菌から守られているなどと真剣に主張する人もあったという。伝染病によって人口が3分の1以下に減るという経験などをしたために公衆衛生についての意識や研究が発達したのだ。江戸時代の日本人が銭湯通いした時代のことである。マルコ・ポーロの偽書「東方見聞録」には発達した中国の下水道などに感嘆する記述がある。化学肥料が広がるまでは肥だめの糞尿を田畑に撒く循環型社会であった日本では有料トイレが無い代わりに農民などが野菜を置いていった。肥だめだって私が小中学生の時代まではそこら中にあったし、毎年のように嵌って糞まみれになるドジがいた。妻の実家がある鹿児島郡部の話ではない。私が育った大阪府枚方市のことであり、枚方市は京阪電車沿線の衛星都市の中では最も発達している。

「サーチナ」が決定的にダメだと思うのはマスコミの一員を名乗るなら校閲体制くらい整えるべきだと言うことだ。

 まともなマスコミでも誤報があるのだが、それを減らすために専門要員を抱えているのが普通だ。或いは記者の直接の上司であるデスクやその上の編集長、更に上の人間が記事の内容をチェックしている。この様な駄文を平気で掲載できる水準の低さが問題である。閲覧者には金の要らないポータルサイトとは言え、スポンサーから広告料をもらって運営しているのだから、それに見合った品質くらい最低限確保しろと言いたい。「社会」欄を埋める記事が個人のブログばかりネタ元にしている。それも「地」の文と「引用」の区別すらない。更に言えば義務教育では「」書きする場合は、「変ね、昨日買ったばかりなのに、賞味期限が過ぎているはずがないわ。」(米原裕子)「中国のトイレ事情を批判している。」(畠山栄)のように「。」や「、」で終わらないと文法教育をしている。インターネットの普及によって誰もが情報発信できる社会となったのは、権力者に情報を独占させないという観点からは良いことであるが、基本的素養のない人間がケータイ「小説」のような文章で金を稼ぐな!!

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2010年9月11日 (土)

ペイオフ発動 小泉・竹中の錬金術

 90年代の金融危機以来、ペイオフ発動のために郵貯民営化をと主張してきた民間金融機関と大蔵族・厚生族である小泉の悲願がとうとう実現された。

 ペイオフ制度が出来たのは1971年のことである。だが「護送船団方式」と言われる政府の民間金融機関保護政策と高度経済成長の時代でもあったことから発動されることはなかった。実際に問題となり出したのは90年代後半の金融危機のことである。1996年に住専問題で7000億円の税金が投入され、当時の大蔵省と農水省との間の密約が問題となる「住専国会」があった。。(住専には農協や農林中央金庫などが融資を大量に行っており、農協系金融機関を優先的に返済するというもの)1998年、日本長期信用銀行(現新生銀行)に1,766億円の公的資金が(米リップルウッドなどに売却された際の価格は10億円)・日本債券信用銀行(現あおぞら銀行)に600億円の公的資金が投入された。あおぞら銀行は後に2000年にオリックスなどのグループ企業に売却された際にも3兆2,428億円の公的資金が投入されている。両行ともその後瑕疵担保特約によって更なる公的資金が投入された。「金融国会」

 98年には都銀として北海道拓殖銀行も破綻した。また証券業界では、97年山一証券、三洋証券が破綻した。生命保険では97年日産生命(あおば生命を経てプルデンシャル生命)の破綻を皮切りに、2000年に協栄生命(現プルデンシャル生命)と千代田生命(現AIGスター生命。AIGがサブプライムローン問題で経営危機に陥ったため同系列のAIGエジソン生命との合併・AIG生命発足の計画は頓挫。なお同じグループのアリコジャパンは分離独立する予定である)が破綻。同じく第一火災海上保険相互会社が破綻。2003年には、りそな銀行が経営破綻し一時国有化されていた。

 郵政民営化の過程ではペイオフの資金である預金保険機構への保険料と郵貯の預入限度額が問題となった。政府保障のある郵貯に対して、銀行や信用金庫は保険料負担が経営にとって不利であるし郵貯が国営で存在する限りペイオフが発動できないとの主張が為された。これは農協・漁協の場合は「農水産業協同組合貯金保険制度」、生命保険については「生命保険契約者保護機構」、損害保険については「損害保険契約者保護機構」が担っている。また国営時代に預け入れられた郵便貯金と簡易保険は独立行政法人郵便貯金・簡易生命保険管理機構が継承し政府保障が継続している。民営化後のゆうちょ銀行とかんぽ生命はそれぞれ預金保険機構と生命保険契約者保護機構に加入している。

 限度額1000万はペイオフ1000万の根拠となっており、民間金融機関に対しても郵貯と同額の保障をせよと言うのである。またペイオフによる補償金額を引き下げて保険料負担を下げることを目的の一つとして郵貯預入限度額引き下げの要求もある。郵貯・簡保の政府保障を根拠に、金融危機の過程で民間金融機関に対して莫大な税金及び公的資金が投入されたが、その資金の一部には国債購入という形で郵貯・簡保の資金が充てられた。民間金融機関が郵貯・簡保は国債購入などの形で資金運用を行うため運用益が税金で保障されていると批判していたが、実は郵貯・簡保というトンネル経由で民間金融機関救済にも利用されているのである。

 さて、小泉純一郎内閣時代に郵政民営化担当大臣・金融大臣・内閣府特命担当大臣金融、経済財政政策担当を歴任した竹中平蔵と2010年9月10日に経営破綻し、史上初のペイオフを発動させた日本振興銀行創業者の1人木村 剛(きむら たけし)金融庁元顧問とは親密な関係である。同じく創業者の1人平将明(たいらまさあき)は2005年9月11日、いわゆる郵政選挙で当選した小泉チルドレン。03年、日銀出身で竹中チームの一員であった木村がサラ金の資金元であるノンバンク「オレガ」経営者落合伸治に助言し、賛同した平と三者で日本振興銀行設立計画発表記者会見している。勿論94年設立当時小泉も竹中も政権の中枢に有り、設立の経緯に関わっているのは言うまでもない。。その後日本振興銀行は「『破綻しても1000万円とその利子までは国が保護する』ことをうたい文句に、他行より高金利で定期預金を集めてきた」「金融庁は『制度を悪用したモラルハザードだ』(幹部)との批判を強めている」(毎日新聞9月10日付け夕刊より) 95年8月30日に破綻した木津信用組合は破綻直前に当時の定期預金金利相場より相当高い金利を付けていたし、拓銀も破綻直前には当時大蔵省から大丈夫かと打診されるくらいの高金利だった。(Wikipediaの95年8月の出来事には木津信と同じ日に破綻した兵庫銀行の記述はあるが木津信は記載されていない。また7月31日のコスモ信組もない)

 さて小泉純一郎と竹中平蔵は郵政民営化を推進してゆうちょ銀行にも預金保険料を負担させ、同じ手で預金保険をアテにする日本振興銀行を設立したのである。ゆうちょ銀行が07年10月1日以降に預金保険機構に支払った保険料の内、一体いくらが日本振興銀行に預金をしていた人々に支払われるのであろうか?

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