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2012年4月28日 (土)

二つの「よんにっぱ」を忘れない。

   今日はサンフランシスコ講和条約締結によって沖縄県と奄美諸島が日本から米軍統治下に移行してから60年である。今日も沖縄には極東最大の米軍基地である嘉手納飛行場を始め住宅密集地にある普天間基地など多くの米軍基地・施設が存在する。本土の人間として、ヤマトンチューとして、沖縄の人々に苦痛を与え続けていることを自己批判しなければならない。60年代から72年の沖縄「返還」までの間、沖縄の人々が4月28日を沖縄デーとして本土復帰を願う日として取り組んできたことに連帯し、本土でも多くの学生や青年労働者が「沖縄奪還」綱領の下で果敢に闘い抜いた。1969年4月27日には我が革共同の最高指導者である本田延嘉書記長に対して破防法扇動罪が適用されるなど、戦闘的実力的闘争が闘われていた。日帝による沖縄売り渡しを決して忘れてはならない。
            
 同時に1978年から9年にかけて闘われた全逓反マル生越年闘争に対する報復処分として63名の首切りを始めとして万余の全逓組合員に対する処分発令がなされた日でもある。免職者の殆どは青年部員であり、闘争を指導した執行委員などは社会党員であったことを利用して自民党と取引し、社会党員ではない組合員に集中した首切りであった。人事院公平審闘争をへて裁判闘争になり、連合全逓中央の裏切りによる91年5月22日の第99回臨時中央委員会での闘争終結宣言にも関わらず、頭蓋と多くの現場労働者の支援とによって東京高裁による処分不当と現職復帰を命じる判決、更には最高裁による郵政側の上告棄却によって28年間の苦闘を経て現場に帰った全逓四・二八闘争の日でもある。
            
 元反戦派労働者として、元全逓労働者として、生涯4月28日を忘れてはならない。そして機会あるごとに訴え続けるであろう。
            
対日講和発効60年/人権蹂躙を繰り返すな 許されぬ米軍長期駐留2012年4月28日 琉球新報社説   
            http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-190560-storytopic-11.html
            
 60年前と一体、何が変わったのか。日米両政府が27日に発表した在日米軍再編見直しの共同文書にこんな印象を抱く県民が多いのではないだろうか。
 米軍普天間飛行場の移設先について名護市辺野古が「これまでに特定された唯一の有効な解決策である」と結論づけた。知事をはじめ県内世論の大多数が県内移設に反対しているにもかかわらず、県土の利用方法を日米が県民の頭越しに勝手に決めたのだ。
連綿と続く「屈辱」
 60年前のきょう4月28日は対日講和条約(サンフランシスコ平和条約)が発効された日。敗戦国の日本が完全に主権を回復し、連合国の占領状態から独立を果たした。一方でこの日を境に沖縄、奄美を含む南西諸島が日本から切り離され、米軍統治という異民族支配が始まる。その後に連綿と繰り返された住民弾圧、人権蹂躙(じゅうりん)の源流となるこの日を、沖縄では「屈辱の日」として語り継いできた。
 沖縄を日本から切り離した米軍はまず、住民が暮らしていた土地を強制的に接収し、基地拡大を始めた。1953年4月、真和志村の安謝、天久、銘苅に土地収用令を発令し、その後も伊江島、読谷、小禄、宜野湾の各村に武装兵を動員し「銃剣とブルドーザー」で住民を追い出し、家屋を次々となぎ倒した。
 こうして日本の国土面積の0・6%しかない沖縄県は現在、在日米軍の74%を抱えて差別的な過重負担を強いられている。
「沖縄における米軍のプレゼンス(駐留)の長期的な持続可能性を強化する」。共同文書は記す。
 戦後67年も基地被害に苦しんできた沖縄に、長期にわたって基地を置き続けるという日米の狙いがはっきりした。条約発効から60年後の「屈辱の日」前日に、新たな「屈辱」が重ねられる。沖縄をいつまで日米安保の踏み台にするのか。
 昨年11月に「普天間」移設作業で環境影響評価書の提出時期を記者から問われた当時の沖縄防衛局長は「犯す前に、これから犯すと言いますか」と言い放った。県民を陵辱の対象にしか見ず、沖縄の民意を踏みにじってでも新基地建設を押し進めようという政府側の姿は「銃剣とブルドーザー」と何が違うのだろう。
 共同文書には「普天間」移設先で名護市辺野古以外の選択肢の余地に含みを残す文言が入った。辺野古について「唯一の有効な解決策である」とする記述の前に加わった「これまでに特定された」という部分だ。現時点では辺野古は「有効な解決策」だが、将来までは保証しないという含意がある。
            
理不尽な県民無視
 この記述は、嘉手納統合案を主張し、共同文書の発表日程を「詰めが不十分」だと批判して延期させた米上院のレビン軍事委員長らに配慮して盛り込まれたようだ。国防予算を左右する大物議員の声には耳を傾ける日米両政府が、当事者である県民の意向を無視するのはあまりにも理不尽だ。
 将来、辺野古を断念したとしても、レビン氏らの意向が反映されれば嘉手納統合案という県内移設を押し付けられかねない。今年7月に普天間飛行場に配備予定というMV22オスプレイも今年初めの時点では、県内配備の前に本州の米軍基地で先行駐機する案が浮上していた。しかし今月になって受け入れ態勢などに問題があるとの理由で断念し、沖縄が国内初の配備地となりそうだ。言語道断だ。
 57年前、土地を奪われた伊江島の住民が本島に渡り、多くの人々に実情を訴えるために行脚した「乞食行進」でこう訴えた。
「乞食するのは恥であるが、武力で土地を取り上げ、乞食させるのは、なお恥です」。戦後も沖縄だけに過重負担を強いている現在の日米両政府の姿にも通じる一文である。
 民主国家を標榜する日米の下でこれ以上、人命、人権が脅かされる構造的暴力を許してはならない。
            

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