うちはだいこの同類クンへ
「紀州」「関西派労務者」「郵政労働者」「某高校剣道部OB」「風来坊」「風雲児」「なめこ汁」、ニセ「防長っ子」・ニセ「元々中核派」、あるいは名無しでの大量の書き込み。連日連夜ご苦労様。今朝も名無しで書き込んでいたね。
でもお前、剣道してたっけ? ついでに言えばいったいいつ「中核派」に結集したの?
助言に従い冒頭部分のみを残して削除しました。
今後Hは書き込み禁止。発見次第アクセス禁止お呼び削除を行う。
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「紀州」「関西派労務者」「郵政労働者」「某高校剣道部OB」「風来坊」「風雲児」「なめこ汁」、ニセ「防長っ子」・ニセ「元々中核派」、あるいは名無しでの大量の書き込み。連日連夜ご苦労様。今朝も名無しで書き込んでいたね。
でもお前、剣道してたっけ? ついでに言えばいったいいつ「中核派」に結集したの?
助言に従い冒頭部分のみを残して削除しました。
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甘い考えで始めた物の、連日深夜帰宅が続いている。そこに来てメインで使っているパソコンの調子が悪い。これはもうメーカー修理に出す以外私のスキルでは対応しようがない状態である。お陰で暫くの間ブログのコメントへの返信はおろか記事の更新すら出来ないでいた。労基法によって労働条件が保護されている雇用労働者と、労基法の保護対象外である「経営者」との待遇の違いにとまどっている。
まともな労働組合が存在し、まともな役員・活動家が存在していることの有り難さを改めて実感している。今現在のJP労組の専従役員や元職場のマル生分会長などによって労働組合が経営側の使い走りへと変質させられている現状を見聞きする度、自分が退職せずに踏みとどまっていれば支部長を始め現場で苦闘している真面目な役員活動家の多少の助けにはなれたのではないかと悔やんでしまう。
だがしかし、自らが決断した道である以上、後退することは許されない。今の代理店業者として成功するために自らの能力の及ぶ限り、そしてかつては革命党の指導下に有った人間として恥じない範囲で全力を尽くそうと決意を新たにしている。
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奴隷に対して「あなたは奴隷であり惨めな存在なんだ」と教えた場合、奴隷は己のプライドを傷つけられて反発する。
奴隷として生きる事しか知らない者はそれ以外の生き方を想像する事すら思い付かない。奴隷所有者である領主を倒した後、解放した奴隷達に「ご主人様の敵」として恨みを買い、アルスラーンは当惑した。
アルスラーンは奴隷達の境遇に心底同情し、本当に善意で「人間として自由に生きよ」と命じただけだった。
ナルサスは主君に進言した。奴隷には自由人として生きる為の教育が必要なのだと。段階を踏まえて経験を積まない限りは、地道な訓練を繰り返さない状態では、解放された奴隷は衣食住を奪われ路頭に迷うのだと。
大衆は理論では動かない。理屈で行動出来るのは階級の先進的な部分だけだ。日頃ブルジョア階級とその手先で有る「賢い」連中に騙され、搾取・収奪されているから利口な人間を先ずは疑う。「賃金奴隷」としての存在に慣れ親しんだあまり、労働者階級は「ご主人様」であるブルジョア階級に歯向う「前衛」を最初は敵視する。ギリシャ神話のゴルゴン(メデューサ)はペルセウスが持つ鏡の如く磨かれた盾に写された自分の姿を見せられて恐怖のあまり石と成る。共産主義者が労働者大衆に忌み嫌われるゆえんである。
人間を初め生物は環境に適応する能力を持っている。「適者生存」というヤツだ。肉体的苦痛が続く場合には脳内でエンドルフィンという麻薬を生成することが出来る。モルヒネよりも6.5倍の鎮痛作用が有るという。劣悪な社会環境に耐えるためには宗教という「阿片」を作り出した。「賃金奴隷」を初め被支配階級は己の存在に耐えるために様々な物を作り出した。SMプレイと言うヤツなどはその最たる物だろう。マゾヒストにとっては苦痛こそが快楽であり、支配されることが喜びなのだ。
労働者階級の前衛としての共産主義者は粘り強い努力を長期間繰り返してようやく、周囲の大衆を少しずつ獲得する事が出来る。
だが残念な事に、賃金奴隷達の頑迷さの前に多くの「共産主義者」が自らの思想・理論・路線への確信を失い挫折してしまう。「賃金奴隷」解放に懸けた思いが強ければ強い程、情熱が熱ければ熱い程、反動によって挫折は大きい。「賃金奴隷」達はそれを見て嘲笑う事で、闘わずに屈伏する事の「正しさ」を主張する。
アルスラーンが何故に「解放王」と讃えられるのか、最初の失敗を教訓とし、奴隷解放の大業を成し遂げるからである。「賃金奴隷」たる労働者階級解放の大目的の為に、アルスラーンに倣えるならば、「共産主義者」の前途は明るい。「労働組合は革命の学校」であり「ストライキには革命のヒドラが宿っている」
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四月から独立開業を目指して走り回った。主に郵便局時代のお得意先と先輩方だ。何かと義理の有る人々に協力を頼んだ。
中には僕が開業するならとお客さんを紹介して下さる方、事情を聞いて即決で契約してくれた方、必要は無いが損を承知で判子を付いてくれた方がいる。
反面、今までノルマに苦しんでいたから何かと助けて来た筈の人間が口を濁して協力を拒む。自分の人間関係がどんな物で有ったかが如実に分かる。こちらが順調な時には擦り寄って来ながら、逆境になって助力を求めると手のひらを返す。
父親の会社が傾いた時も同じだった。住宅購入資金の大部分を援助した叔母夫婦は連帯保証人として債務請求をされた事だけを口にする。父方の親族の殆どとは絶縁状態だ。母方は何かと援助してくれた。
縁故募集は簡単に契約が出来るが、内容説明が疎かになりやすく後々トラブルに繋る。親戚付き合い、友人関係、近所付合いに悪影響をもたらす事が多々有る。
「身内は後回し」が昔の簡易保険の方針だったから、最近の郵便局と違い気楽に仕事が出来た。今の会社も今年から同様の方針に転換したらしいが、現時点では新規代理店にそれを実践する時間的余裕が与えられていない。いきおい縁故に頼るしかない。
漢字生保の様に身内を食い物にする悪徳セールスはしたくないから、出来る限りの商品説明をしているが、それでも近所付合いにヒビが入る。
一日も早く一般のお客さん相手の真っ当な営業がしたい。
(6月22日付mixiの日記より転載)
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記憶に間違いがなければ、銀河英雄伝説の一方の主人公であるヤン・ウェンリーの三秒間スピーチの台詞である。このブログのコメント欄では皆さんに好き勝手に書き込みをして貰うのが基本的な態度だ。だからROM人さんが先日コメントを書き込む際に@○○○という表現を使った際にもこの部分のみを削除して肝心の投稿については一切手を加えずに再掲載した。ご本人は理解して下さったようで有るが、紀州は相変わらず日本語が苦手なようで、飽きもせずにイチャモンを付けてくる。自分の書き込んだコメントの内容すら覚えていないようなのだから始末に負えない。「自分の主張と違う書き込みが許せないのでしたら、コメントをする機能は付けなければいいと単純に思うのですが、都合の悪い書き込みは削除するんですな…。自分の主張だけ聞いてほしいのなら、ブログ形式にするんではなくて、始めから書き込み出来ないホームページにする事ですね。(投稿: 紀州 | 2009年6月15日 (月) 13時23分)
せめて何が削除されたのか、私が受け入れがたいことは何であるのかについて想像力を働かせる程度のことして欲しい。元々のコメントの文中で「ROM人@○○○さん」と有ったのを「@○○○」の部分を削っただけである。こういう水準だから支配階級・権力者のプロパガンダに易々と乗せられるんだろうね。他の名無しの連中や「通りすがり」なんてのもそうだろう。「支配するイデオロギーは支配階級のイデオロギーである」だったかと思うが、マルクスの文献に出てくる一節だ。全集が段ボール箱に入ったままなので正確な引用ではないが、大体は合っているはずである。要するにどの様な社会でも、極々普通に生活している人はその時代時代、国家や社会の支配階級・支配者にとって都合の良いイデオロギーを子供の時から刷り込まれていると言うことだ。大枠でオウム真理教や統一協会が外界と隔絶した環境に信者を置くことで得意な世界観・宗教観に疑いを持てない状況を作り出しているのと変わらない。米帝が旧ソ連は巨大なマインドコントロール機構であると表現しているのだが、実は米帝も日帝も全く同じ事をしているのだ。
環境という物は恐ろしいもので、共産主義者たらんとしており、元々全逓労働者として権利意識を持ち続けてきた私が、3月下旬から自営業者の道を歩み出し、プチブル階級として生きる決意をした途端に、金儲けのために如何にして従業員となる人々にサービス労働をさせるかというノウハウを学ばなければならない状況に陥っている。不払い労働が多ければ多いほど利潤がたやすく生み出せるからだ。厚生年金や社会保険なども元保険屋としてその素晴らしさを熟知しているのだが、適用事業所になると負担金が発生するからどうしようかなどと考えなくてはならない。ソニー生命が急成長した際には保険に関する講演会を開いた。漢字生保の主力商品である定期年金付き終身保険などは、保険商品の内容を丁寧に説明するだけで、お客さんは「騙されていた」と言って解約する。昔の簡保のセールスマンは、公的保障の内容を勉強してお客さんが必要以上の保険料を負担しないで済むように丁寧に説明した。出来たらそう言った内容についても記事を書きたいと思っているのだが、いかんせん時間がない。
通りすがりなんてのは無内容に「悪質な韓国、朝鮮人の手先になっていただけだった。」等と書いている訳だが、「左翼」の中にもよど号グループのように朝鮮労働党のヒモ付きの所はあるが、中核派とその上部団体である革共同との区別が出来ていない。右翼団体の中にも「在特会」だの「維新政党新風」などと言った2チャンネル発祥?のおかしな連中がいるし、ヤクザが政治団体として持っている「街宣右翼」なんかのような強請たかりでシノギをしている輩もいる。真面目な右翼、本来の右翼と糞ミソ一緒くたにしないで欲しいというのがTAMO2さんのコメントの真意だろう。右翼の全てが人間のクズだと言ったら、真っ赤になって怒る人もいるだろう。真面目な右翼の殆どは正義感と行動力に満ちあふれていて社会を変革する必要性を感じて運動に身を投じたはずだ。最初に出会った思想が共産主義であったなら革命運動の同志となっていたかも知れない。90年には連名で個人共闘としてビラを撒いたことのある社会主義青年同盟の人間は今では郵政の管理職コースをひた走っているし、同じく革労協西原グループに行った人間は今では率先してただ働きをしているので職場の評判が非常に悪い。昔は全逓労働運動を如何にして立て直すかについて真剣に意見を戦わせた仲閒だった。
常にブルジョアイデオロギーとの思想闘争が必要なんだ。スターリン主義的偏向との絶え間ざるイデオロギー闘争が不可欠だ。ここでの敗北がズルズルと後退を招くのは私自身が思想的に腐敗して除名された人間なのだから十二分に承知している。だから出来るだけ異論に耳を傾けるためにコメント欄を解放している。だが紀州にしても通りすがりや名なしの書き込みはあまりに低水準で相手をするのも下らない。革命党の末端活動家に過ぎなかった人間に雑魚扱いされているのだから恥を知れ。
最後にROM人さん、「しかし名前欄の確認だけでなく、上記のコメントで訪ねた具体的解決案も披露してほしかったです。」と有るので返事をしたいのは山々なのだが、それが出来る力量なら指導部になっていたよ。一応色々と文献を購入して準備しているのだが、力量不足と時間不足と言うことで勘弁願いたい。
追記 鬱病で自宅療養していた時期はコメントへの返事だけで2~3時間かけるだけの時間的余裕があったから、記事を書いたりトラックバックを読んだりしたりする時間と併せて毎日5~6時間をブログに割いていた。今はコメントに目を通して特に重要と思われる幾つかに付いての返事を記事の形で書く程度の余裕しかない。余力さえあればもっともっと書きたい記事があるし、報告すべき各種の運動や取り組みも沢山ある。法政大学での弾圧に対する闘いについても、郵便事業会社加古川支店での地労委闘争も書きたい。折角購入したマルクス・エンゲルス全集やレーニン全集も段ボール箱から取り出して読み込みたい。残念ながら今は手つかずの状態だ。
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昨日このブログに掲載した二匹の子猫は残念ながら引き取り手が現れませんでした。一匹は我が家の飼い猫ユーリ
が縄張り意識からでしょうか噛み殺し、
もう一匹は葛城保健所に朝から持ち込みました。
受け付けて下さった職員の方の話では、私が訪問した午前9時半頃の時点で今日だけで12~3匹の予約があるとのことでした。
今日一日で。年間に直した場合一体どれだけの命が失われているのでしょうか。
mixiの「知らなきゃいけないコト」コミュでは私を止める書き込みがありました。2009年06月09日 01:33のことです。マイミクの方やメールで連絡の取れる幾人かに連絡を取り、日記とブログでも引き取りを依頼していたためにコメントを読んだのは今夜午後9時半頃のことでした。既に二匹の命が失われた後のことです。
古くからいる犬やネコは新参者を敵視し、排斥しようとし、場合によっては命のやり取りになります。殆どの人は分かっていませんが犬もネコも猛獣なのです。極真空手の創始者大山倍達(「空手バカ一代」で一般人にも有名)は著書の中で人間が犬やネコと閉鎖された空間で一対一で闘った場合、勝てる人間は殆どいないと書いている。勝鹿北星・浦沢直樹(「『YAWARA!」「20世紀少年」など)著の「MASTERキートン」では軍用犬として訓練を受けたシェパードとの対決が描かれているが、主人公をして「犬は地上最強」と言わしめている。(主人公キートン・平賀太一はイギリスの白色テロリスト部隊SASの元隊員でサバイバル技術教官という設定) 日本でSASに相当するのは警察のSATもしくは陸上自衛隊習志野駐屯地の特殊作戦群だろうか。人民革命軍武装遊撃隊(中核派革命軍)やプロレタリア統一戦線戦闘団(解放派革命軍)は人質を取った籠城戦をそもそもしないので直接対決したことは無い。
脱線したので元に戻すと、人間の都合で飼われ、飽きたら捨てられるペットたちの姿を一人でも多くの人々に知って貰いたい。私にとってはバブル景気の際に人手不足だからとアジア諸国や中南米から連れてこられた外国人労働者、バブル崩壊後に経済立て直しに利用されながらワーキングプアとして酷使された派遣などの非正規雇用労働者が、資本の論理によって恐慌突入と共に使い捨てにされている姿と二重写しに見える。労働者だって生きているんだ。使い捨ての道具ではない!! 13日に京都で行われようとしている在特会の排外主義デモ・集会はこういった一連の行為の一環である。人間を使い捨てにする資本の論理そのものだ。
「知らなくちゃいけないコト」 で紹介されていたサイト。世間にペットなどの動物の命は大切にするが、労働者の首を切って死に追いやっても平気な人間が存在するので、動物愛護の運動を一概に信用する気はない。典型的なのが原発には反対しないし、アフガニスタンやイラクへの侵略戦争にも反対しないが捕鯨には反対するグリーンピースやシーシェパードの様な、動物愛護団体・自然保護団体を装った差別以外主義運動も存在する。
「声なき動物たち」 ポップアップ広告があるためクリックの際は要注意。
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我が家は5人家族で、全員が動物好きです。現在犬2匹と猫1匹を飼っていますが、先月中旬に息子が捨て猫を拾ってきました。我が家ではこれ以上飼うことが出来ないために、家族全員で里親を捜した結果ようやく引き取り手を見つけました。
処が今日になって息子が再び捨て猫を、今度は2匹拾ってきました。一緒に遊んでいた同級生が一旦は連れ帰りましたが、親がダメだと言うことで我が家に戻ってきました。心当たりは行き尽くしているため、明日にでも保健所に連れて行くしか有りません。
無責任な飼い主はきっと思っているでしょう。「猫ちゃん達はどこかの親切な人に拾われて幸せに暮らしている」と。生まれてきた命ですから責任持って育てて欲しい。それが出来ないならキチンと育てることの出来る飼い主を自分で捜して欲しい。そして母猫・母犬の避妊手術をして欲しい。犬も猫もオモチャや無い。
mixiのコミュニティー「知らなきゃいけないコト」を紹介しておきます。 ここでは動物実験に使われて命を落とす命や無責任な飼い主によって捨てられた命がどうなるかについての情報提供をしています。いい加減な飼い主が責任を取らなかったことによってどれだけ多くの命が失われているか。少なくとも今回子猫を捨てた人間は、自らの手を汚さずにかわいい2匹を殺したことを知るべきです。
追記
mixiで全体公開にしてこの事と関連した記を掲載したところ、ブログでも公開すべきだとの助言があったのでこちらに転記します。
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「敵は作りたくない」 今お世話になっている処の直属の上司がそう言った。成る程と思った。今思えば敵を作りすぎた感がある。改題して「趣味と実益を兼ねたバイトについて」http://rounin40.cocolog-nifty.com/attenborow/2009/05/post-ee92.htmlとした物のことだが、問題点を指摘した上でじっくりと話し込むのが上策だっただろう。もしくは黙って距離を置くのが中策であった。ブログの記事にしたことで関係は拗れ、無用の敵を作ったという点で下の下策と言うしかない。軽率であったと反省している。
どうも長年「革命か反革命か」「敵か味方か」という世界で暮らしていた習性か、味方でない物は敵だと簡単に決めつける傾向がある。これは現役諸氏の間でも同様であるようで、最近は「体制内かそうでないか」と言う二者択一となっている。レーニンは革命運動に参加してきていない労働者大衆のことを、確か「遅れてやってくる援軍」と言う表現を使って気長に待つことを諭していた。武装反革命に転落したカクマルのような転向分子に対しては情け容赦は必要ないが、そうではない、単に日和っているだけの人々、様子見をしている人々に対しては大きく構える必要があるだろう。
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1984年2月大学の合格発表の帰りに全日本学生自治会連合会(全学連)の街宣と第四インターの街宣に遭遇。全学連を選択。同年3月第一志望に落ちて二浪確定。受験勉強そっちのけに学生運動とバイトにいそしむ。結果85年3月に反戦派労働者になることを決意し地区党に配属。同年5月反戦青年委員会に加盟し、10・20三里塚交差点における市街戦に参加し逮捕される。残念ながら完全黙秘は貫徹出来なかったが非転向で23日間の勾留期間を満了し不起訴処分。
86年10月郵便局の貯金保険課保険外務員として採用。96年か97年にマルクス主義青年労働者同盟(マル青労同)に加盟。99年3月郵政民営化の準備の一環である単独局総合担務導入により貯金外務員を兼務。2001年リストラ鬱病を発病し、長期病気休暇と休職を繰り返す。2008年1月末付けで病気退職。この間自棄になって酒と女に溺れ思想的に腐敗したために04年9月11日であったか12日付でマルクス主義青年労働者同盟から除名される。以後無党派。(マル青労同の規約では40歳の誕生日をもって、つまり04年5月で卒業であり、上部組織の革命的共産主義者同盟全国委員会には加盟していない。一体どこから除名されたのであろうか?)
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今日は労働者の「祭典」であるメーデーだ。
「メーデー(May Day、直訳すれば「5月の日」)は、世界各地で毎年5月1日に行われる祭典である。ヨーロッパでは春の訪れを祝う日である一方、労働者が統一して権利要求と国際連帯の活動を行なう日でもある。「労働(者)の日」"Labour Day"ともいうが、いくつかの国ではその国独自の「労働者の日」を定めているため、International Labour Day と言う必要がある。」(Wikipediaより引用)
元々は1886年(元号を使えば明治19年)にアメリカのシカゴで労働者達が8時間労働制を要求して大規模なストライキ闘争を繰り広げた日だ。「1日12時間から14時間労働が当たり前だった当時、『第1の8時間は仕事のために、第2の8時間は休息のために、そして残りの8時間は、おれたちの好きなことのために』を目標に行なわれた。」(Wikipediaより引用)当たり前のように思われていて、総評解体から連合の発足によって破壊されつつある8時間労働制は全世界で大量の逮捕者や死者を出しながら勝ち取った労働者の権利である。
日本でも戦前は、どこで読んだか忘れてしまったが、参加者全員が逮捕されるなどのメーデーが有ったようだ。2・26事件の有った1936年にはメーデー禁止令が出された。戦後の1946年には食糧メーデー、朝鮮戦争中の51年には禁止の圧力に総評が屈服して中止に追い込まれた。翌52年は「血のメーデー事件」が起こり「1232名が逮捕され、うち261名が騒擾罪の適用を受け起訴された。」(Wikipedia) 確か記憶ではこの事件か吹田事件の裁判長が裁判への政府の圧力を嫌って政界に転出し、後に社会党の国会議員になっていたはずだ。労働者は闘わなければ雇用も賃上げも時短も、何もかもが手に入らない。2000年以降の景気回復の時期に「ジョブレスリカバリー」と言われた時期があり、大企業は史上空前の利益を上げたが、労働者に対してはリストラが急速に進行し、派遣労働者が増加した。
昨年来の「派遣切り」の過程で非正規雇用について社会的関心が集まり、連合も全労連も口先では非正規労働者の雇用安定を口にするようになった。4月27日の夕刻、大阪の御堂筋を連合のデモ隊が進んでいたのを目撃した。NTT労組(旧称全電通)・UIゼンセン同盟等の旗を見かけたが、デモ隊は2梯団併せて200~300しか居ない。こいつらやる気があるのか? この程度なら弱小党派の革共同でも出せる人数に過ぎない。連合大阪が本気なら数万は出せるはずだ。例年のメーデー大阪大会には大阪城公園に10万の労働者が集まる。全労連で2~3万、全労協でも数千集める。
郵便局を退職し、失業者となり、去年秋に働き出した物の参加する場所は無いため、今日は一日仕事をしていた。昔は必ず休んで、午前中は奈良公園やあやめ池遊園地、鴻池グラウンドに足を運んだ。午後からは自分の誕生日祝いを家族にしてもらってきた。息子が生まれてからは二人分の誕生日だ。今日は仕事のために夜九時半からケーキを食べた。私が45歳、息子が9歳になった。生まれた日が日だから、一生労働運動をするに違いないと運命的な物を感じていたが、転職に成功すれば自営業者となるため、二度と労働者としてメーデーに参加することはないだろう。
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先日参加した三里塚闘争の当日朝、東京駅のベンチに腰をかけて息子と真剣な話をした。最近頻発している派遣切りされた労働者の犯罪をどう思うか尋ねて見たのだ。住む所も所持金も無くして強盗する人々。彼らをそこ迄追い込んだのはキャノンを始めとする政財界の仕業だが、仮定の話として「お父さんがもし生活が苦しいから強盗すると言い出したらどうする」と質問したのだ。息子は「注意する」と答えた。「注意しても聞かなければどうしよう?」息子は「叱る」と答えた。「叱って駄目なら何をする」と再質問。息子は「シバく」と明確に返事した。(シバくとは殴り倒す程度に思って欲しい) 意地悪く更に問い質す。「シバいて止まらなければどうか?」息子は返答に窮した。そこで「その時はお父さんを殺せ」と教えたら泣き出した。「強盗してまで生活する様になったら殺してでも止めるのが本当の親孝行だ。親殺しの汚名を着てくれ」と頼んだ。八才の子供にはかなり酷な話だが、成長してから「革命的祖国敗北主義」を説明する時には必ず役立つと判断したからだ。
処が今日の昼頃、バイト明けで眠っている処を妻に叩き起こされた。息子が万引きで捕まったのだ。取るものも取りあえず妻が交番に向かう。小学校の担任の先生からも電話が入る。同級生と一緒だと言うが、主犯は息子らしい。帰宅した妻から聞くと何枚もの証拠写真を見せられたと言う。穴が有ったら入りたいとはこの時の心境だった。
ひとまず息子に万引きしたおもちゃを全て出させた。全部で五つ。常習犯なのは明白だ。弁解の余地は無い。台所から果物ナイフを取り出して息子に渡す。「お父さんは前に強盗しそうになったら殺してくれと言ったけど、お前も同じやぞ。泥棒するくらいなら死ね」と言い渡した。正座した状態で何も出来ない息子。「ならばお父さんが殺してやる」と刃先を胸に突き付け、手を差し延べる。息子は後退りすると「死にたくない」と泣き出した。
「泥棒するくらいなら死ね。なんで万引きした」と問詰める。「欲しかったから」「なんで我慢しない」「出来へんかった」「我慢出来な盗んでエエんか! なんでお父さんお母さんに言われんのや! 家は警察と違う。税金泥棒して生活してるんちゃう。真面目に働いて生きてるんや。お父さんもお母さんも病気でしんどいけど働いてる。なんで分からんのや」
「もうしません」との言葉を信じて許す事にしたが、「次したら絶対殺すからな」と明言した。
おもちゃが欲しくて万引きする奴は、生活苦になれば強盗をする奴だ。最後には自国が生き延びる為には他国を侵略しても平気になる。今の内に殺して将来の禍根を断つのが世の為人の為だ。
自らの自殺防止の為に強制入院させられる事は考えたが、まさか子殺し防止での強制入院の可能性が生じるとは予想だにしなかった。これから先、息子が立ち直ってくれたら問題は無いが。究極の選択というやつを考えるには、今の病状では荷が重過ぎる。
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バイト先の若者と話をしていて、三連休にしている理由を答えるのに、まさか三里塚闘争に行くとは言えないので、千葉に有るのに東京を名乗る不思議な施設に行くと答えた。案の定千葉県浦安市の「東京ディズニーランド」だと思われた。こちらは「新東京国際空港」の事をぼかしたつもりだった。ブランクの間に通称の成田空港が正式に成田国際空港へと変更されていた。感覚が違う筈だ。
春休みなので夜行バスの切符は取れないだろうと踏んで、息子には新幹線に乗せてやるからと話していた。息子は大喜びで付いて行くと言う。
ところが予想に反して切符が取れたので、約束を守れなくなってしまった。幸いな事に息子は忘れ物が多い性格で、新幹線の約束を忘れていた。だが、親が甲斐性無しの為に子供との約束を破り続けるのは教育上も良くない。せめて三里塚の帰りは京成電鉄の特急スカイライナーくらいは乗せてやるとしよう。
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転職がようやく決まった。幾つかの金融機関で門前払いとなり、別の業界の営業職に応募して見た。有り難い事に高く評価して貰い、かなり好待遇を呈示された。但し二か月は契約社員で、期間中のノルマが達成出来なければ正式な契約は無い。
問題は今現在のバイトを何時辞めるかだ。夜中のシフトに入る人間が見つかる迄の残留を要請された。去年の夏から秋にかけて就職活動した際は、ここ以外にはバイトすら不採用が続いた。出来れば円満に辞めたいと思い、叶う限り残る事になった。結果、四月中は新しい職場と二重に所属する事となる。
どちらかを明確に選択出来ないのは悪い癖だ。革共同両派についても同じだ。中立と言えば聞こえは良いが、実の所、党派選択についての日和見主義である。どちらにも知り合いが居る。どちらにも負の感情の対象者が存在する。どちらが正しいのかと考え出すと、途端に思考停止状態が訪れる。「前進」を読んでも「未来」を眺めても、全く同じ結果になる。優柔不断で困った奴だと自嘲するしかない。
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数日頭痛が収まらない。肩凝りが取れない。足元がふらついて階段の上り下りの際に壁にぶち当たったり寄り掛かる事がしばしば有る。不規則な生活で鬱病がぶり返して来たのと血圧が上昇して来た。早く転職しなければ妻の様にクモ膜下出血で倒れるかもと危機感すら覚える。
日中は小包や宅配・セールス等で、夕方から夜はメールの着信で、夜は猫のユーリが寝室から出せと鳴いて起こされる。体内時計が変調をきたし、昼夜の区別無く眠れない。
為すべき事は山積し、こなせる事は減少した。
先日ようやく地労委加古川局事案の審問に参加出来たが、メモをとったものの報告書にも記事にも出来ていない。一日の郵政ユニオン・郵産労共催の集会に反対する会の十八日春闘集会参加を呼び掛けるビラを入れてくれと依頼されたが、出来なかった。
秋から年末にかけての派遣切りに続いて正社員への首切りが始まった。日帝の危機、国際帝国主義の危機の深まりを感じる。革命の戦列に復帰して闘わなくてはと焦燥感が募る。現状では正しい路線選択、党派選択は出来そうに無いだけに余計にそう思う。帝国主義を打倒出来る思想・路線・戦略を持っているのは何処だ。
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中国春秋戦国時代の諸子百家のうち縦横家の張儀(ちょうぎ ? - 紀元前309年)の言葉である。秦の宰相などを務め、連衡策を用いて秦の天下統一に貢献した。同じ縦横家の有名人物には合従策を進言して燕と趙を同盟させて秦に対抗した蘇秦がいる。概して縦横家は弁舌巧みに外交策を展開して諸国で出世した。「舌はまだついているか?」というのは張儀がとある機会に窃盗の濡れ衣を着せられて袋だたきにあった際に発した言葉で、舌さえあれば何とでもなるという、自分の外交の策士としての力量に絶対的自信を持っていたことを表した言葉として有名だ。
舌先三寸で人を煙に巻くという点でいえば営業マンというのもそうである。相手の心理を読み、どの様なことに関心を示すかを冷静に見抜き、自らの商品購入に向けて誘導していく。相手の警戒心を解くために腐心するのは「場作り」と呼ばれる商品提示前の世間話や様々な制度の説明だろう。表彰されるような営業マンはこれが実にうまい。私のような中程度の成績しか上げられなかった人間でも「場作り」がうまくいった時は大抵契約に結びついていた。時には商品説明をすっ飛ばして契約に至ることもあった。前回の記事と矛盾する点もあるのだが、契約に至る時というのは案外そのような物も知れない。
「お前は保険より貯金の営業の方が向いている」とU総務主任から何度も言われたことがあるのだが、実際私の所属局に単独局総合担務が導入されて保険業務と貯金業務を兼務するようになったが、貯金業務の事務処理量の多さがストレスの原因の一つであったことは否めない。総合担務には二つあって単独定員配置局という貯金保険と郵便集配とが課で分かれている局の場合は貯金と保険が一緒に行われてた。総合定員配置局の様にかが置かれていない小規模局の場合は郵便配達の後に貯金保険の集金・営業業務を行う総合局総合担務が導入された。この制度は郵便配達に時間が取られ、本来ならば午前中に配達を済ませなければならないのに午後にもずれ込んだために集金に来ないと言う苦情が殺到し、結局は形骸化した。
で口先だけで世間を渡ってきた営業の人間としては、出来れば保険会社の外交員としての再就職を考えていて、何社か応募してみた。最近の保険屋は大卒しか採用していない所も多い上に、病気のお陰で関連した資格を取りそびれた中年にとっては中々採用がない。せめて無理をしてファイナンシャルプランナーだけは取っておくべきだったと後悔している。人によっては行政書士・社会保険労務士・税理士・証券外務員などの資格も持っているから、無資格の私にとっては険しいのかも知れない。保険募集人だけ取って代理店をするという手もあるのだが手元に資金が無いのでこれも又難しい。
結局チェーンの飲食店などと言った何のスキルも必要としない所で安い時給で働いているのだが、長時間拘束の夜勤であるために仕事明けは使い物にならない。酷い時は数日ゴロゴロ寝ていても疲れが取れず、反対する会の各種取り組みに欠席することも非常に多い。去年の12月からの宿題であるレポートも未だに完成していない有様だし、ホームページの更新も放置したままだ。いっそのこと他業種の営業に応募するのもありかと思ったりする。勿論それぞれの業界で必要となる資格があるので勉強する必要があるのだが。
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もしかしたら空城の計なのかも知れないが、自分では「赤心を推して置く」(正確には「赤心を推して腹中に置く」)を実践しているつもりである。嘘偽りの無い誠をさらけ出す事で相手に判断を委ねるとでも説明すれば良いのだろうか。隆慶一郎の「一夢庵風流記」を読んだ時に覚えた言葉である。「一夢庵風流記」とは週刊少年ジャンプで連載された「花の慶次-雲のかなたに」の原作で、戦国末期の戦人(いくさにん)であり傾き者であった前田慶次郎を描いた小説だ。(どうも記憶違いの可能性が高い。「影武者徳川家康」だったかも知れない。どちらも原哲夫によって漫画化された隆慶一郎作品で、主人公が石田三成との間に信頼関係が有り、三成の為人を表現する時に使われた言葉だ。)
郵便局に入って直ぐに、簡易保険の営業をする時には簡保の長所も短所も正直に説明した上で契約して貰うのが望ましいと教えられた。当時のU主事、O主任、S主任の三人が揃って同じ事を言った。近年喧しく言われる様になったが、実際には保険業界に限らず顧客に正しい情報を伝えないセールスマンが成績を伸ばしている。最高優績者や優績者の表彰を受けている輩がそうだ。法令遵守を強調される昨今ですら、委任状も無いのに書類上の契約者が不在でありながら留守番の人と契約を交わし、尚且つ目撃していた人間に口止めすらしない。あるいはPTと呼ばれる郵政外務員用携帯端末器に入力されている契約者住所に集金に行くと、奥さんが契約そのものを知らないと言う。データを見せて説明すると奥さんは思い当たる事があったらしく実家に問い合わせの電話を入れた。案の定実家のお母さんが保険料を払うという。余程契約欲しさ・募集手当欲しさで感覚が麻痺しているとしか言いようが無い。
貯金保険課長(民営分社化で局長に格上げ)に報告すれば三年間の営業停止処分。課長からは事実上の解雇通知だから絶対受けない様に適正募集を心掛けろと言われていた。同僚の首が掛かっていると思うと頼まれもしないのに口をつぐんでいたが、よくよく考えたら二人とも労働者意識のカケラも無い。片や憲兵の息子である事を自慢げに話し、北朝鮮に自衛隊を差し向けろだの「露助」だの「チョン公」だのと職場で高言する差別排外主義者にして、金にならないと思うやお客は放り出すは組合役員に当たっても唯の一度も会議に出席しないは動員やカンパにも非協力的な守銭奴。片や郵便局の前はプレゼント商法で好成績を挙げていたと自慢していたが、役員を積極的に引き受けたのは出世に役立つ御用組合に完全に変質してからで、組合の会議で社員持ち株会に入ると儲かるだの合理化への不満が出ると「黙れ!文句を言うな!」で済ませるマル生分会長。庇い立てする義理など無い相手だった。体調の良い時にでも告発状を作って郵政監察の後継部所に送付しようかと思う。(20年以上保険屋をしていたので私自身叩かれれば埃の出る身であるが、ここで書いた事例はどちらも06年夏の新規契約である)
脱線し過ぎた。最初は別件を書くつもりだったが感情的になって暴走した。このblogで革命運動について明け透けに綴っている事を述べようとしていたのだ。
blogを閉鎖ようと考える事が時々有る。対警察権力・対ファシストカクマルへの防衛上の為だ。革命的警戒心がどこかへ飛び去ってしまったらしく、読む人間によってはかなり内情が分かるらしい。非非の党の中での悪しき軍令主義や自分自身の指示待ちの下部主義体質への反発が出ているのかも知れないが、良い点も悪い点も可能な限り明かして党と革命への支持を得る方が良いと考えるのだが、正直自信が無い。(去年革共同再建協議会の政治集会記事を書いた後、あちこちで批判されたのが堪えた。便所の落書きは無視できても、面と向かって現役の人に言われると「スパイ」の汚名を着せられ除名されたことを知った時の衝撃と落胆が蘇るので辛い)
寝床の中で携帯を使い打ち込むと、誤字脱字、てにおはの間違いが多々有るから、後でかなり修正が必要だろう。(かなり補足を入れた)
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簡単に近況をば。
10月にバイトを始めて、早足掛け四ヶ月。体重が10キロ減り、頬がこけた。後8キロ痩せれば独身時代の精悍さを取り戻せる、かも知れない。
夜中働くせいで日中寝るが、眠りが浅いせいでいらいらしている事が多い。同じ事をくどくどメールしてくる某氏に対してかなり乱暴な対応をした為に関係がこじれた。誤解されない様に付言しておくと、mixiでアクセス禁止にした守銭奴の事では無い。
昼夜逆転生活から抜け出す為に就職活動をしているがはかばかしく無い。だが趣味と実益を兼ねたバイトを見付けた。
パソコンは次女と息子に占領される時間が多いので、blogへの書き込みに返事を書く余力が殆ど無い。携帯から長文の返答は難しい。だが読むだけはしている。
日永一日パソコンに向かって駄文を書き連ねていたのが遥か昔に思える。
最近は週刊少年サンデーも月刊少年マガジンも読めない。連載の展開が気になるが。当然ながら活字は更に遠ざかっている。
だがしかしヤフオクでレーニンに関する古本を数冊購入。新品も数冊注文した。マルクスとエンゲルスに点いても掘り出し物を物色。
剣道の稽古は二三度しただけで、一度なぞ居眠りしていて指導者に気遣われた。息子の送迎すら妻に任せる日も多い。
写真はぼちぼち写しているが、ポートレートはさっぱり駄目で酷評された。スナップは好評。先週は金曜土曜とスポーツ写真に挑戦してみた。
酒量が大幅に減った。バイトの疲れで飲めない。考えて見れば経済的で健康的だから良い傾向かも知れない。
昼間の仕事が見付かれば以前の様に小まめにblogを更新し、返事も出来る様になるかも知れないが、しばらく先になりそうだ。
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バイトから帰宅して簡単な朝食を済ませ、鬱病の薬とサプリメントと睡眠導入剤を飲んで床に就いた。睡眠導入剤のハルシオンとレンドルミンが効いて来るまで、携帯電話でmixiを覗いたり、メッセージのやり取りをしていた。
鬱病の薬はドグマチール・パキシル・コンスタン・アナフラニール・アモキサンで、整腸剤としてセルベックス、躁状態を抑える為に去年の夏から炭酸リチウム錠の「ヨシトミ」が加わった。鬱病の薬の効果は大体似たり寄ったりで、気分を楽にして意欲を高めたりする効果が有る。
副作用としては喉の渇きが酷くて、やたらと水分補給をすることと精力減退だろうか。元々鬱病の症状の顕れとして性的刺激に鈍感になる傾向が有るのだが、パキシルとドグマチールはそれに拍車を駆ける。便所の落書きによると私は性欲の塊で始終欲情しているかの様に描かれているのだが、実際にはED、勃起不全症候郡である。
総じて鬱病の治療薬は、刺激に対して鈍感になるようにすることで感情の急激な変化を緩和する。それは性的刺激に対しても同じだ。
睡眠導入剤は寝付けない時に頓服として服用するのだが、最近はバイト明けに少しでも早く眠るために利用している。夜と違い明るい日中はなかなか眠れないからだ。
効果が顕れて10時頃に眠れたのだが、12時頃に荷物の配達で起こされた。眠気が飛んでしまい、追加でハルシオンとレンドルミンを飲んだが、安眠出来る迄には少々時間が掛かりそうだ。寝酒は薬の効果との相乗効果が有るので避けた方が無難である。睡眠導入剤の効き目を大人しく待つ事にして寝床で大人しくしているしかなさそうだ。
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バイトを始めてから三ヶ月になるが、なんだかんだと言いながらも続いている。例年ならば、秋から春の到来までの半年は冬期鬱病の症状が酷かった。それが、風邪を引いたりはしたがバイトを休むことも無い。
私の鬱病は双曲性二型らしく、簡単に言えば躁鬱病になる。たまたま躁状態になっているのか、それとも郵便局を退職した事で最大のストレスが無くなった為に病気から回復しつつあるのだろうか。先週受診した際に主治医は良い傾向だと言っていた。
後者であれば良いのだが、実際の処どうなのだろう。まだまだ新聞や本を読んだり出来る程ではないので、完治には程遠いが。主治医はヤブ医者との評判が有るので、別の医師の意見も聞く必要が有るだろう。
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昨日はバイトが終わって帰宅してから速攻で布団に入り夕方まで眠った。連続勤務でなければ撮影会に行くつもりであったのだが、流石に体力の限界だったのでキャンセルした。モデルは大塚咲というアダルトビデオの女優でスタイルのいい人であっただけに残念だ。団体撮影だったので費用も安く手軽であったのだが、次にこの様なモデルの撮影会があるのはいつの事やら。で、夕方起きて食事をした後も直ぐに眠り、風呂の順番が回ってきたからと起こしてくれたにも拘わらずそのまま寝ていた。今日も午前中は床についたまま。午後になってようやく起き出し夕飯の買い物に行った。
昨日今日とバイトが連休であったので久しぶりに稽古をすると息子に言った。時々剣道をやめたいと言うのだが、私が稽古すると息子もそれなりにやる気が出るようである。日頃の運動不足が祟って基本稽古の途中から見学に回り、大人が元立ちになる時に面を着けた。小学生相手とはいえ次々交代して打ち掛かってくるのを凌ぐのは骨が折れる。また相手の身長に合わせて中腰になるからこれも辛い。指導者の人たちとの地稽古の際には自分の欠点である継ぎ足に注意して打ち込むようにしたため、稽古の後は脹ら脛が痙攣を起こしたし、酸欠になって頭が痛くなった。それでも稽古は気持ちが良かったので、今後も出来る限り時間を作るようにしようと思う。
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「一年の計は元旦にあり」と言うので、今年は何とかして政治新聞を読む習慣を取り戻したいと思い至った。最初は「前進」の09年1・1アピールを読もうと思ったのであるが、少し読んだだけで分量の多さと難解さとに挫折してしまった。「革共同通信」の分量が今の私には適量なのかも知れない。
両紙とも購読はしているものの、開封もせずに放置していることが続いていたので、読むという行為自体本当に久しぶりである。商業新聞も2紙取っているが見るのは見出しのみで、最近では疲労困憊しているために漫画すら読まなくなっている。元金融機関の職員と言うことで「エコノミスト」や「週刊ダイヤモンド」「週刊東洋経済」などは時折購入して読んで、恐慌状態への突入についての動向だけは朧気に分かっているつもりになっている。
「通信」では恐慌論を巡る論争が続いていて、紙上討論の様子を呈している。上意下達の硬直した体制から生き生きとした党内民主主義への転換と捉えるのなら、非常に好ましい傾向だ。内容について理解できるほど今の私の脳細胞は活動していないので外見上の変化しか分からない。だがしかし、兎も角読めると言うことが有難い。「前進」も論文はとばして闘争報告だけでも目を通すようにしてみようと思う。
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1月12日に他界した父の喪中のため、新年のご挨拶は控えさせていただきます。今年も皆様にはご厚情を賜り、厚くお礼申し上げます。
思えば08年は進退を巡って思い悩むことから始まり、父の死、22年間勤めた郵政退職、4月に妻が蜘蛛膜下出血で生死の境を彷徨うなど、様々な問題がありました。夏場に入り6月には息子のIga腎症が快方に向かい激しい運動の許可がおり、私自身の病状も改善してきました。秋からは再就職・社会復帰の為の活動を始め、ひとまずはバイトを始めることが出来ました。
出来得れば09年は私自身の健康にとっても家族にとっても良い一年にしたいと思います。
最後に皆様にとっても良い一年が訪れますように願い、今年を締めくくりたいと思います。
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今月はこのブログのために書く記事は今日で二つ目である。更新の際に記事を丸々転載したりしたものが三つ。逆にmixi日記は17件全てオリジナル。以前はブログは週一回程度休んでほぼ毎日更新し、mixiは数日に一回であった。パソコンに向かう時間が減っていることが原因だろう。
私の場合ブログは長文、mixiは短文という傾向がある。携帯電話で長文を打ち込むのはどうしても不便であるからだ。更には仮名漢字変換ソフトの違いもある。MS-IMEの様な「おかしな日本語」「奇妙な日本語」は基本的に使わないで、ATOKまたは富士通のOASYSのOAKを使って「正しい日本語」「好ましい日本語」を入力できるのはパソコンである。私の携帯電話はSHARP製なので、おそらくは書院のパソコン版であるパワー書院かマイクロソフトのおまけソフトMS-IMEを使っているのだろう。「ただより高いものはない」と言うが、使いにくいことこの上ない。
時間的にも場所的にも携帯電話でインターネットに繋ぐために更新頻度が逆転したのだ。一昨年息子が腎臓病で入院していた時は付き添いの合間に携帯から短文記事をブログに載せていた。これからは短文であってもブログの更新を優先した方がよいと思う次第だ。
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昨夜から今朝の勤務で警察を二回も呼ぶ羽目になった。ついてない。
一度目は23時頃、常連で料理にしょっちゅうクレームを付ける客が店長を呼べと言い出して聞かない。仕方なく連絡を取り、到着を待つ間に作り直して提供したが、これ又クレーム。
しばしして店長が対応したが「事務所に来い」と発言。すかさず店長は「警察呼んで」と指示してくる。110番。ヤクザモンの因縁との判断だ。(漢字で書くと八九三でサイコロ博打のブタの目で、役立たずの意味らしい)
二件目は朝6時頃。高校生くらいの団体客が店の紙ナプキンを持ち出して火遊びをした。気付いたのは交代前の点検の際で8時過ぎ。散乱していたナプキンの燃えカスを見て放火未遂として本部に御注進した処、警察への通報と本部の偉いさんが来るまで待機せよとの指示。
事情聴取等で結局4時間の超過勤務から解放されたのが12時過ぎであった。
心神共に疲れたが、精神が昂ぶって眠れない。レンドルミンとハルシオンを飲んで効果が出るのを待っている。(その後13時過ぎに眠れて18時に起こされるまで寝ていた)
警察権力はパンクの修理を手伝った学生にお礼と称して接触してきたり、民青対象のスパイ化工作などでは行きつけのパチンコ屋の常連として接触してくるという手口を使っている。今回の一件で公安・警備警察が私を対象にする可能性があるので十分警戒が必要だ。
(Mixiの日記に加筆訂正)
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最近はブログの更新が滞りっぱなしでアクセスも急減している。鬱の状態は可もなく不可もなくといった感じでそれほど悪化しているわけではないのだが、10月に始めた飲食店でのバイトが徹夜の勤務であるので勤務明けは体力を使い果たしてただひたすら寝てばかりいる。20代の時であれば徹夜勤務の後で一日の動員に参加して、仮眠すら取らずにまた勤務すると言うことも出来たのであるが、寄る年波には勝てない。一日寝ただけでは足りず、休みの日であっても寝てばかりいる。お陰で参加できなかった闘争がいくつもある。例えば明日も開催されるのであるが加古川郵便局における不当労働行為を提訴した事案についての地労委闘争など、参加予定をしていながら11月はバイトから帰宅して仮眠を取ったらそのまま夕方まで眠ってしまって不参加となった。私の取り柄は闘争報告の記事作成が早いと言うことで当日の深夜から翌朝にかけて報告書を作成して反対する会事務局に送信し、ブログにも公開すると言うことである。それが10月19日の京都反戦行動や饗庭野における11月22日の日米軍事演習反対闘争の報告記事を書き上げるのに数日を要した。反対する会事務局長からは何度も督促のメールがあった。
ブログへの書き込みに対しても全く返事が書けない状態である。今日はようやくパソコンに向かって記事を書く元気が出てきた。明日の地労委闘争にはなんとしてでも駆けつけなければならないと思っている。闘争だけではない。何人かの人から「前進」に掲載された重要論文についての学習を進められながら全く手を付けていない状態である。また「革共同通信」も送ってもらいながら開封すら出来ていない。「展望」の2号も見出しを見ただけであるし、3号も開封していない。機関誌・紙が読めなければ革共同中央派と革共同再建協議会とのどちらが正しいのかを判断することも出来ない。中央派の集会には出入り禁止を食らった身であるし、再建協議会は大衆戦線での統一行動にはマメに参加しているのだが独自の主張をすることがほとんど無い。集会に参加してこの目と耳とで見聞きして判断しようと思っても中々それが出来ない。やはり機関誌を読む作業はなんとしてでも行わなければいけない。
どちらに日本革命の展望を託すのか判断するためには機関誌・紙を熟読することが必要だ。確信を持てた時、再決起できるかどうかについても考える余地が生まれるだろう。勿論シンパ止まりの可能性の方が大きいのであるが。この間の自分の立ち位置をハッキリさせることが出来ていない状況ではそれは無理な話である。再結集できなかったとしても、私は私が行った党への大衆の信頼失墜という行為について責任を取らなければならない。最低限自己批判する必要があるだろう。アメリカ発の金融恐慌の結果、連日企業のリストラ案が発表され、数千から万単位の労働者が解雇や雇い止め通告を受けている。この情勢にあって、これらを真に解決する革命党はどちらであるかをしっかりと見極める必要がある。歯を食いしばってでも情勢について行かなければならない。時間を割いて機関誌の学習、基本文献を読み、マルクス・エンゲルス・レーニンの古典を読み込んで行かなければ。
明日は加古川局事案の地労委党争が兵庫県庁で開催される。出来るだけ早く報告記事を書けるように努力しよう。
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土曜日に織田裕二のコンサートに行って来た。最近は疲れがひどくて寸暇を惜しんで眠る毎日であり、blogの更新も10日あまり滞っている中での外出だった。
ステージの背景スクリーンには大きな瞳が映し出されていた。織田裕二の眼なんだろうと予想していたら、案の定。何でも本人がデザインしたそうで、眠たい時の自分の眼だそうだ。ステージが始まる時に瞳がウインクすると場内からは歓声が沸き上がった。
最初の数曲は知らない曲だったのでいまひとつ乗れずに織田を凝視していた。横を見ると妻は腕を振ったり手を上げて手拍子したりとノリノリだ。
半ばになると「お金がない」のOVER THE TROUBLE・「踊る大捜査線」のLoveSomebody・歌えなかったLoveSong等知った曲を歌ってくれたので、足でリズムを取ったり、所々拍手したり出来た。歌詞で「OVER THE TROUBLEと言う時には観客がタオルやハンカチを頭上に投げる。こんなお約束が有るんだと発見。
途中のしゃべりでは20周年記念のベストアルバムとDVDの宣伝をしたり、冒頭にも触れた瞳のデザインのTシャツは他では売っていませんと話したり、思わず「よっ!この商売人!!」と叫びたくなった。
もの心ついた頃から音楽を聞いていて、人生のいろんな場面で音楽から力を貰ったそうだ。失恋した時にも音楽を聞いて自分を奮い立たせたという。で、噂に有るのか知らないが、ホモではないですよという辺りで爆笑があった。
妻はとても楽しんだ様で、先月末くらいから仕事の事で落ち込んでいたのには良い薬だった様だ。入場待ちをしている時も見ず知らずの人と織田裕二の話題で盛り上がっていた。
開場前は売店でTシャツ・パンフレット・カードケース・タオルを買い、コンサート終了後にも売店でCD・DVDを買い込んでいた。
織田裕二のコンサートに付き合うのは10年ぶりくらいだが、妻が楽しんでいる顔を見られたのは良かった。
mixiの足跡を見たら、織田裕二で日記を検索した人が何人かいたので、これも全体公開にした。
そうそう、織田裕二ファンクラブ「デプス」でのアンケートに付いても話していた。織田に歌って欲しい曲のジャンルで三位はフォーク、二位は日本語の曲、最近英語の曲が四曲中三曲だから。一位を発表する前に合いの手で「演歌」と声が飛ぶ。一位はバラード。
演じて欲しい分野は三位はアクション、二位はラブロマンス。逆だったかも知れない。第一位はサスペンス。本人いわくバラードもサスペンスも本人がやりたい事と一致しているので、時期はいつか分からないが期待して欲しいとの事だった。
mixiに書いた日記に少しだけ手を入れて転載。手抜きやなあ。
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どうも中々直らない癖がある。自分の読めもしない本を買い込んでしまうと言うことだ。内容については大抵のものは何とか読めるのであるが、自分の一月あたりの読書量を大きく上回る購入量なのである。特にいけないのが各種集会などに参加した時である。会場では参加者が各々の運動の記録などを書籍やパンフレットにして販売している。例えば10月5日の三里塚では革共同中央派の売店で「反戦派労働運動」を買い求め、関西派・再建協議会からは「展望」2号を購入した。集会に集中しようと座っていると革労協現代社派もしくはその周辺の人がパンフレットを持ってきた。内容を聞くと革労協に対して適用された組織犯罪対策法弾圧との攻防を記録したものだという。組対法が左翼団体に適用されたのは初めてのことである。戦前で言えば京都学連事件に治安維持法が初めて適用されたようなものだろうと思って支援カンパのつもりで買うことにした。結局今に至っても、病気の関係もあってどれも読めていない。
以前に「浪費癖」という記事に書いたこともあるが、欲しい本があると財布が空になるまで買ってしまう。とりわけ各種集会で販売されているパンフレット類は田舎に住んでいると中々見かけることがない。それこそ模索社のようなミニコミに強い本屋が有れば良いのだが、ウニタ書店は潰れたとか聞いている。まさかパンフレットを買うために上京するわけにも行かないから、帰りの交通費を除いて本やパンフレットに化けてしまう。それこそトゥラーンにでも生まれていれば気前の良いやつとして好かれていたかも知れないが、残念なことにここは日本であるので経済観念のないやつとして低い評価がされる。二宮尊徳が或る弟子に対して自分の下を去るように諭したことがあると言うが、その弟子は倹約が出来る性格ではなかったようで、尊徳は「金儲けの方法を学びなさい」と言ったそうだ。私の場合は金儲けの才能もないし倹約も苦手である。それでもきっと各種集会に参加することをやめないだろうし、参加するたびに本などの資料をカンパ代わりに買うことは止めないだろう。幸い最近では酒と女に使うことが減ったので多少は楽であるが。
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今日は朝から社会保険事務所に行って国民年金の保険料免除手続きと郵便局で傷病手当の請求書発送を行った。その後自宅に戻り、19日の集会の写真をDVDに四苦八苦して焼いて集会のホームページ担当者に郵送。失敗して1枚生のDVDを駄目にした。
DVDの作業で疲れたので昼寝して、夕方子供に起こして貰い夕飯の買物へ。ゴボウ・人参・蓮根でキンピラ炒めとサラダを作り、味付けの鶏肉を炒める。後はカブラの漬物に鰹節と昆布との佃煮、梅干し、納豆の献立。
ヘキサゴンⅡを見終える頃に娘達がヘキサゴンの問題集を出している扶桑社を何故嫌いなのか聞いて来たので答える。「あたらしい教科書」を作る会の版元であり、日頃から侵略戦争賛美をしている右翼出版社であること、フジ3Kグループそのものが右翼でおよそ報道機関とは言えない政府・警察の広報組織であること、島田伸介が大阪府知事橋下を支持していること、橋下が先日高校生20人と懇談したが、私学助成金切り下げを居直り高校生の中には泣いた者もいたこと等を話す。
その後気がついたらコタツで寝ていて、妻が寝室に上がる時に起こされた。2時間半程寝ていたようだ。冬場は活動停止状態というか冬眠状態というか、よく寝てしまう。そろそろそんな季節が近づいている様だ。
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今日は7時半に起こされた。息子の通う剣道教室の錬成大会があるからだ。一応市の大会と言うことになっていて市長杯というものであるのだが、実際に参加したのは息子の通う教室と次女の通う中学の剣道部だけであった。昔は市内に幾つかの剣道教室があり中学の剣道部も3つあったそうだが、今は少子化の影響と剣道人口の減少とでそれだけの参加になってしまったそうだ。中学生が15~6名、小学生が17~8名、幼稚園児が1人であった。
大会は中学生男子の部が3名で総当たり、中学生女子がトーナメント戦、小学生は3年生以上を1年以上防具を着けて稽古しているものの部と今年9月から面をつける様になった初心者の部とに分けてそれぞれ総当たりであった。また、小学生は3年生以上の全員が参加するトーナメントで市長杯を争った。その後中学生男女2名ずつと小学生10名の計14名で7人ずつに分かれた紅白戦。息子は2年生なので1年生・幼稚園と一緒に見学である。
試合経験を積ませてルールなどを勉強するといった意味合いが強かった。参加人数が少なかったので試合をした小学生は殆どが賞状をもらっていた。息子は事前に同級生からメダルやトロフィーを貰えると聞いていたらしく、自分にそれらが当たらなかったことに文句を言っていた。来年には面を付けるだろうし、新人戦に参加できるのだからそう言うなと嗜めた。
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銀英伝を読んだことがない人にはサッパリ分からない題名であるので、簡単に説明しておくと、フォン・キュンメルという青年貴族がいて重病のために寝たきりの生活を送っていたのである。要するにここ数日寝込んでいたと言いたいのだ。
19日の集会とデモで色々疲れたことや打ち上げで調子に乗って呑み過ぎてしまい、体調を崩してしまった。デモ終了後の懇親会会場では酔っぱらって座敷の真ん中で寝てしまうし、帰りの電車では殆ど寝ていて終点で起こしてもらった。帰宅後速報だけ書いて月曜は一日寝ていた。最初は二日酔いかと思っていたが、火曜・水曜とやはり起きられない。パソコンは点けることも出来なかったので布団の中で携帯からミクシーを少し覗く程度。普段ならば集会に参加したその日から翌日に書けて報告記事を書くのだが、気がついたら木曜であった。体調が少しマシになったので記事を書き始めたところ、ついつい調子に乗って徹夜してしまい金曜の朝になって掲載することが出来た。
おかけで昨日今日と再び寝てばかりいる。今夜なども夕方5時頃に起こされて夕飯の買い物に行って炊事をしたが食後に居間で寝ていて、いい加減に寝室に移れと起こされたのが11時である。パソコンを娘が点けっぱなしにしていたので、見るとYahoo!のチャットが動いていたが、相手の方は諦めて落ちた後だった。
鬱病が酷くなって以来、ほぼ毎年のように秋から冬にかけては体調を崩すことが多い。それこそ何日も布団の中で寝て寝る状態が続く。「冬眠」と言っても良いかもしれない。病気が双極性二型の鬱病(躁鬱病に近い物)であるのと、冬期鬱病とが入り交じっているようだ。健康管理が不十分であったので今年こそは、と毎年思うのだがなかなか上手くできない。今年は最大のストレスである郵政職場が無いのでそれほど悪化しないで済むのではと淡い願望ももてっいたりする。
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昨夜は反対する会の事務局会議。日付が変わる少し前に帰宅してパソコンでメールチェックなどをしていた。今日は丸山公会堂で「このままで、ええの!日本と世界-10・19反戦集会」が有るので早く寝なければならないと思い睡眠導入剤を飲んだところ、パソコンをつけたまま寝入ってしまっていた。疲れているときのハルシオンとレンドルミンはよく効くなあ。普段なら2時間くらいたたないと眠れないのだが、速攻で利いた。
今ちょうど四時半である。反対する会の会議報告書は月曜にでも作成するとして、これから布団に入って少し寝直すことにする。寝坊だけは注意しないといけない。
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鶴見緑地にある花博公園に行ってきた。元々の目的は花博公園を使って女性の写真を撮ることだったが、約束していたモデルさんがドタキャンしてしまったために花の写真や公園で憩う人々のスナップを写してきた。
こうして花などを写してみると、自分の下手さ加減がよく分かる。人物写真の場合はモデルが良ければ誤魔化せるが、花はそうはいかない。勿論マクロレンズを持っていればもう少しマシな絵が撮れただろうが、元々集会の記録など報道写真っぽい物を写してきたからスナップの方が向いているのかも知れない。自分では婦人科の小児科だと思っているのだが。(女性写真中心が「婦人科」、子供の写真中心が「小児科」とカメラマンの間で使う) 来週は以前に一度写したことのあるネットアイドルさんとの撮影がある。次はすっぽかしは無いはずなので思う存分「婦人科」出来るだろう。
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忙しくなり始めた。ここ数日反対する会のホームページ更新や諸処の作業に時間を取られた。おまけに昨日などは徹夜で作業して朝9時頃に寝たのに、12時頃に息子にたたき起こされた。小学3年生以下の児童は保護者が一緒でないと秋祭りに参加できない決まりがあるために付き添うことになったのだ。子供会の役員さんからは御神輿の担ぎ手が少ないのでそちらにも協力してくださいと頼まれてしまい、頼まれると嫌と言えない性格の私はついつい承諾してしまった。妻も病気が良くなり、今月から仕事に行き始めたため、息子の行事の殆どは私が行くことになった。ちなみに昨日は妻も休みであったのだが、気晴らしにパチンコに出かけて行った。
子供にとってお祭りは楽しいもので、田舎に住んでいると度度あるお祭りには次から次へと参加している。昨日などは市内各所で秋祭りであったので人出も多かった。うちの町内会はとある神社の氏子が多いために自治会と氏子衆とを混同している人が多くて、自治会や子供会の役員が祭りの寄付金を集めたり町会費から支出したりしている。新規に転入した人間にとっては氏神さんなどあまり縁がないのだが、これも近所づきあいと思って我慢している。まじめなクリスチャンや「創価学会」の人間だったら拒否するのだろうかとも考えてしまう。少なくとも共産主義者は宗教の反動性を自覚しているから政教分離については厳しくなければならないだろう。日共はスターリン主義反革命なのであまり気にしないだろう。
で、その神社の氏神であるが創作上のなんとか天皇を祀っていて、以前にも記事で触れたことがあると思うのだが、90年天皇決戦の時に人民革命軍武装遊撃隊(通称中核派革命軍)の戦闘で全焼したことがある。同時多発ゲリラで氏神さんと私の勤務地のよりによって担当区域内の神社ともう一カ所を攻撃したのだ。お陰で当時の私の下宿には不当・違法なガサ(家宅捜査)があった。捜査令状は対象の住所が番地一つ違っていても無効になるし、捜査に当たっては警察官は官姓名を名乗り警察手帳を示さなければならないのであるが、令状の住所は間違ってあったし名乗りもしなかった。そもそもゲリラパルチザン戦闘に際して、公然拠点や公然活動家の住居にガサに入ると言うことは、革命軍に関する手がかりを全く得られず、革命軍の前には警察が無能であることを覆い隠すためのマスコミ対策・世論誘導であるのだ。
話を祭りに戻すと、12時半の集合で1時に御神輿が町内練り歩きに出発した。御輿には台車が着いていて押していくのであるが、引き綱が付いているにもかかわらず子供たちには引かせずに殆ど大人4人が押す羽目になった。子供たちは後ろをぞろぞろ付いてくるだけである。ご祝儀を呉れた家々を回って、その家の前で「ワッショイワッショイ」と担ぎ上げるのだが、これが結構きつい。膝の曲げ伸ばしで担ぎ上げないと揚がらない。大うちはを持っている子供もただ持っているだけで煽いでは暮れないので汗がダラダラ流れる。途中の休憩の時には息子がじゃれついてきてゆっくり休めない。「おしり食べて」だの「父ちゃんの金玉とか体とかの毛はもじゃ毛やで。ちんちんのはチンゲっていうんやで」とか言う。相も変わらず下ネタが多い。金的を蹴ってきたりする。素手で剣道のまね事をして遊んでいるときも突きを急所に入れてくる。「おまえは子供か!!」って子供だが。
二度目の休憩は小学校の校庭で、ここではジュースとみたらし団子が振る舞われた。子供たちはお腹が空いているので一人一本では足りずに何本もお変わりに並んでいる。「父ちゃん二本目。去年は5本食べてんで」「あんな、○○くんな、12本も食べてん」「今日は3本でやめとくは」等々賑やかである。私もお腹が減っていたが流石にお代わりするわけにも行かずタバコを何本か吸うことで空腹を我慢した。なぜ空腹であったかというと、徹夜明けで眠たかったので朝食も取らずに寝てしまい、昼食を食べるまもなく祭りに参加したからである。
祭りの最高潮は時間を合わせて幾つもの町内会の御輿行列が集結し、神社のそばの商店街を練り歩くときであった。うちの町内会の物だけでも百名くらいなのだが、それが千人ほど集まってワッショイワッショイとやる。そんなに広い道ではないから、見物人と併せて人並みが凄い。商店街のあちこちには商工会の人や市の観光協会の人たちなどが出店を出している。途中行きつけの本屋の前を通るとお店の人が飛び出してきて私にご祝儀を渡してくれた。急いで役員さんに手渡しそのことを伝える。役員は礼をして領収書を発行した。解散場所は神社の境内で、幾つもの御神輿や山車まで並んでいる。そうそう、神社の直近の町内会の場合は山車と御輿と太鼓の台車に御子装束の女の子が十数人、総勢で3~4百人はいた。解散の際に子供たちは商店街のお菓子引換券を一枚ずつもらい、大急ぎで配布場所に走って行った。私はその後で本屋によってご祝儀のお礼を済ませてから帰宅した。
バナー作成は「雑談日記 徒然なるままに」のSOBAさん
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いやあこわかった。
私は父母の影響で関東の訛りがある。子供の時は「東京弁使うなや」と言われて虐められた物である。で、「こわかった」は疲れたの意味である。
今夜は剣道の稽古があった。台風で参加を見送ったり、稽古の休みがあったり、息子が風邪を引いたり、更には私の所用のために2週間ほど稽古を休んでいたので久しぶりに汗をかいてきたのだ。既に秋となったので盛夏の時期に比べて汗で数キロ体重が減ると言うことはないが、それでも稽古着は汗だくだ。
最近は犬の散歩も娘達に任せているので体を動かすのは稽古の時しかない。体が鈍っているから小一時間の稽古が結構辛い。尤も息子も私が一緒に稽古するのでそれなりに頑張って続けているので今更やめる訳にも行かない。病状が良くなったらランニングくらいして体力を付けないといけないかなと思ったりしている。
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10・1の郵便事業会社、郵便局株式会社の近畿支社(旧近畿郵政局)前抗議行動の後で懇親会に参加した。抗議行動と懇親会の模様については明日にでも記事にまとめようと思うが、今夜は懇親会で党派の現役活動家の人にお叱りを受けたことを簡単に書いておく。
私のように風俗にハマり、酒と女とで身を持ち崩して除名された人間というのはここ40年ほどの間にはいないそうである。60年代から70年くらいの大衆運動の高揚期には、飲む・打つ・買うと言った革命家にあるまじき行為をしている人間も沢山いたが、そんな人間は対カクマル戦争などの課程でみんないなくなった。女性問題で色々あった人もいたが除名までされたのは私くらいの物である。反省しているのか、と叱られた。ブログを書いていたり反対する会の活動で目立っているが、本当は謙虚に蟄居するくらいでないといけない様なことを言われた。平たく言えばでかい面をするなと言うことである。
大抵の場合革共同から離れた人というのは政治に関わらない様にしている。私のようにブログで色々主張したり、あちこちの集会に出かけていって報告記事を掲載したりという人間は稀である。除名されたことを反省していないかと言われたら多少は反省しているのであるが、自分で思っている程度では現役諸氏からすると到底足りないと感じられるようである。
実際問題として除名されて暫くの時に意見書を書いて全逓関係のメンバーに送付したことがある。自分の除名に納得できなかったからだ。地区党に再審理を求めても蹴られるだろうと思ったからである。本来は全国大会に提訴するのが正しいのであるが、その全国大会も60年代以来開催されていない(第5回大会と第6回大会はどうなるのだろうか?)おまえ一人のために大会を開催しないといけないと言われた。これって自己批判して再結集せよと言う事なのであろうか? しかし自己批判書を提出するとして中央派に出すのか関西派・再建協議会に出すのかで大きく違ってくる。
ハッキリとどちらが正しくどちらが間違っていると判断がつけばそれはそれで良いのだが、「前進」も「革共同通信」も熟読できることは少ない。読めたときは読んだ方の主張に対してフムフムと頷くが、他方を読めばそちらにも納得している。こんな状態で党派選択など出来るわけがない。第一怠惰な生活に慣れてしまうと、かつてのような革命的規律、党の三原則を守ることが出来るとは到底思えないのだ。こんな調子であるから現役で懸命に闘っている人たちからは厭われるのも仕方がないことなのだと思うしかない。
で、始めに戻ると、こういった中途半端な人間が目立つことをしているのが許せないというまじめな活動家諸氏からは嫌われているようである。
今のあり方について一度真剣に討論をする必要があるだろう。でも仮に私がどちらかを選択し再結集したとすると、他方からは腐敗分子を受け入れたことに対する党派的批判がなされるに違いない。どっちに転んでも身を寄せる党派には迷惑をかけるだけの存在なのかなあと思ってしまう。革共同が好きであるだけに、それはそれで困ってしまうのであるが。
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病状も良くなってきたので、社会復帰しようと思い仕事を探し始めた物の中々採用されない。ひとまず普通免許が必要な場合に備えて免許は取ったが、それ以外には資格がないというのは困ったものである。郵便局時代に幾つかの資格を取ろうと思って勉強したことはあるのだが病気のために頓挫してしまった。もし仮に貯金や保険の関連資格を持っていれば多少は違ったかも知れない。尤もストレスの多い営業職は出来れば避けようと思って畑違いの仕事を探しているから採用されないという問題もある。連日求人情報を見ては電話を入れ、年齢制限に引っかからなかった場合には面接を受けているのだが、今のところ良い知らせがない。
鬱病が完治したわけでは無いので、ストレスが少なそうで軽作業という仕事を探しているが、そういった仕事の場合は賃金が安い。妻の就職が決まったので扶養家族にはいることで済ませ、専業主夫という考え方もあるのだが、そうなると自由に出来るお金がないから集会など運動に関わることが出来なくなる。やはり自前の収入は絶対確保しなければならない。扶養家族の範囲でバイトするという選択肢もあるので時間給が安くても仕方がないと諦めるか。
郵便局の保険外務員の場合、転職する先が一番多いのはアリコジャパンであったが、引き抜かれて行った人たちは大抵使い捨てにされてしまい勤め続けている人は少ない。郵便局時代の顧客を一通り保険に入れると後が続かない場合がほとんどであるし、郵政の側も顧客情報を持ち出したことに対して訴訟をしたりする。何よりアメリカの金融恐慌によって親会社であるAIGが経営危機によってFRB(連邦準備制度)に救済してもらう有様だ。就職先として金融機関が適当かというとそうでもないだろう。これからはリーマンブラザーズのように破綻する金融機関が続出するはずである。当面はバイトを探して働きながら次の仕事を探すという方法しかないのかも知れない。
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先日拾ってきた子猫にユーリと名付けて飼うようになったのであるが、家族の反応は極めて良いもので、、ユーリの取り合いがあちこちで続発している。
ユーリが一番気に入っているのは長女の詩織(仮名)の膝の上のようで、何もなければそこにいる。
息子の勇樹はやたらと構うのでユーリには敬遠されているみたいだ。それでも何かある旅に抱きしめたりして遊ぼうとしている。
詩織の次に居心地がいいのは妻の膝であるらしい。詩織が都合の悪いときには妻の元へとまっしぐらに走っている。
だが、餌をくれるとなると事態は少々変わる。次女が間食するときにお菓子を分けるからである。お菓子を食べ始めた次女の歌織の元へとすり寄っていくユーリ。
そして決定的なのが食事中である。テーブルの下にやってきては「俺にもくれよ」と言いたげなユーリにご飯やおかずを提供するのは私である。食事時だけは私の所にやって来てくれる。
犬のチョコとクッキーが焼き餅を焼いている気がよくわかる。昨日はユーリとチョコ・クッキーを対面させたのだが、三者とも興奮して威嚇しあっていた。中々仲良しになるという関係ではなさそうだ。
一部の読者の間で子猫の写真が好評であったので再度掲載することにしたが、元々の私は犬派であったはずなのだが・・・ そのうちチョコとクッキッーの写真も掲載することがあるかもしれない。
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今日は天気も良く行楽日和だった。一週間程前から妻がお弁当を作ってドライブがしたいと言っていた。そしてカメラの使い方を教えろと言うのである。家族が共通の趣味を持てば話しも弾むから大賛成な事だが、土曜は集会、日曜は次女が部活で都合が合わない。そこで今日辺り出かけようと提案してみた。
ところが息子がドライブより魚釣りに行きたいと強情を張る。確かに息子は少し前から釣りに行きたいと言ってはいた。そこで仕方なく10時頃から近所の川に釣竿を下げて出かけていった。餌は息子が朝から捕まえたミミズである。川底が見える程浅い川だが、鮒や鯉等が泳いでいる。2時間程糸を垂らしていると通りすがりの人が色々と話しかけてくる。そうこうする内に私が3匹、息子が2匹釣り上げた。鮒ではなくて種類が分からない。だがしかし釣果もあったので、満足して帰宅した。
帰宅すると農協の直売所に買い物に行こうという話しになる。私が運転したいと言うと皆が反対する。結局免許を取ってから車を運転したのはたった1回しかない。ついでだからデジタル一眼レフとコンパクトデジカメを持って出発する。直売所の近くに彼岸花が群生する格好のポイントがあるのだ。処が病気の為に数年来ない間に、畦道がコンクリートで舗装されていて彼岸花は数える程しか咲いていない。
車を降りると猫の鳴き声がするので長女と息子が辺りを見回すと一匹の子猫がいた。野良猫か捨て猫の様だ。息子が追いかけて逃げ場の無い行き止まりに追い詰めた。首筋を掴んで捕まえる。
「連れて帰って良い?」と息子。どう見ても一ヶ月から二ヶ月の子猫なので親から離して育てるのは難しい。だが辺りを探しても親猫の姿は無い。そこで息子に甘い私は家で飼うことを認めた。
帰り道でホームセンターに立ち寄り、ケージや子猫用のミルクにキャットフード等を買い込む。妻は余計な出費にため息をついた。
ミルクを飲ませ風呂で蚤取りシャンプーで洗う。専用の櫛で体をすくとたくさんの蚤が出てくる。息子は子猫にユーリと名付けて文字通り猫可愛がりをする。息子の満面の笑顔を写し取ったのだが、親が親なのでblogでの公表は避けることにする。ちなみにユーリと言うのは長女が遊んでいるテイルズオブヴェスペリアとか言うゲームの登場人物に由来するらしい。
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夏風邪がどうにか治まった先週末、上京して秋葉原などに行ってきた。最大の目的は趣味の写真を撮ることであったのだが、上京することをミクシーの日記で知らせたところこの機会にオフ会をしようという話となり、いつのまにやらそちらが主たる目的となっていた。最初は五六人集まれば十分と思っていたのであるが、ふたを開けてみると一軒の飲み屋を貸し切るという大規模なオフ会となった。お陰で何人ものマイミクさんや、ネット上で知り合いである人々とお会いすることが出来た。参加者の内マイミクではなかった方々ともマイミク申請をし、事情のある方をのぞいてみなさん快諾してくださった。
上京初日には秋葉原に寄ってみたのであるが、電器店街の改札を出るといきなりきれいなお嬢さんたちがチラシを配っている。何でも「YGA」と言うアイドルグループであるらしい。秋葉原限定なのかそれとも単に私が疎いだけなのか。何枚か写真を撮らせて貰う。
このグループの他にもメイド喫茶のチラシを配っている人が沢山いる。中にはシスター喫茶と言うのもあって、修道女姿で街頭に立っている。何件かの電器店をうろついて結局買った物はケーブル1本なのであるが、メイド喫茶にも入ってみた。今年の3月に日本橋で初体験は済ませていたが、何でこの様な店が流行っているのかいま一つ理解できない。
徘徊しているときにパチンコ屋を見つけたのだが、流石は秋葉原である。店頭には数多くのイラストが掲げられ、アニメやゲームのキャラが描かれている。店の装飾もオタク層向けの作りで、やたらとエヴァンゲリオンのポップが飾られている。話の種にと思い写真だけ3枚ほど写してみたがパチンコその物はしなかった。
そして数年前から問題となっている警察の職質に出くわした。勿論私ではない。デイバッグを下げていた青年が制服警官に寄って荷物を改められていたのである。オタクを治安弾圧の対象としてカッターナイフ一つ所持しているだけで違法に逮捕勾留をしているのだ。電気街であるから工具を持っていること事態自然なことである。昔三里塚現地闘争で筆箱の中にカッターナイフが入っていたからとして逮捕された学生がいたが、革命的左翼に対して行われた弾圧は社会全体に対して広がっていくという事実の一例をかいま見た。
自民党の総裁選をめぐって麻生太郎が「オタク」の人気を集めているらしく、奴のイラストが入った饅頭やファイルを大々的に売っていた。中には政権を投げ出した福田康夫にお疲れさまというお菓子もあった。政治的内容も全く抜きでオタク層をB層として取り込もうという自民党の戦略が働いている様だ。全くナンセンスである。
写真撮影の方は日曜と月曜にそれぞれ別のスタジオでモデルさんを写した。セミプロであるため公表は不可であるのが残念だ。尤も公表できるモデルさんであったとしても政治の話題を取り上げることの多いブログにはそぐわないかもしれない。写真の趣味を中心にしたブログなりホームページを新たに作るのも良いかもしれないなどと思ってしまった。
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今日は息子の通う小学校でキャンプファイアーがあった。夕方の6時半からであったが、息子から始まったと電話がかかってきたのは4じごろの事であった。あわてて学校まで足を運ぶと、キャンプファイアーはまだ始まるどころか準備すら途中である。去年からの事なのだが、キャンプファイアーの前には学校の清掃や器具のペンキ塗りなどの奉仕活動があったのだ。学校のための文教予算が削減されているのだろう。遊具などの整備を父兄の奉仕作業で行わなければならない。その内日本も、アメリカ並みに学校運営のためにチャリティーバザーなどをしないと業務が回らなくなるのではないだろうか。米帝は軍事費の支出が巨大すぎるために文教費を極限まで削っている。公立学校でも寄付が無いと立ち行かないのだ。
奉仕作業のことを失念していた私は、記念となる写真を写そうとカメラバッグを下げて小学校に行った。だが多くの父兄がペンキ塗りの作業中である。いくらなんでもその風景を撮影して歩くわけには行かない。私も作業に参加した。教室の戸やくつ箱、清掃用具をしまうロッカーなどにペンキを塗る。その過程で着ていたシャツにベットリと水性ペンキを付けてしまう。水性とは言え乾くと選択しても落ちない。一着ダメにしてしまったと後悔する。去年もTシャツを一枚ペンキだらけにした。今年は長袖のカッターシャツだ。Tシャツなら下着として着る事も出来るが、今日汚したシャツは使い道はあまりないだろう。高校時代の様に油絵でも描くなら別であるが。
奉仕作業が終わるとご苦労さんという事で調理パンと飲み物とお菓子が支給された。町内会によって少々内容は異なる。手が空いたので息子の写真を色々と写す。使い慣れていないカメラだったので殆どが機械任せの撮影になった。気恥ずかしいのかカメラを向けると息子は逃げ回る。昨日も次女にモデルを頼んだら断られた経緯がある。思春期の始まりなのであろうか?
キャンプファイアーが始まってから、息子はあまり乗り気ではないようで、遠巻きに見ながらチョコチョコ走ってきては何だかんだと言う。結局友達と他の事をして遊んでいた時間の方が長かったかもしれない。何にしてもそれなりに楽しんで帰宅したのが8時ごろであった。うっかり夕飯の支度を忘れていたのでカップラーメンとご飯という食事であった。
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わがアッテンボロー分艦隊は本日夕刻帝国軍多数と交戦。1500隻の損害を被った物の、敵6300隻を鹵獲。大勝利を納めた。とMixi銀河英雄伝説コミュの「遂にパチンコが発売!」トピックスに書き込むべきところである。今日の夕食後妻が「サクラ大戦の歌が聞きたい」と言い出した。我が家にサクラ大戦のCDは無いので、それはつまりパチンコに行きたいという事である。特段用事もなかったのでつきあう事にして、近所のはやっていないパチンコ屋に行った。はやっている方の店は数カ月前にサクラ大戦の台を撤去して新台と入れ換えている。何故はやらないかというと換金率が悪いからである。一回大当たりしても一箱が3500円程度しかない。だが、その代わり流行遅れとなった機種が結構残っている。ちょうど一年前に発売されて人気が出ずに終わったCR銀河英雄伝説もそうである。
最初は私もサクラ大戦を打っていたのであるが、回らないしリーチを外してばかりなのでざっと1万円ほど負けてしまった。妻は4000円ほどで確変を引いてその後18連チャンした。他に良さそうな台がなかったので1円パチンコのコーナーを物色すると、そこにもたった1台銀英伝が有った。去年はやっている店では殆ど打つ事が出来なかったのでその台に座る。普通のパチンコ台は一玉4円であるので4倍遊ぶ事が出来るというのが売りなのだ。妻が出ている以上時間をつぶすのにはもってこいなのである。暫くするとリーチの前にラインハルトが「撃熱である」と言う。もしかして当たりかなと思い打つ手を止めて画面に注目する。すると結構信頼度の高いリーチであり、ヤンが「やれやれこれで安心だ」と呟き確変になった。そのあとは9連チャンである。
普通の絵柄のときはトールハンマーの斉射で確変絵柄での当たりに変わ11った。ユリアンが「最高です」と言い、キルヒアイスが「銀河を手に入れましたね」と称賛する。白兵戦によるゲート突破も何度か有ったし、ラインハルトの告白リーチも2回見た。艦隊戦リーチではミッターマイヤー対ビュコック祖父さんの対決だ。残念であったのは最後に確変を外したときに同盟軍のリーチが有ったのと何回目であったかに同盟モードの大当たり画面が1回あっただけで、後は全て帝国側のリーチ・大当たり画面であった。私はヤンを筆頭とする同盟側が大好きなので、出来ればそちらのシーンを沢山見たかった。帝国のワルキューレよりは同盟のスパルタニアンが好みだし、好きな戦艦はブリュンヒルトやバルバロッサではなくてヒューベリオンである。ついでに言えば同盟の主な登場人物のシーンでパエッタ中将が出ているのにウランフやボロディンが出ないのはおかしいと思った。
何だかんだと言いながら銀英伝のパチンコで楽しく遊べた事には違いない。これがもし1円パチンコではなく普通の台であったなら4倍換算であるので6千円の出費で25000の勝ちであった。尤も1円パチンコだから設定が甘くなっていたのであろうが。
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最近妻や娘たちが「ペソギン」という言葉をよく使う。息子をからかって使うのだ。国語の宿題で間違いを直しなさいという問題があって、本来は「ペンギン」と直さなくてはいけないところをそのまま「ペソギン」と書いた物だから女性陣が面白がってからかうのである。小学2年生の段階ではカタカナの読み書きがしっかり出来ない様で、間違いやすい物を拾いだして紙に書いてやったのであるが、時々間違える。「ソ」と「ン」、「シ」と「ツ」をよく間違える。大人から見れば違いは一目瞭然なのだが息子には難しい様だ。
で、ペソギン君はどうしているかというと、今は我が家にはいない。先週ヒロシマ大行動から帰った翌日から妻の実家に帰省しているのである。今我が家には私一人が犬の世話のために留守番をしている。山にカブト虫を取りにいったり川や海で泳いだりしているはずである。妻の実家は山の中なのであるが車で一時間もすれば海にたどり着くことが出きる。数年前までは「星空日本一」を掲げる田舎町であったが、合併の結果市内に海水浴場があるようになったのだ。都会では天の川の満天の星を見ることは出来ないので、星空だけでも十分楽しめる。
今では従姉たちも大きくなったのでバイトや部活に忙しくて中々遊ぶ時間がとれないが妻の長兄と三兄が息子とよく遊んでくれる。長兄の息子は高校生だし、三兄は娘しかいないためにことの他息子を可愛がってくれるのだ。息子は「オッチャン3号と釣りに行くねん」と楽しそうに言っていた。
一人で留守番をしていると家の中が静かすぎる。いつもなら息子がハシャギ回っていて煩いくらいだし、しょっちゅう兄弟喧嘩もしていて怒鳴りつけることが多々あるのだが、エアコンと扇風機が回る音の他はキーボードを叩く音しか聞こえない。元々テレビはあまり見ない方なのでスイッチも入れていない。今年は例外的にアニメを見るくらいだろうか。7月から「鉄腕バーディー」と「薬師寺涼子の怪奇事件簿」がアニメ化されたから録画して昼間や夕方に見ている。深夜番組でなければチャンネル争いに発展するかもしれないが、お陰で子供たちや妻との間で棲み分けが出来ている。
折角一人きりなのだから読書や学習に専念すれば良いのであるが、暑さもあって中々そうも行かない。小説やマンガを読む程度で時間を過ごすほかは教習所に行くくらいの物だ。一人きりで困るというか失敗したのは洗濯物を干したまま昼寝していたら、夕立でずぶ濡れになってしまったことだろうか。いつもなら誰かが気づいて取り込むのであるが、起きたときには手遅れであった。炊事も一人分を作るのが面倒くさいので外食と弁当で済ませているから、これといってすることは無い。明日と明後日は教習所も盆休みなので家の片づけでもしようかと思う。
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今日は二回目の卒検で、朝九時半に教習所に集合であった。私が通っている教習所は卒検が水曜と日曜である為、先週の日曜は中央派の革共同集会、水曜は8・6ヒロシマ大行動の為に予定を空けていた。革共同集会への参加禁止が金曜であれば3日に卒検を受け直す事が出来たのであるが、連絡が土曜であった為に先週の日曜は棒に振ってしまった。で、結果から言うと今日の卒検はかろうじて合格することが出来た。
幸いというか偶然というか、今日のコースは一回目に受けたのと同じコースであった。少なくともコース間違いだけは無いだろうし、前回失敗した下り坂での左折に際して減速不足で対向車線にはみ出して検定中止という事は克服できると思っていた。ある意味楽勝気分であった。
ところが前半は順調に進んでいたものの自主経路に入ってからしばらくして信号で右折の指示器を出している全走車がいた。対向車線に車輛が有り、前の車が停止したのであるが、バイクの感覚でついつい左側をすり抜けられると思い進んだがそれが出来ずに急停車した。教官が事故になる寸前だと注意してきた。その為かどうか分からないが、その後の黄色の点滅信号で向こう側の左右から発進しようとする車輛が有るにも拘らず加速チェンジした上にアクセルを踏んでしまった。またしても注意を受ける。一応下り坂での左折に際しては十分減速して対向車線にはみ出ることなく曲がる事が出来た。
目標を過ぎての停止の際に、余裕がなかった為に対向車線に駐車車輛が有るにも拘らず停車した上に後続車輛を確認せずに停めた為に迷惑をかけてしまった。更に停車の手順を間違えて一つ飛ばしてしまい、後退にギアを入れたにも拘らずエンジンを忘れてしまったままクラッチから足を外した為に車がわずかに後退した。逆走で検定中止かと思い落ち込んだ。そうでなくとも二回の注意で減点が大きいだろうと思っていた。ところが教習所に戻ると方向転換をしろと言われる。落ちていなかったのだと思い方向転換は上手くこなした。多少希望が見えたかと思い合否発表を待つ。すると私が乗車した車輛を含む三台は全員合格だと言う。やっと一安心できた。
免許証交付に関する様々な説明を聞いて教習所を後にしたのは二時を過ぎたころであったろうか。何にしても明日の月曜は免許証交付の為に免許センターまで足を運ぶ事になる。ここまでは転職に際して普通免許を求められる事を考えての事であるのだが、火曜日からは自動二輪の大型免許の講習が待っている。これは完全に趣味の世界になると思う。何だかんだでバイクの魅力に魅入られている私である。
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今日は午後から息子と一緒に市営プールに行ってきた。夏休み前から連れて行けと度々言われていたためである。こんな事を書くと「今日は革共同政治集会に参加する筈ではなかったのか」と言われそうである。実は昨日中央派の人から電話がかかってきて「集会にはこんとき」と言い渡されたのである。関西派の政治集会報告を克明にしたことが問題になったのだそうだ。一番の問題は防衛上のことであろう。対権力の関係で革共同政治集会では集会解散時にレジュメを回収するなどしていたし、カクマルが仕掛けた盗聴器を摘発するということも度々有った。ICレコーダーを会場に持ち込んで録音するという行為がいけないのだろうと思っている。別段、関西派の政治集会では隠れて録音したわけではない。シャツの胸ポケットに入れて堂々と記録していたが、誰にも咎められなかった。
関西派は防衛上の配慮より公開性を重視していたようで、他党派の活動家を招待したりしていた。多分その関係で関西派は録音について何も言ってこないのだろう。また、ホームページを開設していないから私のブログで公開すれば宣伝になるという判断も有ったのかもしれない。だが中央派の場合は対権力・対他党派の防衛を優先しているということだろう。出来れば中央派の革共同政治集会にも参加して両派の主張を聞き比べたかったので、残念なことである。
二番目の問題は克明な報告記事で関西派・革共同再建協議会の主張を公開したことで、中央派の人たちの一部には「あいつは塩川派じゃないか」という声も上がっているようだ。「塩川派」と言うのは中央派からする関西派の呼び方である。今までにも何度か主張しているのだが、私は中央派と関西派のどちらかを選択することが出来ない状態である。ある問題については中央派が正しいと思えるし、別の問題では関西派の主張にうなづいている。宙ぶらりんなのである。だが、今現在中間・中立の立場をとっている人は結構居るはずだ。ロシア革命における「メジライオンツィ」みたいな存在が居てもいいと思うのだ。「メジライオンツィ」はロシア社会民主労働党の中でレーニン率いるボリシェビキでもなく、マルトフらのメンシェビキでもない中間派で、指導者はトロツキーであった。10月革命に向かう過程でボリシェビキに合流して行った。最後の段階で革命派になった人々だ。革共同の第四次分裂においても同じような事があってもいいと思う。
「メジライオンツィ」を最後まで日和見していたという評価をする向きもあるかもしれないが、肯定的な評価をする場合、直ぐにボリシェビキを選択することが出来なかった人々をメンシェビキという反革命勢力に行かせないで引き止めていたと言うことだ。出来るだけ中立の立場で中央派と関西派のそれぞれの主張や運動実践を見聞きすることで将来の革命情勢に備えたいというのが私の考えだ。そして幸いなことに今の私は双方の大衆集会には参加できている。折角だから自分の経験をブログを通じて一人でも多くの人に共有してもらいたいと思う。只、運動や組織を防衛するという問題で私の中で武装解除が進んでいることは克服する必要が有るだろう。
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一昨昨日の18日は昼過ぎに起き出して診療所に行った。今現在の主治医ではなく元々鬱病に罹患した時にかかっていた医師に受診するためである。今現在は中央派なのか関西派なのかは分からないが革共同系列の精神科の医師である。ここまで書いただけで知っている人は分かるであろう。除名された関係もあって診察を受けることの敷居が高かったのであるが、どうも今かかっている医師は頼りなく思え、思想上の悩みなども聞いて貰えるためにセカンドオピニオンとして受診することにしたのである。
受信後、キャンパスプラザ京都で行われた10月19日の反戦集会の実行委員会に参加した。去年の10・21に続いて今年も国際反戦デーの集会とデモが開催されるのである。会場は京都の円山公会堂で、デモは京都市役所までを予定している。詳しいことはまだ検討中であるために詳細を記事にするのは暫く後のことであろう。実行委員会の後で親睦会があったのであるが、病院との関係でバイクで行ったために酒を飲むことが出来ずにひたすらウーロン茶を飲んでいた。周りの人たちがビールや焼酎を飲んでいるのが羨ましかった。今度は電車で参加するようにしよう。
良く19日と20日は息子の通う剣道教室の錬成会であった。夏期強化練習である。8時30分に集合して夕方4時過ぎまで稽古をした。武道館は風が通らなくて非常に暑かった。少し素振りをしただけで汗が滝のように流れる。近隣の中学の剣道部との合同練習であったが、流石に小中学生は体力がある。休憩を挟むとたちまち元気を回復していた。昼食後の休憩時などは走り回って遊んでいる。大人達は少し面を付けただけでも息切れしていた。面を付けないでの稽古もあったのであるが、途中で足が吊ってしまい付いていけなくなった。面を付けての元立ちの際など、こちらから打って出ようとしたら足がもつれて転倒する始末である。日頃の運動不足を痛感した。
暑い中で稽古をしたお陰で、昨日入浴前に体重を量ったところ2キロ痩せていた。このまま夏場も稽古を続ければダイエット出来そうだなどと思ったのであるが、一人で稽古するのは非常に大変である。誰か一緒にするから辛いことも乗り越えることが出来るのだとも思った。帰宅して晩酌にビールを飲んだのであるが、その美味しいこと美味しいこと。だが疲れたためであろうか、夜はパソコンを開くことも出来ず寝てしまった。今日は教習所も休みであるために一日ノンビリして、夕方子ども達と夏祭りに出かけた。こちらは例年より規模が縮小されていたのであるが、それでも子ども達は楽しめたようだ。
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今日の夕方、毎週水曜日にやってくるパン屋さんに息子がカブト虫をもらった。何でも去年もらったのが卵を産んで、それが沢山孵ったのだという。雌はたった三匹で殆どが雄だったという。息子は雄を2匹もらったのだが大喜びである。贅沢にも雌まで欲しいと言い出す始末である。それでもスーパーなどでつがいを買うと高く付くので貰えたらそれはそれで良いだろうと思う。ついでにこのあたりで取れそうな場所があるかどうか聞いたところ、二三カ所可能性のある場所を教えて貰った。去年の夏休みには早朝起きて近所の山に行ってみた物の、場所が悪かったり時期が遅かったようで全く捕れなかった。
夏休みが近づくと思い出すのがラジオ体操のことである。郵便局に勤めていた時分、一学期の終業式が近づくと担当区内の小学校にラジオ体操の出席カードを配って歩くという業務があった。殆どの人は主催が郵便局であることを知らないので、農協やヤクルトや地銀が作った偽物のカードを平気で使っているし、学校の側も民間企業の宣伝に何の疑問もなく協力していた。何で人の褌で相撲を取るような真似を許しているのかと上司に文句を行ったことが何回かあった。私の場合学校に届ける際に主催は郵便局ですので他所のまがい物は配らないで下さいとお願いしたり、集金先のお客さんの家で偽物を見つけると便乗商法であることを指摘したりした。
だが、殆どの同僚はそう言ったことについては無関心であった。寧ろ出席カードを配ること自体を余計な仕事だと思って敬遠していた。局にもよるが配布自体しないところもあった。営業時間が削られることを敬遠する向きが有ったのだ。実際問題、宣伝・広報をしたところで個々人の職員には保険契約の機会が出来る訳ではない。その時間を一件でも多くお客さんに声を掛ける方が良いと思う者が殆どだったのではないだろうか。契約が出来れば歩合があるので、その為ならどんな卑劣なことでも、人を出し抜いたり騙したり利用したりするのも厭わない人間も沢山いた。以前日記に書いたことのある守銭奴である最高優積者やマル生分会長である優積者などはそうである。
脱線したのでラジオ体操に話を戻すと、軍国主義の色が濃い1928年に国民の体位増進・健康増強のために当時の逓信省簡易保険局が考案し、ラジオ放送で流したのが始まりである。戦後は郵政省簡易保険局がそれを引き継ぎ、NHKと天下り団体として組織したラジオ体操連盟との三者共催で普及に努めてきた。当時の意図は、軍人となるべき国民は健康でなければならないので、その為に逓信省として何をするべきか、また加入者が健康であり死亡などの保険事故が少なければ死差益が望めるという簡易保険局の利害も絡んでいた。民営化後はかんぽ生命が事業を引き継いでいる。民営郵政が便乗商法に対してどの様な態度を取っているのか、今の私には分からないのであるが、国営事業としての立場から国民の健康を重視して文句を言わなかったかつてとは違い協賛金を出させるなどしているのではないかと思う。もうじき終業式であるので息子がどんな出席カードを持ち帰るか興味がある。
余談であるが、今現在放送されているラジオ体操第一は三代目である。内容に軍国主義的な物が色濃かったために、戦後暫く放送などが禁止されていた時期もあった。NHKが放送している「みんなの体操」も実は郵政省簡易保険局が制定した物である。ラジオ体操第一および第二は、跳びはねるなどの激しい動作を含むためにお年寄りには返って良くないと言うことで、1999年に公募を元に作り上げた。制定当時は郵便局で「みんなの体操」のビデオを老人ホームなどに配布して歩いたことがある。ラジオ体操の仲間としては郵便局員の職業病である腰痛対策としての郵便体操という物もあって、郵政研修所で習い覚えた。今現在でも郵便局ではラジオ体操か郵便体操を行っているところが多いのであるが、健康管理と併せて勤務時間外にも管理職の命令を聞くかどうかのリトマス紙として労務管理のためにも利用されている。
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世の中には変わった御仁がいる物で、私が運転する大型トラックに轢かれそうになったと言う妄想をネット上で書き殴ったりしている。しかもこの人物によると私は特殊な訓練を受けた「テロリスト」なのであるらしい。実際の私を知る人たちは当然のことながらケケ博士がご乱心と言うことで一笑に付していた。何故なら私は普通免許を持っていないので軽四すら運転できなかったからである。ついでに言えば、中学高校と六年間剣道をした物のついに二段には合格できず初段止まりである。その後10年ほど前であろうか、郵政武道会に誘われて剣道を再開した物の、鬱病のお陰で幽霊部員となって久しい。
今まで色々なことが重なって、ついつい普通免許を取りそびれてこの歳になってしまった。高校卒業後は大学受験に失敗して2年浪人していたので、当然のことながら免許など取る余裕はない。進学を諦めて働き始めた時はダイハツ自動車の期間工が皮切りであったので、バブル前の当時としては月収が27~8万と高卒にしては良かったのであるが、既に反戦青年委員会に決起していたために手元に7万を残して全て地区党に上納という生活であった。最初の内は交通の便の良い処で活動していたので免許がなくとも活動に支障がなかったが、地区党の方針で全逓に就職せよとなったために、採用通知のあった田舎に通勤することになった。最初は向日町郵便局から採用通知があったのであるが、地区党を移籍することになるため当時の指導部が私に嘘をついて辞退させたのである。
原付免許さえ持っていなかった私は、郵便局に入ってから局の仕事に差し障ると言うことで経費で原付と自動二輪を修得した。私の若い頃は業務に必要と言うことで出張扱いで運転免許センターに行かせてくれたし、教習所にも時間内に通学させてくれて、その交通費も教習費も局持ちであった。郵便・集配の場合には普通免許も取らせてくれたのである。公共交通機関が発達していない田舎で活動することになったので何度か普通免許を取らせてくれと指導部に要望したのだが、地区党の財政の関係で不許可であった。当時は1万円以上の支出がある場合には指導部の承認を得なければならなかったからだ。バイクなら良いと言うことで中古のMTXを買って、その後XLR250BAJAに乗り換えた。結婚して子供が出来たので保育所の送り迎えのために普通免許を取らせてくれと申請したがやはり不許可だった。結局そのまま今に至る。
妻が車の運転を出来るので何とかかんとか子供の送迎は遣り繰りした。だが、妻が夜勤や深夜勤の時は私がタクシーを使った。他のメンバーは結集前に免許を取っていたので自動車で通勤し、活動にも使っていたのであるが、私に対してはついに許可が下りなかった。財政的にも二重基準があったようだ。メンバーの内運動を通じて女性と知り合って結婚した人は、退職させて専業主婦にして家庭に入らせたのであるが、私の場合妻とは運動と関係ないところで知り合ったために党的に獲得して活動家にせよとの指導であった。息子が生まれてアパートでは手狭になったために家を買いたいと言った時にはダメの一点張りであった。結局指導部に内緒で自宅を購入した。たが、今は中央派に行った人達などは持ち家の人が何人かいる。その指導内容の違いについてはついぞ納得のいく説明はなかった。
妻が病気のために運転が出来なくなったことと求人情報には「要普免」の断り書きが多いために普通免許を取ることにして、鬱状態がマシになった6月下旬から教習所に通い出したのである。周りは二十歳前後の若い人ばかりで、40代の中年はそうそういない。また若い人と違って覚えは悪いは体は付いてこないわで、結構時間がかかっている。自動二輪を持っているので学科が免除になっているから良い物の、今から法規を勉強しろとなったら、果たして出来るかどうか疑問である。何とか第一段階の見極めが終了して仮免の検定を初めて受けたのが先週の土曜のことである。緊張して安全確認は出来ないわS字で脱輪して検定中止になるわで散々の結果だった。補習を1時間受けて、今日、再度修了検定に挑んだところ70点ギリギリで合格することが出来た。明日からは路上教習が始まる。出来ることなら今月中に卒検に合格したい物である。
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今日は出歩く元気があったのだが、これと言って予定もなくボーッとしていたところ、妻にせがまれてパチンコに連れて行くことになった。妻は、以前にも書いたことがあるのだがパチンコが好きである。特に一昨年は「冬のソナタ」に嵌り、そこからぺ・ヨンジュンのファンになったりした。今年になって「冬のソナタ2」が登場したのでそれで遊びたいというのである。家には冬ソナの攻略記事が載ったパチンコの雑誌が沢山並んでいる。色々研究しているのであるが、その通りに行くとは限らない。今日も午前中は「冬ソナ2」を打っていたのであるが中々連チャンがなかったようで、負けてしまった。私はと言うとパチンコ屋に付き合った物の「冬ソナ」を打つ気にはなれず「創聖のアクエリオン」と言うアニメを題材にした機種で遊んでみた。
たまたま運良く良い台に当たったようで、千円で大当たりをかけた。何回か続いてくれたので、まあまあ浮いた。午後になって今日は民主党幹事長の鳩山由紀夫がやってくるとの立て看板を見たことを思いだし、どんな話をするのか一つ聞いてやろうと思って演説のあるスーパーへと足を運んだ。最初は鳩山と地元の選挙区から衆院選に立候補する予定の候補者の紹介だけして、聴衆との握手と名刺配りだけであった。なんだこんな物かと思い、買い物をして次の会場である駅頭に移動した。鳩山と候補予定者はスーパーの中と商店街を練り歩いて沿道の人々と握手したり写真撮影したりしていたようである。その間地元の市会議員と参議院議員とが演説を行い時間を稼いでいた。候補予定者と鳩山とが到着した後、最初に演説したのは候補予定者である。この人は全逓を通じて面識のある人で、時には組合動員でビラ撒きをしたり演説会や学習会に参加したり、市政相談会に参加したりとお付き合いのある人である。革共同が衆院選に候補を立てない限り、消去法でこの人を選ぶしかないのが現状である。
鳩山由紀夫の演説であるが、特に上手いとは言えない。演説の上手さで言えば革共同の北小路敏政治局員の方が数段上である。だが、そこは何と言っても衆院議員であるから政局についての話は詳しい。また今日の朝刊で報じられていた年金運用の失敗による5兆円の損失などを取り上げて民主党への支持を熱心に訴えていた。演説終了後聴衆との握手を始めたのであるが、立候補予定者と立ち話をしてしまったために立ち去る機会を逃し、鳩山が近くまでやってきた。手をさしのべてきたので払いのける訳にも行かず、握手する次第となった。何度も繰り返して述べてきたのであるが民主党はブルジョア政党であり積極的に支持する意志はない。今の日本に必要なのは革命であり、労働者階級に深く根ざした革命党としての革共同であると思っている。取り敢えず現状は自公連立政権を退陣させ、ブルジョア「民主主義」その物の欺瞞を万人に明らかにさせるために、一度は民主党に政権を取らせる必要があると思っているのである。
余談であるが、演説会終了後、夕飯の買い物を済ませパチンコ屋に妻を迎えに行った。少々時間があったので再び「アクエリオン」を打ったところ、またしても運良く連チャンの大当たりである。子供用の防具一式と稽古着を買う程度の臨時収入があったので良しとしておこう。妻も同じ程度勝ったのであるが、それもやはり「冬ソナ」をやめて「アクエリオン」を打ってのことである。
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今日は生まれて初めて白髪染めをしてみた。6月に2回もお爺ちゃん呼ばわりされてショックを受けていたためである。1回目は息子を連れて夕飯の買い物に行った際に、試食品を勧めてくれたおばちゃん(多分50代)に息子のことを「お孫さんですか」と言われてしまったのだ。2回目は息子が通い始めた剣道教室の先生に「お爺ちゃん怖いな」と言われたのである。その時は子ども達の稽古が終わり、先生達が稽古を始めたので見取り稽古のために正座して見学するよう息子に言ったのである。世の中には40代で孫を持つ人はいるのであるが、そんなに老けて見えるのであろうかとガッカリしてしまった。家に帰ってこの話を妻にすると、「確かに最近老けてきたわ」とのたまわる。
30代の後半から確かに白髪が目立ち始めていたのであるが、最近は病気による気苦労などもあって急増していたように思われる。そこへ持って来て運動不足による肥満があるから余計に老けて見られるみたいで、午後一で傷病手当の請求のために局に行った際にも、仲の良かった集配の人間に「白髪増えたな」と言われる始末である。このままではいけないと思った物の、昔のように引き締まった体を取り戻すには時間がかかる。取り敢えず外見だけでも何とかしなければと思い、行きつけの散髪屋で白髪を染めてもらった。帰宅して子ども達の反応を見てみたのであるが、気づいてくれない。こちらから染めたことを話したところ漸く気づいて貰えた。
外出していた妻が帰ってきた時も最初は分かってくれず、私が言い出して初めて「少し若く見えるわ」と返してくれた。感想を聞くと「宜しいんでないですか」と割と素っ気ない。別に今更惚れ直してもらおうとは思わないが、もう少し言い様があるだろう。取り敢えず見た目の方は白髪染めで誤魔化すとして、ダイエットの方をどうするかだ。息子の剣道教室に付き添っていくと、経験者であることを話したせいか私にも稽古しないかと誘って下さる。郵政の剣道部には今更参加できないし、民営化の影響で退職した部員も何人もいて開店休業で稽古会もしていないという。郵政武道会の縁で時たま通っていた道場も、先生が亡くなったために閉鎖された。息子と一緒に稽古するか、別に大人向けの道場を探すか、色々と思案しているところである。
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我ながら思い切った買い物をしてしまったと、少々後悔しているのであるが、ヤフオクでレーニン全集とマルクス・エンゲルス全集とを購入してしまった。最近の読書量から行くと、多分おそらく読めないままに終わってしまいそうであるが、前者が1万円、後者が5万5千円という破格の値段で売りに出ていたので、ついつい衝動買いしてしまった。マルクス・エンゲルス全集の方は去年の夏頃に検索してみた時は27~8万で売りに出ていたのであるが、約一年経って調べてみたら安値の物があった。こまめに調べてみると掘り出し物というのはある物だ。
書斎でもあるような広い家であれば本棚の飾りに並べておくことも出来るのであるが、如何せん我が家は狭い。正確には、狭いと言うより整理整頓が出来ないために、家中に物が散乱していて狭く使っている。購入した物の到着した小包は中身の確認の為に開封しただけで、そのまま子ども達の勉強部屋に積んである。このままであれば宝の持ち腐れである。体調を整え、精神的にも立ち直れたら徐々に読んでみたいと思うのであるが、果たしてそれは何時のことになるのやら。尤も物は考えようで、将来子ども達に読んで貰うと言うことも選択肢に入れても良いかもしれない。贅沢なことかも知れないが、三人の子供の内一人で良いから革命運動に身を投じて欲しいなどと思っているのである。
幸いなことに息子の勇樹(仮名)は各種集会に付いてきてくれる。娘達も他所の子供よりは社会問題に関心を持ってくれているのではないかと親の欲目で思っている。今日も夕食の際に北方領土の問題について詩織(仮名)が質問してくれた。私なりに思うことを歴史的経緯を含めて簡単に教えたつもりである。基本的には北海道以北はアイヌモシリであって、日本にせよロシアにせよ領有権を主張する資格は無いと思う。日露両国内の少数民族であるアイヌの人々にお返しして管理してもらうのが一番ではないだろうか。何にしても革共同はアイヌ問題には取り組めていなかったので私なりの考え方である。マルクスにおけるアイルランド問題、レーニンのグルジア問題についての立場などを学んで、自分なりの考えをまとめることが出来ればと思う。
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今月から息子が剣道教室に通い始めた事は、ブログ再開の記事にも書いたのであるが、実は通わせるかどうかを巡って色々と迷うことになった。と言うのは以前の記事にも「やっぱり親子だなあ」とか「バレなければ何をしても良いと思っているんだろうな」と書いたことがあるのだが、剣道をしていながら人間的には非常に下劣な輩を見ているのである。この親子、父親は奈良県十津川村という剣道が非常に盛んな村の出身で、大阪府警の交通総務課に勤めていて剣道六段である。今はもしかしたら昇段しているかも知れないが。長男は中学時代に全国大会に出場していて、高校進学は剣道での推薦入学である。中学卒業を控えていた時期には「剣道日本」か「剣道時代」のどちらかから進路の取材を受けたくらいの有望選手なのである。次男は次男で近隣では一番強い中学に越境通学している。だが、公徳心に欠けること甚だしい。先日もゴミを捨てているのを注意したのである。
一方、同じ並びの三軒隣にも高校生の男の子がいるのだが、この子は小学生の時分極真空手を習っていて、やはり全国大会に出場したことがある。中学に入ってからは空手を止めてしまったようであるが、この男の子が非常に良い子なのである。礼儀正しいし弱い者虐めはしない。強さと優しさを兼ね備えているので息子は非常に憧れている。私自身もこの子を見習うように息子に言い聞かせているのである。親御さんも非常に熱心で小学生の頃は毎日のようにミット打ちの相手をしたりしていた。熱心という点では隣の警官もそうであり、毎日のように息子達の相手をしていたのであるが・・・
実際に剣道をしている子供と空手をしている子供とを比較して、空手を習っていた子供の方がどう見ても良い子なのである。茶髪にしてピアスをしてバイクを乗り回していても、空手を習っていた子はキチンと挨拶をしてくれるし不良という印象は受けない。剣道をしている方の兄弟は丸刈りで、見た目はキチンとしているのであるが時折息子を虐めることがある。息子自体に生意気なところがあってカチンと来ることはあるのだろうが、それでも六歳も九歳も年下の子供に対して本気で怒るのは問題である。この違いはどこから来ているのであろうか。当然のこととして親の資質が一番大きいとは思うのであるが、通っていた道場の指導内容にも依るのではないだろうかと思う。
そんな折、息子の指導のために剣道の学び方について解説したムックを購入して読み始めた。内容は中学生とその指導者を対象にした者であるのだが、そこには近年の剣道の危機的状況を憂える内容が書かれていた。「剣道は『技さえできればよい』『そんなこと(礼儀作法など)はできなくても、勝負で勝てばよい』『礼儀作法はできなくても剣道はできる』という現代剣道の最も忌むべき考え方の影響や、剣道にとって礼儀作法がどれだけ大切なものであるか分かっていないことの証拠を、昨今の子ども達の姿に見る思いがします」とあった。試合に勝つことが全てであり、人間形成はどうでも良いという実例を隣の親子に見た気がするのである。隣家の息子達が小学生時代に通っていた道場は、近隣の殆どの道場が週二回程度の稽古であるのに対して四日も稽古している。指導内容はかなり充実しているとのことであるのだが、技だけにとどまっているのではないだろうかと思った。
武道を人民のために、人民解放のために活用するという点で、薩摩の支配下で武器を取り上げられた琉球の人々が、素手での格闘術として磨き上げた空手に対して私は非常に好感を抱いている。小学生から中学生にかけては梶原一騎原作の様々な漫画の影響もあって大山倍達の著書を貪り読んだことがある。中学に空手部があれば、剣道部に入らずに空手を選んでいたであろう。そこで息子に剣道を学ばせるべきか空手を習得させるべきかで色々と迷ったのである。結果として息子の関心が剣道にあるために剣道教室に入門させることにしたのであるが、精神的な面や武道を革命のために活用するのであって、警察などのように道を踏み外して人民抑圧の手段に使う人間にならないように指導することを私自身の責務として考えている。当然のことであるが隣家の兄弟が通った道場ではないところから入門先を選んだのである。息子が「弱きを助け強きをくじく」為に剣道を身に着けてくれるよう、親としての責任は重大であると自覚する今日この頃である。
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5月16日に記事を更新して以来、一月以上もブログを放置していた間、沢山の方に心配をかけてしまい大変心苦しい。4月の妻の入院に際しての気疲れなどのためであろうか、5月に入って鬱の症状が酷くなってしまい、何かをしようとする気力が湧かない状態が続いていた。先日も洞爺湖サミット関連の閣僚会議に反対・抗議のための集会があったのであるが参加することも出来ず、更に「前進」も「革共同通信」も未読で放置している状態であるから情勢からも取り残されているので、これと言って記事にするネタもなかったのである。一般の新聞も読めないでいたので、国会がどうなっているかと言うことも秋葉原での通り魔事件や東北での地震についても、全くと言って良いほど知らないままで過ごしていた。
そこに加えて、インターネットの接続をソフトバンクのADSLからNTTのフレッツ光に変えたところ、どうも調子が悪い。パソコンの設定の問題なのであろうか、通信が時折上手く行かない。手引きを調べて改善する気にもなれないのでネットに繋ぐこと自体が減ってしまった。もちろん我が家の子ども達が使っていることはあったのだが、私自身が使うことは殆ど無かった。おかけでパソコンや周辺機器・ソフトのユーザー登録をしている先からのお知らせなどのメールが数百通溜まっている。登録しているメーリングリストなども併せると膨大なメールが未読の状態のまま放置されている。中には私の状態を心配して問い合わせて下さった方もいる。個々に返信するには余力がないので、この場を借りてお礼を述べたい。ご心配いただきどうも有り難うございました。
どうにかこうにか、ここ二三日で少しやる気が出てきた。息子の病状で進展があったことも影響している。一昨年に腎臓病で入院して以来、毎月医大病院に通院しているのだが、経過が良好と言うことで激しい運動をしても良いとの許可が下りたのだ。先週剣道教室に入門させ、本人もやる気になっている。まだ素振りもロクに出来ないし、足捌きすら身についていないのに早くも防具を買ってくれとせがんでくる。息子が稽古しているのを見ていると、私も剣道を再開してみたいなどと思ったりしてしまう。ブランクのある人間が再開すると故障することが多いので、再開するにしても慎重にしなければならないのだが、それでも何かをしようという気持ちが出てきたのは鬱病の症状も和らいできたと言うことだと思う。ブログの更新も何日か置きでもよいから再開していこうと思う次第だ。読者の皆様方にはまたどうか御覧頂ければ幸いである。書き込みへの返事は出来る時と出来ない時とがあるだろうが、こちらも可能な範囲で再開したい。
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今日の夕方の教授回診で退院しても問題ないと言われ、早速退院手続きをしてもらうこととなった。今の主治医は優柔不断にしておっとりし過ぎているので、教授の見立てがなければ退院の判断を下すことが出来なかったようである。5時頃の回診の後、2時間近く待たされて漸く退院することが出来た。
妻自身も退院によって気分が非常に楽になったようである。勿論私もそうだ。少しの後遺症が残っているが、教授の診断では3ヶ月もすれば回復できるとのことである。入院前のように働くことは出来ないにしても、日常生活に支障が残ることはなさそうだ。3週間と2日の入院生活が終わり、家族一同一安心である。
気分的にとても楽であったので、今日は新聞の1面から3面程度を読むことが出来たし、妻の退院手続きを待つ間、理論誌をかなり読むことが出来た。一月世間の動きと切りはなされた生活を送っていたので、ある程度状況が分かるまで時間がかかりそうであるが、連休中には時事問題などについての考察を書けるようになりたい。
妻のことを色々と心配して下さった皆様に心から感謝の意を表します。
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今日はJR尼崎脱線事故から三年であり、追悼の催しが行われ、新聞などでは社説や特集でこの問題について触れていた。だから本来であれば国鉄分割民営化とそれによる営利主義が安全無視の運行体制を作り出し、事故の元凶となった事について触れてJR西日本の体質その物、国鉄分割民営化の是非について論じるのが本来のあり方であろう。実際に国労や国労共闘をはじめとする尼崎事故を問う集会などが各地で開催された。妻の入院がなければ私もいずれかの集会に参加して報告記事を書いていたはずである。結局妻の入院のために病院と自宅との往復生活から抜け出すことは出来ず、悶々とした時間を過ごしたのである。
そして昨日は詩織(仮名)と勇樹(仮名)の家庭訪問があった。妻の入院で家事の一切をせねばならず、掃除が行き届いていない家に先生を迎える訳にも行かず朝からせっせと掃除に勤しんだ。コタツを片付け、カーペットを取り替え、掃除機をかけ、洗濯をし、トイレの掃除を済ませた。時間にすれば結構短かったのであるが、妻がいないだけで家事の負担が結構違ってくる。昼に詩織と勇樹が帰ってきた後は先生が来るのを待つのみであったが、詩織の担任が13時20分、勇樹の担任が13時30分の来訪予定である。
詩織の方は担任が今年転勤してきたばかりと言うこともありあまり突っ込んだ内容の話はなかった。学校でも家庭の事情をあまり話していないようで、妻の入院を告げると驚かれてしまった。どうやら中学では積極的に授業に取り組んでいるようで、まあまあの評価ではなかっただろうか。勇樹の方は、詩織が5年生の時の担任がたまたま当たっていたために二人の比較など色々と話が深いところまでなされた。忘れ物が多いことと(これは)妻の入院のために私が十分に連絡帳などに目を通すことが出来なかったことの影響が大きい)授業中に集中力が欠けていくことを指摘された。反面、正義感が強く友達が間違ったことをしていると堂々と注意したり、自習時間になると率先してみんなにリーダーシップを発揮しているなど良い点も教えて貰えた。色々と細かい話もあったのであるが、一日経つと結構忘れている物である。
今月は殆ど政治的問題や時事問題について考える余裕がないために身辺雑記ばかり書いている。来月になれば妻も退院しているであろうし日常が戻って来るであろうから普段通りの内容に戻れると思うのであるが、雑念に囚われることの多い毎日である。
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r 4月5日の夕方に妻が蜘蛛膜下出血で倒れて入院した。午後7時頃に医大病院に行くと主治医の先生が緊急手術の準備をしていた。家族の人を呼んでおいて下さいとのことであった。子ども達は自宅に置いたまま、私だけが病院に駆けつけていたのであるが、妻の実家にも連絡を入れる。直ぐに立つのは無理であるが7日の月曜に飛行機で飛んでくると言うことになった。夜の間深夜二時頃まで手術が続いた。約6時間である。破裂した血管の動脈瘤の部分は縫合が上手く行き、再度の出血は食い止めることが出来た。際出血した場合は殆どの人が命を落とすようである。手術終了後にも「ご家族の人はまだですか」と言われた。それだけ危ない状態であったのだろう。
翌日子ども達を連れて医大病院に行った。妻は手術後の重症患者が入る部屋の中でも一番危ない状態の人がいる場所に寝ていた。手洗いをして病室に入れるのは一度に二人だけであるので私と息子が最初に入り、娘達は後から入った。意識は回復していた物の言っていることが要領を得ない。まだまだ色々と混乱があるのだろう。職場には既に連絡が入っていたようで、数日後病気休暇についての書類を提出するように求められた。
月曜には妻の親族が到着したので早速病院に行き、面会した。まだ意識の回復は完全ではなかったが、母親や兄弟の顔が理解できたようだ。この日は長女の高校の入学式であったので、午前中は付きそう必要があった。入学式の後の各種説明を受けている時に妻の次兄から電話が入り、近くまで来たが道が分からないという東京から朝出て車で高速を飛ばしてきたのだ。三時頃には妻の母と長兄と三兄、三兄の長女が来た。同じく次女も夜には滋賀から飛んで来た。
医師の説明では蜘蛛膜下出血には三つの山場があるという。一番目は血管が破裂した際の処置である。此所で生き死にが大体決まる。二つ目は蜘蛛膜下出血した血液の一部が脳の各地に付着することで起きる脳血管攣縮という症状である。早い話が脳の血管が収縮して脳梗塞を起こすのである。この時に後遺症が大体決まる。これが二週間前後に起きるのだ。三つ目の山場は水頭症である。脳内に髄液があふれ出るために脳が圧迫されて頭痛の原因となる。腰から管を入れて髄液を抜くことで症状を和らげる。
どうにか第一と第二の山は越せたようで、25日の土曜日に外泊の許可が出た。28の月曜に再度病院に泊まり検査をする。結果が良好であれば29日に退院できるという。漸く先が見えてきたので安堵している。四月と言うこともあり学校行事が立て続けにあるし、妻の看病のために連日病院に付き添いをしている。帰宅すれば家事が待っている。正直仕事に行っていた時の方が楽であった。特に妻の病状を考えると精神的に休まらない。お陰で私の鬱病の方もあまり状態が良くない。だが何にしても妻が退院すれば、直ぐにとは行かないが日常の生活が戻ってくる。あと少しの辛抱である。
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今までこのブログでは、意見の違う人間に対しても出来るだけ対話する姿勢を取り続けてきた。お陰でネット右翼だの差別主義者だのと言った下らない輩の相手も粘り強くしてきた方である。勿論、付き合いきれずにアクセス禁止の処置を執った者もいる。意見が違ったとしても中には真面目な方もいて、真剣に対話できる場合もある。だがしかし、ここ暫く粘着している何人かはまともに話をするだけの価値がないと思える。
今月に入って多忙であるためにブログの更新もままならない状態が続いている中で、これら差別主義者などの俗物の相手をする余力はハッキリ言ってもう無い。多くの常連の方が俗物どもの誤りを批判して下さったが、まともに聞き入れる相手ではないので今後は相手をしないことにする。当面は無視と言うことにするが、しつこく粘着するようであればアクセス禁止の処置を執るつもりだ。仏の顔も三度までという言葉があるが、私は十二分に我慢してきたと思う。
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息子の勇樹(仮名)と風呂に入っていた時のことである。またしても親子でふざけていた。
勇樹「父ちゃん、生暖かい布団ととっても暖かい布団とどっちが良い?」
父「生暖かい布団って何やねん?」
勇樹「あんな、生暖かい布団言うのはオレがオシッコ垂れた布団」
父「何やねん。そんなん要らんわ。とっても暖かい布団ってどんなんや?」
勇樹「ほんでな、とっても暖かい布団言うのは、布団の下にカーペットが敷いてあって、湯たんぽがあって、そこにオレが小便垂れた布団」
父「結局それかい。ええ加減におねしょ卒業せいや」
勇樹「夜中オシッコしたなった時トイレ行かなあかん思うねんけどな~」
(勇樹は未だにおねしょが治らない。今朝もしっかり漏らしていた。)
暫く何だかんだ言って時間を過ごしていると、勇樹がいきなり「オレもう大人やもん」と言いだした。
父「おねしょする奴の何処が大人や。卒業してから言え」
勇樹「父ちゃんやって子供みたいなことするやんか。おっぱい触りたいって」
父「大人はな、子供とは別の理由で触んの」
勇樹「なあ、何で大人ってエッチなことすんのん?」
父「それはな、赤ちゃんが欲しいからや」
勇樹「どうやったら赤ちゃんが出来るん?」
父(内心、しまった。ややこしい話になってしまったと思いつつ、真面目に答えないと性教育は出来ないと聞いているので、にやけたりふざけたりしないように注意しつつ)「あんな、男のキンタマの中で赤ちゃんの元になる精子って言うのが出来んねん」
(ギョッとして股間を押さえる勇樹)
父「おちんちんからな、オシッコとは別に精子が出るねん。それをな、女の人の股の処の穴に注ぐねん」
(キョトンとする勇樹)
父(左手の親指と人差し指とで円を作り、右手の人差し指を立てる)「このわっかが女の人の股の穴とするやろ、こっちがおちんちんや。」(人差し指を輪に入れる)「そしたらおちんちんから精液って言う白い液が出んねん」
勇樹「ふーん」
父「そしたらな女の人のお腹の中で出来る赤ちゃんの元と合わさるねん。そしたらそれが赤ちゃんになるねん」
勇樹「女の人にも赤ちゃんの元があるんや。オレ男だけやと思ってた」
父「女の人のお腹にある赤ちゃんの元は卵子って言うねん。卵の子って書くんやで」
勇樹「たまごのこって?」
父「卵の子って、卵の子供って漢字で書くねん。精子と卵子が合わさると赤ちゃんになるんや」
勇樹「合体すんねんや。アクエリオンみたいやな」
父「せや、合体したら赤ちゃんに変身すんねん」
勇樹「凄いなぁ。変身すんねんや」
父「卵子って言うのは丸いねん。そんで精子って言うのはオタマジャクシみたいなカッコしとんのや。それが合体すると人間の形になるんや」
勇樹「オタマジャクシみたいな形してんねや。そう言えばこないだ神田川でこんくらいのオタマジャクシみっけたで」(両手を20㌢くらいの感覚に開いてみせる勇樹)
父「ゴッツいオタマジャクシやな」
勇樹「それが捕まえようとしたらスルスルって逃げて行きよった」
父「どんなに大きな蛙になるんかな」(話がそれたのでホッとしつつ、話が元に戻らないかと冷や冷やする)
勇樹「きっとでっかい蛙になるわ」
父「ガマ法師のガマくらいおっきいかな」
勇樹「ガマ法師って?」
父「仮面の忍者赤影にで出来た忍者やんか。お城みたいにおっきなガマガエル出てきたやろ」
勇樹「大変や、家とか潰されてしまう。赤影呼んで来な。ほんでしりとり忍者みたいにシュッシュッ青い飲み物。ブルー・ハワイって言わな」(ナインティーナインの出ている番組のコーナーのことを言っているようだ)
勇樹「シュッシュッ青い飲み物。シュッシュッ赤い飲み物。オレ青い飲み物だけ覚えてんねん」
性教育について子供に教える時は親が恥ずかしがってはいけないと言うので、必死でくそ真面目な顔をしつつ教えたのであった。アーしんど。
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今月に入ってから非常に心身ともにつかれる日々が続いている。昨日なども夕食を食べた後で居間のコタツで寝入ってしまい、気がついたら午前0時に近かった。風呂には行くこともなくそのまま2階の寝室に移り睡眠薬の力を借りて朝まで眠った。今朝は一旦は5時半頃に起床したのであるが、やはりコタツに入って二度寝してしまった。再び起きたの7時半頃であっただろうか。息子の勇樹(仮名)が登校直前になって腎臓病の薬を飲み、近所の上級生が迎えに来てからバタバタと支度を済ませて出ていった。長女の詩織(仮名)は昨日今日と頭痛がするために学校を休んだ。不登校が再発しなければよいのであるが・・・ 夕方担任の先生がわざわざ尋ねてきてくれ、励ましてくれた。此所で踏みとどまってくれればよいのであるが、私の疲労と同じ原因によって詩織も精神的に参っているのが分かるだけに、無理に学校に行けとも言えず何とかしようなと言うだけである。
普段は静かな状態でブログの記事を書いているのであるが、今日は気まぐれにインターネットラジオという物を聞きながら記事を書いている。パーソナリティーは一昨年の法政大学での29名の学生逮捕に抗議する有志の声明に賛同して下さった摂津正さんである。関東においてプレカリアート(不安定雇用の労働者)の労働争議や、4・28沖縄デー復活の取り組みをなさっている。多芸な方のようで三味線を弾き、ジャズに造詣が深いようで連日のようにインターネットラジオを配信している。どの様な物か興味が湧いたので聞いているのであるが、運動に関する思いを切々と語っている。語り口は上手とは言えないかも知れないが、思いの丈は伝わってくる。
もし興味を持たれた方がおられれば、以下の案内を参照にして聞いてみていただきたい。
●番組名:攝津正 Tadashi SETTSU a.k.a. "Linda"の音楽彷徨
●番組のURL: http://tds.radilog.net/
●パーソナリティ名:攝津正
●放送開始日時、予定放送時間:4/15(火)22:00-23:00
●本日の放送内容:ピアノ・三味線・ウクレレ演奏とお喋りします。気楽に聴いてね!
●メッセージ募集要項など:お好きな話題を持ち寄ってください。
●らじろぐチャット以外の掲示板があれば、そのURL:
http://9118.teacup.com/femmelets/bbs
http://chat1.net4u.jp/chat/mkframe.cgi?z=Linda
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普通共産主義者は宗教を否定し、それが持つ反動的な役割である支配階級を擁護するイデオロギーを粉砕することに全力を傾注する。マルクスは「宗教とは阿片である」と言っている。マルクスの時代、阿片は麻酔薬として使われていたので、傷や病気を治療する力は無いが、一時的に痛みを和らげる効能に例えて、社会的諸問題を解決することは出来なくて一時的に問題から目を反らせる役割を果たすものとして批判したようである。
田中芳樹の銀河英雄伝説で、相敵対する陣営が同一の神を信じているなら、神はえこ贔屓をするし、別々の神を奉じるのなら、神にも優劣があり、所詮は全知全能の存在であるわけはないとの一節がある。実際神というものが存在するとするならば、この世の戦乱を全て無くして見せるが良いと思うのである。貧困も差別も搾取も収奪も無くして見せるが良い。だがどの神も未だかつてそれを実現したことは無いし、未来永劫に有り得ないだろう。
神は形而上の存在、つまり作り物であり、科学が未発達の時代、或いは科学的思考が出来ない現代人の一部に対して、物事の本質から外れた一時的な慰めを与えるに過ぎない。
だが誠に身勝手な事に人知を越えた事象に対して、或いは人間の能力ではいかんともしがたい出来事に直面すると、日頃の不信心は何処へやら、神仏に縋りたくなることが有るようだ。今現在、私はその様な心境である。しばらくして事態が収拾すれば、たちまち神仏に祈った事など忘れてしまうのだろうが。
まあ何にせよ、人間には自分の能力ではどの様にも出来ないときに神仏を頼ってしまう時が有るようだ。出来得れば私は神仏等に頼ることの無い人生を送りたいと思う。
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今日は妻の母と兄が三人に姪御が二人やって来た。おかげで我が家は超満員の状態だ。妻の母は訛りが強いので普通に話しているのを聞いても訳が分からない。妻に通訳してもらうことが度々ある。
妻の親族が来た時に困るのは、みんな偏食が酷いために献立に悩んでしまうのだ。今日は次兄が鶏肉でなければ平気だと言うので、チンジャオロースとジャガ芋の煮っころがし・八宝菜・ビビンバを用意した。
幸い長兄と次兄は食べてくれたのであるが、三兄は煮っころがしと漬物ばかり食べる。これは三兄の次女も同じである。野菜も肉類も殆ど食べてくれないのには閉口する。
翻って我が家の子供達は、長女がチーズを苦手にしていて、三人共レバーが苦手ではあるが、一応食べることは出来る。今日の献立も息子は大人数で食べるのが楽しいのか、食欲旺盛でご飯を三杯も食べていた。
親が偏食だと子供も偏食になりやすいと言うのたが、妻の親族を見ると全くその通りだと実感する。我が家はその点私が好き嫌い無く何でも食べる方だから子供達も自然と色々な物を食べ慣れている。
あ と数日、親族が滞在するのであるが、その間何を作ろうかと色々頭を悩ませている。もう一つ困るのは、パソコンを使いたくとも居間が満員でデスクトップが使えない。ノートパソコンで作業をしているのだが、こちらは未だインターネットに繋げていないため、blogの更新や各種の連絡には使えない。出来るだけ早くノートパソコンもネット環境を整えなければと思う。
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勇樹(仮名)は甘えん坊である。特に私には付きまとってくる。今日も寝る時間になって2階の寝室に上がったのであるが、一人では中々寝付けなくて私の布団に潜り込んでくる。腕枕をして少し話していると寝入ったようで、体を大の字にして布団をはだけて寝息を立てていた。大抵の場合私はパソコンでブログの更新をしたりコメントに返事を書いたり、メールをチェックしてから寝るので0時前後に布団に入る。勇樹は一人で私の布団で寝ているのであるが、無意識のうちに抱きついてくる。今日はおねしょをしないでくれるだろうかなどと心配しつつ一緒に朝まで眠るのである。
先日もプールに連れて行けとせがまれ、次女と三人で市営プールに行った。温水プールなので一年中泳ぐことが出来るのである。まだ泳げない勇樹はビート板などの補助用具を使って大きいプールに付いてくる。子供用に水深の浅いプールもあるのだが、深い方で懸命に泳ぐ真似をしている。両手を握り泳ぎを教えてやろうとするのだが、直ぐに水を飲んでしまったりして中々上手く行かない。何だかんだと水遊びをしながら約二時間プールで過ごした。
先日三里塚の全国闘争に行った時も、妻に29日の晩から31日まで出かけると行った時に、「俺も付いていく」と言い出した。機会がある度に集会などに連れて行って色々その目で見させているのであるが、流石に泊まりがけの闘争は初めてだった。以前は翌託児に預けて集会参加をしてのであるが、最近の三里塚は家族連れが少なくなったようで、託児は設定していなかったように思う。それでも付いてくると言うのでバスの出発地点まで足を運ぶ。おねしょをした時に備えて沢山着替えを詰め込んだので、自分のリュックだけでは収まらなくなって私のリュックまで勇樹の荷物が詰め込まれていた。
車中泊は初めてのことであったので熟睡できなかった勇樹は、現地に着いてからは毛布を引っ張り出して寝ていることが殆どだった。起きている時は周囲の人がお菓子をくれたりバナナをくれたりと良くしてくれたので、非常に喜んでいた。デモにも参加したいというのであったが、体調のことやその後に用事があったために中座した。何人かのマイミクさんと飲んだのであるが、息子が色々と私の恥ずかしい逸話を暴露してくれる。しょっちゅう一緒にいるのだから無理もないのであるが、周囲の人には結構受けてしまった。勇樹がこうして私に付いてきてくれるのは何歳くらいまでのことなのだろうか。今の内に出来るだけたっぷり遊んでやろうと思う。明日あたり釣りに連れて行けとねだられているので、出来ればそうしてやりたい。
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腰痛と書くと大袈裟になるが、昼頃から腰が痛みだした。午前中家の片付けをして、段ボール箱に詰めた荷物を抱えて何度か屋根裏部屋と往復したのだ。情けないが最近は少し体を使うだけで筋肉痛になったり腰が痛んだりする。自宅療養のせいで運動不足なのだ。
犬の散歩もこの頃は妻と娘達に任せっきりなので、生活習慣を改めないといけないだろう。
腰痛のおかげで今日はパソコンには向かえていない。今も携帯からの更新でお茶を濁している。明日かあさって辺りはちゃんとした記事を書けるようにしないといけない。
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今日は次女の12歳の誕生日である。卒業式の後の春休みと言うこともあって、友達からのお祝いというのは毎年無い。その分家族だけは祝ってやらねばと強く思う。昨日の用事の疲れもあったので午前中は寝ていたのであるが、午後一時頃に次女に起こされる。年明けから欲しいと言っていたゲームソフトを買う約束だったので、隣町にある大きなショッピングセンターまで出かけた。「カテキョーヒットマンリボーン」というマンガの「フレイムランブル」というソフトであった。おもちゃ屋で買い物を済ませた後、ショッピングセンターの中にある飲食店で遅めの昼食を取る。次女は昼前にスーパーでハンバーガーを買って食べたので、おやつ代わりにクレープを食べ、私はケンタッキーのフライドチキンを食べた。
午前中はどうやら妻が誕生日プレゼントの買い物に連れて行ったようで、見慣れないスカートを早速はいていた。息子が便乗して新しい服と靴をねだったようで、そちらも自慢げに見せてくれた。どうせ五月には誕生日が来るのだから我慢すればよいのにと思うのであるが、こらえ性がないのはどうも困ったことである。ゲームの買い物から帰った後でシャトレーゼまでケーキを買いに行く。本人の希望でチョコレートケーキを買ってきた。普段は生クリームのケーキが多いので、妻が珍しいと言っていた。
夕飯はこれまた次女の希望で肉じゃがを作った。ごちそうをねだらないあたり、経済的で、親としては助かる。勿論肉じゃがだけでは寂しいので、簡単に和え物を作り、豆腐とミョウガのみそ汁を作る。豆腐は専門の店で買った。スーパーの物より味が濃くて美味しい。ついでに白和えも買ってきた。ここ暫く炊事をサボっていたので少し勘が鈍っていたのかも知れないが、肉じゃがの味見を長女にさせると味付けが薄いと言われた。そこで少し醤油を足したところ、今度は美味しいと言って貰えた。明日もどうやら私が調理することになりそうなので、今から献立に頭を悩ませていたりする。
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この一週間も体調が安定していない。中々病気は回復に向かってくれない。先週水曜に尼崎事案公平審を傍聴するため6時に起床して9時半頃に尼崎総合文化センターに行き、20時半頃までみっちり傍聴。22時半に帰宅してから報告のビラ原稿を作成して、寝たのが二時くらいだったか。木曜は息子の医大通院に付き添って、帰宅してから寝込んでしまった。金曜は金曜で尼崎事案公平審の最終日の傍聴。この日は半日で終わったが、テープ起こしを頼まれてしまった。失業中で時間はあるから何とかなると引き受けた物の、これが結構骨が折れる。120分テープ12本である。土曜も寝込んでしまい、日曜のワーカーズアクションに参加できるかどうか危ういところであった。
一夜明けて日曜日は体調がマシであった。マイミクさんの日記を見ていたら集会のある扇町公園で釜パトが炊き出しをしているという。時間的にも重ならないので早速連絡を取って参加させてもらう。手ぶらでは何だったのでカンパを少しさせてもらった。息子は炊き出しのカレーをごちそうになってご機嫌であった。その後集会に参加し、デモには出ないで帰るつもりだったが、息子がデモもすると強くいったので結局梅田までデモに付き合った。帰る途中妻のリクエストであったお菓子を土産に買った。息子はケーキが良いといったが、今度の土曜日まで待つように諭した。
月曜は主義者Yさんが昨日の集会に参加するために大阪に来ていたので、管制塔カンパのお礼の集会以来三年ぶりにお会いすることにした。骨折されたり、鬱病になられたり、ご母堂が入院されたりと色々大変であったようだが、今はお元気その物といった感じであった。折角関西に来られたので一日観光でもしようということになり、何処へ行こうかと言うことになった。大阪と京都の旧所名跡は大体回っておられるというので奈良に行ってみたいと言うことになり、私も大分長い間奈良に入っていないので賛成する。興福寺や東大寺の大仏殿を回り、正倉院も見てみようと足を運んだのであるが工事のために拝観することは出来なかった。
火曜は散らかっている家の片付けで色々と働き、買い出しにあちこち走り回る。水曜日が次女の卒業式であったのでスーツを新調しにも行った。処が日曜から調子に乗って色々出歩いたりしたせいか、夕飯の後から寝込んでしまう。風呂の順番が回ってきても居間で寝たままであった。結局23時頃に妻が寝室に行くからと起こしてくれて就寝。翌水曜日も朝から晩まで寝込んでいた。次女の卒業式には出席できずじまいであった。折角スーツを新調したのに勿体ないことをした。でも入学式があるのでその時に着ることにしよう。そして19日夕方はまたしても扇町公園でイラク反戦の集会とデモが予定されていたのであるが不参加となってしまった。社民党を中心とする統一戦線で、釜パトの炊き出しに行った時に知ったのである。後で調べると革共同関西派も参加していたらしい。中央派の集会に出たのでバランスを取りたかっただけに残念だった。
夕飯の時に居間に降りてきた時の顔を見て、妻が「どす黒い顔してる」と心配そうに言った。子ども達にも顔色が悪いと言われてしまった。食後に直ぐ寝てしまえば良かったのだが、ここ暫くブログのアクセスは急増しているし、コメントは次々書き込まれているので返事を書かねばと思い、取り敢えず返事を書いてから寝た。木曜になると少々マシになっていたのでまた片付けである。古い書類や集会に参加した時にもらったビラなどを段ボール箱に詰め込んで屋根裏部屋に運ぶ。何回も往復すると膝がガクガク震えてくる。大分鈍っているなあと情けなくなる。夕方、注文していたパソコンが届いたので初期設定をはじめ色々した。ワープロソフトは一太郎を使うつもりだが、乗り換え版しか持っていないので今は使えない。先にOASYSを組み込まないといけないのだが、持っているバージョンだとビスタに対応していないらしく読み込んでくれない。仕方ないので新たに注文することにした。何だかんだやっていたらいつの間にか時間が過ぎてしまい、メール頂いたチベット問題をブログに掲載して、コメントの返事を書いてから寝た。今日も少々しんどいのであるが、出かける用事がある。体調の波が激しいので、色々と困った物だ。
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ここ数日鬱状態が酷くて寝てばかりいた。今日は思い切って気分転換のために映画に行ってきた。昨日その話を子ども達にしたところ何を見るかと言うことで喧嘩になってしまい、一旦は取りやめると言っていたのであるが、朝から三人そろって謝ってきたので連れて行くことにした。妻と娘達は「ライラの冒険 黄金の羅針盤」を見ることにして、私と息子の勇樹(仮名)は「ケロロ軍曹」を見ることになった。「ライラ」の方は結構空いていたらしいが、ケロロの方は親子連れで満員であった。
映画の冒頭は南米のマチュピチュ遺跡の地下から始まった。遺跡の地下に眠る謎のエネルギーを地球侵略に活用しようという目論見を隠して、冬樹を遺跡巡りと称して連れてきたのである。片っ端からトラップに引っかかるケロロだが、とうとう謎のスイッチを押してしまう。すると突然遺跡がケロロ一行を排除しようとした。危うく難を逃れるのであったが、日本に戻ってから謎の巨大飛行物体が登場する。飛行物体から現れたのはシヴァヴァとドルルと名乗るケロン人、二人は圧倒的な攻撃力でケロロ小隊を危機に追い込む。続いて登場したのはケロロ大軍曹と名乗る、ケロロそっくりのダークケロロであった。ダークケロロは自らを新しき王と名乗り、地球を2分間で侵略すると豪語し実行してしまう。
世界中にまき散らされたケロロ像から発射される怪しい電波によって全世界の人々が操られる中、冬樹とモアとサブローのみが自分を保ち、ケロロ小隊と共に巨大飛行物体に乗り込んでダークケロロ達に闘いを挑むのであった。巨大飛行物体は空中都市であり、その中で様々なトラブルに見舞われながらも小隊はダークケロロの支配下にあった夏美と小雪とを救い出す。実はケロン星のアイテムを持っている人間には不思議な催眠電波は通じないのであった。クルルに匹敵するほどのハッカーであるミルルのために小隊は武器も殆ど無い状態で戦いを挑む。その中でケロロの持っていた、かけたものが何でも兵器になると言う液体を使ってガンプラを実体化させてしまう。
サンライズが制作しているだけあってガンダムを縦横無尽に暴れ回らせる。そのシーンは殆どア・バオア・クーにおけるガンダムの戦いと同じであった。勇樹と二人してけらけら笑い転げる。他の観客もガンダムのパロディーを見て爆笑である。ガンダムを駆るケロロはついにダークケロロを追い詰めるのであるが、ダークケロロは「究極の破壊神」である巨大ケロロ像を発動させる。ケロロ小隊は圧倒的な戦力を前にして如何に戦うのか。
約2時間近く、思いっきり楽しませて貰った。勇樹は大満足である。ライラを見てきた女性陣も楽しめたようで、有意義な一日であった。
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我が家の隣人は警察官である。権力の犬でありながら動物の犬は大嫌いで、我が家の飼い犬が鳴くとぶつぶつ文句を言っている。「うるさいなあ」と聞こえよがしに言うのが聞こえる。確かに我が家の犬は煩いくらいに吠えることがあるのだが、それは大概警官が自宅にいる時である。犬は賢い物で犬嫌いな人間がそばにいると落ち着きを無くして吠えるのである。そうするとわざわざ家から出て来て我が家の犬を睨みに来る。すると犬は敵が来たと余計に吠える。悪循環なのだが、全く理解していない。私が買い物等で留守にしていると犬達にホースで水をかけて嫌がらせをしている。先日も雨降りの中で洗車を始め、恰も手が滑ったかのように水をかけてくる。以前に「やっぱり親子だなあ」という記事を書いたのであるが、本当にバレなければ何をしても構わないと思っている様だ。流石は警官である。
裏金作りの為に架空の操作協力者に捜査費を使ったり、高知県では白バイ警官が停車中のスクールバスに衝突して死亡した事件で偽のスリップ痕を作ってバスの運転手に罪を着せている。警察の体質なんだろうと関心してしまう。自分達はどんな悪事を働いても平気だという考え方が染み付いているのだろう。隣の警官自身、電磁的公正証書原本不実記載同行使の犯罪を四年に渡って行い続けているが摘発されない。正式の罪名をあげると厳めしいのだが、簡単に言うと実際には住んでいない所に住民票を置いているという事である。警官がこれをしても平気であるが例えば中核派の活動家が運動の為に単身赴任していると逮捕投獄されるのだ。更に大阪市では去年釜が崎の労働者達が解放会館等に住民票を置いていたら削除され、公民権を奪われるという出来事もあった。警察の悪事は揉み消すのだが、一度政府の意図に反する行動をする人々に対しては法を捩曲げてでも弾圧をかける。本当に警察権力は腐っていると実感する。
高知県警による白バイ警官事故死なすりつけの冤罪については「きっこの日記」で度々取り上げられている。日記内検索に「白バイ」と入力して、是非とも御覧になって欲しい。現在進行形の冤罪である。「きっこのブログ」の場合にもブログ内検索という機能が右のかなり下の方に付いているので利用して欲しい。
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今日は朝から社会保険事務所に行ってきた。退職後妻の扶養家族に入ろうと思っていたのであるが、基礎年金番号の案内を無くしてしまったので加入手続きが出来ない。郵便局に入る以前に勤めていた会社で作った年金手帳では厚生年金の番号しか載っていないために手続きが出来ないのだ。ついでに障害年金についても尋ねてみようと思っていた。消えた年金の問題があるせいであろうか、窓口は大混雑である。社会保険事務所の整理番号は80番であったがまだ30番ほどしか進んでいない。十時頃に到着して順番が回ってきたのは1時を回ったくらいであった。
障害年金については発病した最初に加入していた共済での手続きとなるようで、郵政共済組合に問い合わせして下さいと言われてしまった。民営化されたのでてっきり社会保険事務所で手続きするものと早とちりしていた。基礎年金番号については直ぐに調べが付いた。そして局に入る前に厚生年金の被保険者になったことが二度あったのだが、一冊の手帳はなくしてしまっていた。それについても勤務先を伝えると調べてくれ、基礎年金番号と二つの厚生年金番号とを付き合わせる手続きもして貰った。
帰宅すると局から郵便が届いていた。退職金の明細が入っているのかと思って開封してみたところ離職票が入っていた。この離職票も妻の扶養家族にはいるためには必要であるが、今日まで待たされていた。お陰で今月は無保険であるために病院にも通院していない。もっと素早く手続きしてくれていれば良かったのにと愚痴をこぼしつつ、午後から妻に職場まで行って貰った。今日は手続きできないそうだが近日中に処理してくれるとのことであった。
今までは郵便局の内部で殆どの手続きが完結していたのであるが、民営化によって局では出来ない手続きが増えた。おまけに退職してしまったので自分でしなければならない手続きが多くなった。今までは楽だったのになどと思ってしまう。取り敢えず社会保険と厚生年金については妻の扶養家族にはいることで一段落が付くはずである。残っているのは鬱病が治らないので障害年金を請求する手続きだ。埼玉の事務センターと連絡を取らなければならないが、今日は社会保険事務所だけで疲れてしまったので昼から寝込んでいた。明日にでも問い合わせをしてみよう。
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中国産冷凍餃子に農薬のメタミドホスが混入していた一件以来、餃子を家庭で作ることが流行っているらしい。餃子に限らず冷凍食品全般が敬遠されているようだ。スーパーでは餃子の食材を1カ所にまとめることで販売高が急増しているとも聞いている。我が家もご多分に漏れず餃子を手作りすることになり、今日は私が材料を買いに行った。ニラと餃子の皮とタレをスーパーで購入し、豚挽肉はいつもの肉屋さんで購入。これにキャベツを刻んで混ぜる。ニラとキャベツを刻み、挽肉と混ぜる作業は長女の詩織(仮名)が担当した。その内の一部に練り芥子と練り山葵を混ぜる。また梅干しの肉を混ぜた具も用意した。
去年テレビ番組の影響で作った「ロシアン餃子」である。普通に作った餃子の中に、芥子入り・山葵入り・梅干し入りが混ざっている。山葵などは具の臭いをかいだだけでツンと来るほど大量の山葵が入っている。詩織と歌織(仮名)、勇樹(仮名)が具を包むのであるが、勇樹は中身を沢山いれすぎるので中々上手に包めない。その内私も参加するように言われた。手を洗おうと洗面所に行くと「お父さんが逃げ出した」と勇樹が言う。えらい誤解だ。居間に戻って作業を手伝う。子供の時母の手伝いをしていたのでそれなりに上手に出来る。少なくとも子ども達よりはマシである。四人がかりだったので、あっという間に50数個の餃子が出来上がる。
餃子を焼くのは妻がした。案の定勇樹が包んだ物は焼いている内に皮が破れて具がはみ出したりしている。皮に火が通って透き通ってくると、梅肉入りの物は色で分かるようになった。芥子入りと山葵入りは外見では分からない。誰がどれに当たるか分からない状態であったが、私は山葵入り一つと梅肉入りが二つ当たっただけで済んだ。一番沢山当たった詩織は半分近くの五個が当たりであった。
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今日は近畿各地で積雪があった。妻と詩織(仮名)は制服の採寸に出かけるのに電車を使った。私は勇樹(仮名)が咳が酷いので内科に連れて行った。インフルエンザは治ったが二三日前からまた風邪を引いたらしく咳が止まらない。薬を貰い、飲ませたが、私の隣で寝ていても相変わらず咳込んでいる。
昼食後、詩織がふと雪遊びをしようと言い出した。受験も終わり、落ち着いたので勇樹と遊んでやると言う。「パパも行こう」と歌織(仮名)が誘うので、私も渋々コートを着込んだ。屋根裏の物置から橇を出してくる。数年前に購入したものだ。小学校まで勇樹を乗せて橇を引く。詩織と交互にしたのだが、結構重労働だ。
学校に着くなり勇樹は雪玉を作ってぶつけてくる。娘達は雪だるまを作る。私だけ手袋をしていないので雪を握ると手がかじかむ。やがて娘達も雪合戦に合流してきた。二組に別れてしばらく遊んでいたら、寒さの影響で腹が冷えたようで痛くなった。子供達を残して一人先に帰宅する。やがて子供達も家に戻って来たが、駐車場にカマクラを作ろうと雪を大量に集め始めた。結局は雪が雨に変わった為に完成はしなかったが、雪遊びを堪能したようで満足げであった。風邪を引いていても、子供には雪が珍しくて遊びたいのだなあ。
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今日は長女が受験した高校の合格発表があった。発表開始時間直後に高校に行くと、既に周りは受験生で一杯だった。詩織(仮名)は早速自分の受験番号を見つけ、「有ったよ」と言う。安心でホッとする。体育館で入学手続きの書類を受け取り、自宅に電話して妻に合格を知らせる。「入試説明会」と言う記事でも書いたのであるが、詩織は勉強は嫌いではないが学校が嫌いだ。そして高校進学を何とかして説き伏せて受験させただけに今後が気になる。絵を描くことは大好きなので、美術科に合格できただけでもやる気を起こしてくれればよいと思う。
詩織は不登校ではあったが国語の成績は平均以上の点を取っていた。文法と古典はサッパリであるが、読書が好きなので現代文はちゃんと理解できる。中学の担任が感心していたくらいである。小さな時から絵本を読み聞かせてきた成果ではあると思う。英語は授業を聞いていないので全くダメであるが、国語のお陰で合格できたような物だ。勿論美術科と言うこともあって実技試験もあったのであるが、こちらは好きなことをしただけあってそれなりの出来であったと思う。
さて、合格すると私立高校であるので入学金や授業料を始め数十万の出費となる。制服だけでも十数万だ。今度の土曜までに全額納めなければいけない。退職金が直ぐに入ると当てにしていたのであるが、どうやら数年前に制度が変わったらしく一ヶ月から二ヶ月後に振り込まれるという。昔は退職発令のその日に現金で全額支給であっただけに隔世の感がする。色々と遣り繰りが厳しいが何とかなるであろう。早く退職金が振り込まれると助かる。
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時々思うのだけれど、転けていたら楽だったろうな。「転ける」というのは転向・脱落など、総じて革命運動をやめてしまうことである。元中核派の場合「コケチュン」という表現もある。
私の鬱病の最大の原因は郵政におけるリストラ・合理化による労働強化であることは間違いないのであるが、それに次ぐ原因として革命運動に参加していたという事があると思う。何故なら郵政の職場についても労働者革命家としての立場から抵抗していたことによって郵政当局および国家権力警察の様々な弾圧とも対峙していたからである。これはこれで結構精神的な負担が有った。何度も運動をやめようと思ったことがあり、実際に地区党の指導部に対してメンバーからシンパにしてくれと希望を出したこともある。指導部は了承などしてくれなかった訳で、結局除名されるまで同盟員のまんまであった。
人によっては指導部と意見が食い違った時に党に見切りを付けて離党したり、連絡を一方的に絶つことで運動から離れたりしている。こういった人の場合にも色々と心理的な葛藤はあるようであるが、中核派がダメだと思って運動から離れている訳だから、ある意味党に対して開き直ることが出来るようだ。それらの人と比べ私の場合は除名である。別に最近よくある路線論争や反革命に転落しての除名ではない。私生活の乱れとそれを巡って指導部との間で信頼関係を築くことが出来なかった事による物だ。或る専従の人に言わせると、それは「遠山がメチャメチャやっとったからや」と言うことになる。遠山というのは06年3月14日に労働者党員の決起によって打倒された元大阪府委員長のことである。細かい事情までは語ってくれなかったが、遠山の指導によって切り捨てられた訳であるらしい。
革命運動の困難さから逃げ出したいという思いがありながらも、例えば本多書記長を始めとする革命運動に殉じた人々のことを思ったり、長期獄中党争を闘っている星野文昭さんらの闘いを想起したり、或いは長期の指名手配攻撃と闘っている非公然メンバーの苦闘を考えたりした時、どうしてもやめると言うことが出来なかった。そうして労働者革命家として生きることと内実との間の食い違いが大きくなっていった。鬱病の要因の一つであると思う。
そんな時、心療内科で受診した帰りに寄り道して酒でも飲もうかと思ったのであるが、そこを呼び込みの兄ちゃんに声をかけられた。呼び込みがいるような店はいかがわしいという判断もつかず、誘われるまま入ったその店がセクキャバという奴であった。時間制で飲み放題と言うことで取り敢えずは女の子と話しながら飲んでいた。相手の女の子は教育大の一年生でその日が初めての接客だった。結構面白い子で色々話が弾んだ。2週間に一度の通院の度に寄るようになってしまった。
セクキャバというのはお触りのあるキャバクラであるから、革命運動に関わっている物からしたら女性差別である。自分が悪いことをしているという意識があるから党に報告することも出来ないし、かといって病気のことや仕事の憂さを晴らす一時の享楽の魅力にも勝てなかった。結局ズルズル嵌ってしまった。馴染みの女の子は段々転落してしまい、結局は大学を中退してホテルヘルスに務めるようになった。連絡をくれるから店を変わる度に付いていった。気がつくと私は色々と良くない遊びを覚えていた。こういった悪い遊びは革命党の党員に相応しくないし、その事によって党の三原則である財政・会議・機関紙の内財政が疎かになった。最終的に地区党の会議で除名となった訳である。
自分の感情に対してもっと素直になることが出来ていれば、しんどいから運動をやめたいと言うことが出来ていたかも知れない。そうしていれば色々と思い悩むことも少なかったと思う。勿論転けたことに後ろめたさは残ったであろうが。だが私の場合は除名であるから自ら離党した人と違い負い目が有る。未だに革共同・中核派を悪く思うことが出来ないのはそのせいだ。転けていたらもっと気楽な気持ちになれていたかも知れない。
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今日から無職の失業者である。(仕事のある失業者という表現はないから、おかしな書き方ではあるが)ストレスによるのかも知れないが、今までは深酒をすることが多かった。昨日は買い置きの酒もなく、睡眠導入剤を飲んで寝床に就いたのが午前1時頃であった。中々寝付けなくて、結局眠りに落ちたのは4時近かった。携帯電話でミクシーをしたり、2チャンネルを覗いたりして眠くなるのを待ったのであるが、朝は7時半に起きることが出来た。今のところ昼寝もしないで起きている。本当は退職に関連した手続きで共済事務センターや郵政福祉に連絡を取らなければならないのであるが、面倒なので後回しにした。
朝から久しぶりに新聞を隅々まで読めた。中国産冷凍餃子に農薬が付着していて食中毒が起きたことに関連した記事が紙面の多くを占めていたが、その影で報道から洩れてしまった事件や問題などはないのだろうか。頭が今ひとつ働いていないので、行間を読んだり報じられていない重要問題についてまでは思い至らない。やはり新聞を読むのも毎日の習慣にしないと中々世の中の動きという物は理解できない。最近の日記に時事問題が少ないのは仕方ないことだろう。先ずは新聞を読む習慣を付けることからじっくりやっていこう。
午前中は郵便局や銀行に行って通帳記帳を行った。実は1月から家計簿を私が付けている。先月の締めをしていて気づいたのは、我が家のエンゲル紙数は高いのではないかと言うことだ。それから予算が予算になっていない。今までどうやって遣り繰りしていたのか不思議に思う。今月からは私の賃金が入らないので今まで以上に切り詰めないとやっていけない。共稼ぎの為もあってどんぶり勘定が身についているのだ。これを直さないといけない。買い物は殆ど私がしているので、献立についても工夫が必要だろう。育ち盛りの子供が三人いるので栄養の釣り合いなどを考えるのは大変だが、やってやれないことも無かろう。
無職になったお陰で、病気休職中とは違い外出に気を遣わなくて済むようになった。今までならば気晴らしに外出するにも同僚と顔を合わせないかが気になったし、病気が病気だけに管理職が時々様子を見に家にやってきては不在の場合に小言を言ってきた。病院への通院などもあるし、家に籠もりっきりとも行かないのだが、それでも色々と気を遣った。特に私にとっては気晴らし・気分転換であっても世間ではサボって遊んでいると思われかねないこともある。今日は夕方からエル大阪で関生支部が中心になって「ええ加減にせえ、警察・検察・裁判所」シンポジウムがある。人目を気にせず出かけることが出来るのは退職した気楽さゆえだろう。ボチボチ好きなことをしながら病状の改善を待つことにしよう。
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今日、21年4ヶ月勤務した郵便局を退職した。朝10時を少し回ってから局に顔を出し、辞令の交付を受けた。「退職を承認する」「郵便局株式会社代表取締役会長 川 茂夫」というあっさりした内容の物だ。その後総務担当職員から退職金や共済組合員証の返却について、地方税の納付方法など簡単な事務手続きの説明を聞いた。以前であれば殆どの事が自局で出来たのであるが、今は殆どの事務手続きは埼玉の事務センターか中郵を経由しなくてはならない。自分で郵政のサイトを開いて書式を打ち出す必要もあるという。民営化によって「効率化」が行われた結果であるが、非常に不便だ。
去年の秋以来退職を真剣に考えるようになっていた。結果として今年の年頭の抱負を一月と立たずに諦める羽目になってしまった。尤も抱負の内一つ目の病気の克服と二つ目の職場復帰とが整合性がとれなかったと言うことである。私の病気の一番の要因は仕事のストレスである。何度も病気休暇・休職と復帰とを繰り返してきたが、結局合理化による職場環境の悪化、労働条件の劣悪化に耐えることが出来なかった。全逓労働運動にたいする未練はとても大きい物があるのだが、健康と運動を比較した時、病気回復に良いと思われる選択をした。鬱病の症状が酷い時は重要な決断は避ける方がよいので、本当は間違った選択であるのかも知れない。
元々私が郵便局に入ったのは、革命運動をするために当時の状況の中で最も良い条件の職場として選んだのだ。賃金は安い物の労働条件は民間企業と比べて超過勤務は少なく、ましてサービス残業など一般職員にとってはあり得ない。更に労働組合の存在があるために一定程度革命的左翼を受け入れる素地があった。だが除名されて革命運動から離れてしまった以上、低賃金で長時間働かされるようになった今の郵便局に固執する理由はない。鬱病の原因は仕事のストレスであるから、治療のためには郵便局への復帰を諦めて療養に専念するのがよいと思った。
何人かの人に退職を考えていることを話し知恵を借りたが、誰もが悪くなったとは言えまだまだ郵便局の労働条件は民間他社と比べてマシであるし、病気休職も三年間は継続することが出来るのだから、辞職せずに治療する道を勧められた。鬱病の症状が酷い時には全ての物事に対して否定的な考えになるので、去年の秋から今年にかけての私の精神状態はあまりよい物ではなかったのであろう。先日も辞表を撤回してはどうかと忠告してくれる友人がいた。だが今日の退職発令で全ては覆すことが出来なくなった。結果がどの様になるかは分からないが、自ら選択した以上、当面の間は病気治療に専念し、健康を回復することだけを考えるようにしようと思う
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月曜から息子の勇樹(仮名)が、今日から長女の詩織(仮名)がインフルエンザにかかっている。この分で行くと来週あたりには次女の歌織(仮名)は勿論、私や妻も移されるに違いない。発端は日曜の深夜である。ブログを書いた後でネットサーフィンをして夜更かししていたところ、午前2時頃に勇樹が起き出してきて「寒い」と言う。「ファンヒーターを付けて寝なさい」と答えるが、「点けてても寒い」と言う。関西各地で雪が降る寒い夜だったので、暖房も効き目が弱いのかなあと思い、兎に角寝るように言いつける。だが、その後私も布団に入ったのであるが、3時頃に今度は「頭と首が熱い」と言い出す。これは風邪を引いたなと思った物の、買い置きの薬もなくどうすることも出来ず寝るように言うしかなかった。
月曜の朝から熱を測ると38度有った。かかりつけの内科に行く前にもう一度計ると今度は38度7分に上がっていた。受付で熱を伝えると他の患者と離れた場所で待つように指示される。診察を受け、インフルエンザの検査を受ける。しっかり陽性であった。腎臓病の薬との飲み合わせがあるので、咳止めと解熱剤のみの処方だった。熱のせいで食欲がないらしく、ヨーグルトとスポーツドリンクくらいしか口にしてくれない。お粥を作っても喉を通らない。大好きなフルーツサラダも食べてくれない。火曜になってからお粥を食べてくれるようになった。丁度詩織の高校入試の出願が水曜になっていたので、移らないでいて欲しいと思ったのであるが、案の定移ってしまった。
水曜は一先ず詩織と一緒に願書を出しに行った。殆どの受験生は学校ごとに団体で来ていたが、詩織は同級生と一緒だと変に気を遣うので私が付き添って二人で高校に行った。夕方から勇樹と詩織とを連れて内科に行く。詩織はインフルエンザの反応がなかった。安心した物の帰宅してから詩織の熱が上がり続けた。勇樹は勇樹で激しく咳き込むために気胸の恐れがあるとしてレントゲン撮影をし、もし胸が激しく痛むようなら医大に行くようにとレントゲンフィルムも預かった。色々と難問が続く。
木曜は内科が休診なので、今日朝から受診してみた。勇樹は幸い気胸などにはならなかったが、それでも咳が激しい。詩織は詩織でインフルエンザの陽性が出た。病院通いや出願のために私も疲れが出てしまい、昨日は一日寝て過ごした。昼食も夕食もとらずに過ごしてしまった。今日は少々マシになったのであるが、読書する気にもなれず、届けられた郵便を開封して目を通すくらいであった。中には結構難しい内容の物もあったが・・・
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昨日の早朝、父が亡くなった。午前2時頃のことである。弟から電話があり絶句した。1928年生まれの79歳だった。年末に食事中に倒れ、救急車で病院に運ばれた。意識は戻ることがなかったが、年明けには回復の兆しを見せていた。一昨日の夜に様態が急変し、脳内出血が大量にあったためそのまま帰らぬ人となった。もし若ければ開頭手術をするなどして延命措置をしただろうが、年が年であるので手術に耐える体力が無いと判断されたのだ。
昨日の朝息子にその事を告げると「じいちゃん、じいちゃん」と言って泣き出した。「じいちゃん、また遊びに来るって言ってたのに。楽しみにしてたのに。じいちゃん。助けられへんかった。」などと言いながら三十分以上泣きじゃくっていた。父には八人の孫がいるのだが、男の子は息子だけなので可愛がって貰っていた。息子もそれが分かっていたようで本当に悲しんでいた。私はと言うと父が亡くなったという実感が今ひとつ湧かない。昨夜が通夜で今日が告別式であったのだが、骨揚げが済んでもなんだか本当のことなのかと思ってしまう。
息子のように素直に泣けたらよいのだろうが、悲しみよりも非現実的な感覚の方が強い。棺桶の中の父の死に顔を見て、火葬が済んだ後に骨を拾ったのだが。未だに実感がない。骨その物は年の割にしっかりとしていて、かなり残っていた。朝鮮半島から引き上げてきた時に肋膜炎をやったので肺は弱かったのだが、他はだいたい丈夫であった。
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一年の計は元旦にありと言うので、今頃こんな記事を書くと笑われてしまうかも知れないのだが、年頭に当たっての抱負というか願望というか決意というか、自分なりに今年の目標を整理してみたいと思う。
先ず一番の問題は鬱病治療を徹底して行い、出来れば今年こそ完治させたい。毎年のように今年こそはと思っているのだが、中々これが実現できていない。しかし仕事が思うように出来なければ運動は勿論生活も成り立たない。生活基盤を立て直し、様々な運動に参加するためにも鬱病治療は最大の課題だ。その為に検討し直さなければならないのが今現在鬱病治療のために通っている病院だ。通院するのが便利だからと自宅近くの医院にしているのだが、どうも此処の医者は藪医者ではないかとの評判。除名されたことでK先生の治療を受けることが敷居が高くなってしまったのであるが、抱えている色々な問題について丁寧に対応してくれる先生だったので、あくまでも通い続ければ良かったのではないかと思う。往復三時間というのは病気の身では結構辛い物があったが、それだけの価値はあったと思う。K先生の処への通院を再開するか近所で評判の良い医師を捜すかする必要があるだろう。
第二番目は、仕事に継続して出勤することだ。病気治療とも密接に関連しているので容易ではないが職場にいなければ労働運動も減ったくれもない。民営化をめぐる一連のリストラこそが鬱病の原因であるので仕事その物がストレスの元であるが、そこを耐えて通い続ける努力がいる。仕事の成果は二の次だろう。それでも昨日局に顔を出して新任の局長と30分ほど対話をしたのだが、出勤している期間の成績は非常によいと褒めて貰った。少なくとも無能という評価ではなかったことは職場復帰への希望を抱かせてくれる。休暇・休職期間中の遅れを取りもどそうなどと焦ることなく、淡々と日々の仕事をこなしていけば何とかなるのではないかと言うことだ。ここで問題となるのは職場の人間関係である。守銭奴や経営の代弁をするしか能がないマル生分会長などが幅を利かせている現状は耐え難い物があるが、その下で呻吟している人々との関係を大事にしていこう。人事交流という名の強制配転によってズタズタに破壊された職場の人間関係も、丁寧に再建することがきっと出来るはずだ。
第三番目が学習活動だろう。勿論この場合学習というのは単に思想的な問題のみではない。民営化によって業務が複雑化している中で仕事に要する知識の研鑽が増大している。幾つかの資格を取得する必要もある。病気な為に何度も中断しているが、投資信託販売のための証券外務員資格・金融機関の労働者としてファイナンシャルプランナーは必須だ。体調の良い時に図書館に通って勉強してきたが、鬱状態が酷くなるとそれも出来ないでいた。何としても毎日の大半を図書館の学習室で過ごすように努力しよう。そしてその上で思想的な学習がある。労働者として階級的立場に立ちきるためには、氾濫するブルジョアイデオロギーとの目的意識的な対決が必要だ。この事無しに階級的で戦闘的な労働運動は成り立たない。鬱病が社会的病理であること、資本主義の最後の段階である帝国主義の諸矛盾によって患者が増大していることを正しく掴むことが病気治療にとっても職場復帰にとっても必要不可欠の課題だと言える。郵政の職場では数千人の単位で精神疾患の患者がいると言われている。勿論その軽重は様々であるが50人に独り者割合で病者が存在するという職場はそれ自体異常であると言わなければならない。
治療・職場復帰・学習の三つを今年の重点課題として追求していこう。
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大晦日から実家に帰省し、ノンビリと過ごしてきた。家にいるのと違い上げ膳据え膳で飲んでばかりいた。実家にはパソコンがないので、することと言えば本を読むか子供と遊ぶくらいしかない。網野善彦さんの「日本中世に何が起きたか 都市と宗教と『資本主義』」を読破し、今は「日本社会の歴史」上を読んでいる。「日本社会の歴史」はまだまだ天武天皇によって「日本国」が成立した当たりまでしか読んでいないので網野さん独特の大胆な歴史思想の展開は少ない。それでも従来の歴史書に比べると日本国内の各地に大和朝廷とは全く違った文化背景が存在していたことなどが良く分かる。
「日本中世に何が起きたか 都市と宗教と『資本主義』」では今日も残る部落差別の起原がおそらくは中世、鎌倉幕府の滅亡と建武の新政の頓挫によって聖俗双方の権威が地に落ちたことによって、それまで供御人(くごにん)・神人(じにん)等として聖別されていた人々に対して差別が芽生えることとなったと読めた。供御人・神人などは西日本を中心に存在しており、東国では殆ど成立していなかった。日本が京都を中心とした西日本と東日本とでは全く別の国と言っても良いほど文化が違っていたためであるらしい。遺伝子レベルで言えば西日本の人間は東日本の人間よりも朝鮮半島の人間に近いようである。いちいち頷きながら読んだが、色々と示唆に富んでいた。
妻と受験がある長女は留守番で、次女と息子だけを連れて行ったのだが、それでも結構大変であった。子ども達は従姉妹と遊ぶのが楽しみだったようであるが、こちらは色々と気を遣うことも多い。問題は姪っ子達ばかりで甥っ子がいないので、息子は遊び相手がいない。女の子達に混じって遊びはするがどうしても浮いてしまう。時々拗ねて「父ちゃん遊んで」と寄ってくる。こっちは酒が入っているのでおっくうであるがそれでも少しは遊んでやらないといけない。自宅なら近所に友達が沢山いるので放っておいても大丈夫なのだが・・・ 兎も角三が日を実家で過ごし土産などで重たくなった鞄を抱えて電車に揺られて2時間の道のりを帰ってきた。
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新年明けましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願いします。
大晦日から実家に帰省して、飲んで食べて過ごしています。姪御達が来てお年玉を上げたり、正月気分を満喫中です。
携帯からはコメントに返事が書けないので、帰宅してから返事を致します。
今年が幸多き一年であります様に。
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家事をさぼっていた反省からか、今週は割と料理をする機会が増えている。日曜は朝から農協の直売所に走り野菜を買い込む。赤カブ・人参・サツマイモ・菜花・山葵菜・椎茸に干し椎茸などを購入。干し椎茸が一袋500円したが、他の食材は合わせて千円ほど。日曜の朝と言うこともあって直売所はお客さんで満員であった。結構遠くから車で買いに来る人も多い。スーパーなどで買うことを思えば半額に近いし新鮮である。
その後昼から鬱病の友人と会ってお互い抱えている問題などについて色々話し込み、少し気分が晴れる。同じ病気を抱える者にしか分かり合えないことが多い。でもって帰りしなに行きつけの肉屋さんで豚モモのぶつ切りを買う。酢豚などに使うことが多い奴だ。大根を米のとぎ汁で下ゆでしてから豚肉と一緒に煮込む。砂糖と味噌とみりんで味付けしてコトコト2時間。菜花のゴマ和えと一緒に食卓に出す。みそ汁を作るのを忘れたが子ども達には好評であった。
日曜に肉やさんで骨を分けて貰うように頼んでいたので翌朝もお店に行く。ビーフシチューの出しを取るのだ。午前中から大鍋で出しを取る。出しを取った後の骨は犬たちのエサにする。いつもなら此処に赤ワインとトマトも放り込むのだが、日曜日は使わなかった。赤カブと人参玉ネギジャガイモをいれる。勿論シチュー用の肉は真っ先にフライパンで炒めて焦げ目を付けて肉汁が封じ込められるようにした。山葵菜を使ってサラダを作り、この日も好評であった。
火曜も夕食は私が作る。牛スジ肉をコンニャクと一緒に砂糖と味噌で煮込む土手焼きを作った。最初献立はそれ以外に考えていなかったが、残っている野菜などを見ると大根・白菜・椎茸・ネギがあったので湯豆腐にすることにした。豆腐の専門店に行ってコンニャクと豆腐と卯の花を買い込む。土手焼きは2時間ほどしか煮込まなかったので少し筋が硬かったが、まあまあ好評であった。湯豆腐もスーパーの物と違い味が濃厚で評判が良かった。
水木金は妻に任せる。明日あたりはまた私が作ることにしよう。今から何にするか色々考えている。買い物は殆ど私がしている。これで掃除と洗濯を子供任せにしなければまあまあであるのだが、そこまでするとしんどいので適当にお茶を濁しておく。
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ここ数日鬱病の症状が良くないようで、本を読んでも頭に入らないし根気が続かない。「検証 党組織論」の再読が中々はかどらないので読み物的なものをと思って「蜂起には至らず 新左翼死人列伝」(小嵐九八郎)を読んでみたが、選んだ本が良くなかった。革共同の旗の下で革命のために権力や反革命と闘って戦死した人々の項はそうでもなかったのであるが、日本共産党革命左派や連合赤軍の内部粛正は気が滅入った。読み物を選ぶのならもっと明るくて笑える物や楽しめる物を選ぶべきだったと後悔している。
本多延嘉著作選は本多書記長の力量のお陰で非常に読みやすく、読めば何となく分かったような気分になれるのであるが、「検証 党組織論」はそうはいかない。何度も反芻しながら読まないと真意を理解することが難しい。これはこの本に限らず理論的なことを書いた本の場合は大抵そうである。勿論本多著作選を読んだからと言って本当の意味で理解するには力不足である。事実、著作選の紹介記事を書く予定が「戦争と革命の基本問題」の途中で止まっている。ノートを取りながら読んでいるが人に伝えるところまで読み込もうと思うと簡単ではない。
病気の状態が良くないために読書もはかどらないし、どうしても無為に時間を過ごしてしまう。せめてネットで時事問題を扱っているサイトでも見ていればよいのだが、それも気分が乗らない。結局ゴロゴロ寝ているか、鬱病患者にありがちな、よからぬ想像ばかりしてしまう。ハッキリ言ってロクなことは考えない。病気が本当に治るのだろうかという不安、職場に復帰できるのかという不安、息子の病気や長女の進学の問題。なんやかやと考えては袋小路に入り込み、最後は結局とんでもない結論に到達する。冬期鬱病と言って日照時間が減ると鬱病になる率が高まるというのだが、我が家は日当たりが良くないのでなおさら鬱々とした状態が酷くなるようだ。明日あたりは田中芳樹か高千穂遙の小説でも読んで気分転換をしてみようと思う。どちらも好きな作家なので楽しい気分になれるに違いない。
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朝から雨が降っていたので犬の散歩に起こされることなく熟睡し、気がついたら9時半を回ってから階下に降りた。朝の分の薬を飲んでからまた寝床に入る。12時40分頃に息子を迎えに行く時間だと起こされる。今日は月に一度の医大病院への通院日である。1時に校門前まで行かなければならない。慌てて昼食をかっ込んで小学校へ向かう。校門に付いたところでタイミング良く息子が出てくる。まだ小雨が降っていたが大急ぎで医大へ行った。尿検査の結果は良好で、綺麗だという。このまま腎臓病が治ってくれたらいいのにと思う。
帰宅してから夕飯の買い物に行く。近所のスーパーには赤十字の血液センターの車が停まっていた。入り口でティッシュを配りながら献血を呼びかけていた人が「特にA型とO型が不足しています」と言う。私はA型なので協力する気になった。高校に入学してから献血をするようになって二十歳前後までの間に16回か17回したことがある。最後にしたのは24か25の時に仕事中訪れた病院の前で献血を呼びかけていた時だったと思う。今から思えば郵政がまだまだ牧歌的だった頃のことで、局にも献血車が来て勤務時間中に協力を呼びかけられたりした頃のことだった。
20年ぶりくらいに献血のための問診を受けたが、色々と検査項目が増えていた。薬害HIVの問題、薬害肝炎の問題など血液を媒介にする病気の伝染があるためだ。全ての項目に答えたところ、一点だけ問題になったのが薬を飲んでいることだった。係の人と医師の二人が「他の項目は良いんですけどね。薬を飲んでいると輸血した時に影響が出るので献血は出来ません」と言われてしまった。鬱病ではあるが体の方は健康体その物だと思っていただけに少しショックだった。鬱が治らない限り抗不安剤の類は飲み続けなければならないので、それまで一切献血は出来ないことになる。早く鬱病が治らないかと思う。
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三日ほど前に詩織(仮名)が改良型の双六を懸命になって作っていた。A4のコピー用紙を四枚貼り合わせた大型の物だ。木曜日と昨日今日と夕食後に家族で遊んでみた。ドラクエの影響を多大に受けているようで、ロールプレイングゲームの要素がふんだんに盛り込まれている。それぞれの駒に職業が割り振られていて、それぞれの固有の色のマスに止まると得意技を使って相手を妨害することが出来る。例えば戦士であれば青いマスに止まると「火炎切り」で両隣のどちらかのプレイヤーのヒットポイントを3削るか、「マヒャド切り」でダメージを与えた上で1回休みにすることが出来る。勇者は「ライデイン」で全体に1のダメージを与えるか「ギガデイン」で誰か一人に4のダメージを与えることが出来る。ヒットポイントが0になると振り出しに戻らなければならない。
駒も詩織がイラストを描いている。それぞれのキャラクターをちゃんと書き分けているあたり絵が好きなだけはある。今日は私が戦士を選び、妻が弓使い、詩織が勇者、歌織(仮名)が魔法使い、勇樹(仮名)が盗賊を選択した。私はサイコロを振ると5や6が良く出たのでトップを独走していたのであるが、途中のマスでモンスターに遭遇して闘うハメになり、負けてしまって振り出しに戻るハメになった。それも選りに選ってゴールまであと少しと言うところでだ。マスの中には宝箱が落ちていて薬草や毒消し草が手に入ることもあるし、お金を拾ったり毒の沼にはまってダメージを受けることもある。「世界樹の葉」を持っているとヒットポイントがゼロになっても死なないで済む。盗賊の息子が自分の特殊能力である「盗人切り」でめぼしいアイテムを持っている人間から色々かっさらってくれる。私もキメラの翼を盗まれた。
勝敗は勇樹が周りに散々嫌がらせをしたあげくにラスボスの間を簡単にクリアして一着になる。続いて二位になったのが私で、三位が詩織、四位が妻、ドンケツは歌織であった。詩織は暇があるとこのような双六を作っている。受験生としての自覚は一体何処にあるのだろうか。多分同級生の子ども達は今頃冬期講習の準備をしたり受験勉強に余念がないと思うのであるが。まあ、本人曰く「高校なんか行かんとバイトするモン」であるから仕方ないか。
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「難易度高すぎ」
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ペ・ヨンジュンの主演ドラマ「大王四神記」の放送が3日からNHKのBSで始まった。我が家はBSを始め衛星放送は見られるようにしていないの。妻はヨン様ファンであるので見たくて見たくて省がない。「ケーブルテレビにしておけば良かった」とか「インターネットで見られないの?」「東京なんか映画館で毎週上映するんやで。何でこっちでもしやへんの」とか色々言ってくる。もし関西でも上映するようだったら、絶対毎週通うに違いない。「超忍者隊イナズマ!と大王四神記」でも書いたが、ヨン様となると妻は色々私のことをこき使ってくれる。DVDがレンタルされるまで待てばいいのにと思うのだが、そうも行かないようだ。
今朝などは「風邪ひいた」と言ってコタツに寝転がっていたのだが、「ニフティーで見られるみたいやで」というと目を輝かせる。実は昨夜メールをチェックしていたら、ニフティーから案内が来ていてネットで視聴することが出来るそうだ。一応そのサイトをお気に入りに登録しておいた。家のパソコンは7年も前の古い機種なので、テレビのように寛いで見ることが出来る状態ではない。一応リモコンは付いているが机の上に置いているので固い椅子に座ってみる必要がある。だから大抵は妻がDVDなどを見る時はテレビに繋いであるデッキを使い、コタツに座って見ている。パソコンを使うことは全くない。
ところが、である。今日は「風邪を引いてしんどい」とのたまわっているにも拘わらず。早く繋げと言う。(オイオイ、寝てなくて大丈夫か?) パソコンを立ち上げインターネットに繋ぐ間もゴチャゴチャ言ってくる。環境を調べてみると1メガbpsで視聴できる。料金を確認すると67分で525円である。「525円かかるけどええのん?」と尋ねると、「見る」と二つ返事だ。「お父ちゃんは寝っ転がって見るか?」と言うので「ワシはええわ」とコタツで朝寝した。約1時間が過ぎて、妻は満足した様子で私を起こしてくれた。「この後どうしたらええのん」と言うので、いい加減パソコンの使い方を覚えてくれよと内心思いつつ、配信を終了させた。
追記 今日第1話を見たばかりだというのに「早く2話目放送せえへんかな」「DVDに録画できたら何度でも見られるのになあ」と仰る。「今日中やったら何度でも見られるで」「パソコン新しいのに買い換えさせてくれたら録画したんで」「そんなん富士通の買うんやろ」「そうや」「富士通高いやん」「その代わりブルーレイディスクやで」などとやり取りをする。日記にこの事を書いたというと「何書いたん」「なんか読まれて都合悪いこと書いたん」と検閲が入る。渋々ブログを表示すると食い入るようにチェックしてくれる。読み終えるとフッと笑う妻。「覚える気ぃなんか無いもん」である。
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朝娘達に起こされて犬の散歩を済ませてから朝食を取り、2階に上がって朝寝をしようとしたら妻から「ご飯食べて直ぐ寝たらあかん」と言われてしまった。それでもそのまま午前中は寝て過ごし、昼から少し出歩いてきた。家の中ばかりいても気が詰まるからだ。夕方までパソコンの前に向かって適当にネットサーフィンをして過ごす。2チャンネルを覗いてみると、二三日前からうちはだいこ=日本国憲法擁護連合=田中が暴れ回っている。
私の警戒心の欠如からふと漏らしてしまったことを巡って、うちはだいこの神経にはよほど障ったのであろう、罵詈雑言の嵐である。中核派のシンパを装い続けてきたが、ここ最近は本多書記長に対する無礼な書き込みをしたり党その物に対する悪口雑言をまくし立てている。もし近くに住んでいるのであれば出かけていって殴り倒してやりたい。本当に腹が立つ奴だ。
夕方になって食事の支度をすることになる。妻がご機嫌斜めであるので、私が久しぶりに台所に立つ。妻の立腹の理由は簡単で、最近の私は家事を殆どしない。「洗濯物も取り込んでくれへんし、干してもくれへん」「朝から晩まで寝てばかりで言い身分やなあ」「ご飯の支度も私ばっかりや」等々。すると娘達も一緒になって攻撃してくる。「洗濯機回しといても干しといてやっていってお終いや」云々かんぬん。針の筵である。そりゃあ休職していて家でゴロゴロしているのだから家事くらいしないと文句言われるわなぁ。
そこで今夜の献立であるのだが、妻が買い物してきた小松菜を薄揚げと一緒に炊く。ニラ玉汁を作り、モズクにスライスしたキュウリを混ぜて胡瓜水雲にする。生協の宅配で購入したエビフライと白身魚のフライを揚げる。油の温度が低かったようで最初の方に揚げたエビは少し生であった。「最近料理してへんから失敗したん」と言われてしまった。おまけに料理中のことであるが、次女が珍しいからと言ってわざわざ携帯電話を持ち出してムービーを撮影してくれた。流石に少し反省して今後は家事を出来るだけするようにしようと思うのであった。三日坊主かも知れないが・・・
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今日は朝から次女の歌織(仮名)が子供会行事で出かけるために、7時を少し回ったくらいに集合場所のJRの駅まで送っていった。ミステリー列車で目的地不明のお出かけである。駅に着くと歌織の学校の子供が多く、同じ制服姿の子供が沢山集まっていた。帰宅後、普段なら6時からしている犬の散歩を1時間以上ずらして行い、朝寝した。
昼食には少し早い11時過ぎに起こされる。昼からは長女の詩織(仮名)が受験する高校の入試説明会に親子で参加するので早めに食事を済ませる。正午になってから家を出る。最寄りの路線で三つ先の駅にあるその高校は幼稚園から短大まで有る学校法人で、偏差値はあまり高い方ではない。なにせ隣町に長年住んでいながら知っていたのは短大だけで、併設されている高校があるなどつい先頃まで知らなかった。詩織は以前にも何度か書いたのであるが不登校で中学には殆ど行かずフリースクールに通っている。その詩織でも何とか受かるのではないかという水準の学校だ。一応特進コースもあるのだが、今年度の入試結果を見てみると東大京大の合格者は居ない。私学でも早慶は勿論進学先にない。東京六大学で言えば明治と法政くらいで、関西の私学では関関同立の中で同志社だけは合格者が居ない。進学校とはとても言えない学校である。
詩織の場合は美術科を受験させようと思っている。夏に「体験入学」 と言う短い記事を書いたが、本当は4日の日曜にも体験入学があり、これに参加していれば推薦扱いでほぼ合格出来ると言われていた。ところが詩織は私に似て土壇場に弱い。当日の朝から8度6分の熱を出してしまい欠席と相成った。仕方ないので中学の担任に連絡を取り、取り敢えず今日の入試説明会には参加するよう指示を受けた。本人は中卒でバイトをしながら専業主婦をすると言っているが、将来を考えた場合高校だけは出しておきたい。
説明会の内容は色々あったのであるが、一番印象に残ったのは「入ってから伸ばす教育」という点であろうか。今年明治に合格した卒業生の例を話してくれたのであるが、公立高校では相当難易度の低い学校しか行くところがなかったようである。英語の偏差値は40ほどであったという。処がこの生徒は入学後に英語の苦手克服に成功し、明治の英米文学科に合格した時には偏差値が63~4有ったという。この生徒は例外ではなく良くある話だとも言う。この学校の場合特進コースの場合は授業が終了するのは18時15分で、殆どの生徒はその後自習室で勉強するという。土曜も休みではなく夏休みも10日ほどだ。公立に通っていた私からすると勉強漬けの毎日で大変だと思うのであるが、進路指導の先生の話では生徒の殆どは学習塾や予備校に通わず学校の勉強のみで現役で進学するという。公立に通って塾に通い、浪人して予備校に通われることを思えば、高校だけで完結するというのも気に入った。高いレベルは望めないにしてもそこそこの学校には進学出来るようである。
尤も詩織の場合は美術科であるから進学先は美大・芸大になるであろう。高校が美術短大の付属になっているので、ある程度成績を残せば内部進学が出来るだろうし、美大・芸大への進学はまあまあの様である。最大の問題は当の本人にやる気が足りないことであろうか。「無理して高校に行きたくない。学校は嫌いだ」と言われてしまった。親は何とかして受験させたいと思っているので、帰宅してから妻と私とで一所懸命に説き伏せて、どうにかこうにか受験すると言って貰えた。後は2月までやる気を持続させて貰うことが課題である。
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午前中はごろ寝して過ごし、昼食後は何とか起きていたが、今日も特に代わり映えのない一日であった。変わったことと言えば夕食後に勇樹(仮名)が言い出して双六をしたくらいである。一月ほど前から子ども達は三人で寄り集まって双六を作るようになった。その自家製のもので遊んだのであるが、中々あがれない。「難易度高すぎや」と私と妻が言う。これは我が家のルールにもよるのかも知れないのであるが、兎に角難しい。
指示が書いてあるマスで止まるとそれに従うのは当然なのだが、戻ったり進んだりと言う指示があるとその先のマスに書いてあることにも従わなければいけない。例えば、「二マス戻る」とあった場合戻ったマスが「1回休み」であれば休むことになるし、戻った先で「スタートに戻る」などと書いてあると、当然一からやり直しである。選りに選って上がりのすぐ前にこのようなマスがあるので後一歩の処で振り出しに戻ることが何度もある。そうそう、我が家では上がる際には丁度の目を出さないといけなくて、余分な目を出すとそれだけ後戻りしなければならない。その為上がる直前では振り出しに戻る危険が非常に大きい。全員が何度もやり直しになって中々上がれない。
「難易度考えて作れよな」と何度も私が言う。上がる直前の「振り出しに戻る」マスは妻の意見で作ったらしい。それだけで難易度は格段に上がっていた。お陰で家族五人全員が終了するまで約1時間半、何だかんだ言って遊んでいた。
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コメント欄で私の現状について色々と厳しい批判が書かれている。除名から三年の間にすっかり自堕落な生活を送るようになっていることに対しての批判である。実際問題として私生活のあり方は現役時代の党の三原則を守った規律正しいものから享楽的な物事の誘惑に負けてそちらに引きずられることも多い。勿論革命家と言っても人間であるから色々と迷いや悩みがあるのは当然のことであるが、果たして今のあり方でよいのかどうか真剣に考える必要があるだろう。取りわけ厳しい言葉で叱咤激励してくれている人々に対しては何らかの方向性を示す必要があると思う。
今の私は自分の体調などがよい時だけ集会や闘争に参加している。ある意味「共産趣味者」と言われても当然のようにお気楽な状況である。誰に対して責任を負っている訳でもない。勿論人事交流=強制配転に反対する近畿郵政労働者の会に関してはそれなりに責任のある行動が要求されているのではあるが。一人の労働運をと活動家として現状を肯定するのか、それとも再度革命運動に身を投じるのか。正直言って今の私は安楽な生活に慣れすぎている。共産主義者としての鉄の規律を厳守できるような状態ではない。職場においても度重なる病気休暇・休職によって影響力は非常に心許ない状況にある。
鬱病の中にあっても、或いは様々な障害を抱えながらも革命家としての生き方を貫いている人々を知るだけに何故私にはそれが出来ないのかと言うことについて真剣に考える必要があるだろう。一つには私自身の中にある甘えであろう。体調が悪いために商業新聞すら読むことが出来ない日が殆どである。しんどいために集会や会議についても今日は欠席という日がある。その事によって人に迷惑を掛けている。私が書けた穴を埋めるために負担を引き受ける人がいるからだ。職場に関しては実はあまり罪悪感はない。何故なら私の病気はリストラ鬱病であり発病させたのは郵政当局であると思っているからである。だが労働運動の面に関してはそうはいかない。
ではその様な病気の現状を克服するために必要なものは何であるのかと考えた時に、私には地区党指導部との間で本当の意味での同志的信頼関係を築くことが出来なかったことが大きい。病気によって心が挫けている時に指導部は情勢を提起し、一方的に話をすることが多かった。私の抱える悩みなどについては踏み込んで検討してくれたとは思えない点も多い。勿論自分の抱える問題について全てをさらけ出すことが出来なかった私にも大きな問題がある。だが20年間の活動経験の中で私の主張の殆どは指導によって圧殺されてきたと思っている。指導部を信頼できなかったことが非常に大きいので正直に話をずく器になれなかった面もあるのだ。
だがここである人は私の中に根深く存在する「下部主義」について問題があると指摘している。指導部が方針を出さないからと言ってその事に甘んじていて良いのかと言うことである。或いは指導部が間違っていると思った時に正しいと思えることを何処まで主張してきたかが問われるのである。私は今までの党生活の中で指導部に表立って異論を言うことはなかった。おかしいと思いつつも唯々諾々とそれに従ってきたことが殆どである。それは党の上層部の指導が正しいとして疑問を示さない自らの批判精神の欠如として現れていたと思う。
だが指導と自分自身との思いの乖離が、現実から逃避する様々な行動を倦んだことは確かである。党指導部との間で方針を巡る真剣で白熱的な討論が必要ではなかったのか。私にはそれが欠けていたように思う。指導部を指導部として鍛え上げるのは被指導部の重大な責任であると言っても良いかも知れない。
元々このブログは身辺雑記のブログとして始まった。郵政民営化問題に対して一人の郵便局員として意見を表明したことから次第に政治的課題を扱うようになり、自らの活動歴を公表するようになった。今では時事問題などを扱う記事の方が多いこともあるのだが、基本的には身辺雑記や自分自身の思うところをつらつら書き連ねるという点には変わりない。今後どの様に身を処するのか、色々と悩むことは尽きないであろう。
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昨日は次女と息子の小学校の休日参観であった。歌織(仮名)の方には妻が行き、勇樹(仮名)の参観は私が言った。妻の話では勇樹は参観の際に後ろを気にして振り向いたりして授業に集中しないというのだ。そこで私がしっかり見張っておこうと言うことになった。歌織の授業は先月行った広島と山口への修学旅行で平和学習をしたことについての発表会が体育館であったようだ。勇樹の授業は1時間目が音楽で2時間目が工作であった。
最近の授業の様子は私たちの頃とは随分変わっているようで、2時間目に合わせて机と椅子を廊下に出し、床に座り込んでリズム運動や音楽を聴いて表現されている動物を当てたりすると言う物であった。結構子ども達の感性というのは豊かなもので、動物当てではどの子も元気に手を挙げて次々と答えていた。笑ったのはクマンバチを表現した曲で勇樹が「悪魔」と答え、仲良しの子が「霊」と答えたのだ。クマンバチの狂暴さを表すために不気味な感じがしていたのだが、「動物」と言われているのに「悪魔」「霊」というのは一体何だ。動物の内なのか?
2時間目の図工ではビニール袋を使って前日に拾い集めてきた落ち葉を貼り付けて模様にし、服を作るというものであった。先生が作ったお手本だと葉っぱの形を利用して狐の形にしたりとハッキリ分かる物であったが、勇樹の作品は何を作っているのか聞かないとまったくわからない。花らしきものを作るので「チューリップかな」と尋ねると「バラ」だという。トンボが飛んでいる様子を作ったら羽がちぎれてしまう。結構難しかった。服と合わせて画用紙を捲いて作った帽子にも飾り付けをするのだが、息子の帽子は何となく兜のような印象がした。
今日は今日で朝から近所のガス会社が主催する展示会で獣拳戦隊ゲキレンジャーのショーがあるというので、せがまれて連れて行くことになる。今の家ではまだまだ手を入れたりリフォームする必要はないので、正味ショーと縁日で遊ぶことが目的である。開演の20分ほど前になるとステージの周りは子供連れで満員だ。見たところ大きい子は小学校3年か4年くらいまで見受けられるが、圧倒的に多いのは幼稚園児・保育園児だ。「ゲキレンジャー」「ガンバレー」と勇樹を含めて子ども達が声を枯らして声援を送る。ゲキレンジャーのピンチには悲鳴のような声援もあった。子ども達にとってはヒーローなのだ。そう言えば私も子供の時に仮面ライダーのショーで同じようなことをした覚えがある。
昨日今日と二日続けて子供のために出かけることとなったが、午前中だけで結構疲れてしまい午後は布団の中で寝て過ごすことになった。鬱病の全快まではまだまだ日にちが掛かりそうだ。
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ここ暫くブログの更新をする気力が湧かない状態が続いている。時事問題について書こうと思うと、少々気負いすぎたのであろうか筆が進まない。身辺雑記を書こうにも病気休職中でこれと言って特筆すべき事がない。それでも以前は色々と些細な事なども書けていたので、一体これはどうした事なのだろうかと思う。多分変に気取りすぎているのであろう。何か気の利いた事を書かねばならない。労働者の階級的立場から時事問題を分析・解説し、明確な提起をせねばならないと言った妙な意識が働いているように思う。常に階級的立場から物事を適切に分析し、方針提起が出来るのであれば、私は単なる一活動家ではなく指導部になれていたはずである。開き直って、不十分であろうと何であろうと好きなように思いついた事を書くのが一番良いのだろう。
夕食の後で、勇樹(仮名)が「六万掛ける六万はいくつだ」と問題を出してきた。勇樹は自分が答えを出せないような算数の問題を時々出してくる。「あんた答えは分かっているんか?」と次女の歌織(仮名)が突っ込みを入れる。勇樹は「十二万」と得意げに答える。「それって六万足す六万やろと長女の詩織(仮名)が言う。「六万掛ける六万なら三十六億やで」と私が教える。「お父さん足すお母さんは?」と歌織が言う。「お父さん足すお母さんって何やねん」と尋ねると、歌織は「子供」という「誰の事や」と私。「子供~」と歌織が繰り返す。「誰の子供やねん」「ほなら」お父さんの悪いところ足すとお母さんの悪いところは?」と私が言うと、最初に歌織が手を挙げる。続いて詩織と勇樹も手を挙げる。お父さんの良いところ足すお母さんの良いところは?」と聞き直すと娘達は沈黙である。唯一手を挙げたのは勇樹だった。詩織は「殆どお父さんに似てる。お母さんには全くと言うほど似てない」「よくご存知で」と妻。勇樹が「俺はどっちに似てんの」と尋ねる。「お父さん」とすかさず詩織が答える。「お母さんに似てるのは歌織」と続けるが妻が「お父さんにも似てる所あんで。変なこだわりがあるとこ。歌織は服とかシャンプーとか拘るし、お父さんはビールはエビスしか飲まへん」
そんなこんなでアホな話をしている内にトランプの大富豪をする事になった。言い出しっぺは勇樹である。妻は「訳分からん」とあまり乗り気でない。「逃げる」と行って詩織が2階に上がると「詩織は逃げ出した」と歌織がドラクエ風に言う。結局五人で大富豪をすることになったのだが、勇樹はルールを無視するし、妻は理解していていないので時々尋ねてくる。何だかんだで賑やかに時間を過ごしてから、風呂が沸いたので順次入浴する事になった。
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好天に恵まれ、今日は次女の歌織(仮名)と息子の勇樹(仮名)が通う小学校の運動会があった。歌織にとっては小学校最後の運動会、勇樹にとっては最初の運動会なので、「お父さん絶対見に来てや」と強く言われていた。特に歌織は団体演技組み体操で「六年生がいっちゃん沢山拍手して貰えるねん」と是非とも見せたいような口ぶりであったし、勇樹は勇樹で家でお遊戯の練習を何度も繰り返していた。ドラゴンボールの「摩訶不思議アドベンチャー」が曲目なのだが、私や妻に着うたを携帯に落とさせて伴奏に流すという念の入りようであった。
今日は市内の小学校全てが一斉の運動会なのだが、殆どの小学校に附属幼稚園があり、そこの園児達も一緒に競技や演技をしていた。小学生でも五六年になると大人と変わらない体格の子供もいるのだが、その中に混じって幼稚園児がチョコチョコ動いているのは何とも不思議な光景だった。一年生のかけっこでは勇樹は一等賞を取っていた。組み合わせのお陰であろう。小学生になってから自分は足が速くないと自覚したようで、保育園児の時のような大言壮語はしていなかっただけに喜んでいた。歌織は最初の競技が棒引きで、竹の棒を取り合うのだが、相手の陣地に運び込まれた棒であっても油断すると奪われてしまうため一進一退だ。赤青黄色緑の四色のチーム分けで、歌織は黄組、勇樹は緑組であった。
午前中はこの他に歌織は二人三脚、勇樹は玉入れを行い、昼食の休憩の後応援合戦があった。歌織は応援団になっていて、一所懸命チアガールを演じていた。結構練習したようで、それなりに様になっていた。ふけい競技の大玉転がしは参加せずに済ます。勇樹はお遊戯では一人悪目立ちしていた。一つ一つの動作が受けを狙っているのか大げさで、遠目にも良く分かった。おまけに時々テンポがずれて演技が遅れたりするので余計に目立っていた。親だから気になったのかも知れないが・・・ 六年生の組み体操はさすがに最上級生と言えるように素晴らしい出来であった。音楽に合わせてキビキビ演義が進み、見事に統制が取れているあたり一年生とは大違いであった。一日屋外にいたためか、入浴時に鏡を見ると顔が真っ赤に日焼けしていた。
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今日の夜テレビを見ていたら、「世界の果てまでイッテQ!」という番組で小学生の男の子が極真空手対ムエタイの試合をしていた。最初は別の番組を見ようとしていた息子に、「闘いやで、カッコええで」と言うと何となく興味を引かれたようだ。日本の小学生がムエタイの本場タイまで行って闘っていたのだが、ジムでの練習風景を見ていて5歳くらいの子供が大きなグローブを付けて殴り合いしているのを見て「僕よりちっちゃいのに強そうや」とか「カッコええなぁ」と言い始めた。対戦相手のタイの子供は7戦7勝中で12歳以下では敵がいない。将来のチャンピオン候補であるらしい。二人とも下手な大人より絶対強そうだ。
「極真ってりょうけん兄ちゃんがしてたやつやで」と言うと、「りょうけん兄ちゃんにおそわったん?」と尋ねてくる。「そうや、りょうけん兄ちゃん小学校の時全国大会に出てるやろ。お前も教わったらええねん」段々興が乗ってくる息子。格闘技を見て興奮するあたりやっぱり男の子だなあと思う。「父ちゃん、明日空手しよう。2階で」 「2階なんか狭いやんか」りょうけん兄ちゃんというのは近所に住む高校生で、小学生の時は極真空手を熱心に習っていた。今は止めてしまったようだが全国大会に出るほど強かった。息子にとってりょうけん兄ちゃんは優しくて強い憧れだ。
憧れと言えば小学生から中学生に書けて私も極真空手の総帥大山倍達に憧れていた事があった。影響された人が多いと思うのだが梶原一騎原作の「空手バカ一代」を始め一連の作品を読みあさり大山倍達の著作にもかなり目を通した。近くに極真の道場があったら入門していたかも知れないが、近所にあったのは剛柔流の道場だった。そこでも習えば良かったのだが極真とは方向性が違うらしいので今ひとつその気になれなかった。今のところ息子は剣道を習うつもりでいるし、私もその気なのだが、極真の道場が近くにあるので、そちらも習わせる事が出来れば良いなあ等と思ってしまう。何にしても息子のIga腎症が完治しない事には激しい運動は禁じられているのだが。
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レイバーネットに登録しているワーカーズコープアスランという編集プロダクションがある。もう何年前であったか、編集プロダクションの偽装倒産だったか何かによる解雇撤回闘争を闘っていたED労組というところの人たちが争議の過程で作った労働者共同組合である。久々にここのサイトを見ていたら鬱病を始めとするメンタルヘルスについての本を出していたのが目に付いた。「がんばらないで職場に戻ろう 家族と上司・同僚が読むメンタルヘルスの本」という物だった。さっそく本やタウンで購入してみる。ここは最寄りの本屋に届けてくれる関係で送料が要らないのでお得である。
この本は副題にあるように患者本人向けと言うより、その周囲の人にメンタルヘルスについての正しい認識を持って貰い、患者の社会復帰・職場復帰を側面から支える目的で作られている。読み進めている内に自分の職場復帰が何度も失敗に終わっている事の一つの要因が再確認できた。要は職場に復帰を受け入れる状態がないと言う事である。第五章「職場復帰をサポートしよう」に書かれているのだが復帰の目安として新聞の本文が読めるようになり活字が追えるようになることとある。私の場合は新聞を読めない状態が続いているので、復帰した物の本当に回復したとは言えない状態で無理をしていた事になる。処が郵便局の現場では98~9年頃から急速に労働条件が悪化している。精神疾患のある労働者を受け入れる状態を作る余裕ががリストラによって無くなってしまっている。
鬱病は思考力が低下する病気・脳の回転が衰える病気・気力が衰えやる気が起きなくなる病気である。復職できたとしても以前のような仕事は出来ない事を承知して勤務の軽減を行い、徐々に仕事を増やすように配慮する必要がある。私の局では99年に単独局総合担務(単独総担)が導入され貯金外務と保険外務との業務を一人の外務員が行うようになった。どちらもお金を扱う仕事なのだが内容は全く違う。一人で両方することがかなりの労働強化になった。導入当初は局の管轄地域を8人の職員が分担していたのだが、今では3人まで削減された。集金業務を受け持つ職員は8年前に比べて三倍弱の範囲を受け持つようになっている。その後00年に定額貯金の集中満期があり、これもかなり忙しかった。結局これらの動きに付いていく事が出来ずに01年の夏に本格的な鬱病になる。
仕事だけが原因ではないが最大の原因は郵政のリストラである。03年の郵政公社、07年の民営分社化とリストラは次々行われる。仕事を離れて復帰しても集金区は減らされ一人あたりの業務は増加する一方だ。そこに輪をかけたのが内務職員の減員である。01年に11名いた内務職員は今では6名に減った。その為外務員の集金を後方で支える業務が出来なくなり、「集金の効率化」という名目で集金業務が出来る日が限定されるようになる。毎日集金できていた物が特定の日にちに限定され、今では火曜と木曜以外には集金をするなと言われ実際に出来ないような状況が作られている。お客さん相手の仕事なのでそうそうこちらの都合のよい日にだけ在宅している訳ではない。だが、協定日という集金可能な日に合わせて無理をする。悪循環が続くばかりだ。
上司も同僚も精神疾患に対する理解がないためにこれらのリストラについて来られない方が悪いという感覚になる。実際にはついて行っている人間の場合でも青息吐息であるために余力がない。それだけに余計に足を引っ張るメンヘラーは厄介者扱いされる。私の職場だけではない。2チャンネルの郵政板には精神疾患を患う職員に対する罵詈雑言・差別の書き込みが後を絶たない。これは単に精神疾患の患者だけではなく内臓疾患などの病人に対しても、或いは人より仕事が出来ない職員に対してもそうである。日本中の郵便局がかつての国鉄分割民営化の過程で自分だけは首を繋ぎたい。その為に他人の足を引っ張るのが当たり前、弱者は辞めてしまえと言う雰囲気になっている。組合はJPU(旧全逓)も全郵政も経営の言いなりどころか労働貴族としての地位を守るために汲々として現場の労働者の事など全く問題にしようとしない。これで復帰が上手く行く方がおかしい。
職場に闘う労働運動が存在し、リストラに対して歯止めをかける状況でなくては、結局の処リストラ鬱病の患者が本当の意味で職場に復帰できる事はないだろう。如何にしてその状況を作り出すかが問題である。
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ここ暫く寝てばかりいる。息子が遊んでくれとせがむのであるが中々そうもいかない。居間でゴロゴロ寝ていると気に障るらしく、妻がイライラしてタバコの本数が増えている。そこに輪をかけて息子が騒ぐので妻の形相は凄まじい物がある。腹ばいに寝ていると勇樹(仮名が)ズボンの中に頭を突っ込んでくる。「何するんじゃド変態」と怒鳴り仰向けになると、今度は股間の方に頭を潜り込ませる。「遊んでー。遊んでー」と勇樹。妻の我慢が限界に来たようで「下で騒がんと2階へ行け!」と怒鳴られてしまう。すごすごと2階に移る親子であった。
「父ちゃん、まくら投げしよう」と言うので、寝室でまくら投げを始めることになった。何故か我が家には枕が沢山ある。私の分だけで四つあるし息子の枕は三つある。妻の分も三つに次女の歌織(仮名)の分が二つで、一つだけなのは長女の詩織(仮名)だけである。でもってその沢山の枕を使って二人でまくら投げを始めた。使ったのは五六個だったが、次から次へと枕が飛んでくる。息子も私も片手に枕を握って盾代わりにしつつもう一方の手で枕を投げる。時に二つ三つ連続で投げまくる。ドタンバタン、結構騒々しい。するとお約束であるが、妻が「2階で暴れンな」とお怒りだ。
仕方なくまくら投げは中止にして階下に降りる。今度は勇樹が割り箸をハリーポッターの魔法の杖に見立てて遊び出す。「ブラーキアム、エンメンドウ」とか「ワンツースリー、フェラベルト」などとやっていると歌織と詩織も参加してくる。勇樹が詩織に「杖構えて。エクスペリアームズ」と杖を飛ばす魔法を唱える。その内みんなふざけだして歌織が「マハリクマハリタ」と魔法使いサリーちゃんの呪文を言ったので、私が「テクマクマヤコンテクマクマヤコン」とか「ルミパスルミパスルルルルルン」と秘密のアッコちゃんの呪文を言う。段々脱線して「ちちんぷいぷい」だの「ポンポコリン」「ビビデバビデブー」とかやっていると歌織が「エクスブロード」とか言うテイルズオブシリーズの魔法まで使い出す。勇樹は勇樹で「やーっ」とかけ声と共に私の急所を突いてくる。親子でアホなことをしていると、最後は妻の雷が落ちたのであった。
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今日の午後、病院からの帰りに一旦停止無視の車に当てられてしまった。バイクが転倒して車体にかすり傷があった物の特に故障もなく、体の方も怪我はなかった。「そっち一旦停止やろが」と何度も怒鳴りつけた。相手はトラックで仕事の途中の移動か何かだろう職人風の男が運転していた。助手席の年配者が下りてきて「怪我はないですか」と聞いてきたので「何処も怪我はない」と応じる。その場はそれで終えて警察に届けも出さずに帰宅したら妻に叱られてしまった。
後で後遺症が出てきたり、実は骨折が後で分かったりして問題になっても、相手の名前も聞いていないし連絡先を聞いていない。病院にも行っていないので検査もしていない。後で症状が出てきた場合でもちゃんと届けを出していないと損害が認められないのだという訳だ。実際相手のナンバーさえ控えていないので、後から連絡の取りようがない。届けを出さなかったり検査をしていなかったために後から訴え出ても認められないことが多いようである。
妻の話では、最近は悪質な奴がいて、逆に被害者に対して損害賠償請求をしてくることがあるらしい。何でも交通事故がらみの入院患者で最近増えているのが、その様な輩だそうだ。後から難癖を付けて金を強請り取るそうだ。不景気の関係で仕事がないために、何でも金になりそうだと思ったらヤクザを介入させてくるという。一応任意保険には入っているが病気休職で収入が少ないところにそんな物が来ては堪った物ではない。「今度からちゃんと届けるようにするわ」と言うと、「事故したらあかん」と更に叱られてしまった。
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数日前から息子が「プールに行きたい」とせがんでいた。勇樹(仮名)に甘い私は「給料が入るまで我慢したら連れてったる」と言い聞かせていた。そしたら何と、友達数人に一緒に行こうと声をかけているではないか。オイオイ、友達の分までプール代見てやれんぞ。息子を窘める。おまけに「バーベキューがしたい」とまでねだってくる。「給料日まで待て」と我慢させるが、我が侭させすぎているかなあと少々反省。
今日はその給料日なので朝からテンションが高い高い。朝から支度して今か今かと待っている。市営プールは午後一時から開業なので幾ら朝から準備しても何の意味もないのだが・・・ すると次女の歌織(仮名)が「友達と一緒に行くから私も連れてって」と言いだし、更に長女の詩織(仮名)まで「暑いからプールに行きたい」と言い出す。結局子供達を連れてプールに行ってきました。
子ども達がめいめい遊んでいるので、私は久々に泳いでみたのだが、最初平泳ぎで25㍍プールを往復しただけで息が切れる。その後休み休み25㍍を8本泳いだのだが手足が怠くなってくる。運動不足がたたっていると実感する。その後プールウォークの説明に従って色々な歩き方をしてみたが、これまた結構堪える。ダイエットに良いというのも肯ける。何だかんだでヘトヘトになったが、息子は友達に出会ったので一緒に遊ぶと言って帰ろうとしない。娘達は適当に遊んだので先に帰ってしまった。何度も何度も「もう帰るぞ」と言い含めて漸う帰ることになった。疲れたので今日はきっと熟睡できるだろうと思う。
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今日は久々に家族でドライブに出かけ、田舎の川で遊んできた。最初は山奥にある○○村の渓流を目指していたのだが、途中から雨が降り出してきた。今朝の予報では山間でかなりの雨になるとのことであったので的中したのである。そこで途中から引き返し××町の大きな川で泳ぐことにした。妻と義母、義兄は川縁の木陰で荷物の番をしながら見物と積もる話に花を咲かせていた。
私は子ども達の監督を兼ねて川に入る。長女の歌織(仮名)と次女の詩織(仮名)とは多分心配ないのだが、息子の勇樹(仮名)はまだまだ危なっかしい。実際、詩織がまだ4歳の時にキャンプに行ったことがあるのだが、その時は川で遊んでいたら足を滑らせて流されてしまったことがある。案の定、勇樹は溺れかけた。マンガであるように足が付く深さの場所で滑って転び、あわてふためいて「溺れる! 溺れる!」と大騒ぎであったようだ。たまたまその時私は潜っていて気がつかず、歌織も何かに夢中になっていたらしく声が聞こえなかったようだ。結局、詩織が気づいて助け起こした。
その後潜水の競争をしたり、川を渡って対岸に行ったり、網で魚をすくって捕まえたり色々と遊んだ。勇樹と私とで伏し浮きの競争をしていたら、親子で流されてしまい急流に嵌ってしまった。深さは大したことはなかったが、足を付いて踏みとどまろうとしてもズルズル引きずられてしまう。気がつくと右の向こうずねをかなり擦りむいていた。帰り道が混むのを避けるために早めに帰宅して、夜は花火をすることにした。
夕飯が済み、日が暮れてくると、早く花火をしたくてしたくて勇樹は気が気ではない。「父ちゃんまだ~ 早よしよ~」と喧しい。二軒隣の女の子を誘ってくると言って尋ねていくと「また晩ご飯食べてやった」と報告してくる。「ともちゃんも誘ってくる」と別の家にまで顔を出す。少人数でするより沢山の方が楽しいので、花火をする時は大抵ご近所の子ども達に声をかけて呼び集めるのだ。7時から一時間弱の間賑やかに遊んでいた。
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昨日、一昨日と放送された「はだしのゲン」のドラマを見た。最初は放送局がフジテレビなのでロクな出来ではないだろうと思い、パソコンに向かって「基本問題 その5」を書いていた。次女の詩織(仮名)と息子の勇樹(仮名)が熱心に見入っているのを声だけ聞いていた。時折振り向いて画面を眺めはしたが、エノラゲイ号がサイパンを出発したあたりから私もドラマに集中することにした。原爆が投下された8月6日の朝、元と進次の二人が夕飯のパンとうどんを楽しみにしてはしゃいでいた姿が印象的だった。その後の惨劇、家族の別離がより物悲しいと感じられたからだ。
中沢啓治の原作を初めて読んだのは小学二三年で、週刊少年ジャンプに連載されていた時だった。当時はまだ70年安保沖縄闘争の高揚の直後と言うこともあり、ジャンプでも冒険が出来たのだろう。「戦争と革命の基本問題」が発表されたのと同時期だ。元たちの父親が戦争に批判的な発言をしたために「非国民」として迫害されていたあたりは身につまされる思いがある。何故なら現在の右傾化の情勢の中では、私の主義主張によって子ども達が虐められることがあるだろうからだ。場合によっては私への反発から短絡的に「愛国者」になってしまうかも知れない。元たちの長兄浩二がそうであったように。
原爆が投下され、倒壊した家の下敷きとなって父親と姉英子、進次の三人が生きながら焼かれるシーンでは涙がこぼれた。特に進次が「熱いよ~ 熱いよ~」と言って泣くところが胸を打った。同時に父親が元と母親に対して逃げて生き延びるように言い渡していたのを見て、私がもしあの立場だったら毅然として死に直面することが出来ただろうかと思ってしまう。二人を危険に巻き込むのを承知で自分を助けるよう足掻いたのではないかとも思う。
兄弟の会話など原作にかなり忠実であったように思う。それでありながら元が政二の看病をするシーンなどでは生きながらウジ虫に集られているのを省いたり、被爆直後の町で皮膚が剥がれて垂れ下がったまま歩く人々などのシーンは無かった。アニメでは表現されていたらしいが、さすがに実写のドラマでそれを映像化してしまっては衝撃が大きすぎるという配慮があったのだろう。歌織(仮名)と詩織とが学校で見たアニメとの違いを教えてくれた。
原爆投下の直後に生まれた元の妹友子が栄養失調で亡くなったり、悲劇が続くが、最後には元たちが麦のように逞しく再起するために広島に戻るところでドラマは終わっていた。希望を持たせる終わり方で良かったと思う。最後のシーンで老人となった元が平和公園を訪れていたのだがどの様な人生を送ったのだろうか。原作の戦後編が省略されているだけに気になった。
今日の夕食後、子ども達とドラマの話をした後で「日記に書こうか?」と尋ねると、直ぐテレビに影響される勇樹が「ダメじゃけえ。可哀想じゃ」と広島弁の真似をして言う。つられて娘達も広島弁の真似をして会話する。色々と思うことはあるが、わが子たちにも元のように逞しく成長して欲しいと思う。同時に、親としてどんなことがあっても戦争に突き進んでいる今の日本を何とかしなければという決意を新たにした。
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またまた「クレヨンしんちゃんの」影響である。息子の勇樹(仮名)が突然「カブト虫取りに連れてって」と言い出した。先週の話がオオクワガタを見つけに行くという話だったからだ。友達がクワガタなどを飼っているのも関係していたのかも知れない。とにかく山に連れて行けとせがむ。「おまえなあ、こんな昼間に行ってカブトが見つかる訳無いやろ。朝早く行くか夜に行くかせな見つかるかい」と言い聞かせて宥めようとすると。「ほんなら朝早起きして行こ」と言い出す始末である。おまけに友達と約束までしてきて、朝四時に我が家に迎えに来るという。
「ホンマに起きられるんか?」と半信半疑であるが、約束までしてきたというので仕方なく目覚まし時計を四時に合わせる。夜は睡眠薬を飲んで早めに就寝し、翌日に備えた。感心なことに息子は目覚ましより早く起き出した。さすがに遊びとなると早起きするものだ。普段は犬の散歩に同行することすら殆ど無いのである。少し待ったが、息子の友達はやってこない。そこで二人で山に行く。以前にクヌギが生えているところがあったので、そこに行ってみる。クヌギやサクラの木を蹴っ飛ばして、落ちてこないか調べてみるのだが、落ちてくるのは枯れ枝と前日に降った夕立の滴ばかりである。「父ちゃんおらへんなぁ」「しゃあないなあ。今日は帰ろうか」と二時間ほど探して諦めた。
夕方になって夜も探しに行こうと言いすので、言っても聞かないのが分かっているから再び山に行く。電灯に寄ってきていないかと見てみるのだが、飛び回っているのはカナブンと蛾と蝉くらいだった。そこで帰宅してから妻の実家に電話して、妻の長兄におねだりをする。ここより田舎なのできっと居るに違いないと思ったのである。そして今日妻の長兄と義母が泊まりに来て、おみやげに10匹ほどのカブト虫とクワガタ虫とを持ってきてくれた。息子は大喜びで水槽に入れたカブト虫やクワガタを弄ったり眺めたりしている。何でも最近は田舎でも業者のような人間が根こそぎ取って行っては都会で売りさばくので中々見つからないという。かなり苦労して集めてくれたようだ。息子は今日は「おっちゃんと寝るねん」と言って客間に自分の布団を敷いている。来客があるといつものことである。どうやら今夜は息子に蹴飛ばされずに熟睡することが出来そうだ。
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最近息子は釣りに嵌っている。連日のように釣りに行こう釣りに行こうと煩くせがむ。きっかけは7月の始めにとある山の麓に遊びに行った際、最初はカブト虫やクワガタ虫を探していたのだが、途中から釣り堀の魚に目が行ってしまった。地元の人たちがヘラブナを放流して、釣りに夢中になっているのが楽しそうに見えたのだろう。自分でも先の尖った棒きれを銛に見立てて魚を付こうとした。帰宅するや我が家にあった延べ竿で釣りに行きたいと駄々をこねる。何年か前に娘達と一緒に近所の川で釣りをした際に買った物で、とうの昔に仕掛けなどは失っている。仕方がないので隣町の釣具屋まで予め用意されている仕掛けとエサのミミズを買いに走った。
川幅4~5㍍のさして深くない川なのだが、鮒か鯉が居るようで、時折釣りをしている人がいる。延べ竿に仕掛けを付けて暫く流してみる。「父ちゃん父ちゃん、引いてるで」と息子が教えてくれるのだが、どうもタイミングが合わなくてエサばかりとられてしまう。だがバレてしまった物の引きは強かった。釣れたら儲けモンと言うくらいの気持ちで息子と交代する。「こんがらがった」と、息子はお祭りをしてばかりで一向に釣りにならない。ジリジリ照りつける夏の日差しの中でも結構粘る。すると退屈なのは私の方である。一旦棹をしまって場所を変えることにしたのだが、釣具屋に行って二束三文で売っている振り出しの棹を二本買う。私の分と息子と分とである。ついでに仕掛けも買い足した。
夕方は釣り場所を池に変える。ここも魚影はあるのだが、一向に釣れない。私も息子も下手なのである。引いていてもタイミングが合わずエサを取られるばかりであった。夕方も6時を回り、次女から「いつ帰ってくるの」と問い合わせのメールがあったので納竿にして帰宅する。数日おいて再び同じ池に行く。近所の人の話ではブラックバスが居るらしく中々釣れないとのことである。ルアーを用意する余裕はないので諦めて帰る。その後も何度かこの池に行くのだが、やはり全く釣れない。別の川に行ったり色々場所を変えるのだが、未だに釣果は上がらない。今日は夕方から最初の川に行ってみたが、やはりエサを取られてばかりだった。ここまで釣れないとムキになってくる。明日こそは絶対釣ってやる等と思いながら帰宅した。
(注 「釣りキチ三平」は矢口隆雄が30数年前に週刊少年マガジンで連載していた釣りの天才少年が主人公のマンガである。10年ほど前にリバイバルというか続編があったらしいが、そちらは未読である)
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今日と明日は長女の詩織が進学を考えている高校の体験入学の日である。詩織が不登校なのは以前にも何度か書いたが、美術関係の学校に進みたいと言う。最初は近所にあるフリースクールの高校版への進学を奨めていたのだが、将来は漫画家に成りたいから絵の勉強をしたいと全日制の高校の中からいくつか選び出した。公立で美術科が有るところは、とても今の成績では無理なので、私立を紹介してもらった。
体験入学で実技を見られる。そのかわり受験の際はその分まけてくれるようだ。試験科目も国語と英語と実技だけなので、かなり負担が少ない。合格出来て入学した場合でも、授業は美術中心なので着いて行き易いと思う。
問題はどの科目も不登校のせいで合格レベルにはまだまだ程遠い事だ。後五ヶ月でどれだけ頑張るか、詩織次第だ。出来れば合格して欲しい。親バカである。
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昨日掲載した記事「難儀なことに元の木阿弥。 明日から一月病気休職です」で休職となった場合の手取りが、削減されて4~5万円であることを「四五万」と表記したところ何人かの人が45万と勘違いしてくれた。私としては「しごまん」と読んで欲しかったのであるが。困ったのは同僚の一人がメールを送ってきて質問してきたことである。「おいおい、俺の本俸どのくらいか知っているだろうが」と言いたくなった。
確かに漢字で数字を表記する場合「四、五万」「四五万」のどちらも「しごまん」と読むし、同じ「四五万」と表記しても「よんじゅうごまん」」と読む場合もある。その他にも同じ漢字を書きながら前後の文脈によって読み方が変わる言葉は沢山存在している。勿論「音読み」と「訓読み」の違いもあれば、訓読みが複数存在し、読み方によって全く違う意味になることもある。古文や漢文の読み方が入ると更にややこしい。そこに加えて明治以降の支配階級国家権力が日本の伝統・文化・歴史を徹底して破壊し続けてきたので少しでも流行の表現から外れると読み解くことが出来ない人間が大量生産されている。
政府を始め官公庁の文書で意味不明のカタカナ英語が羅列されているのを苦々しく思う思う人は少なくないだろう。或いは企業の名称や商品の名前がカタカナであったり英語を初めとずく外国語であったりしてちょっと見ただけでは意味が分からない。これは年配の人ほど日本語が崩壊していると実感しているのではないだろうか。介護保険で不正請求を繰り返して事業を分割して売却することになったグッドウィルグループのコムスンなんざ何の会社か字面だけでは分からない。それこそ犯罪を犯したことと関連して社名の由来が報道されて初めて知った人の方が多いのではないだろうか。
脱線したので元に戻すが、句読点が一つあるかないか、句読点が何所にあるかによって同じ文章であっても全く意味が違ってくる。文章を書く場合出来るだけ分かり易く、出来るだけ正確に伝わるように心がけていたつもりであるが、それでも誤解・誤読を招くことがある。このブログは娘達も読んでいるので、娘達が知らないような外来語は使わないこと、出来るだけ大和言葉を使うこと、漢語は国語辞書に載っている物を使う様にしているのだが、まだまだ分かり易い文章を書けるようになるには修行が足りないようだ。
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ここ数日体調が思わしくなく、職場を何日か休んでしまった。郵政内部の規定によって明日、病気休職の発令となる。病気休暇と病気休職との大きな違いは民間企業で働く人からは「公務員の特権」と思われるだろうが、基本給が支給されるか削減されるかである。勤続年数によっても違うのだが、病気休暇期間中は基本給が保障されている。休職になると基本給が一部カットされる。短期長期の共済(民間で言う社会保険と厚生年金に相当する)などの掛け金を引かれると、手取りは四五万である。生活は非常に厳しい。まあ何というか病状について言えば大波ではなく小波なので、何とかして九月には職場復帰をしたいと思う。
しかし何というか、昨日の参議院選挙の結果報道を色々目にするに付け、小泉政権五年半の矛盾が一気に吹き出した様が見て取れる。元々安部は敗戦処理の為に経験不足のボンボンを総理総裁に起用したのではないかとすら思えてくる。過去最低記録を一議席上回るだけという今回の結果は、必ずしも諸手を挙げて喜ぶことの出来る無いようではないと思う。何故なら護憲を掲げる左派勢力は議席を減らしているからである。民主党は改憲派から護憲派までの寄り合い所帯である。前原誠司のように改憲派のミリタリーオタクが当選している反面、山口選挙区で戸倉多香子さんが惜敗するなど、内心忸怩たる思いがある。
私の住む地域では、以前の記事でも書いたが民主党候補が改憲派ではないようなので一票を投じ、自民党を下して当選したのだが、比例区で社民党の一議席減、九条ネットが議席を得ることが出来なかったことなど色々と反省すべき点は多いと思う。細かい分析は私の力量を超えているが、護憲勢力にとっては望ましい結果とは言えないと思う。良く言っても自民が大幅に減少することで改憲策動が一時停滞したという程度ではないだろうか。
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鬱病になってから、色々とサプリメントだの健康食品に興味を持つようになった。にがりが良いと言われるとご飯を炊く時に混ぜたり焼酎の水割りに垂らしたりしてみた。ミネラル補給によいらしいからだ。お酢が良いと言われると香醋がカプセルに入った物も飲んでみた。どうも体質に合わないようで、どちらもこれと言った効果がない。食事については出来るだけ和食中心にして野菜を多くとるように心がけ、妻子の健康も考えて出しを取って薄味にするようにしている。息子の腎臓病と妻の高血圧にとって塩分の濃い味付けは良くないからだ。
そんな中で最近私に合っているらしく体調に非常によいのが「天平宝漢」と言う漢方薬の錠剤だ。飲み始めて数日で効果が出てきた。本来は一日三回の食後に各20錠を服用するようになっているのだが、昼間は仕事先に持って行くのが面倒なので朝食と夕食の後の二回だけ飲んでいる。体が非常に軽くなったのだ。目覚めもすっきりしている。効能を読むと滋養強壮・虚弱体質・肉体疲労・病中病後・胃腸虚弱・食欲不振・血色不良・冷え性に効くと有る。私の場合鬱病によって睡眠障害がある為に睡眠薬を飲まないと眠れないことがあるので目覚めは良くない方だ。また、少しのことで疲れやすくなっているし胃腸も丈夫ではない。鬱の症状が酷い時は食欲もないのである。飲み始めたのはまだ二ヶ月ほど前なのであるが、それ以来体調がすこぶる良い。処が、十日ほど前に買い置きが無くなってしまい、服用を辞めた途端、全身に倦怠感が重くのしかかってきた。ここ数日は朝起床してからも今で横になっていることが多かった。今日、我が家にやってくる配置薬会社の人に頼んで届けて貰い飲んだところ、怠さは幾分マシになった。漢方薬は飲み続けなければ効果がないのであるが、この薬は結構効き目があるようだ。
成分は人参(オタネニンジン)・オウギ・甘草・ビャクジュツ・地黄(ジオウ)・当帰(当期)・芍薬(シャクヤク)・大蒜(ダイサン)・桂皮(ケイヒ)・ブクリョウ・生姜(ショウキョウ)・黄柏(オウバク)・柴胡(サイコ)・午黄(ゴオウ)である。
奈良は富山の薬売りと並んで売薬・配置薬の会社が多い。そう言った中小企業が産官学で共同開発した薬だという。我が家に来る配置薬会社の人に勧められて購入したのであるが私の体質には合っているようだ。我が家に来ている業者は奈良県御所市にある和田製薬という会社の人で、所在地は御所市池之内340(電話0745-68-5624)である。通信販売をしているかどうかは分からないが、近畿各地で販売されているのでもしかしたら奈良に本社がある配置薬の会社なら取り扱っているかも知れない。
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今日は詩織と歌織を連れてキタにある大型書店をはしごしてきた。元々は先週の三連休の間にする予定であったのだが、台風の接近の為に一週間延期となっていたのである。お陰で京都で開催された「戦争とピンハネに講義する『ただのデモ』」には参加し損ねた。この集会については草加さんの「旗旗」で呼びかけが掲載されていたのであるが、娘達との約束を優先せざるを得なかった。
まず最初に立ち寄ったのが、地下鉄御堂筋線の一番北側の改札口を出て直ぐそばにある画材店である。何故画材店に寄ったのかというと、娘達は二人とも絵が好きだからであり、長女の詩織は美術関係の学科を持つ高校への進学と、将来美術関連の仕事に付くことを希望しているし、次女の歌織も似た様な考えを持っているからだ。近所の文房具店では手に入らない様々な画材を前にして、二人の目は輝いていた。「これ何に使うの?」と雲形定規の使い方を聞いてくる。「ペン用のコンパスって有るんや」「羽箒って何に使うの?」トーンナイフやトーンをばたつける為の専用のヘラなどについても色々聞いてくる。一応かつては美術部に籍を置きマン研に出入りしたり同人活動をしていたので使い方などを教える。結局買ったのはペン軸とペン先とイラストの入門書であったが、娘達にとっては宝の山であった様で「お小遣い貯めてまたこような」などと言い合っている。
次に立ち寄ったのは阪急三番街の紀伊國屋書店である。文房具コーナーにはライフの原稿用紙がおいてあって、昔、ワープロ専用機やパソコンが普及する前にはよく買いに来たことも思いだした。少なくとも私が使った物の中では一番書きやすかった記憶がある。色々と物色しては見たのであるが、娘達の琴線に響く本はなかった様である。或いは店内の配置が分かりにくかったのかも知れない。愕然としたのは昔と違い社会科学系統や社会問題・思想関係の本の売り場面積が激減していたことだ。ガッカリしつつ紀伊國屋書店を後にして阪急ファイブ、今はHEP5と呼ぶのであったか、にある紀伊國屋書店のマンガ館を探した。確か昔は存在していたはずだが、記憶違いなのか、店舗改装でなくなったのか、見つけることが出来なかった。ナビオ阪急の前の路上では与党の候補者が支持を訴えていたのでヤジって通り過ぎた。
旭屋書店に行く途中、梅田の歩道橋に沢山の群衆が集まっていてどこかの創価芸能人らしき輩の歌声が聞こえていた。旭屋書店では美術関連の書籍のコーナーで色々とイラストや作画の資料になりそうな本を物色する。娘達はそれぞれマール社や成美堂出版の本を手に取る。貧乏人には結構値が張るがそれぞれ共有することを条件に購入する。文庫本の階であったか歴史書の階であったか、自分用に岩波文庫の「論語」を買い求め、長女の受験勉強用に「枕草子」を購入する。適当なところで喫茶店にでも入って一服しようかと思ったのだが、昔は店内に数件有った喫茶店が無くなっている。その代わりと言っては何であるがDVDコーナーとマンガの売り場が出来ていた。久しく足を運ばない間に色々変化がある物だ。店を出るとカルト宗教の政治団体の候補者が絶叫していた。見ていて胸くそが悪くなり、聴衆の反応や発言を聞いて不気味さを感じた。自公連立政権の中でも公明党だけは絶対落とさねばならないと強く思った。
昼食にお好み焼きを食べた後で立ち寄ったのは、ジュンク堂大阪本店である。1階はマンガ売り場で、マンガの古典とも言うべき本の復刻版が大量に並べられている。喉から手が出そうになるほどそれらを凝視しつつ、結局2階の売り場に移動する。ここで更に娘達用にポーズ集を購入する。二人ともファンタジー系統のイラストを描く為に、刀槍を持った人物のポーズが役に立つ様である。私はと言うと友人の為にと思って岩波文庫の「国家と革命」を探したのであるが見つからない。岩波文庫でも国民文庫でも、革命情勢が近づいている為に絶版にしていると聞いたことがある。今こそマルクス主義的国家観を明確にした「国家と革命」が読まれるべき時代ではないかと思うのであるが。3階で新左翼関連の書籍を見つけたので購入する。反戦青年委員会を組織した人の本である。私的には左翼的書籍の品揃えが良かったのはジュンク堂だと思ったのであるが、娘達にとっては旭屋書店が一番気に入った様だ。
旭屋書店とジュンク堂とで気づいたのは、カクマル系の出版社であるこぶし書房とあかね出版の本が大量に並べられていたことである。カクマル黒田の私物とも言えるこの出版社の売り上げは、基本的にはカクマル本体にではなく黒田家の収入になるそうであるが、それでも前進社の出版物が全く置かれていないことと比して営業力の差を感じた。本多延嘉著作選や清水丈夫選集を始め、野島三郎さんの「革共同の内戦論」や島崎光晴さんの「現代帝国主義論」など様々な良書がありながら店頭に並んでいない事が悲しくなった。革共同出版局には是非とも奮起して貰い、党系列以外で党文献が簡単に手に入る状況を作り上げる為に奮闘して欲しいものである。
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散歩の中で時子女の歌織(仮名)が突然「平清盛って誰?」と聞いてきた。「平清盛は平清盛だよ。人の名前」 すると「太宰府天満宮って何所にあるの?」と続く。「福岡やで。菅原道真って言う人を祀っているんやで」「どんな人?」平安時代の人でとても頭の良い人だったんだよ。だけど当時権力を握っていた藤原氏に睨まれて太宰府に流されたんだ。そして道真が死んだ後で藤原氏の主立った人たちが次々落雷なんかで死んでいったから、道真の祟りだってなって、天神様として祀られたんだ。学問の神様でもあるんだよ。平将門って言う人が関東で反乱を起こして独立しようとした時の旗印が火雷天神なんだ」「昔は関東では平氏の方が勢力が強かったんだけど、前九年の役と後三年の役とで東国では源氏、西国では平氏が強くなるんだ」
「源氏と平家って、壇ノ浦って言うところで戦ったんだっけ?」 「そうだよ。源氏の大将が源義経で、平家の大将は誰だったかな。とにかく源氏と平家の決戦だったんだ。海流というのがあって、流れに乗って攻めた方が有利なんだ。川上から川下を攻めたり、風上から風下を攻撃したり、高いところから低いところに攻め下るのがそうなんだ。潮流は変わることがあって、最初は平氏が波に乗っていたんだけど、流れが変わって源氏に有利になるんだ。そして平氏は滅亡する。その時死んだのが安徳天皇って言って、確か三歳か四歳だったと思うよ。(正しくは八歳。即位したのは二歳で実権は平氏が握っていたお飾りの天皇である)沢山の人が入水自殺したんだけど、中には泳ぎの得意な人がいて、鎧を着てても泳げるんでもう一枚重ねて着て入水したひとも居たんだ」
「崖を下って攻めた闘いもあったよね?」「一ノ谷の合戦だね。これも源義経が大将だったんだけど、崖を下っていく鹿を見て、『鹿も四つ足、馬も四つ足。鹿が通えるならば、馬も通えよう』と言って崖を行下りたんだ。平家は一ノ谷の入り口の生田に陣を張っていたから、後ろから攻められて大混乱になって負けたんだね。その後色々合戦があって壇ノ浦で決戦になったんだ」
「安徳天皇って言うのは子供だから政治のことなんか出来ない、二歳で即位しているからね。天皇の内十数人は在位中に殺されているし、二十数人が追放されているんだ。(このあたり記憶が正確ではない)その時々の権力者にとって都合の良い人間が天皇になったんだね。そして邪魔になると殺されたり追放されたわけだ。天皇が日本で一番えらいなんて言うのは伝統でも何でもないんだ。寧ろ権力者が使い捨てにするのが日本の伝統なんだね。昭和天皇裕仁も『軍部に反対していたら殺されていたかも知れない』てなことを言っているんだ。今の平成天皇だって平和憲法を守るって言っているから、右翼からすると邪魔なんだ。右翼に暗殺される可能性もあるね」
「パパは歴意の話になると長いね。社会の中で地理と歴史と政治経済とでどれが一番好き?」「歴史だね。でも学校の先生はお金を貰って授業しているから、信じてもいないことを教えることがあるからね。特に権力者の都合の良いことを教えるから注意するんだよ。教科書に書いてあることは政治家に都合の良いことばかりだからね」等々、夜の散歩をしつつ歴史教育をするのであった。
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今日は久々に当日欠勤をした。朝から体が怠く、吐いた上に下痢をした。原因は先週職場のとある小人物が下らない言いがかりを付けていたことが気になった為である。鬱病が完治していないので、下らないイチャモンでも苦になってしまう。先日来その件は気にしないように気にしないように気をつけていたのであるが、ふとした弾みで頭から離れなくなった。子供がいじめっ子がいるから学校に行きたくなくて熱を出したりするのとまったく同じ状態である。
件の小物は、私が勤務時間前にラジオ体操をしないことがいたく気に入らないようで、職場の朝礼で勤務時間外でも一緒に行動するのでなければ仲間ではないなどと、まるで女子中学生がトイレに行くのも弁当を食べるのも一緒でないと友達ではないというのとまったく同じ感覚の持ち主である。一人一人の人間が別の人格を持ち、趣味や嗜好が違うと言うことが、還暦を迎える年になっているのに分からないオコチャマである。この雑魚は、日頃から右翼的言辞を吐き、挑戦に対してミサイルを撃ち込めだの「日の丸」「君が代」に反対する教育労働者の首を切れなどと平然と公言している為、元々私とは折り合いが悪い。
特に気に入らないのが、この俗物が風見鶏のように器用に力有る物に媚びへつらうところである。昔の自慢話で、30年ほど前に組合の文化祭に出場したり色々していたというのであるが、当時の組合は強かった。処が80年代以降全逓が弱体化し、当局に一方的におしまくられ、今では組合員に対する抑圧装置以外の何物でもなくなると、昇格試験を受けて管理職になった。病気の為に一般職に降格したのであるが、今でも当局に対する忠誠心は旺盛であり、私が当局やJPU本部を批判することが気に入らないらしい。私は不器用であるから、その時々に勢いのある物に阿諛追従することなど出来ない。どうしてもこのような輩とは相性が悪い。
鬱病によって気力が萎えていなければ、このような下らぬやつの戯言を聞き流す余裕があるのだが、残念ながら今はそうではない。早く心の健康を取り戻して鎧袖一触出来るようになりたい物である。
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一昨日の日記で、7月一日の反弾圧闘争に息子と一緒に参加することを書いたのであるが、困ったことに勇樹(仮名)が学校の終わりの会で「日曜日に警官やっつけに行くねん」と言いふらした様である。驚いた担任の先生が色々問いただしたところ、日頃の薫陶宜しく勇樹は国家権力警察に対する敵愾心を全面的に表明したようである。さて、驚いたのは担任の若い女の先生である。わざわざ我が家を尋ねてきて息子の物騒な発言について妻と色々話をして帰ったらしい。妻は激怒して息子に謹慎を命じた。いつもなら帰宅して宿題を済ませると日暮れまで遊んでいるのだが、勉強部屋で反省をさせられていた。この件に関しては私が口止めをしていなかったのも悪い為に、息子に対して詫びた。妻は日曜に反弾圧集会に参加するのまで禁止すると言い出す始末であった。私としては、妻が禁じても息子を連れて行く予定を変える気はないのであるが、色々とややこしい話である。
話変わって、貯金保険の外勤をしていると、親しくなったお客さんから色々とお裾分けなどを頂くことがある。実は昨日伺ったお宅で、三度豆をいただいた。定期貯金をしていただいた関係で今日通帳をお返しに伺ったのであるが、すると更に、家庭菜園で取れた野菜を頂いた。無農薬で栽培した胡瓜・シシトウ・茄子・ピーマンを貰った。そこで今日は去年作ったことのある胡瓜のスープご飯を作ってみた。一口大に切った胡瓜を鶏ガラスープで煮込み、水洗いした冷やご飯に生ハムを載せてかけるのであるが、結構講評であった。実は昨日の時点で胡瓜を貰えることになっていたのでその事話したところ、娘達からリクエストがあった。丁度去年息子が腎臓病で入院している時で、妻が付き添いで泊まり込んでいた時にテレビで見て作ってみたのであるが、娘達が覚えていたようである。処が作り方をすっかり失念していた。すると長女の詩織(仮名)が、「お父さん日記に書いていたで」と教えてくれた。検索すると確かに「胡瓜のスープご飯」http://rounin40.cocolog-nifty.com/attenborow/2006/07/post_0733.htmlと言う記事を書いている。案外自分のしたことは忘れていても、他人に指摘されて思い出すことが有るものだと思った。食卓に提供したところ妻と勇樹にも好評であったので、我が家の定番メニューになりそうである。
貰ってきた胡瓜は自宅消費用である為に無農薬で栽培されていたものだった。農薬や化学肥料を使っていない為に胡瓜本来の味が濃厚である。妻は農家の娘で、子供時分にはおやつ代わりに生の胡瓜を囓っていたのだが、「ほんまもんの胡瓜の味や」と大喜びである。子ども達も食事の支度をする間に生の胡瓜をボリボリ囓っている。スーパーで売られている農薬まみれの物と違って、本当に美味しい。庭が有れば家庭菜園でもしてみたいのであるが、中々そうも行かない。お客さんに気に入っていただいてお裾分けを頂く機会を増やそうと思う次第である。
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今日は仕事帰りに散髪に行ってきた。実は冬から少し伸ばしていて七三風に流したような髪型にしていたのであるが、ここ数日夏日・真夏日が時折ある為に、鬱病によって自律神経失調となり、体温調節機能が壊れている私にとっては滝のように汗が流れて髪の毛が汗だくでびしょ濡れになってしまう。ついでに言えば服用している薬の副作用でやたらと喉が渇くので大量に水分も取っている。毎朝出勤前にシャワーしているのだが、それでも全身汗みずくである。そこで以前のようなスポーツ刈りに戻すことにした。
近所の散髪屋に予約を入れて、帰宅途中に寄ったところ、予め散髪に行くことを妻に言っておいたにも拘わらず、帰宅が遅いので次女の歌織(仮名)が私を探しに来た。散髪屋にいることを見つけて報告に帰ると、暫くして息子の勇樹(仮名)がやって来て、「ついでに勇樹と歌織も切ってもらえって言われてん」と言う。「オイオイ、お父さん自分の分のお金しか持ってないぞ」と答える。処が勇樹に続いて歌織もやってくる。散髪屋のご主人は「後でも結構ですよ」と言ってくれるがそうも行くまいと思い、スーパーに設置してある郵貯のATMなら六時以降も稼働しているし、時間外や土日祭日も手数料が無料なので、子ども達の髪を切って貰っている間におろしに走った。ご主人との話の中で「今は国営で郵便と一体なので時間外でも郵便の職員がいるから人件費は余計にかからないけど、民営化して分割したらどうなるんでしょうね。銀行はATMの管理を外部に委託しているから手数料を取っているけれど、郵便局もそうなるかも知れませんね」となった。営利に走ると手数料を取るようになるかも知れない。不便なことだ。
子ども達の散髪が終わって帰宅してから夕食となった為に、今夜は7時半頃からの夕食となった。私一人なら普段の6時半前後に食べることが出来たのだが・・・ 最近はダイエットの為に朝食前と夕食後の2回犬の散歩をするようにしている。以前はどちらか1回であった。散歩の途中で勇樹が「お父さんの小学校はどこ?」「中学校は?」「高校は?」「大学は?」と次々聞いてくる。小学校から高校までは答えたが、「大学は行ってへんよ。落ちたから」と言うと、妻が「お父ちゃんの古傷に触れたらアカン」と宣う。続いて長女の詩織(仮名)が「お父さんが大学受かってたら、私らいてへんかも知れへんで」というので「絶対存在してへん。お母ちゃんと出会う機会なんて無かったはずやから」と応じる。
暫くして「腕時計がおシャカになってん。もしかしたら電池が切れただけかも知れへんけど、新しいの買わなアカンかも知れへん」と言うと、勇樹が「おシャカって何?」と聞いてくる。すると詩織が「壊れたとかダメになったって言う事やで。お釈迦様のおシャカ」と教えてくれる。「そうかぁお父ちゃんの頭もおシャカなんや」と勇樹が言う。「おシャカやおシャカや」 それって大学に落ちたことか? それとも鬱病という精神疾患にかかっていることか? とか内心思っていると、詩織が「一番おシャカなんは勇樹やけどな」と助に入ってくれる。そこで一同大爆笑となった。今日の日記はこれにしようと思った。帰宅してJPU全国大会の会場で代議員・傍聴者に対して撒いた反対する会のビラをホームページに掲載してから入浴し、日記を書き出したので、今夜の更新はいつもより遅くなった。郵便局の労働運動に関心のある方は、反対する会のホームページと掲示板もご覧頂きたい。
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今回は少々下ネタが入りますので、お好きでない方は読まないで下さい。
実は土曜日出勤の為に実現不可能になってしまったのであるが、月末の30日に秋葉原に行こうと思っていた。革命的萌え主義者同盟(革萌同)・革命的オタク主義者同盟(革オタ同)・革命的非モテ同盟(革非同)のオタク三派による秋葉原解放闘争が企画されている。石原都政による、利権まみれの秋葉原再開発や町ゆくオタク達に対する身体捜索(カッターナイフやトーンナイフを持っていただけで逮捕拘留するという治安弾圧。これは80年代に革命的左翼に対して導入されたのが初めだと思う)あるいは公道上でコスプレをして踊っているだけで強制排除するなどの警察の横暴に対しての反撃である。エロゲーやエロマンガに対する表現規制などに対する抵抗でもある。詳しくは「6・30アキハバラ解放デモ!公式サイト」をご覧頂きたい。
ハッキリ言って私はスケベである。正直に公言できるようになったのはここ数年のことであるが、それまでは左翼にありがちなムッツリスケベであった。そこで6・30には十数年ぶりで「反戦青年委員会」の格好で登場しようと思い、ヘルメットも用意していたのであるが、冒頭にあるように民営化に向けた研修の為の土曜日出勤で叶わなくなった。三人の子持ちであるので、当然のことであるが男女の営みはしているわけである。人間として以前に動物として極々当然の行為である生殖行為を隠したりしていて、果たしてそれが人間らしいことなのだろうか。(別に行為を人に見せる趣味はないが)革命家はかくあるべしと言う意識からあれが出来なければならない、これはこなせなければいけない、こんな事はしてはならない、色恋にうつつを抜かしてはいけない、等々自分をがんじがらめに締め付ける傾向があった。でも果たしてそれで人間解放が出来るのであろうか。
保守政治家・資本家・右翼・ヤクザなどは、富と地位と権力とで異性を好きにしているのであるが、それは「男の甲斐性」として容認されている。若い世代の性の乱れを「嘆いて」見せているこういった連中の方が、実はもっと酷い形で性を商品化しているのだ。女性を道具扱いしている。ナンパしたりされたりでセックスしても良いではないか。それなのにこういった保守反動の連中は「貞節」を女性に押し付ける。戦後まもなくまで全国で夜ばいの風習はあったし、江戸時代はセックスの相性を確かめてから祝言を挙げるのが庶民の間ではごく普通のことであった。処女性など何の価値もおかれていなかったことは網野義彦氏の歴史書を読めば一目瞭然である。拙稿「日本の歴史をよみなおす」を参照していただきたい。
実際問題として児童ポルノなどの犯罪をしているのは、支配者の側である。小泉純一郎が慶応の学生時代に結城純一郎と偽名を使ってレイプを繰り返していたのは「きっこの日記」などを始めあちこちで暴露されている。いくら何でも隠しきれないとなって小泉はイギリスに留学したそうだ。私の場合ロリコンの気はないので少女・幼女を性的対象にする趣味はないが、アブノーマルなことをしてみたいという気持ちはある。お陰で20前後の時から海野やよいや蘭光世の作品は沢山読んでいる。最近のお気に入りは艶々と睦月影郎であったりなぞする。で、このパソコンにはアリスソフトのゲームが幾つか入っているし、その他にもZYXの「淫内感染」シリーズなど鬼畜系が好きである。現実には致す機会も対象もいないのが難点であるが。と言うより犯罪である。
何だかんだと酒に酔って好き勝手なことを書きているが、何にしても6・30アキハバラ解放デモが成功して欲しいと思う次第である。
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昨日、テレビのバラエティー番組で宇都宮の餃子を食べ歩く物があった。今や宇都宮は全国でも有数の餃子の町であるらしい。昔はそんなことは無かった筈だが、と言っても栃木生まれの癖して宇都宮には一度しか行ったことがないのである。もしかしたら幼い時に誰かに連れられていったことはあるかも知れないが、記憶にあるのは高校三年の夏休みに高文祭の演劇部門でもある全国高校演劇コンクールに出場した同級生の取材の為に足を運んだくらいである。結果として我が校は準優勝であった。ラグビー部も花園に出場したが、さすがにこの時は受験生なので取材には行かなかった。脱線したので話を元に戻すが、テレビの中で芸人達が食べる数々の餃子見ていて私も餃子が食べたくなった。息子も同意見であり、妻に明日は餃子にしてくれと主張した。そして今夜は妻と娘達による手作り餃子が食卓に上った。
私が帰宅した時にはまだ餃子を皮に包む作業の最中であったので私も手伝わされた。餡を皮に包んでいると次女の歌織(仮名)と妻とが言い出しっぺになって番組に出てきたロシアン餃子という物を作ろうとなったらしくそれを教えてくれた。テレビでは壺に入った6個の餃子の内2個が檄辛味になっているが、どれも同じ形なので見分けが付かない。長女の詩織も加わって三人で色々な調味料などを混ぜた物を作ったという。中身は七味唐辛子・山葵・芥子・のりたま・干し梅の五種類である。一番沢山当たった人間が罰ゲームの皿洗いをすることになり、誰が沢山当てるかの競争になってしまった。結果は息子の勇樹が圧倒的に沢山当たって5個であった。私と妻は1個ずつ、娘達は2個ずつである。只集計結果が制作数と合わなかった。どうやら少量しか入っていなかった為によく味合わずに食べた時には分からなかったのではないかという結論になった。
テレビに直ぐ影響されるのは我が家の傾向かも知れない。また今度ロシアン餃子を作ろうねと娘達が言う。今度はよく噛まなくてもハッキリ分かるように大量に調味料を入れることにするらしい。
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土日に私と妻の携帯電話の機種変更をした。十日ほど前にSoftBankモバイルの店員に三年ほど使っている機種を見せたところ、料金契約自体が安くなるのでプランの変更を進められた。丁度新しい機種にデジカメなみの画素数の物があったので、デジカメに携帯がおまけに付いていると思って機種変更することにした。家族割引の関係で妻の契約が主回線になっている為、私一人では手続きが出来ず、二人でお店に行った。妻もVodafone以前のJスカイ時代から五六年使っている機種であったので、最新の地デジ付き携帯に変更することにした。
私の希望機種は色に拘らなかった為に在庫がある物で頼んだのだが、妻は色の指定をした為に取り寄せて貰うことにして日曜に再訪した。土曜にパンフレットを貰って帰ると子ども達まで携帯が欲しいと言い出す。確かに最近は防犯対策の為にGPS機能が付いた携帯電話を持たせることも多いようで、検討してみることになった。特に問題なのは息子である。一旦遊びに出かけると鉄砲玉のようでいつも日暮れまで帰ってこないばかりか、大人ですら自転車で20~30分かかる距離を走り回っている。何所にいるのか皆目分からないことが多々ある。かといって息子にだけ携帯を持たせると娘達が文句を言うので三人とも買うハメになってしまった。次女と息子にはコドモバイルと言う子供用携帯を買い与えることにしたが、長女は子供扱いは嫌だと言うので仕方なく大人でも使えそうな機種から選ぶことにした。
コドモバイルは在庫があったので日曜に契約したが、長女が希望した機種はやはり在庫がない為取り寄せとなって、水曜か木曜の入荷待ちである。昨日は下の二人が大はしゃぎで携帯を使って遊んでいた。同じ部屋にいるのにわざわざ電話してきたり、メールを送ってきたり、動画撮影の機能を使って録画したり、良いオモチャである。動画もパソコンに取り込むことが出来るようなので、編集してDVDに焼いておけば成長記録として記念になるかも知れない。私の病気の加減もあってここ数年はビデオカメラも使うことが殆ど無いので、次女と息子の映像はあまりない。大人になって思い出に残せるようにパソコンの使い方も勉強した方が良さそうである。そうそう、次女の話では、昨日今日で友達と色々くらべっこをしたらしく、KDDIのジュニア携帯よりも動画に関しては沢山取れて良いとの話であった。
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何だかんだ色々あって仕事上の資格取得とパソコンに関する勉強に追われている。仕事の方は民営化の10月1日を期して私の所属局でも投資信託の販売が始まる為に証券外務員の資格を取らなければならない。更に金融関係の資格として郵政部内の資格は幾つか持っているのだが、社会全般に通用するFP(ファイナンシャルプランナー)も取っておいた方が良いと言うことになった。病気の為もあって中々集中できず、FPに関しては昨年通信教育を申し込んだのであるが、未履修で終わってしまった。終了して資格試験に合格した場合には局から助成金が出るのであるが、結局受講料が個人負担になった。勿体ない話である。今年こそは終了させて合格したいと思っている。
証券外務員については資格を取れなければ販売業務に携われないばかりか、民営化によって整理解雇が導入される為に最悪の場合資格のない労働者は解雇されるようである。そうでなくとも私の場合は病気によって仕事を休むことが多いのでリストラの対象になっていることは疑いない。先日も同病の知り合いと会って色々話していたのだが、関西では大阪市役所と郵政は精神疾患に対する理解がないようで、病者の職場復帰についてのプログラムが不備であるそうだ。反面シャープや関電の場合は至れり尽くせりの手順があるようで、精神病になっても色々配慮してくれて元気に仕事に戻れる人が多いそうである。この違いはある意味今までは全逓が一定程度の力を持ち、当局に対して労働条件確保の為に闘っていたと言うことがある。だがそれもここ10年ほどの急激な弱体化。ある意味で言えば91年5月22日の99臨時中央委員会で四・二八闘争を切り捨てたあたりからのことである。郵政のホームページによると数百人の自殺者がいるらしい。これは国鉄分割民営化の過程で一年間に200名以上の自殺者を出したより酷い。
パソコンに関して言うと「人事交流=強制配転に反対する近畿郵政労働者の会」のホームページ管理人になった為に勉強せざるをえない。元々ホームページ開設と掲示板開設を強硬に主張したのが私である為に、言い出しっぺの責任として担当することになったのであるが、元々素人であるので中々理解できないで困っている。実は友人に幾つかのホームページを持っている者がいるので、基本的な作成を依頼しても良いのであるが、相手の事情もあって中々頼むことが出来ないでいる。ついでに言えば人任せにした場合、更新作業について力量不足の為に滞りがちになるかも知れない。それは是非とも避けたいというのが私の思いである。そこでせっせと勉強に励んでいる次第である。「人事交流=強制配転に反対する近畿郵政労働者の会」のホームページについては、まだまだ表紙しか無いのだが出来るだけ早期に色々なコンテンツを作成できるようになりたいと思う。それまでは極めて不便であるとは思うが、ご勘弁いただきたい。
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ここ暫くの鬱々とした気分の原因となっているものに職場の人間関係がある。正直言って私は良い人でありたいという気持ちが強いのであろう。あるいは、今まで活動家であった時に全ての全逓労働者を獲得しようと高望みするあまり、誰に対しても気を遣い神経をすり減らす癖が付いていたのかも知れない。特にここ数年は鬱病の為に同僚に迷惑をかけているという負い目がある。そんな中で最高優績者の守銭奴や優績者のマル生分会長にすら気を遣っていた。連中は絶対に闘争の時には逃げ出すか当局の手先となってスト破りをするような輩なのであるが、それらに対しても良好な関係を築こうと無理をしてきた面がある。
例えば守銭奴が獲得した契約が私の集金区にあって、名義上の契約者の住所に集金に行ったのであるが、その家の奥さんは何しに来たという対応をする。色々話をしていく内に奥さんの実家の母親が保険の契約をする為に旦那さんの名義を貸してくれと言っていたことがあるという。実家に集金に行って貰わないと困ると言われた。実家に電話すると後日お金を用意するので出来次第集金に来て欲しいという。数百万を一度に払い込むというので連絡を待つことにしてその日は名義上の契約者の家を辞した。後日自分の業務で忙しく走り回っている時に守銭奴から電話が入る。今すぐ集金に来てくれと言う。郵便局の貯金・保険の外務員はPTと言う携帯端末機を使って集金するのであるが、不正防止の為に集金担当者以外は原則として保険料の払い込みを受けることが禁じられている。その日はまったく違う地域の集金をする日であり、その日の業務だけでも忙しかったのであるが、無理して時間作って名義人の妻の実家に行った。本来ならば契約者の住所以外に保険金の払込場所を指定することが出来るようになっているのであるが、守銭奴はそれをしていなかった。有り体に言ってしまえば、名義を貸した娘婿が本当に契約書に記名押印したのかどうかすら疑わしい。何故なら名義人に会っていれば集金についての説明は不可欠であるからだ。
マル生分会長に関して言えば、時々保険料の領収書を切ってくれと頼んでくることがある。これまた実際には私自身が受け取らない限り違則(いそく)取り扱いになるので、断って同行する事にしたことが何度かある。実は満期保険金を届けた時と新規契約を受理した時には特例集金と言って集金担当者以外のものが保険料を受け取っても良いことになっている。マル生分会長は満期のお届け先の家庭で新規契約を受け取る際に既存の契約の集金も同時に行う話をしていたのであるが、PTにデータを入力するのが面倒くさいという唯それだけの為に私に領収書を用意してくれと言っていたのである。問題は留守番の人に満期保険金を手渡し、その人から新規契約の保険料をマル生分会長が受け取ったことである。私の場合集金だけをしたので留守番の人から保険料を受領しても何の問題もないのであるが、新規契約の場合は契約者本人から保険料を受け取る規定になっている。別にマル分(「まるぶん」成績を半分分けすること)してくれたのではないので私は無関係と言えば言えるのであるが、不適正募集の目撃者にされた。
守銭奴にしろマル生分会長にしろ、正規取り扱いから大きく外れた行為をしているのであるが、郵政はその様なことはお構いなしに両者を表彰している。どちらの行為も、実は不適正募集・違則取り扱いと言うことで最長三年間の保険募集停止処分の対象である。課長に報告しなかったという点で私に対しても処分があるかも知れないが、少なくとも両者との関係で言えば同行募集・共同販売をするような間柄ではないので、私自身が販売停止処分を食らうことはないであろう。だがしかし、真面目に正規取り扱いをしている人間がこれらの輩によって振り回され、色々と気に病むというのは郵政の職場その物がおかしいと言わざるをえまい。開き直って、階級的立場に立てないこういった輩と絶縁するのが私の精神衛生上良いのであろう。少なくとも鬱病を再悪化させないで済むに違いない。
参照記事
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ここ十日ばかり、鬱状態が酷くて記事の更新が滞っています。精神的に浮上でき次第色々溜まっている宿題なども含めて記事にしたいと思います。
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息子にせがまれて朝から映画に行ってきた。封切りから大分経っているのだが、子供に人気があるらしくロングランになっていたのだ。本当は一昨日から行きたい行きたいと言っていたのであるが、近所のシネコンでは土日の朝一番のみの上映なので我慢させていた。昨日も朝から起こされたのであるが「お父さん眠たい」の一言で却下にしていた。少々後ろめたかったので、今日連れて行くからと約束した。実は次女が先週友達と一緒に見てきて面白かったと言っていたので余計に見たかったらしい。
お話は宇宙人の作った爆弾が沖縄旅行中のしんちゃん一家の所に落ちてきて、しんちゃんを庇ったシロのお尻におむつのような形でくっついてしまう。それを巡って宇宙監視センター、英語を略してUNTI(ウンツィ)とひなげし歌劇団との間で争奪戦が始まる。前者は地球すら破壊する威力を持つ爆弾を宇宙に放出することで安全を確保しようとし、後者はその破壊力で人類を脅し、自分たちのレビューを世界中に見せつけようと企む。ウンチのカンチョーもといウンツィの長官、時雨院時常の声を当てているのが京本正樹で父ちゃんのひろしが「おい! UNTIのおかんちょう!! 俺の名前、野原ひろしは仮の名前。本当は必殺仕事人、組紐職人の竜だぜ!!」と言ったり、ひなげし歌劇団の大総長・お駒婦人の声が戸田恵子で「哀戦士達よ、舞うように刺すのです!」などと子供には分からないようなギャグが散りばめられていたので、保護者として付いてきた何人かはきっと笑っていたに違いない。
子供に付き合って見た映画ではあったが、随所に大人も一緒に笑えるシーンがあって、結構楽しめた。良い気分転換になった。
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「あたしが手の込んだものを作った時に限ってご飯前に寝てまうな。さっきまでナルト見てたのに」と妻が言う。勇樹(仮名)は学校から帰宅して宿題を済ませると遊びに行って6時少し前に帰ってきた。私が監督しながら風呂掃除をさせて、その後でナルトの再放送と録画してあったクレヨンしんちゃんを見ていたのであるが、料理が出来上がる前にコテンと寝てしまった。よほど思いっきり遊んでいるのだろう。昔の丸大ハムの宣伝ではないが「腕白でも言い逞しく育って欲しい」と思うし、陽のある間は外で遊ぶ方が良い。
妻は実は結構めんどくさがりで、料理に関しては炒め物など簡単な料理が多い。別に下手なのではない。それなりに美味しい料理を作ってくれるのであるが、ムラが大きくて私の方が手の込んだ料理を作ることが多い。今夜の食事は何にしようかと話していた時も「暑いしなぁ、冷や奴とかそうめんにしようか」とかめんどくさそうにブツブツ言っていた。それでも料理の本を見ながら「これ美味しそうやん」「おからとミンチで肉団子作って甘酢あんかけにしようか」「ジャガイモともやし買うてきて。オイスターソースで炒めるわ」と何だかんだ話になる。そこで私が買い出しに行き、食材を色々買い込んできた。おからと挽肉は玉ネギとネギのみじん切りを混ぜて団子にして素揚げしてからピーマンともやしを加えて酢豚風に炒めた。予め肉団子を片栗粉でまぶしておけば崩れなかったのにと少し反省。オイスターソースの炒め物はカボチャを追加した。それと冷や奴に鶏挽肉のそぼろをかけた物が今夜の献立であった。
息子の分を取り置いて四人で夕飯にする。結構講評で、あっという間に食べ尽くす。「作るのは手間がかかるけど食べるのは一瞬やな」と妻が言う。「食べ残しが出るより良いやんか」と私。やがてクイズ番組を見ながら私と詩織(仮名)が答えの言い合いをしていると、うるさかったのかして息子が起き出す。炒め物に種類は食べてくれたが、冷や奴は食べてくれなかった。豆腐の専門店で買ってきた、濃厚な味がするものであっただけに少し勿体ないが、明日の私の朝食にでもすることにした。勇樹は結局ご飯を食べると風呂にも入らず寝てしまった。本当に疲れ切るまで遊んだのだなあと思った。
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ここ数日沖縄辺野古の一件があった為に色々難しく固い話題が続いていたので、今日は追加記事としてこの間娘達がとむ丸さんに頂いたタブレットを利用して書いたイラストをまとめて公開しようと思う。
詩織作「クッキーとエクスカリバー」我が家の飼い犬クッキーがマンガの「ソウルイーター」の登場キャラであるエクスカリバーの自慢話をクドクドと言い聞かされている。
歌織作「クッキーの夢」クッキーが草原で昼寝してエサの夢を見ている。
歌織作「ジャズウィーポン酢」言わずと知れた「シャルウィーダンス」をもじってクッキーがポン酢を持って踊っている。
息子勇樹作「スーパーテレビ」何が何だか良く分からないが、とにかくテレビを描いたらしい。もっと画面を広々と使って描けば良かったのに・・・。
歌織作「パンチヘッド」クッキーが暴走族か何かになったらしく、スプレーで落書きをしている。
歌織作「人間」なにやら女の子を描いたようである。ロングヘアーなのはもしかして自画像?
歌織作「俳句もどき」何所が俳句やねんと、思わず突っ込みたくなる。召使いとはもしかして、エサを買い与える私のことであろうか?
歌織作「マユゲ戦車」もしかしたら以前にも掲載したかも知れないが、中学生に眉毛を描かれたやわらか戦車である。
こうやって子ども達の描いた絵を見てみると圧倒的に次女の歌織の作品が多い。適応能力の違いなのであろうか? タブレットを使って作画するのは歌織が一番慣れているようだ。詩織曰く「紙に書いたやつだったら一杯あるよ。チョコやクッキーがゲームキャラの服を着ているのとか」とのことである。これは遠回しにスキャナーを買えと言うことであろうか。
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昨夜も8時頃に寝てしまった。妻子が風呂にはいるように何度も起こしてくれたらしいのだが、しんどいから寝ると言って起きなかったらしい。おまけに今朝も、犬の散歩のために6時起きするところを寝坊してしまう。仕方ないので今夜は久しぶりに夜に散歩することになった。朝は私と娘達の三人でするのだが、珍しく妻と息子が一緒に行くという。息子はナルトの手甲と手裏剣のホルスターを付け、そこにオモチャのピストルを入れていた。更に三角の袋を目の部分をくりぬいてマスクにした物をかぶっている。「夜のパンツマスク」とドラクエのモンスターの名前を名乗る。「変態や」「不審者や」「怪しい奴や」娘達と私が口々に言う。
「手を挙げろ。手を挙げないと撃つぞ」と勇樹(仮名)が言う。仕方なく両手を挙げると「バンッ!!」と撃つ真似をする。「大人しく手え上げたのに撃つんか」と私。息子は知らん顔である。「ホンマにそんな格好で散歩行くんか?」と尋ねたが、どうやらそのまま行く気らしい。「頼むから他所の人のおるとこではせんといてな」と頼み込む。「懐中電灯はどうしたん?」と聞くと「勇樹がどっかにやった」と詩織(仮名)から返事が返ってくる。オモチャにするので何処に行ったか分からない。仕方なく灯り無しで夜の散歩に出かけることになる。
「子供だから良いものの、大人になってもこんなことしてたら変質者で捕まるで」と詩織。「中学生になっても、高校生になっても、大人になってもすんねん」と勇樹が応じる。「あんなあ、大人になってもしてええ場所教えたろか。コミケっていう所やで」と私が言う。「コミケって?」と詩織。「コミックマーケットって言って、オタクの集まる場所。あとSF大会ならコスプレで通るで」「オタクやオタクや」と歌織(仮名)がはやし立てる。勇樹は全然平気で、そのまま先頭を歩いていく。そうこうする内に歌織が「不審児や。不審児と愉快な仲間たちや」とゲームのタイトルをもじって言い出す。「新世紀エヴァンゲリオン」から派生したゲームに「シンジと愉快な仲間たち」というシリーズがあって、その内のアメリカンページワンが我が家にある。子ども達のお気に入りで数年前に買ったのに未だに遊ぶことがある。
「誰と誰が仲間なん?」と歌織。「家族なら分かるけど」と詩織。「チョコとクッキーと歌織ちゃんやろ、詩織や」次女は自分のことをちゃん付けで呼ぶが姉は呼び捨てである。「お父さんは入ってへんのや。良かった」「いーや絶対入ってるで」ワイワイ騒ぎながら散歩する。まだ夜の7時台であるのでそんなに迷惑にはならないであろうが、賑やかで笑いが絶えないのは良いことなのだろう。途中酒屋さんが開いていたのでお菓子を買う。ここは元々の酒屋さんがヤマザキデイリーストアになったもので、簡単な買い物はここで済ませることが出来る。勇樹がマスクを被ったまま店に入ろうとするのでさすがにそれは「強盗と間違われたらどないすんねん」と止める。「子供銀行から30万盗んできてるで」と詩織が言う。結局閉店間際の店で色々買い物をしてから帰宅した。
本当なら今日は国民投票法案が参院本会議で可決されたのでその事を書くべきなのだろうが、中々そんな気分にはなれないので身辺雑記になってしまった。
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昨日は長居公園で開催されたビンボーメーデーに次女と息子を連れて参加して来た。数日前から息子には言っていたのだが、娘達にも声をかけたところ、出かける間際に次女が私も付いていくと言い出した。息子は待ち切れないのか何度も何度も早く行こうとねだる。結局予定を早めて長居公園には11時頃に到着した。まだまだほとんどの模擬店が準備中であった。
キョロキョロと辺りを窺うと草加さんがCDとDVDを販売していた。DVDは一昨年から扱っている三里塚闘争の記録である「抵抗の大地」「大義の春」なので分からないでもないが、何故か当日のステージに登場したバンドのCDまで扱っている。良く見ると「荒野の共同物販」だったか、そんな事が書かれた貼紙がしてある。どうやら黒目さんが揚げ物の模擬店をするのに色々まとめたようだった。肝心の黒目さんはと言うと、あちこちうろついていて一向に揚げ物を始める気配が無い。昼を過ぎて草加さんが買い出しに行き、どうにかこうにか店開きしたのが1時頃である。
私も何故か手伝う羽目になり、ステージが空いている時にマイクを借りてアジテーション風に宣伝をした。次女は揚げ物を手伝い、息子は通り掛かる人に「機動隊をボコボコにしているDVD要りませんか」と売り子をする。また息子の呼び掛けに応じて買ってくれる人が沢山いて、DVDは一枚を残して売り切れた。買ってくれた人の中には私の写真の師匠でもあるFさんもいて、なんだかんだ話し込んでいる内に3日に中之島公園で行われる改憲反対集会とデモに誘われた。午後2時開始である。息子を連れて参加しますと言うと親子でゲバルトスタイルのコスプレをしてはどうかとなり、私の分のヘルメットを調達してもらえる事になった。もし当日親子でヘルメットを被っている者がいたら、私と息子である。問題は息子のピカチュウは良いとして、私の方が主催者に許可してもらえるかだが。
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2年ほど前に「非常識な隣人が引っ越してきた」と言う記事を書いたことがあるのだが、この隣人、実はヤクザとその情婦の家族であった。去年の初め頃であろうかヤクザが刑務所に入ったためにローンの支払いが出来なくなって夏に出ていったのだが、引越の際にゴミなどは放置したままであった。時々我が家に風で飛ばされてくることがある。その都度掃除しなければならない。やはりヤクザ、それもチンピラはタチが悪い。面白いことにもう一軒、反対側の隣人が大阪府警の交通総務課に勤める警察官で、何故かこの二軒の子供は仲良しであった。親の性質が似ているからなのであろうか。何にしても我が家は「公営暴力団」と「民間警察」との間に挟まれていたわけである。どちらも支配階級のために暴力を行使して、その事で銭儲けをするという反人民的な輩である。
公営暴力団の方は私が引っ越した後でそうだと知ったのであるが、向こうも私が当時は中核派であることを知っていたのかも知れない。何にしても微妙な関係が続いている。家の外で顔を合わせたときなど私の方からは挨拶するのであるが、向こうが先にしてくることはない。表に出ている気配がしているときに、こちらが外に出ると家に引っ込んでいくことも多い。下らないことかも知れないのであるが、我が家の給湯器のボイラーの排気口が隣に隣接しているわけだが、排出ガスを遮るためにわざわざ柱を立てて板を打ち付けていた。更に我が家が犬を飼いだしたときにはプランターなどでガレージの入り口を閉鎖している。よっぽど自分の家に影響があるのが嫌なのだろう。おまけに自分が二本足の犬でありながら四本足の犬は大嫌いらしく、鳴き声のことで早朝から怒鳴り込んでくるはご近所の全てが迷惑しているなどと言うウソを平気でつく。妻がその日の家にご近所全てに聞いて回ったので嘘であると確認が取れている。この辺、警察の常套手段である証拠の偽造の癖が出たのかなぁなどと思う。
この警官は剣道六段であるのだが、息子たちにも習わせていて、長男は以前記事で触れたこともあるが住民票を実際には住んでいない妻の実家において近隣では一番剣道が強い中学に通っていた。その甲斐あって全国大会にも出場し、高校は剣道で推薦入学した。次男もこの春から越境している。公正証書原本不実記載、同行使の犯罪である。警察がしても罪に問われないのに左翼活動家であると微罪逮捕で数ヶ月勾留される。それから大阪市による住民票削除の件でもそうであるが、何故居住実態のない場所におかれている住民票が削除されないのであろうか? 大変不思議である。よく世間では武道を学んでいると人格も鍛えられると言うが、それは嘘である。武道系に限らず体育会系の部活では上級生が下級生を奴隷扱いするのはごくごく普通のことで、力に奢って無法者になる場合の方が多い。実は二年前息子が四歳の時にこの家の息子たちにジュースを奢ったことがある。中学二年生と小学五年生が四歳の保育園児に奢って貰って平然としているし、親にも報告しなかったようで何も言ってこなかった。場合によってはカツアゲとも取れるようなことをしても平気なのである。何で二年も前のことを思い出したかというと、数日前息子が同級生二人ににジュースを奢って、その家の一人の親がお金を返しに来たからだ。「小学生の内から奢ったりなんかしなくて良いからね」とその母親は注意してくれた。隣の子たちとはわが子たちも一緒に遊ぶことが多いのでお菓子なども出すのだが、親に報告しないのか、親が無頓着なのか、唯の一度も礼を言われたことがない。「役人の子はにぎにぎをよく覚え」という江戸時代の川柳があるのを思い出した。
この息子二人、親が見ていないところでは結構イタズラをするのだが、その事で親が近所に謝ったという話も聞かない。例えば今は空き家となっているヤクザが住んでいた家の窓ガラスを何度も割っているのだが平気であるし、近所の駐車場に止めてある車に石をぶつけていて車の持ち主に叱られたこともあるが、持ち主さん曰く「親はなんも言うてけえへん」そうである。我が家のオモチャも家の外に置いてあると勝手に使ってはそこら辺に放置しているし、飲み食いした後のゴミを路上に平気で捨てる。公徳心に欠けること甚だしい。そう思っていたら、先日父親である警察官も車を掃除していて出たゴミを家の前の溝に捨てていた。やはり「子は親の鏡」である。
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今日は次女と息子が通う小学校の授業参観とPTAの総会であった。妻は具合が悪いので私が出席した。小学校入学以来、息子の話を色々聞いていると、なんか女の子に鉛筆で目を突かれたり、雲梯で遊んでいるといきなりお腹を殴られたりしているらしい。ところがその女の子、今週くらいからどうも様子が変わってきたようで、一緒に遊ぶことも出てきたらしい。放課後友達の家に行って留守だったので、その女の子の家にも寄ってみたところ、玄関から出てくるなり抱きつかれた上にキスされたという。その後も女の子は度々勇樹(仮名)にキスをするそうだ。おまけに今日は別の女の子からもキスされたと教えてくれた。何でも五人もの女の子にキスされたのだという。なんかメッチャ羨ましい。何で入学したてなのにこんなにモテモテなん?
しかし何というか、女の子も気になる男の子に色々意地悪をするとは思っていなかった。私なんかが子供の時はどちらかというと男の子の方が好きな女の子の気をひくためにイタズラをしていたように思うのであるが・・・ 時代が変わったのか、単に私が鈍かったので知らなかっただけなのだろうか?
勇樹は小学校入学以来毎日傷だらけになって元気に遊んでいる。校庭の桜の木に登って擦り向いただの、机の角で切り傷を作っただとか。日に日に絆創膏の跡が増えている。一緒に風呂に入ったときに数えたら、何と6ヶ所も有った。学校から帰るとランドセルを放り出して直ぐに遊びに行き、帰宅するのは毎日6時過ぎである。小学生になったら毎日お手伝いをすると言う約束など何処へやら。次女の詩織に変わって風呂掃除の担当にしたはずだが、依然として詩織が掃除することが多い。小遣い減らすぞ。
で、授業参観なのだが、勇樹は大人しかった。他の子が後ろを向いて親に話しかけたりしていても、チラリとこちらを見る程度。問題にも積極的に手を挙げていた。また、仲の良い友達が机の上に足を載せたり遊んでいるのに注意していた。きっと男の友達からは鬱陶しいと思われるようになるだろうな。大体クソ真面目な良い子ちゃんというのは嫌われるから。私もそうで、しょっちゅうボコボコにされていた。自分の身を守れる程度に格闘技を覚えさせておいた方が良いだろう。
PTAの総会では前の2列が役員用となっていたので、2列間を空けて五列目に座ったのだが、周りがみんな教師だった。一般の親は遙か後ろである。活動報告や会計報告が終わり質疑に入ったので、ついつい組合大会の感覚で議案書の中で気になった点について質問したのだが、役員さんたちがえらくうろたえてしまった。もしかしてPTAの総会というのは質問など想定していないものなのだろうか。帰宅してこの事を妻に話すと「そんなことして目立ったら絶対来年あたり役員候補に目を付けられる。普通は誰も質問なんかしない。私はいつも参加しないで帰ってる」と言われてしまった。そう言えば長女の歌織(仮名)の初めての授業参観に出席したときも役員にされて、二年になるときにはPTAの副会長になってくれと頼まれたことを思い出した。副会長を一年すると次は自動的に会長という仕組みだった。今年は大丈夫だが、息子はまだ一年生である。きっと色々押し付けられるのだろうと思う。組合の方は役員に復帰したくとも当局の手先に転落した奴等によって阻まれているというのに、やっかいごとだけは飛び込んでくるのだろうか。何となく気が重くなった。
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今日は息子が月に一度医大病院で受診する日であった。予約は午後二時からなので午前中は朝寝をして過ごした。何がきっかけであったか、ネット上で流れているアニメの「やわらか戦車」の話題になったので子ども達に見せることにした。主役は戦車であるのだが、どう考えても作者の人は反戦平和を願っていると思う。とても兵器として役に立たない、生き延びることだけが目的で、退却ばかりしているのだ。「やーわらか戦車の願いは一つ。生き延びたい。生き延びたい」という歌が挿入されている。子ども達には大変好評であった。時間がある方は是非とも一度ご覧になっていただきたい。爆笑すること間違い無しである。
息子を連れて医大の小児科の待合室で順番を待っていると、走り回ったり椅子の上で跳びはねたりしている子供が沢山いた。親も注意をしないのでしたい放題である。先日も妻と一緒に医大に来たのであるが、走り回っている子供を叱りたくて仕方なかった。妻に言うと「そんな子に注意したら、親が逆ギレするから止めとき」と言われた。だが今日は引き留める妻がいない。そして長いすの上で転げ回ったりダイビングしたりしている男の子が特に酷かった。同じ椅子に座っていた人たちは逃げ出していたのだ。その母親は居眠りしていて注意どころではない。仕方なく母親に向かって「お子さんに注意して貰えませんか」と声をかけた処、第一声が「あんた何処の誰」であった。
「子供さんが暴れているので注意して貰えませんか」
「何であんたにそんなこと言われなあかんねん。うちの子が何かしたんか」
「だから椅子で跳びはねたり転げ回ったりしていて迷惑なんです。躾くらいして貰えませんか」
「何でそんなこと言われなあかんねん。うちの勝手や。誰に迷惑かけたって言うねん。走り回っている分けちゃうで」
「だから他の人が嫌がってその椅子から他所に移っている」
とまあ言い合いになった。周囲の人はガラの悪いその母親に関わりたくないのであろう、傍観するのみである。そうこうする内に「表へ出ろ」と来た。ヤクザかこの母親。無視して座っていると、その母親は一旦自分の息子を連れて待合室の外に出たのだが、戻って来るなり「うちの子は何もしてないって言ってる」とくる。そりゃあれだけ躾の悪い子であるから叱られるようなことを素直に白状するはずがない。親も多分おそらく自分の前では良い子ぶっているので気づいていないだけであろう。
「あんたうちをバカにしとんか」と何度も繰り返す。いい加減腹が立っていたので「されるような人だろ」と言い返す。やがて息子の診察の順番が来たので診察室にはいることで無視することにした。
このズベ公、診察が終わって会計待ちの順番に並んでいる私たち親子の処にやってきて、多分おそらく自分の子供の診察をほったらかしにして、「家のモンが名前と電話番号聞いとけって言ってる」と来た。「教える気はない」と断ると「その顔覚えておくからな」と捨て台詞を残して去っていった。
病院の職員も誰も注意をしないようで、走り回ったり騒いだりする子供の姿が多いのであるが、いくら何でも注意されてここまで逆ギレする親というのも珍しいのではないだろうか。今までの経験ではすいませんと謝る親の方が多かったように思うのであるが。勿論その後で「怖いおじちゃんがいるから静かにしようね」とか言って自分の子供には叱りもしないのが殆どであった。病院は当然であるが人が沢山集まる場所では走ったり騒いだりしないと言う最低限の躾すら出来ない親が非常に目に付く。親だけではない祖父母らしき人が一緒の場合でも一言の注意もない。わが子たちに対しては騒いだりした場合拳骨一発食らわせてから「ここは騒ぐ場所ちゃう」と言っているだけに腹立たしい。
妻にその一件を話したところ、「だからそんなこの親に限って常識ないんやから逆ギレするって。言うだけ無駄や。ホントは職員が注意せんとあかんのやけど、最近せえへんとこが多い」と言われてしまった。イライラしていたので夕食の準備をしながら缶ビールを五本も空けてしまい、食後は今で鼾をかいていた。十時過ぎに子供に起こされ、今この記事を書いている。モラルの低下は、帝国主義の矛盾によって格差社会が拡大していることと密接に関連していると思うのであるが、如何なものであろうか。以前「イカのおすし」や「職住接近の労働条件を取り戻そう」と言う記事を書いているので宜しければ参照していただきたい。
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今年の三月末で同僚が7人も退職した。その内2人は定年退職なのだが、5人は早期退職である。中には50歳になるかならないかの人も居た。殆どの人は退職後もアルバイトとして局で働くのであるが、正規雇用の際に各種ノルマで締め付けられるのが嫌で仕方なかったという。勿論それだけではない。郵政行全体のリストラによって職員のやる気は大幅に削がれている。殆どの職員が再就職先さえあるのなら逃げ出したいとすら思っている。別のある局では去年の新規採用者がたった1年で辞めてしまった。わずか50人程度の局で7人も辞めて、後補充はたった2人である。既に業務に支障が出始めている。
一昨年くらいに郵政関連の記事を書いたときには現場の職員が約28万だったのが、新会社の征服を注文するために集計したら何と23万余りらしい。二三年で5万ほど辞めている計算だ。今年の年賀が大幅に遅れたのも当然の話だ。郵便職場の劣悪な労働条件と低賃金とは知れ渡っているため、アルバイトも殆ど集まらなかった。最低賃金に少し毛が生えた程度では誰も見向きもしない。最近ではアルバイトにまで営業のノルマをかけてイベントゆうパックなどを売らせている。安い賃金でこき使われるのだから誰からも嫌われる。
貯金保険でも窓口の要員が削減され、一人あたりの業務量が増大している。勿論外務員も同じだ。最近では派遣労働者に窓口業務を任せるという報道もあった。貯金保険の外務員の場合、基本的には儲からない商品・サービスは全て切り捨てである。積立貯金は商品としては存在するが、出来る限り断るように言われている。それに対して投資信託の紹介が喧しい。私の局は取り扱い局ではないので投信その物を売ることはないが他局で販売している局に紹介すると局と自分の営業成績が上がるため手当たり次第勧めている者もいる。保険では以前も書いたが保証型商品の販売が出来ないと色々つるし上げられる。各種社会保障の切り捨てによって商品需要が増えてはいるのだが、お客さんのためには貯蓄型の方が良いから中々勧める気にはなれない。私のような人間にとっては益々仕事がやりづらくなるばかりである。
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今週は鬱病の具合が良くなくて、記事の更新を2回も休んでしまった。基本的に文章を書くのが好きなのでブログを書くのは楽しい作業なのだが、それでもやる気が起きないときがある。本も中々読みはかどらない。昔、二十歳前後の時には二日に一冊程度は読んでいたのだが、最近では週に一冊読めるかどうかだ。勿論小説などの読む場合はもう少し早く読める。今週は炊事などの家事も殆ど妻と娘達に任せっぱなしで、買い物くらいしかしていない。気候も良くなりつつあるので、心もウキウキしたい物だ。
最近の楽しみといえば4月1日から始まるアニメ版の「ハヤテの如く」で、週刊少年サンデーの紙上で色々予告記事などが載っているのを見ると期待がたかまってくる。放送時間もテレビ大阪では日曜の午前10時ということで、用事がなければ多分見ることが出来るだろう。どうにもメカ音痴なので未だに予約録画が出来ない。お陰で深夜に放送している「史上最強の弟子ケンイチ」は見たことがない。その内ビデオが出回るようになってから見るとして我慢している。マイミクさんお勧めの「涼宮ハルヒの憂鬱」も、実はテレビでは見たことが無く、レンタルで少しだけ見た。息子は朝比奈みくるという登場人物の中の未来人が痛くお気に入りで、「女の子になってみくるって名前になる」と言う。って、オイオイこの年でトランスジェンダーなのか? いくら何でも早すぎないか・・・などと親バカな物で心配してしまう。性同一性障害の方の話を聞いたことがあるのだが、色々と苦労があるらしい。精神疾患もそうであるが、世間の無理解が一番困る。
体調が優れぬのと妻の帰宅が遅かったのもあって、今夜は娘達がシチューとサラダを作ってくれた。長女がサラダを作り次女がシチューを煮込んだ。一応カボチャと鶏肉は切りづらいので私が手伝ったが、それ以外は二人でしてくれた。シチューは人参が固く、ジャガイモもカボチャも少し固かった。急いで作ったせいである。サラダはといえば、塩コショウをするのを忘れてマヨネーズだけで味付けしたので、味見の時は美味しかったがいざシチューと一緒に食べると少し薄味だった。(この日記を書いている横で長女が覗き込んでいるので、余り文句を付けるのはよしておこう)
食事中にアニメ版「ハヤテの如く」の話になった。何でもヒロインである三千院ナギの声を釘宮理恵さんと言う方があてているらしい。何でも詩織(仮名)によると「鋼の錬金術師」のアルフォンスの声をしていた人で、「灼眼のシャナ」でもシャナ役をされているらしい。きっと人気のある人なのだろう。そうこうする内に勇樹(仮名)が「バーババ、バーババ、バーバババー。バルバトスみたいな声の人が出てくるかなあ」と言い出した。「バルバトスって何だ」と尋ねると、何でもゲームの人気シリーズで詩織のお気に入りであるテイルズオブシリーズに出てくるボスキャラらしい。秋田のなまはげのように「戦闘中にグミ使うワリィー子はイネェカー?」とか「アイテムなぞ使ってんじゃねえ」だとか「術に頼るな軟弱者が」とか言うらしい。後ろに回り込んで攻撃しようとすると「俺の後ろに立つんじゃねえ」とも言うそうだ。およそRPGゲームのキャラらしくない科白の数々に笑ってしまった。
「バルバトスに勝てるのってバルバトスのおかんくらいやで~」と歌織(仮名)が言ったので「バルバトスはジャイアンか!!」と妻が言う。すかさず歌織が「たけし~」と言う。すると唐突に勇樹が「く~る~ま~ ほ~し~」と言い出す。この科白はここ最近の息子のお気に入りである。何故こんなことを言い出すのかというと、古いビデオを見ていて詩織がまだ二歳になるかならないかくらいの映像で地団駄を踏みながら車の乗り物が欲しいと駄々をこねていたのを見たからである。今の姉と子供の時の駄々をこねるその姿とのギャップが気に入ったようで、ことあるごとに「く~る~ま~ ほ~し~」と言って詩織をからかうのである。詩織本人は最初は何を言われているのか分からなかったらしくキョトンとしていたのだが、妻が説明して以来カンカンになって怒るようになった。実家には私の子供の時の記録映像が8ミリカメラで残されているはずだが、子ども達に見せたら何と言われるであろうか。まだ無声の物なので、変なことは口走っていないはずであるが。今の内に沢山記録を残して子ども達が大きくなったら孫に見せてやることにしよう、等と思ってしまった。
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昨日は息子の通う保育所の卒園式だった。一歳になるときの春に入園してから五年間、時に体調を崩し、去年は入院などしてしまったが、毎日のように通った。「お父さんも来てや」「香織(仮名)も来てや」と有樹(仮名)せがむので、休暇を利用して三人で参加した。長女の詩織(仮名)はフリースクールがあるからと付いてこなかった。香織が卒園式の時にはお世話になった先生方に花束を贈ったので、有樹にもどうするか尋ねてみると、次々先生の名前を列挙して「六つ用意して」という。(あ~の~な~!! 香織は自分の小遣いで買ったんやぞ) 結局私が閉店間際の花屋さんまで買いに走らされた。
卒園式では久しぶりにポジフィルムを使って撮影した。上手に取れたときの色合いが、ネガやデジカメと比べて数段上だからだ。その分絞りやシャッタースピードの調整が難しい。本当はこういった行事の時には使わない方が無難だと思う。私の腕では、多分失敗してまともに写っていない物も多いはずだし、プリントすると非常に高く付くからだ。妻から小言を言われてしまったのだが、予備のフィルムも沢山持って行くべきだった。36枚撮り一本で足りるかと思ったのだが、ついついシャッターを押しすぎて直ぐ無くなってしまったことを咎められたのだ。
卒園証書を受け取るときに、一人一人の園児が将来の夢を語るのだが、その背景に一歳前後の時のスライドが映し出されていた。ポジというのはスライドなどに使われる。息子のスライドが映写されたときに、真奈美ちゃんのお母さんが有樹のことを女の子みたいに可愛いと言っていたらしい。真奈美ちゃんというのは妻の元同僚の娘さんで、何でもプロポーズするほど有樹のことを大好きらしい。処が有樹の方はりなちゃんという別の女の子のことが大好きで、「結婚すんねん」と仰る。また、りなちゃんというのはクラスの半分の男の子に好かれる可愛い子で非常に競争率が高いのであるが、息子はそんなことは気にならないらしい。こちらから告白して受け入れられた試しが無いせいで、父親としては大丈夫かと思ってしまう。大体ヤン元帥だって皇帝ラインハルトだって、女性の方が好きになってくれたから結婚できたんだぞ、と言いたくなってしまう。
息子にとっては昨日が友達とのお別れの日であった。妻の仕事の関係で自宅から離れた保育所に通っていたために同じ小学校に通う友達はいない。同じ市内ではあるが中学の校区も違うため、高校ででも偶然一緒にならない限り会うことはないだろう。沢山の友達との思い出を大切にして欲しい。思い出になるようにビデオも撮っておけば良かったなぁと思ったが、後の祭りである。
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今日、私の留守中にセールスマンが来たそうだ。洗剤の宣伝で回っているらしく、試供品を置いて帰った。何でも水と重曹で出来ているそうで、「完全無添加、無機質、無公害の洗浄水」だと言う。効果を見て欲しいとの話であったが、見ず知らずのセールスを自宅に入れるのは不安が有るので、玄関横の洗面所で試してもらった。試して良かったら買って下さいと、押し売りなどせずに退去したそうだ。置いていった名刺を見ると、何と点字の表示まであった。このような名刺を見るのは妻も私も初めてである。環境問題などに力を入れているというのは本当かも知れない。
無公害と言う点に付いては相当自信が有るようで、自分の口に洗浄液をスプレーしたそうだ。実際妻が試しに台所のレンジ周りを掃除したところ、こびりついていた油汚れが簡単に落ちて綺麗になった。綺麗になるのが面白かった様で、妻は2時間あまり熱心に拭き掃除をしたそうだ。妻は掃除が好きではない。だから我が家ははっきり言って散らかり放題・汚れ放題なのだが、その妻が掃除が好きになりそうと言うのだ。私も妻が拭き掃除をした後を見たが、本当に綺麗になっていた。風呂場の湯垢・水垢もすっかり落ちた。説明書きに寄ると洗顔・歯磨・入浴・洗髪・洗濯・台所・浴槽・消臭と、何にでも使える万能洗剤である。入浴時に湯舟に垂らすと和歌山の竜神温泉の重曹泉と同じ効果が有ると言う。そして、拭き掃除をしていた妻の手なのだが、効果の強い洗剤の場合手荒れなどが酷い物なのに、この電解洗浄液を使った後の手はツルツルになっていた。温泉の効果があるというのもどうやら本当のようだ。
我が家に訪れたのは株式会社ヴェラーノという会社の人で、大阪市浪速区に大阪支店があるらしい。電話は0120-267-690、本社は〒810-0022 福岡県福岡市中央区薬院2丁目2-19-2F 電話:092-741-0264である。ここでの商品名は「水惑星」というのであるが、実際の商品には掲題の「電解洗浄液」とある。株式会社アイ・ジェイ・シーという会社が製造元のようで、東京の八重洲に本社があるようだ。0120-267-690と連絡先がヴェラーノと同じであるが、Yahoo!電話帳によると代表電話は03-3231-3866 となっている。ホームページはないようだ。両社とも日本ヘルス協会というNPO法人に加盟しているとある。
今日一日妻が使ってみたところ非常に良いとの感想である。試供品としてくれたのは1リットル入りのペットボトルで1050円とある。物は試しで使ってみるのも良いのでは無いだろうか。
追記 黒目さんに教わったJK重曹&クエン酸販売というサイトだとどうやら電解洗浄液の生成器を扱っているようだ。電解洗浄液の価格の点でもこちらの方が断然安い。20リットル4500円。更にTAMO2さんにはマイクロバブル水という物を教えて貰った。http://www.nanoplanet.co.jp/NP_aboutmnb.html
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実は私は富田靖子さんのファンである。「アイ子十六歳」でデビューして以来なので、すでに20年以上になる。用もないのに電気屋に行ってはKENWOODのパンフレットを貰ってきてパンフに載っている写真を切り抜いたりしていた。雑誌などで記事が出ているとせっせと買っていた。そしてそれを使ってブックカバーを作っては、人に見られては困る党文献にかぶせて持ち歩いたりしていた。
ミクシーのコミュで紹介されていたYouTubeの昔の映像を見たのだが、やっぱり可愛い。特に三ツ矢サイダーと雪印ナチュレのCM映像が良い。舞台での活躍が多いようで、最近は余りテレビで見かけることがないのだが、もっと見たいなぁ。検索してみたら色々とファンサイトがあるようで、今までファンクラブなどには入っていなかったので出演情報が入ってこなかったのであるが、今後はチェックするようにしよう。
所属事務所AMUSEのサイト。
富田靖子館 画像一杯。昔の写真が可愛い。
富田靖子さんを応援するホームページ へりおすさんの個人サイトです。
Y-FILE CAMP YではじまりPで終わる富田靖子応援HP
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郵便内務の人と飲んでいて、窓口での苦情の多さについての話になった。書留や配達記録郵便の不在通知を持って窓口に受け取りに来るお客さんとの対応での苦労話である。最近はお客の質が変わっていて、不在通知(マルツ)を無言で差し出す横柄な人が多いそうだ。受取人確認のために免許証などの提示を求めると嫌がるだけでなく、ハンコが必要なのに持ってきていないとか色々ある。また郵便がクレジットカードなどの場合にはハンコだけでなく署名も必要なのだが、それを言うと文句を言われるという。民営化を前にして「お客様は神様だ」と言わんばかりの態度がありありと見えると愚痴をこぼしていた。
そこから話が段々弾んでいって、何で受取人の確認や署名が必要なのかと言うことになった。郵便課には流されている情報なのだが、貯金保険にいると知らずにいたような犯罪の数々を教えて貰った。ただし断っておくがこれは部内犯罪のことではない。あくまで外部の者による犯罪で、被害防止のために流されている情報についてである。まずはマルツ(不在持ち戻り郵便物に丸の中にツと書いた判を押すことからそう呼ばれている)を赤の他人が持ってきて、偽造の身分証明書で受け取っていくと言うことが多々あるそうだ。簡単な手口はポストに入っているマルツを抜き取って来るのだが、一軒一軒開けていると不審なのが直ぐ分かるので、最近では集配のバイクを尾行している事例が報告されているらしい。少し巧妙な物になると空き家・空き部屋を住所にして偽造した免許証などでクレジットカードを大量に申し込み、そこに勝手に表札を掲げて配達させる。最近は近所付き合いが希薄なのでマンションなどでこれをやられるとどうにもお手上げのようである。
信販会社の本社が受け持ち区内に有る局での出来事らしいのだが、不在持ち戻りの郵便物は一定期間を経過すると差出人に返されるために受け付け局に戻ってくる。大抵は局留めにして会社の人に取りに来て貰う扱いらしいのだが、これを悪用された事例がある。これまた偽造の社員証などで身分を偽った者が大量のクレジットカードを騙し取った。あるいはテレビ局を受け持つ局での事例で、郵便物は殆ど局留めになっているためにテレビ局の人が毎日取りに来るのだが、これを騙し取られて情報の流出があったらしい。今までは本人確認など必要なかったのだが顔なじみテレビ局員さんであっても免許証などの提示を求めるように変わったそうである。
次から次へと悪質な手口が編み出されているので正直後手に回っている面が多いのだが、郵便局の窓口で免許証などの提示を求めたり写しを取らせて貰うのはこういった犯罪を防止するためなのである。他人の住民票を使って原付免許を取得し、それを空き家に配達させていたという事例が先日マスコミで報道されていたが、クレジットカード詐取などに使われただけでなく局に対しても使われているに違いない。結局郵便局で対応できるのは窓口での確認を丁寧にするくらいしかないのであるが、マルツが入っていた場合には期限内に受け取って貰うこと、ポストは出来るだけ鍵のかかる形式の物を選ぶなど、お客さんにも防犯意識の徹底を図って貰うしかないと思う。
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明日はホワイトデーである。そして郵便局では2月末までホワイトデーゆうパックの販売が色々言われていた。尤も集配職場ではこの間の要員不足のために勤務時間中にお客さんに声を掛けるなどとても出来る状態ではなかったし、更に今の劣悪な労働条件の下でやる気を失った労働者が多い。正直言って郵便局への帰属意識など希薄になっている。次から次へと退職者が出て、今では日常の業務運行すら出来ていない。ごくごく一部のマル生分子だけが営業しているような状況だ。
だがしかし、妻と娘にバレンタインチョコを貰っている手前お返しはしなくてはならない。どうするか色々考えた結果、ホワイトデーゆうパックを三つ注文した。成績は郵便の外務員に付けて貰った。これはホワイトデー当日を含んでその前四日間か五日間で配達するようになっている。週末我が家に届いた。
本題とは関係ないのだが、関西トランスポートという加古川郵便局の委託業者の解雇問題について今月七日か八日の朝日新聞に記事が載っていたようだ。兵庫県労働委員会が偽装請負として認定し、賃金支払いを命じたという。闘えば勝利できるのだ。関西合同労組関西トランスポート分会とJPU加古川分会との共同闘争の成果だと思う。
「加古川郵便局で小包委託業者がストライキ」 「郵便局と関西トランスポートは不当解雇をやめろ」 「新たな統一戦線の予感。」
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夕方のことであった。妻が「今日は『大王四神記』出る日と違った」と言い出す。確かにペ・ヨンジュン主演の時代劇ドラマのプロモーションDVDが発売される日である。先月雑誌の広告で見つけたので、妻は私に命じてネットで予約させていたのである。6時を少し回っていたので晩酌をしようと思っていたところにこれだ。仕方なく本屋タウンから入荷の案内が来ているかどうかを確認してから書店に走る。いつも取り寄せを頼んでいる店である。丁度「大王四神記」の他に「超忍者隊イナズマ!」も入荷していた。店の娘さんには店売りの分と二重に注文したかと勘違いさていたようで、最初は驚いたと言われた。
夕食が済むと妻と息子とで、どちらが先にDVDを見るかでテレビの取り合いである。「あんたはパソコンで見」との一言で私はゲームを終了して息子にパソコンを譲る。自分専用のパソコンが欲しい・・・ 「大王四神記」は金盤と銀盤とがあってほんの少々の違いらしいが両方を買い揃えた。ドラマ政策発表や撮影過程などの他にロケ地である済州島の観光名所やグルメスポットが満載である。夢中になって見ている妻。それを横目に私と息子は「超忍者隊イナズマ!」を見た。
ストーリーはデカレンジャーでデカピンク役をしていた菊地美香が未来のテレビプロデューサー寺田ジュン役として登場し新番組の企画を提出するところから物語が始まる。局長に江戸時代に言って忍者をプロデュースしてくるよう命じられ、デカレッド役をしていた載寧龍二演じる倉田宮敬直を伴って過去に飛ぶ。コメディーの要素を入れるためにドジな三人組、ビビリの細松にマジレッド役の橋本 淳・大工の寒吉役にマジイエローの松本寛也・ドジッ子だんご屋娘・かぐやにマジブルー役の甲斐麻美が扮していた。悪役には毒家守の若旦那輝之助にマジシャイン役の市川洋介・女郎蜘蛛の若旦那の妹いとにマジピンク役の山内明日・蟷螂鬼の用心棒藤十郎をマジグリーン役の伊藤友樹が当てられていたので、息子は大喜びである。
何だかんだと二人でワイワイ言いながら45分の作品とメイキングなどの映像特典を楽しんだ気であった。途中から息子はどこかへ行ってしまい、いい年こいたおっさんが一人で見るハメになったのであるが。何だかんだ言いつつ第二作の「超忍者隊イナズマ!!SPARK」も楽しみである。
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今日は朝から妻の機嫌が非常~に悪い。先ず第一番の問題点は昨夜私の鼾で眠れず、明け方ウトウトしたと思ったら飼い犬のチョコとクッキーの鳴き声で眠気を飛ばされ、睡眠不足になったためである。二番目の問題点は息子が朝寝坊し、それを起こしに行った私までが「ミイラ取りがミイラになる」状態で朝寝してしまい、息子は保育所を休んでしまったのである。こうなると、息子が騒ぐせいで昼寝をすることも出来ない妻は段々イライラが募ってくる。家族全員に当たり散らすのである。パチンコに行って気分転換しようにも息子を一人置いて出かけるわけにも行かない。夕方になって次女の帰宅が遅かったので怒りが大爆発するに至った。
次女の帰宅が遅かったのは、毎度の如く宿題を忘れ居残りをさせられたためである。一体いつの宿題を忘れたのかと問いただしたところ、土日の物であったらしい。両日とも友達と遊んでばかりいた。選りに選って日曜日は、私が宿題を始めすることをしないとして次女を叱った日なのである。次女は本当にいい加減である。犬の世話はしない、宿題は忘れる、家の手伝いは言わなければしない。そんなこんなで貯まりにたまった怒りが吹き出したのが日曜のことである。泣きながら反省していたと思いきや、しっかり宿題をサボっていた。
今日は妻が怒って、宿題が済むまで夕飯はお預けとなった。巻き添えを食らった他の三人は首をすくめて小さくなっていた。いつ怒りの矛先がこちらに向いてくるか分からないからである。そこで妻がPS2の「冬のソナタ」で遊ぶに任せて夕飯の支度を黙々とした。長女はやはり黙って「週刊少年サンデー」を読みふけっている。ヤマザキデイリーストアで購読している関係で、書店では水曜発売の物を火曜に読むことが出来るのである。息子は息子で妻に注意され寝室に散らかったオモチャの片付けをしていた。最近の脅し文句は「片付けせえへんかったら祖母ちゃんが来るで」である。きれい好きの母が来たら絶対我が家は大掃除になるからである。ちなみに今夜の献立は自分で出汁を取って作った山菜の炊き込みご飯と、な花のゴマ和え、煮干し出汁のカボチャのみそ汁、キャベツとトマトと挽肉を塩少々と醤油で味付けして最後にチーズを振りかけた煮物である。
夕方から「今日の日記はお母ちゃんのことやな」と妻が言うのでリクエストに応えてこの話題にしたのであるが、しっかり検閲が付いていた。後ろからのぞき込む妻に対して「何か事実に反することはありますでしょうか?」とお伺いを立てる私であった。
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今日はひな祭りなのでちらし寿司にしようと言うことで、息子と二人スーパーに買い物に行く。妻は昼前からパチンコに出かけて、次女は次女で友達と遊びに行っていた。いつもならインスタントのちらし寿司の素にするのであるが、昨日行きつけのお総菜屋さんでちらし寿司の具を売っていたので今日はそれにする。女将さんが「勇樹(仮名)君久しぶりやな。元気してたか。おばちゃん勇樹のためにお菓子用意しといてんで」とにこやかに声をかけてくれるのだが、照れくさいのかして私の背中に隠れる。「お姉ちゃんの分も持って行き。確か二人いたな」と言ってあめ玉を三つくれた。その後錦糸卵用に鶏肉屋で卵を買う。息子がお菓子売り場の方を見て物欲しげにしているので「お菓子はアカンで」と注意する。鶏肉屋の奥さんが「ボクお利口やな。一年生? 二年生?」と尋ねてくる。「今年一年ですねん」と答えると「最近の子は大きいなぁ。家の孫とおんなしやのに賢いわぁ」と褒めてくれる。内心まんざらでもない。
夕食の後、晩酌もしてゴロリと横になっていたら、息子が股間を洗濯ばさみで挟んでくれた。あまり痛くはなかったのだが、妻の一言が酷かった。
「洗濯ばさみになにしてんねん」である。
「洗濯ばさみの心配かい。普通もっと心配することあるやろが」
息子は調子に乗って私の股間を叩く、蹴るの乱暴狼藉である。
「父ちゃん死んだ」と言って白目を剥く私。
「死んだ人間がしゃべるか」と息子。そして洗濯ばさみで鼻を挟んでくる。
「グオー!!」と鼾をかく真似をする。「アーア、お父さん寝てしもた」と娘達。「こんでビデオ屋行かれへんわ。勇樹お父さんと留守番な」と妻が言う。
「父ちゃん、起きろ! 起きろ!」慌てて私を揺する息子。
暫くして、ふざけるのを止めて妻の運転する車でビデオ屋に向かう。
息子が「星がない」と言う。
「お月さんも星やで」と長女。
「ちゃう。勇気が言ってんのは歌織(仮名)みたいにちっちゃなマメみたいな星のことや」と次女が気にしている科白を何度も繰り返す。歌織は小柄なことをからかわれるのが大嫌いである。
「お前なあ、お星さんにしたろか」とすごむ次女。(頼むから、美少女なんだからおしとやかにしてくれ)と心の中で思う。
ビデオ屋に着くや息子はアニメ・特撮のコーナーに走っていく。私はカウンターの前に並んでいるデータ用CDの安売りに目を奪われる。そう言えば色々撮り溜めたデジカメの写真は、データとしてパソコンに保存しているがバックアップをとっていないしプリントもしていない。CDを焼いたことはないのだが、試してみようと思って10枚入りのCDRとケースを購入する。息子は「轟々戦隊ボウケンジャー 最強のプレシャス」と「仮面ライダーカブト GOD SPEED LOVE」に「涼宮ハルヒの憂鬱 3」を借りたいという。妻に任せるとヨン様主演の「ホテリアー」を3~10までまとめて借りている。娘達は遊びあきたゲームソフトを買い取りして貰って二人合わせて7千円ほどになっていた。車に乗ると息子は早速DVDを見ようとしていたので、「おうちに帰ってから」と止めさせる。帰宅すると妻がヨン様を見ようとしているのを横目にテレビを占領する。今日は土曜なのでエンタが終わるまでテレビは子ども達に占領されることになる。妻は不平満々である。
何だかんだと今日も我が家の平穏な一日は過ぎていくのであった。
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妻の留守中、子供達が三人とも風邪をひいてしまった。次女と息子は月曜に内科に連れて行って受診したが、今日で連続四日休んでいる。長女も火曜から具合が悪い。親として子供の健康管理が出来ていないと反省するしか無い。息子は特に咳が酷く、明日は腎臓病の為に医大病院に受診するのだが、もしかしたらそのまま入院も有るかも知れない。本当に困った。
色々家庭事情で動きが取れない間に社会情勢が急激に変化している。あいりん地区解放会館に住民票を置いている2700人の住民登録抹消・選挙権や各種社会保証を受ける権利の剥奪攻撃に対して、連日大阪市役所前での抗議が続いていた。「旗旗」や「釜パトブログ」に報告記事が掲載されているので、是非ともご覧になって欲しい。削除に対しては裁判所が執行停止命令を出したらしく、一時時間が稼げる。市役所前などで呼び掛けられている署名は一日で500筆集まる日も有ると言う。このまま大阪市の関市長を追い詰めて、削除を断念させよう。
民医連経営の病院への批判記事に付いては、「土佐高知の雑記帳」・「みながわblog」・「京さん党宣言」にトラックバックした物はそのまま残っていた。他にも幾つか共産党系のブログにもトラックバックしたが、それらに付いては今日の時点では残っているかどうか確認する余裕がなかった。批判をきちんと受け止めてもらえるなら非常に有り難い。
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追記 「左翼というのはプライドたりえるのだろうか」・「ポラリス-ある日本共産党支部のブログ」では削除されたかトラックバックに失敗したのか、掲載されていなかった。「日本民主青年同盟京都西地区委員会blog」ではそのまま残っていた。それぞれブログ開設者の度量が偲ばれると言うことにしておこう。
更に追記 「左翼というのはプライドたりえるのだろうか」の leftyさんからコメントがありましたが、どうやらはてなダイアリーのブログはトラックバックの送り方が特殊だそうです。私が失敗したようです。大変失礼しました。
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先日、金曜日のことであるが、夕飯後に私が本屋に行きたくなった。理由は簡単で、単に古本屋で買ったマンガが途中で一冊欠けていたので、その空白を埋めるためである。買って帰ったのは大島永遠「女子高生」の7巻とファンブック、木尾士目「げんしけん」・「くじびきアンバランス」、田中芳樹原作・垣野内成美作画「薬師寺涼子の怪奇事件簿」7巻、田中芳樹「アルスラーン戦記」カッパノベルス判四冊である。
元々「げんしけん」が大学のオタクサークルを舞台とした青春を描いているので、長女の好みに合うかと思って一巻を買ったのであるが、どうやら好みではなかったようで毎度の如く「ビミョー」と言われてしまった。詩織(仮名)は自分が気に入らない場合ハッキリ言わずにこの様に言うことが多い。料理を作ったときにこれを言われると凹んでしまう。結局私が昨今のオタク事情を描いていることで気に入ってしまい、全9巻を揃えてしまったところ、次女の歌織(仮名)が食いついてきた。知らぬ間に全部読破している。そこで「女子高生」の1巻を勧めてみたところ、これまた気に入ったようで、7巻を飛ばして8巻までを購入してゆっくり読んでいると、私が2巻の途中であるのに次女の方は6巻まで読んだという。そこで冒頭の記述にあるように7巻を買うために本屋に行くこととなった。
長女はファンタジー小説が好きなので、「アルスラーン戦記」のカッパノベルズ版を読ませたところ、面白いと好評であった。カッパノベルズ版は角川文庫版の二冊を一冊にまとめてあって、11巻と12巻とはノベルズ版で買ってはいるが、元々角川文庫版で10巻まで揃えていたので買うつもりはなかった。屋根裏部屋にしまい込んで探し出すのが大変なのでノベルス判1・2巻を購入して与えたのだ。田中芳樹を読むことで、歴史小説や時事問題に沢山触れている伝奇小説に興味を持ってくれればと思い、詩織には田中芳樹を与えることにした。コミック判「薬師寺涼子」シリーズは面白いと行っていたので最新の7巻を購入した。ノベルズ版も手に取りやすい場所にある物は本棚に移しておいた。その内「創竜伝」にも手を出してくれたらと思う。
親子で同じ本を読んでいると、それが共通の話題になる。例えばマイミクさんの薦めで「涼宮ハルヒの憂鬱」を買って読んだところ、面白かったので詩織に勧めたところ気に入ったらしく、殆ど買い揃えて読んでいる。次女の歌織にも勧めているのだ。ついでに言えば息子の勇樹(仮名)までアニメ版のDVDを気に入って、続きを借りてくれとねだる。中でも朝比奈みくるがお気に入りのようで、番外編の「朝比奈みくるの冒険」は何度も見返していた。「女の子に生まれ直したらみくるちゃんって名前にして欲しい」だの、いきなり「みくるビーム」とか言い出すのである。更にはゲームのキャラクターにも「みくる」と名付けたりしている。そして、妻が事情で数日留守にするので暇つぶしに本を貸してくれと詩織に言うと、何とか言うファンタジーを勧めて「重そうだから」と断られるや「涼宮ハルヒ」シリーズを薦めていた。妻もまあまあ気に入ったようで、そこそこのペースで読んでいる。親子で「涼宮ハルヒ」に嵌っているのもどうかと思うが、結構小説やマンガが共通の話題になる。これはこれで良いのかなぁなんて思いながら、子ども達が気に入りそうな本を物色している私である。
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先日の「ブログペット(BlogPet)」に対して、非常に有り難いことに二人の方から使っていないタブレットを譲ってくださるというお申し出があった。図々しくも有り難く頂戴することにして、メールをやり取りし、話がとんとん拍子で進んだ結果とむ丸さんから譲り受けることと相成った。荷物が到着するなりお礼の電話を差し上げ、早速パソコンに繋いで設定を行い、試しに長女の詩織(仮名)に触らせてみる。パソコン付属のマウスで書くより使いやすいと言うし喜んでいる。実は長女は中学の絵画部というクラブに所属していて、マンガやアニメのイラストを描いている。将来の夢はマンガ家である。実際には次女の歌織(仮名)の方が色々画材なども買いあさっていて、マンガ雑誌のイラストコンテストにも応募したりしている。二人ともイラストが大好きである。
長女作「チョコとクッキー」 我が家の飼い犬をマンガにした物で、時々二人して四コマ漫画に登場させたりしている。
次女作「ニュースーパーケンタ」 マンガ「アニマル横町」のキャラとゲームのスーパーマリオとを合わせたらしい。
息子勇樹(仮名)作「ニュースーパートカゲ」 なんか良く分からないが次女の後に書いたのでその題が付いたらしい。
とむ丸さんに一言と言うことで長女詩織より「タブレットをどうも有り難うございました」 次女歌織より「有り難うございました」 息子勇樹より「ペイントに使うタブレットをどうも有り難うございました」 私からも改めてとむ丸さんにお礼を申し上げます。
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妻が大好きな俳優は織田裕二とペ・ヨンジュンである。織田裕二のファンになったのは「東京ラブストーリー」かららしいが、「湘南爆走族」でデビューした当時から気になっていたらしい。その後「ベストガイ」「卒業旅行 日本から来ました」「踊る大捜査線」「真昼の月」「お金がない」「ホワイトアウト」「県庁の星」等々DVDを購入したりビデオに録画している。コンサートにも何度も行っており、一度お供させられたことがある。息子が生まれる前のことで実家に長女と次女を預けてである。
ペ・ヨンジュンについては以前にも何度か書いたのであるが、パチンコがきっかけである。それが今ではロケ地巡りのために韓国に行ったり「冬のソナタ」のパチンコゲームを買って遊んだり、今日は今日でブックオフに行って「四月の雪」のDVDで埼玉アリーナでのコンサート風景の録画された物を購入している。
二人に共通する魅力は、妻曰くスタントマンを使わないで役作りに徹底して拘るところらしい。そう言えば昔はジャッキー・チェンも好きだった。織田裕二が時としてマスコミに叩かれるほど役作りに徹底している様子を見聞きすると、妻にとっては益々惹かれてしまうらしい。コメディーからアクションまでこなす幅広い活躍がまた良いらしい。ペについても同様らしく、雑誌などで役作りに専念する様を読む度に段々好きになってきたようだ。夫としては時に嫉妬を感じるほど嵌っている。どうせなら私にもう少し惚れ込んで欲しいと思う今日この頃である。
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「狸議長の寝入り」の「☆ジブリール☆」や「人生やり直し&うつ病日記+α(アルファ)」の「ウッチー」の様にブログペットに代筆をさせることが出来るらしい。草加さんの「旗旗」にも「はたぼう」と言うウサギがいるのだが、流石に記事までは書けないようだ。体調が悪くて記事を書くのがしんどい時など、こういったブログペットが活躍してくれたら助かるなあ等と思ってしまう。
そこでペットならぬ子ども達に書かせてみた。次女の歌織(仮名)にパソコンの一太郎を使わせてみる。「アホバカ間抜け。お前の姉ちゃんおデブ」と息子の勇樹(仮名)に対する悪口を打ち込む。するとそれを読んだ長女の詩織(仮名)が突っ込む。「あんなぁ、姉ちゃんは歌織の姉ちゃんでもあるんやで」 そこで次女は意味不明の文字の羅列を打ち込む「クッキーが三便回ってワン。ヤッホー りりりりり・・・」 クッキーというのは我が家の飼い犬で白い方である。茶色い方はチョコという。三年前のバレンタインデーに貰ってきたので連想からチョコと名が付き、もう一匹にはチョコとの連想からクッキーと名が付いた。
一太郎を終了してからペインティングソフトでお絵かきをする歌織。何やらウサギのような物を描き出す。「りぼん」に連載している「アニマル横町」に出てくる「イヨ」というキャラクターである。上手にかけていたのでそれをブログで公開しようと思って保存しておいたのであるが、息子が落書きした後で上書き保存してしまったので、意味不明の画像になってしまった。マウスを使って描くのは大変であるのに、次女の苦労は水の泡と消えてしまった。イラストやマンガを書くのが好きな娘達のためにスキャナーやタブレットがあれば便利だと思う。その内きっと買うに違いない。そうしたら「晴天とら日和」のとらさんの真似をして絵日記にするのも良いかもしれない。
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追記。次女が描き直した「イヨ」のイラストと、息子が描いた雪だるまの絵を掲載しました。
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一昨日の木曜日のことであるが、息子が通う保育所では日頃の保育状態を見て貰う為の「生活発表会」が開催された。妻が見に行ったのであるが、簡単に言うと学芸会に保護者を呼んでいるような物である。学校の参観日に相当する行事としては保育参観というのがある。息子のクラスは「夢わかば」という歌を歌い、手話を交えて「世界に一つだけの花」を合唱したらしい。その他にも劇あそびで「おくびょううさぎ」、ピアニカの演奏で「メリーさんの羊」「ミッキーマウスマーチ」を演奏したそうだ。保育所最後の生活発表会と言うこともあって「保育所のおもいで」というプログラムもあったらしい。「夢わかばってどんな曲?」と息子に尋ねると「フッフッフ、それは言えないな」という返事であった。
昨日は入学する小学校の「半日体験入学」という行事があり、それには私が付き添った。体育館で今現在の一年生が縄跳びや跳び箱跳びを披露してくれたり劇を演じていた。息子の席から離れたところで、見学している様子を眺めていたが、近所の公園で知り合ったお友達とふざけ合っていて中々集中できないようだった。次女の体験入学にも付き添ったのだが、その時次女は大人しく見ていた。兄妹でも落ち着きがあるなしの違いがあるのであろう。次女も息子も、通っている保育所から同じ小学校に入学する友達が居ないので、本当ならば集中できるのであろうが、息子は友達を作るのが上手なのかも知れない。社交性があると言うことだろうか。
その後学校内の各所を案内して貰い、図書室・音楽室・工作室・給食調理室などを見てから、教室でランドセルを背負わせて貰ったり、おみやげを貰ったりして帰宅した。
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昨夜は嬉しさのあまり缶ビールを五本も空けてしまった。祝杯を挙げつつ知らぬ間に涙がこぼれていた。嬉し泣きというのも良い物だ。erkinさんから要望のある全逓四二・八闘争裁判勝利確定の自分なりの総括は宿題とさせていただいて、じっくり考えてみたい。正直病気の為もあって見落としていることが沢山あるからだ。
日曜に半日歩き回って筋肉痛で寝ていた月曜のことであるが、昼から飼い犬たちの散歩に行くことになった。最初は妻子に任せようと思ったのだが、筋肉の超回復の為には可能な限り体を動かす方が良いというので、腰に湿布を貼って付いていくことにした。超回復というのは筋肉を酷使すると、それ以前より強い力を発揮できるように強くなって回復することらしい。トレーニングなどで筋肉が発達するのはその仕組みによる物だそうだ。(追記。酷使した後には十分な休養が必用だという指摘を受けました。中途半端なことを書いたためにご迷惑をかけた方がおられましたらここにお詫びいたします)
犬の力が強いので、普段リードを持つのは私と長女であるが、この日は次女と息子が持ちたいと言い出した。中型犬なので引きずられてしまうのではないかと心配したが、どうにかこうにか散歩することが出来た。途中犬が走り出して息子が吊られて走り出したので、横合いからリードを掴んで犬を叱り飛ばした。途中息子が長女と交替したのが、マーキングしている最中であった。息子は選りに選って長女と犬の間に入り込んで靴にオシッコをかけられてしまった。みんな息子を笑ってしまったが、私に似ておっちょこちょいだなあと思う。帰宅してから大あわてでお気に入りの靴を洗ったが、翌日までに乾かず別の靴を履いて保育所に行くことになる。
風呂に入ったときのことなのだが、いつものように二人でふざけていた。ガンダムの模型を風呂場に持ち込んで戦いながらお湯の掛け合いをしたり、息子が背中に乗っかってきたりした。調子に乗りすぎたので叱ると、素直に謝る。この点は注意を受けても反省の色がないネットストーカー共とは大違いである。謝ったので私も相好を崩し、再びふざけ始める。私が舌を出して「ベロベロ~」と舐める真似をすると息子がのけぞりながら「なめんといてや~」と言う。そうこうする内に開き直ったのか唇をとがらせて前に突き出してくる。「ブッチュー」と言って思い切りキスしてやる。「お父さん好き」と抱きついてくる。こんな処が愛おしい。抱きついたまま「はみはみしてあげる」と言って耳を甘噛みしてくる。そこで私がゆびでこカンチョーして反撃する。「ぬひょほへほ~!!」と悲鳴を上げる息子。
適当に遊んでから切り上げる。夜の九時半を回ったくらいに台所でタバコを吸っていると寄ってきて「お父さんと一緒でないと寝られへん」と甘えてくる。首にすがって抱きついてくる。その内また調子に乗ってぶら下がるので再びカンチョーしてやる。アホなことばかりして時間が過ぎていく。十時二十分頃であったか、妻が「恐がりの勇樹君と一緒に寝たろか」と言って二階の寝室に上がっていった。
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昨日友人と会ったのだが、その時の話の弾みで何故か半日歩き回ることになってしまった。自宅を出たのが12時半頃で、途中雨が降り出したときに30分から40分程度自宅に戻って雨が止むのを待ち、再び歩き始めて、結局帰宅したのが17時頃であった。1時間に10分程度の割合で休憩を入れたのだが、帰宅寸前の頃には足が上がらなくなっていた。息子が自転車で伴走してくれたのだが、それに励まされつつ何とか歩ききった。運動不足で体が鈍っているのと、年をとったのとを実感してしまった。
昔、現役活動家の時代には本当によく歩いたことを思い出す。集会の後のデモ行進は当然のことなのだが、日常的にキリ戦争という物をしていたので兎に角よく歩いた。公安警察やファシストカクマルに尾行されていないかどうかを確認し、目的地を予測されないために電車に乗るときは最寄り駅を使わないで一駅か二駅手前で下りるか、あるいは乗り過ごして引き返す。場合によっては沿線その物を別の線を利用して歩く。当然のことであるが目的地まで直行などしないで、迂回して迂回して歩く。1時間や2時間掛けて目的地に着くことは度々であった。まっすぐ行けばたった二三十分で住む距離をである。
そして活動の際にもまたよく歩いた。一番大変だったのは選挙闘争である。東大阪・泉佐野の市議選、杉並での区議選・都議選等々、朝集合場所に赴いてから担当地域の住宅地図を渡され、その範囲にくまなくビラを撒くのだが、これがまた大変だった。土地勘も何もないところをいきなり任されるのだから、効率的な周り方など出来ない。杉並のような都会の場合には住宅が密集しているからまだ良いのであるが、泉佐野は漁村地帯や農村地帯を抱えている。家がまばらな地域もあるわけだ。まばらでなくとも田舎であるから一軒一軒の敷地が大きい。一千枚のビラを撒くのに9時から18時くらいまでかかった。特に大変だったのは日根野という、今の阪和道から関空道への分岐点あたりだろうか。昔は本当に田舎で何もなかったから、食事をする場所すらなかった。パン屋で菓子パンを買ったら、数日前に賞味期限が切れていることもあって吐いた記憶がある。また、東大阪は平地部もあるのだが、生駒山の麓の石切方面などに当たると、登り降りが急で、本当に疲れた。
以前にも書いたことがあるのだが、十日間で100キロ以上デモをしたこともある。88年のことなのだが、沖縄平和行進に参加して、五日間毎日十数キロを山あり谷ありの南部戦跡コースを歩き通した直後、三里塚闘争で成田市三里塚から芝山町にかけてやはり十数キロデモ行進をした。労働歌や反戦歌を歌って士気を鼓舞しながら歩いたのであるが、20代の時で体力もあったのでそれら一連のデモが終わっても普通に出勤できた。たった半日歩っただけだが、きっと明日は筋肉痛で一日中寝ていると思う。
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昨夜は一睡も出来なかった。どうしても今日行われる長居公園におけるホームレスに対する強制排除の行政代執行が気になっていた。私のような元党派の人間からすると行政代執行と言えば三里塚における71年の代執行を思い出す。立木に体を括り付けた農民がいるのに、そのまま切り倒したり、地下壕に立てこもる農民や支援の上をブルドーザーで走り回って生き埋めを狙ったりという、政府・空港公団のやり口があるからだ。今回の長居公園においても様々な形で行政による暴力行使が行われ、それに対して当然の抗議を行った人々を公務執行妨害として警察が暴行を加えた上で逮捕・長期投獄するというイメージがある。
朝方の5時頃になって、布団から抜け出した私はNikonF801Sを引っ張り出した。鬱病になって数年、殆ど使うことがなかった。ESPIO115かFinePixを使って簡単なスナップショットを取る程度であった。だが久々に愛機を取り出し、ついでにNikonF70Dも鞄に詰め込んだ。誤解の無いように言っておくと、NikonF70Dはデジカメではない。ニコンの場合デジカメは 「 NikonD70」などのようにDが先に付く。私の 所有している機械は基本的に銀塩(フィルム)カメラである。でもって二台のカメラを持って以前の住所の近くの大きな公園まで足を伸ばしてみた。自宅を出た5時45分はまだ日の出前で闇の中だった。
色々と被写体を探しつつ写していると数年ぶりでカメラの師匠の一人であるFさんに出会った。何でも最近は芸術活動にいそしんでいるという。お年がお年であるだけに、好きなことをして過ごされているのが羨ましいと思った。元々この人の影響で私はNikon党になったのである。写真を始めたきっかけは職場の先輩が新しいカメラを買ったために要らなくなったミノルタXEを安く譲ってくれたことに始まる。その延長でα3700iも買ったのだが、マウントの問題などを含めてミノルタに対するNikonの優位性をこんこんと説かれ、更には上達したければNikonの中でもNEWFM2と言う完全マニュアル機を勧められた。以来十数年私はNikon党になっている。これはこれで良かったと思う面もあるのだが。つまりマウントが他社はマニュアルフォーカス・オートフォーカス・デジタルカメラとで全て異なるために、折角揃えたレンズの互換性がないのである。処が Nikonだけは一貫して同じマウントを貫いている。つまり今現在のレンズがそのまま使えるのだ。
更に暫くすると今度は「地底旅行」というお店で働くOさんに出会う。この人と会うのもやはり5~6年ぶりだと思う。「地底旅行」というのは、全国金属港合同という労組が経営する労働者管理の職場である。元々は田中機械と言うところが倒産して、労働者管理で職場を経営した処である。誤解の無いように言っておくと港合同と田中機械労組は=ではない。港合同の一支部だったか分会である。Oさんは田中機械とは関係ないのだが、久しぶりと挨拶すると「老けたねえ」と一言。そりゃ数年ぶりだからおっさんにもなっていますよと内心で思う。
何だかんだと言って早朝に出歩いて旧知の人たちと再会できたことは良いことではないかと思う。「早起きは三文の得」と言うが、寐ないのも有りかなあと思う。結局今日はカラーのISO400三本とネオパンのSS一本。ISO1600の36枚撮りを一本使い言った。色々あって今日は久々にストレス発散をすることが出来た。問題は銀塩の場合スキャナーを持っていない私にはアップする術が無いと言うことである。下手な写真を見せられるよりは良いかもしれないが。写真撮影の後でマイクを握り色々と唸って更にストレス発散をした。
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夕食が済んでから、何故か次女が私のスリッパを履いていた。「明日になったら足が痒くなるで」と冗談を言うと、いきなり脱いでから鼻をつまみつつペットボトルでつつき始めた。妻が「なんて事すんの」と叱るので次女がスリッパをつついていることを言っているのかと思ったら、「それ韓国旅行の記念に持って帰った奴やで。みんなが捨てんと帰らはるから持って帰ったのに」と宣う。おいおい。すると次女はオモチャを持ってきてそれでスリッパをつつく。そんなにお父ちゃんのスリッパが要らんのか。冗談で言うただけやのに・・・
その後拗ねた私は寝室に籠もってマンガを読んでいた。息子がやってきて音楽聴きたいという。これは携帯に入っている着メロを聞きたいと言うことである。最初にメモリーを操作していて「自由の旗・自由の民」という銀河英雄伝説の自由惑星同盟の歌をならす。その後で、いま東映特撮BBで配信されている「特警ウィンスペクター」を聞きたいという。携帯の会社が変更になったために今までとはメニューが少し変わっているので探すのに少々苦労して見つける。その後二人で色々聞きながら、「怪獣総進撃のテーマ」だの「ガメラマーチ」だの「疾風ザブングル」「仮面ライダーカブト」などをダウンロードする。
音楽付いていたので、入浴の際についつい良い気分になって歌を口ずさんでしまう。問題はその曲である。いきなり「ワルシャワ労働歌」だ。次いで「インターナショナル」である。カラオケに行っても労働歌は入っていないので、こんな時しか歌えない。軍歌なら沢山入っているのであるが、歌えるけれど歌わない。と言いつつも今夜は「加藤隼戦闘隊の歌」と「海軍ラバウル航空隊」を歌ってしまった。勿論その後は「赤旗の歌」に「三里塚芝山連合空港反対同盟の歌」「差別裁判打ち砕こう」と、題名は忘れたが嘉手納基地包囲闘争の時に歌われた曲「戦の嫌いな人が住み、戦争を止めたこの国に。だーれが決めたか基地がある。優しい心を武器にして、平和な国を作ろうよ、平和な国を作ります。手を繋ごう、世界を繋ごう、人間の輪で、人の輪で」というのでしめた。
父の影響でいまだに軍歌を20曲くらいそらで歌えてしまう。勿論労働歌もそれと同じくらい歌えるけれど。結構音楽というのは、気分を高揚させるのに役立つ。特に軍歌だの労働歌だのは元々がそう言う目的のための曲であるから尚更だ。今日は朝から妻が医大病院に受診に行ってきて、あまり良くない結果を聞かされたので一日気分が重たかったのだ。こんな時には気分転換になる。
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昨日まで二泊三日で妻が韓国の済州島旅行に行ってきた。ロッテの懸賞で格安旅行に当たったためである。去年の秋に雑誌広告を見て「これ行きたーい」と言うので、私がネットで応募した。確か一等は地デジ対応テレビで、二位が旅行の無料招待で、妻が当選したのは三等であったと思う。二泊三日で3万ほどだったので国内旅行より安かった。何で私がネットで応募したのかというと、妻はパソコンが苦手である。職場で電子カルテの入力をするだけで嫌気が差しているらしく、自宅では幾ら言っても触ろうとしない。逆に私は、職場ではパソコンに触ると言えば保証設計書以外にアクセス権限がないので自宅でばかり触っている。
我が家でパソコンを一番使うのは私だが、その次は息子が東映特撮BBを見るのが多い。次いで次女が学校の宿題の調べ物をするときにGoogleで検索したりキッズYahoo!を使っている。。時たま、ホンのごく稀にBe-GOという英語の学習ソフトを使う。長女は最近お気に入りのゲームの攻略サイトを見るようになった。長女の場合はその他にホンのネット通販にも使っている。
脱線したので本題の妻の韓国旅行に戻ると、期間中息子が愚図って困った。日曜は夜一人で眠れないと泣くし、月曜は7・7度の発熱をして保育所を休む。火曜は火曜で吐き戻して休む。今日も風邪引きでダウンしていた。長女にお守りを頼んだところ、嫌がって真面目に登校してくれたのは不幸中の幸いかも知れない。何にせよたった三日間妻が居ないだけで息子は体調を崩してしまった。難儀なことである。
妻が帰宅したのは火曜の22時くらいだったようなのだが、私は早めに就寝していた。ふと目覚めて階下に降りると、妻がPS2で「冬のソナタ」のパチンコゲームをしていた。ネットに繋いであちこち見ながら妻の土産話を聞いていたところ、どうやらかなり楽しめたようで、関空に到着したときにはこれでお終いかと溜息が出たそうだ。何でもガイドさんが非常にノリの良い人で、本来ならばオプションにも入っていなかった店などを次々回ってくれたそうなのだ。ペ・ヨンジュンが済州島で立ち寄った店に行ってくれてはヨン様定食というペ・ヨンジュンが食べたのと同じ料理を食べたり、有る場所では合成でぺとのツーショット写真を作ってくれたりしたそうだ。妻に見せて貰ったのであるが、かなり上手くできていた。同じツアーで同じ合成をした人たちは、目をつむっていたり手や顔の位置が上手く合わせられなかったために、一目で合成と分かる物だったそうだが、妻の場合は一応見ることが出来る。
出来たらまた言ってみたいという妻に対して、今度は家族で行こうなと答えるのであった。
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色々あって非常に忙しい。忙しいところに持ってきてトラブルというかバトルを繰り返しているので更に忙しい。本当であれば今頃はFPのテキストが終了して、日曜の試験に向けて万全の体制を整えているはずである。処がしかし、全然はかどっていない。はかどらないばかりか重圧に負けて現実逃避をしている。ついでに、何故か新日本出版社の「経済」を読んで小論文を書くハメになってしまった。それがまた金曜、つまり明日が締め切りである。中々忙しい。忙しいので書き込みへの返信はFP試験の終わる日曜以降のことになりそうだ。
以上簡単であるが、近況報告。
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一昨日の晩から昨日の朝にかけて2ちゃんねる共産板に連続で書き込みしていた。流石に年のせいか昨日は堪えた。20代の時なら徹夜の後でも平気で仕事が出来たのであるが、今はとても出ないがそれは出来ない。尤も休みの前夜と言うことで一昨日を選んだのであるが。色々書き込みをしてまあまあの成果を得ることが出来た。そして昨夜は友人と一緒に焼鳥屋で飲んだのであるが、寝不足で飲んだためにテーブル席に座ったにもかかわらずウトウトと寝入ってしまったりした。結構よく回っていたようだ。
今日は入浴後に先日買ったメロンを食べようと息子が言い出す。何でこんな贅沢品を買ったのだろうかと思い出すと。一昨日であったが、息子を保育所まで迎えに行き、帰りに夕飯の買い物に寄ったためである。普段は息子に果物屋さんの生ジュースをねだられるのである。実際一昨日もそうだった。処が店に行った時間が遅かったために販売が終了していた。ミックスジュースならあるとのことであったが、息子はメロンジュースが良いと駄々をこねる。「ほなまた今度な」というのだが聞き入れない。「家で作って」と言われ、仕方なくメロンを一玉買うことになった。結構良い値段である。メロンジュースなら一杯200円で済むのだが、一玉買うと1780円であった。唯でさえ乏しい小遣いが更に減ってしまった。昨日一昨日と食べずに熟成させて、今日食べたのであるが、大変美味しかった。
息子に甘い性格を何とか直さないといけないと思いつつ、子ども達が美味しそうに食べている姿を見ると、まあいいかと思ってしまう。
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何度か書いたことがあるが、息子はいまだに肛門期を卒業してくれていない。相も変わらず私の股間を突っついてくる。「これなんや~ 言うてみ~」「何が入っとんねん」と言葉遣いが荒っぽくなっている。だがしかし「なんやこら!! ケンカ売っとんか?」と言い返すと、「ハイ、父ちゃんごめんなさい」と素直に謝る。最近はカンチョーはしてこなくなったが、股間への攻撃は相変わらずだ。四月には小学生だというのにいい加減にせいやと言いたくなる。確か昔読んだ育児書では5歳くらいで卒業すると書いてあったように思うのだが、何でいまだに続いているのだろうか。
よく聞く話ではあるが、育児書を頼りに子育てをしているお母さんがこれで悩むらしい。つまり、自分の子供が育児書通りのことをしてくれない・成長してくれない、もしかしたら自分の子はおかしいのではないかと思いこんでしまうのだ。個人差があるのでそのこその子に合った育て方というのがあるのだが、実はこれが中々難しい。相手はペットではないからそれだけ気になるのだろう。我が子のことだから神経質にもなる。そして育児ノイローゼになるお母さんというのは多いようだ。今は核家族が殆どで、弟や妹のお守りの経験すらない親が殆どだから、全くいきなり育児をすることになる。それはしんどいだろうなと思う。私の親の世代、もう少し若くて団塊の世代あたりまでなら子だくさんの家族も普通だったろうし、地域の繋がりや絆も深かったから共同での育児みたいなことがあったらしい。私の幼少期も飯場住まいの時期は手の空いた大人が子供の集団を面倒見ていたし、他所で食事したりするのもごく当たり前だった。
核家族で夫婦以外の手を借りることが出来ないというのは本当に大変だと思う。幸い我が家は子ども達の年齢が四つずつ違うので、上の子が下の子をあやしてくれたりオムツを替えたりしてくれた。長女と次女には本当に助けて貰っているなぁなんて思ってしまう。しかし息子だけは末っ子だから今だにまとわりついてくる。風呂は時々一人で入ってくれるが、殆どの場合私が入れなければダメだし。極々たまに妻と入ってくれるが、こんなときは一人でノ~ンビリ湯船につかれて楽である。夜は夜で自分の布団で寝ることはまず無い。私の布団に潜り込んでくる。こいつがまた寝相が悪いからたまったものではない。布団の中で一回転するのはざらである。グイグイと迫ってきては私を布団から追い出す。唯でさえ鬱病のお陰で中々眠れないことも多いのに、ウトウトすると起こされる。幸いおねしょだけはしなくなってきたので冷たい思いはしなくなったが。
おねしょと言えば年末に父が泊まりに来たときに、一年ぶりくらいにしてしまった。そして今年は十日頃だったかに一回している。赤ちゃん返りでもしているのだろうか? 長女の時はそうだった。四歳の時に次女が生まれたのだが、卒業していたはずのおねしょを再びするようになった。お陰で次女の分と二種類のオムツが必用だった。で、昨日は妻が泊まりだったので保育所の帰りに夕飯の買い物をしたのだが、行きつけの店のおばちゃんに、話の弾みでおねしょしたことを見破られてしまった。そうしたら拗ねる拗ねる。いきなり早足で店を出て行ってしまう。慌てて追いかけると「お父さんの嘘つき!! 言わへんって約束したやんか」とお怒りである。そんな約束したかいな?と思って尋ねると何日か前にしていたらしい。「そうか、それはあの日の約束や。今日の約束と違う。今日の分は今日約束せなアカン」と言って誤魔化し、指切りげんまんをした。子育てって疲れるなぁ。
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最近またしても鬱の症状が悪化してきている。折角去年は調子が良かったのであるが、仕事をすると元の木阿弥だ。転職を真剣に考えた方が良いのかも知れないなどと考えていたら、郵便の人たちが新年会に誘ってくれた。気晴らしになるからと参加して、とある居酒屋でちゃんこ鍋をつついた。以前は時々一緒に飲んで騒いで、職場の愚痴を発散したりしていたのであるが、病気をしてからというもの郵便の人たちと一緒に酒を飲むのは初めてである。貯金保険の場合は大抵が管理職が一緒なので本音が言えないし、成績のことで取った取られたという醜い人間関係もある。郵便の仕事をしていたらそれなりに問題が出て来るのだろうが、今のところ職種が違うせいで利害が対立することはない。
貯金保険で言えば、私の局には最高優積者と優積者が一人ずついるのだが、どちらとも仲が良くない。優積者というのは保険の募集実績がよい者のことで大抵の場合何所の職場でもでかい面をしている。以前在籍していた優積者も何人かいたのだが、その人達の場合は面倒見が良くて人の契約を横取りするようなことはなかったのだが、今いる最高優積者は「守銭奴」の一言に尽きる。局に入って以来一緒というか、干支が一回り違う先輩であるのだが、私が契約の約束をしたお客さんの話を世間話ですると、たまたま年休で休んだすきを狙って契約をかっさらう。半年先や一年先の満期の代替契約をして貰って満期で残り一括払いを勧めることがあるのだが、自分はそれをよくしていて後処理を人にさせるのだが、私がそう言った契約をすると「自分が新規取ったんやから満期手続きもお前が責任持て」と言う。で、そこで満期間近のお客さんに契約して貰ったあとに集金に行くと、担当区が交替になっていたので「自分が募集するために集金行ったんやろう」と難癖を付けてくる。今はPTという機械が導入されたために自分の担当区以外の集金は原則出来ないようになっていて、自分の新規契約についてはいきなり電話をかけてきて担当の人間に集金させる。一緒に募集に行く間柄ならまだ我慢できるのだが、こいつは私にも平気で要求してくる。力関係のため渋々言うことを聞いているが腹が立つ。おまけにこいつは組合役員に当たったときには何もしないで会議も動員も出てこない。憲兵だったという父親の影響で右翼思想の持ち主でもあるのでトコトン馬が合わない。
脱線したので新年会に話を戻すと、年末の混乱についての話題が多かった。今日の朝日新聞にも載っていたが年賀が大量に滞留して配達が大幅に遅れた事への苦情が殺到したのだ。混乱の要因は郵政が行ってきた大幅合理化に因るのだが、特に問題なのがJPS(ジャパンポストシステム)という郵政版トヨタ方式の猿まねである。「ムリ・ムダ・ムラを無くす」と言う目標の下に仕事のやり方を現場を知らない管理職や総務課の人間が勝手に変更する。お陰で却って効率が悪くなって、何度もやり直して「ムリ・ムダ・ムラ」を増やしてくれる。労働条件も悪化したために本務者も非常勤も次々に辞めていって人手が足りなくなる。年賀のバイトも集まらない。ある人は混合という主に小包の配達や集荷・速達などの担当をしていたのだが、対面配達は営業に直結するというので委託や非常勤には任せないで本務者が行っている。帰局してから年賀を触る時間など無いほど忙しい。通常の配達区と違って年賀区というのがあるのだが、それには各区に一人の専担者と二区に一人の割合で補助者が付く。そして道順組み立ての非常勤と配達の非常勤とに指示しながら局内作業をするのが従来の方式だった。だが、この人の場合は殆ど年賀を触る時間がないから区分も出来なければ道順組み立ても出来ないし、バイトへの指示を出すことも出来ない。これで年賀を結束できると思う方がおかしい。
またある人は12月と1月の二ヶ月で三六(さぶろく 労基法36条に基づく時間外労働に関する協約)を75時間で結んでいたのに、12月だけで60時間を使ったために年明けの帰り年賀の処理が出来なくなってしまっている。時間外労働も月80時間を超えると過労死の危険が出てくるのだが、タダ働きもあるから賃金が支払われる時間だけで60時間という事はかなり危ない。23時頃に配達している職員もいるほどなのだ。郵便外務職員は私の局の場合早出が7時、日勤が8時であるから15~16時間労働になる。先日も我が家に小包の配達があったのだが22時頃であった。
この様な現状に組合上部は当局の思索を唯々諾々と呑んでいるばかりか、我が分会のマル生分会長(こやつが優積者)のように当局や本部への批判すら封じ込めようとしている。これは別にJPU(旧全逓)だけではなく全郵政も全く同じである。JPUの中には本部に反対する左派がいるので、支部や分会の単位ではまだマシなところもあることはあるが、それでも本部で妥結されてしまっては抵抗できる部分は知れている。今でさえ過労死や自殺者が続出しているのだ。本部を打倒して権利の全逓を再生しない限り、労働強化は進むばかりだ。
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関連の新聞記事
年賀状の遅配、苦情2割増 郵政公社「遅出しのため」(asahi.com)
2007年01月14日11時36分
今年の年賀はがきの配達は、元旦が減る一方、1月2日以降が増え、後ずれ傾向が強まった。差し出す側の「遅出し」が顕著となり、年の瀬に郵政公社の機械処理の能力を超え続けたためらしい。公社には「配達が遅い」という苦情が昨年より約2割多く寄せられたという。
電子メールによる年賀あいさつの増加も影響し、年賀状は減少傾向が続いている。今年の元旦の配達枚数は、昨年より1億4000万枚少ない19億1900万枚で、7年連続の減少。ただ、1月2~6日の5日間の配達はむしろ昨年より増えた。大半を占める普通局だけで、計5000万枚ほど多く配っている。
年末の差し出し状況が影響した。郵政公社によると、仕分けに使う機械の能力から1日の処理数の限界は2億枚。超えた分は翌日以降の処理に持ち越されるが、今回は25日から31日まで7日連続で2億枚を超えた。積み残しは年越し時点で前年より約5000万枚多い2億2000万枚あった。
民営化を控えた公社に、年末年始のピーク時対策だけのための能力アップ投資をする余裕はないようで、「早く出してもらうように呼びかけるしかない」(幹部)という。
簡易郵便局閉鎖の危機 業務複雑、進む高齢化 (日本海新聞)
今年10月の郵政民営化を前に、鳥取県内の簡易郵便局の閉鎖を危惧(きぐ)する声が関係者から上がっている。簡易局の受託者(局長)の高齢化が進み、業務の複雑化への対応に不安を覚えて閉鎖を検討する局長がいるからだ。日本郵政公社は1月から手数料を上げるなど簡易局の維持に取り組む姿勢をみせるが、受け手には民営化後の利潤追求による切り捨ての懸念もあり、後任探しも困難になっている。
簡易局は、個人や自治体、農協などが日本郵政公社から窓口業務を受託し、運営している。昨年六月の公社の内部調査では、全国の約四千四百の簡易局のうち、今後一時閉鎖の数が最大で一割を超える五百局程度になる可能性があることが明らかになった。
鳥取県では郵便局全体に対する簡易局の割合が四割超と全国で最も高い。県内では昨年末現在、百局のうち五局が一時閉鎖中で、簡易局の関係者によると、将来的に閉鎖を検討している局が複数あるという。
江府町の俣野簡易局の竹茂幹根局長代行者(70)は「町に出られない高齢者などの利用者に頼りにされており、少しでも長く続けたい。しかし、私も局長を務める妻も高齢になった。業務が複雑化し、報酬も十分でない中、後任も見つからない。続けたいが、ずっと続けていけるのか分からない」と打ち明ける。
公社が一月からアップした委託手数料は、実は小泉政権の五年間に減額されてきており、元の水準に戻った程度。一方、民営化に伴い銀行代理店業務などの業務は増加している。県西部のある簡易局長は「人口が減って郵便や貯金などの取扱量が減っている。いまの手数料ではとても割に合わない」とこぼす。
これらの声に対して、公社側は「今は一時閉鎖の局を復活させるのが命題。自治体にも局長探しを要請している。機器などの環境整備も進めており、閉鎖局の増加を黙って見ているわけではない」とネットワークの維持に懸命な姿勢をみせる。
しかし、公社が進める経営の合理化でサービスの低下が懸念されており、過疎地の簡易局を取り巻く環境は厳しさを増している。
伯耆町の日光局の木村修司局長は「昨年十月の集配局の再編、集約で『親局』が遠くなった。積雪時には小包の送り出しが遅れる心配がある。また、多額の貯金の引き下ろしがある時は、親局に現金を持って来てもらうが、遠くなり利用者に一日待ってもらわないといけなくなった」と話す。
県簡易局連合会の米田充会長は「過疎地の簡易局は地域のコミュニティーの場でもあるが、完全民営化される十年後には必ず利潤追求を求められ、切り捨てられるとの不安を持つ人がいる。国民の財産である郵便局のネットワークは何としても守らなければいけない」と訴える。
全国郵便網に危機 簡易局500局一時閉鎖も(中日新聞)
日本郵政公社が主に地方で民間などに運営委託している全国の簡易郵便局(簡易局)約4400局のうち、一時閉鎖の数が最大で10%超に当たる500局程度に上る可能性があることが29日、公社の内部調査で明らかになった。高齢化や来年10月の民営化で業務が複雑になることを敬遠し、契約継続を望まなかったり、継続の意思表示を明確にしないケースが多いという。
民営化関連法の国会審議では地方の郵便局網維持が焦点になったが、民営化前に地方の郵便局網が揺らぎ始めている実態が浮き彫りになった。一時閉鎖は、完全に簡易局をなくす「廃局」とは異なり、受託者が見つかればサービスを再開する。
調査は今年6月に簡易郵便局の受託者を対象に実施、その後の追跡調査も合わせて11月にまとめた。「簡易局の契約を解約する意思がある」と回答したのは143局。「契約条件次第」などとして回答を保留したのが128局だった。
簡易局全体のうち、調査実施時点では約240局が一時閉鎖状態(11月末では約300局が一時閉鎖)にあり、解約意思と保留の回答状況を考慮すると、一時閉鎖数は最大で全体の10%超、500局程度に達する可能性がある。
解約意思の理由について、公社関係者は、高齢化に伴う後継者不足や、民営化に伴い郵便局で銀行代理店業務などの新業務が追加されることへの不安などを挙げている。
郵便局網維持のため公社は、一時閉鎖中の簡易局の後任受託者を地元自治体を通じて探すなどしているほか、10月下旬には簡易局への委託手数料を年間約30億円増額するなどの対策を発表。公社幹部は手数料引き上げ効果で解約意思が減ると期待、今後再び調査を実施し、受託者の意向を再確認する。
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妻がパチンコ好きなのは以前にも書いたのだが、年が明けてからも相変わらずである。今日も勤務が休みだったのだが、洗濯を済ませるとそそくさと出掛けて行った。帰宅したのは6時を少し過ぎてからの事で有る。夕方電話を入れると、役がかかっているらしく、息子のお迎えは任せると言われた。もし電話していなければどうなったのであろうか?
今日は二千円の元手で三万程勝ったそうだ。それを聞くなり息子が「お外に食べに行きたい」と言い出す。長女が「ポムの樹のオムライス」次女は「王将が良い」と言う。長女から、妻が夕飯の買い物を済ませていることは聞いていたのだが、三人ともそんな事はお構い無しで有る。またこれで腐る食材が出るのだろうか。妻は冷蔵庫で食材を腐らすのが得意中の得意である。大晦日から三日までを私の親元で過ごして戻ると、黒く変色した大根・萎びたほうれん草・十二月半ばに開封したプレーンヨーグルト、その他諸々の賞味期限切れの食材が溢れていた。大体妻の買い物には計画性が無い。使いもしない物を買い込んでは無駄にしている。かと思うと整理整頓が出来ていないから、有る筈の物を繰り返し購入する。
私も余り片付けが得意では無いが、新婚当時から鬱病になるまで、掃除はほとんど私がしていた。母いわく、「あんたの家はごみ箱だね。ちっとは片付けな」お陰でキレイ好きな母が我が家に来ると家族全員をこき使って大掃除が始まる。これで妻が専業主婦ででもあったなら何と言われるだろうか。今は「○○○さんも大変なんだから、あんたが掃除くらいしな」と私が叱られる。困った物である。
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新年明けましておめでとうございます。
昨年は拙いブログを愛読して下さり、有難うございました。実家から携帯で記事を投稿している為、書き込みへの返事は明日帰宅してからになります。
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大掃除も終え、一応家のごく一部だけキレイにした。父が今の家に初めて遊びに来たので息子は大喜びであった。外食した後、息子は入浴も寝るのも父と一緒に済ませた。今日は実家に子供達と来ている。妻は大晦日だと言うのに当直だ。ここ数年大晦日の当直が続いている。二日が休みで三日は新年最初の当直が入っている。せめて所帯持ちに配慮した勤務指定を作れば良いと思うのだが。妻が独身の時に勤めていた病院では年末年始は勤務を独身が出来るだけ担当していたらしいが、今の民医連の職場では逆である。労働条件はここ数年低下が著しいので、ベテランの看護婦が次々辞めている。沈没船から鼠が逃げ出す様子を連想する。経営状態の悪化を理由に一時金は13年前に就職した時に較べ半分以下に切り下げられている。病院経営側からすれば、政府による医療を始めとする社会福祉切り捨ての悪影響と医療技術の進歩に対応する為の投資が重要だとの言い訳が続いている。
だが、事務部門に共産党と民青の活動家を余剰人員として抱える体質は変わっていない。更に医療事務のコンピューター化、電子カルテ化を何度も導入しては失敗してやり直しをして無駄金を使いまくっている。経営よりも選挙に配慮している為未収金は数億有るという。(地域医療を掲げている為強引な取立が出来ない点は有るが)
私の病気が無ければ妻にも今の所を辞めて楽をさせることも出来るのだが、回復の傾向は有るものの完治にはまだまだ時間がかかりそうだ。来年は今年以上に病状を改善し、仕事が昔の様に出来るようにしたいものだ。
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数日次女を中心にしりとりが流行っている。「お父さんしりとりしよう」と言ってくる。妻を除く四人ですることもあれば次女と私の一対一の場合もある。大人であれば、しりとりで勝つためには出来るだけ同じ言葉が語尾にくるようにして相手の語彙が尽き果てるのを待つと思う。私もその様にしている。子ども達は語尾を撮って「す地獄」「り地獄」などという。知る限りの言葉を駆使して語尾を同じにするのだ。大抵一番に脱落するのは順番が私の次になった者だ。次々私の次に当たった子供が脱落する。だが小ずるいのが息子である。意味不明の言葉を使ったり、次から次々言葉を足して単語ではなく文章にして対抗してくる。中々終わらない。面倒になってこちらからワザと負けることもあるのだが、ちょっとした我が家のマイブームになっている。
今日から長女の中学では期末試験が始まった。昨夜も今日もゲームをしている。余裕ではなく諦めが多いようである。今日は英語のテストがあったのだが、陽当たりの良い席だったので居眠りしたらしい。多分おそらく多々でさえ苦手な英語であるから結果は散々な物であろう。帰宅してから今日の復讐を見てやろうかというと敬遠された。以前中間テストの後で勉強を見てやったときにこってり絞ったので懲りているようだ。だじしかし勉強を見てやることも親子の触れ合いになると思う。多分我が家は世間一般の家庭ほど父とこの断絶というか、父親が疎外されることはないと思う。通勤時間が短く、労働条件が悪化したとは言え基本的にタダ働きはしないで済むので定時に退庁できる。帰宅してから子供と一緒に過ごす時間が長い為もあるだろう。共稼ぎのために食事の支度を一緒になってすることも関係有る。
去年書いた「イカのおすし」や「職住接近の労働条件を取り戻そう」でも通勤時間が短くて職住接近の社会が良いと思っている事を表明したが、家族が一緒に過ごす時間が長く取れることは良いことだと思う。
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今日から師走。思えば01年に本格的に鬱病になってから、12月の出勤は六年ぶりになる。症状が悪化する時期は様々であったが、年末年始は寝込むことが多かった。鬱病の中には冬期鬱病という物もあって、日照時間の減る冬期に発症する物もあるので、普通紙の鬱病と冬期鬱病とが合併した症状になっているのかも知れない。薬は手放せないのであるがここ暫く体調が良い。仕事を休むことが無い訳ではないが、長期病休に繋がらずに済んでいる。徐々に快方に向かっているのかも知れない。出来ればこのまま年末年始の繁忙期と冬を乗り切り、完治まで至りたい物だ。
一体いつから始まったのかは分からないが、今日から7日までの一週間は「国家公務員倫理習慣」である来年の秋には民営分社化が決定しているのでこの様な行事は今年が最後になる。朝礼では課長が公務員として倫理を守り、業者から酒食の供用を受けた見返りとして便宜を図ったり、取引業者に転勤の際の餞別を無理強いしたりしないようにと言われた。その後着席してから同僚に「僕らみたいな下っ端の何の権限もない人間におごってくれる業者なんかあるんですかね」というとみんな苦笑していた。その内一人は「お客さんの処でドリンク貰ったら収賄やな」と笑っていた。実際問題、酒食の供用や贈賄をして貰えるのは物品購入の権限を持っている支社の職員でないとあり得ない。餞別などと言っても取り締まりの目こぼしと引き替えに業者から集金して回り、転勤を三回すれば家が建つという警察署長のような圧力もない。現場の労働者に出来るのは集金の度毎にお茶やドリンク剤をくれるお客さんに、ラップの一つも渡すのが関の山である。それさえ最近の経費節減の流れのために粗品が減らされているから渡せないことが多い。公務員と言っても現業の我々には何の権限もないから倫理に関する不祥事など起こしたくても起こしようがない。
同時に今日は交通事故無事故出発式が行われた。郵政職場では交通事故は切っても切り離せない関係にある。私の局では事故を二件以内に抑えるようにとの抑止目標があるのだが、既に三件発生している。式の中で局長が触れ、郵便課長が代読した近畿支社人事部長のメッセージによると近畿管内における交通事故抑止目標は583件であるが、11月末の時点で既に811件の事故が発生している。異常事態と言っても良いのかも知れない。結局事故による事業経費が一件について100万単位に上ることや、本人が痛い目をしたり過失割合によっては当該に弁償を押し付けるなどを言っただけで終わった。一体何故交通事故が郵政の職場で多発しているのかの原因についての分析もなければ具体的な解決策も何もない。組合が健全であった時期は当局に対して具体的な分析や対応策を提示するよう求めて来たが、今のJPUの実権を握る労働貴族共には望むべくもない。労働者の安全を守るためにも組合がキチンと機能していなくてはならない。
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夕食の配膳をしようかという時、次女が突然思い出したように「学校に水筒忘れた」と言った。すかさず妻が「さすが忘れ物クイーンや」と応じる。次女はとにかく忘れ物が多い。学校の宿題をため込むのは分からないでもないのだが、それが度を超している。酷いときには数ヶ月も前の宿題を提出していないために居残りを命じられることもある。連絡帳には宿題や持って行く物を書いてあるのだが、私たち夫婦が忙しさにかまけてチェックしないことを良いことに見せようともしない。長女は学校から帰ってから宿題を最初にするので忘れ物は殆ど無かったのであるが。で、これがまた困ったことに宿題は平気で忘れる、持ち物は持って行かないのに、何故か要領が良くてテストの点は長女より良い。隠してあるテストプリントなどを見つけると100点とかがゴロゴロなのだ。私が子供の時は100点を取ったら何があっても親に見せて自慢したり褒めて貰ったりしていたのであるが。
このネタを今日の日記に書こうかと言った時に、「日記に書いたらパパのこと評判落とすで」と脅しがあった。何でも小学校では、私は優しそうなお父さんと言うことで次女の友達の間で評判が良いらしい。「もしかしてエロゲーばっかりしているとか、エロ本沢山持ってるとか言いふらすんか?」と問い返す。禁欲的な生活を送っていた反動であるのか、最近は結構その手の物が増えている。このパソコンにも、一部のオタクなら知っているであろう「大悪司」だの何だのと言ったゲームが入っている。元々は数年前に「ログイン」というパソコンゲームの雑誌と間違えて「Eログイン」という雑誌を買ったのが始まりである。同じ出版社から出ているのだが、前者は普通のパソコンゲーム、後者はエロゲーとかギャルゲーとか18禁ゲームとか言われる領域を扱っている。体験版で遊んでみたら結構ゲームとしても面白かったので数ヶ月に一つ程度のペースで買うようになった。物が物だけに家族が寝静まってからイヤホンをしたり音量を小さくして遊んでいるので、クリアーするのが非常に遅い。
脱線したので話を元に戻すが、次女の忘れ物を直すには親がしっかりしてやらないといけないと思う。子供の学校生活にどれだけ関心を持っているかによって家庭の教育力という物が現れるらしい。宿題をキチンと見てやるとか、学校の勉強で分からないところは教えてやるとか、せめて小学校の間だけでも親が見てやらないとと思う。塾に通わせれば良いのだろうが、我が子たちは塾に行きたがらない。私自身が子供の時に嫌々塾に行かされたので本人たちが自発的に言わない限りは放置している。世間では稽古事や学習塾に通わせる親が多いのに暢気な物である。そのくせ通信教育などは本人たちがしたいというのでさせているが、果たして効果が上がっているのであろうか。添削を提出しろと何度も言っているのに、ここ暫く郵便を出してとすら言われない。少なくとも勉強に関しては教育方針が間違っていたかと反省することしきりである。
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日曜から発熱していた次女をかかりつけの内科に連れて行った。月曜には妻が連れて行って受診し、薬も処方して貰っていたのであるが一向に熱が下がらない。おまけに長女にも移ったようで昨日受診している。次女はレントゲン撮影をしたところ軽い肺炎であるようだ。点滴を打ち、抗生物質を処方して貰う。今週は土曜が勤務なので今日が非番であったのが幸いしたかも知れない。もし病院に行かずこじらせていたらと思うとゾッとした。
二人とも昼食を残し食欲がない。そこで夕飯にはトマトと溶き卵のスープを作った。生姜をすり下ろして使うので風邪にも良いだろうと思ったのだ。あとは鶏肉にカレー粉をまぶして焼いた物とサラダを作る。プラスお総菜屋で買った切り干し大根の煮物とタコの酢の物を添える。サラダを作る際にスライサーで指を切ってしまい大量の出血。それでも痛みをこらえて作った甲斐あって二人とも何とか食べてくれた。少しでも良くなってくれると良いのだが。食後のデザートに洋なしを出したところこれもよく食べてくれた。食欲が出てきたのは良いことだ。
スープの作り方は、熱した鍋にごま油大さじ二杯で一口大に切ったトマト二個から三個を炒める。水を入れて鶏ガラスープの素を大さじ一杯程度。すり下ろした生姜を好みに合わせて入れ、ラー油五六滴、塩コショウ少々、お酢大さじ一杯。溶き卵一個分から二個分を流し込んで最後にネギのみじん切りを散らす。子ども達にけっこう好評である。長女と息子はお代わりしてくれた。
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昨日は実は息子を連れて出かける予定をしていた。息子も生まれて初めて新幹線に乗るのを楽しみにしていたのであるが、残念なことに朝から次女と息子と二人が風邪を引いてしまった。特に次女は38度代の発熱で、今日はたまたま3日に休日参観があった代休で休みであったのだが二日寝込んでいる。息子もIga腎症の関係で抵抗力が低下しているためにこじらせると大変である。そんなこんなで楽しみにしていたお出かけであったのであるが、諦めることにした。妻が日曜勤務であったために二人の看病もしなければならず、自分一人で出かけることも出来なかった。一月ほど出かけるかどうしようかと、色々思い悩んで行く決心をしていたのであるが、いざ当日となるとこっなものである。
本来であれば日頃のストレスを思いっきり発散して、元気を充填してくる予定であったので、それが不発に終わると面白くない。そこで変わりに散財して憂さを晴らすことにした。近所のブックオフに行って漫画本を20数冊買い込んできた。主に買い込んだのは倉上淳士の旧作「しようよ」「イブの林檎」「CV」、さんりようこの「B型系H系」、大橋薫の「御主人様の言うとおり」「サイコ・クラッシュ」「乙姫BoME! 」、田中芳樹原作の「アップフェルラント物語」(作画ふくやまけいこ)「銀河英雄伝説 黄金の翼&双璧編」(作画道原かつみ)、柴田昌弘「ラブシンクロイド」等々である。けっこう偏った選択かと思うが、まあ気にしないで置こう。それぞれに色々と思い入れというか贔屓にしている作者たちのマンガである。立ち読みして新規開拓もしては見たのであるが。
倉上淳士は彼の今現在の連載作である「ぎゃるかん」と艶々を目当てにいい年こいたオッサンが毎月「メンズヤング」を買っているのである。知っている人は知っていると思うが18禁のコミック誌である。倉上の旧作を読んで思ったのは、この人の舞台設定は特殊な世界が多いのだなあと思った。「イブの林檎」は高校生のレディースコミック作家が主人公、「CV」はレコード会社のスタッフと声優さんとの恋。今連載している「ぎゃるかん」は女性ばかりの18禁ゲーム制作会社の物語である。でもって「特撮天使」という特撮ヒーロー物に出演している女の子が主人公のマンガは、先日見かけたのであるが、持ち合わせが無くて見送ったところ昨日は置いていなかったので入手し損ねた。きっと古本屋をはしごして探すに違いない。
さんりようこは「イエローキャブ」や「ねこの手かします」等の頃は4コマの月刊誌に連載していたのだが、「B系H系」はヤンジャンに連載しているらしい。全然知らなかった。ちょっとHな女の子が主人公になると言う点では一貫しているが、高校生を主人公にしている成果微笑ましくて面白い。大橋薫の作品は掲載誌がバラバラで少女マンガから少年マンガ、青年マンガと幅が広いために中々全て網羅できずにいるのであるが、妹の楠珪と併せて作者名だけで手当たり次第買っている。当たりはずれは結構あるのだが、私はどちらかと言えば大橋姉妹の描くラブコメが好きだ。ハズレというのはホラー系であるが、これはこれで妻が大好きであるので買っても無駄にはならない。そのうち「鬼切丸」や「人狼草子」といったホラー系も揃えてみようかなどと思っている。
そして最後は柴田昌弘である。「ラブシンクロイドは」掲載されていたのが今は亡き「少年ジェッツ」という月刊誌である。この人については元々別冊少女マーガレットで「赤い牙」だの「ブレンドホット作戦」だの「グリーンブラッド」だのを描いていた頃の作品から読んでいる。特に「花とゆめ」に掲載された「宗三郎参る」だの「ブルーソネット」だのは、妹を口実にして毎号買って読んでいた。あの頃の「花とゆめ」は柴田の他に和田慎二の「スケバン刑事」だの「ビグマリオ」だのが載っていたので男でもすんなり読むことが出来た。最近は知らないが。そうそう、「パタリロ」も面白かった。今でも連載されていると聞いたが本当なら30年近い連載になる。「こち亀」には及ばないにしても凄い長期連載だ。件の「少年ジェッツ」は「花とゆめ」を出している白泉社が少年誌に打って出たときの物で、柴田の「ラブシンクロイド」は元々「シンクロイドシュン」という作品が下敷きになっている。
一部まだ読了していない物もあるのだが、中には娘や妻に勧めて好評であった物もある。特に次女は「アップフェルラント物語」が絵柄は今ひとつであるがストーリーは気に入ったようなので、ここから田中作品にどっぷり浸って貰う算段である。長女の場合は「薬師寺涼子の怪奇事件簿」シリーズ(作画垣崎不夕美)を利用してと思っている。家族を自分の趣味に引きずり込むために色々と暗躍する私であった。
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昨日は職場の飲み会があった。夕方6時開始の予定であったが局長・貯保課長・総務課長が遅れて到着したのは6時半を回ってからであった。○○時間とはよく言った物で、定刻より大体30分遅れるのは普通のことだ。更に遅れて内勤がやってくる。日計の締めが合わなかったために遅れたのである。飲み会は9月に好成績を収めたので私の局の貯金保険課が表彰を受けた慰労会である。郵政の職場では様々なキャンペーンの際に各局対抗で競争させられる。九月期のそれは今郵便局が最も力を入れている商品「ながいきくんバランス型」の販売実績が局の募集目標2000万前後のクラスで近畿支社管内で二位になった事を祝っての物だった。「ながいきくんバランス型」というのは早い話が定期保険金付き終身保険の一種になる。民間の中でも漢字生保と言われる会社が主力商品としている物だ。簡保も今までの養老保険中心の販売方針を転換して保証型商品に力を入れるようになっている。その方が保険加入者へのリターンは少ないので保険屋にとって旨味が多いからである。
何だかんだで二時間半ほど飲んで騒いだのだが、中ジョッキに四五杯とワインとをチャンポンしたのでかなり酔ってしまった。帰宅してからの記憶が全くない。九時を少し回ったくらいに自宅に帰り着いたようであるのだが、気がついたときにはトランクス姿で居間で寝ていた。二階の寝室に移動しパジャマを探したのだが見あたらない。仕方ないのでTシャツだけ着て布団に入る。朝6時過ぎに次女に犬の散歩で起こされ、散歩中に色々昨夜の醜態を聞く。どうやら風呂に入った後、トランクス一枚で床に寝転がったらしい。そう言われて顎を触ると髭を剃ったようでツルツルしている。入浴したことすら覚えていない。長女に言わせると早くとも11時まではそのままの格好で寝ていたらしい。「風邪を引くよ」と注意され、息子に叩き起こすために百烈拳を喰らったようである。それでも「ハイハイ」と言って起きなかったようだ。
朝食後ごろ寝してから、次女の休日参観に出席する。妻と息子は一時間目から参加していて、私と長女は二時間目の杉の皮むきからの参加である。息子が紙のように薄く削った杉板に描いた絵を持っている。何でも一時間目の授業で五年生が図画をしたときに仲間に入れて貰ったようで、本人曰く、ヘラクレス大カブトとネプチューン大カブトとを描いたらしい。三クラス合同で杉の皮を剥いたのだが、どうやらこれが後々遊具になるようだ。先生が「みんなが大人になっても残るようにしようね。子供にお父さんお母さんが作ったんだよと教えてあげよう」と言っていた。参観が終わって帰宅してから再び昼寝した。さすがに酒は抜けていたが夕方までよく眠っていた。5時半頃息子に起こされ夕食の支度をする。妻は昼からパチンコに行っていて、まだ帰っていなかった。夕食を作り始めて暫くして妻が帰宅したが4万円ほど勝ったらしい。いつも今日のように勝てるのなら良いが、早々上手くは行かない。
夕食後、以前から次女に参考書を買ってくれと言われていたので本屋に行き、次女の国語・社会・理科の参考書と、長女のために英単語と英熟語のいわゆるデル単を買った。自分のためには雑誌とコミック二冊を買う。明日は「労働組合とは一体何か その3」で、労働運動と思想闘争について書こうと思う。
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夕飯の支度をしている時、次女が何気なく歌っていたのを聞きとめた。結構面白かったので記事にして紹介してしまおう。
戦争しようと町まで、出かけたら。戦車を忘れて、三輪車で突撃。
相手はマシンガン~ こっちは水鉄砲。
ルールルルッルー 明日は墓参り~
買い物しようと町まで、出かけたら。財布を忘れて、スーパーで万引き。
みんなが睨んでる。横には警察官。
ルールルルルッルー 明日は裁判だ~
今日は疲れているので簡単に。
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一昨日の「モデムの故障であったらしい」に草加さんが懐かしい事を書いて下さった。表題の水溶紙がそれである。水溶紙と言って分かる方は少ないであろうから先ずは簡単にその説明をしておく。糊を乾かして作った特殊な紙で、私が幼稚園から小学生くらいの時代、つまり70年代などには子供向けおオモチャのスパイセットに入っていた。この紙は水に浸すと溶けてしまって書いてある内容が読めなくなる。秘密の文書を書くために使うようになっていた。そして71年の12・4反革命によってカクマルが完全な民間反革命に転落し、革命党の絶滅を党組織の目的とするようになり、いわゆる中核対カクマルの「内ゲバ」、実際には日本革命の将来を賭けた革命党対民間反革命ファシストカクマルとの内戦の時代に突入する。その過程で相互に殲滅した相手が所持していた文書を暴露したり内部情報を奪取することが常態化する。その過程でどの様な事情があったのかは分からないが中核派は上記の水溶紙、略して水紙を活用して重要文書はそれに書くようになる。
水溶紙の効果は対カクマル戦争のみならず対権力の組織防衛のためにも非常に有効であった。例えば不当なガサ入れが起きた場合に、普通の紙に書いてあれば焼却したとしても全て燃えるまでに時間がかかり、相当量の内部文書を押収できるのだが、水溶紙は風呂の浴槽やバケツなどに常時水を張っておいてそれにつけるだけで二度と文書を読むことが出来なくなるため、対ファシストカクマル・対権力の防衛戦争上非常に効果を発揮した。もちろん文書を持ち歩く場合もあるのだが、その様な場合には短時間で水溶紙を溶かせるように常時水気のものと一緒に持ち歩いていた。方法を具体的に書くと差し障りがあるので書けないのであるが・・・
その水紙自体は、ある時期は中核派の「党員証」とまで言われるくらい珍しい存在であった。草加さんに会って色々話してみると中核派以外の革命党派でも活用していたことが分かった。今現在、産業スパイなどの対策を考えた場合この水溶紙は大々的に売り出せば売れるのではないかなどと思ってしまう。運動を離れた今でも、自宅を探せばいくらかは出てくると思う。そして現役時代には秘密保持のために現場でレポートを書くことなどは禁じられていたので、事務所などの安全な場所に入ってから各種報告事項を書く訓練をさせられた。お陰で私は今だに記憶力が良い方ではないかと思う。ある人と対話した内容をかなり克明に思い出して記述することが出来る。青年部時代或る学習会で司会をしたことがあるのだが、その報告書を青年部常任委員会に提出したところ、よくここまで覚えているなと感心されたこともある。
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今日は長女の方から見てくれと言言ってきたので、昨日に引き続き長女の勉強を見てやった。昨夜は数学の方程式の途中だったので、そこから再開する。二日もすると少しカンが戻ってきたのでなんとか一次関数までを教える。中間テストの問題に沿っているので、授業で十五〜六時間かかる内容を一気にしたことになる。本人は基本が出来ていないので一から教えなければならず二人ともへとへとになって。しかしながら、それでもテストプリントの半分を終えたに過ぎない。さすがに疲れたのか、夕食の後は歴史を勉強することにした。
7時に始めて、途中入浴での中断を挟んで10時過ぎまでかかった。二学期前半に学んだ範囲が室町時代後期から江戸時代始めの戦国時代であった為、ついつい脱線して当時の様々な歴史的事件や様々な用語解説まで幅を広げた為である。何せ「征夷大将軍」を説明する為に蝦夷に対する大和朝廷の侵略から始めて坂上の田村麿や鎌倉幕府・室町幕府の開祖に付いても教えていたのだから時間がかかるのも無理は無い。同時期のヨーロッパの動きで宗教改革等が出てくると中世以降のカトリックとプロテスタントの違いや勢力分布も語った。
一応歴史の参考書として「STORY日本の歴史」や「未来をひらく歴史」を勧めたが、あまりにも勉強の為に読むという印象が強いらしく、乗り気では無い。そこで私自身が歴史を好きになった時の事を思い出して歴史を題材にした小説・ドラマ・漫画を紹介してみた。とりあえず直ぐに手が届く所にあった「AMAKUSA1637」「続戦国自衛隊」「修羅の刻」「仁−JIN」「闇の土鬼」を並べて一つひとつ見せてみる。屋根裏を捜す必要も有るが「一夢庵風流記」「影武者徳川家康」など漫画の原作にもなっている本も教えた。私が子供の時は父や祖母の影響でNHKの大河ドラマや時代劇・「トラトラトラ」などの戦争映画をテレビで見ていた。確か三歳か四歳の時は「ゼロ戦はやと」何て言う白黒のアニメも見ていた。ようは歴史物に親しんでもらうことが第一歩だと考えた訳だ。長女が少しでも食いついてくれたら良いのだが。
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気がついたら今月も既に終わりが近い。IP電話の調子が悪いためにインターネットに繋げない状態でいるだけで、こんなにも記事を書かなくなるとは思ってもいなかった。今日は息子が久しぶりに東映特撮BBを見たいとねだったので、電話線を抜いてネットに繋いでいる。さすがに記事を書く気になった。本当は携帯電話からの投稿をするなり、記事を予め一太郎で作成して、電話がかかってこない夜中に記事をアップするなりすれば更新は出来たはずである。色々と社会情勢は動いているのだが、新聞を読もうとすると拒否反応が出て活字が読めない現状では、他人様のブログで時事問題を扱っているのを見たり、或いはネット上ではニュースを読めるので、完全に仙人にでもなったかのような生活をしていた。とは言えパソコンをゲーム機として使っていただけであるが・・・・・・
ネットを通じて入ってきた情報から社会の動きを知り、自分なりに考察し、それに対する様々な意見を貰って討論する中で、ある意味脳みそを使っていたのがここ一年半の生活であった。たった一月記事を書かなかっただけで完全に頭がさび付いている。しばらくは身辺雑記中心になりそうである。時事問題を書けるようになるのは少々先のことになりそうだ。そして文章のできばえは置いておくとして、好きなことをするのが鬱病にとっても良いようで記事を書くことは一種のリハビリにもなっているようである。この一月仕事のストレスが上手に発散できなくて困っている。酒を飲んで紛らわしていたのでは以前の二の舞だ。結局病気に良くない。今月に入ってから精神状態というか病状はあまり良くない。駄文であっても、文章を書くことがこれほど自分にとって好きなことであったというのは驚きである。
もう一点、自分の脳が使わないことによって退化していると痛感することがあった。長女の中間試験が今日で終わり、問題の分からなかったところを見てやったのであるが、英語と数学がまったく分からない。少なくとも中学レベルまでは成績は良かったはずであるのだが。さすがに20年以上勉強していないと英単語も文法も忘れている。前置詞の使い方も分からない。数学など連立方程式には歯が立たない。関数など問題外だ。長女に教えると言うより二人して問題に取り組んで四苦八苦したというのが正しいだろう。仕事や運動に関しては日常的に行う関係で辛うじて知識があるが、基本的な教養はかなり怪しい物であることがハッキリした。英語も得意ではなかったが一応は大学受験の勉強もしたし、千葉刑務所の未決勾留房では暇つぶしに洋書を読んでいたのだがさっぱり分からない。去年ハリーポッターの原書を買って挑戦したが、挫折したのも当然である。どうやら全ての面において一から勉強をし直した方が良さそうだ。
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一週間ほどインターネットに接続出来ない状態が続いている。体調を崩しているのでは無くADSLの調子が良くない為にケーブルを外しているのだ。二週間程前からIP電話に雑音が混じるようになり、着信時の番号表示が出なくなり通話ばかりか着信・発信も不能である。妻は最初電話器の故障かと思い電気屋に走って新しく買い求めた。ところが繋ぎ変えても変化は無い。先にNTTに問い合わせすれば良かったのにと私が言ったが後の祭りである。調べてもらったところどうやら屋外配線には異常が無いらしい。多分屋内のブロードバンドルーター化Yahoo!に問題が有るようだ。仕方なく電話のケーブルをルーターから外して、二股のモジュラージャックを使って電話とインターネットを並列に繋いで凌いでいたが、それでも通話に支障が出て来た為に電話のみを繋ぐことにした。お陰でこの記事は携帯電話で打ち込んでいる。Yahoo!に問い合わせて復旧するまでコメントを読むことも出来ない。
先週から次女が風邪を引き、今週は八度代の発熱が続いている。息子にも移った様で保育所も休んでいる。お陰で病院の予約や学校・保育所との連絡の為に電話を外す訳には行かない。今日は二人で喧嘩をするまで回復しているが、果たして明日から保育所に行けるかどうか分からない。次女も土曜が運動会なのだが怪しいものだ。尤も台風接近の為に延期になるかも知れない。
夕飯の後で息子が何故か急に「ギザギザハートの子守歌」を歌ってくれと言い出した。先日カラオケに行った際に妻が懐メロで歌ったのが気に入ったようだ。普通に歌っても面白く無いので安岡力也の様にドスを効かせてみたところ好評で、結局三番までフルコーラス歌わされた。掲題は息子が真似て歌った時に上手く言葉が出てこなくて間違えた物だ。その後「幼稚園」の付録のオシャレ魔女ラブandベリーのおでかけケーキセットで遊ぶ相手をさせられた。息子が店員で次女がパティシエである。私は客の役だ。息子が「ケーキは何にしますか」と尋ねて来たので「カツ丼をくれ」と答える。次女が「カフェにはカツ丼は有りません」と応じるので「ホナ、カレーライス」「鉄火巻き」と次々有り得ない注文をしてからかう。しまいには息子が怒って蹴りを入れてくるので「客にキックするんか」「そんならパンチでどうや」と息子。すかさず「パンツ?」と言ってズボンに手をかける。なんだかんだとふざける元気が出て来た様なのは良いことだ。早く風邪をすっきり治して元気に学校や保育所に行って欲しいものだ。
追記 この記事は元々21日に携帯から送信したはずなのに、何故か反映がおくれて今日となった物です。
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一週間ブログの更新とコメントへの返事を休ませていただいた。お陰で少々気分的には楽になったように思える。この一週間の間にも色々なことがあったのであるが、休んでみようと思ったこととIP電話のトラブルのためにネットの接続を切っていたこと、ココログにも支障があったようで、携帯電話から記事だけ投稿してみたのに反映されなかったこと等々も重なった。
先週末は息子の通院の日で尿検査の結果血尿はある物の蛋白が下りていないので経過が良好だと言われたこと。次女の風邪が中々治らず息子にまで移って今週は二人とも休んでいたこと。職場の単車が更改になってCD-MD90というホンダのスーパーカブに乗り換えたこと。自民党安部総裁が誕生しそうになったので著作を買ってきて研究しようと試みていること。職場の業務の都合で各種試験勉強に追われていること。組合の分会大会があったこと等々色々と有った。自分の病気の点で言えば疲れが溜まってきているのか時折不眠の症状に悩まされている。
そうそう、今日の夕刊に関生の武委員長が再逮捕されたことが報じられていた。大阪拘置所の刑務官で収賄罪で逮捕されている男が武委員長にも金品を要求していたらしく、今度は贈賄罪である。関生潰しのために大阪府警はなりふり構わない様子だ。一年近くも拘置所に収監され、面会なども制限されていれば誰でも家族や関係者と連絡を取りたくなるのは当然であろう。私などたったの23日間の逮捕拘留しか経験がないが、それでも手紙や千葉刑務所の外から聞こえる激励が嬉しかった。弱みにつけいる刑務官の薄汚さに対して怒りは覚えるが、その事で武委員長に贈賄というのは許せない。寧ろ強請の被害者ではないかとさえ思う。毎日新聞の報道内容も微妙である。基本的には警察情報を鵜呑みにしているのではないかと思う。「自らの影響下にある団体に非加盟の業者に街宣車で押しかけたり、労使交渉では企業側に『解決金』を要求するなど、活動手法に批判もある」などと書いている。水で薄めたシャブコンを安値で販売している生コン業者に対してダンピングや粗悪品の販売中止を求めることが何故いけないというのだろうか。また労使紛争の解雇事案などで争議になった場合金銭和解することは日常茶飯事であるのにそれをあたかも「違法」で「非常識」な行為ででもあるかのような表現はおかしい。他の新聞は読んでいないが、他所と比べても酷かったら購読紙を変更しようかとさえ思う。
「コメント及び記事についての方針変更」で少々誤解を招いたかも知れない表現があったので補足しておきたいと思う。意見が違いすぎると堂々巡りに陥ることが度々あったために「歴史認識などで大きく立場が違う人々には書き込みをご遠慮していただければと思う。」と書いたのであるが、私と違う意見の書き込みを禁止したつもりはない。噛み合わないときには適当なところで収拾を付けるために「ご遠慮」という表現を使ったつもりである。仲良しの内輪だけの物にする気は毛頭無いので理解していただきたい。体調次第で今までのように一つひとつ、一人一人の方に返事が出来ないことをお断りしただけのつもりであった。経験上、組合の会議などでも異論百出する方が実りある物になる。今後とも常連さんは勿論、初めての方の書き込みも歓迎するつもりである。
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元々このブログを立ち上げた当初はコメントの書き込みも少なく、尚かつ11ヶ月物長い病気休暇と休職があったためにすることと言えばネットに繋いで情報収集することと辛うじて読める本に目を通すくらいであった。しかし、5月に職場に復帰して既に四ヶ月が過ぎた今では、仕事と組合の各種資料を持ち帰って読む時間などが必用でありネットに繋げる時間が制限されるようになってきた。病気自体は完治していないのであまり無理をすることも出来と図、どうしてもネット及びブログに割く時間を減らす以外無い。そこでこれからは記事の更新自体毎日することを諦めようと思う。ここ暫く実際問題として毎日更新が出来ていたわけではないし、コメントへの返事も個別にするのではなく総括的に行ってきた。今後はそれが常態化することになる。
そしてコメントに関して言えば歴史認識などで大きく立場が違う人々には書き込みをご遠慮していただければと思う。私自身はお人好しの類になるのであろうか、書き込まれたことに対しては出来る限り返事をしようとしてきた。その為に一時間から二時間かけて返事を書くこともしばしばであった。今の私にはその余力が無くなりつつある。削除やアクセス禁止をするのは心が狭いと思えるのでその様な措置を執るつもりはないのであるが、いかんせん時間が足りなくなりつつある。病気が完治していない現状で休まず出勤して労働運動と家事・育児とを両立するにはほぼ限界が来ていると思う。今後は時間と体力に余裕のあるときに随時更新し、コメントへの返事は出来るだけ簡略化するようにしたいと思っている。皆さんのご了承を願う。
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五月から職場に復帰して既に四ヶ月が過ぎた。その間に息子の入院などもあり色々と負担がかかっていたように思う。先々週は夏バテの状態で風邪を引いたために一週間寝込んでしまった。内科と心療内科との双方で鬱病の再悪化との関連をしつこく聞いてみたが、関連は薄いと言われた。点滴を打ち続け一週間で症状は良くなった物の、少々疲れが出てきているようだ。実際職場の昼休みに昼寝を取らなければ辛い状況は改善していない。金曜は寝付きが悪く四時頃まで眠りにつくことが出来なかった。土曜も似たような物である。その結果であるが土日は日中寝て過ごした。妻からは「そんだけ寝てよお目が腐らへんな」と言われてしまった。疲れているのだから仕方ないやないかと言いたいが当直明けの妻に言い返すわけにはいかない。殆どの場合妻は当直の際に仮眠すら取ることが出来ないのだから。
年明けに暫く酒を節制していたが、七月あたりからそれが崩れてきた。ストレスと飲酒量とは比例するようで、知らず知らずのうちに酒量が増えていた。夕方帰宅するなり二本程度飲んで、その後食事と入浴を済ませてからまた飲む。時には自動販売機が営業を終える時間になってからコンビニに走ることもある。飲酒は鬱病治療との関連で言えば良くない。本当は抗うつ剤を服用しているときは禁酒することが望ましい。簡単にはできないことが分かっているので主治医も禁酒しろとは言わず程々で押さえるようにと言う指導である。我慢できる日があるので、幸いにして依存症になるほどではないが。
鬱病の場合集中力も低下するのでケアレスミスが結構ある。仕事で些細で基本的なミスをすることがないように注意しているから、これも神経を消耗する。読書も思うほどはかどらない。何よりも新聞すら数日に一度体調の良い時しか読めない。病気をする以前であれば新聞は二紙ないし三紙に隅々まで目を通し、機関紙を読み、その上で読書する時間も沢山あった。一体いつになれば健康な当時のように回復するのかと少々いらだちを覚える。自分にとっての限界を知って疲れを溜めないというのが一番大切であるが、知らず知らずのうちに疲れが溜まっているようである。仕事でも組合でも出勤している以上は一人前の働きを要求される。そのこと自体が負担であるようだ。少なくとも現状は必用最低限のことのみをするようにして、無理しないことだ。分かってはいても中々実行できない。
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帰宅してメールに目を通していると妻が帰宅した。夕飯の買い物の際に珍しく缶チューハイを買ってきた。ついでに私にも発泡酒を買ってくれた。妻は元々はボトルを空けるほどの酒豪であったのだが、長女を解任して以来飲酒を控えるようにしていたので、今ではめっきり弱くなり一口二口味見程度に飲んだだけで真っ赤になる。結婚前などは一緒にのみに行くと大抵私の方が酔いつぶれて送ってもらっていたのだが、隔世の感がする。どうしたのか訳を聞くと「今日はむかつくねん」とのことである。詳しく聞くと幾つか苛立つ出来事があったようである。先ずは同僚で禁煙に挑戦している人がニコチンの禁断症状でイライラしていて八つ当たりをされたそうで喧嘩になったという。さらに出勤早々痴呆症の老人患者から「汚い顔近づけんといて」と言われたという。「あんたの方が汚いやろって言いたかったわ。一体何年風呂入ってへんねん」と立腹である。トドメは昨日時間外にタダ働きで会議があったのだが、それに参加しなかった妻に対して婦長が「出席してても分かりにくいのに、欠席してた人は知らんで」と宣ったそうである。大事な用件ならキチンと超過勤務の発令をして就業時間内にしろと言いたいのだが、共産党の労使一体状態であるために労基法違反を追及する役員も存在しない。
何だかんだと言いつつ夕食を終えると、長女が「○○がカラオケ行きたいって言ってたで」と言い出す。「ストレス発散に大声出しに行こうか」と妻が賛成する。そこで家族揃って近所のカラオケ屋に行くことになった。最初のうちはみんな遠慮していて中々曲を入れないのだが、息子のリクエストで機動戦士ガンダムを私が歌い、次に妻が嘉門達夫のハンバーガーショップを入れて私に歌わせたあたりからみんなノリノリになってきた。私は大体息子とリクエストに応じる形で特撮番組の歌を入れたのだが、妻は中森明菜の十戒や北ウイング、レベッカのフレンズなど懐かしい曲を歌う。一年近くカラオケに来ていなかったために声が出ないようである。娘達は鋼の錬金術師の影響でポルノグラフィティーやラルクの曲を熱唱する。珍しいのは普段マイクを握らない次女が率先して歌っていたことである。
あっという間に二時間が過ぎ、子連れであるために時間制限で延長が出来ず帰宅することになる。全員の感想は時々カラオケに行って大声出したいねと言うものであった。
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今日昼食後に窓口事務室に行くと、内務の総務主任から「携帯の電源切ってたらあかん」といきなり言われた。私は基本的に携帯電話が好きではないのだが、急ぎの連絡があった時のために電源は入れたままである。「○地区は殆ど圏外ですよ」と答えた。今担当している地域の約半分が、谷あいの地域であるために携帯電話の電波が届かない圏外になっている。電話会社の公表している通話可能地域の地図ではその様なことはないのであるが、実際には圏外はあちこちにある。局からかかってくる電話の殆どがロクなものがないので、私自身は繋がらなくても不便ではないのであるが、内務からすると些細な書類の不備などであっても急いで事務処理するために外務に電話で問い合わせをしてくる。お客さんと会話している時などは無視しているのだが、その辺の事情を斟酌してくれない。今走っている地域とは正反対の地域のお客さんから急いで集金や手続きに来て欲しいという電話を取り次がれても、対応の使用がないのだが、それも分かってくれない。
この総務主任は内勤の経験しかないので、外務の事情などお構いなしである。携帯電話は繋がる物だという勝手な思いこみもそうであるが、それ以外にも内勤の都合でしか物事を考えようとしないので困った物である。例えば住民票上の住所と実際に住んでいる場所が違うことなどよくあることなのだが、先ずこれを理解してくれない。私の勤務する局の管内には被差別部落が沢山あるために、数年前まで地区改良事業が盛んに行われていた。お客さんは転居した後でも住民票を変更するのが面倒であるために旧住所を使い続けることが多々ある。別に被差別部落に限らないのであるが改良事業のために一地域で大量の転居があるわけである。するとどうなるかというと、実際に集金に行く場所が分からないと外務員は困るので新住所を集金先とするのであるが、この変更手続きが面倒くさいとして登録しない外務員が多いのである。私はせっせと新住所を登録していた。するとこの総務主任は「何でお前が担当すると住所変更が多いんや」とくる。前任者がサボっていたからであるのだが文句は私に向かってくる。また集金を約束している日が同じ家庭でも別々に登録されている場合があるのだが、これも簡単な操作で修正できるのにほったらかしている職員が多い。仮に第一火曜日の集金と第二火曜日の集金とがあった場合、後の分を一緒に集金すると予定外集金となる。だが現実問題として外務員は同じ家に二度行く無駄を省くために同時に集金するのであるが、これにも問題扱いして食ってかかってくる。
更に困ったことにこの総務主任はお客さんとの対応でも規則を杓子定規に主張するのでトラブルが多い。よく集金先で窓口での対応の悪さというか融通の無さについて苦情を聞くことがある。詳しく話を聞くと大抵はこの総務主任に対する苦情である。時には延々と一時間くらい謝り続けることもあるので外務員としては堪ったものではない。人の事情も知ろうとせずに思いこみで物事を判断する。同じ内勤でも他の職員はまだ話を聞こうとしてくれるのであるが、この人だけはどうしようもない。元々の性格に内勤としての勤務が長いために拍車がかかったのであろうが、出来れば早く転勤して欲しいと思っている。私としては出来るだけ反面教師として受け止めようとはしているのだが、中々割り切ることは難しい。
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息子はいまだに幾つかの言葉が不明瞭というか正確に言えないことがある。「電池」を「レンチ」と言うし、長女が通っている「フリースクール」を「不倫スクール」と言う。一体何を教わる学校やねんと突っ込みたくなる。この言い方をすると長女は非常に嫌がるので、最近ではワザと言っている。「△△いつから不倫スクール行くのん?」と言っては長女を怒らせている。子ども達が小さいときには色々と面白い言葉があった。長女も「タンポポ」のことを「タンポポン」と言っていたし、次女も「ぬいぐるみ」のことを「ねえぐるみ」と言っていた。娘達の場合は三四歳の時のことで、今では懐かしい思い出である。問題は息子だ。来年は小学校だというのに・・・
今日は朝から散髪に行ったのだが、その前にスーパーに次女のために買い物に行った。先日息子にムシキングの飛び出す絵本を買わされたのだが、次女が不満を漏らしたのである。そこでスーパーに入っている文具店でマンガの書き方の本を買ってやる。本人は否定するのであるが、マンガをしこしこ描くあたりヲタクへの道をひた走っているように思えてならない。これでボーイズラブにでも関心を持った日には腐女子である。「腐女子」というのは「婦女子」と引っかけた女性のヲタクを表す言葉らしい。詳しいことはよく知らないが「革萌同」のサイトにあるセクト紹介を読むと、かつて「JUNE」などで書かれていた衆道・男同士の同性愛に萌える女性たちであるようだ。栗本薫の「翼ある者」などは読んだことがあるのだが、どうも性に合わなかった。周囲の栗本ファンの間でも男女で評価が分かれていたように思う。
子ども達のことに話を戻すと、散髪に行っている最中息子が店にやってきたようである。「ガラストントンってしたのに」と息子は言うのだが、私は散髪屋においてあった「蒼天の拳」を読むのに夢中で気づかなかった。店の奥さんに教えられて知ったのである。そこで息子のことが話題になる。得な性格であるようで誰からも好かれるよい子である。「人徳やね」とご主人が言ってくれる。内心もっと褒めてと思いつつ聞いている。長女と次女についても良い子だと評価して貰えた。親はロクでもないのだがそれでも子供は素直に育ってくれている。非常に有り難いことである。息子は今日も新しい友達を作ったようで、ムシキングのカードを色々と分けて貰っている。本当に友達を作るのが上手で、我が子ながら羨ましい。
夕食を済ませると、「虫バトルしよう」と言うので相手をさせられる。器械でする場合と違い自分でジャンケンをしてワザの名前を絶叫する。自宅で息子の相手をしているから良い物の、もし外でしていたらジロジロ見られたりするだろう。けっこうムキになっていたのである。本気でジャンケンをして圧勝した。息子は悔し涙を浮かべていたが手抜きの方が悪いだろう。時々は負けてやるので勝敗は半々である。今は次女と息子とでデュエルマスターズなるカードゲームをして遊んでいる。子供の相手をするにも色々と新しい遊びが出てくるので付いていくのが大変だ。
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夏風邪を引いたために月曜と今日の二日間仕事を休んでしまった。ここ暫く体調も良かったので殆ど休みを取らずに出勤していたのだが、どうやら夏バテで体力が落ちていたようだ。週末に実家に顔を出してきたことも相まって更新が三日も飛んでしまった。
パソコンに繋げない間に色々と書き込みが増えているが、返事を書くのには少々時間がかかりそうである。取り敢えず今日も早く寝て明日からは出勤できるように体調を整えよう。一応昨日の時点で内科と心療内科の両方を受診して、鬱病の再悪化の気配がないことは確認しているのだが、もしそうであった場合を思うと少々心配である。出来るだけ休養を取るようにしよう。
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今日は息子の受診日である。妻が勤務の都合上休めないために私が夏期休暇を取った。暇であるお盆に出勤していたのはこの為である。同僚の多くが14~16の三日間に夏期休暇を当てて休んでいた。出勤者の少ない職場でそれなりに適当に仕事を見つけて仕事をした。で、今日はのんびり朝寝坊を楽しむ。出勤前の妻に起こされ、受診上の注意事項を聞いた後で二度寝した。その後ローンのために給料を降ろして銀行に行く。民営化後は郵便局でも住宅ローンを扱うらしいのだが、現状では銀行で組むしかないために、毎月給料日には銀行に走っている。一応郵貯のATMから入金することも出来るのだが、手数料が勿体ない。ローンを組んだ当初は郵貯ATMからの入金は手数料無料であったが、今はその特典が無くなった。
で、午後からの受診であるために息子を連れて近所のスーパーに行く。今の息子はムシキングに嵌っている。「血液検査で我慢するからムシキングさせて」とのおねだりに屈したのである。最初は友達と対戦するモードで私が息子と闘い、私が勝利した。次はネブ博士と闘う戦うモードで息子は勝利し、何でもムシキングジョニー級という強い順番から二番目のランクであった。最後に物語りモードで闘うと三番目の敵に敗北した。基本的にジャンケンで勝敗を決めるゲームであるのだが、色々と奥が深いようだ。その後昼食を買って帰宅する。
昼食後少しの昼寝をしてから医大病院に行く。小児科外来を探すところから複雑である。色々と建て増ししたようで、病院内は迷路のようだ。尋ねつつ小児科外来にたどり着くと、早速小児慢性疾患の還付金に関する質問をする。医療相談室に行ってくれと言われ、その前に血液検査の採取がある。献体を検査室に運び、診察を待つ。小一時間待ったところで名前を呼ばれ、診察室に入る。どうやら検尿の結果は上々であるようだ。保育所への通所許可が下りた。一旦退所手続きをしているために再入所の許可を得ないといけないのだが、夏休みも終わるため、九月から保育所に行ってくれると助かる。色ポス結果を聞くと経過は良好であるようだ。色々と気を遣って食事の際に野菜を無理矢理食べさせ、薄味の食事を作ってきた甲斐があったようだ。このまま完治してくれればよいと思いつつ医大病院を後にした。帰宅途中家電量販店に寄り、「ムシキング」のソフトを買わされた。帰宅するなり次女に「○○には甘い」と非難されてしまった。
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先ほど家族旅行から帰ってきた。昨夜は深夜に目が覚めてしまいそのあと二時間ほど眠れなかった。結局ねたのは朝三時半頃であった。妻子たちは早起きして旅館の近くを散策したようである。市街の中心から外れていて静かであったので熟睡できたようだ。地理的条件のために飛騨高山の名物である朝市に行くことは出来なかったようだ。朝食後今日の予定を色々検討し、旅館のフロントでも高山の観光地を尋ねた。祭りの森と言うところに行くことにしパンフレットを貰う。昆虫館が併設されていて息子はカブト虫やクワガタに夢中である。外国産のクワガタがつがいで売っていたが、値段を見ると2500円もするので諦めさせた。先日もカブト虫を三匹飼って貰ったのだが、世話が出来ずに死なせてしまっている。ウサギやリスが放し飼いにされているので抱いたりしていた、娘達も息子も大喜びであった。
高山の祭りに使われている山車が展示されている地下展示場があり、そちらも見に行く。開場の売店で姪御を含めて四人兄弟ですかと尋ねられる。旅館でも同様のことがあった。やはり従姉妹同士であるのでよく似ているのであろう。昨日今日と一緒に旅行した姪の姉など妻の子供時分にそっくりであったから、親子で十分通用する。山車に備えられたからくり人形の操演等を見て午前中は時間を潰し、昨日は結局行くことが出来なかったお目当ての白川郷には午後から足を運んだ。民家を前に記念撮影したり民家の写真を撮ったりはんにち歩き回ると暑さの性もあって全身が汗みずくになる。職場の同僚への土産を買ったり色々買い物をしていて、「猿ぼぼ」さんという飛騨の民芸人形が気に入ってしまい幾つも買い求めた。夕方まで散策し、秋の紅葉の時期か冬の積雪の時期にまた来たいねと話し合う。
帰りに寄ったサービスエリアで何気なくCDを見ていたら懐かしい事に嘉門達夫のベストコレクションと佐々木功と水木一郎との懐かしのアニメソングを見つけたので購入する。嘉門達夫の曲は、妻と付き合いだした頃からその影響で聴くようになったのだが、長女が「マーフィーの法則」を怖がるので聴かなくなっていた。十数年ぶりに聴いてみると息子に大受けである。一曲目の「ハンバーガーショップ」から「こちらでお召し上がりですか、それともお持ち帰りですか」「どっちもいらん」という科白を繰り返し繰り返し真似をして笑っている。さらに「鼻から牛乳」では何度も曲の中で「チャラリーン、鼻から牛乳」と出てくる度に「また鼻から牛乳って言った。またや。何遍言うンかな」とケタケタ笑う。長女が「○○の笑いのツボは分からへん」と言う。だが息子は大変気に入ったようで、今もこの記事を書きながら再生して聴かせている。そう言えば「瀬戸智子の枕草子」の瀬戸さんは嘉門達夫がお好きであったことを思い出した。「鼻から牛乳」の替え歌で「♪チャラリ〜口から出まかせ」と小泉政権を皮肉っていた記事があったように思う。
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今夜は家族に姪を加えて飛騨高山の飛騨亭花扇と言う旅館に泊まっている。滋賀の草津で姪と合流して、最初は世界遺産の白川郷の合掌造りを見に行こうとの話であった。妻と姪の休みが揃ったのが今月の始めの事で、息子の入院もあり何の予約もしていなかった。温泉だけ入って車中泊のつもりでいたのだが、途中、それも夕方に道の駅にある温泉に入ろうと立ち寄った処、置いてあった観光案内のチラシを見て高山市の観光課に電話したら、案内センターを介して宿を取ることが出来たのだ。私の様な人間にはもったいないくらいに立派な旅館で親切丁寧な応対をしてくれる。料理も豪華で美味しかった。宿代は大人一人が二万円なので安すぎないかと話し合う程だ。多分稼働率の関係で負けてくれているのでは無いかと思うのだが、みんな大満足だ。
姪はこの春就職して職場の寮で一人暮らしだ。子供達は去年帰省して以来の再会になる。私は四年前に中学三年の時に会って以来だ。今年は息子の入院もあり帰省を諦めていたので、子供達は従姉妹と会うのを楽しみにしていた。特に息子は木曜から荷造りする程であった。興奮状態が続いていたのだが、姪が呆れ返る程テンションが高い。妻の実家には長兄と三兄との家族が同居しているのだが、息子一人でそれを上回る賑やかさである。はしゃぎ疲れたようで夕食の途中で寝てしまった。そうそう、この飛騨亭花扇では女性は好みの柄の浴衣を選ぶことが出来る。息子が一人で妻にはこれ、姪にはこれと仕切っていたのだが、長女だけは浴衣を着るのを嫌がる。結局長女を除く三人は浴衣に着替えたので記念に撮影をした。息子も浴衣姿で仲間に入る。どうも長女はお洒落すること自体が嫌いで、地味な格好ばかりしている。たまには浴衣くらい着れば良いのにと思った。
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朝日新聞の報道によるとカクマルの頭目クロカンが死んだようである。私のような石頭にとって「黒田・松崎・土門三頭目処刑」による本多書記長虐殺への革命的報復が実行できなくなったことが悔しい。しかも死んだのが埼玉県内の病院でである。一時期黒田はハワイに潜伏しているという話が党内でささやかれていた。結局これは松崎が組合費を着服してハワイに別荘を何軒も購入していることが誤って伝わったようであるが、情報収集・索敵に失敗した中核派の黒星であると思う。現書記長の天田氏は革命軍を冷遇をしていると聞いている。結果としてどの様な総括がなされるのか分からないが、出来ることなら残る二名を何としてでも処刑して欲しい。
過激派「革マル派」の最高指導者だった黒田寛一(ひろかず)元議長(78)が今年6月下旬、埼玉県内の病院で死亡していたことが、関係者の話でわかった。
黒田元議長は63年、日本革命的共産主義者同盟(革共同)が分裂して革マル派が結成された時から最高幹部で議長を務めていた。
同派の理論的指導者として長く著述活動を続けたが、「目が不自由で病気がち」などとされ、公の場に姿を見せることはなかったという。96年の政治集会で議長を退くことが表明されたが、一般にはその動静はほとんど知られていなかった。
公安当局によると、その後も最高幹部として組織を指揮し、メンバーにとっては絶対的な存在だったとされる。
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大変困ったことに、今日朝から行われた無事故出発式で郵便営業の成績が優秀であるとして推奨状を貰ってしまった。無事故出発式というのは7~8月の夏期繁忙期の間交通事故を発生させないように労働者に宣誓させる儀式なのであるが、実際には労働強化が行われている中ではそんな物は画餅である。取り敢えず現場の労働者に無事故で仕事をさせるために何の物質的措置もない状況で精神論的に宣誓させて、それを一同で確認するだけの物だ。で、そのオマケで私への表彰が有った。
正直言うと労務管理の締め付けに反発して業務命令に逆らって処分を食らったことなら40回以上有るのだが、表彰などは全くない20年間であったためにガラにもなく緊張してしまい、名前を呼ばれた後は礼の仕方すら間違える体たらくであった。元々私が表彰など受けるハメになったのは郵便課の上席課長代理のせいである。現任の上席課長代理は私が販売した郵便商品を郵便課の職員の成績に付けてくれないのである。今までの上席は内緒で郵便課職員の成績にしてくれていたのだが、それを正直に私の成績として局長に報告してしまった。元々がお客さんとの話のきっかけに郵便商品を使っていただけで、売れたのは副産物である。日頃郵便関係職員には、情報を提供して貰っていたり自分の成績がはかばかしくないときに無理を聞いて貰っているので、そのお返しのつもりで成績を譲っていたのである。
郵便課での営業のノルマは結構酷くて、営業時間も粗品も無い状況で、殆どの職員が自腹を切るか親族や親しい友人に無理を言って買って貰っている。そんな状況で自爆営業をしないでよいようにと思っていたのだが、今までの上席と違って現任者は厳しい。営業への意識を喚起するために成績譲渡を認めてくれないのである。結果として私が表彰されるハメになった。一応7月は保険の推奨基準に達するだけの契約も出来、貯金の方も後一歩まで迫っていたので本業を疎かにして他所のお手伝いをしていたのではないのだが、なんとなく複雑な気分だ。どちらかと言えば私の場合は仕事に関しては、営業成績での表彰よりも維持表彰の方が欲しいのであるが、これは10年ほど前になくなってしまった。維持表彰というのは諸事情で払い込みが遅れているお客さんを説得して延滞を是正したり、新規の前払いを勧めたり、或いは転居などで住所が変わっているお客さんの住所登録を適正化するという、早い話が成績に繋がらないが事業にとっては大事な仕事である地道な作業をコツコツこなしている人間を表彰する物だ。
今日では営業に関する表彰のみが残っていて、新規契約さえ出来れば後はほったらかしにしたり、契約が見込めないお客さんに対してはぞんざいに扱うような人間が幅をきかせている。こんな職場は異常であると思うのだが、郵政の幹部連中は現場のことを全く理解しようとしない。とにかく新規契約のみを要求してくる。そのうち郵便貯金も簡易保険も「釣った魚にエサはやらない」式のとんでも無い企業になるであろう。実際問題民間金融機関の多くがそうである。とりわけ、昨今テレビや新聞雑誌での宣伝で業績を伸ばしているカタカナ生保の場合(従来の漢字生保も同様だが)、いざ入院なり死亡なりして保険事故が発生したときの対応の悪さは枚挙に暇がない。
労働者が人間らしく働ける企業こそ顧客をも大切にする企業であるのではないだろうか。
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