うちはだいこの同類クンへ
「紀州」「関西派労務者」「郵政労働者」「某高校剣道部OB」「風来坊」「風雲児」「なめこ汁」、ニセ「防長っ子」・ニセ「元々中核派」、あるいは名無しでの大量の書き込み。連日連夜ご苦労様。今朝も名無しで書き込んでいたね。
でもお前、剣道してたっけ? ついでに言えばいったいいつ「中核派」に結集したの?
助言に従い冒頭部分のみを残して削除しました。
今後Hは書き込み禁止。発見次第アクセス禁止お呼び削除を行う。
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「紀州」「関西派労務者」「郵政労働者」「某高校剣道部OB」「風来坊」「風雲児」「なめこ汁」、ニセ「防長っ子」・ニセ「元々中核派」、あるいは名無しでの大量の書き込み。連日連夜ご苦労様。今朝も名無しで書き込んでいたね。
でもお前、剣道してたっけ? ついでに言えばいったいいつ「中核派」に結集したの?
助言に従い冒頭部分のみを残して削除しました。
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甘い考えで始めた物の、連日深夜帰宅が続いている。そこに来てメインで使っているパソコンの調子が悪い。これはもうメーカー修理に出す以外私のスキルでは対応しようがない状態である。お陰で暫くの間ブログのコメントへの返信はおろか記事の更新すら出来ないでいた。労基法によって労働条件が保護されている雇用労働者と、労基法の保護対象外である「経営者」との待遇の違いにとまどっている。
まともな労働組合が存在し、まともな役員・活動家が存在していることの有り難さを改めて実感している。今現在のJP労組の専従役員や元職場のマル生分会長などによって労働組合が経営側の使い走りへと変質させられている現状を見聞きする度、自分が退職せずに踏みとどまっていれば支部長を始め現場で苦闘している真面目な役員活動家の多少の助けにはなれたのではないかと悔やんでしまう。
だがしかし、自らが決断した道である以上、後退することは許されない。今の代理店業者として成功するために自らの能力の及ぶ限り、そしてかつては革命党の指導下に有った人間として恥じない範囲で全力を尽くそうと決意を新たにしている。
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奴隷に対して「あなたは奴隷であり惨めな存在なんだ」と教えた場合、奴隷は己のプライドを傷つけられて反発する。
奴隷として生きる事しか知らない者はそれ以外の生き方を想像する事すら思い付かない。奴隷所有者である領主を倒した後、解放した奴隷達に「ご主人様の敵」として恨みを買い、アルスラーンは当惑した。
アルスラーンは奴隷達の境遇に心底同情し、本当に善意で「人間として自由に生きよ」と命じただけだった。
ナルサスは主君に進言した。奴隷には自由人として生きる為の教育が必要なのだと。段階を踏まえて経験を積まない限りは、地道な訓練を繰り返さない状態では、解放された奴隷は衣食住を奪われ路頭に迷うのだと。
大衆は理論では動かない。理屈で行動出来るのは階級の先進的な部分だけだ。日頃ブルジョア階級とその手先で有る「賢い」連中に騙され、搾取・収奪されているから利口な人間を先ずは疑う。「賃金奴隷」としての存在に慣れ親しんだあまり、労働者階級は「ご主人様」であるブルジョア階級に歯向う「前衛」を最初は敵視する。ギリシャ神話のゴルゴン(メデューサ)はペルセウスが持つ鏡の如く磨かれた盾に写された自分の姿を見せられて恐怖のあまり石と成る。共産主義者が労働者大衆に忌み嫌われるゆえんである。
人間を初め生物は環境に適応する能力を持っている。「適者生存」というヤツだ。肉体的苦痛が続く場合には脳内でエンドルフィンという麻薬を生成することが出来る。モルヒネよりも6.5倍の鎮痛作用が有るという。劣悪な社会環境に耐えるためには宗教という「阿片」を作り出した。「賃金奴隷」を初め被支配階級は己の存在に耐えるために様々な物を作り出した。SMプレイと言うヤツなどはその最たる物だろう。マゾヒストにとっては苦痛こそが快楽であり、支配されることが喜びなのだ。
労働者階級の前衛としての共産主義者は粘り強い努力を長期間繰り返してようやく、周囲の大衆を少しずつ獲得する事が出来る。
だが残念な事に、賃金奴隷達の頑迷さの前に多くの「共産主義者」が自らの思想・理論・路線への確信を失い挫折してしまう。「賃金奴隷」解放に懸けた思いが強ければ強い程、情熱が熱ければ熱い程、反動によって挫折は大きい。「賃金奴隷」達はそれを見て嘲笑う事で、闘わずに屈伏する事の「正しさ」を主張する。
アルスラーンが何故に「解放王」と讃えられるのか、最初の失敗を教訓とし、奴隷解放の大業を成し遂げるからである。「賃金奴隷」たる労働者階級解放の大目的の為に、アルスラーンに倣えるならば、「共産主義者」の前途は明るい。「労働組合は革命の学校」であり「ストライキには革命のヒドラが宿っている」
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四月から独立開業を目指して走り回った。主に郵便局時代のお得意先と先輩方だ。何かと義理の有る人々に協力を頼んだ。
中には僕が開業するならとお客さんを紹介して下さる方、事情を聞いて即決で契約してくれた方、必要は無いが損を承知で判子を付いてくれた方がいる。
反面、今までノルマに苦しんでいたから何かと助けて来た筈の人間が口を濁して協力を拒む。自分の人間関係がどんな物で有ったかが如実に分かる。こちらが順調な時には擦り寄って来ながら、逆境になって助力を求めると手のひらを返す。
父親の会社が傾いた時も同じだった。住宅購入資金の大部分を援助した叔母夫婦は連帯保証人として債務請求をされた事だけを口にする。父方の親族の殆どとは絶縁状態だ。母方は何かと援助してくれた。
縁故募集は簡単に契約が出来るが、内容説明が疎かになりやすく後々トラブルに繋る。親戚付き合い、友人関係、近所付合いに悪影響をもたらす事が多々有る。
「身内は後回し」が昔の簡易保険の方針だったから、最近の郵便局と違い気楽に仕事が出来た。今の会社も今年から同様の方針に転換したらしいが、現時点では新規代理店にそれを実践する時間的余裕が与えられていない。いきおい縁故に頼るしかない。
漢字生保の様に身内を食い物にする悪徳セールスはしたくないから、出来る限りの商品説明をしているが、それでも近所付合いにヒビが入る。
一日も早く一般のお客さん相手の真っ当な営業がしたい。
(6月22日付mixiの日記より転載)
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記憶に間違いがなければ、銀河英雄伝説の一方の主人公であるヤン・ウェンリーの三秒間スピーチの台詞である。このブログのコメント欄では皆さんに好き勝手に書き込みをして貰うのが基本的な態度だ。だからROM人さんが先日コメントを書き込む際に@○○○という表現を使った際にもこの部分のみを削除して肝心の投稿については一切手を加えずに再掲載した。ご本人は理解して下さったようで有るが、紀州は相変わらず日本語が苦手なようで、飽きもせずにイチャモンを付けてくる。自分の書き込んだコメントの内容すら覚えていないようなのだから始末に負えない。「自分の主張と違う書き込みが許せないのでしたら、コメントをする機能は付けなければいいと単純に思うのですが、都合の悪い書き込みは削除するんですな…。自分の主張だけ聞いてほしいのなら、ブログ形式にするんではなくて、始めから書き込み出来ないホームページにする事ですね。(投稿: 紀州 | 2009年6月15日 (月) 13時23分)
せめて何が削除されたのか、私が受け入れがたいことは何であるのかについて想像力を働かせる程度のことして欲しい。元々のコメントの文中で「ROM人@○○○さん」と有ったのを「@○○○」の部分を削っただけである。こういう水準だから支配階級・権力者のプロパガンダに易々と乗せられるんだろうね。他の名無しの連中や「通りすがり」なんてのもそうだろう。「支配するイデオロギーは支配階級のイデオロギーである」だったかと思うが、マルクスの文献に出てくる一節だ。全集が段ボール箱に入ったままなので正確な引用ではないが、大体は合っているはずである。要するにどの様な社会でも、極々普通に生活している人はその時代時代、国家や社会の支配階級・支配者にとって都合の良いイデオロギーを子供の時から刷り込まれていると言うことだ。大枠でオウム真理教や統一協会が外界と隔絶した環境に信者を置くことで得意な世界観・宗教観に疑いを持てない状況を作り出しているのと変わらない。米帝が旧ソ連は巨大なマインドコントロール機構であると表現しているのだが、実は米帝も日帝も全く同じ事をしているのだ。
環境という物は恐ろしいもので、共産主義者たらんとしており、元々全逓労働者として権利意識を持ち続けてきた私が、3月下旬から自営業者の道を歩み出し、プチブル階級として生きる決意をした途端に、金儲けのために如何にして従業員となる人々にサービス労働をさせるかというノウハウを学ばなければならない状況に陥っている。不払い労働が多ければ多いほど利潤がたやすく生み出せるからだ。厚生年金や社会保険なども元保険屋としてその素晴らしさを熟知しているのだが、適用事業所になると負担金が発生するからどうしようかなどと考えなくてはならない。ソニー生命が急成長した際には保険に関する講演会を開いた。漢字生保の主力商品である定期年金付き終身保険などは、保険商品の内容を丁寧に説明するだけで、お客さんは「騙されていた」と言って解約する。昔の簡保のセールスマンは、公的保障の内容を勉強してお客さんが必要以上の保険料を負担しないで済むように丁寧に説明した。出来たらそう言った内容についても記事を書きたいと思っているのだが、いかんせん時間がない。
通りすがりなんてのは無内容に「悪質な韓国、朝鮮人の手先になっていただけだった。」等と書いている訳だが、「左翼」の中にもよど号グループのように朝鮮労働党のヒモ付きの所はあるが、中核派とその上部団体である革共同との区別が出来ていない。右翼団体の中にも「在特会」だの「維新政党新風」などと言った2チャンネル発祥?のおかしな連中がいるし、ヤクザが政治団体として持っている「街宣右翼」なんかのような強請たかりでシノギをしている輩もいる。真面目な右翼、本来の右翼と糞ミソ一緒くたにしないで欲しいというのがTAMO2さんのコメントの真意だろう。右翼の全てが人間のクズだと言ったら、真っ赤になって怒る人もいるだろう。真面目な右翼の殆どは正義感と行動力に満ちあふれていて社会を変革する必要性を感じて運動に身を投じたはずだ。最初に出会った思想が共産主義であったなら革命運動の同志となっていたかも知れない。90年には連名で個人共闘としてビラを撒いたことのある社会主義青年同盟の人間は今では郵政の管理職コースをひた走っているし、同じく革労協西原グループに行った人間は今では率先してただ働きをしているので職場の評判が非常に悪い。昔は全逓労働運動を如何にして立て直すかについて真剣に意見を戦わせた仲閒だった。
常にブルジョアイデオロギーとの思想闘争が必要なんだ。スターリン主義的偏向との絶え間ざるイデオロギー闘争が不可欠だ。ここでの敗北がズルズルと後退を招くのは私自身が思想的に腐敗して除名された人間なのだから十二分に承知している。だから出来るだけ異論に耳を傾けるためにコメント欄を解放している。だが紀州にしても通りすがりや名なしの書き込みはあまりに低水準で相手をするのも下らない。革命党の末端活動家に過ぎなかった人間に雑魚扱いされているのだから恥を知れ。
最後にROM人さん、「しかし名前欄の確認だけでなく、上記のコメントで訪ねた具体的解決案も披露してほしかったです。」と有るので返事をしたいのは山々なのだが、それが出来る力量なら指導部になっていたよ。一応色々と文献を購入して準備しているのだが、力量不足と時間不足と言うことで勘弁願いたい。
追記 鬱病で自宅療養していた時期はコメントへの返事だけで2~3時間かけるだけの時間的余裕があったから、記事を書いたりトラックバックを読んだりしたりする時間と併せて毎日5~6時間をブログに割いていた。今はコメントに目を通して特に重要と思われる幾つかに付いての返事を記事の形で書く程度の余裕しかない。余力さえあればもっともっと書きたい記事があるし、報告すべき各種の運動や取り組みも沢山ある。法政大学での弾圧に対する闘いについても、郵便事業会社加古川支店での地労委闘争も書きたい。折角購入したマルクス・エンゲルス全集やレーニン全集も段ボール箱から取り出して読み込みたい。残念ながら今は手つかずの状態だ。
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昨日このブログに掲載した二匹の子猫は残念ながら引き取り手が現れませんでした。一匹は我が家の飼い猫ユーリ
が縄張り意識からでしょうか噛み殺し、
もう一匹は葛城保健所に朝から持ち込みました。
受け付けて下さった職員の方の話では、私が訪問した午前9時半頃の時点で今日だけで12~3匹の予約があるとのことでした。
今日一日で。年間に直した場合一体どれだけの命が失われているのでしょうか。
mixiの「知らなきゃいけないコト」コミュでは私を止める書き込みがありました。2009年06月09日 01:33のことです。マイミクの方やメールで連絡の取れる幾人かに連絡を取り、日記とブログでも引き取りを依頼していたためにコメントを読んだのは今夜午後9時半頃のことでした。既に二匹の命が失われた後のことです。
古くからいる犬やネコは新参者を敵視し、排斥しようとし、場合によっては命のやり取りになります。殆どの人は分かっていませんが犬もネコも猛獣なのです。極真空手の創始者大山倍達(「空手バカ一代」で一般人にも有名)は著書の中で人間が犬やネコと閉鎖された空間で一対一で闘った場合、勝てる人間は殆どいないと書いている。勝鹿北星・浦沢直樹(「『YAWARA!」「20世紀少年」など)著の「MASTERキートン」では軍用犬として訓練を受けたシェパードとの対決が描かれているが、主人公をして「犬は地上最強」と言わしめている。(主人公キートン・平賀太一はイギリスの白色テロリスト部隊SASの元隊員でサバイバル技術教官という設定) 日本でSASに相当するのは警察のSATもしくは陸上自衛隊習志野駐屯地の特殊作戦群だろうか。人民革命軍武装遊撃隊(中核派革命軍)やプロレタリア統一戦線戦闘団(解放派革命軍)は人質を取った籠城戦をそもそもしないので直接対決したことは無い。
脱線したので元に戻すと、人間の都合で飼われ、飽きたら捨てられるペットたちの姿を一人でも多くの人々に知って貰いたい。私にとってはバブル景気の際に人手不足だからとアジア諸国や中南米から連れてこられた外国人労働者、バブル崩壊後に経済立て直しに利用されながらワーキングプアとして酷使された派遣などの非正規雇用労働者が、資本の論理によって恐慌突入と共に使い捨てにされている姿と二重写しに見える。労働者だって生きているんだ。使い捨ての道具ではない!! 13日に京都で行われようとしている在特会の排外主義デモ・集会はこういった一連の行為の一環である。人間を使い捨てにする資本の論理そのものだ。
「知らなくちゃいけないコト」 で紹介されていたサイト。世間にペットなどの動物の命は大切にするが、労働者の首を切って死に追いやっても平気な人間が存在するので、動物愛護の運動を一概に信用する気はない。典型的なのが原発には反対しないし、アフガニスタンやイラクへの侵略戦争にも反対しないが捕鯨には反対するグリーンピースやシーシェパードの様な、動物愛護団体・自然保護団体を装った差別以外主義運動も存在する。
「声なき動物たち」 ポップアップ広告があるためクリックの際は要注意。
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我が家は5人家族で、全員が動物好きです。現在犬2匹と猫1匹を飼っていますが、先月中旬に息子が捨て猫を拾ってきました。我が家ではこれ以上飼うことが出来ないために、家族全員で里親を捜した結果ようやく引き取り手を見つけました。
処が今日になって息子が再び捨て猫を、今度は2匹拾ってきました。一緒に遊んでいた同級生が一旦は連れ帰りましたが、親がダメだと言うことで我が家に戻ってきました。心当たりは行き尽くしているため、明日にでも保健所に連れて行くしか有りません。
無責任な飼い主はきっと思っているでしょう。「猫ちゃん達はどこかの親切な人に拾われて幸せに暮らしている」と。生まれてきた命ですから責任持って育てて欲しい。それが出来ないならキチンと育てることの出来る飼い主を自分で捜して欲しい。そして母猫・母犬の避妊手術をして欲しい。犬も猫もオモチャや無い。
mixiのコミュニティー「知らなきゃいけないコト」を紹介しておきます。 ここでは動物実験に使われて命を落とす命や無責任な飼い主によって捨てられた命がどうなるかについての情報提供をしています。いい加減な飼い主が責任を取らなかったことによってどれだけ多くの命が失われているか。少なくとも今回子猫を捨てた人間は、自らの手を汚さずにかわいい2匹を殺したことを知るべきです。
追記
mixiで全体公開にしてこの事と関連した記を掲載したところ、ブログでも公開すべきだとの助言があったのでこちらに転記します。
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「敵は作りたくない」 今お世話になっている処の直属の上司がそう言った。成る程と思った。今思えば敵を作りすぎた感がある。改題して「趣味と実益を兼ねたバイトについて」http://rounin40.cocolog-nifty.com/attenborow/2009/05/post-ee92.htmlとした物のことだが、問題点を指摘した上でじっくりと話し込むのが上策だっただろう。もしくは黙って距離を置くのが中策であった。ブログの記事にしたことで関係は拗れ、無用の敵を作ったという点で下の下策と言うしかない。軽率であったと反省している。
どうも長年「革命か反革命か」「敵か味方か」という世界で暮らしていた習性か、味方でない物は敵だと簡単に決めつける傾向がある。これは現役諸氏の間でも同様であるようで、最近は「体制内かそうでないか」と言う二者択一となっている。レーニンは革命運動に参加してきていない労働者大衆のことを、確か「遅れてやってくる援軍」と言う表現を使って気長に待つことを諭していた。武装反革命に転落したカクマルのような転向分子に対しては情け容赦は必要ないが、そうではない、単に日和っているだけの人々、様子見をしている人々に対しては大きく構える必要があるだろう。
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1984年2月大学の合格発表の帰りに全日本学生自治会連合会(全学連)の街宣と第四インターの街宣に遭遇。全学連を選択。同年3月第一志望に落ちて二浪確定。受験勉強そっちのけに学生運動とバイトにいそしむ。結果85年3月に反戦派労働者になることを決意し地区党に配属。同年5月反戦青年委員会に加盟し、10・20三里塚交差点における市街戦に参加し逮捕される。残念ながら完全黙秘は貫徹出来なかったが非転向で23日間の勾留期間を満了し不起訴処分。
86年10月郵便局の貯金保険課保険外務員として採用。96年か97年にマルクス主義青年労働者同盟(マル青労同)に加盟。99年3月郵政民営化の準備の一環である単独局総合担務導入により貯金外務員を兼務。2001年リストラ鬱病を発病し、長期病気休暇と休職を繰り返す。2008年1月末付けで病気退職。この間自棄になって酒と女に溺れ思想的に腐敗したために04年9月11日であったか12日付でマルクス主義青年労働者同盟から除名される。以後無党派。(マル青労同の規約では40歳の誕生日をもって、つまり04年5月で卒業であり、上部組織の革命的共産主義者同盟全国委員会には加盟していない。一体どこから除名されたのであろうか?)
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今日は労働者の「祭典」であるメーデーだ。
「メーデー(May Day、直訳すれば「5月の日」)は、世界各地で毎年5月1日に行われる祭典である。ヨーロッパでは春の訪れを祝う日である一方、労働者が統一して権利要求と国際連帯の活動を行なう日でもある。「労働(者)の日」"Labour Day"ともいうが、いくつかの国ではその国独自の「労働者の日」を定めているため、International Labour Day と言う必要がある。」(Wikipediaより引用)
元々は1886年(元号を使えば明治19年)にアメリカのシカゴで労働者達が8時間労働制を要求して大規模なストライキ闘争を繰り広げた日だ。「1日12時間から14時間労働が当たり前だった当時、『第1の8時間は仕事のために、第2の8時間は休息のために、そして残りの8時間は、おれたちの好きなことのために』を目標に行なわれた。」(Wikipediaより引用)当たり前のように思われていて、総評解体から連合の発足によって破壊されつつある8時間労働制は全世界で大量の逮捕者や死者を出しながら勝ち取った労働者の権利である。
日本でも戦前は、どこで読んだか忘れてしまったが、参加者全員が逮捕されるなどのメーデーが有ったようだ。2・26事件の有った1936年にはメーデー禁止令が出された。戦後の1946年には食糧メーデー、朝鮮戦争中の51年には禁止の圧力に総評が屈服して中止に追い込まれた。翌52年は「血のメーデー事件」が起こり「1232名が逮捕され、うち261名が騒擾罪の適用を受け起訴された。」(Wikipedia) 確か記憶ではこの事件か吹田事件の裁判長が裁判への政府の圧力を嫌って政界に転出し、後に社会党の国会議員になっていたはずだ。労働者は闘わなければ雇用も賃上げも時短も、何もかもが手に入らない。2000年以降の景気回復の時期に「ジョブレスリカバリー」と言われた時期があり、大企業は史上空前の利益を上げたが、労働者に対してはリストラが急速に進行し、派遣労働者が増加した。
昨年来の「派遣切り」の過程で非正規雇用について社会的関心が集まり、連合も全労連も口先では非正規労働者の雇用安定を口にするようになった。4月27日の夕刻、大阪の御堂筋を連合のデモ隊が進んでいたのを目撃した。NTT労組(旧称全電通)・UIゼンセン同盟等の旗を見かけたが、デモ隊は2梯団併せて200~300しか居ない。こいつらやる気があるのか? この程度なら弱小党派の革共同でも出せる人数に過ぎない。連合大阪が本気なら数万は出せるはずだ。例年のメーデー大阪大会には大阪城公園に10万の労働者が集まる。全労連で2~3万、全労協でも数千集める。
郵便局を退職し、失業者となり、去年秋に働き出した物の参加する場所は無いため、今日は一日仕事をしていた。昔は必ず休んで、午前中は奈良公園やあやめ池遊園地、鴻池グラウンドに足を運んだ。午後からは自分の誕生日祝いを家族にしてもらってきた。息子が生まれてからは二人分の誕生日だ。今日は仕事のために夜九時半からケーキを食べた。私が45歳、息子が9歳になった。生まれた日が日だから、一生労働運動をするに違いないと運命的な物を感じていたが、転職に成功すれば自営業者となるため、二度と労働者としてメーデーに参加することはないだろう。
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先日参加した三里塚闘争の当日朝、東京駅のベンチに腰をかけて息子と真剣な話をした。最近頻発している派遣切りされた労働者の犯罪をどう思うか尋ねて見たのだ。住む所も所持金も無くして強盗する人々。彼らをそこ迄追い込んだのはキャノンを始めとする政財界の仕業だが、仮定の話として「お父さんがもし生活が苦しいから強盗すると言い出したらどうする」と質問したのだ。息子は「注意する」と答えた。「注意しても聞かなければどうしよう?」息子は「叱る」と答えた。「叱って駄目なら何をする」と再質問。息子は「シバく」と明確に返事した。(シバくとは殴り倒す程度に思って欲しい) 意地悪く更に問い質す。「シバいて止まらなければどうか?」息子は返答に窮した。そこで「その時はお父さんを殺せ」と教えたら泣き出した。「強盗してまで生活する様になったら殺してでも止めるのが本当の親孝行だ。親殺しの汚名を着てくれ」と頼んだ。八才の子供にはかなり酷な話だが、成長してから「革命的祖国敗北主義」を説明する時には必ず役立つと判断したからだ。
処が今日の昼頃、バイト明けで眠っている処を妻に叩き起こされた。息子が万引きで捕まったのだ。取るものも取りあえず妻が交番に向かう。小学校の担任の先生からも電話が入る。同級生と一緒だと言うが、主犯は息子らしい。帰宅した妻から聞くと何枚もの証拠写真を見せられたと言う。穴が有ったら入りたいとはこの時の心境だった。
ひとまず息子に万引きしたおもちゃを全て出させた。全部で五つ。常習犯なのは明白だ。弁解の余地は無い。台所から果物ナイフを取り出して息子に渡す。「お父さんは前に強盗しそうになったら殺してくれと言ったけど、お前も同じやぞ。泥棒するくらいなら死ね」と言い渡した。正座した状態で何も出来ない息子。「ならばお父さんが殺してやる」と刃先を胸に突き付け、手を差し延べる。息子は後退りすると「死にたくない」と泣き出した。
「泥棒するくらいなら死ね。なんで万引きした」と問詰める。「欲しかったから」「なんで我慢しない」「出来へんかった」「我慢出来な盗んでエエんか! なんでお父さんお母さんに言われんのや! 家は警察と違う。税金泥棒して生活してるんちゃう。真面目に働いて生きてるんや。お父さんもお母さんも病気でしんどいけど働いてる。なんで分からんのや」
「もうしません」との言葉を信じて許す事にしたが、「次したら絶対殺すからな」と明言した。
おもちゃが欲しくて万引きする奴は、生活苦になれば強盗をする奴だ。最後には自国が生き延びる為には他国を侵略しても平気になる。今の内に殺して将来の禍根を断つのが世の為人の為だ。
自らの自殺防止の為に強制入院させられる事は考えたが、まさか子殺し防止での強制入院の可能性が生じるとは予想だにしなかった。これから先、息子が立ち直ってくれたら問題は無いが。究極の選択というやつを考えるには、今の病状では荷が重過ぎる。
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バイト先の若者と話をしていて、三連休にしている理由を答えるのに、まさか三里塚闘争に行くとは言えないので、千葉に有るのに東京を名乗る不思議な施設に行くと答えた。案の定千葉県浦安市の「東京ディズニーランド」だと思われた。こちらは「新東京国際空港」の事をぼかしたつもりだった。ブランクの間に通称の成田空港が正式に成田国際空港へと変更されていた。感覚が違う筈だ。
春休みなので夜行バスの切符は取れないだろうと踏んで、息子には新幹線に乗せてやるからと話していた。息子は大喜びで付いて行くと言う。
ところが予想に反して切符が取れたので、約束を守れなくなってしまった。幸いな事に息子は忘れ物が多い性格で、新幹線の約束を忘れていた。だが、親が甲斐性無しの為に子供との約束を破り続けるのは教育上も良くない。せめて三里塚の帰りは京成電鉄の特急スカイライナーくらいは乗せてやるとしよう。
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転職がようやく決まった。幾つかの金融機関で門前払いとなり、別の業界の営業職に応募して見た。有り難い事に高く評価して貰い、かなり好待遇を呈示された。但し二か月は契約社員で、期間中のノルマが達成出来なければ正式な契約は無い。
問題は今現在のバイトを何時辞めるかだ。夜中のシフトに入る人間が見つかる迄の残留を要請された。去年の夏から秋にかけて就職活動した際は、ここ以外にはバイトすら不採用が続いた。出来れば円満に辞めたいと思い、叶う限り残る事になった。結果、四月中は新しい職場と二重に所属する事となる。
どちらかを明確に選択出来ないのは悪い癖だ。革共同両派についても同じだ。中立と言えば聞こえは良いが、実の所、党派選択についての日和見主義である。どちらにも知り合いが居る。どちらにも負の感情の対象者が存在する。どちらが正しいのかと考え出すと、途端に思考停止状態が訪れる。「前進」を読んでも「未来」を眺めても、全く同じ結果になる。優柔不断で困った奴だと自嘲するしかない。
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数日頭痛が収まらない。肩凝りが取れない。足元がふらついて階段の上り下りの際に壁にぶち当たったり寄り掛かる事がしばしば有る。不規則な生活で鬱病がぶり返して来たのと血圧が上昇して来た。早く転職しなければ妻の様にクモ膜下出血で倒れるかもと危機感すら覚える。
日中は小包や宅配・セールス等で、夕方から夜はメールの着信で、夜は猫のユーリが寝室から出せと鳴いて起こされる。体内時計が変調をきたし、昼夜の区別無く眠れない。
為すべき事は山積し、こなせる事は減少した。
先日ようやく地労委加古川局事案の審問に参加出来たが、メモをとったものの報告書にも記事にも出来ていない。一日の郵政ユニオン・郵産労共催の集会に反対する会の十八日春闘集会参加を呼び掛けるビラを入れてくれと依頼されたが、出来なかった。
秋から年末にかけての派遣切りに続いて正社員への首切りが始まった。日帝の危機、国際帝国主義の危機の深まりを感じる。革命の戦列に復帰して闘わなくてはと焦燥感が募る。現状では正しい路線選択、党派選択は出来そうに無いだけに余計にそう思う。帝国主義を打倒出来る思想・路線・戦略を持っているのは何処だ。
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中国春秋戦国時代の諸子百家のうち縦横家の張儀(ちょうぎ ? - 紀元前309年)の言葉である。秦の宰相などを務め、連衡策を用いて秦の天下統一に貢献した。同じ縦横家の有名人物には合従策を進言して燕と趙を同盟させて秦に対抗した蘇秦がいる。概して縦横家は弁舌巧みに外交策を展開して諸国で出世した。「舌はまだついているか?」というのは張儀がとある機会に窃盗の濡れ衣を着せられて袋だたきにあった際に発した言葉で、舌さえあれば何とでもなるという、自分の外交の策士としての力量に絶対的自信を持っていたことを表した言葉として有名だ。
舌先三寸で人を煙に巻くという点でいえば営業マンというのもそうである。相手の心理を読み、どの様なことに関心を示すかを冷静に見抜き、自らの商品購入に向けて誘導していく。相手の警戒心を解くために腐心するのは「場作り」と呼ばれる商品提示前の世間話や様々な制度の説明だろう。表彰されるような営業マンはこれが実にうまい。私のような中程度の成績しか上げられなかった人間でも「場作り」がうまくいった時は大抵契約に結びついていた。時には商品説明をすっ飛ばして契約に至ることもあった。前回の記事と矛盾する点もあるのだが、契約に至る時というのは案外そのような物も知れない。
「お前は保険より貯金の営業の方が向いている」とU総務主任から何度も言われたことがあるのだが、実際私の所属局に単独局総合担務が導入されて保険業務と貯金業務を兼務するようになったが、貯金業務の事務処理量の多さがストレスの原因の一つであったことは否めない。総合担務には二つあって単独定員配置局という貯金保険と郵便集配とが課で分かれている局の場合は貯金と保険が一緒に行われてた。総合定員配置局の様にかが置かれていない小規模局の場合は郵便配達の後に貯金保険の集金・営業業務を行う総合局総合担務が導入された。この制度は郵便配達に時間が取られ、本来ならば午前中に配達を済ませなければならないのに午後にもずれ込んだために集金に来ないと言う苦情が殺到し、結局は形骸化した。
で口先だけで世間を渡ってきた営業の人間としては、出来れば保険会社の外交員としての再就職を考えていて、何社か応募してみた。最近の保険屋は大卒しか採用していない所も多い上に、病気のお陰で関連した資格を取りそびれた中年にとっては中々採用がない。せめて無理をしてファイナンシャルプランナーだけは取っておくべきだったと後悔している。人によっては行政書士・社会保険労務士・税理士・証券外務員などの資格も持っているから、無資格の私にとっては険しいのかも知れない。保険募集人だけ取って代理店をするという手もあるのだが手元に資金が無いのでこれも又難しい。
結局チェーンの飲食店などと言った何のスキルも必要としない所で安い時給で働いているのだが、長時間拘束の夜勤であるために仕事明けは使い物にならない。酷い時は数日ゴロゴロ寝ていても疲れが取れず、反対する会の各種取り組みに欠席することも非常に多い。去年の12月からの宿題であるレポートも未だに完成していない有様だし、ホームページの更新も放置したままだ。いっそのこと他業種の営業に応募するのもありかと思ったりする。勿論それぞれの業界で必要となる資格があるので勉強する必要があるのだが。
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もしかしたら空城の計なのかも知れないが、自分では「赤心を推して置く」(正確には「赤心を推して腹中に置く」)を実践しているつもりである。嘘偽りの無い誠をさらけ出す事で相手に判断を委ねるとでも説明すれば良いのだろうか。隆慶一郎の「一夢庵風流記」を読んだ時に覚えた言葉である。「一夢庵風流記」とは週刊少年ジャンプで連載された「花の慶次-雲のかなたに」の原作で、戦国末期の戦人(いくさにん)であり傾き者であった前田慶次郎を描いた小説だ。(どうも記憶違いの可能性が高い。「影武者徳川家康」だったかも知れない。どちらも原哲夫によって漫画化された隆慶一郎作品で、主人公が石田三成との間に信頼関係が有り、三成の為人を表現する時に使われた言葉だ。)
郵便局に入って直ぐに、簡易保険の営業をする時には簡保の長所も短所も正直に説明した上で契約して貰うのが望ましいと教えられた。当時のU主事、O主任、S主任の三人が揃って同じ事を言った。近年喧しく言われる様になったが、実際には保険業界に限らず顧客に正しい情報を伝えないセールスマンが成績を伸ばしている。最高優績者や優績者の表彰を受けている輩がそうだ。法令遵守を強調される昨今ですら、委任状も無いのに書類上の契約者が不在でありながら留守番の人と契約を交わし、尚且つ目撃していた人間に口止めすらしない。あるいはPTと呼ばれる郵政外務員用携帯端末器に入力されている契約者住所に集金に行くと、奥さんが契約そのものを知らないと言う。データを見せて説明すると奥さんは思い当たる事があったらしく実家に問い合わせの電話を入れた。案の定実家のお母さんが保険料を払うという。余程契約欲しさ・募集手当欲しさで感覚が麻痺しているとしか言いようが無い。
貯金保険課長(民営分社化で局長に格上げ)に報告すれば三年間の営業停止処分。課長からは事実上の解雇通知だから絶対受けない様に適正募集を心掛けろと言われていた。同僚の首が掛かっていると思うと頼まれもしないのに口をつぐんでいたが、よくよく考えたら二人とも労働者意識のカケラも無い。片や憲兵の息子である事を自慢げに話し、北朝鮮に自衛隊を差し向けろだの「露助」だの「チョン公」だのと職場で高言する差別排外主義者にして、金にならないと思うやお客は放り出すは組合役員に当たっても唯の一度も会議に出席しないは動員やカンパにも非協力的な守銭奴。片や郵便局の前はプレゼント商法で好成績を挙げていたと自慢していたが、役員を積極的に引き受けたのは出世に役立つ御用組合に完全に変質してからで、組合の会議で社員持ち株会に入ると儲かるだの合理化への不満が出ると「黙れ!文句を言うな!」で済ませるマル生分会長。庇い立てする義理など無い相手だった。体調の良い時にでも告発状を作って郵政監察の後継部所に送付しようかと思う。(20年以上保険屋をしていたので私自身叩かれれば埃の出る身であるが、ここで書いた事例はどちらも06年夏の新規契約である)
脱線し過ぎた。最初は別件を書くつもりだったが感情的になって暴走した。このblogで革命運動について明け透けに綴っている事を述べようとしていたのだ。
blogを閉鎖ようと考える事が時々有る。対警察権力・対ファシストカクマルへの防衛上の為だ。革命的警戒心がどこかへ飛び去ってしまったらしく、読む人間によってはかなり内情が分かるらしい。非非の党の中での悪しき軍令主義や自分自身の指示待ちの下部主義体質への反発が出ているのかも知れないが、良い点も悪い点も可能な限り明かして党と革命への支持を得る方が良いと考えるのだが、正直自信が無い。(去年革共同再建協議会の政治集会記事を書いた後、あちこちで批判されたのが堪えた。便所の落書きは無視できても、面と向かって現役の人に言われると「スパイ」の汚名を着せられ除名されたことを知った時の衝撃と落胆が蘇るので辛い)
寝床の中で携帯を使い打ち込むと、誤字脱字、てにおはの間違いが多々有るから、後でかなり修正が必要だろう。(かなり補足を入れた)
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簡単に近況をば。
10月にバイトを始めて、早足掛け四ヶ月。体重が10キロ減り、頬がこけた。後8キロ痩せれば独身時代の精悍さを取り戻せる、かも知れない。
夜中働くせいで日中寝るが、眠りが浅いせいでいらいらしている事が多い。同じ事をくどくどメールしてくる某氏に対してかなり乱暴な対応をした為に関係がこじれた。誤解されない様に付言しておくと、mixiでアクセス禁止にした守銭奴の事では無い。
昼夜逆転生活から抜け出す為に就職活動をしているがはかばかしく無い。だが趣味と実益を兼ねたバイトを見付けた。
パソコンは次女と息子に占領される時間が多いので、blogへの書き込みに返事を書く余力が殆ど無い。携帯から長文の返答は難しい。だが読むだけはしている。
日永一日パソコンに向かって駄文を書き連ねていたのが遥か昔に思える。
最近は週刊少年サンデーも月刊少年マガジンも読めない。連載の展開が気になるが。当然ながら活字は更に遠ざかっている。
だがしかしヤフオクでレーニンに関する古本を数冊購入。新品も数冊注文した。マルクスとエンゲルスに点いても掘り出し物を物色。
剣道の稽古は二三度しただけで、一度なぞ居眠りしていて指導者に気遣われた。息子の送迎すら妻に任せる日も多い。
写真はぼちぼち写しているが、ポートレートはさっぱり駄目で酷評された。スナップは好評。先週は金曜土曜とスポーツ写真に挑戦してみた。
酒量が大幅に減った。バイトの疲れで飲めない。考えて見れば経済的で健康的だから良い傾向かも知れない。
昼間の仕事が見付かれば以前の様に小まめにblogを更新し、返事も出来る様になるかも知れないが、しばらく先になりそうだ。
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バイトから帰宅して簡単な朝食を済ませ、鬱病の薬とサプリメントと睡眠導入剤を飲んで床に就いた。睡眠導入剤のハルシオンとレンドルミンが効いて来るまで、携帯電話でmixiを覗いたり、メッセージのやり取りをしていた。
鬱病の薬はドグマチール・パキシル・コンスタン・アナフラニール・アモキサンで、整腸剤としてセルベックス、躁状態を抑える為に去年の夏から炭酸リチウム錠の「ヨシトミ」が加わった。鬱病の薬の効果は大体似たり寄ったりで、気分を楽にして意欲を高めたりする効果が有る。
副作用としては喉の渇きが酷くて、やたらと水分補給をすることと精力減退だろうか。元々鬱病の症状の顕れとして性的刺激に鈍感になる傾向が有るのだが、パキシルとドグマチールはそれに拍車を駆ける。便所の落書きによると私は性欲の塊で始終欲情しているかの様に描かれているのだが、実際にはED、勃起不全症候郡である。
総じて鬱病の治療薬は、刺激に対して鈍感になるようにすることで感情の急激な変化を緩和する。それは性的刺激に対しても同じだ。
睡眠導入剤は寝付けない時に頓服として服用するのだが、最近はバイト明けに少しでも早く眠るために利用している。夜と違い明るい日中はなかなか眠れないからだ。
効果が顕れて10時頃に眠れたのだが、12時頃に荷物の配達で起こされた。眠気が飛んでしまい、追加でハルシオンとレンドルミンを飲んだが、安眠出来る迄には少々時間が掛かりそうだ。寝酒は薬の効果との相乗効果が有るので避けた方が無難である。睡眠導入剤の効き目を大人しく待つ事にして寝床で大人しくしているしかなさそうだ。
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バイトを始めてから三ヶ月になるが、なんだかんだと言いながらも続いている。例年ならば、秋から春の到来までの半年は冬期鬱病の症状が酷かった。それが、風邪を引いたりはしたがバイトを休むことも無い。
私の鬱病は双曲性二型らしく、簡単に言えば躁鬱病になる。たまたま躁状態になっているのか、それとも郵便局を退職した事で最大のストレスが無くなった為に病気から回復しつつあるのだろうか。先週受診した際に主治医は良い傾向だと言っていた。
後者であれば良いのだが、実際の処どうなのだろう。まだまだ新聞や本を読んだり出来る程ではないので、完治には程遠いが。主治医はヤブ医者との評判が有るので、別の医師の意見も聞く必要が有るだろう。
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昨日はバイトが終わって帰宅してから速攻で布団に入り夕方まで眠った。連続勤務でなければ撮影会に行くつもりであったのだが、流石に体力の限界だったのでキャンセルした。モデルは大塚咲というアダルトビデオの女優でスタイルのいい人であっただけに残念だ。団体撮影だったので費用も安く手軽であったのだが、次にこの様なモデルの撮影会があるのはいつの事やら。で、夕方起きて食事をした後も直ぐに眠り、風呂の順番が回ってきたからと起こしてくれたにも拘わらずそのまま寝ていた。今日も午前中は床についたまま。午後になってようやく起き出し夕飯の買い物に行った。
昨日今日とバイトが連休であったので久しぶりに稽古をすると息子に言った。時々剣道をやめたいと言うのだが、私が稽古すると息子もそれなりにやる気が出るようである。日頃の運動不足が祟って基本稽古の途中から見学に回り、大人が元立ちになる時に面を着けた。小学生相手とはいえ次々交代して打ち掛かってくるのを凌ぐのは骨が折れる。また相手の身長に合わせて中腰になるからこれも辛い。指導者の人たちとの地稽古の際には自分の欠点である継ぎ足に注意して打ち込むようにしたため、稽古の後は脹ら脛が痙攣を起こしたし、酸欠になって頭が痛くなった。それでも稽古は気持ちが良かったので、今後も出来る限り時間を作るようにしようと思う。
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「一年の計は元旦にあり」と言うので、今年は何とかして政治新聞を読む習慣を取り戻したいと思い至った。最初は「前進」の09年1・1アピールを読もうと思ったのであるが、少し読んだだけで分量の多さと難解さとに挫折してしまった。「革共同通信」の分量が今の私には適量なのかも知れない。
両紙とも購読はしているものの、開封もせずに放置していることが続いていたので、読むという行為自体本当に久しぶりである。商業新聞も2紙取っているが見るのは見出しのみで、最近では疲労困憊しているために漫画すら読まなくなっている。元金融機関の職員と言うことで「エコノミスト」や「週刊ダイヤモンド」「週刊東洋経済」などは時折購入して読んで、恐慌状態への突入についての動向だけは朧気に分かっているつもりになっている。
「通信」では恐慌論を巡る論争が続いていて、紙上討論の様子を呈している。上意下達の硬直した体制から生き生きとした党内民主主義への転換と捉えるのなら、非常に好ましい傾向だ。内容について理解できるほど今の私の脳細胞は活動していないので外見上の変化しか分からない。だがしかし、兎も角読めると言うことが有難い。「前進」も論文はとばして闘争報告だけでも目を通すようにしてみようと思う。
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1月12日に他界した父の喪中のため、新年のご挨拶は控えさせていただきます。今年も皆様にはご厚情を賜り、厚くお礼申し上げます。
思えば08年は進退を巡って思い悩むことから始まり、父の死、22年間勤めた郵政退職、4月に妻が蜘蛛膜下出血で生死の境を彷徨うなど、様々な問題がありました。夏場に入り6月には息子のIga腎症が快方に向かい激しい運動の許可がおり、私自身の病状も改善してきました。秋からは再就職・社会復帰の為の活動を始め、ひとまずはバイトを始めることが出来ました。
出来得れば09年は私自身の健康にとっても家族にとっても良い一年にしたいと思います。
最後に皆様にとっても良い一年が訪れますように願い、今年を締めくくりたいと思います。
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今月はこのブログのために書く記事は今日で二つ目である。更新の際に記事を丸々転載したりしたものが三つ。逆にmixi日記は17件全てオリジナル。以前はブログは週一回程度休んでほぼ毎日更新し、mixiは数日に一回であった。パソコンに向かう時間が減っていることが原因だろう。
私の場合ブログは長文、mixiは短文という傾向がある。携帯電話で長文を打ち込むのはどうしても不便であるからだ。更には仮名漢字変換ソフトの違いもある。MS-IMEの様な「おかしな日本語」「奇妙な日本語」は基本的に使わないで、ATOKまたは富士通のOASYSのOAKを使って「正しい日本語」「好ましい日本語」を入力できるのはパソコンである。私の携帯電話はSHARP製なので、おそらくは書院のパソコン版であるパワー書院かマイクロソフトのおまけソフトMS-IMEを使っているのだろう。「ただより高いものはない」と言うが、使いにくいことこの上ない。
時間的にも場所的にも携帯電話でインターネットに繋ぐために更新頻度が逆転したのだ。一昨年息子が腎臓病で入院していた時は付き添いの合間に携帯から短文記事をブログに載せていた。これからは短文であってもブログの更新を優先した方がよいと思う次第だ。
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昨夜から今朝の勤務で警察を二回も呼ぶ羽目になった。ついてない。
一度目は23時頃、常連で料理にしょっちゅうクレームを付ける客が店長を呼べと言い出して聞かない。仕方なく連絡を取り、到着を待つ間に作り直して提供したが、これ又クレーム。
しばしして店長が対応したが「事務所に来い」と発言。すかさず店長は「警察呼んで」と指示してくる。110番。ヤクザモンの因縁との判断だ。(漢字で書くと八九三でサイコロ博打のブタの目で、役立たずの意味らしい)
二件目は朝6時頃。高校生くらいの団体客が店の紙ナプキンを持ち出して火遊びをした。気付いたのは交代前の点検の際で8時過ぎ。散乱していたナプキンの燃えカスを見て放火未遂として本部に御注進した処、警察への通報と本部の偉いさんが来るまで待機せよとの指示。
事情聴取等で結局4時間の超過勤務から解放されたのが12時過ぎであった。
心神共に疲れたが、精神が昂ぶって眠れない。レンドルミンとハルシオンを飲んで効果が出るのを待っている。(その後13時過ぎに眠れて18時に起こされるまで寝ていた)
警察権力はパンクの修理を手伝った学生にお礼と称して接触してきたり、民青対象のスパイ化工作などでは行きつけのパチンコ屋の常連として接触してくるという手口を使っている。今回の一件で公安・警備警察が私を対象にする可能性があるので十分警戒が必要だ。
(Mixiの日記に加筆訂正)
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最近はブログの更新が滞りっぱなしでアクセスも急減している。鬱の状態は可もなく不可もなくといった感じでそれほど悪化しているわけではないのだが、10月に始めた飲食店でのバイトが徹夜の勤務であるので勤務明けは体力を使い果たしてただひたすら寝てばかりいる。20代の時であれば徹夜勤務の後で一日の動員に参加して、仮眠すら取らずにまた勤務すると言うことも出来たのであるが、寄る年波には勝てない。一日寝ただけでは足りず、休みの日であっても寝てばかりいる。お陰で参加できなかった闘争がいくつもある。例えば明日も開催されるのであるが加古川郵便局における不当労働行為を提訴した事案についての地労委闘争など、参加予定をしていながら11月はバイトから帰宅して仮眠を取ったらそのまま夕方まで眠ってしまって不参加となった。私の取り柄は闘争報告の記事作成が早いと言うことで当日の深夜から翌朝にかけて報告書を作成して反対する会事務局に送信し、ブログにも公開すると言うことである。それが10月19日の京都反戦行動や饗庭野における11月22日の日米軍事演習反対闘争の報告記事を書き上げるのに数日を要した。反対する会事務局長からは何度も督促のメールがあった。
ブログへの書き込みに対しても全く返事が書けない状態である。今日はようやくパソコンに向かって記事を書く元気が出てきた。明日の地労委闘争にはなんとしてでも駆けつけなければならないと思っている。闘争だけではない。何人かの人から「前進」に掲載された重要論文についての学習を進められながら全く手を付けていない状態である。また「革共同通信」も送ってもらいながら開封すら出来ていない。「展望」の2号も見出しを見ただけであるし、3号も開封していない。機関誌・紙が読めなければ革共同中央派と革共同再建協議会とのどちらが正しいのかを判断することも出来ない。中央派の集会には出入り禁止を食らった身であるし、再建協議会は大衆戦線での統一行動にはマメに参加しているのだが独自の主張をすることがほとんど無い。集会に参加してこの目と耳とで見聞きして判断しようと思っても中々それが出来ない。やはり機関誌を読む作業はなんとしてでも行わなければいけない。
どちらに日本革命の展望を託すのか判断するためには機関誌・紙を熟読することが必要だ。確信を持てた時、再決起できるかどうかについても考える余地が生まれるだろう。勿論シンパ止まりの可能性の方が大きいのであるが。この間の自分の立ち位置をハッキリさせることが出来ていない状況ではそれは無理な話である。再結集できなかったとしても、私は私が行った党への大衆の信頼失墜という行為について責任を取らなければならない。最低限自己批判する必要があるだろう。アメリカ発の金融恐慌の結果、連日企業のリストラ案が発表され、数千から万単位の労働者が解雇や雇い止め通告を受けている。この情勢にあって、これらを真に解決する革命党はどちらであるかをしっかりと見極める必要がある。歯を食いしばってでも情勢について行かなければならない。時間を割いて機関誌の学習、基本文献を読み、マルクス・エンゲルス・レーニンの古典を読み込んで行かなければ。
明日は加古川局事案の地労委党争が兵庫県庁で開催される。出来るだけ早く報告記事を書けるように努力しよう。
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土曜日に織田裕二のコンサートに行って来た。最近は疲れがひどくて寸暇を惜しんで眠る毎日であり、blogの更新も10日あまり滞っている中での外出だった。
ステージの背景スクリーンには大きな瞳が映し出されていた。織田裕二の眼なんだろうと予想していたら、案の定。何でも本人がデザインしたそうで、眠たい時の自分の眼だそうだ。ステージが始まる時に瞳がウインクすると場内からは歓声が沸き上がった。
最初の数曲は知らない曲だったのでいまひとつ乗れずに織田を凝視していた。横を見ると妻は腕を振ったり手を上げて手拍子したりとノリノリだ。
半ばになると「お金がない」のOVER THE TROUBLE・「踊る大捜査線」のLoveSomebody・歌えなかったLoveSong等知った曲を歌ってくれたので、足でリズムを取ったり、所々拍手したり出来た。歌詞で「OVER THE TROUBLEと言う時には観客がタオルやハンカチを頭上に投げる。こんなお約束が有るんだと発見。
途中のしゃべりでは20周年記念のベストアルバムとDVDの宣伝をしたり、冒頭にも触れた瞳のデザインのTシャツは他では売っていませんと話したり、思わず「よっ!この商売人!!」と叫びたくなった。
もの心ついた頃から音楽を聞いていて、人生のいろんな場面で音楽から力を貰ったそうだ。失恋した時にも音楽を聞いて自分を奮い立たせたという。で、噂に有るのか知らないが、ホモではないですよという辺りで爆笑があった。
妻はとても楽しんだ様で、先月末くらいから仕事の事で落ち込んでいたのには良い薬だった様だ。入場待ちをしている時も見ず知らずの人と織田裕二の話題で盛り上がっていた。
開場前は売店でTシャツ・パンフレット・カードケース・タオルを買い、コンサート終了後にも売店でCD・DVDを買い込んでいた。
織田裕二のコンサートに付き合うのは10年ぶりくらいだが、妻が楽しんでいる顔を見られたのは良かった。
mixiの足跡を見たら、織田裕二で日記を検索した人が何人かいたので、これも全体公開にした。
そうそう、織田裕二ファンクラブ「デプス」でのアンケートに付いても話していた。織田に歌って欲しい曲のジャンルで三位はフォーク、二位は日本語の曲、最近英語の曲が四曲中三曲だから。一位を発表する前に合いの手で「演歌」と声が飛ぶ。一位はバラード。
演じて欲しい分野は三位はアクション、二位はラブロマンス。逆だったかも知れない。第一位はサスペンス。本人いわくバラードもサスペンスも本人がやりたい事と一致しているので、時期はいつか分からないが期待して欲しいとの事だった。
mixiに書いた日記に少しだけ手を入れて転載。手抜きやなあ。
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どうも中々直らない癖がある。自分の読めもしない本を買い込んでしまうと言うことだ。内容については大抵のものは何とか読めるのであるが、自分の一月あたりの読書量を大きく上回る購入量なのである。特にいけないのが各種集会などに参加した時である。会場では参加者が各々の運動の記録などを書籍やパンフレットにして販売している。例えば10月5日の三里塚では革共同中央派の売店で「反戦派労働運動」を買い求め、関西派・再建協議会からは「展望」2号を購入した。集会に集中しようと座っていると革労協現代社派もしくはその周辺の人がパンフレットを持ってきた。内容を聞くと革労協に対して適用された組織犯罪対策法弾圧との攻防を記録したものだという。組対法が左翼団体に適用されたのは初めてのことである。戦前で言えば京都学連事件に治安維持法が初めて適用されたようなものだろうと思って支援カンパのつもりで買うことにした。結局今に至っても、病気の関係もあってどれも読めていない。
以前に「浪費癖」という記事に書いたこともあるが、欲しい本があると財布が空になるまで買ってしまう。とりわけ各種集会で販売されているパンフレット類は田舎に住んでいると中々見かけることがない。それこそ模索社のようなミニコミに強い本屋が有れば良いのだが、ウニタ書店は潰れたとか聞いている。まさかパンフレットを買うために上京するわけにも行かないから、帰りの交通費を除いて本やパンフレットに化けてしまう。それこそトゥラーンにでも生まれていれば気前の良いやつとして好かれていたかも知れないが、残念なことにここは日本であるので経済観念のないやつとして低い評価がされる。二宮尊徳が或る弟子に対して自分の下を去るように諭したことがあると言うが、その弟子は倹約が出来る性格ではなかったようで、尊徳は「金儲けの方法を学びなさい」と言ったそうだ。私の場合は金儲けの才能もないし倹約も苦手である。それでもきっと各種集会に参加することをやめないだろうし、参加するたびに本などの資料をカンパ代わりに買うことは止めないだろう。幸い最近では酒と女に使うことが減ったので多少は楽であるが。
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今日は朝から社会保険事務所に行って国民年金の保険料免除手続きと郵便局で傷病手当の請求書発送を行った。その後自宅に戻り、19日の集会の写真をDVDに四苦八苦して焼いて集会のホームページ担当者に郵送。失敗して1枚生のDVDを駄目にした。
DVDの作業で疲れたので昼寝して、夕方子供に起こして貰い夕飯の買物へ。ゴボウ・人参・蓮根でキンピラ炒めとサラダを作り、味付けの鶏肉を炒める。後はカブラの漬物に鰹節と昆布との佃煮、梅干し、納豆の献立。
ヘキサゴンⅡを見終える頃に娘達がヘキサゴンの問題集を出している扶桑社を何故嫌いなのか聞いて来たので答える。「あたらしい教科書」を作る会の版元であり、日頃から侵略戦争賛美をしている右翼出版社であること、フジ3Kグループそのものが右翼でおよそ報道機関とは言えない政府・警察の広報組織であること、島田伸介が大阪府知事橋下を支持していること、橋下が先日高校生20人と懇談したが、私学助成金切り下げを居直り高校生の中には泣いた者もいたこと等を話す。
その後気がついたらコタツで寝ていて、妻が寝室に上がる時に起こされた。2時間半程寝ていたようだ。冬場は活動停止状態というか冬眠状態というか、よく寝てしまう。そろそろそんな季節が近づいている様だ。
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今日は7時半に起こされた。息子の通う剣道教室の錬成大会があるからだ。一応市の大会と言うことになっていて市長杯というものであるのだが、実際に参加したのは息子の通う教室と次女の通う中学の剣道部だけであった。昔は市内に幾つかの剣道教室があり中学の剣道部も3つあったそうだが、今は少子化の影響と剣道人口の減少とでそれだけの参加になってしまったそうだ。中学生が15~6名、小学生が17~8名、幼稚園児が1人であった。
大会は中学生男子の部が3名で総当たり、中学生女子がトーナメント戦、小学生は3年生以上を1年以上防具を着けて稽古しているものの部と今年9月から面をつける様になった初心者の部とに分けてそれぞれ総当たりであった。また、小学生は3年生以上の全員が参加するトーナメントで市長杯を争った。その後中学生男女2名ずつと小学生10名の計14名で7人ずつに分かれた紅白戦。息子は2年生なので1年生・幼稚園と一緒に見学である。
試合経験を積ませてルールなどを勉強するといった意味合いが強かった。参加人数が少なかったので試合をした小学生は殆どが賞状をもらっていた。息子は事前に同級生からメダルやトロフィーを貰えると聞いていたらしく、自分にそれらが当たらなかったことに文句を言っていた。来年には面を付けるだろうし、新人戦に参加できるのだからそう言うなと嗜めた。
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銀英伝を読んだことがない人にはサッパリ分からない題名であるので、簡単に説明しておくと、フォン・キュンメルという青年貴族がいて重病のために寝たきりの生活を送っていたのである。要するにここ数日寝込んでいたと言いたいのだ。
19日の集会とデモで色々疲れたことや打ち上げで調子に乗って呑み過ぎてしまい、体調を崩してしまった。デモ終了後の懇親会会場では酔っぱらって座敷の真ん中で寝てしまうし、帰りの電車では殆ど寝ていて終点で起こしてもらった。帰宅後速報だけ書いて月曜は一日寝ていた。最初は二日酔いかと思っていたが、火曜・水曜とやはり起きられない。パソコンは点けることも出来なかったので布団の中で携帯からミクシーを少し覗く程度。普段ならば集会に参加したその日から翌日に書けて報告記事を書くのだが、気がついたら木曜であった。体調が少しマシになったので記事を書き始めたところ、ついつい調子に乗って徹夜してしまい金曜の朝になって掲載することが出来た。
おかけで昨日今日と再び寝てばかりいる。今夜なども夕方5時頃に起こされて夕飯の買い物に行って炊事をしたが食後に居間で寝ていて、いい加減に寝室に移れと起こされたのが11時である。パソコンを娘が点けっぱなしにしていたので、見るとYahoo!のチャットが動いていたが、相手の方は諦めて落ちた後だった。
鬱病が酷くなって以来、ほぼ毎年のように秋から冬にかけては体調を崩すことが多い。それこそ何日も布団の中で寝て寝る状態が続く。「冬眠」と言っても良いかもしれない。病気が双極性二型の鬱病(躁鬱病に近い物)であるのと、冬期鬱病とが入り交じっているようだ。健康管理が不十分であったので今年こそは、と毎年思うのだがなかなか上手くできない。今年は最大のストレスである郵政職場が無いのでそれほど悪化しないで済むのではと淡い願望ももてっいたりする。
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昨夜は反対する会の事務局会議。日付が変わる少し前に帰宅してパソコンでメールチェックなどをしていた。今日は丸山公会堂で「このままで、ええの!日本と世界-10・19反戦集会」が有るので早く寝なければならないと思い睡眠導入剤を飲んだところ、パソコンをつけたまま寝入ってしまっていた。疲れているときのハルシオンとレンドルミンはよく効くなあ。普段なら2時間くらいたたないと眠れないのだが、速攻で利いた。
今ちょうど四時半である。反対する会の会議報告書は月曜にでも作成するとして、これから布団に入って少し寝直すことにする。寝坊だけは注意しないといけない。
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鶴見緑地にある花博公園に行ってきた。元々の目的は花博公園を使って女性の写真を撮ることだったが、約束していたモデルさんがドタキャンしてしまったために花の写真や公園で憩う人々のスナップを写してきた。
こうして花などを写してみると、自分の下手さ加減がよく分かる。人物写真の場合はモデルが良ければ誤魔化せるが、花はそうはいかない。勿論マクロレンズを持っていればもう少しマシな絵が撮れただろうが、元々集会の記録など報道写真っぽい物を写してきたからスナップの方が向いているのかも知れない。自分では婦人科の小児科だと思っているのだが。(女性写真中心が「婦人科」、子供の写真中心が「小児科」とカメラマンの間で使う) 来週は以前に一度写したことのあるネットアイドルさんとの撮影がある。次はすっぽかしは無いはずなので思う存分「婦人科」出来るだろう。
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忙しくなり始めた。ここ数日反対する会のホームページ更新や諸処の作業に時間を取られた。おまけに昨日などは徹夜で作業して朝9時頃に寝たのに、12時頃に息子にたたき起こされた。小学3年生以下の児童は保護者が一緒でないと秋祭りに参加できない決まりがあるために付き添うことになったのだ。子供会の役員さんからは御神輿の担ぎ手が少ないのでそちらにも協力してくださいと頼まれてしまい、頼まれると嫌と言えない性格の私はついつい承諾してしまった。妻も病気が良くなり、今月から仕事に行き始めたため、息子の行事の殆どは私が行くことになった。ちなみに昨日は妻も休みであったのだが、気晴らしにパチンコに出かけて行った。
子供にとってお祭りは楽しいもので、田舎に住んでいると度度あるお祭りには次から次へと参加している。昨日などは市内各所で秋祭りであったので人出も多かった。うちの町内会はとある神社の氏子が多いために自治会と氏子衆とを混同している人が多くて、自治会や子供会の役員が祭りの寄付金を集めたり町会費から支出したりしている。新規に転入した人間にとっては氏神さんなどあまり縁がないのだが、これも近所づきあいと思って我慢している。まじめなクリスチャンや「創価学会」の人間だったら拒否するのだろうかとも考えてしまう。少なくとも共産主義者は宗教の反動性を自覚しているから政教分離については厳しくなければならないだろう。日共はスターリン主義反革命なのであまり気にしないだろう。
で、その神社の氏神であるが創作上のなんとか天皇を祀っていて、以前にも記事で触れたことがあると思うのだが、90年天皇決戦の時に人民革命軍武装遊撃隊(通称中核派革命軍)の戦闘で全焼したことがある。同時多発ゲリラで氏神さんと私の勤務地のよりによって担当区域内の神社ともう一カ所を攻撃したのだ。お陰で当時の私の下宿には不当・違法なガサ(家宅捜査)があった。捜査令状は対象の住所が番地一つ違っていても無効になるし、捜査に当たっては警察官は官姓名を名乗り警察手帳を示さなければならないのであるが、令状の住所は間違ってあったし名乗りもしなかった。そもそもゲリラパルチザン戦闘に際して、公然拠点や公然活動家の住居にガサに入ると言うことは、革命軍に関する手がかりを全く得られず、革命軍の前には警察が無能であることを覆い隠すためのマスコミ対策・世論誘導であるのだ。
話を祭りに戻すと、12時半の集合で1時に御神輿が町内練り歩きに出発した。御輿には台車が着いていて押していくのであるが、引き綱が付いているにもかかわらず子供たちには引かせずに殆ど大人4人が押す羽目になった。子供たちは後ろをぞろぞろ付いてくるだけである。ご祝儀を呉れた家々を回って、その家の前で「ワッショイワッショイ」と担ぎ上げるのだが、これが結構きつい。膝の曲げ伸ばしで担ぎ上げないと揚がらない。大うちはを持っている子供もただ持っているだけで煽いでは暮れないので汗がダラダラ流れる。途中の休憩の時には息子がじゃれついてきてゆっくり休めない。「おしり食べて」だの「父ちゃんの金玉とか体とかの毛はもじゃ毛やで。ちんちんのはチンゲっていうんやで」とか言う。相も変わらず下ネタが多い。金的を蹴ってきたりする。素手で剣道のまね事をして遊んでいるときも突きを急所に入れてくる。「おまえは子供か!!」って子供だが。
二度目の休憩は小学校の校庭で、ここではジュースとみたらし団子が振る舞われた。子供たちはお腹が空いているので一人一本では足りずに何本もお変わりに並んでいる。「父ちゃん二本目。去年は5本食べてんで」「あんな、○○くんな、12本も食べてん」「今日は3本でやめとくは」等々賑やかである。私もお腹が減っていたが流石にお代わりするわけにも行かずタバコを何本か吸うことで空腹を我慢した。なぜ空腹であったかというと、徹夜明けで眠たかったので朝食も取らずに寝てしまい、昼食を食べるまもなく祭りに参加したからである。
祭りの最高潮は時間を合わせて幾つもの町内会の御輿行列が集結し、神社のそばの商店街を練り歩くときであった。うちの町内会の物だけでも百名くらいなのだが、それが千人ほど集まってワッショイワッショイとやる。そんなに広い道ではないから、見物人と併せて人並みが凄い。商店街のあちこちには商工会の人や市の観光協会の人たちなどが出店を出している。途中行きつけの本屋の前を通るとお店の人が飛び出してきて私にご祝儀を渡してくれた。急いで役員さんに手渡しそのことを伝える。役員は礼をして領収書を発行した。解散場所は神社の境内で、幾つもの御神輿や山車まで並んでいる。そうそう、神社の直近の町内会の場合は山車と御輿と太鼓の台車に御子装束の女の子が十数人、総勢で3~4百人はいた。解散の際に子供たちは商店街のお菓子引換券を一枚ずつもらい、大急ぎで配布場所に走って行った。私はその後で本屋によってご祝儀のお礼を済ませてから帰宅した。
バナー作成は「雑談日記 徒然なるままに」のSOBAさん
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いやあこわかった。
私は父母の影響で関東の訛りがある。子供の時は「東京弁使うなや」と言われて虐められた物である。で、「こわかった」は疲れたの意味である。
今夜は剣道の稽古があった。台風で参加を見送ったり、稽古の休みがあったり、息子が風邪を引いたり、更には私の所用のために2週間ほど稽古を休んでいたので久しぶりに汗をかいてきたのだ。既に秋となったので盛夏の時期に比べて汗で数キロ体重が減ると言うことはないが、それでも稽古着は汗だくだ。
最近は犬の散歩も娘達に任せているので体を動かすのは稽古の時しかない。体が鈍っているから小一時間の稽古が結構辛い。尤も息子も私が一緒に稽古するのでそれなりに頑張って続けているので今更やめる訳にも行かない。病状が良くなったらランニングくらいして体力を付けないといけないかなと思ったりしている。
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10・1の郵便事業会社、郵便局株式会社の近畿支社(旧近畿郵政局)前抗議行動の後で懇親会に参加した。抗議行動と懇親会の模様については明日にでも記事にまとめようと思うが、今夜は懇親会で党派の現役活動家の人にお叱りを受けたことを簡単に書いておく。
私のように風俗にハマり、酒と女とで身を持ち崩して除名された人間というのはここ40年ほどの間にはいないそうである。60年代から70年くらいの大衆運動の高揚期には、飲む・打つ・買うと言った革命家にあるまじき行為をしている人間も沢山いたが、そんな人間は対カクマル戦争などの課程でみんないなくなった。女性問題で色々あった人もいたが除名までされたのは私くらいの物である。反省しているのか、と叱られた。ブログを書いていたり反対する会の活動で目立っているが、本当は謙虚に蟄居するくらいでないといけない様なことを言われた。平たく言えばでかい面をするなと言うことである。
大抵の場合革共同から離れた人というのは政治に関わらない様にしている。私のようにブログで色々主張したり、あちこちの集会に出かけていって報告記事を掲載したりという人間は稀である。除名されたことを反省していないかと言われたら多少は反省しているのであるが、自分で思っている程度では現役諸氏からすると到底足りないと感じられるようである。
実際問題として除名されて暫くの時に意見書を書いて全逓関係のメンバーに送付したことがある。自分の除名に納得できなかったからだ。地区党に再審理を求めても蹴られるだろうと思ったからである。本来は全国大会に提訴するのが正しいのであるが、その全国大会も60年代以来開催されていない(第5回大会と第6回大会はどうなるのだろうか?)おまえ一人のために大会を開催しないといけないと言われた。これって自己批判して再結集せよと言う事なのであろうか? しかし自己批判書を提出するとして中央派に出すのか関西派・再建協議会に出すのかで大きく違ってくる。
ハッキリとどちらが正しくどちらが間違っていると判断がつけばそれはそれで良いのだが、「前進」も「革共同通信」も熟読できることは少ない。読めたときは読んだ方の主張に対してフムフムと頷くが、他方を読めばそちらにも納得している。こんな状態で党派選択など出来るわけがない。第一怠惰な生活に慣れてしまうと、かつてのような革命的規律、党の三原則を守ることが出来るとは到底思えないのだ。こんな調子であるから現役で懸命に闘っている人たちからは厭われるのも仕方がないことなのだと思うしかない。
で、始めに戻ると、こういった中途半端な人間が目立つことをしているのが許せないというまじめな活動家諸氏からは嫌われているようである。
今のあり方について一度真剣に討論をする必要があるだろう。でも仮に私がどちらかを選択し再結集したとすると、他方からは腐敗分子を受け入れたことに対する党派的批判がなされるに違いない。どっちに転んでも身を寄せる党派には迷惑をかけるだけの存在なのかなあと思ってしまう。革共同が好きであるだけに、それはそれで困ってしまうのであるが。
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病状も良くなってきたので、社会復帰しようと思い仕事を探し始めた物の中々採用されない。ひとまず普通免許が必要な場合に備えて免許は取ったが、それ以外には資格がないというのは困ったものである。郵便局時代に幾つかの資格を取ろうと思って勉強したことはあるのだが病気のために頓挫してしまった。もし仮に貯金や保険の関連資格を持っていれば多少は違ったかも知れない。尤もストレスの多い営業職は出来れば避けようと思って畑違いの仕事を探しているから採用されないという問題もある。連日求人情報を見ては電話を入れ、年齢制限に引っかからなかった場合には面接を受けているのだが、今のところ良い知らせがない。
鬱病が完治したわけでは無いので、ストレスが少なそうで軽作業という仕事を探しているが、そういった仕事の場合は賃金が安い。妻の就職が決まったので扶養家族にはいることで済ませ、専業主夫という考え方もあるのだが、そうなると自由に出来るお金がないから集会など運動に関わることが出来なくなる。やはり自前の収入は絶対確保しなければならない。扶養家族の範囲でバイトするという選択肢もあるので時間給が安くても仕方がないと諦めるか。
郵便局の保険外務員の場合、転職する先が一番多いのはアリコジャパンであったが、引き抜かれて行った人たちは大抵使い捨てにされてしまい勤め続けている人は少ない。郵便局時代の顧客を一通り保険に入れると後が続かない場合がほとんどであるし、郵政の側も顧客情報を持ち出したことに対して訴訟をしたりする。何よりアメリカの金融恐慌によって親会社であるAIGが経営危機によってFRB(連邦準備制度)に救済してもらう有様だ。就職先として金融機関が適当かというとそうでもないだろう。これからはリーマンブラザーズのように破綻する金融機関が続出するはずである。当面はバイトを探して働きながら次の仕事を探すという方法しかないのかも知れない。
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先日拾ってきた子猫にユーリと名付けて飼うようになったのであるが、家族の反応は極めて良いもので、、ユーリの取り合いがあちこちで続発している。
ユーリが一番気に入っているのは長女の詩織(仮名)の膝の上のようで、何もなければそこにいる。
息子の勇樹はやたらと構うのでユーリには敬遠されているみたいだ。それでも何かある旅に抱きしめたりして遊ぼうとしている。
詩織の次に居心地がいいのは妻の膝であるらしい。詩織が都合の悪いときには妻の元へとまっしぐらに走っている。
だが、餌をくれるとなると事態は少々変わる。次女が間食するときにお菓子を分けるからである。お菓子を食べ始めた次女の歌織の元へとすり寄っていくユーリ。
そして決定的なのが食事中である。テーブルの下にやってきては「俺にもくれよ」と言いたげなユーリにご飯やおかずを提供するのは私である。食事時だけは私の所にやって来てくれる。
犬のチョコとクッキーが焼き餅を焼いている気がよくわかる。昨日はユーリとチョコ・クッキーを対面させたのだが、三者とも興奮して威嚇しあっていた。中々仲良しになるという関係ではなさそうだ。
一部の読者の間で子猫の写真が好評であったので再度掲載することにしたが、元々の私は犬派であったはずなのだが・・・ そのうちチョコとクッキッーの写真も掲載することがあるかもしれない。
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今日は天気も良く行楽日和だった。一週間程前から妻がお弁当を作ってドライブがしたいと言っていた。そしてカメラの使い方を教えろと言うのである。家族が共通の趣味を持てば話しも弾むから大賛成な事だが、土曜は集会、日曜は次女が部活で都合が合わない。そこで今日辺り出かけようと提案してみた。
ところが息子がドライブより魚釣りに行きたいと強情を張る。確かに息子は少し前から釣りに行きたいと言ってはいた。そこで仕方なく10時頃から近所の川に釣竿を下げて出かけていった。餌は息子が朝から捕まえたミミズである。川底が見える程浅い川だが、鮒や鯉等が泳いでいる。2時間程糸を垂らしていると通りすがりの人が色々と話しかけてくる。そうこうする内に私が3匹、息子が2匹釣り上げた。鮒ではなくて種類が分からない。だがしかし釣果もあったので、満足して帰宅した。
帰宅すると農協の直売所に買い物に行こうという話しになる。私が運転したいと言うと皆が反対する。結局免許を取ってから車を運転したのはたった1回しかない。ついでだからデジタル一眼レフとコンパクトデジカメを持って出発する。直売所の近くに彼岸花が群生する格好のポイントがあるのだ。処が病気の為に数年来ない間に、畦道がコンクリートで舗装されていて彼岸花は数える程しか咲いていない。
車を降りると猫の鳴き声がするので長女と息子が辺りを見回すと一匹の子猫がいた。野良猫か捨て猫の様だ。息子が追いかけて逃げ場の無い行き止まりに追い詰めた。首筋を掴んで捕まえる。
「連れて帰って良い?」と息子。どう見ても一ヶ月から二ヶ月の子猫なので親から離して育てるのは難しい。だが辺りを探しても親猫の姿は無い。そこで息子に甘い私は家で飼うことを認めた。
帰り道でホームセンターに立ち寄り、ケージや子猫用のミルクにキャットフード等を買い込む。妻は余計な出費にため息をついた。
ミルクを飲ませ風呂で蚤取りシャンプーで洗う。専用の櫛で体をすくとたくさんの蚤が出てくる。息子は子猫にユーリと名付けて文字通り猫可愛がりをする。息子の満面の笑顔を写し取ったのだが、親が親なのでblogでの公表は避けることにする。ちなみにユーリと言うのは長女が遊んでいるテイルズオブヴェスペリアとか言うゲームの登場人物に由来するらしい。
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夏風邪がどうにか治まった先週末、上京して秋葉原などに行ってきた。最大の目的は趣味の写真を撮ることであったのだが、上京することをミクシーの日記で知らせたところこの機会にオフ会をしようという話となり、いつのまにやらそちらが主たる目的となっていた。最初は五六人集まれば十分と思っていたのであるが、ふたを開けてみると一軒の飲み屋を貸し切るという大規模なオフ会となった。お陰で何人ものマイミクさんや、ネット上で知り合いである人々とお会いすることが出来た。参加者の内マイミクではなかった方々ともマイミク申請をし、事情のある方をのぞいてみなさん快諾してくださった。
上京初日には秋葉原に寄ってみたのであるが、電器店街の改札を出るといきなりきれいなお嬢さんたちがチラシを配っている。何でも「YGA」と言うアイドルグループであるらしい。秋葉原限定なのかそれとも単に私が疎いだけなのか。何枚か写真を撮らせて貰う。
このグループの他にもメイド喫茶のチラシを配っている人が沢山いる。中にはシスター喫茶と言うのもあって、修道女姿で街頭に立っている。何件かの電器店をうろついて結局買った物はケーブル1本なのであるが、メイド喫茶にも入ってみた。今年の3月に日本橋で初体験は済ませていたが、何でこの様な店が流行っているのかいま一つ理解できない。
徘徊しているときにパチンコ屋を見つけたのだが、流石は秋葉原である。店頭には数多くのイラストが掲げられ、アニメやゲームのキャラが描かれている。店の装飾もオタク層向けの作りで、やたらとエヴァンゲリオンのポップが飾られている。話の種にと思い写真だけ3枚ほど写してみたがパチンコその物はしなかった。
そして数年前から問題となっている警察の職質に出くわした。勿論私ではない。デイバッグを下げていた青年が制服警官に寄って荷物を改められていたのである。オタクを治安弾圧の対象としてカッターナイフ一つ所持しているだけで違法に逮捕勾留をしているのだ。電気街であるから工具を持っていること事態自然なことである。昔三里塚現地闘争で筆箱の中にカッターナイフが入っていたからとして逮捕された学生がいたが、革命的左翼に対して行われた弾圧は社会全体に対して広がっていくという事実の一例をかいま見た。
自民党の総裁選をめぐって麻生太郎が「オタク」の人気を集めているらしく、奴のイラストが入った饅頭やファイルを大々的に売っていた。中には政権を投げ出した福田康夫にお疲れさまというお菓子もあった。政治的内容も全く抜きでオタク層をB層として取り込もうという自民党の戦略が働いている様だ。全くナンセンスである。
写真撮影の方は日曜と月曜にそれぞれ別のスタジオでモデルさんを写した。セミプロであるため公表は不可であるのが残念だ。尤も公表できるモデルさんであったとしても政治の話題を取り上げることの多いブログにはそぐわないかもしれない。写真の趣味を中心にしたブログなりホームページを新たに作るのも良いかもしれないなどと思ってしまった。
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今日は息子の通う小学校でキャンプファイアーがあった。夕方の6時半からであったが、息子から始まったと電話がかかってきたのは4じごろの事であった。あわてて学校まで足を運ぶと、キャンプファイアーはまだ始まるどころか準備すら途中である。去年からの事なのだが、キャンプファイアーの前には学校の清掃や器具のペンキ塗りなどの奉仕活動があったのだ。学校のための文教予算が削減されているのだろう。遊具などの整備を父兄の奉仕作業で行わなければならない。その内日本も、アメリカ並みに学校運営のためにチャリティーバザーなどをしないと業務が回らなくなるのではないだろうか。米帝は軍事費の支出が巨大すぎるために文教費を極限まで削っている。公立学校でも寄付が無いと立ち行かないのだ。
奉仕作業のことを失念していた私は、記念となる写真を写そうとカメラバッグを下げて小学校に行った。だが多くの父兄がペンキ塗りの作業中である。いくらなんでもその風景を撮影して歩くわけには行かない。私も作業に参加した。教室の戸やくつ箱、清掃用具をしまうロッカーなどにペンキを塗る。その過程で着ていたシャツにベットリと水性ペンキを付けてしまう。水性とは言え乾くと選択しても落ちない。一着ダメにしてしまったと後悔する。去年もTシャツを一枚ペンキだらけにした。今年は長袖のカッターシャツだ。Tシャツなら下着として着る事も出来るが、今日汚したシャツは使い道はあまりないだろう。高校時代の様に油絵でも描くなら別であるが。
奉仕作業が終わるとご苦労さんという事で調理パンと飲み物とお菓子が支給された。町内会によって少々内容は異なる。手が空いたので息子の写真を色々と写す。使い慣れていないカメラだったので殆どが機械任せの撮影になった。気恥ずかしいのかカメラを向けると息子は逃げ回る。昨日も次女にモデルを頼んだら断られた経緯がある。思春期の始まりなのであろうか?
キャンプファイアーが始まってから、息子はあまり乗り気ではないようで、遠巻きに見ながらチョコチョコ走ってきては何だかんだと言う。結局友達と他の事をして遊んでいた時間の方が長かったかもしれない。何にしてもそれなりに楽しんで帰宅したのが8時ごろであった。うっかり夕飯の支度を忘れていたのでカップラーメンとご飯という食事であった。
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わがアッテンボロー分艦隊は本日夕刻帝国軍多数と交戦。1500隻の損害を被った物の、敵6300隻を鹵獲。大勝利を納めた。とMixi銀河英雄伝説コミュの「遂にパチンコが発売!」トピックスに書き込むべきところである。今日の夕食後妻が「サクラ大戦の歌が聞きたい」と言い出した。我が家にサクラ大戦のCDは無いので、それはつまりパチンコに行きたいという事である。特段用事もなかったのでつきあう事にして、近所のはやっていないパチンコ屋に行った。はやっている方の店は数カ月前にサクラ大戦の台を撤去して新台と入れ換えている。何故はやらないかというと換金率が悪いからである。一回大当たりしても一箱が3500円程度しかない。だが、その代わり流行遅れとなった機種が結構残っている。ちょうど一年前に発売されて人気が出ずに終わったCR銀河英雄伝説もそうである。
最初は私もサクラ大戦を打っていたのであるが、回らないしリーチを外してばかりなのでざっと1万円ほど負けてしまった。妻は4000円ほどで確変を引いてその後18連チャンした。他に良さそうな台がなかったので1円パチンコのコーナーを物色すると、そこにもたった1台銀英伝が有った。去年はやっている店では殆ど打つ事が出来なかったのでその台に座る。普通のパチンコ台は一玉4円であるので4倍遊ぶ事が出来るというのが売りなのだ。妻が出ている以上時間をつぶすのにはもってこいなのである。暫くするとリーチの前にラインハルトが「撃熱である」と言う。もしかして当たりかなと思い打つ手を止めて画面に注目する。すると結構信頼度の高いリーチであり、ヤンが「やれやれこれで安心だ」と呟き確変になった。そのあとは9連チャンである。
普通の絵柄のときはトールハンマーの斉射で確変絵柄での当たりに変わ11った。ユリアンが「最高です」と言い、キルヒアイスが「銀河を手に入れましたね」と称賛する。白兵戦によるゲート突破も何度か有ったし、ラインハルトの告白リーチも2回見た。艦隊戦リーチではミッターマイヤー対ビュコック祖父さんの対決だ。残念であったのは最後に確変を外したときに同盟軍のリーチが有ったのと何回目であったかに同盟モードの大当たり画面が1回あっただけで、後は全て帝国側のリーチ・大当たり画面であった。私はヤンを筆頭とする同盟側が大好きなので、出来ればそちらのシーンを沢山見たかった。帝国のワルキューレよりは同盟のスパルタニアンが好みだし、好きな戦艦はブリュンヒルトやバルバロッサではなくてヒューベリオンである。ついでに言えば同盟の主な登場人物のシーンでパエッタ中将が出ているのにウランフやボロディンが出ないのはおかしいと思った。
何だかんだと言いながら銀英伝のパチンコで楽しく遊べた事には違いない。これがもし1円パチンコではなく普通の台であったなら4倍換算であるので6千円の出費で25000の勝ちであった。尤も1円パチンコだから設定が甘くなっていたのであろうが。
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最近妻や娘たちが「ペソギン」という言葉をよく使う。息子をからかって使うのだ。国語の宿題で間違いを直しなさいという問題があって、本来は「ペンギン」と直さなくてはいけないところをそのまま「ペソギン」と書いた物だから女性陣が面白がってからかうのである。小学2年生の段階ではカタカナの読み書きがしっかり出来ない様で、間違いやすい物を拾いだして紙に書いてやったのであるが、時々間違える。「ソ」と「ン」、「シ」と「ツ」をよく間違える。大人から見れば違いは一目瞭然なのだが息子には難しい様だ。
で、ペソギン君はどうしているかというと、今は我が家にはいない。先週ヒロシマ大行動から帰った翌日から妻の実家に帰省しているのである。今我が家には私一人が犬の世話のために留守番をしている。山にカブト虫を取りにいったり川や海で泳いだりしているはずである。妻の実家は山の中なのであるが車で一時間もすれば海にたどり着くことが出きる。数年前までは「星空日本一」を掲げる田舎町であったが、合併の結果市内に海水浴場があるようになったのだ。都会では天の川の満天の星を見ることは出来ないので、星空だけでも十分楽しめる。
今では従姉たちも大きくなったのでバイトや部活に忙しくて中々遊ぶ時間がとれないが妻の長兄と三兄が息子とよく遊んでくれる。長兄の息子は高校生だし、三兄は娘しかいないためにことの他息子を可愛がってくれるのだ。息子は「オッチャン3号と釣りに行くねん」と楽しそうに言っていた。
一人で留守番をしていると家の中が静かすぎる。いつもなら息子がハシャギ回っていて煩いくらいだし、しょっちゅう兄弟喧嘩もしていて怒鳴りつけることが多々あるのだが、エアコンと扇風機が回る音の他はキーボードを叩く音しか聞こえない。元々テレビはあまり見ない方なのでスイッチも入れていない。今年は例外的にアニメを見るくらいだろうか。7月から「鉄腕バーディー」と「薬師寺涼子の怪奇事件簿」がアニメ化されたから録画して昼間や夕方に見ている。深夜番組でなければチャンネル争いに発展するかもしれないが、お陰で子供たちや妻との間で棲み分けが出来ている。
折角一人きりなのだから読書や学習に専念すれば良いのであるが、暑さもあって中々そうも行かない。小説やマンガを読む程度で時間を過ごすほかは教習所に行くくらいの物だ。一人きりで困るというか失敗したのは洗濯物を干したまま昼寝していたら、夕立でずぶ濡れになってしまったことだろうか。いつもなら誰かが気づいて取り込むのであるが、起きたときには手遅れであった。炊事も一人分を作るのが面倒くさいので外食と弁当で済ませているから、これといってすることは無い。明日と明後日は教習所も盆休みなので家の片づけでもしようかと思う。
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今日は二回目の卒検で、朝九時半に教習所に集合であった。私が通っている教習所は卒検が水曜と日曜である為、先週の日曜は中央派の革共同集会、水曜は8・6ヒロシマ大行動の為に予定を空けていた。革共同集会への参加禁止が金曜であれば3日に卒検を受け直す事が出来たのであるが、連絡が土曜であった為に先週の日曜は棒に振ってしまった。で、結果から言うと今日の卒検はかろうじて合格することが出来た。
幸いというか偶然というか、今日のコースは一回目に受けたのと同じコースであった。少なくともコース間違いだけは無いだろうし、前回失敗した下り坂での左折に際して減速不足で対向車線にはみ出して検定中止という事は克服できると思っていた。ある意味楽勝気分であった。
ところが前半は順調に進んでいたものの自主経路に入ってからしばらくして信号で右折の指示器を出している全走車がいた。対向車線に車輛が有り、前の車が停止したのであるが、バイクの感覚でついつい左側をすり抜けられると思い進んだがそれが出来ずに急停車した。教官が事故になる寸前だと注意してきた。その為かどうか分からないが、その後の黄色の点滅信号で向こう側の左右から発進しようとする車輛が有るにも拘らず加速チェンジした上にアクセルを踏んでしまった。またしても注意を受ける。一応下り坂での左折に際しては十分減速して対向車線にはみ出ることなく曲がる事が出来た。
目標を過ぎての停止の際に、余裕がなかった為に対向車線に駐車車輛が有るにも拘らず停車した上に後続車輛を確認せずに停めた為に迷惑をかけてしまった。更に停車の手順を間違えて一つ飛ばしてしまい、後退にギアを入れたにも拘らずエンジンを忘れてしまったままクラッチから足を外した為に車がわずかに後退した。逆走で検定中止かと思い落ち込んだ。そうでなくとも二回の注意で減点が大きいだろうと思っていた。ところが教習所に戻ると方向転換をしろと言われる。落ちていなかったのだと思い方向転換は上手くこなした。多少希望が見えたかと思い合否発表を待つ。すると私が乗車した車輛を含む三台は全員合格だと言う。やっと一安心できた。
免許証交付に関する様々な説明を聞いて教習所を後にしたのは二時を過ぎたころであったろうか。何にしても明日の月曜は免許証交付の為に免許センターまで足を運ぶ事になる。ここまでは転職に際して普通免許を求められる事を考えての事であるのだが、火曜日からは自動二輪の大型免許の講習が待っている。これは完全に趣味の世界になると思う。何だかんだでバイクの魅力に魅入られている私である。
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今日は午後から息子と一緒に市営プールに行ってきた。夏休み前から連れて行けと度々言われていたためである。こんな事を書くと「今日は革共同政治集会に参加する筈ではなかったのか」と言われそうである。実は昨日中央派の人から電話がかかってきて「集会にはこんとき」と言い渡されたのである。関西派の政治集会報告を克明にしたことが問題になったのだそうだ。一番の問題は防衛上のことであろう。対権力の関係で革共同政治集会では集会解散時にレジュメを回収するなどしていたし、カクマルが仕掛けた盗聴器を摘発するということも度々有った。ICレコーダーを会場に持ち込んで録音するという行為がいけないのだろうと思っている。別段、関西派の政治集会では隠れて録音したわけではない。シャツの胸ポケットに入れて堂々と記録していたが、誰にも咎められなかった。
関西派は防衛上の配慮より公開性を重視していたようで、他党派の活動家を招待したりしていた。多分その関係で関西派は録音について何も言ってこないのだろう。また、ホームページを開設していないから私のブログで公開すれば宣伝になるという判断も有ったのかもしれない。だが中央派の場合は対権力・対他党派の防衛を優先しているということだろう。出来れば中央派の革共同政治集会にも参加して両派の主張を聞き比べたかったので、残念なことである。
二番目の問題は克明な報告記事で関西派・革共同再建協議会の主張を公開したことで、中央派の人たちの一部には「あいつは塩川派じゃないか」という声も上がっているようだ。「塩川派」と言うのは中央派からする関西派の呼び方である。今までにも何度か主張しているのだが、私は中央派と関西派のどちらかを選択することが出来ない状態である。ある問題については中央派が正しいと思えるし、別の問題では関西派の主張にうなづいている。宙ぶらりんなのである。だが、今現在中間・中立の立場をとっている人は結構居るはずだ。ロシア革命における「メジライオンツィ」みたいな存在が居てもいいと思うのだ。「メジライオンツィ」はロシア社会民主労働党の中でレーニン率いるボリシェビキでもなく、マルトフらのメンシェビキでもない中間派で、指導者はトロツキーであった。10月革命に向かう過程でボリシェビキに合流して行った。最後の段階で革命派になった人々だ。革共同の第四次分裂においても同じような事があってもいいと思う。
「メジライオンツィ」を最後まで日和見していたという評価をする向きもあるかもしれないが、肯定的な評価をする場合、直ぐにボリシェビキを選択することが出来なかった人々をメンシェビキという反革命勢力に行かせないで引き止めていたと言うことだ。出来るだけ中立の立場で中央派と関西派のそれぞれの主張や運動実践を見聞きすることで将来の革命情勢に備えたいというのが私の考えだ。そして幸いなことに今の私は双方の大衆集会には参加できている。折角だから自分の経験をブログを通じて一人でも多くの人に共有してもらいたいと思う。只、運動や組織を防衛するという問題で私の中で武装解除が進んでいることは克服する必要が有るだろう。
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一昨昨日の18日は昼過ぎに起き出して診療所に行った。今現在の主治医ではなく元々鬱病に罹患した時にかかっていた医師に受診するためである。今現在は中央派なのか関西派なのかは分からないが革共同系列の精神科の医師である。ここまで書いただけで知っている人は分かるであろう。除名された関係もあって診察を受けることの敷居が高かったのであるが、どうも今かかっている医師は頼りなく思え、思想上の悩みなども聞いて貰えるためにセカンドオピニオンとして受診することにしたのである。
受信後、キャンパスプラザ京都で行われた10月19日の反戦集会の実行委員会に参加した。去年の10・21に続いて今年も国際反戦デーの集会とデモが開催されるのである。会場は京都の円山公会堂で、デモは京都市役所までを予定している。詳しいことはまだ検討中であるために詳細を記事にするのは暫く後のことであろう。実行委員会の後で親睦会があったのであるが、病院との関係でバイクで行ったために酒を飲むことが出来ずにひたすらウーロン茶を飲んでいた。周りの人たちがビールや焼酎を飲んでいるのが羨ましかった。今度は電車で参加するようにしよう。
良く19日と20日は息子の通う剣道教室の錬成会であった。夏期強化練習である。8時30分に集合して夕方4時過ぎまで稽古をした。武道館は風が通らなくて非常に暑かった。少し素振りをしただけで汗が滝のように流れる。近隣の中学の剣道部との合同練習であったが、流石に小中学生は体力がある。休憩を挟むとたちまち元気を回復していた。昼食後の休憩時などは走り回って遊んでいる。大人達は少し面を付けただけでも息切れしていた。面を付けないでの稽古もあったのであるが、途中で足が吊ってしまい付いていけなくなった。面を付けての元立ちの際など、こちらから打って出ようとしたら足がもつれて転倒する始末である。日頃の運動不足を痛感した。
暑い中で稽古をしたお陰で、昨日入浴前に体重を量ったところ2キロ痩せていた。このまま夏場も稽古を続ければダイエット出来そうだなどと思ったのであるが、一人で稽古するのは非常に大変である。誰か一緒にするから辛いことも乗り越えることが出来るのだとも思った。帰宅して晩酌にビールを飲んだのであるが、その美味しいこと美味しいこと。だが疲れたためであろうか、夜はパソコンを開くことも出来ず寝てしまった。今日は教習所も休みであるために一日ノンビリして、夕方子ども達と夏祭りに出かけた。こちらは例年より規模が縮小されていたのであるが、それでも子ども達は楽しめたようだ。
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今日の夕方、毎週水曜日にやってくるパン屋さんに息子がカブト虫をもらった。何でも去年もらったのが卵を産んで、それが沢山孵ったのだという。雌はたった三匹で殆どが雄だったという。息子は雄を2匹もらったのだが大喜びである。贅沢にも雌まで欲しいと言い出す始末である。それでもスーパーなどでつがいを買うと高く付くので貰えたらそれはそれで良いだろうと思う。ついでにこのあたりで取れそうな場所があるかどうか聞いたところ、二三カ所可能性のある場所を教えて貰った。去年の夏休みには早朝起きて近所の山に行ってみた物の、場所が悪かったり時期が遅かったようで全く捕れなかった。
夏休みが近づくと思い出すのがラジオ体操のことである。郵便局に勤めていた時分、一学期の終業式が近づくと担当区内の小学校にラジオ体操の出席カードを配って歩くという業務があった。殆どの人は主催が郵便局であることを知らないので、農協やヤクルトや地銀が作った偽物のカードを平気で使っているし、学校の側も民間企業の宣伝に何の疑問もなく協力していた。何で人の褌で相撲を取るような真似を許しているのかと上司に文句を行ったことが何回かあった。私の場合学校に届ける際に主催は郵便局ですので他所のまがい物は配らないで下さいとお願いしたり、集金先のお客さんの家で偽物を見つけると便乗商法であることを指摘したりした。
だが、殆どの同僚はそう言ったことについては無関心であった。寧ろ出席カードを配ること自体を余計な仕事だと思って敬遠していた。局にもよるが配布自体しないところもあった。営業時間が削られることを敬遠する向きが有ったのだ。実際問題、宣伝・広報をしたところで個々人の職員には保険契約の機会が出来る訳ではない。その時間を一件でも多くお客さんに声を掛ける方が良いと思う者が殆どだったのではないだろうか。契約が出来れば歩合があるので、その為ならどんな卑劣なことでも、人を出し抜いたり騙したり利用したりするのも厭わない人間も沢山いた。以前日記に書いたことのある守銭奴である最高優積者やマル生分会長である優積者などはそうである。
脱線したのでラジオ体操に話を戻すと、軍国主義の色が濃い1928年に国民の体位増進・健康増強のために当時の逓信省簡易保険局が考案し、ラジオ放送で流したのが始まりである。戦後は郵政省簡易保険局がそれを引き継ぎ、NHKと天下り団体として組織したラジオ体操連盟との三者共催で普及に努めてきた。当時の意図は、軍人となるべき国民は健康でなければならないので、その為に逓信省として何をするべきか、また加入者が健康であり死亡などの保険事故が少なければ死差益が望めるという簡易保険局の利害も絡んでいた。民営化後はかんぽ生命が事業を引き継いでいる。民営郵政が便乗商法に対してどの様な態度を取っているのか、今の私には分からないのであるが、国営事業としての立場から国民の健康を重視して文句を言わなかったかつてとは違い協賛金を出させるなどしているのではないかと思う。もうじき終業式であるので息子がどんな出席カードを持ち帰るか興味がある。
余談であるが、今現在放送されているラジオ体操第一は三代目である。内容に軍国主義的な物が色濃かったために、戦後暫く放送などが禁止されていた時期もあった。NHKが放送している「みんなの体操」も実は郵政省簡易保険局が制定した物である。ラジオ体操第一および第二は、跳びはねるなどの激しい動作を含むためにお年寄りには返って良くないと言うことで、1999年に公募を元に作り上げた。制定当時は郵便局で「みんなの体操」のビデオを老人ホームなどに配布して歩いたことがある。ラジオ体操の仲間としては郵便局員の職業病である腰痛対策としての郵便体操という物もあって、郵政研修所で習い覚えた。今現在でも郵便局ではラジオ体操か郵便体操を行っているところが多いのであるが、健康管理と併せて勤務時間外にも管理職の命令を聞くかどうかのリトマス紙として労務管理のためにも利用されている。
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世の中には変わった御仁がいる物で、私が運転する大型トラックに轢かれそうになったと言う妄想をネット上で書き殴ったりしている。しかもこの人物によると私は特殊な訓練を受けた「テロリスト」なのであるらしい。実際の私を知る人たちは当然のことながらケケ博士がご乱心と言うことで一笑に付していた。何故なら私は普通免許を持っていないので軽四すら運転できなかったからである。ついでに言えば、中学高校と六年間剣道をした物のついに二段には合格できず初段止まりである。その後10年ほど前であろうか、郵政武道会に誘われて剣道を再開した物の、鬱病のお陰で幽霊部員となって久しい。
今まで色々なことが重なって、ついつい普通免許を取りそびれてこの歳になってしまった。高校卒業後は大学受験に失敗して2年浪人していたので、当然のことながら免許など取る余裕はない。進学を諦めて働き始めた時はダイハツ自動車の期間工が皮切りであったので、バブル前の当時としては月収が27~8万と高卒にしては良かったのであるが、既に反戦青年委員会に決起していたために手元に7万を残して全て地区党に上納という生活であった。最初の内は交通の便の良い処で活動していたので免許がなくとも活動に支障がなかったが、地区党の方針で全逓に就職せよとなったために、採用通知のあった田舎に通勤することになった。最初は向日町郵便局から採用通知があったのであるが、地区党を移籍することになるため当時の指導部が私に嘘をついて辞退させたのである。
原付免許さえ持っていなかった私は、郵便局に入ってから局の仕事に差し障ると言うことで経費で原付と自動二輪を修得した。私の若い頃は業務に必要と言うことで出張扱いで運転免許センターに行かせてくれたし、教習所にも時間内に通学させてくれて、その交通費も教習費も局持ちであった。郵便・集配の場合には普通免許も取らせてくれたのである。公共交通機関が発達していない田舎で活動することになったので何度か普通免許を取らせてくれと指導部に要望したのだが、地区党の財政の関係で不許可であった。当時は1万円以上の支出がある場合には指導部の承認を得なければならなかったからだ。バイクなら良いと言うことで中古のMTXを買って、その後XLR250BAJAに乗り換えた。結婚して子供が出来たので保育所の送り迎えのために普通免許を取らせてくれと申請したがやはり不許可だった。結局そのまま今に至る。
妻が車の運転を出来るので何とかかんとか子供の送迎は遣り繰りした。だが、妻が夜勤や深夜勤の時は私がタクシーを使った。他のメンバーは結集前に免許を取っていたので自動車で通勤し、活動にも使っていたのであるが、私に対してはついに許可が下りなかった。財政的にも二重基準があったようだ。メンバーの内運動を通じて女性と知り合って結婚した人は、退職させて専業主婦にして家庭に入らせたのであるが、私の場合妻とは運動と関係ないところで知り合ったために党的に獲得して活動家にせよとの指導であった。息子が生まれてアパートでは手狭になったために家を買いたいと言った時にはダメの一点張りであった。結局指導部に内緒で自宅を購入した。たが、今は中央派に行った人達などは持ち家の人が何人かいる。その指導内容の違いについてはついぞ納得のいく説明はなかった。
妻が病気のために運転が出来なくなったことと求人情報には「要普免」の断り書きが多いために普通免許を取ることにして、鬱状態がマシになった6月下旬から教習所に通い出したのである。周りは二十歳前後の若い人ばかりで、40代の中年はそうそういない。また若い人と違って覚えは悪いは体は付いてこないわで、結構時間がかかっている。自動二輪を持っているので学科が免除になっているから良い物の、今から法規を勉強しろとなったら、果たして出来るかどうか疑問である。何とか第一段階の見極めが終了して仮免の検定を初めて受けたのが先週の土曜のことである。緊張して安全確認は出来ないわS字で脱輪して検定中止になるわで散々の結果だった。補習を1時間受けて、今日、再度修了検定に挑んだところ70点ギリギリで合格することが出来た。明日からは路上教習が始まる。出来ることなら今月中に卒検に合格したい物である。
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今日は出歩く元気があったのだが、これと言って予定もなくボーッとしていたところ、妻にせがまれてパチンコに連れて行くことになった。妻は、以前にも書いたことがあるのだがパチンコが好きである。特に一昨年は「冬のソナタ」に嵌り、そこからぺ・ヨンジュンのファンになったりした。今年になって「冬のソナタ2」が登場したのでそれで遊びたいというのである。家には冬ソナの攻略記事が載ったパチンコの雑誌が沢山並んでいる。色々研究しているのであるが、その通りに行くとは限らない。今日も午前中は「冬ソナ2」を打っていたのであるが中々連チャンがなかったようで、負けてしまった。私はと言うとパチンコ屋に付き合った物の「冬ソナ」を打つ気にはなれず「創聖のアクエリオン」と言うアニメを題材にした機種で遊んでみた。
たまたま運良く良い台に当たったようで、千円で大当たりをかけた。何回か続いてくれたので、まあまあ浮いた。午後になって今日は民主党幹事長の鳩山由紀夫がやってくるとの立て看板を見たことを思いだし、どんな話をするのか一つ聞いてやろうと思って演説のあるスーパーへと足を運んだ。最初は鳩山と地元の選挙区から衆院選に立候補する予定の候補者の紹介だけして、聴衆との握手と名刺配りだけであった。なんだこんな物かと思い、買い物をして次の会場である駅頭に移動した。鳩山と候補予定者はスーパーの中と商店街を練り歩いて沿道の人々と握手したり写真撮影したりしていたようである。その間地元の市会議員と参議院議員とが演説を行い時間を稼いでいた。候補予定者と鳩山とが到着した後、最初に演説したのは候補予定者である。この人は全逓を通じて面識のある人で、時には組合動員でビラ撒きをしたり演説会や学習会に参加したり、市政相談会に参加したりとお付き合いのある人である。革共同が衆院選に候補を立てない限り、消去法でこの人を選ぶしかないのが現状である。
鳩山由紀夫の演説であるが、特に上手いとは言えない。演説の上手さで言えば革共同の北小路敏政治局員の方が数段上である。だが、そこは何と言っても衆院議員であるから政局についての話は詳しい。また今日の朝刊で報じられていた年金運用の失敗による5兆円の損失などを取り上げて民主党への支持を熱心に訴えていた。演説終了後聴衆との握手を始めたのであるが、立候補予定者と立ち話をしてしまったために立ち去る機会を逃し、鳩山が近くまでやってきた。手をさしのべてきたので払いのける訳にも行かず、握手する次第となった。何度も繰り返して述べてきたのであるが民主党はブルジョア政党であり積極的に支持する意志はない。今の日本に必要なのは革命であり、労働者階級に深く根ざした革命党としての革共同であると思っている。取り敢えず現状は自公連立政権を退陣させ、ブルジョア「民主主義」その物の欺瞞を万人に明らかにさせるために、一度は民主党に政権を取らせる必要があると思っているのである。
余談であるが、演説会終了後、夕飯の買い物を済ませパチンコ屋に妻を迎えに行った。少々時間があったので再び「アクエリオン」を打ったところ、またしても運良く連チャンの大当たりである。子供用の防具一式と稽古着を買う程度の臨時収入があったので良しとしておこう。妻も同じ程度勝ったのであるが、それもやはり「冬ソナ」をやめて「アクエリオン」を打ってのことである。
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今日は生まれて初めて白髪染めをしてみた。6月に2回もお爺ちゃん呼ばわりされてショックを受けていたためである。1回目は息子を連れて夕飯の買い物に行った際に、試食品を勧めてくれたおばちゃん(多分50代)に息子のことを「お孫さんですか」と言われてしまったのだ。2回目は息子が通い始めた剣道教室の先生に「お爺ちゃん怖いな」と言われたのである。その時は子ども達の稽古が終わり、先生達が稽古を始めたので見取り稽古のために正座して見学するよう息子に言ったのである。世の中には40代で孫を持つ人はいるのであるが、そんなに老けて見えるのであろうかとガッカリしてしまった。家に帰ってこの話を妻にすると、「確かに最近老けてきたわ」とのたまわる。
30代の後半から確かに白髪が目立ち始めていたのであるが、最近は病気による気苦労などもあって急増していたように思われる。そこへ持って来て運動不足による肥満があるから余計に老けて見られるみたいで、午後一で傷病手当の請求のために局に行った際にも、仲の良かった集配の人間に「白髪増えたな」と言われる始末である。このままではいけないと思った物の、昔のように引き締まった体を取り戻すには時間がかかる。取り敢えず外見だけでも何とかしなければと思い、行きつけの散髪屋で白髪を染めてもらった。帰宅して子ども達の反応を見てみたのであるが、気づいてくれない。こちらから染めたことを話したところ漸く気づいて貰えた。
外出していた妻が帰ってきた時も最初は分かってくれず、私が言い出して初めて「少し若く見えるわ」と返してくれた。感想を聞くと「宜しいんでないですか」と割と素っ気ない。別に今更惚れ直してもらおうとは思わないが、もう少し言い様があるだろう。取り敢えず見た目の方は白髪染めで誤魔化すとして、ダイエットの方をどうするかだ。息子の剣道教室に付き添っていくと、経験者であることを話したせいか私にも稽古しないかと誘って下さる。郵政の剣道部には今更参加できないし、民営化の影響で退職した部員も何人もいて開店休業で稽古会もしていないという。郵政武道会の縁で時たま通っていた道場も、先生が亡くなったために閉鎖された。息子と一緒に稽古するか、別に大人向けの道場を探すか、色々と思案しているところである。
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我ながら思い切った買い物をしてしまったと、少々後悔しているのであるが、ヤフオクでレーニン全集とマルクス・エンゲルス全集とを購入してしまった。最近の読書量から行くと、多分おそらく読めないままに終わってしまいそうであるが、前者が1万円、後者が5万5千円という破格の値段で売りに出ていたので、ついつい衝動買いしてしまった。マルクス・エンゲルス全集の方は去年の夏頃に検索してみた時は27~8万で売りに出ていたのであるが、約一年経って調べてみたら安値の物があった。こまめに調べてみると掘り出し物というのはある物だ。
書斎でもあるような広い家であれば本棚の飾りに並べておくことも出来るのであるが、如何せん我が家は狭い。正確には、狭いと言うより整理整頓が出来ないために、家中に物が散乱していて狭く使っている。購入した物の到着した小包は中身の確認の為に開封しただけで、そのまま子ども達の勉強部屋に積んである。このままであれば宝の持ち腐れである。体調を整え、精神的にも立ち直れたら徐々に読んでみたいと思うのであるが、果たしてそれは何時のことになるのやら。尤も物は考えようで、将来子ども達に読んで貰うと言うことも選択肢に入れても良いかもしれない。贅沢なことかも知れないが、三人の子供の内一人で良いから革命運動に身を投じて欲しいなどと思っているのである。
幸いなことに息子の勇樹(仮名)は各種集会に付いてきてくれる。娘達も他所の子供よりは社会問題に関心を持ってくれているのではないかと親の欲目で思っている。今日も夕食の際に北方領土の問題について詩織(仮名)が質問してくれた。私なりに思うことを歴史的経緯を含めて簡単に教えたつもりである。基本的には北海道以北はアイヌモシリであって、日本にせよロシアにせよ領有権を主張する資格は無いと思う。日露両国内の少数民族であるアイヌの人々にお返しして管理してもらうのが一番ではないだろうか。何にしても革共同はアイヌ問題には取り組めていなかったので私なりの考え方である。マルクスにおけるアイルランド問題、レーニンのグルジア問題についての立場などを学んで、自分なりの考えをまとめることが出来ればと思う。
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今月から息子が剣道教室に通い始めた事は、ブログ再開の記事にも書いたのであるが、実は通わせるかどうかを巡って色々と迷うことになった。と言うのは以前の記事にも「やっぱり親子だなあ」とか「バレなければ何をしても良いと思っているんだろうな」と書いたことがあるのだが、剣道をしていながら人間的には非常に下劣な輩を見ているのである。この親子、父親は奈良県十津川村という剣道が非常に盛んな村の出身で、大阪府警の交通総務課に勤めていて剣道六段である。今はもしかしたら昇段しているかも知れないが。長男は中学時代に全国大会に出場していて、高校進学は剣道での推薦入学である。中学卒業を控えていた時期には「剣道日本」か「剣道時代」のどちらかから進路の取材を受けたくらいの有望選手なのである。次男は次男で近隣では一番強い中学に越境通学している。だが、公徳心に欠けること甚だしい。先日もゴミを捨てているのを注意したのである。
一方、同じ並びの三軒隣にも高校生の男の子がいるのだが、この子は小学生の時分極真空手を習っていて、やはり全国大会に出場したことがある。中学に入ってからは空手を止めてしまったようであるが、この男の子が非常に良い子なのである。礼儀正しいし弱い者虐めはしない。強さと優しさを兼ね備えているので息子は非常に憧れている。私自身もこの子を見習うように息子に言い聞かせているのである。親御さんも非常に熱心で小学生の頃は毎日のようにミット打ちの相手をしたりしていた。熱心という点では隣の警官もそうであり、毎日のように息子達の相手をしていたのであるが・・・
実際に剣道をしている子供と空手をしている子供とを比較して、空手を習っていた子供の方がどう見ても良い子なのである。茶髪にしてピアスをしてバイクを乗り回していても、空手を習っていた子はキチンと挨拶をしてくれるし不良という印象は受けない。剣道をしている方の兄弟は丸刈りで、見た目はキチンとしているのであるが時折息子を虐めることがある。息子自体に生意気なところがあってカチンと来ることはあるのだろうが、それでも六歳も九歳も年下の子供に対して本気で怒るのは問題である。この違いはどこから来ているのであろうか。当然のこととして親の資質が一番大きいとは思うのであるが、通っていた道場の指導内容にも依るのではないだろうかと思う。
そんな折、息子の指導のために剣道の学び方について解説したムックを購入して読み始めた。内容は中学生とその指導者を対象にした者であるのだが、そこには近年の剣道の危機的状況を憂える内容が書かれていた。「剣道は『技さえできればよい』『そんなこと(礼儀作法など)はできなくても、勝負で勝てばよい』『礼儀作法はできなくても剣道はできる』という現代剣道の最も忌むべき考え方の影響や、剣道にとって礼儀作法がどれだけ大切なものであるか分かっていないことの証拠を、昨今の子ども達の姿に見る思いがします」とあった。試合に勝つことが全てであり、人間形成はどうでも良いという実例を隣の親子に見た気がするのである。隣家の息子達が小学生時代に通っていた道場は、近隣の殆どの道場が週二回程度の稽古であるのに対して四日も稽古している。指導内容はかなり充実しているとのことであるのだが、技だけにとどまっているのではないだろうかと思った。
武道を人民のために、人民解放のために活用するという点で、薩摩の支配下で武器を取り上げられた琉球の人々が、素手での格闘術として磨き上げた空手に対して私は非常に好感を抱いている。小学生から中学生にかけては梶原一騎原作の様々な漫画の影響もあって大山倍達の著書を貪り読んだことがある。中学に空手部があれば、剣道部に入らずに空手を選んでいたであろう。そこで息子に剣道を学ばせるべきか空手を習得させるべきかで色々と迷ったのである。結果として息子の関心が剣道にあるために剣道教室に入門させることにしたのであるが、精神的な面や武道を革命のために活用するのであって、警察などのように道を踏み外して人民抑圧の手段に使う人間にならないように指導することを私自身の責務として考えている。当然のことであるが隣家の兄弟が通った道場ではないところから入門先を選んだのである。息子が「弱きを助け強きをくじく」為に剣道を身に着けてくれるよう、親としての責任は重大であると自覚する今日この頃である。
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5月16日に記事を更新して以来、一月以上もブログを放置していた間、沢山の方に心配をかけてしまい大変心苦しい。4月の妻の入院に際しての気疲れなどのためであろうか、5月に入って鬱の症状が酷くなってしまい、何かをしようとする気力が湧かない状態が続いていた。先日も洞爺湖サミット関連の閣僚会議に反対・抗議のための集会があったのであるが参加することも出来ず、更に「前進」も「革共同通信」も未読で放置している状態であるから情勢からも取り残されているので、これと言って記事にするネタもなかったのである。一般の新聞も読めないでいたので、国会がどうなっているかと言うことも秋葉原での通り魔事件や東北での地震についても、全くと言って良いほど知らないままで過ごしていた。
そこに加えて、インターネットの接続をソフトバンクのADSLからNTTのフレッツ光に変えたところ、どうも調子が悪い。パソコンの設定の問題なのであろうか、通信が時折上手く行かない。手引きを調べて改善する気にもなれないのでネットに繋ぐこと自体が減ってしまった。もちろん我が家の子ども達が使っていることはあったのだが、私自身が使うことは殆ど無かった。おかけでパソコンや周辺機器・ソフトのユーザー登録をしている先からのお知らせなどのメールが数百通溜まっている。登録しているメーリングリストなども併せると膨大なメールが未読の状態のまま放置されている。中には私の状態を心配して問い合わせて下さった方もいる。個々に返信するには余力がないので、この場を借りてお礼を述べたい。ご心配いただきどうも有り難うございました。
どうにかこうにか、ここ二三日で少しやる気が出てきた。息子の病状で進展があったことも影響している。一昨年に腎臓病で入院して以来、毎月医大病院に通院しているのだが、経過が良好と言うことで激しい運動をしても良いとの許可が下りたのだ。先週剣道教室に入門させ、本人もやる気になっている。まだ素振りもロクに出来ないし、足捌きすら身についていないのに早くも防具を買ってくれとせがんでくる。息子が稽古しているのを見ていると、私も剣道を再開してみたいなどと思ったりしてしまう。ブランクのある人間が再開すると故障することが多いので、再開するにしても慎重にしなければならないのだが、それでも何かをしようという気持ちが出てきたのは鬱病の症状も和らいできたと言うことだと思う。ブログの更新も何日か置きでもよいから再開していこうと思う次第だ。読者の皆様方にはまたどうか御覧頂ければ幸いである。書き込みへの返事は出来る時と出来ない時とがあるだろうが、こちらも可能な範囲で再開したい。
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今日の夕方の教授回診で退院しても問題ないと言われ、早速退院手続きをしてもらうこととなった。今の主治医は優柔不断にしておっとりし過ぎているので、教授の見立てがなければ退院の判断を下すことが出来なかったようである。5時頃の回診の後、2時間近く待たされて漸く退院することが出来た。
妻自身も退院によって気分が非常に楽になったようである。勿論私もそうだ。少しの後遺症が残っているが、教授の診断では3ヶ月もすれば回復できるとのことである。入院前のように働くことは出来ないにしても、日常生活に支障が残ることはなさそうだ。3週間と2日の入院生活が終わり、家族一同一安心である。
気分的にとても楽であったので、今日は新聞の1面から3面程度を読むことが出来たし、妻の退院手続きを待つ間、理論誌をかなり読むことが出来た。一月世間の動きと切りはなされた生活を送っていたので、ある程度状況が分かるまで時間がかかりそうであるが、連休中には時事問題などについての考察を書けるようになりたい。
妻のことを色々と心配して下さった皆様に心から感謝の意を表します。
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今日はJR尼崎脱線事故から三年であり、追悼の催しが行われ、新聞などでは社説や特集でこの問題について触れていた。だから本来であれば国鉄分割民営化とそれによる営利主義が安全無視の運行体制を作り出し、事故の元凶となった事について触れてJR西日本の体質その物、国鉄分割民営化の是非について論じるのが本来のあり方であろう。実際に国労や国労共闘をはじめとする尼崎事故を問う集会などが各地で開催された。妻の入院がなければ私もいずれかの集会に参加して報告記事を書いていたはずである。結局妻の入院のために病院と自宅との往復生活から抜け出すことは出来ず、悶々とした時間を過ごしたのである。
そして昨日は詩織(仮名)と勇樹(仮名)の家庭訪問があった。妻の入院で家事の一切をせねばならず、掃除が行き届いていない家に先生を迎える訳にも行かず朝からせっせと掃除に勤しんだ。コタツを片付け、カーペットを取り替え、掃除機をかけ、洗濯をし、トイレの掃除を済ませた。時間にすれば結構短かったのであるが、妻がいないだけで家事の負担が結構違ってくる。昼に詩織と勇樹が帰ってきた後は先生が来るのを待つのみであったが、詩織の担任が13時20分、勇樹の担任が13時30分の来訪予定である。
詩織の方は担任が今年転勤してきたばかりと言うこともありあまり突っ込んだ内容の話はなかった。学校でも家庭の事情をあまり話していないようで、妻の入院を告げると驚かれてしまった。どうやら中学では積極的に授業に取り組んでいるようで、まあまあの評価ではなかっただろうか。勇樹の方は、詩織が5年生の時の担任がたまたま当たっていたために二人の比較など色々と話が深いところまでなされた。忘れ物が多いことと(これは)妻の入院のために私が十分に連絡帳などに目を通すことが出来なかったことの影響が大きい)授業中に集中力が欠けていくことを指摘された。反面、正義感が強く友達が間違ったことをしていると堂々と注意したり、自習時間になると率先してみんなにリーダーシップを発揮しているなど良い点も教えて貰えた。色々と細かい話もあったのであるが、一日経つと結構忘れている物である。
今月は殆ど政治的問題や時事問題について考える余裕がないために身辺雑記ばかり書いている。来月になれば妻も退院しているであろうし日常が戻って来るであろうから普段通りの内容に戻れると思うのであるが、雑念に囚われることの多い毎日である。
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r 4月5日の夕方に妻が蜘蛛膜下出血で倒れて入院した。午後7時頃に医大病院に行くと主治医の先生が緊急手術の準備をしていた。家族の人を呼んでおいて下さいとのことであった。子ども達は自宅に置いたまま、私だけが病院に駆けつけていたのであるが、妻の実家にも連絡を入れる。直ぐに立つのは無理であるが7日の月曜に飛行機で飛んでくると言うことになった。夜の間深夜二時頃まで手術が続いた。約6時間である。破裂した血管の動脈瘤の部分は縫合が上手く行き、再度の出血は食い止めることが出来た。際出血した場合は殆どの人が命を落とすようである。手術終了後にも「ご家族の人はまだですか」と言われた。それだけ危ない状態であったのだろう。
翌日子ども達を連れて医大病院に行った。妻は手術後の重症患者が入る部屋の中でも一番危ない状態の人がいる場所に寝ていた。手洗いをして病室に入れるのは一度に二人だけであるので私と息子が最初に入り、娘達は後から入った。意識は回復していた物の言っていることが要領を得ない。まだまだ色々と混乱があるのだろう。職場には既に連絡が入っていたようで、数日後病気休暇についての書類を提出するように求められた。
月曜には妻の親族が到着したので早速病院に行き、面会した。まだ意識の回復は完全ではなかったが、母親や兄弟の顔が理解できたようだ。この日は長女の高校の入学式であったので、午前中は付きそう必要があった。入学式の後の各種説明を受けている時に妻の次兄から電話が入り、近くまで来たが道が分からないという東京から朝出て車で高速を飛ばしてきたのだ。三時頃には妻の母と長兄と三兄、三兄の長女が来た。同じく次女も夜には滋賀から飛んで来た。
医師の説明では蜘蛛膜下出血には三つの山場があるという。一番目は血管が破裂した際の処置である。此所で生き死にが大体決まる。二つ目は蜘蛛膜下出血した血液の一部が脳の各地に付着することで起きる脳血管攣縮という症状である。早い話が脳の血管が収縮して脳梗塞を起こすのである。この時に後遺症が大体決まる。これが二週間前後に起きるのだ。三つ目の山場は水頭症である。脳内に髄液があふれ出るために脳が圧迫されて頭痛の原因となる。腰から管を入れて髄液を抜くことで症状を和らげる。
どうにか第一と第二の山は越せたようで、25日の土曜日に外泊の許可が出た。28の月曜に再度病院に泊まり検査をする。結果が良好であれば29日に退院できるという。漸く先が見えてきたので安堵している。四月と言うこともあり学校行事が立て続けにあるし、妻の看病のために連日病院に付き添いをしている。帰宅すれば家事が待っている。正直仕事に行っていた時の方が楽であった。特に妻の病状を考えると精神的に休まらない。お陰で私の鬱病の方もあまり状態が良くない。だが何にしても妻が退院すれば、直ぐにとは行かないが日常の生活が戻ってくる。あと少しの辛抱である。
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今までこのブログでは、意見の違う人間に対しても出来るだけ対話する姿勢を取り続けてきた。お陰でネット右翼だの差別主義者だのと言った下らない輩の相手も粘り強くしてきた方である。勿論、付き合いきれずにアクセス禁止の処置を執った者もいる。意見が違ったとしても中には真面目な方もいて、真剣に対話できる場合もある。だがしかし、ここ暫く粘着している何人かはまともに話をするだけの価値がないと思える。
今月に入って多忙であるためにブログの更新もままならない状態が続いている中で、これら差別主義者などの俗物の相手をする余力はハッキリ言ってもう無い。多くの常連の方が俗物どもの誤りを批判して下さったが、まともに聞き入れる相手ではないので今後は相手をしないことにする。当面は無視と言うことにするが、しつこく粘着するようであればアクセス禁止の処置を執るつもりだ。仏の顔も三度までという言葉があるが、私は十二分に我慢してきたと思う。
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息子の勇樹(仮名)と風呂に入っていた時のことである。またしても親子でふざけていた。
勇樹「父ちゃん、生暖かい布団ととっても暖かい布団とどっちが良い?」
父「生暖かい布団って何やねん?」
勇樹「あんな、生暖かい布団言うのはオレがオシッコ垂れた布団」
父「何やねん。そんなん要らんわ。とっても暖かい布団ってどんなんや?」
勇樹「ほんでな、とっても暖かい布団言うのは、布団の下にカーペットが敷いてあって、湯たんぽがあって、そこにオレが小便垂れた布団」
父「結局それかい。ええ加減におねしょ卒業せいや」
勇樹「夜中オシッコしたなった時トイレ行かなあかん思うねんけどな~」
(勇樹は未だにおねしょが治らない。今朝もしっかり漏らしていた。)
暫く何だかんだ言って時間を過ごしていると、勇樹がいきなり「オレもう大人やもん」と言いだした。
父「おねしょする奴の何処が大人や。卒業してから言え」
勇樹「父ちゃんやって子供みたいなことするやんか。おっぱい触りたいって」
父「大人はな、子供とは別の理由で触んの」
勇樹「なあ、何で大人ってエッチなことすんのん?」
父「それはな、赤ちゃんが欲しいからや」
勇樹「どうやったら赤ちゃんが出来るん?」
父(内心、しまった。ややこしい話になってしまったと思いつつ、真面目に答えないと性教育は出来ないと聞いているので、にやけたりふざけたりしないように注意しつつ)「あんな、男のキンタマの中で赤ちゃんの元になる精子って言うのが出来んねん」
(ギョッとして股間を押さえる勇樹)
父「おちんちんからな、オシッコとは別に精子が出るねん。それをな、女の人の股の処の穴に注ぐねん」
(キョトンとする勇樹)
父(左手の親指と人差し指とで円を作り、右手の人差し指を立てる)「このわっかが女の人の股の穴とするやろ、こっちがおちんちんや。」(人差し指を輪に入れる)「そしたらおちんちんから精液って言う白い液が出んねん」
勇樹「ふーん」
父「そしたらな女の人のお腹の中で出来る赤ちゃんの元と合わさるねん。そしたらそれが赤ちゃんになるねん」
勇樹「女の人にも赤ちゃんの元があるんや。オレ男だけやと思ってた」
父「女の人のお腹にある赤ちゃんの元は卵子って言うねん。卵の子って書くんやで」
勇樹「たまごのこって?」
父「卵の子って、卵の子供って漢字で書くねん。精子と卵子が合わさると赤ちゃんになるんや」
勇樹「合体すんねんや。アクエリオンみたいやな」
父「せや、合体したら赤ちゃんに変身すんねん」
勇樹「凄いなぁ。変身すんねんや」
父「卵子って言うのは丸いねん。そんで精子って言うのはオタマジャクシみたいなカッコしとんのや。それが合体すると人間の形になるんや」
勇樹「オタマジャクシみたいな形してんねや。そう言えばこないだ神田川でこんくらいのオタマジャクシみっけたで」(両手を20㌢くらいの感覚に開いてみせる勇樹)
父「ゴッツいオタマジャクシやな」
勇樹「それが捕まえようとしたらスルスルって逃げて行きよった」
父「どんなに大きな蛙になるんかな」(話がそれたのでホッとしつつ、話が元に戻らないかと冷や冷やする)
勇樹「きっとでっかい蛙になるわ」
父「ガマ法師のガマくらいおっきいかな」
勇樹「ガマ法師って?」
父「仮面の忍者赤影にで出来た忍者やんか。お城みたいにおっきなガマガエル出てきたやろ」
勇樹「大変や、家とか潰されてしまう。赤影呼んで来な。ほんでしりとり忍者みたいにシュッシュッ青い飲み物。ブルー・ハワイって言わな」(ナインティーナインの出ている番組のコーナーのことを言っているようだ)
勇樹「シュッシュッ青い飲み物。シュッシュッ赤い飲み物。オレ青い飲み物だけ覚えてんねん」
性教育について子供に教える時は親が恥ずかしがってはいけないと言うので、必死でくそ真面目な顔をしつつ教えたのであった。アーしんど。
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今月に入ってから非常に心身ともにつかれる日々が続いている。昨日なども夕食を食べた後で居間のコタツで寝入ってしまい、気がついたら午前0時に近かった。風呂には行くこともなくそのまま2階の寝室に移り睡眠薬の力を借りて朝まで眠った。今朝は一旦は5時半頃に起床したのであるが、やはりコタツに入って二度寝してしまった。再び起きたの7時半頃であっただろうか。息子の勇樹(仮名)が登校直前になって腎臓病の薬を飲み、近所の上級生が迎えに来てからバタバタと支度を済ませて出ていった。長女の詩織(仮名)は昨日今日と頭痛がするために学校を休んだ。不登校が再発しなければよいのであるが・・・ 夕方担任の先生がわざわざ尋ねてきてくれ、励ましてくれた。此所で踏みとどまってくれればよいのであるが、私の疲労と同じ原因によって詩織も精神的に参っているのが分かるだけに、無理に学校に行けとも言えず何とかしようなと言うだけである。
普段は静かな状態でブログの記事を書いているのであるが、今日は気まぐれにインターネットラジオという物を聞きながら記事を書いている。パーソナリティーは一昨年の法政大学での29名の学生逮捕に抗議する有志の声明に賛同して下さった摂津正さんである。関東においてプレカリアート(不安定雇用の労働者)の労働争議や、4・28沖縄デー復活の取り組みをなさっている。多芸な方のようで三味線を弾き、ジャズに造詣が深いようで連日のようにインターネットラジオを配信している。どの様な物か興味が湧いたので聞いているのであるが、運動に関する思いを切々と語っている。語り口は上手とは言えないかも知れないが、思いの丈は伝わってくる。
もし興味を持たれた方がおられれば、以下の案内を参照にして聞いてみていただきたい。
●番組名:攝津正 Tadashi SETTSU a.k.a. "Linda"の音楽彷徨
●番組のURL: http://tds.radilog.net/
●パーソナリティ名:攝津正
●放送開始日時、予定放送時間:4/15(火)22:00-23:00
●本日の放送内容:ピアノ・三味線・ウクレレ演奏とお喋りします。気楽に聴いてね!
●メッセージ募集要項など:お好きな話題を持ち寄ってください。
●らじろぐチャット以外の掲示板があれば、そのURL:
http://9118.teacup.com/femmelets/bbs
http://chat1.net4u.jp/chat/mkframe.cgi?z=Linda
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普通共産主義者は宗教を否定し、それが持つ反動的な役割である支配階級を擁護するイデオロギーを粉砕することに全力を傾注する。マルクスは「宗教とは阿片である」と言っている。マルクスの時代、阿片は麻酔薬として使われていたので、傷や病気を治療する力は無いが、一時的に痛みを和らげる効能に例えて、社会的諸問題を解決することは出来なくて一時的に問題から目を反らせる役割を果たすものとして批判したようである。
田中芳樹の銀河英雄伝説で、相敵対する陣営が同一の神を信じているなら、神はえこ贔屓をするし、別々の神を奉じるのなら、神にも優劣があり、所詮は全知全能の存在であるわけはないとの一節がある。実際神というものが存在するとするならば、この世の戦乱を全て無くして見せるが良いと思うのである。貧困も差別も搾取も収奪も無くして見せるが良い。だがどの神も未だかつてそれを実現したことは無いし、未来永劫に有り得ないだろう。
神は形而上の存在、つまり作り物であり、科学が未発達の時代、或いは科学的思考が出来ない現代人の一部に対して、物事の本質から外れた一時的な慰めを与えるに過ぎない。
だが誠に身勝手な事に人知を越えた事象に対して、或いは人間の能力ではいかんともしがたい出来事に直面すると、日頃の不信心は何処へやら、神仏に縋りたくなることが有るようだ。今現在、私はその様な心境である。しばらくして事態が収拾すれば、たちまち神仏に祈った事など忘れてしまうのだろうが。
まあ何にせよ、人間には自分の能力ではどの様にも出来ないときに神仏を頼ってしまう時が有るようだ。出来得れば私は神仏等に頼ることの無い人生を送りたいと思う。
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今日は妻の母と兄が三人に姪御が二人やって来た。おかげで我が家は超満員の状態だ。妻の母は訛りが強いので普通に話しているのを聞いても訳が分からない。妻に通訳してもらうことが度々ある。
妻の親族が来た時に困るのは、みんな偏食が酷いために献立に悩んでしまうのだ。今日は次兄が鶏肉でなければ平気だと言うので、チンジャオロースとジャガ芋の煮っころがし・八宝菜・ビビンバを用意した。
幸い長兄と次兄は食べてくれたのであるが、三兄は煮っころがしと漬物ばかり食べる。これは三兄の次女も同じである。野菜も肉類も殆ど食べてくれないのには閉口する。
翻って我が家の子供達は、長女がチーズを苦手にしていて、三人共レバーが苦手ではあるが、一応食べることは出来る。今日の献立も息子は大人数で食べるのが楽しいのか、食欲旺盛でご飯を三杯も食べていた。
親が偏食だと子供も偏食になりやすいと言うのたが、妻の親族を見ると全くその通りだと実感する。我が家はその点私が好き嫌い無く何でも食べる方だから子供達も自然と色々な物を食べ慣れている。
あ と数日、親族が滞在するのであるが、その間何を作ろうかと色々頭を悩ませている。もう一つ困るのは、パソコンを使いたくとも居間が満員でデスクトップが使えない。ノートパソコンで作業をしているのだが、こちらは未だインターネットに繋げていないため、blogの更新や各種の連絡には使えない。出来るだけ早くノートパソコンもネット環境を整えなければと思う。
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勇樹(仮名)は甘えん坊である。特に私には付きまとってくる。今日も寝る時間になって2階の寝室に上がったのであるが、一人では中々寝付けなくて私の布団に潜り込んでくる。腕枕をして少し話していると寝入ったようで、体を大の字にして布団をはだけて寝息を立てていた。大抵の場合私はパソコンでブログの更新をしたりコメントに返事を書いたり、メールをチェックしてから寝るので0時前後に布団に入る。勇樹は一人で私の布団で寝ているのであるが、無意識のうちに抱きついてくる。今日はおねしょをしないでくれるだろうかなどと心配しつつ一緒に朝まで眠るのである。
先日もプールに連れて行けとせがまれ、次女と三人で市営プールに行った。温水プールなので一年中泳ぐことが出来るのである。まだ泳げない勇樹はビート板などの補助用具を使って大きいプールに付いてくる。子供用に水深の浅いプールもあるのだが、深い方で懸命に泳ぐ真似をしている。両手を握り泳ぎを教えてやろうとするのだが、直ぐに水を飲んでしまったりして中々上手く行かない。何だかんだと水遊びをしながら約二時間プールで過ごした。
先日三里塚の全国闘争に行った時も、妻に29日の晩から31日まで出かけると行った時に、「俺も付いていく」と言い出した。機会がある度に集会などに連れて行って色々その目で見させているのであるが、流石に泊まりがけの闘争は初めてだった。以前は翌託児に預けて集会参加をしてのであるが、最近の三里塚は家族連れが少なくなったようで、託児は設定していなかったように思う。それでも付いてくると言うのでバスの出発地点まで足を運ぶ。おねしょをした時に備えて沢山着替えを詰め込んだので、自分のリュックだけでは収まらなくなって私のリュックまで勇樹の荷物が詰め込まれていた。
車中泊は初めてのことであったので熟睡できなかった勇樹は、現地に着いてからは毛布を引っ張り出して寝ていることが殆どだった。起きている時は周囲の人がお菓子をくれたりバナナをくれたりと良くしてくれたので、非常に喜んでいた。デモにも参加したいというのであったが、体調のことやその後に用事があったために中座した。何人かのマイミクさんと飲んだのであるが、息子が色々と私の恥ずかしい逸話を暴露してくれる。しょっちゅう一緒にいるのだから無理もないのであるが、周囲の人には結構受けてしまった。勇樹がこうして私に付いてきてくれるのは何歳くらいまでのことなのだろうか。今の内に出来るだけたっぷり遊んでやろうと思う。明日あたり釣りに連れて行けとねだられているので、出来ればそうしてやりたい。
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腰痛と書くと大袈裟になるが、昼頃から腰が痛みだした。午前中家の片付けをして、段ボール箱に詰めた荷物を抱えて何度か屋根裏部屋と往復したのだ。情けないが最近は少し体を使うだけで筋肉痛になったり腰が痛んだりする。自宅療養のせいで運動不足なのだ。
犬の散歩もこの頃は妻と娘達に任せっきりなので、生活習慣を改めないといけないだろう。
腰痛のおかげで今日はパソコンには向かえていない。今も携帯からの更新でお茶を濁している。明日かあさって辺りはちゃんとした記事を書けるようにしないといけない。
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今日は次女の12歳の誕生日である。卒業式の後の春休みと言うこともあって、友達からのお祝いというのは毎年無い。その分家族だけは祝ってやらねばと強く思う。昨日の用事の疲れもあったので午前中は寝ていたのであるが、午後一時頃に次女に起こされる。年明けから欲しいと言っていたゲームソフトを買う約束だったので、隣町にある大きなショッピングセンターまで出かけた。「カテキョーヒットマンリボーン」というマンガの「フレイムランブル」というソフトであった。おもちゃ屋で買い物を済ませた後、ショッピングセンターの中にある飲食店で遅めの昼食を取る。次女は昼前にスーパーでハンバーガーを買って食べたので、おやつ代わりにクレープを食べ、私はケンタッキーのフライドチキンを食べた。
午前中はどうやら妻が誕生日プレゼントの買い物に連れて行ったようで、見慣れないスカートを早速はいていた。息子が便乗して新しい服と靴をねだったようで、そちらも自慢げに見せてくれた。どうせ五月には誕生日が来るのだから我慢すればよいのにと思うのであるが、こらえ性がないのはどうも困ったことである。ゲームの買い物から帰った後でシャトレーゼまでケーキを買いに行く。本人の希望でチョコレートケーキを買ってきた。普段は生クリームのケーキが多いので、妻が珍しいと言っていた。
夕飯はこれまた次女の希望で肉じゃがを作った。ごちそうをねだらないあたり、経済的で、親としては助かる。勿論肉じゃがだけでは寂しいので、簡単に和え物を作り、豆腐とミョウガのみそ汁を作る。豆腐は専門の店で買った。スーパーの物より味が濃くて美味しい。ついでに白和えも買ってきた。ここ暫く炊事をサボっていたので少し勘が鈍っていたのかも知れないが、肉じゃがの味見を長女にさせると味付けが薄いと言われた。そこで少し醤油を足したところ、今度は美味しいと言って貰えた。明日もどうやら私が調理することになりそうなので、今から献立に頭を悩ませていたりする。
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この一週間も体調が安定していない。中々病気は回復に向かってくれない。先週水曜に尼崎事案公平審を傍聴するため6時に起床して9時半頃に尼崎総合文化センターに行き、20時半頃までみっちり傍聴。22時半に帰宅してから報告のビラ原稿を作成して、寝たのが二時くらいだったか。木曜は息子の医大通院に付き添って、帰宅してから寝込んでしまった。金曜は金曜で尼崎事案公平審の最終日の傍聴。この日は半日で終わったが、テープ起こしを頼まれてしまった。失業中で時間はあるから何とかなると引き受けた物の、これが結構骨が折れる。120分テープ12本である。土曜も寝込んでしまい、日曜のワーカーズアクションに参加できるかどうか危ういところであった。
一夜明けて日曜日は体調がマシであった。マイミクさんの日記を見ていたら集会のある扇町公園で釜パトが炊き出しをしているという。時間的にも重ならないので早速連絡を取って参加させてもらう。手ぶらでは何だったのでカンパを少しさせてもらった。息子は炊き出しのカレーをごちそうになってご機嫌であった。その後集会に参加し、デモには出ないで帰るつもりだったが、息子がデモもすると強くいったので結局梅田までデモに付き合った。帰る途中妻のリクエストであったお菓子を土産に買った。息子はケーキが良いといったが、今度の土曜日まで待つように諭した。
月曜は主義者Yさんが昨日の集会に参加するために大阪に来ていたので、管制塔カンパのお礼の集会以来三年ぶりにお会いすることにした。骨折されたり、鬱病になられたり、ご母堂が入院されたりと色々大変であったようだが、今はお元気その物といった感じであった。折角関西に来られたので一日観光でもしようということになり、何処へ行こうかと言うことになった。大阪と京都の旧所名跡は大体回っておられるというので奈良に行ってみたいと言うことになり、私も大分長い間奈良に入っていないので賛成する。興福寺や東大寺の大仏殿を回り、正倉院も見てみようと足を運んだのであるが工事のために拝観することは出来なかった。
火曜は散らかっている家の片付けで色々と働き、買い出しにあちこち走り回る。水曜日が次女の卒業式であったのでスーツを新調しにも行った。処が日曜から調子に乗って色々出歩いたりしたせいか、夕飯の後から寝込んでしまう。風呂の順番が回ってきても居間で寝たままであった。結局23時頃に妻が寝室に行くからと起こしてくれて就寝。翌水曜日も朝から晩まで寝込んでいた。次女の卒業式には出席できずじまいであった。折角スーツを新調したのに勿体ないことをした。でも入学式があるのでその時に着ることにしよう。そして19日夕方はまたしても扇町公園でイラク反戦の集会とデモが予定されていたのであるが不参加となってしまった。社民党を中心とする統一戦線で、釜パトの炊き出しに行った時に知ったのである。後で調べると革共同関西派も参加していたらしい。中央派の集会に出たのでバランスを取りたかっただけに残念だった。
夕飯の時に居間に降りてきた時の顔を見て、妻が「どす黒い顔してる」と心配そうに言った。子ども達にも顔色が悪いと言われてしまった。食後に直ぐ寝てしまえば良かったのだが、ここ暫くブログのアクセスは急増しているし、コメントは次々書き込まれているので返事を書かねばと思い、取り敢えず返事を書いてから寝た。木曜になると少々マシになっていたのでまた片付けである。古い書類や集会に参加した時にもらったビラなどを段ボール箱に詰め込んで屋根裏部屋に運ぶ。何回も往復すると膝がガクガク震えてくる。大分鈍っているなあと情けなくなる。夕方、注文していたパソコンが届いたので初期設定をはじめ色々した。ワープロソフトは一太郎を使うつもりだが、乗り換え版しか持っていないので今は使えない。先にOASYSを組み込まないといけないのだが、持っているバージョンだとビスタに対応していないらしく読み込んでくれない。仕方ないので新たに注文することにした。何だかんだやっていたらいつの間にか時間が過ぎてしまい、メール頂いたチベット問題をブログに掲載して、コメントの返事を書いてから寝た。今日も少々しんどいのであるが、出かける用事がある。体調の波が激しいので、色々と困った物だ。
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ここ数日鬱状態が酷くて寝てばかりいた。今日は思い切って気分転換のために映画に行ってきた。昨日その話を子ども達にしたところ何を見るかと言うことで喧嘩になってしまい、一旦は取りやめると言っていたのであるが、朝から三人そろって謝ってきたので連れて行くことにした。妻と娘達は「ライラの冒険 黄金の羅針盤」を見ることにして、私と息子の勇樹(仮名)は「ケロロ軍曹」を見ることになった。「ライラ」の方は結構空いていたらしいが、ケロロの方は親子連れで満員であった。
映画の冒頭は南米のマチュピチュ遺跡の地下から始まった。遺跡の地下に眠る謎のエネルギーを地球侵略に活用しようという目論見を隠して、冬樹を遺跡巡りと称して連れてきたのである。片っ端からトラップに引っかかるケロロだが、とうとう謎のスイッチを押してしまう。すると突然遺跡がケロロ一行を排除しようとした。危うく難を逃れるのであったが、日本に戻ってから謎の巨大飛行物体が登場する。飛行物体から現れたのはシヴァヴァとドルルと名乗るケロン人、二人は圧倒的な攻撃力でケロロ小隊を危機に追い込む。続いて登場したのはケロロ大軍曹と名乗る、ケロロそっくりのダークケロロであった。ダークケロロは自らを新しき王と名乗り、地球を2分間で侵略すると豪語し実行してしまう。
世界中にまき散らされたケロロ像から発射される怪しい電波によって全世界の人々が操られる中、冬樹とモアとサブローのみが自分を保ち、ケロロ小隊と共に巨大飛行物体に乗り込んでダークケロロ達に闘いを挑むのであった。巨大飛行物体は空中都市であり、その中で様々なトラブルに見舞われながらも小隊はダークケロロの支配下にあった夏美と小雪とを救い出す。実はケロン星のアイテムを持っている人間には不思議な催眠電波は通じないのであった。クルルに匹敵するほどのハッカーであるミルルのために小隊は武器も殆ど無い状態で戦いを挑む。その中でケロロの持っていた、かけたものが何でも兵器になると言う液体を使ってガンプラを実体化させてしまう。
サンライズが制作しているだけあってガンダムを縦横無尽に暴れ回らせる。そのシーンは殆どア・バオア・クーにおけるガンダムの戦いと同じであった。勇樹と二人してけらけら笑い転げる。他の観客もガンダムのパロディーを見て爆笑である。ガンダムを駆るケロロはついにダークケロロを追い詰めるのであるが、ダークケロロは「究極の破壊神」である巨大ケロロ像を発動させる。ケロロ小隊は圧倒的な戦力を前にして如何に戦うのか。
約2時間近く、思いっきり楽しませて貰った。勇樹は大満足である。ライラを見てきた女性陣も楽しめたようで、有意義な一日であった。
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我が家の隣人は警察官である。権力の犬でありながら動物の犬は大嫌いで、我が家の飼い犬が鳴くとぶつぶつ文句を言っている。「うるさいなあ」と聞こえよがしに言うのが聞こえる。確かに我が家の犬は煩いくらいに吠えることがあるのだが、それは大概警官が自宅にいる時である。犬は賢い物で犬嫌いな人間がそばにいると落ち着きを無くして吠えるのである。そうするとわざわざ家から出て来て我が家の犬を睨みに来る。すると犬は敵が来たと余計に吠える。悪循環なのだが、全く理解していない。私が買い物等で留守にしていると犬達にホースで水をかけて嫌がらせをしている。先日も雨降りの中で洗車を始め、恰も手が滑ったかのように水をかけてくる。以前に「やっぱり親子だなあ」という記事を書いたのであるが、本当にバレなければ何をしても構わないと思っている様だ。流石は警官である。
裏金作りの為に架空の操作協力者に捜査費を使ったり、高知県では白バイ警官が停車中のスクールバスに衝突して死亡した事件で偽のスリップ痕を作ってバスの運転手に罪を着せている。警察の体質なんだろうと関心してしまう。自分達はどんな悪事を働いても平気だという考え方が染み付いているのだろう。隣の警官自身、電磁的公正証書原本不実記載同行使の犯罪を四年に渡って行い続けているが摘発されない。正式の罪名をあげると厳めしいのだが、簡単に言うと実際には住んでいない所に住民票を置いているという事である。警官がこれをしても平気であるが例えば中核派の活動家が運動の為に単身赴任していると逮捕投獄されるのだ。更に大阪市では去年釜が崎の労働者達が解放会館等に住民票を置いていたら削除され、公民権を奪われるという出来事もあった。警察の悪事は揉み消すのだが、一度政府の意図に反する行動をする人々に対しては法を捩曲げてでも弾圧をかける。本当に警察権力は腐っていると実感する。
高知県警による白バイ警官事故死なすりつけの冤罪については「きっこの日記」で度々取り上げられている。日記内検索に「白バイ」と入力して、是非とも御覧になって欲しい。現在進行形の冤罪である。「きっこのブログ」の場合にもブログ内検索という機能が右のかなり下の方に付いているので利用して欲しい。
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今日は朝から社会保険事務所に行ってきた。退職後妻の扶養家族に入ろうと思っていたのであるが、基礎年金番号の案内を無くしてしまったので加入手続きが出来ない。郵便局に入る以前に勤めていた会社で作った年金手帳では厚生年金の番号しか載っていないために手続きが出来ないのだ。ついでに障害年金についても尋ねてみようと思っていた。消えた年金の問題があるせいであろうか、窓口は大混雑である。社会保険事務所の整理番号は80番であったがまだ30番ほどしか進んでいない。十時頃に到着して順番が回ってきたのは1時を回ったくらいであった。
障害年金については発病した最初に加入していた共済での手続きとなるようで、郵政共済組合に問い合わせして下さいと言われてしまった。民営化されたのでてっきり社会保険事務所で手続きするものと早とちりしていた。基礎年金番号については直ぐに調べが付いた。そして局に入る前に厚生年金の被保険者になったことが二度あったのだが、一冊の手帳はなくしてしまっていた。それについても勤務先を伝えると調べてくれ、基礎年金番号と二つの厚生年金番号とを付き合わせる手続きもして貰った。
帰宅すると局から郵便が届いていた。退職金の明細が入っているのかと思って開封してみたところ離職票が入っていた。この離職票も妻の扶養家族にはいるためには必要であるが、今日まで待たされていた。お陰で今月は無保険であるために病院にも通院していない。もっと素早く手続きしてくれていれば良かったのにと愚痴をこぼしつつ、午後から妻に職場まで行って貰った。今日は手続きできないそうだが近日中に処理してくれるとのことであった。
今までは郵便局の内部で殆どの手続きが完結していたのであるが、民営化によって局では出来ない手続きが増えた。おまけに退職してしまったので自分でしなければならない手続きが多くなった。今までは楽だったのになどと思ってしまう。取り敢えず社会保険と厚生年金については妻の扶養家族にはいることで一段落が付くはずである。残っているのは鬱病が治らないので障害年金を請求する手続きだ。埼玉の事務センターと連絡を取らなければならないが、今日は社会保険事務所だけで疲れてしまったので昼から寝込んでいた。明日にでも問い合わせをしてみよう。
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中国産冷凍餃子に農薬のメタミドホスが混入していた一件以来、餃子を家庭で作ることが流行っているらしい。餃子に限らず冷凍食品全般が敬遠されているようだ。スーパーでは餃子の食材を1カ所にまとめることで販売高が急増しているとも聞いている。我が家もご多分に漏れず餃子を手作りすることになり、今日は私が材料を買いに行った。ニラと餃子の皮とタレをスーパーで購入し、豚挽肉はいつもの肉屋さんで購入。これにキャベツを刻んで混ぜる。ニラとキャベツを刻み、挽肉と混ぜる作業は長女の詩織(仮名)が担当した。その内の一部に練り芥子と練り山葵を混ぜる。また梅干しの肉を混ぜた具も用意した。
去年テレビ番組の影響で作った「ロシアン餃子」である。普通に作った餃子の中に、芥子入り・山葵入り・梅干し入りが混ざっている。山葵などは具の臭いをかいだだけでツンと来るほど大量の山葵が入っている。詩織と歌織(仮名)、勇樹(仮名)が具を包むのであるが、勇樹は中身を沢山いれすぎるので中々上手に包めない。その内私も参加するように言われた。手を洗おうと洗面所に行くと「お父さんが逃げ出した」と勇樹が言う。えらい誤解だ。居間に戻って作業を手伝う。子供の時母の手伝いをしていたのでそれなりに上手に出来る。少なくとも子ども達よりはマシである。四人がかりだったので、あっという間に50数個の餃子が出来上がる。
餃子を焼くのは妻がした。案の定勇樹が包んだ物は焼いている内に皮が破れて具がはみ出したりしている。皮に火が通って透き通ってくると、梅肉入りの物は色で分かるようになった。芥子入りと山葵入りは外見では分からない。誰がどれに当たるか分からない状態であったが、私は山葵入り一つと梅肉入りが二つ当たっただけで済んだ。一番沢山当たった詩織は半分近くの五個が当たりであった。
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今日は近畿各地で積雪があった。妻と詩織(仮名)は制服の採寸に出かけるのに電車を使った。私は勇樹(仮名)が咳が酷いので内科に連れて行った。インフルエンザは治ったが二三日前からまた風邪を引いたらしく咳が止まらない。薬を貰い、飲ませたが、私の隣で寝ていても相変わらず咳込んでいる。
昼食後、詩織がふと雪遊びをしようと言い出した。受験も終わり、落ち着いたので勇樹と遊んでやると言う。「パパも行こう」と歌織(仮名)が誘うので、私も渋々コートを着込んだ。屋根裏の物置から橇を出してくる。数年前に購入したものだ。小学校まで勇樹を乗せて橇を引く。詩織と交互にしたのだが、結構重労働だ。
学校に着くなり勇樹は雪玉を作ってぶつけてくる。娘達は雪だるまを作る。私だけ手袋をしていないので雪を握ると手がかじかむ。やがて娘達も雪合戦に合流してきた。二組に別れてしばらく遊んでいたら、寒さの影響で腹が冷えたようで痛くなった。子供達を残して一人先に帰宅する。やがて子供達も家に戻って来たが、駐車場にカマクラを作ろうと雪を大量に集め始めた。結局は雪が雨に変わった為に完成はしなかったが、雪遊びを堪能したようで満足げであった。風邪を引いていても、子供には雪が珍しくて遊びたいのだなあ。
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今日は長女が受験した高校の合格発表があった。発表開始時間直後に高校に行くと、既に周りは受験生で一杯だった。詩織(仮名)は早速自分の受験番号を見つけ、「有ったよ」と言う。安心でホッとする。体育館で入学手続きの書類を受け取り、自宅に電話して妻に合格を知らせる。「入試説明会」と言う記事でも書いたのであるが、詩織は勉強は嫌いではないが学校が嫌いだ。そして高校進学を何とかして説き伏せて受験させただけに今後が気になる。絵を描くことは大好きなので、美術科に合格できただけでもやる気を起こしてくれればよいと思う。
詩織は不登校ではあったが国語の成績は平均以上の点を取っていた。文法と古典はサッパリであるが、読書が好きなので現代文はちゃんと理解できる。中学の担任が感心していたくらいである。小さな時から絵本を読み聞かせてきた成果ではあると思う。英語は授業を聞いていないので全くダメであるが、国語のお陰で合格できたような物だ。勿論美術科と言うこともあって実技試験もあったのであるが、こちらは好きなことをしただけあってそれなりの出来であったと思う。
さて、合格すると私立高校であるので入学金や授業料を始め数十万の出費となる。制服だけでも十数万だ。今度の土曜までに全額納めなければいけない。退職金が直ぐに入ると当てにしていたのであるが、どうやら数年前に制度が変わったらしく一ヶ月から二ヶ月後に振り込まれるという。昔は退職発令のその日に現金で全額支給であっただけに隔世の感がする。色々と遣り繰りが厳しいが何とかなるであろう。早く退職金が振り込まれると助かる。
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時々思うのだけれど、転けていたら楽だったろうな。「転ける」というのは転向・脱落など、総じて革命運動をやめてしまうことである。元中核派の場合「コケチュン」という表現もある。
私の鬱病の最大の原因は郵政におけるリストラ・合理化による労働強化であることは間違いないのであるが、それに次ぐ原因として革命運動に参加していたという事があると思う。何故なら郵政の職場についても労働者革命家としての立場から抵抗していたことによって郵政当局および国家権力警察の様々な弾圧とも対峙していたからである。これはこれで結構精神的な負担が有った。何度も運動をやめようと思ったことがあり、実際に地区党の指導部に対してメンバーからシンパにしてくれと希望を出したこともある。指導部は了承などしてくれなかった訳で、結局除名されるまで同盟員のまんまであった。
人によっては指導部と意見が食い違った時に党に見切りを付けて離党したり、連絡を一方的に絶つことで運動から離れたりしている。こういった人の場合にも色々と心理的な葛藤はあるようであるが、中核派がダメだと思って運動から離れている訳だから、ある意味党に対して開き直ることが出来るようだ。それらの人と比べ私の場合は除名である。別に最近よくある路線論争や反革命に転落しての除名ではない。私生活の乱れとそれを巡って指導部との間で信頼関係を築くことが出来なかった事による物だ。或る専従の人に言わせると、それは「遠山がメチャメチャやっとったからや」と言うことになる。遠山というのは06年3月14日に労働者党員の決起によって打倒された元大阪府委員長のことである。細かい事情までは語ってくれなかったが、遠山の指導によって切り捨てられた訳であるらしい。
革命運動の困難さから逃げ出したいという思いがありながらも、例えば本多書記長を始めとする革命運動に殉じた人々のことを思ったり、長期獄中党争を闘っている星野文昭さんらの闘いを想起したり、或いは長期の指名手配攻撃と闘っている非公然メンバーの苦闘を考えたりした時、どうしてもやめると言うことが出来なかった。そうして労働者革命家として生きることと内実との間の食い違いが大きくなっていった。鬱病の要因の一つであると思う。
そんな時、心療内科で受診した帰りに寄り道して酒でも飲もうかと思ったのであるが、そこを呼び込みの兄ちゃんに声をかけられた。呼び込みがいるような店はいかがわしいという判断もつかず、誘われるまま入ったその店がセクキャバという奴であった。時間制で飲み放題と言うことで取り敢えずは女の子と話しながら飲んでいた。相手の女の子は教育大の一年生でその日が初めての接客だった。結構面白い子で色々話が弾んだ。2週間に一度の通院の度に寄るようになってしまった。
セクキャバというのはお触りのあるキャバクラであるから、革命運動に関わっている物からしたら女性差別である。自分が悪いことをしているという意識があるから党に報告することも出来ないし、かといって病気のことや仕事の憂さを晴らす一時の享楽の魅力にも勝てなかった。結局ズルズル嵌ってしまった。馴染みの女の子は段々転落してしまい、結局は大学を中退してホテルヘルスに務めるようになった。連絡をくれるから店を変わる度に付いていった。気がつくと私は色々と良くない遊びを覚えていた。こういった悪い遊びは革命党の党員に相応しくないし、その事によって党の三原則である財政・会議・機関紙の内財政が疎かになった。最終的に地区党の会議で除名となった訳である。
自分の感情に対してもっと素直になることが出来ていれば、しんどいから運動をやめたいと言うことが出来ていたかも知れない。そうしていれば色々と思い悩むことも少なかったと思う。勿論転けたことに後ろめたさは残ったであろうが。だが私の場合は除名であるから自ら離党した人と違い負い目が有る。未だに革共同・中核派を悪く思うことが出来ないのはそのせいだ。転けていたらもっと気楽な気持ちになれていたかも知れない。
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今日から無職の失業者である。(仕事のある失業者という表現はないから、おかしな書き方ではあるが)ストレスによるのかも知れないが、今までは深酒をすることが多かった。昨日は買い置きの酒もなく、睡眠導入剤を飲んで寝床に就いたのが午前1時頃であった。中々寝付けなくて、結局眠りに落ちたのは4時近かった。携帯電話でミクシーをしたり、2チャンネルを覗いたりして眠くなるのを待ったのであるが、朝は7時半に起きることが出来た。今のところ昼寝もしないで起きている。本当は退職に関連した手続きで共済事務センターや郵政福祉に連絡を取らなければならないのであるが、面倒なので後回しにした。
朝から久しぶりに新聞を隅々まで読めた。中国産冷凍餃子に農薬が付着していて食中毒が起きたことに関連した記事が紙面の多くを占めていたが、その影で報道から洩れてしまった事件や問題などはないのだろうか。頭が今ひとつ働いていないので、行間を読んだり報じられていない重要問題についてまでは思い至らない。やはり新聞を読むのも毎日の習慣にしないと中々世の中の動きという物は理解できない。最近の日記に時事問題が少ないのは仕方ないことだろう。先ずは新聞を読む習慣を付けることからじっくりやっていこう。
午前中は郵便局や銀行に行って通帳記帳を行った。実は1月から家計簿を私が付けている。先月の締めをしていて気づいたのは、我が家のエンゲル紙数は高いのではないかと言うことだ。それから予算が予算になっていない。今までどうやって遣り繰りしていたのか不思議に思う。今月からは私の賃金が入らないので今まで以上に切り詰めないとやっていけない。共稼ぎの為もあってどんぶり勘定が身についているのだ。これを直さないといけない。買い物は殆ど私がしているので、献立についても工夫が必要だろう。育ち盛りの子供が三人いるので栄養の釣り合いなどを考えるのは大変だが、やってやれないことも無かろう。
無職になったお陰で、病気休職中とは違い外出に気を遣わなくて済むようになった。今までならば気晴らしに外出するにも同僚と顔を合わせないかが気になったし、病気が病気だけに管理職が時々様子を見に家にやってきては不在の場合に小言を言ってきた。病院への通院などもあるし、家に籠もりっきりとも行かないのだが、それでも色々と気を遣った。特に私にとっては気晴らし・気分転換であっても世間ではサボって遊んでいると思われかねないこともある。今日は夕方からエル大阪で関生支部が中心になって「ええ加減にせえ、警察・検察・裁判所」シンポジウムがある。人目を気にせず出かけることが出来るのは退職した気楽さゆえだろう。ボチボチ好きなことをしながら病状の改善を待つことにしよう。
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今日、21年4ヶ月勤務した郵便局を退職した。朝10時を少し回ってから局に顔を出し、辞令の交付を受けた。「退職を承認する」「郵便局株式会社代表取締役会長 川 茂夫」というあっさりした内容の物だ。その後総務担当職員から退職金や共済組合員証の返却について、地方税の納付方法など簡単な事務手続きの説明を聞いた。以前であれば殆どの事が自局で出来たのであるが、今は殆どの事務手続きは埼玉の事務センターか中郵を経由しなくてはならない。自分で郵政のサイトを開いて書式を打ち出す必要もあるという。民営化によって「効率化」が行われた結果であるが、非常に不便だ。
去年の秋以来退職を真剣に考えるようになっていた。結果として今年の年頭の抱負を一月と立たずに諦める羽目になってしまった。尤も抱負の内一つ目の病気の克服と二つ目の職場復帰とが整合性がとれなかったと言うことである。私の病気の一番の要因は仕事のストレスである。何度も病気休暇・休職と復帰とを繰り返してきたが、結局合理化による職場環境の悪化、労働条件の劣悪化に耐えることが出来なかった。全逓労働運動にたいする未練はとても大きい物があるのだが、健康と運動を比較した時、病気回復に良いと思われる選択をした。鬱病の症状が酷い時は重要な決断は避ける方がよいので、本当は間違った選択であるのかも知れない。
元々私が郵便局に入ったのは、革命運動をするために当時の状況の中で最も良い条件の職場として選んだのだ。賃金は安い物の労働条件は民間企業と比べて超過勤務は少なく、ましてサービス残業など一般職員にとってはあり得ない。更に労働組合の存在があるために一定程度革命的左翼を受け入れる素地があった。だが除名されて革命運動から離れてしまった以上、低賃金で長時間働かされるようになった今の郵便局に固執する理由はない。鬱病の原因は仕事のストレスであるから、治療のためには郵便局への復帰を諦めて療養に専念するのがよいと思った。
何人かの人に退職を考えていることを話し知恵を借りたが、誰もが悪くなったとは言えまだまだ郵便局の労働条件は民間他社と比べてマシであるし、病気休職も三年間は継続することが出来るのだから、辞職せずに治療する道を勧められた。鬱病の症状が酷い時には全ての物事に対して否定的な考えになるので、去年の秋から今年にかけての私の精神状態はあまりよい物ではなかったのであろう。先日も辞表を撤回してはどうかと忠告してくれる友人がいた。だが今日の退職発令で全ては覆すことが出来なくなった。結果がどの様になるかは分からないが、自ら選択した以上、当面の間は病気治療に専念し、健康を回復することだけを考えるようにしようと思う
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月曜から息子の勇樹(仮名)が、今日から長女の詩織(仮名)がインフルエンザにかかっている。この分で行くと来週あたりには次女の歌織(仮名)は勿論、私や妻も移されるに違いない。発端は日曜の深夜である。ブログを書いた後でネットサーフィンをして夜更かししていたところ、午前2時頃に勇樹が起き出してきて「寒い」と言う。「ファンヒーターを付けて寝なさい」と答えるが、「点けてても寒い」と言う。関西各地で雪が降る寒い夜だったので、暖房も効き目が弱いのかなあと思い、兎に角寝るように言いつける。だが、その後私も布団に入ったのであるが、3時頃に今度は「頭と首が熱い」と言い出す。これは風邪を引いたなと思った物の、買い置きの薬もなくどうすることも出来ず寝るように言うしかなかった。
月曜の朝から熱を測ると38度有った。かかりつけの内科に行く前にもう一度計ると今度は38度7分に上がっていた。受付で熱を伝えると他の患者と離れた場所で待つように指示される。診察を受け、インフルエンザの検査を受ける。しっかり陽性であった。腎臓病の薬との飲み合わせがあるので、咳止めと解熱剤のみの処方だった。熱のせいで食欲がないらしく、ヨーグルトとスポーツドリンクくらいしか口にしてくれない。お粥を作っても喉を通らない。大好きなフルーツサラダも食べてくれない。火曜になってからお粥を食べてくれるようになった。丁度詩織の高校入試の出願が水曜になっていたので、移らないでいて欲しいと思ったのであるが、案の定移ってしまった。
水曜は一先ず詩織と一緒に願書を出しに行った。殆どの受験生は学校ごとに団体で来ていたが、詩織は同級生と一緒だと変に気を遣うので私が付き添って二人で高校に行った。夕方から勇樹と詩織とを連れて内科に行く。詩織はインフルエンザの反応がなかった。安心した物の帰宅してから詩織の熱が上がり続けた。勇樹は勇樹で激しく咳き込むために気胸の恐れがあるとしてレントゲン撮影をし、もし胸が激しく痛むようなら医大に行くようにとレントゲンフィルムも預かった。色々と難問が続く。
木曜は内科が休診なので、今日朝から受診してみた。勇樹は幸い気胸などにはならなかったが、それでも咳が激しい。詩織は詩織でインフルエンザの陽性が出た。病院通いや出願のために私も疲れが出てしまい、昨日は一日寝て過ごした。昼食も夕食もとらずに過ごしてしまった。今日は少々マシになったのであるが、読書する気にもなれず、届けられた郵便を開封して目を通すくらいであった。中には結構難しい内容の物もあったが・・・
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昨日の早朝、父が亡くなった。午前2時頃のことである。弟から電話があり絶句した。1928年生まれの79歳だった。年末に食事中に倒れ、救急車で病院に運ばれた。意識は戻ることがなかったが、年明けには回復の兆しを見せていた。一昨日の夜に様態が急変し、脳内出血が大量にあったためそのまま帰らぬ人となった。もし若ければ開頭手術をするなどして延命措置をしただろうが、年が年であるので手術に耐える体力が無いと判断されたのだ。
昨日の朝息子にその事を告げると「じいちゃん、じいちゃん」と言って泣き出した。「じいちゃん、また遊びに来るって言ってたのに。楽しみにしてたのに。じいちゃん。助けられへんかった。」などと言いながら三十分以上泣きじゃくっていた。父には八人の孫がいるのだが、男の子は息子だけなので可愛がって貰っていた。息子もそれが分かっていたようで本当に悲しんでいた。私はと言うと父が亡くなったという実感が今ひとつ湧かない。昨夜が通夜で今日が告別式であったのだが、骨揚げが済んでもなんだか本当のことなのかと思ってしまう。
息子のように素直に泣けたらよいのだろうが、悲しみよりも非現実的な感覚の方が強い。棺桶の中の父の死に顔を見て、火葬が済んだ後に骨を拾ったのだが。未だに実感がない。骨その物は年の割にしっかりとしていて、かなり残っていた。朝鮮半島から引き上げてきた時に肋膜炎をやったので肺は弱かったのだが、他はだいたい丈夫であった。
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一年の計は元旦にありと言うので、今頃こんな記事を書くと笑われてしまうかも知れないのだが、年頭に当たっての抱負というか願望というか決意というか、自分なりに今年の目標を整理してみたいと思う。
先ず一番の問題は鬱病治療を徹底して行い、出来れば今年こそ完治させたい。毎年のように今年こそはと思っているのだが、中々これが実現できていない。しかし仕事が思うように出来なければ運動は勿論生活も成り立たない。生活基盤を立て直し、様々な運動に参加するためにも鬱病治療は最大の課題だ。その為に検討し直さなければならないのが今現在鬱病治療のために通っている病院だ。通院するのが便利だからと自宅近くの医院にしているのだが、どうも此処の医者は藪医者ではないかとの評判。除名されたことでK先生の治療を受けることが敷居が高くなってしまったのであるが、抱えている色々な問題について丁寧に対応してくれる先生だったので、あくまでも通い続ければ良かったのではないかと思う。往復三時間というのは病気の身では結構辛い物があったが、それだけの価値はあったと思う。K先生の処への通院を再開するか近所で評判の良い医師を捜すかする必要があるだろう。
第二番目は、仕事に継続して出勤することだ。病気治療とも密接に関連しているので容易ではないが職場にいなければ労働運動も減ったくれもない。民営化をめぐる一連のリストラこそが鬱病の原因であるので仕事その物がストレスの元であるが、そこを耐えて通い続ける努力がいる。仕事の成果は二の次だろう。それでも昨日局に顔を出して新任の局長と30分ほど対話をしたのだが、出勤している期間の成績は非常によいと褒めて貰った。少なくとも無能という評価ではなかったことは職場復帰への希望を抱かせてくれる。休暇・休職期間中の遅れを取りもどそうなどと焦ることなく、淡々と日々の仕事をこなしていけば何とかなるのではないかと言うことだ。ここで問題となるのは職場の人間関係である。守銭奴や経営の代弁をするしか能がないマル生分会長などが幅を利かせている現状は耐え難い物があるが、その下で呻吟している人々との関係を大事にしていこう。人事交流という名の強制配転によってズタズタに破壊された職場の人間関係も、丁寧に再建することがきっと出来るはずだ。
第三番目が学習活動だろう。勿論この場合学習というのは単に思想的な問題のみではない。民営化によって業務が複雑化している中で仕事に要する知識の研鑽が増大している。幾つかの資格を取得する必要もある。病気な為に何度も中断しているが、投資信託販売のための証券外務員資格・金融機関の労働者としてファイナンシャルプランナーは必須だ。体調の良い時に図書館に通って勉強してきたが、鬱状態が酷くなるとそれも出来ないでいた。何としても毎日の大半を図書館の学習室で過ごすように努力しよう。そしてその上で思想的な学習がある。労働者として階級的立場に立ちきるためには、氾濫するブルジョアイデオロギーとの目的意識的な対決が必要だ。この事無しに階級的で戦闘的な労働運動は成り立たない。鬱病が社会的病理であること、資本主義の最後の段階である帝国主義の諸矛盾によって患者が増大していることを正しく掴むことが病気治療にとっても職場復帰にとっても必要不可欠の課題だと言える。郵政の職場では数千人の単位で精神疾患の患者がいると言われている。勿論その軽重は様々であるが50人に独り者割合で病者が存在するという職場はそれ自体異常であると言わなければならない。
治療・職場復帰・学習の三つを今年の重点課題として追求していこう。
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大晦日から実家に帰省し、ノンビリと過ごしてきた。家にいるのと違い上げ膳据え膳で飲んでばかりいた。実家にはパソコンがないので、することと言えば本を読むか子供と遊ぶくらいしかない。網野善彦さんの「日本中世に何が起きたか 都市と宗教と『資本主義』」を読破し、今は「日本社会の歴史」上を読んでいる。「日本社会の歴史」はまだまだ天武天皇によって「日本国」が成立した当たりまでしか読んでいないので網野さん独特の大胆な歴史思想の展開は少ない。それでも従来の歴史書に比べると日本国内の各地に大和朝廷とは全く違った文化背景が存在していたことなどが良く分かる。
「日本中世に何が起きたか 都市と宗教と『資本主義』」では今日も残る部落差別の起原がおそらくは中世、鎌倉幕府の滅亡と建武の新政の頓挫によって聖俗双方の権威が地に落ちたことによって、それまで供御人(くごにん)・神人(じにん)等として聖別されていた人々に対して差別が芽生えることとなったと読めた。供御人・神人などは西日本を中心に存在しており、東国では殆ど成立していなかった。日本が京都を中心とした西日本と東日本とでは全く別の国と言っても良いほど文化が違っていたためであるらしい。遺伝子レベルで言えば西日本の人間は東日本の人間よりも朝鮮半島の人間に近いようである。いちいち頷きながら読んだが、色々と示唆に富んでいた。
妻と受験がある長女は留守番で、次女と息子だけを連れて行ったのだが、それでも結構大変であった。子ども達は従姉妹と遊ぶのが楽しみだったようであるが、こちらは色々と気を遣うことも多い。問題は姪っ子達ばかりで甥っ子がいないので、息子は遊び相手がいない。女の子達に混じって遊びはするがどうしても浮いてしまう。時々拗ねて「父ちゃん遊んで」と寄ってくる。こっちは酒が入っているのでおっくうであるがそれでも少しは遊んでやらないといけない。自宅なら近所に友達が沢山いるので放っておいても大丈夫なのだが・・・ 兎も角三が日を実家で過ごし土産などで重たくなった鞄を抱えて電車に揺られて2時間の道のりを帰ってきた。
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新年明けましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願いします。
大晦日から実家に帰省して、飲んで食べて過ごしています。姪御達が来てお年玉を上げたり、正月気分を満喫中です。
携帯からはコメントに返事が書けないので、帰宅してから返事を致します。
今年が幸多き一年であります様に。
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家事をさぼっていた反省からか、今週は割と料理をする機会が増えている。日曜は朝から農協の直売所に走り野菜を買い込む。赤カブ・人参・サツマイモ・菜花・山葵菜・椎茸に干し椎茸などを購入。干し椎茸が一袋500円したが、他の食材は合わせて千円ほど。日曜の朝と言うこともあって直売所はお客さんで満員であった。結構遠くから車で買いに来る人も多い。スーパーなどで買うことを思えば半額に近いし新鮮である。
その後昼から鬱病の友人と会ってお互い抱えている問題などについて色々話し込み、少し気分が晴れる。同じ病気を抱える者にしか分かり合えないことが多い。でもって帰りしなに行きつけの肉屋さんで豚モモのぶつ切りを買う。酢豚などに使うことが多い奴だ。大根を米のとぎ汁で下ゆでしてから豚肉と一緒に煮込む。砂糖と味噌とみりんで味付けしてコトコト2時間。菜花のゴマ和えと一緒に食卓に出す。みそ汁を作るのを忘れたが子ども達には好評であった。
日曜に肉やさんで骨を分けて貰うように頼んでいたので翌朝もお店に行く。ビーフシチューの出しを取るのだ。午前中から大鍋で出しを取る。出しを取った後の骨は犬たちのエサにする。いつもなら此処に赤ワインとトマトも放り込むのだが、日曜日は使わなかった。赤カブと人参玉ネギジャガイモをいれる。勿論シチュー用の肉は真っ先にフライパンで炒めて焦げ目を付けて肉汁が封じ込められるようにした。山葵菜を使ってサラダを作り、この日も好評であった。
火曜も夕食は私が作る。牛スジ肉をコンニャクと一緒に砂糖と味噌で煮込む土手焼きを作った。最初献立はそれ以外に考えていなかったが、残っている野菜などを見ると大根・白菜・椎茸・ネギがあったので湯豆腐にすることにした。豆腐の専門店に行ってコンニャクと豆腐と卯の花を買い込む。土手焼きは2時間ほどしか煮込まなかったので少し筋が硬かったが、まあまあ好評であった。湯豆腐もスーパーの物と違い味が濃厚で評判が良かった。
水木金は妻に任せる。明日あたりはまた私が作ることにしよう。今から何にするか色々考えている。買い物は殆ど私がしている。これで掃除と洗濯を子供任せにしなければまあまあであるのだが、そこまでするとしんどいので適当にお茶を濁しておく。
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ここ数日鬱病の症状が良くないようで、本を読んでも頭に入らないし根気が続かない。「検証 党組織論」の再読が中々はかどらないので読み物的なものをと思って「蜂起には至らず 新左翼死人列伝」(小嵐九八郎)を読んでみたが、選んだ本が良くなかった。革共同の旗の下で革命のために権力や反革命と闘って戦死した人々の項はそうでもなかったのであるが、日本共産党革命左派や連合赤軍の内部粛正は気が滅入った。読み物を選ぶのならもっと明るくて笑える物や楽しめる物を選ぶべきだったと後悔している。
本多延嘉著作選は本多書記長の力量のお陰で非常に読みやすく、読めば何となく分かったような気分になれるのであるが、「検証 党組織論」はそうはいかない。何度も反芻しながら読まないと真意を理解することが難しい。これはこの本に限らず理論的なことを書いた本の場合は大抵そうである。勿論本多著作選を読んだからと言って本当の意味で理解するには力不足である。事実、著作選の紹介記事を書く予定が「戦争と革命の基本問題」の途中で止まっている。ノートを取りながら読んでいるが人に伝えるところまで読み込もうと思うと簡単ではない。
病気の状態が良くないために読書もはかどらないし、どうしても無為に時間を過ごしてしまう。せめてネットで時事問題を扱っているサイトでも見ていればよいのだが、それも気分が乗らない。結局ゴロゴロ寝ているか、鬱病患者にありがちな、よからぬ想像ばかりしてしまう。ハッキリ言ってロクなことは考えない。病気が本当に治るのだろうかという不安、職場に復帰できるのかという不安、息子の病気や長女の進学の問題。なんやかやと考えては袋小路に入り込み、最後は結局とんでもない結論に到達する。冬期鬱病と言って日照時間が減ると鬱病になる率が高まるというのだが、我が家は日当たりが良くないのでなおさら鬱々とした状態が酷くなるようだ。明日あたりは田中芳樹か高千穂遙の小説でも読んで気分転換をしてみようと思う。どちらも好きな作家なので楽しい気分になれるに違いない。
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朝から雨が降っていたので犬の散歩に起こされることなく熟睡し、気がついたら9時半を回ってから階下に降りた。朝の分の薬を飲んでからまた寝床に入る。12時40分頃に息子を迎えに行く時間だと起こされる。今日は月に一度の医大病院への通院日である。1時に校門前まで行かなければならない。慌てて昼食をかっ込んで小学校へ向かう。校門に付いたところでタイミング良く息子が出てくる。まだ小雨が降っていたが大急ぎで医大へ行った。尿検査の結果は良好で、綺麗だという。このまま腎臓病が治ってくれたらいいのにと思う。
帰宅してから夕飯の買い物に行く。近所のスーパーには赤十字の血液センターの車が停まっていた。入り口でティッシュを配りながら献血を呼びかけていた人が「特にA型とO型が不足しています」と言う。私はA型なので協力する気になった。高校に入学してから献血をするようになって二十歳前後までの間に16回か17回したことがある。最後にしたのは24か25の時に仕事中訪れた病院の前で献血を呼びかけていた時だったと思う。今から思えば郵政がまだまだ牧歌的だった頃のことで、局にも献血車が来て勤務時間中に協力を呼びかけられたりした頃のことだった。
20年ぶりくらいに献血のための問診を受けたが、色々と検査項目が増えていた。薬害HIVの問題、薬害肝炎の問題など血液を媒介にする病気の伝染があるためだ。全ての項目に答えたところ、一点だけ問題になったのが薬を飲んでいることだった。係の人と医師の二人が「他の項目は良いんですけどね。薬を飲んでいると輸血した時に影響が出るので献血は出来ません」と言われてしまった。鬱病ではあるが体の方は健康体その物だと思っていただけに少しショックだった。鬱が治らない限り抗不安剤の類は飲み続けなければならないので、それまで一切献血は出来ないことになる。早く鬱病が治らないかと思う。
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三日ほど前に詩織(仮名)が改良型の双六を懸命になって作っていた。A4のコピー用紙を四枚貼り合わせた大型の物だ。木曜日と昨日今日と夕食後に家族で遊んでみた。ドラクエの影響を多大に受けているようで、ロールプレイングゲームの要素がふんだんに盛り込まれている。それぞれの駒に職業が割り振られていて、それぞれの固有の色のマスに止まると得意技を使って相手を妨害することが出来る。例えば戦士であれば青いマスに止まると「火炎切り」で両隣のどちらかのプレイヤーのヒットポイントを3削るか、「マヒャド切り」でダメージを与えた上で1回休みにすることが出来る。勇者は「ライデイン」で全体に1のダメージを与えるか「ギガデイン」で誰か一人に4のダメージを与えることが出来る。ヒットポイントが0になると振り出しに戻らなければならない。
駒も詩織がイラストを描いている。それぞれのキャラクターをちゃんと書き分けているあたり絵が好きなだけはある。今日は私が戦士を選び、妻が弓使い、詩織が勇者、歌織(仮名)が魔法使い、勇樹(仮名)が盗賊を選択した。私はサイコロを振ると5や6が良く出たのでトップを独走していたのであるが、途中のマスでモンスターに遭遇して闘うハメになり、負けてしまって振り出しに戻るハメになった。それも選りに選ってゴールまであと少しと言うところでだ。マスの中には宝箱が落ちていて薬草や毒消し草が手に入ることもあるし、お金を拾ったり毒の沼にはまってダメージを受けることもある。「世界樹の葉」を持っているとヒットポイントがゼロになっても死なないで済む。盗賊の息子が自分の特殊能力である「盗人切り」でめぼしいアイテムを持っている人間から色々かっさらってくれる。私もキメラの翼を盗まれた。
勝敗は勇樹が周りに散々嫌がらせをしたあげくにラスボスの間を簡単にクリアして一着になる。続いて二位になったのが私で、三位が詩織、四位が妻、ドンケツは歌織であった。詩織は暇があるとこのような双六を作っている。受験生としての自覚は一体何処にあるのだろうか。多分同級生の子ども達は今頃冬期講習の準備をしたり受験勉強に余念がないと思うのであるが。まあ、本人曰く「高校なんか行かんとバイトするモン」であるから仕方ないか。
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「難易度高すぎ」
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ペ・ヨンジュンの主演ドラマ「大王四神記」の放送が3日からNHKのBSで始まった。我が家はBSを始め衛星放送は見られるようにしていないの。妻はヨン様ファンであるので見たくて見たくて省がない。「ケーブルテレビにしておけば良かった」とか「インターネットで見られないの?」「東京なんか映画館で毎週上映するんやで。何でこっちでもしやへんの」とか色々言ってくる。もし関西でも上映するようだったら、絶対毎週通うに違いない。「超忍者隊イナズマ!と大王四神記」でも書いたが、ヨン様となると妻は色々私のことをこき使ってくれる。DVDがレンタルされるまで待てばいいのにと思うのだが、そうも行かないようだ。
今朝などは「風邪ひいた」と言ってコタツに寝転がっていたのだが、「ニフティーで見られるみたいやで」というと目を輝かせる。実は昨夜メールをチェックしていたら、ニフティーから案内が来ていてネットで視聴することが出来るそうだ。一応そのサイトをお気に入りに登録しておいた。家のパソコンは7年も前の古い機種なので、テレビのように寛いで見ることが出来る状態ではない。一応リモコンは付いているが机の上に置いているので固い椅子に座ってみる必要がある。だから大抵は妻がDVDなどを見る時はテレビに繋いであるデッキを使い、コタツに座って見ている。パソコンを使うことは全くない。
ところが、である。今日は「風邪を引いてしんどい」とのたまわっているにも拘わらず。早く繋げと言う。(オイオイ、寝てなくて大丈夫か?) パソコンを立ち上げインターネットに繋ぐ間もゴチャゴチャ言ってくる。環境を調べてみると1メガbpsで視聴できる。料金を確認すると67分で525円である。「525円かかるけどええのん?」と尋ねると、「見る」と二つ返事だ。「お父ちゃんは寝っ転がって見るか?」と言うので「ワシはええわ」とコタツで朝寝した。約1時間が過ぎて、妻は満足した様子で私を起こしてくれた。「この後どうしたらええのん」と言うので、いい加減パソコンの使い方を覚えてくれよと内心思いつつ、配信を終了させた。
追記 今日第1話を見たばかりだというのに「早く2話目放送せえへんかな」「DVDに録画できたら何度でも見られるのになあ」と仰る。「今日中やったら何度でも見られるで」「パソコン新しいのに買い換えさせてくれたら録画したんで」「そんなん富士通の買うんやろ」「そうや」「富士通高いやん」「その代わりブルーレイディスクやで」などとやり取りをする。日記にこの事を書いたというと「何書いたん」「なんか読まれて都合悪いこと書いたん」と検閲が入る。渋々ブログを表示すると食い入るようにチェックしてくれる。読み終えるとフッと笑う妻。「覚える気ぃなんか無いもん」である。
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朝娘達に起こされて犬の散歩を済ませてから朝食を取り、2階に上がって朝寝をしようとしたら妻から「ご飯食べて直ぐ寝たらあかん」と言われてしまった。それでもそのまま午前中は寝て過ごし、昼から少し出歩いてきた。家の中ばかりいても気が詰まるからだ。夕方までパソコンの前に向かって適当にネットサーフィンをして過ごす。2チャンネルを覗いてみると、二三日前からうちはだいこ=日本国憲法擁護連合=田中が暴れ回っている。
私の警戒心の欠如からふと漏らしてしまったことを巡って、うちはだいこの神経にはよほど障ったのであろう、罵詈雑言の嵐である。中核派のシンパを装い続けてきたが、ここ最近は本多書記長に対する無礼な書き込みをしたり党その物に対する悪口雑言をまくし立てている。もし近くに住んでいるのであれば出かけていって殴り倒してやりたい。本当に腹が立つ奴だ。
夕方になって食事の支度をすることになる。妻がご機嫌斜めであるので、私が久しぶりに台所に立つ。妻の立腹の理由は簡単で、最近の私は家事を殆どしない。「洗濯物も取り込んでくれへんし、干してもくれへん」「朝から晩まで寝てばかりで言い身分やなあ」「ご飯の支度も私ばっかりや」等々。すると娘達も一緒になって攻撃してくる。「洗濯機回しといても干しといてやっていってお終いや」云々かんぬん。針の筵である。そりゃあ休職していて家でゴロゴロしているのだから家事くらいしないと文句言われるわなぁ。
そこで今夜の献立であるのだが、妻が買い物してきた小松菜を薄揚げと一緒に炊く。ニラ玉汁を作り、モズクにスライスしたキュウリを混ぜて胡瓜水雲にする。生協の宅配で購入したエビフライと白身魚のフライを揚げる。油の温度が低かったようで最初の方に揚げたエビは少し生であった。「最近料理してへんから失敗したん」と言われてしまった。おまけに料理中のことであるが、次女が珍しいからと言ってわざわざ携帯電話を持ち出してムービーを撮影してくれた。流石に少し反省して今後は家事を出来るだけするようにしようと思うのであった。三日坊主かも知れないが・・・
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今日は朝から次女の歌織(仮名)が子供会行事で出かけるために、7時を少し回ったくらいに集合場所のJRの駅まで送っていった。ミステリー列車で目的地不明のお出かけである。駅に着くと歌織の学校の子供が多く、同じ制服姿の子供が沢山集まっていた。帰宅後、普段なら6時からしている犬の散歩を1時間以上ずらして行い、朝寝した。
昼食には少し早い11時過ぎに起こされる。昼からは長女の詩織(仮名)が受験する高校の入試説明会に親子で参加するので早めに食事を済ませる。正午になってから家を出る。最寄りの路線で三つ先の駅にあるその高校は幼稚園から短大まで有る学校法人で、偏差値はあまり高い方ではない。なにせ隣町に長年住んでいながら知っていたのは短大だけで、併設されている高校があるなどつい先頃まで知らなかった。詩織は以前にも何度か書いたのであるが不登校で中学には殆ど行かずフリースクールに通っている。その詩織でも何とか受かるのではないかという水準の学校だ。一応特進コースもあるのだが、今年度の入試結果を見てみると東大京大の合格者は居ない。私学でも早慶は勿論進学先にない。東京六大学で言えば明治と法政くらいで、関西の私学では関関同立の中で同志社だけは合格者が居ない。進学校とはとても言えない学校である。
詩織の場合は美術科を受験させようと思っている。夏に「体験入学」 と言う短い記事を書いたが、本当は4日の日曜にも体験入学があり、これに参加していれば推薦扱いでほぼ合格出来ると言われていた。ところが詩織は私に似て土壇場に弱い。当日の朝から8度6分の熱を出してしまい欠席と相成った。仕方ないので中学の担任に連絡を取り、取り敢えず今日の入試説明会には参加するよう指示を受けた。本人は中卒でバイトをしながら専業主婦をすると言っているが、将来を考えた場合高校だけは出しておきたい。
説明会の内容は色々あったのであるが、一番印象に残ったのは「入ってから伸ばす教育」という点であろうか。今年明治に合格した卒業生の例を話してくれたのであるが、公立高校では相当難易度の低い学校しか行くところがなかったようである。英語の偏差値は40ほどであったという。処がこの生徒は入学後に英語の苦手克服に成功し、明治の英米文学科に合格した時には偏差値が63~4有ったという。この生徒は例外ではなく良くある話だとも言う。この学校の場合特進コースの場合は授業が終了するのは18時15分で、殆どの生徒はその後自習室で勉強するという。土曜も休みではなく夏休みも10日ほどだ。公立に通っていた私からすると勉強漬けの毎日で大変だと思うのであるが、進路指導の先生の話では生徒の殆どは学習塾や予備校に通わず学校の勉強のみで現役で進学するという。公立に通って塾に通い、浪人して予備校に通われることを思えば、高校だけで完結するというのも気に入った。高いレベルは望めないにしてもそこそこの学校には進学出来るようである。
尤も詩織の場合は美術科であるから進学先は美大・芸大になるであろう。高校が美術短大の付属になっているので、ある程度成績を残せば内部進学が出来るだろうし、美大・芸大への進学はまあまあの様である。最大の問題は当の本人にやる気が足りないことであろうか。「無理して高校に行きたくない。学校は嫌いだ」と言われてしまった。親は何とかして受験させたいと思っているので、帰宅してから妻と私とで一所懸命に説き伏せて、どうにかこうにか受験すると言って貰えた。後は2月までやる気を持続させて貰うことが課題である。
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午前中はごろ寝して過ごし、昼食後は何とか起きていたが、今日も特に代わり映えのない一日であった。変わったことと言えば夕食後に勇樹(仮名)が言い出して双六をしたくらいである。一月ほど前から子ども達は三人で寄り集まって双六を作るようになった。その自家製のもので遊んだのであるが、中々あがれない。「難易度高すぎや」と私と妻が言う。これは我が家のルールにもよるのかも知れないのであるが、兎に角難しい。
指示が書いてあるマスで止まるとそれに従うのは当然なのだが、戻ったり進んだりと言う指示があるとその先のマスに書いてあることにも従わなければいけない。例えば、「二マス戻る」とあった場合戻ったマスが「1回休み」であれば休むことになるし、戻った先で「スタートに戻る」などと書いてあると、当然一からやり直しである。選りに選って上がりのすぐ前にこのようなマスがあるので後一歩の処で振り出しに戻ることが何度もある。そうそう、我が家では上がる際には丁度の目を出さないといけなくて、余分な目を出すとそれだけ後戻りしなければならない。その為上がる直前では振り出しに戻る危険が非常に大きい。全員が何度もやり直しになって中々上がれない。
「難易度考えて作れよな」と何度も私が言う。上がる直前の「振り出しに戻る」マスは妻の意見で作ったらしい。それだけで難易度は格段に上がっていた。お陰で家族五人全員が終了するまで約1時間半、何だかんだ言って遊んでいた。
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